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出入国管理及び難民認定法違反幇助
事件番号平成30(う)2076
事件名出入国管理及び難民認定法違反幇助
裁判年月日令和元年7月12日
裁判所名・部東京高等裁判所  第5刑事部
結果破棄自判
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号平成29特(わ)2068
裁判日:西暦2019-07-12
情報公開日2019-09-03 16:00:22
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令和元年7月12日宣告
平成30年

第2076号

東京高等裁判所第5刑事部判決
出入国管理及び難民認定法違反幇助被告事件

主文
原判決を破棄する
被告人は無罪

理1由
本件の概要及び控訴趣意

本件公訴事実の要旨は,被告人が,大韓民国の国籍を有する内縁の夫であるAが,平成27年2月25日,本邦に上陸後,在留期間の更新又は在留資格の変更を受けないで,その在留期限である同年5月26日を超えて不法に本邦に残留しているものであることを知りながら,同月27日頃から平成29年6月30日までの間,東京都新宿区内の被告人方等にAを居住させるなどし,もって同人がその在留期間を超えて不法に本邦に残留することを容易にさせてこれを幇助した,というものである。

弁護人倉地智広(主任),同渡邉彰悟及び同岩井信の控訴趣意は,①被告人には,幇助行為及び幇助の故意が認められないのに,幇助犯の成立を認めた原判決には事実誤認がある,②幇助の意義と限界を一切明らかにせず,漫然と被告人に幇助犯の成立を認めることは,社会に過度の萎縮効果を与えるものであり,憲法31条に反し,また,被告人と同様,不法残留者と同居し
ている者は日本社会に数多くいるところ,被告人だけを恣意的に処罰することは不公正にして不平等であり,憲法14条に反する,③被告人の行為は,内縁の妻に適用される民法上の同居・扶助義務を履行したものであり,正当行為として違法性が阻却されるか(刑法35条),実質的違法性を欠くのに,これを認めなかった原判決には法令適用の誤りがある,というものである。
2
原判決が認定した前提事実
Aは,大韓民国の国籍を有し,平成19年に本邦に入国し,日本国籍を有する女性と婚姻し,在留資格を短期滞在から日本人の配偶者等に変更した上で在留期間の更新を重ね,最終的にその在留期間は平成27年2月23日(3年)とされた。しかしながら,Aは,前記女性と平成24年7月に離婚し,平成25年1月14日以降は本国に帰国したため,在留期間の更なる更新は望めない状況にあった。
被告人は,平成4年に婚姻したが,平成23年頃には婚姻関係が破綻し,平成24年には東京都世田谷区内に自己名義でアパートを賃借して単身別居生活を送っていた。その後,被告人は,平成27年9月に夫に対して離婚調停を申し立てたが,翌年には不調となり,本件当時も離婚は成立してい
なかった。
被告人は,平成26年春頃,インターネットを通じてAと知り合い,被告人が大韓民国のA方を訪問するなどして,間もなく交際を開始した。Aは,同年8月5日に本邦に入国し,被告人が居住するアパートで被告人と同居するようになった。なお,同居後の同アパートの家賃は2か月分を除き,
被告人が負担していた。
Aは,在留期限が到来する直前の平成27年1月29日に一旦出国した上,同年2月25日に短期滞在(90日)の在留資格で本邦に再び入国して被告人との同居を再開し,有効期限である同年5月26日が経過した後も,そのまま本邦に不法残留した。被告人は,Aの在留資格が短期滞在
であり,同日頃には在留期間が経過することを認識していたが,自分の離婚が成立していなかったことから,Aと婚姻して日本人の配偶者等の在留資格を得るなど,適法な在留資格を得ることができないと考え,そのまま何らの手続を採ることもなく,Aとの同居を継続した。
被告人は,Aと飲食店を経営することとし,それに必要な食品衛生に
関する資格を取得した上,平成28年4月頃,被告人名義で東京都新宿区内の店舗の賃貸借契約を締結し,同年6月20日から同所で飲食店の営業を開始し,Aも同店で稼働した。また,被告人は,同年5月頃,同区内のマンションを被告人名義で賃借し,同所に転居してAとの同居を継続した。なお,被告人らは,同店舗の家賃や光熱費等は同店の売上金から拠出し,同マンションの家賃や駐車場代は同店の営業により得た利益の中から拠出していた。被告人は,Aが来日した平成26年8月頃以降,Aと交際関係にある
ことを周囲に隠すことはなく,自己の両親や子供らに紹介して家族ぐるみで付き合いをしていたほか,店舗の大家等にも紹介し,ブログにもAと内縁関係にあることを前提とした書き込みをするなどしていた。もっとも,被告人は,他者に対し,Aの在留期間が平成27年5月26日までであり,不法残留の状態にあることを知らせてはいなかった。
平成29年7月1日,Aは不法残留の被疑事実で逮捕された。
3
原判決の判断

前記2の前提事実をもとに,以下の理由により,原判決は,被告人について,Aの不法残留に対する幇助犯が成立すると判断し,公訴事実と同旨の罪となるべき事実を認定した。
すなわち,被告人は,近い将来にAの在留期限が到来し,在留資格の変更や在留期間の更新が見込めない状況であることを認識しながら,①Aが来日した直後から被告人名義で賃借したアパートで同居を開始し,②Aの在留期間が経過した後も同アパート及び新たに被告人名義で賃借したマンションで
同居を継続したほか,③平成28年6月20日以降は,被告人名義で賃借した店舗において,被告人が取得した飲食店の営業に必要な資格を利用し,Aと共に飲食店を経営して被告人及びAの生活資金を得ていたものと認められる(以上のうち②,③を併せて,以下本件行為という。)。被告人のかかる行為は,適法な在留資格を有しない者が通常困難を伴う住居及び生活資
金を得るための手段を提供するものとして,Aの正犯行為の実行を容易にしたことは明らかであり,また,被告人がそのことを認識・認容していたことについても疑いを容れる余地はない。
原審弁護人が,在留特別許可に係るガイドラインの考慮事項に婚姻が安定かつ成熟していることとあること等を根拠に,被告人の本件行為は,内縁の相手方たる地位に基づく行為であり,犯罪促進的であると社会的に評価されておらず,幇助に該当しないと主張したのに対し,婚姻又は内縁の相手方たる地位に基づく行為といっても,その不法滞在に対する関与の度合いは様々であって一律に論じることはできないと解されるし,在留特別許可は,不法滞在が違法であることを前提とした上で,出入国管理行政の適正な運用の確保という法益と,当該処分時において現に生じている不法滞在者の本邦
に引き続き滞在する利益を,比較衡量の上,後者が優先されると判断される場合に,法務大臣の裁量により,事後的・救済的に将来の在留資格を付与するものである上,前記ガイドラインも,複数ある積極的要素の一つとして前記の項目を挙げているにすぎず,内縁関係にある外国人の不法滞在を容易にする行為が犯罪促進的でないと社会的に評価されているとはいえないとした。
さらに,原審弁護人は,被告人の行為は,内縁関係に準用される民法上の同居・協力・扶助の法的義務を履行したにすぎず,刑法35条の法令行為として違法性が阻却されると主張したが,これらの義務が他の法益に優先するとの解釈をとる余地がないことは自明であり,出入国管理及び難民認定法及び民法との関係において,その実態を捨象して婚姻ないし内縁関係そのもの
に出入国管理行政の適正な運用の確保という法益に優先する保護利益を肯定しているとはいえないとしてこれを排斥した。
4
当裁判所の判断

原判決の前提事実に関する認定(前記2)は,当裁判所も支持できるが,その事実関係の下で,被告人について,不法残留幇助罪の成立を認めた判断は是認することができない。
弁護人の控訴趣意及び検察官の答弁を踏まえ,以下,当裁判所が,そのように判断する理由を説明する。
被告人が本件行為に至る経緯やその実態をみると,Aが不法残留となる約9か月前から,被告人とAは,同居し,生計を共にしていたものであるところ,Aは資産を有しており,被告人が離職した際の家賃等をAが負担していたことからも認められるように,被告人によって一方的に扶養されるという関係にはなかった。また,Aが不法残留となった後に二人が転居し,飲食店経営を始めたという事情はあるものの,転居によって,以前から継続していた同居の性質が変容したとはいえず,飲食店経営はA及び被告人の生計の手段として行われていたものであるから,本件行為は,Aと内縁関係にあ
る被告人が,同居して生計を共にする従来からの状態を継続していたものにすぎないと評価することができる。他方で,被告人は,一定の場所に居住し,公然とAと共に飲食店を切り盛りし,ブログにAとの内縁関係を前提とする記事を載せ,家族や知人に紹介するなど,Aの存在を殊更隠そうとしていたような状況は認められないし,公務所に虚偽の文書を提出するなどして当局
に不法残留の発覚を妨害するなどしたことも認められない。
他方,正犯であるAの不法残留は,在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に残留した,という不作為犯であるから,前記の本件行為が,Aの正犯行為を促進する危険性を備えたもの
と評価することは困難というべきである。

そうすると,原判決が,被告人につき,Aの不法残留に対する幇助罪の成立を認めたのは,正犯行為の性質を的確に踏まえないまま,幇助行為の要件を形式的に捉え,本件行為の性質を誤認して,それが幇助犯に当たるとする不合理な判断をしたもので,ひいては,刑法62条1項の解釈適用を誤ったものというべきである。

これに対し,検察官は,答弁書でるる主張するが,それらを検討しても,以上の認定,判断は左右されない。
したがって,弁護人のその他の所論を検討するまでもなく,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りが認められるから,事実誤認をいう弁護人の論旨は理由がある。
よって,刑訴法397条1項,380条,382条により,原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,更に判決することとし,前記のとおり,本件公訴事実については,犯罪の証明がないから,同法336条により,被告人に無罪の言渡しをする。
令和元年7月12日
東京高等裁判所第5刑事部

裁判長裁判官

藤井敏明
裁判官

幅田勝行
裁判官

高杉昌希
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