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課徴金納付命令処分取消等請求事件
事件番号平成27(行ウ)51
事件名課徴金納付命令処分取消等請求事件
裁判年月日令和元年5月30日
裁判所名・部東京地方裁判所
判示事項の要旨投資運用会社の従業員Aが,証券会社の従業員Bからその職務に関し知った上場会社の公募増資に関する重要事実の伝達を受け,同公募増資の公表前に同上場会社の株式の売付けをしたとして,Aによるこれらの行為がいわゆるインサイダー取引の禁止を定めた金融商品取引法166条3項(平成23年法律第49号による改正前のもの)に違反することを理由に,金融庁長官において上記投資運用会社に対してした課徴金納付命令が,事実誤認に基づくものであり違法であるとされた事例
裁判日:西暦2019-05-30
情報公開日2019-07-31 10:00:17
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令和元年5月30日判決言渡

同日原本領収

平成27年(行ウ)第51号

課徴金納付命令処分取消等請求事件

口頭弁論終結日

裁判所書記官

平成31年1月31日
判主決文1
原告の主位的請求を棄却する。

2
金融庁長官が平成26年12月26日付けで原告に対してした課徴金804万円を国庫に納付することを命ずる旨の決定を取り消す。

34
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求

1⑴

主位的請求
金融庁長官が平成26年12月26日付けで原告に対してした課徴金8
04万円を国庫に納付することを命ずる旨の決定が無効であることを確認する。


予備的請求
主文第2項と同旨

2
被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成26年12月26日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2
1
事案の概要等
事案の概要
シンガポール共和国において設立された投資運用会社である原告は,ファン
ドの受託者との間で締結した投資一任契約に基づいて資産運用を行っていたところ,東京証券取引所市場第一部(以下東証一部という。)に上場している日本板硝子株式会社の株式(以下,同社を日本板硝子といい,その株式を日本板硝子株という。)の売付けに関し,金融商品取引法(以下金商法という。)違反を理由に,証券取引等監視委員会(以下監視委員会という。)の勧告及び金商法所定の審判手続を経て,金融庁長官(処分行政庁)から,平成26年12月26日付けで課徴金納付命令(課徴金804万円を国
庫に納付することを命ずる旨の決定。以下本件処分という。)を受けた。本件処分の理由は,原告のファンドマネージャーであるA及びB(以下Aと併せてAらという。)において,平成22年7月27日,JPモルガン証券株式会社(以下JPモルガン証券という。)のセールストレーダーであるCから,同人がその職務に関し知った重要事実(日本板硝子における公募増資
に関するもの)の伝達を受け,同公募増資の公表前である同日から同年8月24日までの間,日本板硝子株の売付けを行ったことが,いわゆるインサイダー取引の禁止を定める金商法166条3項(平成23年法律第49号による改正前のもの。以下,同条について同じ。)に違反するというものである。本件は,原告が,①被告を相手とする抗告訴訟として,主位的に本件処分の
無効確認を求め,予備的に本件処分の取消しを求めるとともに,②被告に対し,国家賠償法(以下国賠法という。)1条1項に基づき,慰謝料300万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。なお,原告は,当初は,本件処分が金商法166条3項違反事実がないのにされた違法なものであると主張して,その取消しを求める訴え及び国家賠償を求める訴えを提起
したが,その後,本件処分は任命資格を欠く審判官らが関与した審判手続に基づく無効なものであるとの主張を加え,民事訴訟法143条に基づく追加的変更として,本件処分の無効確認を求める訴えを提起し,これを主位的請求としたものである。
2
関係法令及び金商法166条の定める禁止行為等の概要
本件に関する法令の定めは,別紙2(枝番号を含む。)のとおりである。金商法166条は,会社関係者(1項各号に掲げられた者)が上場会社に係る業務等に関する重要事実を当該各号に定めるところにより知った場合について,一定の取引の禁止を定めている。上記重要事実には,当該上場会社の業務執行を決定する機関が株式の募集(会社法199条1項)を行うことについての決定をしたことも含まれる(金商法166条2項1号イ)。また,上記会社関係者には,当該上場会社の役員等(金商法166条1項1号。役員等とは役員,代理人,使用人その他の従業者をいう。以下同じ。)のほか,当該上場会社と契約を締結している法人(以下相手方法人という。)の役員等も含まれる(同項4,5号)ところ,同項4号は,相手方法人の役員等で
あって当該契約の締結やその交渉等に関与した者(以下契約担当役員等という。)がその締結や交渉等に関し当該重要事実を知った場合を上記禁止の対象として定め,同項5号は,相手方法人の役員等であって契約担当役員等以外である者(以下担当外役員等という。)がその者の職務に関し当該重要事実を知った場合を上記禁止の対象として定めている。

そして,当該会社関係者が上場会社に係る業務等に関する重要事実を金商法166条1項所定の当該各号に定めるところにより知った場合には,当該会社関係者につき当該重要事実の公表前に当該上場会社の特定有価証券等に係る売買等をすることが禁止される(同項)ほか,上記の場合において当該会社関係者から当該重要事実の伝達を受けた者(以下情報受領者という。)につい
ても,上記の売買等が禁止されている(3項)。
本件においては,金商法166条3項該当性が問題となるところ,日本板硝子の公募増資に関する重要事実につき,①相手方法人であるJPモルガン証券の担当外役員等であるCが,職務に関し知ったといえるか(同条1項5号),②本件処分において情報受領者とされているAらが,Cから重要事実の
伝達を受けたといえるか(同条3項)が争われている(後記5参照)。なお,金商法166条は平成23年法律第49号により改正されているところ,同法附則7条により,同法の施行日(平成24年4月1日)前に生じた重要事実の伝達を受けた者の売買等については,なお従前の例によるとされている。
3
用語等
本件で用いる証券取引等に関する用語の意義は,以下のとおりである。


空売り
特定の銘柄の株式を借りるなどして,将来買い戻すことを前提に当該株式を売却すること。その後,売却した株式と同数の株式を買い戻して,これを返却することが予定されている。当該株式を売却したときの株価よりも,買い戻したときの株価が値下がりしていると,その差額から手数料等を控除し
た額を利益とすることができる。なお,株式の売りをショート(short)といい,買いをロング(long)という。⑵

売り建玉
空売りによって,借りた株式を売却しており,将来これと同数の株式を買い戻さなければならない状態,又は買い戻さなければならない株数のこと。
売りポジションということもある。


ショートカバー(shortcover)
空売りをした後,買戻しを行って売り建玉を決済すること。



売り決め
機関投資家が特定の株式について大口の売り注文をしたい場合に,株式市
場での取引が不成立となるなどのリスクを回避するため,当該機関投資家を顧客とする証券会社の自己売買部門が,指し値で買い注文を出して取引を成立させること。

引受証券会社
公募増資を行う場合に,発行会社が発行する新株式を投資家に販売する目的で取得する証券会社のこと。


主幹事証券会社
引受証券会社の中で,新株式の発行や引受等の事務を中心的に行う証券会社のこと。複数の主幹事証券会社が共同して主幹事を務める場合を共同主幹事証券会社という。


買取引受
公募増資の際,引受証券会社が,発行会社が発行した新株式の全てを取得すること。

4
前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)



原告及びその従業員

原告
原告は,シンガポール共和国の会社法に基づいて設立され,同国の通貨監督庁(MAS)から投資運用業を行うことについて登録を受けている有限責任会社(limitedcompany)である。
原告は,平成22年(2010年)当時,アジー・ファンド(Azzy
Fund)と呼称するケイマン籍ユニット・トラストのユビキタス・マスター・シリーズ・トラスト・クラス・ジー・ファンド(UbiquitousMasterSeriesTrustClassGFund)(以下本件ファンドという。)の受託者との間で締結した投資一任契約に基づいて,本件ファンドの資産運用を行っていた。


A
Aは,リーマンブラザーズ証券株式会社,JPモルガン証券及びドイツ証券株式会社を経て原告に入社し,平成22年当時,原告のアブソルート・リターン・グループのチームリーダーとして,本件ファンドの資産運用に係る株式売買を担当していた。


B
Bは,国際証券株式会社,みずほ証券株式会社及びベースリサーチ株式会社を経て原告に入社し,平成22年当時,原告のアブソルート・リターン・グループのファンドマネージャーとして,本件ファンドの資産運用に係る株式売買を担当していた。


JPモルガン証券及びその従業員

JPモルガン証券
JPモルガン証券は,第一種金融商品取引業の登録を受けている株式会社である。JPモルガン証券が上場会社の公募増資における引受証券会社となる場合には,JPモルガン証券の株式資本市場部(以下ECMという。)において,引受契約の締結交渉やその後の手続全般の調
整等の業務を担当し,また,同社の営業部署であるセールストレーディング部や株式営業部において,顧客である投資家に対し,発行される新株式の募集に関する営業等の業務を担当していた。

C
Cは,平成22年当時,JPモルガン証券のセールストレーディング部
におけるセールストレーダーとして勤務していた者であり,同社の顧客である国内外の機関投資家に対し株価動向等の情報提供(銘柄の推奨や投資アドバイスを含む。)を行い,これらの顧客から日本株の売買に係る注文を受注して執行することのほか,JPモルガン証券が引受証券会社となった公募増資について,発行される新株式の募集につき機関投資
家への営業活動を行うことなどを職務としていた。原告は,Cが担当していた顧客のうちの1社であった。

D
Dは,平成22年当時,JPモルガン証券のECMに所属し,アソシエイトとして公募増資に関する事務を担当していた者である(乙11)。

E
Eは,平成22年当時,JPモルガン証券のECMに所属し,エグゼクティブディレクターとして公募増資に係る手続全般の調整や監督をする立場にあり,本件公募増資についてディールキャプテンを務めていた者である。

F
Fは,平成22年当時,JPモルガン証券の株式営業部の責任者で
あった者である。


日本板硝子における公募増資等

日本板硝子は,東京都港区に所在する建築用ガラスや自動車用ガラスの製造販売等を主たる業務とする株式会社であり,同社の株式は東証一部に
上場されている(証券コードは5202)。

平成22年4月28日に開催された日本板硝子の取締役会において,最短実施時期を同年8月下旬頃,目標調達額を400億円以上とする新株式発行の方法による公募増資の計画(プロジェクト名はサファイア)が,おおむね了承された(乙9,10〔資料1,2〕)。


日本板硝子は,平成22年5月7日,JPモルガン証券に対し,上記イの公募増資の計画の概要を説明し,グローバルコーディネーター(主幹事証券会社)としての参加を要請するなどし,JPモルガン証券はこれを受諾した。このとき,JPモルガン証券側の対応者には,E及びDも含まれていた。(乙9,10〔資料1〕)。


日本板硝子は,平成22年8月24日の取締役会において,製造設備の新設及び改修のための設備投資資金,中国における合弁事業に対する投資資金等を調達するため,下記概容による新株式の発行を行うこと(以下本件公募増資という。)を決議した。


募集株式の種類及び数

普通株式2億2200万株
募集方法

国内一般募集及び海外募集とし,それぞれ引受証
券会社に買取引受させる

払込金額の決定

平成22年9月8日~10日のいずれかの日(発
行価格等決定日)に決定する

申込期間

発行価格等決定日の翌営業日から2営業日後の日
まで

払込期日

平成22年9月15日~17日

上記募集については,大和証券キャピタル・マーケッツ株式会社(以下大和証券という。)及びJPモルガン証券が,国内一般募集に係る
共同主幹事証券会社となるほか,国内一般募集及び海外募集のジョイント・グローバル・コーディネーターとなることとされた。なお,引受証券会社に対する対価については,引受手数料は支払われず,募集価格(引受証券会社が投資家から得る金額)と引受会証券会社から日本板硝子に払い込まれる金額との差額が,引受証券会社の手取金となるものと
された。(乙10〔資料6〕)

上記エの取締役会において本件公募増資が決議されたことについては,
平成22年8月24日16時頃に公表された(乙10〔資料7〕。以下本件公表という。)。

日本板硝子は,平成22年9月8日,本件公募増資の引受証券会社となる大和証券,JPモルガン証券,日興コーディアル証券株式会社(以下日興コーディアル証券という。)及び三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社との間で,新株式買取引受契約を締結した(乙10〔資料8〕)。



平成22年当時における株式市場の状況等
平成22年は公募増資を実施する上場会社が比較的多かった年であり,JPモルガン証券が国内募集分に係る引受証券会社などとして関わった公募増資としては,同年6月7日に公表されたSBIホールディングス株式会社(以下SBIという。),同月25日に公表された株式会社みずほフィナンシャルグループ(以下みずほFGという。証券コードは8411),同年7月8日に公表された国際石油開発帝石株式会社(以下INPEX
という。証券コードは1605)があったが,上記各社による公募増資の公表後,その株価は公表直前と比べていずれも下落していた。なお,一般に,新株式の発行による増資をすると当該発行会社の株価が下がりやすいとされており,多くの投資家は増資前に当該会社の株式を売ろうとするため,公募増資の公表後は当該会社の株価が下落する傾向にあるとされている。


CとAとの間の,平成22年7月27日14時26分~27分にされた,日本板硝子株に関するチャットの内容は次の表のとおりである(乙16〔別紙220~221頁〕,19。以下,併せて本件チャットという。)。本件チャットを含め,CとAとの間でやり取りされたチャットは,いずれ
も,ブルームバーグ社(経済・金融情報の配信等を行う米国法人)が提供するチャットルームにおけるものである。同社が提供するチャットルームには,複数の者が参加することができ,メッセージの送信・閲覧も参加者全員が行うことができる。本件チャットは,C及びAが投稿者となって発言したものであるが,Bも,本件チャットに係るメッセージが送信された時に当該
チャットルームにログインしていた(乙17)。
被告は,本件チャットによって,CからAらに対し本件重要事実が伝達されたと主張している。
投稿者

投稿内容(【】内は訳文。以下同じ)

C
haveaclosewatchin…【注目しています。】

C
5202【日本板硝子に】

C
thismonth…【今月。】

A
why?【なぜ?】

C
can’ttalkabtithearnow【それについて話すことはできません(なお,hearnowの訳文については,herenowの誤記と解した上で今ここでと訳すか,字義どおり今聞いていますと訳すか争いがある。)】

CC
nextmonthwa【来月は】

C
chumokuniataishimasu【注目に値します】

A


but【しかし】

soka【そうか】

Aらの日本板硝子株に係る取引内容

Aの,平成22年7月28日から同年8月24日までの日本板硝子株に係る取引内容は,次の表のとおりである(乙18〔8枚目〕。以下A関係取引という。)。以下の表において,時間は株式の売買をした時間(日本時間)を,取引内容欄における空売りとは株式を空売りしたことを,買いとは空売りした株式を買い戻した(売り建玉がない場合は株式を買った)ことを,売りとは株式を売ったこと(空売りではなく,先
に購入して保有している株式を売ったこと)を,株数欄における数値は売買した株数を,価格(円)欄における数値は当該売買における1株当たりの平均価格を,売り建玉欄における数値は,マイナスの場合は売りポジション(売り建玉)を同数値の株数だけ有していることを,プラスの場合は同数値の株数の株式を保有していることを示して
いる。

日付
7月28日
8月4日
8月6日
8月9日
8月11日
8月11日
8月11日
8月13日
8月17日
8月18日
8月19日
8月20日
8月20日
8月23日
8月23日
8月24日
8月24日


価格(円)
株数
取引内容
時間
500,000218.4000
10:26空売り
200,000210.5000
14:18空売り
500,000225.9264
13:30空売り
100,000239.5000
9:50空売り
100,000226.0000
9:48空売り
100,000228.0700
10:26空売り
50,000226.0000
12:40買い
102,000231.5294
14:25空売り
148,000224.3378
10:25空売り
150,000226.0000
9:33空売り
1,000217.0000
15:00空売り
149,000203.4765
10:57空売り
178,000201.8258
13:12空売り
808,000198.1751
9:05買い
200,000200.0000
15:03空売り
2,000,000195.9265
10:25買い
430,000198.5116
売り
14:04

売り建玉
-500,000
-700,000
-1,200,000
-1,300,000
-1,400,000
-1,500,000
-1,450,000
-1,552,000
-1,700,000
-1,850,000
-1,851,000
-2,000,000
-2,178,000
-1,370,000
-1,570,000
430,000
Bの,平成22年7月28日から同年8月27日までの日本板硝子株に係る取引内容は,次の表のとおりである(乙18〔9枚目〕。以下B関係取引といい,A関係取引と併せて本件各取引という。表の用語の意味は,上記アと同じである。)。

日付
7月8日
7月27日
7月28日
8月5日
8月9日
8月18日
8月19日
8月27日


時間取引内容
9:50買い
14:30
売り
14:20空売り
14:30買い
9:49空売り
15:06空売り
13:59空売り
9:24買い

株数
価格(円)売り建玉
200,000219.0000
200,000
200,000213.0000300,000218.1667-300,00050,000213.0000-250,000
50,000239.0000-300,000
20,000228.0000-320,000
50,000217.0000-370,000
370,000185.0000
本件処分に至る経緯

内閣総理大臣は,インサイダー取引等の課徴金に係る事件について必要な調査をするため,当該職員に,事件関係人等に対する質問,意見・報告
の徴収,帳簿書類等の提出命令,立入検査等をさせる権限を有している(金商法177条)ところ,本件各取引について上記権限の委任を受けた監視委員会(金商法194条の7第1項,2項8号〔平成25年法律45号による改正前のもの。以下,同条について同じ。〕)は,その所属の証券調査官に上記質問等の調査を行わせた。G証券調査官(以下G調査官という。)は,本件各取引に関する調査を担当した。イ
監視委員会は,上記アの調査の結果,Aらの本件各取引における日本板硝子株の売付け(以下本件売付けという。)は金商法166条3項に違反する旨の認定をして,平成25年12月2日,金融庁設置法20条1項に基づき,内閣総理大臣及び金融庁長官に対し,原告に課徴金納付命令を発出するよう勧告した(乙1)。


内閣総理大臣から権限の委任を受けた金融庁長官(金商法194条の7第1項)は,上記イの勧告を受けて同法175条1項に該当する事実があると認め,平成25年12月2日付けで,同法178条1項16号に基づき,原告に対する審判手続(以下本件審判手続という。)を開始する旨の決定をした(乙2)。


課徴金事件に係る審判手続は,3人の審判官をもって構成する合議体が行うものとされ(金商法180条1項),金融庁にはその審判手続の一部を行わせるため5人以内の審判官が置かれている(金融庁設置法25条1項)ところ,審判官は,金融庁の職員のうちから,審判手続を行うについて必要な法律及び金融に関する知識経験を有し,かつ,公正な判断をする
ことができると認められる者について,金融庁長官が命ずるものとされている(同条2項)。
本件審判手続については,審判長であるH審判官のほか,I審判官(以下I又はI審判官という。)及びT審判官(以下T又は
T審判官といい,I審判官と併せた2名をIら又はI審判官らといい,さらに上記審判長審判官を入れた3名を本件各審判官という。)が,合議体を構成する審判官として指定された(金商法180条2項)。

金融庁長官は,本件各審判官が本件審判手続を経て作成した決定案(金商法185条の6)を踏まえ,平成26年12月26日付けで,同法185条の7第1項に基づき,原告に対し,課徴金804万円を国庫に納付することを命ずる旨の決定(甲3。本件処分)をした。

本件処分においては,日本板硝子の業務執行を決定する機関が本件公募増資を行うことについての決定をしたことを金商法166条1項及び3号にいう重要事実であるとして(以下本件重要事実という。),本件重要事実を,JPモルガン証券のECMのEらが日本板硝子との引受契約の締結の交渉に関して知り,その後,Cがその職務に関して知り,さら
に,AらがCから伝達を受けて知ったと認定している(甲3)。


本件訴えの提起
原告は,平成27年2月3日,本件訴えを提起した。

5
争点


主位的請求関係
本件審判手続の有効性



予備的請求関係
アイ

6
AらがCから本件重要事実の伝達を受けたか否か


Cが本件重要事実をその職務に関し知ったか否か

本件各取引は原告の計算により行われたものであるか
国賠法上の違法行為の有無及び損害額

争点に関する当事者の主張の要旨は,別紙3のとおりである。なお,同別紙で定義した用語は,本文においても用いる。

第3
当裁判所の判断
当裁判所は,原告の請求のうち,①本件処分の無効確認を求める請求(主位的
請求)については,理由がないから棄却すべきものと判断し,②本件処分の取消しを求める請求(予備的請求)については,Cが本件重要事実をその職務に関し知ったと認めることができず,また,同人がAらに対して本件重要事実を伝達したと認めることもできないから,予備的請求には理由があり認容すべきものと判断し,③国賠法1条1項に基づく請求については,理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由の詳細は,以下のとおりである。
1
争点⑴(本件審判手続の有効性)について


前提事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

Iの任命等
K法務大臣(以下K大臣という。)は,平成25年4月1日付

けで,判事兼簡易裁判所判事の官職にあったIに対し,検事2級(釧路地方検察庁検事)に任命した上で,金融庁に出向させるとともに東京地方検察庁検事に併任する旨を命じる旨の人事異動通知書を交付した(乙61,62)。
L金融庁長官(以下L長官という。)は,平成25年4月1日

付けで,Iに対し,審判官を命ずるとともに,内閣府事務官(総務企画局企画課リーガル・アドバイザー)に併任する旨を命ずる旨の人事異動通知書を交付した(乙57,59)。

Tの任命等
K大臣は,平成25年4月1日付けで,判事補兼簡易裁判所判事の官職にあったTに対し,検事2級(岡山地方検察庁検事)に任命した上で,金融庁に出向させるとともに東京地方検察庁検事に併任する旨の人事異動通知書を交付した(乙63,64)。
L長官は,平成25年4月1日付けで,Tに対し,審判官を命ずる
とともに,内閣府事務官(総務企画局企画課リーガル・アドバイザー)等に併任する旨を命ずる旨の人事異動通知書を交付した(乙58,60)。

人事院規則8-12第6条3項により任命権者を異にする官職に職員を併任する際には,当該職員が現に任命されている官職の任命権者の同意を得なければならないところ,その同意があった場合に,元の任命権者が交付する人事異動通知書の異動内容欄に出向させると記載するという扱
いが通例となっている(乙53,弁論の全趣旨)。
⑵ア

金融庁設置法25条2項は,審判官の任命について,金融庁の職員のうちから命ずること(以下要件1という。),審判手続を行うについて必要な法律及び金融に関する知識経験を有し,かつ,公正な判断をすることができると認められる者について命ずること(以下要件2
という。)を定めており,原告はいずれの要件の該当性も争っているので,以下,順に検討する。

要件1について
上記⑴ア及びイのとおり,Iらは,判事等又は判事補等の官職にあっ
たところ,平成25年4月1日付けで,検事に任命するとともに金融庁へ出向させる旨の人事異動通知書を交付されているところ,上記⑴ウによれば,かかる人事異動通知書が交付された場合には,任命権者を異にする官職(金融庁)への併任につき要するものとされる当該職員が現に任命されている官職の任命権者(法務大臣であるK大臣)の同意を得た
ものと認めることができる。そうすると,金融庁長官であるL長官は,人事院規則8-12第6条3項により,かかる法務大臣の同意の下に,検事であるIらに対し,金融庁の官職に併任を命ずる権限を有していたものと認めるのが相当である。したがって,L長官は,金融庁の官職に併任を命ずる権限をもって,Iらに対し,審判官及び金融庁の事務をつ
かさどる内閣府事務官の併任を命じたのであるから,これらの任命と同時に,Iらは金融庁の職員の身分を有することとなったものと認められる。
そして,金融庁設置法25条2項は審判官を金融庁の職員のうちから任命する旨(要件1)を規定する一方,審判官として任命される者が金融庁の職員として一定の勤務経験を有するものであることや,金融庁の職員として現に職務に従事しているものであることを要する旨の定めは
なく,審判官としての資質や能力については要件2で別途規定していることに鑑みると,要件1を規定する上記規定は,審判官に対する金融庁長官の指揮監督関係を明らかにすべく,審判官は金融庁の職員であることを要することを定めたものと解するのが相当である。そうすると,本件のように,審判官の任命と同時に金融庁の職員の身分を有することと
なる場合であっても,要件1に該当するというべきである。
以上によれば,Iらの審判官への任命が要件1の該当性を欠く旨の原告の主張は,採用することができない。

要件2について
金融庁設置法25条2項は,審判官に任命される者は,審判手続を行うについて必要な法律及び金融に関する知識経験を有し,かつ,公正な判断をすることができると認められる者であることを要するものと定めている(要件2)。かかる規定は,3人の合議体で課徴金事件の審判手続を行う審判官の職務の重責性に鑑み,審判官を任命するに当たっ
ては,その職責にふさわしい資質や能力を備えた者を任命することが特に要請されるために定められたものと解される。
他方,審判官の任命については,要件2を定める金融庁設置法25条2項のほか特に基準が設けられておらず,審判手続を行うについて必要な法律及び金融に関する知識経験及び公正な判断をすることができるとの同項の文言はいずれも抽象的なものであることからすると,任命権者である金融庁長官は,審判官の任命に当たって広範な裁量を有していると解するのが相当であり,当該任命が同項の定める基準や同項の趣旨に明白に反するなど,金融庁長官の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したと認められる場合でない限り,金融庁長官の任命行為が同項違反に当たるとはいえないものというべきである。
これを本件についてみると,Iらは,審判官に任命される平成25年
4月1日までは,それぞれ判事等又は判事補等の官職にあった者であるところ,判事又は判事補は,金融に関する事件を含む種々の訴訟事件や非訟事件を担当する中で,公平性,公正性が高く要求されるこれらの手続を通じて,法令の解釈,事実認定,訴訟手続の主宰等の能力を涵養することとなることはもちろん,広く社会事象の知見や専門的分野の知識
経験も得ることとなるものであり,金融に関する知識経験もその例外ではないということができる。
そうすると,金融庁長官が,平成25年4月1日の任命当時,判事又は判事補としての経験を有するIらにつき,審判手続を行うについて必要な法律及び金融に関する知識経験を有し,かつ,公正な判断をするこ
とができると認めたことが,その裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるとは到底いうことができない。
したがって,Iらの審判官への任命が要件2の該当性を欠く旨の原告の主張も,採用することができない。

小括
以上検討したとおり,金融庁長官がIらを審判官に任命したことについて,金融庁設置法25条2項に違反する違法があるとは認められず,本件処分に原告が主張する無効事由があると認めることはできない。なお,原告は,金融審判制度を定める金商法の規定自体が憲法31条
に違反するとの主張もするが,同法の規定内容に照らせば憲法31条に反するところがないのは明らかであって,原告の主張の実質は審判手続の実施又はその結果に対する法令違反をいうに帰するものであり,前提を欠くものといわざるを得ない。また,原告は,本件各審判官が,本件審判手続において,訳文の添付がないまま審理を進め,当該証拠を事実認定に供したことが本件処分の無効原因になる旨の主張もするが,証拠の採否や事実認定の誤りが直ちに本件処分の無効事由となるものでない
ことは明らかであり,原告の上記主張は採用することができない。2
争点⑵ア~


に係る認定事実(以下,単に認定事実という。)

JPモルガン証券の各部署における公募増資の際の役割等(前提事実⑵,乙11~13,証人C,弁論の全趣旨)
JPモルガン証券では,上場会社の公募増資における引受証券会社となる
場合には,ECMが,公募増資の公表前から,引受契約の締結交渉のほか,公募増資の実施に向けて必要な事務を行い,公募増資の公表後は,新株式の割当に関する調整等の事務を行っていた。また,JPモルガン証券の株式営業部とセールストレーディング部は,公募増資が公表されてから,顧客である投資家に対し,発行される新株式の募集に関する営業活動を行っていた。
JPモルガン証券が引受証券会社となって行う上場会社の公募増資に関する情報は,当該上場会社が公募増資の公表を行うまでは極秘とされており,公表前から事務を担当するECMに所属の者は当該情報に接することができるが,公表後に事務を担当することとなるセールストレーディング部や株式営業部に所属する者は,公表前には当該情報に接することができないことと
され,両者の間には情報隔壁が設けられていた。


ECMの業務等(甲7,証人C)

本件公表がされた当時,ECMには,本件公募増資に係るディールキャプテンを務めたEのほか,D,Mらが所属していた(甲7)。


ECMは,株式の売買のフローについてJPモルガン証券内の他部署に照会することがあったところ,その概要は以下のとおりである(甲7)。株式の売買のフロー(以下,単にフローという。)とは,特定
の株式の銘柄について,どのような投資家がどれだけ売買を行ったかという情報のことをいう。JPモルガン証券では,同社で売買を執行した株式取引を閲覧するシステムを導入しており,ECMにおいても,同システムを利用して前々営業日以前のフローについては自ら調査することができたが,当日及び前営業日分のフローについては閲覧する権限を与えられていなかったため,これらの情報が必要な場合は,ECMの従業員がその都度,セールストレーディング部や株式営業部に対して照会していた(以下,このような照会を行うことをフロー照会とい

う。)。
ECMにおいてフローの調査を行う場合としては,主に次の3つの機会が挙げられる。
a
ECMの顧客企業である上場会社の株価が大きく変動したり,株式売買の出来高が大幅に増えるなどした場合に,実際にどのような取引が行われているかを知るため,当該企業がECMにフローの調査を依
頼したり,ECMが自らの判断でフローを調査することがあった。なお,公募増資など企業の株式の発行による資金調達の準備期間中にも,このような調査が行われることはあった。
b
ECMの担当者が,顧客企業を訪問して営業活動をする際,当該企業の株式に関する投資家の売買動向を把握し,その情報を当該企業に
提供するため,フローを調査することがあった。
c
顧客企業から定期的にフローの情報を提供するよう依頼がある場合には,当該依頼に応じてフローの調査を行っていた。

このように,ECMがフローの調査を行う機会は様々であるところ,ECMにおけるシステムの閲覧だけでは足りず,当日又は前営業日分のフローについて緊急に調査をしなければならない場合は,上記aのような場合が多いといえる。そこで,Eは,ECMの従業員がセールストレーディング部等に対しフロー照会をすることで,照会した株式の銘柄に関し市場に誤解を与えるような情報が流れてしまうことを危惧し,これを避けるための対応策として,フロー照会を行う場合には,照会の目的である企業のほか,同業他社や同規模の時価総額の企業,無作為に抽出
した企業もダミーとして加え,これら複数の企業の株式の銘柄について照会するよう,ECMの従業員らに指示していた。


本件公表までの経緯

日本板硝子とJPモルガン証券との間では,平成20年12月頃から,日本板硝子が公募増資を行う予定であるという話が出ており,JPモルガ
ン証券がその主幹事証券会社となることが予定されていた(甲7)。イ
日本板硝子は,平成21年7月頃,財務基盤の強化が必要であるとして,新株式発行の方法による資金調達の検討を本格的に開始し,同年10月頃,平成22年2月の実施に向けた公募増資の準備を開始した。日本板硝子の取締役会は,同年1月29日,同年2月に公募増資を実施すること
を了承したが,同月5日,同社の取締役らが同月中の公募増資の実施の可否を検討したところ,日本板硝子株の株価が目標の水準よりも低く,経済環境が整っていなかったことから,同月中の実施を見送ることとした。(甲7,乙9,10〔資料1〕)

日本板硝子の取締役らは,平成22年4月頃から公募増資の準備を再開し,同月8日頃から,新株式発行に関する具体的内容等についてJPモルガン証券から提案を受けるなどして,検討を重ねた(JPモルガン証券側の担当者として,ECMのEもこれに参加していた。)。そして,平成22年4月28日に開催された日本板硝子の取締役会において,最短実施時
期を同年8月下旬頃,目標調達額を400億円以上とする新株式発行の方法による公募増資(本件公募増資)の計画について説明,議論がされ,おおむね了承されたが,実施時期については,早期化を求める意見が出されたことから,最善と考えられる時期について十分検討すべきものとされた。JPモルガン証券は,同年5月7日,日本板硝子に対し,本件公募増資に主幹事証券会社として参加することを受諾した。(前提事実(3)イ,ウ,乙9,10〔資料1,2〕)。


平成22年7月6日,日本板硝子,大和証券及びJPモルガン証券など本件公募増資の関係者らによるキックオフミーティングが開催された。JPモルガン証券側では,投資銀行本部,引受審査部,法務部のほか,ECMからもE,D,Mらが出席し,ECMは同日から本格的な準備作業を開始した。(甲7,乙9,10〔資料1〕)


上記エのキックオフミーティング後,日本板硝子は,外部の関係者らとの資金使途に関する打ち合わせや,同社取締役らへの概要説明,海外募集に当たってのデューディリジェンスなどを行って準備を進めていた。日本板硝子の取締役らは,平成22年7月26日に,同月29日開催予定の取締役会に提案する内容を確定させ,これにより,本件公募増資
の公表日(ローンチ)は同年8月24日とされた。そして,同年7月29日開催の取締役会では,本件公募増資の公表日を同年8月24日とすることなどが説明された。
(以上につき,乙9,10〔資料1,4〕)

日本板硝子は,平成22年8月5日,2011年3月期(平成23年3月期)の第1四半期決算を発表し,また通期での業績予想数値の修正を公表した(以下本件決算発表という。)。その内容は,営業利益,経常利益及び当期純利益のいずれも上方修正するものであり,経常利益は,前回予想を150%上回る100億円となり,当期純利益は,前回の赤字予想から黒字予想に転じて10億円となった。(乙27)


ブルームバーグニュースは,平成22年8月24日14時頃,日本経済新聞の記事を参照する形で,日本板硝子が,同日,株式の売付け,資金調達を公表する予定であることを報じた(甲88,乙44,45。以下本件前打ち報道という。)。ク
日本板硝子は,平成22年8月24日9時に開催された取締役会において,本件公募増資を実施することを決議し,同日16時頃,本件公表をし
た(前提事実(3)オ,乙10〔資料1〕)。


日本板硝子株に係るフロー照会

日本板硝子のN財務企画部担当部長(以下N部長という。)は,平成20年10月以降,公募増資の実施に備え,日本板硝子株の株価が大き
く変動した際には,その要因を調査していた。平成22年7月6日のキックオフミーティング(前記⑶エ)後は,株価に基づいて新株式の発行価格が決定されることから,より注意深く株価の変動要因を見るようになり,特に,株価の大幅な下落は,公募増資の中止につながりかねないことから,株価の下落にはとりわけ注意を払っていた。なお,同日以降の日本板
硝子株の変動状況を見ると,株価が下落したのは同月16日から22日までの間(うち17日~19日は非営業日のため,営業日は4日),同年8月18日から24日までの間(うち21日~22日は非営業日のため,営業日は5日)であった。前者のうち,下落幅が大きかったのは同年7月16日及び21日であり,株式売買の出来高に顕著な変化が見られる日はな
かった。
N部長は,日本板硝子株の株価に大きな変動(特に株価の大幅な下落)が見られるとき,JPモルガン証券,大和証券又は日興コーディアル証券の担当者らに株価の変動要因について照会しており,JPモルガン証券のEは最も回答が早かったことから,Eに照会することが多かった。
N部長によるこのような株価の変動要因の照会は,本件公募増資が完了した後の平成22年秋頃まで続き,むしろ,完了後の方が照会数は多かった。
(以上につき,甲7,乙9,10〔資料9〕,11)

Eは,N部長から株価の変動要因の照会を受けた場合のほか,日本板硝子株の売買の出来高が前日の2倍を超えるなどして,フローを調べた方がよいと自ら判断した場合にも,D又はMにフロー照会を指示していた。こ
れを受けたD又はMは,セールストレーディング部又は株式営業部に対してフロー照会を行い,その結果をEに報告し,Eはその結果をN部長に報告していた。
平成22年7月当時,セールストレーディング部に所属する従業員は,Cを含め3名であり,Cが中心となって活動していた。

(以上につき,甲7,乙9,11,証人C)

Dは,Cに対し,平成22年7月から8月にかけて,複数回にわたり,日本板硝子株に係るフロー照会をした。また,Cは,Dと会ったときなどに日本板硝子のローンチ(公表)があるとしたら,その時期はいつかなあ,市場では,この日に日本板硝子のローンチがあると噂されているけど,どうなのなどと聞いてきたことがあったが,その噂されているという日は本件公表日ではなかった。(乙11)


INPEXの公募増資等

INPEX(前提事実⑷)は,平成22年7月8日,新株式発行等の方
法による公募増資を実施すること(以下INPEX公募増資とい
う。)を公表した。同公募増資における共同主幹事証券会社は,野村證券株式会社(以下野村證券という。),ゴールドマン・サックス証券株式会社及びみずほ証券株式会社であり,JPモルガン証券は引受証券会社となったものの,その国内一般募集における買取引受のシェアは1%で
あった(乙13,22)。

平成22年7月中旬頃に行われた上記公表後のINPEX公募増資に係るJPモルガン証券内のミーティングには,Cも出席していたが,その場において,株式営業部のFは,INPEX公募増資は前哨戦であり次の公募増資案件への布石である,次は大和証券には負けられないという趣旨の発言をした。この発言については,JPモルガン証券が引受証券会社となったSBIの公募増資(同年6月7日公表)の際に,顧客から
株式募集への申込みの注文を得るために同じく引受証券会社である大和証券と競い合ったが,大手の国内機関投資家からの受注等に関し大和証券に大きく負けたという経緯があったことから,買取引受のシェアが1%と少ないINPEX公募増資においても,次の公募増資案件への布石となるべく,積極的な営業活動を行おうと,関係各者を鼓舞するため
の発言と理解されるものであった。
また,平成22年6月頃,Cは,その当時座席が近かったFから,夏休みの取得に関して,休むなという趣旨の言葉をかけられたことがあった。
(以上につき,前提事実⑷,乙11,13,65,69,証人C)⑹

Cと原告の関係
Cは,平成22年5月頃,前任者の顧客であった原告を引継ぎ,その頃,
初めてAらと面識を持った。Aらはシンガポールに在住しているため,一時帰国時しかCと会う機会がなく,Cが本件公募増資に係る本件公表前にAらと会ったのは1回だけで,そのほかは電話やチャットでのやり取りがあるだけであった。
Aが運用していた本件ファンドは,平成21年(2009年)10月に運用が開始されたばかりで,開始当時の運用資産額は約13億円であり,平成22年4月頃でも約20億円にすぎなかった。他社では1000億円以上の
ファンドも少なくない中で,本件ファンドは比較的小規模なものであったといえ,JPモルガン証券でも,顧客の重要度を示す4つのランク(上位からプラチナ,ゴールド,シルバー,ブロンズ)のうち,原告
は最下位のブロンズ・アンド・パートナーシップに位置付けられていた。(以上につき,乙41,証人C,証人A)。

CとAとのチャット(乙16,19)

CとAとの間で,平成22年6月4日14時47分~48分にされた,ソフトバンクに関するチャットの内容は以下のとおりである。
投稿者
C
投稿内容
ご存知,9984(注・ソフトバンク),噂出ていま
す。

A
??

C
PO【公募増資】


CとAとの間で,平成22年6月16日13時17分~41分にされた,INPEXに関するチャットの内容は以下のとおりである。
投稿者
C
投稿内容
1605INPEXGETTINGCRUSHED!【INPEXが急落してます!】

A
anynews??【何かニュースがあるのですか?】

C
duunoyet【まだ知らないです】

A
also8058downaswell【8058(注・三菱商事)も同様に下げています。】

C
andnot8031【8031(注・三井物産)は下がっていません】

C
売りキメってな話になっています

A
soudesukaa【そうですか】

A
ok【OK】

C
INPEX

C
インドネシアにエクスポージャーがあるらしいです

A
youthinkbad?onthisamlong【悪材料だとお考えですか?この銘柄,買い越しの状態ですが。】

C
prettybadnamemoryarimasuyone;thisquakething【非常に悪い記憶がありますよね。この地震の件】

A
mmmm..difficult.【うーん,難しいですね。】

C
5000株の売りキメも入ってますね

A
1605(注・INPEX)?

C
はい!

C
OTC(注・店頭取引の意味)で

A
thatbig..【こんなに大きい。】

C
iknow…【知っています。】

C
butAsan;【しかし,Aさん】

C
ISTRONGLYrecomenduto【私は,あなたに強く推奨します】

CC
thisstock【この株】

Cウ
SHORT【空売り】

range:anothermonth【レンジとしては,もう1か月】
CとAとの間で,平成22年7月5日10時14分~20分にされた,INPEXに関するチャットの内容は以下のとおりである(乙16,19)。
投稿者

投稿内容

C
MOODY’SSAYSNEGATIVECREDITIMPACTONMININGCOMPANIESSIGNIFICANTLYREDUCEDBYNEWAUSTRALIATAX【ムーディーズによると,鉱業会社に対するネガティブな
信用(格付け)への影響は,オーストラリアの新税により
著しく減少しました。】

A
buy1605?【INPEXは買い?】

C
iWOULDNEVERDOTHAT【私だったら絶対にそんなことはしない】

C
NEVER【絶対に】

C
BELIEVEME…UDON’TWANTTODOTHIS…ESP.THISWEEK【私を信じてください。あなたはそうしたくないはず,特
に,今週】

A
OK,nopositionandthought,sothisarticlemeanswhatyouwannasay?【オーケー,買うのをやめます。そして考えました。あなたが言いたいのはこの記事のことで
すか?】

C
article…saysthis..butAUDNZDcomingbackupafterthearticle【記事は,このことを言っています,しか
し,オーストラリア・ドル,ニュージーランド・ドルが,
この後に戻って高くなります。】

C
yes,buyminings.buyshosha…but【そうですね。鉱業を買って,商社を買って,でも】

C
NOT1605【INPEXは違う】

C
umustalreadyknowwhy【あなたは既にその理由を知っているはずでしょう】

Aエ
ok【ああ】

CとAとの間で,平成22年7月12日10時45分~13時04分にされた,みずほFGに関するチャットの内容は以下のとおりである(乙16,19,弁論の全趣旨。以下,二重枠線で囲った部分を本件関係強調部分という。)。投稿者

投稿内容

C
Asan【Aさん】

C
mxzxhx【みずほFG】

C
realga200desuga,MINIMUMdemandarimasuka???【リアルが200ですが,ミニマムの需要はありますか?】

C
korewadekireba【これは,できれば】

C
hoshi【欲しい】

C
tteiulevel.【っていうレベル。】

C
minimum【ミニマム】

C
korewo【これを】

C
3brokerniitteoitahogaiitoomoimasu!!【3つの証券会社に言っておいた方がいいと思います!】

A
50oku!【50億!】

C
makesureyoutellthisto3brokerdesu!!【3つの証券会社にこれをちゃんと言ってください!】

A
oke【オケ】

C
miz【みず】

C
fill?【満たされました?】

A
toolate【遅すぎる】

A
141【141】

C
k【千】

A
plsfillbid【入札をしてください】

C
roger【了解です】

C
in【入力しました】

A
ok,ths【OK,サンクス】

A
12:42:48

O:なかなかご希望に添えないようなBOOKの

状態になってきていますので,JPさんがそのようなこと
をお伝えするのかわかりかねる部分もございますが....
12:43:08

O:承りました...

12:51:46

O:私の個人的な感覚としては,800お申し

込みいただいて,逆にリアルデマンドがことなるというのを開示されるのは,御社にとって,逆によくないのでは,と感
じてしまいます。。。
A
ttecommentdeshita.【ってコメントでした。】
A
douomoimasu?【どう思います?】

C
isshe…juniororsomething???【彼女は,ジュニアか何か?】

A
GSnohitonihatutaeteokimashita【GSの人には伝えておきました】

C
ma…srrytashasannotantoshawo【まあ,すみません。他社さんの担当者を】

C
warukuiunowa【悪く言うのは】

C
hansokudesune.apology【反則ですね。ごめんなさい。】

A
notreallysure..【実際のところ良く分かりません。】
A
anmarifukaikankeidehanainode【あんまり深い関係ではないので】

A
jissai【実際】

C
ic…【了解。】

C
well【えーと】

C
dunnohowtosaythis…wanttomakethisa“vague”sentence…【これはなんと言えば良いのでしょう。これは曖昧な文章にしておきたいです。】

C
but【しかし】

A
weareverycloseNomura,Daiwa,Mizuho,andJandyou【我々は,野村證券,大和,みずほ,J,あなたと非
常に親しくしています】

A
othersnotsomuch…【他の人はそうでもありません。】
C
idohaveECMdirectcontactnanode.【私は,ECMに直接コンタクトを持っているので】

A
ok

C
zettainiAsannitotte【絶対に,Aさんにとって】
C
warukunaruyonakotowashinaidesu.【悪くなるようなことはしないです。】

A
gotyou~!domodomo~【やったー!どうも,どうも】
A
canfill8411?【8411(注・みずほFG)の注文を埋められますか?】

A
bid【入札のことです】

C
ok【OK】

A
nothingdone?【何も完了していないですか?】

C
shxt…iwastooslow【私は遅すぎました。】

A
okhitbidpls【OK,入札を打ってください。】

A
ornotchottooffer【または,ちょっとではない申込】
A
smaller【小さい方のやつ】

A
canyousell140?【140で売ってくれますか?】

C
wow【ワオ】

C
can’tdo140now【今は140は無理です】

A
ok【OK】

A
hitit【それを打ってください】

C
done【完了しました】

A
domo【どうも】


CとAとの間で,平成22年7月15日9時29分~31分にされた,りそなに関するチャットの内容は以下のとおりである(乙16,19)。投稿者

投稿内容

C
8303(注・りそな)

A
sokachottobuyingbuckbelow960【そうか,960円下でちょっと買い戻し】

A
domo【どうも】

A
hearanyonthis?【これについて何か聞いてますか?】
C
yes,iknowabtthis.【はい,知っていますよ。】
C
but【しかし】

C
ppl…talkingabtthisalittletooearly【みんな,本件について話しているけど早すぎるね】

A
ic【そうそう】

C
madananimokimattewainainoni【まだ何も決まっていないのに】

A
playingaroundhaha【遊んでいるね,はは】

A
nowmktthinandrumorgoesanything【いまマーケットが薄いから,どんな噂も飛び交うね】


CとAとの間で,平成22年7月26日14時33分~34分にされた,スズキに関するチャットの内容は以下のとおりである(乙16,19)。
投稿者
A
投稿内容
anyhearon7269?【スズキについて,何か聞いていますか?】

C
po??【公募増資?】

C
no,haven’theard【いや,聞いていません】

A
dontknow【知らないけど】


CとAとの間で,平成22年8月9日9時17分~22分にされた,日本板硝子に関するチャットの内容は以下のとおりである(乙16,19)。
投稿者
A
投稿内容
5202anyflows?【日本板硝子に何かフローはありますか?】

C
nottoday【今日はありません。】

A
shouldlong?【買うべきですか?】

C
ifuwanttotakethemomentum…butipreffertowaitandgetreadyforHEAVYSHORT!【もしあなたがモメンタムを取りたいならば。しかし,私だったら,待って
ヘビー・ショート(注・大量の空売りの意味)に備えま
す!】

A
mmmmsoka【むむむむ,そうか】

A
gotbeenscrewedmuch,wonderifcoverornot【非常にやられてしまった。買い戻すか否か迷っています。】

C
yeah…seeingpplshortcovering…【そうね,みんな買い戻しているようですね。】

C
tashikaniY250kuraimadewaassariikunodesho-ne【確かに250円くらいまではあっさりいくでしょうね。】

A


canyoucall?【電話できますか?】

CとあすかアセットのPとのチャット

Cと顧客であるあすかアセットのPとの間で,平成22年8月5日12時12分~15分の間にされた,日本板硝子に関するチャットの概要は次のとおりである(乙39,弁論の全趣旨)。

PがCに対し,日本板硝子の公募増資の公表が今日(平成22年
8月5日)ではないかと尋ねたことに対し,Cが,絶対にない旨回答した。

CとPとの間で,平成22年8月6日9時45分~46分にされた,日本板硝子に関するチャットの内容は以下のとおりである(乙72)。投稿者
P
投稿内容
おう,大和が3→1にするらしいよ

CC
大和とJPMですから

P
さて,どっち??

C


するでしょうね

共同なので

CとあすかアセットのQとの間のチャット
CとあすかアセットのQとの間で,平成22年7月27日10時2分~21分の間にされた日本板硝子に関するチャットの内容は次のとおりである。
QがCに対し,空売りを推奨する銘柄の有無を尋ねたのに対し,Cが,日本板硝子について1か月間は空売りを推奨する旨回答した。Qがその理由を尋ねたことに対し,Cは言えないと答えた。Qが理由を言えないのはコンプライアンス上の理由によるものかとさらに尋ねると,Cはそうである旨回答した。(乙40,証人C)。
投稿者

投稿内容

Q
ショート銘柄探しています。何か推奨ありますか?

C
イタガラ

C
1monthspan【1か月間】

C
toolong?【長すぎる?】

C
desuka?【ですか?】

Q
ショートの理由は?

C
can’tsay【言えません】

C
or..【又は・・】

C
notaloudtosay…【言うことができません・・】

C
haha【はは】

Q
OK(オーケー)

(中略)

(中略)

Q
notaloudtosayっていうのはトレーダーは何もしゃ
べってはいけないという意味ですか?コンプラ上

C⑽
yes【はい】

日本板硝子の公募増資に関する噂等

日本板硝子は建築用ガラス事業を主力事業としており,いわゆるリーマンショック(2008年〔平成20年〕9月)前の住宅バブル時に,多額
の借財により英国法人のピルキントン社を買収したが,その後,リーマンショックにより住宅バブルがはじけたことから,資金繰りが懸念される状況となった。そのため,平成20年頃から,日本板硝子が公募増資による資金調達をするという噂が生じており,それが株価の上値を抑えることにもなっていた。その後,平成22年には,ユーロ債務危機の影響などもあ
り,業績の悪化が予想される中で,市場関係者の間では,同年6月~7月頃から,近いうちに大和証券が主幹事証券会社となって日本板硝子の公募増資が実施されるとの,より具体的な噂が流れるようになった(日本板硝子については,大和証券の従業員からも,その公募増資が実施される場合に同社が主幹事証券会社になることが期待される案件として,注目されて
いた。)。
もっとも,その頃は,日本板硝子の公募増資の公表は平成22年8月5日の本件決算発表とともにされるともっぱら噂されており,多くの市場関係者が同日に公募増資の公表がされると考えるようになっていた。その理由は,決算発表の内容が悪くとも,同時に公募増資の公表があり,
それが株式市場から好感を持って評価されれば,株価の下落を防ぐことができるためである。
Cは,INPEXの公募増資の国内募集に係る顧客への営業活動を行っていた平成22年7月中旬頃,顧客等を通じてこれらの噂に接することが可能な状況にあった。
(以上につき,甲71,乙11,67,69,71,98,証人C,証人A)

しかし,上記の噂に反して,平成22年8月5日の本件決算発表(前記⑶カ)時には公募増資の公表はされず,業績予想値の上方修正が発表された。これは,欧州建築用ガラスの値上げ効果に加え,世界的な自動車生産の拡大等によって板ガラス事業の収益が大幅に改善したことなどによるものであり,市場ではポジティブサプライズ(好意的な驚き)と評価され,この日から日本板硝子株の株価も上昇傾向に転じ,同月18日頃まで
高値が維持された(乙94)。

その後,本件公表日(平成22年8月24日)の約1週間前から,日本板硝子についてエクイティファイナンス(株主資本の増加をもたらす資金調達)の観測が市場で流れるようになり,同月18日頃から株価は急落した(乙98)。


日本板硝子株の株価の推移
日本板硝子株の平成22年7月28日から同年8月29日までの株価の推移は以下のとおりである(乙95)。なお,折れ線グラフは,終値の推移を折れ線グラフで表したものであり,表は,営業日ごとの終値を表にした
ものである(いずれも単位は円)。


Aによる本件公表日当日の注文状況
Aが平成22年8月24日にした日本板硝子株の取引に係る注文状況は,以下のとおりである(乙43)。なお,以下の表における,発注時刻欄
記載の時刻はAが注文を発注した時刻,最後の成約時刻欄記載の時刻はAが発注した各注文ごとに全株式の売買が成立した時刻である。

発注時刻
10:20
10:29
10:29
10:32
13:59
14:03
14:03
14:03
14:04
14:04
14:04
14:04

3
取引内容発注株数
指値最後の成約時刻
買い
100,00010:25
買い
100,00013:46
買い
100,00013:54
買い
100,00013:23
買い
100,00014:00
買い
500,00014:03
買い
500,00014:03
買い
500,000197-198
14:03
売り
200,00014:05
売り
200,00014:04
売り
20,00014:04
売り
10,00014:05

争点⑵ア(Cが本件重要事実をその職務に関し知ったか否か)について⑴

判断枠組み

上場会社等と特別の関係にある者は,一般に,当該上場会社等の内部情報を一般投資家より早く,より詳細に知り得る立場にあることから,これらの者が,一般投資家の知り得ない内部情報を利用して当該上場会社等の有価証券等に係る売買取引をすることは,金融商品取引市場におけ
る公平性,公正性を害し,一般投資家の利益と金融商品取引市場に対する信頼を損なうことになる。そこで,金商法は,いわゆる内部者取引を禁止し,その違反に対して行政罰である課徴金を課すこととするとともに,規制の明確性や予測可能性を確保する観点から,その禁止の対象となる内部者取引について,内部情報の流通形態ごとに類型化し,それぞ
れの類型につきその主体や禁止行為に該当するための要件を規定している。
内部者取引のうち会社関係者に係る取引の規制について定める金商法166条は,相手方法人の契約担当役員等が契約の締結若しくはその交渉又は履行に関し当該上場会社等に係る業務に関する重要事実を知ったと
きに,当該契約担当役員等について当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等を禁止する(同条1項4号)とともに,相手方法人の担当外役員等がその職務に関し当該重要事実を知ったときにも同様に,当該担当外役員等について上記売買等を禁止している(同項5号)。これは,一般に,法人においては,複数の部署が関わり合いを持って業務を遂行
するのが通常であり,相手方法人の契約担当役員等が,その職務の遂行上,担当外役員等と直接又は間接の関わり合いを有することにより,当該重要事実が担当外役員等に伝わる可能性が類型的に存在することから,相手方法人の契約担当役員等のみならず担当外役員等も,所定の要件を満たす場合に同項の会社関係者に該当するものとして上記規制の対
象に含めるとしたものと解される。
そして,金商法166条1項5号が,相手方法人の担当外役員等が同項の会社関係者に該当するための要件として,

その者が役員等である当該法人の他の役員等が,それぞれ第2号又は前号に定めるところにより当該上場会社等に係る業務等に関する重要事実を知った場合におけるその者に限る。

と規定し,また,担当外役員が重要事実をその者の職務に関し知ったときに限って取引を規制することとしているのは,相手方法人の担当外役員等が,同法人の契約担当役員等が契約の締結や交渉等に関して重要事実を知った場合に,その契約担当役員等との直接又は間接の職務上の関わり合いを通じて当該重要事実を知り得る立場にあることを前提とし,そのような立場にある者が職務上知った当該重要事
実に係る情報を利用して行われる取引を規制しようとするものと解される。
もっとも,他方において,金商法166条1項5号は,契約担当役員等から担当外役員等に対し,重要事実に係る情報の全部又は一部が直接に伝達されることを要件として定めていない。これは,一般的な法人にお
ける複数の部署の関わり合いの実情に照らせば,契約担当役員等が得た情報が担当外役員等に伝わる方法は,当該情報を直接に伝達することに限られないためであり,また,契約担当役員等に端を発する複数の経路により得られた情報が合わさって重要事実を知ることができた場合であっても,契約担当役員等との直接又は間接の職務上の関わり合いを通
じてこれらの情報が得られたと評価される以上,これを取引禁止の対象外とするのは金融商品取引市場の公正の確保等の観点から相当でないとされたためであると解される。
以上に照らすと,金商法166条1項5号による取引規制の対象とされるには,契約担当役員等から担当外役員等に対し,重要事実に係る情
報の全部又は一部が直接に伝達されることを要するものではないが,少なくとも,契約担当役員等が契約の締結や交渉等に関して得た重要事実に関する情報が,その契約担当役員等と担当外役員等との直接又は間接の職務上の関わり合いを通じて,当該担当外役員等の知るところとなったことを要するものと解するのが相当である。

ところで,本件のように担当外役員等である者が証券会社の従業員として株式の取引や営業等の業務に携わっている者である場合には,日常的
に,上場会社及びその株式に関わる情報を収集し,市場状況等を分析するなどして,顧客に対し有用な情報を提供することを業務として行っているのが通常であり,そのような日常的な業務活動を通じて,収集した情報等の分析に基づく推測を得たり,市場関係者等の間における噂を聞くなどして,契約担当役員等とは別の経路から重要事実に関する何らか
の情報を入手することもあり得るものといえる。そして,このように入手された情報から担当外役員等が重要事実を知ったとしても,これを利用して行われる取引が,上記アに述べたところに照らして,金商法166条1項5号による取引制限の対象に当たらないことは,明らかである。

そうすると,このように担当外役員等が契約担当役員等とは別の経路から重要事実に関する何らかの情報を入手した場合において,金商法166条1項5号による取引制限の対象に当たるというためには,当該別経路による情報だけでは重要事実を知ったというのに十分でなかったものが,契約担当役員等との直接又は間接の職務上の関わり合いを通じて得
られた情報(内部情報)を加えたことにより重要事実を知るに至ったと認められることが必要であり,例えば,別経路による情報は単なる推測や噂にとどまるものであったが,内部情報によりこれが確実なものであると裏付けられた場合などは,これに当たるものというべきである。⑵

検討
被告は,CからAらに対する本件重要事実の伝達は平成22年7月27日の本件チャット(前提事実⑸)により行われたと主張するため,Cがその職務に関し本件重要事実を知ったか否かについては,同日を基準に検討する。ア
Cが株式市場等から得ていた情報
Cは,平成22年当時,JPモルガン証券のセールストレーダーとして
勤務していた者であり,同社の顧客である国内外の機関投資家に対し株価動向等の情報提供を行う立場にあったものである(前提事実⑵イ)から,日常的に,上場会社及びその株式に関わる情報を収集し,市場状況等を分析して,顧客に取引を推奨すべき銘柄等について検討していたものと認められ,日本板硝子が多額の借財により英国法人を買収した後に
リーマンショックが生じたことにより,資金繰りが懸念される状況となったこと(認定事実⑽ア)などは,市場関係者に周知な情報として当然に認識していたものと推認される。また,日本板硝子については,本件公表日の約2年前である平成20年頃から,公募増資による資金調達をするという噂が市場関係者の間に生じていたところ,平成22年6月
~7月頃からは,近いうちに大和証券が主幹事証券会社となって公募増資を行う旨のより具体的な噂が流れるようになった(認定事実⑽ア)ものであるが,これらの噂にその頃接した旨のCの証言は,Cが同年7月中旬頃にINPEXの公募増資に係る顧客への営業活動を通じて,機関投資家である顧客からも情報を得られる状況にあったこと(認定事実⑽
ア)とも合致し,また,日本板硝子については大和証券の従業員からも,公募増資が実施される場合に同社が主幹事証券会社となることが期待される案件として注目されていたこと(認定事実⑽ア)とも合致するため,信用することができる。
もっとも,これらは,日本板硝子の財務状況等を踏まえた市場関係者の
間における噂の域を出ないものであって,実際,これらの噂においては,本件決算発表がされる平成22年8月5日が公募増資の公表日となると予想されていた(認定事実⑽ア)ところ,現実の本件公表日(同月24日)はこれと異なっていたものである。そして,C自身も,当初はこの噂のとおり同月5日が公募増資の公表日となると考えていた旨証言しているところ,かかる証言は,JPモルガン証券のECMの担当者として本件重要事実に接していたDが,Cから市場の噂について質問を受けた際に,その質問において公募増資の公表日として噂されているとされた日が本件公表日とは異なっていたこと(認定事実⑷ウ)とも合致し,信用することができる。
そうすると,Cは,遅くとも平成22年7月中旬頃には,同年8月5日
頃に大和証券を主幹事証券会社とする日本板硝子の公募増資に係る公表がされる旨の市場関係者の間の噂に接していたと認めるのが相当である。

そこで,このように日本板硝子の財務状況についての認識を有し,か
つ,日本板硝子の公募増資に係る市場関係者の間の噂に接していたCが,本件チャットをした平成22年7月27日までの間に,契約担当役員等であるJPモルガン証券のECM所属の従業員との直接又は間接の関わり合いを通じて得られた情報(内部情報)により,日本板硝子の業務執行を決定する機関が本件公募増資を行うことについての決定をしたこと(本件重要事実)が確実なものであると裏付けられたといえるか否
かについて検討する。
この点,Cが各関係者と交わしたチャットを見ると,Cが,①平成22年7月27日,Q(あすかアセットの従業員)に対し,日本板硝子株について同日から約1か月間にわたる空売りを推奨していること(認定事実⑼),②同年8月5日,P(あすかアセットの従業員)に対し,同
日における日本板硝子の公募増資の公表がないことを断言するような回答をしていること(認定事実⑻ア),③同月6日,Pに対し,日本板硝子の公募増資が大和証券とJPモルガン証券との共同主幹事証券会社により行われる旨伝えていること(認定事実⑻イ),④同月9日,Aに対し,日本板硝子株を買い戻さずに待った方がよいと推奨していること(認定事実⑺キ)からすると,Cは,上記噂に接した後,本件公募増資が同年8月5日よりも後の同月内のいずれかの日に公表されるとの認識を抱くようになったと認めることができる。
しかし,他方において,Cは,その証言において,当時の株式市場の状況分析からも同様の予測は成り立ち得るとし,具体的には,本件公募増資の公表が平成22年8月5日に行われるならば,その直前にはこれ
を察知した投資家らによるたたき売りのような現象が見られるはずなのに,同日が近付いてもこのような現象が見られなかったため,公表日は別の日となることが予測された旨証言しているところ,かかる証言は,日本板硝子株の株価が同年7月22日から同年8月5日までの間,比較的安定していたことや,本件公表日の6日前である同月18日以降にお
いて急激に下落したことと合致する。そうすると,Cにおいて,日本板硝子による公募増資の公表が,本件決算発表と同日にはされず,同日よりも後の同月内のいずれかの日にされる可能性が高いと推測したとしても,当時の市場状況の分析から得られる推測の一つとしてあり得ないものではなかったということができる。また,仮にCが同年7月27日ま
でに本件公募増資が確実であることを裏付けるような何らかの情報を得ていたのであるとしても,それが顧客等の外部の者からもたらされた情報であったり,あるいは,個人的なつながりによって得られた情報である可能性も直ちには否定し難く,仮に当該情報の入手経路がこのようなものであった場合には,契約担当役員等との直接又は間接の職務上の関
わり合いを通じて得られた情報(内部情報)により重要事実を知るに至ったものであるとは認め難い。
そこで,以下においては,Cが契約担当役員等であるECM所属の従業員との直接又は間接の職務上の関わり合いを通じて得られた情報にはいかなるものがあり,これらの情報を得たことにより本件公募増資の実施について単なる推測や噂にとどまらず確実なものであると裏付けられたといえるか否かについて検討する。


ECM所属の従業員から得られた情報について
被告は,ECM所属の従業員であるDが平成22年7月中旬頃,Cに対し数日間連続して日本板硝子株に係るフロー照会を行ったことを指摘する。

しかし,Dが具体的にいつ,何回にわたり,Cに対するフロー照会をしたかは,証拠上明らかにされていない。また,ECM所属の従業員が他部署に対して日本板硝子株に関するフロー照会を行ったのは,株価が大きく変動したとき(特に株価が大幅に下落したとき)か,株式売買の出来高が前日の2倍を超えるなどしたときであるとされている(認定事
実⑷ア,イ)ところ,平成22年7月中旬頃において,大幅な下落が見られるのは同月16日及び21日のみであり,株式売買の出来高に顕著な変化が見られる日はなかった(認定事実⑷ア)のであるから,この頃に数日間連続してフロー照会の対象となるような日があったとは認め難い。さらに,日本板硝子のN部長が株価の変動要因について照会すると
きは,JPモルガン証券のEに対して照会することが多かったものの,ほかに大和証券又は日興コーディアル証券の担当者らに照会することもあったのであり(認定事実⑷ア),また,Eがフロー照会を指示するときも,DのほかMにも指示をしたことがあり,その照会先も,Cが所属していたセールストレーディング部のほか,株式営業部に対して照会し
たこともあった(認定事実⑷イ)のであるから,仮にこれらの中でDからCに対したされた照会が比較的多かったとしても,それは上記のような照会の一部を占めるものにすぎなかったといえる。
これらに加え,平成22年当時に日本板硝子株に関して行われたフロー照会全体の中では,本件公表日直前に急激に株価が下落した同年8月18日以降や,本件公募増資の完了後には,特に集中的にフロー照会が行われたと認められる(認定事実⑷ア)のに対し,同年7月中旬頃にこのような集中的なフロー照会が行われたことをうかがわせる証拠もないことに鑑みると,被告の主張する連続したフロー照会の事実(DからCに対する照会が平成22年7月中旬頃に数日間連続してされたこと)は,認めることができない。

また,ECMによるフロー照会自体,公募増資の場合以外にも,ECMの顧客企業である上場会社の株価が大きく変動した場合などに,当該企業の依頼やECMの判断により,日常的に行われていた業務であり(認定事実⑵イ),特に日本板硝子については,公募増資の話が出始めた平成20年10月頃から,株価が大きく変動したときなどにその要因
を調査していたのである(認定事実⑷ア)から,日本板硝子株についてフロー照会があるというだけでは,日本板硝子による公募増資の実施が確実であることと直ちに結び付く情報であるとはいえない。しかも,Eは,JPモルガン証券内の他部署へのフロー照会に際し,照会した株式の銘柄に関し市場に誤解を与えるような情報が流れてしまうことを危惧
し,同業他社や同規模の時価総額の企業等をダミーとして加えていた(認定事実⑵イ)のであるから,日本板硝子株のフロー照会に関してよほど特徴的な目立った動きがない限り,その照会を受けた他部署の従業員において,日本板硝子による公募増資の実施が確実なものであるとの認識に至ることは困難であるといわざるを得ない。

しかるに,平成22年7月中旬頃にDからCに対して日本板硝子株につき何日間か連続したフロー照会がされたり,そのほか日本板硝子株に係るフロー照会に関し特に特徴的な目立った動きがあったと認められないことは,上記

のとおりである。

以上によれば,ECM所属の従業員からCに対し平成22年7月中旬頃にされた日本板硝子株に係るフロー照会がされたというだけでは,本件公募増資の実施について確実なものであると裏付けられたというこ
とはできない。

株式営業部の従業員から得られた情報について
被告は,株式営業部のマネジメント担当者が平成22年6月頃,従業員に対し夏季休暇を取得する場合には事前に申請するよう指示してい
たことや,株式営業部のFが,同年6月1日から7月1日までのいずれかの時期に,

C,休むなよ。

と言ったことなどを指摘する。しかし,これらの指示や発言は,いずれも本件公募増資に関する平成22年7月6日のキックオフミーティングの前にされたものである上,これらの指示や発言の内容から見ても,そもそも公募増資と関わりのあ
る情報といえるか疑問であるといわざるを得ない。また,株式営業部自体が,Cが属するセールストレーディング部と同じく営業部門に属する部署であり,公募増資の公表まで当該情報に接することのできない情報隔壁の外に置かれたものであるから,株式営業部の従業員の言動に公募増資を示唆するものがあったとしても,単なる推測や市場関係者の間の
噂に基づく言動にすぎない可能性もあるのであり,かかる株式営業部の従業員の言動から得られる情報をもって,本件公募増資の実施について確実なものであると裏付けられたということはできない。
また,被告は,平成22年7月中旬頃にJPモルガン証券内で行われたINPEX公募増資に係るミーティングでのFの発言が,近いうち
にJPモルガン証券が引受証券会社となる公募増資案件があることを示唆するものであると主張する。しかし,これについても,公募増資の公表まで当該情報に接することのできない情報隔壁の外に置かれた部署の者による発言であることは上記と同様である上,当該発言の内容自体が,買取引受のシェアが少ないINPEX増資においても積極的な営業活動を行うよう関係各者を鼓舞するため,過去に大和証券との受注競争に大きく負けたことを引き合いに出したにすぎないと見ることもできる
ものであり(認定事実⑸イ),かかる発言から得られる情報をもって,本件公募増資の実施について確実なものであると裏付けられたということはできない。

小括
以上のとおり,Cは,平成22年当時,日本板硝子の財務状況等に関する情報を認識していた上,同年7月中旬頃までに,同年8月5日頃に大和証券を主幹事証券会社とする日本板硝子による公募増資の実施が公表される旨の市場関係者の間の噂に接し,その後,同日よりも後の同月内のいずれかの日に公募増資の公表がされるとの認識を抱くようになったと認められるとこ
ろ,その認識が当時の株式市場の状況分析等による推測から得られた可能性等も,直ちには否定し難い。そして,内部情報の入手経路として被告が主張するところについてみても,平成22年7月中旬頃にECM所属の従業員であるDからCに対し数日間連続したフロー照会がされたという被告主張の事実は認めることができず,その頃に日本板硝子株に係るフロー照会に関し特
に特徴的な目立った動きがあったとも認められないから,その頃に日本板硝子株に係るフロー照会がされたというだけでは,本件公募増資の実施について確実なものであると裏付けられたということはできない。また,そのほかに内部情報の入手経路として被告が主張するところを考慮しても,同様である。

そうすると,本件の事実関係の下では,Cが,日本板硝子の公募増資に関する自らの推測や市場関係者の間における噂等の情報に加えて,契約担当役員等との直接又は間接の職務上の関わり合いを通じて得られた情報により,本件重要事実を知るに至ったとは認められないから,本件重要事実をその職務に関し知ったと認めることはできない。
4
争点⑵イ(AらがCから本件重要事実について伝達を受けたか否か)について


上記3のとおり,Cは,本件重要事実をその職務に関し知ったと認められ
ないことから,仮にAらがCから本件重要事実の伝達を受けたとしても,金商法166条3項が定める情報受領者(会社関係者が同条1項各号に定めるところにより知った重要事実の伝達を受けた者)には当たらないこととなるが,本件の事案に鑑み,AらがCから本件公募増資に係る重要事実の伝達を受けたか否かについても検討する。


Aに対する伝達について


CとAの間で平成22年7月27日に行われた本件チャットの内容は,前提事実⑸のとおりであるところ,ここでは,Cが日本板硝子株について同年8月は注目に値する旨の情報を記載しているのみで,公募増資に
ついては何も触れられておらず,その記載内容からは単なる取引推奨の趣旨と理解されるものである。

この点に関し,被告は,CとAとの間で,本件チャットがされるまでの間に,Cが知る公募増資に係る重要事実を暗黙のうちに伝える方法について共通認識が醸成されていたため,本件チャットのような記載のみに
よっても本件重要事実の伝達をすることができた旨主張している。ウ
しかし,Cは,平成22年5月に,前任者の顧客であった原告を引き継いだばかりであり,シンガポールに在住するAとは1回しか会う機会がなく(認定事実

),CとAとの間に上記のような共通認識が醸成さ

れる土壌は乏しかったといわざるを得ない。しかも,JPモルガン証券にとって,原告は顧客の重要度として最下位に位置付けられており,AがCから特別な情報を得ることが期待できる立場にあったともいえない。
また,日本板硝子株の財務状況については市場関係者に周知の事実としてAにおいても当然知っていたと認められる(証人A)ところ,日本板硝子は平成20年頃から資金繰りが懸念される状況にあった上,平成22年にはユーロ債務危機の影響などもあり業績の悪化が予想されていた(認定事実⑽ア)のであるから,このような状況の下で,Aが日本板硝子株に着目し,空売りをしたことは,不自然な取引とはいえない。しかも,Aは,平成22年7月28日から同年8月6日までに合計1
20万株の空売りをした後である,同月9日9時17分頃のチャットで,Cに対し,日本板硝子株を買い戻すべきかどうかを尋ね,Cが待つことを推奨しても,なお,

非常にやられてしまった。買い戻すか否か迷っています。

という趣旨の書き込みをしている(認定事実⑺キ)。このようなAの言動は,日本板硝子株の株価が今後更に上昇することを
懸念し,これに備えていわゆる損切りをすべきかを尋ねたものと解されるところ,もしAがCから本件チャットによって本件重要事実を伝達されていたとすれば,本件公募増資の公表により株価が確実に下がることが予測できるため,株価が急騰していた同日の状況下では空売りをする好機であると捉えるのが自然であって,これと異なるAの上記言動は,
同日の時点においてもAに本件重要事実の伝達がされていなかったことをうかがわせるものといえる。
さらに,Aは,平成22年8月20日の時点で合計217万8000株の売り建玉を有していたが,同月23日及び24日にこれを買い戻し,売り建玉を全て解消している(前提事実⑹ア,認定事実⑿)。これ
は,上記のとおり日本板硝子株の高騰によって損を出していたAが,同月18日以降株価が下落したのを見て,株式の買い戻しをし,利益を確定させようとしたものと解されるところ,もしAがCから本件重要事実の伝達を受けていたのであれば,本件公表後に更に株価が下落することを見込んで,売り建玉を維持しようとしたはずであるから,Aが本件公表の直前に200万株を超える売り建玉を全て解消していることは,本件重要事実の伝達を受けた者の行動として不自然であるといわざるを得ない。
この点,被告は,Aが本件公表前に売り建玉を全て解消したのは,本件公表前から公募増資がされるとの噂があったため株価が値下がりしていたことから,株価が底打ちしたと判断した他の投資家のショートカバ
ー(買い戻し)によって値上がりすることを警戒し,早めに買い戻したためであって,本件重要事実の伝達を受けた者の行動として不自然なものではない旨主張する。しかし,株式の空売りにおいては,株価が高騰したときに空売りして下落したときに買い戻すことにより高い利益が得られる(前記第2の3⑴)のであるから,本件決算発表後のポジティブサプライズによる株価の高騰(認定事実⑽イ)時にその相当部分を空売りして得た売り建玉を,本件公表後に確実にあると予測される株価の下落を待たず,株価の底打ち後の値上がりに備えて買い戻すことにより全て解消することは,本件重要事実の伝達を受けた者の行動としてはやはり不自然なものといわざるを得ない。

加えて,本件チャット前にCとAが公表前の公募増資に係る情報につき暗黙のうちに伝えるための共通認識を醸成していたことの根拠として被告が指摘するチャット(平成22年6月16日,7月5日,同月12日。認定事実⑺イ~エ)を見ても,これらの内容から,Cが当該チャットで話題とされたINPEXやみずほFGについて公募増資が実施され
るとの内部情報を有しており,当該情報をAに伝達したと認めるのは困難であり,CとAが本件チャット前に被告の主張する共通認識を醸成していた事実を認めることはできない。
なお,被告は,平成22年7月12日のチャットにおける本件関係強調部分(認定事実⑺エ)が,Aに対して,CがECMと直接の連絡を有しており,非公表の重要事実に係る情報を入手し得る立場にあることを示すものである旨主張する。しかし,本件関係強調部分の前後を含むチャットの内容は,①CがAに対し,同年6月25日に公表されたみずほFGの公募増資(前提事実⑷)に係る新株の申込みについて,共同主幹事証券会社3社に最低限これだけは欲しいという数を必ず伝えるようアドバイスし,②Aは,Cのアドバイスどおりの申込みを行ったところ,
メリルリンチ証券のOから,申込株数と実際に購入したい株数が異なることを明らかにするのは好ましくない旨の指摘を受けた(甲51)ので,これをCに伝えた,③これに対し,Cは,Oは慣れていないのではないかとの感想を述べ,Aは,メリルリンチ証券とはあまり深い関係ではないので,Oが実際にどのように考えたのかは分からない旨述べた,
④これを受けて,Cが,自分はECMと直接の連絡を有しているので,Aにとって悪くなるようなことはしないと述べ,Aはこれに対する礼を述べた(本件関係強調部分),⑤その後,AはみずほFGの新株式についての注文をし,Cはこれを受注した,というものである。そうすると,本件関係強調部分(上記④)は,公表前の公募増資の情報とは無関
係であり,専ら公表後の新株式の割当調整(ECMはこのような調整を行う部署でもある。認定事実⑴)に関して記載されたものと認めるのが相当であり,本件関係調整部分の記載から,Aにおいて,CがECMから公表前の公募増資に係る情報を入手することができると理解するとは認めることができない。

このほか,被告は,Cが本件チャット後に電話で本件重要事実の伝達をした可能性についても主張する(平成31年1月31日の第18回口頭弁論期日において陳述された被告準備書面⒁)が,上記電話の内容を具体的に明らかにする証拠はない上,その後のAによる言動が本件重要事実の伝達の事実と整合しないことは上記

で述べたとおりであるか

ら,被告の上記主張も採用することができない。

小括
以上によれば,仮にCが本件重要事実をその職務上知ったと認められるとしても,Aが本件チャット後に行った空売りは当時の株式市場の動向等を踏まえてAが自ら判断して行った取引として不自然なものではないのに対し,Aが空売り後にこれを買い戻すべきかどうか迷っていたことや,本件公表前に空売りした株式を買い戻して200万株を超える売り
建玉を全て解消したことは,本件重要事実の伝達を受けた者の行動として不自然である。これらに加え,本件チャットがされるまでに,CとAが,未公表の公募増資に関する情報を暗黙のうちに伝えられる共通認識を醸成することができるような関係にあったともいえず,実際に両者の間に交わされたチャットを見ても,このような共通認識の醸成はうかが
われないことなども併せ考慮すると,Cが,本件チャット(又はその後の電話)によって,本件重要事実をAに伝達したと認めることはできない。

Bに対する伝達について
Bは,CとAとの間で交わされた本件チャットに投稿しておらず,本件チャットに係るメッセージが送信された時に当該チャットルームにログインしていた者にすぎない(前提事実⑸)ところ,実際に投稿者として発言していたAについてすら本件重要事実の伝達を受けたと認められないことは上記⑵のとおりであり,チャットルームにログインしていたにすぎないBについて
伝達を受けたことを示す事情もうかがわれないから,CがBに本件重要事実を伝達した事実も認めることができない。
5
争点⑵ア~ウ(予備的請求)に係る総括
以上のとおり,Cが本件公募増資に係る本件重要事実をその職務に関して知ったと認めることはできず,また,仮にそうでないとしても,AらがCから本件重要事実の伝達を受けたと認めることもできない。したがって,これらの事実が認められるものとしてされた本件処分は,争点⑵ウ(本件各取引が原告
の計算により行われたものであるか)について判断するまでもなく,違法であって,取り消すべきものといわざるを得ない。
6
争点⑶(国賠法上の違法行為の有無及び損害額)について⑴

国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加え
たときに,国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。したがって,公務員の行為が同項の適用上違法となるかどうかは,当該公務員の行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背した場合に限られると解するのが相当である(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁)。そ
して,行政庁がする処分は,それが取り消されるべきものであったとしても,そのことから直ちに国賠法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく,当該行政庁が資料を収集し,これに基づき事実を認定,判断する上において,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分をしたと認め得るような事情がある場合に限り,違法との評価を受ける
ものと解するのが相当である(最高裁平成元年(オ)第930号,第1093号同5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁,最高裁平成7年(行ツ)第116号同11年1月21日第一小法廷判決参照)。⑵
原告は,本件処分をした金融庁長官の違法行為を主張するが,その違法行為の具体的内容について何ら主張立証しておらず,金融庁長官が本件処分をするについて職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分をしたと認め得るような事情は証拠上うかがわれない。


原告は,G調査官が,本件調査官報告書を作成するに当たって,本件チャットの内容を故意に改変し,さらに誤訳したこと(前提事実⑸の訳文における説明参照)が違法行為に当たる旨主張する。
しかしながら,本件調査官報告書においては,上記指摘に係る部分につ
き,原文はhearと書かれていることを明記した上で,hereの意味と捉えた旨を注釈欄に記載し,その上で訳文を付しているのであって,このような本件チャットの引用及び訳文の添付をねつ造などということはできず,国賠法1条1項の適用上違法との評価を受けるものではないことは明らかである。

そのほか原告は,G調査官を含む証券調査官らの違法行為がある旨縷々主張するが,その具体的行為内容について十分に示されていないか,証券調査官らについて職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分をしたと認め得るような事情があると認めるには足りないものであって,原告の主張はいずれも採用することができない。



以上から,その余の点について判断するまでもなく,国賠法1条1項に基づく原告の請求には理由がない。

第4

結論
以上によれば,原告の請求は,本件処分の無効確認を求める請求(主位的請
求)には理由がないからこれを棄却し,本件処分の取消しを求める請求(予備的請求)には理由があるからこれを認容し,国賠法1条1項に基づく請求については理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第51部

裁判長裁判官

清水知恵子
裁判官

池田美樹子
裁判官松長一太は,転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官

清水知恵子
(別紙1)指定代理人目録は記載を省略

(別紙2-1,2-2,2-3)は記載を省略

(別紙3)

争点に関する当事者の主張の要旨

1
争点⑴(本件審判手続の有効性)について


原告の主張の要旨

金融庁設置法25条2項は,審判官は金融庁の職員のうちから任命することを定めているが,審判官は,審判官として任命されるよりも前の時点で,金融庁の職員たる内閣府事務官の身分を有している必要があると解するべきである。本件審判手続を担当したI審判官らは,その任命時において検事の
身分を有していたのみであり,内閣府事務官の身分を有していなかったにもかかわらず,審判官に任命されたものである。

また,金融庁設置法25条2項は,審判官は金融に関する知識経験を有する者から任命することを定めているところ,同項は,高度かつ複雑な金融取引上の紛争について的確な判断をする十分な知識経験を有する者を審判官と
して任命すべきことを求めていると解され,個人で投資信託を買ったことがある程度の知識経験では,同項が求める知識経験に満たないというべきである。しかしながら,金融庁長官は,I審判官らの金融に関する知識経験を何ら審査することなく,I審判官らが必要とされる知識経験を有していないにもかかわらず審判官に任命した。


さらに,本件各審判官は,本件審判手続において,指定職員(金商法181条2項)が提出し,証拠として採用された英文資料に,訳文が添付されていなかったにもかかわらず,指定職員に対して訳文の提出を促すことなく,同証拠に基づく事実認定をする違法行為を行った。


以上の事実からすれば,本件処分は,任命資格要件を満たさない審判官らによって主宰された本件審判手続に基づきされたものであり,また違法な手続によってされたものであるから,無効事由があるといえる。


被告の主張の要旨

審判官は,金商法に基づき金融庁長官によって任命される者であって,金融庁の官職である。また,金融庁設置法25条2項が金融庁の職員のうちから審判官を任命すると定めているのは,審判官に任命されるよりも以前
に金融庁の職員であることを必要とする趣旨ではなく,審判官に任命されると同時に金融庁の職員となる場合であっても足りるとする趣旨と解される。そうすると,審判官は当然に金融庁の職員なのであるから,審判官に任命されれば当該者は金融庁の職員となることは明らかであり,審判官に任命されるについては,事前に内閣府事務官として任命されている必要はない。
また,そもそもI審判官らは,審判官に任命されると同時に,内閣府事務官の発令も受けており,審判官に任命されるためには内閣府事務官である必要があるとの原告主張の解釈を前提としたとしても,I審判官らは,金融庁設置法25条2項の任命要件を満たしていることは明らかである。イ
金融庁設置法25条2項が,審判官の任命要件である法律および金融に関する知識経験の具体的内容や基準を定めていないことからすると,金融庁長官がいかなる者を審判官として任命するかは,審判手続を中立かつ公正に主宰することができるか否かという観点から,審判手続を行うについて必要な法律及び金融に関する知識経験の有無等を評価して決するものであり,金融
庁長官の広範な裁量に委ねられていると解するべきである。したがって,審判官の任命については,金融庁長官がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したなどの特別の事情がない限り,違法の問題を生じる余地はないというべきである。
ここで審判手続についてみると,その手続面は訴訟類似の手続が行われ,
実体面については,金商法違反行為の有無を証拠に基づき認定することが予定されている。よって,審判官は,当事者に主張立証を尽くさせて争点整理を行い,証拠に基づき事実認定をする能力を求められているといえるが,裁判官の経験を有する者は,訴訟手続について知識経験を有するほか,法令の解釈,事実認定にも通じており,金商法違反の有無を認定するのに必要な知識経験を有しているものといえる。
これを本件についてみると,金融庁長官は,I審判官らが,その任命前に
裁判官としての経験を有することを確認した上で,それらに照らして審判手続を公正,中立に主宰できると判断し,両者を審判官に任命したものであるから,その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用して任命行為を行ったなどの特別の事情があるとはいえない。

以上のことから,I審判官らの任命は適法に行われており,本件審判手続及び本件処分に,原告が主張する無効事由があるとは認められない。
2
争点⑵ア(Cが本件重要事実をその職務に関し知ったか否か)について⑴

被告の主張の要旨

Cが得ていた知識経験
Cは,平成22年頃,日本板硝子が大和証券を主幹事証券会社として公募増資を行うのではないかとの噂を複数の顧客から聞いたところ,日本板硝子は借入金が従来から多く,財務基盤がぜい弱であったことから,公募増資を行ってもおかしくないと考えた。
ECMでは,公募増資を予定している会社の株式売買状況を把握するた
め,又は顧客企業に対する営業材料とするためなどの目的から,特定の銘柄についてどのような投資家がどれだけの売買を行ったかをセールストレーディング部や株式営業部に照会する,通称フロー照会といわれる業務を行っていた。Cは,平成22年にみずほFGやINPEXが公募増資を行うに当たり,その公表前に,ECMから目立って多くの上記各社の株式に
係るフロー照会がされていたことに気が付いており,ECMがセールストレーディング部に対して行うフロー照会と未公表の公募増資との関係に気が付いていた。

平成22年6~7月頃の状況
株式営業部のマネジメント担当者は,平成22年6月頃,従業員に対して夏季休暇を取得する場合には事前に申請を行うようにとの指示を発したが,そのような指示がそれ以前にされたことはなく,異例のものであっ
た。
Cは,平成22年6月1日から同年7月1日までのいずれかの時期に,Cらセールストレーダーに対して業務上の指示を行っていた株式営業部のFから,

C,休むなよ。

と言われた。この頃,JPモルガン証券ではSBI,みずほFGと立て続けに公募増資の引受証券会社となっており,
その募集業務等で多忙であったことから,Cは,通常であれば夏季休暇を取得するような時期にも引き続きJPモルガン証券が引受証券会社となる別の公募増資案件が公表されることになるのだろうと考えた。
また,FはCに対し,平成22年7月中旬頃に行われた,JPモルガン証券が引受証券会社となっていたINPEXの公募増資案件の社内ミー
ティング等の場で,今回の当社引受シェアは1パーセントと少ないが,これは次回の公募増資案件のための前哨戦である,次回のために顧客とのつながりを確保することが重要であるなどと指示,説明を受けた。Cは,近いうちにJPモルガン証券が引受証券会社となる新たな公募増資案件が公表されるのだろうと考えた。


Cが本件重要事実を職務に関し知ったフロー照会
Dは,平成22年7月中旬頃,Cに対し,何日間か連続して日本板硝子株のみに関するフロー照会を行った。Cは,上記アの知識経験,上記イの同年夏頃の状況を踏まえ,Dから集中的に日本板硝子株のフロー照会を受けたこ
とにより,日本板硝子が,同年8月頃,JPモルガン証券が主幹事証券会社となって公募増資を行うと認識するに至った。
Cは,このように本件重要事実を認識するに至ったことから,その職務に関し知ったというべきであり,会社関係者(金商法166条1項5号)に当たる。

このようにしてCが本件重要事実を認識していたことは,Cが,あすかアセットマネジメント株式会社(以下あすかアセットという。)のPとの
チャットで,日本板硝子の公募増資の公表が平成22年8月5日ではないと断定的に伝えていること,日本板硝子の公募増資の主幹事証券会社が大和証券とJPモルガン証券であることを断定的に伝えていること,あすかアセットのQとのチャットで,日本板硝子株の空売りを推奨したことに対してQが理由を尋ねたところ,コンプライアンス上の理由から言えないと回答してい
ることからもうかがわれるものである。


原告の主張の要旨

行政罰や刑事罰の構成要件となる金商法166条1項の解釈適用に当たっては,その構成要件を明確に解する必要がある。そのため,重要事実をその職務に関し知ったといえる場合には,重要事実の断片的な情報を取得しこれ
を組み合わせて重要事実の認識に至った場合や,もともと有する公の情報を組み合わせて重要事実の認識に至った場合は含まれないと解するのが相当である。

FがCに述べた内容は本件重要事実を構成する事実ではないことに加え,Fは株式営業部に所属しており,内部者情報に接することができる者ではな
いから,Fから内部者情報を職務に関し知ることはあり得ない。

ECMが行うフロー照会は,公募増資の準備のために行われることもあるが,顧客への営業活動や顧客の求めに応じた情報提供のためにも行われるものである。また,フローを調査する対象とした銘柄のほか,ダミーの銘柄も
含めて複数の銘柄についてフローが照会されるものである。Dは,どのような目的でフロー照会をするのかをCに伝えずに,ダミーとなる銘柄を混ぜてフロー照会をしていたから,フロー照会があったことによってCが本件公募増資に係る重要事実を知ることはできない。また,日本板硝子に係るフロー照会は,平成22年7月中旬頃に連続して行われていない。そのような事実を示す証拠はないし,何をもって連続したとするのかも不明である。そもそも,フロー照会は,株式の売買の状況を照会するだけであり,本件
重要事実の内容を含むものではない。Cが本件重要事実をフロー照会によって認識するには,推測を織り交ぜることが不可欠であるが,仮にそのようにして本件重要事実を推測したとしても,それは職務に関し知ったとはいえない。

結局,Cは,日本板硝子が公募増資を行うことを,株式市場から得た情報に基づき推測していたにすぎず,職務に関し知ったとはいえない。
3
争点⑵イ(AらがCから本件重要事実について伝達を受けたか否か)について⑴

被告の主張の要旨

AらはCに対して内部者情報の提供を求めていたこと
CはAらに対して,平成22年6月頃から公募増資に係る情報を提供する
ようになり,AらもCに対して,株式会社りそなホールディングス(以下りそなという。)やスズキ株式会社(以下スズキという。)の公募増資に係る内部者情報を,積極的に求めるようになった。

CとAらが重要事実の伝達方法に関する共通認識を醸成したこと
Cは,Aらに対し,ソフトバンク株式会社(以下ソフトバンクという。)の公募増資の噂があった際には,噂であることを明示して情報を伝えていたが,近い将来に公募増資が予定されていたINPEXの株式の空売りを推奨した際には,断定的かつ英字の大文字を用いるなど強調する表現を用いて,時期を特定して空売りを推奨した。また,Cは,Aらに対し,ECM
との直接の連絡を有しており,ECMから内部者情報を取得することができることを示唆していた。
かかるやり取りや公募増資の公表の状況から,CとAらは,Cが断定的かつ強調する表現を用いて特定の銘柄の株式について空売りを推奨した場合には,当該株式に係る未公表の公募増資に関する情報に基づいて空売りを推奨しているという共通認識を醸成するに至った。かかる共通認識ができたことにより,Aらは,Cが公募増資という単語を用いなくても,Cとのチャット
によって未公表の公募増資に係る内部者情報を知ることができるようになった。

共通認識に基づき本件チャットによって重要事実を伝達したこと
本件チャットにおけるCとAのやり取りは,INPEXの株式の空売りを推奨した際のチャットのやり取りとその表現の特徴が類似していた。Aら
は,Cとの間に醸成されていた共通認識に基づき,本件重要事実の伝達を受けることができた。
なお,Bは,本件チャットではメッセージを送っていないが,CがBに対してチャットでメッセージを送った際にはすぐに返信していることから,Bも本件チャットを見ていたものである。


Aらは本件重要事実を知らなければ通常はしない取引をしていたことAらは,本件チャット後,本件重要事実を知らなければ通常はしない取引をしていた。
Aは,平成22年7月1日から同月27日までの間は,日本板硝子株の空
売りを一切行っていなかった。しかしながら,Aは,本件チャットの直後である同月28日に50万株を空売りしたのを始めとして,同年8月23日までの間に約200万株を空売りしており,これを時価にすると約4億4000万円に及ぶものである。当時のAの運用資産額と考えられる40億円の1割を超える金額を本件株式の空売りに投じる大胆な取引といえ,Cから本件
重要事実の伝達を受け,株価が値下がりすることを確信したからこそできた取引であることは明らかであって,本件重要事実を知る者の投資行動として合理的である。
また,Bも,本件チャットの後,平成22年7月28日までに20万株の現物売り及び30万株の空売りをしている。特にBは,本件チャットの前である同月8日に20万株を購入していたところ,本件チャット後,これを損失を出してまで売却し,さらに空売りをしている。Bがこのような投資行動
をとったのは,Cから本件重要事実の伝達を受け,日本板硝子株の株価が値下がりすることを確信したからであり,本件重要事実を知る者の投資行動として合理的である。
この点,Aは,本件公表よりも前に日本板硝子株を全て買い戻して売り建玉を解消しているが,これは,平成22年8月5日の日本板硝子の決算発表
が好感され,本件株式が値上がりしたものの,本件公表の日の1週間前には,同社が公募増資を行うとの噂が株式市場に出回ったため値下がりしたため,本件株式を空売りしていた他の投資家によるショートカバーによって再度値上がりし,Aの利益が圧縮されることを警戒したためである。したがって,Aが,本件公表の日の前に売りポジションを解消したことは,本件重要
事実を知っていたことと矛盾するものではない。


原告の主張の要旨

被告が主張する共通認識の醸成はできていないこと
CとAとの間の,INPEXに係るチャットのやり取りは,Cが,同社株
式の5000株の売り決めが入っていたことなどから,同社の株式が値下がりすると予測し,それに基づいてINPEXの株式の空売りを推奨しただけのものであり,何ら特徴を有するものではない。英字の大文字を使ったメッセージを送ったことなどは,何の意味も有さないものである。INPEXに係るチャットのやり取りによって,公募増資という語も使わずに本件重要事
実を伝達できるほどの共通認識が,AらとCとの間に醸成されたとはいえない。

本件チャットは本件重要事実を伝えるものではないこと
本件チャットは,CがAに対して平成22年8月は注目に値する旨を伝えるだけのメッセージであり,公募増資という言葉も使っていないのであるから,本件重要事実に係る何らの事実を伝えるものもなく,何らかの取引を推奨したにすぎないものとみるべきである。現に,Aは,本件チャットの後に

4689(注・ヤフーの意味)の方がもっと好き。はは

とのメッセージを送信して日本板硝子とは異なる銘柄の話題に自ら変えており,このことは,Aが,本件チャットに興味をひかれておらず,Cから何らの情報も受け取っていないことを示している。

Aが本件重要事実を知らなかったことを示す事情があること
Aは,Cに対し,平成22年8月9日,日本板硝子株を買うべきかを尋ねているが,Aが本件重要事実を知っていたのであれば,さらに空売りをするべきかを尋ねることはあっても,買い戻しをすべきかを尋ねることはあり得ない。このことは,Aが,同日の時点で本件公募増資に係る重要事実を知らなかったことを示している。


本件各取引は本件重要事実を知っていたことを示すものではないこと普段は投資をしていない一般人が,本件チャットの後に日本板硝子株について取引をしたような場合であれば,本件チャットによって本件公募増資に係る重要事実を知ったとの推認が働くかもしれないが,Aらはファン
ドマネージャーであり,常に多数の銘柄に対して,株式市場の情報を踏まえながら投資活動をしていたのであって,本件各取引も,日本板硝子の財務体質や株式市場における噂や値動きに合わせてしたものにすぎない。Aは,本件公表の前に日本板硝子株を全て買い戻して売りポジションを解消した。本件公表が近いことを知っていたのであれば,本件公表を待た
ずに全て買い戻すのは不自然であり,このことは,Aが本件公募増資に係る重要事実を知らなかったことを示すものである。

Bは本件チャットを見ていないこと
Bは,そもそも本件チャットに参加しておらず,本件チャットが行われていたチャットルームには入室していたものの,本件チャットを見ていなかった。したがって,Bが本件チャットによって本件公募増資に係る重要事実の伝達を受けることはあり得ない。

4
争点⑵ウ(本件各取引は原告の計算により行われたものであるか)について⑴

被告の主張の要旨
金商法上の計算主体は,必ずしも当該有価証券の所有権または持分権の帰属主体と合致するものではなく,その実質的な経済的利益の帰属を基準に計算の主体を判断すべきものである。

本件ファンドにおいては,本件ファンドの受益者が,償還日に,同日の価格で受益権の全部又は一部の償還を受ける権利を有していること,償還額は本件ファンドが得た損益等によって決定されることに照らせば,本件ファンドでの取引に関する経済的利益は実質的に同ファンドの受益者に帰属するといえる。原告の役員等であったR,S及びAらは本件ファンドに対する受益権を有して
いたことから,その割合につき原告の計算において違反行為がされたとみなされることとなる。
そして,上記4名は,平成22年7月末及び同年8月末時点で,本件ファンドに対し,それぞれ合計7.47%及び6.22%の受益権を観念することができ,かつ,本件ファンドにおける受益権割合は月中に変動しないものであっ
たことから,原告は,当受益権割合相当分につき,それぞれ自己の計算で売買を行ったものとみなされることとなる。
したがって,Aらが本件ファンドについて行った運用の計算は原告に帰属するから,これを前提として課徴金額を計算した本件処分に違法はない。本件における課徴金の額の計算は,別紙4のとおりである。



原告の主張の要旨
原告は,本件ファンドの運用を外国投資信託の受託者との間で締結した投資一任契約に基づき運用していたものであり,その運用の計算は受託者である信託会社に帰属するものである。
したがって,Aらが本件ファンドについて行った運用の計算は原告には帰属しないから,これが帰属することを前提として課徴金額を計算した本件処分は
違法である。
5
争点⑶(国賠法上の違法行為の有無及び損害額)について⑴

原告の主張の要旨

違法行為
本件処分は,金融庁長官が,適切な調査と検討を経ないまましたものであ
り,違法である。

証券調査官の違法行為
G調査官は,原告が金商法166条3項に違反していないことを知っていながら,証拠を改ざんするなどして,本件各審判官を欺いて本件処分の案を作成させ,金融庁長官をして本件処分をさせるに至らしめた。
すなわち,G調査官は,本件チャットにはcan’ttalkabtithearnowとのメッセージがあり,これは

それについて話すことはできません,今聞いています。

と訳すべきところ,意図的にhearはhereの誤記とした上で,

今ここでそれについて話すことはできません。

と誤訳して平成25年8月6日付け調査官報告書(乙17。以
下本件調査官報告書という。)を作成し,もって証拠をねつ造したものである。かかるG調査官の行為は違法行為に当たる。
G調査官以外の証券調査官も,十分な調査と検討をせず,根拠がないことを知りながら,証拠を改ざんするなどして,金融庁長官をして本件処分をさせるに至らしめた。このような証券調査官らの行為は違法である。

損害額
原告はシンガポールの投資運用会社として,同国の通貨監督庁(MAS)に登録されていた。しかし,平成24年8月,同国で投資運用業を続けるためには,資本市場サービス業(以下CMSという。)の免許を得るか登録ファンド・マネジメント・カンパニーの登録を受けることが要件とされた。原告は,同年7月には,CMSの免許の申請及び登録ファンド・マネジ
メント・カンパニーの登録の申請の両方を行ったが,2年以上の間いずれの申請も留保されたままであった。
MASのルールでは,上述の免許・登録を申請した業者は,経過措置として,免許付与・登録が拒否されるまでの間は,従前の登録の下に業務を行って良いことになっていが,同国では,フィット・アンド・プロパーの原則に
より,業者の清廉性が重視され,金融当局(シンガポール以外の国のものを含む。)の調査の対象になっただけでも新たな免許や登録を得ることができない。そして,本件処分により,免許付与申請の拒否及び登録申請の拒否がされ,原告は一切の運用業務をすることができなくなってしまった。業務が継続できないことによる損害は,少なくとも200万円を下らない。また,
本件訴訟遂行のための弁護士費用としては,少なくとも100万円を下らない。


被告の主張の要旨
処分等の取消訴訟における違法と国賠法上の違法は区別されるべきところ,
後者の違法はいわゆる職務行為基準説に従って判断されるべきであり,職務上の法的義務違背が肯定されるのは,公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と公権力を行使したと認め得るような事情がある場合に限られると解すべきである。
本件においては,金融庁長官及び証券調査官のいずれにも上記のような意味
での違法行為は存在しない。
原告は,G調査官が本件調査官報告書を作成したことをもって証拠のねつ造であるとするが,同調査官は,hearはhereの誤記と解釈した旨明示した上で,これを訳したものであり,何ら証拠のねつ造を行ったものではない。以上

(別紙4)

課徴金の額の計算

本件処分に係る課徴金の額の計算に関する被告の主張は,下記のとおりである。
記1
金商法175条1項1号の規定による同法166条3項の規定に違反した場合の課徴金の額は,次の計算式によって計算される。
(売付け等をした価格)×(その数量)-(重要事実の公表後2週間におけるもっとも低い価格)×(売付け等の数量)

2
本件について上記計算式に基づいて計算すると,次のとおりとなる。⑴

平成22年7月分
(売付け等をした価格)×(その数量)=2億1725万0010円(重要事実の公表後2週間におけるもっとも低い価格)=181円(売付け等の数量)=100万株

なお,平成22年7月における原告の役員の出資割合は7.47%であり,同出資割合について,原告が自己の計算で売付け等をしたとみなした。⑵

平成22年8月分
(売付け等をした価格)×(その数量)=5億3431万8196円(重要事実の公表後2週間におけるもっとも低い価格)=181円
(売付け等の数量)=247万8000株
なお,平成22年8月における原告の役員の出資割合は6.22%であり,同出資割合について,原告が自己の計算で売付け等をしたとみなした。3
以上より,課徴金の額は,以下のとおり計算される。


平成22年7月分
(2億1725万0010円-181円×100万株)×7.47%=270万7875円


平成22年8月分
(5億3431万8196円-181円×247万8000株)×6.22%=533万6772円



合計
270万7875円+533万6772円=804万4647円
このうち,金商法176条2項に基づき,1万円未満の端数を切り捨てると,
課徴金額は804万円となる。
以上

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