判例検索β > 平成29年(行ウ)第34号
遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
事件番号平成29(行ウ)34
事件名遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
裁判年月日令和元年5月15日
法廷名大阪地方裁判所
裁判日:西暦2019-05-15
情報公開日2019-07-10 14:00:21
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主1文
大阪中央労働基準監督署長が,原告に対し,平成26年12月5日付けでなした療養補償給付,遺族補償年金及び葬祭料を給付しないとの各処分をいずれも取り消す。

2
大阪中央労働基準監督署長が,原告に対し,平成26年12月8日付けでなした休業補償給付を給付しないとの処分を取り消す。

3
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
主文同旨

第2
1
事案の概要等
事案の概要
有限会社B(以下本件会社という。
)の従業員であったA(以下亡A
という。
)が,平成26年6月2日に死亡した。
亡Aの妻であった原告は,亡Aの同死亡について,本件会社における長時間
労働等の過重業務が原因であるとして,労働者災害補償保険法(以下労災保険法という。)に基づき,大阪中央労働基準監督署長(以下処分行政庁と
いう。
)に対し,療養補償給付,遺族補償年金,葬祭料及び休業補償給付の各支給を請求したところ,処分行政庁は,平成26年12月5日に療養補償給付,遺族補償年金及び葬祭料を,同月8日に休業補償給付を,それぞれ不支給とす
る各処分を行った(以下,これらの処分を総称して本件各処分という。。)
本件は,原告が,被告に対し,本件各処分の取消しを求める事案である。2
前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)

(1)

当事者等
本件会社は,フレンチレストランB(以下本件レストランという。)
を経営する有限会社である。C(以下Cという。
)は,本件会社の代表
取締役を務めている。

亡Aは,平成21年6月頃から本件会社での勤務を開始し,本件レストランにおいて,調理師として,調理や他の料理人に対する教育等を担当していた。

(2)

亡Aの死亡に至る経過
亡Aは,
平成24年11月19日頃から,
発熱や関節痛が出現したため,
同月23日,T診療所を受診したところ,
感冒(主),高熱,インフルエンザの疑いと診断された。


亡Aは,平成24年11月24日,胸痛,頭痛及び関節痛を訴えてD病院(以下D病院という。)を受診したところ,同病院のE医師(以下E医師という。)により,
急性(劇症型)心筋炎,急性心不全と診断さ
れ,亡Aは,同日,同病院に入院した。


亡Aは,平成24年11月26日,重症心不全,ショック状態でF病院に搬送・転院された。同病院のG医師(以下G医師という。
)は,同日

中に補助人工心臓装着の手術を行ったものの,症状の改善が見られなかったため,同年12月19日及び平成25年1月7日,左右の心室に植込型の補助人工心臓を装着する手術を行った。

亡Aは,平成25年9月2日に一度は退院をしたものの,平成26年1月3日には,心不全の診断で再びF病院に入院し,同年6月2日,死亡し
た。
G医師は,亡Aの直接死因を脳出血とし,その原因を劇症型心筋炎(以下本件疾病という。
)による補助人工心臓装着状態であると診断した。
(乙1・32,37ないし44頁)
(3)

本件訴訟に至る経緯
原告は,亡Aの死亡が本件会社での業務に起因するものであるとして,処分行政庁に対し,療養補償給付,遺族補償年金,葬祭料及び休業補償給付の支給を請求したところ,処分行政庁は,本件各処分を行った。イ
原告は,平成27年1月17日,本件各処分を不服とし,大阪労働者災害補償保険審査官に対し,審査請求を行ったところ,同審査官は,平成27年11月10日,亡Aの長時間労働と本件疾病との間の因果関係は医学
的に是認されているとまではいえず,本件疾病と死亡との相当因果関係は認められないと判断して,
上記審査請求を棄却する旨の決定をした
(甲2)


原告は,平成27年11月16日,上記決定を不服として,労働保険審査会に対し,再審査請求を行ったところ,同審査会は,平成28年8月24日,過重労働による免疫力の低下が本件疾病の発症をもたらしたとの推
認を肯定するに足りる医学的な論拠が示されたとはいえず,亡Aの業務が一般環境と比較してウイルスに感染しやすいとはいえないなどとして,業務と本件疾病及び亡Aの死亡との間に相当因果関係を認めることはできないと判断し,上記再審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲3)


原告は,平成29年2月21日,本件訴訟を提起した(裁判所に顕著な事実)


第3
1
本件の争点及びこれに対する当事者の主張
本件の争点
本件疾病発症の業務起因性の有無(亡Aの業務と本件疾病発症との因果関係[条件関係及び相当因果関係]の有無)

2
争点に対する当事者の主張
(原告の主張)
(1)

亡Aの労働時間等

ア(ア)
亡Aの勤務状況(始業時刻,終業時刻等)
亡Aは,おおむね午前8時頃に出勤していた。
亡Aは,出勤すると,本件レストラン1階の警備システムを解除し,午前11時30分からのランチ営業まで仕込みを行い,午後2時にランチ営業がラストオーダーとなってから,午後4時から4時半頃にランチ営業後の掃除と賄い料理の準備を行い,午後5時までには賄い料理を食べて,午後5時30分からディナー営業の準備を行っていた。
午後6時にディナー営業が開始し,午後10時にラストオーダーとな
り,その後客が会計をして閉店するのはおおよそ午後11時30分頃から翌日の午前0時頃であった。
亡Aは,閉店後,店内の掃除を徹底して行い,翌日の仕込みや発注を行うなど,午前2時頃まで稼働していた。終業時には,Cと従業員らがそろって退店し,警備システムを作動することとしていた。また,日に
よっては,午前2時以降も勤務を強いられ,帰宅後一睡もしないまま,午前8時から勤務しなければならないということもあった。
(イ)

休憩時間
亡Aは,勤務中の休憩は30分程度しか取れなかった。

(ウ)

休日等
本件レストランの定休日は日曜日であったが,亡Aは,日曜日も勤務
することがあった。もっとも,原告は,本件訴訟においては,休日出勤の点について,平成24年4月に行った花見,筍掘りについてのみ,労務を提供したものと主張する。

亡Aが本件疾病の発症12か月前において従事した時間外労働時間は別紙1のとおりであるところ,同期間における1か月当たりの平均は約272時間にも及び,仮に休憩時間を1時間であると考えたとしても,本件疾病発症12か月前からの1か月当たりの平均時間外労働時間は約259時間に及ぶ。

脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書
(以下検討会報告書という。
)は,1日5時間の睡眠を確保するという観点から,発症前
1か月間に100時間の時間外労働時間を行った場合,あるいは疲労蓄積の観点から,発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たり80時間を超える時間外労働を行った場合を,業務起因性を肯定する指標として示しているところ,上記のとおり,亡Aについては,かかる指標をはるかに超えた,極度の長時間労働に従事し続けており,生理的限界を超え
た極度の過労状態,睡眠不足状態にあった。

また,業務の質的な観点からしても,亡Aは立ち仕事が主であったところ,立位保持は心拍数の増加や血圧上昇をもたらすため,心臓などに負荷が加算されていた。さらに,亡Aは,平成24年5月をもって本件会社を退職する予定にしていたものの,先輩女性従業員がそれよりも先に退職す
ることになり,代わりに経験技量のない新人が入社したため,亡Aの業務上の負担は増すことになった。本件疾病を発症する1か月前ほどからは,口内炎が数か所できたまま治らない状態であった。
以上のように,亡Aは,明らかに極度の過労状態に陥っていた上,睡眠時間も確保できず,睡眠の質が悪化していた。

(2)

免疫力と過労及び睡眠不足との関係
本件疾病は,ウイルス感染によって引き起こされたものであるところ,過労状態では,免疫動態が変化し,免疫力が低下する結果,ウイルスが体内で増殖して疾患を引き起こす。過労などによって体力が落ち免疫機能が
低下している状態では,治るべき時に治らず症状が急激に悪化することは医学的によく見られる。過労などによって身体が弱っていると風邪を引かない人でも引きやすくなる上,ウイルスなどが肺に入って炎症(肺炎)にまで至り重篤化し,死亡に至ることもあるのであって,これは医学的な常識である。口唇へルペスや帯状庖疹などのへルペスウイルスは疲労状態に
おいて出現することは,これを否定する者がいないほどありふれた現象である。疲労や過労状態における免疫動態の変化をとらえる検査は,健康保険で可能な範囲での検査には存在しないため,へルペスウイルス量の変化をもって測定する技術が開発されており,過重労働に伴って体内のへルペスウイルス量が増加することが厚生労働省の研究班においても報告されている。

免疫力の低下が睡眠時間の不足によっても生じることは,例えば,午後10時から午前3時までの夜間に睡眠を遮断して,NK活性やLAK活性といった自然免疫応答を確認する実験において,自然免疫応答の低下が確認されるなど,様々な医学的な根拠によって裏付けられている。

(3)

本件疾病の発症について
急性心筋炎の多くはウイルス感染に起因し,風邪類似の一相性経過をとる。すなわち,心筋炎極期を乗り切りさえすれば劇症型といえども自然軽快し,その予後は良好とされる。したがって,最も重要な急性期管理方針は,
心筋炎による血行動態の破綻を回避し,自然回復の時期までいかに橋渡しをするかにかかっている。心筋炎の発症や増悪の防止のため,ウイル
ス感染から4から5日後に最も重要な役割を果たすのは自然免疫であり,自然免疫機構に続いて獲得免疫機構が働き,ウイルスを排除することに成功すると,炎症は徐々に消退し心機能が改善する。このことは,過労による免疫力の低下がなければ心筋にウイルス感染しても心筋炎を発症するまでには至らず,仮に心筋炎にまで至ったとしても自然軽快しその予後も良
好となることを示している。
ところが,上記したような亡Aの勤務実態によると,亡Aは,常軌を逸した過重業務に由来する過労状態,睡眠不足状態であったため,心筋炎の発症や増悪防止に最も重要な役割を果たす免疫力の低下が生じており,その結果,ウイルス感染によって心筋炎を発症し,心筋炎の増悪を防止する
ことができずに劇症化したと考えられる。このほかには,亡Aが心筋炎に感染し,増悪した原因は見当たらないのであるから,経験則上,本件疾病が業務に起因するものであるとの高度の蓋然性があるといえる。

上記の結論を支持する医師らの意見も示されている。
(ア)

E医師は,自然回復をもたらすものが人の免疫機構であり,過労状態
になく免疫力に問題がなければウイルス感染そのものを来しにくく,また劇症型急性心筋炎であっても予後は良好であることが多いとされるが,
過労状態・疲弊状態により免疫機能が低下した状態であれば,症状が急激に悪化・進展・予後の不良(重篤化)することは医学的な常識に合致するとの意見を述べている。
(イ)

HクリニックのI医師(以下I医師という。
)も,文献を引用しつ

つ,ウイルス感染においては,宿主側の免疫力の低下による防御能が低
下していなければ,感染そのものが生じにくく,感染したとしても不顕性感染の状態で経過し,仮に症状が生じたとしても軽微なものにとどまるものの,宿主側の免疫力が減退した場合には,ウイルスに親和性のある心筋に侵襲し,劇症化に至るとする。そして,過労やストレスは防御能低下の重要な要因であるとの意見を述べている。

(4)

被告の主張に対する反論
被告は,患者の遺伝的素因や自己免疫的素因の関与により心筋炎が劇症化しやすいなどと主張するものの,かかる主張は飽くまで一般的な可能性を指摘したものにすぎず,本件疾病との関連性については具体的な主張立証がなされていない。


J病院K医師(以下K医師という。
)は,その意見書において,
健常者でもよくある心筋へのウイルス侵入が,ウイルスと患者の親和性や自己免疫動態などの個人の体質的な要因により,一部の個人において顕性の心筋炎を発症させると考えられるとするものの,同医師は,過重労働な
どの環境因を無視した議論を行っている。ウイルス感染症を体質的な問題として個人の特性のみに結論づけるには相応の証拠が必要であるにもかかわらず,心筋炎の発症が亡Aの体質的な要因であったという証拠はない。また,
K医師は,
亡AがD病院に入院した際の血液検査の結果によれば,
ヘモグロビン濃度等は正常範囲内にあったから,慢性的な体力の低下や消耗はなく,免疫力の低下は生じていなかった旨述べている。しかしながら,過重労働による体力の低下や消耗はヘモグロビン濃度やタンパク量など,
現在,健康保険において測定し得る検査において評価することはできない。特に,免疫力の低下についての評価は,サイトカイン濃度やNK活性等を測定し統計的に群間比較してようやく有意差を見いだす程度のものであるから,K医師が指摘する事情は,亡Aの免疫力が低下していなかったことを示すものではない。

(5)

結論
本件疾病は,ウイルスによる感染を原因とするものであるところ,業務起
因性の観点からは,心筋炎に限定する必要はなく,およそウイルス性の疾患を発症しやすくなったと評価できれば十分というべきである。本件では,上記の事情によれば,長時間労働等が原因で免疫低下を来した結果,ウイルス性の疾患を発症しやすくなった状態であったと評価することができる。したがって,本件疾病は業務に起因するものというべきである。
(被告の主張)
(1)


亡Aの労働時間について
原告の主張のうち,亡Aが,おおむね午前8時に出勤していたこと,本件レストランのランチ営業のオープン時間,ラストオーダー時間,ディナー営業の準備開始の時間,ディナー営業のオープン時間,ラストオーダーの時間についてはおおむね認める。


他方,原告の主張のうち,①ランチ営業のラストオーダーからディナー営業のオープン準備までの間,②閉店時刻及び③業務終了時刻についてはいずれも否認する。
すなわち,①ランチ営業のラストオーダーは午後2時であるが,遅くとも午後3時頃には客が店を出るため,C及び従業員はそれから店内の掃除や後片付け,並行して賄い料理の準備を始めていた。そして,C及び従業員は午後4時頃から午後4時30分頃の間に賄い料理を食べ,午後4時30分頃から午後5時30分頃までの間に1時間程度,仮眠を含む休憩を取
得していた。
また,②閉店時刻の平均は午後11時ないし午後11時30分頃であり,③業務終了時刻の平均は午前1時頃であった。(2)

医学的経験則について
検討会報告書は,医学研究から,脳・心臓疾患においては,業務による著しい過重な負荷が長期間にわたって加わった場合,疲労の蓄積を背景と
して,血管病変が自然経過を超えて増悪し,脳・心臓疾患が発症することがあると考えられるようになったことを踏まえて作成されたものである。検討会報告書を基として作成された平成13年12月12日基発1063号

脳血管疾患及び虚血性心疾患(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について

(以下認定基準という。
)においては,外因であるウイル

スによる感染症である急性心筋炎は,従来から,業務による過重負荷との関連を評価する認定基準の対象疾病としては想定されておらず,検討会報告書においても,ウイルスによる感染症である急性心筋炎を対象疾病として想定すべきとする根拠のある医学的な新知見はないと判断された。イ
ウイルス性心筋炎は,①ウイルス感染,②自然免疫反応,③獲得免疫反応,④炎症の消退,という経過をとる。それぞれの心筋細胞障害の機序は,①のウイルスによる細胞障害,②のウイルスに対するサイトカイン等による抗原非特異的反応,③のウイルスに対する獲得免疫反応の全ての経過で心筋細胞壊死が生じ,心筋消失による心機能障害を発症・重症化する。こ
のような過程の中で,心筋炎劇症化の機序は明らかではなく,ウイルス量増大,自己抗体により心筋障害の持続,自己免疫性の亢進(過剰な防御機構)などが複雑に関係していると考えられている。

I医師の意見書等は,飽くまでも,過労の状態がウイルスに対する抵抗力を弱め,ウイルスへの感染や感染症の発症につながる可能性があるとする一般論を述べるにとどまり,医学的根拠や客観的証拠を示すものではない。

(3)

亡Aの免疫力低下について
D病院入院時(平成24年11月24日)の血液検査の結果によると,亡
Aのヘモグロビン濃度,平均赤血球ヘモグロビン量,平均赤血球ヘモグロビン濃度,総蛋白,アルブミン,アルブミン/グロブリン比(A/G)については,いずれも正常範囲内であり,本件疾病の発症日である同日時点において,ヘモグロビン低下による貧血症状,総蛋白低下による低栄養状態,アルブミン低下による全身状態の悪化は認められない。
K医師は,上記の血液検査の結果に基づき,本件疾病発症当時,亡Aには慢性的な体力の低下や消耗を示唆する所見はなく,亡Aに免疫力の低下が存
在したとは考え難いとの意見を述べている。LセンターM医師(以下M医師という。)も,亡Aの本件疾病発症時に免疫力の低下があったことを示す
客観的なデータは存在しない上,本件疾病発症時の生化学・血液検査の所見によると栄養状態・炎症状態・各臓器機能などが健常者に近い状態であったことから全身状態への影響は多くはなかったとの可能性が考えられるとの意
見を述べている。
(4)

医師の意見について
また,
仮に亡Aに免疫力の低下があったとしても,
医師の意見書によれば,

本件疾病の発症が業務に起因するものということはできない。

K医師の意見によれば,心筋へのウイルス侵入は感冒等の一般的なウイルス感染でも高頻度に認められ,ウイルスと患者の親和性や自己免疫動態など個人の体質的な要因により,一部の個人において顕性の心筋炎を発症させると考えられる。一方,長時間労働と心筋炎発症の関連を証明した研究は存在せず,業務内容(長時間労働等)は心筋炎発症のリスクに想定されておらず,立位作業についても,立位が多い労働形態と易感染性ないしは免疫力の低下との関連も証明されていない。心筋炎の発症が,労働負荷などによる体力的な低下や消耗が大きい高齢者に比して,若年者に多いこ
とからも,疾患の重症化因子は先天的な異常ないし体質に依存するものであり,労働負荷が原因となるとは考え難い。急性心筋炎が劇症化に至る原因も不明であり,その予測因子も存在しないことから,個人の遺伝的要素や自己免疫的素因が劇症化に関与していると考えられる。

M医師の意見によれば,心筋炎発症に関する因子として,病原(ウイルス,細菌など)以外に個体因子(遺伝的背景,男女,年齢など)と環境因子(住居,職場,仕事内容,作業時間,睡眠時間など)が考えられているが,
過重労働による疲労と睡眠不足などによる免疫動態の変化については,長時間労働や疲労・過労に関する科学的研究は非常に遅れており,特に疲労が免疫機能に与える影響はほとんど明らかになっていない。現状では,
過重労働(長時間労働)や疲労・過労は免疫機能を抑制する可能性があるというものにとどまり,どの程度の労働時間数であれば,
細菌やウイルス
に対する免疫がどの程度低下するということが客観的に説明することはできない。

Nセンター心臓内科O名誉教授(以下O名誉教授という。
)の意見に
よれば,ストレスが急性心筋炎を発症させる要因であったとするのは推論であって根拠に乏しく,仮に免疫力低下があったとしても,免疫力低下から易感染性が高まったとはいえず,易感染性は未検証の仮説である。そして,この仮説については,免疫力低下の検査異常値を示す例において実際
に感染症罹患率が高まることや,感染は細菌性ではなくウイルス性であること,
心筋炎は心筋を主座にする炎症疾患であるから,ウイルス感染であれば感染部位が心筋であることを,臨床上の事実あるいは臨床比較研究から検証し証明する必要がある。かかる見地によれば,業務の過重負荷と免疫能との関連,更に感染症の罹患・発症等との因果関係については不明である。
(5)

結論
以上によれば,そもそも,亡Aが,当該業務に従事しなければ当該疾病が
生じなかったという条件関係はなく,仮に条件関係が認められたとしても,法的に見て労働者災害補償を認めるのを相当とする関係にはない。したがって,本件疾病発症に業務起因性があるとは認められない。
第4
1
当裁判所の判断
認定事実
前記前提事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)


心筋炎の発症及び劇症化について
心筋炎は,心筋を主座とした炎症性疾患である。心筋炎の多くは,ウイルスや細菌などの病原体に感染することで発症し,ウイルス,特にコクサッキーB群ウイルスへの感染によって発症する例が最も多いとされている。ウイルスは,CARなどのウイルス特異的受容体と結合して,心筋細胞内へ侵入し,心筋細胞内で複製を行って増殖しつつ,ウイルス蛋白(プロアテーゼ)
を産生して,
直接,
心筋傷害や心筋細胞壊死を引き起こすなどし,

心筋炎を惹起する。心筋炎を発症すると,心筋壊死や炎症による心筋細胞の機能障害により,息切れ,呼吸困難,動機,浮腫などの心不全症状や,右脚ブロックや房室ブロック等の刺激伝達障害を来す。心筋炎のうち,発症初期に急激な経過で血行動態が悪化して心原性ショックに至る心筋炎を,劇症型心筋炎という。


ウイルスが心筋細胞内へ侵入したことを契機として,宿主の免疫反応が発動する。免疫応答は,自然免疫とそれに引き続く獲得免疫とに大きく分けることができ,自然免疫が抗原非特異的な応答であるのに対し,獲得免疫は抗原特異的な応答である。
ウイルスが心筋細胞内に進入した後,4ないし5日目の段階までは,獲得免疫が十分に発動されていないから,自然免疫がウイルスの増殖を抑え
るために重要な役割を果たすことになる。自然免疫が機能する段階においては,マクロファージ等の食細胞がウイルスを排除し,また,サイトカインの産生が誘導されることによって,マクロファージ等の免疫担当細胞が成熟化,活性化されるとともに,獲得免疫の成立が促される。もっとも,サイトカインの放出は,心機能を低下させ,心筋炎を重症化させる側面も
あるとされている。

自然免疫が活性化した後は,獲得免疫がウイルス排除のために中心的な役割を果たすことになるが,獲得免疫は,感染心筋細胞を壊死させることから,これに基づく心筋脱落による心機能障害をもたらすことがある。しばしば致死的となる劇症型心筋炎においては,心筋脱落がより大量で
あると指摘されている。

ウイルス性心筋炎に対し免疫が機能する過程においては,自己免疫性の心筋炎を発症する可能性が指摘されている。すなわち,病原体であるウイルス(コクサッキーウイルス)と心筋ミオシン重鎖との間にアミノ酸配列の分子相同性があるため,ウイルスを認識するCD4陽性T細胞(ウイル
ス抗原特異的ヘルパーT細胞)や抗ウイルス抗体が,心筋細胞を抗原として認識し,その結果,心筋細胞傷害が出現して心筋炎を発症することがあるとされている。

上記の自然免疫及び獲得免疫によって,ウイルスの排除に成功すると,心筋の炎症は徐々に消失して心機能が改善する。もっとも,獲得免疫の反応によって,心筋細胞壊死による心筋の脱落を生じ,線維化,リモデリングを経て,最終的には拡張型心筋症様の病態へ移行することもある。カ
上記アないしオに照らすと,心筋炎の発症及び劇症化については,①病原体であるウイルスの活性,②増殖するウイルスへの持続的感染,③宿主の免疫による心筋細胞に対する持続的傷害などが関係していると考えることができる。

(以上につき,甲20,乙21,22,弁論の全趣旨)
(2)

認定基準並びに検討会報告書及び医学文献等について
認定基準
(ア)

認定基準は,脳血管疾患及び虚血性心疾患等が,
その発症の基礎とな

る動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤,心筋変性等の基礎的病態(以下血管病変等という。
)の進行,増悪といった自然経過によって発症
に至るものであることを前提に,業務による明らかな過重負荷が加わることによって,血管病変等が自然的経過を超えて著しく増悪し,脳血管疾患又は虚血性心疾患等を発症した場合には,同発症が業務に起因する
ことが明らかであると取り扱うものとしている。
認定基準の対象疾病となる
虚血性心疾患等
は,
心筋梗塞,狭心症,
心停止(心臓性突然死を含む。
)及び解離性大動脈瘤を指す。
(イ)

認定基準では,恒常的な長時間労働の負荷が長期間にわたって作用
した場合には,疲労の蓄積が生じ,これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,その結果,脳血管疾患又は虚血性心疾患等を発症させることがあるとする。疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられるのは,労働時間であり,その時間が長いほど,業務の過重性が増すとの考えから,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて,①おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務
と発症との関連性が徐々に強まり,②発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できるとの考えに立脚している。
(以上につき,乙5)

検討会報告書
(ア)

検討会報告書によれば,
虚血性心疾患とは,
血液を供給する導管とし

ての冠動脈(冠状動脈)の異常によって,心筋の需要に応じた酸素の供給不足が生じ,その結果心筋が酸素不足(虚血)に陥って,心筋機能が障害される疾患とされる。
虚血性心疾患等
の一つとして対象疾病に挙
げられる

心停止(心臓性突然死を含む。

とは,心拍出が無となり循)
環が停止した状態を指す。心停止の原因となる基礎心疾患として,冠動脈(冠状動脈)疾患,肥大型心筋症,拡張型心筋症,心筋炎・他の心筋疾患,原発性不整脈等が挙げられている。
(イ)

検討会報告書では,
疲労の蓄積が,
血管病変等を自然経過を超えて著

しく増悪させ,虚血性心疾患等の発症につながることもあるとし,長時間労働が虚血性心疾患等の発症に及ぼす影響については,一般的な日常の業務等により生じるストレス反応(業務遂行によって引き起こされる生体機能の一定の反応)は,一時的なもので,休憩・休息,睡眠,その他の適切な対処により,生体は元に復し得るものの,恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には,①睡眠時間が不足す
ること,②生活時間の中での休憩・休息や余暇活動の時間が制限されること,③疲労し低下した心理・生理機能を鼓舞して職務上求められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ,これが直接的なストレス負荷要因となること,④就労態様による負荷要因(物理的・化学的有害因子を含む。
)に対するばく露時間が長くなること,以上の要因から,ス

トレス反応は持続し,かつ過大となり,ついには回復し難いものとなって,虚血性心疾患等の発症に至るとする。このうちでも,疲労の蓄積をもたらす要因として睡眠不足が深く関わっているとし,1日5時間以下の睡眠は,脳血管疾患及び虚血性心疾患等の発症との関連において,全ての報告において有意性があるとされているところ,長時間労働によって1日5時間の睡眠が確保できない状態が1か月継続した状態は,1か月当たりおおむね100時間を超える時間外労働を行った場合が想定さ
れるとする。
(以上につき,乙4)

日本における20年間の心筋炎の発生率の剖検統計
ウイルス性の心筋炎(NSM)の年齢分布には,男女ともに二峰性のパターンが示されており,1つ目のピークは10歳未満の年齢層に,もう1
つのピークは50歳から69歳までの年齢層に示されたとされている。かかる二峰性の原因については,低年齢の患者では感染への抵抗性がより低いこと,および高齢患者ではストレスが多めのライフスタイル下で病原体により多く曝露することまたは老化現象によって治癒力が低下していることに起因すると指摘されている。
(乙8の①,②)

夜間の部分的睡眠遮断はヒトのナチュラルキラー細胞および細胞免疫応答を低下させる睡眠障害は,感染症に対する宿主抵抗性に悪影響を及ぼすものと考えら
れており,疫学的データからも,勤務の都合上,睡眠障害の経験が一般的である者については,細胞免疫機能が低下して,気道感染症に罹患する率が増加することが認められ,不眠の継続が日和見菌に起因する全身感染と敗血症による致死的結果をもたらすことが認められる。また,長期間の不眠にともなうヒトに対する試験では,ナチュラルキラー細胞(以下NK細胞という。活性及びリンパ球応答に対する賦活効果と抑制効果の両方)
が報告されており,免疫機能の変化が認められている。このように,長期的かつ重度の睡眠遮断は自然免疫応答及び細胞免疫応答の変化を伴うものであり,睡眠と免疫機能の変化には,関連性があることが示されている。(乙37の①,②)

行動的に評価した睡眠と風邪感受性
被験者の手首に装置を装着する方法及び被験者自身が睡眠日誌をつける方法によって,睡眠時間,睡眠継続時間を測定しつつ,被験者に風邪を引き起こすウイルス(ライノウイルス)を含有する点鼻薬を投与して,臨床的な風邪の発症を観察したところ,短い睡眠時間は,臨床的風邪発症の可能性増大と関連することが分かり,特に,一晩の睡眠時間が5時間未満又
は5時間から6時間であった被験者は,一晩の睡眠時間が7時間より長い被験者と比べて,風邪を発症するリスクが非常に高かったとしている。もっとも,かかる結果は,睡眠時間と感染性疾患の発現との直接的な証拠を示すものではないとしている。
(乙38の①,②)

カ(ア)

ストレスと免疫
ストレスは概して免疫機能を低下させるため,外部からの細菌やウイ
ルスに対する,免疫反応の低下の場合は感染症を招きやすく,生体内に生じた変異に対する免疫反応の低下の場合はがんの増殖へとつながりやすいことが推測されるとし,かかる推測は,呼吸器感染を引き起こすウイルスを394名に投与し,感染状況や抗体産生の程度を観察した結果によって裏付けられたとする(甲8)

(イ)

ストレス応答と免疫系
適度のストレスは生体の恒常性維持に重要であるものの,過度のスト
レスは免疫系の異常を介して疾病を引き起こしたり,感染症からの回復が悪くなって疾病が慢性化したり,自己免疫疾患等を引き起こすとされる(甲9)

(ウ)

神経内分泌系による免疫機能調節
精神的なストレスが内分泌系を動かし,副腎皮質ホルモンの分泌を促
進して,免疫系の機能を抑制することは周知のことであるとされている(甲10)

(エ)

ストレスと免疫
長期間のストレスでは免疫機能全般が低下するとされている
(甲11)


(オ)

大阪市保健所感染症対策担当による新型インフルエンザに備えましょう~家庭や個人でできる準備~新型インフルエンザの予防方法は?の欄に

栄養と休養を十分にとりましょう。体力をつけ抵抗力や免疫力を高めましょう

との記載が
ある(甲16)

(カ)

厚生労働省による
今冬のインフルエンザ総合対策について(平成20年度)
Q7:インフルエンザにかからないためにはどうすればよいですか?の項目に4)十分な休養とバランスの取れた栄養摂取からだの抵抗力を高めるために十分な休養とバランスのとれた栄養摂取を日ごろから心がけましょうとの記載がある(甲17)。
(キ)

社団法人全日本トラック協会による健康障害・過労死等を防ごう
過重労働により身体に過度の負担がかかった場合,最も多くの人に見られる最初のサインは,風邪を頻繁にひく,風邪がなかなか治らないなどの上気道の感染症ですとの記載がある(甲19)。
(3)

亡Aの労働時間について
本件レストランは,3階建てのビルの1階部分と2階部分で営業をしており,1階はフレンチレストラン,2階はカフェレストランであった。
本件レストランの席数は,29席(L字カウンター9席,テーブル20席)であった。
(乙1・58頁)

亡Aは,1階のレストランでの調理のほか,同じく調理を担当する後輩の指導も行っていた。平成23年11月30日から平成24年11月23日までの間(以下本件期間という。
)において,1階のレストランは,

オーナーシェフであるCのほか,亡Aを含む調理担当の従業員が3ないし4名,接客担当の従業員が1名という人員構成であった(なお,Cによれば,このほかにアルバイト従業員が3名程度稼働していた。。

(乙1・58頁ないし73頁,153頁,弁論の全趣旨)
ウ(ア)

本件会社では,
本件期間における亡Aの出退勤時間につき,
タイムカ

ード等客観的な方法による管理はなされていなかった。
もっとも,本件レストランには,警備システムが導入されており,始業時に行う同システムの解除(リセット)及び終業時に行う同システムの作動(セット)を行った時刻が記録されている。警備システムの解除及び作動は,それぞれの階ごとに行う必要があるところ,本件期間にお
ける本件レストラン1階の警備システムを解除した時刻は,別紙21F①ないし1F⑥のリセット欄に記載の時刻であり,同システムの作動時刻は,同別紙1F①ないし1F⑥のセット欄に記載の時刻である。また,本件レストラン2階の警備システムを解除した時刻は,同別紙2F①ないし2F③のリセット欄に記
載の時刻であり,同システムの作動時刻は同別紙2F①ないし2F③のセット欄に記載の時刻である。(甲27,28,乙1・58頁,153頁)
(イ)

本件期間において,本件レストラン1階の入口の鍵は,
Cと亡Aがそ

れぞれ所持しており,始業時においては,亡Aが,入口の開錠後に操作盤を操作して警備システムの解除を行っていた。したがって,本件期間における亡Aの始業時刻は,基本的には,本件レストラン1階の警備システム解除時である。
(甲34,乙1・59頁,66頁)
(ウ)

本件レストランの終業時には,C及び従業員らは,
全員そろって退店

することとしていた。終業時に行う警備システムの作動は,階ごとに行うものであり,本件期間における亡Aの終業時刻は,おおむね,1階又は2階の警備システムの作動時間のうち,遅い方の時刻である。
(甲27,28,乙1・59頁,72頁,原告)
エ(ア)

本件レストランは,
午前11時30分にランチ営業を開始し,
午後2

時にランチの注文締切り(ラストオーダー)となり,午後3時から午後3時30分頃にはランチのために来店した客が退店してランチ営業が終了する。午後5時30分頃からは,ディナー営業の準備を行っていた。午後6時からはディナー営業が始まり,午後10時には食事の注文がラストオーダーとなるものの,飲み物やデザートについては,午後10時以降も,注文があれば応じていた。午後11時30分から午前0時頃に
は,ディナーのために来店した客が退店していたが,Cの知人等が来店した場合には,これよりも遅い時間まで飲食をすることがあった。本件レストランは,評判の高い人気店であったため,ランチ及びディナー営業時間帯の双方とも,おおむね満席の状態であった。
(イ)

亡Aは,出勤後,仕込みを開始していたが,Cが免許停止処分を受け
ていたために自動車等を運転することができなかった期間においては,出勤前に市場へ寄り,
食材の仕入れを行うということもあった。
亡Aは,
出勤後の仕込みに引き続き,ランチの注文に応じて調理を行うなどし,ランチ営業が終了した後は,従業員らのための賄い料理の準備や,本件レストランの清掃などを行い,食事休憩を挟んで,ディナー営業の準備
を行っていた。なお,Cがランチ営業後の清掃や仕込みなどを行うということはなかった。
(ウ)

亡Aら従業員は,
ディナー営業の開始後,
ディナー営業の来店客が退

店するまでの間,飲食の注文に対応をし,来店客の退店によってディナー営業が終了した後は,店内清掃のほか,翌日の仕込みを行うということがあった。また,亡Aは,翌日の仕入れ内容を書き出し,市場へファクシミリ送信する作業を行うことがあった。

なお,Cは,午後10時のラストオーダーの後に仮眠をとり,夜中に起きて仕込みを行ったり,知り合いの店舗に飲食に出かけて不在であったりすることがあった。亡Aら従業員らは,Cが仕込みを終了するなど全員がそろって退店することができる時点か,あるいは,Cの許可がある時点まで,帰宅することはできなかった。

(エ)

休憩時間について,Cは,おおよそ午後3時頃から,午後5時30分
の作業開始までの間,休憩時間を取れていたように思うと述べるのに対し,
本件期間において本件レストランの従業員
(調理師)
であったPは,
来店客の状況によって異なるものの,賄い料理を食べた後1時間程度の休憩を取ることができていたと述べ,同じく従業員(調理師)であった
Qは,賄い料理を食べる時間を入れても1時間休憩できることはなく,30分も休憩を取ることはできていなかった旨を述べている。
以上のとおり,関係者の供述内容は一定していないものの,上記したランチ営業終了からディナー営業開始までの間の時間やその間の亡Aの作業内容等に照らすと,本件期間における食事等を含む休憩時間として
は,1時間であると認めるのが相当である。
(以上につき,
甲34,
乙1・58ないし73頁,
153ないし156頁,
原告,弁論の全趣旨)

本件レストランの定休日は日曜日であった。もっとも,亡Aは,成人の日に行われるお祭りへの出店や,おせち料理の調理のため,日曜日も出勤することがあったほか,毎年4月には花見(Cの知人等を本件レストランに招いて料理を振る舞い,その売上げを募金するというもの。,4月又は)
5月には契約農家への訪問(筍掘り)のため,日曜日も労務に従事することがあった。
本件期間における日曜日のうち,平成24年4月22日に花見を行っているところ,この日の労働時間については,本件レストラン1階の警備シ
ステムを解除した午前8時7分から,2階の警備システムを作動させた翌23日午前0時2分までであり,休憩時間は1時間であると認めるのが相当である。また,同月29日には筍掘りを行っているところ,この日の労働時間については,本件レストランの従業員であったPが午前9時から午後5時くらいでしたと供述し,そのほかに,同供述を覆すに足りる的
確な証拠は認められないことから,同供述のとおりであると認めるのが相当である(ただし,休憩時間は,他の勤務日と同じく1時間)

(乙1・68頁,原告,弁論の全趣旨)

以上によれば,平成23年11月30日から平成24年11月23日までの間(以下本件期間という。
)における亡Aの労働時間は,別紙2の

とおりであると認められ,本件期間における亡Aに係る1か月当たりの平均時間外労働時間は,約250時間ということになる。
(4)

本件疾病発症の経過等について
亡Aには,平成24年11月24日,本件疾病を発症したところ,同月19日の時点で本件疾病の前駆症状である発熱及び関節痛が認められた。
E医師らの意見を踏まえると,本件疾病の原因は,ウイルス感染であると考えられ,この点を覆すに足りる客観的かつ具体的な証拠は認められない。
(乙1・40ないし44頁,弁論の全趣旨)

亡Aが,平成24年11月24日の早朝にD病院を受診した際の心電図によれば,亡Aには,局在性の左室壁運動消失が認められたものの,全体の心機能は保たれていた。そのため,同院の集中治療室において亡Aの経過観察が行われていたところ,同日の夜には,完全房室ブロック(心臓の刺激伝達系障害による徐脈性不整脈)が出現し,急速に壁運動低下が進行した。
そして,翌25日には,側壁及び後壁を除く広範囲に壁運動低下が拡大
し,EF(左室駆出率)は前日の71%から,20ないし25%にまで低下して,
血行動態が悪化した。そのため,同日午後10時にはPCPS(循環補助装置)の挿入を行ったものの,PCPS挿入後も,心筋逸脱酵素値の上昇といった心筋の異常徴候がみられ,壁運動の低下も進行した。そこで,E医師らは,現状の治療によって亡Aの血行動態を維持することは困
難であると判断し,F病院と相談した結果,亡Aは,同院へ転院することとなった。
(乙17,21)

亡AがF病院に転院した後も,本件疾病の発症から血行動態が悪化する経過が早く,心筋炎による心筋傷害の程度も非常に強度であり,心臓機能
は全く改善しなかった(乙1・43ないし44頁)

(5)

亡Aの血液検査の結果について
亡AがD病院に入院した平成24年11月24日に実施された血液検査の結果は,以下のとおりであった。
ヘモグロビン濃度(抹消血液100ml中に含まれ14.6g/dlるヘモグロビンの量)
平均赤血球ヘモグロビン量(赤血球1個に含まれる32.0pg
平均ヘモグロビン量)
平均赤血球ヘモグロビン濃度(赤血球の一定容積に34.0%
対するヘモグロビン量の比を表した数値)
総蛋白

6.8g/dl
アルブミン

4.3g/dl

アルブミン/グロブリン比(A/G)

1.7
(乙17・12頁,乙18)


ヘモグロビンは,赤血球に含まれる主要な成分で組織に酸素を運搬する役割がある。ヘモグロビン濃度の参考基準値は,男性で14ないし18g/dlであるとされ,数値が高ければ赤血球増加症(多血症)
,数値が低け
れば貧血症状が出るとされる。

また,血中のたんぱく質の主成分は,アルブミンとグロブリンであるところ,アルブミンが約60%,グロブリンが約40%の量を占めており,両者の構成比の変動によって,総蛋白量が変化するとされる。病態把握のためにはアルブミンの変化に注目する必要があり,参考基準値は3.9ないし4.
9g/dlであって,アルブミンが低値であると,生合成低下
(肝

障害)
,異化亢進(炎症性疾患,悪性腫瘍,火傷)
,漏出増加(消化管から
の蛋白漏出,ネフローゼ症候群,水疱性疾患)
,体内異常分布(腹水,胸水
の出現)といった疾患や病態を把握することができる。
総蛋白の参考基準値は,6.7ないし8.3g/dlであり,高値であると脱水,慢性炎症,M蛋白血症,低値であると低栄養,蛋白合成低下,
血漿蛋白喪失(ネフローゼ症候群,糸球体腎炎など)といった疾患や病態を把握することができる。
(乙18)
(6)

処分行政庁に提出された医師の意見について
E医師は,処分行政庁から,
本件,労働者の疾病の発症機序及び当該労働者等への説明内容
について意見を求められ,
先行するウイルス感染が労働者の過労状態により自身の免疫力が低下していたことも影響し心筋へと感染が拡大,極度の疲労と免疫力低下が手伝って劇症化したと考えられたと説明と回答している(乙1・40頁)。

G医師は,処分行政庁から,
本件,労働者の疾病の発症機序及び当該労働者等への説明内容について意見を求められ,発熱,関節痛などの感冒症状があり,ウイルス感染などが原因となった可能性はありますが,実際は原因を特定できていません。心筋炎の程度としては非常に強度であり,自己心機能はほぼ廃絶して,回復を認めませんでした。と回答している。
なお,同医師は,死亡診断書において,亡Aの解剖所見につき,
明らかな感染所見なしと記載している。
(乙1・37,43頁)

職業病相談員R医師は,処分行政庁に対し,本件疾病について,
インフルエンザ疑いの感染症の先行があり,ウイルス性心筋炎からの劇症化が最も考えられる。過重労働はあり,免疫能が低下して感染しやすい状況にあったことは否定できないが,自然経過でもウイルス感染は起こり得,就業と発症との関連性はどちらかと言えば医学的には少ないと考える。との意見を述べている(乙1・46頁)


大阪労働局地方労災医員S医師は,大阪労働局大阪労働者災害補償保険審査官に対し,

被災者(亡A)の時間外労働時間が著明に長く,過労がウイルス感染に関わった可能性はある。劇症型心筋炎の発症の要因は,個人の要因も想定されるが,不明である。,

長時間の時間外労働が発症に関わった可能性はあるが,相当因果関係があるとまでは言えない。との鑑定意

見を述べている(乙1・171頁)


2
判断
(1)

業務起因性に関する法的判断の枠組み
労災保険法及び労働基準法に基づく保険給付は,労働者の業務上の疾病等
に関して行われる(労災保険法7条1項1号)ところ,労働者災害補償保険制度(以下労災保険制度という。
)は,使用者が労働者を自己の支配下に
置いて労務を提供させるという労働関係の特質を考慮し,業務に内在する各種の危険が現実化して労働者が疾病にかかった場合には,使用者の過失の有無を問わずに労働者の損失を填補する,いわゆる危険責任の法理に基づく制度であることを踏まえると,
労働者が
業務上
の疾病にかかった場合とは,
労働者が業務に起因して疾病にかかった場合をいい,そのような場合に当たるというためには,業務と疾病との間に相当因果関係が認められなければならないと解すべきであり(最高裁判所昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)
,業務と疾病との間の相当因果関係の
有無は,その疾病が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである(最高裁判所平成8年1月23日第三
小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁判所平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)

(2)

疲労の蓄積と免疫力の異常との関係
上記認定事実及び後掲各証拠によれば,疲労の蓄積と免疫力の異常との関係について,①長期間の不眠に伴うヒトに対する試験では,NK細胞活
性とリンパ球応答に対する賦活効果と抑制効果といった免疫機能の変化が認められており,長期的かつ重度の睡眠遮断は自然免疫応答及び細胞免疫応答の変化を伴うものであり,睡眠と免疫機能の変化には,関連性があることが示されているばかりか,部分的な睡眠遮断であっても,自然免疫反応の低下が確認されたとの研究報告があること(認定事実(2)エ),②睡眠

時間と感染性疾患の発現との直接的な証拠を示すものではないとの留保はあるものの,一晩の睡眠時間が5時間未満又は5時間から6時間であった被験者は,一晩の睡眠時間が7時間を超える被験者と比べて,風邪を発症するリスクが非常に高く,睡眠時間と免疫力の異常との関連性を示す研究報告があること(認定事実(2)オ)
,③E医師,R医師及びS医師は,処分

行政庁に対し,それぞれ疲労の蓄積によって免疫力の異常が生じることを前提とする意見を述べていること
(認定事実(6)ア,
ウ,,④E医師は,
エ)
インフルエンザや肺炎が,老人,幼児や基礎疾患を有する人が感染しやすく,重篤化を来し,死に至る危険性が高いのは周知の事実であり,その理由は,免疫力が一般の健康な成人よりも低下しているためであることに触れながら,過労によって免疫力が低下すると,ウイルスを含めあらゆる感染症を発症しやすく,また病状の進行が速くなり,重篤化することは医学的にみても矛盾のない事実であると判断できるとの意見を述べていること(甲21)⑤I医師は,

疲労や過労状態における免疫動態の変化を捉える
検査としては,ヘルペスウイルス量の変化をもって測定する技術が開発されており,過重労働に伴って体内のヘルペスウイルスが増加することが報
告されていることに触れながら,長時間労働などの過労やストレスが免疫力を低下させ,免疫力低下による防御能の低下が感染症の発症,増悪につながることは,教科書等の記載から医学的な常識であるとの意見を述べていること(甲25)
,⑥M医師は,心筋炎発症に関わる因子として,個体因子(遺伝的背景,性別,年齢)のほか,環境因子(住居,環境,仕事内容,
作業時間,睡眠時間など)が考えられるとの指摘や,慢性疲労が,NK細胞の数の減少や活性の低下,リンパ球T細胞(CD4陽性T細胞,CD8陽性T細胞[
(細胞傷害性T細胞))の増加など,免疫系の異常と関連する

との研究報告について言及し,また,睡眠を1日5時間しかとることができなかった42例において,免疫担当細胞や免疫応答への影響を検討した
結果によれば,NK細胞の数の減少や活性の低下等が観察され,睡眠不足によって,免疫担当細胞や免疫応答の異常が出現することが判明したと指摘していること(乙22)
,⑦O名誉教授は,ストレスが免疫力を低下させ
るとの報告があると指摘していること
(乙19)以上のような医学的な知

見が認められ,これらの点に,⑧ストレスによる免疫力の低下を指摘する
文献が複数存在すること(認定事実(2)カ(ア)ないし(エ)),⑨ウイルス性心
筋炎の発生が,感染に対する抵抗力や治癒力の劣る低年齢又は高年齢層に比較的多く発生するとされていること
(認定事実(2)ウ)
をも併せ鑑みると,
疲労の蓄積によって,
自然免疫機能の低下や獲得免疫機能の過剰といった,
免疫力の異常が発生する結果,ウイルスに感染しやすく,また,感染症の症状が重篤化しやすい状態になること自体については,相応の医学的な裏付けがあると認めるのが相当である。


なお,M医師は,長時間労働や過労に関する科学的研究は非常に遅れており,特に疲労が免疫機能に与える影響は,ほとんど明らかにされていないため,現状では,長時間労働や過労が免疫機能を抑制する可能性があるということができるにすぎない旨指摘している(乙22)
。しかしながら,
同医師は,上記アのとおり,慢性疲労や睡眠不足と,NK細胞の数の減少
や活性の低下,リンパ球T細胞の増加など,免疫系の異常との関連や,睡眠不足と免疫動態の変化を示唆していることからすると,
同医師の意見は,
時間外労働時間数が免疫力の異常に与える影響について医学的に解明されているとはいえないとしつつも,疲労の蓄積によって免疫力に異常を来すこと自体を否定する趣旨ではないと理解することができ,M医師の上記指
摘をもって,上記アで認定説示した点が覆されるとはいえない。
(3)

亡Aの長時間労働と免疫力異常との関係
亡Aは,上記認定事実(3)アないしカのとおり,本件期間において,平均して1か月当たり約250時間の時間外労働に従事していたと認められ
る。
この点,確かに,M医師が指摘するとおり,
何時間の労働であれば,細菌やウイルスに対する免疫がどの程度低下するかについては,明らかでなく,亡Aの免疫力の低下を直接的に示すデータがあるとはいえない(乙22)
。しかしながら,認定基準においても,疲労の蓄積をもたらす最も重
要な要因と考えられるのは,労働時間であり,その時間が長いほど,業務の過重性が増すとの指摘がなされている(認定事実(2)ア(イ))ところ,上記のとおり,亡Aの時間外労働時間数は,認定基準によって,業務と虚血性心疾患等の対象疾病の発症との関連性が強いと評価できる時間(発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね80時間の時間外労働)を,長期間にわたって大幅に超えるものであるであって,かかる長期間かつ長時間にわたる時
間外労働に従事したことは,睡眠時間の極端な不足,極度の肉体的及び精神的負荷を生じさせ,もって,疲労の著しい蓄積をもたらしたものであると認められる。そして,上記(2)で認定説示のとおり,疲労の蓄積は免疫力の異常を生じさせるものということができるところ,本件のように長期間にわたって,極端に長時間の労働に従事することによって,疲労の著しい
蓄積が生じていた場合には,それに応じて,亡Aの免疫力に著しい異常が生じていたものと認めるのが相当である。

被告は,K医師の見解に基づき,亡Aの血液検査の結果から,疲労の蓄積は生じておらず,したがって免疫力の異常も生じていなかったと主張する。しかしながら,亡Aの血液検査の結果によれば,亡Aのヘモグロビン
濃度,総蛋白,アルブミンは,いずれも参考基準値内である(認定事実(5)ア,イ)ものの,これらの数値によって把握できるものは,飽くまでも,認定事実(5)イで示した疾患や病態にはないということであり,これらの数
値によって,疲労の蓄積が生じておらず,それに基づく免疫力の異常も生じていなかったとはいえない。そうすると,上記各数値をもって,上記認
定説示した点を覆すには足りない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(4)

業務と心筋炎発症及び心筋炎劇症化との因果関係
上記認定事実によれば,①本件疾病は,ウイルス性のものであると考えられること(認定事実(4)ア)
,②ウイルスが心筋細胞に侵入した後,宿主
は,自然免疫及び獲得免疫の反応によって,ウイルスを心筋細胞から排除するものの,自然免疫反応を担当する細胞が活性化されておらず,あるいは獲得免疫反応が過剰に作用するという状況において,心筋傷害や心筋細胞壊死を引き起こすなどして心筋炎を発症し,あるいは心筋炎が劇症化すること(認定事実(1)アないしカ)
,③疲労の蓄積,慢性疲労や睡眠不足に
よって,NK細胞の数の減少や活性の低下,リンパ球T細胞(CD4陽性
T細胞,CD8陽性T細胞)の増加など,免疫力の異常が生じること(上記(2)ア)
,④亡Aが,本件期間につき,平均して1か月当たり約250時間の時間外労働に従事し,極端な睡眠不足から,疲労を蓄積させ,免疫力の著しい異常を生じていたこと
(認定事実(3)アないしカ,
上記(2),
(3))

以上の点が認められる。

これらの点に加え,⑤E医師は,先行するウイルス感染が亡Aの過労状態により自身の免疫力が低下していたことも影響し,
心筋へと感染が拡大,
極度の疲労と免疫力低下が手伝って心筋炎が劇症化した旨の意見を述べていること(認定事実(6)ア)
,⑥I医師は,亡Aについて1か月当たり20
0時間の時間外労働による過労やストレスによって,免疫の低下した状態
にあったため,ウイルスに対する防御能が低下して感染しやすくなり,感染後心筋を標的臓器として侵襲し,ウイルス性心筋炎を発症し,防御能の低下によって心筋炎が劇症化した旨の意見を述べていること(甲24)をも併せ鑑みると,長期間にわたる,平均して1か月当たり約250時間の著しい時間外労働を含む長時間労働は,免疫力の著しい異常により,自然
免疫反応の低下あるいは獲得免疫反応の過剰を来し,感染症を発症及び重篤化させて死亡に至る危険を内在するものであるということができ,本件疾病の発症,すなわち心筋炎の発症及びその劇症化は,亡Aの業務に内在する上記危険が現実化したものであると認められる。

被告は,医学的見地に照らすと,亡Aの業務と,心筋炎の発生及び心筋炎の劇症化との間の因果関係が認められず,認定基準においても,外因であるウイルスによる感染症の急性心筋炎を対象疾病として想定すべきとする医学的な根拠,新知見はないと判断されたなどと主張し,M医師,O名誉教授,K医師の各意見書を提出する(乙6,19,22)


確かに,免疫反応は複雑なシステムであり,病原体であるウイルスの活性,増殖するウイルスへの持続的感染,宿主の免疫による心筋細胞に対する持続的傷害等が,それぞれ,心筋炎の発生及び劇症化にどのように影響を及ぼすのかといった点や,
時間外労働時間数がどれほどの時間であれば,
マクロファージ等自然免疫担当細胞の成熟化,
活性化がどの程度妨げられ,
NK細胞の数の減少や活性の低下がどの程度もたらされ,CD4陽性T細
胞又はCD8陽性T細胞の増加がどの程度生じるかといった点などの,詳細な内容が医学的に解明されているとは認められず,
それゆえに,
M医師,
O名誉教授及びK医師が述べるように,宿主である亡Aの遺伝的背景その他個体因子など,業務外の事情が,本件疾病の発症に作用した可能性を排除することはできない。

しかしながら,上記アのとおり,本件疾病の発症,すなわち,心筋炎の発症及びその劇症化には,本件疾病の発症前12か月間もの長期間にわたって,平均して1か月当たり約250時間の著しく長い時間外労働を含む長時間労働への従事という,免疫力に著しい異常を生じさせることの明らかな事情が作用したと考えられる一方で,かかる長時間労働以外に,本件
疾病(心筋炎の発症及び劇症化)の発症に作用した可能性がある個別具体的な事情(例えば,亡Aの遺伝的背景等)の存在を認めるに足りる的確な証拠は認められないことからすると,業務外の事情が本件疾病の発症に作用した可能性は,
具体的なものであるということはできない。
したがって,
M医師,O名誉教授及びK医師らによる指摘内容は,労災保険制度の下に
おいて,本件における亡Aに係る長時間労働と本件疾病発症との間の条件関係及び相当因果関係の存在を覆すものとはいえない。

なお,ウイルスによる感染症である本件疾病は,認定基準の対象疾病には含まれてはいないところ,上記のとおり,感染症の発症には様々な要素が複雑に作用しあうから,長時間労働とウイルスによる感染症との因果関係の有無を判断するに当たっては,とりわけ慎重な検討を要するものというべきではあるが,ウイルスによる感染症が認定基準の対象疾病に含まれ
ていないとの事情は,個別事案の特殊性,特に本件のように極端に長い時間外労働に従事したという事情を考慮してもなお,医学的見地によれば,ウイルスによる感染症の発症には業務起因性を肯定する余地がないことを意味するものと理解することはできない。そうすると,本件疾病が認定基準の対象疾病に含まれていないことは,本件疾病の業務起因性を否定する
事情であるとはいえない。

以上によれば,客観的にみて,本件疾病の発症は,亡Aに係る業務に内在する危険が現実化したものであるといえ,亡Aの長時間労働と本件疾病発症との間に因果関係
(条件関係及び相当因果関係)
があると認められる。
したがって,本件疾病の発症は,業務に起因するものであると認めるのが
相当であって,本件疾病の業務起因性がないことを前提とする本件各処分は違法というべきであるから,いずれも取消しを免れない。
3
結論
以上の次第で,原告の被告に対する本件各請求はいずれも理由があるから,
いずれも認容することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第5民事部

裁判長裁判官

内藤裕之
裁判官

大寄
裁判官

溝口悦加達
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