事件番号 | 平成29(行ウ)25 |
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事件名 | 行政文書不開示処分取消請求事件 |
裁判年月日 | 令和元年5月30日 |
裁判所名・部 | 大阪地方裁判所 第7民事部 |
判示事項の要旨 | 国有地の払下げに係る売買契約書に記載された売買代金額等が行政機関の保有する情報の公開に関する法律5条2号イ所定の不開示情報に該当せず,処分行政庁がこれを開示しなかったことが国家賠償法上違法であるとされた事例 |
裁判日:西暦 | 2019-05-30 |
情報公開日 | 2019-07-05 18:00:12 |
被告は,原告に対し,3万3000円及びこれに対する平成28年9月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 原告のその余の請求を棄却する。 3 訴訟費用はこれを10分し,その7を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 被告は,原告に対し,11万円及びこれに対する平成28年9月28日から支 払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要 1 事案の要旨 本件は,大阪府豊中市の市議会議員である原告が,近畿財務局長に対し,行政機関の保有する情報の公開に関する法律(以下情報公開法という。)3条に基づき,国有財産である大阪府豊中市野田町1501番所在の土地(以下本件土地という。)を学校法人森友学園(以下森友学園という。)に売却する旨の売買契約書(以下本件文書という。)の開示請求をしたところ,近畿財務局長から,情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当することを理由に,本件文書のうち別紙不開示部分欄記載の各部分を不開示とし,その余を開示する旨の決定(以下本件処分という。)を受けたため,上記不開示とした部分のうち契約相手方の印影及び署名を除く部分(以下本件不開示部分という。)を不開示としたことは違法であるとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料11万円及びこれに対する本件処分の日の翌日である平成28年9月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。 2 前提事実 以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の各証拠(枝番のあるものは特記しない限り全枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。 (1) 森友学園 森友学園は,昭和46年3月に設立された,私立学校を設置すること等を 目的とする学校法人であり,本件処分当時,塚本幼稚園幼児教育学園を設置・管理していた(乙3)。 (2) ア 本件土地の売買 森友学園は,平成28年6月9日付けで,財務大臣に対し,使用目的を小学校敷地として, 本件土地に係る普通財産売払申請書を提出した (乙1) 。 イ 被告は,平成28年6月20日,森友学園に対し,随意契約の方法で,本件土地を代金1億3400万円で売却した(甲5)。 (3) ア 本件処分 原告は,平成28年9月2日付けで,近畿財務局長に対し,情報公開法に基づき,本件文書の開示を請求した(甲1)。 イ 近畿財務局長は,平成28年9月27日付けで,原告に対し,本件文書のうち,別紙不開示部分欄記載の部分については情報公開法5条2号イに該当することを理由に不開示とし,その余の部分については開示する旨の本件処分をした(甲2)。 なお,情報公開法5条2号柱書きは,不開示情報として,法人その他の団体(中略)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,次に掲げるもの。ただし,人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報を除く。と規定し,同号イにおいて,公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものを掲げている。 (4) ア 本件訴えの提起等 原告は,平成29年2月8日,本件処分の不開示部分の取消しを求める本件訴えを提起した(顕著な事実)。 イ 近畿財務局長は,平成29年8月4日付けで,本件処分を取り消し,原告に対し,新たに本件文書の一部(本件不開示部分)を開示する旨の決定をした(乙10)。 ウ 原告は,平成29年8月14日,本件訴えを,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求に変更する旨申し立て,当裁判所は,同月16日,これを許可する旨決定した(顕著な事実)。 3 主たる争点 (1) 本件土地の売買代金額又はこれを推知させる部分(本件文書2条から4 条までに記載の売買代金等,5条記載の延納代金等,30条記載の違約金,本件文書別紙第1記載の担保価値及び収入印紙の金額。以下本件売買代金額等という。)を不開示としたことの国家賠償法上の違法性(2) 本件文書42条(瑕疵担保責任免除特約等。以下本件条項という。) を不開示としたことの国家賠償法上の違法性 (3) 4 損害の有無及びその数額 主たる争点に関する当事者の主張 (1) 本件売買代金額等を不開示としたことの国家賠償法上の違法性 (原告の主張) ア 情報公開法5条2号イ所定の不開示情報該当性 本来,国有財産の売買代金額は,国民の財産が不当に廉価で売却されることがないよう,公開することが原則である。このことは,情報公開法が,行政文書について,原則として公開する立場を採用していることからも明らかである。もっとも,例外は認められており,情報公開法5条2号イは,法人等に関する情報のうち,公にすることにより当該法人等の権利,競争 上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものを不開示情報としているが,不開示情報に該当するか否かは,情報公開法の趣旨に則って解釈すべきである。したがって,正当な利益とは,客観的,直接的に見てこれに当たるものに限られ,契約の相手方の主観的な感情や,風評等の不確かなものを媒介とする影響は, およそ正当な利益に当たるとはいえない。 被告は,本件売買代金額等を開示した場合,森友学園が不当に低廉な金額で本件土地を取得したかのような印象を与えるから,本件売買代金額等を開示することは森友学園の信用等を低下させるなどと主張する。しかし, そもそも情報公開法の趣旨に照らし,不当に低廉な金額と解されるおそれのある場合こそ,開示によって国民の批判にさらされなければならない。そして,国会における質疑を見ても,本件土地の売買代金額が不当に低廉な金額であった疑いが強いといえ,不当に低廉な金額であったからこそ本件売買代金額等を不開示にしたと解すべきであり,このような理由による不開示が許されないことは明らかである。 また,報道等により,本件土地の売買代金額について,8億円以上の大幅な値引きがされたが,その値引きの根拠とされた相当な量のごみは存在せず,上記値引きには何ら正当な根拠がなかったことが明らかになっている。このことは,平成29年11月に会計検査院が作成した森友学園に対する国有地の売却等に関する会計検査の結果についての報告書(甲6)において,売買代金額の決定に関する地下埋設物撤去・処分費用における対象面積,深度,混入率等の妥当性の検討が不十分である旨指摘されていること,本件土地の売買代金額を決定するに当たって,被告と森友学園との間で,本来あってはならない価格交渉がされたこと(甲7,11)からも明らかである。そうすると,本件売買代金額等の公表により,契約の相手方の利益を害することがあったとしても,それは不当な値引きによる影響にすぎないのであるから,不当な値引きによる本件売買代金額等の公表に よって森友学園が害される利益は,およそ正当なものとはいえない。したがって,本件売買代金額等は,情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当しない。 イ 国家賠償法上の違法性 上記アのとおり,本件売買代金額等は情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当しないから, これを不開示としたことは違法である。 そして, 近畿財務局長は,上記のとおり,本件土地には大幅な値引きの根拠となる相当な量のごみが存在せず,本件土地の売買代金額自体が,正当な根拠に基づかない不当に低廉な価格であり,契約の相手方である森友学園の意向に沿って決められたものであることを知りながら,あえて本件売買代金額等を不開示としたのであるから,近畿財務局長の上記判断は,職務において通常尽くすべき注意義務に違反するものであって,国家賠償法上も違法である。 (被告の主張) ア 情報公開法5条2号イ所定の不開示情報該当性 本件土地の売買代金額は1億3400万円であったのに対し,本件土地の道を挟んで向かい側の大阪府豊中市野田町1505番所在の土地(以下近傍土地という。)が平成22年に被告から豊中市に売却された際の売買代金額は14億2386万3000円であった。 近傍土地の面積は9492.42㎡であるから,近傍土地の1㎡当たりの金額は15万円となるのに対し,本件土地の面積は8770.43㎡であるから,本件土地の1㎡当たりの金額は1万5278円余りとなる。そうすると,本件売買代金額等だけを見ると,本件土地が近傍土地等に比べて不当に安く売却されたような印象を与える内容となっており,また本件条項を不開示にすることと相まって,本件土地がそれだけの値引きを必要とするいわく付きの土地であると推察されるおそれがあるといえる。 そして,本件処分当時,森友学園は,被告との間で本件土地の売買契約を締結し,本件土地において新たに小学校を開設し,生徒を募集し,小学校の運営事業に新規に参入しようとしていたのであるから,仮に本件売買代金額等を開示した場合,森友学園が当該小学校の敷地を不当に低廉な金額で取得したかのような印象を与え,小学校運営を行う森友学園の信用,名誉を低下させるとともに,それにより,小学校の評判及び生徒募集に悪影響を与えることになり,森友学園の小学校経営における競争上の地位や事業運営上の利益を害することになる。また,森友学園は,近畿財務局が森友学園の同意なく上記情報を公表しないという期待を抱いており,そのような期待を抱くことには合理的な理由があった。 したがって,本件売買代金額等は,法人に関する情報であって,公にすることにより,当該法人等…の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの(情報公開法5条2号イ)に該当する。なお,本件処分後,本件売買代金額等が開示されたのは,森友学園自身がその開示に同意する旨の書面を提出するなど,本件土地の売買を取り巻く状況の変化に応じ,これを経営上の秘密として保護する必要性及び相当性が失われたという事情の変更に伴うものであるから,本件処分後の上記事情によって,本件処分時における情報公開法5条2号イ該当性に係る判断の適否が左右されるものではない。 イ 国家賠償法上の違法性 国家賠償法1条1項にいう違法が認められるためには,公務員が,権利ないし法益を侵害された個別の国民との関係において遵守すべき職務上の法的義務を負っていることを前提として,かかる法的義務に違反したことが認められることが必要である。そして,本件処分当時,不開示の対象が国有地の随意契約における売買代金額等であったとしても,そのことから一律に情報公開法5条2号イ該当性が否定され,不開示とすることが およそ違法なものとはされていなかったのであり,不開示の対象が国有地の随意契約における売買代金額等であることから,当然かつ一律に,近畿財務局長が個別の国民に対し,これを開示しなければならない職務上の法的義務を負っていたとは認められない。 上記アのとおり,近畿財務局長が本件売買代金額等を不開示としたことは適法であり,国家賠償法上違法とされる余地はないが,仮にこれが客観的に違法と評価されるとしても,本件の具体的な事情の下においては,本件売買代金額等が情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当するとした近畿財務局長の判断は合理的なものであるから,本件売買代金額等を不開示としたことが国家賠償法上違法と評価される余地はない。 (2) 本件条項を不開示としたことの国家賠償法上の違法性 (原告の主張) ア 情報公開法5条2号イ所定の不開示情報該当性 被告は,土壌汚染の瑕疵は,たとえ土地の浄化が完了しても,子を通わせる小学校を選択する保護者に強い心理的嫌悪感を抱かせるものであり,本件条項を開示した場合,森友学園の評判を低下させるおそれがあるなどと主張する。しかし,風が吹けば桶屋が儲かるというような解釈をすること自体誤りであるし,そもそも土壌汚染の対策が施されたことが表示されているから,本件条項を開示したとしても,森友学園の正当な利益を害するおそれがあるとはいえない。また,過去に土壌汚染やごみが埋まっていたことを嫌悪する者がいたとしても,子を通わせる小学校を選択する保護者にとって,小学校の敷地の清浄性・安全性が当該小学校を志望するか否かを判断する際の重要な基準であるといえ,これを秘匿することは,いわば入学志望者及びその保護者に対して重要事項を説明しないことにも等しく,社会通念上,到底許されない。 そして,仮に,本件条項の開示によって,森友学園の小学校運営におけ る競争上の地位や事業運営上の利益が一定程度脅かされ,風評被害が多少あったとしても,小学校を運営しようとする学校法人は,そのことを前提として当該土地を買い受けるか否かを判断すべきであり,学校法人にとって都合が悪いからといって,上記重要事項を秘匿してよいことにはならない。したがって,本件条項に記載された情報は,情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当しない。 イ 国家賠償法上の違法性 上記アのとおり,本件条項は情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当しないから,これを不開示としたことは違法である。そして,近畿財務局長は,上記のとおり,本件土地には大幅な値引きの根拠となる相当な量のごみが存在せず,本件条項に記載された情報が情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当しないことを知りながら,あえて本件条項を不開示としたのであるから,近畿財務局長の上記判断が国家賠償法上違法であることは明らかである。 (被告の主張) ア 情報公開法5条2号イ所定の不開示情報該当性 本件条項には,本件土地の瑕疵の存在,内容,被告の瑕疵担保責任の免除等が記載されており, 具体的には, 本件土地に土壌汚染, 地下埋設物 (国 土交通省が実施した掘削調査の深度より深い箇所の地下埋設物を含む。,) 地耐力(地盤が構造物を支持できる強度)に関する瑕疵や,地表面及び地中に陶器片,ガラス片,木くず,ビニール等のごみが存在するなどの瑕疵が存在し,森友学園は上記一切の瑕疵の存在を了承の上,本件土地を買い受けることなどが記載されていた。このように,本件土地に土壌汚染等の瑕疵が存在していたという事実は,たとえ浄化が完了しても本件土地の利用につき強い心理的嫌悪感を抱かせる情報であるといえる。そして,森友学園は,本件処分当時,本件土地において小学校を開設し,新規に小学校 の運営事業に参入しようとしていたのであるから,仮に本件条項の内容が公になれば, たとえ本件土地の土壌汚染等の浄化が完了していたとしても, 子を通わせる小学校を選択する保護者に対し,かつて土壌汚染等があった土地に開設される小学校であるとして,この小学校に入学することについて強い心理的嫌悪感を生じさせることになり,森友学園の小学校経営における競争上の地位や事業運営上の利益が害されることになる。 したがって,本件条項に記載された情報は,情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当する。なお,本件処分後,本件条項の内容が開示されたことは,上記のとおり,事情の変更に伴うものであるから,これによって,本件処分時における情報公開法5条2号イ該当性に係る判断の適否は左右されない。 イ 国家賠償法上の違法性 本件不開示部分は,情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当するから,本件処分が適法であることは明らかであって,本件処分を行った近畿財務局長の行為が国家賠償法上違法と評価される余地はない。 (3) 損害の有無及びその数額 (原告の主張) 原告は,本件処分において本件不開示部分が不開示とされたことにより,本件訴えの提起を余儀なくされるなどした。上記不開示による精神的苦痛を金銭に換算すると10万円を下ることはない。また,弁護士費用のうち1万円は被告に負担させるべきである。 (被告の主張) 原告は,本件訴え提起後,遅くとも平成29年3月8日までには,本件不開示部分にマスキングがされていない状態の本件文書を入手し,情報開示請求の目的である本件文書を入手していたのであり,本件訴訟を継続しなくとも,情報開示請求の目的を達していた。そして,原告は,裁判の審理を通じ ていわゆる森友学園問題の疑惑を解明する上で重要な意味を持つものであるとして,本件訴訟を継続することにしたのであるから,本件訴訟の継続が原告の政治的欲求を満たす手段として利用できる出来事ではあっても,精神的苦痛を生じさせるものとはいえない。したがって,原告に金銭をもって償うべき精神的苦痛が生じたとはいえない。 第3 1 当裁判所の判断 本件売買代金額等を不開示としたことの国家賠償法上の違法性 (1) ア 情報公開法5条2号イ所定の不開示情報該当性 情報公開法5条2号イは,法人等に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報のうち,公にすることにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものを不開示情報とする旨定めている。そして,権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれの有無は,その情報の性質や,法人等の性格,事業内容,事業活動等において当該情報が有する意味,権利利益の内容等に応じて判断されるべきであって,これに該当するというためには,単に当該情報が通常他人に知られたくないというだけでは足りず,当該情報が開示されることによって,当該法人等の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれが客観的に認められることを要するというべきであり,上記おそれは,単なる確率的な可能性では足りず,法的保護に値する蓋然性が必要であると解するのが相当である。 イ 国有財産の売却については,国の財産は,…適正な対価なくしてこれを譲渡し…てはならないこととされているところ(財政法9条1項),その趣旨は,国民共有の財産というべき国有財産について適切な管理を求めることにあると解される。本件処分当時,国有財産を一般競争入札や公共随契(予算決算及び会計令99条9号及び21号並びに予算決算及び会計令臨時特例5条1項11号の規定による随意契約をいう。以下同じ。)により貸し付けたり売り払ったりした場合においては,原則として,当該財産の概要や契約金額等の契約内容を財務局等のホームページで公表することとされていたのも(甲6〔12,46頁〕,乙7の1,大蔵省理財局長通達国有財産の処分等結果の公表について(平成11年12月21日蔵理第4832号。ただし,平成24年11月21日財理第5479号による改正後のもの)。以下本件通達という。),上記の財政法9条1項の趣旨に鑑み,国有財産の譲渡価格の客観性を確保するための基本的要請として,その価格を公表することが必要なものと解されていたためであるというべきである。 加えて,財務局等が,国有財産の処分等の結果の公表について,上記のような取扱いをしていたことについては,財務省及び財務局等のホームページにおいても公表されていたのであるから(甲6〔46頁〕,乙7の1,本件通達),法人等が国有地を買い受けるに当たっては,あらかじめ売買代金額が公表されることを前提として,取引関係に入ることが想定されていたものと解される。 そうすると,国有地の売買代金額については,国有財産の適切な管理を図る上記の財政法9条1項の趣旨に照らし基本的要請として公表されるべき情報であり,買い受ける法人等においても,その価格が公表されることを前提に取引関係に入ることが想定されていたのであるから,これが公にされることにより当該法人等が害されるおそれのある利益があったとしても,それは,基本的に,当該法人等…の権利,競争上の地位その他正当な利益(情報公開法5条2号イ)には該当しないというべきである。ウ 被告は,本件売買代金額等だけを見ると,本件土地が近傍土地等に比べて不当に安く売却されたような印象を与える内容となっており,これを開示すると,本件土地がそれだけの値引きを必要とするいわく付きの土地であると推察されるおそれがあり,ひいては小学校を運営する森友学園の信用等を低下させ,森友学園の小学校経営における競争上の地位や事業運営上の利益を害するおそれがあるなどと主張する。 しかしながら,仮に本件土地の価格が正当なものであることを前提とするのであれば,そのような正当な本件売買代金額等を開示することによって,なぜ森友学園の信用等が害されることになるのか,被告の主張は論理が曖昧であって,その因果の流れも判然とせず,森友学園の信用等が害されるという十分な根拠は見出し難い。 そうすると,本件売買代金額等が公にされることにより森友学園の事業運営上の利益が害されるおそれにつき,法的保護に値する程度の蓋然性があるとは認められないし,国有地の売買代金額に係る公開の要請や公表の運用等(上記イ)に照らせば,このような利益は,情報公開法5条2号イの当該法人等…の権利,競争上の地位その他正当な利益には該当しないというべきである。そして,このことは森友学園がその同意なくして本件売買代金額等を公表されないとの期待を有していたとしても左右されない。被告の上記主張は採用することができない。 エ 以上によれば,本件売買代金額等は,情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当しないというべきである。 (2) ア 国家賠償法上の違法性 情報公開法に基づく公文書の不開示決定に取り消し得べき瑕疵があるとしても,そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく,公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と上記決定をしたと認め得るような事情がある場合に限り,上記評価を受けるものと解するのが相当である(最高裁判所平成18年4月20日第一小法廷判決・集民220号165頁)。 イ そこで,上記事情が認められるか否かについて検討するに,本件処分当時,国有財産を一般競争入札や公共随契により貸し付けたり売り払ったりした場合においては,原則として,当該財産の概要や契約金額等の契約内容を財務局等のホームページで公表することとされていた(上記(1)イ)。また,証拠(甲6〔46頁〕)によれば,本件通達の下で,平成25年度から平成28年度までの間に公共随契の方法により国有地の売払いがされた契約104件のうち,契約金額が非公表とされた事例は,本件を除いて存在しなかったことが認められる。 これらの取扱いや先例等に加え,国有地の売買代金額については,上記のとおり,財政法9条1項の趣旨に照らし,基本的要請として公表されるべき情報であるといえること(上記(1)イ)も考慮すると,近畿財務局長において,職務上尽くすべき注意義務を尽くしていれば,本件売買代金額等が情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当しないことは容易に判断することができたというべきであり,本件の事情の下では,本件売買代金額等につき,職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と不開示の判断をしたと認め得るような事情があったと認めるのが相当である。ウ 以上によれば,近畿財務局長が本件処分において本件売買代金額等を不開示としたことは,国家賠償法上違法であると認められる。 2 本件条項を不開示としたことの国家賠償法上の違法性 (1) 本件条項の内容等 証拠(甲5,乙20~22)によれば,本件条項の内容等は,次のとおり であったと認められる。 ア 本件条項(甲5) (瑕疵担保責任免除特約等)第42条乙は,本件貸付契約第5条の土壌汚染,地下埋設物に関する瑕疵及び第30条記載の地耐力に関する瑕疵並びに次項以下の一切の瑕疵の存在につき了承したうえで本件土地を現状有姿にて買い受ける。2乙は,平成26年11月7日及び平成26年12月17日に甲が引き渡した『大阪国際空港豊中市場外用地(野田地区)土地履歴等調査報告書平成21年8月』,『平成21年度大阪国際空港豊中市場外用地(野田地区)地下構造物状況調査業務報告書(OA301)平成22年1月』,『大阪国際空港場外用地(OA301)土壌汚染概況調査業務報告書平成23年11月』,『平成23年度大阪国際空港場外用地(OA301)土壌汚染深度方向調査業務報告書平成24年2月』に記載の内容を了承したうえで売買物件を買い受ける。3乙は,売買物件のうち一部471.875㎡が,豊中市より土壌汚染対策法第11条第1項で定める形質変更時要届出区域に指定されていたことを了承したうえで売買物件を買い受ける(平成27年10月26日指定解除)。4乙は,売買物件に関して,前3項の他,次の瑕疵を了承する。一売買物件の地表面及び地中に陶器片,ガラス片,木くず,ビニール等のごみが存在すること。二売買物件には,第2項で定める『平成21年度大阪国際空港豊中市場外用地(野田地区)地下構造物状況調査業務報告書(OA301)平成22年1月』において実施した掘削調査深度より深い箇所にも地下埋設物が存在すること。5乙は,従前の経緯を踏まえて,前4項に定める瑕疵の他,その他乙が小学校建設及び運営を行ううえで支障となる売買物件に関する一切の瑕疵(隠れた瑕疵も含む)について,瑕疵担保責任を免除する。6本件貸付契約第6条の規定にかかわらず,前5項に定める瑕疵の除去に伴う一切の費用につき,本契約書作成時点において既に乙において支払いを受けているもの(平成28年3月30日付合意書に基づく土壌汚染除去等費用合計金1億3176万円)を除き,甲は,乙に対して,何ら支払を要せず,乙は,甲に対して,有益費返還請求,損害賠償請求その他名目を問わず,一切の財産的請求をしないことにつき,甲及び乙は確認する。7乙が小学校建設を行うために必要な売買物件に残存する陶器片,ガラス片,木くず,ビニール等のごみ,地下埋設物,土壌汚染,地耐力等に関する調査については,甲において調査を要せず,現状にて売買物件を売却することを乙は了承する。8乙は,売買物件に関する一切の瑕疵(隠れたる瑕疵を含む)に関して,調査費用,除去費用,廃棄費用等の費目を問わず,瑕疵担保責任,不法行為責任,有益費償還請求,立替金返還請求,その他名目を問わず,本書に定めるものの他,甲に対して,金銭請求並びに履行請求等,一切の財産上の請求を甲にしないことを,甲に約する。9本条に定める瑕疵除去工事は乙の責任と費用においてこれを行い,本書作成以後,乙が依頼した請負業者から甲が費用請求を受けた場合には,乙において支払う。 イ 本件条項2項記載の各報告書の内容 (ア) 国土交通省大阪航空局作成の平成22年1月付け平成21年度大阪国際空港豊中市場外用地(野田地区)地下構造物状況調査業務報告書(OA301)には,概要,次のとおりの記載がある(乙20)。a 平成21年10月30日から平成22年1月28日にかけて,本件土地において地下構造物の状況を調査した。調査方法は,地中レーダ探査の画像を解析し,地下埋設物が存在する可能性があると判断した箇所において,機械(バックホウ)及び人力による試掘を行い,地下埋設物の形状・材質等を把握するというものであった。 b 地中レーダ探査により解析し抽出された異常箇所の集中する未舗装部のうち68箇所において,掘止深度を概ね3mとして試掘を行ったところ,代表的な埋設物として,①廃材・ゴミ,②土間コンクリート,③コンクリートガラがあることが確認された。 c ①廃材・ゴミは,主に生活用品であり,地表面から掘削底部まで存在し,土砂と混ざってミンチ状になっており異臭を放っている。平均して,地表から深度1.5mから3.0mまでの間に層状で確認された箇所が多かった。②土間コンクリートや基礎コンクリートなどの構造物は,5箇所の試掘地点で確認され,本件土地の東側に集中していた。③コンクリートガラは,本件土地全体で確認され,深度数十cmから1.5m程度までの間に点在していた。 (イ) 平成23年11月付け大阪国際空港場外用地(OA301)土壌汚染概況調査業務報告書には, 概要, 次のとおりの記載がある (乙21) 。 a 平成23年9月20日から同年11月28日にかけて,本件土地において土壌汚染の有無及びその範囲を調査した。調査内容は,土壌ガス調査(14地点),表層部土壌調査(60地点)及び個別土壌調査(8地点)であり,表層部土壌調査によって指定基準に不適合であることが認められた3区画(900㎡区画)のうちの単位区画(100㎡区画)において,個別土壌調査を実施した。 b 個別土壌調査の結果,2単位区画(A3-8及びB4-3)がヒ素の土壌溶出量基準に不適合であり,3単位区画(D1-2,D1-3及びD1-8)が鉛の土壌含有量基準に不適合であった。その他の区画は,指定基準に適合しており,土壌汚染はなかった。 (ウ) 平成24年2月付け 平成23年度大阪国際空港場外用地(OA301)土壌汚染深度方向調査業務報告書には,概要,次のとおりの記載がある(乙22)。 a 平成23年12月28日から平成24年2月29日にかけて,本件土地のうち土壌汚染が存在する単位区画において,汚染除去等の対策が必要となる平面範囲と深さを確定し,対策工法等を考察するため,ボーリング調査を実施した。調査内容は,5地点においてボーリング調査を実施し,土壌を採取し,観測井を設置して,地下水を採取し,採取した試料について,土壌分析(ヒ素の溶出,鉛の含有),水質分析(ヒ素)を行うというものであった。 b 表層土壌で指定基準値を超過した5地点においてボーリングによる深度調査を実施したところ,鉛の含有量が,1単位区画(D1-3)において,指定基準値の2.9倍,1単位区画(D1-2)において,指定基準値の1. 5倍であることが確認された。 また, 1単位区画 (B 4-3)において,ヒ素の溶出量が,指定基準値の1.4倍であることが確認された。 (2) 情報公開法5条2号イ所定の不開示情報該当性及び国家賠償法上の違法 性ア 本件条項には,①本件土地に土壌汚染,地下埋設物に関する瑕疵及び地耐力に関する瑕疵が存在すること(1項),②森友学園は,それらの瑕疵が存在することを了承した上で, 本件土地を現状有姿で買い受けたこと (1 項),③森友学園は,本件条項2項に引用された各報告書に記載された内容も了承した上で本件土地を買い受けたこと(2項),④本件土地の地表面及び地中には,陶器片,ガラス片等のごみが存在し,地中の深部にも地下埋設物が存在すること(4項),⑤森友学園は,これらの瑕疵の存在することを了承したこと(4項)が記載されていることが認められる(上記(1)ア)。 イ 一般的に,土壌汚染や地下埋設物に関する瑕疵は,土地の価格形成において減価要因として考慮されるものであることからすると, 本件条項には, 本件土地の売買代金額を形成する減価要因に係る内容が記載されていたものといえる。そして,国有地の売買代金額は公表すべき情報であるといえるところ(上記1(1)イ),国有財産については適切な管理が求められるという財政法9条1項の趣旨に鑑みれば,売買代金額のみならず,価格形成上の減価要因を含む売買代金額の算定根拠についても,これを公表すべき要請は高いということができるから,本件条項についても,本件売買代金額等と同様に,情報公開法5条2号イ所定の不開示情報には該当しないという見解も十分にあり得るところである。 ウ しかし,他方で,本件条項には,森友学園が小学校敷地として取得した本件土地に,土壌汚染等の瑕疵があるという程度の概括的な記載にとどまらず,本件条項2項において,国土交通省大阪航空局作成の平成22年1月付け平成21年度大阪国際空港豊中市場外用地(野田地区)地下構造物状況調査業務報告書(OA301)等の報告書が引用されているところ,その引用された各報告書には,概要,本件土地には,地下数十㎝から3.0mまでの間に廃材・ゴミ,土間コンクリート及びコンクリートガラなどの埋設物があること,5地点において鉛及びヒ素の土壌溶出量基準に不適合であること,5地点の中には,鉛の含有量が指定基準値の2.9倍,ヒ素の溶出量が指定基準値の1.4倍の地点が含まれていることが具体的に記載されている(上記(1)イ)。そうすると,本件条項が開示された場合には,引用されている上記各報告書の内容と相まって,森友学園が,本件土地の地表面及び地中に,ごみや地下埋設物に加え,鉛及びヒ素による土壌汚染も存在することを了承した上で,これを買い受けたことが具体的に明らかにされることになる。 そして,平成14年及び平成15年に実施された土壌汚染地に対する一般住民の意識調査結果(乙2)によれば,過去に土壌汚染の事実があったが, 現在は浄化が完了したマンションや土地を購入することについて,過去に汚染の事実がある以上,買わないと回答した者が62%(平成14年調査)及び65%(平成15年調査)であったのに対し,何とも思わないと回答した者はわずか5%(平成14年調査)及び6%(平成15年調査)にとどまること,また,経年による購入意欲の変化に関しては,何年経過していても購入はしないと回答した者が42%,完了後50年経過していれば検討すると回答した者が14%,完了後10年経過していれば検討すると回答した者が18%,完了後3年経過していれば検討すると回答した者が10%であったのに対し,完了と同時に検討すると回答した者はわずか8%であったことからすると, 一般的に, 土地に土壌汚染等の瑕疵が存在していたという事実は,たとえ浄化が完了したとしても,当該土地を利用することについて強い心理的嫌悪感を抱かせる情報であるといえる。 そうであるところ,本件土地は,小学校の敷地となることが予定されていたのであるから,仮に本件条項が公になれば,子を通わせる小学校を選択する保護者に対し,当該小学校は過去に土壌汚染等があった土地に設立される小学校であるとの印象を与え,有害物質によって成長途上の子どもの健康を害する可能性があるなどといった懸念を生じさせるおそれがあり,上記でみた土壌汚染地に対する意識調査結果に鑑みれば,たとえ浄化が完了した後であっても,保護者に対し強い心理的嫌悪感を与え,当該小学校に子を入学させることを思いとどまらせるなどして,森友学園の小学校経営における競争上の地位又は事業運営上の利益を害するおそれがあることは否定し難い。 しかも,売買代金額の場合(上記1(1))とは異なり,価格形成上の減価要因については,本件処分当時,財務局等のホームページで公表するなどの取扱いがされていたことはうかがわれず,法人等が国有地を買い受けるに当たって,価格形成上の減価要因が公表されることをも前提として,取引関係に入ることが想定されていたと認めるに足りる証拠は見当たらない。 そうすると,本件条項については,本件売買代金額等とは異なり,情報公開法5条2号イ所定の不開示情報に該当するという見解も十分にあり得るところであって,本件条項は上記不開示情報に該当するという近畿財務局長の判断には,相応の合理的な根拠があったというべきである。エ したがって,近畿財務局長が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件条項を不開示としたということはできず,同局長が本件条項を不開示としたことが国家賠償法上違法であるとは認められない。 オ これに対し,原告は,本件土地には,8億円以上の値引きの根拠とされた相当な量のごみは存在せず,上記値引きには何ら正当な根拠がなかったのであるから,本件条項は情報公開法5条2号イ所定の不開示情報には該当せず,これを不開示としたことは国家賠償法上違法である旨主張する。しかしながら,証拠(乙23~26)によれば,本件処分当時,本件土地に土壌汚染及びその正確な分量は分からないものの相当量の地下埋設物やごみが存在したこと自体は認められるのであるから,上記のとおり,本件条項を開示することによって,仮に本件土地の浄化が完了したとしても当該小学校に子を入学させることを検討する保護者に対し強い心理的嫌悪感を与えかねないものとして,森友学園の小学校経営における競争上の地位又は事業運営上の利益を害するおそれがあるものと判断したことについて,近畿財務局長が,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件条項を不開示としたと評価することはできない。原告の上記主張は採用することができない。 カ 以上によれば,近畿財務局長が本件条項を不開示としたことが,国家賠償法上違法であるとは認められない。 3 小括 以上のとおり,近畿財務局長が,本件処分において本件売買代金額等を不開示としたことは,国家賠償法上違法であると認められる。また,上記で説示したところによれば,上記の点につき過失も認められる。 他方,本件処分において本件条項を不開示としたことについては,国家賠償法上違法であるとは認められない。 4 損害の有無及びその数額について 本件処分において本件売買代金額等が不開示とされたことにより,原告は精神的苦痛を被ったものと認められる。そして,本件事案の内容及び性質,本件処分後の経緯,本件訴訟の審理経過等に鑑みれば,原告の精神的苦痛を慰謝するための費用は3万円と認めるのが相当であり,被告が賠償すべき弁護士費用は3000円と認めるのが相当である。 この点につき,被告は,本件訴訟の提起及び継続に係る原告の動機,目的等に照らせば,原告に金銭をもって償うべき精神的苦痛が生じたとはいえない旨主張する。しかし,原告は,平成28年9月27日付けで本件処分を受けたことから,平成29年2月8日には不開示部分についての処分の取消しを求めて本件訴えを提起せざるを得なかったのであって,その後に本件不開示部分が国会や報道機関を通じて公開されたり,原告が新たに開示処分を受けたりしたことを考慮しても,適正かつ適式な開示決定を受けるという原告の人格的な利益が違法に侵害されたことによって精神的損害が生じたことは否定できない。被告の上記主張は採用することができない。 5 結論 よって,原告の請求は,3万3000円及びこれに対する本件処分の翌日である平成28年9月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,仮執行宣言については,相当でないからこれを付さないこととして,主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第7民事部 裁判長裁判官 松永栄治 裁判官徳地淳及び裁判官横井真由美は,転補のため,署名押印することができない。 裁判長裁判官 松永栄治 |