判例検索β > 平成29年(わ)第1186号
自動車過失運転致死
事件番号平成29(わ)1186
事件名自動車過失運転致死
裁判年月日平成31年3月8日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  刑事第2部
裁判日:西暦2019-03-08
情報公開日2020-06-04 22:38:36
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平成29

第1186号

自動車過失運転致死被告事件

判決主文理由
被告人は無罪

第1

争点等

1
本件公訴事実の要旨は次のとおりである。
被告人は,平成26年5月17日午前7時35分頃,大型貨物自動車(以下被告人車両という。)を運転し,名古屋市a区bc丁目d番地先片側2車線道路の第1車両通行帯をe区方面からf区方面に向かい進行するに当たり,同車両通行帯左側方に設置された路肩と自車左側の間の通行余地を進行してくる自転車等があることを予測されたのであるから,その進路を妨害しないように留意し,ハンドルを的確に操作して進路を適正に保持しながら進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,ハンドルを的確に操作せず,進路を適正に保持することなく漫然時速約35kmで進行した過失により,自車を道路左端に寄せて走行させ,折から左後方から同通行余地を進行してきた被害者(当時24歳)運転の自転車(以下被害者自転車という。)に気付かず,同自転車右側部に自車左側部を衝突させて同人を路上に転倒させ,よって,同人に右側腹壁開放創等の傷害を負わせ,同年6月3日,A病院において,同人を前記傷害に基づく多臓器不全により死亡させた。

2
本件の争点は,過失の有無である。


検察官は,次のとおり主張する。
被告人は,被告人車両左側に通行余地があったことを認識できる状況
にあり,そこを通行する自転車等があることを予見できたから,左転把して被告人車両を左に寄せる際には,かかる自転車等の存在を予測して,その有無及び安全を確認して左転把する注意義務があったのにこれを怠り,左側の通行余地の安全を十分確認せずに左転把して被告人車両を左に寄せ,被害者自転車に被告人車両を衝突させており,被告人に注意義務違反があった。


これに対し,弁護人は次のとおり主張する。
走行中の被告人車両左側の通行余地に自転車が進入することの予見可能性はなく,防音壁の外側に自転車・歩行者道が設けられている本件事故現場の道路構造上,防音壁の内側の車道部分に自転車が進入することを予見して結果回避行動をとるべき義務はない。また,被告人は,ハンドルを的確に操作して進路を適正に保持して第1車両通行帯の中央付近を走行しており,被告人車両を道路左端に寄せて走行させた事実はなく,公訴事実記載の注意義務違反はない。

第2

前提事実等

1
証拠によれば,本件事故現場の状況及び事故態様について,以下の事実が認められる。


本件事故現場は,交通頻繁な片側2車線の国道g号線北行車線(以下本件道路という。)の第1車両通行帯である。第1車両通行帯は幅約3.8m,外側線の縁石側の端から縁石までの幅は約0.7mである。本件道路の西側には防音壁が設置されており,さらにその西方には歩道が整備されている。



被告人車両は,大型貨物自動車で,長さ約11.96m,幅約2.49m,高さ約3.78m,タイヤは4軸で,うち第3・4軸はいずれもダブルタイヤである。被害者自転車は,27インチのロードバイクである。



被害者自転車は,時速約36kmで走行中の被告人車両を上回る速度で,同車の左後方から,その左側面と縁石との間の通行余地を進行し,被告人が被害者自転車に気付かないまま,被告人車両左側部と被害者自転車右側部が衝突し,被害者は路上に転倒した(本件事故)。被害者は,本件事故により右側腹壁開放創等の傷害を負い,入院先の病院で死亡した。被害者のけがの部位,被告人車両及び被害者自転車の各損傷状況及び痕跡等からすると,被告人車両の第1・2軸付近が被害者自転車と衝突したものと認められる。



本件事故現場には,事故後の被害者の転倒地点及び被害者自転車転倒地点の南方の,第1車両通行帯外側線と縁石との間の路面に,長さ約1.8mの擦過痕(以下本件擦過痕ということがある。)が印象されていた。

2
なお,弁護人は,本件事故当日に実施された被告人立会の実況見分に関する実況見分調書及びその訂正に関する捜査報告書(以下,これらをまとめて本件実況見分調書ということがある。)の証拠能力及び信用性を否定する。当裁判所は,次のとおり,証拠能力及び信用性を認めた(ただし,本件実況見分調書添付の現場見取図(以下本件現場見取図という。)記載の

位置という限度での信用性に

とどまる。)。


確かに,弁護人指摘のとおり,本件現場見取図は,実況見分に立ち会っていない警察官Bが作成したものであり,後日,被害者自転車転倒地点(㋑)が訂正されている。
まず,本件現場見取図の作成及び訂正の経緯について,本件実況見分調書作成者である証人Cの供述によれば,実際に実況見分を行った同人が,計測結果等のメモに基づきBに指示して本件現場見取図を作成させ,現場写真等とともに添付して本件実況見分調書を作成したこと,後日,
Cが本件実況見分調書の点検作業の際に,本件現場見取図記載の被害者自転車転倒地点(㋑)が写真と合わないことに気付き,訂正の捜査報告書を作成したことが認められる。Cの供述に不自然,不合理な点はなく,これによれば,BはCのメモに基づきその補助者として本件現場見取図を作成したにすぎないから,本件現場見取図についてもC作成の本件実況見分調書と一体のものとして刑事訴訟法321条3項により証拠能力が認められる。


弁護人は,本件現場見取図に記載された事故後の被害者転倒地点(㋐)の特定根拠となった血痕の写真が本件実況見分調書に添付されておらず,同調書添付写真の血痕の位置からすると,被害者転倒地点(㋐)は被害者自転車転倒地点(㋑)より南方であり,本件現場見取図は,血痕の位置ひいては㋐地点を誤って記載しており,正確性に疑義がある旨主張する。
しかしながら,本件現場見取図記載の血痕は,縁石と防音壁の間のものであるのに対し,弁護人指摘の血痕は,本件道路の第1車両通行帯内のもので,位置が明らかに異なっているため別物だと思われる。仮に,被害者転倒地点が被害者自転車転倒地点より南方であったとすると,被害者自転車は大破しており被告人車両にれき過されたと認められるのに対して,路上に倒れていたはずの被害者の身体がれき過されていないことの説明がつかず,不合理である。また,Cの供述,捜査報告書,本件実況見分調書添付写真,本件事故当日に実施された被告人車両の後続車両運転者D立会の実況見分調書及び警察官調書等の証拠によれば,㋐地点は,現場の血痕並びに被告人及び前記Dが見た本件事故後に被害者が倒れていた位置によって正しく特定されたものであること,㋑地点は,本件事故現場に遺留されていた被害者自転車の位置によって特定されており,訂正後の位置が正しいことが認められる。



また,弁護人は,本件実況見分調書における衝突地点の特定に根拠がない旨主張する。
確かに,本件道路は東西に防音壁が設置されているため,運転者において,風景から具体的な地点を特定することは難しいといえるが,案内標示との距離感などから大まかな特定は可能である。被告人は公判廷において,異音との前後は不明だが,サイドミラーで自転車が倒れるのを見て,後輪でひかないようハンドルを右に切ってブレーキを掛け,被告人車両を左に寄せて停車した旨述べているところ,C及び被告人の供述によれば,本件事故後に現場に駆け付けたCに対し,被告人が,後方に異音を感じ,被告人車両を左に寄せて停車した旨述べて,大体の位置を警察官と一緒に確認したこと,被告人車両の停止地点(③)は,実況見分時に被告人車両が停車していた位置であること,実況見分時の被告人の指示説明によって特定された②地点(後方に異音を感じてブレーキを掛けた衝突時の運転地点)は,本件実況見分調書記載の他の地点(③㋐,訂正後の㋑,道路擦過痕)に照らして格別不合理な点は見当たらないことなどからすると,本件現場見取図記載の衝突時の被告人車両の位置かな位置と
して特定されたものとしては,十分な根拠があるものと認められる。
3
前記2のとおり,本件実況見分調書によれば,本件事故発生時の被告人車両の位置は,本件現場見取図
点付近であると認められる。
弁護人は,被告人車両のタコグラフの解析結果によると,被告人車両は本件事故後停止まで44m走行しており,時速35km走行時の空走距離を考慮すると本件事故発生時の被告人車両の位置は②地点より南方である旨主張するが,前記解析結果にあるとおり,タコグラフのチャート紙の瞬間速度記録線に斜め方向の速度変化が見られ,所要時間及び走行距離が正
確なものとはいえないことを看過しているから,弁護人の主張は採用できない。
なお,捜査段階で本件事故の衝突状況等について鑑定を行った証人Eは,本件擦過痕は被告人車両が被害者自転車を踏んで引きずって印象されたものであり,本件
りで,被害者自転車が第1車両通行帯外側線より縁石側を走行し,そのハンドルが同外側線の車道側の端付近で被告人車両に接触した,本件擦過痕が外側線側から縁石側に向かっていることからすると被告人が被告人車両のハンドルを左に切ったと考えられる旨供述する。しかし,Eは,被告人車両の左第2軸がダブルタイヤで被害者自転車を踏んで本件擦過痕を残した旨供述するところ,被告人車両の第2軸はシングルタイヤであることを看過している点で信用性に疑問がある。この点をおくとしても,自転車の形状は複雑であるため,被告人車両のタイヤに踏まれた部分とは別の部位が路面に本件擦過痕を残す可能性は否定できず,Eが述べるように本件擦過痕上を被告人車両のタイヤが通過したとは必ずしも言い切れない。また,証人Fが指摘するように,本件擦過痕はやや右に湾曲しており,同人が本件擦過痕の角度として再現,測定した値が正確かどうかはおくとしても,Eが述べるように被告人車両の左第2軸のタイヤが本件擦過痕上を通過した場合,被告人車両の左前部が縁石に衝突ないし接触しかねない状況になり,不自然,不合理である。したがって,衝突地点及び本件擦過痕から推測される被告人車両の走行軌跡に関するEの見解は,採用できない。第3
1
過失の有無についての検討
前記第2の1のとおり,本件道路は,交通頻繁な国道で,西側に防音壁が設置され,その西方に歩道が整備されていることからすると,歩行者や自転車の通行が想定されていないものと認められる。
また,本件事故現場の第1車両通行帯は幅約3.8m,被告人車両は幅
約2.49mであるから,被告人車両が第1車両通行帯の中央を走行した場合,被告人車両の左側面と外側線との幅は約0.6m,これに外側線と縁石までの幅約0.7mを併せても約1.3mである。証拠によれば,実際に,被告人車両と車両諸元が同一の大型貨物自動車を本件道路の第1車両通行帯に置き,被告人に本件事故時の走行状況を再現させて,同車両左側面と縁石との通行余地の幅を計測したところ約1mであり,自転車(28インチのロードバイク)に乗車した警察官に,同通行余地を走行させたところ,時折その着衣等が大型貨物自動車側面に接触するなど,安全走行が極めて困難な状況であったこと,本件道路の第1車両通行帯を通行する標準的な大型貨物自動車等を任意に抽出,調査したところ,車両左側の通行余地は約1mであったこと,本件道路を通過するロードバイクライダーを抽出し,第1車両通行帯を時速約35kmで走行する大型貨物自動車の左側通行余地1mの条件で,同車両の左側を追い抜いたり接近したりするか聞き取り捜査をしたところ,いずれの対象者も否定したことが認められる。
これらの事実からすると,被告人において,本件道路の第1車両通行帯を走行するに当たって,走行中の被告人車両左側面と縁石との間のわずか約1mの隙間を左後方から自転車等が進行してくることを予見して,その進路を妨害しないよう留意して進行すべき注意義務があるとはいえない。2
また,検察官は,被告人が,ハンドルを的確に操作して適正に進路を保持することなく,被告人車両を本件道路の左端に寄せて走行させた旨主張し,被告人はこれを否定しているところ,被告人があえて被告人車両を左端に寄せる理由は見当たらない。本件擦過痕に基づき,被告人車両が本件道路の左端に寄って第1車両通行帯外側線付近で被害者自転車に衝突したとするEの見解が採用できないことは,前記第2の3のとおりである。なお,証拠によれば,本件道路は直線道路ではあるものの,わずかに左
に湾曲しているため,第1車両通行帯の中央付近を走行するためには,本件事故現場の南方でやや左にハンドルを操作する必要があり,意図的に車体を寄せるつもりがなくても,車体が左右に振れることは十分あり得る。一般に,自動車運転中に走行車線内で車体が若干左右に振れることは不可避であり,走行車線からはみ出すような場合はともかく,走行車線内で走行位置が若干左右に振れたことをとらえて,ハンドルを的確に操作し進路を適正に保持しなかったということはできない。被害者自転車においても,被告人車両同様,走行中に車体が若干左右に振れることは避けられないところ,本件道路のように第1車両通行帯の外側線と縁石との幅が狭い場所を走行する際には,もとより被害者自転車のハンドルや被害者の身体が外側線から第1車両通行帯内にはみ出すことになるため,被告人車両が殊更左に寄らなくても,被害者自転車が被告人車両左側面と接触してしまう可能性は否定できない。
以上によれば,結局のところ,そもそも被告人がハンドルを的確に操作して進路を適正に保持することなく被告人車両を本件道路左端に寄せて走行させた事実は認められず,仮に,走行中に被告人車両の車体が若干左に振れたために本件事故に至ったとしても,被告人に結果回避義務違反があったとはいえず,被告人に過失は認められない。
第4

結論
よって,本件公訴事実について過失は成立せず,犯罪の証明がないことに
なるから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。(求刑

罰金100万円)
平成31年3月8日
名古屋地方裁判所刑事第2部

裁判官

齋藤千恵

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