判例検索β > 平成29年(わ)第488号
強盗殺人
事件番号平成29(わ)488
事件名強盗殺人
裁判年月日平成31年3月8日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  刑事第3部
裁判日:西暦2019-03-08
情報公開日2020-06-04 22:38:37
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主文
被告人を無期懲役に処する
未決勾留日数中530日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成29年3月1日,
第1

名古屋市a区bc丁目d番e号fg号の被告人方に帰宅しようとして同区bc丁目h番i号A(当時83歳)方付近を通りかかった際,同所にいたB(当時80歳)から,遊びに行って来たの仕事もしてないのにいい御身分ねなどと声を掛けられて立腹し,帰宅後も怒りが収まらなかったことから,同人を殺害しようと決意して,被告人方にあった包丁を持ってA方に向かい,同所において,

1
Aと目が合ったことから,とっさにその殺害を決意して,同人に対し,殺意をもって,その頸部等を手に持った包丁で突き刺し,よって,その頃,同所において,同人を右内頸動脈及び右外頸動脈切断による出血性ショックにより死亡させて殺害した。

2
更にBに対し,殺意をもって,その頸部等を手に持った包丁等で突き刺し,よって,その頃,同所において,同人を左頸静脈切損による出血性ショックにより死亡させて殺害した。

第2

同所において,A又はB所有の現金1227円及び同人所有の診察券等15点在中の財布1個を窃取した。

(事実認定の補足説明)
1
争点
本件公訴事実の要旨は,被告人がAらを殺害して金品を強取することを企て,Aらを殺害して前記財布1個を強取したというものである。弁護人は,被告人に強盗目的があったことを争っており,被告人もこれと同旨の供述をする。当裁判
所は,被告人に強盗目的があったとは認められないと判断し,罪となるべき事実のとおり認定したので,その理由を補足して説明する。
2
検察官の主張
検察官は,被告人が強盗目的をもってAらを殺害するなどしたと主張し,その根拠として,⑴本件当時,被告人が経済的に困窮する中,借金やスナックのツケの支払いをしなければならないことを気にしていたこと,⑵被告人が被害者方に金銭があると思っていたこと,⑶被告人がA及びBを殺害した後,被害者方内を物色し,現金の入った財布を持ち去っていることなどを指摘する。
3
判断
本件当時,被告人が経済的に困窮する中,借金やスナックのツケの支払いをしなければならないことを気にしていたこと

証拠によれば,被告人は,本件当時,定職に就いておらず,毎月受給する生活保護費を唯一の収入とする一方で,以下のような借金等を負っていた。すなわち,平成29年一,二月頃,fの住民Cから2度にわたり合計1万3000円を借り受けた。また,fの大家Dから同年2月4日及び同月27日にそれぞれ1万円ずつを借り受け,同月4日の借受けの際,同年3月1日に返済する旨約束した。これらの借金は,本件当日まで返済されていなかった。次に,被告人は,同年1月19日,行きつけのスナックで知人とともに飲食し,代金2万1000円は知人のツケとされたが,同年2月15日までに支払われなければ自ら支払うと約束し,同日が経過しても,その代金は支払われていなかった。また,被告人は,同月10日にも,そのスナックで飲食し,代金1万2000円を自らのツケとしており,その支払日は,本件当日とされていた。このように被告人は,本件当時,合計6万6000円の借金やツケを負っていた。それにもかかわらず,被告人は,本件当日,生活保護費8万2740円を受給した後,パチンコで約6万円を費消してしまった。そして,被告人は,パチンコから帰宅する際,
借金をどうするか考えていたと述べており,
本件後,

前記スナックで,ツケの一部として2万5000円を支払った。そうすると,被告人は,
本件の前後において,
前記借金等の返済を気にしていたと認められ,
本件に及ぶ際にも,前記借金等の返済のことが被告人の頭にあった可能性が認められる。

もっとも,被告人は,本件以前にも,生活費等が足りなくなるとCやDらから借金をし,翌月1日に生活保護費を受給すると,その借金を返済することを繰り返しており,
しかも被告人が約束した返済日に借金を返さなかったことも,
本件前に複数回あったと認められる。加えて,CやDが,被告人に対して借金の催促を行っていないことも併せ考えると,
被告人が,
今回の借金についても,
本件当日に必ず返さなければならないとまでは思っていなかった可能性を否定することはできない。被告人自身も,本件当日パチンコから帰宅する際,CやDには返済を待ってもらおうと考えていたと述べている。
また,前記スナックについて,被告人は,本件当日にパチンコから帰宅する際にツケの全額ではなく,その一部である2万円か2万5000円ぐらいは払っとかんといけないと考えていたという。しかも,被告人は,前記知人から2万円を預かっていたと述べており,被告人が前記スナックのツケとして支払おうと考えていた金額は,
実質的には5000円程度であったと認められる。
そして,被告人は,本件以前にも,月初めにパチンコで金銭を費消し,困窮したことがある上,その際は,福祉関係者から食料を受け取ってしのいだこともうかがわれる。


以上の事情を考慮すると,本件当時,被告人が金品を得るために被害者らを殺害しようと考えるほど金銭的に追い詰められていたことには疑問が残る。被告人が被害者方に金銭があると思っていたこと
証拠によれば,被告人は,被害者方の斜向かいに住んでおり,救急車を呼ぶた
めに被害者方に入り,電話を借りたこともあった。他方,被告人が被害者方に特に高額の金銭があると認識していたと認められる証拠はない。

被告人がA及びBを殺害した後,被害者方内を物色し,現金の入った財布を持ち去っていること

被告人がBのみならずAも殺害したこと
証拠によれば,被告人は,その発言に怒りを覚えていたというBではなく,Aを先にためらうことなく包丁で突き刺し,同人に致命傷を負わせた後も,さらに持ち替えた小刀でその頸部を突き刺している。
検察官は,この経緯に基づき,被告人が当初からAも殺害しようとしていたと主張する。しかしながら,被告人の供述によると,怒りの対象であるBの手前にAがいたことになり,同人はBに対する攻撃の妨げとなっているので,後述のように,被告人が軽度知的障害により衝動的に行動する傾向があることを併せ考えると,目が合っただけのAをとっさに攻撃してしまうことも不自然であるとまではいえない。さらに,Aに対して包丁で致命傷を負わせた後,小刀で突き刺した点についても,被告人には止めを刺すといった意識もなく,単に犯行の一連の流れとして行ってしまったという可能性も否定できない。そうすると,検察官が主張するように当初からAを殺害しようとしていたとまでは認められない。


被害者らの殺害後,被告人が,被害者方内を物色し,現金の入った財布を持ち去っていること
本件で認められる物色行為
a
検察官は,本件後に被告人が物色行為を行ったのは,①被害者方の居間にあったカラーボックス(以下カラーボックスという),②カラーボックス南側の床上に置かれていたトートバッグ(以下トートバッグという),③被害者方の車庫に駐車されていた自動車(以下自動車という)の内部であると主張する。③自動車の内部を物色したことは,被告人も認めているので,以下,①及び②の物色行為の有無について検討する。
b
カラーボックス(①)

証拠によれば,カラーボックスには,血液が付着した箇所や指で触れたらしき跡が複数認められる。もっとも,被告人は,包丁でBの頸部を突き刺したものの,Bに致命傷を負わせる前にその包丁の刃が折れたので,被害者方にあった小刀に持ち替え,更にBの頸部等を数回突き刺して同人を殺害している。こうした被告人による攻撃状況に加え,被害者方居間や寝室における血痕の状況を併せ考えると,Bは,被告人の攻撃を受けてから絶命するまでにある程度動いたものと考えられる。そして,カラーボックスに残された血痕が5か所程度に限られている上に,カラーボックス内の物がビニール袋や書類等であり,金銭的価値のあるものが保管されている様子がうかがわれないことも考えると,前記血痕は被告人からの攻撃を受けてBが動いた際に付着したものである可能性を否定することができず,被告人がカラーボックスを物色したと認めることはできない。
c
トートバッグ(②)
証拠によれば,トートバッグの内側には,手で触ったとみられる血痕が付着しており,その状況によれば,その血痕を残した者がトートバッグを開けてその中身を確認したと認められる。被告人は,Aと目が合ったことから,持っていた包丁でその頸部を突き刺したというのであり,Aはこれが致命傷になって即死に近い状況であったと認められるので,同人が被告人から攻撃された後にトートバッグの中身を確認したとは考えられず,前記血痕を残したのは,Bか被告人かのいずれか又はその両名であったといえる。
そこで,Bが前記血痕を残した可能性について検討すると,証拠によって認められる被告人のBに対する執ような攻撃の状況やその結果としてのBの負傷状況等によれば,Bが,被告人から包丁等で攻撃を加えられている最中やそれらの攻撃が終了した後に,トートバッグの中身を確認できる状況にあったとは考え難く,それができたとすれば,包丁の刃が折れ,被
告人が小刀に持ち替えている間であったと考えられる。
そして,トートバッグの内側やそのサイドポケット内部の血痕が,それらの底部及びその付近には残されていないことから,トートバッグを物色した者は,その内側やサイドポケット内部を視認する姿勢でその内容物を確認したと考えられる。Bは被告人から頸部を狙った攻撃を加えられており,被告人が包丁を小刀に持ち替える時間もそれほど長くなかったと考えられるので,Bが,上体を起こした状態でトートバッグの内側やサイドポケット内部を視認して中身を確認する余裕があったとは考えられず,仮に上体を倒した状態でその中身を視認して確認したとすれば,トートバッグは,その開口部をBに向けた状態で発見されたはずであり,本件後にトートバッグが発見された状況と整合しない。
そうすると,トートバッグの前記血痕を残したのは,Bではなく被告人であるといえる。そして,ファスナーに沿って血痕が付着していることやサイドポケットにまで血痕が付着していることなどによれば,被告人はトートバッグの内部を物色したと認められる。
d
したがって,被告人は,被害者らを殺害した後,トートバッグ及び自動車の内部を物色したと認められる。
ところで,トートバッグに血痕が付着していることによれば,被告人は,
被害者らの殺害後間もなくトートバッグを物色したと認められ,その目的は金品を得るためであったとしか考えられない。また,実際に,被害者方から現金の入った財布を持ち去っており,これらは,被告人に強盗目的があったことをうかがわせる事実であるといえる。
しかしながら,被告人は,自動車内部を物色したのは,逃走するために,その鍵を求めてのことであったと述べており,その供述が虚偽であると認めるに足りる証拠は存在しない。そうすると,被告人が金品を得る目的で物色行為を行ったのはトートバッグに限られる。そして,被告人が持ち去ったと
証拠上認められるのは,B所有の前記財布のみであり,しかもその中に入っていたと証拠上認められるのは現金1227円等ということになる。仮に,被告人が強盗目的を有していたのであれば,被告人の経済状況からして,金品を得るために,より広範囲を物色するのが自然であり,トートバッグのみを物色し,前記財布を持ち去るにとどめたというのは不自然である。したがって,被害者らの殺害後に,被告人が金品を窃取しようと思い立った可能性を否定することはできない。
被告人の供述

被告人は,本件の直前,帰宅する際,Bから遊びに行って来たの仕事もしてないのにいい御身分ねなどと言われ,同人に対する怒りを覚え,帰宅後もその言葉を思い返して怒りが収まらず犯行に及んだのであって,強盗目的で犯行に及んだのではなく,被害者らを殺害後,財布が目に留まったのでこれを持ち去ったなどと供述している。


検察官は,Bが本件当日,被告人に対して,遊びに行って来たの仕事もしてないのにいい御身分ねと発言したという被告人の供述は信用できないと主張する。しかしながら,被告人がBと話したという時刻に同人が屋外に出ていたことを否定するに足りる証拠は存在せず,
また,
日没後に,
被告人が
こんにちはと挨拶したことが不自然であるとまではいえない。さらに,本件から約2年が経過していることによると,被告人が述べるBの発言が細部まで一致しないことも不自然であるとまではいえない。そうすると,被告人がその述べるような言葉をBから掛けられたという供述が信用できないとはいえない。次に,検察官は,Bの発言は,殺意を抱くほどの内容ではなく,被告人がBの発言に対する怒りの感情から犯行に至ったのであれば,同人からの発言を受けてすぐではなく一旦帰宅した後に犯行に及んでいることや,被害者方に靴を脱いで上がり込んでいること,怒鳴ったりすることなく,静かに犯行現場である居間に移動したことなどの点で,被告人の供述は不自然であるとも主張して
いる。しかしながら,Bの発言を嫌味と受け取り,それに対する怒りにかられて犯行に及んだという供述がそれ自体不自然とまではいえない。また,Bの発言を嫌味と受け取っても,その場ですぐに犯行に及ばず,帰宅後その発言を思い返す中で怒りが募って犯行に及ぶということも十分に考えられる。靴は,習慣的に無意識に脱いだ可能性があり,被害者方にはテレビがついていたこともあって,被告人が立てた物音に被害者らが気付かなかった可能性や,気付いたものの,とっさに逃げるなどの反応ができなかった可能性もある。加えて,仮に被告人が物音を立てないようにしていたとしても,それは,Bの殺害を確実に遂げるためであったとの説明も可能である。そうすると,やはり被告人の供述に検察官が指摘するような不自然な点があるとはいえない。

検察官は,被告人は当初から金品を奪う目的はなく,被害者らの殺害後,財布が目についたのでこれを窃取しただけであるとする部分も信用できないと主張する。
そこで検討すると,前記認定のように,被告人は,被害者らの殺害後間もなくトートバッグを物色したと認められるのに,この点記憶にないと供述している。もっとも,被告人は,被害者らの殺害を認めながら,その際の自らの行為について覚えていない部分があるとも供述しており,本件当時,被告人が無我夢中の状態となり,殺害行為やその後の自らの行動を正確に記憶していなかったとしても不自然とまではいえない。また,トートバッグの物色行為については,被告人が記憶しているにもかかわらず,物色の範囲が少ない方が自らの刑が軽くなると考え,その記憶がないとうそをついている可能性もある。しかしながら,これまで検討してきたように,被告人が被害者らを殺害してまで金品
また,
被害者方に特に高額の財産があると被告人が考えていた形跡
当初から金品を奪取しようとしていたのであれば,金品目的でトートバッグをBの

発言を嫌味と受け取ってこれに対する怒りが増幅したなどという被告人の供述は軽度知的障害があり,
その影響により衝動的,短絡的に行動することがあり得る。これらの事情を併せ考えると,当初から金品を奪う目的はなく,被害者らの殺害後金品を窃取する意思を生じたという被告人の供述が信用できないとまではいえない。結論
以上によると,被告人は,Bの言葉に怒りを覚えて被害者らの殺害行為に及んだものの,その後,金品の窃取を思い立ち,財布を持ち去るなどしたという可能性を否定することはできない。したがって,被告人に強盗目的があったと認めることはできない。
(累犯前科)
被告人は,平成24年11月19日名古屋地方裁判所半田支部で窃盗罪により懲役1年に処せられ,平成25年10月29日その刑の執行を受け終わったものであり,これらの事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。
(法令の適用)
被告人の第1の各行為は刑法199条に,第2の行為は同法235条にそれぞれ該当し,所定刑中第1の各罪についてはいずれも無期懲役刑を,第2の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,
被告人には前記の累犯前科があるので同法56条1項,
57条により第2の罪の刑に再犯の加重をし,以上は同法45条前段の併合罪であるものの,第1の各罪は,犯情に軽重があるとは認め難く,同法10条によりいずれが重いかを決することができないので,
各罪のうちいずれかを特定することなく,
そのうちの1つについて被告人を無期懲役刑に処し,同法46条2項本文により他の刑は科さないこととし,同法21条を適用して未決勾留日数中530日をその刑に算入し,訴訟費用については刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(弁護人の主張に対する判断)

1
弁護人は,被告人が本件当時,軽度知的障害の状態にあった上,複雑性PTSDによる解離性症状を生じて,
自らの行動を制御できないまま犯行に及んだので,
心神耗弱の状態にあった旨主張する。当裁判所は,本件当時,被告人が完全責任能力を有していたと判断したので,以下,その理由を説明する。

2
本件当時の被告人の精神障害について
E医師とF教授は,被告人の本件当時の精神障害について,次のとおり述べている。
E医師の鑑定報告(以下E鑑定という)
E医師は,被告人は,軽度知的障害であり,これが犯行に影響を及ぼしているものの,被告人に強盗目的がない場合,他に犯行に影響を与え得る精神障害は認められない旨の意見を述べた。E医師は,精神科医であり,その資格や経歴,鑑定経験,鑑定内容等によれば,精神医学についての専門的知見を備えていると認められ,E鑑定は基本的に信用することができる。
F教授の証言(以下F意見という)

F教授は,被告人は,軽度知的障害に加え,幼少期の虐待経験により複雑性PTSDにもり患しており,本件当時,被告人は,Bへの強い怒り等を覚えたことをきっかけに,被虐待の記憶が想起され,突然フラッシュバックを起こして,無意識のうちに勝手に体が動き出すような離人症を伴う解離性症状を示した旨の意見を述べる。
しかしながら,当裁判所は,E鑑定と一致している被告人に軽度知的障害があるとする部分を除き,F意見は信用できないと判断した。以下,その理由を説明する。


F意見の信用性
まず,F教授は,被告人が幼少期に父親等から虐待を受けており,その体験が被告人に心的外傷を負わせたと述べている。しかしながら,F教授が被告人の母親等から聞き取ったとみられる被告人の虐待体験は,それ自体十分
な具体性を備えておらず,心的外傷を負わせるほどのものとも言い難い。仮に,被告人が本件当時フラッシュバックを起こしていたとすれば,被告人がその状況について公判で語るのが自然であるのに,被告人はそれを一切語っていない。
次に,F教授は,その意見の根拠として,被告人には,過去に複雑性PTSDに伴う解離性症状を生じた結果,その間の記憶が欠落していた5つのエピソードがあることを指摘している。しかしながら,それらのエピソードの多くは,被虐待の記憶を想起させるような内容とはいえず,被告人が過去に複雑性PTSDに伴う解離性症状を示した根拠として疑問である。しかも,それらの5つのエピソードにおいて,
被告人は完全に記憶を失っているのに,
本件当時の被告人は,F教授が被告人において解離性症状を示したと指摘する時点以降の出来事についても,かなり記憶を保っている。そうすると,本件当時の被告人の精神状態は,F教授が指摘する5つのエピソードの時点とは性質を異にしていると認められる。
加えて,被告人は,被害者らに対し,急所である頸部を狙って攻撃を加えており,包丁が折れた後も,被害者方にあった小刀を手に取って攻撃を続けるなど,被害者らの殺害という目的に沿った行動をとっている。F教授がいう解離性症状により無意識に勝手に体が動き出すような状態にある者が,臨機応変にこのような合目的的行動をとることができるとは考え難い。以上に加え,E医師も,被告人が複雑性PTSDに伴う解離性症状を示していたことを否定している。そうすると,この点に関するF証言を信用することはできない。


よって,本件犯行に影響し得る精神障害は,軽度知的障害のみであったと認められる。

3


軽度知的障害が本件犯行に与えた影響
E鑑定によれば,被告人は,軽度知的障害により,衝動的又は短絡的に行動
する性質を有しており,
本件犯行には,
被告人のこれらの性質が影響している。
確かに,被告人は,Bの発言を自らに対する嫌味と捉え,それに対する怒りにかられて衝動的,短絡的にBに対する殺意を抱いたのであり,Aに対しては,目が合っただけでとっさに殺害行為に及んでいるのであって,
それらの犯行は
衝動的なものといえる。しかも,トートバッグの血痕の付着状況等によれば,被告人は,
被害者らに対する殺害行為後間もなくして金品を窃取することを思い立ち,
手に血液が付着した状態のまま物色行為等を行い,
財布を窃取するに
至っており,
この点にも,
被告人の衝動的に行動する性質の影響が認められる。
そうすると,
本件犯行の動機形成やその実行に被告人の軽度知的障害が影響し
ていることは否定できない。


もっとも,E鑑定によれば,被告人の軽度知的障害の程度は,健常者との境界域に近いものである。
被告人は,
過去に第一種運転免許より難易度の高い第
二種運転免許を取得したことがある上,
本件当時も生活保護費を唯一の収入源
としながらパチンコに通う一方で,
借金と返済を適宜繰り返して生活を破たん
させることなく過ごしており,
被告人を担当していたケースワーカーも,
被告
人の知的能力に問題があると感じたことはないと述べている。
そして,被告人は,自らの意思で犯行を決意しており,Bに対して攻撃を加えるために,自宅から包丁を持ち出し,包丁が折れた後も,小刀という新たな凶器を手に取って被害者らへの攻撃を続けており,被害者らの殺害という目的を達成するために合理的な行動をとっていたと認められる。
加えて,被告人が,犯行後に,指紋を残さないように靴下を手にはめたことや,
犯行に用いた包丁や小刀を自宅に持ち帰ったことなどによると,
被告人は,
自らの行為の違法性を認識していたとも認められる。
以上を総合すると,被告人の軽度知的障害が犯行に与えた影響は限定的であったと認められ,本件当時,被告人において,①自分がしようとしている行為がやってはいけないことなのかを判断する能力及び②その判断に従って自らの
行動をコントロールする能力は著しく低下していなかったと認められる。4
よって,被告人は,本件当時,完全責任能力を有していたと認められる。
(量刑の理由)
被告人は,自宅から持ち出した包丁で,被害者らの頸部を複数回にわたり突き刺し,その包丁が折れると,被害者方にあった小刀を手に取って,更に被害者らの頸部等を突き刺している。Aの頸部には2か所の,Bの頸部やその付近には9か所もの刺切創を負わせており,本件は,強固な殺意に基づく執ようで残忍な犯行であった。これにより,2名の尊い生命が奪われており,その結果は非常に重大である。しかも,被告人は,Bの言葉を嫌味と捉え,同人に対する怒りを募らせて犯行に及び,Aについては目が合ったというだけで犯行に及んでいるのであって,その動機は短絡的というほかない。Bが被告人の述べるような発言をしたからといって被告人から殺害されるようないわれは全くないのであって,AはもちろんBにも何ら落ち度は認められない。遺族の処罰感情が峻厳を極めていることは当然である。したがって,被告人の刑事責任は極めて重い。
もっとも,被告人は,自宅からBの殺害に用いるため包丁を持ち出して被害者方を訪れてはいるものの,Bの殺害を決意した時点において,Aの殺害まで意図していたとは認められず,Bの殺害についても,その直前の発言に立腹して決意したというのであって,本件は,これまでに死刑が選択されている同種事案ほどその計画性は高くない。また,全ての犯行において,被告人が衝動を十分抑制できず,また行動の結果を十分に予測できず短絡的な行動を取ったその軽度知的障害の影響がみられる。その影響の程度は限定的とはいえ,被告人に対する非難の程度をやや弱める事情である。さらに,被告人は,犯行後に自首している。自首に至る経緯は,飲酒しパチンコ店で遊ぶなどした上でのもので,心からの反省に基づくものとは認め難いものの,被告人が自首をしたことにより,犯人が特定され,捜査が進展したと認められる以上,この事情も,量刑上考慮すべきである。
このように,被告人の刑事責任は重大なものがあるものの,本件は死刑が選択さ
れた同種事案ほど計画性が高いものとは認められず,その犯行に軽度知的障害が影響しており,
被告人が自首をしているという事情が認められることも併せ考えると,本件につき死刑を選択することが真にやむを得ないとまでは認められない。そこで,被告人に対しては無期懲役刑を科して,終生その罪を償わせるのが相当であると判断した。
(求刑-死刑)
平成31年3月20日
名古屋地方裁判所刑事第3部

裁判長裁判官

吉井隆平
裁判官

細野高広
裁判官

小宮思帆音
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