判例検索β > 平成30年(わ)第787号
殺人、窃盗
事件番号平成30(わ)787
事件名殺人,窃盗
裁判年月日平成31年2月26日
裁判所名・部大阪地方裁判所  第1刑事部
裁判日:西暦2019-02-26
情報公開日2019-03-22 18:00:08
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主文
被告人を懲役5年6月に処する
未決勾留日数中240日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
第1(平成30年3月9日付け起訴状記載の公訴事実関係)
被告人は,被害者とかつて交際していたものであるが,平成22年2月頃,被害者が被告人との間の子を出産する際に被告人は少年院に入院していたことから,疎遠となり,その後,被害者が別の男性と交際するようになったところ,同年8月頃,被告人は少年院を仮退院して被害者と再会し,よりは戻さなかったものの,被害者の悩みを聞いてその相談相手として頻繁に会うようになっていた。被告人は,平成22年12月18日頃から同月19日頃にかけて,大阪市a区b町c丁目d番e号fg号室の当時の被告人方において,被害者(当時21歳)が,当時の交際相手とのメールの内容を悲観して過呼吸となったことから,被害者を慰めるなどしていたところ,被害者から,
殺して殺してほしい死にたい


などと言われたことを発端に,殺害に関し真意に基づく嘱託はなかったものの,真意に基づく嘱託があったものと誤信して,殺意をもって,その頸部を手で絞める方法により,被害者を殺害した。
第2(平成30年3月30日付け起訴状記載の公訴事実第1の1)被告人は,株式会社Bから,大阪市h区ij丁目k番l号同社C給油所の運営の委託を受けたD株式会社のアルバイト従業員として勤務していたものであるが,平成29年9月23日午後4時40分頃,前記C給油所に設置された精算機から,前記D株式会社代表取締役E管理の現金5000円を払い出して窃取した。第3(平成30年3月30日付け起訴状記載の公訴事実第1の2)被告人は,前記第2と同様,D株式会社のアルバイト従業員として勤務していたものであるが,平成29年9月23日午後5時56分頃,前記第2のC給油所の事務所内に設置された金庫内から,前記D株式会社代表取締役E管理の現金1万円を窃取した。
第4(平成30年3月30日付け起訴状記載の公訴事実第1の3)被告人は,前記第2と同様,D株式会社のアルバイト従業員として勤務していたものであるが,平成29年9月26日午後1時19分頃,前記第2のC給油所の事務所内に設置された金庫内から,前記D株式会社代表取締役E管理の現金2万5500円を窃取した。
第5(平成30年3月30日付け起訴状記載の公訴事実第2)
被告人は,大阪市m区n町o丁目p番q号FG店にアルバイト従業員として勤務していたものであるが,平成29年10月18日午後7時25分頃,同店設置のレジスター内から,同店店長H管理の現金2万円を窃取した。
第6(平成30年3月30日付け起訴状記載の公訴事実第3)
被告人は,平成29年11月11日午後11時45分頃,大阪市r区st丁目u番v号FI店において,商品として陳列されていた同店店長J管理のコミック本3冊(販売価格合計1728円)を窃取した。
(証拠の標目)
省略
(争点に対する判断)
1
本件では,判示第1記載の場所及び平成22年12月10日頃から平成23年1月下旬頃までの間において,被告人が被害者を殺害したこと,判示第2ないし第6記載の事実には争いがない。判示第1について,検察官は,被害者による真意に基づく殺害の嘱託はなく,被告人もその点を理解していたことを前提に,殺人罪が成立すると主張するが,弁護人は,殺害に関し真意に基づく嘱託があるか,被告人は真意に基づく嘱託であると誤信したのであるから,嘱託殺人罪が成立すると主張する。したがって,争点は,殺害に関し真意に基づく嘱託がないといえるか,及び,事実の錯誤がないといえるかである。
2
まず,殺害に関し真意に基づく嘱託がなかったといえるかについて検討する。この点につき,被告人は,次のとおり供述する。

頃に,当時の交際相手であるAから被害者に対し,当初クリスマスイブは外泊する予定であったが,それを変更し,クリスマス当日に会うだけとするなどの
が,過呼吸になった際,被告人は,被害者を膝の上に対面で座らせ,ゆりかごのようにして落ち着かせており,被害者が落ち着くと背中に爪を立てる行為をするところ,当日は,いつものようになだめたが落ち着かず,
もう嫌だ,しんどいなどと言った上,背中に爪を立てた後殺して殺してほしい,


方法を話していたが,結局,首を絞める方法により被害者を殺害し,被告人も
が泣き出し,被害者が被告人を抱きしめて慰めるというようなことがあった,
の」などと問うと,
うん,ありがとうなどと応じたので,そのまま手で首
を絞めて殺した,などと供述する。
上記の被告人の供述については,その大枠については,これを否定する証拠に乏しく,上記のような経緯があったことについては否定し難い。すなわち,被害者が記載したと認められるいしょと記載された封筒内に入っていた紙片(以下本件遺書という。
)には,
2010.12.18
という日付に加え,
好きな人からメールが着て,軽く口論になったなどと
記載されているなど,被告人の上記供述と整合する部分があり,被告人の上記供述は排斥し難い。また,被告人は,自己が書いた遺書+自告書と題する書面にも同様の経緯を記載しており,最近本件で逮捕された後も,一貫して同様の趣旨を述べているようであり,そうであるとすると,それらの経緯自体が全くの作り話であるとは考え難い。そうすると,少なくとも,被害者から被告人に対して,
殺してなどと言うとともに,それを首を絞める方法により実
行するとの殺害の嘱託があったものとして判断せざるを得ない。
この点,検察官は,被告人が,被害者の首を絞めて殺害した際の様子を具体的に供述していないこと,殺害依頼を隠すことが被害者との約束であると言いながら逮捕当初から嘱託殺人を主張していること,被害者のことを大事に思っていたなどと供述しながら,実際には,殺害後も死体を放置し,自首もせず,被害者の遺体が発見されて事件が発覚した後には逃亡するなどしたことからすれば,被告人の公判での供述は不合理で,信用できないなどと主張する。しかし,本件は約8年前の出来事であり,ただでさえ記憶が薄れていてもおかしくないと考えられる上,被告人からすれば好意を寄せていた被害者を殺害したものであり,その時の様子を忘れてしまいたいと思い,記憶に蓋をするなどという被告人の供述もそれ自体不合理とまではいえない。また,殺害依頼を隠すとの約束については,被告人自身,被害者と明示的に約束したとは供述していない上,その約束を反故にしたからといって,前記認定にかかる被告人の供述について合理性を疑わしめるものとはいえないし,嘱託殺人自体も犯罪である以上,被告人が,嘱託に基づいて殺害を実行したものの,その後,発覚を恐れるなどしても,不自然とはいえないのであって,この点も前記認定を左右するものとはいえない。
そこで,上記嘱託が,被害者の真意に基づくものではないといえるか否かを検討する。
この点,まず,被害者が当時置かれていた状況について検討すると,関係各証拠によれば,平成22年3月頃から同年12月にかけて,被害者がAと交際していたこと,同年9月頃から同人らが会う頻度は減ったものの,同年秋頃には,被害者が,Aに対し,被害者の母親と会ってほしいと頼んだり,同年のクリスマスや被害者の誕生日である12月31日から平成23年1月1日にかけての予定を話し合い,このうちいずれかについては宿泊ができたらいいなどと話していたことが認められる。これに加え,被害者は,平成22年12月10日には,K区役所を訪れ,担当ケースワーカーに対し転居等の相談をしたり,ネットを通じた友人に対し平成23年1月に届いたであろう年賀状を送付しているなど,少なくとも平成22年12月10日頃まで,今後も生活を続けていくことを前提とした行動をとっていたものと認められる。
一方,被害者がこれまで,主たる病気としてうつ病があるなどと診断されたり,相当程度のストレス状態にあるなどと判定されたりしており,平成22年12月10日当時,被害者と密接な関係を有していたのは,被告人を除けば,交際相手であるAのみであったことがうかがえる上,同日,被害者は,

いなくなりたい,て思った。

などとmixiに投稿しているなどの事実が見受けられる。しかし,これらを踏まえても,被害者は,上記投稿の約2時間後には,

自分でやらかしたことだから凄い自己嫌悪で潰れてるけどまた頑張るね。

とのコメントをmixi上でしていることや,同日までの被害者の上記行動からすると,Aとの関係が被害者の望むようなものとまではいえないものの,関係が続くように前向きに行動をしていることがうかがえるのであり,少なくとも同日時点において,直ちに死を望むほどの精神状態になかったものと認められる。
その上で,被害者が書いた遺書について検討すると,本件遺書のうち,死を連想させるような記載は,
私は生きていくには難しすぎるという部分に限
られ,これ自体具体的に死を連想させるようなものとはいえないし,これまで,被害者がmixiにおいて,
悲しい,消えたい
(平成22年9月15日の投
稿)死にたい

(同日のメッセージ)などと記載していることからすると,
死を連想させるような言葉を被害者自身使用したことがあるのに,それすら使っていないのであるから,本件遺書の記載をもって,被害者が死を望んでいたと疑いを持たせるほどのものとはいえない。また,証人Aの供述によれば,被害者は,以前,お守りみたいなものとして,遺書(
遺が平仮名で,
書が
漢字のもの)を所持していたこともあることからすれば,本件遺書の存在自体から,被害者が真意として死を望んでいたとまでは言い難い。
また,本件の発端となったとされるAとのメールのやりとりについても,その内容はメールが残っていないことから不明であるものの,被告人の供述を前提にしても,Aとの関係が破局したなどというものではないのであるから,12月10日の時点において,一応前向きにAとの交際を考えていた被害者が,8日程度しか経っていない段階で,被害者が死しか考えられないような状態に陥ったものとは考え難い。
そうすると,判示第1記載の日時において,被害者が死を望むようなことはなく,被害者による殺害の嘱託は,真意に基づくものではなかったといえる。なお,弁護人は,精神保健指定医であるL医師の所見を前提に,被害者の発言が真意であった可能性がある旨主張する。すなわち,同医師によれば,被害者のように人格障害や発達障害が見受けられる人は,
死にたいというよう
な言葉を発することで,周囲とコミュニケーションをとり,これにより安心感を得るなどの傾向があるところ,被告人の供述する被害者の発言が真意によるものであったとは言い難い面がある一方,何度もある死にたいという発言の内,真剣に言っていたものがあるかどうかは分からないともいうのである。しかし,この点についても,上記のような平成22年12月10日までの被害者の置かれた状況や,本件遺書の内容,被害者が過呼吸を起こした原因等を考えると,関係各証拠から認められる,これまでに生じた過呼吸発作の場合や死にたいなどと発言した場合と,大きく異なるようなものがあるとはいえないのであって,そうすると,被害者の精神状態が変化するような事態は特段見受けられないといえ,弁護人の主張は採用できない。
3
そこで,次に,被告人に,真意に基づく殺害の嘱託があったとの錯誤がなかったといえるか否かについて検討する。
上記のとおり,被害者による殺害の嘱託は,真意に基づくものとは言い難いところ,被告人は,当時,被害者の相談役のような立場で,被害者の置かれた状況について一緒に見たり聞いたりし,また,被害者から事情を聞いたりしていたことが認められるのであるから,基本的には被告人は被害者の置かれた客観的状況をそのとおり認識していたはずである。
もっとも,被告人は,被害者がmixiでたびたび死にたいなどと書き込みをしていたことを見ていないと述べており,また,被告人に対して,死にたいなどと言ってきたこともなく,このときが初めてであったなどと述べている。また,被告人は,被害者の記した本件遺書についても,被害者の書きたいことを書くように伝え,その内容について深く関与していないというのである。そうすると,上記のとおり,客観的には真意に基づく嘱託とは評価できないのであるが,その前提となる事実について,正しく認識していない可能性を否定できない。また,被告人は,当時の被害者において,望んだ転居が叶わず,交際相手のAから約束を反故された状況にあることや,その後の過呼吸などの経緯を経て被害者が本件遺書を作成したことを認識していたのであるが,当時被告人は抑うつ状態と診断されており,物事を悲観的に見てしまう状況下にあったことも併せて考慮すると,被害者から殺してなどと発言があった場合に,被告人が,被害者の置かれた状況を実際よりも悲観的に判断し,これを真意と捉えてもやむを得ないといえる。
さらに,被告人は,被害者のことを誰よりも大事に考え,被害者のことを好きでいたというのであり,また,本件関係各証拠からも,被告人が怒りやすい性格であったとか,怒ると手が付けられないなどという状況がうかがわれるものの,その怒りが直接被害者に向いたとまでは認められないことからすると,被告人において,被害者からの嘱託があり,それが真意であると誤信でもしなければ,被害者を殺害することはなかったと考えられる。この点,検察官は,被告人には,被害者に受け入れてもらえない腹立ちや絶望感といった,殺害の動機となり得る事情があったなどと主張している。確かに,被告人には,交際相手のいる被害者に対し,よりを戻したいなどと何度も迫るも,これを拒絶されるなどの腹立ちや絶望感があったと思われるが,このような事情があるにしても,被害者の意を介さず直ちに殺害を実行するほどの強い動機があるとはいえない。
加えて,被告人が殺害の実行に至るまでの間,被害者が抵抗した様子や逃走しようとした様子が証拠上認められない以上,被告人が,殺害の嘱託を真意であると誤信したまま,殺害を実行した可能性が合理的な疑いとして残るのであり,そうすると,真意に基づく殺害の嘱託があったとの錯誤がなかったという点について,常識に照らして間違いがないとまではいえない。
以上からすると,被告人には,真意に基づく殺害の嘱託があったとの錯誤があったものとして,嘱託殺人罪の故意を認めるにとどまるというべきである。4
以上のとおりであるから,判示第1記載のとおりの事実が認められ,被告人には殺人の故意が欠け,嘱託殺人の故意を有するにとどまるから,嘱託殺人罪が成立する。

(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法202条後段に,判示第2ないし第6の各所為はいずれも同法235条にそれぞれ該当するところ,判示各罪について各所定刑中いずれも懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第4の罪の刑に法定の加重(ただし,短期は判示第1の罪の刑のそれによる。
)をした刑期の範囲内で被告人を懲役5年
6月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中240日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
量刑の中心となる嘱託殺人罪についてみると,被告人は,被害者の嘱託が真意であると誤って信じたとはいえ,時間を十分に置いたりして確認することはしなかった上,被害者の生命を奪うことでしかその希望を叶える方法がないと考えるに至ったことは,あまりにも軽率で短絡的といわざるを得ない。この結果,まだ若年であった被害者の尊い生命が奪われたのであり,発生した結果は取り返しのつかない重大なものといえる。
一方,弁護人が指摘するように,被告人が,虐待家庭で育ったことや,犯行当時,抑うつ状態にあったことに加え,被害者がその親族等を頼ることができなかった状況等からすると,本件犯行に当たり,被告人が周囲の助けを十分に求めることができなかった点については,量刑上大きく考慮することはできないが,被告人1人に責任を負わせるのは相当ではなく,その意味で一定程度酌むべきといえる。加えて,被告人には,いずれも生活費等に充てるために及んだ5件の窃盗があることを踏まえると,被告人の犯情全体としては悪いといわざるを得ない。そうすると,被告人が若年時に犯したものであることや,療育手帳を有する被告人が更生の意欲を持っていること等弁護人の指摘する被告人に有利な事情を踏まえても,主文程度の量刑は免れないものと判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑

懲役15年)

平成31年2月28日
大阪地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官

香川徹也
裁判官

渡部五郎
裁判官

大久保

陽久
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