判例検索β > 平成30年(わ)第189号
殺人
事件番号平成30(わ)189
事件名殺人
裁判年月日平成30年12月26日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  刑事第6部
裁判日:西暦2018-12-26
情報公開日2019-02-26 10:01:05
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主文
被告人を懲役5年に処する
未決勾留日数中220日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成8年3月20日頃,愛知県豊川市ab丁目c番地A方において,夫であるA(当時59歳)に対し,殺意をもって,頸部及び頭部等を包丁様の刃物で多数回突き刺すなどし,よって,その頃,同所において,同人を頸部等刺切創による出血性ショックにより死亡させて殺害したものである。

(事実認定の補足説明)
第1

争点

被告人がAに包丁を突き刺したことに争いはないが,弁護人は,被告人の行為以外の事情によりAが死亡した可能性があるとして,因果関係を争い,殺人未遂罪が成立するにとどまり,時効が完成していると主張する。
第2
1
当裁判所の判断
犯行を至近距離で目撃したとする被告人の長男である証人Bは,
要旨として,

自宅において,①土間に下りるための三段階段の最上段に腰掛け,両手で頭を抱えて守るようにしているAに対し,後方に立った被告人が逆手に持っていた包丁を2回振り下ろし,Aの頭に当たったように見えたこと,②Aが左方の洗濯機の方向に動いたところ,被告人が振り下ろした包丁がAの首の左側にすっと深く入り,首が切れて裂け,これで死んだと思ったこと,③洗濯機を抱え込むように倒れたAの頭付近を更に被告人が包丁で三,四回刺し,一度台所の方に行って約二十秒後にその場に戻り,左首に包丁を深く突き刺し,一,二回頭の辺りを刺したこと,④被告人が,再度台所の方に行って二,三十秒後にその場に戻り,Aの頭の辺りを一,二回刺したことを供述する。
2
Bの前記供述の信用性を検討する。
Aの遺体を解剖した証人C医師の証言を踏まえてBの供述を検討すると,前記①の点は,Aの頭部に複数の切痕があり,左右の手部に防御創と考えて矛盾がない切痕が複数あることと符合し,前記②の点は,Aの左下顎部に切痕があり,その近くにある外頸動脈や内頸静脈などの太い血管が損傷した可能性が高いことと符合し,前記③,④の点は,Aの頭部に多数の切痕があり,その中にはAが動かない状態において生じたと考えられるものが複数あることと符合している。頭部の15か所に及ぶ損傷は,頭頂骨から後頭骨にかけての一定の範囲,多くは左側のある程度まとまった範囲に残され,成傷時の刃器の刃先は概ね同一の方向を向いており,これらの損傷を全体的にみても,Aがほぼ無抵抗の状況下において,一人の人物による短時間の犯行によって生じたものとみるのが自然である。以上のとおり,Bの前記供述は,遺体の損傷状況によく整合している。加えて,Bにとって,母による父に対する犯行は,20年以上前の出来事ではあるけれども,衝撃的な場面として印象深く記憶することができたと考えられるし,供述の態度をみても,自身の責任を軽減しようというような姿勢は見受けられず,特に信用性を疑うべき点は見当たらない。供述の内容自体も,被告人が自認する経緯(Aと口論となった後,包丁を持ち出し,逃げようとするAを土間まで追いかけた)から発展した出来事としてみて自然である。


ところで,Bは,犯行目撃場面では,被告人が手に持つ包丁がよく見えなか
ったが,犯行後,被告人が手に持っていた包丁を取り上げ,この包丁には血が付着していたと供述する。Bは,この包丁は,事件の発覚した平成29年1月に任意提出した柄が黒色の包丁(弁3,弁4)であると述べているところ,この包丁の刃先であるとして矛盾のない金属片がAの遺体の頭部から発見されたことからすれば,被告人が上記柄が黒色の包丁を本件犯行に使用したことが推認される。これを前提として,弁護人は,Aの頭蓋骨に埋没していた別の金属片があり,これは,上記柄が黒色の包丁と異なるもう1本の刃物の刃先であり,Bの供述によっては,もう1本の刃物の存在がうかがわれず,埋没していた金属片の説明がつかないと指摘して,Bの供述全般の信用性を争う。
しかしながら,Bの前記③④の供述によれば,被告人が途中で台所で包丁を持ち替える機会があり,
頭部を突き刺した際に刃先が折れたと思われることからすると,
現実にそのような行動をとることも十分にあり得たといえる。そして,犯行発覚まで20年以上が経過している本件において,犯行に使用されたもう1本の刃物が発見されていないこと自体は,何ら不自然ではない。
ところで,Bは,事件後,柄が黒色の包丁以外の包丁は,いずれも引出しに入ったままになっており血の付着等も見られなかったと述べ,さらに,事件後に発覚に至るまで包丁を1本も捨てたことはないと明確に供述する。同人は,遺体や血痕等の処理を一人でしたとも述べており,被告人が自分でもう1本の包丁を処分した可能性についても否定的である。
確かに,このようなBの供述を前提とすれば,埋没していた金属片の説明は容易でないが,仮にBがもう1本の包丁の存在を隠蔽しようという意図があるならば,包丁の処分について殊更明確な供述をするまでもなく,覚えていないと述べれば済むことである。この点が,Bの供述全般について,責任逃れのための意図的な虚偽供述の可能性を浮かび上がらせるものではない。
そして,もう1本の包丁の存在の有無については,時間の経過により,記憶違いや忘却があったとしても何ら不自然ではない。前記のとおり犯行目撃場面が衝撃的であって鮮明な記憶が保持されていると考えられるのに対し,犯行後の包丁の処理等については,それほどに印象に残る出来事であったかは疑問であり,この点に矛盾はない。
以上のとおり,柄が黒色の包丁以外のもう1本の刃物についての説明がないことは,犯行態様に関するBの供述の信用性に疑いを生じさせるものではない。弁護人は,Bの供述にはその他にも不自然な点(Aが前方に逃げようとしなかったこと,Aが体勢を崩すなどして三段階段から滑り落ちなかったこと,刺突されたAが攻撃者である被告人の方を振り向こうとしたこと,被告人が身を乗り出すようにして洗濯機の方に倒れたAを刺したこと)が含まれていると指摘するが,当時の被告人及びAの具体的な体勢やAが十分な回避行動を取れないまま短時間のうちに致命傷を負ったと考えられることなどに照らし,何ら不自然はない。犯行場面についての被告人の供述は,
極めて断片的かつ不自然なものであり,
Bの目撃供述の信用性に疑問を生じさせるものではない。
以上によれば,Bの前記犯行目撃供述は信用することができる。
第3

結論

よって,Aは,被告人から包丁様の刃物で頸部及び頭部を多数回突き刺されたことによる出血性ショックで死亡したと認められ,他の事情を原因として死亡したという可能性は考えられないから,被告人の行為とAの死亡との間に因果関係があることが認められる。
(法令の適用)
罰条

平成16年法律第156号による改正前の刑法199条
(有期懲
役刑の長期は同改正前の刑法12条1項)
裁判時においてはその改正後の刑法199条
(有期懲役刑の長期
は,同改正後の刑法12条1項)に該当するが,これは犯罪後の
法令によって刑の変更があったときに当たるから,刑法6条,1
0条により軽い行為時法の刑による。

刑種の選択

有期懲役刑(懲役3年以上15年以下)を選択

未決勾留日数の算入

刑法21条

訴訟費用の処理

刑訴法181条1項ただし書(不負担)

(量刑の理由)
本件は,被告人が,Aに対して,包丁様の刃物で頭部及び頸部等を多数回突き刺し,出血性ショックにより死亡させて殺害した事案である。ほぼ無抵抗のAの身体の重要部分に対して,
骨に傷が残るほどの強い力で包丁様の刃物を多数回突き刺し,
Aが倒れて動かなくなった後も多数回突き刺すなどしており,態様自体は残忍といわざるを得ず,強固な殺意に基づく危険性の高い悪質な犯行であると認められる。なお,弁護人は,本件にBの関与があると主張し,これが刑を軽減する事情に当たると指摘するが,Bが両手をつかんでいたという被告人の供述はAの手に防御創があるという証拠と整合しないから採り得ない。その他,Bが犯行の現場にいたことにより被告人の刑事責任を軽減すべき理由は見出せない。
本件に至る経緯をみると,被告人は,Aと婚姻後,たびたびAからの暴力や暴言を受け,Aの暴力により左肩を脱臼骨折した後遺症により車の運転ができないなどの支障があったのに,Aは,次第に被告人のリハビリ等に非協力的となり,家を空けることが増えていた。本件当日には,帰省したBも立ち会って話し合いの機会を設けたにもかかわらず,Aは不誠実な態度に終始し,それを責める被告人の腹部を蹴ったりナイフを示すなどの乱暴な行為に及んだ。本件犯行の動機は,このような経緯によって蓄積した複雑な心情から,突発的に殺意が生じたものと考えられ,一旦行動に移した後は無我夢中で刺し続けたと推測される。このような経緯や動機には酌むべき点が大きい。
また,約21年という長期間の経過後ではあったものの,被告人による自首によって本件事案の解明が可能となったことは,刑を量定する上で十分に考慮すべきである。ただし,犯行を明かさずに発覚まで長期間が経過したこと自体を被告人に有利にみるべき理由はない。
以上によれば,配偶者に対する殺人という重大事案の中で,本件が執行猶予を付すことのできる特に犯情の軽い事案であるとはいえないが,上記の情状等を考慮すれば,主文の刑期にとどめるのが相当である。
(求刑

懲役8年)

平成30年12月26日
名古屋地方裁判所刑事第6部
裁判長裁判官
田邊
三保子

裁判官

三芳純平
裁判官

小山大

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