判例検索β > 平成28年(わ)第793号
傷害致死
事件番号平成28(わ)793
事件名傷害致死
裁判年月日平成30年11月26日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  刑事第1部
裁判日:西暦2018-11-26
情報公開日2019-02-26 10:01:14
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主文
被告人両名をそれぞれ懲役10年に処する
被告人両名に対し,未決勾留日数中各200日をそれぞ
れその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人両名は,名古屋市a区bc丁目のビル(以下本件ビルという。)4階にあるバーAに勤務していたものであるが,共謀の上,平成25年11月23日午前6時50分頃から同日午前7時10分頃までの間,本件ビルにおいて,Aに客として来店していた被害者(当時39歳)に対し,代金トラブル等から,その背部付近を蹴って本件ビル4階階段上から3階へ至る途中にある階段踊り場付近に落下させて転倒させ,3階エレベーターホールからエレベーターに押し込む際,その顔面をエレベーター内の壁に打ち付け,引き続き,4階エレベーターホールにおいて,横たわる被害者の顔面をめがけてかかと落としをし,馬乗りになってその頭部をつかんで床に打ち付けるなどしたほか,その頭部や顔面,胸腹部等を多数回にわたって手拳や灰皿で殴り,蹴り付けるなどの暴行(以下第1暴行という。)を加えた。分離前の相被告人Bは,Aに客として来店していたものであるが,同日午前7時5分頃から同日午前7時15分頃までの間,本件ビルにおいて,被害者に対し,床に倒れている被害者の背部を踏み付けるなどの暴行(以下中間の暴行という。)を加えた。被害者は,同日午前7時16分頃,被告人両名によりA店内へ連れ戻され,同日午前7時50分頃,A店外へ逃げ出したところ,Bは,同時刻頃から同日午前7時54分頃までの間,本件ビルの3階から4階に続くエレベーター北側階段及び3階エレベーターホールにおいて,被害者に対し,前記階段の両側の手すりを持ってB自身の身体を持ち上げ,寝ている体勢の被害者の顔面,頭部,胸部付近を踏み付けたほか,被害者の両足を持ち前記階段を引きずり下ろしたり,寝ている体勢の被害者の頭部や腹部を数回蹴ったりするなどの暴行(以下第2暴行
という。)を加えた。その結果,前記一連の暴行により,被害者に急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ,同月24日午前3時54分,同市d区ef丁目g番h号i病院において,被害者を前記急性硬膜下血腫による急性脳腫脹により死亡させたが,被告人両名及びBのいずれの暴行が急性脳腫脹の原因となった前記急性硬膜下血腫の傷害を生じさせたかを知ることができない。
(争点に対する判断)
1
本件の主要な争点及びこれに対する当裁判所の結論
本件の主要な争点は,本件に刑法207条が適用されて,被告人両名に傷害致死罪が成立するかどうかである。
当裁判所は,①被告人両名による第1暴行とBによる第2暴行は,いずれも被害者の死因となった傷害を生じさせ得る危険性を有するものであり,②被告人両名による第1暴行とBによる第2暴行とは同一の機会に行われたものであると認め,③被告人両名による第1暴行が死因となった傷害を生じさせていないとは認められず,被告人両名に傷害致死罪が成立すると判断したので,以下説明する。
2
事実経過の概要
関係証拠によれば,以下の事実を認めることができる(この項で認定する事実は,特に断らない限り,本件ビル内での出来事である。)。


被告人両名は,Aの従業員であり,本件当時もA店内で接客等の仕事をしていた。Bは,本件当日(以下,日時は,特に断らない限り,本件当日である。),被告人乙の誘いを受け,Aで客として飲食していた。
被害者は,午前4時30分頃,女性2名と共にAを訪れ,客として飲食していたが,代金支払の際,クレジットカードでの決済が思うようにできず,午前6時50分頃までに,一部の支払手続をしたが残額の決済ができなかった。被害者は,いらだった様子になり,残額の支払について話がつかないまま,A店外に出た。



被告人両名は,被害者の後を追って店外に出て,4階エレベーターホールで
被害者に追い付き,午前6時50分頃から午前7時10分頃までの間,相互に意思を通じた上で,こもごも,殴る蹴るなどの暴行を加えた(第1暴行)。第1暴行の内容及び第1暴行中の被害者の様子等は次のとおりである。ア
被告人甲は,4階エレベーターホールで被害者の背部を蹴って,3階へ至る途中にある階段踊り場付近に転落させた(なお,その際,G医師が指摘するように,被害者が頭部を打ち付けたものとは認められない。)。被害者がすぐに立ち上がって3階へ向かう階段を数段下りると,被告人甲が背後から被害者を蹴り付けた。


被害者は,3階エレベーターホールにおいて,横たわったり,膝をつくような様子であった。被告人甲がふらつく被害者を立たせて,エレベーターに押し込み,その際,被害者の顔面をエレベーターの壁に打ち付けたところ,被害者はエレベーター内に倒れ込んだ。被告人甲は,倒れている被害者をエレベーター内から4階エレベーターホールに引きずり出した。

被告人乙は,同ホールにおいて,スタンド式灰皿に,被害者の頭部を打ち付けるなどした。被告人両名は,横たわる被害者に対し,複数回殴る蹴るの暴行を加えた。その後,被告人乙が,被害者に対し,腕ひしぎという関節技をかけているところに,被告人甲が,顔面を複数回殴る蹴るし,顔面をめがけてかかと落としをした。被告人乙は,被害者に馬乗りになり,被害者の頭部をつかんで後頭部を床に打ち付け,被告人甲は,被告人乙に馬乗りされている状態の被害者の腹部をひじ打ちし,頭部を複数回殴った。さらに,被告人甲は,床に仰向けに倒れている被害者に馬乗りになって,顔面を拳や灰皿の蓋で多数回殴り,顔面あるいは頭部をつかんで後頭部を床に打ち付けるなどした。



Bは,午前7時4分頃,4階エレベーターホールに現れ,Aの従業員のCが被告人両名を制止しようとしている様子を見ていたが,突然,床に倒れている被害者の背部付近を1回踏み付け,被害者に対してさらに暴行を加えるよ
うな気勢を示したところ,被告人乙に制止されて一旦A店内に戻った。その後,被告人両名が横たわる被害者に詰め寄ったところ,被害者は,4階エレベーターホールの手すりをつかんで立ち上がったが,被告人乙に腹部を膝蹴りされ,再び倒れ込んだ。この頃,Bは,再度4階エレベーターホールに現れ,被告人両名が被害者を蹴る様子を眺めていたが,午前7時15分頃,倒れている状態の被害者の背中を1回蹴る暴行を加えた。(Bによるこれらの暴行が中間の暴行である。)


被害者は,4階エレベーターホールで倒れていたところ,被告人甲の求めに応じ,財布から免許証を取り出し,被告人甲に渡した。被告人両名は,A店内に被害者を連れ戻そうとしたところ,被害者は,Aに入店する際,膝から崩れ落ち,少なくとも20秒以上にわたって倒れ込んでいた。



被害者は,Aへ連れ戻された後,同店内の出入口付近の床に座り込んでいた。被告人甲は,被害者に対し,この件に関してはいっさいがっさい呑み代をしはらって何も言わない事を約束しますと記載された示談書への署名・指印をさせ,前記運転免許証のコピーを取るなどし,被告人乙は,被害者に対し,水やウーロン茶などを飲むか尋ねたところ,被害者が水を飲む旨答えたので水を渡し,Cは,代金トラブルと第1暴行の後処理について被害者に言い含めるため,被害者と概ね次のような会話をした。すなわち,Cが被害者に対して(被害者が)先に手を出したのかと聞いたところ,被害者はうなずき,Cが代金を支払っていないのか,(女性連れなのに)飲み方がかっこよくないのではないかなどと言ったのに対しては,被害者は何も答えなかったが,その後,被害者が実を言うと,僕,殴った記憶がないんですよね,殴ってないですなどと言い始めたため,当初と話が変わったと感じたCはいらだって被害者に罵声を浴びせたが,なおも被害者は本当に覚えてないんですなどと言った。


被害者は,午前7時49分頃,Cが目を離した隙に突然立ち上がり,走って
A店外へ出て行った。Cは,直ちに被害者を追いかけ,続いて被告人甲も被害者を追いかけた。Cは,4階から3階へ至る階段の途中で被害者に追い付き,踊り場付近で被害者を取り押さえた。被告人甲は,Cに取り押さえられて寝ている体勢となった被害者のもとへ行き,一旦4階エレベーターホールに戻ったが,再度,被害者らのもとへ行ってCと会話し,4階へ戻った。⑺

A店内にいたBは,午前7時50分頃,電話をするために4階エレベーターホールに行った際,Cが被害者の逃走を阻止しようとしているのを知り,Cが被害者を取り押さえている現場に行った。被告人乙も,Bの後から,同現場に行った。Bは,その後の午前7時54分頃までにかけて,単独で,次のような暴行を加えた(第2暴行)。
すなわち,Bは,階段の両側にある手すりを持って,自身の身体を持ち上げ,寝ている体勢の被害者の顔面,頭部,胸部付近を踏み付けた上,両脚を持ち,3階まで被害者を引きずり下ろし(なお,この頃,被告人乙はBが暴行を加えている現場から立ち去った。),寝ている体勢の被害者の頭部や腹部をサッカーボールを蹴るように数回蹴った。その後,被害者が上半身を起こしいびきをかき始めたところ,Bは,何いびきかいとるんだと言って,被害者の顔面を蹴り上げた。



午前7時54分頃,通報を受けた警察官が臨場した時には,被害者は,大きないびきをかき,まぶたや瞳孔に動きがなく,呼びかけても返答がない状態で倒れていた。被害者は,午前8時44分頃,判示記載のi病院に救急搬送され,開頭手術を施行されたが,翌日午前3時54分頃,急性硬膜下血腫に基づく急性脳腫脹のため死亡した。

3
検察官の主張について


検察官の主張の要旨
検察官は,①被告人両名による第1暴行とBによる第2暴行は,いずれも被
害者の死因となった傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること,②被
告人両名による第1暴行とBによる第2暴行とは同一の機会に行われたものであることを立証し,刑法207条が適用され,被告人両名に傷害致死罪が成立すると主張する。


第1暴行と第2暴行の危険性について
前記2で認定した第1暴行及び第2暴行の各暴行態様並びにD医師,E医師,F医師及びG医師の各証言によれば,第1暴行と第2暴行は,いずれも被害者の急性脳腫脹の原因となった急性硬膜下血腫(死因となった傷害)を生じさせる危険性を有するものであることは明らかである(なお,この点については,弁護人らも積極的に争っていない。)。



機会の同一性について
前記2で認定した事実によれば,被告人両名は,Aの飲食代金等に関するトラブルを発端として第1暴行に及び,その後も被害者をAの店内へ連れ戻し,被告人甲が被害者に示談書への署名・指印をさせるなどした後,被告人両名と同じくAの従業員であるCが前記トラブルについて被害者を問い詰めるなどしていたところ,被害者がA店外へ逃げ出したが,Cがこれを捕らえ,被告人乙に誘われてAで客として飲食し,第1暴行中に中間の暴行を加えたBが第2暴行を加えたという経過である。このように,被害者は,被告人両名による第1暴行ないしその後の店内への連れ戻し等の行動により,物理的・心理的に被告人両名の支配下に置かれ,そのような状況が継続する中で第2暴行が行われたものである。しかも,Bは,被告人両名による第1暴行の途中で中間の暴行に及んでいること,被告人乙は,Bによる第2暴行の一部を目撃するや,何もせずに現場から走り去ったことが認められ,被告人乙及びBは,互いの行った暴行の現場に居合わせ,互いの暴行の少なくとも一部を現認した上で,他方の暴行に加担しあるいは放置したものといえる。被告人甲においても,Aから逃げた被害者を追い,Cが被害者を取り押さえる様子を目撃したにもかかわらず,前記のとおり,被告人両名による第1暴行がもたらした支配的状況から被
害者を解放することなく,これを放置していたものである。
以上によれば,第1暴行と第2暴行との間に約40分間という時間的間隔があることや第1暴行後被告人両名が被害者に暴行を加えていないことなどを考慮しても,第1暴行と第2暴行とは,いずれも前記のようなAの飲食代金等に関するトラブルに端を発する一連の事象の中で行われた暴行であり,外形的には共同実行に等しいと評価できる状況で行われた,すなわち,同一の機会に行われたものであると認めるのが相当である。


小括
以上によれば,被告人両名は,被告人両名が関与した暴行が被害者の死因となった傷害を生じさせていないことを立証しない限り,当該傷害,さらには当該傷害を原因として発生した死亡の結果について責任を負う。
4
弁護人らの反論について


弁護人らの反論の要旨
弁護人らは,被告人両名による第1暴行は被害者の死因となった傷害を生じさせていないことを立証して,刑法207条は適用されず,被告人両名は被害者の死亡の結果の責任を負わないと主張する。具体的には,第1暴行のみによって死因となった傷害を生じさせていないことを立証すれば足りると解することを前提に,第2暴行が開始するまでは,被害者の状態は軽症頭部外傷事例(GCS(グラスゴー・コーマ・スケール)14ないし15)に分類されるものであり,第2暴行がなければ,第1暴行から約40分後の急速な昏睡はおろか,第1暴行から数時間以内に外科的処置を要する状態に至る可能性は10%未満であるから,第1暴行が死因となった傷害を生じさせていないと認められるというものと解される(なお,期日間整理手続期日において当事者間で確認した争点整理の結果によれば,弁護人らは,一般論として,急性硬膜下血腫において昏睡状態に陥る場合,意識がクリアな状態を経ることなく推移することが相対的に優位であり,数十分という単位で意
識がクリアな状態が持続しながら,何らの頭蓋内圧亢進兆候もないまま推移し,その後に数分の短時間で昏睡状態に陥ることは,脳の萎縮が見られるような特別な事情がある場合を除けば,通常,経験しないことであるところ,本件では,被害者が第1暴行後第2暴行までの約40分間に,意識がクリアでありながら頭蓋内圧亢進兆候を呈さず,第2暴行後急激に意識昏睡に陥っているから,第1暴行は急性脳腫脹の原因となった急性硬膜下血腫(死因となった傷害)を生じさせていない,と主張していた。)。


法律上の争点に対する判断
被告人両名は,被告人両名が関与した暴行が死因となった傷害を生じさせていないことを立証すれば,当該傷害の責任,ひいては当該傷害により生じた死亡の責任を免れるところ,その立証の程度及び立証命題については,第11回期日間整理手続期日において予め当裁判所の判断を示していたところであるが,検察官は,立証の程度につき,同期日以前より,当裁判所の判断と異なる主張をし,公判においてもこれを維持しており,さらに,弁護人らは,立証命題につき,期日間整理手続終結後において,当裁判所の判断と異なる主張を新たにしたので,このような経緯に鑑み,以下,改めて当裁判所の判断を示すこととする。

立証の程度について
被告人両名がすべき立証の程度につき,弁護人らは証拠の優越程度で足りると主張し,検察官は合理的な疑いを容れない程度の証明が必要であると主張するところ,当裁判所は,以下のとおり,いわゆる証拠の優越の程度で足りるものと判断した。
刑法207条は,複数人が同一の機会に傷害が発生する危険のある暴行をそれぞれ加え,被害者に当該傷害を生じさせた場合においては,当該傷害の原因となった暴行を合理的な疑いを超えて特定することが困難であることに鑑み,上記の事項を検察官が証明したことを前提に,疑わしきは被告人の利益にの原則(利益原則)の例外として,挙証責任を被告人側に転換した規定であると解される。また,挙証責任が転換される場合に,被告人側が直ちに検察官と同程度の立証責任を負うと解する論理必然性はないといえる。したがって,被告人側がなすべき立証の程度については,当該傷害を生じさせた暴行を特定することが困難な場合における適正な処罰の必要性と立証の難易度の調和の観点から実質的に判断すべきである。そして,検察官が前記の同時傷害の特例の前提となる事実関係について証明したとしても,被告人側において,本質的な命題,すなわち自己の関与した暴行と当該傷害との間の因果関係の不存在を立証することの困難性に変わりはないこと,また,刑法207条の規定が前記利益原則の重大な例外をなすものであり,本条の運用の在り方としては,あくまでも他の規定や法律構成に基づく検察官の適正な訴追活動を補充する位置付けにとどめられるべきことにも照らし,前記調和の観点から,当裁判所は,被告人側による立証の程度としては,合理的な疑いを容れない程度の証明ではなく,証拠の優越の程度の立証をもって足りると解するものである。
なお,被告人側による立証の程度として,自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないという合理的な疑いを抱かせる程度で足りるものと解すると,前記刑法207条の趣旨は実質的に無意味に帰するから,このような解釈は採り得ない。

立証命題について
弁護人らは,自己が関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを素直に文理解釈して本件にあてはめれば,被告人両名は,第1暴行のみがその傷害を生じさせていないことを立証すれば足りると主張する。しかしながら,本件最高裁決定が示した自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないこととは,自己の関与した暴行の当該傷害に対する寄与の有無・程度を明らかにすることを通じ,その因果関係の不存在を立証す
ることを意味するのであり,これを本件事実関係に即して言えば,死因となった傷害について,第1暴行のみによって生じさせた可能性のみならず,第1暴行と第2暴行が不可分・不特定に相まって生じさせた可能性も否定されなければならない。これは,本件最高裁決定が説示するところの論理的帰結であり,刑法207条の規定及び趣旨にも合致する。仮に弁護人らの主張を前提とすると,本件において,同一の機会に行われた各暴行が相まって当該傷害を生じた可能性を具体的に否定できないとの心証に至った場合には,いずれの行為者に対しても傷害の結果を帰責させられない事態を多く招来し得るところ,このような帰結を許せば,刑法207条の趣旨を没却することは明らかである。
したがって,弁護人らの前記主張は採用できない。

小括
以上によれば,本件では,死因となった傷害(急性脳腫脹の原因となった急性硬膜下血腫)が生じた機序としては,第1暴行のみによる,第2暴行のみによる,第1暴行と第2暴行が不可分・不特定に相まって生じた,という3通りが考えられるところ,第2暴行のみによって生じたという可能性が,他の可能性に優越するとの心証に達した場合には,被告人両名が自己の関与した暴行が前記死因となった傷害を生じさせていないことを立証したとして,同傷害,ひいては死亡の結果についての責任を免れることとなる。


F医師の証言について

F医師の証言の要旨
F医師は,一般的に,当初軽症(意識レベルがGCS14ないし15)であった急性硬膜下血腫の患者が,一気に悪化して死亡する例は非常にまれである上,悪化する場合には頭蓋内圧亢進兆候を伴うのが通常であるところ,本件の被害者については,第1暴行後,A店内において,示談書に署名をしたこと,Cと普通に会話していたこと,隙を見て店外へ全力で走って逃げた
ことなどからすれば,見当識障害はなく,意識はしっかりしており(GCS15),さらに,頭蓋内圧亢進兆候もなかったから,第1暴行により致死的な急性硬膜下血腫が発生したとは考えにくいと証言する。そして,第2暴行直後に意識障害が生じているということは,通常の急性硬膜下血腫の経過(受傷直後から意識障害を呈する場合が多い)に合致していること,第2暴行では,架橋静脈の断裂が生じるような回転加速度がかかる外力や脳挫傷が生じるような頭部への打撃が複数加えられていることなどに照らすと,第2暴行により致死的な急性硬膜下血腫を生じた可能性が高いと証言する。イ
F医師が前提とする事実関係について
まず,F医師が前記アの意見を述べる際に前提とした事実関係について検討する。
第1暴行後第2暴行開始までの被害者の意識状態について
F医師は,第1暴行後,A店内において,示談書に署名をしたこと,Cと普通に会話していたこと,隙を見て店外へ全力で走って逃げたことなどを根拠に,被害者の意識状態は悪くなかった(GCS15)と証言する。しかしながら,示談書への署名については,内容を理解せず被告人甲らに言われるがまま行った可能性も十分考えられる。また,被害者は,A店内においてCらと意思疎通のできる状態であったとはいえるものの,その会話状況はCが代金トラブルや第1暴行の後処理として,被害者を一方的に言い含めるようなものであって,被害者からの発言の分量はそれほど多くないことや,Cに医学的素養がなく,意識状態に着目して被害者を観察していたわけではないことなどに照らせば,普通に会話していた旨のCの証言をにわかに信用することはできない。
さらに,被害者は,Cに取り押さえられた場面において,1分以上にわたって特段の抵抗をせずに寝た体勢となり(なお,Cは,当公判廷において,被害者を取り押さえてからBが来るまでの間,被害者が立った状態で
あった,被害者が強い力で引っ張ったなどと証言するが,防犯カメラの映像と明らかに矛盾し,信用することができない。),Cと何らかの会話をしていたともうかがわれず,その後はなすがまま第2暴行を受けていたとみられるところ,後記のとおり,被害者がA店外に走って逃げようとしたことについて,最後の力を振り絞ってしたものとみるのが自然であることを併せ考慮すると,第2暴行開始直前においては,A店内や走って逃げ出そうとした場面よりも,さらに意識状態が悪化していた可能性が相応にある。F医師は,このような被害者の状態を十分に考慮して,その意識状態を判定していたとはいい難い。
頭蓋内圧亢進兆候について
F医師は,被害者に頭蓋内圧亢進兆候はなかったことを前提としているところ,Cの証言などによると,被害者が頭痛や吐き気を訴えなかったこと及び嘔吐しなかったことは認められるものの,被害者が心身ともにダメージを受けて,暴行を加えられた従業員のいる店に連れ戻されたことや,Cらが被害者の身体の状態を注意深く観察していたともうかがわれないことからすると,被害者が頭痛や吐き気があっても訴えられなかったとみる余地も十分にあり,頭痛や吐き気の症状がなかったとまでは認められない。第2暴行の内容について
F医師は,第2暴行の内容について,被害者の頭部・顔面を体重をかけて踏み付けたこと,仰臥位状態の被害者を階段から引きずり下ろし,その際,被害者が後頭部を階段で何度も打ち付けたこと,被害者の頭部を蹴り上げ,顔面の上に何度も飛び乗ったこと,サッカーボールを蹴るように被害者の頭部を蹴り上げたことを前提としている。
しかしながら,Bが被害者を階段から引きずり下ろした際に,被害者が後頭部を階段で打ち付けた可能性は否定できないものの,防犯カメラの映像及びCの証言によっても,実際に頭部を打ち付けたか否か,仮に頭部を
打ち付けていたとしても,その具体的な回数,位置,強度等は不明といわざるを得ない。また,同様に,3階エレベーターホールにおいて,Bがジャンプして,被害者の頭を少なくとも1回両足で踏み付けたこと(F医師がいうところの,顔面に飛び乗った暴行)は認められるものの,その回数は証拠上明らかでない。
したがって,F医師は,第2暴行のうち,被害者の頭部への衝撃を伴う暴行の内容やそれが被害者に与えた影響について,証拠上認定できる事実関係よりも,過大に捉えているといわざるを得ず,後述するように,第1暴行の方が第2暴行よりも苛烈とみられることにも照らすと,死因となった傷害に影響を与えた可能性のある少なくとも4か所の出血原因の全てが第2暴行のみによって生じたとみる可能性はF医師がいうほど高くはなく,他の可能性より勝っているとはいい難い。
以上によれば,F医師が前提とする事実関係には,証拠により当裁判所が認定した事実関係(後記

で認定する部分を含む。)と重要な部分にお

いて異なっており,それを前提として述べられたF医師の前記アの意見には疑問を差し挟む余地がある。

第1暴行と第2暴行が相まって死因となった傷害を生じさせた可能性に関する検討について
さらに,F医師の意見は,次のとおり,不十分な検討から導かれたもので,この点に重大な問題があるといわざるを得ない。すなわち,前記のとおり,F医師は,第2暴行の内容を正当に評価しているとはいえない上,後述するように,各暴行の内容等からして,第1暴行と第2暴行とが相まって死因となった傷害を生じさせた可能性の高さは素人目からも明らかであり,この点を十分に精査する必要があるところ,F医師は,公判廷において,第1暴行と第2暴行が相まって死因となった傷害を生じさせた可能性を否定していないものの,具体的な暴行傷害の内容や被害者の身体の状態を十分に吟味し,
上記各暴行が相まって死因となった傷害を生じさせた可能性について十分に検討したとは到底いえず,第1暴行のみ,あるいは第2暴行のみのいずれかが死因となった傷害を生じさせたかを比較検討するにとどまっている。エ
F医師が掲げる経験則の本件への適用について
以上のとおり,F医師の意見については,前提とした事実関係に疑問がある上,検討が不十分であってその意見に多大の疑問があるが,そもそもF医師が掲げる経験則を本件に適用することに根本的な問題がある。すなわち,F医師は,病院搬送時にGCS14ないし15の患者の症例204例中,手術を要したものが16例,そのうち急性硬膜下血腫が原因で死亡したものは1例のみであったという統計を挙げ,本件の被害者は第2暴行開始までは軽症(GCS14ないし15)であり,第1暴行により致死的な急性硬膜下血腫が発生したとは考えにくい旨の意見を述べる。
しかしながら,前記統計は,病院搬送時に専門家である医師が判定した意識レベルを基準としたものであり,それを病院外のある時点においての意識状態を捉えてその基準にあてはめられるかについて根本的な疑問がある。すなわち,このようなあてはめを許して,病院搬送時という時間的条件を取り除くと,受傷後いずれかの時点においてGCS14ないし15という意識が良い状態がありさえすれば,後に昏睡になるような者も含めて,すべからく軽症事案に分類されるという不合理な結論が導かれることになる。しかも,前記統計においては病院で医師が判定した意識レベルを前提としている一方,後述するように,本件では医学的な知見もなく,かつ,被害者の身体状態を十分観察しているともいえないCの証言等をはじめとする伝聞かつ断片的な情報から事後的にF医師が判定したものにすぎないことや,前記統計は病院で安静にし,手術を除く治療を受けた上での予後である一方,本件の被害者は第1暴行を受けた後に走って逃げだしたり,第2暴行を受けるなどしていることにも照らすと,F医師が述べるような軽症事案への
分類方法について,信頼性があるとは考えにくい。
したがって,F医師の掲げる前記統計基準を根拠とする経験則を条件の異なる本件事実関係に適用することは,科学的にみても妥当でない。オ
以上によれば,G医師の見立ての当否を検討するまでもなく,F医師による前記アの意見は当を得ておらず,採用することはできない。



死因となった傷害が生じた機序に関する当裁判所の検討

第2暴行のみが死因となった傷害を生じさせた可能性について
前記2で認定したとおり,第1暴行についてみると,被告人甲が4階エレベーターホールから蹴り落とした際に,被害者が頭部を打ち付けたことは認められないものの,頭部に対する強度の衝撃を与える暴行を多数含むものであり,被害者は受け身の取れない状態でその衝撃を受け続けていた。被告人甲が馬乗りになって被害者の頭部を殴り,その際に被害者の頭部が左右に振れている場面や被告人両名がそれぞれ馬乗りになって頭部をつかみ勢いよくその後頭部を床に打ち付ける場面では,被害者の頭部に並進加速度及び回転加速度が生じていたことが特に強くうかがわれる。他方,第2暴行については,Bが被害者の頭部を複数回殴り,頭部を1ないし2回両足で踏み付けたことは証拠上明らかに認められるが,それ以上の頭部に対する暴行の回数や頭部に対する衝撃の程度,階段から引きずり下ろした際に被害者が頭部を階段にぶつけたか否か等については明らかでない。そして,前記2のとおり,被害者は,第1暴行中,抵抗する様子がなかった上,倒れ込んでいる時間が長く,自力で立ち上がったり歩いたりすることができない場面がみられること,第1暴行後A店内においても,店の入り口でずっと座り込んだままの状態であったとみられること,Cに取り押さえられている際も,特段抵抗したりCと会話したりする様子がうかがわれないことなどからすれば,隙を見てA店内から走って逃げ出したことを考慮しても,それは最後の力を振り絞ってしたものであって,第1暴
行の途中から第2暴行開始前までの被害者は,その意識状態はさておき,かなり身体の状態は悪かったとみるべきである(意識状態も悪くなりつつあるとみる余地も小さくない。)。他方,被害者は,第2暴行開始から長くとも3分後という極めて短時間でいびきをかくような状態に至っている。被害者の死因となった傷害は,急性脳腫脹の原因となった急性硬膜下血腫であり,2か所の脳挫傷と少なくとも2か所の架橋静脈の断裂が前記血腫の形成に影響した可能性があるが,それぞれの出血原因に対する各暴行,前記血腫に対する各出血原因の寄与の有無やその割合等を特定することができないと認められるところ,第2暴行のみが死因となった傷害を生じさせたというためには,第2暴行のみによって前記の少なくとも4か所の出血原因が生じたと立証するほかない
暴行の頭部に対する攻撃の数から確率論的に考えると,第1暴行が前記の少なくとも4か所の出血原因のいずれも生じさせておらず,第2暴行がその全てを生じさせたという可能性はそれほど高くないと考えられるし,前被害者の身体の状態も考慮すると,さらにその可能性は小
さいものといえる。
したがって,第2暴行のみが死因となった傷害を生じさせた可能性はそれほど高くはない。

第1暴行のみが死因となった傷害を生じさせた可能性について
第1暴行のみが死因となった傷害を生じさせたというためには,第1暴行のみで前記の少なくとも4か所の出血原因の全てを生じさせ,第2暴行がそのいずれも悪化させていないという必要がある。前記アで述べた各暴行の内容及び被害者の身体の状態に照らせば,そのような可能性はあり得るものの,他方,第2暴行開始後に急激にいびきをかく状態にまで陥っていることに着目すると,第2暴行が前記の出血原因のいずれも生じさせず,かつ,悪化すらさせていないということもまた考えにくい。

したがって,第1暴行のみが死因となった傷害を生じさせた可能性もそれほど高くはない。

第1暴行と第2暴行が相まって死因となった傷害を生じさせた可能性について
前記2で認定した事実関係を基に前記ア及びイで検討したところによれば,第1暴行又は第2暴行の単独というよりも,むしろ,頭部に対する強い衝撃を与える暴行を多く含む第1暴行により,前記少なくとも4か所の出血原因のうちのいずれか一部又は全部が生じたことで,立てずに倒れ込むなど被害者の身体状態が悪化し,最後の力を振り絞って走って逃げ出したものの,Cに捕らえられ,その後に加えられた第2暴行でその余の出血が生じ,あるいは第1暴行で生じていた出血を悪化させ,急速にいびきをかくような状態に至ったとみるのが最も合理的な機序であり(なお,D医師はこれに沿う証言をしている。),経験則等に照らし,その可能性も相当に高いといえる。


以上によれば,第2暴行のみが死因となった傷害を生じさせた可能性が他の可能性に優越するとは認められず,弁護人らは,第1暴行が死因となった傷害を生じさせていないことを立証していないことに帰する。

5
刑法207条の適用の余地がないとの弁護人らの主張について
弁護人らは,本件においては,第1暴行のみで死因となった傷害を生じさせ得ることを検察官が合理的な疑いを容れない程度に証明できておらず,Bに死因となった傷害の発生結果を帰責できる以上,刑法207条の適用の余地はない旨主張するが(なお,弁護人らの上記主張については,期日間整理手続終結後に,刑法207条の適用の余地がないという法律上の主張をする旨述べられ,弁論において,その具体的内容が上記のとおり明らかになったものである。),既に述べた刑法207条の趣旨に照らせば,弁護人らの主張は,独自の見解といわざるを得ない上,弁護人らが主張する前提事実も認められないから,およそ採用できるものではない。

6
結論
以上によれば,本件には,刑法207条が適用され,被告人両名は,死因となった傷害について責任を負い,さらには,それと因果関係のある死亡の結果についても責任を負うから,いずれも傷害致死罪が成立する。

7
被告人甲の責任能力について
被告人甲の弁護人は,被告人甲は,高次脳機能障害による易怒性によって,本件当時,心身耗弱の状態にあったと主張する。
被告人甲には,高次脳機能障害があったと認められるものの,被告人甲は,被害者との代金トラブル等の発生後A店内で直ちに暴行を開始してはいないこと,被告人乙と意思を相通じて同被告人の暴行や行動を踏まえて自己の暴行を行っていること,第1暴行の途中で客にあいさつをして見送ったり,第1暴行後には被害者に示談書へ署名指印させ,免許証のコピーをとるなどしていることからすれば,ある程度周囲の状況を冷静に認識し,臨機応変に行動できていたものと認められるから,被告人甲が,本件当時,事の善悪を判断する能力や自己の行動を制御する能力が著しく減退していたとは到底考えられず,完全責任能力であったと認められ,量刑上も被告人甲に有利に斟酌すべきとも認められない。
(法令の適用)
被告人両名の判示所為は,いずれも刑法207条,60条,205条に該当するので,その所定刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役10年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数(差戻し前の第一審のもの)中各200日をそれぞれその刑に算入し,訴訟費用については,いずれも刑訴法181条ただし書を適用して被告人両名に負担させないこととする。
(量刑の理由)
被告人両名は,被害者に対し,前記のとおり二人がかりで強度の暴行を加え,被害者がぐったりして抵抗できない状態になってからも,執ようかつ一方的に暴行を繰り返したものであって,Bのした暴行にも増して極めて危険で悪質な暴行態様で
あり,死亡の危険性も高いものであった。被告人両名による暴行は,客であった被害者との代金トラブル等を発端として行われたものであるが,そもそも被告人両名が請求した代金が法外な金額であった上,前記のとおり弱った状態の被害者に対して手加減せず暴行を加え続けるなど常軌を逸し無配慮な行動をしていたことからすると,犯行の経緯,動機に酌量の余地はなく,理不尽で卑劣な犯行に及んだという点で,強い非難に値する。被害者は,このような被害に遭う落ち度もないのに,39歳で公私ともに充実した人生を送る中,突然かけがえのない命を絶たれたもので,その無念さは察するに余りある上,遺族らも,事件から約5年を経過してもなお峻烈な処罰感情を抱き続けることも当然である。以上によれば,本件は傷害致死の事案の中で非常に重い部類に属する事案といえ,被告人両名の責任は極めて重く,長期間の実刑を免れない。
そして,被告人両名は,反省や謝罪の言葉を述べるものの,犯行から約5年もの間,被害者遺族に対する特段の慰謝の措置を講じておらず,その試みすらうかがわれないのであって,十分な反省の情が感じられない。
そうすると,被告人両名が犯行時若年で前科のないことなど,被告人両名に有利な事情を最大限に考慮しても,検察官の科刑意見のとおり,Bと同様,被告人両名を主文の刑に処するのもやむを得ない。
(求刑

被告人両名につきそれぞれ懲役10年)
平成30年12月3日
名古屋地方裁判所刑事第1部

裁判長裁判官

山田耕司
裁判官

須田健嗣
裁判官

島﨑乃奈
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