判例検索β > 平成29年(う)第974号
薬事法違反
事件番号平成29(う)974
事件名薬事法違反
裁判年月日平成30年11月19日
裁判所名・部東京高等裁判所  第8刑事部
結果棄却
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号平成26特(わ)914
裁判日:西暦2018-11-19
情報公開日2019-02-15 18:00:20
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平成30年11月19日宣告
平成29

第974号

東京高等裁判所第8刑事部判決

薬事法違反被告事件
主文
本件各控訴を棄却する
理由
本件各控訴の趣意は,検察官山上秀明作成名義の控訴趣意書及び検察官安藤浄人作成名義の控訴趣意補充書に記載されたとおりであり,これに対する答弁は,被告会社弁護人山川洋一郎(主任),同小林英明,同山本晋平,同眞武慶彦,同福原あゆみ,同脇谷大智,同豊田紗織連名作成名義の答弁書及び答弁補充書並びに被告人弁護人手島将志(主任),同野嶋慎一郎,同唐﨑浩司,同早崎卓也連名作成名義の答弁書及び同弁護人手島将志(主任)作成名義の意見書にそれぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用する(掲載省略)。
本件各控訴の趣意の論旨は,法令適用の誤り及び事実誤認の主張である。第1
1
本件各公訴事実と原判決の内容
本件各公訴事実の要旨は次のとおりである。

被告会社は,医薬品等の製造・販売等を営む株式会社,被告人は,被告会社のサイエンティフィックアフェアーズ本部担当部長として,別紙1記載の臨床試験AStudy及びその結果に基づいて行うサブ解析又は補助解析について,臨床データの解析等の業務を担当していたものであるが,被告人は,被告会社の業務に関し,⑴

補助解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため,AStudyの主任研究
者であるD1及び同研究者であるD2らとともに,高血圧症治療薬であるカルシウム拮抗薬(以下CCBという。)とB剤との併用効果に関するAStudyの補助解析論文である別紙2記載の論文を記述するに当たり,平成22年11月頃から平成23年9月頃までの間に,別紙3記載のとおり同論文に掲載する虚偽の図表等を作成した上,そのデータをD2らに提供し,同人らをして,同図表等のデータに基づいて,別紙4記載のとおり同論文原稿の本文に英語で虚偽の記載をさせて同図表等及び同文章を同論文原稿に掲載させ,同年1月頃から同年10月頃までの間,D2をして,京都市内又はその周辺から,インターネット回線を用いてグレートブリテン及び北アイルランド連合王国に本店を置くE社が発行するE誌に同論文原稿を投稿させ,同年10月頃,同社のホームページに同論文を掲載させて,インターネット回線を用いて不特定多数の者が閲覧可能な状態にし(平成26年7月1日付け起訴状記載の公訴事実),


サブ解析の結果を被告会社の広告資材等に用いるため,D1及びサブ解析の
研究者であるD3らとともに,冠動脈疾患を有する高リスク高血圧患者におけるB剤の追加投与の効果に関するAStudyのサブ解析論文である別紙5記載の論文を記述するに当たり,平成23年8月頃から同年10月頃までの間に,別紙6記載のとおり虚偽の数値を記載した図表等を作成した上,そのデータをD3らに提供し,同人らをして,同図表等のデータに基づいて,別紙7記載のとおり同論文原稿の本文に英語で虚偽の記載をさせて同図表等及び同文章を同論文原稿に掲載させ,同年10月頃から同年12月頃までの間,D3をして,京都市内又はその周辺から,インターネット回線を用いてオランダ王国に本店を置くF社が発行するF誌に同論文原稿を投稿させ,平成24年2月頃,同社が管理するウェブサイトに同論文を掲載させて,インターネット回線を用いて不特定多数の者が閲覧可能な状態にし(平成26年7月22日付け追起訴状記載の公訴事実),
もってそれぞれ医薬品であるB剤の効能又は効果に関して,虚偽の記事を記述した。2
原判決は,本件各公訴事実記載の論文(以下本件各論文という。)を作
成させて,同記載の各雑誌(以下本件各学術雑誌という。)に投稿させ,オンライン掲載(以下,単に掲載という。)させた行為が,平成25年法律第84号による改正前の薬事法(昭和35年法律第145号。以下本法という。)66条1項にいう記事の記述に当たるかという争点について,大要,以下に述べるような理由から,否定し,被告人の行為は罪とならないとして,被告会社及び被告人に対し,無罪を言い渡している。
⑴ア

原判決は,本法66条1項にいう記事の広告,記述,流布は,

同項の規制対象である広義の広告,すなわち,顧客を誘引するための手段として広く世間に告げ知らせる行為を,3つの態様に書き分けたものであると解している。そして,原判決は,顧客を誘引するための手段を,記事の対象が医薬品等であることに即して,

情報受領者の購入意欲(処方薬に関しては,医師の処方意欲を含む。以下同じ。)を喚起・昂進させる手段

と言い換えた上で,そのような手段としてなされたものであるか否かについては,行為者の意図や目的を探求するというのではなく,(受け手において医薬品等を特定するに足りる情報が表示されているという意味での)特定性の有無,程度や(不特定又は多数の者が認知し得る状態であるという意味での)認知性の有無,程度をも考慮しつつ,その行為の体裁,内容等を客観的にみて,情報受領者の購入意欲を喚起・昂進させる手段としての性質を有するか否かによって判断すべきとしている。

そして,原判決は,本法66条1項にいう記事の広告とは,前記広義の
広告に該当する行為の中でも,典型的な広告,すなわち,情報受領者の購入意欲を喚起・昂進させる手段としてなされるものであることが外形的にも明らかな体裁,形式で,新聞,雑誌,テレビ等のマスメディアや屋外広告物のような不特定かつ多数人による認知が可能な媒体を通じて,広く医薬品等についての情報を提供する行為であると解している。他方,同項にいう記事の記述及び流布とは,体裁や形式,情報伝達方法,情報の被提供者の特定性等の点から典型的な広告に当たるとはいい難い面があるものの,商品である医薬品等について情報受領者の購入意欲を喚起・昂進させる手段としての性質を有する情報提供行為であると解し,そのうち,少なくとも新聞,雑誌,ウェブサイト等に記事を掲載する行為は,記事の記述に当たると解している。⑵

原判決は,以上の解釈を前提に,本件各論文を作成させて,本件各学術雑誌
に投稿させ,掲載させた行為には,前記⑴アの特定性と認知性は認められると判示している。
しかし,需用者の購入意欲ないし処方意欲を喚起・昂進させる手段としての性質を有するか否かについては,①一般に,学術論文を作成して学術雑誌に投稿し,掲載させるという行為は,研究成果の発表行為として理解されていること,②少なくとも査読を必要とする学術雑誌においては,当該学問領域の専門家による論文の評価を経て,掲載に値すると判断されて初めて掲載されるのであって,情報提供者が金銭的な費用を負担することによって情報提供の具体的内容を決め得るという関係にあるものではないこと,③本件各論文は,臨床試験の被験薬とされた医薬品を販売する被告会社の従業員である被告人がデータの解析や提供等に大きな関与をしていたという問題があるにせよ,その著者であるD2らやD3らが医薬品に係る臨床試験の結果をまとめた学術論文であり,それらが医学領域の学術雑誌に投稿され,採択されて掲載されたものであって,その雑誌の性格や,査読を経て採択され,掲載に至ったという経緯,論文の体裁,内容等を客観的にみると,一般の学術論文の学術雑誌への掲載と異なるところはないことを指摘して,前記手段としての性質を否定する判断をしている。
なお,原判決は,本件各論文を作成させて,本件各学術雑誌に投稿させ,掲載させた行為は,医薬品の効能,効果に関する広告を行うための準備行為として,重要な役割を果たしたものではあるが,そのような事情があるからといって,それ自体が,需用者の購入意欲ないし処方意欲を喚起・昂進させる手段としての性質を有するに至るとはいえないとも判示している。
第2
1
検察官の論旨
法令適用の誤りの論旨は,要約すると次のとおりである。

本法66条1項の文理,立法趣旨,本法68条等との関係,更には所管官庁の見解等を考慮すれば,本法66条1項にいう記事の記述とは,およそ何らかの事柄を記載して広く一般に知らしめる行為をいい,顧客を誘引するための手段としてなされることを要するものではないと解すべきである。
しかるに,原判決は,本法66条1項の立法過程等に関する誤った理解に基づき,同項の解釈に広義の広告なる独自の概念を持ち込んだ上,不合理な根拠に基づき,同項の記述は顧客を誘引するための手段としてなされるものであることを要するとの誤った解釈を導き出したもので,このような解釈に基づいて同項の構成要件該当性を判断した点で,法令の適用を誤っており,この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
2
事実誤認の論旨は,要約すると次のとおりである。

本件各論文の体裁・内容や作成・投稿の経緯,被告人による関与の状況,被告会社のプロモーション資材への利用状況等からすれば,被告人が本件各論文を作成させ,本件各学術雑誌に投稿させ,掲載させた行為は,医師の処方意欲を喚起・昂進させ,C1剤等の販売を促進するための手段,すなわち,顧客を誘引するための手段にほかならないことが優に認められ,被告人の主観としても,このような明確な意図があったことは明らかである。
しかるに,原判決は,本件各論文がB剤に対する医師の処方意欲を喚起・昂進させ得るものであったことを否定していないにもかかわらず,学術論文は一般的に顧客誘引性を欠くとした上,本件各論文について,査読を経て採択され掲載に至ったなどの極めて表層的な事情のみを取り上げて,一般の学術論文の学術雑誌への掲載と異なるところはないと判断したもので,このような論理則等に反する不合理な判断により,顧客を誘引するための手段としてなされたものとはいえないとした点で,事実を誤認しており,この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。第3

当裁判所の判断

1
はじめに



用語関係

本件の主要な争点は,本法66条1項が規制している虚偽又は誇大な記事の広告,記述,流布は,広告以外も広義の広告(条文上の広告を含む,それよりも広い意味での広告)に当たるもののみを指すのか,あるいはそのような限定はないのかという点である。
この争点の関係で,原判決が,広義の広告の実質的な意味を顧客を誘引するための手段として広く世間に告げ知らせる行為であるとしている点は,基本的に是認できるが(本法66条1項の広義の広告の要件は,後記のとおり,原判決とはやや異なるものを相当と判断した。),本判決では,そのような手段を顧客誘引手段といい,その手段としての性質を顧客誘引手段性又は誘引手段性などということにする(以上の趣旨で,所論についても,適宜言い換えをする。)。また,原判決が,本法の関係で,顧客誘引手段を

情報受領者の購入意欲(処方薬に関しては,医師の処方意欲を含む。)を喚起・昂進させる手段

と言い換えている点は是認できるが,これについても前同様の簡略な表現を用いることとする。⑵

本判決の骨子

我が国における医薬品等の広告等の規制をめぐる立法の沿革,立法時の国会での法案審議の内容,立法関係者の解説,本法66条を含む本法第8章の章名,本件以前に長年にわたって続いていた所管官庁の対応等を含む法の実際の運用,学問の自由との関係などからすると,本法66条1項は,広義の広告を規制する趣旨と解するのが相当というべきである。
また,上記広義の広告といえるのは,次の3要件を満たすものと解すべきである。①[認知性]不特定又は多数の者に告知する(予定を含む。)ものであること。②[特定性]告知の中で当該医薬品等が特定されていること。③[誘引手段性]顧客誘引の手段となっていること。そして,③については,(a)[客観的誘引手段性]当該告知行為が,その内容や体裁等からみて顧客誘引の手段としての性質を有していること,(b)[主観的誘引手段性]行為者において,当該告知行為自体を,顧客誘引の手段とする意思があることの両者が必要と解される。
そして,このような広義の広告の中核をなすのは,本法66条1項の広告(狭義の広告)であるが,これには,その体裁,形式等,外形的にみて顧客誘引の手段となっていることが一見して明確なものが該当すると解される。これに対し,狭義の広告には当たらないが,その内容や行為者の意思等から,実質的に広義の広告の要件を満たすと解されるものが,記述ないし流布に当たり,両者のうち記述は,文字等(図表等を含む。)を表現手段としたもの,流布は,文字等以外(例えば口頭)を表現手段としたものと解するのが相当である。以上を前提に本件についてみると,本件各論文を本件各学術雑誌に掲載させるなどした行為は,本法66条1項の記述に当たるか否かが問題になるところ,本件各論文の内容や体裁,同雑誌の性格等からして上記客観的誘引手段性を備えていない。また,被告会社は,本件各論文を本件各学術雑誌に掲載させた後に,それを利用して,広告資材を作成し,同資材を用いて広告活動を行っているのであり,前記学術雑誌への掲載は,全体からいえば広告の準備行為として位置付けられるものであり,被告人が本件各論文を前記学術雑誌に掲載させるなどの行為を,直接顧客誘引の手段とする意思で行ったとは認められないから上記主観的誘引手段性も認められない。よって,本件各公訴事実における被告人の行為は,広義の広告の要件を満たしておらず,本法66条1項の記述には当たらない。
したがって,たとえ,被告人が自ら作成し,研究者らに提供した図表等のデータが虚偽のもので,被告人が研究者らを情を知らない道具として利用して,同データに基づき内容虚偽の論文を作成させ,本件各学術雑誌に投稿させて掲載させたとの事実が認められるとしても,被告人の行為は本法66条1項違反に当たらないから,これと同旨の原判決の結論は,正当として是認することができる。以下,その理由を詳述する。
2
立法の沿革と法の運用状況等



売薬法


大正3年に制定された売薬法(同年法律第14号)は,8条において,売薬の効能に関しては文書,言語其の他何等の方法を以てするを問わず免許を得たる事項を説明するの外之を誇張して公示することを得ずと定めるとともに,9条において,売薬に関する広告,売薬の容器若は被包又は売薬に添附し若は添附せずして頒布する文書には左記の事項を記載することを得ずと定め,記載を禁じる事項として,猥褻に渉る記事又は図画,避妊又は堕胎を暗示する記事,虚偽誇大の証明若は医師其の他の者が効能を保証したるものと世人をして誤解せしむるの虞ある記事及び医治の無効を暗示し或は暗に医師を誹謗するが如き記事を挙げていた(なお,法令中の片仮名表記は平仮名表記に改めた。以下同)。そして,いずれについても,違反行為に対する罰則が設けられていた(16条)。イ
このように,売薬法8条による規制対象となる行為は,売薬の効能に関して
免許を得た事項を説明するほかにこれを誇張して公示することで,その方法は,文書,言語その他いかなる方法をもってするを問わないとされていた。また,同法9条による規制の対象となる行為は,売薬に関する広告や,売薬に添付せずに頒布する文書等に虚偽誇大の証明などの事項を記載することとされていた。

帝国議会の法案審議における政府委員の説明によれば,従前,売薬広告の取
締りは,広告取締りの一般的規定である警察犯処罰令(2条6号)によっていたが,売薬の広告に認められる幾多の弊害に鑑み,それでは十分でないことから,売薬法中に売薬の広告取締りに関する規定を新設することにしたとされており,同審議の過程でこれと異なる趣旨の議論がされた形跡は見当たらない。また,当時公刊された逐条解説書(吉川澱東売薬法規通解大正3年9月28日発行。同解説書は内務省及び大蔵省の解釈決定に重きを置き,法条の疑わしきは著者が一々当局を訪問し,責任ある官吏の答弁を得て記述したとされている。)においても,医師の指揮を受けざる公衆の疾病治療を目的とする売薬については,広告によって効能を誤解させたり,品質を買いかぶらせたりする結果は,普通の商品に比してすこぶる害毒が著しいことから,売薬広告取締りの必要を認めて特に売薬法中に前記各規定を設けたとされている。
そして,同法8条にいう公示とは,同法9条にいう広告よりも広い意味で用いられていたと解されるところ,前記解説書では,広告の例として新聞雑誌の広告,引札,辻張,看板等が挙げられ,公示の例としては,これらに加えて広告屋,大道演説,説明等が挙げられており,公示が広義の広告に含まれるとみて矛盾しないような例示がされている。さらに,前記解説書では,同法9条にいう売薬に添付せずに頒布する文書として,いわゆる通信販売の営業者が用いる書面を例示している。そして,前記解説書は,同法8条にいう公示や同法9条にいう広告,文書などはいずれも広い意味における広告と称すべきものと明言している。以上によれば,売薬法8条,9条は,広義の広告を規制する趣旨のものであったと解される。

これに対し,所論は,①売薬法8条,9条は,その規制の対象を文言上広告に限定せず,さらに,不正の利を図ることも要件としない点で,広告一般を規制していた警察犯処罰令よりも規制の範囲を拡大して取締りを厳格化したものである,②同法8条は,その文言からして公示を同法9条の広告のみならず,他人に知らしめる一切の手段をいうものとして用いていると解すべきである,③同法9条は,売薬の効能等に関する記事のみならず,猥褻に渉る記事又は図画や避妊又は堕胎を暗示する記事,医治の無効を暗示し或は暗に医師を誹謗するが如き記事等の記載も禁止するなどしている,として,同法8条,9条は,顧客誘引手段にならないものも規制対象にしていたと主張する。
しかし,①については,不正の利を図ることを要件としない点で警察犯処罰令よりも規制の範囲を拡大したとはいえても,文言上広告以外のものが加わったことをもって,直ちに,広義の広告に当たらないものも規制対象にしたといえるかは保護法益に絡む別の問題といえるから,所論指摘の点は,前記ウの解釈を覆すようなものとはいえない。
②については,同法8条は,確かに何等の方法を以てするを問わず・・・公示することを得ずとしているが,これは,その直前の文書,言語其の他について方法を問わないという意味であるから,公示の手段方法について限定しないという趣旨と解するのが自然であり,この点から,広義の広告に当たらないものも規制対象にしたとみるのは相当でないと解される。
③については,同法9条が猥褻に渉る記事又は図画や避妊又は堕胎を暗示する記事を広告その他の文書等に記載する行為を禁止している点は,むしろ,これらのものが顧客誘引のために用いられることが容易に想定されることから,広義の広告の規制を念頭に置いていると理解することが可能であり,このような規定が含まれていることが,前記ウの解釈の妨げにはならないと解される。以上から,所論は採用できない。


昭和18年制定の薬事法


昭和18年に制定された薬事法(同年法律第48号。以下昭和18年薬事法という。)は,28条1項において,医薬品の効能に関しては何人と雖も虚偽又は誇大の広告を為すことを得ずと定めるとともに,同条2項において,主務大臣は前項に規定するものの外医薬品に関する広告,医薬品の容器若は被包に記載する事項又は医薬品に添附し若は添附せずして頒布する文書に関し必要なる命令を発することを得と定めていた。そして,同法施行規則101条において,医薬品の効能及製造法に関しては法第二十二条第一項(同条第四項に於て準用する場合を含む),第五十一条第一項又は第六十七条第一項の規定に依り許可を受けたる事項を公示するの外広告することを得ず,但し専ら医事若は薬事に関する事項を掲載する新聞紙若は雑誌に広告するとき又は特別の事情に依り地方長官の許可を受けたるときは此の限に在らずと定めていた。また,同規則102条において,医薬品に関する広告医薬品の容器若は被包又は医薬品に添附し若は添附せずして頒布する文書には左に掲ぐる事項を記載することを得ずと定め,記載を禁じる事項として,虚偽誇大の証明又は医師其の他の者が効能を保証したるものと世人をして誤解せしむるの虞ある記事,医治の無効を暗示し又は暗に医師を誹謗するが如き記事及び猥褻に渉る記事若は図画又は避妊若は堕胎を暗示する記事を挙げていた。さらに,同規則103条において,地方長官は医薬品に関する広告にして著しく不適当と認むるものあるときは其の収去を命ずることを得と定めていた。そして,昭和18年薬事法28条1項の規定に違反した者及び同条2項の規定に基づいて発する命令に違反した者に対する罰則も設けられていた(41条)。イ
このように,昭和18年薬事法28条1項による規制の対象となる行為は,
医薬品の効能に関して虚偽又は誇大の広告をすることとされ,また,同条2項及び同法施行規則により,医薬品に添付せずに頒布する文書に虚偽誇大の証明などを記載することも規制の対象とされていた。ウ
帝国議会の法案審議における国務大臣の説明によれば,昭和18年薬事法2
8条は,医薬品の広告について,その内容を適正ならしめるよう,これに関する規定を設けることとしたものであるとされており,政府委員の説明においても,同条について,新薬,新製剤等の広告制限の必要性に鑑み,医薬品全般について広告制限の規定を設け,その適正を期することとしたとされている。そして,同審議の過程でこれと異なる趣旨の議論がされた形跡は見当たらない。また,当時の厚生事務官高田浩運による逐条解説書(薬事法概説昭和18年9月30日発行)においても,同条は医薬品の広告制限に関する規定であって,従来の売薬に該当するもののみならず,医薬品全般について広告制限を行うこととしたとされており,同条1項による規制の趣旨については,一般国民のうちには医薬品に関する知識に乏しくその鑑別能力のないものが多いのであって,その間に乗じ虚偽誇大の広告をもってこれを惑わすときは,医療を誤らしめ,その弊たるや国民保健上測り知るべからざるものがあると認められるのでこれを禁止することとしたとの説明が加えられている。
上記のような法案審議の内容等によれば,同法28条1項,2項及び同法施行規則101条,102条は,医薬品に添付せずに頒布する文書等も含めて,売薬法8条,9条と同様,広義の広告に当たる行為を規制対象にする趣旨のものであったと解される。

これに対し所論は,売薬法についての主張と同様の主張をしているが,前記
⑴エで説示したのと同様の理由により,採用できない。⑶

昭和23年制定の薬事法


昭和23年に制定された薬事法(同年法律第197号。以下昭和23年薬事法という。)は,34条1項において,

何人も,この法律に基いて製造する医薬品,用具又は化粧品の名称,製造方法,効能,効果又は性能に関して,虚偽又は誇大な記事を広告し,記述し,又は流布してはならない。

と定め,同条2項において,

医薬品,用具又は化粧品の効能,効果又は性能について,医師その他の者がこれを保証したものと誤解される虞がある記事は,前項に該当するものとする。

と定め,同条3項において,

暗示的な記事,写真,図画その他暗示的な方法は,第一項に違反して,これを用いてはならない。

と定め,同条4項において,

何人も,医薬品,用具又は化粧品に関して堕胎を暗示し,又はわいせつにわたる文書又は図画を用いてはならない。

と定めていた。そして,同条の違反行為に対する罰則も設けられていた(56条)。また,2条において,標示及び表示書の定義を定め(前者は

医薬品,用具又は化粧品の直接の容器又は直接の被包〔内袋を含まない。〕に記載される文字,図形その他の表示

をいい,後者は医薬品,用具若しくは化粧品又はこれらの容器若しくは被包に記載される文字,図形その他の物又は医薬品,用具若しくは化粧品に添付する文書若しくは図画をいうとされた。),41条において,不正表示医薬品等に当たるものを具体的に列挙して定め(例えば,同条1号にはその表示書に,虚偽の事項又は誤解を招く虞がある事項の記載されているもの,同条2号にはその標示に,製造業者の氏名若しくは名称及び住所〔法人にあっては,主たる事務所の所在地〕が記載されていないもの等が挙げられている。),44条において,不正表示医薬品等を販売することや,医薬品の標示,表示書又は広告中に新医薬品という文字を使用することなどを禁止行為として定め,同条の違反行為に対する罰則も設けられていた(56条)。

このように,昭和23年薬事法は,34条1項で,同法に基づいて製造する
医薬品等の効能,効果等に関して虚偽又は誇大な記事を広告し,記述し,又は流布することを規制し,同条の他の項で,医薬品等の効能,効果等について医師その他の者がこれを保証したものと誤解されるおそれがある記事も同様に規制し,医薬品等に関して堕胎を暗示し,又はわいせつにわたる文書又は図画を用いることなども規制するものとなった。加えて,同法44条で,不正表示医薬品等を販売することや医薬品の標示,表示書又は広告中に新医薬品という文字を使用することなどが規制されることになった。これに対し,売薬法9条や昭和18年薬事法施行規則102条で規制の対象とされていた行為のうち,売薬や医薬品に添付せずに頒布する文書への一定事項の記載については,明示的に取り上げて規制する趣旨の規定は設けられなかった。

国会の法案審議における政府委員の説明によれば,戦時中に立法された昭和
18年薬事法の規定の中には,今日において不適当と思われるものや不要と思われるものが多々あり,また,終戦後の新情勢に鑑み,新たに規定を設けなければならない点もあることから,昭和23年薬事法については,薬事制度の民主的運営,委任立法的規定の縮減及び公衆保健保護の見地からする取締規定の整備等に主眼を置いた法案を提出したとされている。また,医薬品,用具及び化粧品と題する同法第5章(26条から44条まで)に関しては,医療器械器具その他衛生用具及び化粧品について医薬品に準じる取締りを加えたとされ,また,不良医薬品及び不正表示医薬品に関して詳細な規定を設けて取締りの万全を期することとし,用具及び化粧品に関しても医薬品に準じて不良粗悪品及び不正表示品の取締りに遺憾のないよう措置したとされている。しかし,同法34条1項は,昭和18年薬事法の対応する規定(28条1項)と比較すると新たに記述及び流布が付加されているところ,この点についての具体的な説明や質疑等が行われた形跡はない。エ
昭和23年薬事法の制定に大きな影響を与えたGHQ(連合国軍最高司令官
総司令部)の内部文書をみても,昭和23年5月7日付け記録用覚書に添付された薬事法最終案には,同法案34条1項の虚偽又は誇大な記事を広告し,記述し,又は流布しとの文言に対応する記載部分(advertise,describeorotherwisecirculatefalseorexaggeratedstatements)があり,同月11日付け記録用覚書にまとめられた同法案の概要には,同法案の下で禁止される行為はfalseormisleadingadvertisingとされているにすぎないから,昭和23年薬事法34条1項は,広義の広告規制の趣旨ととらえられていたと解される。所論は,同月11日付け記録用覚書は,同月7日付け記録用覚書に添付された薬事法最終案を受けて,その概要を記載したものにすぎず,同法による規制対象の全てが網羅的に記載されているとはおよそ限らないなどと主張する。しかし,法案の概要を記述するに当たっては,当該法条の本質を意識するのが通常と考えられるから,GHQは,当該法条を広義の広告規制の趣旨ととらえていたとみるのが自然である。
なお,所論は,同月7日付け記録用覚書に添付された薬事法最終案の34条にあるadvertise,describeorotherwisecirculateとの文言から,同条は,広告(advertise)や記述(describe)に当たるものだけでなく,医薬品の効能,効果等に関する虚偽・誇大情報等を不特定多数人に流布する行為(circulate)を広く規制の対象とする趣旨であったとし,昭和23年薬事法34条1項の文言は,同最終案の文言とやや言い回しが異なるものの,その意図するところは,同最終案の趣旨に沿って,広告と別の行為態様として,並列的に記述,流布を規定することにより,不特定多数人に対する情報提供行為を広く規制対象とする趣旨を明らかにしようとしたものと解される旨主張する。
しかし,前記otherwisecirculateという文言がそのような解釈を直ちに裏付けるものとはいえない上,その後に同月11日付けで作成された記録用覚書の前記概要が前示のように解されることから,所論は採用できない。

次に,当時の厚生省(以下,単に厚生省という。)の薬務局薬事課長で
あり昭和23年薬事法の立法担当者である中村光三による逐条解説書(新薬事法解説昭和23年8月1日初版発行)においても,同法34条は虚偽又は誇大な広告を禁止する旨の規定であると説明されており,同条1項についても,同項が規制の対象としている広告,記述,流布という3つの行為を明確に区別してそれぞれの行為の定義付け等が示されているわけではなく,概括的に,同項は医薬品,用具又は化粧品の名称,製造方法,効能,効果又は性能に関する事項を虚偽又は誇大に広告し,専門雑誌その他の記事に掲げ,又はパンフレットその他によって一般に流布してはならない旨の規定であるとの説明がなされているにすぎない(なお,例示に専門雑誌が挙げられているが,同解説書は,同法34条は虚偽又は誇大な広告を禁止する旨の規定であると説明していることに照らすと,医薬品等関係の専門雑誌中に広義の広告に当たる記述をした場合を例示しているものと解される。)。また,同条1項による規制の対象となる行為として,昭和18年薬事法の対応する規定(28条1項)にあった広告に,記述と流布が付加された(他方で,昭和18年薬事法28条2項及び同法施行規則等に規定されていた医薬品に添付せずに頒布する文書への規制がなくなった。)理由についての説明も見当たらず,昭和18年薬事法からの変更点については,同法28条及び同法施行規則102条の規定を一括して法律に取り上げるともに,用具及び化粧品についても適用し得るように規定した旨の説明があるにすぎない。以上の点等からすると,同解説書は,昭和23年薬事法34条1項は,記述と流布を含めて,広義の広告を規制したものという理解に基づいているとみるのが,自然かつ合理的である。
所論は,同解説書において,同法34条は虚偽又は誇大な広告を禁止する旨の規定であるとの説明がされている点について,同条1項には記述と流布も含まれていること,また,同条4項は明らかに虚偽又は誇大な広告の規制ではないことを指摘して,同解説書の上記説明は,同条により禁止される全ての事項を網羅したものではなく,同条による規制の概要として,同条による規制の対象の典型例を挙げて論じたものにすぎない旨主張する。
しかし,仮に,広義の広告に限るものでないとすれば,趣旨・目的も関係なく,単に,虚偽又は誇大な情報を拡散させることの禁止が同条の本質となり,条文上の広告が必ずしも典型例とはいえないはずであって,それにもかかわらず,同広告を典型例として示すことは,むしろ同条の趣旨について誤解を生じさせることにもなりかねないのであるから,同解説書が所論のいうように典型例を挙げたとみるのは合理的とはいい難い。また,同条4項は,確かに虚偽又は誇大な広告に該当しないものであるが,それらは,元々薬事法で規制しなくとも,刑法上違法とされ得るもの(わいせつ文書等頒布,堕胎幇助等)で,薬事法本来の立法趣旨とは別の観点から付加されていることが内容的に明らかであるから,その点は含めず,同法34条を全体として虚偽又は誇大な広告の規制であると説明したと解することが可能である。よって,所論は採用できない。

昭和23年薬事法の施行後,厚生省においては,医薬品を広告するために用いられるすべての手段方法に対し,適正な基準を示すことを目的として,医薬品適正広告基準を定め,医薬品適正広告基準についてと題する通牒において,医薬品を広告するために用いられるすべての手段方法とは,医薬品の製造方法,効能,効果その他に関して新聞雑誌その他の刊行物に掲載し,冊子,引札,ポスター,看板,書信,その他の形式に作成して,発行し若しくは頒布し,郵送し,或は公衆の前に展示する手段及び映画,劇,放送その他による手段を言うものであるとの解釈を示しているが,同法34条1項による規制の対象となる行為である広告,記述,流布をそれぞれ個別に定義付けるなどして,広告と
記述及び流布との区別を明確にするような解釈指針等を示した形跡はなく,また,顧客誘引手段性のないような行為を記述や流布に当たるとして具体的に取り締まろうとした形跡もうかがわれない。
所論は,同基準の広告について同法34条1項の広告とは異なる別段の定義付けがされているものでないことからすれば,同基準にいう広告は,同項の広告と同義であると解するのが自然であり,記述や流布による虚偽・誇大な情報の拡散については,広告と異なり,特段の適正化の措置等がとられていなかったとしても,そのことと,厚生省の担当者らが広告,記述,流布をいずれも広義の広告の一態様であると理解していたかどうかとは別論であると主張する。
しかし,同基準作成時に,広義の広告に含まれないものも処罰対象になっているという理解であったとしたら,あえて条文上の広告に当たるもののみを厳密に定義付ける必要があったとは考えにくい。また,仮に,所管官庁として,政策的に,取締りは条文上の広告に当たるものに絞る趣旨であったとしたら,解釈上の疑義を生じさせないように,その旨の付言等があってもしかるべきところ,そのようなものも見当たらない。よって,所論は採用できない。

以上の点から,昭和23年薬事法34条1項は,昭和18年薬事法28条1
項と基本的に同趣旨の規定であり,医薬品等に関する広告を規制する趣旨の規定であったと解される。


本法


昭和35年に制定された本法66条(平成14年法律第96号の改正で医療用具が医療機器に変わったほか,本件時まで改正はない。以下,条文の文言は他の条文も含めて本件時のものを用いる。)は,1項において,

何人も,医薬品,医薬部外品,化粧品又は医療機器の名称,製造方法,効能,効果又は性能に関して,明示的であると暗示的であるとを問わず,虚偽又は誇大な記事を広告し,記述し,又は流布してはならない。

と定め,2項において,

医薬品,医薬部外品,化粧品又は医療機器の効能,効果又は性能について,医師その他の者がこれを保証したものと誤解されるおそれがある記事を広告し,記述し,又は流布することは,前項に該当するものとする。

と定め,3項において,

何人も,医薬品,医薬部外品,化粧品又は医療機器に関して堕胎を暗示し,又はわいせつにわたる文書又は図画を用いてはならない。

と定めている。そして,それらの違反行為に対する罰則も設けられている(85条4号)。
また,本法は,医薬品等の広告と題する第8章に66条から68条までの規定を置いたほか,医薬品等の取扱いと題する第7章中の医薬品の取扱いと題する第2節において,医薬品の直接の容器又は直接の被包等に原則として記載されていなければならない事項や,医薬品に添附する文書等に原則として記載されていなければならない事項等について定め(50条ないし53条),逆に,医薬品に添付する文書,医薬品又はその

容器若しくは被包(内袋を含む。)

に記載されていてはならない事項として,当該医薬品に関し虚偽又は誤解を招くおそれのある事項,第十四条又は第十九条の二の規定による承認を受けていない効能又は効果及び保健衛生上危険がある用法,用量又は使用期間を掲げ(54条),これらの規定に触れる医薬品の販売,授与等を禁じ(55条1項),それらの違反行為に対する罰則も設けている(85条3号)。
なお,本法67条1項は,政令で定めるがんその他の特殊疾病に使用されることが目的とされている医薬品であって,医師又は歯科医師の指導の下に使用されるのでなければ危害を生ずるおそれが特に大きいものについては,政令で医薬品を指定し,その医薬品に関する広告につき,医薬関係者以外の一般人を対象とする広告方法を制限する等,当該医薬品の適正な使用の確保のために必要な措置を定めることができると定め,その違反行為に対する罰則も設けられている(86条1項11号)。
また,本法68条は,何人も,同法14条1項に規定する医薬品等であって,まだ同項等の規定による承認等を受けていないものについて,その名称,製造方法,効能,効果等に関する広告をしてはならないと定め,その違反行為に対する罰則も設けられている(85条5号)。

このように,本法66条は,昭和23年薬事法34条とほぼ同様,1項で医
薬品等の効能,効果等に関して虚偽又は誇大な記事を広告し,記述し,又は流布することを規制し,同条の他の項で,医薬品等の効能,効果等について医師その他の者がこれを保証したものと誤解されるおそれがある記事についても,同様に規制し,医薬品等に関して堕胎を暗示し,又はわいせつにわたる文書又は図画を用いることなども規制するものとなっている。また,本法55条で,医薬品に添付する文書又は医薬品の容器若しくは被包に,当該医薬品に関して虚偽又は誤解を招くおそれのある事項等一定の事項が記載されているときに,当該医薬品を販売し,又は授与することなどを規制するものとなっている。なお,医薬品に添付せずに頒布する文書への一定事項の記載を明示的に取り上げて規制する趣旨の規定が設けられていないことは,昭和23年薬事法と同様である。ウ
国会の法案審議における厚生大臣及び政府委員の説明によれば,本法案の提
案理由は,戦後早々の間に立法された昭和23年薬事法には種々不備な点があり,また,必ずしも今日の実情に沿わない点も多いことから,医薬品の範囲につき再検討し,実情に応じた措置をとるとともに,医薬品等が生命身体に直接影響するものであり,医療上極めて重要なものであることに鑑み,薬局,製造業,販売業を通じ,管理その他の規制について,また,医薬品の表示取扱いないし広告に関し,遺憾なきよう,所要の整備を図ろうとしたとされている。しかし,その中で,医薬品等の広告と題する本法第8章の規定のうち66条については,従来の規定と同趣旨とされているだけで,同条1項による規制の対象となる行為の広告,記述,流布の内容についての具体的な説明や質疑等が行われた形跡は見当たらない。また,66条1項と異なり,67条1項及び68条による規制の対象となる行為を広告のみに限ることとした理由に関しても,具体的な説明や質疑等が行われた形跡は見当たらない。

前記法案審議において政府委員として答弁した立案当時の厚生省薬務局長高
田浩運による本法の逐条解説書(薬剤師法・薬事法の解説昭和36年1月25日発行。以下高田解説書という。)においても,本法66条(以下本条ともいう。)は,医薬品等に関する虚偽又は誇大な広告を禁止する旨の規定であって,昭和23年薬事法34条とほぼ同趣旨であるが,同法では,同法に基づいて製造する医薬品等についてのみ,その広告が制限されていたのに対し,本法では,全ての医薬品等について本条が適用されることとなったとしている(昭和18年薬事法28条1項についての前記⑵ウの解説書と同様,一般国民のうちには医薬品等に関する知識に乏しく,その鑑別能力の十分でないものも少なくなく,虚偽誇大の広告でこれを惑わすときは適正な医療を阻害し,あるいは保健衛生上支障を生ずるおそれがあるので,これを禁止したとの説明もしている。)。そして,本条1項が規制の対象としている広告,記述,流布という3つの行為を区別してそれぞれ定義付け等をすることなく,これらの例として,新聞,雑誌,看板,ラジオ,テレビ等での広告,いわゆるダイレクト・メール,チラシ,パンフレット等の配付,口頭での流布等を一括して挙げている。また,後の薬務局長牛丸義留による逐条解説書(薬事法詳解昭和37年9月1日発行。以下牛丸解説書という。)においても,本条は医薬品等に関する虚偽又は誇大な広告を禁止した規定であるとした上,本条1項の広告し,記述し,又は流布してはならないとある表現は,昭和23年薬事法の規定を踏襲したものであるとしている。そして,記述は主として雑誌,書籍等に記事を掲載する場合を,流布は主としてパンフレット,ちらし等を用いて宣伝する場合を意味するとしつつ,本条の解釈上,これらを厳密に区別する実益はなく,ポスター,パンフレット,ちらし,看板,プラカード,アドバルーン等によるもの,新聞,雑誌,書籍その他の刊行物によるもの,放送,映写,電光によるもの等,およそ一般の人に広く知らせるための手段は,すべて本条の規定の対象となるとしている。所論は,高田解説書及び牛丸解説書において,本条が,医薬品等に関する虚偽又は誇大な広告を禁止する旨の規定(高田解説書),あるいは,医薬品等に関する虚偽又は誇大な広告を禁止した規定(牛丸解説書)であると記載されている点について,この記載は,本条3項の存在からすると,本条により規制される全ての事項を網羅したものでないことは明らかであり,本条による規制の対象の典型例を挙げたものにすぎないと理解すべきである旨主張する。しかし,この点については,昭和23年薬事法の逐条解説書に関して前記⑶オで説示したところと同様の説明が可能であるから,所論は採用できない。
また,所論は,牛丸解説書において,およそ一般の人に広く知らせるための手段は,すべて本条の規定の対象となると記載されている点について,この記載は,広告,記述,流布がおよそ一般に広く知らしめるための手段としては厳密に区別する意味がないということを言っているのであり,記述も流布も広告に含まれるという意味ではない旨主張する。
しかし,牛丸解説書は,流布については,主としてパンフレット,ちらし等を用いて宣伝する場合を意味するなどと説明しているのであり,流布が広告に含まれていないという理解であったとは考え難く,同解説書が本条を広告の規制として説明していることからしても,広義の広告ととらえていたとみるのが自然である。しかも,この流布と記述を厳密に区別する実益はないとも説明しているのであるから,記述の例として挙げた雑誌,書籍等への記事の掲載も広義の広告を念頭に置いたものであったと理解するのが自然である。オ
本法施行後,厚生省ないし厚生労働省においては,医薬品等適正広告基準を
定め,その改正を重ねてきているが,本法66条1項による規制の対象となる行為である広告と記述及び流布との区別を明確にするような解釈指針等を示した形跡はなく,本件に至るまでは,顧客誘引の手段となっているとはいえないような行為を記述や流布に当たるとして具体的に取り締まろうとした形跡もうかがわれないことは,昭和23年薬事法施行後の状況と同様である。3
本法66条1項の解釈



本法66条1項による規制の対象となる行為


以上のような我が国における医薬品等の虚偽・誇大広告等の規制をめぐる立
法の沿革,立法時の国会での法案審議,立法関係者の解説などからすると,売薬法及び昭和18年薬事法は広義の広告のみを規制対象とする趣旨であり,昭和23年薬事法(34条1項)において,条文の構造が本法と基本的に同様になった際もこの点は変わらず,それが本法に引き継がれていると解するのが立法者意思に沿うといえる。このように解することは,本法66条1項を含む本法第8章の章名が医薬品等の広告とされていることとも整合する(なお,本法66条の見出しの誇大広告等の等は虚偽広告や同条3項違反の広告を含む趣旨と理解することができる。)。
また,所管官庁の対応等,法の実際の運用においても,本件以前においては,長年にわたって,上記のような理解に沿う運用(広義の広告に当たらないものを規制しない運用)が続いてきたことは,前示のとおりであるところ,このことは,そのような運用で,実際上,特段の支障は生じていなかったことをうかがわせるものといえる。
さらに,広義の広告以外も規制対象になっていると解すると,医薬品等に関する学問の自由に萎縮効果が生じ得る。すなわち,仮に,学術的研究報告,学術論文が本法66条1項の規制対象になるとするならば,研究報告の内容に誤りがあると,その都度,刑事罰を視野に入れて,その誤りが故意か過失か詮索されかねず,ひいては,医薬品等についての自由闊達な研究の発展が阻害される懸念もある。この点,前記2⑷オの医薬品等適正広告基準で,昭和55年に全面的に改正されたもの(同年10月9日薬発第1339号薬務局長通知医薬品等適正広告基準について)は,その第3において具体的な基準を示しており,基準1(名称関係)から3(効能効果,性能及び安全性関係)までが,本法66条1項の解釈を示したものとされているところ,同基準の留意事項として学術的研究報告を医学薬学の専門家に提供する場合には,原則として本基準を適用しないことが示され,基準3の解説の中でも,学術的研究報告を医学薬学の専門家に配布する場合は適用しないものであることが重ねて示されている点が参考になる。なお,広義の広告のみを規制対象にする立場に立っても,学術論文等を装った広義の広告もあり得るから,学術論文の体裁さえとれば,規制の対象外にするということにはならない。その意味で,個別に内容を検討する必要があるが,広義の広告に当たらないようなものについてまで本法66条1項の規制対象にすることには,前記のような学問の自由との関係で軽視できない問題がある。
以上の点からすると,本法66条1項は,広義の広告を規制する趣旨と解するのが相当というべきである。

そして,本法1条や66条1項等の立法趣旨,社会通念上の一般的な広告の
概念等を踏まえ,平成10年に厚生省が示した3要件(①顧客を誘引する〔顧客の購入意欲を昂進させる〕意図が明確であること,②特定医薬品等の商品名が明らかにされていること,③一般人が認知できる状態であること,平成10年9月29日医薬監第148号厚生省医薬安全局監視指導課長通知)も参考にすると,本法66条1項の規制対象となる広義の広告といえるのは,次の3要件を満たすものと解するのが相当である。
①[認知性]不特定又は多数の者に告知する(予定を含む。)ものであること。②[特定性]告知の中で当該医薬品等が特定されていること。この特定がされているかどうかの判断に当たっては,商品名や通称名,略称等の表示の有無・内容のほか,告知の媒体や相手方の属性も考慮されるべきである。
③[誘引手段性]顧客誘引の手段となっていること。顧客誘引の手段となっているというためには,(a)[客観的誘引手段性]当該告知行為が,その内容や体裁等からみて顧客誘引の手段としての性質を有していること,(b)[主観的誘引手段性]行為者において,当該告知行為自体を,顧客誘引の手段とする意思があることの両者が必要と解される。

そして,このような広義の広告の中核をなすのは,本法66条1項の広告
(狭義の広告)であるが,これには,その体裁,形式等,外形的にみて顧客誘引の手段となっていることが一見して明確なものが該当すると解される。これに対し,狭義の広告には当たらないが,その内容や行為者の意思等から,実質的に広義の広告の要件を満たすと解されるものが,記述ないし流布に当たり,両者のうち記述は,文字等(図表等を含む。)を表現手段としたもの,流布は,文字等以外を表現手段としたもの(告知の方法によっては,一つの告知が両者に該当する場合があり得る。)と解するのが相当である。
広告(狭義の広告)の例としては,テレビ,新聞,ラジオ,インターネット,雑誌,映画の中の広告部分(テレビ,ラジオ等のショッピング番組や,新聞,雑誌等の記事体広告〔~提供,広告記事などの断りが入っているもの〕を含む。),看板,プラカード,広告動画ディスプレイ,ネオン,チラシ,パンフレット(チラシ,パンフレットの多くは狭義の広告に当たると解されるが,狭義の広告に当たらないものもあり得る。)などが挙げられる。
記述の例としては,狭義の広告を除く,新聞,雑誌,テレビ,インターネット上の文章等が挙げられる。
流布の例としては,口頭等による告知(テレビ,ラジオ,インターネット等の媒体を用いるか否かを問わない。戸別訪問も含まれる。)が挙げられる。⑵

所論の検討


所論は,本法66条1項の規定上,広告について,その文理から,顧客
を誘引する意図で広く一般に知らしめる行為をいうものと解することはできても,記述については,その文理から,これが顧客を誘引するための手段としてなされることを要するとの解釈は導き得ないと主張する。
しかし,そもそも,記述については,文理上は何に記述するものを指すのかも明らかでないため,いずれにしても解釈で補うことが必然となっており(所論も,広く一般に知らしめるという要素が必要であるとしている。),文理解釈だけで結論は出ないのであるから,所論は説得力のあるものとはいえない。イ
所論は,本法は,国民の健康な生活の確保に資するため,保健衛生の向上を
図ることを目的としているのであり,その観点からすると,本法66条1項の規制の対象を広義の広告に限ると解すべきではないと主張する。
しかし,本法の立法趣旨は,所論指摘のとおりであっても,その中で,罰則付きで規制する行為をどの範囲のものにするかは,別の考慮が働き得るところであり,既に見た立法の沿革等からすれば,影響力の大きな広義の広告に限って罰則付きで規制する考えが取られてきたと解するのが自然であり,本法の立法趣旨との関係で,このように解することが不合理ともいえない。

所論は,広義の広告に限るとすると,例えば,①医薬品等の効能,効果等に
関し,いわゆる愉快犯として,虚偽又は誇大な情報を一般に広める場合や,②製薬会社の営業を妨害するなどの目的で,真実は効能,効果等を有する医薬品等について,購入意欲を減退させるような虚偽又は誇大な情報を一般に広める場合など,顧客を誘引するための手段としてなされるものでなくても,保健衛生上の支障を生ずるおそれのある場合があるとして,そのような行為も規制の対象としなければ,衛生法規としての本法の目的を全うすることができないと指摘する。しかし,所論が挙げる①の例については,虚偽又は誇大な情報を一般に広める行為が,本法66条1項の規定に違反するといえるかどうかは,その行為が愉快犯として行われたかどうかにかかわらず,客観的に顧客誘引の手段となっているかどうか,また,行為者に当該行為自体を顧客誘引(この顧客は,自己の顧客に限るものではなく,他者の顧客も含むと解する。)の手段とする意思があるかどうかによって判断することになるから,およそ愉快犯の全てが処罰の対象外になるわけではない。また,所論が挙げる②の例については,刑法233条の信用毀損ないし業務妨害の罪に問われるべきものであるから,本法66条1項で処罰対象にする特段の必要まではないと解される。
さらに,所論は,製薬会社等のみならず一般人も,インターネットを利用するなどして容易に不特定多数人に向けた情報発信をすることが可能になっている今日,医薬品等に関する虚偽又は誇大な情報を発信・提供する行為を広く規制の対象とする必要性がより一層高まっていると主張する。
しかし,インターネットを利用するなどした一般人による行為であっても,前記⑴イの広義の広告の要件を満たすものは,規制の対象になることも考慮すると,所論指摘の点から,本法66条1項についての解釈を変えるのが相当とは考えられない。仮に,それ以上に規制を強化する必要性が認められるのであれば,立法的措置によることが可能で,かつ相当と解される。

所論は,医薬品の効能,効果等に関する虚偽又は誇大な情報は,添付文書や容器・被包に記載すれば,広義の広告に当たらなくても,本法54条1号により禁止されるのに,それ以外の方法であれば,本法66条1項で,広義の広告に当たらない限り禁止されないことになると,添付文書や容器・被包への記載以外の方法で情報提供を行うことにより本法54条1号の規制の目的を容易に潜脱し得ることになってしまい,不当であると主張する。
しかし,医薬品に添付する文書による情報伝達とそれ以外の情報伝達とでは医薬品の使用者等への影響力に相応の違いがあるのであるから,扱いに差が生じることが特に不合理とはいえないと解される。
また,所論は,本法68条が広告のみを規制の対象としている趣旨は,承認前の医薬品等については,広告に当たらないものも全て禁止することにすると,未承認薬の研究に支障を生ずるおそれがあるなど,過剰な規制となり合理性を欠くとの考慮によるものと解されるとした上,このような,本法68条において広告のみが規制の対象とされている趣旨に鑑みれば,同条に記述や流布の規制がないのは,これらが顧客誘引手段であることを要しないからであるとし,本法66条1項にいう記述や流布は,顧客誘引手段としてのものと解すべきではないと主張する。
しかし,国会の法案審議における政府委員の説明や高田解説書,牛丸解説書に未承認薬の研究への支障は言及されていない。牛丸解説書によれば,医薬品等の承認前においては,申請内容がそのとおり承認されるか否かは全く不明であり,承認前の広告(いわゆる予告品の広告)は,承認内容のいかんにより虚偽又は誇大な広告になるおそれが多分にあるので,これを未然に防止するために設けられたのが本法68条の規定であるとされている。そうすると,本法68条は,告知内容が虚偽又は誇大になるか不明な段階で処罰対象とすることから,謙抑的に,規制対象となる広告の範囲を絞り,広義の広告の中でも特に影響力の大きな狭義の広告に限ったと理解することが可能であるから,所論は採用できない。
さらに,所論は,本法67条1項との関係でも前同様の主張をしている。しかし,牛丸解説書によれば,同条は,がん等の特殊疾病に使用される医薬品はおおむね副作用が強く,その使用に当たって高度の専門的知識を必要とすることからすると,このような医薬品に関し,一般大衆への広告(いわゆる大衆広告)を制限なく認めると,その医薬品の適正な使用を誤らせるおそれが多いとともに,適切な医療の機会を逸せしめる結果にもなり,その弊害は重大であることから,これらの広告の制限につき必要な措置を定め得ることにしたものとされている。このように,本法67条1項は,その告知内容の真実性いかんにかかわらず一律に処罰対象にすることから,それを,広義の広告の中でも特に影響力の大きな狭義の広告に限ったと理解することが可能であるから,所論は採用できない。

所論は,本法の所管官庁の見解として,厚生労働省において本法66条ない
し68条の解釈運用を担当している同省医薬・生活衛生局の担当課長が,原審において,本法66条1項の広告とは,顧客を誘引する意図で広く一般に知らしめる行為を,記述とは,雑誌,書籍等に掲載して広く一般に知らしめる行為を,流布とは,パンフレット等を用いて広く一般に知らしめる行為をいい,記述及び流布は,顧客を誘引する手段としてなされることを要しない旨を証言していることを指摘し,本法のような行政取締法規の解釈に当たっては,これを解釈運用している所管官庁の見解も十分尊重されるべきであると主張する。しかし,同課長は,所論指摘の見解は,本法の逐条解説書,特に牛丸解説書に示された本法66条1項の解釈に係る部分に依拠した旨述べているが,前記2⑷エでみたとおり,同解説書においては,流布は主としてパンフレット,ちらし等を用いて宣伝する場合を意味するとされている。また,同解説書においては,本法66条は医薬品等に関する虚偽又は誇大な広告を禁止した規定であるとして,同条1項が医薬品等の広告を規制する規定であるとの基本的な理解が示されている。さらに,前記2⑷オのとおり,本法の運用において,厚生省ないし厚生労働省が,本件以前に,学術論文掲載等を記述に当たるなどとして,取締り等の対象とした実績はなく(なお,同課長自身も,本法施行後の長年にわたる運用の中で,本法66条1項の記述に当たると判断した事例は本件の告発を除いて存在せず,記述や流布に当たるとして行政指導を行った事例もない旨を述べている。),厚生労働省による本件の告発も,当初は,本件各論文の本件各学術雑誌への掲載等を記述に当たるとしたものではなかった(学術雑誌ではない雑誌に虚偽の記事体広告が掲載された点を捉えて,同項の広告に当たるとしていた。)ことが認められる。以上からすると,前記担当課長の証言に説得力があるとはいえず,所論は採用できない。
4
本件各公訴事実記載の行為の本法66条1項違反該当性

まず,本件各論文を本件各学術雑誌に掲載させるなどした行為は,前記3⑴イの広義の広告の要件のうち,認知性と特定性は満たしているといえるが,その体裁,形式等において,一見して明らかに狭義の広告といえるものではない。そこで,本件では,広義の広告である記述に当たるか否かが問題となる。以下,客観的誘引手段性と主観的誘引手段性に分けて検討する。


客観的誘引手段性


関係証拠によれば,本件各論文の内容や体裁,本件各学術雑誌への掲載に至
る経緯等に関して次のとおりの事実が認められる。
本件各論文は,いずれも,A大学大学院医学研究科に所属する医師らにより実施された臨床試験AStudyの補助解析ないしサブ解析論文として作成されたものである。AStudyは,冠動脈疾患若しくは脳血管疾患等の既往歴又は糖尿病,脂質代謝異常等の心血管危険因子を有する高リスクの高血圧患者を対象に,B剤を追加投与するB剤群とARB以外を投与する非ARB群とに分けて,心血管系イベント(脳卒中,急性心筋梗塞,狭心症及び心不全等の疾患)の抑制効果を比較するという,大規模な多施設型臨床試験であった。
リスクが高い高血圧患者に対してCCBとB剤を併用した場合の心血管系イベントの抑制への効果と題する論文(別紙2。以下CCB論文という。)は,ARBとは異なる種類の高血圧症治療薬であるCCBとB剤との併用効果に関するAStudyの補助解析論文であり,同論文の冒頭部分には,同解析は,高リスクの高血圧症に対するCCBとB剤の併用による降圧療法の効果を評価することを目的としたものであることなどが記載されている。また,方法の項には,同解析では,AStudyの対象集団をCCB投与群とCCB非投与群に分割し,CCBの投与は,研究期間中のCCBの使用期間が12か月間を超える場合と定義したこと,その上で,それぞれの群をB剤群と非ARB群の2群に分割したことなどのほか,統計解析の具体的方法が記載されている。さらに,結果の項には,①一次エンドポイントの予防に対するCCBの効果として,CCB投与群における一次エンドポイント(主要評価項目)のイベント発生率はCCB非投与群より低く,その中で急性心筋梗塞の発生はCCBの投与により有意に減少したことなどが,具体的な統計データの数値とともに記載され,②一次エンドポイントの予防に対するCCB+B剤併用効果として,B剤とCCBの併用群では非ARBとCCBの併用群に比べ一次エンドポイントの発生率が低く,その中で狭心症と心不全の発生率は有意に低かったこと,CCB非投与でB剤を追加投与する治療法はCCB非投与で非ARBを追加投与する治療法に比べ脳卒中の発生率が有意に低かったことなどが,具体的な統計データの数値とともに記載されている。そして,考察の項には,同解析の結果が高リスク高血圧症の臨床管理における初期介入としてCCBとB剤の併用療法が有効であることを示唆するものであるなどと記載されている。同論文の著者は,AStudyの主任研究者で医師のD1(A大学教授)及び,同研究者で医師のD2らであり,著者の1人であるD2が,グレートブリテン及び北アイルランド連合王国に本店を置くE社が発行する学術雑誌であるE誌に同論文原稿を投稿し,査読による審査を経て同論文が採択され,同雑誌のウェブサイトに掲載された。
冠動脈疾患を有する高リスク高血圧患者におけるB剤の心・脳血管保護作用と題する論文(別紙5。以下CAD論文という。)は,CADを有する高リスク高血圧患者におけるB剤の追加投与の効果に関するAStudyのサブ解析論文であり,同論文の冒頭部分には,同解析では,AStudyのデータを用いて,高リスク高血圧患者に対するB剤の追加投与が心血管・脳血管疾患の発生率及び死亡率に及ぼす効果にCADの有無が影響を及ぼすか否かを検討したことが記載されている。また,方法の項には,同解析では,AStudyの対象集団をベースライン時点でのCADの既往の有無に基づき2群に分類したことなどのほか,統計解析の具体的方法が記載されている。さらに,結果の項には,CAD既往歴がある被験者の場合,B剤群の方が非ARB群より一次エンドポイント,狭心症の新規発症又は増悪及び脳卒中の発生率が有意に低かったこと,CAD既往歴なし群の検討では,B剤群の方が非ARB群より一次エンドポイントの発生率が有意に低かったことなどが,具体的な統計データの数値とともに記載されている。そして,考察の項には,CAD既往歴あり群,CAD既往歴なし群ともB剤追加投与は非ARBによる治療法と比べて一次エンドポイントの発生率の低下をもたらしたこと,CADの既往のある高血圧患者では,B剤の追加投与により非ARBによる標準的治療よりも狭心症及び脳卒中の新規発生又は悪化の発現率を有意に低下させたことなどが記載されている。
同論文の著者は,D1及び,同解析の研究者で医師のD3らであり,著者の1人であるD3が,オランダ王国に本店を置くF社が発行する学術雑誌であるF誌に同論文原稿を投稿し,査読による審査を経て同論文が採択され,同雑誌のウェブサイトに掲載された。

以上のように,本件各論文は,いずれも,医科大学の大学院に所属する医師
らにより実施された大規模な多施設型臨床試験であるAStudyの結果を基に,同試験で収集されたデータを別の観点から再度群分けして行った補助解析ないしサブ解析と呼ばれる事後解析について,その具体的な内容を,冒頭部分(研究の目的),方法,結果及び考察に分けてまとめたものであり,その著者は研究に関わった医師らである。このような本件各論文の内容や体裁,本件各論文が査読による審査を経て掲載に至ったという経緯からもうかがわれる本件各学術雑誌の性格,その他掲載状況等,関係証拠に現れた事情を考慮すると,本件各論文を掲載させるなどした行為は,その形式のみならず実質においても,専門家向けの学術的研究報告としての性質を備えたものといえるのであって,その行為に客観的誘引手段性は認められない。
なお,客観的誘引手段性の有無については,一般的には,告知内容に顧客を誘引する要素(対象品の利点の指摘等)が一定程度あれば,顧客誘引手段性も肯定されることが少なくないと解されるが,実質を備えた学術論文・雑誌については,その本来の機能が,広義の広告とは異なる方向で特化したものであるため,性質上,顧客誘引手段性を打ち消す作用が強く働くものといえる。


主観的誘引手段性


関係証拠によれば,被告人が被告会社における業務の一環として本件各論文
の作成並びに本件各学術雑誌への投稿及び掲載に関与した背景事情ないし前後の経過等として,次のような事実が認められる。
すなわち,B剤(販売名C1剤)は,被告会社が製造販売の承認を受けて平成12年に販売を開始した処方せん医薬品であるところ,被告会社では,日本国内におけるC1剤の年間売上高1000億円達成を目標に掲げた100B計画というプロジェクトを平成14年に立ち上げ,同プロジェクトに基づくプロモーション(販売促進)活動の一環として,医薬品事業本部に学術企画グループを新設したが,同グループは,C1剤に付加価値を与える新たなエビデンスを大学等の研究者による大規模な臨床研究により創出することを業務としていた。また,被告会社では,C1剤に付加価値を与えることが見込まれる臨床研究を支援し,多額の奨学寄附金を提供するとともに,統計解析の知識を有する被告人を研究に参加させ,被告人に統計解析を担当させるなどしていた。AStudyは,このような被告会社による支援を受けて実施されたものであり,平成21年にはその結果をまとめた論文が欧州G学会の公式学術雑誌に掲載された。なお,前記学術企画グループは,平成17年に学術企画部となった後,平成19年の組織改編によりサイエンティフィックアフェアーズ(略称SCA)本部の下に移され,被告人は,平成21年に同本部SCA戦略企画部の担当部長となった。
被告会社の加盟するH協会では,医療用医薬品のプロモーションに関する自主規制ルールとして医療用医薬品専門誌(紙)広告作成要領等を定めているところ,同要領は,臨床比較試験成績を広告に掲載する場合の遵守事項に関して,原著論文として編集委員会等で厳正な審査がなされる学術雑誌に投稿・掲載された試験成績であることを掲載条件の1つとして掲げている。このような自主規制ルールを踏まえて,被告会社では,AStudyの結果をまとめた論文が前記雑誌に掲載された後,同論文の別刷り(同雑誌からの抜粋。以下同)を大量に調達するなどして広告資材を作成し,C1剤のプロモーションに活用していた。さらに,被告会社では,ARBに分類されるB剤とCCBに分類されるアムロジピンの配合剤であるC2剤について,平成22年1月に製造販売の承認を受け,同年4月の販売開始を予定していたことから,そのプロモーションにも力を入れることとしていた。被告人は,本件各論文の作成に当たって,AStudyで収集されたデータを再度自ら解析して作成した図表等を研究者らに提供したほか,特にCCB論文については,その作成,投稿を研究者らに促すなどしていた。
そして,本件各論文の内容は,B剤の有効性を示す解析結果が得られたというものになり,これらが本件各学術雑誌に掲載された後,被告会社では,それらを参考文献とした医師らの座談会を催し,その内容をI誌に記事広告として掲載し,その別刷りを広告資材として,MRらを通じて医師に配付した。また,CAD論文については,F誌に掲載された後,説明会用のスライドを,広告資材として作成するなどした。

以上のように,被告人が,本件各論文の作成並びに本件各学術雑誌への投稿
及び掲載に関与した行為は,被告会社のプロモーション活動の一環であるが,被告会社は,本件各論文が本件各学術雑誌に掲載されると,それを利用して広告資材を作成し,同資材を用いて広告活動を行っているのであり,前記学術雑誌への掲載は,全体からいえば広告の準備行為として位置付けられるものである。したがって,被告人が,本件各論文を作成させ本件各学術雑誌に投稿させ,掲載させるという行為を,直接顧客誘引の手段とする意思(同雑誌に掲載させることが広義の広告であるという認識)で行ったとは認められない。よって,主観的誘引手段性も認められない。


小括

以上のとおり,本件については,広義の広告の要件である客観的誘引手段性も,主観的誘引手段性も認められないから,本件各公訴事実における被告人の行為は,本法66条1項の記述には当たらない。
したがって,たとえ,被告人が自ら作成し,研究者らに提供した図表等のデータが虚偽のもので,被告人が研究者らを情を知らない道具として利用して,同データに基づき内容虚偽の論文を作成させ,本件各学術雑誌に投稿させて掲載させたとの事実が認められるとしても,被告人の行為は本法66条1項違反に当たらない。なお,医薬品等に関わる分野で,研究者に故意に虚偽の情報を提供し,それに基づいた学術論文を作成,発表させるような行為は,その弊害に鑑みて,何らかの規制をする必要があるといえるが,既にみたように,本来的な学術論文について,本法66条1項で対応することには無理があり,この問題は,本法の改正法である医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律66条1項にも引き継がれているとみられるから,新たな立法措置等で対応することが考えられる。
第4

結論

以上によれば,本件各公訴事実の被告人の行為が本法66条1項の記述に当たらないとして,罪とならないとした原判決の結論は,正当として是認することができる。
したがって,論旨のその余の点について判断するまでもなく,被告会社及び被告人に対し無罪を言い渡した原判決には,判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤りも事実の誤認も認められない。
論旨はいずれも理由がない。
よって,刑訴法396条により本件各控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
平成30年11月22日
東京高等裁判所第8刑事部

裁判長裁判官

芦󠄀

澤政治
裁判官

小川賢司
裁判官

板津正

(別紙)
1
A大学大学院医学研究科循環器内科学に所属する医師らにより実施された,冠動脈疾患若しくは脳血管疾患等の既往歴又は糖尿病,脂質代謝異常等の心血管危険因子を有する高リスクの高血圧患者を対象に,被告会社が製造・販売するアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(以下ARBという。)に分類される高血圧症治療薬であるB剤(商品名C1剤)を追加投与する群(以下B剤群という。)とARB以外の高血圧症治療薬を投与する群(以下非ARB群という。)とに分けて,心血管系イベント(脳卒中,急性心筋梗塞,狭心症及び心不全等の疾患)の抑制効果を比較する臨床試験

2
CombinationEffectofCalciumChannelBlockerandB剤onCardiovascularEventPreventioninPatientswithHigh-RiskHypertension(リスクが高い高血圧患者に対してCCBとB剤を併用した場合の心血管系イベントの抑制への効果)と題する論文
3
CCBの使用期間が12か月間を超える場合をCCB投与群とし,それ以外をCCB非投与群とするとの同論文の定義に基づかないでCCB投与群とCCB非投与群とに群分けし,AStudyにおいて確認された脳卒中等のイベントのうち,非ARB群の脳卒中等のイベント数を水増しし,さらに,CCB投与群とCCB非投与群との比較においては,統計的に有意差が出ているか否かの指標となるP値につき,前記群分けを前提とした解析結果にすら基づかない数値を記載するなどして,同論文に掲載する虚偽の図表等を作成した。
4
この補助解析では,AStudyの対象集団をCCB投与群とCCB非投与群に分割した。CCBの投与は,研究期間中のCCBの使用期間が12か月間を超える場合と定義した。その上で,それぞれの群をB剤群と非ARB群の2群に分割した,CCB投与群における一次エンドポイントの発生率はCCB非投与群より低く,その中で急性心筋梗塞の発生はCCBの投与により有意に減少した,B剤とCCBの併用群では非ARBとCCBの併用群に比べ一次エンドポイントの発生率が低く,その中で狭心症の発生率は有意に低かった,CCB非投与でB剤を追加投与する治療法はCCB非投与で非ARBを追加投与する治療法に比べ,脳卒中の発生率が有意に低かった旨虚偽の記載をさせた。
5
Cardio-CerebrovascularProtectiveEffectsofB剤inHigh-RiskHypertensivePatientsWithCoronaryArteryDisease(冠動脈疾患を有する高リスク高血圧患者におけるB剤の心・脳血管保護作用)と題する論文
6
AStudyにおいて確認された脳卒中等のイベントのうち,非ARB群の脳卒中等のイベント数を水増しし,同水増しを前提に冠動脈疾患(以下CADという。)の既往歴がある群とCADの既往歴がない群とに分割して解析し,CADの既往歴がある群の脳卒中のイベント数等につきB剤群5(イベント発生率1.4%),非ARB群15(イベント発生率4.3%),ハザード比及び95%信頼区間につき0.33,0.12-0.9,P値につき0.0302などと虚偽の数値を記載した図表等を作成した。

7
CAD既往歴がある被験者の場合,B剤群の方が非ARB群より脳卒中の発生率が有意に低かった旨虚偽の記載をさせた。
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