判例検索β > 平成29年(わ)第2089号
殺人、殺人未遂、傷害被告事件
事件番号平成29(わ)2089
事件名殺人,殺人未遂,傷害被告事件
裁判年月日平成30年12月4日
裁判所名・部千葉地方裁判所  刑事第2部
裁判日:西暦2018-12-04
情報公開日2019-02-01 12:00:12
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平成29年

第2089号

平成30年12月4日

殺人殺人未遂,傷害被告事件

千葉地方裁判所刑事第2部判決
主文
被告人を懲役24年に処する
未決勾留日数中230日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,千葉県印西市(以下省略)内の老人ホーム甲において准看護師として勤務する者(当時)であるが,
第1

同僚であるA(当時60歳)に睡眠導入剤を密かに摂取させることにより,
Aに意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,自動車を運転して帰宅するAがこれに基づく仮睡状態等に陥り交通事故を惹起してAや事故に巻き込まれた第三者らが死亡することもやむを得ないと考え,平成29年2月5日午後零時頃から同日午後1時頃までの間に,老人ホーム甲事務室において,Aに対し,ブロチゾラムを含有する睡眠導入剤数錠を密かに混入したコーヒーを提供し,その頃,同所において,その情を知らないAにこれを飲ませ,意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせた上,普通乗用自動車を運転したAがこれに基づく仮睡状態等に陥り同日午後3時40分頃に老人ホーム甲従業員駐車場から約100m地点の道路において同車を鉄パイプ柵に衝突させる事故を惹起したこと等を知って,その後Aが運転を再開する場合には,その急性薬物中毒の症状が完全に消失しない限り,再び交通事故を惹起してAや事故に巻き込まれた第三者らが死亡するかもしれないことを認識しながら,老人ホーム甲事務室で机にうつ伏せになって休んでいたAに対し同車が走行可能である旨を告げてAをあえて起こして,同車を運転して帰宅するよう仕向けることにより,同日午後5時30分頃,同車を運転し同市乙a番地付近道路を同市b方面から佐倉市c方面に向かい進行中のAを,その急性薬物中毒に基づく仮睡状態等に陥らせて同車を対向車線に進出させ,折から進路前方を対向進行してきたB
(当時27歳)
運転の普通貨物自動車右前部にA運転車両右前部を衝突させ,
よってAに胸部下行大動脈完全離断等の傷害を負わせ,同日午後7時55分頃,千葉県印西市内(以下省略)の病院において,Aを上記傷害に基づく失血により死亡させるとともに,Bに全治約10日間を要する左胸部打撲の傷害を負わせるにとどまり,殺害するに至らなかった
第2

上記第1の経緯によりAが死亡した事実を知りながら,同僚であるC(当時
69歳)及び夫のD(当時71歳)に睡眠導入剤を密かに摂取させることにより,C及びDに意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,自動車を運転して帰宅するDがこれに基づく仮睡状態等に陥り交通事故を惹起してD及び同車に同乗するCや事故に巻き込まれた第三者らが死亡することもやむを得ないと考え,同年5月15日午後1時頃から同日午後1時30分頃までの間に,上記老人ホーム甲事務室において,D及びCに対し,ゾルピデムを含有する睡眠導入剤数錠の溶液を密かに混入したお茶を提供し,その頃,同所において,その情を知らないD及びCにこれを飲ませ,D及びCに意識障害等を伴う急性薬物中毒の症状を生じさせ,その後DがCを同乗させて運転を開始する場合には,Dの急性薬物中毒の症状が完全に消失しない限り,交通事故を惹起してD,Cや事故に巻き込まれた第三者らが死亡するかもしれないことを認識しながら,老人ホーム甲事務室で寝ていたDとCに帰宅時間である旨を告げて両名をあえて起こして,Dに自動車を運転してCと共に帰宅するよう仕向けることにより,同日午後6時頃,普通乗用自動車を運転し同県佐倉市丙d番地付近道路を同市丁方面から同市戊方面に進行中のDを,その急性薬物中毒に基づく仮睡状態等に陥らせて同車を対向車線に進出させ,折から進路前方を対向進行してきたE(当時56歳)運転の普通貨物自動車右前部に上記D運転車両右前部を衝突させ,よって,Dに全治約10日間を要する全身打撲傷等の傷害を,同車助手席に同乗していたCに全治約1か月間を要する両側肋骨骨折の傷害を,上記Eに加療約3週間を要する頸椎捻挫等の傷害をそれぞれ負わせるにとどまり,殺害するに至らなかった
第3

同僚であるF(当時37歳)が男性職員らと親しげにしているように感じて
その様子に嫉妬し,仕事の邪魔だと感じたことなどから嫌がらせをしようと考え,Fに睡眠導入剤を密かに摂取させることにより,Fの身体に急性薬物中毒等の異常を生じさせようと企て,同年6月8日午後零時頃,老人ホーム甲事務室において,Fに対し,Fが机の上に置いていたお茶に密かにブロチゾラムを含有する睡眠導入剤数錠の溶液を混入し,その頃から午後4時頃までの間に,その情を知らないFにこれを飲ませ,よって,Fに約8時間にわたる意識障害等を伴う急性薬物中毒の傷害を負わせた。
(事実認定の補足説明)
第1

争点について

弁護人及び被告人は,判示第1及び第2の事実について,被告人がA並びにC及びDに対し,嫌がらせの目的で密かに睡眠導入剤を摂取させたことは認め,それが傷害にあたることは争っていないが,被告人の行為は殺人の実行行為にあたらず,殺意もなかったと主張している。また,判示第1の事実については,因果関係も争い,さらに,判示第3の事実について,動機が嫉妬であることについて争うと主張している。
第2
1
争点に対する当裁判所の判断
関係各証拠から認定した事実

被告人の供述も含む関係各証拠から認められる事実は,以下のとおりである(なお,各事実を認定する根拠となった証拠の信用性等については,下記2等において説明する。。



被告人は,
平成27年10月頃准看護師として老人ホーム甲で働くようになり,
Aが平成28年9月頃から老人ホーム甲で勤務し始めた息子のGと一緒に車で通勤していることや,後記⑽のとおりDが平成29年4月25日以降Cを車で老人ホーム甲に送迎していることを知っていた。


同年2月4日の夕方,
老人ホーム甲の施設長であるHとCは,
被告人に対して,

老人ホーム甲が正看護師資格を有するGの知り合いを雇うことを検討していること,それでも,看護職としての被告人の立場や待遇は変わらないので,続けられる限り勤務を続けて欲しいことを伝えた。それに対し被告人は,
いやだな
Aの知り合いばかりになるなどとして,それに抵抗感があるという趣旨の発言をした。HとCは翌5日午前中にも被告人を説得したが,被告人は前日と同様の発言をし,納得していない様子であった。


Aは,同月4日夜,体調不良のGの代わりに宿直をし,翌5日もGが体調不良
で休んだため,自分で企画したのど自慢の鑑賞会を終え次第,帰宅する予定であった。鑑賞会の準備をしていた際,Aの様子に特に普段と変わったところはみられなかった。その後,同日午後零時頃から同日午後1時頃までの間に,被告人は,老人ホーム甲事務室において,Aにブロチゾラムを含有する睡眠導入剤数錠を密かに混入したコーヒーを提供し,同人に飲ませた。


同日午後3時頃,Aは,老人ホーム甲事務室において,年金の話をしたかと思
うと,ドライブ行きてえないちごパフェ食べてえななどと,普段と違う口調で脈絡のない発言をし,パーカーのフードを被って机に突っ伏して寝た。この様子を見ていた被告人やCらは,同日午後3時40分頃,Aに対し帰宅するように促した。


同日午後3時50分頃,Aは,老人ホーム甲従業員駐車場から約100mの地
点で車を脱輪させる物損事故を起こした。Aの車は,鉄パイプの柵に衝突し,連結部分が切れた鉄パイプの先端がエンジンルームに約50cm突き刺さった。⑹

被告人やCらが事故現場に駆け付けると,Aは事故状況を説明できず,フェン
スに背中をもたれて,パーカーのフードを被って立ったまま下を向いて寝ている様子であった。被告人は,そうしたAの両頬を両手で叩き,しっかりしなと声をかけたが,Aは黙って呆然と立ったままであった。Aは,ふらつきながら老人ホーム甲事務室に戻り,机に突っ伏して眠り込んだ。その後,Cが自動車修理工であるIに車の引上げ作業を依頼し,同日午後4時40分頃,Cと被告人は,Aに対して作業により車に傷がつくことの了承を得ようとしたが,眠り込んでいたため意思確認ができず,Aの了承を得られないまま作業が実施された。


被告人は,同日午後5時30分頃,老人ホーム甲事務室で机にうつ伏せになっ
て休んでいるAに対し,車が走行可能である旨を告げて起こし,Aがバッグ,バッグなどと言ったことから,被告人がバッグを持たせ,車を運転して帰宅するよう送り出した。


その後程なく,Aは,判示第1のとおり,千葉県印西市内の道路を走行中,対
向車線を越えて対向車と衝突する事故を起こし,
その際負った傷害により死亡した。
交通事故の際,Aの車は,前照灯スイッチがオンの状態であったのに,無灯火であった。


同日,死亡したAから血液が採取され,同年7月21日その血漿が鑑定された
ところ,採取時点で睡眠導入剤を服用後約5時間経過時のものであるとすると,その血漿中ブロチゾラムの濃度は一般成人男性がブロチゾラム錠を6錠相当服用した場合の血中濃度に相当するとの推計がなされた。

Cは,同年2月26日頃から,老人ホーム甲で仕事をしていると意識障害を伴
う体調不良を起こす事態が続いたため,同年4月25日からDが車で老人ホーム甲への送迎をしていた。

同年5月15日からDは,Cの仕事も手伝うことになり,同日Cと共に老人ホ
ーム甲事務室で事務を行った。同日午後1時頃まで,DとCの体調に異変はなかった。同日午後1時頃から同日午後1時30分頃までの間に,被告人は,DとCにゾルピデムを含有する睡眠導入剤が密かに混入したお茶を提供した。被告人がお茶を飲んだか何回も確認してくることから,CとDは,そのお茶を飲み干した。同日午後2時頃には,Dは事務机のいすに座りながら眠りこけており,その後,DとCともに体調が悪化し,宿直室や老人ホーム甲事務室で休んだ(なお,Dらに睡眠導入剤入りのお茶を提供した時刻について,被告人は,同日午後零時頃と供述するが,D及びCは同日午後1時頃まで体調に変化はなかった旨を供述し,これはFの公判供述とも合致していること,被告人がD及びCにお茶を勧めた時刻が同日午後1時過ぎであったことは,D,C及びFの供述が一致していること,その他Jの公判供述から認められるゾルピデムの濃度の経時変化等に照らし,上記のとおり認定した。)。

同日午後5時30分頃,被告人は,帰る時間だよなどと声を掛けて老人ホ
ーム甲事務室で寝ていたDとCを起こした。
Dは,
助手席にCを乗せて出発したが,
運転中ぼうっとした様子で自車を不自然に停車させるなどした。そして,同日午後6時頃,判示第2のとおり,千葉県佐倉市内の道路を走行中のD運転車両が対向車線に飛び出し,対向車と衝突する事故を起こした。事故直後,Dは,指示されても窓を開けることができなかった。また,病院搬送時,Dは,意識レベルが低く,失禁しており,Cは,肋骨6本を折る傷害を負ったが,痛がることもなく笑みを浮かべていた。

同日,D及びCの血液が採取され,同年7月14日血清が鑑定されたところ,
採取時点で睡眠導入剤を服用後約5ないし6時間経過時のものであるとすると,Dの血清中ゾルピデムの濃度は一般成人男性がゾルピデム錠を1錠相当服用した場合の血中濃度に相当し,Cのそれは一般成人男性が同錠8錠相当服用した場合の血中濃度にそれぞれ相当するとの推計がなされた。
2
上記各事実を認定する根拠となった証拠の信用性等



上記1⑴ないし⑶,⑸,⑻,⑽及び⑿のうち事故発生に関する部分等の各事実
については,同意書証等の証拠から容易に認められる客観的事実であるか,H又は被告人の各公判供述のうち信用性に争いのない部分に基づく事実であり,特段問題なく認められる。


また,
上記1⑼及び⒀の睡眠導入剤の服用量等に関する各鑑定結果についても,
鑑定を行ったJの公判供述によれば,Jは,民間企業で30年近く医薬品の研究開発に携わっており,平成12年以降は血液中の薬剤成分の濃度分析に従事してきたこの分野における専門家であると認められ,そして,各鑑定は,信頼性が高いと評価されている手法を用い,信頼性や正確性が適切に担保されるように配慮された鑑定経過となっている上,各被害者の服用量の算出に当たっても薬の添付文書等で公知情報となっている治験データに基づき,時間の経過による薬物成分の分解や誤差率等も考慮に入れ,謙抑的な姿勢で数値を導き出していると認められ,その信用性に問題はなく,上記のとおり認定できる。
なお,弁護人は,服用量の算出に当たっての誤差率や個体間格差等の存在を根拠として,Aにつき6錠相当,Cにつき8錠相当の睡眠導入剤成分を服用したという推計結果に疑問を差し挟むが,既にみたとおり,鑑定の精度や服用量の算出根拠に問題は存在せず,
あくまで目安としての推計である上,
被告人自身,
Aに対し3錠,
D及びCに対し溶け残りはあったものの合計3錠の睡眠導入剤を服用させたこと自体は認めており,しかも,各被害者に睡眠導入剤による影響と認められる意識障害等の症状が生じていたことは,下記のとおり他の関係各証拠から認定できるから,A,D及びCに摂取させた睡眠導入剤の量を判示のとおり数錠という限度で認定することには何ら問題はないと考え,そのように認定した。


その一方で,主たる争点との関係で重要な評価根拠事実となる本件時及びその
前後の各被害者の様子やそれについての被告人の認識に関する上記1⑷,⑹,⑾及び⑿の各事実については,
判示第1の目撃者で判示第2の被害者という立場にあり,
要旨これら各事実を述べるCの公判供述を軸に認定したものであるが,一部被告人の公判供述と齟齬する部分があるので,その信用性についての判断を述べる。Cの公判供述は,
判示第1の事件当日午後3時頃にみられたAの言動
(上記1⑷)
や物損事故直後のAの様子(上記1⑹)がいずれも普段のAと比較して不可解なものであったこと,上記1⑾及び⑿の判示第2の事件当日,被告人が何度も勧めてくるので,よほどおいしいお茶なのかと思ったと鮮明に記憶していることや,運転中のDがぼうっとした様子であったので,疲れたなら先の花屋のところで休もうなどと声掛けしたことなどについて,非常に具体的で詳細に供述しており,体験した者でなければ語れない迫真性に富んでいて,その内容からして虚偽を述べているとは考え難い。また,上記1⑹の物損事故直後にAが立ったまま寝ていたとの点は,呆然と下を向いて立っていたという,信用性に特に疑義のないK(甲75。不同意部分を除く。及びLの各検察官調書と一致しており,上記1⑾の被告人がCらに密か)
に睡眠導入剤を入れたお茶を勧めた様子は,信用できるFやDの各公判供述とよく整合している。そして何より,被告人が各事故の数時間前にAやDらに対し密かに睡眠導入剤入りの飲料を提供したことは争いがなく,その後,いずれもその者らが直線道路で対向車線に進出して自車を対向車に正面衝突させるという事故を起こし,事故後のDの意識レベルは上記1⑿のとおり低かったところ,事故後に採取された各被害者の血液中からは相当量の睡眠導入剤成分が検出されており,信用できる専門家証人であるMの公判供述によれば,人は睡眠導入剤の影響が出ると意識が低下し,状況把握及び判断,運動機能を含め反射運動が正常にできなくなるというのであるから,Cが述べる

,⑾及び⑿の各事実は,まさに睡眠導入剤によ

る影響下における様子や行動等として極めて自然かつ合理的なものと理解できるといえ,事実をありのままに述べているものとして,Cの公判供述は信用できる。これに対し被告人は,


Cは事故現場にいなかったし,

②車に傷がつくことの了承をAのもとに取りに行ったのは自分だけでありCは行っておらず,その際,寝ていたAが急に立ち上がって傷ついてもいいですと答えた旨を公判廷で供述している。しかし,①について,Cが物損事故現場にいたことは,Lの上記検察官調書によって裏付けられているし,②については,Iの検察官調書(甲76。不同意部分を除く。)によると,Iは被告人から,Aが寝ていたので了承を得られなかったと回答されているのである上,そもそも睡眠導入剤の影響でかなりの意識障害状態にあったとみられるAが,被告人の問いかけに対し突如立ち上がって了承したという話自体,にわかに信じ難いというべきであり,被告人の上記供述は信用できない。


他方,
物損事故後にAが老人ホーム甲事務室から退勤した際の状況については,被告人の公判供述から上記1⑺のとおり認定したので,その理由を述べる。この点被告人は,机にうつ伏せになって休んでいたAに車が走行可能である旨を告げると,Aはむくっと起き上がり,バッグを探し始めたので,それを持たせてやり,送り出した旨を述べるとともに,その送り出しに当たり,Aは老人ホーム甲の中でロッカーに行ったり,廊下や玄関の坂道等も駆け足で走ったりしており,ふらつきもなかったなどと公判廷で供述している。
一方Cは,
老人ホーム甲の事務室に戻ると,
Aの姿はなく,被告人に
Aさんは
と尋ねると,被告人が帰りたいと言うから,帰したわよと言ったので,えー
と言うと,被告人が

だってしょうがないじゃない。帰りたいというんだから。バッグもないと言うから,探して持たせてやったわよ。頬っぺたパンパンと叩いて出してやったわよ

などと発言した旨を供述している。この時点におけるAの状況等を目撃した者は被告人しかおらず,その認定は,被告人の供述に拠らざるを得ない面があるが,どこまでの事実が認定できるかは慎重に見極める必要がある。そして,上記のとおりCの公判供述は信用できると認められるところ,被告人の上記発言についてだけ虚偽供述をする必要はなく,記憶を混同しているような事情も見当たらないから,被告人が上記発言をした事実は認められ,そうすると,上記被告人の公判供述とCの公判供述は,机にうつ伏せになって休んでいるAを起こし,バッグを渡して,送り出したという趣旨の限度では一致していると評価できる。そこで,

は被告人供述の信用性は否定され

ないと判断し,そのように認定した。他方,Aが被告人から起こされてバッグを渡された後,老人ホーム甲の廊下や玄関の坂道等を駆け足で走るなどし,ふらつきもなかったとする点は,既にみたとおり,Aは,約1時間半前の物損事故直後に立ったまま寝ており,その後も事務室でCらの呼びかけに答えられない状況であったこと,老人ホーム甲からの送り出し後程なく判示第1のとおりの事故を引き起こし,死亡後に採取された血液から相当量の睡眠導入剤成分が検出されたことなどからすると,前後に睡眠導入剤の影響と認められる症状がありながら,この時点だけ上記のように行動できるというのは余りに不自然であって,到底信用できないと判断した(なお,Cが聞いたという,被告人がこの時点でAの頬を2回両手で叩いたという行為については,被告人がこの時点でもそうした行為に及んだ可能性もあるが,Lの上記検察官調書によると,物損事故直後の時点で被告人が同様の行為に及んでいた事実が認められ,被告人が,Aが車の運転に支障がないよう覚醒させた状態で送り出したことを強調したい余り,物損事故直後の時点でした行為を今し方したかのように発言した可能性も否定できないと判断し,この行為は認定しなかった。。)
3
殺人の実行行為性及び殺意の有無について



以上を基に,まず判示第1の事実について殺人の実行行為性を検討すると,被
告人の行為としては,普段から勤務先である老人ホーム甲から車で帰宅しており当日もその予定であったAに対し,密かに睡眠導入剤数錠を混入した飲料を飲ませ,その二,三時間後には,Aが不可解な発言をし始め,眠気を催し仮睡状態に陥り,さらに,老人ホーム甲駐車場からわずか約100mの地点で車を脱輪させるなどというかなりの物損事故を引き起こしていることや,事故現場や事務室においてなお強い眠気によって意識がはっきりせず寝たり起きたりの状態にある様子を目の当たりにしたにもかかわらず,睡眠導入剤の投与から五,六時間しか経たないうちに,そのような状態にある中で机にうつ伏せになって休んでいるAに対し,そのままAを寝かせて休ませておくとか,自分で又は誰か老人ホーム甲の同僚に車で送らせるとかいった代替手段をとらずに,車が走行可能である旨を告げてあえて起こし,バッグを渡して車で帰宅するよう老人ホーム甲から送り出したものと認められる。上記の行為は,後刻車を運転することが予定されている者に対し,睡眠を誘発する効果を有する睡眠導入剤を密かに,しかも,一般的な服用量以上に摂取させ,その効果がその者に生じていることが明らかな状況の下で,あえてその者を起こして車を運転するよう仕向けたものといえ,その因果として,その者が自身では認識していない睡眠導入剤の影響により,眠気を催して意識が混濁したり仮睡状態に陥ったりし,薬効であるためそれに抗うことができず,原因に思い当たらないまま運転を継続することで,周囲の状況を適切に把握しそれに的確に対処して運転操作をすることが困難となり,その者や巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含めあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高い行為というべきであるから,殺人罪の実行行為に該当するものと認められる。
次に,殺意の有無についても検討すると,被告人は,上記にみた殺人の実行行為性を基礎付ける事実関係のうち主要な部分の認識に欠けるところはなく,とりわけ,
上記のとおりのAによる物損事故の発生やその後の事故現場や事務室におけるAの様子を目の当たりにしたことにより,Aに実際に自ら摂取させた睡眠導入剤の影響による意識障害等を生じていて,それによる物損事故を起こし,その後もその意識障害等が解消していない状態であることを十分に認識したものと認められる。そして,被告人は,そのようなAが車を運転すれば,上記のような死亡事故を含めあらゆる事故を引き起こす危険性が現実的にも高まったことを認識しながら,あえてAが車を運転して帰宅するよう仕向けることにより,そのような危険の現実化に向けた行為に及んだものといえ,遅くともAを老人ホーム甲から送り出した時点では,死亡事故を含む交通事故を引き起こすかもしれないがそれでもやむを得ないという判示の未必的な殺意があったことが認められる。そして,後に車を運転することが確実に予定されている者に睡眠導入剤を密かに摂取させることは,その因果として,
上記のとおり死亡事故を含むあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高い行為である上,被告人がAに睡眠導入剤を摂取させた目的が被告人の述べる嫌がらせの限度にとどまるのであれば,物損事故を発生させた時点でその目的を達しているはずであるのに,被告人は,あえてAを起こして老人ホーム甲から送り出しており,当初から物損事故以上の事態を望んでいたと考えられること,しかも,判示第1の事実によるAの死亡後に後記のとおり殺人未遂罪が成立する,同様の行為である判示第2の行為に及んでいることに鑑みると,Aの死亡が被告人にとって予想外のものであったとは考えにくいことなどからすると,判示のとおり,Aに睡眠導入剤を摂取させた時点から未必の殺意があったものと認めるのが相当である。⑵

判示第2の事実についても殺人の実行行為性を検討すると,被告人の行為とし
ては,平成29年4月25日以降Cの勤務先である老人ホーム甲から車にCを乗せて帰宅しており当日もその予定であったDに対し,密かに睡眠導入剤合計数錠を混入した飲料を併せてCにも飲ませ,その約1時間後には,Dが眠気を催し仮睡状態に陥り,その後もDとCがともに意識がはっきりせずうつらうつらした状態にあるのを目の当たりにしたのに,
睡眠導入剤の投与から四,
五時間しか経たないうちに,
そのような状態で寝ているDとCに対し,上記⑴に記載したような代替手段をとらずに,帰宅時間である旨を告げてあえて起こし,車で帰宅するよう老人ホーム甲から送り出したものと認められる。上記の行為は,後刻車を運転することが予定されている者らに対し,睡眠導入剤を密かに,一般的な服用量をやや上回る可能性がある形で摂取させ,実際,その効果がその者らに生じている状況の下で,あえてその者らが同乗して車を運転するよう仕向けたものといえる。このような行為は,上記⑴のとおり,その者らが睡眠導入剤の影響により周囲の状況を適切に把握しそれに的確に対処して運転操作をすることが困難となり,その者らのみならず巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含めあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高い行為というべきであり,殺人罪の実行行為に該当するものと認められる。次に,殺意の有無についても検討すると,被告人は,既に検討した判示第1の犯行の結果から,睡眠導入剤の影響による意識障害等が生じている状況で車を運転すれば,その本人又は巻き込まれた第三者を死亡させる事故を含むあらゆる態様の事故を引き起こす危険性があることを現実のものとして認識していた。そのような被告人は,上記にみた殺人の実行行為性を基礎付ける事実関係のうち主要な部分の認識に欠けるところはなく,それどころか,公判廷において,うつらうつらして寝ているDを起こしたことを自認しており,Dらに実際に睡眠導入剤の影響による意識障害等が生じていることを十分に認識していたものと認められる。そのような認識の下で,D及びCに対し,密かに相当量の睡眠導入剤を摂取させるのみならず,その影響による意識障害等の状態にあるDらが車を運転して帰宅するように仕向けたといえるのであるから,被告人には,Dらに睡眠導入剤を密かに摂取させた時点から,死亡事故を含む交通事故を引き起こすかもしれないがそれでもやむを得ないという判示の未必的な殺意があったものと認められる。


これに対し,
弁護人は,
被告人の供述に沿うなどして,
判示第1の事実に関し,

①被告人は,自らの服用経験等からブロチゾラムの効果を過小評価していた上,Aに対して殺意を抱くような動機はなく,睡眠導入剤を摂取させた後のAに異常な言動はなかったから,既に覚醒したと判断していたので,殺人の故意はなかった,②被告人が摂取させた睡眠導入剤は3錠にとどまり,その程度の服用であれば日常行動で異常が生じたことはなかったし,Aが車で帰宅しようとしたのは睡眠導入剤の摂取から5時間以上が経過した時点であった上,Aの様子に異常もなく,事故現場まで約1.4kmは走行できていたことなどから,被告人の行為は,殺人の実行行為には該当しないと主張し,判示第2の事実に関し,③被告人は,ゾルピデムを服用した際,効果がなかったという経験を有していた上,DやCに対し殺意を抱くような動機はなく,ゾルピデム摂取後,Dに異常な言動もみられなかったことなどから,殺人の故意はなく,④被告人が摂取させた睡眠導入剤はDとCに対し合計3錠にとどまり,Dの運転開始時には既に効果の半減期を経過していた上,Dの様子に異常もなく,事故現場まで約4.7kmは走行できていたことなどから,被告人の行為は殺人の実行行為には該当しないと主張する。
そこでまず,被告人は睡眠導入剤の効果を過小評価していたとか,AやDらが既に覚醒しており,睡眠導入剤の効果は消失していると考えていたとかいった主張から検討するに,既にみたとおり,被告人が相当量の睡眠導入剤を密かに摂取させた後,AやDらに睡眠導入剤の影響によるものと認められる眠気,仮睡状態や意識障害といった症状が生じていたことは明らかであり,被告人もそうした様子のすべてかはおくとしても,上記⑴,⑵のとおり,その異常な言動や様子の主たる部分は十分に認識していたものと認められる。そして,睡眠導入剤を飲ませた張本人で准看護師として長年のキャリアを有する被告人が,そのようなAやDらの異常な言動や様子を自ら摂取させた睡眠導入剤の影響によるものと認識していなかったという事態はおよそ考え難く,時間が経過していることなどから,睡眠導入剤の効果は消失しており,Aらは覚醒していると考えたなどという被告人の供述も,上記2⑷に記載したとおり被告人がそう考えた根拠としている事実自体が認められないことも考えると,到底信用できない。また,自らの服薬経験をAやDらに当てはめて考えたとか,Aに睡眠導入剤を手交していた経緯等から同人に耐性があると考えていたとかいう点も,そもそも根拠に乏しいばかりか,現実にAやDらに生じた状況とも相容れない。この点に関する弁護人の主張は採用できない。
次に,動機に関する主張について検討するに,動機は,被告人が殺意を否認していることから詳らかでないところがあるが,被告人の供述によれば,上記1⑵のとおり,判示第1の事件前日に,HとCから被告人に,正看護師資格を有するGの知り合いを新たに老人ホーム甲に雇うことを検討しているという話があったことを受けて,Aが被告人を老人ホーム甲から排除しようとしていると感じ,これまで色々面倒をみてあげてきたのにという気持ちも相まって,
Aに対する反感を募らせた
(判
示第1),そして,CもAに同調していると考えるとともに,入所者のお金の管理に関する被告人のミスを指摘したり,自慢話をしたりしてくるCへの不満を感じていた上,夫であるDも被告人に挨拶をしないなど失礼であると考えた(判示第2)などというものであるところ,確定的殺意を強く抱くものとしてはやや薄弱であることは否めないものの,本件で被告人は,死亡事故を含むあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高いがそれもやむを得ないという認識を有していたものと認定するものであり,そのような認識と上記動機は矛盾するものではないから,動機に関する弁護人の主張も採用できない。
さらに,判示第1及び第2の事実について,A及びDは事故発生前に上記の各距離を運転できていた旨の弁護人の主張についても,上記⑴,⑵にみた,密かに睡眠導入剤を摂取させられての車の運転行為の危険性の評価を左右するものではない。加えて,
弁護人は,
判示第1及び第2の事実を殺人の実行行為と評価することは,
睡眠導入剤摂取後に車を運転して死傷事故を引き起こした場合に危険運転致死傷罪等が適用されていることと均衡を欠くとも主張するが,運転者が睡眠導入剤を自ら摂取した場合に比べ,本件のように密かに摂取させられた場合の運転行為の危険性は既にみたとおり明らかに高いから,その主張は採用できない。
以上によれば,弁護人の上記主張は採用できず,殺意がないとの被告人の供述も信用できない。
4
判示第1の事実に関する因果関係について
弁護人は,判示第1でAが自車をB運転車両に衝突させた際,A運転車両の前照
灯スイッチはオンであったのに点灯していなかった点を捉え,前照灯が点灯していればBがA運転車両にもっと早く気が付き,減速や停車の措置を講じて少なくともAが死亡する事故は回避できたはずであるから,被告人の行為とAの死亡との間には因果関係がないと主張する。
しかしながら,既に認定したとおり,Aは,被告人に密かに摂取させられた睡眠導入剤の影響により意識障害等が生じた状況で,被告人から帰宅するように仕向けられて車を運転し,自車を対向車線に進出させてB運転車両に衝突させる交通事故を起こし,傷害を負って死亡したのであるから,人を死亡させる事故を含めあらゆる態様の事故を引き起こす危険性の高い被告人の行為により,まさにその危険性が現実化してAの死亡という結果が生じたものと評価できるのであって,故障で前照灯が点灯していなかったとする事情は,事故の態様をやや深刻化させた可能性がないとはいえないもののAの死亡という結果発生への寄与は非常に小さいと認められる。そうすると,判示第1の事実において因果関係は当然に認められ,弁護人の主張は採用できない。
5
判示第3の事実の動機について
弁護人は,被告人が判示第3の事実でFに対する犯行に及んだ動機について,嫉
妬と評価するのは不適切であるなどと主張するところ,量刑上特に意味のある主張とは思われないが,当事者が争点として一応位置付けているのでなお検討すると,男性職員と親しげにしていたFの態度が気に食わず,仕事の邪魔であると感じたという被告人の供述を前提としても,判示のとおり,嫉妬や仕事の邪魔であるとの気持ちを動機として犯行に及んだものと考えるのが自然である。
6
結論
以上によれば,その他弁護人及び被告人の主張・指摘を考慮しても,判示第1の
事実につき殺人及び殺人未遂罪が,判示第2の事実につき殺人未遂罪がそれぞれ成立し,判示第3の事実につき判示の動機に基づく傷害罪が成立するものと認められる。
(量刑の理由)
1
本件は,准看護師資格を有する被告人が,①未必の殺意の下に,勤務先である
老人ホームの同僚に対し,密かに睡眠導入剤入りの飲み物を飲ませ,仮睡状態や意識障害等の急性薬物中毒の症状を生じさせた上で,同僚が車を運転して帰宅するよう仕向けたことにより,交通事故を引き起こさせ,よって,同僚を死亡させるとともに,交通事故の相手方にも傷害を負わせたという殺人殺人未遂,②上記①により同僚1名が死亡した事実を知りながら未必の殺意の下に,上記①と同様の行為により,別の同僚とその夫及び交通事故の相手方に対し,それぞれ傷害を負わせたという殺人未遂,③更に別の同僚に対し睡眠導入剤入りの飲み物を密かに飲ませ,同人に意識障害等を伴う急性薬物中毒の傷害を負わせたという傷害の事案である。2
まず,量刑判断の中心となる判示第1の殺人殺人未遂及び判示第2の殺人
遂の犯情について検討するに,被告人は,勤務先から車を運転して帰宅する予定である同僚やその夫に対し密かに睡眠導入剤を摂取させ,その者らに意識障害等が生じている状態を認識しながら,車を運転して帰宅するよう仕向けたものである。このような被告人の行為は,既にみたとおり,その者らや巻き込まれた第三者らを死亡させる事故を含めあらゆる態様の事故を引き起こす危険性が高いものである。また,密かに睡眠導入剤を摂取させて交通事故を引き起こさせるという態様は,死の結果を含む結果発生の直接の原因が交通事故となり,そこに自分は手を下さないという点で,さらには,被害者らが死亡するなどしなくても,結果として交通事故の加害者にされかねないという点で,
卑劣な態様というべきである。
同僚らとしては,
職場での飲み物にまさか睡眠導入剤が,しかも,健康を守るべき准看護師の職にある被告人から混入されるとは想像だにしないのであって,その点でも,周囲の信頼を裏切る悪質な犯行といえる。
判示第1の結果は,密かに睡眠導入剤を摂取させられて車を運転した同僚1名の死亡という重いものである。被害者は息子と共に自宅で通所サービスの仕事をする夢に向かって充実した人生を歩んでいたところ,准看護師である被告人から睡眠導入剤を密かに摂取させられているなどとは思いもせず,突如命を落としたものであり,その無念は察するに余りある。また,判示第2では,被害者となった同僚の負った傷害は,全治約1か月を要する両側肋骨骨折という重いものである。そして,判示第1及び第2のその他の被害者も突然本件被害に遭うことになったのであって,死亡した被害者の遺族を始め,被害者らが厳罰を望むのは当然のことである。もっとも,被告人の行った行為は,上記のとおりの危険性を有する行為ではあるものの,その行為の性質上,どのような結果が生じるかは事故の態様に係る面があり,死の結果が必ず確実に生じるとまではいえず,この意味で,被告人の殺意は,判示第1及び第2の事実とも,未必の殺意にとどまる。しかしながら,既にみたとおり,被告人は,判示第1の事実では,被害者が睡眠導入剤の影響下で現実に物損事故を引き起こしたことなどを知りながら,あえて車を運転して帰宅するように仕向けたものであり,死亡事故を含めあらゆる態様の事故を発生させてもやむを得ないと考えていたものといえ,このような行為に及んだ被告人の意思決定は,強い非難に値する。また,判示第2の事実では,判示第1の事実により被害者の1人が実際に死亡したことにより,密かに睡眠導入剤を摂取させた状態で車を運転させることが人の死亡する危険性が高いことを現実のものとして認識したにもかかわらず,再度同様の危険性の高い行為に及んでおり,事故を介するとはいえ人を死亡させてしまうかもしれないことへの躊躇がないこのような人格態度は,被告人の生命軽視の姿勢の表れとして,より厳しい非難を免れない。
さらに,動機は,詳らかでないところがあるものの,傷害の限度で罪を認める被告人の供述によっても,身勝手で自己中心的というほかなく,酌量の余地は全くない。
3
次に,判示第3の傷害についてみると,動機は,判示のとおり被害者の様子に
嫉妬するなどしたという身勝手なものであり,酌量の余地はない。被告人は,密かに睡眠導入剤入りの飲み物を被害者に摂取させて,約8時間にわたる意識障害等を伴う急性薬物中毒の傷害を負わせたものであり,意識障害等により転倒するなどのおそれも考えると,相当危険な態様であるといえる上,判示第1及び第2の事実と同様に同僚の信頼を裏切る犯行でもある。また,他の同僚が見ている前で被害者の飲み物に睡眠導入剤を混入させていることなどからすると,極めて大胆な態様であり,被告人の法を守ろうとする意識の鈍麻は著しいものといわざるを得ない。被害者は,普段から車で通勤していたことなどから,もしこの日も車を運転して帰宅していれば,自己又は第三者も含めて死亡するような事故を起こす危険があったとして恐怖や憤りを感じており,厳しい被害感情を抱いている。被害者はこの日は車を運転しておらず,傷害罪での起訴にとどまっていることから,その限度で考慮することとせざるを得ないものの,厳しい被害感情には無理からぬところがあるといえる。
4
以上の本件犯情を前提として,量刑上考慮すべき前科を有しない者が単独で殺
人を行った場合で処断罪と同一又は同種の罪の件数が2ないし4件の事案の量刑傾向を参考に,被告人の量刑を検討すると,その量刑傾向における有期懲役の上限付近の事案は,死亡した被害者の数が2人以上であるとか,殺意が確定的なものであるとかいった事案が多いが,本件は,殺人未遂及び傷害も含むと,被害者の数は6人に及ぶものの,死亡した被害者は1人であり,殺意も未必的なものにとどまるから,それらより軽い事案と考えられる。一方,本件において被告人は,判示第1の殺人等という一度の機会にとどまらず,その後にも判示第2の殺人未遂や判示第3の傷害を繰り返していることからすると,上記の量刑傾向の中では相当に重い事案と位置づけられるべきである。
その上で,被告人は,判示第1及び第2の事実につき,傷害の限度では事実関係を認めている上,判示第3の事実も,動機の点を除き事実を認めていること,これまで前科前歴がないこと,
夫が被告人を監督する旨の書面を提出していることなど,
被告人のために酌むべき事情も認められることから,これらの事情も総合考慮した上で,主文掲記の刑を定めたものである。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑:懲役30年)
(裁判長裁判官

坂田威一郎,裁判官

大野洋,裁判官

本田真理子)

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