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傷害被告事件
事件番号平成30(わ)198
事件名傷害被告事件
裁判年月日平成30年12月3日
裁判所名・部札幌地方裁判所
判示事項の要旨頭部をハンマーで殴打し,全治約2週間の傷害を負わせた行為について,正当防衛の成立が認められ,無罪となった事案
裁判日:西暦2018-12-03
情報公開日2019-01-16 12:00:11
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平成30年12月3日宣告
平成30年

198号
判決主文
被告人は無罪

第1


公訴事実及び争点

本件公訴事実は,被告人は,平成30年3月5日午後5時52分頃,札幌市a区b町c番地有限会社A北側所在の倉庫(以下「本件倉庫という。)内において,B(当時47歳。)に対し,同人の背後から頭部を手に持ったハンマーで数回殴打する暴行を加え,よって,同人に全治約2週間を要する頭部裂傷等の傷害を負わせた」というものである。
検察官は,前提となる事実関係として,Bの供述に依拠し,公訴事実のとおり被告人がBの頭部をハンマーで数回殴打する前に,Bは被告人の胸倉を掴んで手前に引き寄せる暴行を加えたものの,下記の弁護人が主張するような暴行は加えていないと主張する。その上で,B及び被告人のいずれの供述によっても,①被告人がBをハンマーで殴打した時点では被告人に対する急迫不正の侵害はなく,また,②その際の被告人とBとの位置関係等から被告人はBの行動を容易に回避することができる状態にあり,正当防衛が許容される状況にはなかったとして,正当防衛も過剰防衛も成立しない旨主張するとともに,予備的に,③被告人のBに対する行為は明らかに過剰な攻撃であって,防衛行為の相当性を欠き,過剰防衛が成立するにとどまると主張する。
これに対し,弁護人は,被告人がBの頭部に手に持ったハンマーを2回振り下ろし,そのうち1回が同人の後頭部に当たり,頭部裂傷の傷害を負わせたことは争わないが,
その余の事実は争うとともに,
被告人の行為は,
それに先立ちBから殴る,
蹴るなどの暴行を受ける中で,自己の生命・身体を守るためにやむを得ず行ったも
のであり,正当防衛として無罪であると主張する。
第2
1
事実関係について
平成30年3月4日(以下本件前日という。)までの経緯

以下の事実は,B及び被告人の各供述に概ね齟齬がなく,優に認定できる。⑴

Bと被告人とは平成11年頃に知り合った。Bは,被告人に対し,平成19
年12月頃から,複数回にわたって金を貸した。その後,元本と利息などを併せた被告人の返済総額は420万円になった。


その頃から本件に至るまでの間に,被告人は,約束した利息や元本の支払が
滞ったため,担保として差し入れるものとして,Bに対し,被告人の住居地である石狩市d区ef番地gの土地及び同f番地hの土地(以下eの土地という。)や本件倉庫及びその所在する土地(以下bの土地という。)などを提供した。また,被告人は,Bの依頼に応じて本件倉庫の修理や除雪等の作業を行うようにもなり,本件当日の頃には週4回はBの依頼で作業を行っていた。
Bは,被告人が約束した利息や元本の支払いをしないこと,被告人が担保として提供した土地の境界に関し隣地の所有者とトラブルになったこと,被告人がBの依頼で行っていた作業のスピードが遅かったことなどから,被告人に対して立腹することがあった。
平成30年3月頃になると,
Bは,
被告人が金を返済しないので,
被告人に対し,
eの土地の登記簿謄本,印鑑証明書,委任状を渡すよう要求するようになったが,被告人はこれに応じなかった。


平成30年3月4日,Bは,2回,被告人のいるeの土地に行った。1回目
に行った際に,Bは腹を立て,被告人の胸倉を掴み,右手で被告人の左胸(Bの供述)又は左肩(被告人の供述)を1回正拳突きした。
その後,Bはいったん自宅に帰ったが,2回目として再びeの土地に赴いた。その際,被告人が上記登記簿謄本等を出さなかったことから,Bは立腹し,被告人の胸倉を掴み,被告人の股間付近を1回膝蹴りした。

2
Bの供述内容

Bは,公判廷において,平成30年3月5日(以下本件当日という。)の状況について,概要以下のとおり供述する。


本件当日午後5時40分頃,
Bはbの土地に行き,
一度本件倉庫の中に入り,

中の状況を確認した。その後,Bは,本件倉庫の外に出て,被告人に依頼していた本件倉庫の三角屋根の修理の進捗状況を確認した。Bは塗装がされていなかったことから被告人の作業に不満を覚えた。
Bと被告人は本件倉庫の中に入り,Bは,被告人と話をし,上記登記簿謄本等を要求した。それに対して被告人は用意していない旨答えた。Bはこれに立腹し,被告人の襟元を掴んで手前に引き寄せたが,それ以上の暴行は加えず,手を離した。その後,Bは本件倉庫の外に出て,片付けなどの作業を行い,5分くらいして,再び本件倉庫の中に入った。この間,被告人も本件倉庫を出入りしていた。⑵

Bは,本件倉庫の右奥にあるストーブの前にしゃがみ込んで火がついている
かを確認した。そうしたところ,Bは突然左の側頭部に衝撃を感じた。この際,衝撃で左膝を地面についた。さらに2度目,3度目として,左の側頭部と左の肩に衝撃を受けた。Bが振り返ったところ,被告人がハンマー(以下本件ハンマーという。)を持って立っており,Bは被告人から本件ハンマーで殴打されたことを理解した。また,その際,被告人は殺してやると言っていた。


Bが一喝したところ,被告人は驚いて本件倉庫の外に逃げた。Bが2メート
ルほどの棒(パイプ)を持って追いかけたところ,被告人は本件ハンマーで自分の頭(前額部)を3回くらい殴っていた。
Bは,手に持った棒を置いて被告人を追いかけ,被告人に追いつき,右手で被告人の左肩辺りを1回正拳突きし,被告人が本件ハンマーを落としたところ,被告人の頭部をヘッドロックして取り押さえた。
Bはヘッドロックをしながら携帯電話で110番通報をしたが,ヘッドロックが外れ,被告人が逃げた。被告人は雪山に上って逃げようとしたが,Bが下りてこい
と言ったところ,被告人は雪山から下りた。そこで,Bは,再び被告人に1回正拳突きをし,ひるんだところでヘッドロックをし,被告人を地面に倒し,うつぶせの被告人の上に馬乗りになった。被告人がもう死にますからなどと発言したので,Bは被告人を仰向けにさせ,被告人が舌をかみ切らないように被告人の口に手を入れた。そうしているうちに警察官が来た。


その後,病院に行き,後ほど,頭部裂傷,肩打撲傷,左膝打撲傷の診断を受
けた。本件ハンマーで殴られた際に頭と肩は負傷し,また,左膝は殴られた際に地面について負傷したものである。
3
被告人の供述内容

被告人は,これに対し,本件当日の状況について,概要以下のとおり供述する。⑴

本件当日午後5時40分頃,被告人が本件倉庫で作業をしていたところにB
が来た。Bは本件倉庫の外の三角屋根の修理状況を確認し,被告人はBから塗装がされていないことを指摘された。


その後,被告人とBは本件倉庫の中に入り,ストーブの前でbの土地と隣地
との境界トラブルについての話をした。Bは被告人を強い口調で責め,被告人の襟首を掴み,左腕の肘辺りを殴った。その後,Bは右手で被告人の脇腹,おなか,胸を殴り,それから両肩を掴んで膝蹴りをし,太ももや膝,股間に当たった。殴る,蹴るの強さは手加減している感じはなく,強烈だった。
そして,Bは手を離し,被告人はうずくまった。Bが

今日はもう許さん。

ぼこぼこにする。

と言ったので,被告人は恐怖を感じた。Bが大きな声で罵りながらストーブの前に被告人に背を向けてしゃがみ込んでいたので,被告人は今反撃しないとやられると思い,うずくまった状態から近くにあったハンマー(本件ハンマー)を手に取り,Bの首目掛けて本件ハンマーを振り下ろした。本件ハンマーはBの頭部に当たり,Bは痛いと言って起き上がろうとした。被告人は効いてないと驚き,もう一度本件ハンマーを振り下ろした。2回目に振り下ろした際に当たったか避けられたかは覚えていない。



その後,
Bが起き上がり,
もみ合いになって,
二人とも本件倉庫の外に出た。

本件倉庫の外で,Bは被告人から離れて鉄パイプを持って構えて被告人に向かってきた。被告人は本件ハンマーをBの方に投げたが外れた。さらにもみ合いになるなどした後,被告人はBに馬乗りになられた。その状態で被告人はBから頭を路面に何度も打ち付けられ,額の傷はこの際に負ったと思う。また,Bは警察に電話をしていた。
4
供述の信用性について



Bの供述の信用性について


本件では,
被告人によるBに対する本件ハンマーでの殴打行為の回数,
内容,

それに先立つBの被告人に対する暴行の有無,内容が事実認定上の重要な争点であるが,これらを体験,見聞しているのはBと被告人のみで,両名の供述の間に大きな齟齬がみられること,Bと被告人との間には上記本件前日までの経緯からして経済的,感情的な対立があったと窺われることから,Bの供述の信用性を検討するにあたっては,客観的証拠との整合性,供述の自然性,合理性,変遷の有無,理由等を吟味し,反対仮説となる被告人の供述を排斥し得る信用性があるかを慎重に判断する必要がある。

客観的証拠との整合性
Bの負傷状況についてみると,Bの頭部には左側頭部と後頭部の2か所に頭
部裂傷の傷害が認められ,その位置関係からすれば,被告人がBの頭部を少なくとも2回本件ハンマーで殴打したと推認される。もっとも,被告人は本件ハンマーを2回振り下ろしたことを認め,1回目はBの頭部に当たったが,2回目は当たったか避けられたか覚えていないと供述しているのであって,このBの頭部の傷と被告人の供述とを整合的に理解することも可能である。他方,Bは被告人から本件ハンマーで3回殴打された旨供述しているところ,3回殴打されたとするBの供述と整合的に理解することも可能であるが,それを積極的に裏付けているものとまではいえない。

Bは本件後に肩打撲傷,左膝打撲傷とも診断されているが,これらは痛みを訴えるBの申立てのみに基づき,虚偽の可能性もある中,Bの申立てを考慮して診断されたというものであり,Bの供述の信用性を外部的に支えるものとはいえない。被告人の負傷状況についてみると,本件後に被告人の前額部には出血を伴う挫裂創が認められるが,この傷は,医師によって,挫裂創の亀裂の範囲が狭く,金槌でピンポイントで皮膚に穴が開くのは難しい,挫裂創の周りには多数の表皮剥奪が認められることから,転倒した際に地面に前額部をぶつけ,砂利か何か硬いもので受傷したと考えるのが自然であるとされている。そうすると,被告人の前額部の傷は,Bの供述(被告人が自ら本件ハンマーで自分の頭(前額部)を殴っていた旨)よりもむしろ被告人の供述
(馬乗りになられた際にBから頭を地面に打ち付けられ,
その時に生じたと思う旨)と整合的であるとみるのが自然である。この点,検察官は,Bの供述によっても,被告人が自ら前額部を本件ハンマーで殴打する場合,手加減することが大いに考えられるから,実際には被告人の前額部に本件ハンマーによる傷が生じず,かつ,Bが被告人に馬乗りになって制圧する際などに被告人が地面に前額部をぶつけて挫裂創を負ったと考えれば,Bの供述と矛盾するものではない旨主張する。しかしながら,Bは被告人が本件ハンマーで前額部を殴打して自殺をしようとしていると思った旨述べる一方,それ以外の場面で被告人の前額部に傷が生じる要因となる事項を供述しておらず,そのようなBの供述の解釈,評価としては不自然といわざるを得ない。
本件後の被告人の頭部以外の身体には,左肘に皮膚変色,両膝に赤らみが認められ,それ以外の場所(頸部,胸部,腹部)には明確な負傷は認められないところ,写真をみた医師によれば,左肘の皮膚変色は,肘で防御するのは不自然であるため殴られたり蹴られたりして出来たとは考えにくく,逃走時等にどこかにぶつけて受傷したと考えるのが自然であり,両膝には傷は確認できないとされている。これらはBの供述
(被告人の胸倉を掴んで引き寄せたが,
それ以外の暴行はしていない旨)
と整合的に理解することができるものである。もっとも,被告人はBから左肘,脇
腹,おなか,胸を殴られ,太もも,股間,膝を膝蹴りされた旨供述しているところ,まず左肘については,上記医師は,殴打されたとして生じ得る傷であることを前提とした上,左肘という部位を殴ったり蹴ったりすることや殴られたり,蹴られたりするのを左肘という部位で防御することは不自然であるという前提で逃走時等にぶつけて受傷したと考えるのが自然と述べているが,左肘を殴ったり,蹴ったり,左肘で防御したりすることが不自然という前提には疑問があり(なお,この点は一般的な経験則に係る事項であり,医師の専門的判断を否定することになるものではない。),同医師の見解を前提としても被告人が供述するように左肘を殴られた際の受傷とみて整合的と考えられる。膝には明確な傷はないとしても赤らみはみられたのであるし,それ以外の部位については,被告人は本件当日多数の衣類(上半身は半そで,長そで,トレーナー,ジャンパー2枚,下半身はパンツ,タイツ,ズボン,防寒ズボン2枚)を着用していたというのであり(被告人が本件倉庫の外で作業していたことや時期を踏まえると不自然なものではない。),被告人が強い攻撃を受けたとしても明確な痕跡が残らないということも考えられる。そうすると,被告人の頭部以外の負傷状況は被告人の供述と整合しないとまではいえない。この他,検察官は,本件後に雪山の上に被告人のダウンジャケットが遺留されていたことが,被告人が雪山に逃げた旨のBの供述と符合するとも主張するが,被告人も本件倉庫の外に出てもみ合ったことなどを供述しているのであり,Bの供述を強く支えるものとはいえない。
以上の検討によれば,被告人の供述に比してBの供述が信用できるといえるほどBの供述を支える客観的証拠との整合性があるとはいいがたい。被告人の前額部の負傷状況はBの供述よりも被告人の供述にむしろ整合的でもある。ウ
供述内容の自然性,合理性

検察官は,
Bは本件前日に2度にわたって被告人に立腹して暴行を加えているが,いずれも胸倉を掴んで1回殴る(1回目)又は1回蹴る(2回目)という程度のものであったこと,本件当日もBがそれまで以上に殊更腹を立てる事情があったわけ
ではないことからすると,Bが供述するように被告人の胸倉を掴んで手前に引き寄せる程度の暴行にとどまったというのは自然であると主張する。しかしながら,前日の暴行と比べるのであれば,弁護人が主張するように,本件当日胸倉を掴んだ後引き寄せただけで殴る,
蹴るに出ていないというのはむしろ不自然とも考えられる。
いずれにせよ,検察官の指摘はBの供述の信用性を高めるものとはいえない。Bは,被告人が本件倉庫の外に逃走した後,自ら頭(前額部)を本件ハンマーで叩いていたと供述する。検察官は,この点に関するBの供述は本件直後から一貫しているし,実際に見ていないのに想像で話せるような内容とはいいがたいと主張する。しかしながら,本件直後の段階で,被告人の前額部から出血があったことは客観的に明らかであり,Bにおいてもその原因について何かしら説明を求められることは十分予想できるところであり,そのような中実際に見ていなければ供述し得ないような内容のものとはいえない。また,Bを本件ハンマーで殴打した被告人がBから一喝されて追いかけられる中で本件ハンマーで自ら頭を叩いて自殺を図る行動に出るというのは,およそ考えられない行動とまではいえないとしても,突飛なものであり,内容自体不自然さは否めないところである。なお,この点に関するBの供述が客観的証拠と整合的でないと考えるのが自然であることは上記のとおりである。

供述の変遷及びその理由

Bは公判廷において,本件当日は立腹して被告人の胸倉を掴んで手前に引き寄せる暴行を加えたことを供述している。この点,Bは,捜査段階の当初,刑事から被告人に暴力などを振るっていないか聞かれたのに対し,本件当日に被告人に暴力を振るったことは一切ない旨述べていたが
(平成30年3月17日段階。,
)その後,
襟首を掴むということが暴力であるという認識がなかったためそのように話したが,それも暴力であるというなら襟首を掴む暴力を振るったことは間違いない,それ以外の暴力は振るっていない旨供述するに至っている
(平成30年3月19日段階。。

これについては,本件における重要部分に変遷があるというべきであるし,その
変遷の理由として説明するところも必ずしも合理的,説得的とはいえず,Bにおいて自己の暴力について過小に述べようとする意思があったことをうかがわせるものと考えられる。

小括

以上によれば,Bの供述は,被告人の供述に比して信用性が高いといえるような客観的証拠との整合性はなく,
むしろ被告人の供述の方が整合的と考えられる点
(被
告人の前額部の負傷状況)もある。供述内容の自然性,合理性という点からもBの供述の信用性を高いとみるべきものはなく,むしろ不自然さが残るものを含んでいる。また,重要な部分に合理的,説得的とはいえない変遷もみられる。したがって,Bの供述に反対仮説となる被告人の供述を排斥し得るほどの信用性が認められるとはいえない。


被告人の供述の信用性について


客観的証拠との整合性

検察官は本件後の被告人の身体に被告人の供述するBからの暴行に見合う痕跡が残っておらず,客観的証拠と整合しないと主張する。しかしながら,上記検討のとおり,被告人の前額部にあった挫裂創は被告人の供述と整合的である。頭部以外の身体についても,左肘に皮膚変色が認められ,上記検討のとおり左肘を殴ることが不自然とはいえない以上,被告人の供述と整合的と考えられる上,膝には赤らみが見られたのであるし,それ以外の部位についても被告人が本件当日に着用していたという衣類を考えれば,明確な痕跡が残っていないからといって,被告人の供述と整合しないとまではいえない。

供述内容の自然性,合理性

検察官は,本件前日2回にわたりBは被告人に対し立腹したが,1回目は胸倉を掴んで1回殴る暴行,2回目は胸倉を掴み1回蹴る暴行を加えた程度でとどまっているにもかかわらず,本件当日は本件前日より殊更Bの怒りをかき立てるような事情もなかったのにBが立腹して胸倉を掴み被告人の供述するような激しい暴行に出
たのは唐突で不自然である,Bは被告人に借金等の返済を求め,担保としていたbの土地の登記簿謄本等を要求していたのであり,被告人に激しい暴行を加えて被告人を今後の返済ができないような状況にする理由はない,と主張する。しかしながら,前日の暴行と比べてそれ以上の暴行に出ることが不自然であるとはいえず,また,理屈で考えて激しい暴行に出る理由はないとしても,実際に怒りなどから激しい暴行に出ることは十分あり得るのであって,被告人の供述が不自然であるといえるものではない。
検察官は,被告人の供述によっても,本件前日までにBが被告人に加えた暴行の程度やBが被告人に対して一度暴行を止めた後更に暴行に出たことはなかったことからすると,本件当日,被告人が供述する暴行を受けた後,Bがストーブの前にしゃがんで,被告人もその行動はストーブに何かを入れようとしているとしか思わなかったのであれば,さらに暴行を受けると思ったというのは不自然であると主張する。しかしながら,被告人は,本件当日はそれ以前と異なり最初から暴行の程度は強かった上,Bはストーブの前にしゃがみ込んだとはいえ,

今日はもう許さん。


ぼこぼこにする。

などと言っていたことから,更に暴行を受けるかもしれないと思った旨供述しているのであって,その供述内容自体に不自然性,不合理性があるとはいえない。検察官は,被告人が本件ハンマーを手に取る前の心境として逃げることはできないと思ったと述べる点も不自然であると主張するが,下記のとおり被告人が回避行動に出ることが容易な状況にあったとはいい難いことに照らせば,これも不自然なものではない。
なお,検察官は,被告人が反撃しなければ更に暴行を受けると思ったと緊急状態に直面した旨を述べる一方で,本件ハンマーを振り下ろす際にはBが死亡しないよう首を狙った,手加減もしたと述べるのは,緊急状態に直面した者の心理,行動として不自然であると主張する。この点,被告人は首を狙った点は気絶させようとしたと述べており,緊急状態下での心理,行動として不自然ではないし,手加減したという点は後から何度も思い出して考える中で当時の心境として手加減をしたと思
うに至ったと述べていると理解されるものであり,当時の被告人が意識的に手加減しようと考えていたかは疑問も残るが,自己の行動を振り返る者の供述として不自然,不合理とまでいえるものではない。

供述の変遷及びその理由

検察官は,被告人の供述の変遷として,被告人がBの暴行を受けてから本件ハンマーで反撃するまでの時間について,捜査段階では1分から2分うずくまっていたと述べていたのに,公判ではすぐに反撃したと供述している点,本件ハンマーを振り下ろした際の力加減について,捜査段階では手加減した記憶もなければ,思い切りやったという記憶もないと述べていたのに,公判では手加減したと供述する点を指摘するとともに,捜査段階では本件前日にBからeの土地の登記簿謄本等を要求された話や暴行を受けた話はしていなかった点について自己に不都合な事情を話していなかったものと指摘している。
しかしながら,本件ハンマーで反撃するまでの時間については,結局のところ短時間である上,いずれも感覚的なものを述べているものに過ぎないといえるし,捜査段階でも正確な時間は分からないという前提の下で1分か2分という数字を出していると窺われ,変遷といえるほどのものとはいい難く,仮にニュアンスが異なっているとみても供述の根幹にかかわるようなものともいえない。力加減の点は,反撃しなければやられると思った者の心理としては,手加減したとも思い切りやったともいえないという方が合理的とは思われるが,上記のとおり,自己の行動を後から振り返る者の供述として公判供述も理解できるのであって,供述の根幹にかかわるような変遷とはいえない。なお,本件前日のことについて話をしていなかったと指摘する点は,本件前日にBから暴行を受けたことやその程度,それに至る理由が被告人に不都合な事情であるという前提がそもそも採用し難い。

小括

以上によれば,被告人の供述には,その合理性を否定し得るほどの客観的証拠との不整合や,内容の不自然性,不合理性,不合理な供述の変遷は見られない。した
がって,本件当日の事実経過が概ね被告人の供述するとおりであったという合理的可能性が認められるところである。
5
認定できる事実

Bの供述を事実認定に用いることはできず,その他の証拠関係から検討すると,Bの頭部には2か所の頭部裂傷が存在すること,被告人自身本件ハンマーをBの頭部付近
(被告人は首をめがけたと述べる。に2回振り下ろしたと述べていること,)
被告人は2回目が当たったか避けられたかは分からないと述べているが,2回目も当たったことをはっきりと否定するものではないこと,これ以外に2か所の頭部裂傷の要因が見当たらないことから,本件公訴事実については,被告人がBの背後から頭部を手に持った本件ハンマーで2回殴打する暴行を加え,よって,同人に全治約2週間を要する頭部裂傷の傷害を負わせたという限度で,事実を認定することができる。
なお,本件公訴事実の傷害結果のうち肩打撲傷と左膝打撲傷は,Bがその旨診断された証拠はあるが,その根拠はBの申立てのみであり,Bの供述を採用しない以上,認定できるものではない。
第3
1
正当防衛の成否について
急迫不正の侵害について

上記検討を前提とすれば,被告人がBの頭部を本件ハンマーで2回殴打する前の状況として,被告人が供述するように,Bが被告人の襟首を掴み,左腕の肘辺りを殴り,さらに脇腹,腹,胸を殴り,それから両肩を掴んで膝蹴りをし,太もも,膝,股間に当てる暴行を加えたこと,その後,Bが手を離し,被告人がその場にうずくまったこと,Bがストーブの前にしゃがみ込んで大きな声で

今日はもう許さん。

ぼこぼこにする。

と言ったことという経緯があったことは否定できない。検察官は,被告人の供述を前提としても,Bは被告人に背を向けてストーブの前にしゃがみ込んでおり,被告人に危害を加える状況になかったことや,捜査段階で被告人はBから暴行を受けて1分,2分程度うずくまっていたと述べていることか
ら,被告人が本件ハンマーでBの頭部を殴打した時点では被告人に対する急迫不正の侵害はなかったと主張する。しかしながら,厳密な時間経過を確定することはできず,現実に1分,2分という時間経過があったとまでは認められない上,いずれにせよ短時間であり,
また,
Bは被告人に背を向けてしゃがみ込んでいたとはいえ,

今日はもう許さん。

ぼこぼこにする。

と言っていたというのであるから,さらなる攻撃の意思を示していたとみることができ,急迫不正の侵害が終了していたとみることはできない。また,検察官は,被告人はBより本件倉庫の出口に近い位置にいたことから,本件倉庫を出てBのさらなる攻撃を回避することが容易にできる状況にあり,本件倉庫内にとどまる相当性はなかったとも主張するが,被告人がBから上記の暴行を受け,その衝撃でうずくまったこと,被告人の方が本件倉庫の出口に近かったとはいえ,
Bも被告人のほぼ目の前におり,
近い位置にいたこと,
Bは被告人に背を向けてしゃがんでいたとはいえ,被告人が本件倉庫から逃げるような行動に出ればそれに気づくことは十分に考えられることからすると,被告人が本件倉庫から出て回避行動に出ることが容易な状況にあったとはいい難く,刑法36条の趣旨に照らして防衛行為に出ることが許容されない状況にあったとはいえない。
したがって,被告人に対する急迫不正の侵害の存在は認められ,被告人がBの頭部を本件ハンマーで殴打したのはそれに対する防衛行為であったというべきである(なお,防衛の意思を否定する事情はなく,これも認められる。)。2
防衛行為の相当性について

検察官は,被告人の供述を前提としても,Bからの被告人に対する暴行は被告人の身体に痕跡を残さない程度の殴る,蹴るというものであり,これに対し,被告人は背中を向けてしゃがみ込んで無防備なBの頭部を本件ハンマーという金属製の凶器(重量1.2キログラム)で2回殴るという行為に出たのであり,明らかに過剰な攻撃で防衛行為としての相当性を欠くと主張する。
これに対し,弁護人は,一見すると武器対等の原則に反するようにも見えるが,
被告人とBとの年齢差,体格差からすれば,被告人がBの侵害行為を素手で回避することは不可能であり,たまたま目の前にあった本件ハンマーを用いたとしても過剰とはいえないと主張する。
検討するに,まず,Bからの被告人に対する暴行の程度については,被告人の左肘には皮膚変色が認められ(これがBの殴打による可能性が否定できないことは既に検討したとおりである。),骨折等の傷害までは生じていないとはいえ強度のものであったとみることができるし,被告人の膝に赤らみが認められ,それ以外の部位には明確な痕跡はなかったところであるが,これも既に検討したとおり,被告人が多数の衣類を着用していたということを考えると,被告人の身体に明確な痕跡が残っていなかったことをもって,Bからの被告人に対する暴行が激しくなかったということはできず,また,Bが被告人に背を向けてしゃがみ込んだとはいえ,さらに

今日はもう許さん。

ぼこぼこにする。

と言っていたということも考えると,Bの被告人に対する暴行がさらに継続する可能性もあった。
これに対し,被告人は先端が金属製で重量1.2キログラムの本件ハンマーを用いて反撃をしている。もっとも,Bが47歳,身長180センチメートル程度,体重80キログラム程度に対し,被告人が76歳,身長約157センチメートル,体重約51.2キログラムと年齢,体格に大きな差があることからすると,被告人が武器を利用せずに有効な反撃をすることは,Bが被告人に背を向けてしゃがみ込んでいる状況を利用したとしても困難であったことは容易に想定できる。被告人が手にした本件ハンマーは,先端が金属製で重量も1.2キログラムのものであるが,金属性とはいっても刃物や,鋭利なものといった小さな力でも致命傷を負わせる可能性があるものではなく,その硬さ,重さ,振り回しやすさといった点で,それを用いるものの打撃力を量的に増大させるものであり,もともと相対的にBに劣る被告人の力を補うものとして相当性を逸脱するものとは断じがたい。しゃがみ込んでいるBに対して背後から殴打に及んだ点も,他に有効かつ合理的な反撃のタイミングがあったかは疑問があり,必ずしも相当性を逸脱しているとはいいがたい。頭部
を2回殴打した点は,
確かに危険なものであったというべきである。
しかしながら,
実際にBが負った傷害は全治約2週間の頭部裂傷で,骨折等には至っていないところ,これは被告人とBとの年齢,体格の差からもともと被告人の力が劣っていたことによるものと考える余地が十分あり(被告人が意識的に手加減したか否かにかかわらず,そのように考える余地がある。),そのことを考えると著しく法益の均衡を欠いているとまではいえず,また,より危険性の低い方法として中途半端にBの四肢等の人体の枢要部以外の部分を殴打するなどしても,Bの暴行を止められないばかりか,
かえってBの怒りを増す事態になることも十分想定されるのであるから,Bの暴行を止めさせるための反撃行為として不相当とは断定しがたい(実際,被告人がBの頭部を殴った後の状況として,Bの怒りを招き,逃走を試みるも追いつかれて馬乗りになられ,頭部を路面に打ち付けられるなどした経緯があることからすると,被告人の反撃行為はBからの侵害を排除するのに十分なものでなかったと考える余地もある。)。なお,2回殴打している点も,1回目の殴打に対してBは痛いと言いながら起き上がろうとし,被告人はそれを見て効いていないと感じたというのであり,Bがその前にさらなる攻撃の意思を示していたとみられることからすると,
1回の殴打のみで急迫不正の侵害を回避するに十分であったとも断じがたい。このように被告人がBの頭部を背後から本件ハンマーで2回殴打した行為は,確かに危険なものではあるが,これを過剰防衛として処罰すると,結局他に有効な反撃方法がなく,被告人にBからの急迫不正の侵害を受忍することを余儀なくさせる結果となり,刑法36条の趣旨に照らし不当な結論を招くことになるといわざるを得ない。
したがって,被告人の反撃が過剰であったとはいえず,なお相当性を有していたというべきである。
第4

結論

以上のとおり,被告人の行為には正当防衛が成立するというべきであり,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

(求刑

懲役1年6月)
平成30年12月3日
札幌地方裁判所刑事第1部

裁判官

平手
健太郎

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