判例検索β > 平成30年(わ)第329号
現住建造物等放火被告事件
事件番号平成30(わ)329
事件名現住建造物等放火被告事件
裁判年月日平成30年10月12日
裁判所名・部札幌地方裁判所
判示事項の要旨被告人が,同じ共同住宅の住民への嫌がらせ目的で,自室に火をつけた現住建造物等放火被告事件で,弁護人が心神耗弱を主張したが,その主張を排斥して完全責任能力を認め,被告人に懲役6年を言い渡した事例
裁判日:西暦2018-10-12
情報公開日2018-11-27 12:00:10
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主文
被告人を懲役6年に処する
未決勾留日数中50日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,札幌市a区bc条d丁目e番f号所在の共同住宅G(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建,床面積合計138.5平方メートル)の1階2号室に居住していたものであるが,同共同住宅の居住者等との間で,生活音等を巡ってトラブルが複数回あり,また,これらの者から嫌がらせを受けていると感じて,いら立ちを募らせていたところ,平成30年2月11日未明,2階の居住者らが大きな音を立てていると思ったことから,煙を立ててこれらの者に嫌がらせをしようと考え,同日午前2時20分頃から同日午前2時40分頃までの間に,Hら3名が現に住居に使用し,かつ,前記Hら4名が現在していた前記Gの1階2号室内の当時の被告人方寝室において,灯油を畳にまいた上,その上に布団を置き,同布団にライターで点火して放火し,その火を同室内の床及び壁等に燃え移らせ,よって,同室の床及び壁等を焼損(焼損面積合計約19平方メートル)したものである。(証拠の標目)略

(累犯前科)
1
事実
平成28年11月22日東京簡易裁判所宣告
窃盗の罪により懲役1年
平成29年11月1日刑執行終了

2
証拠

(法令の適用)
罰刑累条種犯の選加
刑法108条


有期懲役刑を選択


刑法56条1項,57条(刑法14条2項の
制限内で再犯の加重)

未決勾留日数の算入

刑法21条

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(争点に対する判断)
弁護人は,本件犯行当時,被告人は軽度精神遅滞及び飲酒の影響により,物事の善悪を判断する能力,又はその判断に従って自分の行動を決める能力が著しく低下していたとして,心神耗弱の状態にあったと主張する。そこで,当裁判所が,被告人に完全責任能力を認めた理由を説明する。
1
前提となる事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
被告人は,平成29年11月に刑務所を出所した後,G(以下本件アパートという。)の1階3号室に入居したが,同年末に本件アパートで発生した火災の影響で1階2号室に転居した。
その後,被告人は,他の居住者等との間で,生活音や除雪時の対応について複数回のトラブルが起きたことなどから,嫌がらせを受けていると感じるようになった。そこで,被告人は,上記火災の経験から,火事を起こせば煙によって他の居住者らに嫌がらせをすることができるなどと考えるようになった。
被告人は,平成30年2月10日,自室や外出先で缶チューハイを合計10本ほど飲酒し,翌11日午前0時頃に徒歩で帰宅した。被告人は,同日午前0時過ぎ頃から,2階の居住者らが大きな音を立てていると思い,これを止めさせるために,自室の冷蔵庫等を倒すなどして大きな音を立てた。しかし,2階からの音が鳴りやまなかったため,被告人は,煙を立てて嫌がらせをしようと考え,寝室の畳の上に灯油をまいた。その後,被告人は,部屋を出るために下着等をかばんに詰めたり,部屋を荒らしたことはまずかったと考えて畳の上に布団を置いたりした。そして,被告人は,ベッドに腰かけて放火するかどうかをしばらく迷った挙句,結局,ライターで布団に火をつけることとし,2回点火に失敗したものの,3回目の点火で布団が燃えた。
被告人は火がついたのを確認してから自室を出て,間もなく帰宅したが,炎が燃え上がっているのを見て,大変なことをしたと思い,そのまま逃走した。その後,被告人は,警察署に出頭する踏ん切りがつかなかったものの,生活費がなくなったため,同月24日,警察署に出頭した。
2
I医師の供述の信用性
被告人の精神鑑定を行ったI医師(以下I医師という。)は,被告人に
は,軽度精神遅滞があり,その影響により,他の居住者らとの関係等について適切に状況が把握できずにストレスをため,本件犯行当時,一時的に被害妄想及び聴覚過敏の症状が出ていたほか,飲酒により単純酩酊の状態にあったとし,本件犯行には,軽度精神遅滞を原因とする被害妄想及び聴覚過敏が影響したほか,被告人が元来有していた衝動性の高さや反社会的気質等も影響し,飲酒酩酊により生じる気が大きくなって抑制が効かなくなるという一般的な作用も影響したと考えられる旨供述している。
I医師の上記供述は,同医師の経験や能力,鑑定の手法や判断内容などに照らし,十分信用できる。なお,I医師の供述を前提としても,軽度精神遅滞は,責任能力に影響を与える精神障害に該当すると認められる。
3
本件犯行時の被告人の責任能力の程度
I医師の供述によれば,本件犯行には,被告人の軽度精神遅滞が一定の影響を与えてはいたものの,他方で,被告人が元来有している衝動性の高さなども影響していたと認められ,飲酒の程度は単純酩酊にとどまり,気が大きくなるなどの一般的な影響を超えるものではなかったと認められる。次に,本件犯行前後の被告人の行動をみると,被告人は2階からの物音をやめさせるために,以前から考えていた嫌がらせの方法として,自室に火をつけて煙を立てようと考えて灯油をまき,布団に3回にわたって点火を試みている。また,被告人は,火をつける前に放火するかどうかを迷ってしばらく考えたり,自室には住めなくなるものと考え,下着など生活に必要なものをかばんに詰めて準備するなど,自らの置かれた状況を理解し,放火した後のことも考えて行動している。さらに,本件犯行後,長期の服役に怖気づいて出頭しなかったことも併せ考えると,被告人は,放火という犯罪行為の意味を十分に理解していたと認められる。
以上によれば,被告人の軽度精神遅滞及び飲酒酩酊の本件犯行への影響は大きいものではなく,本件犯行時,被告人は,物事の善悪を判断する能力やその判断に従って自分の行動を決める能力が著しく低下していなかったと認められる。
(量刑の理由)
被告人は,未明に,4名の居住者らが就寝していた木造の本件アパートにおいて,自室に灯油をまいて放火に及んでおり,このような行為は,本件アパートを全焼させ,居住者らの生命や身体を害する危険が高かったといえ,極めて悪質なものである。
その結果,被告人の自室だけでなく本件アパートの外壁も燃え,多額の財産的被害を生じさせた。また,居住者らは身の危険を感じただけでなく,その後の生活にも影響を受けたのであって,被害結果は重大である。
さらに,被告人は,煙を立てて2階の居住者らへ嫌がらせをするという身勝手な理由から本件犯行に及んでおり,強く非難される。確かに,被告人は,軽度精神遅滞の影響により,他の居住者らとの関係等について適切に状況が把握できずにストレスをため,そのことなどが本件犯行の一因となっている。もっとも,前記のとおり,その影響はそれほど大きいものではなかったと認められることからすると,この点を大きく考慮することはできない。
以上に加え,被告人は多数回服役してきており,本件は前刑出所後わずか3か月半で行われたことも併せて考えると,被告人の刑事責任は重く,長期間の実刑を科すべきである。
そこで,被告人が本件犯行を認め,居住者らに謝罪の言葉を述べていること,弁護人により,社会復帰後に被告人が立ち直るための環境が一定程度整えられたことなどの事情も踏まえ,主文の刑期を定めた。
(求刑

懲役7年)

平成30年10月12日
札幌地方裁判所刑事第2部

裁判長裁判官

中桐圭
裁判官

結城
真一郎

裁判官

川口寧一
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