判例検索β > 平成29年(わ)第471号
過失運転致死傷被告事件
事件番号平成29(わ)471
事件名過失運転致死傷被告事件
裁判年月日平成30年3月19日
裁判所名・部大津地方裁判所
裁判日:西暦2018-03-19
情報公開日2019-02-02 12:52:04
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
主文
被告人を禁錮2年8月に処する
理由
【犯罪事実】
被告人は,平成29年11月21日午前10時55分頃,大型貨物自動車を運転し,滋賀県犬上郡a町b高速道路下り線cキロポスト付近の第1車両通行帯を北方から南方に向かい進行するに当たり,前方左右を注視し,進路の安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,左手に持ったスマートフォンの画面に脇見し,アプリケーションソフトの閲覧や入力操作に気を取られるなどして前方左右を注視せず,進路の安全を確認しないまま漫然と時速約80キロメートルで進行した過失により,折から渋滞のため減速進行中ないし停止中のA(当時44歳)運転の普通乗用自動車を前方約2.6メートルの地点に初めて発見し,急制動の措置を講じたが間に合わず,同車に自車を追突させ,前記A運転車両を前方に押し出し,同車をその前方で減速進行中の準中型貨物自動車に,同車をその前方で減速進行中のB(当時23歳)運転の普通貨物自動車に,同車をその前方に停止中のC(当時27歳)運転の普通乗用自動車に順次追突させた上,前記B運転車両を道路左側のガードレールに,前記準中型貨物自動車を前記C運転車両にそれぞれ更に衝突させ,よって,前記Aに頭蓋内損傷の傷害を負わせ,その頃,同所において,同人を前記傷害により死亡させたほか,別紙一覧表記載のとおり,前記Bら4名にそれぞれ傷害を負わせた。
【法令の適用】
・罰条
(Aに対する)過失運転致死の点は,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条本文
B,D,C,Eに対する各過失運転致傷の点は,いずれも自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律5条本文

・科刑上の一罪の処理
刑法54条1項前段,10条(一罪として最も犯情の重い〔Aに対する〕過失運転致死罪の刑で処断)
・刑種の選択

禁錮刑を選択(処断刑は,1月以上7年以下の禁錮)

・訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

【量刑の理由】
本件は,大型貨物自動車を運転する被告人が,高速道路上において,スマートフォンのアプリケーションソフト(以下,単にアプリという。)の閲覧・操作等に気をとられ,進路の安全を確認して進行すべき自動車運転上の注意義務に違反して多重交通事故を起こし,1名を死亡させ,4名に傷害を負わせた過失運転致死傷の事案である。
被告人は,高速道路上において大型貨物自動車を運転していたのであるから,脇見をすることのないようにして,特に前方を注視して慎重に進行すべきであった。それにもかかわらず,被告人は,左手に持ったスマートフォンを起動し,画面をタッチしてたち上げたドライブ計画用アプリに出発地を入力する操作等を行った上,同スマートフォンを床上に落としてこれを拾おうとするなどして,約10秒間も前方の注視を怠り,渋滞により減速進行中ないし停止中であった被害者A運転車両に自車を追突させて本件事故を引き起こした。時速約80キロメートルという被告人運転車両の速度,スマートフォン(機器本体の寸法:縦約15.8センチメートル,横約7.8センチメートル)の小さい画面に意識を集中しており,前方注視がほぼ完全に疎かになっている態様や前方不注視時間の長さ,進路の見通しが良かったにもかかわらず(甲4の写真

等参照),被告人が実際に被害者A運転車両の約

2.6メートル手前という差し迫った時点に至るまで渋滞に気付かなかったことに照らすと,本件前方注視義務違反は,自動車運転者としての基本的な注意義務に違反したことはいうに及ばず,被告人が通常の過失態様を逸脱する運転をしたと評価すべきであって,犯行態様の危険性は著しく高い。他方,被害者Aを始めとする各
被害者には何ら落ち度がない。以上の点は,被告人の刑の重さを検討するに当たって最も重要視すべき犯情事実である。進路前方に渋滞があることを事前に確定的に認識していたことや,前記アプリ操作の理由が,兵庫県加古川市の荷受先へのおおよその到着時刻の検索であって走行中にこれを行う緊急の必要性もなかったことから,いわゆるスマホながら運転という,本件実行行為に直結する行為を選択した被告人の意識決定に対する非難の程度も相当に高いというべきである。このような本件犯行自体の危険性の著しい高さを中核として,本件犯行に直結する行為の意思決定に対する非難の程度の高さにも照らすと,被告人が閲覧等していたアプリがゲーム用やエンターテイメント用のアプリではなく,一定の実用性のあるアプリである点を,被告人に有利に斟酌することは適切ではない。そして,本件犯行により被害者Aの生命が奪われており,生じた結果は重大である。この点も,被告人の刑の重さを決めるに当たってある程度重要視すべき犯情事実である。当時44歳の被害者Aは,妻と未成年の2人の息子,実父と暮らし,約20年勤続する会社においてグループリーダーとして信頼を得て平穏な日々を過ごしていたところ,業務による移動中に突如として本件被害に遭い,人生半ばでこの世を去らなければならなかった。その受けた激しい肉体的苦痛は想像を絶するものがあるし,恐怖感や無念さといった精神的苦痛は察するに余りある。妻を始めとする遺族の悲嘆は大きく,当然ながら,妻は,被告人に対する厳重な処罰を希望している。
以上の点に加え,被告人が本件公判以前に遺族に対してとったきた慰謝の措置が,謝罪の手紙の受領を1度打診したに止まり,不誠実であるとまではいえないものの,遺族の日常生活に与えた影響等について想像力を働かせて共感し,その心情に十分に寄り添ったものとはいい難く,十分な努力ではなかったと思われる点もごくわずかに踏まえると,被告人の刑事責任は重い。
犯した犯罪行為にふさわしい刑罰を科すという行為責任主義の観点から,過失運転致死傷罪が過失犯であることを前提とし,後記被告人のために斟酌すべき事情を
最大限考慮しても,一般的に見て,スマホながら運転は,過失運転致死傷の各類型中において,スマートフォンの小さい画面における手指による比較的細密な動作に意識を集中する必要があり(車載のカーナビゲーションや,旧来の携帯電話機のボタン操作と異なり,手探りや指の触感で操作目的を達成することが難しく,画面の視認が不可欠となる特徴があり,意識を相当程度集中する必要がある。),自動車運転者としての通常の過失態様を逸脱する危険な態様であるといえる。その上で,本件犯行態様に即応して具体的に検討すると,前方に渋滞が発生していることを電光掲示板で認識していた点,高速道路上を時速約80キロメートルで走行中,前方注視を約10秒間,200メートル以上もの距離にわたりほぼ完全に怠っている点などに照らして,前記スマホながら運転の社会的類型の中でも量刑がやや重い部類に属すると考えられる。以上の点からすると,本件において,被告人に対してその刑の執行を猶予する余地はなく,被告人を実刑に処することが不可避であるはもとより,科す禁錮刑も相当長期間とすることが相当である。そうすると,検察官の禁錮2年の求刑は,前記のとおりのスマホながら運転という社会的類型の一般的危険性や,その類型中での本件犯行自体の危険性を過小評価し,このような類型が一定数出現する以前の従来の過失運転致死傷の量刑傾向を前提とし,これに捉われたものと評価でき,軽すぎると考える。当裁判所は,スマホながら運転が比較的新しい過失運転致死傷の社会的類型の1つであることに鑑み,スマホながら運転又はこれに類する過失運転致死傷ないしこれを含む罪に係る平成27年以降の公刊物登載裁判例につき(その代表的なものは,名古屋地方裁判所平成29年5月11日判決・裁判所HP,判例秘書登載及びその控訴審である名古屋高等裁判所平成29年9月26日判決・裁判所HP,判例秘書登載であり,同高裁判決は,平成30年1月25日,最高裁判所においても維持されている。),事案ごとの特徴や各判決が重視した量刑事情を整理して慎重に検討した上で,そのように(すなわち,禁錮刑を相当長期間とすることが相当であると)判断した。

続いて,被告人のために斟酌すべき事情について検討を進めると,被告人は,事実を認めて反省の態度を示し,公判廷において被害者A及び遺族に対するお詫びの言葉を述べている。また,被告人の元勤務先会社が加入していた自動車損害共済により,被害者Aの遺族及び他の被害者に対し,保険金が支払われたり示談が成立したりするなどして,適正な賠償が実現する見込みはある。以上の点は,被告人のためにそれなりに斟酌すべき一般情状事実である。被告人に前科がなく,当然ながら,正式裁判を受けるのも今回が初めてであって,これまで社会に適合して生活してきた者である点や,姉及び犯行当時の勤務先の上司が被告人の更生に協力すると証言している点,被告人の両親の年齢や健康状態も踏まえ,被告人に対して科す禁錮刑は,主文の刑期とすることが相当である。
(検察官の求刑
意見

禁錮2年,被害者参加人Fの科刑意見

懲役4年,弁護人の科刑

執行猶予付き判決)
平成30年3月19日
大津地方裁判所刑事部

裁判官

今井輝幸l
'

別紙
一覧表
番号

受傷者

年齢
(当時)

傷害の程度

傷害
乗車区分

1
23歳

加療約2週間

両下腿打撲傷等

運転者

2D
29歳

加療約2週間

両下腿打撲傷等

B連転車両の同乗者

3C
27歳

加療約10日間

頸部挫傷.

運転者

4しBE
26歳

加療約10日間

頸部挫傷

C運転車両の同乗者

トップに戻る

saiban.in