判例検索β > 平成28年(ネ)第4616号
事件番号平成28(ネ)4616
裁判年月日平成29年9月29日
裁判所名・部東京高等裁判所
裁判日:西暦2017-09-29
情報公開日2019-02-02 13:01:03
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主文1
本件控訴をいずれも棄却する

2
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由

第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人らに対し,それぞれ1万円及びこれに対する控訴人A,同B及び同Cについては平成27年11月28日から,その余の控訴人らについては平成27年6月17日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。第2事案の概要
1本件は,控訴人らが,全国紙の新聞社である被控訴人に対し,被控訴人が,①自ら発刊する朝日新聞の13回にわたる記事において旧日本軍が若い女性を従軍慰安婦として戦場に強制連行し性奴隷として従事させたという虚報を掲載したことにより,②その後上記各記事が誤報であると認識したにもかかわらず,これを訂正することなく放置したことにより,日本国及び日本国民の国際的評価は著しく低下し,日本国民である控訴人らの国民的人格権・名誉権が著しく侵害された,③上記のとおり,真実報道義務に反して一連の報道を行ったことにより,また一連の報道が誤りであるとして訂正する義務を負っているにもかかわらず,これを果たさなかったことにより,日本国民である控訴人らの知る権利が害されたとして,民法723条に基づき謝罪広告の掲載を求めるとともに,民法709条に基づき,
これらによって控訴人らが被った損害に対する慰謝料として1人当たり1万円及びこれに対する不法行為の後の日である訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却する判決をしたので,控訴人らが控訴に及んだ。なお,不服申立ての範囲は,慰謝料請求を棄却した部分に限定されており,謝罪広告の掲載請求を棄却した部分については控訴されていない。2前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲証拠又は弁論の全趣旨により明らかに認めることができる。


控訴人らのうち大多数の者は日本国籍を有し日本国内に居住する自然人であるが,うち数人は日本国外に居住している。



被控訴人は,発行部数約700万部の日刊の全国紙朝日新聞を発行する新聞社である。



被控訴人は,昭和57年9月2日から平成6年1月25日までの間に,合計13回,原判決添付の別紙記事目録1ないし13記載の各年月日発行の新聞の紙面に,同記載の各記事(以下本件記事1などといい,総称する場合には本件各記事という。
)を掲載した。



被控訴人は,平成26年8月5日,朝日新聞朝刊において,本件記事1ないし12に掲載された慰安婦の強制連行に関する済州島で慰安婦を強制連行したとする亡X氏の証言(以下X証言という。)は虚偽であると判断し,記
事を取り消す旨を掲載するとともに,同年12月23日,朝日新聞朝刊において,本件記事13について慰安婦とは別のものである女子挺身隊を慰安婦を指す言葉と混同して誤用したこと,同記事で証言した女性はだまされて慰安婦とされたのであり
連行
された事実はないことを認め,
女子挺身隊の名で戦場に連行されとした部分は誤りとして,おわびして訂正する旨を掲載した(乙1,5)




控訴人A,同B及び同Cは,平成27年3月25日に訴えを提起し,訴状は同年11月27日に被控訴人に送達された。その余の控訴人らは,同年1月26日に訴えを提起し,訴状は同年6月16日に被控訴人に送達された。
3争点


控訴人らに対する権利侵害の有無

国民的人格権・名誉権の侵害の有無
本件各記事を掲載した点について
本件各記事を訂正しなかった点について


知る権利の侵害の有無



故意・過失の有無



損害及び因果関係



除斥期間の適用の有無

4争点に関する当事者の主張


控訴人らに対する権利侵害の有無

国民的人格権・名誉権の侵害の有無
本件各記事を掲載した点について
【控訴人らの主張】
本件記事1ないし12は,
旧日本軍が朝鮮半島等において多くの女性
を慰安婦として強制連行したというX証言を,
何ら裏付け取材すること
なく報道してきたものであり,また,
女子挺身隊とは,国家総動員体
制のもとで軍需工場などに動員された女学生達のことで慰安婦とは全くの別物であるのに,本件記事13は,
女子挺身隊と慰安婦を混
同したものである。これらの虚報は多くの海外メディアにより転電され,これにより,第二次世界大戦時の日本軍は,アジア各国において多くの女性を強制連行し,性奴隷として扱った等と世界各国に誤解されることとなり,旧日本軍将兵らはもとより,控訴人らを含む日本国民は,筆舌に尽くし難い屈辱を現在でも受けている。これにより,日本国民である控訴人らの国民的人格権・名誉権は著しく毀損された。
本件各記事は,本件各記事によって従軍慰安婦問題が周知されたこと,その内容が従軍慰安婦に関するエピソードを詳細かつ具体的に記述し読み手に従軍慰安婦問題が存在したことを信用させる内容であることからして,事実の摘示をする記事であることは明らかである。集団的名誉毀損については,原則として構成員は不法行為の対象とならないとされているが,その集団を構成する個々人の人格的尊厳と密接に結び付き,その中核を形成しているアイデンティティに関わる事実が虚偽の報道によって不当に貶められたり,誤った風評となって個々の生活に具体的な損害を生じさせたような場合には,不法行為責任を免責する理由はない。
被控訴人は,
本件各記事の掲載とこれを訂正
することなく放置することによって,慰安婦問題に関する誤解と偏見に基づく国際世論を形成,定着させ,日本人は,20万人以上の朝鮮人女性を組織的に強制連行して性奴隷として酷使する20世紀最大級の残虐な人権侵害を行い,
しかもこれを認めず,
度重なる国際世論からの
勧告にも従わず,被害者に対する補償も,関係者の処罰も,歴史教育も行わない無責任な民族ないし人種であるという不名誉極まりない烙印を押されるに至った。この烙印が日本人としてのアイデンティティを自らの人格的生存の中核においてきた控訴人らの尊厳を傷つけ,国際社会における客観的評価を低下せしめてきたのであるから,被控訴人は,控訴人ら個々人の社会から受ける客観的評価を低下させ国民的人格権・名誉権を侵害したものとして,控訴人らに対し,不法行為責任を負う。
【被控訴人の主張】
否認ないし争う。
本件各記事によって控訴人らの社会的評価は低下したとはいえず,控訴人らの名誉は毀損されていない。
朝日新聞の本件各記事は,控訴人らが慰安婦を強制連行したとしたものではないし,本件各記事は,慰安婦を強制連行したとのX証言を紹介したものであり,
あるいは慰安婦が女子挺身隊員の名で動員されたかの
印象を与えるものであるとしても,現在から70年以上も前の戦時下の事実についての報道であり,これによって現在の日本国民一般の社会的評価が低下するとはいえないし,いわんや控訴人ら個々人の社会的評価が低下するとは到底いえない。
本件各記事を訂正しなかった点について
【控訴人らの主張】
新聞社は,新聞記事に誤報があったと発覚したときには,その誤報を訂正する義務を負うべきものである。
被控訴人が加盟する一般社団法人
日本新聞協会の新聞倫理綱領には,

報道を誤ったときはすみやかに訂正し,正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは,反論の機会を提供するなど,適切な措置を講じる。

と定められている。産経新聞は,
平成4年4月30日,
X証言を疑問視する記事を掲載し,
その後,
それに呼応する形で週刊誌などもX証言が創作である旨報じる
ようになっていた。また,被控訴人は,平成26年8月の検証記事において,平成5年以降,慰安婦と挺身隊を混同しないよう努めてきたなどと報道している。すなわち,被控訴人は,平成5年1月当時には,慰安婦と挺身隊の混同を認識していたのである。
したがって,被控訴人は,平成5年1月には,X証言を取り消し,挺身隊と慰安婦の混同を訂正すべき義務を負っていた。にもかかわらず,被控訴人は,上記誤報訂正義務を尽くすことなく放置し,これにより国際社会における日本の客観的評価を低下せしめたのであり,この点について被控訴人には不法行為が成立する。
【被控訴人の主張】
被控訴人が一般社団法人日本新聞協会に加盟していること,同協会の新聞倫理綱領の内容は認めるが,その余は否認又は争う。
X証言に関する報道について,被控訴人が個々の購読者や国民に対し,法的に訂正義務を負うことはない。挺身隊と慰安婦の混同についての訂正義務についても同様である。

知る権利の侵害の有無

【控訴人らの主張】
国民の知る権利は,民主主義の根幹であり,最も重要な権利の一つである。今日の新聞等のマスメディアには,国民の知る権利を支え,権利の行使を代行するという社会的役割が求められている。マスメディアの社会に対する影響力が絶大であることから,ひとたび事実が報道されれば,その事実は真実のものとして受け取られ流布されることとなる。したがって,新聞等のマスメディアは真実を報道する義務を負い,仮に新聞等のマスメディアが誤った報道をした場合にはできる限り早期に誤りを訂正する法的義務が生じるというべきであり,これらの義務を果たさない場合には,国民の知る権利を侵害するものとして違法である。
被控訴人は,
発行部数700万部のマスメディアと呼ぶにふさわしい新
聞社であり,前記⑴ア

のとおり虚偽の報道を繰り返したことは,真

実報道義務に反し,国民の知る権利を侵害する。また,前記⑴
記載の

とおり,
遅くとも平成5年1月の時点でX証言を疑問視する記事が報じら
れ,被控訴人は,当然に同記事の存在を認識していたのであるから,その時点でX証言にかかる報道が真実であるか否か検証する義務が生じていた。にもかかわらず,被控訴人が慰安婦報道に関する総括的な検証記事を発表したのは平成9年3月31日になってからであり,その検証記事の内容は,
X証言の真偽は確認できないという不十分でかつ内容的にも誤ったものであった。なお,前記⑴ア

記載の慰安婦と挺身隊の混同記事につい

ては,その訂正義務を果たすことはなかった。
このように,被控訴人は,昭和57年9月2日以降,真実報道義務に反して一連の報道を行ったことにより国民の知る権利を害し,遅くとも平成5年1月の時点で,誤りを訂正する義務を負っていたにもかかわらず,平成26年までこれを放置しており,同年の一部訂正後はその訂正義務を果たさないことによっても,国民の知る権利を害している。
そして,本件各記事の悪質性,数十年にわたる対応の悪質性及び被害の広汎性からして,
国民一般の知る権利の侵害として特別に被控訴人の法的
責任が認められるべきである。
【被控訴人の主張】
否認ないし争う。
国民の知る権利が主張されることがあるが,これは国民が国政について知る自由が妨げられないという,主権者としての権利を指すものである。また,報道機関はこの国民の知る権利に奉仕するものであると指摘されることがあるが,これは報道機関の機能について述べるもので,報道機関に対し国民に情報を提供する法的義務があるとするものでは全くない。したがって,報道機関が誤った報道をした場合に,国民に対し訂正する法的義務があるとはいえない。


故意・過失の有無

【控訴人らの主張】
被控訴人が掲載した本件各記事は,全くの裏付取材をしない虚構の報道であり,
ほとんど故意に近いというべきであり,
少なくとも重過失があるこ
とは明らかである。
【被控訴人の主張】
否認ないし争う。
本件各記事の掲載が控訴人らの法的に保護されるべき権利を侵害する加害行為とはいえないことから,故意・過失もない。


損害及び因果関係

【控訴人らの主張】
朝日新聞の一連の虚報は,多くの海外メディアにより転電され,
日本軍に組織的に強制連行された慰安婦というねじ曲げられた歴史を国際社会に広汎に拡散させ,戦後70年を経た現在も,わが国がことさら激しい故なき非難を浴びる原因になっている。
国連人権委員会は,平成8年にクマラスワミ報告を採択したが,同報告の中核となっているのは,日本軍が国家総動員法のもとで若い女性達を女子挺身隊として強制連行し,性奴隷として働かせたという内容であり,本件各記事の存在がその報告内容の根拠となっており,また,前記⑴
の被控

訴人による誤報訂正義務が果たされていれば,同報告が国連人権委員会で採択されることはなく,
これを引き継いだ平成10年の国連マクドゥーガル報
告書が国連委員会に提出されることも,平成19年にアメリカ合衆国下院決議121号が可決されることも,世界各地で慰安婦の碑や慰安婦像が設置されることもなかったはずである。
なお,
被控訴人は,
1990年代米紙ニューヨークタイムズと提携してお
り,朝日新聞に掲載された本件各記事がニューヨークタイムズ等の海外マスメディアに引用ないし転載されることを被控訴人は容易に認識し得たのであるから,ニューヨークタイムズ等に掲載された慰安婦問題に関する誤報についても,被控訴人は共同不法行為責任を負うべきである。また,被控訴人が朝日新聞の記事をニューヨークタイムズ社に配信又は提供するものではないとしても,ニューヨークタイムズの記事が朝日新聞の記事に強い影響を受けていることは周知の事実である。
以上の経緯を経て,
日本国民は,
世界各国から集団強姦犯人の子孫である
等と濡れ衣を着せられ,
その結果,
控訴人らを含む日本国民の国際的評価は
著しく低下した。被控訴人の控訴人らに対する上記権利侵害行為により控訴人らが被った精神的苦痛に対する賠償として,
被控訴人は,
控訴人ら1人
に対して少なくとも各1万円の慰謝料を支払うべき義務がある。
【被控訴人の主張】
否認又は争う。
なお,前記クマラスワミ報告は,多数の被害者等の証言や資料に基づくものであり,本件各記事中のX証言を根拠としているものではなく,亡X氏の著書私の戦争犯罪朝鮮人強制連行を根拠とするものである。前記国連
マクドゥーガル報告書が国連の委員会に提出されたことも,平成19年にアメリカ合衆国下院決議121号が可決されたことも,慰安婦の碑や像が設置されたことも,本件各記事によるとはいえない。
被控訴人とニューヨークタイムズ社との提携は,被控訴人がニューヨークタイムズ紙の記事を使用することができるというものであり,被控訴人がその記事をニューヨークタイムズ社に配信又は提供するものではないから,ニューヨークタイムズ紙への本件各記事の掲載により,被控訴人が同社と共同不法行為責任を負うことはない。


除斥期間の適用の有無

【控訴人らの主張】
被控訴人は,
昭和57年以降,
X証言及び挺身隊混同記事等一連の虚報を
発し続け,
平成26年検証記事において同記事が虚偽であったと認め,
取り
消した後も虚報を訂正する義務を怠っているのであり,被控訴人の控訴人らに対する加害行為は現在も日々継続してなされているから,除斥期間の経過は認められない。
また,本件に除斥期間を形式的に適用することは,著しく正義に反し,本件における除斥期間の主張は権利濫用である。
したがって,
本件は民法724条後段の場合に該当せず,
除斥期間の適用
はない。
【被控訴人の主張】
被控訴人が控訴人らに対し名誉毀損等の加害行為を行ったことがないことは,
既に主張したとおりであり,
加害行為が日々継続していることはない。
本件訴えが20年の除斥期間経過後に提起されたことは明らかである。不法行為による請求権は,
当事者の援用を要せずに除斥期間の経過により当然
に消滅するものであり,除斥期間に関する当事者の主張が権利濫用となる余地は全くない。
5当審における控訴人らの新たな主張


被控訴人は,本件各記事の虚報を日本語の本紙では取り消しているが,英語版においては依然として報道を続けている。
すなわち,
朝日新聞の英語版は平成28年1月に入ってから同年2月8日ま
でに慰安婦関連で14本の記事を書いているが,うち12本には強制売春の説明が繰り返されている。
すなわち,
慰安婦の説明について,
forcedtoprovidesexという表現を常用することで,強制連行があったという印象を現在でも海外でばらまき続けており,被控訴人のこのような行為が,海外における反日活動を助長し,海外在住の日本人に多大なストレスを生じさせ続けている。在外邦人は,身の危険を感じながらこれらの活動と闘い続けている。このような在外邦人の被害と被控訴人の報道との間には相当因果関係がある。


日本国外に居住している日本人の中には,朝日新聞の虚報により具体的な嫌がらせを受けているものも少なくない。
例えば,
控訴人Aは,
オーストラリア在住の在外邦人であるが,
その居住地
の近隣のストラスフィールド市の在オーストラリア韓国人が中心となって慰安婦像設置運動が起きた際,控訴人Aが中心となって設置反対運動を行い設置を止めることができたが,そのため,控訴人Aは,嫌がらせ電話を受けたり,
不審者が同人宅の近所に出没したため,
大きなストレスを感じ,
家族にも
用心をさせたり,
車で送迎したりさせられた。
このような被害は,
本件各記事
と相当因果関係があり,被控訴人は,これにより被った精神的損害に対して責任がある。
6当審における控訴人らの新たな主張に対する被控訴人の反論


控訴人らが指摘する記事中にあるforcedtoprovidesexという表現が強制連行や性奴隷であることを示すものでないことは明らかである。


仮に海外在住日本人が嫌がらせを受けたとしても,その原因は,当該嫌がらせ等をした個人にあるのであって,本件各記事に起因するものとはいえないことは明らかである。

第3争点に対する判断
1争点(1)ア

ついて

控訴人らは,本件各記事により,控訴人らの国民的人格権・名誉権が侵害されたと主張し,
これを被控訴人の控訴人らに対する不法行為における権利侵害と主張している。
ところで,不法行為の被侵害利益としての名誉(民法710条,723条)とは,人の品性,徳行,名声信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価のことであり,名誉毀損とは,この客観的な社会的評価を低下させる行為をいうと解される(最高裁判所昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁,同平成9年5月27日第3小法廷判決・民集51巻5号2024頁)。
そこで,本件各記事が,控訴人らの客観的な社会的評価を低下させたか否かを以下検討するに,
被控訴人が朝日新聞に掲載したことについて当事者間に争いが
ない本件各記事は,第二次世界大戦時の旧日本軍が,朝鮮半島等において多くの女性を慰安婦として強制連行し性的サービスに従事させたこと,にもかかわらず日本政府はこの問題に対して実態を明らかにするなどの真摯な対応をしていないことを内容とするものである。控訴人らは,本件各記事のうち上記内容の摘示が控訴人らの人格権たる名誉権を侵害したと主張しているものと解される。なお,控訴人らは,国民的人格権の侵害との表現を用いているものの,その性質及び内容は人格権としての名誉権の侵害(あるいは名誉毀損)と異なるものではないと解される。
上述したように,人格権たる名誉権の侵害とは,人の客観的な社会的評価を低下させる行為をいうのであり,その評価が名誉権侵害を主張する特定の個々人の社会的評価であることは,
私法上の権利侵害の救済を図ることを目的とする不法
行為の成否判断において当然の前提というべきである。しかるところ,本件各記事には,
控訴人ら自身やその関係者やその行為等を直接又は間接に対象としたと認められる記載は一切ない。記載されているのは,第二次世界大戦終結前の旧日本軍の非人道的行為及び戦後の日本政府がこれに対して補償等真摯な対応をしていないことを指摘する内容であり,控訴人らは,日本人であるという以外に本件各記事の対象との間に何らの関係も認められないのであるから,仮に旧日本軍という集団及び日本政府が本件各記事により国際的非難を受けその評価が低下した事実があったとしても,控訴人らを対象とした記事であるということはできず,
本件各記事によって控訴人ら個々人についての社会的評価が低下すると認めることはできない。
控訴人らは,集団的名誉毀損が,集団を構成する個々人の人格的尊厳と密接に結び付き,
その中核を形成しているアイデンティティに関わる事実が虚偽の報道によって貶められるような場合には,個々人に対する不法行為責任が生じるとした上で,本件各記事は,日本人としてのアイデンティティを自らの人格的生存の中核においてきた控訴人らの尊厳を傷つけ,国際社会における控訴人ら個々人の社会的評価を低下させた旨主張する。本件各記事の内容からして,日本人であることに誇りを持つ控訴人らが,その自尊感情を傷つけられたと感じたであろう可能性は否定できないとしても,
これにより控訴人ら個々人の客観的な社会的評価
たる名誉が毀損されたとまで認めることはできない。よって,控訴人らの上記主張は採用できない。
また,控訴人らは,本件各記事により誤った風評が流布し控訴人ら個々人の生活に具体的な損害が生じたような場合には,控訴人ら個々人に対する名誉毀損も成立する旨主張し,当審において,その一例として,控訴人Aは,朝日新聞の虚報により現実に前記のとおり嫌がらせ等を受けて精神的損害を被った旨主張する。しかし,仮に本件各記事により慰安婦問題に関して控訴人らが主張するような国際世論が形成,定着し,日本人に対する否定的評価に基づき海外在住の控訴人らが嫌がらせ等を受けたとしても,それは,嫌がらせ等を行った当該行為者の意思形成,思想形成の問題であり,当該行為者自身が責任を問われるべき問題であって,
当該行為者が本件各記事を読んで日本人に対する否定的評価を持ったとしても,
本件各記事が控訴人ら個々人の名誉権等を侵害するものということはできない。よって,控訴人らの上記主張も採用できない。
以上によれば,本件各記事の掲載により控訴人らの国民的人格権・名誉権が侵害されたとの主張には理由がない。
2争点(1)

について

控訴人らは,
新聞記事に誤報があった場合にはその誤報を訂正すべき義務があ
るとした上で,
本件各記事が誤報又は訂正すべきものであることを覚知しながら
これを尽くさなかった被控訴人の不作為は,それ自体で控訴人らの国際社会における客観的評価を低下させたものとして不法行為となる旨主張する。しかし,控訴人らが言及する新聞倫理綱領が,その制定主体である一般社団法人日本新聞協会に属する被控訴人においてこれを遵守し尊重すべき行動指針であるとしても,これをもって,一般国民に対して誤報を訂正すべき法的義務,換言するならば,
訂正を怠ったり遅滞したときに広く一般国民に対する法的責任が
発生することを基礎付けるものとはいえない。そして,他に被控訴人が控訴人らを含む国民一般に対して誤報等を訂正すべき法的義務があることを基礎付ける法令上の根拠は存在しない。
なお,誤った報道により人の名誉,信用を毀損した場合には,その行為が不法行為とならない場合でも,訂正記事等により報道された者の失われた名誉,信用をできる限り回復すべき措置をとるべきであるとはいえる(東京高等裁判所昭和54年3月12日判決・判例時報924号55頁参照)
。しかし,本件において
は,前記1で述べたとおり,本件各記事が控訴人らの国民的人格権・名誉権を侵害したとはいえないのであるから,控訴人らとの関係で本件各記事の訂正義務を負うことにはならない。
また,新聞記事による名誉毀損にあっては,これを掲載した新聞が発行され,読者がこれを閲読し得る状態になった時点で,事実を摘示された人の客観的評価が低下するのであるから,
その時点で名誉権侵害とこれによる損害は発生してい
ることになるのであり(最高裁判所平成9年5月27日第3小法廷判決・民集51巻5号2024頁)
,その時点で不法行為が成立する以上,その後に訂正記事
が掲載された場合は損害の消滅・減額事由となり,訂正記事が掲載されなかった場合には損害の増額事由となり得るとしても,
特段の事由がない限り記事の訂正
をしなかったことが独自の不法行為とはならないと解すべきところ,本件において特段の事由があるとは認められない。
3争点⑴イについて
控訴人らは,真実報道義務に反して,本件各記事をもって一連の報道を行ったことにより,
また本件各記事の虚報について訂正義務を果たさなかったことによって,国民の知る権利を侵害したと主張する。
一般に,報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するにつき,重要な判断の資料を提供し,国民の知る権利に奉仕するものであるから,事実の報道の自由は,表現の自由を規定した憲法21条の保障のもとにあるとされているところであり(最高裁判所昭和44年11月26日大法廷決定・刑集23巻11号1490頁参照)
,その意味で,国民の知る権利は十分に尊重
されなければならない。しかし,国民の知る権利は,本来表現の自由,報道の自由と表裏一体をなすものであり,
その権利の性質等からすると,
国民一般が,
当該報道機関との間の個別の関係を前提とせずに,私企業である報道機関に対し,知る権利を根拠として,真実の報道を求めたり,誤った報道の訂正を求める私法上の作為を請求する権利や法的利益を有するとは解されないから,報道機関が誤った報道をしたり,誤報を訂正しなかったことのみから,一般国民に対する不法行為責任が発生するとは認められない。
したがって,被控訴人が本件各記事を掲載したこと,更には,本件各記事の訂正をしないことが,控訴人ら個々人の知る権利を侵害しているとする控訴人らの主張は採用できない。
4小括
以上のとおり,
被控訴人が控訴人ら個々人に対する権利を侵害したものとは認
められないから,争点⑵(故意・過失の有無)及び争点⑶(損害及び因果関係)について検討するまでもなく,控訴人らの請求には理由がない。
5争点⑷について
前記判示のとおり,控訴人らの請求にはいずれも理由がないから,除斥期間の経過等についての判断は本来必要ではないが,
当事者間でその経過等が争われて
いることに鑑み,この点についても必要な限度で判断を示すこととする。⑴

前記前提事実によれば,本件各記事13本は,昭和57年9月2日から平成6年1月25日までの間に朝日新聞の紙面に掲載されたものであるところ,控訴人らが訴えを提起したのは平成27年1月26日及び同年3月25日であることが認められる。そうすると,本件各記事の最終掲載日から20年以上が経過した後に訴えが提起されたことになる。



民法724条後段は,
不法行為の時から20年を経過した時には当該不法行
為による損害賠償請求権は消滅すると規定し,この規定は不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図して除斥期間を定めたものと解される(最高裁判所平成元年12月21日第1小法廷判決・民集43巻12号2209頁)。



前記2で述べたとおり,新聞記事による名誉毀損は,記事を掲載した新聞が発行され読者がこれを閲読し得る状態になった時点で権利侵害と損害発生が認められて不法行為が成立し,その後に当該記事の訂正を行わなかったこと自体は,損害の増額事由等となることはあっても,特段の事由がない限り,その不作為自体が独立の不法行為とはならないと解すべきであるところ,本件において特段の事由は認められない。
よって,控訴人らの被控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は,民法724条後段により,仮に発生していたとしても20年の除斥期間の経過により消滅したというべきである。


控訴人らは,被控訴人による加害行為は現在も継続しているから除斥期間
の規定の適用はない旨主張するが,加害行為が継続しているとの主張の根拠は結局訂正義務を果たしてないという点に尽きるところ,
記事掲載後に当該記事
を訂正しないことが独自の不法行為とならないことは前述のとおりであるから,控訴人らの上記主張は採用できない。


さらに,控訴人らは,本件除斥期間を適用することは権利濫用である旨主張するが,民法724条後段の20年の期間は,被害者の主張がなくても,その期間の経過により請求権が消滅したものと判断すべきものであるから(前掲最高裁判所平成元年12月21日判決参照)
,控訴人らの権利濫用の主張には理
由がない。

6当審における控訴人らの主張について
なお,控訴人らは,当審において,朝日新聞の英語版が,平成28年に入ってから同年2月8日までの間に,
慰安婦
の説明として
forcedtoprovidesex
という英文を用いた報道を繰り返している旨を主張しており,被控訴人も控訴人らが主張する朝日新聞英語版を英語ニュースサイト上に掲載した事実は認めている。
控訴人らの上記主張は,
これらの記事が被控訴人による新たな不法行為に当た
るとするものではなく,
被控訴人が本件各記事を平成26年に訂正した後も強制
連行があったとの印象を与える報道を続けていることを損害(特に在外邦人の損害)の継続的発生事由として主張しているものと解されるところ,控訴人らが権利侵害行為と主張する被控訴人の報道がいずれも控訴人らに対する不法行為とならないことは,前述のとおりであるから,控訴人らの上記主張は,被控訴人に不法行為責任は発生しないとの前記結論を左右するものではない。第4結論
以上によれば,控訴人らの請求はいずれも理由がなく,これらを棄却した原判決は相当であるから,本件控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第24民事部

裁判長裁判官

村田
裁判官

一木文智
裁判官

住友隆行渉
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