判例検索β > 平成27年(ワ)第489号
損害賠償請求事件
事件番号平成27(ワ)489
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成29年11月27日
裁判所名・部神戸地方裁判所  姫路支部
裁判日:西暦2017-11-27
情報公開日2019-02-02 12:58:26
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平成29年11月27日判決言渡
9号
口頭弁論終結日

同日原本領収

裁判所書記官

損害賠償請求事件

平成29年9月4日
判主1決文
被告Aは,原告に対し,被告大学と連帯して,110万円及びこれに対する平成26年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
被告大学は,原告に対し,143万円及びこれに対する平成26年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を(ただし,110万円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告Aと連帯して)支払え。

3
原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4
訴訟費用は,原告に生じた費用の2分の1と被告Aに生じた費用との合計の10分の9を原告の,10分の1を被告Aの負担とし,原告に生じた費用の2分の1と被告大学に生じた費用との合計の7分の6を原告の,7分の1を被告大学の負担とする。

5
この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。事
第1

実及び理由
請求の趣旨
被告大学及び被告Aは,各自,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成26年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2
1
事案の概要
本件は,被告大学の大学院生であった原告が,被告大学の教授で,原告が所属していたゼミの指導教員であった被告Aからアカデミックハラスメント行為を受け,被告大学はこれに対する有効な対策を怠ったとして,被告Aに対しては被告大学の責任とは別に個人として民法709条に基づき,被告大学に対しては国家賠償法1条1項に基づき,それぞれ慰謝料として1000万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成26年1月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。2
前提事実(当事者間に争いがない事実及び掲記の証拠により容易に認められる事実)


被告大学は,現職教員の学校教育に関する高度の研究,研さんの機会を確保する大学院修士課程と,初等教育教員を養成する学部を有する教員養成大学として設立されたB大学及び大学院を運営する国立大学法人である(争いがない)




被告Aは,被告大学の大学院学校教育研究科人間発達教育専攻学校心理・発達健康教育コース(以下本件コースという。
)に所属し,本件コース長
を務めていた教授である(争いがない)

本件コースでは,当時,原告と同学年の学生が約14名所属しており,教職員としては,被告Aの他に,C教授,D准教授ら5名が所属しており,各教職員がそれぞれゼミを担当していた(証人G)

そして,被告Aのゼミには,平成24年4月の時点で,原告,E,Fら6名が新たに所属することとなった(丙1)




原告は,昭和62年から兵庫県中学校教員(英語専攻)であったが,教育現場での経験から学校への不適応,不登校となっている生徒について,担任やカウンセラーが生徒本人や保護者にどう関与すればよいかについて学び現場で生かしたいと考え,平成24年4月,a市教育委員会からの派遣により,
被告大学の本件コースに入学し,
被告Aのゼミに所属した
(甲60の1)

原告は,平成24年8月下旬頃,被告AのゼミからD准教授のゼミに移籍し,平成26年3月に,本件コースを修了した(争いがない)


3
争点及び当事者の主張


被告Aによるアカデミックハラスメント行為の有無
(原告の主張)
被告Aは,原告の指導教授という立場を利用して,原告に対し,別紙ハラスメント行為一覧表の日時・場所・状況等欄記載の日時,場所において,ハラスメント行為の主張
欄記載のアカデミックハラスメント行為をした。
これらの行為は,同表違法性欄記載のとおり,①意に反する行為の強要,プライバシーの侵害,私用の強要とそれを断ったことによる報復などの権力の濫用,②指導の放棄,無視,修士論文の作成の際の前後における矛盾し又は不合理な指示や理不尽な叱責などによる研究活動の妨害,③差別的取扱い,④暴言や侮蔑的言動,⑤誹謗中傷に当たり,違法である。そして,これらの行為は,指導教授と学生という特殊な権力関係や,被告Aの研究室の土壌を利用し,原告に対する明確な加害意図に基づいて行われた継続的で執拗ないじめであり,原告を精神的追い詰めるという明確な加害意図に基づいて行われた一連一帯の不法行為として評価されるべきである。(被告Aの主張)
被告Aは,
原告の人格権を不当に侵害するような指導を行ったことはない。
原告の主張する個々のアカデミックハラスメント行為に対する認否,反論は,
別紙ハラスメント行為一覧表の被告Aの主張欄記載のとおりである。仮に原告が主張するような被告Aの行為が存在するとして,それらの行為は,不穏当な面があったとしても,社会的に相当性を欠く不当なものとして不法行為に該当するとまではいえない。
(被告大学の主張)
原告の主張する個々のアカデミックハラスメント行為に対する認否,反論は,別紙ハラスメント行為一覧表の被告大学の主張欄記載のとおりである。


被告Aのアカデミックハラスメント行為に対する不法行為責任の成否
(原告の主張)
アカデミックハラスメント行為は,教授の本来の業務である教育行為とは全く関係のない私的な行為である。大学教授が学生に対し,アカデミックハラスメント行為をしてはならないことは当然のことで,本件における被告Aのアカデミックハラスメント行為も,指導に名を借りた嫌がらせでしかないから,原告に対し,民法709条の不法行為を負う。
そして,国立大学法人における大学教授の学生に対するハラスメント行為は,仮に外形上職務の執行に該当するとしても,私立大学における教授の学生に対するハラスメント行為と変わりなく,警察官や消防士のように,その行為自体が不法行為と評価される余地のあるものではないから,公務員個人の責任を認めることによる公務員の行為に対しての萎縮効果を問題とする必要はない。また,国家賠償法1条1項により認められる責任が国の代位責任であり,公務員個人の責任を問うことを否定するものであったとしても,同じく代位責任を認める民法715条が被用者個人の責任を否定するものではない趣旨からして,萎縮効果を問題にする必要のない国立大学法人の教授については,個人としての責任を認めるべきであり,被告Aは,被告大学とは別に民法709条に基づく不法行為責任を負う。
(被告Aの主張)
国家賠償法1条1項の公務員には,国立大学法人の教員も含まれ,その教員の教育活動上の行為は,同項の公権力の行使に当たるから,国立大学法人の教員の教育活動上の行為については,不法行為が成立し,国立大学法人が国家賠償法1条1項に基づき責任を負う場合は,教員個人が重ねて責任を負うことはない。
そして,被告Aは,国立大学法人である被告大学の教員であり,原告主張のハラスメント行為一覧表の行為は,いずれも教育活動又はその関連行為としてされたものであるから,仮に原告主張のハラスメント行為一覧表の行為につき不法行為が成立するとしても,当該行為につき被告大学が国家賠償法1条1項に基づく責任を負う以上,被告A個人が責任を負うことはない。⑶

被告大学の安全配慮義務違反

(原告の主張)
被告大学は,学生との在学契約に基づく安全配慮義務として,学生への専門教育を行うために,学生が良好な環境で研究し教育を受けることが可能となるように,
教育内容だけでなく人的物的面においても研究教育環境を維持,
充実させる義務を負っている。

原告に対するアカデミックハラスメント行為の発生以前における安全配慮義務
指導者である教授と研究を行う学生との間では,その力関係の差や,研究室の閉鎖性・密室性ゆえに,指導教授による学生に対するアカデミックハラスメント行為が行われる可能性があることからすれば,被告大学としては,アカデミックハラスメント行為が発生する以前においては,アカデミックハラスメント行為の予防のための意識啓発,ハラスメント防止規程の周知徹底,教職員に対する教育・研修を実施する義務があった。また,本件においては,被告Aがアカデミックハラスメント行為を理由に平成19年度に厳重注意を受けていたこと,その後も被告Aの言動が改まっておらず,中間発表会等の公の場での学生を侮辱する攻撃的な発言,暴言,指導放棄,差別的取扱いをするといった行為が繰り返され,これに対する学生からの苦情や投書も多く寄せられていたことから,被告大学としては,平成24年度においても,被告Aによる同様のアカデミックハラスメント行為が繰り返される具体的な危険性を認識していた。
そうであるとすれば,被告大学は,被告Aに対して,特別なカリキュラムによる研修や指導を個別に実施したり,被告Aによるアカデミックハラスメント行為がないか学生から事情を聞いたりするなどして積極的に情報収集すべき義務があった。
ところが,被告大学は,平成19年のアカデミックハラスメント行為の際に,被告Aに口頭注意の処分等をしたのみで,それ以降は,被告Aに対して,特別なカリキュラムによる研修や指導を個別に実施したり,被告Aによるアカデミックハラスメント行為がないか学生から事情を聞いたりするなどして積極的に情報収集することをしなかった。
よって,被告大学には,安全配慮義務違反が認められ,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。

原告に対するアカデミックハラスメント行為の発生後における安全配慮義務
被告大学は,実際にアカデミックハラスメント行為の情報を得るか又は被害の申告があった場合には,被害者の言い分に真摯に耳を傾けて誠実に対応し(誠実対応義務)
,加害者によるさらなる加害行為を防止し,被害者
の学習環境が損なわれることのないように配慮し
(学習環境配慮義務)事

実関係を調査して適切な時期にその結果を被害者に報告する(調査報告義務)とともに,調査した事実をもとに将来にわたって効果的な再発防止策を講じる義務(再発防止義務)を負っている。
ところが,以下に指摘するとおり,被告大学は,これらの義務を尽くしておらず,安全配慮義務違反が認められ,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。
誠実対応義務違反
原告は,平成24年9月7日,友人のGを通じて,被告Aのアカデミックハラスメント行為について当時の被告大学のH学長に被害を訴えたにもかかわらず,H学長は同日の面談において,
アカハラを認めようとさせることはかなり難しいと述べたり,平成25年5月29日の面談において,
Aに賞をあげたのは私だ

あなたたち公務員にも学校現場で働く権利があるように,A教授にも働く権利があるんですなどと述べたりして被告Aを擁護する態度に出た。また,I副学長は,平成24年12月25日の面談で,原告からどうすれば本件がアカデミックハラスメント行為として認定されるか尋ねたのに対し,録音データがないと認定は無理であり,それよりも研究に専念するように述べた。このように,被告大学は,本件をアカデミックハラスメント行為として扱うことについて消極的態度を示し,原告に誠実に向き合おうとしなかった。また,原告及びGが申し立てたことで設置されたB大学ハラスメント対策委員会(以下ハラスメント対策委員会という。
)の担当委員は,
平成25年7月5日の聴き取りにおいて,
恫喝と指導ってどう違うの
などと原告を精神的に困惑させる質問をし,真摯に原告の言い分に耳を傾けようとする姿勢に欠けていた上,聴き取りの方法も被告Aによる恫喝の状況を繰り返し聞いたり,原告が当時の状況がフラッシュバックしてパニック状態になっていたにもかかわらず,特にフォローせずに質問を続けたり,被告Aに原告の名前を知らせようとしたりするなど無神経なことを行った。
学習環境配慮義務違反
原告は,平成24年9月7日以降の面談において,ハラスメント対策委員会を立ち上げてほしいとの意向を示しつつも,被害を申告したことによるプライバシー侵害,
名誉棄損,
報復などの二次被害を恐れており,
原告の今後の学習環境の保障を求めていた。
そうだとすれば,被告大学としては,被告Aに対する特別なカリキュラムによる研修や面談による指導を個別に実施したり,被告Aによるアカデミックハラスメント行為がないか学生から事情を聞いたりするなどして積極的に情報収集をしつつ,原告の意向を尊重し,ハラスメント対策委員会を立ち上げるとともに,被告Aに対し,修士論文の発表会以外での原告との接触を禁じたり,院生ルームの使用を禁止したり,キャンパス内での行動範囲を限定したり,被告Aが報復行為や原告のプライバシーや名誉を棄損する言動を取らないようにしたりするなど,二次被害を防止し原告の学習環境を保障するための措置を講じる義務があった。ところが,被告大学は,原告の意向を無視して,被告Aに対し,平成24年11月の時点で抽象的に口頭注意をしたのみで,平成25年4月に原告から再度被害の申告を受けるまではハラスメント対策委員会を立ち上げず,放置した。また,
被告大学は,原告の再度の被害申立て後も,
平成25年5月に院生ルームの工事をし,同年10月の修士論文の中間発表会の直前になって被告Aを欠席させた程度で,原告の二次被害を防止するための十分な措置を取らなかった。さらに,被告大学は,被告Aが本件コース長でかつ年長者であるため,本件コースの教職員から意見が出しにくい雰囲気であり,本件コースの教職員だけでは被告Aのアカデミックハラスメント行為を解決できない状況にあることを認識しながら,本件コースの教職員にその他の対応を丸投げした。
調査報告義務違反
被告大学は,原告が,平成25年4月に被告Aから検査室の鍵を取り上げられるという事態が生じたことで,ハラスメント対策委員会を立ち上げるように希望したにもかかわらず,調査期間に制限があることを理由に,同年6月までハラスメント対策委員会を立ち上げなかった。また,被告大学は,ハラスメント対策委員会を立ち上げた後,アカデミックハラスメント行為に関して原告及びGから再三問合せを受けたにもかかわらず,調査の進捗状況や今後の予定について原告及びGに適時に適切な報告をせず,原告が平成25年12月に修士論文を提出した後になって,ようやく調査結果を通知した。
さらに,被告大学は,被告Aの原告らに対するアカデミックハラスメント行為について調査を終了した後においても,具体的な調査結果について原告及びGに知らせず,原告及びGから認定の理由を記載した文書の交付を求められてもこれに応じなかった。
再発防止義務違反
被告大学は,原告から被告Aによるアカデミックハラスメント行為について相談を受けた後,平成24年11月の時点で,被告Aに対し,口頭で抽象的に注意をしただけで,本件コースの教授らに残りの対応を丸投げにし,被告Aとの関係が悪化して厄介な事態になるのを避けたいという考えから,被告Aの指導については再度問題が発生した時点で対処するという受け身の方針をとり,被告Aの原告に対するアカデミックハラスメント行為の再発防止について何らの措置も講じなかった。
また,被告大学は,被告Aによる原告及びGに対する一連の行為について,アカデミックハラスメント行為に該当するとの認定をした後も,原告及びGに謝罪をせず,原告及びGが話し合いを求めてもこれを無視し続け,何ら再発防止策について検討をしなかった。
(被告大学の主張)

原告に対するアカデミックハラスメント行為以前の対策
被告大学は,アカデミックハラスメント行為を防止するため,以下のような措置を講じていた。
被告大学は,平成16年4月1日,B大学におけるハラスメントの防止等に関する規程(以下ハラスメント防止規程という。
)を制定し,
ハラスメントを定義づけし,被告大学の教職員や学生等にハラスメントを防止する責務を課している。
そして,
ハラスメント防止規程に基づき,
被告大学内でのハラスメントに関する相談に応じるためハラスメント相談員を学内に十数名置き,同相談員が相談を受けた時点で人権委員会委員長に報告し,同委員長が設置するハラスメント対策委員会において事実関係を調査し,ハラスメント該当性や環境改善,不利益の回復に関する措置について報告を行い,学長がハラスメントに該当すると判定した場合には,加害者への指導,懲戒等の措置を講じることとされている。また,被告大学では,ハラスメント防止ガイドラインを毎年作成し,全教職員や学生にパンフレットの体裁で配布した他,学内にも配置していた。同ガイドラインには,被告大学の基本姿勢,ハラスメントの具体例,ハラスメントをなくすための心構えや方法,対応手順を紹介するとともに,被害者が直ちに被害の申告ができるように相談者の氏名,電話番号及びメールアドレス並びに学外の相談機関等を記載し,ホームページにも同様の情報を掲示して,ハラスメント防止のための対策を講じていた。さらに,被告大学では,全学教職員会議において,外部講師を招き,ハラスメント対策に関する講演会を開催するなどして,アカデミックハラスメント行為の防止を図ってきた。
被告大学は,平成19年度に,被告Aのゼミ生から被告Aのアカデミックハラスメント行為に関して相談を受け,ハラスメント防止規程に則って,ハラスメント対策委員会において事実関係の調査を行い,被告A自身や複数の第三者から聴き取りをするなどした結果,被告Aの言動が指導,激励の表現として許容される限度を超えており,アカデミックハラスメント行為に当たると認定した。そして,被告大学は,被告Aが以前に懲戒処分を受けたことがなかったことに鑑み,被告Aに口頭厳重注意処分を行い,学生に対する言動が極めて不適切であったとしてアカデミックハラスメント行為の再発防止に努めるように指導するとともに,被告Aのゼミに所属する学生の中で希望者については他のゼミへの所属替えを行ったほか,
平成19年度の入学者を被告Aのゼミに所属させず,
被告Aが務めていた本件コース長や健康管理センター協力員を免じる措置を講じた。

原告に対するアカデミックハラスメント行為の発生以降について
被告大学は,平成24年9月7日にGから被告Aの言動に関する相談を受け,同月11日にはH学長が,同年10月9日にはI副学長がそれぞれGとの面談を実施したが,同月11日には,Gから原告を含めて面談を行うことの希望を受けて,同月18日にはI副学長とJ副学長が原告及びGと面談して聴き取り調査を実施した。
被告大学は,ハラスメント事案として対応する方針をとることとし,この方針をGに打診したが,Gは,この方針によって二次被害が発生することを危惧し,
ハラスメント事案としての対応を望まないと回答した。
このGの意向を受け,
被告大学は,
内部的に調査及び対応することとし,
本件コースの教授から事情聴取を行った。
そして,これらの調査結果を受けて,H学長,I副学長及びJ副学長は,同年11月20日に被告Aと面談を行い,数人の学生から被告Aの言動に対する苦情が出ていることを指摘し,ゼミでの指導や授業での言動を改善するよう口頭注意をした。
また,H学長,I副学長及びJ副学長は,平成24年11月22日,本件コースの教授らと協議を行い,被告Aに口頭注意を行ったことを告げた上で,学生に対するケアを含めて対応するとの方針を確認した。その後,同月28日,本件コースの教授らは,学生らを含めて,H学長が被告Aに口頭注意を行い,アカデミックハラスメント行為の再発防止を促したことを説明するとともに,学生らにおいて問題を抱えている場合には気軽に相談するように促すなどした。
そして,H学長とI副学長は,平成24年12月12日,本件コースの教授らと,学生らに対する上記説明の結果や学生の反応を踏まえて協議し,上記口頭注意以降,被告Aの指導が改善されているとの報告等を踏まえ,学生が意見を述べやすい環境作りを行うなどの対策を確認し,被告Aについては経過観察を行うこととした。
I副学長は,平成24年12月25日,原告及びGと面談し,被告Aへの口頭注意を行ったことを報告し,その後の被害の有無を確認した上で,被告Aについて経過観察していくことを説明した。
その後,原告が,平成25年4月1日,被告Aから検査室の鍵を取り上げられるという被害の発生を受け,被告大学は,同月10日,原告と被告Aとの接触を絶つため,院生ルームの分割を決定し,同年5月中に分割工事を完了した。他方,被告大学は,平成25年4月16日,原告との面談を実施し,原告の意思を確認した上で,ハラスメント事案として対応することを決定した。
そして,被告大学のハラスメント相談員は,平成25年6月5日に,原告から被告Aの言動について相談を受け,これを人権委員会委員長に報告し,同委員長は,同月17日にハラスメント対策委員会を設置し,原告及びGからの聴き取りを行ったほか,同年8月から9月にかけて,第三者である本件コースの教授らからの聴き取りを行い,被告Aからの聴き取りも行った。
また,調査期間中に,原告からの申し出を受けて修士論文の中間発表会に,被告Aの出席を禁止する応急的な措置をとった。
ハラスメント対策委員会は,平成25年12月11日,被告Aの言動についてアカデミックハラスメント行為として対応する必要があると人権委員会に報告し,人権委員会はこの報告を踏まえてH学長に報告し,H学長は,平成26年1月21日,被告Aの言動がアカデミックハラスメント行為に当たると判定をし,その内容を原告に通知し,被告Aに対しては,同年3月5日,減給の懲戒処分をし,これを公表した。
なお,被告大学は,原告及びGから,平成25年7月以降,I副学長や総務部総務課に対して,アカデミックハラスメント行為の調査に係る進捗状況を確認する旨のメールが送付されていたことから,これに対して,その都度,I副学長や総務部総務課の担当者からハラスメント対策委員会の調査結果を人権委員会に報告する日程,被告Aに対する聴き取り調査の実施日程などを報告するなどして,アカデミックハラスメント行為の調査の進捗状況については説明をしていた。

以上のとおり,被告大学としては,原告及びGによるアカデミックハラスメント行為の相談以前から,学内におけるハラスメント防止のために,規程の整備等の対策を行っており,また,原告からの相談を受けて被告Aの問題行動を認識した以降は,ハラスメント防止規程に基づいて,関係者から事実関係の調査を行い,被告Aに懲戒処分をした。
また,
被告大学は,
平成24年9月7日,
Gから被告Aの言動について,
学長との面談を申し入れられ,被告Aのハラスメント行為について認識した後,原告,Gへの面談をし,聴き取り調査を行った。被告大学は,ハラスメント事案として対応する方針であったが,この方針の打診を受けた原告やGは,二次被害の発生を危惧し,ハラスメント事案としての対応を望まないと回答したことから,内部調査として,同年11月20日,被告Aと面談し,数人の学生から被告Aの言動に苦情が出ていることを指摘し,ゼミでの指導や授業での言動を改善するよう口頭注意をした。
したがって,
被告大学としては,
採り得る限りの措置を講じていたから,
被告大学の対応は相当であり,安全配慮義務違反の事実は認められない。
(被告Aの主張)
被告Aが担当していた学生2名から平成19年度にアカデミックハラスメント行為の訴えはあったものの,他の学生がこれを否定したため,その対応に苦慮した当時の副学長から,他の教員を介して処分は必要最小限度にとどめるから,一部でよいから認めてほしいとの申し出があり,被告Aは,被告大学の顔を立てるため,やむを得ず一部の主張について存在したとの虚偽の申し出を行ったにすぎない。実際には,アカデミックハラスメント行為はなかった。
また,平成19年度にアカデミックハラスメント行為によって厳重注意を受けた後,
被告Aが中間発表会等の公の場での学生を侮辱する攻撃的な発言,学生に対する暴言,指導放棄,差別的取扱い等をしたことはない。したがって,従前のアカデミックハラスメント行為の存在を前提として,被告大学が原告に対するアカデミックハラスメント行為が発生する前に被告大学が被告Aに対して何らかの対応をすべきであったとする原告の主張には理由がない。


関連共同性

(原告の主張)
被告らの各行為は,客観的に関連共同して原告の権利を侵害したものであり,被告らは,民法719条1項前段により,共同不法行為責任を負う。(被告らの主張)
否認ないし争う。


損害

(原告の主張)

被告Aによる約1年間に及ぶアカデミックハラスメント行為により,原告は強度のストレスから自尊感情を喪失し,自責感,無力感,孤立感を抱くようになり抑うつ状態となり,食欲が減退し,体重も減っていった。平成24年9月にゼミを移籍した後も,被告Aからのアカデミックハラスメント被害の数々がフラッシュバックし,当時の精神状態がよみがえり,精神の均衡が保てなくなることがあった。
また,原告は,不登校問題への関心があって被告大学に入学したにもかかわらず,被告Aのアカデミックハラスメント行為によって,約1年間まともな教育を受けられず,不登校に関する研究の中止を余儀なくされ,その後の研究にも遅れが生じるなど,被告大学において自らが希望する研究を平穏に行うという学習権自体を奪われ続けた。

そして,被告大学の一連の対応は,原告が受けたアカデミックハラスメント被害と向き合うことなく,真逆なものであったため,原告を不安な状態に置き,原告の学習権を侵害しただけでなく,原告の精神的回復を妨げるものであり,その結果,原告は常に被告Aからの報復の危険を感じながら不安な日々を送ることを余儀なくされ,原告の精神的苦痛も長期化,深刻化した。


原告が被った上記の精神的苦痛を慰謝するには1000万円を下らない。
(被告Aの主張)
否認ないし争う。
仮に被告Aによるアカデミックハラスメント行為が存在し,それについて被告A個人が不法行為責任を負うとしても,慰謝料としては100万円が相当である。
(被告大学の主張)
否認ないし争う。
第3

当裁判所の判断

1
被告Aによるアカデミックハラスメント行為の有無


当事者間に争いがない事実,又は掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,別紙ハラスメント行為一覧表のハラスメント行為の主張欄に記載されている被告Aの各行為について,以下の事実が認められる。

番号1について
被告Aとしては,修士論文の作成に当たっては,最初に,参考となる文献や論文を読んだ上で研究計画を立て,研究計画書を作成し,それをきちんと完成させた上で,データの収集や分析,考察を行って修士論文を完成させるという手順が望ましいと考えていた(丙1,被告A本人)

しかし,被告Aは,原告に対し,全体的な構想となる研究計画書の説明をし,その一部として問題と目的を作成するように話したことはなかった(争いがない)

加えて,被告Aは,平成24年4月以降,原告に対して,入学後に基本文献を読みながらテーマを決定した上で,調査,収集すべきデータの内容を決めて予備調査を行い,調査の依頼先の選定や,質問項目や質問紙のレイアウト等を丹念に検討した上で,初めて正式な調査の実施を依頼し,調査実施後に,質問紙を回収し,そのデータを分析することで,入学年度の秋頃から論文作成に取り掛かるという論文作成の手順については指導しなかった(争いがない)

そして,研究計画書は,
問題と目的方法引用文献リストで構


成されているところ,
問題と目的では,これまでの研究で何が分かって
いて,何が明らかになっていないことから,今回はその点を明らかにするということを記載し,
方法では問題と目的で明らかにしようとする
問題点をどのようにして明らかにするのかという方法を記載し,調査や実験をする場合には,誰を対象に何についてどのような尺度で調査,実験を行うのか,調査や実験は,面接方式によるのか質問紙方式によるのかについて記載し,
引用文献リストでは問題と目的方法を考える際に

参考にした文献を記載することとされていた(丙1,被告A本人)。

番号2,3について
原告は,平成24年4月下旬頃,被告Aから言われた修士論文の問題と目的を書いたが,被告Aは,原告に対しては理由を告げることなくこれを返却した一方,書けないと発言した他のゼミ生に対しては,
私が今日1度書いてあげましょうと発言し,全く違った対応をした(甲2の2,甲23,47,52,原告本人)



番号4について
被告Aのゼミでは,ゼミの学生が研究活動で行うインタビューや子供の心理の勉強のために,ゼミの学生がカウンセラー役となってクライアント役の学部学生から話を聞き出す訓練をし,その後,経験豊富な専門家であるスーパーバイザー(監督者)とともに面接及び応答の仕方を検討し,クライアントからうまく話を聞き出す方法について考えるという試行カウンセリングが行われていた(丙1,被告A本人)
。被告Aは,平成24年4月
27日,原告に対し,試行カウンセリングを行うに当たってスーパーバイザーを紹介した際,原告の都合を考慮せず,試行カウンセリングを優先するよう示唆した(甲1,2の2,甲23)


番号5について
被告Aは,他の学生や院生とともに,サッカーを通じて不登校児の自己評価能力を向上し,学校へ戻るきっかけを作るという回復支援活動を行っていたKという団体主催のサッカー教室の活動に参加していた。そして,被告Aは,平成24年5月10日,原告に対し,K主催のサッカー教室に参加しないかと誘った。原告は被告Aからの誘いであったため,研究に役立つのかと思い,参加することにした。
(原告本人,弁論の全趣旨)


番号6について
被告Aは,平成24年5月頃,原告に対して

100人に1人か2人,書けない人がいるんだよ。などと発言した上で,あんたは発達障害だよ


と発言した(甲1.2の2,甲23,47,原告本人)。カ番号7について被告Aは,平成24年6月頃,悩んでいるような顔つきをしている原告に対し「いい精神科知ってますよ。教えたげようか

などと発言した(甲1,2の2,甲23,47,原告本人)



番号8について
原告は,被告Aが,ゼミ内の学生について知り合いのb市の教育長に絶対に傷つけないで返してくれと頼まれていると述べ,c県の養護教諭をしていた学生についても

c県教委の先生にちゃんと返して下さいと頼まれているんだよ。

と述べた上で,原告に対してはa市から来たあんたなんかはどうでもええねんと述べて,
差別的な取扱いをしたと主張する。
しかしながら,被告Aがそのような発言をしたことを認めるに足りる証拠はない。

番号9について
原告は,平成24年5月20日に修士論文の中間発表会が行われた際,被告Aは,遅参した上,院生の発表中であるにもかかわらず,原告に発表とは無関係な話をし,原告の聴講を妨害するとともに,原告に対し,発表をした院生に質問を行うよう執拗に命じ,命じたとおりの内容の質問を行わせ,原告の意に反する行為を強要したと主張する。
しかしながら,
原告は,
平成24年5月20日に開催された修士課程二,
三年生の修士論文の中間発表会に出席し,被告Aが遅れて出席したことは当事者間に争いがないものの,被告Aが,原告に話し掛けて発表の聴講を妨害したり,原告に対して発表をした院生に質問を行うよう執拗に命じ,命じたとおりの内容の質問を行わせたことを認めるに足りる証拠はない。

番号10について
原告は,被告Aが,平成24年5月24日,原告に対し,統計の講義に
おいてグループで取り組んでいた分析について,無駄だから絶対にするななどと命じて他の講義での学習を妨害したと主張するが,被告Aがそのような発言をしたことを認めるに足りる証拠はない。

番号11について
原告は,平成24年5月30日,被告Aに対し,翌31日に勤務校での女性職員の夕食会に参加するため,K主催のサッカー教室を休みたいと伝えたところ,被告Aは,原告に対し,不登校児のためにサッカー教室を極力休まないよう原告に伝えた(争いがない)


番号12について
被告Aは,平成24年6月9日,自らが参加している,不登校又はその傾向のある子供の保護者らが自身の体験や感じたことを臨床心理士に話し,臨床心理士から適切な助言を得るというグループカウンセリングを行う団体であるLの集まりに,研究のために原告と出向いた際,原告に対し,不登校児の保護者の前でその子供の家庭教師をするように発言し,原告が,被告Aに対して,
電話でその依頼を断ったところ,
もう会うこともないと思いますよ

もう,やめますか?もういい!
と発言をした(甲2の2,
甲23,証人G,原告本人)



番号13について
被告Aは,上記サのLの集まりに原告とともに出向き,不登校児の保護者が中学校やその教師にどのような感情を抱いたかを明らかにするための面談を行った際,事前に,原告に対して行って話を聞けばよいと発言し,上記面談について準備をするように指示していなかったにもかかわらず,当日になって,原告に対し,上記面談の準備をしてきたかを尋ね,準備をしていなかった原告に対し,あんたは1から100まで言わんとわからんのか!
と大声かつ厳しい口調で原告を叱責した
(甲2の2,
甲23,
47,53,原告本人)



番号14について
被告Aは,平成24年6月13日,原告が試行カウンセリングの日程を参加予定の学生の都合により延期したことについて,
原告に対し,

なんで勝手に延ばしているんだ。その時点でもうダメだ

と原告を叱責した(争いがない)



番号15について
原告は,平成24年6月14日,被告AとともにK主催の夜のサッカー教室の手伝いに参加した際に,被告Aに対し,研究に必要なデータを集めるための調査に使用する質問紙を作ってゼミで見てもらってよいかと尋ねたところ,被告Aはそれは不要であると回答した。被告Aは,同月16日に,Lの臨床心理士が同会所属の保護者に対して行ったアンケート資料を原告に渡し,

これ月曜日までにまとめてきなさい。こんな資料ないで

と指示した(甲23)

そこで,原告は,同月18日に,このアンケートを要約したものを持って被告Aの部屋へ行ったところ,同月14日に質問紙の作成を不要であると答えていたにもかかわらず,被告Aは質問紙の項目は?と原告に聞いた上で,
誰が,全部まとめてほしいと言った?あんたに必要なのはどこや?

いやぁー。全くあんたは1から100まで言わなわからんのか。

と発言した上で,
後2日で質問紙を作成するように指示した
(争いがない)


番号16について
被告Aは,平成24年6月18日,原告とは同期の学生に対し,原告が性急に学校の教員からデータを取ろうとしていたことについて,Mさんはちょっと暴走気味だねと発言した(争いがない)



番号17について
被告Aは,
平成24年6月20日,
他の学生もいる院生ルームにおいて,
原告に対し,
原告が前日に行った試行カウンセリングについて,

昨日隣の部屋であんたの試行カウンセリング聞いてたけど,あれはひどい。あれはカウンセリングじゃない。ただのおばちゃんの世間話をしとるとしか言いようがない

と発言した(争いがない)。


番号18について
原告は,平成24年6月27日,被告Aが私的に行っているK主催のサッカー教室の手伝いについて,研究に必要なデータ収集のために行う調査に使用した質問紙を回収しに行くので休みたいと申し出た。これに対し,被告Aは,サッカー教室を休むことは不登校児からの信頼を失うことから避けるように注意するとともに,アンケートをするなら問題と目的が仕上がってからでないと考察がうまくできず,地獄を見ることになると注意した。
(弁論の全趣旨)

番号19,20について
被告Aは,上記セのとおり,平成24年6月18日に,原告に対して質問紙を作成するように指示をし,原告が作成した質問紙について2回添削を行い,同月22日には,原告がゼミを休んで,a市の学校へ質問紙を使用した調査に出掛けることについて許可をしたものの,同月27日,原告に対し,
で,「問題と目的は書けたんですか」と尋ねた上で,原告
がいえ,まだ途中ですと回答すると,原告に対し,質問紙について具体的な問題点を説明することなく倫理違反だあの質問紙にはクレー,ムがついてるなどと発言した上で,だいたい私に何を求めているんだ」
,「地獄を見ろなどと発言した(甲2の1,2,甲23,47,53,原告本人)



番号21について
被告Aは,平成24年7月6日,同月13日のゼミにおいて,原告に話し掛けなかった(争いがない)



番号22について
原告は,平成24年8月3日から翌日にかけて開催された被告Aのゼミ合宿において,修士論文の問題と目的を発表した,原告は,この時点で,被告Aの添削を受けた質問紙に基づき,114名の教師からデータを収集しており,今後はそのデータの分析に取り掛かる予定であったにもかかわらず,被告Aは,原告の発表中,理由を告げることなく突如

データを捨てろ。そして,問題と目的

もテーマの1行目から全部リセットしろ
と命じた(甲2の1,2,甲23,47,53,原告本人)



番号23について
被告Aは,講義やゼミ,K主催のサッカー教室の際に,原告を度々おばさんなどと呼んだ(甲5の2,甲33,47,証人G,原告本人)。

番号24,25について
原告は,平成25年4月1日,在職中に亡くなった教授が残した書籍,過去の修士論文や各種検査キットが保管されている検査室において,資料を閲覧していたところ,検査室は院生であれば指導教員に許可を得れば使用することができるにもかかわらず,被告Aは,原告に使用目的を確認することなく,原告から検査室の鍵を取り上げた。そして,被告Aは,その後,他の学生に対し,原告が検査室に単独で立ち入っていたと述べた。(甲
2の1,2,甲23,33,47,52,丙1,被告A本人)



被告Aの行為の違法性
証拠(甲15から22まで)によれば,指導教授による学生に対するアカデミックハラスメント行為は,指導者である教授が,学生の単位や卒業の認定,論文の提出の許可などについての強い権限を持つという圧倒的な優位性に基づき,学生に対して行われる暴言,暴力や義務なきことを行わせるなどの理不尽な行為をいい,
研究室の閉鎖性密室性ゆえに発生するものである。

具体的な例としては,学習や研究活動の妨害,卒業や進級の妨害,指導の放棄,指導上の差別的な取扱い,研究成果の収奪,暴言や過度の叱責,誹謗中傷,私用の強制,プライバシーの侵害などが挙げられる。そして,これらの行為は,学生の人格を傷つけるとともに,学習環境を悪化させることで,学生の学習,研究活動の権利を奪う違法なものである。
もっとも,教授は教育研究活動を行うに当たって広範な裁量を有することから,学生に対して教育・研究活動の一環として指導や注意等をすることも教授の裁量として認められ,直ちに違法であるとはいえない。そうすると,教授の学生に対する言動がアカデミックハラスメント行為に該当し,違法であるか否かは,その言動がされた際の文脈や背景事情などを考慮した上で,教授としての合理的,正当な指導や注意等の範囲を逸脱して学生の権利を侵害し,教授の裁量権の範囲を明らかに逸脱,濫用したか否かという観点から判断すべきである。
そこで,以下では,別紙ハラスメント行為一覧表のハラスメント行為の主張欄に記載されている被告Aの各行為がアカデミックハラスメント行為に該当し,違法であるか否かについて検討する。

番号1について
論文作成の手順を指導しなかったことについて,論文をどのような手順で作成するのかについては唯一の正解があるというわけではなく,研究内容の他,ゼミに属する学生の知識,能力や研究の方針がどの程度固まっているのか,研究活動の進捗状況などの事情を考慮して,教授が自己の裁量に基づいてある程度柔軟に決定できると解されることからすると,D准教授が原告に指導したような論文作成の手順を被告Aが指導しなかったからといって,直ちにそれが指導の放棄に当たるということはできない。したがって,被告Aの上記行為をもって,原告の権利を侵害し,教授の裁量権の範囲を逸脱,濫用したものとは認められないから,アカデミックハラスメント行為に該当して,違法であるとはいえない。


番号2,3について
原告は,被告Aが,入学後2週間目から,何らの指導もしないまま,原告に対し,いきなり修士論文を作成するように指示した上で,原告が作成した修士論文冒頭の問題と目的について,理由を告げることもなく突き返した行為が,手順を踏まない唐突な指示と理不尽な叱責であり,原告の研究活動を妨害するものであると主張する。
まず,被告Aが,入学後2週間目から,何らの指導もしないまま,原告に対し,いきなり修士論文を作成するように指示したことを認めるに足りる証拠はない。加えて,修士課程の学生は一般にある程度の論理的な思考力を有しており,4月はまだ研究活動が始まったばかりの時期であることからすると,教授から指導される前にまずは自分で問題点を分析し,自ら論文として明らかにする目標を設定する能力を身につける目的で,明確な理由を告げずに返すことも,教授の指導として正当な範囲であるといえないこともないから,原告が修士論文の冒頭の問題と目的を書いたのに対して,理由を告げることなく返却した行為は,教授の裁量権の範囲を逸脱,濫用したものとまでは認められず,アカデミックハラスメント行為に該当して,違法であるとはいえない。
しかし,被告Aが,修士論文冒頭の問題と目的に関し,原告に対
しては

態度を取りながら,その書き方がわからない他の

ゼミ生に対して,
私が今日1度書いてあげましょう
と全く違った対応
をした行為は,同じゼミに属する原告と他の学生との間で差別的な取扱いをするものであり,そのような取扱いについて合理的な理由がなければ,学生として教授から能力の差に応じて等しく指導を受けつつ学習,研究活動を行う権利を侵害するもので,教授の裁量権の範囲を逸脱,濫用したものということができ,
アカデミックハラスメント行為に該当し,
違法であるというべきである。
これに対し,被告Aは,他のゼミ生だけでなく,原告に対しても

論文の書き出しは,私が書いてあげましょう。

と述べており,原告に対する態度も同様であったと主張するが,被告Aは尋問において,原告に対しても

論文の書き出しは,私が書いてあげましょう。

などと発言をしていないことを認めており,被告Aの上記主張は採用することができない。
そして,上記のとおり取扱いに差を設けたことについて証拠上何ら合理的な理由はうかがわれないことからすれば,被告Aの上記行為は,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法というべきである。

番号4について
被告Aが,平成24年4月27日,原告に対し,試行カウンセリングを行うためのスーパーバイザーを紹介するに際し,原告の都合を考慮せず,試行カウンセリングを優先するよう示唆した行為は,結果として,原告が希望する講義の受講を諦めさせ,原告の研究活動を妨害したことが認められる(原告本人)

さらに,証拠(丙1,被告A本人)によれば,試行カウンセリングは不登校児の心理を理解することで原告の研究活動に役立つものではあるものの,大学院の修了に必須というわけではなく,試行カウンセリングをしない学生もおり,原告が試行カウンセリングを優先して直ちに実施しなければならないという合理的な理由もうかがわれないことからすれば,教授の裁量の範囲を逸脱するもので,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法であるというべきである。


番号5について
被告Aが,平成24年5月10日,原告に対し,K主催のサッカー教室の活動への参加を勧誘した行為について,Kは不登校児の心理を理解することにより,不登校に関する原告の研究活動に資する面がある上,被告Aが原告を誘った際の行為態様は証拠上明らかではなく,参加を強いるような行為態様を認めることはできないから,原告の研究活動を妨害し,教授の裁量権の範囲を逸脱,濫用したものとまではいえず,アカデミックハラスメント行為に該当して,違法であるとはいえない。


番号6,7について
被告Aが,平成24年5月から6月頃にかけて,原告に対して

100人に1人か2人,書けない人がいるんだよ。,

あんたは発達障害だよ,

いい精神科知ってますよ。教えたげようか

などと発言した行為は,発達障害者や精神疾患のある者をおとしめる意味を含むとともに,被告Aの期待した行動とはならない原告を発達障害のある者又は精神疾患のある者と決めつけ,原告の人格を傷つけるものであり,そのような発言におよそ合理的な理由や正当性を見い出すことはできず,教授の裁量権の範囲を明らかに逸脱,濫用したものであるから,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法であるというべきである。

番号11について
不登校児はKの大人達を信頼して参加しており,その大人達が休めば,学校だけでなくKの大人達にも見捨てられたと感じてしまうため,サッカー教室を休むことは不登校児の心理にとっては望ましくないという被告Aの主張については,一応合理性を認めることができる。
したがって,被告Aが,原告に対し,不登校児のためにサッカー教室を極力休まないように伝えたことは,正当な注意の範囲内であって教授としての裁量権の範囲を逸脱,濫用したものとまではいえず,原告の私生活に不当な干渉をしてプライバシーを侵害するものとは認められないから,アカデミックハラスメント行為には該当して,違法であるとはいえない。

番号12について
被告Aは,平成24年6月9日,原告に対し,研究のためのインタビューに出向いたLの集まりにおいて,保護者の前でその子供の家庭教師をするように発言した行為については,確かに不登校の子の家庭教師をすることで,不登校の子供の心理を理解するのによい機会を作ることとなり,不登校の研究に資する面も否定はできないが,家庭教師をしなければ子供の心理が理解できないものではないことから,あくまで本来の研究活動とは異なる私用としての側面が強いといえる。
それにもかかわらず,被告Aは,不登校の子供の家庭教師をする趣旨やその必要性についての何ら説明をすることなく,保護者の前という断りにくい状況下で家庭教師をするように発言し,原告に事実上諾否の自由を奪って私用を強要した点で,合理的な指導の範囲を逸脱,濫用し,学生の意思決定の自由を侵害し,教授の裁量権を逸脱,濫用したものというべきであるから,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法であるというべきである。

番号13について
被告Aは,Lの集まりにおいて不登校の子供の保護者と面談する際の準備について,平成24年6月9日の時点では,修士論文の作成に必要なデータそのものを取るために質問事項を細かく決めることまでは無理であるとしても,不登校児を抱える保護者が,子供が不登校であった際に中学校やその教師にどのような感情を抱いたかを聞くことで質問事項を作成するためのヒントとなる話を聞き出す必要があるという趣旨で行って話を聞けばよいと言ったにすぎないと主張する。しかしながら,
行って話を聞けばよいという発言だけからは,被告A
が主張するような同人の意図を汲み取ることは困難であり,原告が面接をするに当たり特に何の準備もしなくてよいと考えたことも無理からぬところで,原告が面接の意図について十分に理解できなかった可能性がある。他方,被告Aが,面接の目的について,他の機会に原告に説明していたことを認めるに足りる証拠もない。
そうであるとすれば,被告Aの上記行為は,面接における事前の準備の必要性について丁寧に説明せずに,前後で矛盾するかのような指示をして原告を混乱させ,原告の研究活動を妨害するとともに,指示に従わなかった原告に問題があるかのように非難している点で,不合理な叱責であり,原告を侮辱し,その人格を著しく傷つけるものであるから,教授の裁量権の範囲を逸脱,濫用し,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法というべきである。


番号14について
被告Aが,原告が試行カウンセリングの日程を参加予定の学生の都合により自己の判断で延期したことに関し,原告を叱責した行為について,原告は,被告Aに延期について事情を説明していたにもかかわらず,一方的に叱責されたと主張するのに対し,被告Aは,スーパーバイザーは多忙な方が多く,延期を繰り返した場合に次回から引き受けてもらえなくなる可能性がある上に,2回の延期が被告Aに対する事前の相談なく行われたことから,叱責をしたものであると主張する。
この点について,証拠(丙1,原告本人)によれば,試行カウンセリングを行うに当たっては被告Aがスーパーバイザーとの日程の調整を行っていることからすれば,その日程を変更するに当たっては,被告Aに了承を得ることが望ましいと考えられる。ところが,原告は被告Aに対して,試行カウンセリングの日程の変更について事前に説明しておらず,専門家であるスーパーバイザーに迷惑をかける可能性も生じることになることからすれば,被告Aの行為は合理的な叱責の範囲内であるということができ,教授としての裁量権の範囲を逸脱,濫用したものであるとまでは認められない。

番号15について
被告Aが,平成24年6月14日,原告の質問に対して,研究に必要なデータを集めるための調査における質問紙の作成について,そんなのせんでええと回答したものの,同月16日,Lに関するアンケート資料を原告に渡し,同月18日の月曜日までにまとめるように指示をし,更に,同月18日に,原告がこのアンケートを要約したものを持って被告Aの部屋へ来たのに対して,
質問紙の項目は?と原告に聞いた上で,
誰が,全部まとめてほしいと言った?あんたに必要なのはどこや?

いやぁー。,全くあんたは1から100まで言わなわからんのか。

と言った上で,あと
2日で質問紙にするように指示した行為について,
被告Aは,
原告に対し,
質問事項の精査はゼミにおいてではなく個別に行うと述べたにすぎず,被告Aが質問紙作成の資料として原告に渡したアンケート資料は,原告の修士論文作成に役立つことから,当該論文における質問項目の作成の参考とするために,関係者の承諾を得た上で原告に交付したもので,質問紙の原案を作成するように一貫して指示していたと主張する。
しかしながら,質問紙を作成してゼミで見てもらってもよいかという原告の質問に対して,被告Aのそんなのせんでええという回答は,質問紙を作成しなくてもよいという意味に受け取られるのが通常であり,また,
Lに関するアンケート資料を原告に渡した上で,これ月曜日までにまとめ

てきなさい。こんな資料ないで

と言った点についても,それだけでは,質問紙の原案を作成するという指示をしたものと理解することは容易ではなく,アンケートを要約するように指示をされたと原告が受け取ったこともやむを得ないところである。そして,被告Aが主張するような自らの意図について,証拠上他の機会に原告に対して説明したことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告Aの行為は,質問紙を作成する必要性について原告に丁寧に説明せず,前後で矛盾するかのような指示をして原告を混乱させ,原告の研究活動を妨害するとともに,指示に従わなかった原告に問題があるかのように非難している点において不合理な叱責であり,
原告を侮辱し,
その人格を著しく傷つけるものであるから,教授としての裁量権の範囲を逸脱し,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法であるというべきである。

番号16について
被告Aは,平成24年6月18日,原告と同期の学生に対し,原告が性急に学校の教員からデータを取ろうとしていたことについて,Mさんはちょっと暴走気味だねと発言したことを認めている。
被告Aの上記発言は,原告が学校の教員から性急にデータを取ろうとしていたことについて,それが望ましくないという教授としての意見を表明したものであって,同期のゼミ生の前で話した点については,その必要性には疑問が残るものの,原告を誹謗中傷するものであるとまではいえず,教授の裁量権の範囲を逸脱,濫用したものであるとまでは認められないから,
アカデミックハラスメント行為に該当して,
違法であるとはいえない。

番号17について
原告は,被告Aが,平成24年6月20日,他の学生もいる院生ルームにおいて,原告が前日に行った試行カウンセリングについておばちゃんの世間話と評して否定的評価を述べたことは,それ自体だけを見れば,原告を侮辱し,人格を傷つけるものであるとも思われる。
しかしながら,学生が行った試行カウンセリングについて気になった事項の指摘や学生に対する指導,注意を他の学生がいる場で行うことは,他の学生からも客観的な指摘を受けることで互いに自らのカウンセリングの問題点について自覚し,クライアントからの話の聞き出し方について改善を図るために有益であると考えられることからすれば,どこが問題であるかを具体的に指摘し,その上で上記発言がされたとすれば,具体的な問題点について比喩的に表現したものであり,比喩の内容はやや適切さを欠くとしても,合理的な指導の範囲を逸脱したものであるとまではいえない。そして,証拠(被告A本人)によれば,被告Aは,原告に対し,試行カウンセリングの際に,通常は聞こえないはずの面談の声が隣の部屋まで聞こえてきたことから,原告にカウンセリングの場面では相談に来ただけのクライアントに対して,感情的に盛り上がることは適切でないと注意した趣旨であることが認められ,原告の試行カウンセリングの問題点についてある程度は具体的に指摘をしていたと考えられるから,上記発言は,アカデミックハラスメント行為に該当せず,違法であるとはいえない。ス
番号18について
上記⑴チで認定したとおり,原告は,平成24年6月27日,K主催のサッカー教室の手伝いについて,質問紙の回収に行くために休みたいと申し出たのに対し,被告Aは,サッカー教室を休むことは不登校児からの信頼を失うことから避けるように注意するとともに,アンケートを実施するのであれば研究計画書が仕上がってからでないと考察がうまくできず,地獄を見ることになると注意したことが認められる。
上記行為のうち,被告Aが,サッカー教室を休むことは不登校児からの信頼を失うことから避けるように注意した行為については,上記カで認定したとおり,不登校児の心理に望ましくないと考えられることから,被告Aの上記行為は,正当な注意の範囲内であって教授としての裁量権の範囲を逸脱,濫用したものであるとまではいえず,原告の私生活に不当な干渉をしてプライバシーを侵害するものとは認められないから,アカデミックハラスメント行為には該当せず,違法であるとはいえない。
他方,被告Aが,アンケートを実施するのであれば研究計画書が仕上がってからでないと考察がうまくできず,地獄を見ることになると注意した行為については,被告Aとしては,研究計画書が未完成の状態で調査を行っても,データの集積が不十分になり,うまく考察を行うことができず苦労すると考えており,そのことについて忠告する趣旨で注意をしたものであると認められることからすれば,正当な注意の範囲内であって教授としての裁量権の範囲を逸脱,濫用したものであるとまではいえず,原告の研究活動を妨害したものであるとは認められないから,アカデミックハラスメント行為には該当せず,違法であるとはいえない。


番号19,20について
一般的には,倫理委員会が研究計画を承認してからでないとアンケート等によるデータ収集は認められないところ,被告Aは,研究計画を完成させていない段階で行っていた原告のデータ収集は倫理的に問題があり,原告の作成した質問紙は,心理学や社会調査における質問の仕方において不十分であり,まだアンケートを実施するのに十分な内容には仕上がっていなかったことから,上記の点を原告に指摘しており,平成24年6月27日の時点では原告が作成した質問紙の内容や原告が調査に行くことについて了承をしてはいなかったものの,原告が焦る気持ちも理解できたことから,調査に行くことを中止するようには述べなかったと主張する。しかしながら,倫理違反の行為は,それが発覚すれば場合によっては学生の研究活動ができなくなるおそれもある上,質問紙の内容が不十分なままデータ収集を行っても,無駄な結果となるばかりか,その後の分析,考察を経ての論文作成に大きな支障を来すことになることは容易に想像できることに鑑みると,仮に被告Aの主張するとおり,原告の作成した質問紙が不十分であり,かつ研究計画の上からその質問紙によるデータ収集等に倫理上の問題が発生すると考えたのであれば,被告Aとしては,原告の作成した質問紙について具体的な問題点を指摘しながらその改善を促し,かつ,原告が倫理違反の行為を犯すことがないように,研究計画を完成させてから調査に行くべきで,それまでは調査に行かないように強く指導するべきであったといえる。
ところが,被告Aは,平成24年6月18日に,原告に対して質問紙を作成するように指示をし,原告が作成した質問紙について2回添削を行ったままで,それ以上には原告の質問紙の問題点について指導をしたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると,このような被告Aの行為からすれば,原告が質問について被告Aからこれで問題ないとの了承を得たものと受け止めるのは自然なことである。また,被告Aは,同月22日には,原告がゼミを休んでa市の学校へ調査に行くことについて許可しており,原告としては,調査に行くことについて研究倫理上何ら問題はないと考えることも自然である。
それにもかかわらず,被告Aは,同月27日,原告に対し,
で,問題と目的は書けたんですかと尋ねた上で,原告がいえ,まだ途中ですと回答すると,原告に対し,質問紙の具体的な問題点や,調査に行くことがなぜ倫理違反となるのかについて何ら説明をすることもなく,
倫理違反だあの質問紙にはクレームがついてるなどと発言した上で,,
だいたい私に何を求めているんだ地獄を見ろなどと発言した行為は,質問,
紙の作成や調査に行くことに関して前後で矛盾する指導となり,不合理な指示により原告を混乱させ,原告の研究活動を妨害する結果となるとともに,
原告に十分な指導や説明をしなかったという自らの落ち度を棚に上げ,指示に従わなかった原告に専ら問題があるかのように非難している点で不合理な叱責であり,更に原告を侮辱し,その人格を著しく傷つけるものであるから,教授としての裁量権の範囲を明らかに逸脱,濫用しており,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法というべきである。

番号21について
被告Aが,平成24年7月6日と同月13日のゼミ中に原告に話し掛けなかった行為について,証拠(丙1)によれば,被告Aのゼミは原告を含めて6名と少人数であるから,2回連続してゼミの間特定のゼミ生に終始話し掛けないというのは通常は考えにくいといえる。
この点について,被告Aは,平成24年7月6日と同月13日のゼミで原告に話し掛けなかったのは,研究計画書について原告に質問をすることで,原告を焦らせるのは良くないとの判断から,必要不可欠な指導はしつつ,研究計画書の完成を待つ趣旨であったと主張する。
しかしながら,原告は,被告Aの方針とは異なり,研究計画書の作成よりもデータ収集を優先していた上に,データ収集もうまくいっていなかった点で問題があったということであるから,
被告Aの主張を前提とすると,
このような原告についてしばらく何もしないことで事態が改善する可能性があったとは考えにくく,また,被告Aが,その後原告がゼミを移籍するまでの間,原告に対し,研究計画書について作成状況を確認したり,具体的な指導を行ったことを認めるに足りる証拠はないことからすれば,被告Aの主張は不合理であり採用することができない。
したがって,被告Aの上記行為は,合理的な理由が認められず,指導を放棄し,原告の人格を傷つける行為であって,教授としての裁量権の範囲を逸脱し,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法というべきである。

番号22について
被告Aが,平成24年8月3日から翌日にかけて開催された被告Aのゼミ合宿において,原告が修士論文の問題と目的を発表した際に,理由を告げることなく突如

データを捨てろ。そして,「問題と目的

もテーマの1行目から全部リセットしろ」と命じた行為について,そもそも,質問紙に基づいて収集したデータを捨てて,修士論文の冒頭部分の問題と目的を作成し直すことは,原告の研究テーマを全否定するものであるとともに,それまでの作業が全て無駄となることを意味し,2年間という限られた期間で修士論文を書き上げなければならないこと,原告は,この時点で,被告Aの添削を受けた質問紙に基づき,114名の教師からデータ収集をしており,今後はそのデータの分析に取り掛かる予定であったことをも考慮すると,合理的な理由がない限り,原告の研究活動に重大な支障を生じさせ,ひいては,2年間での修了を妨害するものであり,教授の裁量権の範囲を逸脱,濫用し,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法であるというべきである。
この点につき,被告Aは,原告が発表した研究計画書の問題と目的は6割程度できていたものの,どういう方法や手順でデータを集め,集めたデータをどのような方法で分析するのかについて書けないまま,データを集めて分析しようとしていたために,行き当たりばったりの分析しかできておらず,正しい分析ができていなかったことから,一から書き直したほうがすっきりと穴なく書き上げることができるのではないかと感じたことから,そのような行為をしたと主張する。
しかしながら,仮に被告Aがそのように考えたのであるとしても,2年間という限られた修士課程の期間の中で,質問紙に基づいて収集したデータを捨てて,
修士論文の冒頭部分の
問題と目的
を作成し直すとなれば,
学生にとって重大な不利益となることは明らかで,被告Aとしては,まずは,原告の修士論文の冒頭部分の問題と目的や質問紙について問題点を指摘した上で,既にあるものを基にして問題点を克服できないかどうかを検討し,それでも改善の余地がない場合に,初めてデータを捨てて,修士論文の冒頭部分の問題と目的を作成し直させるべきである。ところが,被告Aは,原告に対して修士論文の冒頭部分の問題と目的や質問紙についての問題点を指摘したことはうかがわれない上,既にあるものを基にして問題点を克服できないか否かについて検討したと認めるに足りる証拠はないことからすれば,上記被告Aの行為は,合理的な理由がなく,原告のこれまでの研究活動を全否定するに等しく,その後の研究活動に重大な支障を生じさせ,更には,2年間での修士課程の修了を妨害するものであり,教授の裁量権の範囲を逸脱,濫用し,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法というべきである。

番号23について
被告Aが,講義やゼミ,サッカー教室の際に,原告を度々おばさん等と呼んだ行為について,サッカー教室で,子供の目線から親しみを込めた表現として,
原告のことを
おばさん
等と呼ぶことがあったとしても,
被告Aが少なくとも講義やゼミにおいてそのように呼ぶことは,原告が了承をしているのであれば格別,原告の年齢や性別を理由とした侮蔑的な呼称であり,原告の人格を傷つけるものであるから,教授としての裁量権の範囲を逸脱しており,アカデミックハラスメントに該当し,違法というべきである。

番号24について
証拠(甲23)によれば,本件コースの学生は研究目的であれば,指導教員の許可を得て検査室への立入りが許されていることからすれば,被告Aが使用目的を確認しないまま,
原告から検査室の鍵を取り上げた行為は,
学生の研究活動を妨害し,教授の裁量権の範囲を明らかに逸脱,濫用したものであるから,アカデミックハラスメント行為に該当し,違法というべきである。


番号25について
証拠(甲23)によれば,本件コースの学生は,研究目的であれば指導教員の許可を得て検査室への立入りが許されているところ,あえて原告が検査室に単独で立ち入っていたことを学生の前で述べたことは,原告がルール違反の問題行動を起こしているかのような印象を他の学生に与えるもので,原告の名誉を傷つけ,誹謗中傷し,教授の裁量権の範囲を明らかに逸脱,
濫用したものであるから,
アカデミックハラスメント行為に該当し,
違法というべきである。

2
被告Aのアカデミックハラスメント行為に対する不法行為責任
上記1のとおりの被告Aの原告に対するアカデミックハラスメント行為は,大学内のゼミや講義だけでなく,Lやサッカー教室など大学外での活動の際にも行われているが,これらも被告Aの教育,研究活動と密接に関連し,その延長線で行われたものであり,それを離れた純粋に私的な活動とはいえないことから,
被告Aの教育,
研究活動において発生したものと解するのが相当である。
そして,
被告Aは,
当時,
国立大学法人である被告大学の教授の立場にあり,
そのような被告Aによる国立大学法人の教育,研究活動は,国家賠償法1条1項の公権力の行使に当たるものである。そうすると,国家賠償法1条1項により,被告大学に損害賠償責任が発生するところ,同責任が代位責任であるとすれば,被告大学の責任の他に被告A個人の責任が認められるかどうかが問題となる。
公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意過失によって違法に他人に損害を与えた場合,国が国家賠償責任を負うものであり,公務員個人の責任は否定される(最高裁昭和30年4月19日判決・民集9巻5号534頁参照)
。そして,国立大学法人法7条,12条によれば,国立大学法人
の財政,役員の任命・解任については,国が一定程度関与しており,国立大学法人の財政や組織の運営という側面においては,従来の国立大学の場合と同様に公共団体に該当することから,公務員個人の責任は否定されるとも思われる。しかし,国立大学法人法は,独立行政法人通則法51条を準用しておらず,国立大学法人法19条の適用のある場合を除けば,国立大学法人の教職員は,みなし公務員ではないとされていることに加え,国立大学の設置主体が国から国立大学法人に変更されたことにより,私立大学と学生との間の在学契約と,国立大学法人と学生との間の在学契約には何らの差異を見出すこともできないということができる。そして,大学教授が大学において,教育,研究活動を行うこと自体は,公権力の作用ではなく,警察官や消防士のように公権力を行使するに当たっての萎縮効果といったリスクを考慮する必要もない。そうすると,このような関係においては,国家賠償法1条1項の損害賠償責任は使用者責任と同様に考えることができるから,公務員個人の不法行為責任を否定する理由はなく,被告A個人も,民法709条に基づく不法行為責任を負うと解すべきである。
したがって,上記1⑵で違法とされた行為について,被告Aは,個人として民法709条に基づく不法行為責任を負う。
3
被告大学に対する国家賠償法1条1項に基づく責任


被告大学の対応について
以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠により認められる。ア
原告は,平成24年9月7日,H学長に対し,被告Aの言動に関する相談をした(争いがない)。


H学長は,平成24年9月11日,Gとの面談を実施した(争い
がない)。


H学長とI副学長は,平成24年9月28日,本件コースの教授らに,被告Aの言動について学生から相談があったことを報告し,被告Aの授業や指導の状況について確認した(争いがない)。


I副学長は,平成24年10月9日,Gとの面談を実施し,ハラスメント対策委員会の手続を利用することについて打診したものの,Gは希望しないと回答した(証人G,証人I)。


Gが,平成24年10月11日,原告を含めて面談を行うことを希望したため,I副学長とJ副学長は,同月18日,原告及びGと面談し,被告Aの言動について聴き取り調査を実施した(争いがない)。


H学長,I副学長,J副学長は,平成24年11月20日,被告Aと面談を行い,被告Aに対し,原告の名前や問題とされている行為を明らかにしない形で,数人の学生から被告Aの言動に対する苦情が出ていることを指摘し,ゼミでの指導や授業での言動を改善するように口頭注意をした(争いがない)。
また,その際,平成24年11月16日に作成したA教授による不適切な言動の状況と題する提案箱への投書や原告及びGの相談内容をまとめた資料を被告Aに見せた(甲3)。


H学長,I副学長及びJ副学長は,平成24年11月22日,本件コースの教授らと協議を行い,被告Aには口頭注意を行ったことを報告した上で,学生に対するケアを含めて対応するとの方針を確認した(争いがない)。

本件コースの教授らは,平成24年11月28日,学生らを集め,被告Aの言動により嫌な思いをした学生がいたことを伝え,H学長が被告Aに口頭注意を行い,アカデミックハラスメント行為の再発防止を促したことを説明するとともに,学生らにおいて問題を抱えている場合には気軽に相談するように促したが,原告や被告Aは,その集まりに呼び出されなかった(争いがない)。


H学長とI副学長は,平成24年12月12日,本件コースの教

授ら

と,学生らに対する上記説明の結果や学生の反応を踏まえて協議し,被告Aへの口頭注意以降,被告Aによる指導は改善されているとの報告があったこと等を踏まえ,学生が意見を述べやすい環境作りを行うなどの対策を確認し,被告Aについては経過観察を行うこととした(争いがない)。コ
I副学長とJ副学長は,平成24年12月25日,原告に対し,その後被告Aから被害を受けていないか確認した上で,経過観察を実施することした旨伝えた。原告は,ゼミを移籍して以降は被害がないが,もし被害を受けることがあれば,次回はアカデミックハラスメント行為として申し立てると述べた。(争いがない)


I副学長は,平成25年4月4日,原告が被告Aから検査室の鍵を取り上げられるという被害を受けたことについて,原告及びGと面談を行った。また,I副学長は,同月16日にも,原告と面談を行った。(甲54)


被告大学は,平成25年5月10日から同月28日にかけて,院生ルームに仕切り壁を設けて分割する工事を行った(乙16,証人I)。

平成25年5月18日に,本件コースにおいて,修士論文の第2回中間発表会が開催され,原告や被告Aも出席したが,被告Aは,遅参した上,私語を繰り返した(甲4,52,証人G)。


被告大学の相談員は,平成25年6月5日,原告及びGから被告Aの言動についてのハラスメント相談を受け,これを人権委員会委員長に報告した(争いがない)。


原告及びGは,平成25年6月14日,ハラスメント対策委員会に申立てを行った(甲2の1,2,甲5の1,2)。


被告大学は,平成25年6月17日,I副学長を委員長とするハラスメント対策委員会を設置し,同委員会は,同年7月5日に,原告及びGから聴き取り調査を実施した(争いがない)。


Gは,平成25年7月17日,当時,被告大学の上記タのハラスメント対策委員会において記録係を務めていたNに対し,アカデミックハラスメント行為の調査の進捗状況について確認する旨のメールを送信し,原告も同月25日,アカデミックハラスメント行為の調査の進捗状況について確認する旨のメールを送信した(甲23,乙8の1,9の1)。これに対し,Nは,同月26日,原告及びGに対し,これまでにハラスメント対策委員会が3回開催され,原告及びGから聴き取った内容を検討し,今後,聴き取りが必要な関係者や当該教員からの事実関係の調査を行い,同年9月16日までに調査結果を人権委員会に報告する予定であるとメールで回答した(乙8の2,乙9の2)。


ハラスメント対策委員会は,平成25年8月16日と9月5日に,本件コースの教授らから聴き取りを行うとともに,同月25日には,被告Aから聴き取りを行った(争いがない)。


Nは,平成25年8月28日,原告に対し,これまでにハラスメント対策委員会が4回開催され,関係者や当該教員からの事実関係の調査を行い,調査結果をまとめる予定であるとメールで回答した(乙10)。

Nは,平成25年9月5日,Gに対し,調査を慎重に行う必要が

ある

ため,しばらく時間が掛かること,被告Aに対する聴き取りを実施する旨の通知にGの氏名を記載すること,不利益取扱いの禁止のルールはあるが,不利益取扱い等の二次被害が生じた場合には,至急連絡をしてほしい旨メールで伝えた(甲52)。

原告は,平成25年9月6日,Nに対し,メールで,ハラスメント対策委員会の調査結果が出るまで不安な日々を送っており,これまでの調査結果をよく吟味した上で,迅速に結論を出すこと,二次被害を受けることのないように組織として対応してほしい旨を要望した(乙11)。


Gは,平成25年10月9日,Nに対し,被告Aへの聴き取りがどのようにされたのか,他の学生や教授に聴き取りがされたか,調査結果はいつ出るのかについて回答を求めるメールを送信した(乙12の1)。

原告は,平成25年10月11日,I副学長に対し,メールを送信し,もう少し時間が掛かると回答のあったまま,何の連絡もなく,調査の進捗状況も知らされずに不安な日々送っていることについて訴えた(乙13の1)。これに対し,I副学長は,同月12日,原告に対し,メールで,慎重に調査を進めている関係で時間を要していること,修士論文の中間発表が迫っていることを踏まえ,来週か再来週には,一度報告をすることを伝えた(乙13の2)。


原告は,平成25年10月20日,I副学長に対し,メールを送信し,中間発表に向けての何らかの対策や調査の進捗状況について確認したが,I副学長は,原告に対し,メールである程度安心して中間発表に臨んでくださいという趣旨の回答をした(乙14の1から3まで)。ノ
被告大学は,平成25年10月23日,原告から,同月27日と同年11月10日開催の修士論文の中間発表会について,被告Aの出席を禁止してほしいとの申し出があったことから,ハラスメント相談に伴う事態の改善を図るための応急的な措置として被告Aを欠席させることを決定した(争いがない)。


原告訴訟代理人らは,平成25年12年11日付けで,被告大学に対し,本件について事実調査,検証の内容や進捗状況の報告等を求めた(甲6)。
また,ハラスメント対策委員会は,同日,被告Aの言動についてアカデミックハラスメント行為として対応する必要があると人権委員会に報告し,人権委員会は,ハラスメント対策委員会の調査結果についてH学長に報告した(争いがない)。


被告大学訴訟代理人らは,平成25年12月18日,原告訴訟代理人らに対し,ハラスメント対策委員会において調査を終了しており,近日中にその結果を学長に報告する予定であると回答した(甲7)。


人権委員会は,平成25年12月19日,調査結果報告書を作成し,H学長は,平成26年1月21日,被告Aの言動がアカデミックハラスメント行為に当たると判定し,その内容を原告及びGに通知した(甲8の1,2,甲23)。


被告大学は,平成26年3月5日,被告Aに対して,減給の懲戒処分を行い,これを公表した(甲11)




上記2で検討したとおり,国立大学法人と学生との間の在学関係は,契約関係であるところ,被告大学は,信義則上,教育,研究に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じ得る危険から,学生の生命及び健康等を保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っていると解される。
そして,指導教授による学生に対するアカデミックハラスメント行為は,指導者である教授が,学生の単位や卒業の認定,論文の提出の許可などについての権限を持っていることによる学生との間で圧倒的な力関係の差や,研究室の閉鎖性・密室性ゆえに発生しており,アカデミックハラスメント行為を受けた学生は肉体的,精神的にダメージを受けることは公知の事実である。そうだとすれば,被告大学としては,安全配慮義務の具体的内容として,アカデミックハラスメント行為が発生する以前においては,①アカデミックハラスメント行為の防止のために教職員に対する教育・研修を実施する義務があり,また,実際にアカデミックハラスメント行為が発生した後においては,②被害を申告してきた被害者の言い分に耳を傾けて誠実に対応し,③被害者の学習環境が損なわれることのないように配慮をし,④事実関係を調査して適切な時期に被害者に報告するとともに,⑤加害者によるさらなる加害行為を防止する義務を負っていると解するのが相当である。
そこで,被告大学に上記の義務違反がないかどうか,以下検討する。⑶

①教育研修義務について

証拠(乙4,15,証人I)によれば,被告大学は,平成19年度に,被告Aのゼミ生から被告Aのアカデミックハラスメント行為について相談を受け,ハラスメント対策委員会において調査を行った結果,被告Aの言動がアカデミックハラスメント行為に当たると認定し,被告Aに対し,口頭での厳重注意処分を行い,学生に対する言動が極めて不適切であったとしてアカデミックハラスメント行為の再発防止に努めるように指導するとともに,被告Aのゼミに所属する学生の中で希望者については他のゼミへの所属替えを行ったほか,平成19年度の入学者を被告Aのゼミに所属させず,被告Aが務めていた本件コース長や健康管理センター協力員を免じる措置を講じたことが認められる。
そうだとすれば,被告大学としては,原告に対するアカデミックハラスメント行為が発生する以前の時点で,アカデミックハラスメント行為の予防のため,ハラスメント防止規程の周知徹底,教職員に対する教育・研修を実施する中で,少なくとも,過去にアカデミックハラスメント行為を行った被告Aについて情報収集をし,加えて,被告A個人に対し新たなアカデミックハラスメント行為の予防のため個別に研修や面談による指導を実施すべき義務があったというべきである。

これを本件についてみると,被告大学は,平成16年4月1日,ハラスメント防止規程(甲12)を制定し,ハラスメントを定義づけし,被告大学の教職員や学生にハラスメントを防止する義務を課し,ハラスメント防止ガイドラインを毎年作成し,全教職員や学生にパンフレットの体裁で配布して,被告大学の基本姿勢,ハラスメントの具体例,ハラスメントをなくすための心構えや方法,対応手順を紹介するなどして,ホームページにも同様の情報を掲示し(乙1,2)
,更に,全学教職員会議において,ハラ
スメント対策に関する講演会を開催していた(乙3)ものの,被告Aについては,自らの行為をアカデミックハラスメント行為として認識を持つに至っていないことを述べていたこと(丙1,被告A)からすると,被告Aに対して,再度アカデミックハラスメント行為をしないように,個別に教育,研修を実施していなかったことは,教育研修として不十分であり,上記義務に違反するというべきである。



②誠実対応義務違反

H学長の平成24年9月7日の発言について
証拠(甲5の2,47,52,59,証人G)によれば,H学長は,平成24年9月7日の原告との面談で,
原告に対し,
アカハラを認めようとさせることはかなり難しいと発言していることが認められる。確かに,教授と学生との間のやり取りについては,研究室の閉鎖性・密室性ゆえに目撃者がいないところでなされることもあり,双方の言い分が食い違っていて,証拠として当事者の供述しかない場合には,録音などの客観的な証拠がある場合に比べ,アカデミックハラスメント行為の存在を認定することは容易でないことからすると,H学長の発言は,一般論としては誤っておらず,必ずしも不相当であるとはいえない。
ただ,H学長が,上記発言の際,アカデミックハラスメント行為の認定が容易ではない理由について具体的に説明をしたことを認めるに足りる証拠はないこと,アカデミックハラスメント行為の認定が容易ではないという結論だけの説明では,被害者にアカデミックハラスメント行為はおよそ認定が難しいものであるという誤解を生じさせるおそれがあることから,H学長の説明が不十分であったことは否定できない。
しかし,被害申告のされた初期の時点においては,被告Aの聴取をしていないことからすると,H学長の上記発言に損害賠償責任を生じさせるほどの違法性があるとはいえない。
なお,原告は,H学長の上記発言から,被告大学がアカデミックハラスメント行為の認定に消極的な態度を取った旨主張するが,(甲5の2)証拠
によれば,H学長は,被害者のために何らかの対応を取る旨述べていたことからすれば,上記発言をもって直ちに,アカデミックハラスメント行為の認定に消極的な態度を取ったとまでは認めることはできない。

H学長の平成25年5月29日の発言について
原告は,
H学長が,
平成25年5月29日の面談で,
原告及びGに対し,
Aに賞をあげたのは私だあなたたち公務員にも学校現場で働く権利,があるように,A教授にも働く権利があるんですなどと発言したと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。


I副学長の平成24年12月25日の発言について
証拠(甲47,原告本人)によれば,以下の事実が認められる。
a
原告は,被告Aによるアカデミックハラスメント行為についてハラスメント対策委員会で調査してほしいと考えていたが,被告大学のホームページでハラスメントやハラスメント対策委員会について読んでいたものの,ハラスメント対策委員会を立ち上げるための方法については十分に理解しておらず,被告大学が手続を進めるに当たり必要な説明をするものと思っていた。
b
しかし,被告大学から上記手続についての説明は特になかったことから,原告は,平成24年12月25日の面談で,副学長らに対し,どうしたらアカデミックハラスメント行為としてハラスメント対策委員会を立ち上げてもらえるのかを確認したのに対し,
I副学長は,
ICレコーダーに入っていたらできる旨の発言をした。そこで,原告としては,ICレコーダーがなければアカデミックハラスメント行為としてハラスメント対策委員会の立上げは不可能と思い,また,二次被害を恐れたことや,研究に集中したいという思いもあり,アカデミックハラスメント行為としてハラスメント対策委員会を立ち上げてもらうことを諦めた。
I副学長の上記発言は,ハラスメント対策委員会を立ち上げるための
方法について十分に理解していなかった原告に対するものとしては,ICレコーダーがなければハラスメント対策委員会を立ち上げることはおよそ不可能であるという誤解を招くおそれがあるものであり,説明として不十分であったとはいわざるを得ない。
しかしながら,被告大学としても,被告Aの原告及びGに対する言動について,
ハラスメント対策委員会に持ち込むことを考えていたこと
(証
人I)からすれば,上記発言は,録音データがあればアカデミックハラスメント行為であるとの認定がされやすくなるという趣旨でされたにすぎず,それ以上に録音データがなければアカデミックハラスメント行為の認定はおよそ無理であり,原告に対してハラスメント対策委員会の立上げを諦めるように促したものとまでは認められないから,上記発言に損害賠償責任を生じさせるほどの違法性があるとはいえない。

聴き取りの方法について
証拠(甲23,41,42)によれば,原告は,平成25年7月5日,ハラスメント対策委員会からの聴き取りにおいて,O委員から,恫喝の状況について詳しく聞かれ,再現を求められたことから,泣きながら声が震えた状態で再現をしたが,最終的にはパニックにより取り乱したことが認められる。
確かに,アカデミックハラスメント行為の調査における被害者からの聴き取りにおいては,どのような被害を受けたのかを明らかにするために,被害の具体的な内容について立ち入った質問をせざるを得ない場合もあることは否定できないが,そのような場合でも,被害を受けた被害者の心情に配慮した聴き取りを行う義務がある。
そして,本件におけるO委員の聴き取り方法は,被告Aによるアカデミックハラスメント行為が当初のときよりもエスカレートしていったという原告の言い分を明らかにするために必要性がないとまではいえないが,被告Aの行為の再現を複数回にわたって求めており,その方法は,原告の心情に対する配慮に欠ける面があり,
適切であったとはいい難い。
また,証拠(甲23,41,42)によれば,I副学長は,原告に対し,
ゼミを移籍した後の被害について尋ねた際に,
被害?っちゅうたらおかしいけど,,
われわれには現時点の規定があるのでなどと発言し
たことが認められる。
この点について,被害?っちゅうたらおかしいけど,という発言は,
平成25年4月に被告Aから検査室の鍵を取り上げられるというアカデミックハラスメント行為を受けた後に,更にアカデミックハラスメント行為を受けていないかどうかを確認する場面での発言であり,原告が被害を受けたことを否定する趣旨で発言したものではないから,原告の心情に対する配慮に欠ける発言であったとまでいうことはできない。また,
われわれには現時点の規定があるのでという発言は,原告か
ら原告の人権を守りつつ,アカデミックハラスメント行為について十分な調査,処分,公表を実施してほしいという発言を受けてなされたものであるが,被告大学として,ハラスメント防止規程などの枠組みの中でできる限りのことはするという趣旨で発言したものと解され,原告の心情に対する配慮に欠ける発言であったとまでいうことはできない。オ
ハラスメント対策委員会を立ち上げるための手続の流れの説明について掲記の証拠によれば以下の事実が認められる。
a
ハラスメント防止規程によれば,被告大学では,ハラスメントに関する相談窓口として,ハラスメント相談員が置かれており,ハラスメントの被害を受けたとされる者から相談の申込みを受けた際には,同相談員は関係者から事実関係の聴き取りをしたり,応急的な助言等を行ったり,同規程に基づくハラスメント排除のための措置などについての手続を説明したりするほか,相談内容を記録した上で,人権委員会に報告することになっており,人権委員会にこの報告があった場合には,2週間以内にハラスメント対策委員会が設置されることとなっていた(甲12,乙1,2,15,証人I)


b
Gは,平成24年中の相談が,ハラスメント対策委員会を立ち上げるための正式な手続ではないことは理解しており,ハラスメント対策委員会を立ち上げる方法についてI副学長から手続教示も受けていたが,この時点では,Gが精神的なダメージ,自分の名前が明かされることによる二次被害を恐れていた上,被告大学側が動くことで被告Aの言動も改善するだろうという思いもあり,正式にハラスメント対策委員会を立ち上げてもらおうとまでは考えていなかった(甲52,乙15,証人G,証人I)

前提事実及び上記

に認定した事実によれば,原告の所属していた本

件コースでは,被告Aが本件コースの教職員の中で最も年長者であり,他の教職員が被告Aに意見を述べにくい状況にあったこと,本件コースの学生数が少ないことからして,学生が報復等を恐れてハラスメント被害の申立てを躊躇しがちな環境,雰囲気があり,被告大学は,関係者から聴き取りをする中でこれらの事実を認識することができたといえる。そうであれば,被告大学としては,原告がハラスメント対策委員会を立ち上げた上での調査を望んでいたとしても,被害を申告したことによるプライバシー侵害,名誉棄損,報復等の二次被害を恐れて躊躇している可能性があることを考慮し,原告に対し,相談員が相談内容を相談記録票に記載しないとハラスメント対策委員会を立ち上げられないという手続の流れを説明する必要があった。
I)によれば,被告
大学の担当者は,ハラスメントの被害を受けたとされる者からハラスメント対策委員会を立ち上げたいとの要望がなくても,ハラスメント対策委員会を立ち上げることが可能であることを知らなかった上,原告に対し,相談員が相談内容を相談記録票に記載することでハラスメント対策委員会が設置されるという手続の流れについて明確に説明しなかったことが認められ,上記義務に違反する。


④学習環境配慮義務違反

証拠(甲55,証人G,証人I,原告本人)によれば以下の事実が認められる。
原告が所属する本件コースの学生は,いずれかの教授のゼミに所属していたが,別のゼミの指導教員とも接する機会は多かった。また,本件コースの学生は,平成24年当時,ゼミ室がなく,主に教育・言語・社会棟の1階を利用していたほか,同棟と中庭を介して隣接する附属図書館,大学会館,共通講義棟,情報処理センター,自然・生活・健康棟を利用していた。
被告Aは,教育・言語・社会棟にある自らの研究室と,本来は学生が利用する院生ルームにいることが多かったため,原告及びGは,ゼミが異なっても,被告Aと接触する可能性が十分にあった。そのため,原告及びGは,アカデミックハラスメント行為の被害を受けた後は,被告Aに会わないように周囲の協力を得て注意しながら行動しており,被告大学も,原告及びGに対する聴き取りの中でそのことを聞いていた。

アカデミックハラスメント行為の被害を受けた学生については,その名誉やプライバシーを保護し,加害者や周辺の者によるさらなる被害を受けることがないようにし,安心して研究活動を行えるようにする必要性があり,このことはハラスメント防止規程16条にも規定されている。そうすると,上記アに認定した事実からすれば,被告大学は,原告が安心して研究活動に取り組めるように,被告Aに対し,行動範囲の限定,院生ルームへの出入禁止,中間発表会への出席禁止,原告に対する誹謗中傷や原告の名誉を棄損するような言動の禁止等の方法で,原告が安心して研究活動に取り組めるような環境を整える義務があった。


ところが,
被告大学は,
上記⑴シ及びノに認定した措置を講じたのみで,
被告Aに対し,院生ルームへの出入禁止,原告に対する誹謗中傷や原告の名誉を棄損するような言動を禁止するなどの措置を一切講じておらず,原告が安心して研究活動に取り組めるような環境を整備する義務に違反した。


⑤調査報告義務違反

証拠(甲47,原告本人)によれば,被告大学は,原告に対し,ハラスメント対策委員会の調査に3か月の期間の制限があることを理由に,平成25年6月になってからハラスメント対策委員会への申立てをするように求めたことが認められる。
しかし,ハラスメント防止規程13条3項によれば,ハラスメント対策委員会は設置された日から3か月以内に調査を終了するように努めなければならないと規定されている(甲12)が,これは,その規程の文言からすると,被害回復を早期に図るため3か月以内に終了することを努力義務として定めたものにすぎず,事案が複雑,困難である場合には,調査期間が3か月を超えることも許す趣旨であると解される。むしろ,アカデミックハラスメント行為の被害者から要望があった場合には,被害者の救済のためにも早期にハラスメント対策委員会を立ち上げて調査を行うことが求められるもので,調査期間が限られているとしてハラスメント被害の申出を遅らせることは,ハラスメント防止規程の趣旨に反するといえる。そうだとすれば,被告大学としては,平成25年4月の時点で,原告から被告Aの行為についてハラスメント対策委員会を立ち上げてほしい旨の要望があった以上,直ちに同委員会を設置し,調査を開始すべき義務があったというべきである。
したがって,被告大学が,3か月以内に調査を終了しなければならないという規程を形式的に適用し,合理的な理由なくハラスメント対策委員会の立上げを遅らせた行為は,上記義務に違反し,原告の救済を遅らせるものであって,違法である。

また,ハラスメント防止規程12条8項によれば,ハラスメントの被害者は調査の進捗状況についてハラスメント対策委員会に説明を求めることができると規定されている(甲12)が,これは,ハラスメントの被害者が,
調査がどのようにされているのかについて知ることで,
不安を除去し,
安心して研究活動に取り組めるようにすること,ハラスメント対策委員会による調査が十分にされているのかを検証するために定められたものと解される。
ただ,ハラスメントの調査に当たっては,調査の中立性を確保する必要があること,また,関係者のプライバシーを保護し,関係者の協力を得やすくすることで,調査の実効性を確保する必要があることからすれば,誰に対してどのような聴き取り調査を行ったのか,その結果どのような事実が判明したのかなどの具体的な調査内容については,ハラスメントの被害者に対してといえども秘匿にする必要性があることは否定できない。しかしながら,ハラスメント対策委員会として,関係者からの聴き取りをいつまでに終えるのか,いつまでに検討をした上で最終的な判断をするのかといった今後の見通しについて報告することは可能であり,ハラスメント被害者の不安を除去し,その者が安心して研究活動に取り組めるようにするためにも,少なくともこれらの点を報告すべき義務があるというべきである。
本件では,上記⑴トで認定したとおり,被告大学の担当者は,当初予定されていた調査期限である平成25年9月に,調査に時間を要している旨回答したにとどまり,いつまでに最終的な結論を出せるのかなど,今後のスケジュールについて具体的に報告していたとは認められないから,報告としては不十分なものであり,上記義務に違反する。

さらに,ハラスメント防止規程15条1項によれば,ハラスメント対策委員会による調査が終わった時点で,ハラスメント被害者に対して判定の内容及び理由について説明すると規定されていること
(甲12)同規程1

5条3項及び通知書(甲8の1,2)によれば,判定の内容や理由について不服があるときは異議申立てができるとされていることからすれば,ハラスメント被害者が調査内容について検証し,調査に問題があるとして異議申立ての機会を与えるためにも,少なくとも判定の具体的な内容や理由について口頭又は書面で説明をすべき義務があるというべきである。ところが,被告大学は,原告に対し,判定の具体的な内容や理由について口頭又は書面で説明を行ったことを認めるに足りる証拠はないことからすれば,上記義務に違反する。

以上によれば,被告大学は,調査の開始を遅らせ,調査の進捗状況や最終的な結果についての報告が不十分であった点で,調査報告義務に違反する。



⑤再発防止義務違反

被告大学としては,アカデミックハラスメント行為が発生した場合には,そのような事態が二度と発生しないような措置を講じる義務を負っている。
本件では,証拠(甲3,証人G,証人I,原告本人)によれば,被告大学は,平成24年11月には,関係者への聴き取りの中で,原告以外にも被告Aから暴言,指導放棄,差別的取扱いなどの被害を受けている学生がいたことを把握していたこと,H学長とI副学長らが同月に被告Aに口頭注意をした際には,被告Aは重大に受け止めるとしつつも,原告が主張するアカデミックハラスメント行為について事実関係の多くを否定していたことが認められる。
そうすると,上記⑶ア,⑸アに認定した事実も併せれば,被告大学としては,原告が被告Aから再度アカデミックハラスメント行為を受けるおそれがあることを認識し,平成24年11月の時点で,そのような事態が発生しないように,被告Aに対して,定期的に面談,研修等による指導をするなどの方法により再発防止策を講じるべき義務があったといえる。

ところが,被告大学は,平成24年11月以降,上記⑴カからコに認定したとおりの措置を講じたのみで,
それ以上に何らの措置を講じておらず,
その結果,原告は,平成25年4月に再度アカデミックハラスメント行為を受けていることからすれば,被告大学は,上記義務に違反しており,不法行為が成立する。

4
関連共同性について
上記2で検討したとおり,被告Aと被告大学は,被告Aの原告に対するアカデミックハラスメント行為という同一の行為について,いずれも損害賠償責任を負い,その関係について客観的な関連共同性を認めることができるから,両者は不真正連帯債務の関係にある。
他方,被告大学の安全配慮義務違反の行為については,注意義務違反を基礎づける行為の時期や内容の点において,被告Aの原告に対するアカデミックハラスメント行為とは異なることからすれば,被告Aと被告大学との間に客観的な関連共同性を認めることはできず,共同不法行為責任を認めることはできない。
5
損害について


慰謝料
上記1に認定した被告Aのアカデミックハラスメント行為により,原告は,
被告Aのゼミから移籍するまでの約5か月間は研究活動がまともにできず,不登校の問題についての研究をあきらめざるを得ず,ゼミの移籍に伴ってその後の研究活動にも一定程度支障を来したことなどの諸事情に鑑みると,被告Aの上記行為により,原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,100万円とするのが相当である。
また,被告大学の安全配慮義務違反により,原告は,被告Aからの報復の危険を感じながら不安な日々を送らざるをえず,平成25年4月にはさらなる被害を受けたこと,その後も,ハラスメント対策委員会の調査の結果が出る修了直前まで不安な日々を送ることを余儀なくされたこと,他方で,証拠(甲31)によれば,原告は,平成25年9月10日,P病院においてメンタルヘルス相談を受けたことは認められるものの,具体的な疾病にり患したことを認めるに足りる証拠はないことなどの諸事情に鑑みると,被告大学の安全配慮義務違反により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては,30万円とするのが相当である。


弁護士費用
原告が,本件訴訟の提起及び追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,事案の内容,審理の経過,認容額等,本件に現れた一切の諸般の事情を考慮すると,被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては,被告Aについては10万円,被告大学については13万円とするのが相当である。

6
結論
以上によれば,原告の被告Aに対する請求は,被告大学と連帯して110万円及びこれに対する不法行為後の日である平成26年1月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払の限度で理由があり,原告の被告大学に対する請求は,143万円及びこれに対する不法行為後の日である平成26年1月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員(ただし,110万円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告Aと連帯して)の支払の限度で理由があるから認容し,その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,訴訟費用については,民事訴訟法64条本文,61条を適用し,仮執行の宣言につき同法259条1項を適用して,主文のとおり判決する。

神戸地方裁判所姫路支部

裁判長裁判官

惣脇美
裁判官

村上泰奈子彦
裁判官

大曽根史洋
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