判例検索β > 平成28年(ワ)第1675号
損害賠償請求事件
事件番号平成28(ワ)1675
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成29年12月5日
裁判所名名古屋地方裁判所
裁判日:西暦2017-12-05
情報公開日2020-06-04 22:23:29
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平成29年12月5日判決言渡
平成28

1675号

損害賠償請求事件
主1文
被告らは,原告に対し,連帯して,167万5273円及びこれに対す
る平成26年6月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
原告のその余の請求を棄却する。

3
訴訟費用は,原告に生じた費用の4分の3と被告会社に生じた費用の4分の3と被告Yに生じた費用の4分の3を原告の,原告に生じた費用の8分の1と被告会社に生じた費用の4分の1を被告会社の,原告に生じた費用の8分の1と被告Yに生じた費用の4分の1を被告Yの,各負担とする。
4
この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由

第1

請求
被告らは,原告に対し,連帯して,752万4806円及びこれに対する
平成26年6月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。第2

事案の概要等
本件は,被告会社の従業員であった原告が,被告会社において上司であっ
た被告Yからパワーハラスメント行為(以下,パワーハラスメントのことを単にパワハラということがある。)を受け,うつ病となり,退職を余儀なくされたなどと主張して,被告Yに対し不法行為に基づく損害賠償として,被告会社に対し使用者責任又は安全配慮義務違反の債務不履行責任に基づく損害賠償として,752万4806円及びこれに対するうつ病の診断を受けた日の翌日である平成26年6月17日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
1
前提事実(証拠等により認定した事実は各項末尾にこれを記載した。)
当事者
原告(昭和44年生まれ)は,平成24年10月3日,被告会社に入社し,宝塚支店営業開発部で営業職として勤務していた者である。
被告会社は,主として建築事業や賃貸物件の仲介事業,住宅のリフォーム事業等を行う,東証一部,名証一部上場の株式会社である。
被告Yは,被告会社の従業員であり,平成25年2月頃から被告会社宝塚支店の営業課長(チームリーダー)として原告の上司であった。原告は,平成26年6月16日,うつ病のため就労が困難であり,2箇月間の仕事の休養及び自宅での療養加療が必要であると診断された。原告は,同月20日以降,被告会社に出社しておらず,同年8月1日には豊中支店へ異動となったが,同年10月31日をもって退職した(甲4,弁論の全趣旨)。
原告は,平成27年,上記うつ病につき労働者災害補償保険の保険給付を申請し,西宮労働基準監督署は,原告が平成26年4月頃にF32うつ病エピソードを発病していたと推測されるとし,原告に発病前おおむね6箇月の間に業務による心理的負荷があったと認められる出来事としてひどい嫌がらせやいじめ,又は暴行を受けた(心理的負荷の総合評価は強),達成困難なノルマが課された(心理的負荷の強度は中)があり,全体評価として心理的強度の負荷は強程度と判断し,上記精神障害は業務に起因するものであると認めた。その結果,原告に対し,平成27年8月7日に保険給付として55万8960円が支払われた(甲1,2,3の1・2,4,6)。
被告会社は,営業報奨金規程を定めて営業業務について成果給制度を設けている。原告は,平成25年7月31日に契約金1億7030万円の工事請負契約(以下本件請負契約1という。)の,平成26年1月に契約金3295万円の工事請負契約(以下本件請負契約2という。)の
受注を得ることができた。これにつき,原告は,退職しなければ280万2000円の営業報奨金を得ることができたが,退職により支給要件を満たさなくなり,あるいは業務を引き継いだ後任者と折半することになったことにより,144万4000円の支給を受けた(乙5の1ないし6,6の1ないし4,弁論の全趣旨)。
2
争点
被告Yによるパワハラ行為の有無
(原告の主張)
被告Yは,原告に対し,平成25年12月頃から,業務指導の範囲を逸脱した,人格や人間性を否定するような言動等を行い,平成26年3月頃には達成困難なノルマを課すなどの行為(以下本件パワハラ行為という。)をした。本件パワハラ行為に関する具体的な主張は別紙本件パワハラ行為一覧表記載のとおりである。
これにより,原告は,平成26年3月頃から,手や体のしびれを覚えるようになり,また,記憶できなくなるなどの思考の障害がみられ,精神科を受診した結果,うつ病で就業継続が困難と診断され,労災認定を受けた。本件パワハラ行為がいわゆるパワハラに当たることは明らかである。(被告会社の主張)
不知である。
なお,被告会社として,本件請負契約1及び2につき,一時的に原告を顧客の元に連れて行かなかったことはあり得るが,完全に原告を担当から外すという決定をしたことはないし,そのようなこと自体あり得ない。また,夜訪をして直帰する際に,一旦営業所に戻って打刻してから夜訪に出るよう指示したことはあるが,勤怠システム上の問題からにすぎない。営業上必要がある場合に朝礼に出ずに営業活動に出ることも従業員の便宜のために認めていたが,特定の従業員への嫌がらせのために朝礼に出るこ
とを禁止することはあり得ない。
(被告Yの主張)
被告Yは,原告と,上司と部下として,また,同じ職場で働く者として,適切な人間関係を構築してきた。本件パワハラ行為に関する原告の具体的主張に対する認否反論は別紙本件パワハラ行為一覧表記載のとおりであって,叱咤激励など上司として部下に対する適正な指導監督・教育的指導の一環としてされた業務上適切な行為であり,パワハラはしていない。被告会社の使用者責任又は安全配慮義務違反の債務不履行の有無
(原告の主張)
本件パワハラ行為は,被告会社の事業の執行について生じたものである。被告会社は,使用者として従業員が他の従業員にパワハラを行うことを防止する義務を負うのに,その履行を怠ったため被告Yの不法行為が発生した。
また,被告会社は,労働契約に伴う安全配慮義務を負っており,本件では,原告の安全等を確保するための人的管理を適切に行わなければならなかった。具体的には,①宝塚支店の退職者が多いことに着目して適切に面談等を行い,被告Yのパワハラ行為がエスカレートしていることを確認し,被告Yを処分するなどの方法により職場環境の改善を図る,②本件パワハラ行為発覚後は原告が治療に専念できるよう労災として対応し,早期復職ができる環境を作るよう被告Yを処分すべきであったのに,①については,宝塚支店の適切な調査をせず,②については,本件パワハラ行為が公になった後もその事実を認めず,原告が治療に専念できる環境も復職できる環境も作らず放置し,原告を退職に追いやり損害を与えた。
したがって,被告会社は,使用者責任又は安全配慮義務違反の債務不履行に基づく損害賠償義務を負う。
なお,原告は,平成26年6月2日に異動を願い出たところ,人事異動
が終わったところだから難しいと断られ,同年8月7日になって同月1日付けで豊中支店に異動となったことを知った。しかし,豊中支店には被告Yと親しいA前宝塚支店長(同年4月まで宝塚支店長)がおり,また,地域が重なるため,復職しても被告Yと顔を合わせることがあったから,異動先としては不適切であった。そのため,原告は復職ができず転職した。被告会社は,相談窓口を設けるなどの措置をしていたというが,原告以外の従業員もパワハラを受けていたのに相談窓口が利用されていないことからして,パワハラ対策が周知徹底されているとはいえないし,仮に相談をした者がいたとしても,被告Yのパワハラが黙認されていたことからして,適切に処理されていなかった。宝塚支店は退職者が多く特に職場環境の健全性を確認する必要性が高い支店で,被告会社もそのことを認識していたのに,面談をしてもパワハラ行為を把握できなかったのであるから,パワハラ対策が機能していない。被告会社は,本件パワハラ行為の調査でも,パワハラの存在を認めず,加害者を処分せず,被害者を加害者と顔を合わせる可能性の高い支店に異動させ,労災の事実をうやむやにしようとし,休職期間が過ぎれば厄介払いしようとしたのであって,その対応は不適切である。
(被告会社の主張)

被告会社においては,パワハラの参考事例を示した上,懲戒解雇を含
む厳格な懲戒処分を科す旨の就業規則をもうけるとともに,イントラネット上に,パワハラの具体的事例も示してセクハラ・パワハラ防止に関するページを設け,パワハラの相談窓口である人事労務相談窓口等を掲示し,容易にパワハラについて相談できる制度をもうけている。さらに,各支店における労務管理状況を確認するため,本社の労務担当者が抜き打ち調査を行っており,宝塚支店でも,平成26年2月14日,人事管理部労務課のB課長が訪れて従業員から個別に事情聴取をし
たが,パワハラの相談はなかった。
また,被告会社は従業員に対してパワハラに関する研修を行っている。このように,被告会社は,パワハラの防止に関して教育や制度の面において適切な取り組みを行っていた。

また,被告会社は,被告Yからパワハラを受けたとする原告の主張を
真摯に受け止め,本社担当者が直ちに現地に赴き事実調査をして事態の解決に当たり,原告に対して休職のアドバイスをするとともにその希望どおり豊中支店への異動を行い,被告Yに対して懲戒処分を行った。ウ
以上によれば,被告会社は,本件パワハラ行為について使用者責任又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務を負わない。
原告に生じた損害

(原告の主張)

治療費

2万8060円

原告は,本件パワハラ行為により,平成26年4月頃にF32うつ病エピソードを発症させ,同年6月16日に就業困難なうつ病と診断された。原告は,うつ病治療のため同年5月26日から同年12月26日までCクリニックにおいて診察等を受け,D薬局において処方箋調剤を受け投薬治療を行った。Cクリニックの治療費は2万0980円,D薬局の調剤代は7080円である。

休業損害

49万7213円

原告は,本件パワハラ行為により就業困難なうつ病と診断され,平成26年6月20日から休職し,同年10月31日に復職困難のため退職を余儀なくされた。
原告の休業前の平均賃金は1万0866円97銭であり,療養のため労働できなかった期間は上記期間の134日間であるから,原告の休業損害は145万6173円となる。本件ではここから労災保険給付等を
控除した49万7213円を請求する。

営業報奨金差額

322万9270円

本件請負契約1及び2を成立させたことで原告には477万6375円の営業報奨金が支給されるはずであったのに,本件パワハラ行為によるうつ病の発症と原告の休業,退職により営業報奨金は大幅に減額され,154万7105円しか支給されなかった。本件パワハラ行為がなければ原告がうつ病に罹患し,退職することもなかったから,差額である322万9270円が営業報奨金に関する逸失利益といえる。

慰謝料

300万円

本件パワハラ行為の悪質性,原告の損害・病気の程度,被告会社の事後の対応等諸般の事情を考慮すると,本件パワハラ行為により原告に生じた慰謝料は,300万円を下らない。

弁護士費用

77万0263円

(被告会社の主張)
原告の休職前の平均賃金が1万0866円97銭であることは認め,その余は争う。
被告会社が原告に支払った営業報奨金の金額は144万4000円である。原告が被告会社に在籍を続けていた場合,平成27年3月までに合計135万8000円の営業報奨金を更に受領することができた。原告がこの報奨金を受領できなかったのは,被告会社が平成26年8月1日付けで原告を希望どおり豊中支店へ異動させたのに,自らの意思で同年10月31日に退職したためである。したがって,本件パワハラ行為と原告が上記報奨金を受領できなかったこととの間には相当因果関係はない。
また,原告は平成26年11月1日から転職先で働くことができたのであるから,慰謝料請求は認められない。
(被告Yの主張)

不知,否認ないし争う。
第3
1
当裁判所の判断
認定事実
前記前提事実に証拠(甲10ないし12,乙15,丙2,3,証人E,証人B,原告本人,被告Y本人のほか各項末尾に記載)及び弁論の全趣旨を総合すると,本件の経緯につき以下の事実が認められ,これに反する証拠(前掲証拠のうち後記認定に反する部分を含む。)は採用しない。
原告は,前職の学校教材販売会社の営業職の先行きに不安を感じ,高収入が望める被告会社に転職した。原告は婚姻していたが家庭内で妻と別々に過ごす時間が多くなっていたところ,妻は上記転職に不安を示していた。原告は,平成24年10月3日,被告会社に入社し,宝塚支店営業開発部に営業職として配属され,主として,土地所有者に対し土地活用を提案する飛び込み営業を行うこととなった。
被告Yは,平成15年に被告会社に入社し,平成21年5月から宝塚支店で勤務していた。被告Yは,原告が入社した頃,営業社員であるFと口論となりつかみ合いをしたり,営業社員であるGが帰り支度をしている原告に質問をしたとき,ボールペンを投げつけ,帰ろうとしている人にくだらない質問をするなと叱責することがあった(丙4,5)。被告Yは,平成25年2月,宝塚支店の営業課長となり,原告の上司として指導,教育をするようになった。被告Yと原告は同年齢であった。原告は,平成25年7月31日,平成24年12月頃から相談を受けていた顧客から,兵庫県伊丹市内の3階建ての店舗付き賃貸マンションに係る本件請負契約1を受注することができた。本件請負契約1に係る工事は,平成26年7月着工,同年11月完工,平成27年1月完成の予定であった。本件請負契約1の受注やその後の着工準備の手続等については,原告のほかA支店長や被告Yも原告をサポートするなどして対応していた。
原告は,平成25年12月頃,本件請負契約1の顧客から,上記マンションの建築予定地にあった旧建物の立退きにつき,当初提案されていたスケジュールがずれ込み,家賃収入がなくなることで収入が途絶える時期があるとして,スケジュールの調整ができないか相談を受けた。これに対し,原告は,顧客の思いどおりにはならないかもしれないが,一度会社に戻った上で改めて報告すると回答し,被告Yに相談した。すると,被告Yは一人で顧客を訪問し戻った後,原告に対し,

おまえは,困って手を差し出してきた人に対して,その手を払いのけた。この件から外す。着工までは私がやるからそれまでこの件に関わるな。

と言った。原告は,一つの案件が完工までどのように進行するのかを勉強するために関与を続けたいと考えたことから,

できることだけでもやらせてもらえませんか。

と申し入れたが,被告Yは,

そんな考え自体をいう時点で任せられない。おまえは新規案件発掘に専念しろ。

このまま着工までいられると思うなよ。

などと言って,原告が本件請負契約1の業務に関与することを許さず,顧客との電話も被告Y等がするようになった。
さらに,被告Yは,平成26年1月頃,本件請負契約1について,原告に対し,戻りたいかと突然尋ね,原告が即答できずにいると

即答できなかったので,だめ。

と笑いながら言った。原告は,平成26年1月頃,平成25年6月頃から接触をしていた顧客から,兵庫県川西市内の1階建ての賃貸店舗に係る本件請負契約2を受注することができた。本件請負契約2に係る工事は,平成26年9月着工,平成27年1月完工,同年3月頃完成の予定であった。この案件についても,原告だけでなくA支店長や被告Yが対応をすることもあった。原告は,本件請負契約2に係る書類の作成に際して書類上の顧客の名前を誤るミスをしたことをきっかけに,被告Yから

集中が足らないので新規案件に注力しろ。

と言われ顧客訪問を禁止された。なお,上記のミス
は,顧客の目に触れる前にA支店長が気付き,修正することができた。その後,原告は,本件請負契約2の契約締結の席に同席したいと申し出たが,被告Yは

おまえの席はない。

と言ってこれを断った。原告が,それならば担当者から名前を外してほしいというと,被告Yは

そんなことできない。無理だと分かって言っているだろう。

と答えた。さらに,原告は,契約締結後の資料を勉強のために見ておきたいと願い出たが,被告Yは個人情報であるとしてこれを拒んだ。
原告は,平成26年2月頃,担当案件に関し,被告Yから,書類作成に必要となる顧客名の印鑑を買ってくるよう言われ,自分が費用負担するつもりで購入した。被告Yが印鑑の値段を尋ねてきたのに対し,原告は,自分の担当案件なのでお金は要らない,領収書ももらっていないと返答した。しかし,被告Yは執拗に金額を尋ね,原告から聞き出した金額である315円を支払った。その後,被告Yは,A支店長に対し,

原告に印鑑を買わされましたー。

などと笑い話のように告げた。原告は,その後,A支店長に呼ばれ,なぜ自分の顧客なのに自分でお金を支払わないのか,と強く指導を受けた。
平成26年2月14日,被告会社本社のB課長は,労務管理状況を確認するため,抜き打ちで宝塚支店を訪れ,労働時間管理,パワハラを含む就労環境等について全従業員から各人15分程度の聞き取り調査を行った。原告もB課長と面談をしたが,初対面であり,また,相談することで身近なところから報復等があるのではないかとも考え,本件パワハラ行為については告げなかった。B課長は,宝塚支店の中で問題があるという兆候はうかがわれないと判断した。
原告は,平成26年3月末頃,被告Yから,3案件を取れない人がいると社内の雰囲気が緩むとして,他の従業員と接触しないよう定時よりも早く帰社し直帰扱いで打刻をして夜訪に出るように指示された。翌日,これに従って原告が午後5時頃に一旦帰社すると,被告Yは,

なぜこんなに早く帰ってきたのか。他社員がまだ頑張って外回りしているのに,何を考えているんだ。

と言った。原告が,

昨日の指示に従い,みんなに悪影響を与えないよう今から打刻して夜訪に出かけようと考えていました。

と説明すると,被告Yは,気が緩んでいるなどと叱責し,

外に出てもいいんだぞ。

などと語気強く原告に言った。原告は,夜訪において,新規顧客を発掘するため,終電がなくなるような時間まで顧客の帰りを待つこともあった。午後8時頃に顧客不在の連絡を被告Yに電話で入れた際に

で,どうするんだ。

と聞かれ,結局,顧客の帰りを待ったこともあった。
なお,3案件とは,契約に至る可能性がある案件を3つは手元に持っておくという意味であり,被告会社の社内では一般に言われていることであった。
原告は,平成26年3月頃から,手先のしびれと震えがあらわれるようになり,被告Yとの会話中,手の震えが出て指摘されることがあった。また,原告は,市役所に行った際に,自分がどこにいるのか,どこに行こうとしていたのか分からなくなることがあった。そのため,被告Yなど周囲からのすすめもあり,同年4月に内科を受診して異常なしとの診断を受けたものの,手先のしびれはおさまらず,倦怠感や記憶の不安定を感じ仕事への意欲が失せ,被告Yとの接触に恐怖を感じるようになった。
原告は,平成26年4月9日夜,帰りがけに被告Yに声をかけて相談をしたところ,宝塚支店の駐車場において,午前零時頃まで,被告Yから,

おまえは営業センスがない,だから退職を考えた方がよい。

と諭すように言われた。前記

のとおり原告は心身に疲労があり体調が悪かったこ

とから,翌10日,退職を考えている旨の申し出を被告Yにした。すると,被告Yは,原告に対し,

報奨金500万円あるのに辞めるのか,1000万円の半分だぞ。

と言った。原告は,A支店長から退職について検討するよう諭され,休暇を取ることとした。
原告は,休暇により精神的な安定をいくらか取り戻したことから,平成26年4月26日,A支店長と被告Yに仕事を続けることを報告した。これに対し,被告Yは,

これだけ休んでおいてお土産(新規顧客)はないのか。なければいつまでに3案件そろえられるのか。一度ケツを割った人間がのこのこ帰って来られると思うなよ。

支店長もおまえはガンだと言っていたぞ。

などと原告に言った。原告がやむを得ず,5月10日には3案件をそろえる旨を伝えると,被告Yは,

そろえられなかった際には,今度こそ引導を渡すからな。

と言った。そして,被告Yは,

5月10日までは支社に顔を出すな。おまえみたいなガンウィルスがいると会社の雰囲気が悪くなるし,みんなにうつるから直行直帰で仕事をするように。

と原告に指示し,原告は朝礼に出ず,直行直帰で仕事をすることとなった。なお,このように長期間にわたって,朝礼に参加しなかったり,直行直帰を続けることを指示されている従業員は他にいなかった。
原告は,手先のしびれ,倦怠感や記憶の不安定等が改善しないことから,平成26年5月26日,被告Yや実兄など周囲のすすめもあり,精神科のCクリニックを受診し,不眠,手足のしびれ,仕事対人関係の不安,体のだるさ,記憶力の低下,やる気が出ないことなどを訴え,不眠,不安,気力の低下の症状から同年4月頃にうつ病を発症したと診断され,その後も同年8月初めころまでは1,2週間に一度通院し,その後は同年12月まで約2週間に一度通院していた(甲9)。
被告Yは,平成26年5月31日,原告に対し,

被告会社にいる必要はない。辞めて欲しい。使えない社員がいると分母が広がって目標達成ができない。

などと言った。被告Yは,平成26年6月2日,原告に対し,電話で,

お前,キモイねん。もういいからお願いだから辞めてくれ。お前がいるとガンがうつる。報奨金もすべてやるから。

などと罵り,その後に予定されていた支店長,被告Y及び原告の3人での話し合いにおいて辞表を書けるように用紙を持ってくるよう指示した。上記の話し合いにおいて,原告は,A支店長の後任であるH支店長に異動を申し出たが,人事異動が終わったところであるから難しいと言われた。
被告Yは,平成26年6月3日,原告が退職することを前提に,

報奨金は何らかの形で渡すようにする。

,報奨金を商品券で渡してやるからなどと言い,翌日には,他の従業員に対し,原告が営業報奨金に執着していると言った。
原告は,平成26年6月16日,Cクリニックにおいて,うつ病のため就労が困難であり,2箇月間の仕事の休養及び自宅での療養加療が必要であるとの診断を受け,同月20日以降,被告会社に出社していない(甲4)。
被告会社の本社人事管理部は,平成26年6月18日頃,宝塚支店を管轄する関西事業ブロック長から,原告が被告Yからパワーハラスメントを受け休んでおり,弁護士に相談しているため調査して欲しいとの相談を受け,I人事管理部長とB課長が同月24日に宝塚支店に出向き,被告Yを含む宝塚支店の従業員6名から各人20ないし30分にわたり事情を聴取するとともに,宝塚支店の方向へ行こうとすると足が進まなくなるという原告については近隣の喫茶店で事情聴取を行った。営業開発部のJは,被告Yは言葉遣いが少し乱暴である,原告を辞めさせようと仕向けているように感じた,契約物件の着工を目前に控えているのに退職を迫るような詰問の仕方はおかしいと感じていた旨を述べたが,同じ営業開発部のEは,業務において厳しい指導を受けることはあるが,自分はパワハラとは感じていない旨を述べ,建築部の従業員はパワハラについてあまり感じていない旨を述べていた。また,A前支店長は,原告が,家庭で妻と会話がない家庭内別居の状態で悩んでおり,被告Yによく相談していた,原告が書類で顧客名の記載を間違えるなど,仕事に集中できていないため,クレームが発生する前に一旦担当から外し,被告Yが自ら着工準備をしていたことは認識していた,などと回答した。被告Yは,パワハラと思われるような指示・命令をしたことを否定し,営業開発部員全員に対し厳しく指導をしていた,原告が契約を得た案件については,立ち退き問題が絡んでおり被告Yが介入することで契約に至ったと考えており,その後の着工準備でも顧客の名前を間違えた資料を作成したり,その先の業務を自身が進めていくという意欲が欠けていたことから,本人に注意し,当面は新規の案件の発掘業務に専念するよう指示した,原告に対しては,期待を込めて厳しい指導をした,原告から,平成26年1月頃,家庭問題の相談を受けており,精神的な病気になる前に,休んだり,会社を辞めることを考えるべきかもしれないと言ったことはあったと述べた。原告は,家庭内別居の問題は事実だが,仕事とプライベートは分けている,深刻な内容であれば社内で人に話をすることはない,これまでは被告Yの厳しい指導は,自分の至らない点を思ったものと感じていたが,資料で顧客の氏名を間違えたことをきっかけに担当から外され,後は被告Yがやると言われ,新規開拓業務に専念する旨を指示された,顧客の地鎮祭にも担当営業でありながら行けず,このような担当外しには納得がいかない,自分を退職へ仕向けるような言動は報奨金欲しさではないかと考えてしまう,着工する案件を2案件控えている現状で,退職へ仕向けるような言い方は理解できず,一緒に仕事をしたくない,被告Yに転勤してもらうか原告を転勤させて欲しいなどと述べた。B課長らは,原告に豊中支店であれば転居せず通勤可能かを確認したところ,原告は通勤可能であると答えた。また,この際に,原告は,労災手続への協力を依頼したが,B課長からは,労災手続は時間がかかるので,健康保険の傷病手当手金にした方がいいとの提案があった。
被告会社では,前記

の2箇月間の療養を要するとの診断書の提出を受

けたことからこれに沿って原告を休ませることとし,窓口を本社労務課とするとともに,被告Yに関してはパワーハラスメントに該当する部分があるか否か検討するが,原告の私的な家庭事情に伴う部分が体調不良の背景にあるともうかがわれるため慎重な判断を要するものとした。(乙8)被告会社は,原告の異動希望を踏まえ,兵庫県川西市に自宅を有する原告が転居をせずに通勤できるよう,平成26年8月1日付けで,原告を宝塚支店から豊中支店へ異動させた。原告は,同月7日頃,この事実を知ったが,被告Yが豊中支店へ顔を出すことがあると聞いていたこと,地域的に宝塚支店と重なっており,被告Yと仕事をする可能性があると考えたことから,出勤することはなかった。また,原告は,Cクリニックにおいて,同月18日,同月16日からさらに2箇月間の仕事の休養,自宅での療養加療が必要であり,就業困難であるとの診断を,さらに同年10月14日,更に1箇月間の休養,療養加療が必要であり就業困難であるとの診断を受けた(甲9,乙3)。
原告は,前記の経過から復職は難しい一方,生活費を得る必要があるため転職を検討し平成26年11月からの転職先をみつけたため,被告会社に退職を申し入れ,同年10月31日をもって退職した。なお,原告は,転職時には,まだ睡眠薬を常用しており車の運転等ができない状態であったが,転職先では電車等での営業が許可されており,転職が可能となった。その後,被告会社では,本件パワハラ行為について,前後の因果関係,発言がカットされて,被告Yの発言の一場面のみをとらえ,あるいは原告の都合のよいように記述されていると推測される部分がある,被告Yは物事をはっきり言うため,原告からパワハラととらえられるリスクがあり,こうしたことを被告Yが十分理解しておく必要がある,被告Yのはっきりしたものの言い方と,家庭環境に問題を抱えメンタル不調に陥った原告の置かれた状況が,メンタル障害を生んだものと推察される,被告会社として,パワハラという懲戒処分事項に該当するかどうかについて判断ができず,監督署の聞き取り,判定がされるまで保留するとの整理をした(乙9)。
原告は,平成27年,うつ病につき労働者災害補償保険の保険給付を申請した。
西宮労働基準監督署では,地法労災医員の意見も聴いた上で,原告が平成26年4月頃にF32うつ病エピソードを発病していたと推測されるとした上,原告が発病前おおむね6箇月の間に業務による心理的負荷があったと認められる出来事として,①平成25年12月頃から,被告Yが原告に対し

お前は支店のガンだ。恥だ。

等の発言を継続的にしていた,平成26年3月頃,案件を発掘できない原告に対し,被告Yが,3案件を取れない人がいると,会社の雰囲気が緩むと言って,他の社員と接触をとらないように直帰扱いで打刻をし,夜訪に出るよう指示し,さらに,指示どおり直帰で業務を行った原告に対して暴言が始まり,午後8時頃まで,だめ社員だというようなことを言い続け,暴力を連想するように外に出てもいいんだぞといい,原告は外に出たら殴られるのかと思ったこともあった,同年4月9日の終業後,原告は被告Yから宝塚支店の駐車場で午前零時過ぎまで自主退職をするよう促された,被告Yが原告に退職を迫っている様子も目撃されていたことから,原告にはひどい嫌がらせやいじめ,又は暴行を受けたがあり,その心理的負荷の総合評価の強度は強であり,②平成26年3月頃から,案件を発掘できない原告は,定時よりも早く外回りから帰社して直帰扱いで打刻をし,夜訪に出て,3つの案件を発掘するよう被告Yから指示を受け,指示に従い業務を行っていたことから,原告には達成困難なノルマが課されたがあり,その心理的負荷の総合評価の強度は中であり,全体評価として心理的強度の負荷は強程度と判断し,また,業務以外の心理的負荷及び個体側要因によって発病したものとは認められないとして,上記精神障害は業務に起因するものであると認めた。その結果,原告に対し,平成27年8月7日に保険給付として55万8960円が支払われた。(甲1,2,3の1・2,6)。
上記労災認定を受け,被告会社は,被告Yに対し,平成27年10月26日付けで降格の懲戒処分を科し,職階を次席課長から主任へ2段階降格させた。
被告会社では,各従業員がアクセスできるイントラネット上に,就業規則及びセクハラ・パワハラ防止コンテンツを公開している。
就業規則では,懲戒解雇事由として同じ職場で働く者に対し,言葉や態度による暴力により苦痛を与え,社会通念上許容される範囲を超え,執拗な要求をし精神的に追い詰め,苦痛を与えたことで,就業不能な状況等に追い込んだとき。また,不正行為・違法行為と知りながら部下に対し不正不義を強要し,自己の目的を達したとき,または達しようとしたとき。上記事実内容(パワーハラスメント)を勘案し,懲戒解雇が相当と判断されたとき。(第71対して懲戒解雇も含めて対処する旨が記載されており,また,相談に応じた担当者等からの情報漏洩防止及び相談等による不利益取扱いの禁止が規定されている(第75条2項)。
パワハラ・セクハラ防止コンテンツでは,パワハラの具体例や防止・対応策や,社内相談窓口として人事労務相談窓口や被告会社コンプライアンス窓口が記載されている。これら相談窓口では,電話,書面,メールによる相談に応じており,相談があると,関係者からの事実確認を行い,事実が確認できた場合には,懲戒処分や配置転換等の対応を行うとされている。
また,被告会社では,営業管理者や各従業員に対するパワハラ防止に関する研修として,前者に関し,毎年2回,新任事業所長研修でパワハラ等に関する研修を,後者に関し,毎年,事業ブロック単位で,支店長以外の役職者に対しパワハラ防止等に関する労務管理研修を行っている。また,中途入社した従業員に対しても,入社時にパワハラや相談窓口についての研修を行っている。(乙1,2の1ないし9,11ないし13)
被告会社では,前回契約日(受注未経験者は入社日)を含む月の翌月1日を起算日として,12箇月以上18箇月未満の未受注期間がある従業員を長期未受注(SS)社員と,18箇月以上の未受注期間がある従業員を超長期未受注(SSS)社員と定義し,早期の受注を目指すよう教育指導等を行うこととされており,研修への参加を義務付けるなどしている。特に,超長期未受注(SSS)社員については,本社事業管理部によって徹底した管理指導がされることとなっている(丙1)。
2
争点

(被告Yによるパワハラ行為の有無)について

前記1の認定事実に基づき検討する。
本件パワハラ行為一覧表の番号1ないし4に関し,原告は,本件請負契約1及び2について,勉強のためにも引き続きその具体的業務を担当したいと希望していたにもかかわらず,被告Yは,顧客とのトラブル等をきっかけとして,時後の具体的な業務をさせず,原告が業務への関与を求めてもこれを拒絶したことが認められる。このような対応は,原告を当該案件の担当者から完全に外したというものではなく,また,営業担当者にとって新規開拓に注力できるという点で利点もあり,被告会社においては担当者のほか上司も顧客への対応をするものであることからすると,業務に関する指示として合理性がないわけではなく,それ自体が当然にパワハラに当たるということはできない。しかしながら,被告Yの言動には,①少しでも関与を続けたいという原告の申し出に対し,

そんな考え自体をいう時点で任せられない。

このまま着工までいられると思うなよ。

と答えたり,②平成26年1月頃,本件請負契約1について,原告に対し,戻りたいかと突然尋ね,原告が即答できずにいると

即答できなかったので,だめ。

と笑いながら言ったり,③本件請負契約2の契約締結の席に同席したいという原告の申し出に対し,

おまえの席はない。

と答えたり,④原告が契約締結後の資料を勉強のために見ておきたいと願い出たものを拒んだりするなど,通常の指示や教育指導の範囲を逸脱しているとしかいいようのない不相当な表現や対応が含まれているところである。また,本件パワハラ行為一覧表の番号5に関し,被告Yは,原告が負担すると述べた印鑑の代金を支払った上,A支店長に対し,

原告に印鑑を買わされましたー。

などと笑い話のように告げたことが認められる。これは,原告が,本来自ら負担すべき費用を被告Yに肩代わりさせたかのようにいうものであり,実際,原告は,その後,A支店長から指導を受けたものであって,理由もなく原告を貶める発言を意図的にしたものといえる。
さらに,本件パワハラ行為一覧表の番号6及び7に関し,被告Yは,平成26年3月末頃,原告に対し,社内の雰囲気が緩むとして,他の従業員と接触しないよう定時よりも早く帰社し直帰扱いで打刻をして夜訪に出るように指示した上,この指示に従って午後5時頃に一旦帰社した原告に対し,なぜこんなに早く帰ってきたのか,気が緩んでいる,外に出てもいいんだぞ,などと事前の指示とは異なるとしか解せない理由をつけて叱責したものであり,理不尽な叱責をしたものといえる。また,本件パワハラ行為一覧表の番号8に関し,被告Yは,同年4月9日の夜には,相談を持ちかけた原告に対し,宝塚支店の駐車場において,午前零時頃まで,営業センスがないなどとして退職を勧め,原告が翌10日に退職を考えている旨の申し出をすると,今度は

報奨金500万円あるのに辞めるのか,1000万円の半分だぞ。

と言うなど,嫌がらせとしかいえない発言をしている。加えて,本件パワハラ行為一覧表の番号9に関し,被告Yは,原告が休暇を取得して復帰した後である同月26日には,原告に対し,

これだけ休んでおいてお土産はないのか。なければいつまでに3案件そろえられるのか。一度ケツを割った人間がのこのこ帰って来られると思うなよ。

支店長もおまえはガンだと言っていたぞ。

(3案件を)そろえられなかった際には,今度こそ引導を渡すからな。

5月10日までは支社に顔を出すな。おまえみたいなガンウィルスがいると会社の雰囲気が悪くなるし,みんなにうつるから直行直帰で仕事をするように。

といって,朝礼に出ず,直行直帰で仕事をすることを指示している。直行直帰での営業活動は,営業担当者にとって営業活動に注力することができるという点で利点もあるが,原告のように長期間直行直帰を指示される従業員がいなかったこと,原告をガンウイルスと呼ぶなど不相当な発言が含まれていること,心身の不調から復帰したばかりの原告に,3案件を直ちにそろえることは容易なことではなかったと考えられることからすると,上記のような被告Yの言動は,原告に対し,過大な目標を設定するものであり,また,退職の可能性もほのめかすなど過大な心理的負担を与えるものであるといえる。
さらに,本件パワハラ行為一覧表の番号10ないし12に関し,被告Yは,原告に対し,平成26年5月31日には

被告会社にいる必要はない。辞めて欲しい。使えない社員がいると分母が広がって目標達成ができない。

などと,同年6月2日には

お前,キモイねん。もういいからお願いだから辞めてくれ。お前がいるとガンがうつる。報奨金もすべてやるから。

などと,退職を求める発言をし,同月3日には

報奨金を商品券で渡してやるから。

などと,退職を強要していると解さざるを得ない発言をした上,他の従業員に対し,原告が営業報奨金に執着していると言うなど原告のことを貶める発言までしている。このような被告Yの言動は,原告に対する嫌がらせ,いじめ,あるいは過大な要求と捉えざるを得ないものであって,強度の心理的負担を原告に与えていたといえる。
そして,原告は,平成26年3月頃から,手先のしびれと震え,倦怠感,記憶の不安定がみられるようになって内科を受診し,さらには同年5月以降,精神科を受診して同年4月頃にうつ病を発症したと診断され,休職に至ったものであり,上記の経緯と照らし合わせても,原告は,被告Yの上記言動によって同月頃にはうつ病を発症し,休職に至ったものといえる。なお,本件パワハラ行為のころ,原告は家庭内で妻と別々に過ごす時間が多くなっていた事実が認められるが,これが深刻なものであったことをうかがわせる事情は見当たらないから,これが原告のうつ病発症の原因となったとは認められない。そうすると,被告Yの本件パワハラ行為一覧表記載の一連の言動は,原告に対するパワハラ行為といえ,不法行為を構成するものというべきである。なお,被告Yは,他方では,原告の体調を気遣って病院で医師の診察を受けることをすすめるなど,原告に対する配慮がみられる部分もあり,また,被告会社には長期未受注(SS)社員,超長期未受注(SSS)社員などの制度があり,できるだけ未受注の期間を短くすることが求められていたことからすると,上記の被告Yの言動の中には,被告Yなりの原告への配慮をきっかけとするものが含まれていた可能性はある。しかしながら,既に検討したとおり,被告Yの具体的な言動は適切さを欠くものであることは明らかであって,この点が上記の認定判断を左右するものではない。
3
争点

(被告会社の使用者責任又は安全配慮義務違反の債務不履行の有

無)について
本件パワハラ行為は,被告会社宝塚支店の営業課長である被告Yが,その業務を行う中で,部下である原告に対する指示,指導等に際して行われたものであるから,被告会社の事業の執行についてされたものであり,被告会社は,被用者の選任,監督について相当の注意をしたときでない限り,使用者責任を負う(民法715条1項ただし書)。そこで,被告会社が,本件につき,上記の選任,監督について相当の注意をしたといえるかについて検討する。被告会社では,就業規則上,パワハラを行った者に対して懲戒解雇も含めて対処することとされており,また,パワハラの相談に応じた担当者等からの情報漏洩防止及び相談等による不利益取扱いの禁止が規定されている。また,イントラネット上のパワハラ・セクハラ防止コンテンツでは,パワハラの具体例や防止・対応策,社内相談窓口が記載されており,相談があった場合,関係者からの事実確認を行い,事実が確認できた場合には,懲戒処分や配置転換などの対応が行われるとされている。さらに,被告会社では,従業員に対するパワハラ防止に関する研修が実施されているほか,本社の労務担当者による抜き打ち調査も行われている。以上の事実からすると,被告会社は,パワハラ対策として一定の措置を講じているとはいえる。
しかしながら,原告が被告会社に入社した時点において,被告Yには既に他の従業員に対する威圧的な言動が時にみられたところであるが(前記1
),

そのような被告Yに対する指導等が本件パワハラ行為以前にされた形跡はうかがわれないこと,被告Yの原告に対する本件パワハラ行為について,他の従業員が相談窓口に連絡した形跡もうかがわれず,抜き打ち調査等でも把握されなかったことなどに照らすと,被告会社の前記措置は,実際には必ずしも奏功しているものではなく,実際に被告Yの本件パワハラ行為が数箇月にわたって継続していたことからしても,被告会社は,被告Yの選任,監督につき相当の注意をしたとはいえないものというべきである。
そうすると,被告会社は,原告に対し,被告Yのした本件パワハラ行為について使用者責任を負い,被告Yと連帯して損害賠償義務を負う。なお,安全配慮義務違反の債務不履行については,これが認められた場合の原告の損害額が,使用者責任が認められた場合の損害額を超えないと考えられるから,判断しない。
4
争点

(原告に生じた損害)について
治療費

2万8060円

前記2で判断したとおり,原告は,本件パワハラ行為という不法行為により,平成26年4月頃にはうつ病を発症したものであるところ,前記1記載のとおり,同年5月26日から同年12月までCクリニックにおいて診療等を受けたものである。そして,証拠(甲5の1ないし15)及び弁論の全趣旨によれば,この間,原告は,うつ病の治療のため,Cクリニックに治療費等として2万0980円を,Cクリニックの処方箋に基づき調剤を受けたD薬局に調剤代として7080円を支払ったことが認められる。これらの合計2万8060円は,本件パワハラ行為と相当因果関係のある損害と認められる。
休業損害

49万7213円

前記2(特に



及び

)記載のとおり,原告は,本件パワハラ行為

により就業困難なうつ病と診断され,134日間休職したものである。そして,弁論の全趣旨によれば,原告の休業前の平均賃金は1万0866円97銭であると認められるから,原告の休業損害は原告の主張どおり145万6173円(=10,866.97×134)となる。原告は,ここから労災保険給付等を控除した49万7213円を請求しており,これを本件パワハラ行為と相当因果関係のある損害と認める。
営業報奨金差額

0円

原告は,原告が退職しなければ支給されたはずの営業報奨金と実際に原告が支給を受けた営業報奨金の額との差額を損害として請求するところ,原告が平成26年10月31日付けで退職したことにより受領することができなかった営業報奨金は135万8000円であると認められる(前記前提事実

)。しかしながら,原告は,同年6月のB課長らとの面談にお

いて異動を申し出ており,また,豊中支店であれば通勤可能であるかという問いかけに対し,可能であると回答しており,これを踏まえて被告会社では同年8月1日付けで原告を豊中支店に異動させたものである。同支店は宝塚支店と近隣であることから被告Yとの接触の可能性はあり得るものの,日常的に接触の可能性があることをうかがわせる証拠はないのであって,被告会社としては原告の通勤可能な場所であることと被告Yとの引き離しが可能な場所であることという条件を踏まえつつ,可能な範囲で実効性のある異動を行ったものといえ,実際にも原告の就労環境は改善される可能性が高かったものと考えられる。そのような状況であったにもかかわらず,原告が自ら退職という選択肢を選んだことからすると,退職により得られなかった営業報奨金については,本件パワハラ行為との相当因果関係を認めることはできないものといわざるをえない。ただし,原告の退職には,早期の再就職により休業損害等の拡大を防止したという側面もあることからすると,営業報奨金の一部を得ることができなかったという事情は慰謝料額の判断に当たって考慮すべきである。
慰謝料

100万円

本件パワハラ行為の内容は前記2で検討したとおりである。これにより,原告は就労困難なうつ病に罹患したものであって,その程度は決して軽いものではない。原告は,平成26年11月からは転職によって就労が可能となったが,これは被告Yや被告会社から離れた環境での勤務であることに由来するものと考えられるのであって,このことをもって原告のうつ病の程度が軽度であったということはできない。また,被告会社は原告が休むようになった同年6月以降,本件パワハラ行為等について調査を行うなど一定の対応をしているとはいえるものの,労災認定がされるまではこれをパワハラとは判断しなかったものであって,結果的にその対応は十分なものであったとはいえない。また,被告Yについても,現在に至るまで原告に対し特段の対応をしていない。これらの事情に前記

の営業報奨金の

件も総合考慮すると,本件パワハラ行為により原告に生じた精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の金額は,100万円を下らない。
弁護士費用

15万円

本件の事案の内容,本件訴訟の経緯その他の事情を総合考慮すると,本件の弁護士費用としては15万円を相当と認める。
合計
5
167万5273円

結論
以上の次第で,原告の請求は主文記載の限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第1部
裁判官野村武範
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