判例検索β > 平成28年(う)第414号
殺人(認定罪名傷害致死)、傷害致死、窃盗被告事件
事件番号平成28(う)414
事件名殺人(認定罪名傷害致死),傷害致死,窃盗被告事件
裁判年月日平成29年3月27日
裁判所名・部福岡高等裁判所  第1刑事部
結果棄却
原審裁判所名福岡地方裁判所
原審事件番号平成26(わ)507
裁判日:西暦2017-03-27
情報公開日2017-10-13 01:33:43
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平成29年3月27日福岡高等裁判所第1刑事部判決
殺人(認定罪名傷害致死),傷害致死,窃盗被告事件
主文
本件各控訴を棄却する

第1
1由
原判決の要旨及び控訴趣意
原判示第1の事実に対応する公訴事実は,次の殺人の事実であった。すなわ
ち被告人は,平成15年12月下旬頃から,被告人らが経営するリサイクルショップの従業員であったA(当時22歳)を,原判示の当時の被告人及びB方(以下「被告人方という)で起居させていたものであるが,Bと共謀の上,殺意をもって,平成16年6月中旬頃から同月下旬頃までの間,同所において,Aに対し,6畳和室引き戸に施錠して同室内に閉じ込めるなどして自己らの支配下に置き,生存に必要かつ十分な食物を与えず,その頭部及び顔面を拳及び平手で殴り付け,その背部及び臀部等を足で蹴るなどの暴行を繰り返し,同人を衰弱させる一方,医師による適切な医療を受けさせず,浴室内に放置するなどし,よって,同月下旬頃,同浴室内において,同人を死亡させて殺害した」というのである。
これに対し,原判決は,被告人がAに対する殺意をもってBと共謀したとは認められないとして,
次のとおり,
原判示第1の傷害致死の事実を認定した。
すなわち,
被告人は,平成15年4月下旬頃から妻であるBとともに「Cを経営していたが,Bと共謀の上,同年8月下旬頃からCの従業員として働き,同年12月下旬頃から被告人方で生活し,被告人及びBらから繰り返し暴力を受けていたAに対し,平成16年6月中旬頃から同月下旬頃までの間,同所において,その頭部及び顔面を拳及び平手で殴り,その臀部等を足で蹴るなどの暴行を繰り返して同人に傷害を負わせ,よって,同月下旬頃,同所において,同人を同傷害により死亡させた」というのである。
原判決は,その余の公訴事実については,これらを肯認して,原判示第2及び第
3の各傷害致死の事実並びに原判示第4の窃盗の事実を認め,被告人を懲役28年に処した。
2
検察官の控訴の趣意は検察官吉田誠治作成の控訴趣意書に,これに対する答
弁は主任弁護人市橋康之,弁護人林優及び同丸山和大共同作成の答弁書に,弁護人の控訴の趣意は前記主任弁護人及び弁護人2名共同作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は検察官山内峰臣作成の答弁書に,
それぞれ記載されたとおりであるから,
これらを引用する。
検察官は,原判示第1の事実につき,原審が検察官の取調べ請求した被告人の検察官調書及び被告人の証人尋問調書を却下したことの訴訟手続の法令違反,被告人の殺意を否定したことの事実誤認を主張している。弁護人は,原判示第1ないし第3の各事実につき理由不備及び訴訟手続の法令違反,原判示第3の事実につき理由齟齬,原判示第1及び第3の各事実につき被告人の暴行と被害者2名の死亡との間に因果関係を認めたことの事実誤認,原判示第3の事実につきBとの共謀を認めたことの事実誤認,原判示第3の事実につき包括一罪の成立を認めたことの法令の適用の誤り,量刑不当を主張している。
第2

原判示第1ないし第3の事実に関する理由不備及び訴訟手続の法令違反の主
張について(弁護人)
弁護人の論旨は,原判決は,(犯罪事実)の項において,原判示第1ないし第3として認定した各傷害致死の事実において,傷害の部位,種類,程度等の具体的内容を摘示していないから,理由不備がある上,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
しかし,原判決は,(犯罪事実)の項において,共犯者及び被害者3名,暴行の時期及び場所,被害者の負った傷害の原因である暴行の態様を具体的に摘示して,被害者3名がそのような暴行によって受けた傷害により死亡した事実を認定している。そうすると,原判決は,傷害致死罪の構成要件に該当すべき具体的事実について,それが構成要件に該当するかどうかを判定するに足りる程度に具体的に明らか
にしており,罪となるべき事実の摘示として欠けるところはない。原判決には理由不備は存しない。
また,原審で取り調べられた証拠に照らすと,被告人及びBは,被害者3名の遺体を土中に埋め,それらを掘り返した後に遺骨を砕いて川に投棄するなどの徹底した罪証隠滅工作をしており,原審公判においては,被害者3名が死亡した経緯及び状況に関して曖昧な供述しかしておらず,そのほかに,被害者3名の負った傷害の部位,
種類,
程度等を具体的に明らかにできる証拠はなかったということができる。そうすると,原判決は,被害者3名が負った各傷害について具体的に摘示していなくとも,原審で取り調べられた証拠から認定できる範囲で,被害者3名の各傷害致死に該当する事実を具体的に摘示しているということができる。原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反は存しない。
論旨は理由がない。
第3

原判示第3の事実に関する理由齟齬の主張について(弁護人)

弁護人の論旨は,原判決は,(犯罪事実)の項において,原判示第3の事実について,被告人がDをBとの共謀に基づく暴行の繰り返しで生じた傷害により死亡させた旨認定しているが,(争点に対する判断)の項においては,BによるDの顔面への裏拳の一撃によって生じた傷害でDが死亡した可能性を否定できないとしているから,原判決には理由齟齬がある,というのである。
しかしながら,原判決は,(争点に対する判断)の項において,被告人の認識していないBによる暴行の際にDが死亡したとしても,また,その暴行が被告人の認識していない『裏拳』等によるものであったとしても,その暴行が前記の包括的な共謀関係に包摂されることは明らかであり,Dは,被告人とBとの間の包括的な共謀関係に基づく暴行によって死亡したものと優に認められると判示しているにすぎない。原判決は,BのDに対する暴行が被告人との包括的な共謀に包摂されることを説示しているにすぎないから,仮定としてBによるDの顔面への裏拳の一撃によって生じた傷害でDが死亡した可能性に言及していることが理由齟齬にな
るものではない。原判決には理由齟齬はない。
論旨は理由がない。
第4

原判示第1及び第3の事実の因果関係に関する事実誤認の主張について(弁
護人)
弁護人の論旨は,被告人及びBによる暴行と原判示第1及び第3の各被害者の死亡との間にはいずれも因果関係がないのに,これらの因果関係があるとした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,医師Eの原審供述その他の原審で取り調べられた証拠によれば,
次の事実が認められる。
被告人及びBがAに対して繰り返して加えた体罰は,頭部及び顔面を拳及び平手で殴り,その臀部等を足で蹴るなどというものであり,そのような暴行を繰り返すことにより,頭蓋内出血に伴う脳ヘルニア,外傷性ショック,挫滅症候群により死亡する可能性が高くなるということができる。また,被告人及びBが当時4歳のDに対し加えた体罰は,頭部及び顔面等を平手で殴るなどというものであり,幼児に対して,そのような暴行を繰り返せば,頭蓋内出血に伴う脳ヘルニア又は外傷性ショックで死亡する可能性が高くなるということができる。そして,そのほかにA及びDが死亡した原因は見出せないのであるから,被告人及びBのAに対する体罰による暴行とAの死亡との間,被告人及びBのDに対する体罰による暴行とDの死亡との間には,いずれも因果関係が認められるということができる。
所論は,①原判決は,原判示第1及び第3に関して,内因死や第三者の介在によるもの等,被告人及びBの暴行とは無関係なA及びDの死亡原因を合理的に疑わせる事情は何ら存せずと判示しているが,これは,被告人に内因死や第三者の介在による死亡について合理的疑いを容れる程度の立証責任を課すものであり,刑訴法の原則に抵触する,②E医師の原審供述は,原判示第1につき,Aの顔面がパンパンに腫れていたとか,Aの身体中が痣だらけであった,という証拠から認められない事実を前提にするものである上,Aの身体の一部が長時間圧迫されたり,それ
と同程度の身体的負荷が生じたりした事実はないのに,そういう事実から生じる挫滅症候群による死亡の可能性をいうものであるから,信用できない,という。しかしながら,①については,原判決は,被告人及びBにより繰り返された体罰とは無関係にA及びDが死亡した可能性がないことを推認する上で,その前提事実の一つとして,内因死や第三者の介在による死亡等の被告人及びBの暴行とは無関係なA及びDの死亡原因を合理的に疑わせる事情が存しない旨説示しているにすぎない。原判決は,前記説示だけを根拠にして,被告人及びBの暴行とA及びDの死亡との因果関係を肯定しているわけではないから,所論は前提を欠く。②については,福岡県筑後市内のファストフード店に勤務していたFは,原審公判において,1人で来店したときのAの顔面は,目が腫れ上がって,全体的にパンパンしていた旨供述している。また,被告人は,原審公判において,Aの遺体を運ぶとき,痣は全部で数か所あり,背中に黒い痣,目の周りや頬には傷や痣があった旨供述している。そうすると,E医師の前提とした事実は証拠によって認められるというべきである。さらに,E医師の原審供述によると,挫滅症候群は筋肉が広範囲に挫滅したことによるものであり,継続した暴行によっても生じるというのである。そうすると,挫滅症候群は,身体の一部が長時間圧迫された場合に限らず,被告人及びBによって行われた継続した体罰によっても生じ得るということができるから,Aの挫滅症候群による死亡の可能性をいうE医師の原審供述に対する所論の批判は当たらない。
原判決には,原判示第1及び第3の事実の因果関係の認定について,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認は存しない。
論旨は理由がない。
第5

原判示第1の事実に関する訴訟手続の法令違反の主張について(検察官)
検察官の論旨は,
検察官が原審において取調べを請求した被告人の検察官調書
(原
審乙10ないし12号証)及びBの公判における被告人の証人尋問調書(原審乙51号証)は,被告人の殺意を認定する上で取り調べる必要性があったのに,原審が
これらの取調べ請求を却下したのは必要性の判断を誤ったものであるから,原審の手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,まず①被告人の検察官調書(原審乙10ないし12号証)には,AとGは週2回ないし3回食事を取り上げられていたこと,Aが被告人方から逃げ出して,警察に駆け込んだりしないよう,
6畳和室の引き戸に錠を取り付け,
トイレの窓をふさいだこと,
引き戸1枚だとAが突き破る不安があったため,Aを連れて外出したこと,さらにはAの遺体の状況が録取されている,というのである。次に②被告人の証人尋問調書(原審乙51号証)には,Gが死亡したような状況には決してしてはいけないと考えたのか,という質問に,被告人がそれを肯定する返答をしたことが録取されているというのである。
そうすると,①及び②は,いずれも刑訴法322条1項に該当する上,被告人の原審供述と比較すると,Aが食事を取り上げられた回数,被告人方でAの行動を制限していた趣旨,被告人がAに体罰を加え続けていた心情等について,明確に異なるか,
やや異なった趣旨のものということができる。
しかし,
刑事裁判においては,
裁判所が公判において直接心証を得るのがより適切であり,捜査官の作成した供述調書を通して事実を認定するのは,捜査官の心証を介して心証を得るに等しい。そうすると,基本的には公判における供述によって事実を認定するのが制度の趣旨に合致するというべきであり,捜査段階で作成された供述調書を子細に検討し,そこにある細かい供述記載の積み重ねによって事実を認定する手法は,適切とはいい難い。このような観点からみると,公判供述と異なった供述が録取された書面は,当該書面における供述により信用性が認められ,その供述が争点の判断に重要な影響を与えるときなど,当該書面を証拠とする必要性が認められる場合に証拠とするのが適切な運用ということができる。本件においては,被告人の原審供述を検討しても,
被告人の原審供述より①及び②の方に信用性が認められるとは到底いえない上,
①及び②を証拠として採用することによって,本件の争点に対する判断が大きく変容することはないということができる。
そうすると,原審が検察官のした被告人の検察官調書及び被告人の証人尋問調書の取調べ請求を却下したのは相当であるから,原審の手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反はない。
論旨は理由がない。
第6

原判示第1の事実についての事実誤認の主張について(検察官)

検察官の論旨は,要するに,被告人にはAに対する殺意が認められるのに,Aに対する殺意をもってBと共謀したとは認められないとした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,原審で取り調べられた証拠を検討しても,被告人が,Aに対する殺意をもってBと共謀しAを殺害したとは認められないから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認は存しない。以下その理由を説明する。
1
原判決挙示の証拠によれば,以下の事実が認められる。
被告人及びBは,平成15年4月下旬頃Cを開業し,従業員に対して,商品
の磨き作業や店内の掃除等を徹底して行うように指導し,不十分であることを複数回注意しても実行できないときには,体罰を加えてでも分からせるという方針をとり,さらに,嘘をついて不始末をごまかしたり,見えないところで仕事をさぼったりした従業員にも,体罰を加えていた。体罰は,被告人及びBが,長時間にわたって説教をしながら,平手や拳で頭や顔面を殴り,臀部や太腿を蹴るといったものであった。また,従業員相互に仕事ぶりを監視させ,不始末が見つかると,不始末をした従業員に対して,別のCの従業員に体罰を加えさせることもあった。Aは,平成15年8月終わり頃から,Cの従業員として働き始め,その頃Cには,Gが勤務しており,AとGは,他の従業員と比べて,徹底した商品の磨き作業や店内の掃除等が行き届かず,不始末が多かった。AとGは,Cの商品の菓子を
食べ散らかしたことがあってから,B及び被告人から注意されて繰り返して体罰を受けるようになり,同じような不始末を重ね,嘘をついたりもするため,頻繁に体罰を受けていた。
AとGは,平成15年12月下旬から,自らの意思で被告人方に住み込み,6畳和室で生活するようになったところ,食事の作法,入浴する際の下着の整理,トイレの使い方など,日常生活で求められる基本的な生活習慣が身に付いていないとして,B及び被告人から,厳しく指導され,そのことでも体罰を受けるようになり,次第にその頻度が増えていった。
AとGは,Bが指示して,AとGの一方が不始末をすると,他方が体罰を加えるようになり,両名の関係が険悪になって,揉み合いや取っ組み合いの喧嘩をするようにもなった。また,AとGは,不始末をした罰として,週に1,2回食事を抜かれることがあり,そのうちに痩せて動きが鈍くなり,食欲も落ちていった。被告人及びBは,体罰が繰り返されることにより,AとGの顔面が腫れて痣が目立つようになったため,
平成16年4月頃から,
AとGをCの店舗には出さず,
顧客の目に触れない場所で,商品の磨き作業等をさせるようになった。しかし,それでも,両名に対する体罰は続き,Gは,平成16年5月末頃から同年6月初め頃までの間,被告人方で死亡し,Aも,平成16年6月下旬頃,被告人方の浴室内で死亡した。
2死亡する前のAの状況について,次のようなそれを目撃した関係者の原審供述がある。
ファストフード店に勤務していたFは,
原審公判において,
次のとおり供述
している。
Aが,
平成16年3月頃,
被告人とともに来店したことがあり,
その後,
別の男性と商品を取りに来たときには,目の付近に青痣があり,その1週間くらい後,
1人で来たときには,
目の付近の青痣がひどくなり,
顔全体がパンパンに腫れ,
少しやつれたような感じであった。さらに1週間くらいして,Aが1人で同じ商業施設のパン売り場にいるのを見かけ,そのときは,陳列棚のパンを取って開封して
口に押し込むようにして食べており,
顔全体が殴られたように赤紫色に腫れ上がり,
初めて見たときよりも急激に痩せていた。その数日後の平成16年5月か6月頃,1人でスーパーマーケットを歩いているAとすれ違ったことがあり,そのときは,やつれて倒れそうにしていた。
Aの母親は,原審公判において,次のとおり供述している。Aが被告人方に住み込むようになってからは,Aに会うことがなく,平成16年4月頃,心配して4回か5回CにAを訪ねたが,被告人及びBから,別の場所で商品を磨いているなどと言われて,会わせてもらえなかった。その際,被告人及びBから,Aに貸し付けた700万円を返済するよう求められ,5回くらいに分けて全額支払った。最後に支払った同年6月初め頃,Aに会わせるように求めると,被告人がAと通話状態になっている電話機を渡してきたので,被告人から離れて,被告人がいないから何でも言うように話し掛けたところ,Aは大丈夫としか言わなかった。Hは,
前妻がAの交際相手の妹であったことから,
Aと面識があったところ,
原審公判において,平成16年6月中旬頃,八女の商業施設において,Aが被告人及びBとともにいたので,A君と声を掛けると,Aは,ようとそれに応えて手をあげたが,目から頬にかけて変色して,繰り返して殴られたような大きな痣があり,元気がなさそうにしていた旨供述している。
3
被告人及びBの各原審供述
Bは,原審公判において,AとGが死亡した経緯について,次のとおり供述
している。
AとGは,被告人方に住み込むようになってから,二人とも,少し痩せ,動作が鈍くなり,食欲も落ちた。その原因は,日々怒られて体罰を受けていたこと,二人が取っ組み合いのケンカをしたこと以外に考えられず,Gは体が小さいためよりダメージが大きかったと思う。平成16年5月末か6月初め頃の朝,AからGが死亡していると言われて,6畳和室に行くと,Gが寝たまま死亡していたのであり,その前日に,Gが,体罰を受けたり,ケンカをしたりした記憶はない。Aに対して,
Aが取っ組み合いのケンカをしたため,Gが死んだと言ったところ,Aはすみませんと謝っていた。平成16年6月21日頃,娘とAに留守番をさせて,外出するとき,心配で,娘とAを6畳和室に閉じ込めて,その様子をビデオカメラで隠し撮りした。そうしたところ,Aが娘の菓子を取ろうとして嫌がる娘の頭を叩いているところが映っており,
被告人がそれに怒っても,
Aがしらを切るので,
被告人が,
激怒して,
30分以上の長時間にわたり,
Aに激しい体罰を加えた。
その後,
Aは,
被告人から浴室内で反省するように言われて,よたよたと浴室に行ったが,就寝後2時間ないし3時間してトイレに行くため起きたとき,浴室から物音がしないので見ると,Aが死亡していた。
これに対し,
被告人は,
原審公判において,
AとGが死亡した経緯について,
次のとおり供述している。
AとGは,被告人方に住み込むようになって,体罰を受けることが増え,体の痣が消えることはなくなった上,体罰を受けたり,2人でケンカをしたり,食事を抜かれたりすることで,痩せて体力が落ちていた。Gは,死亡した日の朝,被告人が出勤するのを玄関まで見送りに来るのに,うまく歩けない状態であり,その後,Bから電話でGが死亡した連絡を受け,帰宅すると,Gは6畳和室で寝た状態で死亡していた。BはAが叩いてGが死んだと言い,AもGの顔や頭を何回も殴ったと述べていた。Gの死亡後,Bとの間で,Aに体罰を加えるのをやめ,傷を癒してからAを実家に帰すことなどを話し合い,Aの顔面を氷やアイスノンで冷やしたり,Aに抗生剤を服用させたりしたが,Bは,Aの不始末に妥協できず,体罰は続いた。Aには,
Gの死後も,
食材の買い物等のため,
4回ないし5回1人で外出させたが,
BがAにGが死亡したのはAのせいだと言い聞かせており,A自身も捕まりたくないと言っていたので,AがGの死亡を他に話すことはないと思っていた。Aは,冷蔵庫を持って運べなくなったり,歩幅が狭い歩き方になったり,掃除の途中で掃除機の先を杖代わりにして休んだりするなど,
体力が落ちて弱っていくのがわかった。
平成16年6月20日,娘とAを残してBと外出するので,心配で,6畳和室にビデオカメラを設置したところ,Aが娘から菓子をもらう様子が映っており,Bが,相手の分をもらったりすることがないように菓子を分け与えたのに,と言って,怒りだし,Aに体罰を加え,被告人もビンタや拳による体罰を3,4発程度加えた。Aが死亡したのは,その後の同月末から同年7月初旬頃であり,死亡の前日,Aが不始末をして,いつもと変わらない体罰を受け,Bから言われて浴室で反省していたところ,翌朝,Bから言われて浴室を見ると,Aが死亡していた。Bは,原審公判において,Aが死亡する直前,被告人が30分以上も激しい暴行を加えた旨供述する。しかし,Bの原審供述は,Aと娘を残して外出するのが心配で,ビデオカメラを設置したのであれば,Aに分かるようにビデオカメラを設置するはずであるのに,Aが気付かないようにビデオカメラを設置したというものであり,不自然なところがある。被告人は,原審公判において,Gの死亡を機に体罰の自重を心がけていたというのであり,そのことは本件の経緯から十分首肯できるのに,Aが頭を叩いて娘の菓子を取ろうとしたという程度のことで,Aに激怒して,
激しい体罰を加えたというのも,
不自然である。
他方で,
被告人の原審供述は,
Aに分かるようにビデオカメラを設置したが,Aが均等に分けたはずの菓子を娘からもらっていたので,Bが腹を立てたという,Aにとって予想外のことで体罰を受けたというもので,不自然とまではいえない。Bは,原審供述の当時,原判決が被告人について認定したのと同じ事実で懲役30年に処せられ,控訴していたのであるから,自己に有利に事実関係を供述する可能性があったところ,Gの死後,自分はAに体罰を加えていないなどと,従前の経緯に照らして信用し難い供述をしている。こうした事情に照らすと,Bの原審供述は信用できないから,Aが死亡直前に被告人から激しい体罰を加えられていた事実を認定することはできない。そうすると,Aは,被告人及びBから日常的な体罰を繰り返される中で,死亡したものということができるところ,原判決挙示の証拠によれば,被告人及びBが日常的にAに加えていた体罰は,頭部及び顔面を拳及び平手で殴り,臀部等を足で蹴るというものであり,個別にみると,Aを死亡させる危険性が高いものとは到底いえない。被告人及びBらが体罰を繰り返したことによる継続的な暴行とAの死亡との間に因果関係は認められるが,暴行の態様,強度,回数,頻度,それらの死亡よりかなり前のものと死亡直前のものの差異など,
その継続的な暴行の具体的内容は,
ごく概括的にしか判明していないから,被告人及びBらによる継続的な暴行が人の生命に及ぼす危険性の高低を評価することは困難である。被告人が,BらとともにAに加えていた体罰の性質自体からは,それを継続することによって,Aが死亡する蓋然性を認識できたということはできない。
4
しかしながら,被告人が,Aの身体の状況から,体罰を継続することによっ
てAが死亡する可能性があることを認識していたにもかかわらず,あえてAに対する体罰を継続していたのであれば,被告人に未必の殺意を肯定する余地はある。そこで検討すると,被告人及びBがCの従業員らに体罰を加えたのは,商品の磨き作業や店内の清掃等が要請どおりにできず,繰り返し注意しても改善されないとき,嘘をついて不始末をごまかしたとき,見えないところで仕事をさぼったときなどであった。また,被告人方に住み込んでから,被告人及びBが,Aに体罰を加えたのは,食事の作法,入浴する際の下着の整理,トイレの使い方など,期待された生活習慣を実践できないときであった。関係者の原審供述からは,Bの性格やBの従業員に対する方針から,これらの要求水準はかなり高く,体罰もかなり強度なものであり,体罰が加えられる経緯には相当に陰湿なところがあったことが認められる。しかし,Bの求める水準は,かなり高くとも,それは几帳面な人物であれば実行は可能であり,実際,Cの従業員の多くが,AとGのように,深刻な体罰を受けていた形跡はうかがえない。そうであれば,被告人は,Bとともに,自分たちの意に沿わない従業員としての勤務態度や同居者としての生活習慣に対して,体罰を加えていたということができるが,体罰にそのような趣旨を超えるものがあるとまでは認められないから,Aの身体がかなり不良な状況で行われたとしても,被告人にAが死亡してもやむを得ないというまでの認識があったとは到底いえない。原判示第2の被害者であるIは,夫婦の都合で大手電機会社を退職して,Cで働いていたところ,B及びCの元従業員Jの各原審供述によれば,被告人及びBは,Iが自分の能力や経歴から横柄な態度をとっていると述べていたというのであり,そのためか,Iは,他の従業員とは異なり,C事務所内の1室に隔離された生活を強いられ,靴ベラ及びゴルフクラブ等を使った体罰を受けている。このように,被告人及びBは,Iには悪感情に基づくとも受け取れるような体罰を与えていたのであるが,A及びGについては,BがGを気に入ってGもBになつき,被告人がAを気に入ってAも被告人になついていたというのであるから,被告人が,Aの死亡する可能性を認識しながらも,あえて体罰を継続していたとはいえない。被告人は,Aが,継続的な体罰を受けることで,体力を失って,痩せ衰えていき,Gが繰り返して体罰を受けたことで死亡したことも,目の当たりにしていたのであるから,体罰を継続することによりAが死亡する可能性は認識できたということもできる。
しかし,Aの死亡前の様子を目撃した前記関係者の原審供述によると,Aは,体力を失って痩せ衰えていたとはいっても,1人で行動することは可能であった上,関係証拠からは,体罰によるAの身体的な侵襲が,どの程度具体的に死亡に結びつくようなものであったかも明らかではない。Gは,Aからも暴行を受けており,Bの原審供述によると,AはGよりも体力が勝っていたというのであるから,Gが死亡したのと同程度の体罰を加えていたことによって,Aの死亡の蓋然性を認識できたと結論付けるのも,いささか早計である。
被告人は,体罰を続けることによるAの死亡の可能性は認識できたにしても,認識した可能性の程度が,未必の殺意を肯定できる程度まで高いものであったといえる証拠はなく,
また,
前記のとおり,
被告人が,
Aの死亡の結果を受け入れてまで,
Aに体罰を加え続けようとしていたとはいえないから,被告人に,未必的なものであるにしても,Aに対する殺意を肯定することはできない。
5
所論は,単体としては致死性が低い暴行でも,人を支配下に置いて,生存に
必要かつ十分な食物を提供せず,医師による適切な医療を受けさせないという状況下で,
これを継続すれば,
人が死亡する危険性が高いことは経験則上明らかであり,
被告人は,継続的暴行のすえGが死亡するという事態を直近に経験していたのであるから,論理則,経験則上,被告人において,自分たちの継続的暴行が人の死ぬ危険性の高い行為であると認識,認容した上で,Aに対して継続的に暴行を加えたことは優に認められる,という。
そこで検討すると,
被告人の原審供述によれば,
被告人は,
Gが死亡した後,
Aが勝手に寝室やリビングに来ないようにしたいというBの希望から,被告人方6畳和室の引き戸の外側に錠を取り付け,さらには,声が外にもれないようにするため,トイレの窓にベニヤ板を貼り付けたことが認められる。そのほか,被告人方には,浴室の折れ戸,6畳和室の押し入れ,4畳半の片開き戸,トイレの片開き戸などに,錠を取り付けたとみる余地もある穴が確認されている。さらに,被告人及びBは,Gの死亡前,Aの母親からAとの面会を求められても,それを拒否している上,被告人は,原審公判において,Gが死亡したため,Aを実家に帰そうと考えた旨供述しているが,実際にはそれを実行していない。
しかし,被告人方6畳和室の窓は,被告人方のあるアパートの駐車場に面しており,そこに錠が取り付けられるなどした形跡はなく,Aが自由に開けることができたものと認められるから,Aは,6畳和室の窓から抜け出すなどして,被告人方から逃げたり,その窓から大きな声を出すなどして,付近の住民らに助けを求めたりすることは可能であったということができる。また,被告人の原審供述によると,Aは,Gが死亡した後も,買い物などのため1人で外出していたというのであり,実際,ファストフード店に勤務していたFは,原審公判において,Aが,顔全体を腫らせて,やつれた状態で,1人で来店しており,また1人で商業施設にいるのを見かけた旨供述している。Aは,そもそも自分の意思で被告人方に住み込んだ上,平成18年6月初め頃母親と電話で話した際も,安否を気遣う母親に大丈夫とだけ答えており,被告人及びBの各原審供述によると,Aは,Gが死亡したことには,
Gに暴行を加えていた自分に責任があることを認めていたというのであるから,Aは,体罰を繰り返して受けながらも,自分の意思で被告人方に留まっていたとみる余地もある。
以上によれば,Aは,自分の判断で,被告人及びBの下から逃走したり,その上で他人を頼って必要な食物を得たり,さらには,医師の治療を受けたりすることが可能であったということができる。被告人は,必要な食物の提供が受けられず,さらには医師による治療を受けられないような状態で,Aを自己の支配下に置いていたとはいえないから,そのことによって,被告人にAに対する殺意を肯定することはできない。
被告人の原審供述によれば,Aが不始末をしたことにより食事を抜かれるのは,週1,2回程度であったにすぎないというのである。また,Bは,原審公判において,AとGは食欲が減り,Gは食物を飲み込みにくい感じになった旨供述しているから,Aが痩せ衰えていったのは,繰り返して体罰を受けたため,スムーズな咀嚼が難しくなり,食欲も落ちるなどして,与えられた食事を十分に摂取できなかったことが多分に影響しているとみることもできる。原審で取り調べられた証拠を検討する限りは,Aが,被告人及びBによって,生存するのに必要な食物を提供されていなかったということはできない。
前記第6の

Gが死亡する事態を直近に経験していたことによ

り,体罰を続けることによるAの死亡の可能性を認識できたといえたとしても,認識した可能性の程度が,未必の故意を肯定できる程度まで高かったとはいえず,Gが死亡したのと同程度の体罰を加えていたことによってAの死亡の蓋然性を認識できたと結論付けることはできない。
6
所論は,①原判決は,単体で直ちに人を死亡させるに足る強度の暴行が認め
られない限り殺意を認定できないという前提をとり,一連の行為を個別に分断し,単体で直ちに人を死亡させるに足る強度の暴行が認められるか否かを検討したものと解されるところ,原判決の論理構成は,暴行と死亡との間の因果関係の存否については,一連の行為を総合評価してこれを肯定しながら,殺意の認定では,一転して個別の暴行の態様を問題として殺意を否定するとの相矛盾する判断をしているから,論理則,経験則に違反している,②被告人及びBは,Aに対し,Gが死亡する以前と同様に,不始末などを理由として暴行を繰り返し,Gと同様の暴行を継続して死亡するに至らせたと認定できるから,Aに対する未必的殺意があったということができる,という。
しかし,まず①についてみると,原判決は,Aが死亡するに至った際の具体的な状況が不明である上,Gの死因やGが死亡するに至った具体的な経過は尚更判然としていないから,Aに対してGと同様の行為を継続して死亡するに至らせたと認定できる証拠はなく,Gと同様の暴力をAに繰り返したのであるから殺意があったと推認するのは困難であると説示している。このように,原判決は,体罰を継続したことによっても殺意を推認できないと明確に説示しているのであり,一連の行為を個別に分断して殺意を否定しているのではない。所論は,原判決の趣旨を正解しないものであり,失当というほかない。
被告人がAに体罰を加えていたのは,要求水準が高かったにしても,意に沿わない従業員としての勤務態度と同居者としての生活習慣に対してであるから,そのような体罰を継続することは,Aに対する悪感情等が介在していない限り,Aが死亡する可能性が高まっていることを認識しながら,Aが死亡してもやむを得ないとして行われたものと評価することはできない。体罰が加えられた経緯をみると,Bの包容力がなく人を許容できない性格傾向と強い体罰によって全体を統制しようとする方針が背景にあり,長時間にわたって執ような説教がされたり,従業員相互に仕事ぶりなどを監視させたりするなど,
陰湿なところがあったが,
そのことによって,
被告人の殺意が肯定されると結論付けることはできない。
次に②についてみると,被告人は継続して体罰が加えられたことによりGが死亡した経緯を目の当たりにしていたが,そのことにより,同様の体罰を継続してAが死亡することについて,被告人が認識していた可能性の程度は,殺意が肯定できるまでに高いものであったとは断定できない。Gは,Aからも暴行を受けており,Bの原審供述によると,Aは,Gよりも体力が勝っていたというのであるから,Gとは異なった状況に置かれていたということもできる。
また,
Aは,
死亡した当時は,
終始被告人方で生活しており,被告人とは違って殆ど在宅していたBにはその状況を把握できたにしても,Cの仕事のため被告人方を外出することのある被告人が,Aの状況を的確に把握していたとはいい切れない。これらの事情に照らすと,被告人が,体罰を継続することによってAが死亡する可能性について,殺意を肯定できるほど高いものと認識していたということはできない。
論旨は理由がない。
第7

原判示第3の事実に関する事実誤認の主張について(弁護人)

弁護人の論旨は,要するに,被告人はBとの間で,Dに対して死亡するに至るような強度の暴行を加える共謀はしていないのに,その旨の共謀を認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,原判決挙示の証拠によれば,被告人が,Bとの間で,Dに対し,体罰として比較的強い暴行を繰り返すことを共謀しており,そのような暴行が繰り返されたことによりDが死亡するに至ったものと認められるから,その旨の共謀の存在を認定して傷害致死罪の成立を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認は存しない。以下その理由を説明する。
1
原判決挙示の証拠によれば,以下の事実が認められる。
Dの父親のI,Dの母親でありBの妹であるKは,平成18年3月下旬頃か
ら,Cの従業員として働いていたが,その後,IはC事務所内の1室に住み込むようになり,Kは同年8月20日Dを残して被告人及びBの下から立ち去った。そのため,被告人及びBは,翌日以降Dを引き取って,被告人方で生活させるようになり,そのことは,Kが同月26日か27日に被告人及びBの下に戻ってからも,変わることはなかった。
被告人及びBは,Dを養育するなか,当初は,Dが我が儘な行動をすると,口で言って聞かせていたが,平成18年9月頃からは,Dが,Kをどこかに連れて行ったと思い込み,聞き分けのない態度をとるようになったため,Dに体罰を加えるようになった。同年9月末か同年10月に入った頃から,Dが,言い聞かせていても,それを聞かずに言い訳をしたり,そこから逃げたり,騒いだりするなど,より反抗的な態度を示すようになったため,被告人及びBは,互いに制止することもないまま,体罰をより強いものにエスカレートさせていった。
被告人の原審供述によると,Bは,言い聞かせても,Dが反抗的な態度をとると,被告人が近くにいる状態で,Dに対し,多数回にわたり往復ビンタをするなどの体罰を加えていたというのである。
また,Dは,被告人方で生活しており,被告人よりBと過ごす時間が圧倒的に長いため,Dに体罰を加える回数は,被告人よりもBの方がはるかに多かったということができる。そうであるところ,被告人は,原審公判において,Dの口の中が切れているのを見たが,それはBが怒って体罰を加えたためであったように思う旨供述しており,Dと同居した期間の後半には,Dの頬付近に叩かれてできたような痣があり,死亡した後には,Dの遺体の背中,臀部,大腿に痣があったのを見た旨供述している。
被告人の原審供述によると,被告人自身がDに加えた体罰は,次のようなものである。被告人は,Dに言い聞かせているBからちょっと怒って手伝って
などと言われると,それに応じ,また,Dが,家の中で暴れたり,おもちゃを投げたりして,悪さをすると,Bに言われることなく自らの判断で,Dに体罰を加えていた。被告人が加える体罰は,Dの頭部や臀部を平手で殴るというものであり,Dの頬にビンタをしたこともある。被告人は,暴れるDの両腕を両手でつかんで持ち上げたBから求められて,プラスチック製のハンガーでDの臀部を2,3回叩いたことがあり,そこが赤くなって,数日間痣が残っていた。
以上の経過を経て,Dは,同年10月中旬頃,被告人方で死亡した。2
Bは,
原審公判において,
次のとおり供述する。
平成18年10月に入って,
被告人が,Dに対して,2回ないし3回顔面をビンタし,5回ないし6回裏拳で叩いており,最後にビンタしたときには,Dが後ろに吹っ飛んで鼻血を出した。さらに,被告人は,Bとともに,Dを怒っているとき,Dが言い返すので,平手から拳で叩くようになり,最後に言い返すDに思い切り裏拳で殴ったところ,Dが,真後ろに吹っ飛んで仰向けに倒れ,数分もたたないうちに死亡した,というのである。しかし,E医師の原審供述によると,頭部に打撃を受けてから数秒から数分で死亡するに至るのは,脳幹が損傷を受けた場合であるが,顔面に暴力を受けて転倒して頭部を打った程度では,脳幹が損傷することは難しいというのである。そうすると,前記Bの原審供述は,医学的知見と整合していない上,Bは,自身はDを裏拳で殴ったことはないなどと,娘のLの警察官調書に反した信用性の乏しい弁解をしていることからすると,Dの死亡の引き金となったという被告人の体罰に関する前記Bの原審供述は信用することができない。
他方において,被告人は,原審公判において,学校に通わせるため朝娘を自動車で送った後,BからDが死亡している旨の連絡を受けて帰宅し,Dが死亡しているのを確認した旨供述しているから,上記被告人の原審供述のように,被告人が認識していないBによる暴行の際,Dが死亡した可能性も残るといわざるを得ない。3
このような本件の経緯をみると,Dは,Kから引き離されていたのであるか
ら,愛情に接する機会を失って,情緒不安定になり,周囲から虐待を受けやすい状況になっていたものということができる。そのような中,被告人及びBは,平成18年9月以降,Dが意に沿わない態度や行動をとれば,体罰を加えるようになり,Dが,Kをほかに連れて行ったと思って,情緒不安定を深めていくのに合わせて,強い体罰を加えるようになった。被告人及びBは,Dの頭部や顔面を平手で殴るなどの体罰を繰り返し,体罰の回数はBの方が多かったものの,被告人は,Bが体罰を加えるのを見たり聞いたりし,Dに痣や出血を伴う傷が生じているのを見ても,Bを制止することはなく,かえって,Bの依頼を受けて,自らもDに強い体罰を加え,さらに自発的に体罰を加えることもあったということができる。以上の事実関係の下では,被告人は,Bとの間で,意に沿わない態度等をとるDに対して,体罰を加えて言うことを聞かせることにつき,暗黙のうちに共謀し,さらに,Dの反抗的な態度が強くなるにつれて,体罰をエスカレートさせ,Dの身体に傷跡が残るほどの強さの体罰を加えてでも言うことを聞かせることにつき,暗黙のうちに共謀を遂げていたということができる。そして,Dの身体に傷跡が残るほどの強さの体罰を加えてでも言うことを聞かせることの共謀を遂げたのは,Dの反抗的な態度が顕著になった平成18年9月末以降であるというべきであり,その頃からDが死亡した同年10月中旬頃までの間,上記共謀に基づき,Dに対し,その頭部及び顔面等を平手で殴るなどの暴行を繰り返して傷害を負わせ,Dをこれらの傷害により死亡させたものと認めることができる。
4
所論は,被告人は,Dに対し,4歳児に言うことを聞かせる程度の力で体罰
を加えていたにすぎず,Bが,裏拳で顔面を殴るなど,4歳児に言うことを聞かせる程度をはるかに超える力の強さや態様で体罰を加えていたことは知らなかったから,被告人が4歳児に言うことを聞かせるために体罰を加えることをBと共謀していたとはいえるとしても,Bとの間で,顔面に思い切り裏拳を加えるような体罰についての共謀は存在しなかった,という。
被告人は,
原審公判において,
Bが,
娘に対して,
拳や裏拳で体罰を加えており,
Dに対しては20分から30分往復ビンタで体罰を加えていた旨供述している。また,被告人は,原審公判において,Dの身体に出血痕や痣があるのを認めたり,Dが体調不良のためつらそうにしているのを見たりした旨供述しており,被告人の原審供述からは,Dがそのようになった経緯は把握していなかったと受け取れる。前記のとおり,Dに対して体罰を加えた機会は,被告人よりBがはるかに多かったということができるところ,さらに,このような被告人の原審供述による限り,被告人よりBの方がより強度の体罰を加えていたとみる余地もある。
しかし,他方で,被告人は,原審公判において,Bの求めに応じたり,自分の判断によったりして,自身でDに体罰を加えていたこと,ハンガーでDの臀部を叩いて赤い痣を残したことなども供述している。さらには,DがBの手を放せと言って暴れていたことなど,Dが反発を強めていたと受け取れる事実を供述している上,Dの反発に対してあくまで体罰で対応するBの方針を容認し,帰宅後Bからその日にDに加えた体罰の説明を受けていたことも供述している。
このような被告人の原審供述に照らすと,被告人は,Bとの間で,Dの反抗的な態度が顕著になった平成18年9月末以降も,あくまでDに言うことを聞かせるため,
体罰をエスカレートさせることについて,
暗黙裡にしても,
意思の連絡があり,
相互の言動によって,Dにそのような体罰を加えることを補充し合っていたということができる。被告人は,Dを死亡させる原因となった体罰の継続について,Bと共謀していたということができる。
論旨は理由がない。
第8

原判示第3の事実に関する法令適用の誤りの主張について(弁護人)
弁護人の論旨は,要するに,原判示第3の事実については,Dに対する死因となったBの暴行は被告人による暴行とは包括的に評価できないから,Dに対する被告人及びBの暴行を包括的に評価して傷害致死の包括一罪と認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,というのである。しかしながら,被告人及びBのDに対する体罰は,反発を強めるDに対して,体罰によって言うことを聞かせるため,約半月間継続して行われたものであり,包括的に評価されるべきものであるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りは存しない。
所論は,被告人は,Dを養育するべき立場にはなく,聞き分けのないことが行われたとき,単発的体罰を加えていたにすぎないが,Bは,実妹のKの子であるDの養育を担うべき立場にあり,Dの顔面を裏拳で殴るという,被告人にとって想定外の行動をしているから,被告人の暴行はBの暴行と包括的に評価することはできない,という。
しかし,既に説示したとおり,被告人及びBは,共謀の上,Dに体罰を加えていたと認められ,そのことは,Dが反発を強めて,体罰をエスカレートさせた後も,変わるところがなかったということができる。原審で取り調べられた証拠を検討しても,BがDに対し被告人の想定を超える強度の体罰を加えていたことは,抽象的な可能性すら認めることができない。そうすると,被告人及びBはDを養育するべき立場に相違があったとしても,被告人及びBの体罰は包括的に評価するべきものである。所論は,Dに対する暴行による傷害致死について,被告人とBの共謀が認められる以上,前提を欠くというほかない。
論旨は理由がない。
第9

量刑不当の主張について(弁護人)

弁護人の論旨は,要するに,被告人を懲役28年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である,というのである。
そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,本件は次のとおりの事案である。①被告人は,Bと共謀の上,Cの従業員であるA(当時22歳)に対し,平成16年6月中旬頃から同月下旬頃までの間,被告人方において,その頭部及び顔面を拳及び平手で殴り,その臀部等を足で蹴るなどの暴行を繰り返して傷害を負わせ,Aを同傷害により死亡させた。②被告人は,B及びその妹であるKと共謀の上,Cの従業員であるKの夫I(昭和47年10月15日生,当時33歳又は34歳)に対し,平成18年9月上旬頃から同年10月下旬頃までの間,Cにおいて,その頭部を拳及び平手で殴り,その顔面を平手で殴り,その胸部,背部及び足部等をゴルフクラブ等で殴り,その腹部を足で蹴るなどの暴行を繰り返して同人に傷害を負わせ,Iを同傷害により死亡させた。③被告人は,Bと共謀の上,K及びIの子であるD(当時4歳)に対し,平成18年9月末頃から同年10月中旬頃までの間,被告人方において,その頭部及び顔面等を平手で殴るなどの暴行を繰り返して傷害を負わせ,Dを同傷害により死亡させた。④被告人は,Bと共謀の上,平成19年から平成25年にかけて,17回にわたり,福岡県八女市内の消費者金融会社の無人受付機コーナー等に設置された現金自動預払機に,不正に入手した他人名義のキャッシングカードを挿入するなどして,各現金自動預払機から現金合計53万2000円を窃取した。
量刑判断の中心となる3件の傷害致死は,被告人及びBが,両名の下で生活していた各被害者に対して,意に沿わない言動に対する体罰として,容赦のない暴行を繰り返し,その結果,死亡するに至らしめたものである。被告人は,2年余りの間わずか4歳の幼児を含む3名を死に追いやっており,その結果は余りにも重大である。AとIは,仕事ぶりや日常生活を監視され,不始末があると,長時間にわたる説教と体罰を繰り返され,それに疲弊して死亡したのであり,Dは,幼い身でありながら,母親から引き離されて,十分な愛情を受けることもできず,情緒不安定の中体罰を繰り返されて,死亡している。これらの背景には,Bの性格と方針による陰湿な職場と生活の環境があり,そのような中で,被害者3名が暴力を受け続けて死亡した過程は,誠に凄惨というほかなく,これらの犯行の経緯に酌むべきところはない。
原判示第1の犯行において,被告人及びBは,Gの死後も,体罰を悔い改めることなく,Aに対して体罰を繰り返し,体力を奪って痩せ衰えさせたすえ,死亡させている。被告人及びBは,Aの母親が,Aの身を案じて,Aとの面会を求める申し出も拒絶しており,そのため,Aは,看取る親族もいないまま,寂しくこの世を去っているのであり,残された遺族の悲嘆は察するに余りがある。
原判示第2の犯行は,被告人及びBが,Iに対する個人的な不快感を背景として,体罰を繰り返し,原判示第1の犯行から2年余りを経ていたのに,同様の結末を招来させたものである。Iは,C事務所内の1室で起居することを余儀なくされ,体罰として靴ベラやゴルフクラブ等による暴行を受け,足の脹ら脛が化膿しているのに,更なる暴行を受け,被告人及びBから慫慂された妻のKからも不始末を非難されて暴行を受けている。Iは,国立大学を卒業後,大手電機会社に勤務したが,海外勤務中にKの希望により退職して,Cで働くようになったのであり,そのようなIが,上記のような経緯で死を迎えたことの無念は計り知れないというべきである。
原判示第3の犯行は,Dが,事情を知らぬまま両親から引き離されて寂しさを募らせ,情緒不安定になっているのに対して,そうした4歳児の心情を慮ることなく,体罰を繰り返して死亡するに至らせたのであり,Dの心情を思うと,誠に痛ましい犯行というほかない。
被告人及びBは,死亡したA,I及びDの遺体を筑後市内の被告人の実家の敷地内に埋め,相当期間が経過した後,それを掘り出して遺骨を砕いて川に投棄するなど,徹底した狡猾な偽装工作を行っている。被害者の遺族らは,長期にわたり不安な歳月を送らされた上,被害者らの遺骨さえも失われた悲惨な現状に直面しており,Aの母親及びIの母親が,被告人に対する厳しい処罰を求めているのも,十分理解することができる。
以上のとおり,本件3件の傷害致死は,同種の傷害致死事件の中でも極めて重い量刑判断がされるべき部類に位置付けられるものである上,原判示第4の窃盗も,6年間以上にわたり,Bがかつて交際していた男性のキャッシングカードを使って,その男性が消費者金融会社から借り入れたものとして,合計53万2000円を窃取したというものであり,動機,態様及び結果に十分な非難が向けられるべきものである。
他方において,傷害致死の各犯行の背景には,Bが主導して確立した,言うことを聞かせるためには体罰によって言うことを聞かせる方針,被告人が怖くて強い社長でなければならない方針があり,被告人は,このようなBの影響を相応に受けて,本件傷害致死の各犯行に関与したことが認められる。そして,このような方針の下,従業員であるAとIに対しては,長時間にわたり説教をしながら体罰を繰り返すなどの陰湿な状況があり,そのことにもBの影響が少なからずみてとれる上,被害者3名を被告人の実家に埋めて,その遺骨を砕いて投棄したのも,Bの発案によるものであり,さらには,Dに対しては,大半の体罰をBが加えていることが認められる。そのほか,被告人が一定の事実を認めて真相解明に寄与し,反省の弁を述べていることなど,記録からうかがうことができる被告人に有利な事情もある。しかし,これらの事情を総合して考慮しても,原判決の量刑が重すぎて不当であるとはいえない。
所論は,①本件各傷害致死は,個々には死の危険性の少ない暴行の集積によって被害者が死亡した事案であり,生命に対する危険性の高い暴行によって被害者が死亡した事案よりも,犯情は軽いと評価できる上,危険性の少ない暴行を継続しても,暴行によって発生した被害者の侵襲のすべてを認識できるものではなく,被告人においてダメージの蓄積の認識があったといえる事情は認定されていないから,被告人に傷害致死罪の最高限の責任を科すべき事情は存在しない,②被告人は,Bから従業員を厳しく指導することを指示され,それを実践していたのであり,Bの指示による暴行は,被告人の意図を大きく超えるものであったが,被告人はそれを止めることができなかった上,被告人は,長年にわたるモラルハラスメントによって,Bの指示に迎合し,反対の態度をとれなくなっていたから,被告人とBの責任の間には大きな差がある,という。
しかしながら,①については,死亡する危険性の少ない暴行の集積によって被害者が死亡したことに着目すると,犯行態様の危険性や犯意の強さという点で,犯情が軽いということもできる。しかし,AとIは,Bが発案し,被告人が同調した,相互監視の下で,行動を制限され,不始末があると長時間にわたり説教と体罰を受けるという,陰湿な状況の中で,体罰を繰り返されたことによって,体力を失い疲弊したすえ,死亡したのであり,被告人は,そのような経緯を見ながらも,体罰を継続していたのである。また,Dは,母親から引き離されて情緒不安定になった中,体罰を繰り返されて,死亡しているのであり,被告人は,そのような状況を受け入れて,体罰も加えていたのである。こうした事情に照らすと,犯行態様の点からみて,本件の犯情が有意に軽いということはできない。しかも,2年余りの間に3名も死亡するに至らせているのであり,その結果は誠に重大である。原判決が,本件の犯情が傷害致死の中にあって極めて重いものに位置付けられるとしているのは,相当である。
②については,被告人は,生来容赦なく執ようで凄惨な暴力傾向があったようなことはないから,Bの性格に影響を受けて,傷害致死の各犯行に及んだことは疑いない。しかし,被告人は,Bの影響を受けながらも,言って聞かせても分からない者には体罰によって言うことを聞かせるという方針,強い怖い社長にならないとC全体を統括していくことはできないという方針を自らの意思で受け入れ,不始末を理由に,AやIを始めとするCの従業員らに体罰を繰り返し,Bの指示の下で,あるいは,自分の判断で,Dに体罰を加えていたのである。そうであれば,被告人は,Bに全面的に支配されてその代行者として体罰を継続していたなどとはいえず,主体性を維持しつつ,自らの判断,選択の結果として,被害者3名に対する体罰を繰り返し,傷害致死の各犯行に及んだものと認められる。被告人は,その気になれば,Bとの関係を清算し,警察に自首するなどして,各犯行を未然に防止できたはずであるのに,そうしようとはしていない。また,Iに対しては,被告人自身も不快な感情を抱いていたことがうかがわれることもあり,Iの死亡については,被告人よりBに大きな責任があると断定することはできない。そしてなにより,既に説示してきたような経緯で被害者3名を死亡するに至らせたという誠に深刻な結果を招来させたことからすると,本件の発端や事態の発展にBの影響があったことを軽くみることはできないが,被告人に対しては,相当長期の懲役刑が科されるべきであり,Bが被告人に与えた影響が考慮される程度は,それと比較すると大きなものではないということができる。Bが被告人と同旨の犯罪事実により懲役30年の刑に処せられていることと対比しても,被告人を懲役28年の刑に処した原判決の量刑は,相当なものであって,これが重過ぎて不当なものであるとはいえない。論旨は理由がない。
第10

結語

よって,
刑訴法396条,
181条1項ただし書により,
主文のとおり判決する。
平成29年3月29日
福岡高等裁判所第1刑事部

裁判長裁判官

山口雅髙
裁判官

髙橋孝治
裁判官向野剛は転補のため署名押印できない。

裁判長裁判官

山口雅髙
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