判例検索β > 平成13年(わ)第344号
殺人被告
事件番号平成13(わ)344
事件名殺人被告
裁判年月日平成14年3月28日
裁判所名・部札幌地方裁判所
裁判日:西暦2002-03-28
情報公開日2017-10-13 01:47:41
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平成14年3月28日宣告 殺人被告事件
判 決
被告人氏名,本籍,住居,職業,生年月日 (略)
主 文
被告人を懲役11年に処する
未決勾留日数中250日を刑に算入する。
理 由
(認定事実)
被告人は,平成13年4月1日午前0時ころ,札幌市豊平区内の当時の被告人方において,長女Bと共に就寝したところ,同日午前3時ころ,生活音で目を覚まし,短大時代のクラス会から帰宅後いまだ就寝しないでいた妻A(昭和38年生)と口論になって激高し,被告人方通路において,Aが死亡するに至るかもしれないことを認識しながら,あえて,Aに対し,開いた右手の親指と人差し指の間でその首を力一杯突き,次いで左手の平でその額を突いて床にあお向けに転倒させるなどして,Aを意識不明の状態にした上,Aの身体をタオルケットに包んで前記被告人方駐車場に運び出して自己の普通乗用自動車のトランク内に乗せ,同車を運転して同市北区内の創成川船着場に至り,同日午前4時ころ,同所において,依然意識不明の状態のAを創成川に投棄し,よって,そのころ,創成川において,Aを頸部圧迫による窒息及び溺水,又は溺水により死亡させて殺害した。
(証拠)(略)
(証拠説明)
1 被告人は,公判廷において,被害者Aに対し暴行を加えたこと及び被害者Aを創成川に投棄したことは間違いないが,その日時は平成13年4月2日の未明であり,また,暴行を加えた際には被害者Aを殺害するつもりはなく,被害者Aを創成川に投棄した際には既に被害者Aは死亡していたものと思っていたなどと供述し,弁護人も,これに沿って,被告人は被害者Aに対し暴行を加えた際及び被害者Aを創成川に投棄した際にはいずれも殺意を有しておらず,また,被告人の投棄行為と被害者Aの死亡の結果との間に因果関係はないから,被告人には傷害致死罪と死体遺棄罪の併合罪又は傷害致死罪のみが成立するにすぎない旨主張しているので,以下この点について検討を加えることとする(なお,以下,年の記載を省略した月日のみの記載は,いずれも平成13年を表すものとする。)。2 関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。すなわち,
(1)被害者Aは,3月31日の夜,短大時代のクラス会に出席し,4月1日午前2時前ころ,札幌市豊平区内の自宅(以下被告人方という。)に帰宅したこと,他方,被告人及び長女Bは,3月31日の夜は被告人の実家に泊まる予定であったところ,予定を変更して同日夜被告人方に帰宅し,4月1日午前0時ころ長女Bと共に就寝したこと
(2)被告人は,4月1日又は同月2日のいずれかの未明,生活音で目を覚まし,その後,被害者Aと口論になって激高し,被告人方通路において,被害者Aに対し,開いた右手の親指と人差し指の間でその首を力一杯突き,次いで左手の平でその額を突いて床にあお向けに転倒させるなどの暴行を加え,これにより,被害者Aは動かなくなったこと,被害者Aは,被告人から暴行を加えられた際,きゃーというような悲鳴を上げたこと
(3)被告人は,当時,身長約163センチメートル,体重約80キログラムであり,他方,被害者Aは,当時,身長約160センチメートル,体重約53キログラムであったこと,被告人は,被害者Aのおおよその身長及び体重を認識していたこと
(4)被告人は,前記暴行により床に転倒した被害者Aが死亡したものと思い,被害者Aの足を揺するなどしたものの,脈を取ったり呼吸を確認するなどして生死を確認することはせず,人工呼吸をしたり,救急車を呼ぶなどの救命措置も一切講じていないこと
(5)被告人は,前記暴行により転倒して動かなくなった被害者Aを隠そうと考え,被害者Aの身体をタオルケットに包んで前記被告人方駐車場に運び出して自己の普通乗用自動車のトランク内に乗せた上,同車を運転して同市北区内の創成川船着場に至り,前記暴行を加えた日の未明,同所において,依然動かない状態の被害者Aを創成川に投棄したこと

(6)被害者Aは,頸部圧迫による窒息及び溺水,又は溺水により死亡したものと推認されること
(7)被害者Aは,死亡した時からさかのぼって約6日以内に,前額右側の皮下出血,左頭頂後頭部の挫裂創,左頭頂後頭部の皮下出血,甲状軟骨の左右上角の骨折,甲状軟骨の左上角の外側の出血,舌根部の出血,右側胸部・右臀部・左大腿部の皮下出血の各傷害を負ったこと,前記各傷害は,被害者A死亡の時からさかのぼって1時間前に受傷したとしても矛盾がないこと① 被害者Aの受傷のうち,甲状軟骨の左右上角の骨折,甲状軟骨の左上角の外側の出血,舌根部の出血は,絞頸,扼頸又は縊頸により発生したものと考えられ,被害者Aの首を開いた右手の親指と人差し指の間である程度強い力で突いた場合にも前記傷害が生じる可能性があること
② 被害者Aの受傷のうち,前額右側の皮下出血は,ある程度強い力でこぶしで殴ったり足でけるなど鈍体が作用して発生したものと考えられ,左手の平でその額を突いたとしても,左手の掌底部が前額右側部分にある程度強い力で当たったような場合であれば,前記傷害が生じる可能性があること
③ 被害者Aの受傷のうち,左頭頂後頭部の挫裂創及び皮下出血は,ある程度強い力で細い棒や角材等の稜のある鈍体が作用した際に同時に発生したものと考えられ,立っていた被害者Aが転倒する際ドアのノブに左耳方向から左頭頂後頭部に向かう角度で左頭頂後頭部を当てた場合にも前記傷害が生じる可能性があるものの,頭をぶつけることなくあお向けに転倒した場合には前記傷害が生じる可能性はないこと
④ 被害者Aの受傷のうち,右側胸部・右臀部・左大腿部の皮下出血は,ある程度強い力でこぶしで殴ったり足でけるなど外力(鈍体)が作用して発生したものと考えられ,立っていた被害者Aが床にあお向けに転倒しただけでは前記右臀部の傷害は生じにくいこと
(8)被告人は,4月4日,右手の人差し指と中指の基節がはれており,右手の中指の基節と中節の中間付近に長さ約8ミリメートル,幅約2ミリメートルの傷痕があること,右手の人差し指と中指の基節のはれは皮下出血で,同日からさかのぼって約6日以内に,鈍体がある程度強い力で作用して発生したものと考えられ,人の身体をこぶしで殴った際にできたことが考えられること,右手の中指の基節と中節の中間付近の傷痕は表皮剥奪又は浅い挫裂創で,同月21日からさかのぼって約1週間以上約1か月以内に,薄い鈍体が作用して発生したものと考えられ,人のつめで引っかいた際にできたことが考えられること,被告人方浴室に至るドアとその縦枠との間に右手を挟んだ場合,前記中指の傷痕は生じる可能性があるものの,前記基節のはれは通常できないと考えられること,被告人方浴室のドアとその縦枠との間に右手を挟んだ場合,前記基節のはれは生じる可能性があるものの,前記中指の傷痕は生じないと考えられること
(9)被告人方においては,4月19日,ルミノール検査が実施されているところ,玄関から居間へ至る通路上に,最大幅35センチメートル,全長426センチメートルのSの字を呈した帯状の,30センチメートル×12センチメートル及び50センチメートル×21センチメートルのだ円状の,3センチメートル×8センチメートル及び3センチメートル×4センチメートルの半円状の各陽性反応があり,浴室内の排水溝に沿って,最長部分で43センチメートル,全長91センチメートル,幅2センチメートルの線状の陽性反応があったこと,前記のとおり陽性反応があったことは,被害者Aの前記左頭頂後頭部の挫裂創からの出血が自然に広がったとすれば矛盾しているものの,出血した血液をぞうきんでふいたり水で流したため血液が広がったとすれば矛盾しないこと,また,被害者Aの受傷からすると,前記のとおり陽性反応があったことは,左頭頂後頭部からの出血のみが原因となっているか,左頭頂後頭部からの出血と鼻からの出血が原因となっているかのいずれかと考えられること
(10)前記普通乗用自動車のトランク内には,4月3日,こぶし大の血痕と思われるしみが2か所あったこと,前記しみは,被害者Aの受傷のうち,左頭頂後頭部からの出血のみが原因となっているか,左頭頂後頭部からの出血と鼻からの出血が原因となっているかのいずれかと考えられること
(11)被告人は,格闘技に興味を持ち,中学生のころから成人するころまで,知
人から指導を受けあるいは独学で拳法の練習をしていたこと
などの事実が認められる。
さらに,前掲各証拠によれば,前記被告人方と同じ3階の北側にあるa号室,真上であるb号室,4階の北側にあるc号室,真下であるd号室の各居住者は,4月1日午前3時ないし同日午前3時30分ころ,被告人方の方向から,男性の怒鳴り声,女性の助けを求めるような悲鳴及び何かがぶつかるような数回の鈍い音を聞いていること(d号室の居住者は,そのような声や音が聞こえたのは3月31日,4月1日,同月2日のいずれかであり,同月2日ではないかと思う旨供述しているものの,同月1日であることを否定しているわけではないし,他の居住者の供述と併せ考えると,4月1日と認定するのが相当である。),d号室の居住者は,その後,トイレ付近から水がちょろちょろととぎれながら7回くらい流れる音を聞いていることが認められる。そうすると,前記認定の事実を総合すれば,被告人が,4月1日午前3時ころ,被害者Aと口論になって激高し,被害者Aに対し,開いた右手の親指と人差し指の間でその首を力一杯突き,次いで左手の平でその額を突いて床にあお向けに転倒させるなどの暴行,前額右側の皮下出血,左頭頂後頭部の挫裂創及び皮下出血,右側胸部・右臀部・左大腿部の皮下出血の各傷害が生じるような暴行を加え,被害者Aを意識不明の状態に陥らせた上,被害者Aを隠そうなどと考え,被害者Aの身体をタオルケットに包んで自己の普通乗用自動車のトランク内に乗せた上,同車を運転して創成川船着場に至り,同所において,依然意識不明の状態にある被害者Aを創成川に投棄し,その結果,そのころ,創成川において,被害者Aを頸部圧迫による窒息及び溺水,又は溺水により死亡させた事実を合理的に推認することが可能である。
3 ところで,被告人は,捜査段階において,逮捕直後は犯行を否認し,C某あるいはその若い衆2人が被害者Aを殺害したのではないかと思うなどと供述していたところ,その後,被害者Aに対し暴行を加えた上被害者Aを創成川に投棄したことを認め,警察官に対し,おおむね以下のような供述をするに至っている。すなわち,4月1日午前0時ころまでテレビを見た後,ハルシオン3錠を服用してから娘と共に就寝したが,同日午前3時ころ,生活音で目が覚めた。被害者Aと口論になり,被害者Aの言葉に逆上し,被害者Aののど元を正面から右手の親指と人差し指の間で張り手のように強烈に突き,すぐ様左足を送り出しながら左手の平で被害者Aの額を下方に力強くはたき落とす感じで床に倒す中国拳法の神掌翻山という技を掛けた。その直前に,自分は『何だ,お前』と怒鳴り,被害者Aも自分の興奮状態を見て『きゃー』などと大声を出しているはずである。自分が攻撃を加えた時に,被害者Aの頭か顔が壁か床に当たった『ドン』という大きな音がしており,被害者Aはその場にすぐ倒れるように横たわり,それ以降ぴくりとも動かなくなったので,被害者Aが死んだと思った。自分は,頭の中が真っ白になったが,寝室には娘がおり,被害者Aをどこかに隠さなければならない,母を亡くした娘の将来を考えるとこのまま警察や消防には連絡できないと思い,自分の車を非常階段の所まで移動させてトランクを開け,自宅に戻り,タオルケットに包んだ被害者Aを抱き抱えて階段を下り,車のトランク内に横にして入れた。再び自宅に戻って床に落ちていた被害者Aの血をぞうきんかタオルでふき取り,そのぞうきんと被害者Aのサンダルを持って車に戻った。その後,車を運転して創成川に着き,同日午前4時ころ,被害者Aを川に流した旨供述しており,検察官に対しても,被害者Aに対し暴行を加えたことについて,これに沿う供述をしている(なお,被告人の検察官調書においては,被告人が被害者Aに対し暴行を加えたとされる日が記載されていないが,警察官に対する供述を否定する趣旨ではないものと理解できる。)。しかしながら,被告人は,被害者Aの言動に激高した原因について,当初は思い出せない分からないなどと供述し,その後,被害者Aのことや借金のことではないし,被害者Aの帰りが遅いとか男といたのかとの邪推でトラブルになったわけではない,仕事が決まらないことや借金のこともあり,毎日いらいらして落ち着かず,このようなことが続けばいずれ離婚話が出るのではないかと思っていたところ,被害者Aに対し離婚を考えているのではないか尋ねると,自分の予想に反して『その話は明日にしましょう』『仕事が決まらないくらいでそんなことを考えるのはひきょう者だ』と言われ,被害者Aが離婚のことを考えていたと思ったこと,自分をひきょう者呼ばわりしたこと,被害者Aが自分をいやがる感じかしつこがる感じで自分の方に両手を伸ばす態度を取ったことで興奮した旨供述し,さらに,以上に加えて,被害者Aが『Dさんという男性の方はすてきな方で…』などと,他の男性を引き合いに出して自分と見比べていると思い,自分のことを他の男と比較するのは絶対に許せないという気持ちで腹を立てたなどと供述するに至っている。
これに対し,被告人は,公判廷において,被害者Aに対して暴行を加えたこと及びその際の状況,その後被害者Aを創成川に投棄したこと及び投棄するに至るまでの状況等については,おおむね捜査段階の供述に沿う供述をしているものの,被害者Aに対して暴行を加えたのは4月1日ではなく同月2日であるなどと供述し,また,被害者Aの言動に激高した原因について,被害者Aに対して離婚を考えているのではないか尋ねると,自分の予想に反して『その話は明日にしましょう』『仕事がないから見切りを付けて離婚するとかっていう考え方はひきょう者の考え方で,私はそういう考え方はしてない』と言われ,被害者Aが離婚のことを考え,自分をひきょう者呼ばわりとしたと思ったことで頭に血が上りかっとなっていたところ,被害者Aに『Dさんという人は立派な方で…』などと自分を比較するようなことを言われた上,Dと1度だけ間違いを起こしたというようなことを言われ,さらに,自分たちの夫婦生活について話がしたいと言われて興奮してしまったなどと供述している。そこで,被告人の捜査段階及び公判廷における供述の信用性について検討する。
まず,被告人の捜査段階の供述についてみると,①被害者Aは前記2の(7)の各傷害を負ったことが認められるのに対し,被告人は,被害者Aに対し,開いた右手の親指と人差し指の間でその首を突き,左手の平でその額を突いて床にあお向けに転倒させたこと以外の暴行は加えていない旨供述している点,②被告人方の玄関から居間へ至る通路上の広範囲及び浴室内の排水溝に沿った部分においてルミノール検査で陽性反応が認められたのに対し,これに対応する出血があったこと又は床上を広範囲にわたりぞうきんでふいたこと,及び浴室で血液を洗い流したことについて何ら説明されていない点,③ハルシオンを3錠服用したというのに,その約3時間後に被害者Aと口論になり,被害者Aに対し暴行を加え,その後自動車を運転して創成川に至り,被害者Aを川に投棄するなど睡眠薬を多量に服用したとはおよそ考えられない行動を取っており,また,ハルシオンを差し押さえるべき物の1つとして被告人方を捜索したもののハルシオンが発見されていない点,④被害者Aの言動に激高した原因に関する供述が変遷し,殊にDなる男性と比較された旨供述している部分については,供述に至った経緯が唐突である上,被告人にとっては特に印象に残るはずの重要な事柄であるにもかかわらず,逮捕後約20日も経ってから思い出したというのは不自然である点などにおいて疑問もあるものの,⑤4月1日に被害者Aに対し暴行を加えたという点,⑥被害者Aに加えたという暴行の内容の点,⑦被害者Aを創成川に投棄したという点に限ってみれば,前記の外形的事実に符合する上,自己の心情を交え,ある程度具体的に,かつ自然の流れに沿った形で供述されていること,犯行日についても捜査官に確認され根拠を示した上で供述されていること,被告人の供述する犯行後の状況からも格別不自然,不合理な点はないこと,前記①ないし④の疑問点はいずれも被告人が自己の刑責を軽減するためうその供述をしていると考えることも可能であることなどに照らすと,前記⑤ないし⑦の諸点に関する限り十分信用できるというべきである。
次に,被告人の公判供述についてみると,①犯行日が4月2日であるという点については,その根拠が同月1日に娘を連れて新さっぽろにある映画館に映画を見に行き,その話を被害者Aにしたというものであり,捜査段階においてはこの点はっきり思い出していなかったなどと供述しているところ,かかる被告人にとって重要な事実について犯行後1か月前後の捜査段階でははっきり思い出すことができず,その後思い出したというのは不自然であること,被告人方マンションの居住者らが4月1日未明に被告人方の方向から男性の怒鳴り声,女性の助けを求めるような悲鳴,何かがぶつかるような数回の鈍い音を聞いていることを知った被告人が自己の刑責を軽減するため供述を変更したと考えることも可能であること,捜査段階の犯行日に関する供述が前記のとおり信用できることなどに照らし,①の点の公判供述は到底信用できないし,また,②被害者Aの言動に激高した原因についての供述中,Dなる男性と比較さ
れたなどとする点も,捜査段階の当初思い出せなかったということ自体前記のとおり不自然であること,被告人の公判供述には自己の刑責を軽減しようとする傾向が随所にみられることなどからすると,②の点の公判供述も信用性に乏しいというべきである。なお,被告人の養母であるEは,公判廷において,被告人が4月1日E方を訪れ同日午後8時ころ帰った旨供述し,被告人の公判供述を裏付ける供述をしているものの,同時に他方で,被告人が3月31日にもE方を訪れ同日午後10時ころから4月1日午前0時ころまでの間に帰った旨の供述もしており,Eの公判供述が本件犯行日を4月1日とすることと矛盾するものではない。
以上要するに,被告人の供述を検討すると,前記外形的事実から合理的に推認できる事実と同様の事実を認定することができるというべきである。4 なお,検察官は,論告において,被告人が被害者Aの言動に激高した原因について,被告人は本件犯行当時多額の借金を抱え,その返済資金を準備する必要に迫られており,被害者Aに対し資金調達の協力を求めたところ,初めて被告人の多額の借金の存在について知った被害者Aが,資金調達の協力を拒絶するとともに被告人に対し離婚話を持ち出したことにある旨主張している。そこで,検討するに,関係各証拠によれば,被告人は,平成6年11月ころから消費者金融会社に勤務したものの,不正融資をしたことから平成11年9月ころ懲戒解雇されたこと,同年10月ころから別の消費者金融会社でアルバイトとして働くようになり,同年12月ころからはスナックの経営も始めたもののいずれも長続きしなかったこと,平成12年5月ころから個人の金融業者の下で働き,同年10月ころからは同人の経営する福島県内の店舗の責任者として単身赴任したものの,300万円余りの金員を使い込んだため同年12月に解雇され,その後札幌市内の自宅に戻ってからは仕事に就いていなかったこと,4月1日当時,消費者金融会社等に対し,800万円を超える借金を負っていたこと,知人に依頼して,被害者A名義で消費者金融会社から合計で約40万円の借金をしていたこと,Fと名乗って2月9日及び3月22日に,消費者金融会社に対し電話を掛け,被告人方に被告人名義の借金の請求書や督促状を送らないように要請していることなどが認められ,以上の事実からは,被害者Aが被告人に多額の借金があることを知らなかったことが推認でき,口論の原因が検察官の主張するような事実であったと考える余地はある。しかしながら,被告人の供述は,Dなる男性と比較されたなどという点は信用できないものの,その他の点については,いずれも前述の被告人の生活状況等に照らしても矛盾するものとはいえず,一応の合理性のある内容というべきであり,そうすると,検察官の主張するような事実を合理的な疑いを入れないものとして認定することはできず,結局のところ口論の原因は不明であるといわざるを得ない。
5 殺意の有無について
そこで,殺意の有無について検討するに,前記認定の事実によれば,被告人が体格差のあることを十分認識している被害者Aに対し,開いた右手の親指と人差し指の間でその首を力一杯突き,次いで左手の平でその額を突いて床にあお向けに転倒させるなどした暴行の態様,被告人には格闘技の心得があること,被害者Aが転倒して意識不明の状態になった後,生死を確認しようとせず,被害者Aが死亡することが全くの予想外であるならば講ずるはずの救命措置を何ら講じていないこと,原因は不明とはいえ被害者Aと口論になり,被害者Aの言動に激高したことがきっかけで暴行を加えていることなどに照らし,被告人が被害者Aに対して暴行を加えた際,被告人が自己の行為によって被害者Aが死亡するかもしれないとの認識をもってあえて行動に出たことを十分にうかがうことができる。ただ,前掲各証拠に照らし,被害者Aと口論になった原因が不明である上,激高してとっさに暴行に及んだものであり,被告人が被害者Aに対し殺意を抱く動機となるような事情はうかがわれないこと,被告人が凶器を使っていない上,被害者Aに対する暴行は前記のとおりであり,それ以外の暴行があったとまでは認められないことなどからすれば,被告人が被害者Aに対して暴行を加えた際,被害者Aに対する確定的な殺意を抱いていたと認めるには,なお合理的な疑いを入れる余地があるといわざるを得ない。また,被告人は,捜査公判を通じ,被害者Aを創成川に投棄する際には既に被害者Aは死亡していたものと思っていた旨供述しているところ,被告人の暴行により被害者Aが意識不明の状態に陥り,その後被害者Aを投棄するまでの間被
害者Aが意識不明の状態にあったことを否定できない以上,被告人の供述が不合理ということはできないから,被告人が被害者Aを創成川に投棄する際に殺意を有していたと認めることはできない。
以上によれば,被告人が,被害者Aに対しその枢要部である首や額に攻撃を加えた際,場合によっては被害者Aを死亡させるに至るかもしれないがあえてそれもやむを得ないという気持ちを抱いていた事実は十分にこれを認定することができる。すなわち,前記客観的事実と被告人の供述とを併せ考えれば,被告人が本件犯行に際し,被害者Aに対し殺意を少なくとも未必的に抱いていたことは,何らの疑念を抱く余地なくこれを認定することができるというべきである。
6 暴行と死亡の結果との間の因果関係の有無について
ところで,前記のとおり,被害者Aの死因は頸部圧迫による窒息及び溺水,あるいは溺水であるから,いずれにせよ,被害者Aの死亡の結果は被告人が被害者Aを創成川に投棄したことにより発生したものと認められるところ,前記のとおり被告人が被害者Aを創成川に投棄する際には既に被害者Aが死亡していたものと思っていたというのであるから,被告人の加えた暴行と被害者Aの死亡という結果との間に因果関係を認めることができるのかが問題となる。しかしながら,被告人は,被害者Aに対し暴行を加えたことにより被害者Aが転倒して意識不明の状態に陥ったのを見て被害者Aが死亡したと思い込み,犯行の発覚を防ぐため被害者Aの遺体を隠さなければならないと考えて被害者Aを創成川に投棄したというものであるところ,犯人が殺意を有して被害者に対し暴行を加え重篤な傷害を加えた結果,被害者を仮死的状態に陥らせ,被害者が死亡したものと思い込んだ場合に,犯人が犯行の発覚を防ぐ目的で被害者を山林,砂中,水中等に遺棄し,その結果被害者を凍死,窒息死,溺死等させることは通常考えられる現象であり,犯人としても当然予想し得たものということができる。したがって,本件においても,被告人の暴行と被害者Aの死亡という結果との間に刑法上の因果関係が認められることは明らかである。7 以上の次第で,前掲各証拠を総合すれば,未必的殺意の点も含め判示事実は十分にこれを認定することができ,被告人の供述中判示認定に反する部分はこれを信用することができず,これによって判示認定に合理的な疑いを差し挟む余地はない。
(適用法条)
罰条 刑法199条
刑種の選択 有期懲役刑
主刑 懲役11年
未決勾留日数 刑法21条(250日算入)
訴訟費用 刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
(量刑事情)
本件は,被告人が,判示のとおり,深夜,妻である被害者と口論となって激高した挙げ句,被害者が死亡に至るかもしれないことを認識しながら,あえて,被害者に対し,暴行を加えて被害者を意識不明の状態にした上,被害者を河川に投棄して死亡させたという事案である。
その犯行の動機は明らかではないが,いかなる事情があるにせよ,他人に暴力を振るうことが絶対に許されないのはいうまでもなく,被害者の言動に触発されたのが原因であるとしても,被告人の行為は余りにも短絡的かつ自己中心的というべきである。
その犯行の態様をみても,被害者の首や額に強度の攻撃を加えるなどして被害者を意識不明の状態にし,被害者が死亡したと思うや犯行を隠そうと考え,被害者を自動車のトランク内に乗せて河川の船着場まで運び,河川に投棄して死亡させたというもので,格闘技の心得のある被告人が体格差があり無抵抗の被害者に対しいきなり強度の暴行を加えたこと自体,凶暴かつ卑劣で悪質である上,被害者が意識を失った際に救命措置を講じていれば被害者の死亡という最悪の結果を回避することができたとも考えられるのに,被害者の生死を確認することもせず,ひたすら自己の犯行を隠すことのみを考え,被害者を河川に投棄した点は,冷酷かつ残忍というほかはない。犯行後も,被害者が失踪したように装い,被害者の安否を気遣う親族らに対しうその事実を並べ立て,警察に捜索願を出し,被害者の血の付いた自動車のトランク内のカバーを捨てるなど様々な罪証隠滅工作を行っており,その行状も悪質で許し難い。

被害者は,最も信頼していたはずの夫に突然暴行を加えられ,意識を失ったまま春先の冷たい河川に投棄されて殺害されたもので,もとより特段の落ち度があるとは認められず,自分が殺害されなければならない理由すら分からないまま幼い娘を残して非業の死を遂げたもので,その無念の思いは察するに余りある。また,残された遺族の悲嘆は計り知れず,取り分け被害者の娘からみれば,自分の父親によって母親が殺害されたもので,現在その事実を知らされていないとしても,本件の結果は余りにも残酷で痛ましいの一語に尽き,いずれは真実を知るであろうと思われ,その場合の精神的衝撃には余人の想像を超えるものであると推察される。それにもかかわらず,被告人は,数々の犯行隠ぺい工作を行って遺族の気持ちを逆なでし,しかも逮捕直後は犯行を否認し,犯行を認めた後も不自然,不合理な弁解を繰り返しているのであって,被害者の両親が被告人に対する厳重処罰を望み,また,被害者の姉が当初は極刑までは望んでいなかったものの現在では極刑を望むようになった旨意見を陳述しているのも,遺族の心情としては十分理解できるところである。
このような諸事情に照らせば,犯情は大変よくなく,被告人の刑事責任は誠に重大である。
しかし他方,本件は偶発的犯行である上,被告人が確定的殺意を抱いていたとまでは認められないこと,被告人が公判廷において,被害者を死亡させたことについて被告人なりに反省の態度を示し,社会復帰後遺族に対してできる限りの償いをしたい旨述べていること,被告人の養母が遺族に対して慰謝料と被害者の娘の養育費の支払を申し出ており,遺族側もその申出を受諾していること,今後も被告人の養母による協力が期待できること,被告人には交通違反以外に前科前歴がないことなど,被告人に有利にしんしゃくすべき事情もいくつか見いだすことができる。
そこで,これら被告人に有利不利な一切の事情を総合し,また,被告人の養母からの前記申出を受諾してもなお遺族側の被害感情には厳しいものがあることをも考慮して,主文の刑を定めた。
平成14年3月28日
札幌地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官 佐 藤 學
裁判官 松 井 芳 明
裁判官 村 山 智 英

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