判例検索β > 平成25年(ワ)第985号
損害賠償請求事件
事件番号平成25(ワ)985
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成28年9月21日
裁判所名・部岡山地方裁判所
裁判日:西暦2016-09-21
情報公開日2017-10-17 20:08:10
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主1文
被告県は,原告に対し,55万2336円及びこれに対する平成25年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
原告の被告県に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

3
訴訟費用については,原告と被告国との間に生じた費用は原告の負担とし,原告と被告県との間に生じた費用はこれを4分し,その3を原告の,その余を被告県の負担とする。

4
この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告県が55万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。事実及び理由

第1
1
請求
被告国は,原告に対し,55万円及びこれに対する平成25年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
被告県は,原告に対し,220万2336円及びこれに対する平成25年6月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2

事実の概要
本件は,津山警察署の警察官により,真犯人ではなかったにもかかわらず窃盗事件の被疑者として緊急逮捕(以下本件逮捕という。)された原告が,国家賠償法1条1項に基づき,①被告県に対しては,本件逮捕は刑事訴訟法(以下法という。)210条1項所定の要件を欠く違法なものであるなどと主張して,精神的損害及び同逮捕による身柄拘束時に破棄された物品代並びに弁護士費用相当額の合計220万2336円の損害賠償を,②被告国に対しては,本件逮捕後の津山簡易裁判所の裁判官による逮捕状の発付(以下本件令状発付という。)は違法であると主張して,精神的損害及び弁護士費用相当額の合計55万円の損害賠償を,それぞれ請求している事案である(附帯請
求は,それぞれ,本件逮捕ないし本件令状発付がなされた日である平成25年6月13日から支払済みまでの民法所定の遅延損害金)。
1
前提となる事実(争いのない事実,弁論の全趣旨及び掲記の証拠による。)当事者

原告
原告は,A店(以下本件店舗という。)において平成25年6月7日に発生した窃盗事件(以下本件事件という。)の被疑者として緊急逮捕(本件逮捕)された者である。


被告県
被告県は,津山警察署の所属する地方公共団体である。


警察官及び警備員
B(以下B警部補という。)は,本件逮捕当時,岡山県警察警部
補として,津山警察署刑事第一課盗犯係長の職にあった者であり,本件逮捕を行うことを決定した者である。
C(以下C顧問という。)は,本件逮捕当時,本件店舗の警備顧
問の職にあった者であり,D(以下D警備員という。)は,同店舗の警備員の職にあった者である。
本件店舗における窃盗事件の発生状況等


従前の窃盗事件の発生状況
本件店舗において,平成25年1月18日,同年2月8日及び同年3月28日,医薬部外品である育毛剤薬用アデノゲンの万引き事件が発生した。


同年4月16日発生の万引き事件等
本件店舗において,同年4月16日,薬用アデノゲンの万引き事件(以下4月発生事件という。)が発生した。
同日,C顧問が本件店舗の防犯カメラの映像を確認したところ,男
(以下本件犯人という。)が薬用アデノゲンを万引きしている状況が映っていた。そこで,C顧問は,同日,注意喚起のため4月発生事件について記載したお願いと題する書面を作成し,上記防犯カメラの映像のうち本件犯人が映った部分の画像8点を印画した用紙3枚とともに,本件店舗の従業員に配布した。(乙イ1)

同年5月7日の原告の本件店舗への来店等
原告は,同年5月7日,本件店舗に来店した。
入店した原告を目撃したC顧問は,原告が本件犯人に似ていると判断した上で,D警備員に,原告が使用していた普通乗用自動車(以下本件車両という。)の登録番号(E。以下本件番号という。)をメモするよう指示し,D警備員は,本件番号をメモした。そして,C顧問は,同日,4月発生事件の容疑者であるとして,原告が映った防犯カメラ映像の写真1枚を印画し,本件番号を記載したお願いと題する書面を作成した。(乙イ2)
なお,本件店舗において,同日に万引き事件は発生していない。


同月6月7日発生の万引き事件等
本件店舗において,同年6月7日,また,薬用アデノゲンの万引き事件(本件事件)が発生した(以下,同日に万引きされた商品を本件商品という。)。本件店舗の防犯カメラの映像には,本件犯人が本件商品を万引きしている状況が映っていた。(乙イ3)
本件事件についての通報及び被害届の提出等


C顧問は,同月9日午前9時20分頃,津山警察署に本件事件について通報した上で,警察官に,本件犯人が同年5月7日に本件店舗に来店しており,その時確認した犯人の車両番号が本件番号である旨伝えた。そこで,警察官がC顧問から教示された本件番号を岡山県警察本部警務
部情報管理課照会センターに照会したところ,本件車両の所有者及び使用者が原告であることが判明した。

同年6月9日午前9時45分頃,警察官が本件店舗に到着し,C顧問らから被害状況について確認した上で,本件店舗の店長から,本件事件についての被害届を受理した。(甲4)
本件逮捕の状況等


原告の発見及び警察への連絡等
D警備員は,同月13日午前10時40分頃,本件店舗において原告を発見し,C顧問に対し,本件犯人に似ている男がいる旨電話で連絡した。
C顧問は,本件店舗の警備員室(以下本件警備員室という。)に
立ち寄っていた津山警察署の警察官であるF巡査長に対し,本件事件の犯人と思われる者が来店している旨伝えたところ,F巡査長は,津山警察署に,窃盗事件の容疑者が本件店舗に来店している旨報告した。その後,D警備員は,C顧問の指示を受け,自己の車両(本件車両)に乗り込み立ち去ろうとしていた原告に停止を求めたところ,原告は,その場で待機した。


警察官の到着及び職務質問
その後,F巡査及び現場急行を指示されたG巡査部長が本件車両付近に順次到着し,原告に対し,本件警備員室に来るよう求めたところ,原告は,本件警備員室に移動した。
F巡査長及びG巡査部長は,C顧問から,同年5月7日付けのお願い(乙イ2)の原告の画像及び本件事件の際の防犯カメラに映っていた本件犯人の画像2枚(乙イ3の13枚の写真のうちのいずれか2枚。れた。そこで,原告に対し,本件事件
の犯人ではないか質問したところ,原告は,犯行を否認した。


B警部補の到着及び本件逮捕の実施等
B警部補ら私服警察官4名は,同年6月13日午前11時15分頃,本件警備員室に到着した。そして,B警部補は,C顧問から,同年4月16日付けのお願いに添付された本件犯人の画像(乙イ1),同年5月7日付けのお願い(乙イ2)の原告の画像及び本件事件の際の防犯カメラに映っていた本件犯人の画像2枚を示され,これを踏まえて,原告に対し,任意同行を求めた。
その後,原告及びB警部補らは,本件店舗駐車場にある本件車両付近まで移動した上で,本件車両及び横に立った原告の写真を撮影した。(乙イ4の写真①)
そして,B警部補は,その場で原告を緊急逮捕することとし,G巡査部長にその旨指示したところ,G巡査部長は,同年6月13日午前11時22分頃,原告に手錠を掛けて,緊急逮捕した(本件逮捕)。(甲4)
なお,本件店舗駐車場には,本件逮捕時,来店客等不特定多数の者が存在した。
本件逮捕後,原告は津山警察署まで連行され,同日午前11時49分頃,津山警察署の司法警察員に引致された。
逮捕状の発付


津山警察署の警察官は,同日午後2時48分頃,津山簡易裁判所の裁判官(以下本件裁判官という。)に対し,原告に対する逮捕状の請求をした。


本件裁判官は,同日午後5時40分頃,原告に対する逮捕状を発付した(本件令状発付)。
原告の本件逮捕後の状況及び釈放等


津山警察署の警察官は,同日午後1時25分頃及び同日午後5時頃,原
告に対し弁当を支給したが,原告は,入れ歯であること等を理由に弁当を食べなかった。

津山警察署の警察官は,原告が本件逮捕前に本件店舗で購入していた食料品16点(購入金額合計2336円)を,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律192条1項2号の腐敗し,又は滅失するおそれがあるものと認められるとして,原告の同意を得た上で,廃棄処分とした。(甲3)


津山警察署の警察官は,同日午後10時2分頃,原告と原告の妻の同年6月7日の原告のアリバイに関する供述が一致すること等を理由に,原告を釈放した。
原告への謝罪,新聞報道及び犯人の逮捕


津山警察署の警察官は,同月14日,岡山県警察本部刑事部科学捜査研究所(以下科捜研という。)に,原告の写真と本件事件の際の防犯カメラに映っていた本件犯人の画像(乙イ3)を資料として,原告と本件犯人との異同識別について依頼した結果,同日,別人であると考えられるとの連絡があった(正式な鑑定結果は同日21日に出されている。)。(甲7,8)
上記連絡を受けて,津山警察署内において,本件逮捕は誤認逮捕であったと判断され,津山警察署副所長らは,当日,原告方を訪問し,本件逮捕が誤認逮捕であった旨説明し,謝罪した。その後,同月17日にも,津山警察署長らが原告方を訪問し,謝罪している。


岡山県警察本部刑事部刑事企画課は,同月14日,本件逮捕が誤認逮捕であった旨,刑事部長の謝罪コメントとともに報道発表した。
その後,本件逮捕が誤認逮捕であった旨の報道が,テレビや新聞等でなされた。(乙イ5)


本件事件の真犯人は,同年9月23日に通常逮捕され,同年10月7日
に罰金50万円の略式判決を受けた。
示談金の支払
誤認逮捕発覚後,本件店舗側は,原告に対し,示談金の名目で,50万円を支払った。
2
争点
被告県に対する請求について

警察官の行為の違法性及び故意ないし過失の有無
本件逮捕の法210条1項所定の要件充足性
手錠使用行為の違法性の有無
証拠ねつ造行為の有無


本件逮捕等による原告の損害
被告国に対する請求について

アイ3
本件令状発付についての国家賠償法上の責任の有無
本件令状発付による損害

争点に関する当事者の主張
法210条1項所定の要件充足性)について
【原告の主張】

罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がないこと
本件逮捕の時点において,原告を本件事件の犯人であると疑うに足りる充分な理由はなかった。
本件犯人が映った防犯カメラの映像の写真を見ただけでは,本件犯人が原告であると判断することはできず,また,C警備員が防犯カメラの映像により本件犯人が原告で間違いないと述べていたとしても,その信用性については慎重に判断すべきである。


急速を要しないこと
本件逮捕の時点において,警察官は本件番号の情報を入手しており,原
告の住所及び氏名を把握していたこと,平成25年6月13日の原告の態度等から,罪証隠滅や逃走を図る可能性は存在しなかったといえることなどからすると,逮捕状を請求している時間的余裕がなかったとはいえず,急速を要したとはいえない。

理由を告げていないこと
警察官は,本件逮捕の際,原告に対し,被擬事実の要旨及び急速を要する旨を告げていない。


直ちに逮捕状を求める手続をしていないこと
警察官は,同日午前11時22分頃に本件逮捕を行い,同日午後2時48分頃に逮捕状請求を行っているところ,このような時間の経過した逮捕状の請求は直ちに行ったとはいえない。


以上から,本件逮捕は,法210条1項所定の要件を満たしておらず,違法である。また,警察官らは,同項所定の要件の充足性の判断を怠ったといえ,過失が認められる。

【被告県の主張】

罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があること
B警部補は,以下の事実(以下,嫌疑の根拠事由といい,各事由を特定する場合には根拠事由①などという。)などを総合考慮して,原告が本件事件の犯人であると判断したのであり,本件逮捕の時点において,罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があった。


平成25年6月9日,本件店舗から本件事件について被害届が提出されていること。



同月13日,D警備員が本件店舗に来店した原告を本件犯人であるとして,C顧問を介して,F巡査長にその旨申告していること。



同日,C顧問が原告を本件犯人であると断言したこと。



同年5月7日にC顧問が作成したお願い(乙イ2)の画像の人物

と本件事件の際の防犯カメラの映像の画像(乙イ3の写真の一部)の人物が酷似していたこと。


本件事件の際の防犯カメラの映像の画像(乙イ3の写真の一部)の人物と原告とが酷似していたこと。



原告が,同年6月13日,同年5月7日にD警備員がメモした本件番号の車両(本件車両)で本件店舗に来店していたこと。


急速を要すること
原告が本件逮捕前に本件事件の犯人であることを否認していたこと及び任意同行を拒否していたことから,本件逮捕の時点において,逮捕せずに捜査を中断すれば,被害品である本件商品を隠匿ないし破棄するなどの罪証隠滅のおそれがあり,また,逃亡のおそれがあったといえるのであり,急速を要したといえる。


理由を告げていること
B警部補は,本件逮捕の際,原告に対し,被疑事実の要旨及び急速を要し逮捕状を求めることができない旨を告げた。


直ちに逮捕状を求める手続をしていること
本件の経過からすれば,警察官は,直ちに逮捕状を求める手続をしたといえる。


以上から,本件逮捕は法210条1項所定の要件を全て満たしていたのであり,本件逮捕に関し,違法性及び警察官らの過失は認められない。
【原告の主張】
犯罪捜査規範127条は,逮捕した被疑者が逃亡し,自殺し,又は暴行する等のおそれがある場合において必要があるときは,確実に手錠を使用しなければならない(1項),前項の規定により,手錠を使用する場合においても,苛酷にわたらないように注意するとともに,衆目に触れないように努めなければならない(2項)と定めている。本件逮捕の直前において,原告は,警察官の指示に従って移動し,任意の取調べに応じていたこと,手錠を使用して逮捕するのであれば,本件店舗駐車場ではなく本件警備員室で逮捕すれば十分であったことなどからすると,原告に多くの買い物客の目の前で手錠を掛けたことは,犯罪捜査規範127条2項に反する違法な行為であり,かつ逮捕したG巡査部長にはこれについて過失が認められる。
【被告県の主張】
仮に犯罪捜査規範の定めに反したとしても,直ちに国家賠償法上の違法性や過失が認められるものではない。
また,本件において,警察官は,できるだけ衆目に触れないよう本件逮捕後直ちに原告をパトカーに移動させて乗車させているのであり,違法な点はない。

【原告の主張】
平成25年5月7日に本件店舗で万引きが発生していないにもかかわらず,D警備員の平成25年6月9日付け調書(甲4。以下本件調書という。)には,

5月7日には万引きしているかどうかは確認できておりませんので声を掛けていませんが,後で防犯ビデオを確認したところやはり日用品コーナーから育毛剤1点が万引きされている状況が確認できたのです。

と記載されており,本件調書は警察官が意図的に虚偽の事実が記載された証拠をねつ造したものである。
【被告県の主張】
上記の本件調書の記載の後半部分は,6月7日に発生した万引き事件(本件事件)について記載しようとしたものであり,誤って記載が不十分になったに過ぎない。

【原告の主張】

精神的損害
原告は,本件逮捕により,平成25年6月13日午前11時22分頃から同日午後10時2分頃まで身体の自由を奪われたこと,本件店舗駐車場という公衆の面前の場で手錠をかけられたこと,本件逮捕時に下着1枚の姿を写真撮影されたこと,事実と反する記載がなされた証拠が作成(ねつ造)されたことなどにより,甚大な心身の苦痛等を受けた。
以上から,原告の精神的損害は200万円を下らない。


財産的損害
本件逮捕後,原告が本件逮捕前に本件店舗で購入していた食料品16点が廃棄処分とされたことにより,原告は,同食料品代合計2336円の損害を被った。


弁護士費用
20万円が相当である。

【被告県の主張】
否認ないし争う。
原告の下着姿の写真は撮影されていない。また,本件逮捕が誤認逮捕であった旨の報道が新聞やテレビ等でなされており,原告の名誉は回復されたといえる。

【原告の主張】
裁判官が逮捕状発付の際に慎重な審査を怠ったといえる場合,そのような審査によってなされた逮捕状発付行為は違法といえ,かつ,裁判官には過失が認められる。
本件において,原告に対する逮捕状の発付は法199条2項所定の要件を
充足していないにもかかわらず,本件裁判官は,慎重な判断を怠り,本件令状発付をするに至ったのであるから,同発付は違法であり,本件裁判官には過失が認められる。
【被告国の主張】
裁判官がした逮捕状発付の裁判について国家賠償法上の違法が認められるためには,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とするところ,本件裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別な事情はないのであるから,本件令状発付は国家賠償法上違法とはいえない。

【原告の主張】

精神的損害
本件令状発付により,原告はそれ以降も身体拘束を受けたのであり,原告の精神的損害は50万円を下らない。


弁護士費用
5万円が相当である。

【被告国の主張】
争う。
第3
1
当裁判所の判断
争点
罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由の有無について

前記前提となる事実のほか,証拠(甲4,5,乙イ10,証人D,証人B,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。B警部補は,平成25年6月10日,原告の運転免許証の写真を入手した上で,本件事件の際の本件犯人が映った防犯カメラの画像(乙イ3
の写真のうちの数枚)を見比べ,双方に写っている者が似ていると判断した。
C顧問は,同月13日,本件警備員室に到着したB警部補に対し,原告が本件事件の犯人で間違いない旨発言した。
原告は,本件警備員室で警察官から同年5月7日付けのお願い
(乙イ2)の原告の画像及び本件事件の際の防犯カメラに映っていた本件犯人の画像2枚(乙イ3の写真のうち2枚)を見せられたところ,前者の画像の人物は自分であるが,後者の画像の人物は自分でない旨述べた。
原告は,当初から一貫して本件事件の犯人であることを否認していた。

法210条1項の罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があるというためには,捜査機関として一定の証拠に基づき被疑者が犯人であると確信できる程度の状況があることを要すると解される。そして,客観的にそのような状況が認められた場合においては,仮に同項によって緊急逮捕された者が真犯人でなかったとしても,直ちに逮捕行為が違法となるわけではない。
本件において,被告県は,嫌疑の根拠事由などから,本件逮捕時において,原告が罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があった旨主張するので,以下検討する。
まず,根拠事由①(被害届の提出)は,客観的に万引き事件(本件事件)が発生したこと以上の事実を示すものとはいえない。また,根拠事実⑥(原告が本件車両を使用していたこと)が原告と本件犯人とを結びつけるというためには,C顧問の平成25年5月7日に本件車両を使用していた人物と本件犯人が似ているとの判断が適当なものであることが前提となるのであり,根拠事実⑥それ自体から,直ちに原
告が本件犯人であるとの嫌疑が生じるものではない。そうすると,嫌疑の根拠事由のうち原告と本件犯人とを結びつける事実は,以下のとおりである。

本件店舗の従業員であるD警備員とC顧問の識別供述(根拠事実②及び③)


平成25年5月7日の防犯カメラの画像(乙イ2。写っているのは原告)と本件事件の防犯カメラの犯人画像(乙イ3)との対比(根拠事実④)及び本件事件の防犯カメラの犯人画像と原告との対比(根拠事実⑤)
b(根拠事実④及び⑤)については,捜査官
において,いずれも防犯カメラの写真に写った本件犯人と原告(本人ないし防犯カメラ画像)との対比により,両者が酷似していると判断したというものであるが,防犯カメラの画像は解像度が低い(画素数が少ない)ものである上,不鮮明であり(いわゆる非可逆圧縮により画質が相当程度低下しているのは周知の事実である。),実際に乙イ2の写真と乙イ3の写真とを対比しても,同じような年恰好で眼鏡をかけ,帽子をかぶった高齢男性という以上の明らかな類似点を指摘するのは難しく,ましてや両者が同一人であると断定することはおよそ困難であるというべきである。
また,乙イ3の画像は解像度が低く,不鮮明であって,これと現実に視認した原告本人とを対比しても,直感的にも同一人との判断を下すことができるものでないことも明らかである。
何よりも,乙イ3の写真は,あくまでも防犯カメラで撮影された動画を1コマごとに抽出してプリントした静止画の画像に過ぎないところ,当時本件店舗には元の動画それ自体が存在していたはずであるにも関わらず,B警部補ら捜査官は,誰一人として動画それ自体を直接視聴,確
認してこれと原告との同一性を対比しようとしなかったものであり(証人B),犯罪捜査に携わる警察官の対応として著しく不適当,不十分といわざるを得ない。なぜなら,動画は被写体の動きが時間を追って把握できるため,1コマごとの解像度は低い映像であっても,人間の視覚機能から被写体の比較的細部まで確認することが可能であり,また,被写体が人物である場合,その動きの特徴や雰囲気を感じることもできて,生身の人間(本件における原告)との同一性の確認も,切り出した単一コマの静止画と比較して,
格段に精度が高まると考えられるからである。
次に,上記a(根拠事実②及び③)は,D警備員とC顧問が防犯カメラに映った本件犯人と原告とが同一人であると申告したものであり,両名は,コマを切り出した静止画像ではなく,防犯カメラの映像(動画)それ自体を見ていることから,両名の供述はそれなりの重みを持つものであることは否定できないところである。
しかしながら,
両名は本件犯人それ自体を直接目撃したものではなく,
あくまでも防犯カメラに写った映像と原告とを対比したに過ぎないこと,両名は平成25年5月7日に本件店舗に来店した原告を目撃し,これが万引き事件の犯人であるとの先入観を持っていたものであり
(C顧問は,
その認識を前提に,
原告の防犯カメラ画像を付した同日付けの
お願い
(乙イ2)を作成している。),これが本件事件当日の防犯カメラ映像に映った本件犯人と原告とを同一人と判断するに際し,影響を与えた可能性が十分にあることなどからすれば,上記両名の供述を過大に評価することは相当でない。そして,犯罪捜査の専門家であるB警部補らはこの点を十分に認識し得たはずである。
したがって,B警部補らは,C顧問やD警備員の供述を鵜吞みにすることなく,自分の目で,防犯カメラ映像と原告とを直接対比して,同映像に写った本件犯人と原告との同一性を十分に検討,吟味する必要があ
ったものというべきである。

上記イのとおり,被告が本件で指摘する嫌疑の根拠事由は,これを総合しても,それのみでは直ちに原告が罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があると認めるには足りないものであったといわざるを得ない。そして,原告は,当初から一貫して犯行を否認しており,他に有力な物証等もなかったのであるから,担当警察官としては,原告の妻に原告の供述する当日の行動についての裏付けを取るなどして十分な嫌疑があることを確認した上で,逮捕手続を取るなどの慎重な対応が求められていたところである。また,前記前提となる
メラの画像を科捜研に送って同一性識別を依頼した際,即日,結果の報告を受けているのであるから,本件逮捕前に原告の運転免許写真などを対照写真として,同様の手続を取ることも可能であったと考えられるところである。これらの手続を取れば,原告が真犯人でないことが容易に判明したことは,本件の経緯に照らして明らかであり,原告の当時の言動やその生活状況などからして,そのような慎重な手続を取る時間的余裕も十分にあった
(直ちに逮捕しなければ,
逃走の恐れが高いような状況ではなかった)
と認められる。
しかるに,B警部補ら捜査担当者は,そのような配慮をせず,嫌疑の根拠事由のみに基いて原告を犯人と断定し,本件逮捕を行ったものであり,本件に顕れた諸事情を総合考慮しても,本件逮捕時において,原告が本件犯人であると確信できる程度の状況があったとはいえず,罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があったとは認められないというべきである。
よって,本件逮捕は,本件逮捕を決定したB警部補の罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由の有無についての判断を誤った過失による,法210条1項所定の要件を欠いた違法なものであったことが認められる。
2
原告は,G巡査部長が原告に対し手錠を掛けて逮捕した行為が,犯罪捜査規範127条2項に反する違法な行為である旨主張する。しかし,同項は,その文言からは警察官に対する一種の努力義務を課したものと解され,これに合致しない逮捕行為が直ちに違法となるものとはいえない。また,原告を逮捕する前に本件番号と原告が使用していた車両の車両番号とが一致しているかを確認するために本件店舗駐車場に移動した上で逮捕した旨のB警部補の供述(乙イ10,証人B)には一定の合理性があり,信用できるものと認められ,本件警備員室でなく本件店舗駐車場で手錠を掛けたことが合理的理由なく衆目に触れる状態で行ったということもできない。
よって,この点に関する原告の主張は理由がない。
3
前記前提となる事実のとおり,平成25年5月7日に本件店舗において万引き事件は発生していないところ,本件調書には,

5月7日には万引きしているかどうかは確認できておりませんので声を掛けていませんが,後で防犯ビデオを確認したところやはり日用品コーナーから育毛剤1点が万引きされている状況が確認できたのです。

との,平成25年5月7日に万引きが発生したと受け取れる記載がある。もっとも,どのような理由ないし経緯によってそのような記載がなされたかは明らかでなく,本件調書が警察官により意図的にねつ造されたと認めるに足りる証拠はない。また,D警備員は,本件調書の作成当時,平成25年5月7日に万引きが発生したと認識していた旨供述しており(証人D),単にD警備員が平成25年5月7日に万引きが発生したと誤解していたために上記のような記載内容の本件調書が作成された可能性もあることも鑑みれば,本件調書が警察官によりねつ造されたとは認められないというべきである。
よって,この点に関する原告の主張は理由がない。

4
前述のとおり,原告が違法であると主張する行為のうち,違法性が認められるのは要件を欠く本件逮捕が行われたことであるから,原告の被告県に対する損害賠償請求が認められるのは,本件逮捕と因果関係のある損害の範囲に限られる。以下検討する。
精神的損害について
前記前提となる事実のとおり,原告は,本件逮捕により,平成25年6月13日午前11時22分から同日午後10時2分頃までの間の約11時間に渡って身柄拘束を受けていること,不特定多数の者の面前で手錠を掛けられていること,原告は防犯カメラに映った真犯人と間違えられただけであり,犯行を疑われるような不審な行動をしたわけでもなく,本件の誤認逮捕について何ら落ち度はないことが認められるところ,加えて,原告が本件店舗に1週間に2,3回の頻度で来店しており(原告本人),本件逮捕が原告の生活圏内で行われたことも合わせ鑑みれば,これらにより原告が受けた精神的・肉体的苦痛は重大であるといえる。
他方で,原告の主張するような下着一枚の姿での写真撮影の事実を認めるに足りる証拠はなく,前記前提となる事実のとおり,原告は本件逮捕の当日に釈放されていること,原告の釈放後,警察幹部が原告に謝罪していること,警察発表に基づき,新聞やテレビ等で本件逮捕が誤認逮捕であった旨の報道がなされており,これにより,原告の名誉は少なからず回復されたといえること,その他,原告に対し通常の緊急逮捕に伴う程度を超えた有形力の行使等の事実は認められないこと等も合わせ鑑みれば,原告の精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料としては,50万円が相当である。
財産的損害について
前記前提となる事実のとおり,本件逮捕後,原告が本件逮捕前に本件店舗で購入していた食料品16点が廃棄処分とされたことが認められ,本件逮捕
と同廃棄との間には因果関係が認められるから,原告は,本件逮捕により同食料品代合計2336円の損害を被ったといえる。
弁護士費用について
本件逮捕と相当因果関係のある弁護士費用は,5万円と認めるのが相当である。
以上から,本件逮捕により原告が被った損害は,合計55万2336円であると認定することができる。
5
裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法1条1項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけではなく、上記責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることを必要とすると解するのが相当である(最高裁昭和53年(オ)第69号同57年3月12日第頁参照)。そして,この理は,逮捕状の
発付の裁判についても同様であると解すべきであり,仮に原告が主張するように裁判官が逮捕状発付の際に慎重な審査を怠ったといえる場合であっても,そのような審査によってなされた逮捕状発付行為が直ちに国家賠償法上違法となるとは解されない。
そして,本件令状発付について,本件裁判官が違法または不当な目的を有していたとか,裁判官に付与された権限の趣旨を明らかに背いたことをうかがわせる事情は見当たらないから,本件令状発付に国家賠償法上の違法は認められないというべきである。
よって,原告の被告国に対する請求は理由がない。
6
以上によれば,原告の請求は,被告県に対して55万2336円及びこれに
対する本件逮捕日である平成25年6月13日から支払済みまでの民法所定の年5分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから,その限度で請求を認容し,被告県に対するその余の請求及び被告国に対する請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し,原告勝訴部分について仮執行宣言及び仮執行免脱の宣言を付することとして,主文のとおり判決する。
岡山地方裁判所第2民事部

裁判長裁判官

曳野久男
裁判官

早田久子
裁判官

宮田裕平
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