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国籍確認等請求事件
事件番号平成26(行ウ)52
事件名国籍確認等請求事件
裁判年月日平成28年5月13日
法廷名大阪地方裁判所
判示事項昭和59年法律第45号(以下「昭和59年改正法」という。)附則5条1項が同法施行日前に日本人母から出生した子に認められる簡易な手続による国籍取得の対象から日本国民であった者を除外していることと憲法14条
裁判要旨①昭和59年改正法附則5条は,出生による国籍取得に関する国籍法の規定を父系血統主義から父母両系血統主義に改正するに当たり,日本人母から出生した子の国籍取得について昭和59年改正法施行前に出生した子と同法施行後に出生した子との間の実質的均衡を合理的な範囲で図ることを目的とするものであり,日本国籍の重要性に照らし,その立法目的は合理的な根拠があるといえること,②同条1項が同法施行日前に日本人母から出生した子について認められる簡易な手続による国籍取得の対象から日本国民であった者を除外しているのは,同法による改正前の国籍法の下で日本人母から出生した子が国籍を取得した場合には,一旦国籍を取得した以上,重ねて国籍取得の機会を付与する必要がないためであり,このような除外は上記の立法目的との関連において不合理とはいえないことなどからすると,同項が同法施行日前に日本人母から出生した子に認められる簡易な手続による国籍取得の対象から日本国民であった者を除外していることは憲法14条に反しない。
裁判日:西暦2016-05-13
情報公開日2017-10-19 08:43:00
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平成28年5月13日判決言渡
平成26年(行ウ)第52号

国籍確認等請求事件

主文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。

第1

実及び理由
請求

1
原告が日本国籍を有することを確認する。

2
大阪入国管理局長が平成24年2月2日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく原告の異議の申出には理由がない旨の裁決が無効であることを確認する。

3
大阪入国管理局主任審査官が平成24年2月8日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分が無効であることを確認する。

第2

事案の概要
本件は,ペルー共和国(以下ペルーという。)の国籍を有する原告が,大阪入国管理局(以下大阪入管という。)入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下入管法という。)24条4号ロ(不法残留)の退去強制事由に該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない旨の認定を受け,大阪入管特別審理官から上記認定は誤りがない旨の判定を受けたため,法務大臣に対して異議の申出をしたところ,法務大臣から権限の委任を受けた大阪入国管理局長(以下大阪入管局長という。)から上記異議の申出には理由がない旨の裁決(以下本件裁決という。)を受け,大阪入管主任審査官から退去強制令書発付処分(以下本件退令発付処分という。)を受けたことから,原告はペルー国籍に加え日本国籍をも有しており,この点を看過してされた本件裁決及び本件退令発付処分がいずれも無効であるなどと主張して,原告が日本国籍を有することの確認を求めるとともに,本件裁決及び本件退令発付処分の無効確認を求める事案である。
1
法令の定め
(1)

入管法
入管法2条2号は,入管法における外国人は,日本の国籍を有しない
者をいう旨規定する。
(2)

国籍法
昭和59年法律第45号(以下昭和59年改正法という。)による改正前の国籍法(以下旧国籍法という。)
(ア)

旧国籍法2条柱書は,子は,同条各号に掲げる場合には日本国民と
する旨規定し,その各号において,出生の時に父が日本国民であるとき(1号),出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であったとき(2号),父が知れない場合又は国籍を有しない場合において,母が日本国民であるとき(3号),日本で生れた場合において,父母がともに知れないとき,又は国籍を有しないとき(4号)を掲げている。
(イ)

旧国籍法9条は,外国で生まれたことによってその国の国籍を取得
した日本国民は,戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保する意思を表示しなければ,その出生の時に遡って日本の国籍を失う旨規定する。

昭和59年改正法による改正後の国籍法(以下新国籍法という。)昭和59年改正法(昭和60年1月1日施行)により,旧国籍法2条3号が廃止され,新国籍法2条1号は,出生の時に父又は母が日本国民であるとき,子は日本国民とする旨の規定に改められた。


昭和59年改正法附則(以下附則という。)
附則5条1項は,昭和40年1月1日から昭和59年改正法の施行の日(昭和60年1月1日)の前日までに生まれた者(日本国民であった者を除く。)でその出生の時に母が日本国民であったものは,母が現に日本国民であるとき,又はその死亡の時に日本国民であったときは,施行日から3年以内に,法務省令で定めるところにより法務大臣に届け出ることによって,日本の国籍を取得することができる旨規定する(以下,上記の

日本国民であった者を除く。

との規定を本件除外規定という。)。(3)

戸籍法
昭和59年改正法による改正前の戸籍法(以下旧戸籍法という。)(ア)

旧戸籍法52条1項は,嫡出子出生の届出は,父又は母がこれをし,
子の出生前に父母が離婚した場合には,母がこれをしなければならない旨規定する。また,同条2項は,嫡出でない子の出生の届出は,母がこれをしなければならない旨規定する。そして,同条3項は,同条1項及び2項によって届出をすべき者が届出をすることができない場合には,第1次的に同居者が,第2次的に出産に立ち会った医師,助産婦又はその他の者が届出をしなければならない旨規定する。(イ)

旧戸籍法104条1項は,旧国籍法9条の規定によって日本の国籍
を留保する意思を表示しようとするときは,旧戸籍法52条1項又は2項に規定する出生届出義務者は,出生の日から14日以内に,出生の届出と共にその旨を届け出なければならない旨規定し,同条2項は,天災その他同条1項の出生届出義務者の責に帰することのできない事由によって出生の日から14日以内に届出をすることができないときは,その期間は,届出をすることができるに至ったときからこれを起算する旨規定する。

昭和59年改正法による改正後の戸籍法(以下新戸籍法という。)(ア)

新戸籍法52条1項から3項までは,出生の届出義務者について旧
国籍法52条1項から3項までと同趣旨を規定し,新戸籍法52条4項は,同条1項及び2項の規定によって届出をすべき者が届出をすることができない場合には,その者以外の法定代理人も届出をすることができる旨規定する。
(イ)

新戸籍法104条1項は,新国籍法12条(旧国籍法9条とほぼ同
旨の規定)に規定する国籍の留保の意思の表示は,出生の届出をすることができる者(新戸籍法52条3項の規定によって届出をすべき者を除く。)が出生の日から3か月以内に,日本の国籍を留保する旨を届け出ることによって,これをしなければならない旨規定し,同条3項は,天災その他同条1項に規定する者の責めに帰することができない事由によって同項の期間内に届出をすることができないときは,その期間は,届出をすることができるに至った時から14日とする旨規定する。
(4)

1965年(昭和40年)当時のペルー憲法(以下ペルー憲法とい
う。)
ペルー憲法4条は,ペルーの領土内に出生した者はペルー国民とする旨規定する。(乙2)
2
前提となる事実等
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1)

原告の身分事項
原告は,1965年(昭和40年)12月14日,ペルーで出生したペルー国籍を有する男性である。(乙12)


原告は,2001年(平成13年)3月24日,ペルーにおいて,a(1973年7月2日生。)と婚姻の届出をしたが,両者の間に子はいない。(乙13,26,31)


aは,ペルーで出生したペルー国籍を有する外国人女性であり,本件裁決当時,定住者の在留資格で本邦に在留していた。(乙31,42)
(2)

原告の国籍取得及び附則5条1項に基づく国籍取得の届出の経緯

原告の母であるb(平成21年4月27日死亡。以下原告母とい

う。)は,1949年(昭和24年)3月10日,ペルーで出生したが,同月16日,日本国民であるcによりペルーの方式で認知され,国籍法(明治32年法律第66号。昭和25年7月1日廃止)5条3号に基づき,日本国籍を取得した。(乙9,26,43)

原告は,1965年(昭和40年)12月14日,ペルーにおいて,日本国籍を有する原告母とペルー国籍を有するd(以下原告父という。)との間に生まれたが,原告の出生当時,原告母と原告父はいまだ婚姻していなかったため,原告は,旧国籍法2条3号(父が知れない場合…において,母が日本国民であるとき)により日本国籍を取得した。他方,原告は,ペルーにおいて出生したのでペルー憲法によりペルー国籍も取得した。(乙4,26)


原告父と原告母は,1966年(昭和41年)8月14日に婚姻の届出をし,原告のほかに4男5女をもうけたが,うち1男1女は死亡した。(乙4,26,43)


原告の妹であるeは,平成24年5月29日,広島県呉市長に対し,原告母が日本国民であるcから1949年(昭和24年)3月16日にペルーの方式で認知されたとして職権による原告母の戸籍記載の申出を行ったところ,平成24年7月4日,原告母の新戸籍が編纂された。(甲1,乙43,49)


原告は,同年9月27日,法務大臣に対し,附則5条1項に基づく国籍取得の届出をしたが,大阪法務局長から,平成26年2月25日,原告は国籍取得の条件を備えているものとは認められない旨の通知を受けた。(甲2,乙3)


原告の弟2名と妹3名は,平成24年9月又は10月,法務大臣に対し,附則5条1項に基づく国籍取得の届出をした。(乙44~48)
(3)

原告の入国及び在留の状況
1回目の入国及び在留の状況
原告は,平成3年10月31日,大阪国際空港に到着し,大阪入管大阪空港出張所入国審査官から,在留資格を短期滞在,在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に入国した。原告は,平成4年2月29日,在留資格を定住者,在留期間を1年とする在留資格変更許可を受け,平成5年1月16日に本邦から出国した。(乙14,15)


2回目の入国の状況
原告は,平成5年10月,大阪国際空港に到着し,大阪入管大阪空港出張所入国審査官に上陸許可申請をしたが,入管法7条1項1号に規定する上陸条件に適合しないとして,同月28日,本邦からの退去を命ぜられ,同月29日,本邦から出国した。(乙14,16)


3回目の入国及び在留の状況
原告は,平成8年8月8日,関西国際空港に到着し,大阪入管関西空港支局入国審査官から,在留資格を短期滞在,在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に入国した。原告は,同年12月10日,在留資格を定住者,在留期間を1年とする在留資格変更許可を受け,2度の在留期間更新許可を受けた後,平成11年6月20日,本邦から出国した。(乙14,17)


今次の入国及び在留の状況
(ア)

原告は,弟であるfを代理人として,平成13年8月16日,自ら
がcの子として出生した原告母の実子であり,平成2年5月24日法務省告示第132号出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の規定に基づき同法別表第2の定住者の項の下欄に掲げる地位を定める件(平成18年法務省告示第172号による改正前のもの)第3号にいう日本人の子として出生した者の実子に該当するものであるとして在留資格認定証明書交付申請を行い,同申請に対し,法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長は,平成14年3月11日,在留資格定住者の在留資格認定証明書を交付した。(乙14,18,19)(イ)

原告は,同年6月2日,関西国際空港に到着し,大阪入管関西空港
支局入国審査官から,在留資格を定住者,在留期間を3年とする上陸許可を受けて本邦に入国した。(乙14,20)
(ウ)

原告は,平成17年8月12日及び平成20年7月11日に在留期
間3年とする在留期間更新許可を受けたが,その後,在留期間の更新又は在留資格の変更の許可を受けることなく,在留期限である平成23年6月2日を超えて本邦に不法に残留した。(乙14,20)
(エ)

原告は,平成21年11月16日,強制わいせつ未遂及び建造物侵
入の被疑事実で逮捕されたが,同年12月4日,不起訴処分(強制わいせつ未遂については親告罪の告訴の欠如,建造物侵入については嫌疑不十分による。)となった。(乙14)
(オ)

原告は,平成23年1月11日午後3時20分頃,堺市のアクセサ
リー店においてネックレス等5点を窃取した(以下本件犯行とい
う。)。原告は,同年12月15日,本件犯行につき窃盗の罪で懲役1年6月(4年間執行猶予)の判決を受け,同判決は平成24年1月5日に確定した。(乙14,22,23)
(4)

本件裁決及び本件退令発付処分の経緯
大阪入管入国警備官は,平成23年6月8日,原告に対し,入管法24条4号ロ(不法残留)に該当する容疑者として,違反調査を開始し,同年12月15日,同号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,大阪入管主任審査官から発付を受けた収容令書を執行して原告を大阪入管収容場に収容した。(乙24,25)


大阪入管入国警備官は,原告に対する違反調査を実施した上,同月16日,原告を大阪入管入国審査官に引き渡した。(乙26~28)

大阪入管入国審査官は,原告に対する違反審査を実施した上,平成24年1月11日,原告が入管法24条4号ロに該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない旨を認定し,原告にこれを通知したところ,原告は,同日,口頭審理を請求した。(乙30,32,33)


大阪入管特別審理官は,同月31日,原告に対する口頭審理を実施し,上記ウの認定に誤りはない旨判定し,原告にこれを通知したところ,原告は,同日,法務大臣に対し入管法49条1項に基づく異議の申出をした。(乙34~36)


法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長は,同年2月2日,上記エの原告の異議の申出には理由がない旨の本件裁決を行い,その通知を受けた大阪入管主任審査官は,同月8日,原告に本件裁決を通知するとともに本件退令発付処分をした。(乙37~39)


大阪入管入国警備官は,同日,本件退令発付処分に係る退去強制令書を執行して原告を引き続き大阪入管収容場に収容した。(乙39)


原告は,同年4月17日,大阪入管から入国者収容所西日本入国管理センターに移送され,同年10月19日,仮放免を許可されて同センターを出所した。(乙39,40)

(5)

本件訴訟の提起等
原告は,平成26年3月14日,本件訴訟を提起した。(顕著な事実)
3
争点及び当事者の主張
本件の争点は,①原告について旧国籍法9条の国籍留保の意思表示がされたか,②原告が本件除外規定に該当するか,③本件除外規定が憲法14条に反するか,④原告に附則5条を適用しないことが憲法14条に反するか,⑤本件裁決及び本件退令発付処分が無効か(具体的には,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるか)であり,この点についての当事者の主張は以下のとおりである。(1)

争点①(国籍留保の意思表示の存否)

(原告の主張)

原告は,出生によりペルー国籍を取得するとともに日本国籍を取得したため,旧国籍法9条により,旧戸籍法104条1項による国籍留保の意思表示がされなければ日本国籍を喪失する。


ところで,旧戸籍法104条1項は,国籍留保の意思表示は,出生届出義務者が出生の日から14日以内にすべき旨を規定するが,同条2項及び新戸籍法104条3項は,出生届出義務者がその責に帰することのできない事由によって所定の期間内に届出をすることができないときは,届出をすることができるに至ったときから14日以内に届出をすべき旨を規定しており,旧戸籍法及び新戸籍法の各52条3項は,父又は母が出生の届出をすることができないときは,同居者等がその届出をしなければならない旨を規定している。これらの各規定を総合すると,外国で出生したことによりその国の国籍を取得した日本国民は,出生届出義務者が旧戸籍法104条2項及び新戸籍法104条3項の責に帰することのできない事由によって出生の日から14日以内に国籍留保の意思表示をすることができなかった場合には,父又は母の同居者として自ら国籍留保の意思表示を行うことが可能であるというべきである。
そして,①原告母は,1949年(昭和24年)3月16日,cによって認知され日本国籍を取得したものの,日本国籍を取得したことを意識することなくペルーに居住し,ペルーにおいて原告を出産したこと,②原告母について戸籍の記載がされたのは原告母が平成21年4月27日に死亡した後の平成24年7月4日であり,その生前には戸籍に記載されていないことなどからすると,原告母が原告について出生の届出とともに国籍留保の意思表示をすることは期待できない状況にあったから,原告母はその責に帰することができない事由によって国籍留保の意思表示をすることができなかったといえる。したがって,原告母と同居していた原告は,原告母の同居者として自らの国籍留保の意思表示を行うことができるというべきである。

原告は附則5条1項に基づく国籍取得の届出をしているところ,国籍取得の届出と国籍留保の意思表示は,いずれも当該国籍を取得しようとする行為であり,国籍取得の届出には国籍留保の意思表示が含まれているというべきである。


以上によれば,原告について国籍留保の意思表示がされたということができる。

(被告の主張)

旧戸籍法104条1項の規定上,旧国籍法9条の国籍留保の意思表示をする者は,当該出生子の父又は母であることは明らかである。そうすると,原告について国籍留保の意思表示をする者は,原告母であるところ(旧戸籍法52条2項),原告母は,2009年(平成21年)4月27日,原告について国籍留保の意思表示をすることなく死亡している。したがって,原告について国籍留保の意思表示がされたとは認められない。


また,原告は,附則5条1項に基づく国籍取得の届出をしているものの,国籍取得の届出は,新たに日本国籍を取得する意思を表示するものであるのに対し,国籍留保の意思表示は,引き続き日本国籍を保有する意思を表示するものであって,両者はその趣旨を異にする上,手続や主体も異なるから,国籍取得の届出に国籍留保の意思表示が含まれているということはできない。


さらに,原告母が戸籍に記載されていないことをもって,旧戸籍法104条2項及び新戸籍法104条3項の出生届出義務者の責に帰することができない事由があるということはできないし,原告の主張するところによっても,原告母が戸籍に記載された平成24年7月4日には,原告において国籍留保の意思表示をすることができたのであるから,原告が国籍取得の届出をした同年9月27日には,上記各項に定められた14日を経過していることになる。

(2)

以上によれば,原告について国籍留保の意思表示がされたとはいえない。争点②(原告の本件除外規定該当性)

(原告の主張)
原告について国籍留保の意思表示がされなかった場合には,旧国籍法9条により原告は遡って日本国籍を有していなかったことになるから,日本国民であったということはできず,本件除外規定に該当しないというべきである。したがって,原告には附則5条1項の適用があり,同項の国籍取得の届出により日本国籍を取得したというべきである。
(被告の主張)
前記(1)の(被告の主張)のとおり,原告について国籍留保の意思表示はされていないから,旧国籍法9条により原告は出生に遡って日本国籍を失うことになる。もっとも,旧国籍法9条によって遡及的に日本国籍を失うとされていることは一種の擬制であって,原告が一旦日本国籍を取得した事実は否定されないから,原告は,日本国民であったということができ,本件除外規定に該当するというべきである。したがって,原告には附則5条1項は適用されず,同項により日本国籍を取得することもないというべきである。(3)

争点③(本件除外規定の憲法14条適合性)

(原告の主張)
附則5条の立法目的は,日本国民である母(以下日本人母という。)と日本国民でない父(以下外国人父という。)との間に出生した子の国籍について,昭和59年改正法施行前に出生したために日本国籍を取得しなかった子と昭和59年改正法施行後に出生して日本国籍を取得する子との実質的均衡を合理的範囲で図る点にある。
しかし,昭和59年改正法施行前に日本人母と外国人父との間に出生した子については,その出生時に日本人母と外国人父が婚姻関係になかった場合には,当該出生子は出生により日本国籍を取得するため(旧国籍法2条3号),本件除外規定に該当し附則5条は適用されない。これに対して,その出生時に日本人母と外国人父が婚姻関係にあった場合には,当該出生子は出生により日本国籍を取得しないため,本件除外規定に該当せず附則5条は適用されることとなる。このように本件除外規定は,附則5条の適用に関し,昭和59年改正法施行前に日本人母と外国人父との間に出生した子を父母の婚姻関係の有無により区別するものであり,このような区別は,立法目的との間に合理的関連性はないというべきである。
したがって,本件除外規定を定めた附則5条は,憲法14条に反する。(被告の主張)
憲法10条は,

日本国民たる要件は,法律でこれを定める。

と規定しているところ,同条は,国籍は国家の構成員としての資格であり,国籍の得喪に関する要件を定めるに当たってはそれぞれの国の歴史的事情,伝統,政治的,社会的又は経済的環境等,種々の要因を考慮する必要があることから,これをどのように定めるかについて,立法府の裁量判断に委ねる趣旨のものであると解される。しかし,立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても,なお,そのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合,又はその具体的な区別と上記の立法目的との間に合理的関連性が認められない場合には,当該区別は,合理的理由のない差別として,憲法14条に違反すると解される。
これを附則5条についてみると,附則5条の趣旨は,日本人母と外国人父の間に出生した子が父系血統主義を採用する旧国籍法の下で出生したために日本国籍を取得し得なかった場合に簡易な方法で日本国籍を取得する機会を与え,合理的な範囲において昭和59年改正法施行前後に出生した者の間の実質的均衡を図る政策的配慮によるものであって,このような立法目的には十分な合理性が認められる。
そして,同じく昭和59年改正法施行前に日本人母と外国人父との間に出生した子のうち,父系血統主義を採用する旧国籍法の下で日本国籍を取得することができなかった子については,父母両系血統主義を採用した昭和59年改正法施行後に出生して日本国籍を取得した者との均衡を図る必要があるのに対し,父系血統主義を採用する旧国籍法の下でも日本国籍を取得したがその後これを喪失した子については,日本国籍取得の機会が与えられている以上,昭和59年改正法施行後に出生して日本国籍を取得した者との均衡を図る必要はないのであって,両者の間で取扱いを異にすることになっても,そのような区別は,上記立法目的との関係で合理的関連性が十分に認められる。したがって,本件除外規定を定めていることが憲法14条に反するということはできない。
(4)

争点④(附則5条不適用の憲法14条適合性)

(原告の主張)
原告母は,cから認知されていたものの,平成24年7月4日まで戸籍に記載されておらず,原告母が原告の出生時に国籍留保の意思表示をすることは客観的に不可能であった。そして,原告母が戸籍に記載されたのは,原告父及び原告母が死亡した後である。そうすると,原告は,出生により日本国籍を取得したものの,国籍留保の機会を与えられないまま,単に一旦は日本国籍を取得したという理由により本件除外規定に該当するとして附則5条の適用を受けられないことになる。このような原告の立場は,昭和59年改正法施行前に出生した日本人母と外国人父の子で日本国籍を取得しないものと異なるところはないから,原告が本件除外規定に該当するとして附則5条を適用しないことは憲法14条に反するというべきである。
(被告の主張)
前記(1)の(被告の主張)のとおり,原告について国籍留保の意思表示がされる機会がなかったとはいえないから,原告について附則5条を適用しないことは,憲法14条に違反するとはいえない。
(5)

争点⑤(本件裁決及び本件退令発付処分が無効か)について
(原告の主張)

前記のとおり,原告は日本国籍を有する者であり入管法2条2号の外国人に当たらないから,本件裁決及び本件退令発付処分は無効である。

仮に,原告が日本国籍を有する者とは認められないとしても,以下のとおり,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断には,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるから,本件裁決及び本件退令発付処分は無効である。
(ア)

一旦本邦に入国した外国人が引き続き本邦に在留し続けることがで
きるか否かは当該外国人の重大な利益に直結するから,一旦本邦に入国した外国人に在留を認めるか否かは国家の自由裁量に委ねられておらず一定の制限に服するというべきであり,そのような国際慣習法が確立している。そして,原告の在留状況は不良であるとはいえず,他方,原告は,本邦に生活の本拠を有するaと婚姻している上,本邦には原告の弟及び妹が生活している。これらの事情を考慮すると,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断には,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるというべきである。
(イ)

市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下B規約という。)

及び児童の権利に関する条約は,被告の引用する昭和53年の最高裁判決にいう特別の条約に該当し,外国人の在留に関する法務大臣の裁量権を拘束するものである。そうであるところ,原告を強制送還することは,原告,a並びに原告の弟及び妹に対する不当な干渉としてB規約17条1項及び23条1項に反するし,児童の権利に関する条約3条に規定する児童の最善の利益にも反する。したがって,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断には,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるというべきである。
(被告の主張)
前記のとおり,原告は日本国籍を有する者ではない。そして,以下のとおり,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるとはいえない。

国家は,国際慣習法上,外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国に受け入れるか否か等を自由に決定することができるものであり,憲法上,外国人は,我が国に入国する自由を保障されているものではないことはもちろん,在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもない(最高裁昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁)。上記と異なる国際慣習法が確立したことは認められない上,上記の特別の条約とは,2国間又は多数国間条約を締結して出入国に関する各国の裁量権を規制し相互に外国人の出入国を保障し合う場合などを指すものであって,B規約及び児童の権利に関する条約がこれに当たるということはできない。
そうすると,在留特別許可を付与するか否かは法務大臣の自由裁量に委ねられていると解すべきであり,その裁量権の行使が裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法となるのは,法務大臣がその付与された権限の趣旨に明らかに背いて裁量権を行使したものと認め得るような特別の事情がある場合等,極めて例外的な場合に限られるものというべきである。そして,このことは,入管法69条の2の規定に基づいて法務大臣から権限の委任を受けた大阪入管局長にも妥当するものである。

これを原告についてみると,原告は,本件犯行により窃盗の罪で懲役1年6月(4年間執行猶予)の判決を受けるなど,その在留状況は不良である。他方,原告は,定住者の在留資格で本邦に在留するaと婚姻関係にあるものの,定住者の在留資格を有する外国人は,日本人はもちろん,永住者の在留資格をもって本邦に在留する外国人と比べても,いまだ本邦との結びつきが弱いものであることなどからすると,原告に在留特別許可を付与するか否かの判断に当たりaとの婚姻関係を積極的事情として殊更重視すべきであるとはいえない。そして,原告は,ペルーにおいて出生,成育し,教育を受けて生活してきたものであり,健康状態や稼働能力に何らの問題もないから,原告がペルーに送還されても原告の生活に支障はない。

第3
1
当裁判所の判断
争点①(国籍留保の意思表示の存否)について
(1)

原告は,原告母は日本国籍を取得したことを意識することなくペルーに
居住しその生前には戸籍に記載されていなかったから,原告母は,旧戸籍法104条2項及び新戸籍法104条3項にいう責に帰することができない事由によって原告の出生の日から14日以内に国籍留保の意思表示をすることができなかったというべきであり,そのような場合には,原告自身が原告母の同居者として国籍留保の意思表示をすることができるとした上,原告による附則5条1項に基づく国籍取得の届出(前記前提となる事実(2)オ)には,国籍留保の意思表示が含まれるなどとして,原告について国籍留保の意思表示がされたと主張する。
(2)

しかし,原告母がいかなる事情の下で原告について国籍留保の意思表示
をしなかったかを確定するに足りる的確な証拠はない。
また,国籍留保の意思表示をすることができるのは父又は母若しくは法定代理人に限られ,同居者は国籍留保の意思表示をすることができないとされており(旧戸籍法104条,52条1項及び2項,新戸籍法104条,52条1項,2項及び4項),出生子が父又は母の同居者として自らの国籍留保の意思表示をすることができるとする法的根拠は見当たらない。
さらに,附則5条1項に基づく国籍取得制度は,昭和59年改正法の施行に当たり,父系血統主義を採用する旧国籍法の下で出生による国籍を取得することができなかった者について,父母両系血統主義を採用する新国籍法の下で出生による国籍を取得する者との均衡を図るため,法務大臣への届出によりその届出の時から日本の国籍を取得することを認めるものであるのに対し,旧国籍法9条に基づく国籍留保制度は,出生時に日本国籍を取得するとともに外国国籍を取得する子について,形骸化した日本国籍の発生を防止するとともに重国籍の発生を回避するため,市町村長又は駐在日本大使等に国籍留保の意思表示がされたときに限り,出生時に取得した日本国籍を失わないとするものである。このように,附則5条1項に基づく国籍取得の届出と旧国籍法9条に基づく国籍留保の意思表示とは,その趣旨及び手続を異にするものであり,前者がされたことにより,後者がされたものと評価することはできない。
しかも,原告の主張によれば,原告母が戸籍に記載された平成24年7月4日に国籍留保の意思表示をすることができるに至ったことになるところ,原告が附則5条1項に基づく国籍取得の届出をしたのは,同日から14日が経過した後である平成24年9月27日であるから(前記前提となる事実(2)オ),原告について旧戸籍法104条2項又は新戸籍法104条3項所定の期間内に国籍留保の意思表示がされたということはできない。以上によれば,原告について国籍留保の意思表示がされたということはできず,他にこれがされたことを認めるに足りる証拠はない。
2
争点②(原告の本件除外規定該当性)について
(1)

前記のとおり,原告について国籍留保の意思表示がされていないとする
と,原告が附則5条1項に基づく届出により日本国籍を取得したかが問題となるところ,原告は,原告について国籍留保の意思表示がされていない以上,旧国籍法9条により出生時に遡って日本国籍を有していないことになるから,日本国民であった者ということはできず,本件除外規定に該当しないと主張する。
(2)

確かに,旧国籍法9条が出生の時にさかのぼって日本の国籍を失う
と規定していることからすると,同条は,国籍の生来的な取得を制限するものであり,国籍留保の意思表示がされなかった場合には出生当初から国籍を取得しなかったことにする趣旨であると解される。
しかし,国籍留保の意思表示がされないと,法的には出生時から日本国籍を有しなかったことになるとしても,出生と同時に一旦は日本国籍を取得した事実を否定することはできないから,国籍留保の意思表示がされなかった場合も日本国民であった者に該当するということができる。そして,後記のとおり,附則5条1項が日本国民であった者を同項の届出による国籍取得の対象から除外したのは,同条の趣旨が,父系血統主義を採用する旧国籍法の下において日本人母から出生したことにより日本国籍を取得しなかった者に対し簡易な方法での国籍取得の機会を付与する点にあり,旧国籍法の下で日本国籍を取得した者は,取得した国籍を保持することが可能であった以上,重ねて国籍取得の機会を付与する必要がないことから,このような者に同条1項の届出による国籍取得の対象とすることは同条の趣旨に反するからであると解される。そうすると,旧国籍法9条に基づく国籍留保の意思表示がされなかったために国籍の取得が認められない者についても,旧国籍法の下で出生により日本国籍を取得し,国籍留保の意思表示によりこれを保持し得た以上,この者を附則5条1項の届出による国籍取得の対象とすることは附則5条の趣旨に反するといわざるを得ない。
(3)

以上によれば,旧国籍法9条に基づく国籍留保の意思表示がされなかっ
たために国籍を取得しなかった原告は本件除外規定に該当するというべきである。
3
争点③(本件除外規定の憲法14条適合性)について(1)

附則5条は,昭和59年改正法施行日前日までに出生した子でその出生
時に母が日本国民であったものについては,一定の条件の下で,届出による国籍取得を認めながら,本件除外規定により,過去に日本国民であった者をその対象から除外している。原告は,本件除外規定により,昭和59年改正法施行前に出生した子が婚姻している父母の間に出生した場合には附則5条が適用されるが,婚姻していない父母の間に出生した場合には附則5条が適用されないこととなり,父母の婚姻関係の有無によって附則5条の適用の有無が区別され,この区別は合理的理由のない差別であるから,憲法14条に反すると主張する。
(2)

憲法14条1項適合性の判断基準
憲法10条は,

日本国民たる要件は,法律でこれを定める。

と規定し,
これを受けて,国籍法は,日本国籍の得喪に関する要件を規定している。憲法10条の規定は,国籍は国家の構成員としての資格であり,国籍の得喪に関する要件を定めるに当たってはそれぞれの国の歴史的事情,伝統,政治的,社会的及び経済的環境等,種々の要因を考慮する必要があることから,これをどのように定めるかについて,立法府の裁量判断に委ねる趣旨のものであると解される。そして,憲法14条1項が法の下の平等を定めているのは,合理的理由のない差別を禁止する趣旨のものであって,法的取扱いにおける区別が合理的な根拠に基づくものである限り,同項に違反するものではないから,上記のようにして定められた日本国籍の取得に関する法律の要件によって生じた区別につき,そのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠があり,かつ,その区別の具体的内容が上記の立法目的との関連において不合理なものではなく,立法府の合理的な裁量判断の範囲を超えるものではないと認められる場合には,当該区別は,合理的理由のない差別に当たるとはいえず,憲法14条1項に違反するということはできないものと解するのが相当である(最高裁平成20年6月4日大法廷判決・民集62巻6号1367頁,最高裁平成27年3月10日第三小法廷判決・民集69巻2号265頁参照)

(3)

附則5条の立法目的
旧国籍法は,出生による国籍取得に関し,父系血統主義を採用していたが
(旧国籍法2条1号及び2号),両性の平等の実現を志向する国内外の社会情勢を背景として,昭和59年改正法により旧国籍法が改正され(新国籍法),出生による国籍取得に関し,父母両系血統主義が採用されるに至った(前記第2の1(2))。附則5条は,上記改正の経過的措置として,昭和59年改正法施行前に日本人母から出生した子につき届出による国籍取得を認めるものであり,その目的は,日本人母から出生した子の国籍取得につき,昭和59年改正法施行前に出生した子と昭和59年改正法施行後に出生した子との間の実質的均衡を合理的な範囲で図ることにあると解される(乙5~7)。
そして,日本国籍は,我が国の構成員としての資格であるとともに,我が国において基本的人権の保障,公的資格の付与,公的給付等を受ける上で意味を持つ重要な法的地位であり,このような日本国籍の重要性に照らせば,その取得の有無が出生の時期という偶然の事情により左右されることはできる限り回避されるべきであり,附則5条の立法目的は,合理的な根拠があるということができる。
(4)

本件除外規定による区別と立法目的との合理的関連性
上記の附則5条の立法目的と本件除外規定による区別との合理的関連性について検討するに,本件除外規定による区別は,昭和59年改正法施行前に日本国籍を取得したか否かによる区別と解される。
この点,原告は,本件除外規定による区別は,昭和59年改正法施行前に日本人母と外国人父との間に出生した子の国籍取得の可否を父母の婚姻関係の有無により区別するものであるとして,上記の区別は,附則5条の立法目的と合理的関連性がないと主張する。
確かに,旧国籍法の下では,日本人母と外国人父との間に子が出生した場合において,父母が婚姻しているときは当該出生子が出生による国籍を取得せず,父母が婚姻していないときは出生による国籍を取得することになる(旧国籍法2条3号)。しかし,上記の場合に父母が婚姻していなくても,父が胎児認知をしていれば当該出生子は出生による国籍を取得しないから,本件除外規定に該当することになるし,仮に,父母が婚姻していても当該出生子が出生後に帰化(旧国籍法3条)して日本国籍を取得すれば,本件除外規定に該当することとなる。そうすると,本件除外規定が日本人母と外国人父との間に出生した子を父母の婚姻関係の有無により区別するものということはできず,原告の主張は採用することができない。イ
附則5条は,日本人母から出生した子は,父系血統主義を採用する旧国籍法の下で出生した場合は原則として出生による国籍を取得しないが,父母両系血統主義を採用する新国籍法の下で出生した場合は当然に出生による国籍を取得することから,両者の均衡を図るため,旧国籍法の下で日本人母から出生した子に原則として簡易な方法による国籍取得の機会を付与することとし,旧国籍法の下で日本人母から出生した子が国籍を取得した場合(旧国籍法2条3号,3条等)には,一旦国籍を取得している以上,重ねて国籍取得の機会を付与する必要がないことから,本件除外規定により簡易な方法による国籍取得を認めないとしたものと解される。上記のような本件除外規定は,旧国籍法の下で日本人母から出生した子の国籍取得に関し,新国籍法の下で出生した場合との均衡が図られるべき範囲を合理的に画するものということができるのであって,本件除外規定による区別は,前記の附則5条の立法目的との関連において不合理なものとはいえず,立法府の合理的な裁量判断の範囲を超えるものということはできない。ウ
したがって,本件除外規定による区別は,合理的理由のない差別に当たらないというべきであり,本件除外規定が憲法14条に反するということはできない。

4
争点④(附則5条不適用の憲法14条適合性)について原告は,国籍留保の意思表示をする機会がないまま旧国籍法9条によりこれを喪失したのであるから,このような原告が本件除外規定に該当するとして附則5条を適用しないことは憲法14条に反すると主張する。
しかし,前記1(2)で説示したところによれば,原告について国籍留保の意思表示がされる機会がなかったとは認められないから,原告の主張は,前提を欠き,採用することができない。

5
争点⑤(本件裁決及び本件退令発付処分が無効か)について(1)

原告は,原告が日本国籍を有することを本件裁決及び本件退令発付処分
の無効事由として主張するが,既に説示したとおり,原告は出生により日本国籍を取得したものの国籍留保の意思表示がされなかったために日本国籍を喪失するとともに,本件除外規定に該当するため附則5条1項に基づく届出による国籍取得も認められないから,原告が日本国籍を有するとは認められない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。そこで,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったかについて検討する。
(2)

判断枠組み
国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,外国人を自国内に受け入れるかどうか,またこれを受け入れる場合にいかなる条件を付するかの判断は,国家固有の権能に属すものであり,特別の条約等がない限り,当該国家が自由に決定することができるものと考えられる。また,我が国の憲法上も,外国人が入国する権利や,引き続き在留する権利を保障する規定は存在しないことからすれば,上記国際慣習法とその考えを同じくするものと解される。したがって,外国人は,我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん,在留の権利又は引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもないと解するのが相当である(最高裁昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。
また,法務大臣が在留特別許可を付与するか否かの判断をするに当たっては,外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定などの国益の保持の見地に立って,当該外国人の在留中の一切の行状,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲などの諸般の事情をしんしゃくし,時宜に応じた的確な判断を行う必要があるところ,このような判断は事柄の性質上,出入国管理の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければ到底適切な結果を期待することができないものである。以上に加え,入管法が,在留特別許可を付与するか否かの判断について法務大臣の判断を拘束するような判断基準を何ら定めていないこと,在留特別許可の付与は入管法24条に定める退去強制事由に該当し,原則として退去強制されるべき者に対してされる措置であることなどを併せ考慮すれば,法務大臣は,在留特別許可の付与に関して,広範な裁量権を有するものと考えられる。このような法務大臣の裁量権の内容,特質に鑑みれば,法務大臣の在留特別許可を付与しないとの判断は,それが全く事実の基礎を欠き,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠く等により,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるような場合に限り,裁量権の範囲を超え又はその濫用があるものとして違法となるというべきである。そして,このことは,法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長による判断の場合も同様である。

以上に対し,原告は,一旦入国した外国人に在留を認めるか否かは国家の自由裁量に委ねられておらず一定の制限に服するという国際慣習法が成立していると主張するが,そのような国際慣習法の存在を認めるに足りる証拠はない。
また,原告は,B規約及び児童の権利に関する条約が上記アの特別の条約に当たり法務大臣の裁量権の制約根拠となると主張する。しかし,B規約及び児童の権利に関する条約に前記アの国際慣習法を否定する規定は見当たらないし,かえって,B規約13条が外国人に対して退去強制の手続を行うことを容認しており,児童の権利に関する条約9条4項が退去強制による父母と児童との分離を予定していることに照らすと,B規約及び児童の権利に関する条約の各規定は,前記アの国際慣習法上の原則を当然の前提としているものと解されるから,B規約及び児童の権利に関する条約が上記特別の条約に当たるということはできず,原告の上記主張は採用することができない。

(3)

認定事実
前記前提となる事実,証拠(乙26,27,29,31,32,原告本人)
及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

原告の今次の入国に至るまでの経緯
(ア)

原告は,1965年(昭和40年)12月14日,ペルー国籍を有
する原告父(2014年死亡)とペルー国籍を有する原告母(2009年〔平成21年〕4月27日死亡)の長男としてペルーで出生した。原告には3人の弟と4人の妹がおり,弟の1人はペルーに居住しているが,その他の者は本邦に居住している。(乙43)
(イ)

原告は,ペルーの高校を卒業した後,ペルーのプレス工場等で約10年間働いていたが,本邦で稼働するため,平成3年10月31日,在留資格を短期滞在,在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に入国した。入国後,原告は,プレス工場で働き,平成4年2月29日に在留資格を定住者,在留期間を1年とする在留資格変更許可を受けたが,平成5年1月16日に出国し,ペルーに帰国した。
(ウ)

原告は,ペルーに帰国してから繊維工場で働いていたが,再び,本
邦で稼働するため,平成8年8月8日,在留資格を短期滞在,在留期間を90日とする上陸許可を受けて本邦に入国した。入国後,原告は,メッキ工場で働き,在留資格を定住者,在留期間を1年とする在留資格変更許可及び2度の在留期間更新許可を受け,平成11年6月20日,本邦を出国しペルーに帰国した。
(エ)

原告は,ペルーに帰国後,aと出会い,2001年(平成13年)
3月24日,ペルーにおいてaと結婚した。

原告の今次の入国及び在留の状況
(ア)

原告及びaは,本邦で稼働するため,平成14年6月2日,在留資
格を定住者とする上陸許可を受けて本邦に入国した。入国後,原告はaと共に大阪府枚方市のアパートで生活するなどし,原告はプレス工場等で,aは食品工場等でそれぞれ働いていた。
(イ)

原告は,妹の1人から原告母が他界したことを聞き,大きな精神的
ショックを受け,以後,仕事をせずに昼間から飲酒する生活をするようになった。原告は,平成22年4月ないし7月頃から,堺市に居住する妹の援助を受けながら堺市で求職活動をするようになったものの,同年末頃からは,再び,原告母を失ったショックから頻繁に飲酒する生活をするようになった。
(ウ)

そして,原告は,平成23年1月11日,朝から飲酒し,同日午後
3時20分頃,堺市のアクセサリー店においてネックレス等5点を窃取した(本件犯行)。原告は,同日,本件犯行により逮捕され,同年2月1日,本件犯行につき窃盗の罪で起訴された。(乙14)
原告は,上記起訴に係る公判において窃取の事実を否認し無罪を主張するなどしたが,平成23年12月15日,起訴事実が認められ懲役1年6月(執行猶予4年間)の判決を受けた。これに対し,原告は控訴せず,同判決は平成24年1月5日に確定した。
(エ)

原告は,本件犯行による勾留中に在留期限である平成23年6月2
日を徒過し,本邦に不法残留するに至った。

本件裁決後の事情
(ア)

原告は,本件裁決後である平成26年5月31日,救急搬送業務に
従事していた消防士の臀部を1回足蹴りする暴行を加えたとする公務執行妨害の容疑で現行犯逮捕されたが,不起訴(起訴猶予)となった。(乙59)
(イ)

原告は,同年11月25日,フリースパーカ1着を窃取したとする
窃盗の容疑で現行犯逮捕され,同年12月16日,上記事実につき窃盗の罪で起訴された。そして,原告は,上記事実により勾留中であった平成27年1月21日,平成26年10月1日に駅員の腰部を1回殴打したなどとする暴行の罪で起訴された。(乙62,63)

その他の事情
原告は,スペイン語を不自由なく使うことができ,健康に特段の問題はない。

(4)

検討
原告の在留状況等について
原告は,在留期限である平成23年6月2日を超えて本邦に不法在留している上(前記(3)イ(エ)),同年1月11日,朝から飲酒し,同日午後3時20分頃,アクセサリー店においてネックレス等5点を窃取し(本件犯行),本件犯行につき懲役1年6月(執行猶予4年間)の有罪判決を受けている(前記(3)イ(ウ))。また,原告は,上記判決が確定しているにもかかわらず,退去強制手続の審査において本件犯行をしていないと述べるなどしており(乙29,32等),原告が本件犯行を真摯に反省しているとは認め難い。以上のような原告の在留状況は不良というべきであり,在留特別許可を付与するか否かの判断において消極的事情として考慮されるべき事情があるといえる。

原告とa並びに本邦に在留する弟及び妹との関係について
原告は,平成13年3月24日にペルーでaと婚姻の届出をし(前記(3)ア(エ)),原告及びaは,平成14年6月2日にいずれも定住者の在留資格で本邦に入国し,大阪府枚方市のアパートで同居していたほか(前記(3)イ(ア)),原告の弟2人及び妹4人が本邦に居住している(前記(3)ア(ア))。
しかし,前記(2)で説示した在留特別許可を付与するか否かに関する法務大臣の裁量権の内容,特質等からすれば,本邦に在留するaとの婚姻関係及び本邦に居住する弟及び妹の存在は,在留特別許可を付与するか否かの判断において一事情として考慮され得るにすぎないと解される上,aの在留資格は定住者であって日本との結び付きが強いとはいえず,aとの婚姻関係が在留特別許可を付与するか否かの判断において殊更重視されるべき事情とはいえない。これらの点に照らすと,本邦に在留するaとの婚姻関係及び本邦に居住する弟及び妹の存在をもって直ちに原告に在留特別許可を付与しなければならないものとはいえない。


その他
原告は,ペルーで出生,成育し,ペルーの教育を受けている上(前記(3)ア(ア)及び(イ)),本邦における稼働状況等に照らすと稼働能力もあると認められ(前記(3)ア(イ)及び(ウ),イ(ア)),健康状態に特段の問題があるとは認められないこと(前記(3)エ),ペルーには原告の弟が居住していること(前記(3)ア(ア))などの事情を考慮すれば,原告がペルーに帰国した場合に,その生活の基盤を築くことに特段の支障があるということはできない。

まとめ
(ア)

以上のとおり,原告の在留状況は不良であって,在留特別許可を付
与するか否かの判断において消極的事情として考慮されるべきである一方,原告が本邦に在留するaと婚姻関係にあり,原告の弟及び妹が本邦に居住しているという事実は認められるものの,これらの事情は,直ちに原告に対し在留特別許可を付与すべきものとするほどの事情とは認められず,原告をペルーに送還することについて特段の支障もない。そうすると,原告に在留特別許可を付与しなかった大阪入管局長の判断が,全く事実の基礎を欠き,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるとは認められず,裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものとは認められないから,本件裁決が違法であるとは認められない。
(イ)

そして,入管法49条6項は,主任審査官は法務大臣から同条1項
の規定による異議の申出に理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは速やかに退去強制令書を発付しなければならないと規定しており,入管法第5章の規定する退去強制の手続等に照らしても,主任審査官には,退去強制令書を発付するか否かについて裁量の余地はないと解すべきところ,上記のとおり,本件裁決が違法であるとは認められないのであるから,本件退令発付処分もまた違法であるとは認められない。
第4

結論
以上の次第で,原告が日本国籍を有するとは認められず,本件裁決及び本件退令発付処分が違法無効であるとも認められない。よって,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第2民事部

裁判長裁判官

西田隆裕
裁判官

角谷昌毅
裁判官

松原平学
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