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運転免許取消処分等取消請求事件
事件番号平成27(行ウ)1
事件名運転免許取消処分等取消請求事件
裁判年月日平成28年3月3日
法廷名東京地方裁判所
判示事項普通貨物自動車の右後輪で,転倒した被害者の頭部を轢過して即死させるという交通事故を起こした運転者が,当該事故について未必的に認識しながら,自動車を停止せず,被害者の状態を確認することなく立ち去った場合における,道路交通法72条1項前段の定める救護義務違反の成否
裁判要旨普通貨物自動車の右後輪で,転倒した被害者の頭部を轢過して即死させるという交通事故を起こした運転者が,当該事故について未必的に認識しながら,自動車を停止せず,被害者の状態を確認することなく立ち去った場合においては,事後的に同事故により被害者が即死していたことが明らかであると判断されたときであっても,運転者は道路交通法72条1項前段の定める救護義務を果たさなかったものというべきである。
裁判日:西暦2016-03-03
情報公開日2017-10-19 08:52:54
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平成28年3月3日判決言渡
平成27年(行ウ)第1号

運転免許取消処分等取消請求事件
主文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1
1
請求
東京都公安委員会が,原告に対し,平成26年7月4日付けでした運転免許取消処分を取り消す。

2
東京都公安委員会が,原告に対し,平成26年7月4日付けでした原告が運転免許を受けることができない期間を同日から3年間と指定した処分を取り消す。

第2
1
事案の概要
本件は,被害者が死亡する交通事故があった場合の救護義務違反を理由として,東京都公安委員会から,運転免許を取り消し,免許を受けることができない期間として3年間を指定する処分(以下本件各処分という。)を受けた原告が,被害者が死亡していることが一見明白な場合は救護義務は発生せず,また,原告は交通事故の発生について未必的な認識すら有していなかったから救護義務違反はなく,本件各処分は違法であるなどと主張して,その取消しを求める事案である。

2
関係法令の定め
(1)

救護義務違反に関する定め
道路交通法(以下道交法という。)72条1項前段は,交通事故が
あったときは,当該交通事故に係る車両等の運転者等(運転者その他の乗務員をいう。)は,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救護し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない旨を定めている。
(2)

運転免許の取消し及び欠格期間等に関する定め
道交法103条2項4号は,免許を受けた者が自動車等の運転に関し道交法117条の違反行為をしたときは,都道府県公安委員会(以下公安委員会という。)は,その者の免許を取り消すことができる旨を定めている。そして,道交法117条1項は,車両等の運転者が,当該車両等の交通による人の死傷があった場合において,道交法72条(交通事故の場合の措置)1項前段の規定に違反したときの罰則について定めている。

道交法103条8項は,公安委員会は,道交法103条2項各号に該当することを理由として同項の規定により免許を取り消したときは,政令で定める基準に従い,3年以上10年を超えない範囲内で当該処分を受けた者が免許を受けることができない期間を指定するものとする旨を定めている。そして,上記政令で定める基準について,道路交通法施行令(以下道交法施行令という。)38条7項1号チは,特定違反行為(道交法施行令別表第二の二の表の上欄に掲げる行為をいい,救護義務違反はこれに該当する。道交法施行令33条の2第2項1号柱書き,別表第二の二参照。)をしたことを理由として免許を取り消したときは,当該特定違反行為に係る累積点数が道交法施行令別表第三の二の表前歴がない者の項の第9欄に掲げる点数(35点から39点まで)に該当した場合は3年とする旨を定めている。なお,道交法施行令別表第二の二の表は,救護義務違反に付する基礎点数は35点と定めている。

3
前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)

原告は,平成21年9月3日付けで,東京都公安委員会から第一種中型
免許を受けた者である。
(2)

平成25年11月23日(以下本件当日という。)午後6時22分頃(以下本件当時という。),東京都

区α×番先路上(以下本件事故現場といい,本件事故現場の道路を本件道路という。)において,原告の運転する普通貨物自動車(登録番号○号。以下本件車両という。)が当時54歳の男性(以下本件被害者という。)の頭部を轢過し死亡させる交通事故(以下本件事故という。)が発生した(甲6,弁論の全趣旨)。
(3)

東京都公安委員会は,平成26年7月4日,運転免許取消処分書(甲1)
を原告に交付して,原告の運転免許を取り消し,同日から3年間を免許を受けることができない期間と指定する本件各処分をした。上記処分書の処分理由欄には,本件当日の救護義務違反による35点のみが記載されている(甲1,弁論の全趣旨)。
(4)

原告は,平成26年12月5日,東京地方裁判所において,本件事故に
関し,自動車運転過失致死罪により,原告を罰金20万円に処する旨の判決の宣告を受け,同判決は,同月20日に確定した(甲6,弁論の全趣旨。以下本件刑事判決といい,本件刑事判決に係る刑事手続を本件刑事手続という。)。なお,本件刑事手続において,原告は,本件事故に係る自動車運転過失致死罪並びにその際の救護義務違反及び報告義務違反の被疑事実により勾留されているが,上記救護義務違反及び報告義務違反については起訴されなかった(甲4~6)。
(5)
4
原告は,平成27年1月5日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
争点
(1)
(2)

5
本件事故当時,原告が本件事故の発生を認識していたか否か
被害者が即死した場合でも救護義務が発生するか否か

争点に対する当事者の主張の要旨
(1)

争点(1)(本件事故当時,原告が本件事故の発生を認識していたか否か)
について
(被告の主張の要旨)
原告は,本件事故当時,本件車両を運転し,本件道路を中川方面から京成立石駅方面に向かい進行するに当たり,酒に酔いふらついて自転車もろとも転倒した本件被害者の頭部を轢過し,人身交通事故(本件事故)を惹起したことを認識していたにもかかわらず,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救護し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じないまま,現場から立ち去り,もって,道交法72条1項前段の規定に違反した(以下本件違反行為という。)。
救護義務違反の成立に必要な事実の認識は,必ずしも確定的な認識であることを要せず,未必的な認識でも足りるところ,原告は,本件事故現場で本件被害者とすれ違った直後,ガチャンという音を聞いて,右ミラーで後方を確認したところ,本件被害者が自転車ごと倒れているのが見え,しまった,人身事故を惹起したことが勤務先に知れれば,職を失ってしまうと考えた,運転手としての経験上,自転車が事故で転倒すれば,自転車の運転手がけがをするのは分かっていた,事故後の配達の際には,冷静さを取り戻そうと普段は省いている誤配達防止のための手順をあえて行った,本件車両の右後輪付近に本件事故の形跡がないかどうか確認したなどと供述しているのであり,このような原告の認識や行動からすれば,少なくとも,本件交通事故を起こした可能性があり,その結果,本件被害者が負傷していることを未必的に認識していたことは明らかである。
(原告の主張の要旨)
原告は,本件事故当時,被害者の運転する自転車(以下本件自転車という。)が本件車両と離合後転倒したことは認識していたが,本件事故の発生については未必的な認識すら有していなかった。原告は,本件事故当時,本件自転車と接触したような振動を感知せず,被害者頭部の轢過についても何ら衝撃を感知しなかった。原告運転車両の車載システムが取得したデータ上も,本件事故当時,縦振動発生の情報は記録されていない。原告は,離合直後,右後方からガシャンという音が聞こえたことから,右サイドミラーで本件車両の右後方を2度確認したが,暗闇と原告運転車両のキャビンが視界を遮っていたことにより,被害者の姿は全く確認できず,本件自転車が転倒していると思しき様子以外の状況を確認できなかった。原告が刑事裁判の本人尋問においてもこれらに沿う供述をしていることや,原告が本件事故後も予定どおり配達を完遂し,翌日には本件車両と同様の車両を運転の上,本件道路を含む自身の担当エリアで配達業務を行ったこと,本件刑事手続において,捜査段階の被疑事実として挙げられていた道交法違反の事実が起訴時の公訴事実には挙げられていないことからも,原告が本件事故発生につき未必的な認識すら有していなかったことは明らかである。また,原告が本件事故の発生を認識していなかったことは,本件刑事判決においても認められている。
(2)

争点(2)(被害者が即死した場合でも救護義務が発生するか否か)につい

(原告の主張の要旨)
道交法72条1項にいう負傷者には,即死した者は含まれない。仮に死亡していることが一見明白である場合を除き負傷者に該当するとしても,脳実質の大半が脱出していたという本件事故直後の本件被害者の状況に照らすと,本件被害者は死亡していることが一見明白であるから負傷者に該当しない。
被告は,救護義務の成否について,運転者が交通事故の直後において,被害者が即死又はそれに近い状態であることを認識し得たか否かによって判断すべきである旨主張するが,死亡していることが一見明白な者に該当するか否かは,客観的事情により判断すべきものであり,運転者の認識の有無及びその内容により左右されるものではない。
よって,本件被害者は,道交法72条1項前段にいう負傷者には当たらず,原告に救護義務は発生しない。
(被告の主張の要旨)
道交法72条1項の規定上,被害者が即死していた場合であっても,交通事故を発生させた運転者は,被害者の遺体を収容するなどの適正な措置をとらなければならない義務が存在する。また,人身事故を発生させた運転者に救護義務が存在したか否かについては,結果的に被害者が即死であったかどうかによって判断すべきものではなく,当該運転者が,その直後において,被害者が即死又はそれに近い状態であることを認識し得たか否かによって判断されるべきものであり,車両を停車させることなく,単に減速しただけで交通事故現場を立ち去り,被害者の負傷状況を全く確認していないような場合には,結果的に被害者が即死であったとしても,救護義務が存在しないとはいえない。そして,原告は,本件事故を発生させた後,本件被害者の負傷状況はおろか,その生死を判別するための確認を一切しなかったのであるから,原告に救護義務等が存在したことは明らかである。
第3
1
当裁判所の判断
認定事実
前記前提事実に加え,証拠(括弧内に掲記する)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)

原告は,本件事故当時,大手運輸会社で6年以上勤務していたプロのド
ライバーであり,同社に入社する前も他の会社でドライバーをしていた。原告は,本件事故当日も宅配業務をしており,本件事故は,その途中で起こったものである(甲7,8,弁論の全趣旨)。
(2)

本件事故現場のある本件道路は,東西に走る中央線のない直線の道路で
ある。幅員は約6.3メートル,うち車道部分が約3.4メートルであり,北側に約1.3メートルの,南側に約1.6メートルの路側帯がある。本件道路には,北側及び南側にそれぞれ脇道があり,本件道路に東側から進入すると,まず北側の脇道との交差点に到達し,更に西方に少し進むと南側の脇道との交差点に到達するところ,本件事故現場は,北側の脇道との交差点を越えたあたりの道路北側部分に位置している。また,本件道路と北側の脇道との交差点の北西角付近(本件事故現場の北側)には,直径約6センチメートルの案内支柱がある。本件事故現場付近は,原告の担当する複数の配送エリアのうちの一つであり,原告にとって走り慣れた道である。(甲6,乙3,13,弁論の全趣旨)
(3)

原告は,宅配業務の途中,本件道路を東側から西側に走行し,本件事故
現場付近に差し掛かったところ,前方30~40メートルほど先の道路左側(以下,原告の進行方向を基準として左,右等の位置関係を示す。)を,本件被害者の運転する本件自転車が対向進行してくるのに気付いた。本件自転車は,本件道路左側の路側帯の線を踏みながら右左に蛇行運転しており,その振れ幅は約1メートル程度であった。その後,本件自転車は,本件道路を右側に横断し始めたが,その時も蛇行していた。原告は,本件車両を左側の路側帯の線の辺りまで寄せつつ進行し,本件自転車とすれ違おうとした。本件被害者は,右側の脇道(上記(2)の北側の脇道)に至る手前で上記(2)の案内支柱に本件自転車のハンドル左グリップを接触させ,自転車もろとも本件車両側(南向き)に転倒し,その頭部を本件車両の右後輪が轢過した。この時,後続車両はなかった。本件刑事判決においては,本件事故の際の原告の速度は時速18キロメートル程と認定されている。(甲6,7,乙10,20,弁論の全趣旨)。
(4)

原告は,本件事故直後,いったん本件自動車を減速させつつ本件道路の
左側に寄せ,右サイドミラーで本件被害者のほうを見たが,その後停止することなく加速して本件事故現場から走り去っており,直ちに本件車両の運転を停止して,本件被害者を救護するなどの行動はとっていない。その後,原告は,交差点を2つ左折した先で本件車両を停車させ,配送業務に戻りつつ,本件車両の右後輪付近を確認した。(甲7,乙11,12,21,弁論の全趣旨)
(5)

本件被害者の死因は,頭部・顔面の轢過による高度の頭蓋骨骨折及び脳
実質挫滅を伴う頭蓋内損傷であり,頭部・顔面等は粉砕状に骨折し,形状を保たなかった。また,現場には解放された頭蓋冠から挫滅した脳実質の脱出が認められた。(甲2,9,乙3,11)
2
争点(1)(本件事故当時,原告が本件事故の発生を認識していたか否か)について
(1)

原告は,本件事故当時,本件自転車が本件車両と離合後転倒したことは
認識していたが,本件事故の発生については未必的な認識すら有していなかった旨主張するので,この点について検討する。
(2)ア

原告は,本件刑事手続の捜査段階において,本件事故やその後の状況
等について,大要,以下のとおり供述している。すなわち,本件道路は左右の脇道からよく自転車が出てくるため,交差点左右を気にしながら進行中,対向から道路を横断する本件自転車を発見した,本件自転車はふらついている様子だったので,本件被害者は酔っ払っているかもと考え,危ないと感じ,道路左側に寄って本件被害者を避けるためハンドルを切った,本件被害者は本件道路右側の脇道に向かって交差点を曲がるのだろうなと考え,本件被害者とのすれ違いは大丈夫だと思い,交差点左右を気にしながら進行した,原告の視界の端に本件被害者を認めすれ違った直後,ガシャンと自転車がぶつかったような,もしくは倒れたような音がした,原告はとっさに本件自転車とぶつかったと感じ,ブレーキを掛けて道路左端に車両を寄せ停止した,原告はしまったと思いながら右ミラーで後方を確認したところ,本件被害者が自転車ごと倒れているのが見えた,本件被害者を救護することも警察に事故の届出をすることもしないで,本件事故現場から逃げた,逃げた理由については,倒れている相手方を見てパニックになった,会社の車で人身事故を起こしたことを報告したら会社を辞めさせられると思って動揺した,会社に知られたくないとの焦りから,思わず本件事故現場から逃げてしまった,本件事故直後の本件被害者の状態は,右ミラーで自転車ごと倒れているのを確認しただけなので,詳しくは分からなかった,なぜ119番通報や110番通報もしないで逃げてしまうくらい焦ったかというと,以前,人身事故を起こした運転手が配送車の運転をおろされ事務職の仕事に異動となり,周りからの圧力で結局会社を辞めさせられたと聞いたことがあるからである,事故現場から少し走ったところで,次の配送のため路上に車を停車した,心臓がドキドキしていることが自分でわかったが,冷静さを取り戻そうと,普段は誤配達防止のための手順で省略していることを,きっちりマニュアルどおりに,一つ一つ確認しながら配送した,荷物の配送を終え車に戻るときに右後輪付近を見たが,事故のことがすぐ分かるような大きな傷は何もないように見えたので,事故のことはだまっていれば分からないと考え,そのまま配送業務を続けた,本件被害者が亡くなったのを知ったのは,翌日の朝礼であり,ひき逃げ死亡事件で警察から捜査協力依頼があると話されているのを聞き,自分のことかもと思った,本件事故当日も会社に帰ってから制服の警察官が会社に来ているのを見た,配送中も仕事に没頭しながらも,ふとした瞬間に事故のことを思い出してドキドキする状態だったが,相手が勝手に転んだだけでたいした事故ではないし,自分は関係ないんだと心の中で自分に言い聞かせていたなどと供述している。(乙13)

原告の上記供述は,本件事故の客観的状況とおおむね整合するとともに,原告が逃走した経緯やその後の状況を内心の状況も含めて無理なく説明する自然かつ合理的なものであり,逃走を決意した理由に関し,過去に人身事故を起こした運転手が配送車の運転をおろされ事務職の仕事に異動となり,周りからの圧力で結局会社を辞めさせられたと聞いたことがあるなどという独特な経験を踏まえて述べる部分や,冷静さを取り戻そうと,普段は誤配達防止のための手順で省略していることを,きっちりマニュアルどおりに,一つ一つ確認しながら配送したなどと述べる部分も含めて,相応の具体性を有するとともに,実際に経験した者でなければ語ることが難しい迫真性を備えるものである。したがって,原告の上記供述は,基本的に信用できるものといえる。
なお,上記供述においては,本件被害者とすれ違った後の行動について,ブレーキを掛けて道路左端に車両を寄せ停止したとされているところ,この点は,運行記録計データの解析結果報告書(乙21)によれば,原告がデータ上の速度で時速4.2キロメートルまで減速したが停車はしなかったと解析されており,後者に信用を置けることから,前記認定事実においてはこれに基づく認定をしたものである。したがって,その限りにおいては,原告の上記供述は採用できないこととはなるが,他に,客観的状況からうかがわれるところと矛盾する部分があるわけではないから,上記供述のその余の部分までもが信用できないことになるものではない。

これに対し,原告は,陳述書(甲12)において,捜査段階の供述調書(乙9,13)には,原告が人身事故を起こしたことを知っていながら逃げた旨の記載があるが,原告の事故当時の認識とはまるで違う,言っていない言葉や真意とは違う意味の言葉,あるいは,一部やむなく言わざるを得なくなった言葉に置き換えられている,そうなってしまった理由は,逮捕直後の取調べでの恐怖と,生まれて初めて逮捕され,連日取調べを受けたことによる疲労,そして何度同じことを答えてもそのとおりに調書を作成してもらえない諦めがあったからである,会社に知られたくない一心でとか

事故のことはだまっていれば分からない,と考えてしまい,そのまま配送業務を続けました。

などの記載があるが,これらはいずれも原告の発言ではないなどと述べている。
しかし,上記イにおいて述べたように,上記アの原告の捜査段階の供述は,相応の具体性を有するとともに,実際に経験した者でなければ語ることが難しい迫真性を備えるものであって,原告が通常逮捕された平成25年11月24日の翌日である同月25日には救護義務違反について概括的に認める供述をしていることや(乙8,9),同月27日頃には本件刑事手続において選任された弁護人と接見し,取調べは何度かあると思うけど,最後に調書を読んで,納得がいかなければサインはしないようにというアドバイスを受けていること(甲7)などに照らしても,上記アの原告の捜査段階の供述が原告の事故当時の認識とは違うとか,言っていない言葉や真意とは違う意味の言葉,あるいは,一部やむなく言わざるを得なくなった言葉に置き換えられているとは考え難い。

これらの事情に照らすと,原告の上記アの供述は,信用性が高いということができる。

(3)ア

なお,原告は,以上のとおり捜査段階における原告の供述の信用性を
争うのみならず,本件刑事手続の被告人質問及び本件訴訟に提出した陳述書において,同供述と異なる供述をしているので,これについて検討する。上記被告人質問及び陳述書における原告の供述は,大要,次のとおりである。すなわち,本件自転車がふらついて走行しているのを見て,酔っ払っているかもしれないと思ったが停止しなかったのは,距離もあったし,減速をして,車を左に寄せて,様子を見ようと思ったからである,本件自転車が進行方向の前を横切り始めたが停止しなかったのは,注意しながら運転していたので,すれ違えると思って,それがその段階では最善な運転だと思ったからである,原告が運転しているときに前を横切ろうとしているので,左折していくのかと思った,本件被害者とすれ違い,ガシャンという音を聞いた直後に,右のサイドミラーで後方を確認したが,ほぼ暗くてよく見えなかった,ガシャンという音が聞こえた直前も直後も,横揺れも縦揺れ(何かに乗り上げてつぶしてしまうような感覚)も一切なかった,その後,左に本件車両を寄せながら,もう一度サイドミラーで確認したところ,案内板の辺りに自転車が倒れているのが見えた,ちょうど本件自動車のボディーに遮られて,本件被害者は確認できなかった,自転車が倒れているのは,酔って自転車に乗っている本件被害者が,案内板にぶつかって転んだのかと思った,音は聞いたが,ぶつかった衝撃とか振動みたいなのは全然感じなかったので,本件車両に当たっていないと思った,本件被害者が転んだのかなと思いながら停止しなかったのは,以前酔っている方を介抱しようとして,他のドライバーが駆け寄ったときに殴られたことがあったので,そのことを思い出して,本件車両に当たっていないだろうと思ったので,そのまま走っていったなどと供述している。(甲7,12)イ
しかしながら,仮に本件被害者とぶつかった衝撃や振動を感じなかったという原告の供述を前提とするとしても,左右に大きくふらつきながら対向直進してきた後,本件車両の直前で突如横断を始めた本件自転車とすれ違いざまガシャンという音がし,その直後にバックミラーで本件自転車が転倒しているのを確認したという当時の具体的な状況に照らすと,プロのドライバーである原告が,上記根拠のみで,本件被害者が本件車両に当たっておらず,案内板にぶつかって転んだだけであると判断し,本件自動車を道路の左側に寄せつつ減速し,サイドミラーで一べつしたのみでそのまま走り去ったという供述は,以下のとおり不自然である。
すなわち,自転車に乗った成人男性が体ごと自動車に倒れ込むような場合を想定すれば,相応の音や衝撃・振動が発生するのが通常であると考えられるところではあるが,自動車と人体ないし自転車の接触がこのような場合に限られるわけではないのは当然であり,例えば,すれ違いざまに,本件被害者の身体又は本件自転車の一部が走行する本件車両の一部に引っかかり,これが原因で転倒するなどした場合には,さほど大きな音や衝撃・振動がなくとも不自然ではなく,プロのドライバーである原告において,このような可能性が想起すらされないとは考え難い。そして,原告が本件当時運転していた本件車両は,大手運輸会社のロゴが荷台に大きく印刷されたトラックであり(乙7),本件被害者が原告の運転に帰因して転倒した場合はもとより,仮に本件被害者が勝手に転倒したような場合であっても,後のクレーム等のトラブルに発展する可能性も十分に想定されるのであるから(なお,交通事故による人の死傷につき,運転者に民事・刑事の責任を帰責するに当たっては,必ずしも自動車と被害者が物理的に接触することを要するものではないと解されるところである。),何の対応もすることなくその場から走り去るという行動を取るのであれば,相応の理由が必要であるはずであるし,少なくともそこには何らかの葛藤が生じてしかるべきである。
しかるに,原告は,本件自転車が転倒しているのを確認しながら,被害者は本件自動車に当たっておらず,案内板にぶつかって転んだだけであると考え,本件自動車を道路の左側に寄せつつ減速し,サイドミラーで一べつしたのみでそのまま走り去ったというのであって,本件刑事手続の被告人質問における供述内容や本件訴訟に提出した陳述書を精査しても,上記相応の理由や葛藤が生じた形跡を見て取ることはできない。なお,この点に関し,原告は,以前酔っている人物を介抱しようとして,他のドライバーが駆け寄ったときに殴られたことがあったので,そのことを思い出したなどと述べるところであるが,無関係な第三者である場合などであればともかく,ドライバーとしての業務従事中に生じた交通事故又はそれに類する状況において,被害者である可能性のある人物に対して特段の措置を採ることなく走り去った理由として納得のいくものとはいえない。このような原告の行動は,原告が勤務していた運輸会社の安全指導等に当たっていたスーパーバイザーから助手席に乗っていても安心して運転を任せられるような運転技術を持ち合わせているとまで評されるプロのドライバーの行動として不自然といわざるを得ない。さらに,原告において接触の可能性がなかったと確信しているのであれば,その後本件車両の損傷等を確認する必要はないはずであるが,原告は,1(4)のとおり,実際には本件事故現場からさほど離れていない場所で本件車両を停車させた際,本件車両の右後輪付近を確認しているところである。
これらの事情に照らすと,本件被害者が案内板にぶつかって転んだのかと思ったが,本件車両に当たっていないと思ったという原告の供述は,にわかに措信できない。
(4)

救護義務違反の成立に必要な事実の認識は,必ずしも確定的な認識であ
ることを要せず,未必的な認識でも足りるものと解されるところ(最高裁昭和45年(あ)第2031号同47年3月28日第三小法廷決定・刑集26巻2号218頁),上記のとおり,原告の捜査段階の供述は信用性が高く,他方,本件刑事手続の被告人質問及び本件訴訟に提出した陳述書における原告の供述はにわかに措信できない。そして,信用できる上記(2)アの供述によれば,原告が本件事故の発生及び本件被害者の死傷の可能性につき,少なくとも未必的な認識を有しながら,直ちに本件車両の運転を停止して,本件被害者を救護するなどの必要な措置を講じなかったことは明らかである。なお,原告は,本件車両の車載システムが取得したデータ上,本件事故当時,縦振動発生の情報は記録されていない旨主張するが,上記システムは,本件事故後に実施された体感実験において,本件車両の右後輪で合板,ダミー人形,枕,カボチャ,冬瓜を轢過した際にも縦振動を検出しておらず,センサーが助手席ダッシュボード内に設置されているため,後輪タイヤのみの物体乗り上げの振動を感知できないようであって(乙18~20,弁論の全趣旨),原告が縦振動を感じなかったことの裏付けとなるものではないし,これまで述べてきたところに照らすと,仮に原告が本件被害者を轢過した際の振動を感じなかったとしても,原告が少なくとも本件事故及び本件被害者の死傷結果について未必的な認識を有していたことは優に認定することができる。また,原告は,本件事故後も予定どおり配達を完遂し,翌日には本件車両と同様の車両を運転の上,本件道路を含む自身の担当エリアで配達業務を行っていることも原告が未必的な認識すら有していなかったことの根拠として主張するようであるが,これまで述べてきたところに照らして採用できない。さらに,原告は,①本件刑事手続において,捜査段階の被疑事実として挙げられていた道交法違反の事実が起訴時の公訴事実には挙げられていないことからも,原告が本件事故発生につき未必的な認識すら有していなかったことは明らかである,②原告が本件事故の発生を認識していなかったことは,本件刑事判決においても認められているなどとも主張するが,①の点については,検察官が様々な事情を考慮して起訴・不起訴を決定することに照らすと,救護義務違反の事実について起訴されていないからといって,必ずしも原告が未必的な認識すら有していなかったことを裏付けるものとはいえない。そして,②の点についても,救護義務違反の事実が起訴されていない刑事裁判において,原告が本件事故や本件被害者の死傷の可能性を認識しつつその場を去ったことを量刑上原告に不利に考慮した場合,実質的にみて,起訴されていない余罪を処罰することになりかねず,このような訴訟法上の問題が生じ得ることに照らすと,この点を中心とした立証活動がされることは考え難いところである。そうすると,本件刑事判決の量刑の理由中の

被告人が被害者の転倒に気付きながらそのまま去っていることについては,被告人に本件事故の認識があったとはいえないことを前提とすると,刑事責任を考える上で特に非難の程度を高める事情とはいえない。

旨の説示(甲6)についても,あくまで刑事裁判の訴訟経過や証拠状況を踏まえて,原告に本件事故の認識があったとは認められないという限度で判断が示されたものにすぎないと考えられるところである。
よって,本件事故の発生については未必的な認識すら有していなかった旨の原告の主張は採用できない。
3
争点(2)(被害者が即死した場合でも救護義務が発生するか否か)について(1)

原告は,道交法72条1項にいう負傷者には,即死した者は含まれ
ない,また,仮に死亡していることが一見明白である場合を除き負傷者に該当するとしても,脳実質の大半が脱出していたという本件事故直後の本件被害者の状況に照らすと,本件被害者は死亡していることが一見明白であるから負傷者に該当しない旨主張するので,この点について検討する。(2)

道交法72条1項前段は,交通事故があったときは,当該交通事故に係
る車両等の運転者等は,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救護し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない旨を定めている。すなわち,同項前段は,交通事故があったときには,車両等の運転者等に対し,まずもって直ちに車両等の運転を停止すべきものとしているのであるが,これは,車両等の運転を停止するという行動が,交通事故によって生じた負傷者の有無や道路における危険の防止を確認して必要な措置を取るために不可欠なものであることによるものと解される。このような理解を踏まえると,同項前段は,道交法1条所定の道路行政上の目的を達成するため,交通事故に係る車両等の運転者等に対して,直ちに当該車両の運転を停止して,状況を確認した上,負傷者がいると確認された場合にはこれを救護し,道路における危険が生じ得ると確認された場合にはこれを防止する等の措置を講じるという一連の行動をとることを義務付けたものと理解することができる。
ところで,原告は,本件被害者は本件事故により即死していたと認められるから,本件被害者に対する上記救護の義務は発生しなかった旨主張する。この点,確かに,道交法72条1項前段が定める一連の行動の中には負傷者の救護が含まれているが,人の死亡の判定は極めて難しく,ことに交通事故を起こした運転者等がとっさの間にその判定をすることは至難のことであるから,死亡していることが一見明白な者以外の者については,とりあえず,救護の措置をとらせるのが,被害者の救助を全うしようとする立法の趣旨に合致するものと考えられることに照らすと,同項前段にいう負傷者とは,死亡していることが一見明白な者を除き,車両等の交通によって負傷したすべての者を含むと解するのが相当である(最高裁昭和43年(あ)第1388号同44年7月7日第二小法廷判決・刑集23巻8号1033頁参照)。そして,道交法72条1項前段が,交通事故があったときの当該交通事故に係る車両等の運転者等に対して上記のような一連の行動を取ることを義務付けていることに照らすと,当該運転者等が,車両等を停止した上,当該事故の負傷者の有無を確認し,その結果,当該事故の被害者が死亡していることが一見明白であった場合には,当該運転者等はそれ以上の救護義務を負わないと解されるものの,当該運転者等がかかる行動を取らずに立ち去った場合には,仮に事後的に当該交通事故により被害者が即死していたことが明らかであると判断されたときであっても,当該運転者等は同項前段の定める救護義務を果たしたことにはならないと解するのが相当である。
(3)

これを本件についてみると,上記1(5)のとおり,本件被害者は,頭部・
顔面の轢過による高度の頭蓋骨骨折及び脳実質挫滅を伴う頭蓋内損傷により死亡しており,頭部・顔面等は粉砕状に骨折し,形状を保っておらず,現場には解放された頭蓋冠から挫滅した脳実質の脱出が認められたのであって,本件事故により即死していたものと考えられるところであるが,原告は,上記1(4)のとおり,本件事故直後,本件事故を少なくとも未必的に認識した上で,いったん本件自動車を減速させつつ本件道路の左側に寄せながら,右サイドミラーで本件被害者のほうを見たものの,被害者の状態を確認することなく,その後加速して本件事故現場から走り去っているのであるから,上記(2)で見た道交法72条1項前段の定める義務を果たさなかったものというべきである。
4
そうすると,原告は,車両等の運転者が当該車両等の交通による人の死傷があった場合において道交法72条1項前段の規定に違反したという,道交法117条1項所定の違反行為をしたものというべきところ,これにより,原告は,免許の取消事由である道交法103条2項4号の定める要件に該当するほか,特定違反行為である救護義務違反に係る累積点数が35点(本件の救護義務違反が35点)であって,前歴がないことから(甲1,弁論の全趣旨),道交法施行令38条7項1号チの規定に該当することになる。そして,処分行政庁は,平成26年7月4日,原告に対して,道交法104条1項に基づく意見の聴取を実施した上で,原告の運転免許を取り消し,平成26年7月4日から3年間を免許を受けることができない期間と指定する本件各処分を行ったものであって(甲1,弁論の全趣旨),このような手続を違法とみるべき事情は見当たらない。
よって,本件各処分は適法である。

第4

結論
以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第51部

裁判長裁判官

小林
裁判官

徳井宏司真
裁判官

堀内元城
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