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遺族一時金不支給決定処分取消等請求控訴事件(平成22年(行ウ)第86号)
事件番号平成27(行コ)27
事件名遺族一時金不支給決定処分取消等請求控訴事件(平成22年(行ウ)第86号)
裁判年月日平成28年2月5日
法廷名名古屋高等裁判所
判示事項インフルエンザ患者が服用したタミフル(オセルタミビルリン酸塩)の副作用により死亡したとする遺族の独立行政法人医薬品医療機器総合機構法に基づく副作用救済給付の請求に対する不支給決定が適法とされた事例
裁判要旨インフルエンザ患者が服用したタミフル(オセルタミビルリン酸塩)の副作用により異常行動(マンション高層階からの転落)を起こして死亡したとする遺族の独立行政法人医薬品医療機器総合機構法に基づく副作用救済給付の請求に対する不支給決定の取消訴訟において,同法所定の健康被害が医薬品の副作用によるものであることの立証も民事訴訟の一般原則どおり高度の蓋然性の証明を要するとした上で,タミフルに関する一般的知見(疫学調査結果や薬理学的知見等)について詳細に検討し,上記異常行動までの経緯等について個別的検討を加えた結果,当該事案において上記異常行動がタミフルの副作用によるものであったことが高度の蓋然性をもって証明されたということはできないとして,上記不支給決定を適法とした事例
裁判日:西暦2016-02-05
情報公開日2017-10-19 08:56:19
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平成28年2月5日判決言渡
平成27年(行コ)第27号

遺族一時金不支給決定処分取消等請求控訴事件

主文1
本件控訴をいずれも棄却する

2
控訴費用は控訴人らの負担とする。

第1

実及び理由
控訴の趣旨

1
原判決を取り消す。

2
被控訴人が平成18年7月3日付けで控訴人P1に対してした遺族一時金及び葬祭料の不支給決定処分(薬機発第0703049号)を取り消す。
3
被控訴人が平成22年7月8日付けで控訴人P2に対してした遺族一時金及び葬祭料の不支給決定処分(薬機発第0708095号)を取り消す。
第2
1
事案の概要
控訴人P1は,P3(以下亡P3という。)の父であり,控訴人P2は,P4(以下亡P4という。)の父である。本件は,控訴人らが,インフルエンザに罹患した亡P3及び亡P4は,同人らが服用した独立行政法人医薬品医療機器総合機構法(平成25年法律第84号による改正前のもの。以下機構法という。)所定の許可医薬品である抗インフルエンザウイルス剤のオセルタミビルリン酸塩(以下タミフルという。本件で服用された医薬品の製品名は○。)の副作用により死亡したとして,被控訴人に対し,機構法に基づく副作用救済給付としての遺族一時金及び葬祭料の給付を請求したところ,被控訴人からいずれも不支給とする旨の各決定(以下本件各不支給決定という。)を受けたため,本件各不支給決定の取消しを求める事案である。原審は,亡P3及び亡P4の死亡は,いずれもタミフルの副作用によるものとは認められず,本件各不支給決定は適法であると判断して,控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した。そこで,控訴人らが控訴した。
2
関係法令の定め,前提事実,争点及び当事者の主張は,3のとおり控訴人らの当審における補充主張を加えるほかは,原判決の事実及び理由中の第2事案の概要等の2ないし4に記載するとおりであるから,これを引用す
る(ただし,原判決の15頁9行目のEMAをEMEAに改める。)。3
控訴人らの当審における補充主張
(1)

副作用起因性の証明度等について
医薬品副作用に関する立証は,極めて高度な医学的知見が要求され,立証対象となる因果関係自体,多種多様な薬剤の作用の全てについて科学的に解明されているわけではないことから,その立証は事実上極めて困難である。また,医薬品には一定の確率で不可避的に有害な副作用を伴うという特殊性があり,当該薬剤の承認過程や投薬の判断をした医師に何らの過誤がなくとも,副作用被害を受けてしまう患者が必ず生じるのであり,これを救済する必要がある。このような立証の困難性や患者救済の必要性から,医薬品副作用被害救済基金法案が策定され,国会で審議されることになった。国会においては,因果関係の認定に当たっては疑わしきは救済する運用とすべきとの政府答弁がされており,こうした議論を経て立法された同法は,法文上,

医薬品の副作用による健康被害の迅速な救済を図ることを目的とする。

とされ,救済対象被害の判定においては,被害者が不利にならないように特に留意する旨の付帯決議もされた。このような趣旨については,現行の機構法にも承継されている。したがって,医薬品副作用被害救済制度が創設されたのは,医薬品の投与・服用と副作用の発生との因果関係の証明が困難であることから,同被害者のその立証の負担を軽減し,被害を迅速に救済するためにほかならず,現行の同制度の目的も同様である。
また,公的救済制度は,被害救済を徹底するため,不法行為の成立を要件とせずにある活動から生じた損害を当然に補填する制度である。したがって,公的救済制度に位置づけられる医薬品副作用被害救済制度の因果関係の立証について,不法行為と同じ取扱いをする必然性はないのであり,むしろ,法の趣旨である迅速な法定補償を実施するために,立証の負担を緩和すべき要請があると解すべきである。
以上のとおり,医薬品副作用被害救済制度の立法経緯,機構法の目的や趣旨等からすると,同制度においては,因果関係の証明度が緩和されていると解するのが相当であり,高度の蓋然性の証明は要しないと解すべきである。

医薬品の製造販売業者に関する薬事法の規定からすると,現在の法制度において,同製造販売業者は,当該医薬品の危険性(副作用)について最も高度な情報を有している。そのような製造販売業者が,一般用医薬品を使用する消費者や医療用薬品の投与を受ける患者の安全を確保するために作成した添付文書(能書)については,副作用等に関する最新の知見に基づいた使用上の記載がされているものと位置づけられるべきものである。そして,上記のとおり,医薬品副作用被害救済制度においては,因果関係の証明度が軽減されていることからすると,当該医薬品が投与された事実が証明され,投与後,添付文書に記載された副作用が患者に発現した場合,特段の事情がない限り,医薬品投与と副作用発現との間には因果関係が推定されるべきである。

(2)

タミフルに関する一般的知見について

ア(ア)

P5班報告によれば,タミフルを服用した患者の服用後の異常行動
発生に関する第1日目の昼間におけるオッズ比は,点推定値4.0,95%信頼区間は1.3ないし12.2となり,その下限が1.0より高く,統計的有意差は明らかである。
また,P6班報告のデータを用いて解析を行ったP7らの研究によれば,インフルエンザに罹患し,タミフルを服用した場合,服用しない状態に比べて,せん妄が約1.5倍多く,意識障害は約1.8倍多くなっていた。タミフルの服用により,せん妄は,発熱後8時間から16時間後頃まで5ないし7倍,意識障害は,発熱後10時間から24時間後頃まで4ないし6倍有意に生じやすくなっており,統計的有意差は明らかである。
(イ)

P7らの研究においては,抗インフルエンザ剤以外の処方や一般市
販薬の使用状況についても検討しているだけでなく,あらかじめ用意された用紙に保護者が症状を記入し,医師が確認した情報が収集されており,適切な情報収集がされている。また,後ろ向き調査の場合は,症状があっても受診しないケースが考えられるが,前向き調査であるP7らの研究では,受診しなくとも症状が記録され,必要な情報が入手できる上,服用と症状発現のタイミングについても詳細に情報が収集されている。さらに,P7らの研究は,せん妄と意識障害に関しては,発熱から8時間以降を2時間毎に4日間の観察終了まで詳細に分析しており,解析したせん妄や意識障害は,家族が選択した異常行動のままではなく,収集された種々の症状を,小児科医が一定の診断基準の下に再評価したもので,収集された情報の信頼性は高い。
このように,P7らの研究については,前向きコホート研究で他の調査に比べて選択バイアスが排除されているだけでなく,あらかじめ収集すべき情報の項目を設定して意識的に情報収集し,適切な情報収集がされたものであり,タミフルに関しては交絡因子を調査したデータに基づく疫学調査は存在せず,他の疫学調査も以下のような問題があり,仮説強化の域を超えるものではないことなどからすると,他の研究に優越するものである。
(ウ)

P6班報告では,異常行動発現後に薬剤を使用した患者のみ選択的
に他剤処方群に移動した操作によって通常の解析(ITT解析)では行われることがない誤った解析方法が用いられている。
P8の調査は,詳細が示されておらず,データ分析もされていない上,数日間の観察結果を示しているものと考えられる。
P9らの研究は,観察期間が7日間と長く,服用直後の異常行動が過小評価されている上,観察数も少なく非常に小規模な研究である。また,抗インフルエンザ剤以外の処方や一般市販薬の使用状況が不明であることや,症状が認められても病名がカルテに記録されなかったりデータベースに登録されないことがあり,誤った分類が極めて多くなること,症状があっても受診しないことなどの問題がある。

動物実験においては,少数の動物で確実に毒性を検出するため,また,毒性が現れやすい特別な条件のヒトでの毒性発現を予測するため,臨床用量よりも大量の薬剤が使用される。動物実験においては,臨床用量よりも高用量の薬剤を使用することで初めて当該薬剤の毒性を検出することが可能となるものであり,動物実験(旧試験及び新試験)の結果は,タミフルの服用と突然死との因果関係を裏付けるものである。


P10は,タミフルに,ある一定量以上の量を投与すると毒性が現われるという閾値が存在する旨の意見を述べているが,同人は,統計学の専門家ではなく,その意見の信用性は極めて低いものである。統計学上,理論的に対照群と比較して毒性所見に有意の差がない用量であったとしても,その用量を毒性の無影響量と結論づけることはできず,個体差の大きい生物反応の反映である毒性にそもそも閾値が存在するのか疑問とされている。その上,仮に閾値が存在するとしても,統計学的検定の手法では本質的に検出が不可能ともされているのである。
したがって,タミフルに閾値が存在することを認めることは,統計学上の常識に反するものである。

エ(ア)

P11らの実験においては,酸性溶液を静脈内投与した場合の生体反応についても当然考慮しており,オセルタミビルリン酸溶液をラットの静脈内に投与する実験とともに,十二指腸内にも投与する実験を行っている。そして,十二指腸投与においても静脈内投与と同様の呼吸抑制がみられているのであり,このことからすると,ラットの呼吸停止は酸性溶液を静脈内に投与したことによる生体反応ではなく,リン酸オセルタミビル投与による呼吸抑制と解するのが合理的である。また,酸性溶液を静脈内投与することによって呼吸抑制等の生体反応が生じるのであれば,投与するリン酸オセルタミビルの用量に関係なく呼吸抑制等が発症するはずであるが,製薬会社が実施したマウスの静脈内にリン酸オセルタミビルを投与する実験においては,リン酸オセルタミビルと毒性所見との間に明らかな用量反応関係が認められている。
したがって,P11らの実験において観察されたラットの呼吸停止は,酸性溶液を静脈内に投与したことによる生体反応ではなく,オセルタミビルの作用であると考えられる。
(イ)

ヒトのタミフルに関する感受性は,ラットの18.7倍である。P
11らの実験において,ラットが呼吸抑制から全て死亡するに至ったリン酸オセルタミビルの投与量は500㎎/㎏であり,上記のようなヒトとラットの感受性の程度を考慮して換算すると,ヒトの場合,26.7㎎/㎏の経口投与で呼吸抑制により突然死が生じる可能性がある。これは,ヒトに対する経口投与の臨床用量2㎎/㎏の約13.4倍にすぎない。P11らの実験において,ラットが呼吸停止したリン酸オセルタミビルの投与量は,ヒトの臨床用量とそれほど違いのないものといえる。また,インフルエンザ罹患時には,非罹患時と比べて,はるかに高い血中濃度,脳中濃度に到達し得ると考えられることから,臨床用量よりも高用量の投与をすることは,インフルエンザ罹患時のモデルとして適切なものである。
(ウ)

P11らの実験において,リン酸オセルタミビル投与後に,ラット
が呼吸停止して死亡したことは,タミフルの服用と突然死との関連を裏付けるものである。
第3
1
当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人らの主張は理由がなく,本訴請求は棄却すべきであると判断する。その理由は,2のとおり控訴人らの当審における補充主張に対する判断を加えるほかは,原判決中の事実及び理由の第3当裁判所の判断
の1ないし3に記載するとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決の20頁13行目の既往症を既往歴に,同62頁10行目のEMAをEMEAにそれぞれ改める。)。
2
控訴人らの当審における補充主張に対する判断
(1)

副作用起因性の証明度等について
控訴人らは,医薬品副作用被害救済制度の立法経緯,機構法の目的や趣旨等からすると,同制度においては,医薬品の投与・服用と副作用の発生との因果関係の証明度が緩和されていると解するのが相当であり,高度の蓋然性の証明は要しないと解すべきである旨主張する。
しかし,機構法17条は,被害が医薬品の副作用によるものであるかどうかについて,厚生労働大臣が,薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて判定を行い,機構にその結果を通知する旨規定し(原判決第2の2(2)ウ),因果関係の立証の負担を手続的に軽減する規定は設けているが,同法その他の関係法令に,副作用救済給付を請求する者による証明の程度を軽減する特別の定めは見当たらない。そうすると,機構法は,被害と医薬品使用との因果関係に係る問題について,専門機関の判定によって因果関係の有無の判断を行うものとすることによって,極めて専門的な知識と膨大な時間及び費用を要する因果関係の立証の負担を手続的に軽減したものと解するのが相当であり,実体的要件や証明度を緩和・軽減等したものと解することはできない(原判決第3の1(3))。したがって,医薬品副作用被害救済制度において,因果関係の証明度が緩和されている旨の控訴人らの主張は,採用することができない。

控訴人らは,医薬品副作用被害救済制度において,因果関係の証明度が緩和されていることを前提として,医薬品が投与された後に,当該医薬品の添付文書(能書)に記載された副作用が患者に発現した場合,特段の事情が存しない限り,医薬品投与と副作用発現との間には因果関係が推定されるべきである旨主張する。
しかし,医薬品副作用被害救済制度において,因果関係の証明度が緩和されていると認められないことは,上記のとおりである。また,タミフルの添付文書の警告欄や重大な副作用欄には,異常行動等について
記載されているものの,上記警告欄には,併せて,因果関係が不明である旨の記載もされている(甲1)。タミフルの添付文書に記載された異常行動等については,インフルエンザ治療に携わる医療関係者に注意喚起を図る観点から記載されたものとみられ(甲3),タミフルとの因果関係があることを前提とするものとは認められない。そうすると,タミフル服用後に,添付文書に記載された異常行動等が患者に発現したからといって,その異常行動等がタミフルの投与と因果関係があると推定することはできない。

(2)

タミフルに関する一般的知見について
控訴人らは,P5班報告によれば,タミフルを服用した患者の第1日目の昼間における異常行動発生率には,統計的有意差が認められる旨主張する。
しかし,P5班報告について,薬剤使用と臨床症状発現との関連についての統計解析をしたP7ほか7名による報告(乙124)においては,単変量解析の結果,タミフルによる未使用群に対する使用群の異常行動のハザード比は1.16であり,偶然変動内の差異にすぎず,同報告における主要な統計解析である多変量解析の結果,同ハザード比は1.04(95%信頼区間0.77ないし1.40)であったとされており,統計的有意差は認められていない。また,同報告において,第1病日の昼の時間帯でのオッズ比が増大していることについて,患者によってはインフルエンザ発症以前の時間帯も含まれており,発熱以前の患者も統計解析に含めざるを得なかったことが影響している可能性があり,正確な発熱時点を起点として経過を追跡する必要がある旨指摘されている。そうすると,P5班報告において,タミフルを服用した患者の第1日目の昼間における異常行動発生のオッズ比が増大していることをもって,統計的有意差が認められるとはいえず,タミフルの服用と異常行動との間の因果関係を認めることはできない。

控訴人らは,P7らの研究によれば,タミフルを服用した場合,せん妄や意識障害の発現が多くなり,せん妄は,発熱後8時間から16時間後頃まで5ないし7倍,意識障害は,発熱後10時間から24時間後頃まで4ないし6倍生じやすくなっており,統計的有意差は明らかである旨,同研究は,研究手法や情報が適切に収集されていることなどから,他の研究に優越するものである旨縷々主張する。
しかし,P7らの研究については,調査票の回答内容の不明な点について迅速な照会を実施することができなかったこと,インフルエンザにより発熱した症例がバイアスなく収集されたものではなく,異常行動を契機に受診した対象を含んでいることによる選択バイアスを排除できたのか疑問があること,18歳未満の患者の異常行動についてせん妄評価尺度を用いる方法には疑問があることなどの限界や問題点が指摘され,P7ら自身,そのような限界があることを踏まえて,その研究は仮説強化を目的とした暫定的研究にとどまると位置付けていることは,原判決が第3の3(2)ア(イ)c(a)で認定説示するとおりである。
控訴人らは,P7らの研究について,アセトアミノフェンなどの抗インフルエンザ剤以外の処方や一般市販薬の使用状況についても検討している旨主張する。しかし,P7ら自身が,解析対象集団においてもいずれかの薬剤の情報不足がみられ,特にアセトアミノフェンでは156例を解析除外し,不十分な記入に基づいて推察した症例も382例にのぼった旨報告しているのである(甲9)。また,P7らの研究は,P6班報告で使用された調査データに基づいて行われたもので,調査データはP6班報告と同じであるが(甲9,乙99),P6班報告において,調査データ自体の問題が指摘されており(乙99),P7らの研究が他の研究よりも情報が適切に収集されているということはできない。そして,P7ら自身,その研究の結語として,タミフルとせん妄及び意識障害の関連を疑わせる研究結果が暫定成績であり,今後,その関連を検証する薬剤疫学研究を実施する必要性について指摘しているのである(甲9)。P7らの研究において,2時間毎のデータ分析がされているからといって,他の研究に優越するとはいえず,P7らの研究から,直ちにタミフル服用と異常行動との因果関係を認めることはできない。
ウ(ア)

控訴人らは,P6班報告について,通常の解析(ITT)では行わ
れることがない誤った解析方法が用いられている旨主張する。
P6班報告において,ITT解析とは異なる手法による解析がされていることは認められるが,タミフルを服用していない間に異常行動を発現した者をタミフルの非服用者として扱ったP6班報告の解析が一概に誤りということができないことは,原判決が第3の3(2)ア(イ)c(b)で認定説示するとおりである。そして,統計学や疫学の専門家らもP6班報告における解析方法について,誤っているなどと評価してはいないのである(乙51,64)。したがって,P6班報告において,ITT解析とは異なる解析がされているからといって,直ちにその解析結果が信用できないなどとはいえない。
(イ)

控訴人らは,P8の調査について,その詳細が示されておらず,デ
ータ分析もされていないなどと主張する。
しかし,P8の調査は,調査対象や人数,異常行動を認めた人数,そのうち無治療又は治療前に異常行動が発現した者の数等を示した上で,異常行動が薬剤と無関係に発現することがある旨指摘しているのである。その調査過程や経過は具体的に明らかにされていないが,調査の詳細が示されていない,データ分析がされていないなどということはできない。(ウ)

控訴人らは,P9らの研究について,観察期間が7日間と長く,小
規模の研究であり,他の薬剤の使用状況が不明であることなどの問題がある旨主張する。
しかし,P9らの研究においては,7日間だけでなく,2日間及び14日間の期間設定をした解析も行われており(乙104),各期間の結果を比較しても統計学的に有意な関連は認められていない。また,対象患者約25万人からインフルエンザに罹患した外来患者を特定し,発症歴週,年齢,性別等でマッチングした2万7684組(5万5368人)を対象とした研究(乙127)が,解析総数9392例(甲9)のP7らの研究に比べて小規模であるなどということもできない。控訴人らの指摘する他の薬剤の使用状況等については,P7らの研究等他の研究にも同様のことがいえてP9らの研究に特有の問題ではないのであり,同研究の信用性を疑わせる事情とはいえない。

控訴人らは,動物実験においては,臨床用量よりも高用量の薬剤を使用することで初めて当該薬剤の毒性を検出することが可能となるものであり,動物実験(旧試験及び新試験)の結果は,タミフルの服用と突然死との因果関係を裏付けるものである旨主張する。
しかし,一般に動物実験において臨床用量よりも高用量の薬剤が使用されるからといって,高用量の薬剤を投与した動物実験の結果が,直ちにヒトの臨床用量における因果関係を裏付けるものということはできない。ヒトとラットの感受性の差はせいぜい6.2倍程度であることを考慮すると,旧試験及び新試験においてラットに死亡や断崖回避反応の欠如等がみられたのは,ヒトの臨床用量の約40倍にも上るオセルタミビルが投与されたことによるものとみられるのであり,これら動物実験の結果が,ヒトの臨床用量のタミフルの服用と異常行動との因果関係を示唆するものといえない(原判決の第3の3(2)エ(ア)b)。したがって,旧試験及び新試験の結果が,臨床用量のタミフルの服用と異常行動や突然死との因果関係を裏付けるものということはできない。

控訴人らは,タミフルに,ある一定量以上の量を投与すると毒性が現われるという閾値が存在する旨のP10の意見の信用性は極めて低く,統計学上,理論的に対照群と比較して毒性所見に有意の差がない用量であったとしても,その用量を毒性の無影響量と結論づけることはできず,毒性にそもそも閾値が存在するのか疑問とされている上,仮に閾値が存在するとしても,統計学的検定の手法では本質的に検出が不可能とされている旨主張する。
しかし,遺伝子障害作用による発がん性と生殖細胞に対する突然変異性には閾値が存在しないが,化学物質の有害性には閾値が存在することが多いとされているところ(乙129),タミフルに関する動物実験において,遺伝子変異試験の結果,陰性の結果が得られており,タミフルにがん原性もないと判断されている上,投与量が一定量以下の動物に死亡例はなく,低用量のタミフルが投与された動物には特段の異常はみられていない(原判決第3の2(3))。このような動物実験の結果から,タミフルに閾値が存在する旨のP10の意見は合理的なものといえるのであって,タミフルには閾値が存在するとみるのが相当であり,P10の意見の信用性が低いとはいえない。

控訴人らは,P11らの実験において観察されたラットの呼吸停止は,酸性溶液を静脈内に投与したことによる生体反応ではなく,リン酸オセルタミビルの作用であり,ラットとヒトのタミフルに関する感受性の程度を考慮すると,同実験においてラットが全て死亡するに至ったリン酸オセルタミビルの投与量は,ヒトに対する経口投与の臨床用量の約13.4倍にすぎず,ヒトの臨床用量とそれほど違いのないものであり,また,インフルエンザ罹患時にははるかに高い血中濃度,脳中濃度に到達し得ると考えられることから,臨床用量よりも高用量の投与をすることは,インフルエンザ罹患時のモデルとして適切なものである旨主張する。
しかし,控訴人らは,ラットにタミフルを投与した際のオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度と,ヒトにこれを投与した際のオセルタミビル活性体の最高血漿中濃度を比較して,ヒトのタミフルに対する感受性がラットの18.7倍であると主張しているのであって,比較対象が異なること,ヒトについてもオセルタミビル未変化体の最高血漿中濃度を基に控訴人らと同様の計算をすると,ヒトとラットの感受性の差は約3.3倍であり,さほど大きなものでないことは,原判決が第3の3(2)エ(イ)bで認定説示するとおりである。P11らの実験においてラットが全て死亡するに至ったリン酸オセルタミビルの投与量(500mg/㎏)が,ヒトの臨床用量とそれほど違いのないものであるなどということはできず,インフルエンザ罹患時には,高い血中濃度,脳中濃度に到達し得ると考えられることを考慮しても,同実験の結果を,ヒトが臨床用量のタミフルを服用した場合に外挿することはできない。したがって,P11らの実験の結果は,ヒトが臨床用量のタミフルを服用した場合に突然死が生じることを裏付けるものとはいえない。
(3)

控訴人らの主張は,いずれも理由がなく,採用することはできない。控
訴人らは,その他縷々主張するが,いずれもタミフル服用と異常行動との因果関係を裏付ける事情とは認められず,採用することができない。第4

結論
よって,控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第1部

裁判長裁判官

木下
裁判官

前澤
裁判官

鈴木秀樹功清志
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