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療養給付不支給決定取消請求事件
事件番号平成26(行ウ)290
事件名療養給付不支給決定取消請求事件
裁判年月日平成27年12月15日
法廷名東京地方裁判所
判示事項1 健康保険の被保険者である会社の代表者が負傷に関して療養の給付を受けた場合において,代表者に対してされた療養の給付の不支給決定に裁量逸脱の違法があるとはいえないとされた事例
2 健康保険法1条(平成25年法律第26号による改正前のもの)が法人の代表者等の業務上の事由による負傷等を保険給付の対象としていないことと憲法14条及び25条
裁判要旨1 健康保険の被保険者である会社の代表者が負傷に関して療養の給付を受けた場合において,次の(1)から(3)など判示の事情の下では,代表者に対してされた療養の給付の不支給決定に裁量逸脱の違法があるとはいえない。
(1) 代表者の負傷は避難道路整備工事に従事していた際の事故によるものであり,健康保険法1条(平成25年法律第26号による改正前のもの)が規定する「業務外の事由」による負傷に該当しない。
(2) 「法人の代表者等に対する健康保険の適用について」と題する通知(平成15年7月1日保発第0701002号・厚生労働省保険局長通知)は,被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって,一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者については,その者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関しても,健康保険による保険給付の対象とする旨定めている。
(3) 本件会社の健康保険の被保険者は,事故当時,5人であった。
2 健康保険法1条(平成25年法律第26号による改正前のもの)が,法人の代表者等の業務上の事由による負傷等を保険給付の対象としていないことは,憲法14条及び25条に違反しない。
裁判日:西暦2015-12-15
情報公開日2017-10-19 09:20:45
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平成27年12月15日判決言渡
平成26年(行ウ)第290号

療養給付不支給決定取消請求事件

主文1
原告の請求を棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
全国健康保険協会愛媛支部長が平成25年2月5日付けで原告に対してした保険給付の不支給決定を取り消す。

第2

事案の概要
本件は,会社の代表取締役で健康保険の被保険者である原告が,当該会社が請け負った避難道路整備工事に従事していた際に事故で負傷したことから,保険医療機関及び保険薬局(以下保険医療機関等という。)において療養の給付を受けたところ,被告から,上記事故による原告の負傷は健康保険法1条(平成25年法律第26号(以下平成25年改正法という。)による改正前のもの。以下同じ。)の業務外の事由による疾病,負傷に該当するとは認められないとして,上記療養の給付について,保険給付を支給しない旨の決定(以下本件不支給決定という。)を受けたため,本件不支給決定は違法であると主張して,その取消しを求める事案である。
なお,健康保険法において,療養の給付に係る不支給決定の処分権限を有するのは被告であり,全国健康保険協会愛媛支部長は支部の業務の執行に関する内部権限を有する機関であると解されるから,原告の請求は,被告がした本件不支給決定の取消しを求めるものであると解される。

1
関係法令の定め
健康保険法は,健康保険について,要旨,次のとおり定めている。(1)

目的
健康保険法は,労働者の業務外の事由による疾病,負傷若しくは死亡又は出産及びその被扶養者の疾病,負傷,死亡又は出産に関して保険給付を行い,もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする(1条)。なお,健康保険法1条は,平成25年改正法により,この法律は,労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法7条1項1号に規定する業務災害をいう。)以外の疾病,負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い,もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。と改正されたが,平成25年10月1日より前に発生した事故に起因する業務上の事由による疾病,負傷又は死亡に関するものについては,なお従前の例によるものとされている(平成25年改正法附則3条)。(2)

被保険者等
健康保険法において被保険者とは,適用事業所に使用される者及び任
意継続被保険者をいう。ただし,臨時に使用される者や季節的業務に使用される者など,所定の期間を超えないで使用される者は,被保険者となることができない。(3条1項)
(3)

保険給付
被保険者に係る保険給付は,療養の給付,療養費,傷病手当金,家族療養
費,高額療養費,出産育児一時金及び出産手当金等の支給とする(52条)。被保険者の疾病又は負傷に関しては,診察,薬剤又は治療材料の支給,処置,手術その他の治療及び看護などの療養の給付を行う(63条1項)。2
前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)

当事者等
A有限会社(昭和63年1月20日設立。以下本件会社という。)は,土木工事業及び建築工事業等を目的とする会社であり,健康保険法3条3項2号所定の適用事業所である。原告は,本件会社の代表取締役であり,昭和63年6月1日,健康保険の被保険者の資格を取得した。(甲1,5)

被告は,健康保険の保険者であり,健康保険組合の組合員でない被保険者(日雇特例被保険者を除く。)の保険を管掌している法人(公共団体)である(健康保険法4条,5条1項,7条の3)。

(2)

厚生労働省の通知について
厚生労働省は,平成15年7月1日付けで,法人の代表者等に対する健康保険の適用についてと題する通知(同日保発第0701002号・厚生労働省保険局長通知。以下本件通知という。)を発出した。本件通知の内容は,別紙のとおりであり,要旨,被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者又は業務執行者(以下代表者等という。)であって,一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者については,その者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関しても,健康保険による保険給付の対象とする旨を定めたものである。(乙1)


被告は,本件通知が発出された後,健康保険法1条が平成25年改正法によって改正されるまで,法人の代表者等の業務に起因する傷病については,本件通知に従い,健康保険による保険給付の対象とするか否かを決定していた(弁論の全趣旨)。

(3)

本件不支給決定に至る経緯
原告は,平成24年8月23日,本件会社が請け負った避難道路整備工事のため,ミニバックホーを運転していたところ,道路外に転落し,下顎骨骨折の傷害を負った(以下本件事故という。)(乙2)。
本件会社の健康保険の被保険者は,本件事故当時,5人であった(甲6)。


原告は,平成24年8月23日から同年11月26日までの間,保険医療機関等であるB病院,C病院,D歯科医院及びE薬局に入通院するなどして治療等を受け,健康保険法所定の療養の給付(以下本件療養の給付という。)を受けた。本件療養の給付に関する費用については,上記保険医療機関等に対し,原告が健康保険法所定の一部負担金の支払をし,被告が当該一部負担金を控除したその余の費用の支払をした(甲3,弁論の全趣旨)。

被告は,平成25年2月5日付けで,原告に対し,本件事故による原告の負傷は,業務遂行中の事故によるものであり,健康保険法1条が規定する業務外の事由による疾病,負傷に該当するとは認められないとして,本件療養の給付について,保険給付を支給しない旨の決定(本件不支給決定)をするとともに,本件療養の給付に関する費用合計93万4642円の返還を求める旨の決定をし,これらの決定を原告に通知した(甲3)。
(4)

本件訴えに至る経緯


原告は,平成25年3月19日,四国厚生支局社会保険審査官に対し,本件不支給決定を不服として審査請求をした。これに対し,同審査官は,平成25年3月29日,上記審査請求を棄却する旨の決定をした。

原告は,平成25年5月29日,社会保険審査会に対し,本件不支給決定を不服として再審査請求をした。これに対し,社会保険審査会は,平成25年12月25日,上記再審査請求を棄却する旨の裁決をした。(甲2の1,2の2)

ウ3
原告は,平成26年6月23日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
争点
本件不支給決定の適法性

4
争点に対する当事者の主張の要旨

(原告の主張の要旨)
本件不支給決定は,以下に述べるとおり,違法というべきである。(1)

健康保険法1条の給付事由に該当すること
傷病の原因が業務上である場合も,そうでない場合も,医療水準が高度化
している現在では,相当額の医療費が発生するのであり,医療費全額を本人が負担することは現実的に無理があるため,その負担を保険で補うところに健康保険制度と労働者災害補償保険(以下労災保険という。)制度の実質的な意義がある。そして,業務に起因する傷病に対しては労災保険が適用され,その他の傷病については健康保険が適用されるという原則を形式的に貫いた場合には,本件事故においては,労災保険も健康保険も適用されないという本人に予想外の過大な経済的負担を負わせることになるから,そのような保険給付の谷間を作らない解釈こそが求められており,合理的な法解釈の態度といえる。
平成25年改正法により健康保険法1条がこの法律は,労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法(中略)に規定する業務災害をいう。)以外の疾病,負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行い,もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。と改められて,上記谷間を作らないこととした趣旨を踏まえると,同改正前の同法1条にいう労働者の業務外の事由による疾病,負傷とは,労働者災害補償保険法の対象とならない疾病,負傷と解すべきである。この点,本件事故による原告の負傷は,労働者災害補償保険法の対象とならない疾病,負傷であるから,健康保険法1条の給付事由に該当する。したがって,健康保険法1条の給付事由に該当しないとしてした本件不支給決定は,違法というべきである。
(2)

本件通知の基準は違法であること
本件事故のように,法人の代表者が一般の労働者と著しく異ならない労務
に従事した結果受傷した場合には,当該受傷は従事した労務に内在する危険が現実化したものといえるから,本来は労災保険が適用されてしかるべきであるが,法人の代表者には労働者災害補償保険法の適用がないものとされている。
そして,本件通知の趣旨は,法人の代表者が健康保険及び労災保険のいずれの保険給付も受けられないという事態を回避するために,被保険者であることが明確な健康保険の給付を可能にする解釈適用を行うという点にある。かかる本件通知の趣旨に照らせば,法人の代表者等の業務上の傷病に対して例外的に健康保険からの給付を認める要件としては,一般従業員と同質の労務に従事していたか否かが本質的な問題であり,被保険者が4人か5人かで線引きすることに合理性はない。
そのため,本件通知が,法人の代表者等の業務遂行上の傷病に対する保険給付について,被保険者が5人未満であることを要件とすることは,健康保険法1条の解釈を誤り,保険給付の範囲を違法に制限するものである。したがって,本件通知が定める被保険者が5人未満であるという要件に該当しないことを理由にした本件不支給決定は違法というべきである。(3)

本件通知の適用に誤りがあること
被告は,本件会社における本件事故当時の被保険者数が5人であったこと
から,本件通知が定める被保険者が5人未満である適用事業所には該当しないとして,本件不支給決定をした。
しかしながら,本件通知には被保険者が5人未満であることの基準時を保険事故発生日に特定する記載はなく,本件通知は健康保険法1条の形式的適用によって生じる不合理な結果を回避するための措置を定めたものであるから,被保険者が5人未満であるか否かは,常態として被保険者が5人未満であるか否かによって判断すべきである。この点,本件会社の被保険者は,健康保険の適用から本件事故時までは平均4.37人,本件事故の直近1年間(平成23年8月から平成24年7月まで)は平均4.75人であったのであるから,常態としては被保険者が5人未満である。したがって,本件事故は,本件通知の要件を満たすものであるから,本件不支給決定は違法というべきである。
(4)

健康保険法1条は違憲であること
労災保険の特別加入制度は,あくまで任意の制度であり,制度があるのに
利用しなかったことを理由にして,多額の療養費の全額自己負担を求めることは,事業主に過大な自己責任を課すもので,公的保険制度の趣旨に反する。また,原告は,健康保険に加入して保険料を納入し,相応の負担をしているのであるから,健康保険を適用したからといって,原告が不当な利益を受けることにはならない。そして,本件事故のように,法人の代表者が一般の従業員と同様の労務に従事している中で受傷した場合,労災保険の給付も健康保険の給付も受けられないという差別的な取扱いを受けることは不合理である。
したがって,健康保険法1条が,本件事故について原告に保険給付を否定しているとしか解釈できないのであれば,同条は,法の下の平等を定める憲法14条に反するというべきであり,また,本件事故に関し,健康保険に加入している原告に対して療養の給付の全額負担を強いることは,健康で文化的な生活を保障する憲法25条にも反するというべきである。
したがって,本件不支給決定は違法というべきである。
(被告の主張の要旨)
本件不支給決定は,以下に述べるとおり,適法というべきである。(1)

健康保険法1条の給付事由に該当しないこと
健康保険制度は,労働者及び事業主の双方からその保険料が徴収されてい
るものである。一方,業務上生じた負傷等に対する補償は,企業の営利活動に伴う現象である以上,企業活動によって利益を得ている事業主がその損害の補償を行うべきものであり,事業主がその保険料を負担する労災保険によって補償がなされる。それゆえ,健康保険法は,保険給付を行う範囲を業務外の事由による疾病,負傷に限定しているのである。
そして,この企業活動によって生じた損害の補償は事業主がすべきであるという理は,業務上負傷等をした者が会社代表者自身であっても変わらず,むしろその理がより妥当する。その結果,会社代表者自身が業務上負った傷病につき,健康保険及び労災保険のいずれからも給付が受けられないという事態が生じ得るとしても,企業活動により利益を得ている使用者は,当該企業活動に伴う損失について,民間の保険や労災保険の特別加入により,当該利益から保険料を支払って,自ら備えておくことは可能なのであり,何ら予想外の過大な負担を与えるものではない。また,会社代表者だけが,健康保険料の支払のみで,業務上,業務外を問わず,健康保険からその保険の利益を受けられるなどということが当然のはずもない。
したがって,会社代表者の業務上の傷病は,健康保険法の給付対象とならないという方が,むしろ健康保険法の合目的的解釈である。
この点,原告は,避難道路整備工事の際,ミニバックホーの運転中に転落したという勤務中の事故(本件事故)で負傷したものであり,健康保険法1条が規定する業務外の事由による負傷に該当すると認められない。したがって,本件不支給決定は適法というべきである。
(2)

本件通知は健康保険法の解釈を示したものではないこと
療養の給付については,対象となった疾病,負傷が業務上の事由によるも
のであることが判明した場合,本来であれば当然に不支給決定を行うこととなるところ,本件通知は,記載する要件を満たす療養の給付であるときには,不支給決定を行わないことにより,現物給付の特質から既に発生した事実状態を特段変更しないという特別の取扱いを定めたものにすぎない。すなわち,健康保険法1条の文言は,労働者の業務外の事由による疾病,負傷と明確に定めており,業務上の事由による疾病,負傷を含む余地がないこと,本件通知に当面の措置との記載があること,本件通知が保険給付の一つである傷病手当金を支給の対象外としていることに照らすと,本件通知は,同条の解釈を示したものではなく,厚生労働省として各健康保険組合に求める政策的な取扱いを示したにすぎないというべきである。そのため,本件通知の基準の当否や,本件通知の適用に誤りがあるか否かは,本件不支給決定の適法性に影響を及ぼすものではない。そして,本件事故による原告の負傷が健康保険法1条が規定する業務外の事由による負傷に該当しないことは,上記(1)において述べたとおりである。
したがって,本件通知の基準に該当するか否かを論じるまでもなく,本件不支給決定は適法というべきである。
(3)

本件事故は本件通知が定める保険給付の対象にならないこと
仮に,本件通知が健康保険法1条の解釈を示したもの,あるいは,本件通知の基準が裁量権の濫用に当たるか否かの基準になるとしても,以下に述べるとおり,本件事故は本件通知が定める保険給付の対象となるものではない。


本件通知の基準は適法であること
本件通知は,本来健康保険の保険給付の対象とならないケースの一部について,当面の例外的な取扱いとして特別に給付対象とする趣旨で発出したものであり,複数の健康保険組合が,本件通知に基づいて画一的な処理を行う必要がある中で,一定の数的基準を設けて明確にすることに何ら違法な点はなく,その基準が変更されることなく平成25年改正法により立法化されていることからすれば,基準自体に合理性があることは明らかである。また,5人という基準は,国民健康保険法の対象とされる小規模個人事業の場合とのバランス等も一つの考慮要素として設定されたものであり,人数によって定めを置く意義がある。
したがって,本件通知の基準は適法である。

本件会社の被保険者数は5人未満ではないこと
本件通知は,被保険者が5人未満である適用事業所とのみ規定し,適用事業所の対象を定める健康保険法3条3項のように常時などという条件を付しておらず,何らその算出方法等について定めていない以上,本件通知の定める被保険者数は,本件事故の発生当時の人数で判断すべきである。そして,本件事故当時の本件会社の被保険者数は5人であった。また,仮に本件通知の5人未満との趣旨が,常態として5人未満であるとの理解に立ったとしても,本件会社の被保険者数は,平成23年11月から平成24年8月までの間,継続して5人いたのであるから,常態として5人未満であったとはいえない。
したがって,本件事故は本件通知の保険給付の対象となるものではない。


以上より,本件通知に基づく特別な取扱いの対象とならないとして行った本件不支給決定には,何ら裁量権の濫用はない。

(4)

健康保険法1条は違憲でないこと
健康保険制度は,労働者及び使用者の双方からその保険料が徴収されてい
るものであるところ,使用者である会社代表者の業務上の負傷等に対する補償は,全額使用者において負担するのが原則である(このように解さないと,労働者が,その支出により,経営者が業務上負傷した費用を支払わなければならないこととなる。)。また,特に労働者に準じて保護することが適当であると認められる一定の者については,労働者災害補償保険法33条の特別加入制度が用意されており,原告は特別加入が可能であった。原告は,本件会社の経営者として,自ら労働者と同様の業務に従事するか否かを選択することができる立場にあった上,自らが業務に従事している間に生じた災害につき,公的制度に基づく保障が必要と考えたのであれば,労災保険への特別加入によって備えることが可能であったのである。これら健康保険制度の趣旨,労災保険特別加入制度の存在,原告が自ら経営者として選択の余地があったことに加え,平成25年改正法によって本件通知が立法化(健康保険法53条の2,健康保険法施行規則52条の2)されたことなどにかんがみると,健康保険法1条の規定が憲法14条及び25条に違反しているとはいえない。
第3
1
当裁判所の判断
本件事故による原告の負傷が業務外の事由(健康保険法1条)によるものか否かについて
(1)

前記前提事実のとおり,被告は,平成25年2月5日付けで,原告に対
し,本件事故による原告の負傷は,業務遂行中の事故によるものであり,健康保険法1条が規定する業務外の事由による疾病,負傷に該当するとは認められないとして,本件療養の給付について,本件不支給決定をしたものである。そこで,まず,本件事故による原告の負傷が,健康保険法1条が規定する業務外の事由による負傷に該当するか否かについて検討することとする。
(2)

健康保険法1条は,

この法律は,労働者の業務外の事由による疾病,負傷若しくは死亡(中略)に関して保険給付を行い,もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。

と規定するが,健康保険法の予定する被保険者が労働基準法に規定する労働者に限られていないことに照らすと,ここにいう労働者とは被保険者と同義の趣旨と解されるところであり,労働者の業務とは,労働基準法に規定する労働者としての業務に限定されず,人が職業その他社会生活上の地位に基づいて,継続して行う事務又は事業を総称するものであって,一定の仕事を任意に又は義務として反復継続して行う意思を持ってなされることが必要であるが,その意思があれば1回の行為でも業務となると解される。
そして,健康保険法63条1項は,被保険者の疾病又は負傷に関して,診察,薬剤等の支給,処置,手術その他の治療など,同項に掲げる療養の給付を行う旨定めているところ,同法1条が,この法律は,労働者の業務外の事由による疾病又は負傷等に関して保険給付を行う旨定めていることからすれば,同法63条1項が規定する被保険者の疾病又は負傷も,同法1条が規定する業務外の事由による疾病,負傷に該当することを前提とするものと解される。
(3)

これを本件についてみるに,前記前提事実によれば,本件事故は,本件
会社の代表取締役の地位にあった原告が,本件会社が請け負った避難道路整備工事のため,工事現場に自ら赴き,反復継続して行う意思を持って同工事に係る作業に従事し,ミニバックホーを運転していたところ,道路外に転落し,下顎骨骨折の傷害を負ったものであると認められる。
そうすると,原告が行っていた避難道路整備工事に係る作業は,社会生活上の地位に基づいて,継続して行う事業であり,業務に該当するというべきである。
したがって,本件事故による原告の負傷は,健康保険法1条が規定する業務外の事由による負傷に該当するとは認められないから,同法の保険給付の対象ではない。
(4)

原告の主張について
原告は,平成25年改正法の趣旨を踏まえると,健康保険法1条にいう
労働者の業務外の事由による疾病,負傷とは,労働者災害補償保険法の対象とならない疾病,負傷と解すべきであるから,本件事故による原告の負傷は同条の給付事由に該当する旨主張する。
しかしながら,平成25年改正法は,健康保険法1条を

この法律は,労働者又はその被扶養者の業務災害(労働者災害補償保険法(中略)に規定する業務災害をいう。)以外の疾病,負傷若しくは死亡又は出産に関して保険給付を行

う旨改正して,例えば,シルバー人材センターの会員で請負の形態で業務を行っている者などが健康保険及び労災保険のいずれの給付も受けられないという事態が生じないよう健康保険の給付範囲を見直すとともに(甲4),法人役員の業務上の負傷等については,原則として,引き続き,健康保険の給付の対象としないこととした(健康保険法53条の2)ものであるから,平成25年改正法の趣旨を根拠に上記主張のような解釈が導かれるものとはいい難い。健康保険法1条は,保険制度に係る立法上の仕組みの基礎となる考え方,すなわち,業務に関係のない日常生活上の負傷等については労使折半の保険料(同法161条1項)で賄う健康保険の給付の対象とすることが適当である一方,業務上の負傷等については,使用者側の責めに帰すべきであるから,労災保険の給付をし,使用者については当該負傷等に係る保険料の負担を負う(労働者災害補償保険法30条,労働保険の保険料の徴収等に関する法律(以下徴収法という。)31条)ことが適当であるとの考え方を踏まえた規定と解されるところ,上記主張は,労働者の負担において,使用者の業務上の負傷等につき広く保険給付をする結果をもたらし得るものであり,この観点からみても,同条の解釈としては採り難い。2
療養の給付とその不支給決定に係る法令上の仕組みについて
(1)

上記1において検討したとおり,本件事故による原告の負傷は,健康保
険法1条が規定する業務外の事由による負傷に該当するとは認められず,同法の保険給付の対象とならないものである。そして,先に述べたとおり,被告が,かかる理由から,本件療養の給付について,本件不支給決定をしたのに対し,原告はその適法性を争っている。そこで,その適法性について後記3で検討するに先立ち,療養の給付とその不支給決定に係る法令上の仕組みについてみることとする。
(2)

療養の給付の受給権について
健康保険法は,労働者の業務外の事由による疾病又は負傷等に関して保
険給付を行い,もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とし(1条),被保険者に係る保険給付については,療養の給付のほか,各種の手当金や療養費の支給等を定め(52条),適用事業所に使用される者は,使用されるに至った日から被保険者の資格を取得し(3条1項,35条),当該資格の取得は,保険者等の確認によって効力が生じるものとしている(39条1項本文)。
また,健康保険法は,保険給付のうち,療養の給付については,被保険者の疾病又は負傷に関して,診察,治療ないし薬剤の支給等を行うものとし(63条1条),被保険者は,自ら療養の給付を受ける保険医療機関等を選定し(同条3項),保険医療機関等は,保険医又は保険薬剤師(64条参照)に診察又は調剤に当たらせるなどして,療養の給付を担当しなければならないものとしている(70条1項)。そして,医学的見地からみた療養の給付の要否や給付内容の判断については,これを担当することとなる保険医療機関等に委ねられているものと解される。
さらに,健康保険法は,被保険者は,保険医療機関等に対し,療養の給付の費用について,所定の一部負担金を支払うものとし(74条1項),その余の費用については,当該保険医療機関等の請求に基づき,保険者が,審査をした上,当該保険医療機関等に対して支払うものとしている(76条1項,4項)。
このように,健康保険法は,療養の給付について,保険者による支給決定処分を介在させず,保険医療機関等が担当する現物の給付としており,療養の給付の要否や給付内容の判断も当該保険医療機関に委ねている。これは,療養の給付について,保険者による個々の支給決定処分を要するものとし,保険者が給付内容を決定するものとしたのでは,疾病又は負傷に対する迅速な療養という目的を達成することができないという理由によるものといえる。
かかる療養の給付の在り方や,保険給付に関する健康保険法の定めに鑑みると,療養の給付については,被保険者の資格の取得確認があることを前提として,被保険者と保険医療機関等との間で診療契約が成立した時点において,具体的な受給権が発生するものと解される。
そして,健康保険法が,療養の給付を担当する保険医療機関等に,被保険者の疾病又は負傷が業務外の事由(1条)に基づくものか否かの審査を求めておらず,かかる審査を要するものとすれば,迅速かつ適正な療養の給付の実現が困難となることに鑑みると,被保険者の疾病又は負傷が業務外の事由に該当しない場合においても,上記のとおり診療契約が成立した場合には,被保険者に療養の給付に関する具体的な受給権が発生するものと解するのが相当である。
(3)

療養の給付の不支給決定について
以上に述べたとおり,被保険者の疾病又は負傷が業務外の事由(健
康保険法1条)に該当しない場合においても,被保険者と保険医療機関等との間で診療契約が成立した時点において,療養の給付に関する具体的な受給権が発生することになるから,保険医療機関等に対して療養の給付に関する費用(被保険者の一部負担金を除く。)を支払った保険者が,被保険者に対し,当該費用について不当利得返還請求をするためには,被保険者の上記受給権を剥奪する処分として,療養の給付の不支給決定をする必要があるといえる。
ところで,健康保険法には,療養の給付の不支給決定について具体的に定めた規定はなく,必要な細則を厚生労働省令で定めるとした規定(207条)に基づき定められた健康保険法施行規則112条が保険者は,保険給付に関する処分を行ったときは,速やかに,文書でその内容を申請者に通知しなければならない。この場合において,保険給付の全部又は一部につき不支給の処分をしたときは,その理由を付記しなければならない。と規定するのみである。この点,健康保険法は,被告が,療養の給付(63条)を含め,同法第4章所定の保険給付に関する業務を行うものと定めているところ(7条の2第2項1号参照),被保険者の疾病又は負傷が業務外の事由(1条)に該当しないにもかかわらず,療養の給付が実施されている場合には,当該療養の給付に関する受給権の発生の過程に瑕疵があり,違法状態が生じていることになるのであるから,かかる違法状態を是正するため,当該療養の給付に関する受給権を剥奪する処分として,療養の給付の不支給決定をすることを,同法も当然に予定していると考えられるのであり,上記規則にいう不支給の処分には療養の給付の不支給決定も含まれているものと解される。
したがって,被保険者の疾病又は負傷が業務外の事由(健康保険法1条)に該当しない場合において,当該被保険者が療養の給付を受けたときには,保険者である被告は,職権により,当該療養の給付について不支給決定をすることができると解するのが相当である。
3
療養の給付の不支給決定と本件通知との関係について
(1)

ところで,前記前提事実のとおり,厚生労働省は,平成15年7月1日
付けで,本件通知を発出し,被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって,一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者については,その者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関しても,健康保険による保険給付の対象とする旨を定めており,本件事故による原告の負傷についても,本件通知が保険給付の対象とするものであれば,本件不支給決定の適法性に影響を及ぼすと解する余地がある。そこで,本件通知の趣旨と性格について検討した上,本件が本件通知の定める場合に該当するかどうかについて検討することとする。
(2)

本件通知の趣旨と性格について
本件通知は,一定規模未満の適用事業所に関連するものであるところ,こ
の点について,健康保険法は,法人による事業と個人事業とで取扱いを異にしている。すなわち,常時従業員を使用する法人については,従業員の人数にかかわらず,これを適用事業所としているため(3条3項2号),法人の代表者等は,常時5人以上の従業員を使用しておらず,個人事業者による事業と実態が異ならない場合であっても,業務上の事由による負傷等については,健康保険の保険給付はもとより,労働者災害補償保険法に基づく保険給付も受けられないこととなる。他方,個人事業者は,常時5人以上の従業員を使用していない場合には,適用事業所とされていないため(3条3項1号柱書き),国民健康保険に加入することとなり,その場合,業務上の事由であるか業務外の事由であるかを問わず,負傷等について保険給付を受けることができるという差異が生じることになる。本件通知は,かかる不均衡を解消するため,当面の措置として,被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって,一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者については,その者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関しても,健康保険による保険給付と実務上同様に取り扱うこととしたものと解される(乙1,弁論の全趣旨)。
かかる本件通知の趣旨に鑑みると,本件通知は,業務外の事由(健康保険法1条)に該当しない被保険者の疾病又は負傷についても,健康保険による保険給付と実務上同様に取り扱うべき場合に関する内部的基準を設けたものであり,現物給付である療養の給付との関係では,既になされた療養の給付に係る不支給決定という職権の行使を差し控えるべき場合について定めたものであるとみることができる。
ところで,前記1で見たとおり,被保険者の疾病又は負傷が業務外の事由(健康保険法1条)に該当しない場合には療養の給付は法令上できない筋合いのものであることに鑑みると,上記のような取扱いをすることは,法令の定めとの適合性の点において疑問が生じる余地もあるところであるが,他方において,療養の給付に係る不支給決定が,行政処分の処分行政庁による職権取消しとその実質を同じくする面があること(前記2で見たとおり,療養の給付それ自体は行政処分に基づいてされるものではないが,その過程全体を見るならば,一旦された療養の給付につき,事後的にその不支給決定をすることには,行政処分の職権取消しと同様の実質を有する面があるものといえる。)に照らすと,被告が,不支給決定処分をすることを差し控えることは,それが合理的な裁量権の範囲内であれば,法令上許容されないものではないと解される。
そして,既に見た本件通知の趣旨に照らすと,これに沿った取扱いをすることは合理的な裁量の範囲内にあるものと解されるが,前記前提事実のとおり,被告が,本件通知が発出された後,健康保険法1条が平成25年改正法によって改正されるまで,法人の代表者等の業務に起因する傷病については,本件通知に従い,不支給決定処分をすることを差し控えてきたものと解されることに鑑みると,同処分を差し控えるべきものとして本件通知が定める場合に当たるにもかかわらず,被告が,合理的理由がないのに,療養の給付の不支給決定をするという不平等な取扱いをした場合には,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして,違法の評価を免れないと解するのが相当である。
(3)

本件通知が定める場合への該当性について
そこで,本件が,本件通知が不支給決定を差し控えるべきものとして定め
る場合に当たるといえるかどうかについて検討する。
本件通知は,被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等をその対象としているところ,これは,先に述べたとおり,常時5人以上の従業員を使用していない個人事業者については,業務上の事由であるか業務外の事由であるかを問わず,負傷等について国民健康保険の保険給付を受けることができるのに対し,法人の代表者等については,常時5人以上の従業員を使用しておらず,個人事業者による事業と実態が異ならない場合であっても,業務上の事由による負傷等について,健康保険の保険給付はもとより,労働者災害補償保険法に基づく保険給付も受けられないという不均衡があることから,これを是正するため,当面の措置として,所定の場合に健康保険による保険給付の対象とすることを定めたものである。そうすると,本件通知が定める被保険者が5人未満であるという基準は,健康保険法3条3項1号が定める適用事業所の基準を念頭においたものであるといえる。そして,健康保険法3条3項1号が規定する常時5人以上の従業員を使用するとは,事業所に常時使用される者が5人以上であることを意味するものと解され(昭和18年4月5日保発第905号参照),常時とする趣旨が,過去を含めた一定期間の従業員数の平均値によって5人以上か否かを判断するというものとはいえない。そうすると,本件通知が要件として定める従業員の数についても,常時使用される者の数という観点から判断されるべきものと解するのが相当である。
もっとも,本件通知は,常時5人未満の従業員を使用する適用事業所とせず,被保険者が5人未満である適用事業所と定めているが,これは,被保険者が,適用事業所に常時使用される者に当たるといえること(臨時に使用される者や季節的業務に使用される者など,事業所に常時使用されない者は,被保険者から除かれている。健康保険法3条1項)を考慮したものであるとみることができ,基準としても簡明であって,合理性を有するものといえる(平成25年改正法により新設された健康保険法53条の2括弧書きも同様の定めをしている。なお,事業所に常時使用される者は,健康保険の被保険者に限られない(船員保険の被保険者が従業員として使用されていることもあり得る。)ことからすれば,5人未満の計算の対象を被保険者と定めることは,常時5人未満の従業員を使用する適用事業所と定めるよりも,健康保険による保護の対象がより広がり得るものといえる。)。
以上に述べたところに鑑みると,被保険者が5人未満であるか否かは,保険事故が発生した時点において,被保険者の人数が5人未満であるか否かを計算することを定めたものであると解するのが相当である。
これを本件についてみるに,前記前提事実のとおり,本件事故当時,本件会社の被保険者は5人であったのであるから,本件事故による原告の負傷については,本件通知が定める取扱いの対象とならず,これを前提としてされた本件不支給決定に裁量逸脱の違法があるとはいえない。
(4)

原告の主張について
原告は,本件通知の趣旨は,法人の代表者が健康保険及び労災保険のいずれの保険給付も受けられないという事態を回避するために,被保険者であることが明確な健康保険の給付を可能にする解釈適用を行うという点にあり,被保険者が4人か5人かで線引きすることに合理性はないから,本件通知が,法人の代表者等の業務遂行上の傷病に対する保険給付について,被保険者が5人未満であることを要件とすることは,健康保険法1条の解釈を誤り,保険給付の範囲を違法に制限するものである旨主張する。しかしながら,既に述べたとおり,本件通知は,そもそも,健康保険法1条の解釈を示したものではなく,被保険者の疾病又は負傷が業務外の事由に該当しない場合においても,健康保険による保険給付と実務上同様に取り扱うべき場合について内部的基準を設けたものであり,現物給付である療養の給付との関係では,療養の給付の不支給決定という職権の行使を差し控えるべき場合について定めたものであるといえる。そして,本件通知の趣旨は先に述べたとおりであるから,この点に関する原告の主張を採用することはできない。


また,原告は,本件通知には被保険者が5人未満であることの基準時を保険事故発生日に特定する記載はなく,本件通知は健康保険法1条の形式的適用によって生じる不合理な結果を回避するための措置を定めたものであるから,被保険者が5人未満であるか否かは,常態として被保険者が5人未満であるか否かによって判断すべきであり,本件会社の被保険者は,健康保険の適用から本件事故時までは平均4.37人,本件事故の直近1年間(平成23年8月から平成24年7月まで)は平均4.75人であったのであるから,常態としては被保険者が5人未満である旨主張する。
しかしながら,本件通知の趣旨は先において述べたとおりである。また,健康保険法3条3項1号が規定する常時5人以上の従業員を使用するとは,当該事業所に常時使用される者が5人以上であることを意味するものと解される上,被保険者が,適用事業所に常時使用される者に当たるといえることは先に述べたとおりであるから,この点に関する原告の主張を採用することはできない。
4
憲法14条及び25条違反をいう原告の主張について
(1)

原告は,本件事故のように,法人の代表者が一般の従業員と同様の労務
に従事している中で受傷した場合,労災保険の給付も健康保険の給付も受けられないという差別的な取扱いを受けることは不合理であり,健康保険法1条が,本件事故について原告に保険給付を否定しているとしか解釈できないのであれば,同条は,法の下の平等を定める憲法14条に反するというべきであり,また,本件事故に関し,健康保険に加入している原告に対して療養の給付の全額負担を強いることは,健康で文化的な生活を保障する憲法25条にも反する旨主張する。そこで,以下,この点について検討することとする。
(2)

健康保険制度は,憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保
障上の制度であるところ,同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は,立法府の広い裁量に委ねられており,それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。もっとも,同条の趣旨にこたえて制定された法令において受給権者の範囲,支給要件等につき何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをするときは別に憲法14条違反の問題を生じ得ることは否定し得ないところである(最高裁平成17年(行ツ)第246号同19年9月28日第二小法廷判決・民集61巻6号2345頁,最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。
(3)

この点,健康保険法は,労働者の業務外の事由による疾病又は負傷等に
関して保険給付を行い,もって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とし(1条),被保険者に係る保険給付については,療養の給付のほか,各種の手当金や療養費の支給等を定め(52条),その費用については,被保険者及び被保険者を使用する事業主が,それぞれ保険料額の2分の1ずつを負担することによって賄うものとしている(156条,161条)。そして,健康保険法は,適用事業所に使用される者を健康保険の被保険者としているところ(3条1項),労働基準法に規定する労働者のほか,法人の代表者についても,法人のために労務を提供する者については,健康保険の被保険者となるものと解することができる。
他方,労働者災害補償保険法は,業務上の事由又は通勤による労働者の負傷,疾病,障害,死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため,必要な保険給付を行うなどし,もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とし(1条),労働者に係る保険給付については,業務災害や通勤災害に関する保険給付等を定め(7条1項,12条の8,21条,26条),その費用については,徴収法の定めに委ね(30条),徴収法は事業主が保険料を負担することによって賄うものとしている(31条)。そして,法人の代表者等については,労働者災害補償保険法が保険給付の対象者として定める労働者に含まれないものと解される。このように,法人の代表者等は,健康保険法の被保険者となる一方で,労働者災害補償保険法の保険給付の対象者である労働者に含まれないため,法人の代表者等の業務上の負傷等については,健康保険及び労災保険のいずれの給付対象にもならない。これは,前記1でも述べたとおり,業務に関係のない日常生活上の負傷等については,労使折半の保険料で賄う健康保険の給付対象とすることが適当である一方,業務上の負傷等については,使用者側の責めに帰すべきであり,法人の代表者等が業務上の負傷等に係る費用を負担することが適当であるとの考えに出たものといえる。すなわち,労働者の業務上の事由による負傷等については,事業者の営利活動に伴って生じたものであるから,先にみたとおり,労災保険の費用は事業主が負担するものとされているところ,法人の代表者等の業務上の事由による負傷等に対する補償についても,事業者がその費用を負担するのが相当であり,労使折半の保険料で賄う健康保険の給付対象とすることは不適当との考えによるものである。また,法人の代表者等の負傷等について,健康保険及び労災保険のいずれの給付対象にもならないとしても,法人の代表者等は,使用する労働者と同様の業務に従事するか否かを自由に選択することができる地位にある上,当該業務に従事することによって負傷等をする可能性がある場合には,民間の役員傷害保険制度を利用することもできるのであるから,自らこれに備えておくことが可能である。そして,一定の規模以下の事業所の事業主については,労災保険の特別加入の申請を行うこともできるところである(労働者災害補償保険法33条1号,34条,労働者災害補償保険法施行規則46条の16参照)。
これらの事情からすれば,健康保険法及び労働者災害補償保険法が,法人の代表者等の業務上の事由による負傷等を保険給付の対象としていないことは,著しく合理性を欠くということはできず,労災保険を受給できる労働者との区別が何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いであるということもできない。
したがって,健康保険法1条は,憲法14条及び25条に違反しないというべきであるから,この点に関する原告の主張を採用することはできない。5
以上によれば,本件事故による原告の負傷は,健康保険法1条が規定する業務外の事由による疾病,負傷には該当せず,また,本件通知が定める保険給付の対象にも該当しないのであるから,本件療養の給付に関する本件不支給決定は適法というべきである。

第4

結論
以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第51部

裁判長裁判官

小林
裁判官

徳井
裁判官

堀内宏司真元城
別紙

法人の代表者等に対する健康保険の適用について

健康保険法(大正11年法律第70号。以下法という。)は,業務外の事由による疾病等に関して保険給付を行うこととされているため,業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病は,健康保険の給付対象とならない。一方,法人の代表者又は業務執行者(以下代表者等という。)は,原則として労働基準法(昭和22年法律第49号)上の労働者に該当しないため,労働者災害補償保険法(昭和22年法律第50号)に基づく保険給付も行われない。しかしながら,極めて小規模な事業所の法人の代表者等については,その事業の実態等を踏まえ,当面の措置として,下記のとおり取り扱うこととしたので,その実施に当たり遺憾のないよう取り扱われたい。
記1
健康保険の給付対象とする代表者等について
被保険者が5人未満である適用事業所に所属する法人の代表者等であって,一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者については,その者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関しても,健康保険による保険給付の対象とすること。

2
労災保険との関係について
法人の代表者等のうち,労働者災害補償保険法の特別加入をしている者及び労働基準法上の労働者の地位を併せ保有すると認められる者であって,これによりその者の業務遂行の過程において業務に起因して生じた傷病に関し労災保険による保険給付が行われてしかるべき者に対しては給付を行わないこと。このため,労働者災害補償保険法の特別加入をしている者及び法人の登記簿に代表者である旨の記載がない者の業務に起因して生じた傷病に関しては,労災保険による保険給付の請求をするよう指導すること。
3
傷病手当金について
業務遂行上の過程において業務に起因して生じた傷病については,法人の代表者等は,事業経営につき責任を負い,自らの報酬を決定すべき立場にあり,業務上の傷病について報酬の減額等を受けるべき立場にないことから,法第108条第1項の趣旨にかんがみ,傷病手当金を支給しないこと。

4
適用について
本通知は,本日以降に発生した傷病について適用すること。
以上

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