判例検索β > 平成26年(う)第522号
自動車運転過失傷害、保護責任者遺棄被告事件
事件番号平成26(う)522
事件名自動車運転過失傷害,保護責任者遺棄被告事件
裁判年月日平成27年8月6日
裁判所名・部大阪高等裁判所  第3刑事部
結果破棄自判
原審裁判所名大阪地方裁判所  堺支部
原審事件番号平成24(わ)298
裁判日:西暦2015-08-06
情報公開日2017-10-13 01:34:17
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平成27年8月6日宣告

大阪高等裁判所第3刑事部判決

平成26

自動車運転過失傷害,保護責任者遺棄被告事件

522号

主文
原判決中自動車運転過失傷害に関する部分を破棄する
被告人を罰金30万円に処する
その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
その余の本件控訴を棄却する。
理由
第1本件控訴の趣意等
本件控訴の趣意は,検察官德久正作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,弁護人秋田真志(主任)及び同高橋早苗共同作成の答弁書に,事実の取調べの結果に基づく弁論は,検察官河合文江及び同伊吹栄治共同作成の弁論要旨並びに上記弁護人両名共同作成の弁論要旨にそれぞれ記載のとおりであるから,
これらを引用する。
論旨は,以下のとおり,原判決の事実の誤認をいうものである。
1
まず,本件公訴事実は,要旨,被告人は,第1平成22年12月22日午後4時40分頃,堺市内の小学校敷地内の職員用駐車場に北向きに駐車していた普通乗用自動車(以下「被告人運転車両という。)に乗車し,同車を運転して,ハンドルを左に切りながら発進進行するに当たり,同車に乗車する前に,V(当時7歳。以下被害者という。)が自車左前方の通路北側端付近に北向きにしゃがみ込んでいるのを認めていたのであるから,同児の動静を十分注視し,その安全を確認しながら発進進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,自車の左側の駐車車両に気を奪われ,同児の動静を注視せず,その安全を確認しないまま,漫然とハンドルを左に切りながら発進進行した過失により,上記のとおりしゃがみ込んでいた同児に自車前部を衝突させ,同児を同通路北側の水溜まりとなった地面に転倒させるなどし,
よって,
同児に加療約5日間を要する腹部打撲・擦過創,
骨盤部打撲・擦過創等の傷害を負わせ(自動車運転過失傷害

第2

前記日時場

所において,前記事故を起こしたことにより,被害者が前記傷害を負い,自力歩行ができない状態になっているのを認めた上,同児は被告人が教員を務める上記小学校の生徒であり,かつ,当時,付近にはほかに人がいなかったのであるから,同児を保護すべき責任があるのに,同児を,その両脇を抱えて同事故現場から約34.5m離れた校舎西側出入口まで引きずって行き,同所に同児を置き去りにし,もって,
幼年者かつ病者である同児を遺棄した
(保護責任者遺棄)というものである。

2原判決は,要旨,以下のように判断して,被告人に無罪を言い渡した。まず,被害者は,腰付近を被告人運転車両に衝突され,倒れたところ,腹部の付近を轢かれたなどと供述する
(原審甲1。
以下,
被害者の供述を
被害者供述
という。)が,事故後に前記校舎西側出入口付近で被害者の対応に当たったケアワーカーのH(以下Hという。)は,被害者の言葉を背中の上を轢かれたと理解したと証言しており(以下,Hの原審公判証言をH供述という。),轢過された体の部位という重要部分について齟齬がみられる。また,H供述によれば,直前まで校庭で元気に遊んでいた被害者が,全身ずぶ濡れで,髪や顔に泥がつき,腰が痛い,骨が折れてたらどうしようと泣きながら言っており,上着をめくると,背中から腹にかけて赤い帯状の擦り傷様の怪我が見受けられ,少し脱糞もしていた,というのであるが,被害者の着衣や身体にタイヤ痕が印象されていたなどの事情はうかがわれず,H供述にある被害者の様子から,自動車に轢過されたことまで推認することはできない。
被告人運転車両の車底部に認められる5つの痕跡のうち,3つの痕跡が1年10か月後にも残存していたことからは,本件事故発生時に印象されたと断定することはできないし,オイルパンの痕跡がその後方にのみあるのは,被害者を前方から轢過したという検察官主張の事故態様からは不自然である。また,クロスバンパー部に見られる複数の痕跡は,異なる方向から印象されたものであり,検察官主張の事故態様からは説明が困難であるし,その痕跡が布目痕であることも客観的には裏付けられていない。さらに,右側ロッカーパネルの痕跡は,検察官主張の事故態様により生じたものとすると,被害者の身体や衣服に重篤な切創ないし損傷が生じる可能性が高いことからも,上記各痕跡は,被告人の車両が被害者を轢過したことを何ら裏付けるものとはいえない。
本件事故当日の夕方に被害者を診察したS医師(以下S医師という。)は,被害者の創傷につき,
腹部打撲,擦過創,骨盤部打撲,擦過創,右肘擦過創,左前腕擦過創,右大腿打撲擦過創で,受傷から約5日間の局所安静,創傷処置が必要であると診断しており,その受傷の機序については,タイヤによって轢過されたとすれば,臓器損傷などのより重篤な傷害が生じると思われるとして,①自動車が被害者の衣服に引っかかって引きずられたか,②タイヤは乗らないものの車体の下に被害者が入り込み,被害者が地面の上を転がるような形で外力が加わったかした可能性を指摘する。しかし,①は被害者の供述に反するし,②はダミー人形による検証結果(原審甲20)に照らし,大いに疑問が残り,少なくとも,当時の現場の状況が不明である以上,積極的に肯定することもできない。
他方,事故当時に撮影された被害者の傷害の写真(原審甲4)からうかがわれる所見について,法医学者であるT医師(以下T医師という。)は,被害者の腹部のへその下付近には伸展創(裂創)が認められ,また,腰部の左側が濃く,右側が薄い傷害が見られることにも照らすと,被害者の左側から轢過されて強圧されることによって伸展創ができ,その後転がり摩擦によって円滑に車輪が地面に下りたということと矛盾しないし,被害者が7歳と幼く,臓器がまだ未成熟で腹腔内に余裕があること,子供の身体が柔軟性に富んでいること,路面がぬかるんでいたことなどから,稀なケースであるが,内臓器に損傷がないこともあり得る旨述べる(以下T意見という。)のに対し,同じくY医師(以下Y医師という。)は,被害者の腹部,腰部の表皮剥脱,変色帯や紅斑は,擦過によって生じたもので,表皮剥脱が見られるから,
腹部の創傷は伸展創ではなく,
蒼白部も見受けられないし,
血管の損傷をうかがわせる所見もないから,被害者の腹部をタイヤが轢過したということは考えにくい旨述べている(以下Y意見という。)。このように,専門家の間で受傷の機序について見解が分かれているから,被害者の傷害状況をもって自動車による轢過を裏付けるものというには合理的な疑いの余地がある。また,T意見が伸展創の根拠とする伸展創上部の蒼白部は,上記写真やY医師の原審公判証言からは見受けられないし,血管の損傷をうかがわせる所見がない以上,蒼白部が残ることは考えにくいとするY意見の方が一般常識にかなう。S医師も,上記のとおり診断し,裂創が見られるとはしていないから,Y意見に整合的であり,T意見よりもY意見の方が説得力がある。また,T意見のいう前提条件(水溜まりの位置や深さ,被害者の身体の大きさ等)の存在を検察官は具体的に立証できていないから,
T意見の仮説が是認できるかを検証することもできず,
T意見は信用できない。
以上の事実関係を総合すると,被告人が被害者の傷害に何らかの寄与をした疑いがあることは否定できないとはいえ(もっとも,疑いと言っても,被害者供述以外に,被告人運転車両が被害者に接触したと認めるに足りる証拠もなく,同車が被害者に衝突するなどしたとさえ推認することはできない。),被害者の傷害の機序は不明であり,自動車で轢過したとの推認は困難であって,被告人運転車両に轢過されたという被害者供述の重要部分を裏付け,その信用性を高めるものとはいえず,本件訴訟で攻防の対象となった轢過事故の存否という観点からは,検察官が合理的な疑いを超える立証をしたとはいえないのであって,自動車運転過失傷害の公訴事実については無罪を宣告するほかない。
保護責任者遺棄の公訴事実についてみても,自動車運転過失傷害の事実が認定できない以上,先行行為に基づいて,被告人が被害者を保護する責任があるとはいえないし,同じ小学校の教師と児童という関係のみで,面識のない被害者を保護する法的な責任を生じさせるものではなく,被告人が他者の保護を困難ならしめるような状態で引受をしたような事情もない。結局,保護責任者遺棄についても,検察官が合理的な疑いを超える公訴事実の立証を行ったとは認められない。3
以上の原判決に対し,論旨は,要するに,本件の直接証拠である被害者供述は,客観証拠等の他の証拠関係とも整合していることなどから十分信用でき,この被害者供述から,
被告人運転車両が被害者に衝突して轢過したことが優に認められ,また,その余の証拠から認められる間接事実は,被害者供述の信用性を裏付けるとともに,それ自体でも,被告人運転車両が被告人に衝突して轢過したことを十分推認させるものであり,被告人の供述からも,自車が被害者に衝突するなどした事実とその認識を推認できるのであって,これらを総合すれば,被告人に本件公訴事実記載の各犯罪が成立することは明らかであるのに,原判決は,何ら証拠に基づかない推測あるいは思い込みなどから,被害者供述の信用性を否定し,間接事実の有する証明力の評価を誤るなどして,本件公訴事実記載の各犯罪の成立は認められないとして,被告人に無罪を言い渡したものであり,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というものである。
もっとも,
検察官は,
平成27年3月25日付け意見書
(1枚のもの)
において,
被害者の傷害発生の機序に関する上記主張について,本件傷害は,公訴事実記載のとおり,被告人が,しゃがみ込んだ被害者に自車前部を衝突させ,同児を同通路北側の水溜まりとなった地面に転倒させるなどしたことにより発生したものであり,いわゆる轢過,轢圧いずれの可能性も排除しない。とその主張を改めている。なお,検察官は,被告人運転車両のタイヤが被害者の身体の上に乗り上げる事故態様を轢過,被告人運転車両のタイヤではなく,その車底部のみが被害者の身体の上に乗り上げる事故態様を轢圧と表現することから,以下,検察官のこの用語例によることとする。
第2控訴趣意に対する判断
そこで,
原審記録を調査し,
当審における事実取調べの結果も併せて検討すると,
本件公訴事実のうち,
自動車運転過失傷害の点については,
その日時場所において,
被告人運転車両が被害者の腰部に衝突し,被害者にそれに伴う傷害を負わせたことは認められるが,衝突後の事故態様及びそれと傷害との因果関係を認定するに足りる立証があったとはいえず,また,保護責任者遺棄の点については,被告人による遺棄の事実があったと認めることもできない。したがって,論旨は,自動車運転過失傷害の点については,上記の限りで理由があり,他方,保護責任者遺棄の点については,理由がない。
その理由は,以下のとおりである。
1事実経過の概要
関係各証拠によれば,本件の事実経過及び現場の状況等として,おおむね,以下の事実が認められる。すなわち,
平成22年12月22日当時,被告人は,前記小学校の教員であり,被害者は,同校の2年生に在籍する児童で,当日は,授業終了後,同校の空き教室を利用した学童保育施設(のびのびルーム)に預けられていた。
被告人は,同日午後4時40分頃,帰宅するため,同校校舎敷地内の土面の職員用駐車場に北向きに駐車させていた被告人運転車両(トヨタプリウス)に乗ろうとした際,同車のすぐ前方(北方)に東西方向に設けられた幅約3mの舗装通路の北端付近にしゃがみ,同通路北側の土面にできた水溜まりをのぞき込んでいる被害者を認め,同児に水溜まりで遊んでいるのと一声かけてから同車に乗り込んだが(ただし,被害者と被告人運転車両との東西方向の位置関係については争いがある。),同車に乗り込んだ後は,被害者の動静を確認しなかった。なお,同通路北側の土面は舗装通路よりも若干低くなっており,その間には段差があった。被告人は,ハンドルを左に切りながら被告人運転車両を発進進行させたところ,被害者のわーんという叫び声を聞き,同車を停止させて降車すると,被害者は,前記水溜まり内に落ちていた(その際の姿勢について,被害者は,横向きに倒れていたと供述し,被告人は,両足を伸ばし座った状態で,北の方を向いていたと供述している。)。被告人は,上下服が濡れ,泥も付いており,立ち上がれない状態の被害者の両脇を抱えて,約34.5m離れた前記学童保育施設の入り口である校舎西側出入口付近まで引きずって行き,同施設職員に声をかけるなどすることなくその場に放置し,再び被告人運転車両に乗って走り去った。
被害者は,間もなく前記出入口から校舎内に数m入った前記学童保育施設のある空き教室前の廊下付近で同施設職員に発見された。連絡を受けた同施設職員のHが駆け付けたところ,被害者は,全身ずぶ濡れで,髪や顔に泥がついており,車に轢かれた,腰が痛い,骨が折れてたらどうしようと泣きながら言い,着替えのため服を脱がせると,背中から腹部中央付近にかけて赤い帯状の擦り傷様の怪我があり,少し脱糞していた。
被害者は,堺市内の病院へ搬送されて当日夕方にS医師の診察を受け,腹部打撲,擦過創,骨盤部打撲,擦過創,右肘擦過創,左前腕擦過創,右大腿部打撲,擦過創の傷害を負っており,受傷日から約5日間の局所安静,創傷処置が必要であると診断された。被害者の腹部及び腰部の打撲・擦過創は,主に体幹の周囲を広く巻くように生じていた。
2衝突について
以上の事実関係を前提に,まず,被告人運転車両が被害者に衝突した事実の有無について検討するに,原判決は,前記のとおり,被害者供述以外に被告人運転車両が被害者に接触したと認めるに足りる証拠はなく,被告人運転車両が被害者に衝突するなどしたとさえ推認することはできないとしたが,この認定判断は是認することができない。
すなわち,被害者は,事故の態様について,車に轢かれた,最初はちょっとぶつかって,それから倒れておなか轢かれたと供述し,検察官から衝突部位について聞かれて,ここと臀部の上を手の平で触り,そこに車がぶつかりましたかと聞かれ,はいと答えているところ(原審甲1),この被害者供述は,前記1で認定した事実経過,とりわけ,事故前に,被害者が被告人運転車両の進行経路付近におり,事故直後に,被害者が,Hに,
車に轢かれた,
腰が痛い,
骨が折れてたらどうしようと泣きながら言っていたこと,被害者の骨盤部に打撲・擦過創が認められたこと,
さらに,
S証言にあるように,
S医師の診察時にも,
被害者は,
水たまりで遊んでいたら突然,何かがどんと当たったような感じがしたと説明していたことによっても,
客観的に裏付けられている。
そして,
事故直後,
H等の学童保育施設職員が,ずぶ濡れの状態で校舎内の廊下にいた被害者に対し,車に轢かれたのかとか,衝突されたのかといった誘導的な質問をするとは考えられないし,
少なくとも被告人運転車両が被害者に衝突したとの被害者供述については,その信用性に疑問を生じさせる事情は何ら存しない。もっとも,被害者は,事故の直後から,車に轢かれたと述べているところ,後に判示するように,被害者が被告人運転車両に轢過又は轢圧されたとまでは認められないが,人身事故を起こして逃走する事案が事故態様を問わず広く轢き逃げと呼ばれるように,車に轢かれるという言葉は,必ずしも車両が身体の上を通過する態様の事故のみを意味するとは限らず,まして当時7歳の被害者がそのような事故態様に限定する趣旨で車に轢かれたと供述したとみることは困難である。加えて,被告人の供述によっても,被告人運転車両の発進前には舗装通路にしゃがみ込んで水溜まりを見ており変わった様子のなかった被害者が,同車が近くを通過するや,わーんと叫び声を上げて水溜まり内に座っていたというのであるから,以上の証拠ないし事実関係に照らせば,被告人運転車両の前部ないし右前角部付近が,しゃがみ込んでいた被害者の背後からその腰部に衝突し,その結果,被害者は水溜まり内に転倒したと認めるのが合理的である。
これに対し,弁護人は,被告人運転車両が被害者に衝突したならば,同車にそれに見合う凹損その他の痕跡が認められるはずであると主張するが,同車は,発進後間もない段階で,ハンドルを左に切りながら進行しており,進路前方には,土面と舗装通路との間の段差や土面上の水溜まりがあったことも考慮すると,徐行していたとも考えられるのであり,同車の車体に衝突に伴う痕跡が残らなくても不自然ではない。
したがって,原判決において,被害者が被告人運転車両に衝突された事実を認定できないとした判断は,論理則,経験則等に照らして不合理というほかなく,事実を誤認したものというべきであり,被害者は被告人運転車両に背後から衝突されたと認められる。
3轢過について
次に,轢過の有無について検討する。
この点,検察官は,被害者が被告人運転車両に衝突された後の事故の状況について,本件の直接証拠である被害者供述は,車に轢かれたと述べるもので,客観証拠等の他の証拠関係とも整合していることなどから,十分に信用することができ,この被害者供述から,被告人運転車両が被害者に衝突して轢過したことが優に認められるばかりか,その余の証拠から認められるところの,①被害者の傷害は自動車のタイヤで轢過されたことにより生じたものとみるのが相当であること,②被害者は,被告人が車を発進させる直前までは元気に遊んでいたのに,その直後には負傷していること,③被害者は,被害の前後に被告人運転車両の経路上又は経路間近におり,被告人運転車両以外に,被害者に傷害を与える原因となり得るものはなかったこと,という間接事実は,被害者供述の信用性を裏付けるとともに,それ自体でも,被告人運転車両が被告人に衝突して轢過したことを十分推認させるものであって,これらを総合すれば,上記轢過の事実が認められる旨主張する。そこでまず,
被害者供述から轢過の事実を認定できるかについて検討すると,
被害者は,水溜まりを見てしゃがんでた,車に轢かれた,最初はちょっとぶつかって,それから倒れておなか轢かれた,苦しくて,おなかの辺りが押された感じがした等と述べているところ(原審甲1),このような被害者供述のうち,被害者が被告人運転車両に衝突されたとする点について信用できることは,前判示のとおりである。
しかし,前認定の被告人運転車両の走行状況からすれば,仮に被告人運転車両が被害者を轢過したとすれば,右前輪によるものと考えられ,検察官も右前輪による轢過を想定していると解されるところ,
被告人運転車両の車両重量は1250kg,
前軸重は750kgに及び(原審甲16),しかも,運転席には被告人が乗車しており,実際の重量はこれらを上回っていたと考えられる。そして,当裁判所の後記求釈明に基づき実施された実況見分の結果によれば,体重53kgの運転手を乗車させた被告人運転車両と同一型式の車両の右前輪が,厚み最大値7.5cmの土嚢を乗せた荷重計に乗り上げた場合の荷重は,静止時には約453kg,時速4km(クリープ走行)及び時速10kmの各走行時には共に約522kgであったと認められるのである(当審検18)。もとより,検察官主張のように,この数値は種々の条件によって上下し得るものであるが,検察官は,事故態様や水溜まりの状況等を踏まえた荷重に関する立証を求めた当裁判所の後記求釈明に対し,上記の実況見分調書を提出し,それ以上の立証はしないと明言しているのであるから,被害者が腹部を轢過されたとした場合,本件の証拠関係を前提とする限り,被害者の腹部には,少なくとも上記約453kgを大きく下回ることのない荷重が加わったものと認定するほかはない。そして,このような荷重が掛かれば,上記のように,被害者が,苦しくて,おなかの辺りが押された感じがしたという程度の感覚を抱くにとどまることは,
およそ考え難いところである。
そうすると,
被害者供述について,
被告人運転車両に轢過された事実を述べるものと理解することは相当でない。次に,検察官が主張する間接事実のうち,①被害者の傷害は自動車のタイヤで轢過されたことにより生じたものとみるのが相当であるとの主張についてみると,前判示のように,被害者が被告人運転車両の右前輪タイヤで轢過されたとすれば,被害者の腹部に少なくとも約453kgを大きく下回ることのない荷重が加わったと認定せざるを得ないから,法医学者であるT医師の意見にかかわらず,被害者の傷害が前記のような加療約5日間という軽いものにとどまることは,経験則上あり得ないといわなければならない。
また,検察官指摘の,②被害者は,被告人が車を発進させる直前まで元気に遊んでいたが,その直後に負傷していること,③被害者は,被害前後に被告人運転車両の経路上又は経路間近におり,被告人運転車両以外に,被害者に傷害を与える原因となり得るものはなかったことといった間接事実についてみても,これらは,あくまで,被害者が傷害を負ったのは,被告人が被告人運転車両を発進させた後,被告人が被害者の叫び声を聞いて停車するまでの間であったことをうかがわせるに
ついて,
被害者が被告人運転車両に轢過されたことまで裏付けるものとはいえない。以上のとおり,本件証拠関係の下では,被害者が被告人運転車両に轢過されたとの事実を認めることはできず,この点に関する検察官の主張は理由がない。4轢圧について
そこで,
轢圧の有無について検討するに,
検察官は,
当審における公判進行中に,
前記意見書において,新たに,被害者が被告人運転車両に衝突された後の事故の状況について,被害者が被告人運転車両に轢圧された可能性もあり得る旨主張し,その立証のための事実取調べ請求をするに至った(当審検16,19,Aに対する証人尋問)。
しかしながら,検察官による新たな事実取調べ請求は,

で指摘する本件の

審理経過に照らせば,原審における主張や立証及び検察官の控訴趣意,更には,当裁判所による求釈明の趣旨からも逸脱するものであって,原審において証拠調べを請求しなかったことにやむを得ない事由があるとは認められず,しかも,控訴審における公判が開始された後に,検察官によるこのような事実取調べ請求を新たに許すことは,審理の更なる長期化を招き,弁護人に新たな防御のための弁護活動を強い,被告人にも無用な負担を課するものであって,信義則にも反するというほかないから,許されないというべきである。
そのため,当裁判所は,検察官からの上記新たな事実取調べ請求をいずれも却下し,その結果,轢圧の事実について,合理的な疑いを超えて認めるに足りる証拠はないこととなり,同事実は認められないとの結論に達した。
その理由は,以下のとおりである。
本件の審理経過について
ア原審における審理経過
起訴状記載の公訴事実は,事故の態様について,前記のとおり,しゃがみ込んでいた被害者に被告人運転車両前部を衝突させ,被害者を前記舗装通路北側の水溜まりとなった地面に転倒させるなどした旨を記載するもので,衝突後の事故態様が轢過か轢圧かについては全く特定していなかった。
その後,原審検察官は,冒頭陳述において,

被害者を轢過し,公訴事実第1記載の犯行に及んだ。被告人は,自車のタイヤが何かに乗り上げ,その後に落ち込んだことを感じた。

と述べて,轢過を初めて主張し,その後,轢過の意義に関する弁護人からの求釈明に答えて,平成24年10月11日付け回答書において,被害者を轢過したとは,被告人車両が被害者の体の上を通過したという趣旨であり,

被告人車両のタイヤが被害者の体の上に乗り上げたという事実を主張するものではない。

と主張し,次いで,平成25年1月8日付け意見書では,

被告人車両のタイヤが被害者の体の上に乗り上げていないという事実の主張に限定する趣旨ではない。

と主張した。しかし,原審検察官は,その立証としては,実況見分調書(原審甲20)により,被告人運転車両と同一型式の車両の車底に被害者を模したダミー人形を進入させたところ途中で押し込めなくなったという事実を立証したほか,自ら証人尋問請求したS医師が,被害者は,轢過されたものではなく,車体が服に引っかかって被害者が引きずられた可能性や,被害者が車体の下で地面の上を転がった可能性を指摘したところ,
T医師の証人尋問を請求し,
被害者に生じた創傷は伸展創であり,
被害者の左側からタイヤで轢過されて強圧されたことと矛盾しない旨の証言を得るとともに,伸展創であることを否定する趣旨の弁護人請求のY医師に対しては,その証言の信用性を弾劾する反対尋問を行っている。
そして,原審検察官は,上記の立証を踏まえて,論告において,事故態様や被害者の傷害の成因に関するY意見の信用性を否定し,被害者供述やT意見が信用できるとして,本件の事故態様について,被害者が被告人運転車両のタイヤで轢過されたことを前提とするような事実主張をした。
イ当審における審理経過
検察官は,控訴趣意書において,被害者供述等から,被告人運転車両が被害者に衝突して轢過したことが優に認められるとした上(2頁),轢過の意義に関して,被害者の傷害は自動車のタイヤで轢過されたことにより生じたものとみるのが相当である(7頁以下)とか,転倒した被害者の身体の上を被告人運転車両のタイヤが轢過した事実を優に認定できるとし(19頁),これを否定する原判決を論難する
(23頁以下)
などしているのであり,
検察官が,
本件事故の態様として,
狭義の轢過を主張していたことは明らかである。
これに対し,当裁判所は,前判示のように,被告人運転車両が被害者に衝突した事実は原審で取り調べられた証拠からも明らかであるところ,被害者の創傷が比較的軽微であり,タイヤによる轢過によって生じ得るかについて疑問が残ることから,証拠上認定できる現場の状況,特に前記舗装通路と土面との段差や被害者が転落した水溜まりの深さ,ぬかるみの状況次第では,上記疑問が解明されるのではないかとの問題意識から,検察官に対し,平成26年9月18日付けで,裁判所が想定した事故態様,水溜まりの状況,被害者の体格及び被告人運転車両の進行経路や右前輪の動線を前提とする被害者の腹部付近に掛かる荷重の程度,さらに,上記事故態様,
被害者の身長,
体重及び年齢並びに上記荷重の程度を前提とした場合の,
被害者の腹部付近に生じることが想定される傷害の内容及び程度と,実際に生じた傷害結果との関係について,釈明を求めるとともに,当事者双方に対し,上記事故態様によって被害者に実際に生じたような傷害が生じることの可否について,主張・立証を求めたものである。
これを受けて,検察官は,補充捜査を進めて,同年10月30日に,犯行現場状況を立証趣旨とする実況見分調書(当審検6)等の事実取調べ請求をしたが,その立証事項は,

犯行現場で被害者が被告人運転車両と衝突後に入り込んだ水溜りの深さは,約5.5cmないし11cmであったと推定される。

というものであり,平成27年1月21日には,轢圧の場合の犯行車両の軌道と被害者の位置関係を立証趣旨とする実況見分調書(当審検16)等の取調べを請求した。その具体的な立証事項は,①被告人運転車両と同型の車両に体重約76kgの運転手を乗せ,②着衣状態での胸部前後最大距離約17.4cm,同腹部厚径約17.7cmのダミー人形を用いて,③水溜まりの深さを約7cmとし,被告人の指示説明地点を基に被告人運転車両の出発地点と最終停止地点を再現して再現実験を行ったところ,ダミー人形は実験車両のタイヤに轢過されることなく,その臀部から腰部付近が実験車両底部に接触・轢圧される軌跡が存在した。同様に,①の車両と②のダミー人形を用いて,③水溜りの深さを約11cmとし,被害者の指示説明地点を基に被告人運転車両の出発地点と最終停止地点を再現して再現実験を行ったところ,ダミー人形は実験車両のタイヤに轢過されることなく,そのふくらはぎ,太もも,臀部付近が実験車両底部に接触・轢圧される軌跡が存在した。というものである。
そして,検察官は,同年3月25日付け前記意見書において,上記補充捜査の結果,被告人運転車両のタイヤが被害者の身体を轢過した場合のみならず,被告人運転車両の車底が被害者の身体に接触する,いわゆる轢圧の態様により被害者が本件傷害を負った可能性が十分あることが認められるに至ったとして,本件傷害発生の機序について,本件傷害は,公訴事実記載のとおり,被告人が,しゃがみ込んでいた被害者に自車前部を衝突させ,同児を同通路北側の水溜りとなった地面に転倒させるなどしたことにより発生したものであり,いわゆる轢過,轢圧いずれの可能性も排除しないと新たに主張するに至ったものである。なお,検察官は,同年5月21日の当審第3回公判期日において,轢過,轢圧に関して現在請求している以上の立証はない旨述べている。
原審で証拠調べ請求をしなかったことに関するやむを得ない事由について以上の審理経過からすれば,原審検察官は,本件の事故態様について,被害者が被告人運転車両のタイヤにより轢過されたとの想定の下に,捜査を行い,公判でも主張・立証を行う一方,轢圧については,その可能性を否定する趣旨の実況見分調書(原審甲20)の取調べまで請求するなどしているのであり,轢圧の可能性について,原審で証拠調べ請求をしなかったことに関するやむを得ない事由があったとは,到底認められない。
轢圧に関する立証の許容性について
検察官は,
前記のように,
当裁判所による求釈明に応じて補充捜査を行った結果,
轢圧の可能性を新たに主張して,その主張を裏付けるべき新たな事実取調べ請求をしたのであるから,その立証を許せば,轢圧の事実が証明される可能性も否定することはできない。
しかし,検察官による轢圧の主張を裏付けるべき事実取調べ請求は,本件の審理経過から明らかなとおり,
原審における主張や立証及び検察官の控訴趣意,
更には,
当裁判所による求釈明の趣旨からも逸脱するものというほかない。しかも,弁護人は,轢圧の可能性について,平成27年4月23日付け意見書において,検察官が当審で取調べを請求した実況見分調書(当審検16)は,被害者が横臥するまでの機序,すなわち,衝突から転倒に至る経緯,さらに,車両の下に身体が進入するまでの経緯を何ら説明していないとか,ダミー人形を横臥させた位置が,被害者供述や検察官の主張とも整合しない恣意的な場所であるとか,専門家に意見を求めたところ,しゃがみ込んでいる被害者に被告人運転車両が右後方から衝突した場合,被害者が上記実況見分における再現のような位置に横臥することはなく,車両が被害者の身体の上を通ることもあり得ないとの意見を得たとか,仮に被害者の身体が車両下部によって圧迫された場合に生じるはずの払拭痕や被害者の傷害が,実際の痕跡や創傷と整合するかどうかについても何も説明していない,といった主張をしているところ,これらの主張には,それぞれに相応の理由があると考えられるから,これらの点を全て解明しようとすれば,検察官から,更なる事実取調べ請求を行い,弁護人から,この検察官立証に対する反証を行うことは不可避であって,
これらの攻撃防御に相当の日時を要することは明らかである。
ところが,
検察官は,当審第3回公判期日において,轢過,轢圧に関し現在請求している以上の立証はない旨明言しているのである。
そうすると,検察官による轢圧の主張を裏付けるべき事実取調べ請求は,原審における主張や立証及び検察官の控訴趣意,更には当裁判所による求釈明の趣旨からも逸脱するものであり,しかも,検察官が請求済みの事実取調べだけでは,轢圧の有無を解明することは困難であることが見込まれるところ,検察官に対し,轢圧に関する主張・立証を尽くすことを許すことになれば,審理の更なる長期化を招き,弁護人に新たな防御のための弁護活動を強い,被告人にも無用な負担を課することになるから,信義則に反して許されないというべきである。
以上のとおり,検察官からの轢圧の可能性を立証するための前記新たな事実取調べ請求は,原審で証拠調べ請求をしなかったことにやむを得ない事由があったとは認められず,しかも,従来の審理経過に照らし,信義則に反するというべきであることから,当裁判所は,これらをいずれも却下したものである。そして,その結果,原審及び当審で取り調べた関係各証拠を検討しても,轢圧の可能性については,なお合理的な疑いが残るのであり,同事実は認められないというほかはない。5被害者の傷害と本件事故との因果関係について
以上みてきたとおり,本件事故の態様として,証拠上,被告人運転車両が被害者に衝突したことまでは認められるところ,その態様は,前認定のように,しゃがみ込んでいた当時7歳の被害者の背後から,車両重量1250kgの被告人運転車両の前部ないし右前角部付近が,その発進した直後に,被害者の臀部の上付近に衝突したというもので,衝突部位である被害者の腰付近に打撲を生じさせるに足りる衝撃を与えたことは明らかである。そして,事故後被害者に認められた骨盤部の打撲は,上記衝突部位に合致するもので,被告人運転車両の衝突によって生じたこと,すなわち,本件事故との因果関係が認められる。
もっとも,被害者には,事故後,加療約5日間の腹部打撲,擦過創,骨盤部打撲,擦過創,右肘擦過創,左前腕擦過創,右大腿打撲擦過創が認められる上,前判示のとおり,その全ての機序について,立証がなされたとはいえず,証拠上解明されていない負傷原因があって,
それが骨盤部にも作用した可能性は否定できないものの,
上記のとおり,骨盤部の打撲は,被告人運転車両の衝突部位に合致し,その衝突に伴う衝撃によって生じ得るものであるから,他の負傷原因の存在は,骨盤部の打撲を増悪させた可能性を示すにとどまり,被告人運転車両の衝突と骨盤部の打撲との因果関係に合理的な疑いを生じさせるものとはいえない。
したがって,被告人については,本件公訴事実の第1中,同児を同通路北側の水溜まりとなった地面に転倒させるなどしとあるのを削除し,同児に加療約5日間を要する腹部打撲・擦過創,骨盤部打撲・擦過創等の傷害を負わせとあるのを同児に全治期間不詳の骨盤部打撲の傷害を負わせと改めるほかは,同公訴事実にある自動車運転過失傷害の事実を認めることができる。
6保護責任者遺棄について
次に,保護責任者遺棄の点について検討すると,原判決は,自動車運転過失傷害の事実が認定できないとして,被告人の被害者に対する保護責任を否定して,保護責任者遺棄罪の成立を否定したものであるが,前認定のとおり,被告人については,被害者に対する自動車運転過失傷害の事実が認められるから,自らの過失で負傷させた当時7歳の被害者に対する保護責任を負うことは明らかである。そこで,以下,被告人の行為が刑法218条にいう遺棄に当たるか否かにつき検討する。

まず,事故後の被害者の状況についてみるに,被害者供述及びH供述等によ
れば,被害者は,被告人から声を掛けられても立ち上がることができず,被告人に両脇を抱えられて校舎西側出入口付近までの約34.5mを引きずって行かれ,濡れた衣服のまま放置された後,同出入口から前記学童保育施設のある空き教室前まで数m廊下を這っていったと認められるのであり,事故に伴う衝撃により起立・歩行できない状態であったことは明らかである。この点,被告人は,水溜まりにはまるなどした低学年の児童が自分から立とうとしないことは,教員経験に照らして珍しくない旨供述するが(原審公判供述及び陳述書(原審弁書1)),自らが教員であるのに,被害者の様子を見極めようとすることもなく,被害者を約34.5mも離れた上記出入口付近まで引きずって行ってそのまま放置したという行動に照らして,被告人は,被害者が衝突に伴う衝撃により起立・歩行できない状態にあったことを認識していたと考えられる。
もっとも,被害者は,堺市内の病院へ搬送された後は,カルテにおいて,活気あり歩行も可能になるとされるような状態にあり,腹部を自動車に轢かれた疑いがあるとして経過観察のため入院することになったものの,結局,骨折や臓器損傷等は生じておらず,腹部打撲,擦過創,骨盤部打撲,擦過創,右肘擦過創,左前腕擦過創,右大腿打撲擦過創により,受傷日から約5日間の局所安静及び創傷処置が必要であると診断されるにとどまっている(前判示のとおり,このうち骨盤部打撲についてのみ被告人の行為との因果関係が認められ,
その全治期間は不詳である。。

このように,被害者の容態は比較的軽微であったといえる。

次に,被告人の行為の危険性についてみると,被告人が被害者を引きずって
行って放置した校舎西側出入口は,学童保育施設に利用されていた前記空き教室と運動場との移動経路上にあって,運動場にいた児童らが上記施設に戻ることが予定されていたのは,午後5時10分頃,すなわち,本件の約30分後であり,その間には,教員等の通ることが期待できない状況にあったから(H供述,原審甲7),そのような場所に被害者を放置した被告人の行為は,被害者の生命・身体の安全に配慮しない無責任で極めて不適切なものというほかない。
もっとも,被害者が学童保育施設職員に発見された経緯は,被害者が述べるように,廊下を手で進んで,みんなが遊んでるドアのところまで行って,そしたら,先生が見つけてくれてというものであったところ(原審甲1),上記出入口から上記空き教室まではわずか数mの距離であり,実際に被害者は放置されてから間もなく学童保育施設職員に発見されて保護されているのである。そうすると,上記出入口付近まで被害者を引きずって行って放置した被告人の行為は,被害者の当時の容態が比較的軽微であったことも考慮すると,それだけでは,被害者の生命・身体に直ちに具体的な危険を生じさせ得るものとは認め難いというべきである。そして,遺棄罪における遺棄とは,対象者の生命・身体に具体的な危険を生じさせるに足りる行為であることを要すると解すべきところ,被告人が被害者を前記校舎西側出入口付近まで引きずって行って放置した行為は,前判示のように,
被害者の傷害の程度や,被害者が放置されたのが学童保育施設職員から容易に発見されて保護され得る場所であったことにも照らすと,
それだけでは,
被害者の生命・
身体に直ちに具体的な危険を生じさせ得るものとは認め難く,保護責任者遺棄罪にいう遺棄には当たらないというべきである。したがって,保護責任者遺棄罪の成立を否定した原判決の前記判断は,結論において正当である。
7まとめ
以上の次第で,原判決のうち,自動車運転過失傷害の点につき無罪を言い渡した部分については,被告人運転車両と被害者との衝突及びこれに起因する傷害の発生を否定した点において,事実を誤認したものであり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,論旨はその限りで理由があり,破棄を免れないのに対し,保護責任者遺棄の点につき無罪を言い渡した部分についての論旨は理由がない。よって,原判決中,自動車運転過失傷害に関する部分については,刑訴法397条1項,382条によりこれを破棄して,同法400条ただし書により更に判決することとし,その余の部分については,同法396条により本件控訴を棄却することとする。
第3自判
(罪となるべき事実)
被告人は,平成22年12月22日午後4時40分頃,堺市a区b丁c番d号所在の堺市立Z小学校校舎敷地内の職員用駐車場に北向きに駐車していた普通乗用自動車に乗車し,
同車を運転して,
ハンドルを左に切りながら発進進行するに当たり,
同車に乗車する前に,V(当時7歳)が自車左前方の通路北側端付近に北向きにしゃがみ込んでいるのを認めていたのであるから,同児の動静を十分注視し,その安全を確認しながら発進進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,自車の左側の駐車車両に気を奪われ,同児の動静を注視せず,その安全を確認しないまま,漫然とハンドルを左に切りながら発進進行した過失により,上記のとおりしゃがみ込んでいた同児の腰部に自車前部を衝突させ,よって,同児に全治期間不詳の骨盤部打撲の傷害を負わせたものである。
(法令の適用)
被告人の判示所為は平成25年法律第86号附則14条により同法による改正前の刑法211条2項に該当するところ,所定刑中罰金刑を選択し,その所定金額の範囲内で被告人を罰金30万円に処し,
その罰金を完納することができないときは,
刑法18条により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし,原審及び当審における訴訟費用はいずれも,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
被告人は,自ら勤務する小学校の校内駐車場において,自車を運転して帰宅するに当たり,乗車する前に同校の低学年の児童である被害者が自車左前方にしゃがみ込んでいるのを現認していながら,その安全確認を怠って自車前部付近を被害者に衝突させたものであり,被告人の過失は重大である。さらに,本件は,小学校敷地内において,同校の教員である被告人が,同校の児童である被害者の安全に対する配慮を著しく怠って人身事故を惹起したという点からも,児童の安全確保に努めるべき教員の責務に反し,その信頼を失墜させるもので,悪質である。のみならず,被告人は,起立・歩行できない状態になっている小学校低学年の被害者を30m以上も引きずって行き,真冬に濡れた衣服のまま放置し,その後も,不合理な弁解を重ねて自己の責任を否定しているのであって,被告人の事後の行為により被害者の生命・身体に直ちに具体的な危険が生じたものとは認め難いことを考慮しても,犯行後の対応も無責任極まりないものであり,保護者が厳しい処罰を求めるのも当然である。
他方,被害者の傷害は,徐行状態の自動車が衝突したことによって生じ得る範囲の軽微な打撲にとどまること,被告人に前科がなく,本件により教員の退職を余儀なくされるなど相応の社会的制裁を受けていることなどの被告人のために酌むべき事情も併せ考慮すると,被告人に対しては罰金30万円に処するのが相当である。よって,主文のとおり判決する。
平成27年8月6日
大阪高等裁判所第3刑事部

裁判長裁判官

中谷雄
裁判官

安西二
裁判官

髙島由二郎郎美子
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