判例検索β > 平成25年(ワ)第434号
事件番号平成25(ワ)434
裁判年月日平成27年5月15日
裁判所名・部広島地方裁判所
判示事項の要旨社会福祉法人の顧問税理士が,背任罪で刑事告発された事実を公表した被告の行為により名誉を毀損されたとしてした,国家賠償法に基づく損害賠償請求及び謝罪文交付請求が,一部認容された事例
裁判日:西暦2015-05-15
情報公開日2017-10-17 20:13:32
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主1文
被告は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成24年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
原告のその余の請求を棄却する。

3
訴訟費用はこれを5分し,その2を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4
この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

第1
1実及び理由
請求
被告は,原告に対し,500万円及びこれに対する平成24年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
被告は,原告に対し,A4用紙に12ポイントの明朝体活字で作成した別紙1記載の謝罪文を交付せよ。

3
被告は,別紙3記載の配布先に対し,A4用紙に12ポイントの明朝体活字で作成した別紙2記載の書面を交付せよ。

4
訴訟費用は被告の負担とする。

5
仮執行宣言

第2
1
事案の概要等
事案の概要
本件は,社会福祉法人の顧問税理士として原告が行った業務が背任罪に該当するとして被告が原告を刑事告発し,そのことを被告が設置するホームページ上に掲載し,被告の主催する社会福祉法人監事等の研修会において,その事実を記載した紙を配布するなどしたことによって名誉を毀損されたとして,被告に対し,国家賠償法4条,民法723条に基づき,謝罪文等の交付を求めるとともに,国家賠償法1条1項に基づき,500万円及びこれに対する平成24年2月23日(加害行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2
前提事実(証拠等を掲記した事実のほかは争いのない事実)
当事者等

原告
原告は,中国税理士会に所属する税理士である。


社会福祉法人A(以下Aという。)について
Aは,昭和55年10月に保育園の設置経営を目的として設立された社会福祉法人であり,広島市安佐南区ab丁目c番d号に事務所を置いている。Aは,昭和56年4月,広島市安佐南区において,B保育園を,平成12年4月,同区において,C保育園を,平成14年4月,広島市佐伯区において,D保育園を,それぞれ開設した。これらの保育所の当時の指導監督所轄庁は,広島市であった。
また,Aは,平成17年度から平成19年度まで,広島県大竹市に所在するE保育所の指定管理者となっていたが,平成20年度以降,同保育所はAの所管となり,F保育所となった。同保育所の指導監督所轄庁は被告であったが,平成22年度から大竹市となった。
Aの理事長は,平成元年4月1日から平成14年7月4日まではG,同月5日から平成23年8月25日まではHであった。なお,Gは,平成14年7月4日,理事を辞任した。
GとHは夫婦であり,Iは両名の子である。Iは,平成10年10月8日からAの副理事長であり,B保育園の園長であった。
原告は,昭和60年から,Aの税務処理を担当しており,平成9年以降は,同会の顧問税理士として,税理士業務を行っていた。


J(以下Jという。)について
Jは,百貨店の従業員であり,平成12年10月8日から平成15年10月7日まで,Aの監事を務め,理事の業務執行の状況及び法人の財産の状況を監査するなどの職務に従事していた(甲14,乙53~58)。
有限会社Kは,平成15年8月27日に設立されたビルメンテナンス業,警備業等を目的とする有限会社であり,Jは,同社の代表取締役であった(乙28)。
Jによる寄付
Jは,平成13年7月19日,Aに対し,2400万円の寄付をした(以下本件寄付という。)(甲14,乙46,47)。
有限会社KとAの業務委託契約
平成15年9月1日,有限会社Kは,Aと業務委託契約(以下本件業務委託契約という。)を締結した。業務内容は,B保育園,C保育園及びD保育園に関する施設全般の巡回保安点検(1か月4回),施設内部及び周辺警備(日曜日及び祝日に限る。夜間は除く。)及び施設の近隣住民からの苦情の聞き取り・報告・対応等であり,報酬は1施設につき1か月当たり4万5000円(合計13万5000円),支払時期は当月分を当月末日までに支払うことが定められていた。Aは,有限会社Kに対し,本件業務委託契約に基づき,平成15年9月1日以降,毎月13万5000円の報酬を支払っていた(乙2,3,7)。
Aの不正経理問題
平成23年3月頃,被告に対し,Aで不正経理が行われている旨の投書がされた。Aは,被告からの指摘を受け,同年4月,弁護士を構成員とする第三者委員会を設置し,調査が開始された。同委員会は,同年8月11日,Aに対し,①Gが病気のため理事の職務を遂行していないにもかかわらずAから給与の支払を受けていること,②Gの子であるLは本来の業務とは無関係なGの介護に従事していたにすぎないにも関わらずAから給与を受け取っていること,③AにおいてG一族との間で利益相反取引が行われていること,④Aが,本件業務委託契約に基づき,平成15年9月1日以降,毎月13万5000円を有限会社Kに支払っているが,Aと有限会社Kとの間の取引は全く実体のない取引であること等を報告した。
被告による原告の刑事告発
被告健康福祉局地域福祉課課長Mは,平成24年2月17日,被告を代表して,H,I,J及び原告を背任罪で安佐南警察署長に刑事告発した。原告に関する告発事実は,Hが,I,J及び原告と共謀して,平成19年4月1日以降に広島市から支弁される保育所運営費及び平成20年4月1日以降に広島市及び大竹市から支弁される保育所運営費について,事業費,人件費,管理費に使途が限定されるにもかかわらず,Aと有限会社Kとの間で実体のない業務委託契約を締結し,同社の利益を図る目的で,同社に対して,少なくとも688万5000円(平成19年4月1日から平成23年6月30日まで月額13万5000円)を支払い,その任務に背き,もってAに財産上の損害を加えたというものである(乙1)。
被告による公表

原告の刑事告発等に関する書面
被告は,原告の刑事告発等に関して,以下の内容の書面を作成した(甲1)。
平成24年2月17日付け社会福祉法人Aの不正経理に係る刑事告発についてと題する書面(以下刑事告発書面という。)同書面の記載内容は以下のとおりである。
a
冒頭に,

本日,平成24年2月17日付けで,安佐南警察署に健康福祉局地域福祉課長名で,社会福祉法人Aの不正な経理処理に関して,前理事長であるH外3名を背任罪(刑法第247条)の疑いで告発する。

と記載されている。
b
実体のない業務委託契約による不正支出の標題の下に,被告発
人として前顧問税理士という肩書きとともにNと原告の実名
が記載され,告発事実として,Hは,法人への寄附者であるJが代表を務める有限会社との間で,実体のない警備業務委託契約を締結し,少なくとも平成19年4月1日から平成23年6月30日まで,合計6,885,000円を支出してJへ寄附金を返金し,法人に同額の損害を与えた。このスキームは,IとNが考案した。との記載がある。
c
告発理由として

顧問の弁護士とも協議し,悪質であり,明らかに背任罪に該当すると考えられるものについて告発する。

との記載がある。
平成24年2月23日付け社会福祉法人監事等研修(平成23年10月25,27日)の質問に対する回答と題する書面(以下質問回答書面という。)同書面の【質問9】の行政の責任の質問項目におけるAの不正経理問題について,行政側にも責任があるのではないかとの質問内容について,

顧問税理士も不正に加わっており,不正を見抜きにくい事情もありました。

との回答が記載されている。イ
被告の公表行為
被告は,以下のような態様で,上記アの書面を公表した(以下,これらを本件公表ということがある。)。
研修会での配布
平成24年2月23日,被告は,第2回社会福祉法人監事等研修会(以下本件研修会という。)において,刑事告発書面及び質問回答書面を本件研修会の参加者に配布した。参加した社会福祉法人は258法人,参加者は268名であった。また,被告は,本件研修会に欠席した者のうち,研修会の配布資料の配布を求めた社会福祉法人関係者に対しても,刑事告発書面及び質問回答書面を送付した。
広島市に対する書面送付
被告は,広島市に対し,刑事告発書面を送付した。
被告ホームページへの掲載
被告は,平成24年2月23日から同年3月21日まで,被告が開設するホームページ上に刑事告発書面及び質問回答書面を掲載した。マスコミ関係者への書面配布
被告は,

刑事告発の際に行われた記者会見において,刑事告

発書面を記者数名に対して配布した。
捜査結果について
被告の告発を受け,広島県警察及び広島地方検察庁が,原告を含む被告発人に対する背任被疑事件につき,捜査を行った。平成24年12月19日,原告は嫌疑不十分により不起訴処分とされた(甲4,5)。
3
争点
本件公表が原告の社会的評価を低下させるものであるか
【原告の主張】
刑事告発書面は,一般の読者の普通の注意と読み方によれば,原告が背任罪という重大な犯罪行為をしたという印象や,法律の専門家である弁護士が原告の行為が背任罪に該当することが確実であると断言している以上,原告が有罪判決を受けることは確実であるという印象を与えるものであるから,原告の社会的評価を低下させるものである。質問回答書面も,刑事告発書面を併せて読むと,Aの顧問税理士である原告が不正行為に関与したという事実を摘示するものであり,原告の社会的評価を低下させるものである。被告は,刑事告発書面及び質問回答書面を,研修会で配布するとともに被告の開設するホームページに掲載し,刑事告発書面については広島市に送付したりマスコミ関係者に配布したりすることにより,原告の社会的評価を低下させた。
なお,被告は,広島市に対する書面送付には公然性がないから,社会的評価を低下させるものでないと主張するが,広島市が自ら監督する社会福祉法人等に本件告発の事実を伝える可能性は高く,実際に,広島市から社会福祉法人等に刑事告発書面が送付されているのであるから,原告の社会的評価を低下させる程度の情報の伝播可能性が十分認められ,公然性は否定されない。【被告の主張】
刑事告発書面及び質問回答書面のうち,原告のことが記載されている部分は一部に過ぎず,また,これらの書面は,公表された資料の一部に過ぎない。資料全体を念頭に置いた場合に,一般の読者の普通の注意と読み方によれば,刑事告発書面及び質問回答書面は,社会福祉法人については適切な運営が図られなければならず,場合によっては被告によって指導監査が実施され,その結果によっては刑事告発されることもあることを,実例とともに被告が周知しようとしているという印象を与えるものでしかない。また,刑事告発書面に記載されているのは,単なる刑事告発の事実であり,同書面を読んだ者が,原告が背任罪で有罪判決を受けることが確実であると理解することはない。
また,被告の広島市に対する書面送付は,公務所間の情報提供であり,特定少数人への配布であるから公然性がなく,原告の社会的評価を低下させる行為には当たらない。
本件公表につき被告に国家賠償法上の違法性及び過失が認められるか【原告の主張】

公共性及び公益目的の有無について
被告がAの顧問税理士に過ぎない原告を告発したとの事実は,一般多数人の利害に関する事実であるとはいえず,被告が主張する同種事案の再発防止という目的は,被告が刑事告発を行った旨のみを公表することによっても達成可能である。原告が法的責任を負うことが明確になっていない段階で,原告の実名を公表する必要性はない。被告が原告の実名を公表したことは,被告のAに対する監査が不適切であった点への批判を回避するため,殊更に顧問税理士が関与したことを強調し,責任を転嫁しようとする意図に基づくものであり,公益を図ることを目的とするものではない。イ
背任罪の成否について
本件寄付の際,当時の理事長であったGは,Aのためにすることを示して,Jに対し,2400万円を出資してもらう代わりに,JをAが経営する保育園の副園長として迎え,年額800万円の報酬を支払うこと,Jの配偶者も職員として迎え入れることを約し,Jは,これらの条件を承諾して本件寄付をした。
本件寄付は負担付贈与であり,その効果はAに帰属する。本件業務委託契約は,AがJに対する負担を履行することが困難になったことによる債務不履行に基づく損害を賠償するために締結されたものである。仮に,負担付贈与の効果がAに帰属しない場合,Jが負担付きであることを前提に贈与を申し込んだが,Aはそのような負担をすることを承諾しておらず,JとAの間に贈与に関する意思の合致がないから贈与契約は効力を有しない。そうすると,Aは,法律上の原因なくJから2400万円の交付を受けたこととなるから,Jに対し,2400万円の不当利得返還義務を負う。また,Gは,Aの理事長として,Jに対し,寄付をすれば年額800万円の報酬を支払う旨を説明するとともに,寄付金は負担を履行することができなくても返還することができない性質のものであるという事実を秘し,負担を履行することができなければ寄付金を返還する旨の虚偽の説明を行い,Jをして,Aが負担を履行することができなければ寄付金が返還されるものと誤信させ,その結果,2400万円をAに寄付させ,Jに同額の損害を与えたものであるから,社会福祉法29条,一般社団法人及び一般社団法人に関する法律78条により,AはJに対して同額の損害賠償義務を負う。
いずれにしても,Aは,Jに対し,2400万円を支払う義務を負う。Aの有限会社Kに対する本件業務委託契約に基づく報酬の支払は,上記義務の履行として行われたものであり,Aに損害を与えるものではないから,Aの理事長であるHの行為は任務違背行為に当たらない。
Jに対する返金は,Aの理事長であるHが決定したものであり,原告がAのJに対する返金に際してスキームを考案したことはない。
原告は,Aから,本件寄付は負担付贈与であると聞いていた。原告は,2400万円はAからJに返還されるべきものであると考えており,原告には自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的はなく,共謀も認められない。

被告の調査検討について
客観的構成要件該当性について
被告は,AとJの間の副園長就任の約束に伴う本件寄付につき,Aが約束を反故にしたためJから寄付金の返還を求められ,その返還のために本件業務委託契約が締結されたことを認識していた。この事実によれば,本件業務委託契約に基づくAの支出は,負担の債務不履行に基づく損害賠償義務や不当利得返還義務の履行としてされたものであるから,Aに損害を加えるものではなく,原告に背任罪が成立するものではないことは,明らかであった。
被告は,文献等の調査検討をすれば原告に背任罪が成立しないことを容易に知り得たにもかかわらず,安易に背任罪が成立すると判断して本件公表に至っているのであり,被告には,本件公表について,国家賠償法上の違法性及び過失が認められる。
主観的構成要件該当性について
被告は,AとJの間の副園長就任の約束に伴う本件寄付につき,Aが約束を反故にしたためJから寄付金の返還を求められ,その返還のために本件業務委託契約が締結されたことを認識していた。この事実によれば,被告は,原告が上記寄付金はJに返還されなければならないものであると考え,Aに損害を与える故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的のないままに行動していた可能性があることを十分に認識することができた。
被告は,第三者委員会の報告のみを根拠として,原告に故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的があると判断したが,第三者委員会による調査は,Aの顧問弁護士が所属しているコンサルタントグループによる単独調査であり,利害関係を有する顧問弁護士が委員に就任していることから,その中立性には疑問がある。また,第三者委員会が作成した事情聴取書等には,発言者を特定することができないものが含まれているばかりか,発言者にとって殊更に不利な内容が発言者の確認(署名押印)を得ることもなく一方的に記載されているから,その内容に信用性は認められない。
被告は,原告に対する事情聴取を行う等の慎重な調査を怠り,上記のとおり記載内容に信用性がない書面のみに依拠して原告に故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的があると判断して本件公表に至っているのであり,十分な調査検討を尽くしたものとは認められない。したがって,被告には,本件公表について,国家賠償法上の違法性及び過失が認められる。
【被告の主張】

公共性及び公益目的について
社会福祉法人は,社会福祉事業に係る福祉サービスの供給確保を中心として担う高い公共性を有する特別な法人であり,税制上の優遇措置や各種の助成が講じられ,多額の公費が投入される対象であるから,経営の透明性を確保する必要性が特に高い。社会福祉法人における保育所運営費等の公的負担金の目的外利用は,厳しく非難されるべきである。被告は,社会福祉法人による不祥事があったことを受け,福祉サービスの利用者を保護し,法的責任の所在を明確にするとともに社会福祉法人における同様の不祥事の再発を防止するという公益上の要請から社会福祉法人関係者に対する資料配布,ホームページへの掲載,記者会見におけるマスコミ関係者への資料配付等を行ったものであり,本件公表には公益を図る目的がある。イ
背任罪の成否について
Aの理事長であるHは,Jから本件寄付に係る寄付金の返還を求められたことから,本件業務委託契約に基づく報酬の支払先である有限会社Kを経由する形で,AからJに寄付金を返還することとしたが,同会の運営する各保育園の警備等の業務を実際に行っていたのは,セコム株式会社や広島綜合警備保障株式会社であり,有限会社Kではなかった。同社は実体のない会社であって,本件業務委託契約は同社の利益を図る目的で締結された仮装の契約である。
Aは,児童福祉法51条5号により,広島市及び大竹市から保育所運営費を支弁されているところ,保育所運営費は,事業費,人件費,管理費に使途が限定されている。また,社会福祉法人に寄付された寄付金は,保育所運営費以外の使途に支出することができない。Aの理事長は,保育所運営費を事業費,人件費,管理費以外の使途に支出してはならない義務を負い,それは寄付金を返還する場合であっても同様であるから,Aの理事長が法人を代表してJに対して本件寄付に係る寄付金を返還する行為は,Aに損害を与える行為であるといえる。
本件業務委託契約が締結された理由は,本件寄付の際にJとGの間で交わされた,Jを新設予定の保育園の副園長にするという約束が反故にされたため,JがAに対して寄付金の返還を求めたことにある。しかし,本件寄付は負担付贈与ではないから,上記のとおりの約束の効果がAに帰属することはない。仮にJが負担付贈与という真意を秘匿して本件寄付を行ったとしても,このような心裡留保による贈与の意思表示は有効であるから,AがJに対し,不当利得返還義務を負うことはない。さらに,Aの監事であったJは,社会福祉法人に対する寄付が返還を求めることができないものであることを知っていたはずであり,また知るべきであったから,AがJに対して不法行為による損害賠償義務を負うことはない。
そうすると,Aは,Jに対し,2400万円の支払義務を負うことはないから,Hが,本件業務委託契約に基づく報酬を支払う方法により,有限会社Kを介してAからJに合計688万5000円を支払わせたことは,Aに同額の損害を加えるものであり,任務違背行為に当たる。Hは,税務の専門家であり,かつ顧問税理士としてAの経営に深く関与していた原告の関与なしにこのような仕組みを実行することはできなかったから,原告がHと共謀してこのような仕組みを考案したことは明白である。原告は,Aから高額な報酬を得ており,上記のAのJに対する支払は,原告がAにおいて顧問税理士として自らの地位保全を図る意図のもとに行われたものであるから,自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的があることも明らかである。

被告の調査検討について
客観的構成要件該当性について
被告は,Aから委託を受けた第三者委員会による調査を経て作成された財務報告書,原告を含む関係者に対する事情聴取書,前理事長に対する確認調書等の資料に基づき,本件寄付に係る寄付金の返還について原告に背任罪が成立すると判断した。
J作成の寄付申込書には,本件寄付について何ら条件は付されておらず,また,本件寄付の後に行われたAの理事会において,Jは本件寄付について何ら発言していないことから,被告は,JとAの間にそもそも負担付贈与の合意はなく,J自身も負担付贈与がAの理事会で承認されていないことを認識していたから,AはJに対して本件寄付に係る寄付金について何ら返還義務を負わないと判断した上で,寄付金の返還はAに財産上の損害を加えるものであり,原告には背任罪が成立すると判断した。被告は十分な調査検討を行っているから,本件公表について職務上の注意義務違反や過失はない。
主観的構成要件該当性について
第三者委員会は,少なくとも2回,原告から事情聴取をしており,その内容は被告に報告されている。被告は,社会福祉法56条に基づく行政調査として原告に事情聴取を行うことができたが,これには原告が調査に応じない場合の罰則規定がなく,原告が不正経理への関与を否定することが予想されたため,事情聴取をしなかった。原告からの事情聴取の結果がいかなるものであっても,刑事告発書面及び質問回答書面に摘示された事実は原告の供述以外の資料により認定することが可能であり,被告は,原告に故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的があるとの判断に当たっては,十分な調査検討を尽くしている。

以上のとおり,原告には背任罪が成立するのであり,被告は,十分な調査検討を尽くした上で原告を刑事告発し,公益を図るために本件公表を行った。被告が本件公表をしたことについて,国家賠償法上での違法性及び過失はない。
損害の有無及び名誉回復処分の要否

【原告の主張】

被告が原告を刑事告発し,そのことを公表したことによって,原告は,有罪判決を受けることが確実な犯罪者であるとの嫌疑を受け,社会福祉法人やNPO法人との顧問契約を解約せざるを得なくなるなど,その信用及び名誉を著しく毀損された。また,本件公表後の被告の不誠実な対応によって,原告は多大な精神的苦痛を受けた。原告が受けた精神的損害に対する慰謝料の額は,500万円を下らない。


原告の名誉を回復させるためには,①被告が原告に対して謝罪文を交付すること,②被告が刑事告発書面の配布先に対して,刑事告発処分の破棄を依頼することを求める書面を交付することが必要である。

【被告の主張】
争う。
第3

当裁判所の判断

1
認定事実
前記前提事実に加え,証拠(甲14,15,原告本人及び後掲各証拠)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
本件寄付までの経緯

Jは,百貨店に勤務していた平成元年頃,Aの理事長であったGと知り合い,平成5年以降,Gの外商担当を務めるようになった。Gは,Jに対し,平成8年から平成10年頃,息子でありAの副理事長であるIを紹介した。

G及びIは,平成10年頃から,Jに対し,

百貨店にいても将来的な展望はないのでは。

等と言い,Aへの転職を勧誘するようになった。Gらは,JがAに2400万円を出資すれば,その代わりに,AがJを理事及び幹部職員(以下理事等という。)として採用し,Jに対して年額800万円の報酬を支払うと提案して転職を勧誘したところ,Jは,これに応じてAに2400万円を出資すること及びAに転職することを決意した。その際,G及びIは,Jに対し,Aの経理処理上,2400万円の出資は,寄付金という名目で受け入れるが,この出資は年額800万円の報酬の支払という条件を伴うものであると説明し,Gは,Jに対し,2400万円の出資と引換えに年額800万円の報酬を支払うことを約束した。

Jは,平成12年9月30日,Aの監事に就任した(乙52)。


Jは,平成13年6月1日,広島信用金庫e支店に対し,2450万円の借入れを申し込んだ。J作成の同日付け借入申込書(甲12)には,Jの自宅の土地及び建物に対して抵当権を設定すること,G及びIが連帯保証人となることが記載されており,資金使途の欄にはAに対する寄付金と記載されている。また,上記申込みに係る貸出金稟議書には,申込人は現在(株)そごうに勤務中ですが,今般(社福)Aに転職しD保育園の副園長に就任すると共に運営費の一部を寄付することを決意され本申込となりました。年収8,061千円の確約を(社福)Aより得ており返済に不安なしとの記載があり,貸出金稟議書付表には,資金使途D保育園への寄付金(建設資金)24,500,000円,(社福)Aの年収予定額は8,061千円であり,本件借入年間返済額2,030千円を差引後6,031千円と安定した収入が見込まれます。後日,(社福)Aとの間で最低10年間の雇用並びに給与保証の覚書を交わすことになっています。(平成13年6月12日確認)との記載がある。広島信用金庫e支店は,同年7月17日,Jに対し,上記申込みに係る貸付けを実行し,G及びIは,連帯保証人となった。なお,同支店は,Aのメインバンクであり,それまでにJとの間での取引はなかった。

Aは,平成13年6月18日,広島市長に対し,D保育園の施設整備(創設)事業のための平成13年度民間社会福祉施設整備費補助金の交付を申請した。広島市長は,同年7月3日,Aに対し,9526万6000円の交付を決定した(乙49)。


Aは,平成13年6月18日,広島市長に対し,D保育園の施設整備(初度設備等)事業のための平成13年度民間社会福祉施設整備費補助金の交付を申請した。広島市長は,同年7月3日,Aに対し,333万9000円の交付を決定した(乙50)。

Jは,平成13年7月19日,Aに対し,本件寄付をした(乙46,47)。
本件寄付後の経緯


P(以下Pという)は,平成13年8月1日,Aに対し,同法人が新たに経営しようとする社会福祉施設(仮称)D保育園の建設資金等として,2250万円を寄付した(乙48)。また,Pは,同年9月3日,Aの理事に就任し,B保育園への勤務を開始した(乙55)。
また,Jによる本件寄付とPによる上記寄付に係る各寄付金は,D保育園を建設するための敷地の取得資金に充てられた。


Aは,D保育園の設置・設備資金として社会福祉・医療事業団に対し融資の申込みを行い,平成13年9月14日,9400万円について審査が完了したとの通知を受けた。


Aは,平成14年3月27日,広島市長に対し,D保育園の保育所設置認可を申請した。広島市長は,同日,上記保育所設置を認可した(乙61)。

Aは,平成14年4月1日,広島市佐伯区において,D保育園を開設した。その後,Pは,D保育園の副園長となり,Pの妻も,事務職員としてD保育園に就職した。


平成14年5月28日に開催されたAの理事会において,本件寄付が承認された(乙62)。また,Jは,同理事会において,平成12年度の会計監査について監査を行ったところ,その内容について適正であることを報告した。


原告は,Aに対し,P及びJから受領した金員の趣旨について確認したところ,2400万円の拠出を受けることを条件にP及びJ並びに同人らの配偶者を幹部職員として採用することが合意されたとの説明を受けた。本件業務委託契約締結までの経緯

Aは,PとJを役員に迎え入れたが,保育園の拡充をすることが困難となったため,Jを理事に就任させることが困難となった。そのため,本件寄付後も,JがAの理事や,同法人が運営する保育園の幹部職員になることはなく,同法人から報酬の支払を受けたこともなかった。平成15年夏頃,Pは,原告に対し,Aの意思としてJに寄付金2400万円を返還したいこと,Jからも返還の要請を受けていることを伝えるとともに,Jに対する寄付金の返還について対応を誤るとAに法的責任が生じる可能性があるから,会計上のことなどについて相談に乗ってほしいと要請した(乙23,24)。

平成15年7月頃,Aの理事長であるHは,Jに対し,2400万円の出資の代わりにJをAの理事等に就任させ,年額800万円の報酬を支払うとの約束を解消し,2400万円を返還したいと申し入れた。その面談の際は,理事のIと顧問税理士の原告が同席していた。面談では,一括での返還は困難であることから,月額25万2000円を10年間支払うことによって,Jが広島信用金庫からの借入れの際に負担する利息相当額を含めた金額の返還を受けるということが大筋で合意された。


原告は,Jが,自宅の不動産に抵当権を設定して金融機関から資金を借り入れた上で,Aに対して2400万円を出資したにもかかわらず,AがJを幹部職員として採用するという約束を守らなかったのであるから,同法人は,Jに対して2400万円を返還しなければならず,Jに対して2400万円を返還しなければ,Jから損害賠償を求める訴訟が提起される可能性があると考えていた。原告は,上記イの面談の際,税務面が問題にならない方法として,①H及びIが個人的に返済する,②AがJを非常勤職員として雇い入れ,給料を支払う,③AがJに業務を委託して委託料を支払う,という3つの案を提案した。その際,②及び③の案については,業務実態が全くない状態は避ける必要があると助言した。その後,Aは,検討の結果,③の案を選択した。

Jは,平成15年8月,Aに対し,監事を辞任する旨の辞任届を提出した。同年12月11日の理事会において,Jの辞任を受けて新たな監事が選任された(乙59,60)。


Jは,平成15年8月27日,有限会社Kを設立し,同社は,同年9月1日,Aとの間で本件業務委託契約を締結した(乙7,28)。
もっとも,Aは,平成5年2月12日,セコム株式会社に対し,B保育園の警備業務を委託していた。また,同法人は,平成12年2月24日から平成22年4月3日までの間は,セコム株式会社に対し,平成22年4月3日以降は,広島綜合警備保障株式会社に対し,C保育園の警備業務を委託していた。さらに,同法人は,平成14年2月28日,広島綜合警備保障株式会社に対し,D保育園の警備業務を委託し,平成19年2月28日,同社との間で警備機械設備の賃貸借契約を締結した(乙8~12)。
第三者委員会による調査等


第三者委員会の設置
Aは,平成23年4月14日,理事会を開催し,不正経理問題の調査のために第三者委員会を設置することを可決した。第三者委員会は,Q法律事務所,株式会社Qビジネスサポート,日比谷監査法人から構成されており,平成23年7月1日及び同年8月11日に財務調査報告書を作成した。Aの顧問弁護士であるR弁護士は,Q法律事務所に所属していた(甲7,乙2,3,13)。


第三者委員会の調査
第三者委員会は,H,S,I,J及び原告に対する事情聴取を行った。Iに対する聴取記録(乙23,24)には,2社を経由してJに支払うスキームを考えたのはIと原告である旨が記載されている。もっとも,いずれの聴取記録についても,事情聴取を受けた者に対して記載内容を確認した旨の記載はなく,事情聴取を受けた者の署名押印もない(乙19~26)。また,J及び原告に対する聴取記録(乙19)及び原告に対する聴取記録(乙26)の中には,本件寄付の経緯や,JとAとの間の約束の内容についての記載はあるが,①JがAに対して寄付金の返還を求めた経緯や,この問題についての同法人の理事又は職員からの説明内容,②AがJに対して寄付金を返還すべきであると原告が判断した理由,③本件業務委託契約の締結への原告の関与の有無,④本件業務委託契約が警備業務としての実態を有しない契約であることについての原告の認識の有無などについての記載はない。第三者委員会作成の財務調査報告書(乙2,3)には,Aが有限会社Kとの間で締結した本件業務委託契約について,①

実際に当該業務を実施したことはなく,成果物もないとのことである。

,②一連の取引は,取引実態が全くなく,N会計の話によれば,H氏,I氏,J氏,及びN会計が構築したスキームでありとの記載があるが,広島県のHに対する事情聴取の記録(乙14)及び第三者委員会の上記の関係者に対する事情聴取の記録(乙19~27)には,原告が上記①の事実を認識していたことや,原告が上記②の発言をしたことを示す記載はない。
また,上記財務調査報告書(乙2,3)には,本件寄付が負担付きのものであるか否か,AがJに対して本件寄付に係る寄付金の返還義務や,寄付金と同額の損害賠償義務を負うか否かについての具体的な問題点,検討された内容,第三者委員会の見解及びその理由などについての記載はない。ウ
被告の第三者委員会に対する質問及び同委員会からの回答
被告は,第三者委員会に対し,本件業務委託契約が架空のものであると判断した理由等について質問し,株式会社Qビジネスサポートは,平成24年2月9日,被告に対して回答書(乙30)を送付した。同回答書には,J氏のインタビューから,G氏となら一緒に仕事をしてもいいとのことでしたが,亡くなられてはAに興味がなくなったのではないかと思います。寄付した理由は園で働く代わりに寄付をしたのではないかと思います。当初,fの保育所の入札で園を増やす予定もあったと聞いています。園で働くのをやめたので寄付金も返して欲しいのではないでしょうか。または,Aとして働く場所がなくなったので返金に至ったのではないでしょうか。返金に至った経緯は詳しく聞いていません。との記載があるにとどまり,①JがAに対して寄付金の返還を求めたことについての理事又は職員からの説明内容,②AがJに対して寄付金を返還すべきであると判断した理由,③本件業務委託契約の締結への原告の関与の有無,④本件業務委託契約が警備業務としての実態を有しない契約であることについての原告の認識の有無などについての記載はない(乙30)。

被告による調査について
Aにおける不正経理問題の発覚から本件公表に至るまでの間に,被告が原
告に対して直接に事情聴取を行ったことはない。
社会福祉法人の会計基準
厚生労働省が定めた社会福祉法人の会計基準には,以下の定めがある(乙63)。
第31条

基本金には,社会福祉法人が事業活動を継続するために維持すべ

きものとして収受した次の金額を計上するものとする。

社会福祉法人の設立並びに施設の創設及び増築等のために基本財産等
(固定資産に限る。)を取得すべきものとして指定された寄附金の額(以下省略)
第32条

社会福祉法人が社会福祉事業の一部又は全部を廃止し,かつ前条

に規定する基本金組入れの対象となった基本財産又はその他の固定資産が廃棄され,又は売却された場合には,当該事業に関して組み入れられた基本金の一部又は全部の額を取り崩すものとする。
2
争点1(本件公表が原告の社会的評価を低下させるものであるか)について一般読者の普通の注意と読み方を基準とすれば,刑事告発書面は,①HがAの代表者として締結した実体のない警備業務委託契約を通じてJに寄付金を返還し,これによってAに損害を与えたとの事実(以下摘示事実①という。),②実体のない警備業務委託契約を締結するというスキームを考案したのはAの顧問税理士である原告であるとの事実(以下摘示事実②という。)及び③Aの不正な経理処理に関して,原告を背任罪の疑いで告発したとの事実(以下摘示事実③という。)を摘示するとともに,原告の行為が背任罪に該当するとの法的見解を表明したものであると認めることができる。そうすると,摘示事実①及び摘示事実②は,一般読者に対し,原告が実体のない警備業務委託契約を締結するスキームを考案することを通じてAに損害を与える行為に加担したという印象を与えるものであり,また,摘示事実③及び法的見解の表明は,原告の上記行為が背任罪に該当するものであり,刑事責任を追及される可能性があるという印象を与えるものであるから,原告の社会的評価を低下させるものであると認められる。
また,刑事告発書面とともに交付された質問回答書面は,一般読者の普通の注意と読み方を基準とすれば,顧問税理士である原告がAの不正経理問題に関与していたために被告が不正を見抜くことが困難であったとの事実(以下摘示事実④という。)を摘示するものであると認められる。そうすると,摘示事実④は,一般読者に対し,顧問税理士である原告がAの不正経理に加担したため,不正経理の発覚が困難になったとの印象を与えるものであるから,原告の社会的評価を低下させるものであると認められる。
そうすると,①被告が平成24年2月23日に開催した本件研修会の参加者に対し,刑事告発書面及び質問回答書面を配布した行為,②被告が平成24年2月23日から同年3月21日まで,被告が開設するホームページ上に刑事告発書面及び質問回答書面を掲載した行為,③被告が原告を背任罪の疑いで刑事告発した際の記者会見において記者数名に対して刑事告発書面を配布した行為は,いずれも原告の社会的評価を低下させる行為であると認められる。
原告は,広島市が自ら監督する社会福祉法人等に本件告発の事実を伝える可能性が高いから,広島市に対する書面送付についても,公然性があり,名誉毀損行為に該当すると主張する。
しかし,被告が広島市に対し,刑事告発書面を広島市が監督する社会福祉法人等に配布するように指示したり依頼したりしたことや,広島市が刑事告発書面を広島市が監督する社会福祉法人に配布したことを認めるに足りる証拠はないから,原告の上記主張は採用することができない。被告は,刑事告発書面及び質問回答書面は,資料全体を念頭に置いた場合に,社会福祉法人については適切な運営が図られなければならず,場合によっては被告によって刑事告発されることもあることを,実例とともに被告が周知しようとしているという印象を与えるものでしかない,刑事告発書面に記載されているのは,単なる告発の事実であり,同書面を読んだ者が,原告が背任罪で有罪確実であると摘示した文章であると理解することはないから,原告の社会的評価を低下させるものではないと主張する。しかし,上記

のとおり,刑事告発書面及び質問回答書面は原告の社会

的評価を低下させるものというべきであるから,被告の上記主張は採用することができない。
3
争点2(本件公表につき被告に国家賠償法上の違法性及び過失が認められるか)について

行使する一環として本件公表をしたことが認められる。そうすると,本件公表が国家賠償法1条1項の違法なものか否かの評価は,本件公表が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然となされたと認め得るような事情がある場合に限り,違法であると評価されることになると解される(最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863号,最高裁平成11年1月21日第一小法廷判決・集民191号127頁参照)。以下においては,被告が本件公表をするに当たり,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったかどうかについて検討する。
背任罪の客観的構成要件該当性について

前提事実2

及び前記1

オの認定事実によれば,①Aは,Jが代表取

締役を務める有限会社Kとの間で,B保育園,C保育園及びD保育園の巡回保安点検や施設内部及び周辺の警備等を内容とする本件業務委託契約を締結し,平成15年9月1日以降,同社に対し,月額合計13万5000円の報酬を支払っていたこと,②ところが,Aは,B保育園,C保育園及びD保育園のいずれについても,セコム株式会社や広島綜合警備保障株式会社との間で警備業務委託契約を締結しており,有限会社Kは実際には警備業務を行っていなかったことが認められる。
これらによれば,本件業務委託契約は,警備業務を委託する契約としての実体を有していなかったということができる。Aの理事長であったHが同法人を代表して本件業務委託契約を締結し,報酬を支払ったことは,任務に背き,同法人に対して損害を加えたことに該当する余地があるというべきである。

しかし,前記1

イ,エ,キ,

ア,エ,

アないしウ,オの認定事実

によれば,①Aの理事長であったGは,Jに対し,Aに2400万円を出資すれば,AがJを理事及び幹部職員として採用し,Jに対して年額800万円の報酬を支払うことを約束したこと,②Jは,平成13年7月19日,Aに対し,本件寄付をしたこと,③ところが,Jは,Aの理事や同法人が運営する保育園の幹部職員になることはなかったこと,④そのため,Jは,Aに対し,本件寄付に係る寄付金2400万円の返還を求めるようになったこと,⑤Aの理事長であるHは,平成15年夏頃,Jに対し,上記①の約束を解消して2400万円の寄付金を返還したいと申し入れたこと,⑥その結果,HとJとの間で,AがJに対して月額25万2000円を10年間支払うことによって,Jが広島信用金庫からの借入れの際に負担する金利相当額を含めた金額の返還を受けることが大筋で合意されたこと,⑦その具体的方法として,AがJの設立した会社である有限会社Kとの間で業務委託契約を締結し,報酬を支払うことにより,実質的に,同法人がJに対して上記寄付金の一部を返還したことが認められる。
これらの事実関係や,JがGとの間で金融機関から借入れをしてまで2400万円もの多額の金員を無条件で寄付するほどの人的関係を有していたことを窺わせる証拠はないことからすると,JとGとの間で交わされたJがAの理事等に就任する旨の約束は,本件寄付の条件となっており,本件寄付は負担付贈与であったものと認められる。したがって,上記負担付きの贈与とする合意の効果がAに帰属するにもかかわらず,AがJに対して理事等に就任させる義務を履行しない場合には,AがJに対して債務不履行に基づき2400万円の損害賠償義務を負う余地がある。反対に,上記負担付きの贈与とする合意の効果がAに帰属しない場合であっても,意思表示が合致しないために贈与契約は効力を有しないとして,同法人がJに対して不当利得に基づき2400万円の返還義務を負う余地や,Aの代表者理事長であったGの勧誘行為が不法行為を構成するとして,同法人がJに対し,社会福祉法29条,一般社団法人及び一般社団法人に関する法律78条により,2400万円の損害賠償義務を負う余地がある。そうすると,AがJに対して本件寄付に係る寄付金2400万円について,上記のとおりの損害賠償義務又は不当利得返還義務などの私法上の義務を負う場合において,当該義務の履行として,Jに対し金員を支払った場合には,その行為自体は同法人に損害を加えるものではないから,Aの代表者理事長として当該支出をさせたH及びこれを共謀したとされる原告に全体財産に対する罪と解される背任罪が成立しない可能性が十分に考えられる。

本件寄付の申込書(乙46)及び領収証(乙47)並びにAの平成13年度の会計監査の報告がされた理事会の議事録(乙62)には本件寄付が負担付贈与である旨の記載はなく,その他,被告がAに対して通常の指導監督をしていた際に同法人からJの同法人に対する本件寄付が負担付贈与である旨の報告を受けたことを窺わせる証拠はないから,上記イの事実関係は,被告が本件寄付の経緯について調査しなければ把握することができないものであると考えられる。
しかしながら,証拠(乙23,26)によれば,①Iは,第三者委員会による事情聴取において,Jとの約束が反故になったから寄付金の返還をした,有限会社Kを経由する仕組みについては自分と原告で決めたと供述したこと,②原告は,第三者委員会による事情聴取において,有限会社Kの件については,当初の約束で,AからJに対し10年間にわたり返金す
おり,株式会社Qビジネスサポートの被告に対する回答書(乙30)には,本件寄付の理由について,Aが設置運営する保育園で働く代わりに寄付をしたのではないかと思われるとの記載がある。これらによれば,被告は,Aの有限会社Kに対する実体のない業務委託契約に基づく金員の支払について,JのAに対する本件寄付を端緒とするものであることを容易に把握することができたということができる。
そうすると,被告が原告を背任罪の疑いで刑事告発し,その事実を公表するに当たっては,本件寄付の経緯について調査検討を尽くすべきであったというべきである。

これを本件についてみると,
委員会から本件寄付に係る寄付金の返還の経緯について関係者に対する詳しい事情聴取をしていないとの報告を受けたが,被告が自ら又は第三者委員会を通じて本件寄付の経緯についてAの理事,職員やJに対する事情聴A
の顧問税理士である原告に対して直接に事情聴取をしたこともなかったことが認められる。被告は,必要な調査をすることなく,原告には背任罪が成立すると判断して原告を刑事告発し,本件公表に及んだことが認められるのであるから,被告は,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったということができる。


この点について,被告は,①J作成の寄付申込書には何ら条件を付されていないから本件寄付が負担付きのものとは認められない,②Jからの寄付金は,社会福祉法人が社会福祉事業の一部又は全部を廃止し,かつ基本財産が廃棄又は売却された場合にしか取り崩すことができない1号基本金として組み入れられるものであるから,制度上,寄付金の返還は不可能であり,Jは,そのことを認識していたし,認識すべきであったから,負担付贈与の合意は存在しないし,そのような合意の効果はAに帰属しない,③Jは,Aの将来に不安を感じ,自らの意思で同法人への就職をやめたのであり,負担付贈与の合意があったとしても,合意により解消されたものといえるから,同法人がJに対して損害賠償義務又は不当利得返還義務を負うことはなく,そうである以上,寄付金の返還が同法人に損害を与えるものであることは明らかであると主張する。
Gは,Jに対し,24
00万円の出資は経理処理上寄付金として受け入れるが,この出資は年額800万円の報酬の支払という条件を伴うものであると説明し,出資の条件として年額800万円の報酬を支払うことを約束したこと,②JがAの理事等に就任することがなかったため,同法人の理事長であるHは,Jに対し,2400万円の出資の代わりにJを同法人の理事等に就任させ,年額800万円の報酬を支払うとの約束を解消し,2400万円を返還したいと申し入れたことが認められる。これらによれば,Jによる本件寄付の意思表示が負担付きのものでなかったということはできないし,Jが本件寄付に係る寄付金の性質について返還を求めることができない性質のものであると認識していたとは認められない。そうすると,AがJに対して損害賠償義務や不当利得返還義務などの法的義務を負う余地があり,寄付金の返還が同法人の全体財産を減少させるものであることが明らかであるということはできないから,被告の主張は採用することができない。カ
被告は,Hは,税務の専門家であり,かつ顧問税理士としてAの経営に深く関与していた原告の関与なしに業務委託契約に基づく報酬の名目で寄付金を返還する仕組みを実行することはできなかったから,原告がHと共謀してこのような仕組みを考案したことは明白であると主張する。HとJが面談した際,税務
面が問題にならない寄付金の返還の方法として3つの方法を提案したことが認められるが,原告がこれらのうちの1つを選択するよう意見を述べたり,Hが本件業務委託契約を締結する方法を採用する旨の意思決定をするに当たり,原告が関与したことを窺わせる証拠はない。また,原告が同法人の理事会に書記として出席していたこと(乙31ないし43)は,顧問税理士として通常行う範囲の業務と考えられるから,原告が理事会に出席していたからといって,原告が同法人の経営に深く関与していたことを推認することはできず,他に原告が同法人の経営に深く関与していたことを認めるに足りる証拠はない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。
背任罪の主観的構成要件該当性について

の認定事実によれば,①Aの理事長であったHのほか,理事のP及びI,顧問税理士の原告は,いずれも本件寄付の条件となっていたJの理事等への就任が実現されなかったため,同法人はJに対して寄付金2400万円を返還しなければならず,その返還に応じなければJから法的責任を追及される可能性があると考えていたこと,②Aは,Jに対して実質的に寄付金2400万円を返還するため,Jが設立した法人である有限会社Kとの間で本件業務委託契約を締結し,報酬の名目で金員を支出したことが認められる。そうすると,Hと原告は,いずれも,本件業務委託契約に基づく報酬の支出により実質的に寄付金を返還することがAに損害を加える行為であると認識しておらず,背任罪についての故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的を有していたとは認められないという余地が十分にあったといえる。


前記

において認定判断したとおり,被告は,原告を背任罪の疑いで

告発し,その事実を公表するに当たっては,本件寄付の経緯や原告が認識していた事実関係について調査検討を尽くすべきであったというべきである。

しかし,本件においては

告は,本

件寄付の経緯について,職務上通常尽くすべき調査検討を尽くさなかったということができる。また,

イ認定のとおり,第三者委員会の財

務調査報告書(乙2,3)及び原告に対する事情聴取記録(乙19,26)には,①JがAに対して寄付金の返還を求めた経緯や,この問題についての同法人の理事又は職員からの説明内容,②AがJに対して寄付金を返還すべきであると原告が判断した理由,③本件業務委託契約の締結への原告の関与の有無,④本件業務委託契約が警備業務としての実体を有しない契約であることについての原告の認識の有無などは記載されていない(なお,被告の質問に対する株式会社Qビジネスサポート作成の回答書(乙30)には,本件業務委託契約締結に至った経緯について第三者委員会の意見が記されているにとどまり,事実関係を調査した結果は記載されていない。)。さらに,

被告は,原告に対して

直接の事情聴取をしなかったことが認められる。これらによれば,被告は,原告に故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的があったかどうかついて調査検討を尽くさなかったということができる。エ
この点について,被告は,社会福祉法56条に基づく行政調査には罰則規定がなく,原告が関与を否定することが予想できたこと,第三者委員会の提出資料から原告の認識について認定が可能であったことから事情聴取を行わなかったと主張する。
しかし,前記ウで判断したとおり,第三者委員会の調査において収集された資料は,原告に背任罪の故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的があったかどうかを検討するに当たり十分なものであるということはできない。被告の上記主張は,前記ウの判断を左右するものではない。
まとめ
以上検討したところによれば,Aの理事長が同法人を代表して本件業務委託契約を締結し,これに基づいて報酬を支出させたことは,Aに損害を加えるものであるとは認められないという余地が十分にあり,また,原告に背任罪の故意や自己若しくは第三者の利益を図り又はAに損害を加える目的があったとは認められないという余地が十分にあり,被告は,原告を背任罪の疑いで刑事告発し,その事実を公表するに当たっては,本件寄付の経緯や原告が認識していた事実関係について調査検討を尽くすべきであったにもかかわらず,被告は原告の顧問税理士としての活動が背任罪の客観的構成要件及び主観的構成要件に該当するかどうかについて,職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件公表を行ったということができる。公務員が職務上の告発義務を負うこと(刑事訴訟法239条2項)は,上記の判断を左右するものではない。したがって,被告が本件公表をしたことは,国家賠償法1条1項所定の違法なものと評価するのが相当である。また,上記の認定判断によれば,被告には過失があると認められる。よって,被告は,原告に対し,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負う。
3
争点3(損害の有無及び名誉回復処分の要否)について
損害について
証拠(甲15,原告本人)によれば,原告は,本件公表により精神的苦被告が刑事告発書面
及び質問回答書面を本件研修会で配付し,ホームページに掲載したこと,記者会見においてマスコミ関係者に刑事告発書面を配布したことにより原告が背任行為を行ったとの事実が相当程度流布したと考えられること,本件公表は,原告が税理士としての職務を行うに当たり犯罪行為を行ったことを内容とするものであり,原告の職業上の信用を毀損するものであるということができること,その他本件に顕れた諸事情を考慮すれば,原告の受けた精神的苦痛に対する慰謝料の額は300万円と認めるのが相当である。
名誉回復処分の要否について
本件訴訟において,本件公表が違法であるとの判断を示し,被告に対して300万円の損害賠償を命じることにより原告の社会的評価を相当程度回復することが可能であるということができる。したがって,上記金額の損害賠償とともに名誉回復処分としての謝罪文等の交付を命じる必要があるということはできず,名誉回復処分としての謝罪文等の交付を命じることが相当であるということはできない。

第4

結論
以上によれば,原告の請求は,300万円及びこれに対する平成24年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法64条本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。
広島地方裁判所民事第1部

裁判長裁判官

龍見
裁判官

田中昇佐和子
裁判官岡部絵理子は,転補のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官

龍見昇
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