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退去強制令書発付処分取消等請求事件
事件番号平成26(行ウ)73
事件名退去強制令書発付処分取消等請求事件
裁判年月日平成27年1月30日
法廷名東京地方裁判所
判示事項既に本国に送還された外国人が提起した当該外国人がした入管法49条1項の規定に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決の取消しを求める訴えが適法なものであるとされた事例
裁判要旨既に本国に送還された外国人については,本邦から退去した日から一定の期間内における本邦への上陸を拒否されないという法律上の利益を受ける余地はあり,それを受ける目的で当該外国人に係る退去強制令書の発付の処分の取消しを求める必要がある場合には,当該外国人は,入管法49条1項の規定に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決の取消しを求めない限り,その目的を達することができず,当該裁決の取消しを求める必要もあるというべきであるから,当該外国人が提起した同項の規定に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決の取消しを求める訴えについては,その限度で,訴えの利益がなお存するものと解するのが相当である。
裁判日:西暦2015-01-30
情報公開日2017-10-19 10:03:07
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平成27年1月30日判決言渡
平成26年(行ウ)第73号

退去強制令書発付処分取消等請求事件
主文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1
1
請求
東京入国管理局長が平成25年10月18日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法(以下入管法という。)49条1項の規定に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決(以下本件裁決という。)を取り消す。
2
東京入国管理局主任審査官が平成25年11月13日付けで原告に対してした退去強制令書の発付の処分(以下本件退令発付処分といい,本件退令発付処分に係る退去強制令書を本件退令という。)を取り消す。

第2

事案の概要
本件は,タイ王国(以下タイという。)の国籍を有する外国人の男性である原告が,原告に係る退去強制の手続において,入管法69条の2の規定に基づき法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下,法務大臣及び法務大臣から上記の権限の委任を受けた地方入国管理局長を総称して法務大臣等という。)から入管法49条1項の規定に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決(本件裁決)を受けるとともに,東京入国管理局主任審査官から本件退令発付処分を受けたことにつき,原告が永住者の在留資格をもって在留する外国人の女性と婚姻をしていること等からすれば,原告については在留を特別に許可すべきであったのに,その旨の判断をすることなくされた本件裁決には裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用した違法があり,本件裁決を前提とする本件退令発付処分も違法であるなどと主張して,本件裁決及び本件退令発付処分の各取消しを求める事案である。
1
前提事実(証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがないか,当事者に
おいて争うことを明らかにしない事実である。以下前提事実という。)(1)

原告の身分関係等
原告は,1966年(昭和41年)3月1日,タイにおいて出生した同国の国籍を有する外国人の男性である。


Aは,1977年(昭和52年)2月18日,タイにおいて出生した同国の国籍を有する外国人の女性であり,平成19年10月10日,法務大臣から永住許可を受けた者である。Aは,かつて,日本人の男性であるBと婚姻をしたことがあり,同人との間に子であるC(平成11年4月21日生)をもうけたが,Bは,平成21年9月8日,死亡した。(甲2,乙6,12)。


原告は,1998年(平成10年)2月頃,タイの国籍を有する外国人の女性(Aとは別の女性。以下前妻という。)とタイの方式により婚姻をしたが,2001年(平成13年)頃,前妻と離婚をした(甲1,乙4)。また,原告は,平成25年6月13日,タイの方式によりAと婚姻をした。

(2)

原告の入国及び在留の状況

ア(ア)

原告は,平成7年1月29日,前妻とともに,新東京国際空港

(現在の成田国際空港)に到着し,東京入国管理局成田空港支局入国審査官から,在留資格を短期滞在とし,在留期間を90日(在留期間の末日は同年4月29日)とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。なお,同許可を受けた当時,原告の所持していた旅券の氏名欄には,Dと記載されていた。
(イ)

原告は,在留期間の更新又は在留資格の変更を受けることなく,

前記(ア)の在留期間の末日を超えて本邦に残留した。
(ウ)

原告は,わゆる不法残留の退去強制事由に該当する容疑者とし

て退去強制令書の発付の処分を受け,平成8年5月2日,前妻とともに本邦から退去を強制された。

原告は,本邦において就労する目的で,ブローカーに約150万円を支払って他人名義の旅券を入手し,平成15年2月頃,有効な旅券を所持しないで本邦に入り(この入国を,以下本件不法入国とい
う。),上記の他人名義の旅券を行使して本邦に上陸した(甲1,乙4,5,9)。

(3)

本件裁決及び本件退令発付処分に至る経緯等


原告は,前記(1)ウのとおり,平成25年6月13日,駐日タイ王国大
使館において,Aと婚姻をした上,同月25日,東京入国管理局に出頭して本件不法入国及びその後引き続き不法に在留した事実を申告した。東京入国管理局主任審査官は,同年8月28日,不法入国の違反事件の容疑者として,原告に係る収容令書を発付し,東京入国管理局入国警備官は,同年9月4日,上記の収容令書を執行して,原告を東京入国管理局収容場に収容したが,東京入国管理局主任審査官は,同日,原告を仮放免した。
原告については,
上記の退去強制事由に該当する退去強制対象者として,
入管法所定の手続を経た上で,東京入国管理局長は,同年10月18日,入管法49条1項の規定に基づく原告の異議の申出は理由がない旨の本件裁決をし,東京入国管理局主任審査官は,同年11月13日,本件退令発付処分をした。東京入国管理局入国警備官は,同日,本件退令を執行し,原告を東京入国管理局収容場に収容した。

原告は,平成25年12月8日,本件退令を執行されてタイに送還された。

(4)

本件訴えの提起
原告は,平成26年2月14日,本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
2
争点
(1)

本案前の争点
本件訴えのうち本件裁決の取消しを求める部分の適法性(争点1)
(2)

本案の争点

アイ3
本件裁決の適法性(争点2)
本件退令発付処分の適法性(争点3)

争点に関する当事者の主張の要点
(1)

本件訴えのうち本件裁決の取消しを求める部分の適法性(争点1)
(被告の主張の要点)
外国人がした入管法49条1項の規定に基づく異議の申出に対する裁決においては,法務大臣等が,特別審理官の判定を審査し,これを是認するか否かという申立事項に対する判断(同条3項)と,在留特別許可をすべきか否かという職権判断をすることになるところ,法務大臣等が,異議の申出を認容した場合又は在留特別許可をした場合は,当該外国人は,本邦に適法に在留することができるという利益を受けるが,本邦を出国した後はそのような利益を受ける余地はない。
原告は,平成25年12月8日,本件退令を執行されてタイに送還されたものであり,現在,本邦に在留していないから,仮に,本件裁決が取り消されたとしても,本邦に適法に在留することができるという利益を受ける余地はないのであり,本件裁決の取消しを求める訴えの利益を有しないといわざるを得ない。
(原告の主張の要点)
本邦から退去を強制された者は,退去を強制された日から5年間本邦に上陸することができない(入管法5条9号ロ)ところ,本来であれば退去強制を受けるべきではない原告は,退去を強制されたことによって5年間本邦に上陸することができなくなるという法律上の不利益を被っているから,本件裁決の取消しを求める訴えの利益を有していることは明らかである。なお,原告は,本件退令発付処分を受けてから1か月足らずの後にタイに送還されたものであるところ,このような強引な強制送還が許されるのであれば,退去強制令書の発付の処分を取り消す訴えを提起することを認める行政事件訴訟法の規定(同法3条2項,14条)の存在意義を否定ないし没却するものである。同法は,被処分者の権利及び利益を保護する目的のみならず,行政の適法性の確保も目的とするものであるから,原告との関係のみならず日本国民との関係においても,本件について訴えの利益がないと判断をすることは,行政の公務の適法性を確保することが困難となることにつながるのであり,相当ではない。
(2)

本件裁決の適法性(争点2)について

(原告の主張の要点)

法務大臣等の裁量権について
(ア)

外国人の出入国管理は,国内の治安と善良な風俗の維持,保険・衛
生の確保,外交関係の安定,労働市場の安定等,種々の国益の保持を目的として行われるものであるから,その判断が法務大臣等の広範な裁量によって行われることは否めないが,法務大臣等の上記の裁量も無制限のものではなく,その判断が全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣等が裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した場合には違法となるというべきである。
(イ)a

我が国に正規に入国する外国人は,年間500万人を超え,外国

人登録法(平成21年法律第79号による廃止前のもの。以下外登法という。)の規定に基づき外国人登録をしている者は,平成16年には,我が国の総人口の1.5%を超えている状況にある反面,日本人は平成18年をピークに減少しており,出生率が現状の水準のまま推移すると,50年後には1億人を下回り,100年後には6400万人まで半減すると推計されている。このように,人口の自然減が進行している国家にあっては,国家の活力を維持するためには外国人を受け入れることが必須であり,外国人を安定して受け入れるためには,我が国においてその地位を保障することが必要不可欠な前提を成すものである。
この激動の時代にあって,昔の解釈に凝り固まっていること自体,裁判実務がその役割を放棄しているに等しく,上記のような我が国の置かれた状況に照らせば,関連法規の解釈もおのずと変更されなければならない。被告が指摘する判例(最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁,最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁)は,前時代のものであり,もはや見直されて変更されるべき時期に来ているものである。

海外にいる外国人が,国際慣習法上,本邦へ入国する権利を有しないことはそのとおりであるとしても,現に本邦に在留する外国人について,在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利が保障されているわけではないというのは問題が多い。我が国に在留する外国人は,様々であり,その違いを全く考慮しないまま,十把一絡げに論じ,上記のように断ずるのは失当である。憲法の保障する人権は,原則として我が国に在留する外国人に対しても等しく保障されるべきものであり,我が国に長期に滞在する外国人がその期間中に築き上げた人的,精神的及び物質的な利益は,人権として保障されなければならない。
このような前提に立つならば,我が国に適法に在留している外国人の在留期間の更新や在留特別許可をすべきか否かについて,法務大臣等の広範な裁量の下にあるということは,再考が必要となる。少なくとも,
就労や定住に係る在留資格の在留期間の更新が拒否される場合,
それらの在留資格をもって本邦に在留する外国人の受ける不利益が甚だしく大きいから,そのような場合における法務大臣等の裁量は,き束裁量と解すべきであり,法務大臣等の処分により外国人が失う利益とそれにより保護されるべき利益との比較衡量が常に必要である。c(a)

入管法は,
国益の保持を目的として出入国管理制度を設けたので

あるから,国益と出入国管理制度とは同じではない。外国人の無秩序,無制限な我が国への出入国及び在留を認めないのは国益の保持のためであるから,そのような出入国管理制度を設けることによって守ろうとする国益が別に存在しているのであり,出入国管理制度自体が国益そのものではないということができる。そうであれば,出入国管理制度に違反する外国人がいたとしても,それが直ちに国益に反しているということにはならず,個別的な事情によっては,国益に反していない場合もあるということができるというべきで
ある。
(b)

入管法24条1号の場合は,当該事由に該当する外国人につき,

我が国に在留させることが好ましいか否かの審査を受けていないというだけのことであり,そのことが直ちに在留させることが好ましくないという類型に該当するわけではないし,
同条4号ロの場合は,
当該事由に該当する外国人について,当初は,我が国に在留させることが好ましい者として在留をすることが許されていた者であって,在留期間の経過とともに直ちに在留させることが好ましくない者に変ずるというのは奇妙である。
そうすると,入管法は,退去を強制させるべきか否かという審査
をすべき外国人を類型的に選び出すための基準として退去強制事由を列挙しているものと解すべきであり,当該事由に該当する外国人は,国益に反する可能性を有するがゆえに退去を強制させるべきか否かの審査が開始されるにとどまると解するのが適当であるから,ある外国人が,同条各号に列挙された退去強制事由に該当することによって直ちに,類型的に見て我が国に在留させることが好ましくない者であると断定することは正しくないというべきである。
(c)

仮に,退去強制事由に該当する外国人は,類型的に見て我が国

に在留させることが好ましくない者であるという前提に立ったとしても,退去強制事由に該当するか否かという判断が類型的な判断であって,犯罪の成否を判断する際の構成要件該当性の判断と同様なものといえるところ,犯罪の構成要件該当性の判断に引き続いて行われる違法性阻却事由の判断が非類型的なものではあっても恩恵的なものとはいえないことに照らすと,入管法は,退去強制事由への該当という類型的な判断に引き続いて在留特別許可をすべきか否かという非類型的判断を行うことで判断の硬直化を避け,柔軟で妥当な結論を導くことを意図しているものということができるから,当該外国人の在留を特別に許可することが我が国の国益の保持に合致するか否かの検討をするという判断が非類型的なものであることから直ちにそれが恩恵的なものとなるとは限らないというべきである。(d)

在留特別許可をすべきか否かの判断が非類型的,総合的判断で

あるとしても,直ちに法務大臣等の極めて広範な裁量に委ねるのが適当であるということにはならないのは,犯罪の違法性阻却事由の判断が裁判官の広範な裁量に委ねられるものではないことと同様である。非類型的判断は,広範な比較衡量の余地を残すものであることは否定できず,在留特別許可に係る総合的判断の程度は,違法性阻却事由の判断よりもずっと広く,考慮すべき事情も多岐にわたると思われ,高度な政治的判断を要求される場合もあり得るが,そのような判断は,在留特別許可を認める方向で片面的に許されるものと理解すべきであり,何ら国益を害する実態のない外国人に対し,政治的な理由から在留特別許可を特に認めないという方向での適用は,明らかに当該外国人に対する不当な取扱いであって認められるべきではない。
したがって,在留特別許可をすべきか否かの判断は,飽くまで比
較衡量による判断を基礎としつつ,それに上乗せする形で恩恵をも認める片面的に柔軟性を持たせた裁量権と解すべきである。
(e)

在留特別許可をすべきか否かの判断に係る法務大臣等の裁量権

は,極めて広範な裁量権を認めるものと解すべきではなく,利益衡量を基礎に置き,その比較衡量を誤った場合には裁量権の逸脱,濫用となるき束裁量と解すべきである。
(ウ)

行政機関は,比例原則による制約を受ける以上,判断基準を画一的
に適用する必要性があるから,法務省入国管理局が公表している在留特別許可に係るガイドライン(以下ガイドラインという。)は,行政機関による在留特別許可をすべきか否かの判断を拘束する行政先例ないし一般的,固定的基準となるというべきである。

本件裁決の違法性について
次の(ア)及び(イ)のとおり,ガイドラインに示されている積極要素及び消極要素に照らしても,原告に対して在留特別許可をしなかった本件裁決の判断が,全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性に欠けることは明らかである。
(ア)

ガイドラインに示された考慮要素について
積極要素が認められること
原告は,平成25年6月13日,Aと婚姻して法律上の夫婦となった上,Aの子であるCは,原告に非常になついており,原告とAが協力して養育していたところ,原告の退去強制が取り消されない場合には,原告とA及びCが離ればなれになって暮らすことになり,子の成長にとって極めて酷な環境である。また,Cがタイに移住することとなった場合,その環境に順応することは極めて困難であるし,Aも,本邦に長年定住し,
本邦における生活に慣れ親しんでいるのであって,
タイへ移住することは想定することができない。
したがって,原告がA及びCと離れて暮らすような事態は,人道的見地から避けるべきであったということができる。

消極要素を過大評価すべきではないこと
原告は,本邦において,逮捕,勾留,起訴等をされたことがないから,ガイドラインに示されている消極要素であるその他の刑罰法令違反又はこれに準ずる素行不良が認められるときには該当しない。
(イ)

考慮すべき原告の事情について
不法入国について
原告が,不法入国をしたことは事実であるとしても,不法入国に対する罰則として規定されている法定刑は最も重いもので懲役又は禁錮3年であり(入管法70条1項1号),その公訴時効の期間は3年である(刑事訴訟法250条2項6号)。原告が本邦に入国したのは平成15年頃であるから,原告の犯した不法入国に係る行為は,既に公訴時効の期間が経過しており,刑事罰を科されることはない上,同号の趣旨が長期にわたって起訴されない状況が続いた事実状態を尊重することにあることに照らすと,同法としては,原告の不法入国行為をとがめないのみならず,原告が本邦に在留し続ける事実を尊重することを意味するものともいえる。
このような同法上の理念に鑑みたとき,同法が尊重すべきとした事実を原告に不利に解することは,同法に違反する判断,解釈といわざるを得ず,このような法務大臣等の判断が裁量権の逸脱,濫用となることも明らかである。

原告の在留の状況について
不法就労による法益の侵害は,本来,外国人労働者が本邦において自由に就労することにより,
日本人労働者の労働の機会が奪われたり,
制限されたりすることに求められるところ,本件においては,原告が本邦において畑作業及び外壁工に従事して不法就労をしていたことは事実であるものの,このような作業は多くの日本人が好まない職種であり,人手不足となっていたことから原告に声がかかって就労を開始したという経緯もあり,原告が就労したことにより日本人労働者の労働の機会が脅かされたという事態は存在しないから,原告が不法就労したことによる法益の侵害は軽微ないし不存在であると評価すべきものである。また,不法就労の事実はそれのみをもって直ちに退去強制事由となるものではない(入管法24条)から,このような事実を単純に悪質なものとして評価した上で消極事情と解することはできない。したがって,原告の不法就労活動がそれ自体として我が国の出入国管理政策に反する悪質な行為であるというのは,本件の実態を考慮せず,これを全く無視したものであるというべきである。


原告の退去強制歴について
原告が1度目に退去強制されたのは平成8年頃であり,2度目に本
邦に上陸したのは平成15年頃であるから,その間には約7年の期間が空いているのであり,原告は,退去強制後すぐに不法入国をしたわけではなく,その間,自らの行為を後悔し,反省していた(そうでなければ,退去強制後すぐに不法入国をしていたであろうし,実際にそのような行動をとる者も多いのである。)が,前妻の浮気をきっかけに絶望して自棄となり不法入国をしてしまったのである。したがって,原告に退去強制歴があるとしても,そのことをもって原告の遵法精神が欠如していると評価するのは,本件の実態を考慮せず,これを全く無視したものであるというべきである。

外登法上の義務違反について
原告が外登法上の義務に違反したことは事実であるが,①外登法に
違反したことはそれのみによって退去強制事由となるものではないこと及び②不法入国者又は不法残留者に外登法に定められた登録義務を果たすことを要求すると,それをした際に入管当局等に自らの不法入国又は不法残留を自ら告げるに等しいから,不法入国又は不法残留には,外登法上の義務違反が当然に内包され,不法入国又は不法残留において既に評価し尽くされていると解すべきであることに照らすと,在留特別許可をすべきか否かの判断において,外登法上の義務違反がある事実を消極要素として考慮することは,入管法が元々考慮しない事由としている事実を考慮する他事考慮ないし同一の事実を二重に消極的に評価することになるというべきである。

原告とAとの婚姻関係について
(a)

ガイドラインには,積極要素として,永住者の在留資格をもっ

て本邦に在留する者との婚姻が法的に成立している場合が掲げられているところ,永住者の在留資格をもって本邦に在留する者が将来的に本国に帰国する可能性があるとしても,かかる事情は,在留特別許可をすべきか否かの判断をする時点のものではなく,これを考慮することは他事考慮となるといえる上,永住者の在留資格をもって本邦に在留する者と日本人は,いずれも日本に生活基盤を長期にわたって築いている者であり,これらを区別する合理的な理由はないというべきである。そうすると,本件において,Aが将来的にタイに帰国する可能性があるか否かについて一切調査及び検討することなく,形式的にAが永住者の在留資格をもって本邦に在留する者であることのみをもって,
日本人との婚姻関係よりも要保護性が低いと判断したことは,
考慮すべき事情を十分に考慮していないものというべきであることは明らかである。
(b)

原告とAは,平成22年に出会った後深い交際があり,その期

間も含めれば3年以上の交際期間があるところ,その間,原告は,Aの自宅に行ったり,Cと交友を深めたりした上,婚姻することを前提とした約1年5か月間の同居期間を経た後に法律上の婚姻をするに至り,更に約4か月間の同居期間を経ているから,原告とAとの関係は,既に安定かつ成熟したものと評価することができることは明らかである。なお,原告とAとの関係は,本件裁決後1年以上を経た後においてもなお良好である。
(c)

刑事訴訟法250条の趣旨に照らすと,永続された事実状態を

尊重しなければならないことは明らかであり,これは,単に刑罰からの免脱を許すのみならず,永続された事実状態に基づいて築かれた身分関係を保障するものであると解しなければ理論的に整合しないから,いわゆる不法在留の状態の上に築かれた関係が法的保護に値しないとはいえない。
なお,原告は,原告に係る口頭審理(以下本件口頭審理とい
う。)において,Aと知り合った当日に在留資格がないことをAに伝えた旨供述したとされている(乙12)が,これは,原告及びAの各陳述書(甲1,2)の記載(例えば,Aの陳述書(甲2)には,原告が在留資格を取得することを目的としてAと交際することを求めてきたのであれば,当初から交際を断るつもりであった旨が記載されている。)と明らかに反するものである上,①本件口頭審理において,立会人に一切の発言を禁じていること,②一般に,特別審理官は,入国管理局に都合の悪い事実を外国人が供述すると,その都度,高圧的な態度で外国人に接すること,③一般に,通訳人が口頭審理を受けている外国人に対して正確に事実を伝えていないことがまま見受けられることにも照らすと,口頭審理調書(乙12)に記載された原告の供述の信用性は全くないというべきである。
その上で,法的知識が不十分なAが,原告が在留資格を有するこ
となく本邦に在留していることを知った上で原告と婚姻したとしても,それを保護しないとすることは,何ら非のないAの婚姻の自由を不当に制約することにほかならないのであって,許されるべきものではないことは明らかである。

原告とCとの関係について
子の福祉は,当該子どもの人格形成に関わる最重要事項であるから,これを一番に考慮すべき事項であることは明らかであるところ,Cにとって原告の存在は,父親そのものであり,原告にとってもCの存在は実子そのものである。すなわち,Cは,原告とAが交際を開始した当時引きこもりがちであり,原告がCを公園等に誘ったことをきっかけにして,原告と一緒に外出するようになったものの,原告が退去強制されたことにより,原告が帰ってくることを信じていたにもかかわらずそれがかなわなかったことに大きく失望して再び引きこもりとなってしまったことからも容易にうかがわれる。原告は,現在においてもCのことを気遣い,父親として自分に何ができるかと苦慮しているところでもある。そして,Aは,このようなCの面倒を見ることで精一杯の状況となり,安心して外出することもできず,いまだに無職のままであって極めて貧しく不安定な家庭や生活の状態であり,Aが体調を崩して病院に搬送された際にもCの面倒を見る者がいない状況であったから,中学校の教員等が定期的にCと面談するなどしていることを考慮しても,原告が退去強制されたことによる弊害は大きいといわざるを得ない。
したがって,原告にCの扶養義務がなく,原告とCとが殊更強固な関係を築いているとはいい難く,原告がいまだCの養育に重要な役割を果たしているともいえないなどとして,原告とCの関係が,原告の在留特別許可をすべきか否かの判断に当たって格別しんしゃくすべき事情とはならないとはいい難いというべきである。

原告がタイで生活することに支障があるとはいえないことが在留特別許可をすべきか否かの判断に当たってそれを不相当とする事情として考慮されるべきではないこと
在留特別許可をすべきか否かの判断は,専ら本邦に在留させることの必要性及び相当性の有無及び程度,本邦に及ぼす影響等により決定されるべきものと解され,外国人が本国での生活に支障がないとしても,それは,在留特別許可を積極的に不相当とするような事情とはいえない上,婚姻関係が肉体的,精神的結合を基礎とし,かつ,目的としていることに鑑みれば,電話,メール,インターネット等を通じて交流するのみでは不十分であることは明白である。原告とAがタイと日本で別々に暮らすことになれば,限りなく偽装結婚に近い生活状況に置くことになるが,そのような状況に置くべきではないことは明らかである。

(被告の主張の要点)

法務大臣等の裁量権について
(ア)

国家は,
外国人を受け入れる義務を国際慣習法上負うものではなく,

特別の条約ないし取決めがない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを自由に決することができるのであり,憲法上も,外国人は,我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん,在留の権利又は引き続き在留することを要求する権利を保障されているものでもない(前掲最高裁昭和32年6月19日大法廷判決,前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決参照)。
在留特別許可は,入管法上,退去強制事由が認められ退去させられるべき外国人につき,法務大臣等が恩恵的措置として特別に与え得るものにすぎない。在留特別許可をすべきか否かの判断に当たっては,退去強制事由に該当する外国人が類型的に本邦に滞在させることが好ましくない者といえることも踏まえた上で,
当該外国人の個別的事情のみならず,
諸般の事情をその時々に応じて総合的に考慮し,
我が国の国益を害さず,
むしろ積極的に利すると認められるか否かを検討すべきであり,そのような判断は,出入国管理行政全般について国民や社会に対して責任を負う法務大臣等の極めて広範な裁量に委ねるのが相当である。
そうすると,
在留特別許可をしないという法務大臣等の判断が裁量権の範囲からの逸脱又はその濫用に当たるとして違法となり得る例外的な場合があるとしても,それは,在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られる。
(イ)

原告は,ガイドラインが行政機関による在留特別許可をすべきか否
かの判断を拘束する行政先例ないし一義的,固定的基準となる旨主張する。
しかしながら,在留特別許可は,諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定されるべき恩恵的措置であって,それをすべきか否かの判断を拘束する行政先例ないし一義的,固定的基準は存在しない。在留特別許可をすべきか否かは,ガイドラインに例示された事情だけで判断されるものではないから,ガイドラインは,在留特別許可をすべきか否かの判断に当たって考慮すべき当該外国人の個別事情を一般的,抽象的に例示したものであるにとどまり,在留特別許可に係る一義的,固定的な基準とはいえない。
そうすると,仮に,ガイドラインに示された積極要素に該当すると評価することができるような事情が存在したとしても,そのことだけで当然に在留特別許可をすべきであるということにはならず,まして在留特別許可をしなかったことが法務大臣等に与えられた裁量権の逸脱,濫用になるということはできない。
したがって,原告の主張は理由がない。

本件裁決の適法性について
本件において,原告の在留を特別に許可すべき特別な事情があると認められないことは,次の(ア)ないし(キ)に述べるとおりであるから,本件裁決は適法である。
(ア)

原告が不法入国をしたこと
原告は,その供述するところによれば,平成15年2月頃,本邦に不
法入国をしたものであるところ,入管法は,不法入国者につき,不法残留者よりも出入国管理の基本秩序を害する程度が高く,悪質であると位置づけている(同法24条の3参照)から,不法入国をしたとの事実だけを見ても,原告の入国及び在留状況は悪質というべきである。
そして,原告は,その供述するところによれば,不法入国の違法性を十分に認識していたことは明らかであるにもかかわらず,入管法違反を敢行したものであり,その遵法精神は明らかに鈍麻しているといわざるを得ない。しかも,原告は,密入国の手引き等をする不法集団に対して資金を提供したことや再度本邦に入国するために改名したことを認めているのであり,その意味においても,本件不法入国に係る原告の入国態様は悪質であり,我が国の出入国管理行政上到底看過することができないというべきである。
(イ)

原告が不法就労をする目的で本件不法入国をして現実にも不法就労
活動を長期間継続していたこと
原告は,入国目的が不法就労活動をすることにあり,入国後,現に長期間にわたって不法就労活動をしていたことを認めているところ,我が国の在留資格制度は,外国人の就労活動に対する規制をその根幹に取り込んで成立しているのであって,在留資格のない外国人が我が国において就労するという事態は,我が国の出入国管理政策の根幹に反するものである。
したがって,原告の不法就労活動は,それ自体,我が国の出入国管理政策に反する悪質な行為といわざるを得ず,このような原告の行為は,出入国管理行政上看過できないというべきであって,在留特別許可をすべきか否かの判断において当然に消極要素として評価されるべきである。(ウ)

原告が過去にも入管法違反により退去強制を受けていること
原告は,平成7年1月29日,在留資格を短期滞在とし,在留期間を
90日とする上陸許可を受けて本邦に上陸したが,その後,在留期間の更新又は在留資格の変更を受けることなく,在留期間の末日である同年4月29日を超えて本邦に不法に残留し,平成8年5月2日,本邦から退去を強制されたことがある者であるところ,不法残留の罪(入管法70条1項5号)は懲役刑も科し得る違法性の高い犯罪行為とされているのであり,不法残留自体が重要な国家社会的な法益の侵害であるといえることに照らすと,上記のとおり,原告が,過去に約1年間にわたって不法残留を続けて退去を強制されたにもかかわらず,今般,本件不法入国に及び,引き続いて長期間の不法在留に及んだ事実は,原告の入国及び在留状況が著しく不良であるとともに,原告の遵法精神が欠如していることを如実に示すものであって,我が国における出入国管理行政を維持する観点からは到底看過することができないというべきである。(エ)

原告が外登法に違反したこと

原告は,外登法3条1項の規定に基づき,入国後90日以内に新規登録申請をすべきであったところ,本邦に入国した後,外国人登録を一切行っていない。このような原告の行為は,本邦に在留する外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ,もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とする同法の趣旨(同法1条)に反し,同法18条1項に定められた罰則規定にも抵触するものであるところ,このような同法に定められた登録義務に違反した事実が在留特別許可をすべきか否かの判断に当たり消極事情としてしんしゃくされることは当然である。(オ)

原告とAとの関係は在留特別許可をすべきか否かの判断において格
別有利にしんしゃくすべきものでないこと

入管法は,在留特別許可をすべきか否かの判断に関して,永住者の在留資格を有する配偶者等の存在等の特定の事項を必ず考慮しなければならない旨の規定,永住者の在留資格を有する配偶者等がいる外国人を特別に扱うべきことを定めた規定,当該配偶者等に対して何らかの手続上の権利を付与したような規定等を設けておらず,入管法のその他の規定を検討しても,在留特別許可をすべきか否かの判断において,永住者の在留資格を有する配偶者等がいる外国人について,そうでない外国人と区別して,一律に特別の取扱いをすべき法的地位を付与しているものとは解されないから,退去強制事由のある外国人に永住者の在留資格を有する配偶者等がいることを法務大臣等が当該外国人に対して特別に在留を許可すべきか否かの判断をする際にしんしゃくする事情の一つとすることはできるとしても,当該永住者との婚姻関係の存在が,法務大臣等の在留特別許可をすべきか否かの判断に関する裁量権の行使に対する制約になると解することはできない。また,
永住者の在留資格を有する者であっても本国に帰国する可能性がないとはいえないから,本邦とのつながりは,日本人と本邦とのつながりと比較すれば相対的に弱いということができ,永住者の配偶者を保護する必要性の程度は,日本人の配偶者に対するものとはおのずと異なるというべきであるから,日本人と婚姻関係にある外国人と対比すれば,保護の必要性が低い。さらに,不法在留という違法状態の上に築かれた婚姻関係については,当然には法的保護に値しないというべきである。

本件裁決までの原告とAとの婚姻期間は4か月余りと短期間であ
る上,婚姻前の交際状況を見ても,両名は,平成24年1月に同居を開始したというのであるから,本件裁決前の同居期間は約1年9か月にすぎない。以上からすると,本件裁決時において,原告とAとの婚姻関係が,在留特別許可をすべきか否かの判断に際し,積極的にしんしゃくすべき事情といえる程度に安定かつ成熟したものであったとは認められない。

(カ)

原告とCとの関係は在留特別許可をすべきか否かの判断において格
別有利にしんしゃくすべきものでないこと
退去強制事由に該当する外国人が,日本人の子を養育する必要があるとの一事をもって,直ちに当該外国人に在留特別許可をすべきであるとはいえず,日本人の子の養育の必要性は,在留特別許可をすべきか否かの判断の際にしんしゃくされる一事情にすぎないものというべきである。また,入管法は,我が国の国籍を有する児童の監護,養育及び教育という事由を外国人の在留資格として認めておらず,外国人が我が国の国籍を有する児童の監護,養育及び教育をする権利を有し,義務を負う場合であっても,当該外国人は,そのことのみを理由に我が国に引き続き在留することを保障されるものではなく,その我が国における監護,養育及び教育をする権利の行使又はその義務の履行は,当該外国人が本邦に在留することができるという枠内においてのみ可能となるものというべきであるから,仮に,当該外国人が本邦から退去を強制され,当該日本人の児童が本邦に残留する結果に至ったとしても,必ずしも,当該外国人について在留特別許可をしなかったことが裁量権の逸脱又は濫用になるというものではない。
本件においては,Cは,原告と血縁関係はもとより,養親子関係もないのであって,原告にCの扶養義務はない上,この点をおくとしても,Cは,原告やAとは別に夕食を取り,学校や自身の部屋で過ごす時間が長く,原告とはごく簡単な日本語で会話する程度であることが認められる(乙12)ことに加え,Cの学校行事への参加についても,Aが,Cの許可がもらえれば原告も一緒に授業参観へ連れて行こうと考えていますと述べるにすぎない状況である(乙6)から,原告とCとが殊更強固な関係を築いているとはいい難く,原告がいまだCの養育に重要な役割を果たしているともいえない。
したがって,原告とCの関係は,原告の在留特別許可をすべきか否かの判断に当たって,格別しんしゃくすべき事情であるとはいえないというべきである。
(キ)

原告をタイに送還することに特段の支障はないこと

原告は,タイにおいて生まれ育ち,本邦に入国するまで我が国とは何ら関わりのなかった者であり,タイではレストランのアルバイトやレストラン経営に従事し,本邦では農業従事者,外壁工等として稼働していた稼働能力を有する成人の男性である上,原告自身,自身がタイで生活できない特別な事情はない旨を供述している(乙12)から,原告をタイに送還することに特段の支障があるとは認められない。原告は,原告がA及びCと離れて暮らすような事態は人道的見地から避けるべきものである旨主張するが,原告が本邦に不法入国をした者である以上,原告が退去強制を受けることになり,一定期間原告がAやCと同居することが困難となる不利益を被るとしても,それは入管法の予定するところであり,原告自身が招いた不利益ともいうべきである。また,今日の交通手段及び通信手段の発達により,A及びCは,原告の下に赴いたり,電話,メール等により交流したりすることは可能であるから,同居することが困難となることは,必ずしも家族の交流に対する著しい阻害要因とはならないというべきである。
(3)

本件退令発付処分の適法性(争点3)について

(原告の主張の要点)
前記(1)(原告の主張の要点)のとおり,本件裁決は違法であるから,これに基づいてされた本件退令発付処分も違法である。
(被告の主張の要点)
前記(1)(被告の主張の要点)のとおり,本件裁決は適法であるから,これに基づいてされた本件退令発付処分も適法である。
第3
1
当裁判所の判断
本件訴えのうち本件裁決の取消しを求める部分の適法性(争点1)について(1)

入管法50条1項は,同法47条3項の規定に基づき入国審査官により
退去強制対象者に該当すると認定された外国人であって,同法48条8項の規定に基づき特別審理官により当該認定が誤りがないと判定され,これを不服として同法49条1項の規定に基づき法務大臣に対し異議の申出をした当該容疑者について,法務大臣が当該異議の申出が理由がないと認める場合であっても,このような場合につき同条6項が規定する退去強制令書の発付に至る取扱いについての特例として,その者が同法50条1項各号のいずれかに該当するときは,法務大臣はその者の在留を特別に許可することができる旨を規定しているところ,①上記の規定の適用のある当該容疑者がそれに該当するとされる退去強制対象者は,同法24条各号のいずれかに該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない外国人をいい(同法45条1項),②同法24条は,同条各号の退去強制事由のいずれかに該当する外国人については,同法第5章(退去強制の手続)に規定する手続により,本邦からの退去を強制することができる旨を規定し,③また,同法24条の3は,同法24条4号ロ(不法残留)等の一定の退去強制事由に該当する外国人で速やかに本邦から出国することが確実と見込まれること(同法24条の3第5号)等の同条各号のいずれにも該当するものである出国命令対象者については,同法24条の規定にかかわらず,退去強制令書の発付及びその執行によることなく,出国を命ずるものとする旨を規定している。その上で,④同法50条2項は,同条1項の当該容疑者について同項の規定による許可をした場合には,法務大臣は,法務省令で定めるところにより,在留資格及び在留期間を決定し,その他必要と認める条件を付することができる旨を規定しており,かかる規定については,同法2条の2第1項が,本邦に在留する外国人は,特別の規定がある場合を除き,

それぞれ,当該外国人に対する上陸許可若しくは当該外国人の取得に係る在留資格(中略)又はそれらの変更に係る在留資格をもって在留するものとする。

と規定しているところに該当するものと解されることに加え,⑤同法50条4項は,同条1項の許可は,同法49条4項の規定の適用については,異議の申出が理由がある旨の裁決とみなす旨を規定し,同項は,主任審査官は,法務大臣から異議の申出が理由があると裁決した旨の通知を受けたときは,直ちに当該容疑者を放免しなければならない旨を規定している。他方,⑥同法には,本邦外にある外国人に在留資格を与えることがある旨を定める規定は存在しない。
上記の①から⑥までに述べた各規定の文理等に照らすと,同法50条1項の規定の適用がある当該容疑者については,本邦に在留する外国人がこれに該当し,本邦外にある外国人に同規定を適用する余地はないものと解するのが相当である。
(2)

前記(1)に述べたところに照らすと,本邦に在留する外国人がした入管法
49条1項の規定に基づく異議の申出についてされた同申出が理由がない旨の裁決が,当該異議の申出をした外国人に在留を特別に許可しなかった点に違法があるとの理由で判決によって取り消された場合には,法務大臣は,行政事件訴訟法33条1項の規定による当該取消判決のいわゆる拘束力により,その理由の趣旨に従って,当該外国人に在留を特別に許可すべきか否かを改めて判断すべきこととなり,当該外国人は,これによって在留を特別に許可された場合には,収容から放免された上,退去強制令書の発付を受けることなく,決定を受けた在留資格をもって本邦に適法に在留することができるという法律上の利益を受けることになる。
本件において,原告は,原告には在留を特別に許可すべきであったのに,その旨の判断をすることなくされた本件裁決には裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があると主張して,本件裁決の取消しを求めているところ,本件裁決を取り消すことにより,原告が上記のような法律上の利益を受ける余地があるかどうかについて検討すると,前提事実(3)ウのとおり,原
告は,
平成25年12月8日,
本件退令を執行されてタイに送還されており,
現在,収容されていることもなければ,本邦に在留している事実もないのであるから,仮に本件裁決が取り消されたとしても,収容から放免され,又は本邦からの退去を強制されないという法律上の利益を受ける余地がないことは明らかであり,
前記(1)に述べたところに照らし,
本邦外にある原告が在留
を特別に許可されるという法律上の利益を受ける余地のないことも明らかである。
(3)

ところで,入管法5条1項9号ロ及びハは,同法24条各号(同条4号オないしヨ及び4号の3を除く。)のいずれかに該当して本邦からの退去を強制された者について,退去した日から5年又は10年を経過しないと本邦に上陸することができない旨を規定しているから,退去強制令書の執行を受けて既に本邦から退去した者が,同法5条1項9号ロ又はハの規定の定める期間内において本邦への上陸を拒否されないためには,当該外国人に係る退去強制令書の発付の処分を取り消す必要があり,当該処分の取消しにより回復すべき法律上の利益があるというべきである。
そして,
同法49条6項は,
主任審査官は,法務大臣から同条1項の規定に基づく異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは,速やかに当該容疑者に対し,その旨を知らせるとともに,同法51条の規定による退去強制令書を発付しなければならない旨を規定しているから,同法49条1項の規定に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決が存する限り,主任審査官は,退去強制令書を発付しなければならないことになる。
そうすると,既に本国に送還された外国人については,上記のような本邦から退去した日から一定の期間内における本邦への上陸を拒否されないという法律上の利益を受ける余地はあるということができ,それを受ける目的で当該外国人に係る退去強制令書の発付の処分の取消しを求める必要がある場合には,上記のとおり,当該外国人に係る同法49条1項の規定に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決が,当該外国人に係る退去強制令書の発付の処分の当然の前提を成すものである以上,当該外国人は,当該裁決の取消しを求めない限り,その目的を達することができないことになるから,当該裁決の取消しを求める必要もあるというべきである。
したがって,既に本国に送還された外国人が提起した同項の規定に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決の取消しを求める訴えについては,上記の限度で,訴えの利益がなお存するものと解するのが相当である。
本件においては,原告は,入管法5条1項9号ハの規定により,退去した日から10年を経過しないと本邦に上陸することができないことになるところ,
前提事実(3)イのとおり,
本件退令を執行されてタイに送還されたのは平
成25年12月8日であるから,原告が提起した本件裁決の取消しを求める訴えについては,なお訴えの利益が存することになる。これと異なる被告の主張は採用することができない。
2
本件裁決の適法性(争点2)について
(1)

在留特別許可に関する法務大臣等の裁量について
国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは,専ら当該国家の立法政策に委ねられており,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由が保障されていないことはもとより,在留する権利又は引き続き在留することを要求する権利を保障されているということもできない(前掲最高裁昭和32年6月19日大法廷判決,前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決参照)。
そして,上記のような理解を前提として定められたものと解される入管法50条1項の在留特別許可については,違反事件の容疑者である外国人が同法24条各号の定める退去強制事由に該当し退去強制対象者に該当することを確認する旨の処分である入国審査官による認定が誤りがないとした特別審理官による判定に異議があるとしてされた異議の申出に対し,それに理由がないと認められることを前提に,
法務大臣の裁決の特例として,
当該容疑者について同法50条1項1号ないし4号の事由があるときにすることができるとされるものであり,在留特別許可については,同項各号に掲げるところのほかは,それをすべきか否かの判断の要件ないし基準とすべき事項は定められておらず,このことと,上記の判断の対象となる退去強制対象者は,本来的には本邦からの退去を強制される法的地位にあること,外国人の出入国の管理及び在留の規制は国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持を目的として行われるものであって,このような国益の保持の判断については,広く情報を収集し,その分析の上に立って時宜に応じた的確な判断を行うことが必要であり,高度な政治的判断を要求される場合もあり得ること等を勘案すれば,在留特別許可をすべきか否かの判断は,法務大臣の広範な裁量に委ねられていると解すべきである。
もっとも,法務大臣の裁量権の内容は全く無制約のものではなく,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により判断が全く事実の基礎を欠く場合や,事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には,法務大臣の判断が裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法になることがあるものと解される。
そして,以上のことについて,法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長に関し,異なって解すべき法令上の根拠は見当たらない。イ
なお,前記アにおいて述べたところからすれば,在留特別許可については,諸般の事情を総合的に考慮した上で個別的に決定されるべき措置であり,それをすべきか否かの判断につき一義的な基準を定めることができる性質のものではないというべきであって,ガイドラインは,在留特別許可をすべきか否かの判断に当たり考慮する事項を例示的に示したにとどまるものであり,前記アに述べた法務大臣等の裁量権を何ら拘束するものではないと解される。


以上と異なる原告の主張は,前記ア及びイにおいて述べたところに照らし,全て採用することができない。

(2)

本件裁決の適法性について
前提事実(2)エのとおり,原告は,有効な旅券を所持しないで本邦に不法入国をしたものであり(本件不法入国),入管法24条1号の規定が定める退去強制事由に該当する退去強制対象者に該当する者であると認められるから,同法45条1項の退去強制対象者に該当する者であって,原則として本邦から当然に退去されるべき法的地位に置かれた者ということができる。
そこで,前記(1)のような観点から,以下,本件裁決に裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用した違法があるか否かを検討する。
(ア)

原告の入国及び在留の状況について
前提事実及び後掲の証拠によれば,①原告は,平成7年1月29日に在留資格を短期滞在とする上陸許可を受けて本邦に上陸し,在留期間の更新又は在留資格の変更を受けることなく,在留期間の末日である同年4月29日を超えて本邦に残留した上,不法就労活動に従事していたが,退去強制の手続を経て,平成8年5月2日に本邦から退去を強制されたこと(甲1,乙5,12。なお,原告は,本件口頭審理における原告の供述は信用することができない旨を主張するが,東京入国管理局特別審理官が立会人であるAに一切の発言を禁じたことなど原告が指摘する事実を認めるに足りる証拠はなく(原告及びAの各陳述書
(甲1,
2)
にも,
そのような事実があった旨の記載はない。,

口頭審理調書(乙12)には,Aの具体的な発言内容が記録されている上,他に,本件口頭審理における原告の供述が信用することができないものであることを認めるに足りる証拠ないし事情等も格別見当たらないから,上記の原告の主張は採用することができない。),②原告は,本邦において就労する目的で,名を変更したり他人名義の旅券を入手したりした上で,平成15年2月頃に有効な旅券を所持しないで本邦に入り(本件不法入国),農作業従事者や外壁工として不法就労活動に従事したこと(甲1,乙4,5,9,12),③原告は,上記②の入国(本件不法入国に続いての上陸)後,外登法3条1項の規定に基づく新規登録の申請をしなかったこと(乙1)がそれぞれ認められる。
b(a)

不法入国及び不法残留が出入国管理の秩序の基礎を揺るがす重

大な違反行為であることは,入管法が不法入国及び不法残留を退去強制事由(不法入国につき同法24条1号,不法残留につき同条4号ロ)としているのみならず,刑罰をもってこれに臨んでいる(不法入国及びその後の不法在留につき同法70条1項1号及び2項,不法残留につき同条1項5号)ことからも明らかであり,前記a①及び②のように,不法残留や不法入国をしたという原告の行為は,本件不法入国に先立って本邦への入国を容易にする目的で改名し
たとされること(乙5,9)も含め,我が国の出入国管理制度の根幹を揺るがす極めて悪質なものというほかない。
(b)

我が国は,
外国人の在留について,外国人が在留中に従事する活

動又は在留中の活動の基礎となる身分若しくは地位に着目して類
型化した在留資格を定め,在留資格として定められた活動又は身分若しくは地位を有するものとしての活動を行おうとする場合に限
り,それぞれの在留資格に応じて定められた在留期間の範囲内において在留を認めるものとし,かつ,一定の在留資格をもって在留する者以外には,本邦において報酬を受ける活動をすることを原則として許容せず,これを許容した者についても,それぞれの在留資格に応じて定められた活動のみを許すという制度を採用しているも
のであり(入管法2条の2,19条及び別表第1及び第2参照),前記a①及び②のように不法就労活動を繰り返した原告の行動は,我が国の出入国管理秩序と全く相いれないものというほかない。
(c)

前記a③に述べたとおり,原告は,外登法3条1項の規定に基づ
く新規登録の申請を全くしなかったものであるところ,このような原告の行動は,本邦に在留する外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ,もって在留外国人の公正な管理に資することを目的とする同法の趣旨に反する行為であり,同法の罰則規定(同法18条1項1号)にも該当するものである。

以上に述べたところからすれば,原告の入国及び在留の状況は,極めて悪質であるとの評価を免れない。これに反する原告の主張は採用することができない。

(イ)

Aとの婚姻関係及びCの存在について

法務大臣等の在留特別許可をすべきか否かの判断に関する裁量権が広範なものであることに加えて,入管法には,上記の判断に当たり,一定の在留資格をもって本邦に在留する者と婚姻関係にある外国人を特別に扱うべきことを定めた規定等が見当たらないこと等からすれば,退去強制対象者に該当する外国人が,永住者等の一定の在留資格をもって本邦に在留する外国人と婚姻関係にあることや当該配偶者のいわゆる連れ子との関係は,法務大臣等が当該外国人に対して在留を特別に許可すべきか否かの判断をする際にしんしゃくされ得る事情の1つにとどまるものというべきである。
そして,①原告とAの関係は,原告の不法入国(本件不法入国)及びそれに続く不法在留という違法状態の上に築かれたものであり,Aも,遅くとも,原告と同居を開始する前には原告が在留資格をもって本邦に在留する者ではないことを認識していたこと(甲1,2,乙5,12),②原告とAとの婚姻の届出から本件裁決までの期間が約4か月であること,③仮に,原告が主張するとおり,原告とA及びCが平成24年1月から同居して生活をし始めたものとしても,同居を開始してから本件裁決までの期間は約1年9か月であること,④原告と同じくタイの国籍を有するA及び日本人であるCが,本邦とタイとの間を行き来することを法的に妨げるような事情が格別見当たらないこと,⑤原告とCの間には法律上の親子関係が存しないこと等を考慮すれば,原告とAとの婚姻関係及び原告とCとの関係について,東京入国管理局長において原告の在留を特別に許可すべきか否かを判断するに当たって,殊更しんしゃくしなければならない事情であったとまではいい難いと考えたとしても,そのことをもって,当該判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであったとまでいうことは困難である。
原告は,本件裁決の当時,原告とAとの関係及び原告とCとの関係がいずれも法的保護に値する強固な関係である旨等を主張するが,上記に述べたとおりであって,採用することができない。
(ウ)

原告がタイに帰国したことによる支障について

括弧内掲記の証拠によれば,原告は,①タイにおいて生育し,タイにおいてレストランのアルバイトや経営に従事した経験を有する稼働能力を有する成人であること(甲1,乙4,5,12),②母国語の使用に不自由はないこと(乙5,9,12)が認められ,既に述べたように,③原告と同じくタイの国籍を有するA及び日本人であるCが,本邦とタイとの間を行き来することを法的に妨げるような事情は格別見当たらない。また,本件全証拠によっても,原告がタイに帰国した後に著しい支障が生じていることをうかがわせる事情等は認められない(なお,原告の陳述書(甲1)には,原告が生活に大変困窮している旨の記載があるが,原告は,本件口頭審理において,タイで生活できない特別な事情はない旨を供述している(乙12)上,原告の陳述書(甲1)には,現在,友人や妻の親戚の援助を受けている旨の記載もあること等に照らし,上記の点が上記認定判断を左右するものとはいい難いというべきである。)。

以上に述べたところからすれば,原告につき在留特別許可をしなかった東京入国管理局長の判断をもって,在留特別許可をすべきか否かの判断についての裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用したものということはできない。
したがって,本件裁決は,適法なものというべきである。
3
本件退令発付処分の適法性(争点3)について
法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長は,入管法49条1項の規定に基づく異議の申出を受理したときは,これに理由があるかどうかを裁決し,
その結果を東京入国管理局主任審査官に通知しなければならず
(同条3項)

東京入国管理局主任審査官は,東京入国管理局長から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは,速やかに容疑者に対してその旨を知らせるとともに,退去強制令書を発付しなければならないのであって(同法49条6項),東京入国管理局主任審査官としては,東京入国管理局長から本件裁決に係る通知を受けた(乙16)以上,原告につき退去強制令書を発付するほかはない。そして,本件裁決が適法であることは前記2において述べたとおりであるから,本件裁決を前提とする本件退令発付処分も適法であるというべきである。

第4

結論
以上によれば,原告の請求は,いずれも理由がないからこれらを棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第3部

裁判長裁判官

舘内比佐志
裁判官

福渡裕貴
裁判官

川嶋知

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