判例検索β > 平成23年(ワ)第12298号
地位確認等請求事件
事件番号平成23(ワ)12298
事件名地位確認等請求事件
裁判年月日平成25年9月12日
法廷名東京地方裁判所
裁判日:西暦2013-09-12
情報公開日2017-10-19 12:12:03
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平成25年9月12日判決言渡
平成23年(ワ)第12298号

地位確認等請求事件

主文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。

第1
1実及び理由
請求
主位的請求
(1)

原告と被告との間で,原告の番附階級が大関であることを確認する。
(2)

被告は,原告に対し,1877万6000円及びうち234万7000
円に対する平成22年8月26日から,うち234万7000円に対する同年9月26日から,うち234万7000円に対する同年10月26日から,うち234万7000円に対する同年11月26日から,うち234万7000円に対する同年12月26日から,うち234万7000円に対する平成23年1月26日から,うち234万7000円に対する同年2月26日から,うち234万7000円に対する同年3月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
(3)

被告は,原告に対し,平成23年4月から本判決確定の日まで,毎月2
5日限り234万7000円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)

被告は,原告に対し,9万0070円及びこれに対する平成23年5月
24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
予備的請求1(主位的請求(1)が認容されない場合に備えて)
原告と被告との間で,原告が,被告の寄附行為36条に定める力士としての権利を有する地位にあることを確認する。

3
予備的請求2

被告は,原告に対し,3698万1909円及びこれに対する平成22年7月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2

事案の概要等
本件は,被告との間で力士所属契約(以下本件所属契約という。)を締結した被告所属の力士である原告が,被告がした懲戒処分としての解雇(以下本件解雇という。)が無効であると主張して,被告に対し,主位的請求として,原告の番附階級が大関であることの確認並びに未払賃金,旅費及び日当,交通費の支払等を求め,原告の番附階級が大関であることの確認請求が認容されない場合に備えた予備的請求1として,被告の寄附行為36条に定める力士として権利を有することの確認を求め,主位的請求及び予備的請求1がいずれも認容されない場合に備えた予備的請求2として,本件所属契約が終了したことを前提とする力士養老金及び勤続加算金,預かり懸賞金の支払等を求める事案である。

1
前提事実(争いのない事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によって容易に認められる事実)
(1)

当事者
原告は,平成11年3月,被告に力士検査届を提出し,新弟子検査に合格して,被告寄附行為(甲1)36条に定める力士として登録され,その後,Aの四股名を名乗っていた被告所属の力士である。原告は,平成19年に大関に昇進し,本件解雇がされた平成22年7月4日時点における番附が大関の地位にあった。(甲1,18)


被告は,日本国固有の国技である相撲道の維持発展と国民の心身の向上への寄与を目的とし,力士,行司等の養成や力士の技量を審査するための相撲競技(以下本場所相撲という。)の公開実施等の事業を行う財団法人である(甲1,2)。

(2)

本件所属契約

原告は,平成11年3月,被告との間で本件所属契約を締結した。ア
給与
被告は,被告寄附行為(甲1),被告寄附行為施行細則給与・手当支給規定(甲3)に基づき,被告所属の力士のうち,番附が十枚目(十両)以上の力士に対し,月給制(支払日は毎月25日)により給与を支給している。
本件解雇の時点で,番附が大関の地位にある原告の給与は,月額234万7000円であった。


宿泊料及び日当,交通費
被告は,被告旅費支給規定(甲11)中の力士,行司およびその他地方場所旅費支給規定に基づき,番附が大関の地位にある力士に対し,地方場所の宿泊料として1泊当たり7500円,日当として1日当たり2000円を支給し,地方場所の交通費として,鉄道についてはグリーン車料金を実費支給している。
原告は,平成22年7月場所開催に備えて名古屋市に移動し,同市内に8日間滞在したところ,宿泊料及び日当合計7万6000円,交通費1万4070円の合計9万0070円(以下本件宿泊料等という。)を負担した。


力士養老金及び勤続加算金
被告は,被告寄附行為施行細則退職金支給規定,力士養老金・勤続加算金支給規定(甲10)に基づき,被告との力士所属契約を終了させた力士に対し,その番附及び出場した本場所数に応じて,力士養老金及び勤続加算金を支給している。
原告は,平成11年3月から平成22年7月4日までの間,本場所相撲に,幕下として4場所,十枚目(十両)として5場所,前頭として12場所(全休1場所),小結・関脇(三役)として30場所(全休1場所),
大関として17場所出場した。
本件所属契約が,平成22年7月4日に終了した場合に,原告に対し支給されるべき力士養老金及び勤続加算金(以下本件退職金という。)は,2540万円(源泉徴収前の金額)となる。

預かり懸賞金
被告は,平成11年3月から平成22年7月4日までの間,原告が交付を受けるべき懸賞金の一部を預かって,原告の税金支払のための口座に振込入金していたところ,同口座の同年11月末の残高は,1158万1909円である(以下本件懸賞金という。)。


懲戒
被告寄附行為施行細則(甲2)には,力士等の懲戒に関する次の規定がある(甲2,乙2)。
92条(平成22年5月27日改定前の88条)
全年寄・力士・行司およびその他協会所属員として,相撲の本質をわきまえず,協会の信用もしくは名誉を毀損するがごとき行動をなしたる者,あるいは品行不良で協会の秩序を乱し,勤務に不誠実のためしばしば注意するも改めざる者あるときは,理事会および評議会において理事・評議員のそれぞれ現在数の4分の3以上の特別決議により,これを除名することができる。(以下略)93条(平成22年5月27日改定前の89条)

全年寄・力士・行司およびその他協会所属員に対する賞罰は,けん責・給与減額・出場停止・番附降下・解雇の5種とし,理事会の議決により行う。(以下略)


(3)

本件解雇に至る経緯
平成22年5月20日に発売された,B5月27日号に,原告がプロ野球等の試合の結果に関して金銭を賭ける野球賭博(以下本件野球賭博
という。)に参加し,そのことで元暴力団構成員である元力士から口止め料を要求され,これを支払った後,さらに金銭支払を要求されるなどの恐喝被害にあった旨の記事(乙1。以下本件記事という。)が掲載された。原告は,現に,本件野球賭博に参加し,恐喝被害を受けていた。イ
原告は,平成22年5月27日,年寄C(本名・D,以下Cとい
う。)ら被告執行部の年寄らとの面談及び被告理事会において,本件記事の真偽につき事情聴取を受けた際,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の申告をした(乙16)。


原告は,平成22年6月13日の深夜から同月14日の未明にかけて,当時の被告理事長であった年寄E(以下E理事長という。)に対し,本件野球賭博に参加したことを申告し,同日付けの上申書(甲7。以下本件上申書という。)を提出した。


被告理事会は,平成22年6月21日,同理事会の諮問機関として,外部委員により構成された特別調査委員会を設置し,同委員会に対し,本件野球賭博に関する調査を委ね,原告は,同月25日,同委員会の事情聴取を受けた(乙3)。


被告は,原告に対し,平成22年7月1日付け処分に係る弁明の機会の付与についてと題する書面(乙4)を送付した。同書面に記載された,被告寄附行為施行細則(甲2)92条及び93条に基づく,処分の根拠となる事実(以下,それぞれ本件処分事由①ないし本件処分事由③といい,併せて本件処分事由ということがある。)は次のとおりであった。


(原告が,)大関の地位にあるにもかかわらず,平成19年から平成21年9月ころまでの間,元力士との間で,プロ野球等の試合の結果に関し,多数回にわたり,多額の金銭を賭けて賭博を行った。



上記①の事実についての週刊誌報道等がなされたため,平成22年5
月27日,被告において事情聴取を行い,同日,理事会において事情聴取を行ったが,(原告が,)当該事実について虚偽の申告を行ったため,被告の対応を誤らせ,その信用を失墜させた。


(原告が,)自らに対する野球賭博に関連する恐喝事件の現場において,暴力団関係者と疑われる者と協議を行った。


原告は,本件処分事由について弁明するため,平成22年7月4日に開催された被告理事会に出席した。

(4)

本件解雇の意思表示
被告は,平成22年7月4日,原告が,本件処分事由により,相撲の本
質をわきまえず,被告の信用もしくは名誉を毀損するがごとき行動をなしたとして,被告理事会の決議により,原告に対し,本件解雇の意思表示をした。(5)

弁済供託
被告は,平成25年6月28日,東京法務局に対し,本件退職金2540
万円から源泉徴収税額508万円を控除した2032万円及び預かり金1167万1979円(内訳は,本件宿泊料等元金9万0070円,本件懸賞金元金1158万1909円)を弁済供託した(東京法務局平成25年度金第16660号。乙17)。
2
争点及び争点に対する当事者の主張
(1)

本件所属契約の法的性質等

(原告の主張)

本件所属契約は,労働契約としての性質と準委任契約としての性質の双方を有するところ,準委任契約よりも労働契約としての性質が極めて濃い無名契約である。その根拠は次のとおりである。
(ア)

力士は,病気,けが等による場合を除いて,本場所相撲に出場する
ことを義務付けられており,諾否の自由はなく,出場できない場合には欠場扱いとなり,職務の代替性もない。また,本場所相撲における相撲
競技方法(力士の制服及び髪型,土俵上での作法及び勝負の方法等)も厳密に規定され,力士はこれを遵守することが義務付けられており,被告による業務遂行上の指揮監督は極めて強い。さらに,力士は,相撲道に精進するものとされ,本場所相撲を行う場所及び回数は,被告理事会により定められ,故意による無気力相撲が禁止されるなど,力士において自ら労務の提供量及び配分を決定することはできず,被告による力士の拘束性は高い。これらの点に照らせば,力士は,被告の指揮監督下において労務を提供する立場にあるといえる。
(イ)

力士の給与は,本場所相撲等において相撲技量を観客等に対し披露
するという労務の対価としての性質を有しており,現在において,被告が主張するような興行利益配当金としての性質はない。
(ウ)

被告は,力士に支払う給与等を給与所得と捉えて源泉徴収し,厚生
年金,健康保険の保険料を徴収している。また,被告は,退職金制度,懲罰規定を設け,これらの中で退職金,解雇との用語を用いて
いることも,本件所属契約が労働契約であることを肯定すべき事情である。

よって,原告は,被告に対し,主位的請求(1)ないし(3)として,原告の番附階級が大関であることの確認を求めるとともに,民法536条2項に基づき,本件解雇後である平成22年8月から平成23年3月までの未払賃金合計1877万6000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金並びに同年4月から本判決確定の日まで,毎月25日限り234万7000円の割合による賃金及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,主位的請求(1)が認容されない場合に備えた予備的請求1として,原告と被告との間で,原告が,被告寄附行為36条に定める力士としての権利を有する地位にあることの確認を求める。
なお,被告寄附行為施行細則附属規定(甲4)中の番附編成要領によれば,大関は,本場所相撲を2場所連続して負け越したときは,その地位から降下するとされているところ,原告は,上記の降下要件に該当せず,被告において,給与等の様々な権利が,当該力士の番附により定められていることに照らせば,原告の番附階級が大関であることの確認を求めることが,原告と被告との間の紛争の抜本的解決に資するから,主位的請求(1)には確認の利益がある。

本件所属契約に基づく本件解雇には,労働契約法16条が適用,準用あるいは類推適用されるべきであり,被告は,本件所属契約が専ら準委任契約の性質を有することによる無理由解除(民法656条,651条)として,本件解雇をすることはできない。
本件所属契約が,専ら準委任契約の性質を有するとしても,本件所属契約の本質が,原告と被告との間の信頼関係に依拠した相互依存関係にあることからすれば,被告が,本件解雇をするには,契約関係の基礎にある信頼関係を根本から破壊するなど,これを継続することが困難な特段の事情が必要である。

(被告の主張)

本件所属契約は,準委任契約に類似する無名契約であり,労働契約としての性質を有しない。その根拠は次のとおりである。
(ア)

力士には,被告の指揮命令の下で労務に従事する義務がなく,被告
に対し,労働契約上の労務を提供するわけではない。
(イ)

力士の給与は,本場所相撲における勝敗に応じて,番附上の地位が
変動する結果として変化するのであって,被告において,当該力士の相撲を査定して給与額を決定するものではない。歴史的にみても,力士の給与は,興行利益配当金の性質を有しており,労働契約上の労務を提供したことの対価ではない。

(ウ)

力士には定年制度がなく,労働時間の概念を前提とする時間外労働
や勤怠事由を定める規則もない上,労災保険や雇用保険に加入できない。これらの点は,力士が,一般的に労働契約における労働者の類型に該当しないと評価されていることを示すものである。

本件所属契約が,準委任契約に類似する無名契約であるとの性質を有するとしても,被告は,原告に対し,準委任契約における無理由解除として本件解雇をしたものではない。後述するとおり,被告は,原告が,本件処分事由により,相撲の本質をわきまえず,被告の信用もしくは名誉を毀損するがごとき行動をなしたことから,本件解雇をしたものである。
(2)

本件解雇の効力

(被告の主張)
被告は,原告が,本件処分事由により,相撲の本質をわきまえず,被告の信用もしくは名誉を毀損するがごとき行動をなしたことから,本件解雇をしたものであり,その処分は相当であって,手続にも瑕疵はないから,本件解雇は有効である。
したがって,本件解雇が無効であることを前提とする主位的請求(1)ないし(3)及び予備的請求1はいずれも理由がない。

本件処分事由
原告には,本件処分事由がある。
(ア)

本件処分事由①
原告は,本件野球賭博に参加したことを申告しているところ,その程
度は,平成22年7月4日に開催された被告理事会における弁明によっても,参加期間が2年間,頻度は週に1,2回程度,賭け金額は各回1万円から5万円というものであり,原告が,多数回にわたり,常習的に本件野球賭博に参加したといえる。したがって,本件処分事由①はある。なお,原告は,特別調査委員会による調査に対して,平成18年6月か
ら平成21年8月まで3年間以上にわたり本件野球賭博に参加した旨述べるほか,本件上申書(甲7)では,賭け金額について各回3万円から30万円と記載し,被告理事会における弁明以上の程度で,本件野球賭博に参加したことを認めている。
(イ)

本件処分事由②
原告は,被告所属の力士の頂点である大関の地位にあり,公益法人で
ある被告の目的である相撲道継承発展のため,相撲道を体現し,自らを律して他の力士らの模範となるべき地位にあり,原告自身もそのような立場にあることを認識していた。
被告は,平成21年8月に,同年7月場所会場の維持員席で,暴力団関係者が観戦していたことが判明したことを契機として,反社会的勢力排除のための環境整備を進めていたところ,原告が反社会的勢力との接触が疑われる本件野球賭博に参加したとのマスコミ報道に接した。被告としては,原告に対し,早急に事実関係を確認して報道対応等を行う必要があり,原告も,被告全体のことを考えて,被告に対し,真実を述べるべき立場にあった。そうであるにもかかわらず,原告は,平成22年5月27日の被告執行部との面談及び被告理事会において,被告の名誉,信用に対する影響を顧みず,自己の保身のみを図るために,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の申告をした。
被告は,原告が本件野球賭博に参加したことを否定する以上,原告の供述を前提とする対応をとらざるを得なかったところ,原告は,上記理事会から3週間以上経過した後に虚偽の申告を翻し,本件野球賭博に参加したことを申告した。そのような原告の行動により,被告は対応の変更を余儀なくされ,監督官庁である文部科学省やマスコミから,厳しい非難を受けた。したがって,本件処分事由②はある。(ウ)

本件処分事由③

本件野球賭博に関する恐喝事件の報道によれば,原告が,恐喝事件の加害者であるFと協議をした際に,暴力団関係者が同席していたことが認められ,原告が協議を行った相手方が,暴力団と疑われる者であったといえる。したがって,本件処分事由③はある。

本件解雇の相当性
本件処分事由は,被告寄附行為施行細則(甲2)92条が懲戒事由として規定する,相撲の本質をわきまえず,協会の信用もしくは名誉を毀損するがごとき行動をなしたことに当たる。被告は,被告理事会の諮問機関として設置された特別調査委員会の調査結果に基づく勧告を踏まえ,本件処分事由②のとおり,原告が,被告の名誉,信用を顧みず,自己の保身のみを図るために,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の申告をしたことを特に重視して,原告に対しては,被告寄附行為施行細則(甲2)93条に規定する懲戒処分のうち,解雇が相当であると判断し,本件解雇を行った。
また,被告は,原告に対する処分を決するに当たり,事前に,原告に対し,処分の根拠規定及び処分の根拠となる事実を記載した書面(乙4)を送付して弁明の機会を与え,原告は,平成22年7月4日に開催された被告理事会に出席して弁明をした。被告は,原告の弁明において顕れた事情等も勘案した上で,被告理事会の決議により,本件解雇を決定したものであるから,その手続には何らの瑕疵もない。

(原告の主張)
本件解雇は,そもそも存在しないか,あるいは原告と被告との間の信頼関係を根本から破壊するものとはいえない本件処分事由を理由とするものであり,本件解雇権放棄の合意又は信義則,二重処罰の禁止の趣旨,平等原則の趣旨に反するほか,適正手続を欠くから,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとはいえず,無効である(労働契約法16条又は同条の
類推適用)。

本件処分事由
本件処分事由①及び②は,原告と被告との間の信頼関係を根本から破壊するものではなく,本件処分事由③はそもそも存在しない。仮に,本件処分事由①及び②が,原告と被告との信頼関係を根本から破壊するものであるとしても,被告は,賭博への関与を認める上申書を平成22年6月14日までに提出した者については,厳重注意で済ませると通告しており,その通告に応じて本件上申書を提出した原告との間の信頼関係は修復されている。
(ア)

本件処分事由①
原告が,平成16年ないし平成17年ころから,本件野球賭博に参加
したことは認めるが,その賭け金額は,各回1万円から2万円で,多くても3万円程度にすぎなかった。なお,本件上申書(甲7)に記載された賭け金額は,原告が本件野球賭博に参加する際,G親方及びもう1名の親方から頼まれて賭けた金額を併せたものである。また,被告において,本件野球賭博が発覚する以前から,賭け事をたしなみのように行う土壌があり,賭博への関与がさほど重要視されていなかった。したがって,原告が本件野球賭博に参加したことは,被告との信頼関係を根本から破壊するものではない。
(イ)

本件処分事由②
原告が,平成22年5月27日の被告執行部及び被告理事会による事
情聴取において,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の申告をしたことは認めるが,そもそも,原告において,被告に対し,本件野球賭博に参加したことを申告すべき義務はなく,原告が,虚偽の申告をしたのは,捜査の妨げにならないように警察から口止めされていたことや,原告が本件野球賭博に参加したことを認めることによって,本件野球賭
博に関与した親方,力士に迷惑がかかると考えたこと等の合理的な理由に基づくものである。そして,本件処分事由①が,被告との信頼関係を根本から破壊するものではない以上,これと不可分一体の関係にある本件処分事由②が,被告との信頼関係を根本から破壊するものではない。(ウ)

本件処分事由③
原告は,恐喝の被害者として,現場にいただけであって,Fと一緒に
いた人物とは何ら協議を行っておらず,脅されたにすぎない。また,原告は,恐喝被害を受けた際,当該人物が暴力団風の男という以上の認識はなかった。したがって,本件処分事由③はそもそも存在しない。イ
本件解雇が解雇権放棄の合意又は信義則に反すること
平成22年6月11日に開催された生活指導講習会において,E理事長は,同月14日までに,本件野球賭博を含めた賭博行為への関与を自主申告すれば,厳重注意にとどめると告げるとともに,別途,同理事長名で,

6月14日(月)までに別紙上申書を協会に提出した者に対しても,厳重注意で済ませます。

などと記載された書面(甲13)を,各師匠に宛てて配布した。そのことにより,原告と被告との間では,原告が,同日までに,本件野球賭博を含む賭博行為へ参加したことを申告し,上申書を提出することで,被告において,本件所属契約の解雇権又は解除権を放棄するとの合意が成立した。なお,被告から,原告が申告の対象外であるとの告知はなかった。
そして,被告の年寄らが,同月12日及び13日に,原告に対し,本件野球賭博に参加したことを認めれば,厳重注意で済むことを明言して,強く自主申告を促したことから,原告は,同日の深夜から同月14日未明にかけて,E理事長に対し,本件野球賭博に参加したことを申告し,本件上申書を提出したところ,その際,同理事長は,原告についても厳重注意で済ませる旨を告げている。

被告は,原告との間の本件所属契約の解雇権又は解除権を放棄するとの合意に反し,あるいは,本件野球賭博に参加したとの申告をすれば,厳重注意にとどめるという利益誘導又は偽計を用いて本件解雇をしたものであるから,本件解雇は,禁反言に反し,信義則に反する。

本件解雇が二重処罰の禁止の趣旨に反すること
被告は,平成22年6月15日,原告を含め,本件野球賭博を含む賭博への関与を申告した力士全員に対し,厳重注意処分を科したことは,同日の被告理事会議事録(乙8)から明らかであるところ,さらに,原告に対して,懲戒処分として本件解雇をすることは,二重処罰の禁止(憲法39条)の趣旨に反する。


本件解雇が平等原則の趣旨に反すること
原告に対する本件解雇は,本件野球賭博等の賭博に関与した他の被告協会員に対する処分の中で突出して重く,被告における過去の処分例と比較しても重いから,平等原則(憲法14条1項)の趣旨に反する。


本件解雇が適正手続を欠くこと
被告は,原告の申告のみに依拠し,何ら客観的な信用性のある調査も行わずに,本件解雇をした上,平成22年7月4日に原告に与えられた弁明の機会も,ほとんど時間をかけることなく,原告の弁明を十分に聴取しない形式的なものにすぎなかったから,本件解雇は適正手続を欠くものである。

(原告の主張に対する被告の反論)

本件解雇が解雇権放棄の合意又は信義則に反することについて
平成22年6月11日に開催された生活指導講習会において,E理事長が,同月14日までに,本件野球賭博を含めた賭博行為への関与を自主申告すれば,申告を有利な事情として考慮することを表明し,賭博への関与等を申告する上申書の提出を求めたことはあるが,上申書を提出した者に
ついて,厳重注意にとどめると告げたことはなく,原告が,同月13日の深夜から同月14日の未明にかけて,E理事長に対し,本件野球賭博に参加したことを申告した際に,同理事長が,原告について厳重注意で済ませる旨を告げたこともない。むしろ,同理事長は,同月14日,Cに対し,

もう遅いよな。

などと発言している。仮に,上記講習会において,同理事長が,上申書を提出した者について,厳重注意にとどめると告げたことがあるとしても,上申書を提出したことが斟酌されるのは,本件野球賭博を含めた賭博行為への関与の点に限られる。被告は,同月15日に開催された被告理事会において,上申書を提出した被告協会員について厳重注意とする一方で,被告の調査に対し虚偽の事実を申告した者については,別に処分を検討する旨の決議をしており,同年5月27日の被告理事会等において,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の申告をした原告は,上申書の提出により厳重注意にとどめられる対象者に含まれていなかった。
また,原告は,同年6月13日,Cらに対し,

他の者が厳重注意で,自分がクビなのは納得いかない。

などと述べ,E理事長の上記発言の対象者に,自身が含まれないことを認識していたのであるから,本件上申書を提出することにより,厳重注意にとどめられるとの信頼をそもそも有していなかった。
したがって,原告と被告との間で,被告において,本件所属契約の解雇権を放棄するとの合意が成立したことはなく,本件解雇が,禁反言に反し,信義則に反するものでもない。

本件解雇が二重処罰の禁止の趣旨に反することについて
厳重注意は,被告における懲戒処分ではないから,本件解雇との関係で二重処罰に当たらない。また,被告は,原告に対し,厳重注意をしていない。


本件解雇が平等原則の趣旨に反することについて
本件解雇は,原告が大関の地位にあることや,原告が虚偽の申告をして被告の対応を誤らせたことなどが考慮されたものであり,本件野球賭博等の賭博に関与したことを申告した他の力士に対する処分とは,考慮された事情が異なるのであって,原告だけが突出した重い処分を受けているわけではない。
また,原告が挙げる被告における過去の処分例も,現在と時代背景等が異なるものにすぎない。

(3)

本件宿泊料等の支払請求の可否

(原告の主張)

前提事実(2)イ記載のとおり,本件宿泊料等は合計9万0070円であるところ,被告は,平成23年5月23日,原告に対し,本件宿泊料等を支払うと通知した。
よって,原告は,主位的請求(4)として,被告に対し,本件所属契約に基づき,本件宿泊料等合計9万0070円及びこれに対する被告の通知日の翌日である平成23年5月24日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。


弁済の提供及び弁済供託に関する被告の主張は否認ないし争う。

(被告の主張)

被告において,原告に対し,本件宿泊料等の支払債務を負うことは認める。


宿泊料等の支払に当たっては,慣例上,まず被告において同金員を預かり,その支払を求める被告協会員が振込先口座を指定するか,被告の主たる事務所において受領するかを選択する必要があるから,これらの債務は取立債務である。
被告は,平成23年5月23日,原告に対し,本件宿泊料等につき,書
面(甲19)により,振込先口座の指定又は上記金員の受領を促す口頭の提供をしたところ,原告は,本件解雇の効力を争い,本件宿泊料の受領方法を選択せずに放置し,その受領を拒絶した。したがって,本件宿泊料等の支払債務は履行遅滞に陥っておらず,これらに対する遅延損害金は発生しない。

被告は,前提事実(5)記載のとおり,平成25年6月28日,東京法務局に対し,本件宿泊料等元金合計9万0070円を供託した。したがって,本件宿泊料等の支払債務は消滅した。

(4)

本件退職金及び本件懸賞金の支払請求の可否

(原告の主張)

仮に本件解雇が有効であるとしても,本件所属契約は,平成22年7月4日に終了したところ,前提事実(2)ウ記載のとおり,本件所属契約が同日終了したと仮定した場合に,原告に対し支給されるべき本件退職金は,2540万円(源泉徴収前の金額)となる。
また,前提事実(2)エ記載のとおり,被告は,本件懸賞金1158万1909円を預かっているところ,原告と被告との間では,本件所属契約終了時に,被告が,原告に対し,本件懸賞金を支払う合意があった。よって,原告は,予備的請求2として,被告に対し,本件所属契約に基づき本件退職金2540万円及び本件懸賞金1158万1909円の合計3698万1909円並びにこれに対する本件所属契約の終了日の翌日である平成22年7月5日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。


弁済の提供及び弁済供託に関する被告の主張は否認ないし争う。

(被告の主張)

本件所属契約が平成22年7月4日に終了したこと,被告が,原告に対し,本件退職金の支払債務を負うことは認める。

被告が,本件懸賞金の支払債務を負うことは争う。被告は,原告に対し,本件懸賞金を預け入れた預金口座の預金通帳及び届出印を引き渡す義務があるにすぎない。本件懸賞金の支払時期に関する合意の存在は否認する。イ
仮に,被告が本件懸賞金の支払債務を負うとしても,本件退職金及び本件懸賞金の支払については,本件宿泊料等と同様に,慣例上,その支払を求める被告協会員が振込先口座を指定するか,被告の主たる事務所において受領するかを選択する必要があるから,これらの債務は取立債務である。被告は,平成23年5月23日,原告に対し,本件退職金及び本件懸賞金について,書面(甲19)により振込先口座の指定又は金員の受領を促す口頭の提供をしたところ,原告は,本件解雇の効力を争い,本件退職金及び本件懸賞金の受領方法を選択せずに放置し,その受領を拒絶した。したがって,本件退職金及び本件懸賞金の支払債務はいずれも履行遅滞に陥っておらず,これらに対する遅延損害金は発生しない。


被告は,前提事実(5)記載のとおり,平成25年6月28日,東京法務局に対し,本件退職金元金2540万円から源泉徴収税額508万円(この金額は,供託時において,原告から退職所得申告書が提出されないことを前提として算出した額である。)を控除した2032万円及び本件懸賞金元金1158万1909円を供託した。したがって,本件退職金及び本件懸賞金の支払債務はいずれも消滅した。

第3
1
当裁判所の判断
争点(2)(本件解雇の効力)について
(1)

前提事実に加え,証拠(甲2,5ないし8,12,14,17,18,
乙1ないし11,乙12の2,乙13,16,証人Dの証言(以下証人Dと表記する。),原告本人尋問の結果(以下原告本人と表記する。)。ただし,後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。


原告は,平成16年ないし平成17年ころから,H部屋の床山であったI(以下Jという。)に誘われ,同部屋の元力士であるK(なお,Kの立場が胴元か,胴元の仲介役かは明らかではない。)が関与する本件野球賭博に参加するようになった。その後,原告から野球賭博の話を聞いた原告の先輩であるG親方(以下Gという。)から,自らも参加したいと頼まれたため,原告は,Gの賭け分を併せて賭けるようになった。原告は,平成19年に大関に昇進した後も,本件野球賭博に参加を続けていた。(甲17,18,乙3,原告本人)


平成21年8月,同年7月場所会場の維持員席(砂かぶりと呼ばれる土俵周りの観客席)で暴力団構成員が観戦していたことが発覚し,被告の年寄2名が手配した上記維持員席の入場整理券が,上記暴力団構成員に渡っていたことが判明した。被告は,暴力団等の反社会的勢力を排除するために,被告所属員と反社会的勢力との関わりを一切排除し,今後関与した被告所属員に対して厳しく対処すること,仮に,被告所属員と暴力団関係者との関係が疑われる場合には,そのような関係を絶つなどの対策を積極的にとることとした。(乙13,16)


原告は,平成21年12月,Gから依頼され,本件野球賭博における同人の配当金500万円の支払をKに対し求め,Kは,これを同人の本件野球賭博における客であり,元力士であるFに対する貸金を回収して支払う旨述べていたところ,原告は,平成22年1月ころ,Jを介して,Fから,原告が本件野球賭博に関与したことの口止め料として350万円の支払を要求された。原告は,本件野球賭博に関与したことがマスコミに明らかになることをおそれて,同額をFに支払ったところ,同年3月には,Fから,更なる口止め料の支払を要求された。Fから大阪市内の路上に呼び出された原告は,これに応じて,Gとともに同所に赴き,暴力団関係者と思われる男1名が同伴するFと面談したところ,Fから胴元の暴力団側が要求し
ている口止め料を1億円に値切ったので,そのうち8000万円を負担してくれなどと言われ,8000万円の口止め料を要求された。原告とGは協議の上,Fの要求に応じないこととし,同月ころ,警察に,原告が本件野球賭博に参加したこと,Fから恐喝被害にあったことを相談したが,そのことを被告に報告することなどはしなかった。(甲17,18,原告本人)

平成22年5月場所開催中であった平成22年5月16日の夜,Bの記者が,E理事長を訪れ,同月20日発売予定のB5月27日号に,本件記事が掲載される予定であるとして,同理事長のコメントを求めたことにより,被告において,本件記事の掲載が知れるところとなった。被告の事業部長であったC,広報部長であった年寄L(以下Lという。),広報副部長であった年寄M(以下Mという。)らは,同月20日までに,Bの記者と面談し,同記者が本件記事に関して名前を挙げた原告,G,年寄N(以下Nという。),年寄O及び年寄P(以下Pという。)
に対し,本件記事の真偽につき事情聴取をしたが,同人らはいずれも本件記事内容を否定した。(乙16,証人D)


平成22年5月20日,B5月27日号が発売された。同誌に掲載された本件記事では,原告が5年以上前から本件野球賭博に参加し,これまでの通算の負け金が数千万円に上ること,原告が,平成21年末に,本件野球賭博の勝ち金数百万円を,本件野球賭博の客である現役力士から回収しようとした際,同力士の実兄であり,元暴力団構成員である元力士から,原告が本件野球賭博に関与したことの口止め料を支払うように脅され,これに応じて数百万円を支払ったこと,原告は,平成22年3月場所開催中に,大阪市内で,G,N,元力士兄弟及び九州の暴力団組員を称する男らと話合いの場をもち,その際にも元力士側から,

口止め料として1億円を支払え。

と恐喝されたことなどが報じられ,本件野球賭博に,暴力団
等の反社会的勢力の関与を指摘する記載もあった。
本件記事により,マスコミによる取材,報道が行われるようになったが,被告は,マスコミからの問合せに対し,掲載された記事内容が事実であれば大変遺憾であるので事実関係を調査したところ,報道された関係者全員が報道内容を否定した旨を発表せざるを得なかった。(以上につき,甲18,乙1,13,16,証人D,原告本人)

上記週刊誌発売後,Cら被告執行部のもとには,原告が,警察に対し恐喝被害の相談をしたことが事実であり,警察としては原告を被害者とする恐喝事件での立件を検討している旨の情報が寄せられていたところ,平成22年5月場所14日目の平成22年5月22日には,原告が,警察に任意で事情聴取され,そのことが広くマスコミ報道された。同月26日,LとMが,被告の監督省庁である文部科学省に赴いて,本件記事に関する説明を行い,原告が本件野球賭博に参加したことを否定しているとの報告をした際には,同省担当者から,被告の対応のあり方に疑問を呈する旨の指摘を受けた。(甲18,乙5,16,原告本人)


原告は,平成22年5月27日午前,Qに呼び出され,E理事長の指示を受けた被告執行部のCらと面談し,本件記事の真偽につき事情聴取を受けた。Cらは,原告が本件野球賭博に関与したとの疑いを有しており,被告には,原告が本件野球賭博に参加し,警察に対し恐喝被害の相談をしたことが事実であるとの情報等が寄せられており,文部科学省からも上記の指摘を受けていることを告げた上で,原告が自己の保身のみを図って本件野球賭博に参加したことを秘匿すれば,後日事実が明らかになった場合,被告全体が被害を受けることになるが,そのような対応は,大関の地位にある者として許されないなどとして,本件野球賭博への参加の有無を正直に話すように説得したが,原告は,本件野球賭博に参加したことを認めることにより,解雇されることをおそれ,自己保身のため,本件野球賭博へ
の関与を否定する虚偽の申告をした。(甲18,乙5,16,証人D,原告本人)

原告は,平成22年5月27日午後,Qにおいて開催された被告理事会に出席を求められ,本件記事の真偽につき事情聴取を受けた。原告は,E理事長から,

もし後でなんかあったら大変なことになりますよ。それは覚悟していますね。

などと,後に原告が本件野球賭博に関与していることが発覚した場合,解雇などの重い処分となる旨の警告を受けたにも関わらず,

全く私は知らないことなんで。

などと発言し,本件野球賭博に参加したことなどを否定する虚偽の申告をした。被告は,原告の申告に従い,原告が本件野球賭博に関与していないとのマスコミ対応をすることとなった。(甲2,18,乙6,7,16,証人D)


E理事長らは,平成22年5月28日,警察関係者と面談したところ,警察側からは,マスコミ報道された野球賭博や恐喝についてはおおむね事実であるとして,原告を被害者とする恐喝事件について,原告から被害届を出すよう勧められた。それ以降,被告執行部の年寄R(以下Rという。)らが,原告に対し,本件野球賭博に参加したことを認めるように説得を続けたが,原告は,これを否定し続けた。(甲18,乙16,証人D)


平成22年6月9日ころ,原告及びGとは別の力士が,E理事長に対し,本件野球賭博に関与したことを申告した。
E理事長ら被告執行部は,本件記事に名前が出た者以外にも,本件野球賭博等に関与している者がいるのではないかと考え,力士らの賭博への関与の実態を調査することとし,同月11日,Qにおいて開催された被告の生活指導講習会において,E理事長が,出席者に対し,賭博への関与について自らの申告を求めるとともに,期限までに申告がない者で後日賭博への関与が明らかとなった場合及び将来賭博に関わった者については厳しく
処分することを表明した。そして,各師匠に宛てて,同理事長名で作成された,(前略)報道された力士以外の複数の力士から賭博行為をしたとの自己申告がありました。本人達は素直に謝罪をしていますので,協会としては厳重注意で済ませました。(中略)6月14日(月)までに別紙上申書を協会に提出した者に対しても,厳重注意で済ませます。(中略)しかし,上申書を提出しないで,後から名前が出たり,結果が出た場合は,理事会において厳正に処分する方針です。(後略)などと記載された文書(甲13)とともに,賭博への関与実態を申告するための上申書用紙を各相撲部屋へ配布した。なお,被告から,原告については上申書の提出対象から除外するとの明確な告知がされたことはなかった。(以上につき,甲5,13,18,乙16,証人D,原告本人)。

原告は,平成22年6月12日,R及びPから,東京都内のホテルに呼び出され,本件野球賭博に参加したことを認めるように説得され,同月13日の夜,Nに連れられて,Q近くの,Lが経営するちゃんこ店に赴き,C,L,Mと話をした際にも,同様の説得を受けた。
同日の深夜から同月14日の未明にかけて,原告は,Lに付き添われて,S部屋に赴き,E理事長に対し,本件野球賭博に参加したことなどを申告したところ,同理事長は,原告に対して,

もっと早く言わんか。

と述べた。原告が提出した本件上申書には,原告が,平成16年ないし平成17年ころから本件野球賭博に参加し,賭け金額は1回につき3万円から30万円であったとの記載があった。(以上につき,甲7,18,乙16,証人D,原告本人)


被告は,平成22年6月14日,賭博への関与実態を申告するための上申書の提出を締め切り,本件野球賭博に原告を含む29名,それ以外の麻雀,花札,賭けゴルフなどに36名の合計65名が関与したとの集計結果を発表し,E理事長が,記者会見において謝罪することとなった。原告が,
本件野球賭博に参加したことを否定していたにもかかわらず,一転してこれを認めたことについては,大関としての品格に問題があるなどと,批判的にマスコミ報道されるなどした。(甲6,8,乙16)

平成22年6月15日にQで開催された被告の緊急理事会において,本件野球賭博問題に関する経過報告がされ,今後の対応等が審議された。冒頭,原告の師匠であるPから,原告について平成22年7月場所(名古屋場所)を休場させる等の申し出があり,これが了承され,E理事長から,早急に上申書の提出が必要であった背景について説明があり,自己申告した65名全員に対して,厳重注意処分とする旨の通達を行ったとの報告がされた。
被告理事会は,懲戒処分の決定が同理事会の専決事項であることを確認した上で,E理事長の措置を,緊急事態に対するものとして追認し,賭博に関与したことを自己申告した65名に対し,厳重注意とすることを決議したが,原告のように,同理事会において虚偽の申告を行った者に対しては,厳罰で臨むべきであること及び今後,警察の捜査結果が明らかになった時点で,必要に応じて同理事会で懲戒処分を検討することが確認された。原告が,それまでの供述を翻して,本件野球賭博に参加したことを認める申告をしたことで,被告が対応を変えたことについては,被告の自浄能力に疑問ありとする,被告に批判的なマスコミ報道がされるなどし,被告は,賭博問題等により,平成22年7月場所の開催が危ぶまれるなどの状況に陥った。(以上につき,甲15,16,乙8,9,13,16,証人D,原告本人)


平成22年6月21日に開催された被告理事会において,同理事会の諮問機関として,賭博問題等について調査及び必要な改善措置の提言を行うための外部委員会である特別調査委員会を設置すること,平成22年7月場所を開催するか否か,開催するとして,原告以外に出場を見合わせるべ
き力士がいるか否かなどについて,同委員会の報告を受けた上で,改めて議論することなどが決議された(乙9)。

特別調査委員会は,平成22年6月22日から同月26日までの間,本件野球賭博に関与したとする31名を含む合計36名の力士等から事情聴取を行い,原告も,同月25日,東京都内のホテルで,約1時間程度,特別調査委員会の委員であるT弁護士らの事情聴取を受けた。
原告は,同弁護士に対し,少なくとも平成18年6月から平成21年8月までの間,プロ野球シーズンの試合の半分程度の頻度で本件野球賭博に参加し,高校野球で賭けることもあったこと,原告は,Jからハンデの連絡が電話であると,いくら賭けるか連絡し,依頼されたGの賭け金を含めて,Jの口座に入れるなどしたが,平成21年12月ころには,Jを介さずにKと直接やり取りしていたこと,1回の賭け金は,1万円から5万円で,最も多く賭けて10万円であり,Gの賭け金を含めると,1回の賭け金は,20万円から30万円で,最も多くて50万円であったことを供述するとともに,本件記事にある負け金額にはGの分が含まれること,本件野球賭博に暴力団関係者が関与していないと思うこと,当初,本件野球賭博に参加したことを否定したのは,自分のことも不安であったし,自分が言うことで迷惑をかけるし,後で脅されるかもしれないという気持ちからであったと供述した。(以上につき,甲18,乙3,10,13,原告本人)


平成22年6月27日に開催された特別調査委員会は,原告について,大関という立場で本件野球賭博に参加したこと,常習性が強いこと,賭け金の回収の問題において刑事事件に発展する問題に関与したこと,当初の事情聴取において,本件野球賭博の事実について虚偽の説明をしたことを考慮し,解雇以上の処分が相当であり,平成22年7月場所の謹慎処置を講ずべきとの勧告案を決議した。また,Gについて,解雇以上の処分が相
当であり,同場所の謹慎処置を講ずべきこと,Nについて,降格以上の処分が相当であり,同場所の謹慎処置を講ずべきこととされた。(乙12の2,乙16)

平成22年6月28日開催の被告理事会において,本件野球賭博に関する特別調査委員会の調査結果が報告された。
特別調査委員会は,本件野球賭博に関与した旨の上申書を提出した31名のうち27名が,本件野球賭博に関与したことを認定したこと,本件野球賭博の中心人物が,H部屋の元力士(K),現役力士(U。),同力士の実兄(F),トレーナーの4名であるが,同人ら自身が胴元であるか,胴元への仲介者であるかは判断できないこと,本件野球賭博において暴力団関係者が関与したと直ちに認められる事案はなかったことなどを報告し,原告が,Jを通じて,Kから勧誘され,本件野球賭博に参加したこと,原告自身の賭け金は,他の力士と大差なく,大半はGの賭け金であり,恐喝事件の背景として指摘されている500万円の配当金もGのものであること,原告が本件野球賭博に参加した頻度は高いこと,原告の認識では,本件野球賭博の相手方は,Kであり,暴力団関係者の関与を認識していたと認めることはできないことが報告された。
被告理事会は,特別調査委員会から提出された処分勧告案を審議した上,原告,G及びNについて,上記勧告案に従い,懲戒手続を開始することなどを決議し,被告は,原告に対し,平成22年7月1日付け処分に係る弁明の機会の付与についてと題する書面(乙4)を送付した。(以上につき,甲18,乙4,10,16)。


原告は,平成22年7月4日午後1時から,名古屋市内のホテルで開催された被告理事会に出席し,本件処分事由について口頭で弁明をした。原告は,本件野球賭博に参加した期間が2年間,頻度は週に1,2回程度,賭け金額は各回1万円から5万円であり,賭け金等は報道されたような額
ではないこと,暴力団は関係ないことなどを述べ,同年5月27日の被告理事会で本件野球賭博に参加したことを否定したことについては,恐喝等をされており,家族に危害を加えられるのではないかと思ったからであると弁明した。
被告理事会は,被告及び特別調査委員会による調査結果に,原告の上記弁明を加味した上で,本件処分事由がいずれもあると認定し,原告に酌むべき事情があるかどうかを含めて討議した結果,原告に対する懲戒処分としては解雇(退職金は全額支給するが,功労金は支給しない。)が相当であると議決し,被告は,原告に対し,本件解雇の意思表示をした。原告は,このとき,被告側から本件野球賭博に参加したことを申告すれば,厳重注意で済ますと言われたので申告したのに,話が違うなどの抗議をしなかった。(以上につき,甲18,乙11,16,証人D,原告本人)

本件野球賭博に関与したことを認定された27名の被告所属員のうち,平成22年7月4日,原告の他,Gが解雇(退職金を支給しない。),Nが主任から平年寄への降格,Vが委員から年寄への降格の懲戒処分を受けた。
また,同年9月8日,本件野球賭博の中心人物とされたU及び原告の本件野球賭博を仲介したJが解雇(退職金を支給しない。),その余の力士22名がけん責の懲戒処分を受けた。さらに,同年7月4日以降に本件野球賭博へ関与したことが判明した力士2名が,同年9月8日,2場所出場停止の懲戒処分を受けた。
また,本件野球賭博に関与した力士らのうち,けん責の懲戒処分を受けたW,Xら現役力士4名を含む9名が,賭博罪により略式命令の刑事処分を受けた。他方,同じ賭博容疑で書類送検された原告及びGは,嫌疑不十分であるとして不起訴処分となった。(以上につき,甲12,乙11,弁論の全趣旨)

(2)

本件処分事由について
本件処分事由①について
上記認定事実によれば,原告は,平成19年に大関に昇進した後,平成21年8月までの約2年間,Jを通じて,元力士であるKが関与する本件野球賭博に参加したことが認められ,その頻度は,プロ野球シーズンの試合の半分程度であり,各回の賭け金は1万円から5万円で,最も多く賭けて10万円であり,Gの賭け金を含めると,各回の賭け金は,20万円から30万円で,最も多くて50万円であったことが認められ,これらの事実によれば,原告が,大関の地位にあるにもかかわらず,平成19年から平成21年9月ころまでの間,元力士との間で,プロ野球等の試合の結果に関し,多数回にわたり,多額の金銭を賭けて賭博を行ったとの本件処分事由①が認められる。
これに対し,原告は,各回の賭け金が1万円から2万円であり,多くとも3万円程度にすぎなかった旨主張し,これに沿う供述をする。しかし,原告の上記供述は,本件解雇後にされたもので,自己の責任を軽減させる方向に変遷するものであり,その変遷の理由について合理的な説明がされていないものであって,賭博等について調査等をするために設置された特別調査委員会の調査に対して原告が述べたところより信用性があると認めることはできない。また,原告の上記供述を前提としても,原告が,多数回にわたり,多額の金銭を賭けて賭博を行ったことは何ら異なるものではなく,本件処分事由①が存在するとの認定が左右されるものではない。したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。

本件処分事由②について
原告が,平成22年5月27日の被告執行部及び被告理事会による事情聴取において,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の申告をしたことは当事者間に争いがないところ,上記認定事実によれば,同月20日
に発売されたB5月27日号には,原告が本件野球賭博に関与したこと等に関する詳細な本件記事が掲載されていたこと,被告は,これに対し,原告の虚偽の申告に従い,原告が本件野球賭博に参加していないとのマスコミ対応等をせざるを得なかったこと,原告が,同年6月13日の深夜から同月14日の未明にかけて,E理事長に対し,ようやく本件野球賭博への参加を申告したことにより,被告は,従前の対応を変えることとなり,原告が大関としての品格に問題があると批判的にマスコミ報道されたばかりでなく,被告が対応を変えたことについても,被告の自浄能力に疑問ありとする,被告に批判的なマスコミ報道がされるなどし,平成22年7月場所の開催が危ぶまれるなどの状況に陥ったことが認められ,これらの事実によれば,本件処分事由①の事実についての週刊誌報道等がなされたため,同年5月27日,被告において事情聴取を行い,同日,理事会において事情聴取を行ったが,原告が,当該事実について虚偽の申告を行ったため,被告の対応を誤らせ,その信用を失墜させたとの本件処分事由②が認められる。

本件処分事由③について
上記認定事実によれば,原告が,平成22年3月,Fから,原告の本件野球賭博関与の口止め料の支払を要求され,大阪市内の路上に呼び出され,これに応じて,Gとともに同所に赴いたところ,F及び暴力団関係者と思われる男1名がおり,同人らから8000万円の口止め料の支払を要求をされたことが認められ,原告が,自らに対する野球賭博に関連する恐喝事件の現場において,暴力団関係者と疑われる者と協議を行ったとの本件処分事由③が認められる。
これに対し,原告は,原告が恐喝の被害者として現場にいただけであって,Fと一緒にいた人物とは何ら協議を行っておらず,脅されたにすぎず,原告は,恐喝被害を受けた際,当該人物が暴力団風の男という以上の認識
はなかったから,本件処分事由③はそもそも存在しないと主張し,これに沿う供述をする。しかし,上記認定事実によれば,原告は,本件処分事由③に先立つ平成22年1月ころ,Fから,本件野球賭博に参加したことの口止め料として350万円の支払を要求され,本件野球賭博に参加したことをマスコミに知られることをおそれて,同額をFに支払ったという経緯が認められ,同年3月,原告がGとともに大阪市内の路上に赴き,F及び暴力団関係者と思われる男1名と面談した際にも,要求された口止め料の支払について協議をするという側面があったことは否定できないというべきである。また,本件処分事由③は,Fに同伴した男が暴力団関係者であることを断定するものではなく,原告も,陳述書(甲18)において,Fに同伴した男が,これは『菱の紋』同士で話しあってきたことだからなどとの発言をしたことから,暴力団関係者と思われることを認識したことを認めており,これに反する原告の供述は採用できない。したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。

(3)

以上によれば,本件処分事由はいずれも認められる。
本件処分事由の懲戒事由該当性について
前提事実(2)のとおりの本件所属契約における大関としての待遇に加えて,証拠(甲2,4)によれば,大関は,いわゆる別格の地位とされる横綱を除けば,被告所属の力士の頂点にある存在として,本場所相撲を2場所連続して負け越したときに初めて,その地位から降下するとされ,引退後3年間委員としての待遇を受けることができ,年寄名跡の襲名継承資格や師匠となる資格を与えられるなど,他の力士に比べて,特別な待遇を与えられていることが認められる。
このように,被告において大関の地位にある力士は,自身の行動が公私を問わず,マスコミ報道を通じて広く報道されることにより,常に社会の注目を浴びる存在であることを踏まえ,日本国固有の国技である相撲道の
維持発展と国民の心身の向上への寄与を目的とし,力士,行司等の育成及び力士の技量を審査するための本場所相撲の公開実施等の事業を行う財団法人である被告において,被告全体のことを考えて,他の力士にも増して相撲道を体現するとともに,自らを律して他の力士らの模範となる行動をとることが強く求められているというべきであり,原告もそのことを理解していたと認められる。

そのような観点から,本件処分事由①についてみると,本件野球賭博に対する暴力団関係者の関与の有無については解明されていないものの,大関の地位にある力士として,自らを律して他の力士らの模範となる行動をとることが強く求められていた原告が,犯罪行為である本件野球賭博に参加したことは,そのことが職務外でされた,職務遂行に直接関係のない私生活上の非行であるとしても,被告の社会的な評価を低下,毀損させる重大な非違行為に当たるものといえる。そして,証拠上認定できる参加期間,頻度,賭け金額等に照らせば,原告が,常習的に本件野球賭博に参加したものと認められる上,原告が,Gを本件野球賭博に参加させ,同人の賭け金や配当金の管理を行っていたことについても,原告の責任を軽減するものではなく,むしろ,Gの本件野球賭博への参加を容易にする行為をしたものとして,看過することができない情状事実であるといえる。
これに対し,原告は,原告の賭け金が,各回1万円から2万円で,多くとも3万円程度にすぎなかったこと,被告においては,本件野球賭博が発覚する以前から,賭け事をたしなみであるかのように行う土壌があり,賭博への関与がさほど重要視されていなかったことから,原告が本件野球賭博に参加したことは,被告との信頼関係を根本から破壊するものではないと主張する。しかし,原告の賭け金に関する主張が採用できないことは前記説示のとおりである上,原告が,被告においては賭け事をたしなみであるかのように行う土壌があるとしてあげる力士同士の賭け花札やいわゆる
公営ギャンブル(甲18,原告本人)といった賭け事と,胴元の存在が想定される本件野球賭博を同一のものとみることは困難であり,この点が,原告が本件野球賭博に参加したことについて,酌むべき情状となるものではない。そうすると,原告が上記のとおり本件野球賭博に参加したことが,当時の状況や原告の地位に照らせば,被告との信頼関係を根本から破壊するものであったことは明らかというべきである。
したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。ウ
本件処分事由②についてみると,平成21年8月,同年7月場所会場の維持員席で暴力団構成員が観戦していたことが発覚したことを契機として,被告は,暴力団等の反社会的勢力を排除するために,被告所属員と反社会的勢力との関わりを一切排除し,今後関与した被告所属員に対して厳しく対処すること,仮に,被告所属員と暴力団関係者との関係が疑われる場合には,そのような関係を絶つなどの対策を積極的にとることとしており,大関の地位にある力士として,自らを律して他の力士らの模範となる行動をとることが強く求められていた原告が,暴力団等の反社会的勢力の関与が疑われる本件野球賭博に参加したとの本件記事に接した被告としては,原告に対し,早急に事実関係を確認した上,マスコミ対応等を行う必要があったことは上記認定事実のとおりである。そして,原告が,恐喝につき既に警察に相談を行い,おおむね事実に沿った本件記事が公表されていた平成22年5月27日の被告執行部及び被告理事会の事情聴取の時点において,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の供述を積極的にしたことにより,被告は,原告の虚偽の供述に従い,原告が本件野球賭博に参加していないとする誤ったマスコミ対応等をせざるを得ず,その後,原告が,同年6月13日の深夜から同月14日の未明にかけて,E理事長に対し,ようやく本件野球賭博に参加したことを申告したことにより,被告が対応を変えたことについて,被告に批判的なマスコミ報道がされるなどし,
平成22年7月場所の開催の可否が危ぶまれるまでの状況に陥ったという経過に照らせば,原告が,上記の被告執行部及び被告理事会の事情聴取において,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の申告をしたことは,被告の社会的な評価を低下,毀損させる重大な非違行為に当たるというべきである。
これに対し,原告は,原告において,被告に対し,本件野球賭博に参加したことを申告すべき義務はないと主張する。しかし,原告が本件野球賭博に参加したことが,私生活上の非行である犯罪行為であり,この行為について,原告には刑事手続上の黙秘権,供述拒否権が保障されるとしても,上記の刑事手続上の権利は,原告が,本件野球賭博に関するマスコミ対応等を迫られていた被告に対し,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の供述を積極的にすることを許容する趣旨のものではないことは明らかである。そして,本件処分事由②は,原告が,本件野球賭博に参加したことを申告すべき義務があるにもかかわらず,これを申告しなかったことではなく,本件野球賭博に関する恐喝被害について警察に相談し,既に本件記事が公表されて,これに関する取材,報道がされている時点においてなお,原告が,被告に対し,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の供述を積極的にしたことを非違行為として捉えるものと解されるから,原告の主張は非難の前提を欠くというべきである。
また,原告が,虚偽の申告をしたのは,捜査の妨げにならないように警察から口止めされていたことや,原告が本件野球賭博に参加したことを認めることで,本件野球賭博に関与した親方,力士に迷惑がかかる等の合理的な理由に基づくものであると主張し,これに沿う供述をする。しかし,上記認定事実によれば,原告は,本件野球賭博に参加したことを認めることにより,解雇されることをおそれ,自己保身のため,本件野球賭博に参加したことを否定する虚偽の申告をしたと認められるところ,原告がE理
事長に本件野球賭博に参加したことを申告した後,本件解雇をされるまでの間に虚偽の申告をした理由について,捜査の妨げにならないように警察から口止めされていたとか,本件野球賭博に関与した親方,力士に迷惑がかかるとの弁解をしたと認めるに足りる証拠はなく,原告の供述は信用できない。
さらに,原告は,本件処分事由①が,被告との信頼関係を根本から破壊するものではない以上,これと不可分一体の関係にある本件処分事由②が,被告との信頼関係を根本から破壊するものではないと主張する。しかし,本件処分事由①が,被告との信頼関係を根本から破壊するものであることは,上記説示のとおりであり,原告の上記主張はその前提を欠くものというほかない。
したがって,この点に関する原告の主張はいずれも採用することができない。

本件処分事由③についてみると,確かに,原告は,Fとの関係において,本件野球賭博に参加したことの口止め料の支払を要求された被害者としての側面があることは否定できない。しかし,上記認定事実によれば,原告が,上記の恐喝被害にあったのは,Gの本件野球賭博の配当金を回収しようとしたことを発端とするものであることが認められる上,当時,被告が,暴力団等の反社会的勢力を排除するために,被告所属員と反社会的勢力との関わりを一切排除し,今後関与した被告所属員に対して厳しく対処すること,仮に,被告所属員と暴力団関係者との関係が疑われる場合には,そのような関係を絶つなどの対策を積極的にとることとしており,大関の地位にある力士として,自らを律して他の力士らの模範となる行動をとることが強く求められていた原告が,Gとともに,大阪市内の路上に赴き,F及び暴力団関係者と思われる男1名と面談したことも,上記の口止め料の支払について協議をするという側面があったことは否定できないことは,
上記説示のとおりであり,これらの点を考慮すれば,本件処分事由③も,被告の社会的な評価を低下,毀損させるものであって,看過することができない非違行為に当たるというべきである。

以上によれば,本件処分事由は,被告寄附行為施行細則(甲2)92条が懲戒事由として規定する,相撲の本質をわきまえず,協会の信用もしくは名誉を毀損するがごとき行動をなしたことに当たるというべきである。
なお,原告は,被告が賭博への関与を認める上申書を平成22年6月14日までに提出した者については,厳重注意で済ませると通告しており,その通告に応じて本件上申書を提出した原告との間の信頼関係は修復されていると主張するが,この主張が採用できないことは後述するとおりである。

(4)

本件解雇の相当性について
上記認定事実によれば,被告理事会は,被告及び特別調査委員会による調査結果に原告の弁明を加味した上で,本件処分事由がいずれもあると認定し,原告に酌むべき事情があるかどうかを含めて討議した結果,原告に対する懲戒処分として解雇(退職金は全額支給するが,功労金は支給しない。)が相当であると議決し,被告は,原告に対し,本件解雇の意思表示をしたことが認められるところ,本件処分事由の非違行為としての重大性に加えて,被告所属の力士の頂点である大関という地位にあった原告の立場,本件処分事由が被告に及ぼした結果及び社会的影響の大きさに照らせば,原告には被告における懲戒処分歴がないこと,その他本件に顕れたすべての事情を考慮しても,被告が,原告に対し,被告寄附行為施行細則(甲2)93条が規定する懲戒処分として本件解雇をしたことは相当であるというべきである。


なお,本件所属契約の法的性質については,争点(1)記載のとおり,双
方当事者が主張している。当裁判所は,本件所属契約が,準委任契約と労働契約の双方の性質を有する無名契約であると解するが,本件所属契約が,仮に労働契約としての性質が強いものであるとしても,上記説示したところに照らせば,本件解雇が,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないものとはいえないというべきであるから,この点は,上記判断を左右するものではない。
(5)

本件解雇が解雇権放棄の合意及び信義則に反するとの原告の主張につい
てア
原告は,本件解雇が,原告との間の本件所属契約の解雇権又は解除権を放棄するとの合意に反し,あるいは,本件野球賭博に関与したとの申告をすれば,厳重注意にとどめるという利益誘導又は偽計を用いたものであるから,禁反言に反し,信義則に反すると主張する。


この点,上記認定事実によれば,平成22年6月11日,Qにおいて開催された被告の生活指導講習会において,E理事長は,出席者に対し,賭博への関与について自らの申告を求めるとともに,期限までに申告がない者で後日賭博への関与が明らかとなった場合及び将来賭博に関わった者については厳しく処分することを表明したこと,各師匠に宛てて,同理事長名で作成された,

6月14日(月)までに別紙上申書を協会に提出した者に対しても,厳重注意で済ませます。しかし,上申書を提出しないで,後から名前が出たり,結果が出た場合は,理事会において厳正に処分する方針です。

などと記載された文書(甲13)とともに,賭博への関与実態を申告するための上申書用紙を各相撲部屋へ配布したこと,被告から,原告について上申書の提出対象から除外するとの明確な告知がされたことはなかったこと,原告は,同月12日,R及びPから,東京都内のホテルに呼び出され,本件野球賭博に参加したことを認めるように説得され,同月13日の夜,Nに連れられて,Q近くの,Lが経営するちゃんこ店に赴
き,Cらと話をした際にも,同様の説得を受けたこと,同日の深夜から同月14日の未明にかけて,原告は,Lに付き添われて,S部屋に赴き,E理事長に対し,本件野球賭博に参加したことを申告したことが認められる。こうした経過を総合すると,同理事長が,同月14日までに,本件野球賭博を含めた賭博行為への関与を自主申告すれば,厳重注意で済ませるとの誘引をし,被告執行部側が,同理事長がした誘引に従い,原告に対し,本件野球賭博に参加したことを認めるように促したことにより,原告が,本件野球賭博に参加したことを申告したのではないかとの疑いを生じさせるものである。

しかし,上記認定事実によれば,原告は,同年5月27日午前,E理事長の指示を受けた被告執行部のCらと面談したところ,Cらは,それまでに入手した情報から,既に原告が本件野球賭博に参加したとの疑いをもっていたこと,原告は,同日午後に開催された被告理事会に出席を求められ,本件記事の真偽について事情聴取を受けた際,E理事長から,

もし後でなんかあったら大変なことになりますよ。それは覚悟していますね。

などと,後に原告が本件野球賭博に参加したことが発覚した場合,解雇などの重い処分となる旨の警告を受けていたこと,同年6月11日の被告の生活指導講習会におけるE理事長の発言等は,同月9日ころ,原告及びGとは別の力士が,同理事長に対し,本件野球賭博に関与したことを自己申告したことから,原告らのように本件記事に名前が出た者以外にも,本件野球賭博や賭博に関与している者がいるのではないかと考えてされたものであったこと,原告が,E理事長に対し,本件野球賭博に参加したことを申告した後,同月15日に開催された被告理事会は,懲戒処分の決定が理事会の専決事項であることを確認した上で,原告のように,被告理事会において虚偽の申告を行った者に対しては,厳罰で臨むべきであることを確認したことが認められ,また,同理事会におけるE理事長の報告にもかかわ
らず,原告は,現実に自身が厳重注意を受けたことについてあいまいな供述をしており,原告に対して,厳重注意がされたことを認めるに足りる的確な証拠がないことも併せ考えると,同月11日の被告の生活指導講習会において,E理事長が,同月14日までに,本件野球賭博を含めた賭博行為への関与を自主申告すれば,厳重注意で済ませるとの誘引をしたことがあるとしても,その誘引の対象には,原告が含まれていなかったものと認めるのが合理的である。
そして,上記認定事実における,原告と被告執行部とのやり取りに加えて,同年7月4日に,被告理事会が,原告に対し,本件解雇の意思表示をした際にも,原告は,被告側から本件野球賭博に参加したことを申告すれば,厳重注意で済ますと言われたので申告したのに話が違うなどの抗議をしなかったことが認められることを併せ考慮すれば,原告も,同年6月14日までに本件野球賭博を含めた賭博行為への関与を自主申告すれば厳重注意で済ませるとの誘引の対象に,自身が含まれていないことを認識しており,原告は,本件上申書を提出することにより,厳重注意にとどめられるとの信頼をそもそも有していなかったのではないかとも考えられる。仮に,原告が,同日までに本件野球賭博への参加を申告すれば,厳重注意にとどまるのではないかとの期待を有していたとしても,原告については,既に公表された本件記事においてその中心人物として名前が記載され,被告理事会からの事情聴取を受けるなどしており,客観的にみても,被告が厳重注意という措置の前提としていた自主申告をすることを許容される状況にあったとはいえないこと,被告は,原告が恐喝被害を相談した警察等の情報から,原告の本件野球賭博への参加につき既に疑いを有しており,原告からの申告の有無が,現に原告が行っていた本件野球賭博への参加に対して被告が何らかの処分を行うための必須の要素であったとはいい難いことを考慮すると,原告が,仮に上記のような期待を有していたとしても,
それは,被告の懲戒権限を制約するなどして保護しなければならないものとはいえず,また,本件処分を違法,無効たらしめるような手続違背に当たるともいい難い。

以上によれば,平成22年6月11日に開催された被告の生活指導講習会において,E理事長が,同月14日までに,本件野球賭博を含めた賭博行為への関与を自主申告すれば,厳重注意にとどめると告げるとともに,別途,同理事長名で,

6月14日(月)までに別紙上申書を協会に提出した者に対しても,厳重注意で済ませます。

などと記載された書面(甲13)を,各師匠に宛てて配布したことによって,原告と被告との間で,原告が,同日までに,本件野球賭博を含む賭博行為へ参加したことを自己申告し,上申書を提出することで,被告において,本件所属契約の解雇権又は解除権を放棄するとの合意が成立したと認めることはできないし,本件解雇が,本件野球賭博に参加したとの申告をすれば,厳重注意にとどめるという利益誘導又は偽計を用いてされたものであるから,禁反言に反し,信義則に反するとの原告の主張も採用することができない。
なお,原告は,被告が,賭博への関与を認める上申書を平成22年6月14日までに提出した者については,厳重注意で済ませると通告しており,その通告に応じて本件上申書を提出した原告との間の信頼関係は修復されているとも主張するが,この主張が前提を欠くものであって,採用することができないことも上記説示のとおりである。

(6)

本件解雇が二重処罰の禁止の趣旨に反するとの原告の主張について原告は,被告が,平成22年6月15日,原告を含め,本件賭博への関与
を申告した力士全員に対し,厳重注意処分を科したことは,同日の被告理事会議事録(乙8)から明らかであるところ,さらに,原告に対し,懲戒処分として本件解雇をすることは,二重処罰の禁止の趣旨に反すると主張する。しかし,被告寄附行為施行規則(甲2)93条には,年寄・力士・行司及
びその他協会所属員に対する賞罰は,けん責・給与減額・出場停止・番附降下・解雇の5種とし,理事会の議決により行うものとされているところ,E理事長がしたとする厳重注意は,これらの不利益処分には当たらないのであって,懲戒処分としての本件解雇が,原告に対する二重の不利益処分に当たるとする原告の主張はその前提を欠くものである。
また,上記認定事実によれば,平成22年6月15日の被告理事会において,E理事長から,早急に上申書の提出が必要であった背景について説明があり,自己申告した65名全員に対して,厳重注意処分とする旨の通達を行ったとの報告がされたこと,被告理事会は,懲戒処分の決定が理事会の専決事項であることを確認した上で,E理事長の措置を,緊急事態に対するものとして追認し,賭博に関与したことを自己申告した65名に対し,厳重注意とすることを決議したことが認められ,これらの事実は,原告の主張に沿うものであるが,原告に対し,現実に,厳重注意がされたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,いずれにしても,この点に関する原告の主張は採用することができない。
(7)

本件解雇が平等原則の趣旨に反するとの原告の主張について
原告は,本件解雇は,本件野球賭博等の賭博に関与した他の被告協会員に
対する処分の中で突出して重く,被告における過去の処分と比較しても重いから,平等原則の趣旨に反すると主張する。
しかし,上記認定事実によれば,本件野球賭博に関与したことを認定された27名の被告所属員のうち,平成22年7月4日,原告の他,Gが解雇(退職金を支給しない。),Nが主任から平年寄への降格,Vが委員から年寄への降格の懲戒処分を受けたこと,同年9月8日,本件野球賭博の中心人物とされたU及び原告の本件野球賭博を仲介したJが,解雇(退職金を支給しない。)の懲戒処分を受けたことが認められ,本件解雇が,本件野球賭博
等の賭博に関与した他の被告協会員に対する処分の中で突出して重いということはできない。また,上記認定事実によれば,本件野球賭博に関与した力士らのうち,けん責の懲戒処分を受けたW,Xら現役力士4名を含む9名が,賭博罪により略式命令の刑事処分を受けた一方で,同じ賭博容疑で書類送検された原告及びGは,嫌疑不十分であるとして不起訴処分となったことが認められるところ,このような刑事処分の差異は,本人の自白のみでは有罪とはできない刑事手続上の制約によるものと解され,必ずしも,本件野球賭博関与の態様の軽重を示すとはいい難いから,本件解雇の不均衡を基礎付けるものではない。
また,本件解雇が被告における過去の処分と比較しても重いことを裏付ける証拠(甲20の1及び2,甲21の1ないし4,甲22,甲23の1ないし6,甲24の1及び2)は,いずれも平成22年7月の本件解雇時と時代背景等が異なるものであって,やはり,本件解雇の不均衡を基礎付けるものではない。
したがって,この点に関する原告の主張は採用することができない。(8)

本件解雇が適正手続を欠くとの原告の主張について
原告は,被告が,原告の申告のみに依拠し,何ら客観的な信用性のある調
査も行わずに,本件解雇をした上,平成22年7月4日に原告に与えられた弁明の機会も,ほとんど時間をかけることなく,原告の弁明を十分に聴取しない形式的なものにすぎなかったから,本件解雇は,適正手続を欠くものであると主張し,これに沿う供述をする。
しかし,被告理事会は,被告及び特別調査委員会による調査結果に原告の弁明を加味した上で,本件処分事由がいずれもあると認定し,原告に酌むべき事情があるかどうかを含めて討議した結果,原告に対する懲戒処分として解雇(退職金は全額支給するが,功労金は支給しない。)が相当であると議決し,被告は,原告に対し,本件解雇の意思表示をしたことが認められるこ
とは前記説示のとおりであり,原告の上記主張は,原告の弁明に対する考慮の程度に関する不満を述べるにとどまるものというべきであるから,これを採用することはできない。
(9)

小括
以上の検討によれば,本件解雇は,原告がした本件処分事由が,被告寄附
行為施行細則(甲2)92条が懲戒事由として規定する,相撲の本質をわきまえず,協会の信用もしくは名誉を毀損するがごとき行動をなしたことに当たることに基づき,同施行細則93条が規定する懲戒処分としてされたものであり,その処分も相当であるから,有効であるというべきである。したがって,本件解雇が無効であることを前提とする主位的請求(1)ないし(3)及び予備的請求1は,その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がない。
2
争点(3)(宿泊料及び日当,交通費の支払請求の可否)について(1)

被告が,被告旅費支給規定(甲11)中の力士,行司その他地方場所旅
費支給規定に基づき,大関の地位にある力士に対し,地方場所の宿泊料等を支給していること,原告が,本件宿泊料等合計9万0070円を負担したことは,前提事実(2)イのとおりであり,被告において,原告に対し,本件宿泊料等の支払債務を負うことは当事者間に争いがない。
(2)

証拠(甲11,19,乙17)及び弁論の全趣旨によれば,上記旅費支
給規定には,宿泊料等の支払時期及び手続に関する定めがなく,被告は,平成23年5月23日,本件宿泊料等を支払う準備を整えて,原告に対し,振込先の預金口座を指定するように求める旨通知したところ,原告は,本件宿泊料等の支払に関する被告の措置に異議を述べていないこと,原告は,本件訴訟において,平成24年7月3日に送達された同年6月26日付け第5準備書面(予備的請求の趣旨の追加)により,本件宿泊料等の支払請求を追加したことがそれぞれ認められる。

上記認定事実によれば,被告の原告に対する本件宿泊料等の支払債務は,期限の定めのない持参債務(民法484条)であると解される一方で,原告において,振込先の預金口座を指定することを要する債務と認めるのが,当事者の合理的意思に合致するというべきである。そして,被告は,原告が,本件訴訟において,本件宿泊料等の支払請求を追加するより前に,本件宿泊料等を支払う準備を整えて,原告に対し,振込先の預金口座を指定するように求める旨通知するという口頭の提供をしたことにより,本件宿泊料等の支払債務につき履行遅滞を免れるから,同債務に対する遅延損害金の支払義務を負わないというべきである(民法492条,493条ただし書)。(3)

そして,前提事実(5)に加え,証拠(乙17)及び弁論の全趣旨によれば,
被告は,原告が,振込先の預金口座を指定せず,本件宿泊料等の受領を拒絶する意思を明らかにしたことから,平成25年6月28日,東京法務局に対し,本件宿泊料等の支払債務の元金9万0070円を弁済供託したことが認められ,これにより,本件宿泊料等の支払債務は消滅したものと認められる。(4)

以上によれば,本件宿泊料等及び遅延損害金の支払を求める主位的請求
(4)は理由がないというべきである。
3
争点(4)(本件退職金及び本件懸賞金の支払請求の可否)について(1)

本件解雇が有効であることは,争点(2)における説示のとおりであり,本
件所属契約は,平成22年7月4日に終了したと認められる。
そして,被告が,被告寄附行為施行細則退職金支給規定,力士養老金・勤続加算金支給規定(甲10)に基づき,被告との力士所属契約を終了させた力士に対し,その番附・階級及び出場した本場所数に応じて,本件退職金を支給していること,本件所属契約が平成22年7月4日に終了した場合には,原告に対して支給されるべき本件退職金が,2540万円(源泉徴収前の金額)となること,被告が,本件懸賞金1158万1909円を預かっていたことは,前提事実(2)ウ及びエ記載のとおりであり,被告において,原告に
対し,本件退職金の支払債務を負うことも当事者間に争いがない。(2)

証拠(甲10,19,乙17)及び弁論の全趣旨によれば,上記退職金
支給規定には,本件退職金の支払時期及び手続に関する定めがなく,本件懸賞金については規定自体が存在しないこと(原告は,原告と被告との間では,本件所属契約終了時に,被告が,原告に対し,本件懸賞金を支払う合意があったと主張するが,これを認めるに足りる的確な証拠はない。),被告は,平成23年5月23日,本件退職金及び本件懸賞金を支払う準備を整えて,原告に対し,振込先の預金口座を指定するように求める旨通知したところ,その時点で,原告は,本件退職金及び本件懸賞金の支払の前提となる本件所属契約の終了の有無(本件解雇の有効性)を争い,振込先の預金口座を指定せず,本件退職金及び本件懸賞金の受領を拒絶したこと,原告は,本件訴訟において,平成24年7月3日に送達された同年6月26日付け第5準備書面(予備的請求の趣旨の追加)により,本件退職金及び本件懸賞金の支払請求を追加したことがそれぞれ認められる。
上記認定事実によれば,被告の原告に対する本件懸賞金の支払債務が存在するとしても,同債務は,被告の原告に対する本件退職金の支払債務と同じく期限の定めのない持参債務であると解される一方で,原告において,振込先の預金口座を指定することを要する債務と認めるのが,当事者の合理的意思に合致することは,本件宿泊料等の支払債務の場合と同様であるというべきである。そして,被告は,原告が,本件訴訟において,本件退職金及び本件懸賞金の支払請求を追加するより前に,本件退職金及び本件懸賞金を支払う準備を整えて,原告に対し,振込先の預金口座を指定するように求める旨通知するという口頭の提供をしたことにより,本件退職金及び本件懸賞金の支払債務につき履行遅滞を免れるから,同債務に対する遅延損害金の支払義務を負わないというべきであることも,本件宿泊料等の支払債務の場合と同様である。

(3)

また,前提事実(5)に加えて,証拠(乙17)及び弁論の全趣旨によれば,
被告は,原告が,上記の経緯により,本件退職金及び本件懸賞金の受領を拒絶したことから,本件退職金の支払債務の元金2540万円から,原告からの退職所得申告書の提出がないことを前提として算出した額としての源泉徴収税額508万円を控除した2032万円及び本件懸賞金の支払債務の元金1158万1909円を供託したことが認められるところ,これにより,本件退職金及び本件懸賞金の支払債務は消滅したものと認められることも,本件宿泊費等の支払債務の場合と同様である。
なお,公法上の源泉徴収義務を負うと解される被告が,本件退職金元金から,原告からの退職所得申告書の提出がないことを前提として算出した額としての源泉徴収税額を控除した残額を弁済供託したことは,有効なものと認めるのが相当である。
(4)

以上によれば,本件退職金及び本件懸賞金並びに遅延損害金の支払を求
める予備的請求2は,その余の点を判断するまでもなく理由がないというべきである。
4
結論
よって,原告の請求は,その余の点を判断するまでもなくいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第36部

裁判長裁判官

竹田
裁判官

古庄光広研
裁判官

吉川健治
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