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遺族一時金不支給決定等取消請求事件
事件番号平成22(行ウ)596
事件名遺族一時金不支給決定等取消請求事件
裁判年月日平成26年9月18日
法廷名東京地方裁判所
判示事項オセルタミビルリン酸塩(タミフル)の副作用を理由とする独立行政法人医薬品医療機器総合機構法に基づく医療手当に係る未支給の救済給付並びに遺族一時金及び葬祭料の給付の各請求に対する不支給決定が,適法とされた事例
裁判要旨オセルタミビルリン酸塩(タミフル。以下「タミフル」という。)の副作用を理由とする独立行政法人医薬品医療機器総合機構法に基づく医療手当に係る未支給の救済給付並びに遺族一時金及び葬祭料の給付の各請求に対する不支給決定につき,当該被害が医薬品の副作用によるものであることについての立証責任は,上記の給付の請求をする者がこれを負い,その証明の程度は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要するとした上で,タミフルと突然死との間の因果関係を裏付ける的確な証拠はなく,本件の死因についてはインフルエンザ脳症の可能性が強く疑われ,その死亡及び死亡に至る症状はタミフルの副作用によるものであるとは認められないとして,上記不支給決定を適法とした事例
裁判日:西暦2014-09-18
情報公開日2017-10-19 10:24:49
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平成26年9月18日判決言渡
平成22年(行ウ)第596号

遺族一時金不支給決定等取消請求事件

主文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。

第1

実及び理由
請求
被告が平成18年7月3日付けで原告に対してした医療手当に係る未支給の救
済給付並びに遺族一時金及び葬祭料の各不支給決定(薬機発第0703052号及び第0703053号)を取り消す。
第2

事案の概要
本件は,原告が,インフルエンザに罹患した原告の子であるP1が死亡したこ
とについて,P1が死亡したのは,服用した独立行政法人医薬品医療機器総合機構法(以下機構法という。)所定の許可医薬品である抗インフルエンザウイルス剤のオセルタミビルリン酸塩(製品名タミフルドライシロップ3%。以下,オセルタミビルリン酸塩をタミフルという。)の副作用によるものであるとして,被告に対し,機構法に基づく医療手当に係る未支給の救済給付並びに遺族一時金及び葬祭料の給付の各請求(以下本件各請求という。)をしたところ,被告から,いずれも不支給とする旨の各決定(以下本件各不支給決定という。)を受けたため,本件各不支給決定を不服としてその取消しを求める事案である。
1
関係法令の定め
本件の関係法令の定めは,別紙関係法令の定めのとおりである。なお,同別紙中で定義した略称は,以下の本文においても同様に用いるものとする。
2
前提事実(証拠等の掲記がないものは,当事者間に争いがない。)(1)

当事者等


P1は,平成14年4月16日に出生し,平成17年2月5日に死亡した男児であり,原告は,P1の父である。(甲11)


被告は,機構法及び独立行政法人通則法の規定により設立され,医薬品の副作用による疾病,障害又は死亡につき,請求に基づき,医療費,医療手当,遺族一時金,葬祭料等の支給の決定を行う独立行政法人である。
(2)

診療経過等(全体につき甲11,乙11,弁論の全趣旨)


P1は,平成17年2月4日(以下,平成17年2月については,年月の記載を省略する。)朝,38℃を超える発熱があり,P2医院を受診したところ,インフルエンザ抗原の迅速検査でインフルエンザAが陽性であったため,P2医院のP3医師からインフルエンザAと診断され,タミフルドライシロップ3%,アスベリン散,ムコダイン細粒及びペリアクチン散1%が処方された。


P1は,帰宅後の4日午後1時頃,処方された医薬品を1回服用したが,同日午後2時30分頃,頭痛を訴え,同日午後3時20分頃,眠りについた。


P1の母は,4日午後3時55分頃,P1の呼吸が停止していることに気付き,救急通報した。救急車が同日午後4時12分頃に到着したが,間もなくP1が心肺停止の状態にあることが確認された。


P1は,4日午後4時24分頃,P4病院へ救急搬送された。同病院の医師らは,搬送後,P1に対し,気管挿管やボスミン注射等の蘇生措置を施行し,P1は,同日午後4時45分,心拍が再開した。
P1は,その経過等からインフルエンザ脳症と診断されて入院し,ステ
ロイドパルス,タミフル,エフオーワイ,グリセオール等による薬物治療がP1に対して開始された。
しかしながら,P1の血圧は徐々に低下し,触診でも触れなくなり,排尿も認めず腎不全も進行した。

P1は,5日午後8時10分,心拍が低下し,蘇生処置に反応せず,同日午後8時32分,死亡した。

(3)

本件訴訟に至る経緯
原告は,平成17年6月20日付けで,医療手当請求書,遺族一時金請求書及び葬祭料請求書をそれぞれ作成して,これらを提出し,被告は,同月21日,これらを受け付けたが,所要の書類が添付されていなかったため,同日,原告に対して再提出を求め,これらを返送した。(乙1の1,2,3,弁論の全趣旨)


原告は,平成17年7月21日,P1の突然死はタミフルの副作用によるものであるとして,未支給の救済給付請求書及びその添付書類としての医療手当請求書,
遺族一時金請求書並びに葬祭料請求書をそれぞれ提出し,
被告は,所要の書類が添付されていることを確認し,同日,これらを受理した(本件各請求)。(乙1の1・2,2,3,弁論の全趣旨)


被告は,平成18年6月5日,厚生労働大臣に対し,機構法17条1項に基づき,本件各請求に係る疾病及び死亡が医薬品の副作用によるものかどうか,その他医学的薬学的判定を要する事項について,判定の申出をした。(乙4)


厚生労働大臣は,平成18年6月29日,被告に対し,本件各請求が副作用救済給付の対象でないとする本件各請求に係る判定結果の通知(厚生労働省発薬食第0629008号)をし,被告はこれを受理した。上記の判定の理由は,本件について,医薬品の副作用による疾病又は症状は認められず,死亡については,インフルエンザ感染及びインフルエンザ脳症によるものと考えられ,医薬品の副作用により死亡に至ったとは考え難いというものであった。(乙5)


被告は,平成18年7月3日,上記エの判定結果を受け,原告に対し,機構法施行規則21条に基づき,未支給の救済給付不支給決定通知書(薬機発第0703052号)及び遺族一時金・葬祭料不支給決定通知書(薬機発第0703053号)をもって,本件各不支給決定の通知をした。本件各不支給決定の理由は,本件について,医薬品の副作用による疾病又は症状は認められず,請求されている症状や死亡についてはインフルエンザ感染及びインフルエンザ脳症によるものと考えられ,医薬品の副作用によるものとは考え難いというものであった。(乙6,7)

原告は,平成18年8月25日,厚生労働大臣に対し,機構法35条1項に基づき,審査の申立てをした。(甲1)


厚生労働大臣は,平成22年4月23日,審査の申立てを棄却する旨の裁決をした。裁決の理由は,本件について,医薬品の副作用による疾病又は症状は認められず,請求されている症状及び死亡についてはインフルエンザ感染及びインフルエンザ脳症によるものと考えられ,医薬品の副作用によるものとは考え難いというものであった。(甲1)


原告は,平成22年10月21日,本件各不支給決定の取消しを求めて本件訴訟を提起した。(顕著な事実)

3
争点及び争点に関する当事者の主張の要旨
本件の争点は,本件各不支給決定の適法性であり,その主要な争点は,P1の死亡及びそれに至る症状が服用したタミフルの副作用によるものであるか否かである。争点に関する当事者の主張の要旨は,以下のとおりである。(1)

原告
機構法の医薬品の副作用による被害の救済制度が創設されたのは,医薬品の投与及び服用と副作用の発生との間の因果関係の証明が困難であることから,医薬品による副作用被害者の立証の負担を軽減し,被害を迅速に救済するためにほかならず,
このような機構法の目的及び趣旨に鑑みると,
本件においては,タミフルの服用と突然死との間の因果関係について,被告がその判断に不合理な点がないことを相当の根拠及び資料に基づき立証する必要があり,こうした立証を尽くさない場合には,被告のした判断に不合理な点があると推認される。また,このような立証責任の転換が認められないとしても,少なくとも証明度の軽減は認められるべきである。イ(ア)
(イ)

P1の死因は,服用したタミフルの副作用によるものである。
タミフルは,腸管内でリン酸基が外れ,未変化体のオセルタミビル
(以下オセルタミビル未変化体という。)となって血中に移行し,カルボキシルエステラーゼにより活性体のオセルタミビル(以下,オセルタミビル活性体といい,
オセルタミビル未変化体と併せて単に
オセルタミビルという。)となる。通常4分の3がオセルタミビル活性体に変化し,4分の1がオセルタミビル未変化体のまま全身に循環するとされる。
オセルタミビル未変化体は,脂溶性であるため血液脳関門である毛細血管内皮細胞内に移行するが,毛細血管内皮細胞の血液側細胞膜に存在する排出トランスポーターであるP-糖タンパクの活性が正常であれば,脳内に移行することはほとんどない。また,オセルタミビル活性体は,水溶性であるため,基本的には脳内に移行することはない。
ところが,カルボキシルエステラーゼの活性は,離乳性動物においては未熟である場合には低く,インフルエンザ罹患の初期の段階では炎症性サイトカインの影響も加わり更に低くなるため,オセルタミビルは血漿中で高濃度になりやすく,脳中でも高濃度となる。また,P-糖タンパクの活性も未熟である場合には低いため,幼若のラットである7日齢のラットのオセルタミビルの脳中濃度は成熟したラットである42日齢のラットの64倍の濃度にも達する。
さらに,
P-糖タンパクの活性は,
インフルエンザ罹患の急性期の高サイトカイン状態では高サイトカイン血症により低下するため,血漿中濃度の増加以上にオセルタミビルが脳内に蓄積されやすくなる。
(ウ)

タミフルの服用後,人や未熟の動物には,体温低下,呼吸抑制,突
然死,肺水腫等が生じる。これは脳中で高濃度となったオセルタミビルが有する中枢神経抑制作用に起因するものと考えられる。この中枢神経抑制作用は,全身麻酔剤等によるものと同様の性質のものである。(エ)

動物実験によると,タミフル投与初回例での傾眠傾向,体温低下,
行動抑制,呼吸抑制,呼吸不規則,チアノーゼ,肺水腫等の中枢神経抑制作用の症状がみられており,厚生労働省が公表したリン酸オセルタミビルの服用後に死亡した16歳以下の小児症例(平成18年1月20日現在)からも,人においても呼吸困難により死亡したと考えられる症例が存在する。
一方,インフルエンザ感染によるインフルエンザ脳症では,3時間前に正常であった幼児が急激に呼吸停止に至る例は考えられず,また,インフルエンザ脳症で死亡する例は,大部分が非ステロイド系抗炎症剤を服用した症例であるところ,P1は非ステロイド系抗炎症剤を服用しておらず,この点からもP1がインフルエンザ脳症により死亡したとは考えられない。
(オ)

タミフルが中枢神経抑制作用を有することからみて,P1が睡眠後
呼吸停止に至った経過は次のとおりであると考えられる。
すなわち,P1のタミフルの服用直後の睡眠は単なる午睡ではなく,タミフルにより眠気を催したものであって,入眠後の激しい頭痛は頭蓋内圧亢進によるものであった。また,頭痛の後の入眠は,タミフルの中枢神経抑制作用が強く働いたものであり,呼吸停止はタミフルの中枢神経抑制作用により呼吸中枢が抑制されたものと考えられる。
したがって,P1の突然死は,P1が服用したタミフルが招来し,その結果死亡に至ったものであり,タミフルの服用とP1の死亡との間には因果関係がある。
(カ)

オセルタミビル活性体の有するノイラミニダーゼ阻害作用はタミフ
ルの服用による突然死とは無関係であり,タミフルの服用による突然死は,オセルタミビルの有する脳内の各種受容体及び各種イオンチャネルへの作用が関係しているのではないかと考えられる。

以上によれば,原告は,機構法に基づき医療手当に係る未支給の救済給付並びに遺族一時金及び葬祭料の給付を受けるための条件を満たしており,かかる条件を満たさないとして医療手当に係る未支給の救済給付並びに遺族一時金及び葬祭料を不支給とした本件各不支給決定は違法である。
(2)

被告
副作用救済給付は,民事上の損害賠償責任に基づく給付でもなく,いわゆる公的な社会保障給付でもない,許可医薬品の製造販売業者の有する社会的責任に基づいて行われる新しい性格の給付であり,見舞金的性格の強い給付と位置づけられる。
機構法16条1項各号は,副作用救済給付の支給につき,医薬品の副作用による健康被害により疾病,障害又は死亡の被害を受けた者又はその遺族等がその請求権を有し,これらの者の請求に基づき支給決定をするものと規定している。一方,機構法16条2項及び機構法施行規則3条は,機構法4条6項の要件に該当する場合であっても,医薬品の副作用による健康被害がその者の救済のためにやむを得ず通常の使用量を超えて当該医薬品を使用したことによるものであり,かつ,当該健康被害の発生があらかじめ認識されていた場合その他これに準ずると認められる場合,
すなわち,
不支給事由の存在が認められる場合には,副作用救済給付を行わないと定めている。
このような副作用救済給付の支給決定の授益的処分としての性質及び根拠法規の文言,構造等に照らすと,機構法16条1項に定めている当該被害が機構法4条6項に規定する医薬品の副作用によるものであること,すなわち,当該健康被害が許可医薬品が適正に使用された場合においてもその許可医薬品により発現する有害な反応により生じたものであることという事由は,副作用救済給付の請求権の権利発生事由であり,機構法16条2項に定める不支給事由は,上記請求権の権利障害事由であるといえる。そうすると,機構法16条1項に定めている当該被害が機構法4条6項に規定する医薬品の副作用によるものであることの立証責任は,当該請求権の権利発生事由として,副作用救済給付の請求者が負うものと解すべきである。
また,証明度の軽減が認められるべきであるとの原告の主張も争う。イ(ア)
(イ)

P1の死因は,インフルエンザ脳症である。
平成17年5月に公表された厚生労働省インフルエンザ脳症研究班
作成のインフルエンザ脳症ガイドラインによると,インフルエンザ脳症は,インフルエンザに伴う急性の意識障害と定義されており,主に5歳以下の乳幼児に発症し,インフルエンザ発病後の急速な症状の進行と予後の悪さを特徴とする疾患であり,意識障害が最も重要な臨床上の指標とされている。
また,
インフルエンザ脳症ガイドラインによると,
診断基準としては,
神経所見においてJCS20以上の意識障害,CT検査においてびまん性低吸収域(全脳,大脳皮質全域),脳幹浮腫(脳幹周囲の脳槽の狭小化),脳浮腫が疑われる場合等とされており,それらの神経所見及び検査所見が認められた場合は,インフルエンザ脳症の確定診断例又は疑い診断例とされている。そして,血液検査及び尿検査において,血小板の減少,AST(GOT)及びALT(GPT)の上昇,CPK(CK)の上昇,低血糖,高血糖,凝固異常,高アンモニア血症,血尿及び尿蛋白も診断上有用であるとされている。
JCSとは,JapanComaScaleの略であり,日本で主に使用される意識障害の深度分類である。AST(GOT)とは,アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ
(グルタミン酸オキザロ酢酸トランスアミナーゼ)
のことであり,肝障害,心筋障害,骨格筋障害等の指標となる。ALT(GPT)とは,アラニンアミノトランスフェラーゼ(グルタミン酸ピルビン酸トランスアミナーゼ)のことであり,肝障害の指標となり,肝特異性の高い検査である。CPK(CK)とは,クレアチンホスホキナーゼ(クレアチンキナーゼ)のことであり,心筋障害,骨格筋障害等の指標となる。一般に血糖というと,血中グルコースを意味するところ,グルコースとは,ブドウ糖のことであり,糖尿病等の耐糖能異常の指標となる。
(ウ)

インフルエンザ脳症は,乳幼児を中心に急激に発症し,致命率は約
30%,後遺症は25%以上に上る重篤な疾患であるとされており,臨床経過に即して病態の進行を観察すると,ほぼ共通した経緯をたどることが認められる。すなわち,まず,突然の発熱に始まり,極めて短時間のうちに,けいれん,意識障害などの中枢神経系の症状を呈し,その後急速にDIC(播種性血管内凝固症候群),やや遅れて腎不全,膵炎及びMOF(多臓器不全)に至るとされている。
また,
発熱から中枢神経系の症状が出現するまでの時間は極めて短く,
発熱したその日のうちか,遅くとも翌日までには発症しており,発熱から1日以内の症状の出現が80%を占め,また,6時間以内の発症が特に多いとされている。
さらに,来院時には多くの例が心肺停止に至っていたり,緊急処置を必要としたりしており,CT検査で画像解析のできた例の共通点は著しい脳浮腫を認めるとされている。
○に発表された論文によれば,インフルエンザ脳症における検査所見としては,血小板の低下,AST(GOT)の上昇,CPK(CK)の上昇,Crの上昇,Hb(ヘモグロビン)の低下,PTの延長,NH3(アンモニア)
の増加,
血尿及び蛋白尿の存在は予後の悪化につながり,
特に,AST(GOT),CPK(CK),Cr,血尿,蛋白尿等が予後悪化に関連し,比較的早期から異常を示すとされ,脳浮腫,特に著明な脳浮腫を示した症例の予後は悪いとされている。
Crとは,クレアチニンのことであり,筋肉内でクレアチンという物質から作られ血液中に出現し,腎臓の糸球体でろ過されて尿中に排泄され,腎障害の指標となる。また,止血機構は,血小板粘着,血小板凝集,血液凝固及び線溶系による調節の4段階から成り立っているところ,プロトロンビンは血液凝固に関与する因子の一つであり,PTとは,プロトロンビン時間のことであり,被検血漿の凝固時間をそのまま秒で表したものである。
(エ)

このようにインフルエンザ脳症はインフルエンザ発症後の急速な病
状の進行と予後の悪さを特徴とし,致命率が30%と極めて重篤な疾患である。
P1は,P3医師からインフルエンザAと診断されており,4日朝の発熱から,4日午後3時55分の心肺停止状態へと約半日で急速に病状が進行しており,CT検査の所見により著明な脳浮腫が認められ,JCS300であり,医師の所見からもインフルエンザ脳症の著明な症状がみられる。
また,インフルエンザ脳症ガイドライン等によると,インフルエンザ脳症の予後不良因子として,AST(GOT)及びALT(GPT)100IU/l以上,CPK(CK)1000IU/l以上,血糖150mg/dl以上,PT%70%未満,Crの上昇,著明な脳浮腫等が挙げられているところ,
P1の4日の入院後の血液検査結果は,
AST
(G
OT)896IU/l,ALT(GPT)594IU/l,CPK(CK)1036IU/l,血糖436mg/dl,PT%28.7%,Cr0.71mg/dlであり,CT検査においても著明な脳浮腫を認めており,P1の5日の血液検査結果は,AST(GOT)4578IU/l,ALT(GPT)1824IU/l,CPK(CK)22632IU/l,血糖518mg/dl,Cr1.54mg/dlと更に悪化しており,極めて重篤な状態であったと考えられる。
さらに,
PT比が上昇し,
FDPが高値を,
フィブリノゲンが低値を,
D-Dダイマーが高値をそれぞれ示していることからDICの発症が疑われ,尿素窒素及びCrも高値を示しており,腎不全ともされている。PT%とは,プロトロンビン活性のことであり,標準血漿の系列でPTを測って検量線を設定し,患者血漿のPTを測り検量線と照合して求められるものである。PTとPT%は負の相関があり,例えば凝固時間の秒数が短い,
すなわち凝固しやすいほど活性は高くなる。
PT比とは,
標準血漿のPTに対する被検血漿のPTの比率を示したものであり,血液凝固の指標となる。FDPとは,血液凝固に関与するフィブリノゲン又はフィブリンが,線溶系に関与するプラスミンという酵素により分解された分解産物の総称であり,血栓性疾患(DIC等),線溶系亢進状態等の指標となる。フィブリノゲンとは,血液凝固に関与する因子の一つであり,プロトロンビンから生成されるトロンビンという酵素によりフィブリノゲンからフィブリンが生成され,
血液凝固に至り,血液凝固,
線溶系等の指標となる。
D-Dダイマーとは,
一般的にはDダイマー
(F
DP・Dダイマー)と呼ばれており,プラスミンによってフィブリンが分解されると高分子分解産物としてDダイマー等(FDPの一種)が形成され,血栓性疾患(DIC等),線溶系亢進状態等の指標となる。尿素窒素とは,血清中の尿素量を尿素分子の窒素量として表したものであり,尿素は主として腎から排泄され,腎障害の指標となる。
(オ)

以上のとおり,P1の経過は典型的なインフルエンザ脳症の経過に
合致するところが多く,インフルエンザ脳症と考えて医学的に矛盾するような事情は全くなく,また,予後不良因子とされる検査値の異常を呈していることから,非常に重篤な全身状態であったことがうかがわれ,それにより5日の死亡に至ったことは明白である。
よって,P1は,インフルエンザ感染及びそれに起因するインフルエンザ脳症により死亡したものである。
(カ)

オセルタミビルの中枢神経系への移行性は低く,オセルタミビル未
変化体が脳内でオセルタミビル活性体に代謝されるのもごくわずかであることからすれば,オセルタミビル活性体の有するノイラミニダーゼ阻害作用は,中枢神経系の副作用につながるとは考え難く,また,神経細胞上の受容体等へのオセルタミビルの結合性を調べる実験であるバインディング・アッセイの結果からすれば,オセルタミビルが脳内の各種受容体等への作用を有するとは認められない。

以上によれば,P1はタミフルの服用による副作用で死亡したとは認められず,本件各不支給決定は適法である。

第3
1
当裁判所の判断
機構法4条6項に規定する医薬品の副作用によるものであることの立証責任等
(1)ア

機構法の医薬品の副作用による被害の救済制度は,
医薬品の副作用によ

る健康被害については,医薬品の特殊性のため,民事法の手続による医薬品の製造販売業者等の損害賠償責任の追及によって救済を受けることが困難であり,一方で,医薬品の製造販売業者等は,有効かつ安全な医薬品を適切に社会に供給すべき社会的責任を負うとともに,危険を内在する医薬品を社会に供給することにより企業活動を営んでいる以上,医薬品の副作用による健康被害の救済を第一次的に行う社会的責任をも負担すべきものといえることから,医薬品の製造販売業者等の拠出金によって,医薬品の副作用による健康被害に対する救済給付を行うことにより,その迅速な救済を図ることを目的として設けられた制度であると解される。

機構法16条1項各号は,副作用救済給付の支給につき,医薬品の副作用による健康被害により疾病,障害又は死亡の被害を受けた者又はその遺族等がその請求権を有し,これらの者の請求に基づき支給決定をするものと規定しており,副作用救済給付の支給決定の授益的処分としての性質及びその根拠法規の上記文言,構造等に照らすと,当該被害が機構法4条6項に規定する医薬品の副作用によるものであること(当該健康被害が許可医薬品が適正に使用された場合においてもその許可医薬品により人に発現する有害な反応により生じたものであること)についての立証責任は,副作用救済給付の請求権の権利発生事由に係るものとして,副作用救済給付を請求する者がこれを負うものと解するのが相当である。これに反する原告の主張は,独自の見解であって,採用することができない。
(2)

一般に,訴訟上の因果関係の立証は,経験則に照らして全証拠を総合検
討し,
特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,一点の疑義も許されない自然科学的証明であることを要するものではないが,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要するものと解される(最高裁昭和48年(オ)第517号同50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁参照)。
そして,機構法その他の関係法令には,副作用救済給付を請求する者による証明の程度を軽減する特別の定めは見当たらないから,
上記(1)イの当該被
害が医薬品の副作用によるものであることの立証も,原則どおり,その証明の程度は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要するというべきである。
これに反する原告の主張は,独自の見解であって,採用することができない。
2
認定事実
前提事実に加え,
証拠及び弁論の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
(1)

P1の診療経過等(全体につき前提事実(2),甲11,乙11,弁論の全
趣旨)

P1は,4日朝,38℃を超える発熱があったことから,同日午前11時30分頃,P1の母に伴われ,P2医院を受診したところ,インフルエンザ抗原の迅速検査が実施され,インフルエンザAが陽性であったため,P3医師からインフルエンザAと診断された。P3医師は,P1に対し,タミフルドライシロップ3%1.7g,アスベリン散0.2g,ムコダイン細粒0.3g及びペリアクチン酸1%0.2g(いずれも1日使用量)を5日分処方した。タミフルドライシロップ3%は,1日使用回数は2回とされていた。
タミフルドライシロップ3%1g中のオセルタミビルは30mgであり,P1に処方された1回分の投与量である0.85g中のオセルタミビルは25.5mgであった。一方,タミフルドライシロップ3%の添付文書では,幼小児にはオセルタミビル1回2mg/kgを1日2回,5日間,用時縣濁して経口投与するとされており,これによれば,体重13kgのP1に対するオセルタミビルの1回分の投与量は,2mg/kg×13kg=26mgであった。(乙20の1・2,弁論の全趣旨)


P1は,4日午後0時30分頃,帰宅し,昼食にうどんを取ったが,嘔吐などの症状はなかった。


P1は,4日午後1時頃,タミフルドライシロップ3%を含む処方された医薬品を1回服用した。このとき,P1は,嘔吐や頭痛を訴えることはなかったものの,39.2℃の発熱があった。

P1は,処方された医薬品を服用後,間もなく眠りに就いたが,4日午後2時30分頃,目を覚まし,「頭が痛い。」と泣きながら頭痛を訴えた。P1の母がP1を抱きかかえても,P1は頭痛を訴えてしばらく泣きやまなかったが,そのままの状態でいたところ,P1は,同日午後3時20分頃,眠りに就いたので,P1の母は,P1を布団に寝かしつけた。

P1の母は,P1が眠りについた後,10分おきないし15分おきにP1の状態を観察していると,P1は,4日午後3時45分頃,寝返りを打ち,うつぶせになった。


P1の母は,4日午後3時55分頃,掛け布団の上で眠っているP1を布団の中に入れようとしてP1の体に触れたところ,手応えがなく,呼吸も停止しているのに気付いた。P1の体幹部は温かかったものの,手足は冷たくなっていたことから,P1の母は,すぐに救急通報した。救急車は,同日午後4時12分頃,到着したが,間もなくP1が心肺停止の状態にあることが確認され,心臓マッサージや酸素吸入が施された。


P1は,4日午後4時24分頃,P4病院へ救急搬送された。同病院の医師らは,救急外来において,P1に対し,気管挿管やボスミン注射等の蘇生措置を施行し,採血も行った。インフルエンザ抗原の迅速検査も実施され,インフルエンザAが陽性であった。

ク(ア)

P1は,4日午後4時45分,心拍が再開し,プレドバ(ドパミン)
も,4日午後5時07分,開始された。P1は,インフルエンザ脳症と診断され,入院措置が執られた。
(イ)

P1の入院時の身体所見は,体重13kg,体温34℃,収縮時血
圧80mm/Hg,拡張時血圧40mm/Hg,意識なし,瞳孔散大,対光反射なし,自発呼吸なし,心音わずかに聴取であり,神経所見は,JCS300であった。JCS300は,刺激をしても覚醒しない状態で痛み刺激に全く反応しないものをいう。(乙16)
(ウ)

P1の入院時の検査所見は,CT検査で脳浮腫著明,浮腫状

(edematous)であった。
(エ)

P1の4日の入院後の血液検査結果は,次のとおりであった。


AST(GOT)

896IU/l(基準値

8-35IU/l)


ALT(GPT)

594IU/l(基準値

4-36IU/l)


CPK(CK)

1036IU/l(基準値

50-183IU/

l)

血糖

436mg/dl(基準値


尿素窒素

65-105mg/dl)

14.3mg/dl(基準値

8.0-20.0mg/

dl)

Cr

0.71mg/dl(基準値

0.5-1.3mg/dl)


PT%

28.7%(基準値


FDP

180.2μg/dl(基準値


フィブリノゲン

70-120%)
<5.0μg/ml)

50>mg/dl(基準値

170-410mg

/dl)
jkケ
PT比

1.77(基準値なし)

D-Dダイマー

81.0μg/ml(基準値<0.5μg/ml)

入院後,P1に対し,ステロイドパルス,タミフル,エフオーワイ,グリセオール等による薬物治療が開始された。また,P1は,著明なアシドーシスが認められ,メイロンによる補正を試みたものの補正できず,その後も血圧が徐々に低下し,触診でも触れなくなり,排尿も認めず,腎不全も進行した。

コ(ア)

P1は,5日午後8時10分,心拍が低下し,蘇生措置に反応せず,
同日午後8時32分,死亡した。
(イ)

P1の5日の血液検査結果は,以下のとおりであった。

AST(GOT)

4578IU/l


ALT(GPT)

1824IU/l


CPK(CK)


血糖


尿素窒素


Cr


アミラーゼ

22632IU/l

518mg/dl
25.8mg/dl

1.54mg/dl
6573IU/l(基準値

40-140IU/l)

アミラーゼとは,デンプン,グリコーゲン等の多糖類を加水分解する酵素であり,唾液腺と膵臓に極めて多量に存在し,膵疾患,総胆管閉塞,唾液腺疾患等の指標となる。(乙14)

P1の主治医であるP4病院のP5医師は,死亡診断書に,直接死因としてインフルエンザ脳症,その原因としてインフルエンザ感染症
と記載した。
また,P5医師は,本件各請求に当たって,遺族年金・遺族一時金・葬祭料診断書を作成したが,
(4)死亡の原因となった副作用によるものとみられる疾病の名称又は症状(以下(4)の欄という。)及び(5)(4)の疾病について初めて診療を受けた日(以下(5)の欄という。)の各欄を空欄とした。
同診断書の(4)の欄に関する注意書きには,医薬品の副作
用によるものかどうか不明の場合等は,(4)の欄及び(5)の欄に必ずしも記入の必要はない旨記載されていた。
(2)

タミフルの抗インフルエンザウイルス作用等
(乙19,
43,
52,
62)
インフルエンザは,インフルエンザウイルスの感染によって生ずる急性炎
症であり,気道の症状のほか,他のかぜ症候群と異なり,高熱,倦怠感,頭痛,筋肉痛,関節痛などの全身症状がみられるのが特徴である。
インフルエンザウイルスの表面には,
酵素であるノイラミニダーゼがあり,
インフルエンザウイルスが感染した細胞内で増殖した後に感染細胞から外に出る場合にノイラミニダーゼが必要となる。
タミフルは,
服用後に,
人においては後記(3)のとおりオセルタミビル活性
体に代謝されるが,オセルタミビル活性体は,インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼを阻害すると考えられる。これは,オセルタミビル活性体がノイラミニダーゼに高い親和性をもって結合することによって,酵素として働くことを阻害するものと考えられている。その結果,増殖したインフルエンザウイルスが感染細胞から外に出られなくなり,他の健康な細胞に感染が広がらないこととなる。このようにして,オセルタミビル活性体は,抗インフルエンザウイルス作用を示すとされている。
(3)

タミフルの脳内への移行(乙19,29,30,52,54,証人P6)血液中に存在する薬物が中枢神経系に作用するためには,一般に,薬物が
血管と脳との間に存在する血液脳関門を通過して脳内に移行する必要がある。血液脳関門はお互いに密着した細胞組織で構成されているため,細胞膜を通過しやすい脂溶性の物質がより脳内に移行しやすい。
タミフルは腸管内でオセルタミビル未変化体となって血中に移行し,主に肝臓の酵素であるカルボキシルエステラーゼによってオセルタミビル活性体に代謝される。なお,カルボキシルエステラーゼとは,薬物の代謝に関与する酵素であるエステラーゼの一種である。小児においては,通常4分の3がオセルタミビル活性体となり,4分の1はオセルタミビル未変化体のまま全身を循環することとなる。
オセルタミビル活性体は水溶性であり,血液脳関門を通過しにくいと考えられる。オセルタミビル未変化体は,脂溶性のため,オセルタミビル活性体に比べ血液脳関門を通過しやすいが,血液脳関門を形成する毛細血管内皮細胞に存在するP-糖タンパクは,上記内皮細胞内に入ってきた特定物質を血液中に排出する働きを担っており,このP-糖タンパクによって上記内皮細胞内からオセルタミビル未変化体が排出されることが知られている。(4)

中枢神経抑制作用(乙19)
脊椎動物の神経系は中枢神経系と末梢神経系とに分けられるが,このうち
中枢神経系は多数の神経細胞が集まって固まりを形成する部分を指し,脊椎動物においては脳と脊髄によって構成される。中枢神経系には呼吸を司る呼吸中枢が含まれているところ,呼吸中枢は,脳幹の橋から延髄にかけての部分に存在し,呼気と吸気の交代とリズムの調節に関わるいくつかの機能を併せ持った複合的な中枢と考えられている。例えば,呼吸中枢に当たる部分の中枢神経系の働きが何らかの原因で抑制されると,呼吸機能が悪くなることが予想される。これまでに中枢神経系に作用する薬剤は多数知られており,ある薬剤は中枢神経系を興奮する作用を有し,また,別の薬剤は,中枢神経系を抑制する作用を有するが,実際には,中枢神経系には様々な神経細胞が存在し,それらが様々な物質による多様な影響を受けているので,こうした情報が総合されて外からみられる行動として,興奮する方向に働くのか,あるいは反応をしないのかが最終的に決定される。神経細胞が物質から影響を受ける方法として,神経細胞上に数多く存在する受容体と呼ばれる部分に特定の物質が結合したり,離れたりすることによって,シグナルを神経細胞に伝達することが多い。
(5)

症例報告に関する情報
被告公表の副作用が疑われる症例報告に関する情報(甲3,乙17,弁論の全趣旨)
被告は,副作用が疑われる症例報告に関する情報を,ホームページ上で公表しており,同情報にはタミフルの副作用が疑われ報告された年度ごとの件数が掲載されているところ,平成12年ないし平成16年についてみると,意識レベル低下が18例,低体温が19例,幻覚が12例,幻視が1例,易興奮性が6例,異常行動が8例,せん妄が7例,妄想が2例,全健忘が2例,失見当識が1例,失神が4例,意識消失が3例,脳症が2例,痙攣が11例,部分発作が1例,視野欠損が3例,死亡が7例(うち突然死が2例)であり,109例の症例があった。また,平成17年ないし平成21年についてみると,幻覚が61例,異常行動が360例,せん妄が63例,激越が24例,幻聴が11例,落ち着きのなさが16例であり,これらを含め625例の症例があった。
もっとも,被告は因果関係が不明な報告事案についても公表する扱いとしており,上記の症例報告には,因果関係が不明の症例も含まれている。イ
厚生労働省公表のリン酸オセルタミビルの服用後に死亡した16歳以下の小児症例(平成18年1月20日現在)(乙10)厚生労働省は,タミフルの服用後に死亡した16歳以下の小児症例(平
成18年1月20日現在のもの)をホームページ上で公表している。これら症例の概要は,下記のとおりである。もっとも,厚生労働省は,全ての症例でタミフルとの因果関係は否定的であるとされているとしている。(ア)

3歳の男児は,発熱のためジクロフェナクナトリウム坐薬を使用し
たところ,一時解熱したが,その後入院し,セフジトレンを服用した。同男児は,その後意味不明な内容を話し出し,痙攣を発現した。熱は42℃であり,シアゼパムとフェニトインの投与がされたが,昏睡状態となり,状態の悪化が持続した。脳ヘルニアとの診断がされた。さらに,インフルエンザAとの診断がされ,タミフル5日分(1日当たり25mg)とアマンタジンの投与がされたが,5日後,脳浮腫及びくも膜下出血が認められた。同男児は,その約6週間後に肺炎で死亡した。平成12年に報告がされた。
(イ)

5歳の女児は,喘息を罹患し,クロモグリク酸ナトリウム及びフマ
ル酸ケトチフェンを投与されていた。開始日は不明である。タミフル5日分(1日当たり75mg)とセフジニル2日分の処方がされ,翌日,痰,嘔吐物等による窒息が発現した。同女児は,日付不明時に,死亡した。死因は不明である。主治医は,タミフルを服用したか否かは不明であるとしている。平成14年に報告がされた。
(ウ)

2歳の男児は,水痘と診断された約3週間後,インフルエンザAと
診断された。軽度の仮性クループが認められたが,陥没呼吸は認められなかったため,入院せず帰宅となった。同男児は,帰宅後,タミフル25mgを服用した。併用薬は,塩酸シプロヘプタジン,ヒベンズ酸チペピジン及び塩酸ブロムヘキシンであった。その日の夕方,呼吸状態が悪化し,救急で搬送される途中で心肺停止となった。心肺蘇生術が行われたが,死亡した。主治医は,インフルエンザによる心筋炎等が疑われるとしている。平成15年に報告がされた。
(エ)

2歳の男児は,平成14年ないし平成15年のインフルエンザシー
ズン中,インフルエンザAと診断され,タミフルを服用した。1日の用量は不明である。同男児は,一,二回服用した後,突然,深夜の睡眠中に死亡したが,死亡以前は特に異常な変化は認められず,剖検の結果,脳浮腫と肺水腫が確認された。平成14年ないし平成15年に報告がされた。
(オ)

2歳の男児は,喘息の既往歴があったが,平成14年ないし平成1
5年のインフルエンザシーズン中,インフルエンザAと診断され,タミフルを服用した。1日の用量は不明である。同男児は,一,二回服用した後,突然,深夜の睡眠中に死亡したが,死亡以前には特に異常な変化は認められなかった。平成14年ないし平成15年に報告がされた。(カ)

3歳の男児は,平成14年ないし平成15年のインフルエンザシー
ズン中,インフルエンザAと診断され,タミフルを服用した。1日の用量は不明である。同男児は,一,二回服用した後,突然,午睡中に死亡したが,死亡以前には特に異常な変化は認められなかった。平成14年ないし平成15年に報告がされた。
(キ)

3歳の男児は,喘息の既往歴があったが,平成14年ないし平成1
5年のインフルエンザシーズン中,インフルエンザAと診断され,タミフルを服用した。1日の用量は不明である。同男児は,一,二回服用した後,突然,午睡中に死亡したが,死亡以前には特に異常な変化は認められず,剖検の結果,小脳扁桃ヘルニアと肺水腫が確認された。平成14年ないし平成15年に報告がされた。
(ク)

9歳の男児は,出生時からメチルマロン酸血症でしばしば重篤なア
シドーシスに陥ることがあり,更に精神発達遅滞及び脳性麻痺の既往があったが,インフルエンザAと診断され,タミフル5日分(1日当たり75mg)の処方を受けた。併用薬は塩化レボカルニチン,メトロニダゾール,耐性乳酸菌製剤,ガラクトシダーゼ,炭酸水素ナトリウム,ブドウ糖,塩化ナトリウム,カルボシステイン,ファモチジン及びエポエチンβ(遺伝子組換え)であった。4日目に嘔吐が頻回となり,入院となった。同男児は,5日目明け方から,多呼吸及び意識レベル低下があり,急性膵炎を出現し,その日の午後,突然の呼吸停止及び心停止となり,次の日の早朝,死亡した。剖検の結果,急性膵炎が確認された。なお,主治医は,タミフルをどの程度服用していたかは不明であるとしている。平成16年に報告がされた。
(ケ)

8か月の男児は,心室中隔欠損症及びダウン症の既往があったが,
インフルエンザAと診断され,
タミフルを5日間
(1日当たり18mg)
服用した。併用薬は,その後の経過を含め,フェノバルビタールナトリウム,ジアゼパム,塩酸ブロムヘキシン,クロモグリク酸ナトリウム,硫酸アミカシン,塩化カリウム,グルコン酸カルシウム,ヘパリンナトリウム,フロセミド,スピロノラクトン,ベラプロストナトリウム,L-カルボシステイン,塩酸プロカテロール,塩酸シプロヘプタジン,アミノフィリン,硫酸サルブタモール,セフメタゾールナトリウム,セファゾリンナトリウム,ミダゾラム,塩酸ドパミン,パニペネム・ベタミプロン,乾燥スルホ化人免疫グロブリン,維持液,抱水クロラール,アセトアミノフェン及び人赤血球濃厚液であった。同男児は,その約2か月後,肺炎を合併し,呼吸不全で死亡した。平成16年に報告がされた。(コ)

2歳の男児は,水頭症,アーノルド・キアリ奇形及びてんかん等の
既往歴があり,脊髄髄膜瘤根治術,脳脊髄液シャント術等を施行されていたが,インフルエンザBと診断され,タミフル(1日当たり18mg又は36mg)の服用を開始した。併用薬はフェノバルビタールであった。服用2日目に解熱し,嘔吐も消失したが,傾眠傾向が発現した。同男児は,3日目及び4日目は両日朝のみタミフルを服用し,4日目の夜以降,心肺停止と蘇生を数回繰り返した。急性心不全,肺水腫及び脳浮腫の所見があり,同男児は,その約2か月半後,敗血症及び心肺停止で死亡した。平成17年に報告がされた。
(サ)

4歳の女児は,喘息様気管支炎の既往症があったが,発熱から3日
後に受診し,インフルエンザBと診断され,タミフル(1日当たり60mg)を処方された。併用薬は,アセトアミノフェン,塩酸シプロヘプタジン及び塩酸アンブロキソールであった。その夜,タミフルを服用後に,嘔吐が発現した。同女児は,服用2日目の朝,四肢末梢の顕著な冷感と疼痛を訴え,その後,突然心肺停止となり,死亡した。主治医は,心筋炎が疑われるとしている。平成17年に報告がされた。
(シ)

4歳の男児は,インフルエンザと診断され,タミフル(1日当たり
64.2mg)の服用を開始した。併用薬は,塩酸ツロブテロール,ヒベンズ酸チペピジン,塩酸シプロヘプタジン及びアセトアミノフェンであった。同男児は,服用3日目の夕方,胸の苦しさを訴えたが,心電図,心エコー等の結果,異常は認められず,帰宅した。同男児は,アセトアミノフェンを服用し,その夜,倒れて救急車で搬送され,救急車に乗車した時点では心静止状態であった。その後,同男児は,日付不明時に,心肺停止状態に続いて脳死状態になり,搬送から約2か月後,低酸素脳症で死亡した。平成17年に報告がされた。
(ス)

14歳の男子は,インフルエンザAと診断され,タミフル(1日当
たり75mg)を服用したが,約2時間後に高層階にある自宅から転落し,出血性ショックで死亡した。平成17年に報告がされた。
(セ)

6歳の男児は,ダウン症候群の患者であったが,インフルエンザA
と診断され,夕方にタミフル(1日当たり37.5mg)を服用した。翌日昼過ぎ,咳嗽があるため,急患センターにおいてエピネフリンの吸入が施行された。同男児は,夕方,呼吸停止し,救急車で搬送された。消化管出血が発現し,同男児は,治療の効果なく死亡した。平成17年に報告がされた。

東京大学大学院医学系研究科国際生物医科学講座発達医科学分野教授P
7が報告した症例(甲12,乙62,証人P7)
P7は,平成19年5月20日,P8が主催した特別シンポジウムにおいて,次のような症例を報告した。すなわち,6歳の女児は,発達遅滞やけいれん,神経症状の既往歴はなかったが,タミフルを服用後,1時間以内に多弁,多動となった。同女児は,数十分後,落ち着き入眠したが,夜,一旦覚醒し,他の薬剤を服用後,特に異常言動もなく入眠した。同女児は,翌日正午,タミフルを服用し,1時間半後から2時間,興奮した口調で話し続けた後入眠し,翌々日午後2時にも,タミフルを服用後,ドアに向かいまるで父がそこにいるかのように話しかけるなどせん妄状態が2時間ほど持続した後に入眠し,1時間後目を覚ました時には元に戻ったが,せん妄状態の時の記憶はなかった。タミフルが中止された後は,このようなせん妄等は再発しなかった。

P9医療センター小児救急科P10が報告した症例(甲3)
P10は,平成14年ないし平成15年のインフルエンザシーズンに睡眠中急死した小児6例を報告したが,そのうち4例はタミフルを服用した事例であった。これら症例の概要は,次のとおりである。なお,P10や診療に当たった医師は,上記タミフルを服用した事例について,タミフルと急死との関連を否定している。
(ア)

体重13.5kgの3歳3か月の男児は,インフルエンザの既往歴
はなかったが,深夜に38.5℃の発熱があり,朝の起床時も発熱が持続していたので,かかりつけの医院を受診し,インフルエンザAとの診断を受けてタミフルを処方され,午後2時頃に帰宅し,昼食後にタミフルを服用して入眠した様子であったが,午後4時頃,呼吸停止状態になっていることが分かり,救急車で病院に搬送されたが,治療に反応せず,午後5時15分,死亡が確認された。
(イ)

体重13.5kgの2歳5か月の男児は,インフルエンザの既往歴
はなかったが,インフルエンザAと診断され,午後9時半ないし午後10時,夕食後にタミフルなど処方された薬剤を1回分服用後入眠し,その後,午前0時に一旦覚醒し,再び入眠したが,午前6時30分,チアノーゼがあり,心肺も停止しており,病院に搬送されたが,死後硬直を起こしていた。
(ウ)

上記2例の症例以外の4例の症例も,抗原診断から皆インフルエン
ザAに罹患していたと考えられ,8歳の1例を除き,皆3歳以下であった。6例のうち,午睡中の死亡が3例,深夜の死亡が3例であり,3歳以下の5例のうちタミフルを服用していた4例では,午睡中の死亡が2例,深夜の死亡が2例であった。
(エ)

いずれの症例も死亡前には異変に気付いた者はなく,病理学的所見
が得られた4例は,全て脳浮腫が認められた。

P11病院小児科P12らが報告した症例(甲3)
P12らは,学会において,次のような症例を報告した。すなわち,2歳7か月の男児は,インフルエンザワクチンの接種歴はなかったが,平成15年1月,発熱があったため,診療所を受診し,感冒と診断され,翌日になっても解熱しなかったため,小児科を受診し,インフルエンザ抗原の迅速検査でインフルエンザAと診断され,タミフルを処方された。同男児は,夕方,タミフルを服用したが,30分後に嘔吐し,深夜,父母が同男児の呼吸状態がおかしいことに気付き,救急外来を訪れたが,既に心肺停止の状態であり,その後,救命措置が施されたが死亡した。

製薬会社が市販後調査の結果報告した副作用の例(甲3,12,乙62)製薬会社は,平成17年6月,インフルエンザの予防の目的でタミフルを使用した場合の副作用の例を報告したが,その中には,5か月の幼児に大泉門膨隆がみられたというものがあった。また,成人に予防目的でタミフルを投与した群
(以下,
タミフルを投与した群を
タミフル群
という。

と対照群を比較するランダム化比較試験において,タミフル群での嘔気や頭痛,嘔吐が対照群に比較して多かった。
もっとも,大泉門の膨隆については,同幼児の母が見てそのように表現したものであり,医師はその膨隆を見ていないというものであった。
(6)

タミフルに関する動物実験
旧試験(甲3,9,乙27)
製薬会社がタミフル承認前の平成13年度に行った旧試験の結果は,次のとおりであったと報告された。
7日齢のラット,14日齢のラット,21日齢のラット及び42日齢のラットを使用して,タミフルを500mg/kg,700mg/kg及び1000mg/kg単回投与する試験が行われ,7日齢のラットで,薬物に関連した死亡例が700mg/kg群(700mg/kgを投与した群をこのようにいう。以下,他の用量を投与した群についても同様に呼称する。)及び1000mg/kg群で認められた。死亡したラットの一部には,肺水腫が認められた。また,7日齢のラットのオセルタミビル未変化体の脳中濃度が著しい高値を示し,1000mg/kg群の42日齢のラットとのオセルタミビル未変化体の血漿中濃度の比が7日齢のラットで9.1倍,14日齢のラットで10.0倍に達し,オセルタミビル未変化体の脳中濃度の比は7日齢のラットで1540倍,14日齢のラットで649倍であった。

新試験(甲4,乙27,54)
厚生労働省が,平成19年3月23日に10代へのタミフルの投与が原則として禁止になったことを受けて,タミフル市販後の同年4月に製薬会社に課した新試験の結果は,次のとおりであった。
(ア)

ラットを使用して,タミフルを394mg/kg,657mg/k
g,788mg/kg,920mg/kg,1117mg/kg及び1314mg/kg単回投与する試験が行われ,
7日齢のラットにおいて,
薬物に関連した死亡が657mg/kg群,788mg/kg群,920mg/kg群,1117mg/kg群及び1314mg/kg群で認められた。一方,42日齢のラットにおいては,死亡例は,1314mg/kg群でもなかった。なお,7日齢のラットにおいて,394mg/kg群で48例中1例に死亡が認められたが,偶発的なものと考えられた。
新試験においては,オセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比は,7日齢のラットで0.31,42日齢のラットで0.22であり,旧試験の結果である7日齢のラットでの243,14日齢のラットでの93,42日齢のラットでの1.4と著しい違いが認められたので,製薬会社が旧試験のデータの再確認を行ったところ,脳中濃度算出時の計算式にデータにより500倍の誤りのあったことが発見された。(イ)a

嗅覚性方向反応を欠くラットが,対照群では35%であるのに比

して,
タミフル群のうち,
657mg/kg群では20匹中16匹
(8
0%)であり,788mg/kg群,920mg/kg群,1117mg/kg群,1314mg/kg群で順次増加した。

断崖回避反応を有するラットが,対照群では55%であるのに比して,タミフル群では用量増加とともに減少し,920mg/kg群及び1314mg/kg群ではいなくなった。
また,断崖回避反応を欠くラットのうち24時間後の死亡は,対照群では9匹中0匹であったが,タミフル群では用量が増えるにつれ増加した。これに対し,断崖回避反応を有するラットは,対照群,タミフル群ともその後死亡しなかった。


覚醒しているラットは,タミフルを投与してから2時間後までは,394mg/kg群,657mg/kg群とも100%であったが,788mg/kg群,920mg/kg群,1117mg/kg群,1314mg/kg群で順次減少した。また,タミフルを投与してから2時間後までに低覚醒状態にあることがその後の死亡と強く関係しており,覚醒している場合に比較して死亡の危険が7倍以上高くなっていた。


毒性学的薬物動態を主目的として実施した毒性試験では,行動観察も実施されたが,活動低下が10例に,皮膚及び粘膜の蒼白化が7例に,体温低下が3例に,努力呼吸が2例に,喘ぎが6例に,間代性痙攣が1例に認められている。

ウオセルタミビル幼若ラット試験成績における脳中濃度についてと題する文書(以下旧試験訂正文書という。)(甲9)
製薬会社は,平成19年12月10日,旧試験の内容を訂正する旧試験訂正文書を作成した。旧試験訂正文書は,①
旧試験において,1000

mg/kg群の42日齢のラットとの脳中濃度の比は7日齢のラットで1500倍,14日齢のラットで650倍になるとの結果を得たとされていたが,新試験においては,オセルタミビル未変化体の脳中濃度は,旧試験での結果に比べて非常に低いとの試験結果が得られたため,製薬会社が試験成績を改めて確認したところ,旧試験では測定値に誤りがあり,特に7日齢のラットにおけるオセルタミビル未変化体の脳中濃度は,実際よりも高い濃度で算出されていることが確認されたとし,旧試験における脳中濃度の計算の問題点として,②

全ての脳組織サンプルについて検量線を誤

って使用したため,オセルタミビルの濃度が実際よりも10倍高く算出されていたこと,7日齢のラットの脳組織サンプル中のオセルタミビル未変化体の濃度の計算において,希釈倍率の適用を誤ったことから,実際よりも50倍高く算出されているものがあり,そのため,これらの誤りが重なったサンプルについては,オセルタミビル未変化体の脳中濃度は,実際よりも500倍高い濃度に算出されており,旧試験での問題点を是正した場合,新試験と旧試験の脳中濃度の結果に大きな矛盾はないとした。エ
名古屋市立大学大学院薬学研究科中枢神経機能薬理学講座教授P13らの実験(甲20,乙42,弁論の全趣旨)
P13らは,平成20年,5週齢のマウスを使用して,タミフル及びオ
セルタミビル活性体を腹腔内や脳室内に投与して体温の変化を見る実験を実施した。タミフルを腹腔内に投与した場合は,体温低下が生じたが,オセルタミビル活性体を腹腔内に投与した場合は,
体温低下は生じなかった。
タミフル1μgないし50μgを脳室内に投与した場合,用量依存的に体温低下が生じたが,オセルタミビル活性体を脳室内に投与した場合,作用が弱く,用量依存性は明確ではなかった。同じノイラミダーゼ阻害作用を有するリレンザを脳室内に投与した場合,対照群と比べて体温低下は生じなかった。タミフルを腹腔内に投与した場合,100mg/kg群では呼吸数の減少が認められ,300mg/kg群では,著明に減少する群と増加する群があった。

P14大学薬学部医療薬学科応用薬理学講座P15らの実験(甲20)P15らは,平成24年4月24日,ラットを使用して血圧と換気に対
するタミフルの影響を調査した実験の結果を公表した。
P15らがラットの静脈内にタミフルを投与したところ,30mg/kg群から200mg/kg群までのタミフル群で用量依存的に血圧が低下し,徐脈が起こり,血圧の変化に付随して,気管気流が増加した。ラットの換気回数はタミフルを投与している間は促進し,投与からおよそ1分後に一過性に緩徐となり,その後,換気回数が徐々に元に戻り,用量の増加とともに呼吸抑制が増悪し,200mg/kg群で呼吸停止が起きた。また,P15らが十二指腸内にタミフルを投与したところ,500mg/kg群から1000mg/kg群までのタミフル群では,72分後ないし218分後に,心肺停止を引き起こした。オセルタミビル活性体は,換気と血圧に有意な影響を及ぼさなかった。人工換気下のラットの静脈内にタミフルを投与すると,およそ1分後に呼吸が緩徐となり,この作用は用量依存的であったが,5分後には元に戻った。
さらに,P15らは,タミフルによって誘発された呼吸抑制が呼吸中枢の抑制に由来するかどうかを評価するためラットを使用した横隔神経放電実験も実施した。ラットの静脈内にタミフルを投与したところ,30mg/kg群から100mg/kg群までのタミフル群は変化がなかったが,150mg/kgから200mg/kg群までのタミフル群は投与直後に横隔神経放電は停止した。
P15らは,この実験により,ラットではタミフルが呼吸機能の中枢抑制を起こすことが判明し,タミフル誘発性の心肺停止とタミフルの服用後のインフルエンザ患者にみられる突然死との関連が示唆されるとした。カ
東京大学大学院薬学系研究科P16らの実験(乙19,41の1・2)P16らは,平成20年,マウスを使用して,タミフル及びオセルタミビル活性体の中枢神経系への移行性について調査した実験の結果を公表した。これによると,マウスの静脈内にタミフルを投与した時のタミフルの脳中濃度は,血漿中濃度の10%以下であり,オセルタミビル活性体では1%以下であった。もっとも,P-糖タンパクを阻害する物質を投与する等した場合は,脳中濃度対血漿濃度の比は,正常なマウスの5.5倍となった。


製薬会社の非臨床試験(乙28)
製薬会社は,平成20年6月19日,非臨床試験を実施し,実験の結果を公表した。これによると,フェレット及びラットに経口によりタミフルを投与した時のオセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比は,0.3未満であった。また,7日齢のラットに同様の試験を行った場合は,脳中濃度対血漿中濃度の比は0.5未満であった。

(7)

疫学調査等
インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究(以下P17班報告という。)(甲21,乙21)
横浜市立大学大学院医学研究科発生生育小児医療学教授P17を中心とする厚生労働省の研究班は,平成18年10月末,薬剤使用状況と臨床症状との関連性について調査研究をし,P17班報告としてまとめたが,その内容は,タミフルと異常言動との関連性はタミフルの未使用の場合の発現頻度が10.6%であったのに対し,タミフルの使用の場合の発現頻度は11.9%で有意差はなく,同じ期間に異常言動発現とタミフルの使用があった場合に,異常言動発現前にタミフルを使用したと仮定した場合のハザード比は1.16であり,p値は0.259で有意差はなく,一方,異常言動発現後にタミフルを使用したと仮定した場合のハザード比は0.90であり,p値は0.463でやはり有意差はなかったとするものであった。
なお,タミフルは1日2回の服用とされているところ,このことは12時間程度で有効レベル以下に血漿中濃度が下がることを意味するが,P17班報告は,6時間から12時間ごとのデータが示されただけでその考察がされておらず,また,1週間全部を含めた分析のみを示してタミフルの服用の有無による有意差はないとしている。

インフルエンザに伴う随伴症状の発現状況に関する調査研究(研究分担者:P18)(以下P18班報告という。)(甲10,乙21)大阪市立大学大学院医学研究科公衆衛生学教授P18を研究分担者とする厚生労働省の研究班は,平成19年度からタミフルの服用と異常行動との関連について調査研究をし,平成20年7月に中間報告をした後,平成21年3月にP18班報告としてまとめたが,その内容は,タミフルの服用と異常行動及び異常言動との間に有意な正の関連を認めるには至らなかったとし,また,特に重篤な異常行動を起こした10代の患者に限定して解析すると,タミフル服用者とタミフル非服用者との間には統計的な有意差はなかったとするものであった。
ただし,P18班報告は,これらの所見は,直ちにタミフルの服用と異常行動及び異常言動との間に関連がないことを意味するものではないともしている。


インフルエンザ罹患後の精神神経症状と治療薬剤との関連についての薬剤疫学研究(以下P19らの研究という。)(甲4,10,乙22)
統計数理研究所P19らは,P18班報告の調査データと同じデータを用いて再解析を行い,その研究結果をP19らの研究としてまとめた。解析対照は9392例に上るものであり,
解析結果は以下のとおりであった。
(ア)

インフルエンザに罹患し,タミフルを服用した場合,タミフルを服
用しない場合と比べて,
せん妄が約1.
5倍多く
(ハザード比1.
51)

意識障害は約1.8倍多くなっていた(ハザード比1.79)。
(イ)

せん妄は,発熱後8時間後ないし16時間後頃までにおいて,タミ
フルの服用で5倍ないし7倍有意に生じやすくなっていた。また,意識障害は,発熱後10時間後ないし24時間後頃までにおいて,タミフルの服用で4倍ないし6倍有意に生じやすくなっていた。
もっとも,P19らの研究においては,タミフルとせん妄及び意識障害発現との関連が論じられているものの,①

平成18年ないし平成19年

のインフルエンザシーズンの調査内容について実際の解析が行われたのは1年以上経過した平成20年以降であったため,不明点についての照会が困難であったこと,②

調査後に異常行動の解釈をせん妄として評価する

旨を定義したことなどの限界が生じていた。
また,P19らの研究は,研究の内容が仮説検証ではなく,仮説強化という役割のものであるとし,その理由について,①
18歳未満の幅広い

年齢層での異常行動のスクリーニング法が確立されていないこと,②

ースを迅速に把握するための医師等の体制が迅速に確立できなかったことから,この時点での検証的なケース・コホート研究の実施を断念せざるを得なかったとしている。

インフルエンザ様疾患罹患時の異常行動の情報収集に関する研究(研究代表者:P20)(以下P20班報告という。)(乙21,61)国立感染症研究所感染症情報センター長P20を研究代表者とする厚生労働省の研究班(以下P20班という。)は,平成19年度から,タミフルの服用と異常行動の関連について研究をし,平成21年にP20班報告としてまとめたが,その内容は,平成19年ないし平成20年のインフルエンザシーズン及び平成20年ないし平成21年のインフルエンザシーズンにおいて,異常行動を発現した10代のほとんどがタミフルを服用していなかったというものであった。

P21研究所長P22らの調査(甲12,乙65)
P22らは,平成21年に流行したインフルエンザで厚生労働省のウェブサイト上に公表されている各自治体からの死亡症例に関する報道発表資料の198例の情報と,当該インフルエンザ罹患者の情報,タミフル及びリレンザの処方実態に関する情報を用いて,相対死亡率研究という疫学調査方法により,処方後12時間以内に急変して死亡した突然死に焦点を当てて死亡危険度を比較したところ,以下のとおりの調査結果であった。(ア)

処方患者数は,タミフルとリレンザで約10対7と推定されるとこ
ろ,タミフル処方後に死亡したのは119例であり,うち38例は12時間以内に急変した後死亡していた。また,
上記38例のうち28例は,
6時間以内に急変した後,死亡していた。
一方,リレンザ処方後に死亡したのは15例であり,12時間以内に急変した後死亡した例はなかった。
(イ)

タミフル処方後12時間以内に急変した後死亡した例では,年齢や
性別,処方時の重症度などは関係がなかった。しかし,基礎疾患のある例より,基礎疾患がないか,基礎疾患があるかないか不明である例のほうが,多かった。

新型インフルエンザ小児死亡例の実態調査(以下P23らの調査という。)(乙68)P24大学医学部小児科准教授P23を研究分担者とする厚生労働省の研究班は,新型インフルエンザによる死亡例に関して,平成21年の新型インフルエンザによる満20歳未満の死亡例41例についての実態調査を行った。
同研究班は,上記の41例を担当した主治医を訪問し,調査票を用いて面接及びデータの収集を行い,死因については,臨床経過や検査所見などに基づいて総合的に考察し,同研究班のコンセンサスによって決定し,その結果をP23らの調査としてまとめたが,その内容は,死因は予期せぬ心肺停止が15例,急性脳症が15例,呼吸不全が6例等であり,予期せぬ心肺停止の15例については,1例を除き基礎疾患を有しておらず,検査が実施された全ての症例で肺炎や脳浮腫を認めず,直接の死因は特定できなかったとするものであった。また,呼吸不全の6例のうち5例は基礎疾患を有しており,4例が寝たきりであり,2例は新型インフルエンザに罹患する前に細菌性肺炎で入院していたが,新型インフルエンザに罹患後に急速に呼吸不全に陥り死亡していた。

インフルエンザ罹患外来患者にオセルタミビルを投与したときの有害事象発現リスク:ワクチン安全性データリンクプロジェクト2007年~2010年(以下P25らの論文という。)(乙80,82の1・2)
P26大学P25らは,インフルエンザ罹患外来患者にオセルタミビル
を投与したときの有害事象発現リスクを研究し,P25らの論文としてまとめた。
P25らの論文の内容は,8つの医療機関において,診療コードと陽性検査結果に基づき,平成19年1月ないし平成22年6月にインフルエンザに罹患した外来患者を特定し,タミフル投与患者に対して,発症暦週,年齢,性別,施設及び治療傾向に一致する因子の非投与患者を選択し,事前設定したリスク期間における4つの精神神経系の有害事象及び精神神経系以外の5つの有害事象のリスクを推定したもので,2万7684組での検討の結果,処方後から7日後までのリスク期間における初発の精神神経の有害事象の絶対リスクはタミフル群で0.126%,対照群で0.105%であり,小児や思春期児童では,2歳ないし19歳ではオッズ比1.20,10歳ないし19歳ではオッズ比1.50であり,これら等からオセルタミビル投与後に精神神経系の有害事象及びその他の有害事象の発現リスクが上昇するという証拠は認められなかったとの結論であった。P25らの論文は,平成24年5月7日に開催された米国食品医薬品庁小児諮問委員会において検討され,同委員会は,タミフル投与者がタミフル非投与者と比べて精神神経系の有害事象が多くみられるということは全くなく,小児や思春期児童でリスクが上昇するということもなかったと結論づけた。

P27医院院長P28(以下P28という。)によるインフルエン
ザ罹患者の異常行動調査(乙76)
P28は,平成18年ないし平成19年のインフルエンザシーズンから6シーズンにわたり,18歳以下の未成年者1893人のインフルエンザ罹患者の異常行動を調査したが,異常行動が認められたのは247人(13.0%)であり,さらに,そのうちの104名(42.1%)は,無治療か,治療前に異常行動が発現していた。
(8)

薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会(以下医薬品等安全対策部会という。)内における調査検討結果ア
平成19年12月25日開催の安全対策調査会(甲4,8,9,乙36,54,弁論の全趣旨)
平成19年12月25日開催の安全対策調査会では,新試験の結果が報告され,審議されたが,新試験に関しては,少なくとも臨床用量と比較し,極めて高用量で現れたものであり臨床的な意義は少ないものと思われるとされ,中枢神経系に対する影響に関しては,現在知られているドパミン,グルタミン酸受容体の一種であるNMDA受容体等を含むターゲットに対する結合性が弱く,タミフル投与時の脳中濃度から考えると中枢神経系に対して影響を及ぼすとは思われないとのリン酸オセルタミビルの基礎的調査検討のためのワーキンググループ(以下基礎WGという。)の見解が示され,現時点において,直ちにタミフルの服用と異常な行動及び突然死との因果関係を示唆するような結果は得られていないとされた。イ
平成21年6月16日開催の安全対策調査会
(ア)

平成21年6月16日開催の安全対策調査会では,タミフルの服用
と異常行動との関係について,P18班報告及びP20班報告に基づいたリン酸オセルタミビルの臨床的調査研究のためのワーキンググループ(以下臨床WGという。)及び基礎WGにおける調査検討の結果について,報告がされた。(乙67)
(イ)

臨床WGにおける調査結果では,
P18班報告の調査解析によれば,

特に重篤な異常行動を起こした10代の患者に限定して解析すると,タミフル服用者とタミフル非服用者の間に統計的な有意差はないとされたことや,P20班報告の調査解析によれば,平成19年ないし平成20年のインフルエンザシーズン,平成20年ないし平成21年のインフルエンザシーズンでは異常行動を発現した10代のほとんどがタミフルを服用していなかったことを踏まえ,
タミフルの服用の有無にかかわらず,
異常行動はインフルエンザ自体に伴い発現する場合があることがより明確となったとした。なお,P18班報告については,解析方法の妥当性に関して疫学及び統計学それぞれの専門家から異なる意見があり,データの収集,分析に関わる様々な調査の限界を踏まえると,P18班報告の解析結果のみでタミフルと異常行動の因果関係に明確な結論を出すことは困難であるとされた。(乙21,67)
(ウ)

基礎WGにおける調査結果では,ヒト脳S9画分において,オセル
タミビル未変化体からオセルタミビル活性体への代謝は速やかではなく,ヒト肝S9画分の1/300程度であった。基礎WGの指示に基づく製薬会社の報告も,人の脳におけるカルボキシルエステラーゼの発現が少ないことから,脳内局所で代謝はごくわずかであると考えられるとした。なお,ヒト脳S9画分及びヒト肝S9画分とは,人の脳又は人の肝の細胞や組織を破壊して得られた懸濁液を遠心分離機を用いて9000×g(地球の重力加速度の9000倍の遠心加速度)の条件下で遠心分離して得られた上澄みを指す。
また,バインディング・アッセイの結果は,中枢神経系に存在する155個の受容体等のうち,臨床用量の150倍に相当する30μMまでの濃度において,タミフルの結合により50%以上の阻害が認められたものは存在せず,それ以下での阻害が認められたのは抗うつ作用などに関与する受容体であるσ受容体,ナトリウムイオンを通過させるイオンチャネルであるNaチャネル及びカルシウムイオンを通過させるイオンチャネルであるCaチャネルの3つだけであり,しかも,これらの受容体及びイオンチャネルについて,3μMではその阻害は20%以下であった。
さらに,ラットにタミフル100mg/kgを静脈内投与したときのオセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比は19%であった。
以上の結果から,基礎WGは,現時点において,タミフルの中枢神経系への作用に関し,異常行動や突然死などとの因果関係を直接的に支持するような結果は得られていないとした。(乙19,27,28,50ないし52,弁論の全趣旨)
(エ)

安全対策調査会は,上記臨床WG及び基礎WGの検討結果を是認す
るとともに,タミフルの服用と突然死との関係については,それを肯定する根拠は示されていないと考えられるとし,引き続きタミフルの服用と異常な行動等との因果関係についての情報収集に努め,必要な対応を行うべきであるとした。(乙67)

平成23年11月2日開催の安全対策調査会(甲10,乙24)
平成23年11月2日開催の安全対策調査会では,被告は,タミフルに係る副作用報告及び研究報告について取りまとめた調査結果報告書を提出し,P19らの研究を紹介した。
安全対策調査会では,P19らの研究が子供の夜間異常行動についてせん妄と捉えた上でせん妄評価尺度(TheDeliriumRatingScale)を用いていることに関して,せん妄評価尺度は,成人が発症する夜間の様々な身体疾患によって起こる意識障害及び躁うつ病やうつ病あるいは統合失調症でみられる夜間の興奮と,
せん妄とを判別するために設けられたものであり,
これを子供の場合に使うこと自体全く前提とされていないのに,子供の場合に当てはめてよいのか疑問があるとの意見が述べられた。このほか,P19らの研究に対しては,①

1万例近くあると統計的有意差が出てくる

が,偶発的なものの可能性が高いので,偶発的関連があるかないかの検討を行う必要があるとした意見や,②

そもそもP19らの研究は,P18

班報告の解析方法に問題があるとの動機から行われたものであるから,P18班報告とP19らの研究を比較することが必要であるといった意見が述べられた。その結果,P19らの研究の解釈が残るものの,全体的に見ると,タミフルの服用と異常行動及び突然死との因果関係を示唆する結果は得られていないとされた。

平成24年3月23日開催の医薬品等安全対策部会(乙65,66,弁論の全趣旨)
平成24年3月23日開催の医薬品等安全対策部会では,被告は,タミフルに係る副作用報告及び研究報告について取りまとめた調査結果報告書を提出し,P22らの調査を紹介した。その内容は,P22らの調査では,タミフルの使用と死亡に至った突然重篤化との関係を検討することを目的として,相対死亡率研究による疫学的検討が実施されており,厚生労働省のウェブサイト上に公表されている各自治体からの死亡症例に関する報道発表資料を解析対象として使用しているところ,上記の資料は項目等が必ずしも統一されておらず,同資料からは,医療機関に保管されている記録のように時間を追った詳細な情報が得られず,このような情報源を利用した解析であることから,基礎疾患の有無については分析されてはいるものの,投与対象患者の投与前の病態や重篤度など患者背景を調整するための情報が得られているとは限らず,また,症状や受診,抗ウイルス薬の処方等の経過についても時刻が記されているものはごく一部であり,大部分が日単位の情報のみであるが,P22らは,タミフル処方後重篤化までの時間を12時間以内又は12時間以降に分けた時間単位の検討を行っており,このように日単位の情報を機械的に時間に換算し,時間単位の検討を行った解析結果では大きな誤差が生じる可能性が高く,また,処方時間と服薬時間の関係は明確ではないことから,この結果をもってタミフルが処方後12時間以内の重篤化を誘発するという結論を導くことはできないというものであった。
外部の専門委員も,①

P22らの調査は,異常行動情報が収集された

インフルエンザシーズンとは異なるインフルエンザシーズンの使用患者も母集団として組み合わせて解析が行われているが,平成19年にタミフルの10歳代患者への使用を制限する行政的対応を執ったため,平成20年にはタミフルの使用が減少し,リレンザの使用が増加していることを考えれば,行政的対応前後の異なるインフルエンザシーズンのデータを組み合わせて同じ母集団としてタミフル処方者とリレンザ処方者での死亡者数を比較することは疑問であり,タミフル群とリレンザを処方された群の例数が大きく異なること,死亡例の背景因子が不十分であることなどからP22らの調査の結論を導き出すのは困難である,②

最大の問題点は,分子

と分母のデータソースが異なるという点であり,今回解析されたタミフルによる早期重篤化及び死亡のように,因果関係が不確定であるものを対象に検討を行う場合には,そのリスクについて論じる根拠としてはこのような解析は脆弱であり,P22らの調査は,様々な解析をした上で,自らが真実と信じている仮説に対する肯定的な解析結果だけを取り出して根拠としたものであり,
検証的な証拠がない限り主張を受け入れることができず,
他のデータが新たに集積した際に参考として検討するのが妥当であるとの意見であった。
医薬品等安全対策部会においては,このような被告の評価や外部の専門委員の意見等に対して特段の異論はなかった。

平成24年10月29日開催の安全対策調査会(乙79)
平成24年10月29日開催の安全対策調査会では,P15らの実験も紹介されたが,P20班報告以降も調査を継続しているP20班がタミフル等の抗インフルエンザウイルス薬を全く服用しないインフルエンザ罹患者において異常行動が例年と同様の割合であるとしたこと等を前提に,異常行動はタミフルの服用の有無にかかわらずインフルエンザ自体に伴い発現する場合があり,タミフルの服用と異常な行動及び突然死との因果関係を示唆する結果は得られていないとの結論は変更されなかった。


平成25年10月28日開催の安全対策調査会(乙80,81)
平成25年10月28日開催の安全対策調査会では,専門家が,P25らの論文はレトロスペクティブな検討であるものの,タミフル群と対照群の対象患者の因子を一致させた上で解析しており,リスク期間における精神系事象の発現傾向を検討した結果としては意義があり,対照群と比較してタミフル群において精神系事象の絶対リスクの有意な上昇はみられなかったことから,特段の対応が必要な問題点はないとされると述べた。安全対策調査会では,このほか平成24年ないし平成25年のインフルエンザシーズンを含むP20班による報告や最近の副作用報告の分析結果等が検討され,その結果,タミフルの服用と異常な行動及び突然死との因果関係を示唆する結果は得られていないと考えられると結論づけた。(9)

インフルエンザ脳症
インフルエンザ脳症ガイドライン
(ア)

平成17年11月に公表された厚生労働省インフルエンザ脳症研究
班作成のインフルエンザ脳症ガイドラインによると,インフルエンザ脳症は,インフルエンザに伴う急性の意識障害と定義されており,主に5歳以下の乳幼児に発症し,インフルエンザ発病後の急速な症状の進行と予後の悪さを特徴とする疾患である。インフルエンザ脳症の最も重要な臨床上の指標は意識障害であり,診断基準としては,神経所見においてJCS20以上の意識障害,
CT検査においてびまん性低吸収域
(全脳,
大脳皮質全域),脳幹浮腫(脳幹周囲の脳槽の狭小化),脳浮腫が疑われる場合等であり,
それらの神経所見及び検査所見が認められた場合は,
インフルエンザ脳症の確定診断例又は疑い診断例とされている。また,血液検査及び尿検査において,血小板の減少,AST(GOT)及びALT(GPT)の上昇,CPK(CK)の上昇,低血糖,高血糖,凝固異常,高アンモニア血症,血尿及び蛋白尿も診断上有用とされている。インフルエンザ脳症の予後不良因子としては,AST(GOT)及びALT(GPT)100IU/l以上,CPK(CK)1000IU/l以上,
血糖150mg/dl以上,PT%70%未満等が挙げられる。
(乙12)
(イ)

平成21年9月に公表された改訂後のインフルエンザ脳症ガイドラ
インは,インフルエンザ脳症の診断指針について,インフルエンザ脳症について必須の項目及び参考となる項目を設け,次のとおり定義づけてその診断指針を提供している。(甲5)

必須の項目
(a)
(b)

急性発症の,意識障害を主徴とする症候群
インフルエンザのウイルス学的診断

参考となる項目
(a)

発症
インフルエンザに続発する。一般に有熱期に発症する。

(b)

臨床症状
しばしばけいれんや頭蓋内圧亢進症候(嘔吐,意識障害,乳頭浮

腫,脈拍・血圧・呼吸の変化,瞳孔・眼球運動の異常,肢位・運動の異常など)を伴う。
(c)

検査所見
しばしば血液学的,生化学的な異常所見(多くは非特異的)を伴

う。髄液細胞数は正常範囲内であることが多い。
(d)

頭部画像所見
CT検査及びMRI検査で様々なパターンの浮腫性変化が描出さ

れることが多い。
(e)

予後
しばしば死亡や神経学的後障害をもたらす。

(f)

インフルエンザの診断には,
周囲での流行状況など疫学的関連事

項も参考になる。

除外項目
意識障害を来す他の疾患を除外する。


○に発表された論文
(ア)

○(乙31)
平成15年2月28日発行の○は,インフルエンザ脳症についてのP
10の論文を発表している。これによれば,インフルエンザ脳症は1990年代から多発しており,インフルエンザ脳症の病型分類案として,脳の画像所見から①

急性壊死性脳症(ANE)型,②

shockandencephalopathysyndrome(HSES)型,③大脳型),④

Hemorrhagic

大脳浮腫型(全

けいれん重積型などに分類が可能であり,各病型は,発

生機序,治療法及び予後とも関連すると考えられるとしている。それぞれの類型の内容は,次のとおりである。

急性壊死性脳症(ANE)型
両側視床に病変を有する脳症であり,大脳白質,小脳及び脳幹にも左右対称の病変が存在することも多く,CT検査により病変は発症後24時間以内に出現し,肝機能障害,DICなどがみられる。


Hemorrhagicshockandencephalopathysyndrome(HSES)型高熱,ショック状態,下痢,意識障害及びけいれんに伴い発症し,短時間で昏睡状態となる。画像変化は少し遅れて1日後ないし3日後に出現し,CT検査では大脳皮質と白質の分離不良と低吸収,浮腫がみられ,血管内皮細胞傷害に伴う広範な虚血性病変と思われる。発症後半日ないし1日でDIC,肝機能障害及び腎機能障害が明らかになる。


大脳浮腫型(全大脳型)
大脳全体の著明な浮腫がみられるが,脳ヘルニアを生じるまではショックや呼吸不全はなく,状態の悪化時には既に脳浮腫が著明にみられる。この型は脳ヘルニア発症直前まで意識が比較的保たれていると思われる。


けいれん重積型
インフルエンザの経過中に持続型けいれん重積で発症し,脳葉単位の広がりをもつ低吸収域と脳葉性浮腫を来す。肝機能障害はあっても軽度である。

(イ)

○(乙13の1・2,32)
平成15年11月発行の○は,インフルエンザ脳症についてのP29及びP17の各論文を発表している。これらの論文によれば,インフルエンザ脳症の特徴は,以下のとおりである。

インフルエンザ脳症は,乳幼児を中心に急激に発症し,致命率は30%,後遺症は25%以上に上る重篤な疾患であり,厚生省大臣官房統計情報部作成の平成10年厚生労働省人口動態統計による1歳ないし4歳の死亡原因の順位では,インフルエンザによる死亡が6位であり,このほとんどがインフルエンザ脳症による死亡と考えられる。

臨床経過に即して病態の進行を観察すると,ほぼ共通した経緯をたどることが認められ,まず,突然の発熱に始まり,極めて短時間のうちに,けいれん,意識障害などの中枢神経系の症状を呈し,その後急速にDIC,やや遅れて腎不全,膵炎及びMOFに至る。発熱から中枢神経系の症状が出現するまでの時間は極めて短く,発熱したその日のうち,遅くとも翌日までには発症し,発熱から1日以内の症状の出現が80%を占め,また,6時間以内の発症が特に多い。さらに,来院時には,多くの例が心肺停止に至っていたり,緊急処置を必要としていたりしており,CT検査で画像解析のできた例について,著しい脳浮腫を認めるのが共通点である。


インフルエンザ脳症における検査所見としては,血小板の低下,AST(GOT)の上昇,CPK(CK)の上昇,Crの上昇,Hbの低下,PTの延長,NH3の増加,血尿及び蛋白尿の存在は予後の悪化へとつながり,特にAST(GOT),CPK(CK),Cr,血尿,蛋白尿などが予後の悪化に関連し,比較的早期から異常を示すとされ,脳浮腫,特に著明な脳浮腫を示した症例の予後は悪い。


P7が論文で発表した症例(乙62,63の1・2)
P7が平成7年に論文で発表した41例のうちの1例は,1才の男児がタミフル販売開始前の昭和60年12月にインフルエンザAの大流行中にインフルエンザ様疾患に罹患し,咳,発熱といった通常のインフルエンザの症状を呈して家庭で治療中,突然ショック状態に陥り,けいれんを合併して病院に搬送され,蘇生措置を施されたものの6時間後に死亡したケースであり,同男児は,解熱剤の服用もなく,剖検で急性壊死性脳症(ANE)型のインフルエンザ脳症の所見が確認された。
(10)

低酸素性虚血性脳症(乙33,62)
低酸素性虚血性脳症は心肺停止を原因とするものであり,溺水や窒息に代
表される。
3分ないし5分の酸素供給停止によって不可逆的な脳障害を生じ,10分ないし20分の経過で植物機能以外の脳の活動はほぼ廃絶する。この場合自発呼吸が損なわれることも多く,重症例は蘇生措置に反応せず死亡することが知られている。
臨床上,治療法の選択や治療効果の評価及び予後予測に画像診断が有用であり,実際に行われる検査としてはX線検査及びCT検査が中心で,目的によってMRI検査,脳血流シンチ,血管造影などが行われている。低酸素性虚血性脳症で頭部のCT検査を行うと,広範な脳浮腫などの異常所見がしばしば認められる。しかし,この際,心肺停止直後(数時間以内)には何らの変化も認められず,24時間以内に初めて低吸収域や脳槽の消失などの局所的ないし微妙な変化が出現する。脳全体にわたる広範ないし著明な脳浮腫を呈するのは,通常24時間後ないし72時間後であるとされている。(11)

専門家の意見等
P22の意見
P22は,タミフルの中枢神経抑制作用,タミフルと脳浮腫の関係,動物実験,P1の死因等について,概要,次のような意見を述べている。(ア)

タミフルの中枢神経抑制作用について
オセルタミビル未変化体は,睡眠剤や鎮静剤,麻酔剤と同様,中枢神経抑制作用を有している。せん妄や異常行動,幻覚等は,オセルタミビル未変化体による脱抑制により制御異常を生じた症状である。甲(
7)

P-糖タンパクが阻害された状態又は欠損した状態,更に未熟状態においては,タミフルの中枢神経系への移行性は高い。(甲13)

オセルタミビルは,
脳内の各種受容体等への作用を持つと推察され,
カルシウムチャネル,ナトリウムチャネルはもちろん,γ-アミノ酪酸と結合する受容体であるGABA受容体やNMDA受容体についても,30μMをはるかに超える高い濃度となれば,いずれ50%以上の阻害を示し得ることが否定し得ない。
呼吸停止とそれに引き続く突然死など,タミフルによる突然発症型の反応はGABA受容体の,精神病様の反応はNMDA受容体の阻害に関係していると考えられる。
なお,オセルタミビル活性体のノイラミニダーゼ阻害作用は,リレンザの投与で体温低下が生じていないことからすれば,中枢神経抑制作用には無関係であると考えるべきである。(甲13,25)


オセルタミビル未変化体からオセルタミビル活性体への代謝が0である場合には,オセルタミビル未変化体の血漿中濃度が200倍ないし300倍となり,脳中濃度は500倍ないし900倍となり得る。(甲25)

(イ)

タミフルと脳浮腫の関係について
タミフルは頭蓋内圧亢進を発生させるところ,頭蓋内圧亢進は,脳浮腫が急性に生ずることによるものである。(甲12)


タミフルはナトリウムチャネルと結合しやすく,ナトリウムの移動の阻害は,ナトリウムが貯留する組織へ水を移動させ,浮腫を生じ得るため,ナトリウムチャネルへの結合性が脳浮腫に関与している可能性が高い。(甲12)

製薬会社が市販後調査の結果報告した副作用の例において,5か月の幼児について,インフルエンザの予防の目的でタミフルを使用した後に,大泉門が膨隆したと認められる例が報告され,成人について予防目的でタミフルを投与したタミフル群と対照群を比較するランダム化比較試験において,タミフル群での嘔気や頭痛,嘔吐が対照群に比較して多かった。そして,小児に治療目的でタミフルを投与した場合の嘔吐の増加は1日目に集中していた。これらの症状は,タミフルで頭蓋内圧亢進を生じたためである可能性が高いと考えられる。
(甲3)


絞首の症例報告からすると,低酸素性虚血性脳症においても短時間で脳浮腫が認められることがある。(甲24)

(ウ)

動物実験について
旧試験において,離乳前の7日齢のラットはタミフルを投与後,10分後ないし4時間後に死亡しているが,これは,脳内に大量のタミフルが移行し,呼吸が抑制されたためであると考えられ,ラットが死亡した最小用量である500mg/kgを超える程度の量は人の常用量の20倍超程度であると推測される。また,ラットの一部に肺水腫がみられているが,肺水腫そのものがタミフルの典型的な毒性所見の一つであり,タミフルの中枢神経抑制作用による呼吸抑制の結果,死後に低酸素性の肺水腫の所見を呈したものと考えられる。(甲3,23)


新試験において,7日齢のラットにタミフルを投与した場合の血漿中濃度について,生存している7日齢のラットの血漿中濃度の実測値は,394mg/kg群で135.6μM,657mg/kg群で185.7μM,788mg/kg群で224.7μM,920mg/kg群で265.8μM,1117mg/kg群で291.9μM,1314mg/kg群で275.0μMである。一方,死亡した7日齢のラットの血漿中濃度の推定値は,
394mg/kg群で2306.
1μM,657mg/kg群で2680.4μM,788mg/kg群で1984.1μM,920mg/kg群で1091.6μM,1117mg/kg群で746.4μM,1314mg/kg群で880.4μMである。(甲25)

動物実験において,動物に大量の薬物を使用する理由は,少量の薬物を多数の動物に使用しなくてもよいようにするためである。また,動物実験で使用される動物は基本的には健康であるが,実際は患者に対して薬物を使用することから,そのような場合の毒性発現の予測の目的もある。さらに,人用量との換算のためには本来であれば体表面積又は血漿中濃度を用いなければならないところ,動物実験の動物は体重に比し,体表面積が大きいことから,大量の薬物を使用する必要が出てくるものである。(甲13)

(エ)

P1の死因について
従来のインフルエンザ脳症は,けいれんやせん妄,昏睡等の神経症状,サイトカインの上昇などを伴い,急激な経過でも死亡までに半日から1日を要するものである。また,乳児突然死症候群は,6か月未満の乳児に生じ,通常は2歳以上の乳児には生じず,インフルエンザ罹患に伴うものでもない。(甲3)


P10が報告した症例やP12らが報告した症例の睡眠時における突然死は,2歳以上で,けいれんやせん妄もなく,サイトカインの上昇もないまま,2時間ないし数時間の経過で突然死している。このようなタイプの突然死は,従来のインフルエンザ脳症や乳児突然死症候群ではみられなかった新しいタイプの疾患である。タミフルを服用し突然死した6名の幼児は全てタミフルを1回服用後,2時間以内から数時間以内に睡眠中に死亡した。(甲3)

タミフルは平成14年7月に発売され,その冬から幼児の睡眠時の突然死が数例報告されるようになってきた。(甲3)


このような状況からすれば,幼児に生じた睡眠時における突然死又は呼吸異常からの死亡の原因としてタミフルの服用を否定することはできない。(甲3)


P1にみられた脳浮腫は頭蓋内圧亢進と関連があると考えられ,脳浮腫が生ずればタミフルは脳中に移行しやすくなると考えられる。すなわち,脳が成熟しても,インフルエンザに罹患すれば未熟状態になり得るため,タミフルが血管や血液脳関門を通過して脳中に移行し得る。(甲3)


P1は,タミフルを服用した後,30分後から頭痛を訴え,2時間40分後ないし2時間50分後に睡眠時に突然死し,頭痛以外の神経学的症状はけいれんなどを含め全く認められなかったから,従来のインフルエンザ脳症と全く異なり,P10が報告した症例や,P12らが報告した症例に類似している。(甲3)


インフルエンザ脳症は,
種々の病態の集合体であって,薬剤を含め,
様々な原因が関係している。
特に薬剤との関連では,心停止による低酸素性虚血性脳症ではないこと,タミフルによるものでないことを証明しなければ通称としてのインフルエンザ脳症とも診断できない。(甲4)


P1には約50分間の心停止があり,P4病院搬送後における脳症は,低酸素性虚血性脳症といえる。(甲4)


新試験,P13らの実験及びP19らの研究からすれば,P1の頭痛とその後の睡眠,呼吸停止及び心停止はタミフルの服用によるものであり,P4病院搬送後,蘇生した後の脳症は,50分間の心停止に伴う低酸素性虚血性脳症であり,高血糖やDICを含めた多臓器不全は,低酸素性の多臓器不全である。(甲4)
(オ)

P15らの実験について
P15らの実験は,呼吸抑制が瀕死状態に基づくものではなく,タミ
フルの服用で現れる固有の中枢神経抑制作用に基づく呼吸抑制症状であることを強く示唆している。
製薬会社によるマウスにおける単回静脈内投与毒性試験においては,pH4の溶液が投与媒体として用いられており,5mg/kg群及び50mg/kg群で何の反応もみられなかったのに対し,100mg/kg群では毒性所見が,250mg/kgでは死亡例を含め様々な症状が発現していることから,マウスの毒性所見は,pH4の溶液によるものではなく,オセルタミビルによるものである。(甲20,25,26)イ
国立医薬品食品衛生研究所名誉所長P6の意見
P6は,タミフルの中枢神経抑制作用,動物実験,P1の死因等について,概要,次のような意見を述べている。
なお,P6は,国立医薬品食品衛生研究所所長であったが,平成25年3月で退官し,現在は,国立医薬品食品衛生研究所名誉所長である。(証人P6)
(ア)

タミフルの中枢神経抑制作用について(乙19)
タミフルは,オセルタミビル活性体に代謝された後,インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼに選択的な阻害作用を示し,ほ乳類の体内に元来存在するノイラミニダーゼに対しては臨床用量投与時の5000倍に当たる高濃度である1mMでも阻害作用を示すことはない。また,ノイラミニダーゼに含まれるがその構造等が一部異なるサブタイプであるノイラミニダーゼ2のうちアジア人に多いものでは酵素活性の低下とともにタミフルによる阻害がかかりやすくなるとの報告もあるが,この時の阻害定数であるKi値は175μMであり,幼若ラットの脳中濃度から推定される臨床用量投与時の脳中濃度である約0.2μMと比較し,また,臨床用量の2倍の量のタミフルを健康な成人に投与したときの脳脊髄液濃度であるオセルタミビル活性体0.035μM,タミフル0.024μMと比較していずれに対しても十分高いこと,ノイラミニダーゼ2は骨格筋にのみ発現しており,脳では存在したとしてもわずかであると思われることを考慮すると,タミフルの持つノイラミニダーゼ阻害作用が臨床用量において中枢神経系に影響するとは考え難い。

基礎WGにおける調査検討の結果によれば,脳内においてタミフルがオセルタミビル活性体に代謝されるのはごくわずかであると考えられ,脳内にタミフルが移行しても,それが脳内でオセルタミビル活性体に代謝され,ノイラミニダーゼ阻害作用を示す可能性は低い。

P16らの実験によれば,マウスにタミフルを静脈内投与した時のタミフルの脳中濃度は血漿中濃度の10%以下であり,オセルタミビル活性体では1%以下であること,製薬会社の非臨床試験によれば,フェレット及びラットにタミフルを経口投与した際のオセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比は0.3未満であり,7日齢のラットにタミフルを経口投与した際の脳中濃度対血漿中濃度の比が0.5未満であったことが認められ,これらの結果からすれば,タミフル及びオセルタミビル活性体の中枢神経系への移行性は低い。

(イ)

動物実験について
新試験やP13らの実験はいずれも臨床用量に比して非常に高濃
度,高用量のタミフルを投与したものであり,臨床用量とのギャップを無視することはできない。(乙19)


7日齢のラットについて,394mg/kg群のオセルタミビル未変化体の最大血漿中濃度は136μM,657mg/kg群のオセルタミビル未変化体の最大血漿中濃度は186μMであるところ,一,二歳の健康な小児にタミフル2mg/kgを投与した場合のオセルタミビル未変化体の最大血漿中濃度は0.112μMであり,それぞれ約1200倍,約1660倍の差がある。
42日齢のラットについて,1314mg/kg群のオセルタミビル未変化体の最大血漿中濃度は36.8μMであるところ,健康な成人にタミフル75mgを単回投与した場合のオセルタミビル未変化体の最大血漿中濃度は0.194μMであり,約190倍の差がある。(乙54)

オセルタミビル未変化体からオセルタミビル活性体への代謝が0とした場合,シミュレーションによれば,オセルタミビル未変化体の人の最大血漿中濃度はおおよそ1.78μMであり,これと比べても394mg/kg群の最大血漿中濃度の136μMのほうが約76倍高い。
オセルタミビル活性体の最大血漿中濃度については,7日齢のラットの657mg/kg群では57.2μMであるところ,3歳ないし11歳の小児にタミフル2mg/kgを1日2回反復経口投与した場合は0.60ないし1.51μMであり,約38倍から95倍である。(乙54)


P-糖タンパクを持たないマウスにタミフルを投与した場合,オセルタミビル未変化体の脳中濃度の上昇は6倍以下である。また,7日齢のラットについて,オセルタミビル未変化体の脳への移行は42日齢のラットの20倍ないし30倍であり,かつ,血漿中濃度以下である。さらに,42日齢のラットにタミフルを投与した時の脳中濃度対血漿中濃度の比は,0.19対1であることから,オセルタミビル未変化体からオセルタミビル活性体への代謝が0とした場合のオセルタミビル未変化体の人の脳中濃度は,最大でも1.78μM×0.19×6=2.03μM程度と推定される。(乙54)

オセルタミビル未変化体2mg/kgを単回投与した場合,3歳ないし5歳の小児のオセルタミビル未変化体の血漿中濃度は0.182μM,13歳ないし18歳の小児のオセルタミビル未変化体の血漿中濃度は0.233μMとされており,オセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比は7日齢ラットで0.25ないし0.811とされているところ,3歳ないし5歳の小児の脳中濃度は,高い方の値を採用したとしても,0.182×0.811=0.148μMとなり,13歳ないし18歳の人の脳中濃度も,0.233×0.811=0.189μMとなる。
なお,血液脳関門が成熟している場合においては,成熟動物の結果からオセルタミビル未変化体の脳中濃度対血漿中濃度の比は0.2以下と考えてよいことから,この場合では,P-糖タンパクによる輸送がなかった場合の約6倍の脳中濃度の上昇と肝臓障害等による代謝の完全阻害による約10倍(1.78μM/0.194μM)の血漿中濃度の上昇が同時に起きたとしても,脳中濃度はせいぜい0.233×1/5×6×10=2.7μM程度までの上昇と推計することが相当である。
また,13歳ないし18歳の人の脳中濃度0.233×0.811=0.189μM未満に,肝臓障害によってタミフル活性体への代謝が0となった場合に血漿中濃度が10倍上昇することを加味しても1.89μM未満となる。(乙54)


基礎WGのバインディング・アッセイの結果においては,30μMでも中枢神経系での受容体等への結合がみられないから,臨床用量投与時において,オセルタミビルは脳内のこれらの受容体等に作用を持たないと考えられる。
小児インフルエンザ患者に対して2mg/kgのタミフルを単回投与した臨床試験によると,一,二歳の健康な小児のオセルタミビル未変化体の最大血漿中濃度は0.112μMであり,脳中濃度が血漿中濃度以下であることからすると,P1の脳中濃度も0.1μMの範囲内と推定され,30μMは,一度の通常用量のタミフル投与で推定値の300倍を超える脳中濃度に相当するものである。試験管や培養容器内など人工的な環境で反応や現象をみるインビトロ試験における薬物濃度は,飽くまで技術的に意味のある濃度を上限とすべきであり,また,
臨床的に考え得る濃度を十分に超える濃度まで検討してあれば,
当該物質の臨床での作用を検討する上で科学的に妥当であるというべきであるところ,臨床用量投与時の最大血漿中濃度は,健康な成人の平均で0.194μM,13歳ないし18歳の健康な人の平均で0.233μMであり,後記のとおり約3μMに達する被験者がいたとの報告もあるものの,それらの10倍の濃度まで調べられている。そして,脳中濃度は血漿中濃度を超えることは考えられないことから,30μMは適切な濃度であると考えられる。(乙54,84)

最近の文献で血漿中濃度が3μMに達する被験者がいたとの報告があるが,これはこの被験者におけるオセルタミビル未変化体の肝臓での代謝が極めて少なかったことによるものと考えるのが妥当であり,肝臓における代謝が更に抑制されても,それ以上血漿中濃度の上昇があったとしてもわずかであることを意味している。(乙84)


新試験の嗅覚性方向反応の欠如,断崖回避反応の欠如,低覚醒状態とその後の死亡,行動観察における活動の低下等については,臨床用量に比して高用量であることから,瀕死状態に関連する事象がみられたものである。
すなわち,嗅覚性方向反応の欠如について,657mg/kg群で認められたとしても,657mg/kg群は,臨床用量の250倍の高用量であり,20%増加した788mg/kg群では死亡するラットもみられることから,657mg/kg群が瀕死に近い状況と推定され,瀕死状態において嗅覚性方向反応の欠如がみられることは容易に理解することができる。
断崖回避反応の欠如について,920mg/kg群及び1314mg/kg群で認められたとしても,これらの高用量では,死亡するラットがみられたことから,瀕死状態の動物が断崖回避反応を欠如していることあるいは低覚醒であることは容易に理解することができる。低覚醒状態とその後の死亡については,788mg/kg群,920mg/kg群,1117mg/kg及び1314mg/kg群で認められたとしても,788mg/kgでは,死亡するラットがみられたことから,瀕死状態の動物が低覚醒状態であることは容易に理解することができる。
さらに,行動観察における活動の低下,皮膚及び粘膜の蒼白化,体温低下,努力呼吸,喘ぎ,間代性痙攣などの症状について,死亡するラットがみられたほどの高用量においては,生存した動物にはこれらの症状は通常みられるものと理解することができる。(乙19)

毒性発現については,ある一定量以上の量を服用すると毒性が現れるもの,すなわち,閾値が存在するものと,少量でも毒性が現れる確率が高まるとみなされているもの,すなわち,閾値が存在しないものとがある。
タミフルは,複数の遺伝毒性試験においていずれも陰性の結果が得られており,
遺伝毒性はなく,がん原性もないものと判断されており,
実際に動物実験においても一定量以下の動物には死亡例はなく,更に低用量のタミフル群では特段の異常がみられず,閾値が存在すると考えるのが適切である。
動物実験において,
動物に大量の薬物を使用することが有効なのは,
閾値が存在しないものに該当するものである。
中枢神経系の働きにおいては,神経繊維や筋繊維において,刺激の強さが閾値を超えると興奮し,閾値より小さい刺激の場合には全く興奮を生じない全か無かの法則に従い神経情報が伝達されることか
ら,仮に高用量のタミフルが中枢神経抑制作用を有するとしても,臨床用量では,瀕死状態につながるような中枢神経抑制作用が起こるとは考えられない。(乙54)
(ウ)

P1の死因について(乙19)
動物実験の結果等を総合すると,
タミフルの中枢神経系への作用に関し,

異常行動や突然死などとの因果関係を直接的に支持するような結果は,得られていない。したがって,タミフルが臨床用量において中枢神経抑制作用を示す根拠は得られていない。
P1についても,タミフルによって呼吸抑制を引き起こすような中枢神経抑制作用が生じたとは認められない。
(エ)

P15らの実験について(乙71,84)
P15らの実験について,マウスに静脈内投与された溶液のpHは,2
0%溶液ではpH3ないし5程度あるいはそれ以下であり,溶液がかなり酸性に偏っていたと推察される。そのような溶液をラットに静脈内投与した際に観察された換気回数の促進は,酸性溶液の投与に対する生体反応によるものと考えられる。
200mg/kg群にみられた呼吸停止も,血液のpHが調節不能なほど酸性側に傾き,
生体機能が非特異的に抑制されたことによると考えられ,
瀕死状態がもたらしたものである。製薬会社の実験で使用された酢酸緩衝液には,少なくとも直接静脈内投与しても大きな障害を起こさない低濃度の酢酸緩衝液が用いられているはずであり,試験ではそれにタミフルという酸性物質を加えて溶解していることから,それを含む液と含まない液とは酸の濃度に差が生じ,高用量のタミフル群において酸による影響が現れても不思議ではない。
また,通常の人への臨床用量である2mg/kgとは経口投与の量であり,ラットに同量のオセルタミビル未変化体をそれぞれ経口投与又は静脈内投与した時のオセルタミビル未変化体の最大血漿中濃度を測定した結果は,後者が前者の約21倍であったとされているから,2mg/kg経口投与の100倍の200mg/kgを静脈内投与しているのであれば,その血漿中濃度は,約2100倍になっていると推定される。したがって,呼吸停止がみられた静脈内投与用量における血漿中濃度は,臨床用量でのそれの約2100倍となり,臨床用量でも呼吸停止が生じ得るとの結論にはならない。
(オ)

P22の意見について(乙84)
P22は,オセルタミビル未変化体からオセルタミビル活性体への代謝
が0の場合,オセルタミビル未変化体の血漿中濃度が200倍ないし300倍となるとしている。
しかしながら,5歳ないし8歳の健康な小児に2mg/kgのオセルタミビル未変化体を単回経口投与したときの最大血漿中濃度の平均は64ng/mLであるところ,その200倍及び300倍は,それぞれ12.8mg/L,19.2mg/Lとなり,人体の比重はほぼ1に近いことを勘案すると,2mg/kgのオセルタミビル未変化体の投与量にもかかわらず,その約6.4倍及び約9.6倍のオセルタミビル未変化体が体内に存在していることになるものである。
また,P22は,7日齢のラットにタミフルを投与した場合の血漿中濃度について,生存している7日齢のラットの血漿中濃度の実測値は投与量の増加に伴い上昇しているのに対し,死亡した7日齢のラットの血漿中濃度の推定値は投与量の増加に伴う上昇が認められず,逆に投与量が394mg/kgから1314mg/kgへと増加するのに対して血漿中濃度が2306.1μMから880.4μMへと減少すると推定している。さらに,P22は,394mg/kg群の死亡した7日齢のラットの血漿中濃度を2306.1μMと推定計算しているが,これは720.4mg/Lに相当し,体重1kg当たり720.4mgのオセルタミビル未変化体が存在することになり,投与量の2倍を超えることになる。

P7の意見
P7は,インフルエンザ脳症,P1の死因等について,概要,次のような意見を述べている。
(ア)

インフルエンザ脳症について(乙34)
インフルエンザ脳症は,インフルエンザウイルスという単一の病因により発症するものではなく,患者の遺伝的素因や基礎疾患,年齢,アスピリン,ジクロフェナクナトリウム,メフェナム酸等の脳症を誘発ないし発生させやすい薬剤の同時服用等の要因が複雑に絡み合って発症するものと考えられている。


インフルエンザ脳症には複数の病型(症候群)が含まれ,うち一部の病型は急激な経過をたどることが知られており,
大脳浮腫型
(全大脳型)
や急性壊死性脳症(ANE)型がこれに該当する。これらの病型では炎症性サイトカインが過剰に産生され全身で過剰に作用することにより,全身の各臓器が同時多発的に傷害されていくものであり,脳障害に伴う意識障害,脳ヘルニア,心臓や血管への傷害によるショック及び心停止などが同時に進行していくことになる。この全身の各臓器に対する傷害が起こる順番については人によって前後することがあり,脳障害の後に心停止が起こる場合もあれば,逆に心停止の後に脳障害が起こる場合もある。
(イ)

P1の死因について
P1は,頭痛の後,短時間で心停止という経過をたどり,脳全体の浮腫というCT検査の所見であるが,これらは大脳浮腫型(全大脳型)のインフルエンザ脳症の典型的な臨床像である。(乙33)


低酸素性虚血性脳症で頭部のCT検査を行うと,心肺停止直後には何の変化も認められず,24時間以内に初めて低吸収域や脳槽の消失などの変化が出現し,広範な脳浮腫を呈するのは通常24時間後ないし72時間後であるところ,P1は,24時間後よりもはるかに短い時間である心肺停止の直後にCT検査により脳浮腫が認められており,低酸素性虚血性脳症によるものではない。(乙33)


P10が報告した症例は,タミフルを服用した4例のほかにタミフルを服用していない2例があり,むしろタミフルを服用していなくても睡眠時突然死が生じ得ることの根拠と解すべきである。(乙33)


タミフルを使用した後に大泉門膨隆がみられたという生後5か月の男児の床例については,眼底検査を行って乳頭浮腫を認めれば客観的に頭蓋内圧亢進を証明できるが,
そのような客観的な検査は行われておらず,
具体的な根拠がない。大泉門が膨隆したとの表現は同幼児の母がしたものであり,医師がその膨隆を見ていないとしていることから医学的な考察は難しい。
また,ランダム化比較試験において,タミフル群での嘔気や頭痛,嘔吐が対照群に比較して多かったとされているところ,頭痛には緊張性頭痛,偏頭痛,炎症や頭蓋内圧亢進による頭痛,抑うつ性頭痛など多くの原因があることが知られている上,嘔気や嘔吐の原因についても,消化管自体に起因することもあれば中枢性の場合もあり,
消化管と腹膜異常,
代謝異常,薬物,中枢神経系疾患,術後など多くの原因があることが知られており,頭痛や嘔気等は非特異的な症状であり,頭蓋内圧亢進以外の原因により起こるほうが一般的であることから,それらの症状があったことをもってそれがタミフルの服用によるものであるとするのは根拠に乏しい。(乙62)

絞首の症例報告は,絞首からCT検査により画像が撮影されるまでの時間経過が不明であり,呼吸抑制などによる心肺停止から短時間でCT検査の所見において脳浮腫が生じることがあるとする根拠として適切ではない。(乙85)

(ウ)

中枢神経抑制作用とせん妄の発生機序について(乙85)
中枢神経抑制作用とせん妄とでは,前者が脳幹に影響が生じていると推
測されるのに対し,後者は大脳半球あるいは間脳や脳幹に影響が生じていると推測され,脳の部位に若干の違いがある。
3
検討
(1)

タミフルの服用と突然死との因果関係
以上を前提に,タミフルの服用と突然死との間の因果関係の有無について
検討する。この点,まず,①症例報告に関する情報,タミフルに関する動物実験及び疫学調査等について検討した上で,本件においては,突然死の原因として,②オセルタミビル活性体の有するノイラミニダーゼ阻害作用の中枢神経系への影響と③オセルタミビルの脳内の各種受容体等への作用が疑われていることから,これらの有無について検討することとする。

症例報告に関する情報,タミフルに関する動物実験及び疫学調査等について
(ア)

症例報告に関する情報では,タミフルの服用後,小児が突然死した
例が多数存在し,P7が報告した症例のように,タミフルの服用によりせん妄状態が生じたことを否定できないものもある(認定事実(5))。しかしながら,症例報告の大半は,タミフルとの因果関係は否定的でる等としているものである(認定事実(5)イ,エ)。また,P7の意見によれば,中枢神経抑制作用とせん妄とでは,前者が脳幹に影響を生じていると推測されるのに対し,後者は大脳半球あるいは間脳や脳幹に影響が生じていると推測され,脳の部位に若干の違いがあるというのであって(認定事実(11)ウ(ウ)),このことからすれば中枢神経抑制作用とせん妄の発生機序が同一かは不明といわざるを得ず,タミフルの服用によりせん妄状態が生じたとしても,それが直ちにタミフルの服用により突然死が生ずることを示唆するものとはいえない。
また,P10が報告した症例は,睡眠中急死した小児6例のうち4例がタミフルを服用した事例であるとするところ(認定事実(5)エ),そうであるとすれば,2例はタミフルを服用していない事例であるということができ,P7の意見のとおり,むしろタミフルを服用していなくても睡眠時突然死が生じ得ることの根拠となるものである(認定事実(11)ウ(イ)c)。
(イ)

旧試験及び新試験の結果によれば,タミフルの投与によるラットの
死亡例があったことが認められ,特に,新試験の結果によれば,嗅覚性方向反応の欠如,断崖回避反応の欠如及び低覚醒状態とその後の死亡が用量依存的にみられ,行動観察における活動の低下等の症状もみられている(認定事実(6)ア,イ)。また,P13らの実験によれば,5週齢のラットについて,タミフルを脳室内に投与した場合,用量依存的に体温低下が生じ,タミフルを腹腔内に投与した場合,呼吸数の減少や増加がみられている(認定事実(6)エ)。
しかしながら,P6の意見によれば,新試験及びP13らの実験はいずれも臨床用量に比して非常に高濃度,高用量のタミフルを投与したものであり(認定事実(11)イ(イ)aないしc,h),これにより突然死等の症状が出たことが,高用量のオセルタミビルと突然死との因果関係を示唆するものであるとしても,臨床用量のタミフルの服用と突然死との因果関係を示唆するものであるということはできない。なお,臨床用量に比し,高用量のタミフルを投与している点は,旧試験についても同様である(認定事実(6)ア)。
P22の意見は,動物実験において,動物に大量の薬物を使用することには理由があるとするものであるが(認定事実(11)ア(ウ)c),P6の意見によれば,動物に大量の薬物を使用することが有効なのは閾値が存在しないものに該当するものであり,タミフルについては閾値が存在すると考えるのが適切であるから(認定事実(11)イ(イ)i),上記P22の意見を採用することはできない。
また,P22の意見は,ラットの一部に肺水腫がみられることについて,肺水腫そのものがタミフルの典型的な毒性所見の一つであり,タミフルの中枢神経抑制作用による呼吸抑制の結果,死後に低酸素性の肺水腫の所見を呈したものであると考えられるとして,タミフルが中枢神経抑制作用を有することの一つの根拠としているが(認定事実(11)ア(ウ)a),ラットの一部に肺水腫がみられること自体は,必ずしもタミフルの中枢神経抑制作用を直接に裏付けるものとはいい難い。
さらに,P15らの実験は,ラットではタミフルが呼吸機能の中枢神経抑制作用を引き起こすことが判明し,タミフル誘発性の心肺停止とタミフルの服用後のインフルエンザ患者にみられる突然死との関連が示唆されるとしているが(認定事実(6)オ),P6の意見によれば,ラットの換気回数の促進や呼吸停止は,酸性溶液の投与がその原因であることを否定することができず,また,P15らの実験についても,臨床用量に比して高用量であることが認められるのであるから(認定事実(11)イ(エ)),必ずしも臨床用量のタミフルの服用と突然死との関連を示すものではない。
(ウ)

疫学調査等のうち,P19らの研究は,タミフルの投与とせん妄及
び意識障害との因果関係の可能性を示唆するものとはいえる(認定事実(7)ウ)。しかしながら,P19らの研究はあくまでもせん妄及び意識障害が対象となっているものであり,突然死が対象となっているものではない(認定事実(7)ウ)。また,P19らの研究は,①ら,不明点についての照会が困難であったこと,②
時期的な問題か
調査後に異常行動

の解釈をせん妄として評価する旨を定義したことなどの限界が生じていたものである上,研究の内容は仮説検証ではなく,仮説強化という役割のものであると自認しているものである(認定事実(7)ウ)。平成23年11月2日開催の安全対策調査会でも,P19らの研究がせん妄評価尺度を用いていることに関して疑問がある等の批判的な意見が複数述べられている(認定事実(8)ウ)。
P22らの調査は,リレンザ処方後の突然死の例はないにもかかわらず,タミフル処方後の突然死の例は相当数あるとするものである(認定事実(7)オ)。しかしながら,平成24年3月23日開催の医薬品等安全対策部会では,P22らの調査は,厚生労働省のウェブサイト上に公表されている各自治体からの死亡症例に関する報道発表資料は項目等が必ずしも統一されておらず,同資料からは,医療機関に保管されている記録のように時間を追った詳細な情報が得られず,このような情報源を利用した解析であることから,基礎疾患の有無については分析されてはいるものの,投与対象患者の投与前の病態や重篤度など患者背景を調整するための情報が得られているとは限らない等,批判的な意見が多数述べられている(認定事実(8)エ)。
一方で,P25らの論文を始めとするその他の大半の疫学調査等は,全体としてみれば,むしろ臨床用量のタミフルの服用と突然死との因果関係が否定されることを裏付けるものである(認定事実(7)ア,イ,エ,カ,キ)。
(エ)

そうすると,症例報告に関する情報,タミフルに関する動物実験及
び疫学調査等は,タミフルと突然死との因果関係を裏付けるものではないというべきである。
なお,P7が論文で発表した症例によれば,
タミフル販売開始前にも,
薬剤が関与していないインフルエンザ脳症による突然死例が存在していたというものであって(認定事実(9)ウ),このことはタミフルの服用と突然死との間の因果関係が否定されることを裏付ける有力な根拠といえる。

オセルタミビル活性体の有するノイラミニダーゼ阻害作用の中枢神経系への影響の有無
オセルタミビル活性体の有するノイラミニダーゼ阻害作用の中枢神経系への影響については,原告と被告との間でこれを否定することに積極的な争いはないものと解されるところ,
その有無について念のため検討するに,
オセルタミビル活性体は水溶性であり,血液脳関門を通過しにくいと考えられ(認定事実(3)),そうであるとすれば,脳内への移行はほとんどないものと認められる。また,オセルタミビル未変化体は,脂溶性のため,オセルタミビル活性体に比べ血液脳関門血を通過しやすいが
(認定事実(3))

平成21年6月16日開催の安全対策調査会における基礎WGにおける調査結果によれば,ヒト脳S9画分において,オセルタミビル未変化体からオセルタミビル活性体への代謝は速やかではなく,基礎WGの指示に基づく製薬会社の報告も,人の脳におけるカルボキシルエステラーゼの発現が少ないことから,脳内局所で代謝はごくわずかであると考えられるとしたこと(認定事実(8)イ(ウ)),P6の意見によれば,タミフルは,インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼに選択的な阻害作用を示し,ほ乳類の体内に元来存在するノイラミニダーゼに対しては臨床用量投与時の5000倍に当たる高濃度でも阻害作用を示すことはないこと等(認定事実(11)イ(ア))が認められる。また,P13らの実験によれば,5週齢のマウスについて,タミフルを脳室内に投与した場合に,用量依存的に体温低下が生じたが,同じノイラミニダーゼ阻害作用を有するリレンザを脳室内に投与した場合,体温低下は生じなかった上(認定事実(6)エ),P22の意見も,オセルタミビル活性体のノイラミニダーゼ阻害作用は中枢神経抑制作用には無関係であると考えるべきであるとしており,むしろ,オセルタミビルの脳内の各種受容体等への作用を問題とするものである(認定事実(11)ア(ア)c)。
そうであるとすれば,オセルタミビル活性体の有するノイラミニダーゼ阻害作用が中枢神経系に影響を与えるとことを裏付ける的確な証拠はないというべきである。

オセルタミビルの脳内の各種受容体等への作用の有無
オセルタミビルの脳内の各種受容体等への作用の有無について検討する。
医薬品等安全対策部会においては,タミフルと突然死との因果関係について調査検討が重ねられているところ(認定事実(8)),平成21年6月16日開催の安全対策調査会の基礎WGにおける調査結果では,バインディング・アッセイの結果は,臨床用量をはるかに超える30μMまでの濃度でも中枢神経系での受容体等への50%以上の阻害が認められていない(認定事実(8)イ(ウ))そして,

P6の意見によれば,
上記の30μMは,
オセルタミビルの脳内の各受容体等への作用の有無を判定するに当たって適切な濃度であると認めることができるのであって(認定事実(11)イ(イ)bないしg),かかるバインディング・アッセイの結果は,臨床用量において,オセルタミビルの脳内の各種受容体等への作用を否定する有力な根拠となるものといえる。なお,医薬品等安全対策部会においては,一貫して,タミフルと突然死との因果関係を肯定することはできないとされているものである(認定事実(8))。
この点,P22の意見は,カルシウムチャネル,ナトリウムチャネルはもちろん,GABA受容体やNMDA受容体についても,30μMをはるかに超える高い濃度となれば,いずれ50%以上の阻害を示し得ることが否定し得ないとするが(認定事実(11)ア(ア)c),仮にそのような作用が認められるとして,これが高用量のオセルタミビルの脳内の各種受容体等への作用を裏付けるものであるとしても,臨床用量のオセルタミビルの脳内の各種受容体等への作用を裏付けるものでないことは,前記ア(イ)で検討したことと同様である。
P22の意見は,オセルタミビル未変化体からオセルタミビル活性体への代謝が0である場合には,オセルタミビル未変化体の血漿中濃度が200倍ないし300倍となるとし,また,死亡した7日齢のラットの血漿中濃度の推定値を挙げている。(認定事実(11)ア(ア)d,(ウ)b)。しかしながら,P6の意見によれば,このようなP22の意見に基づく計算の結果,現実には起こりえない投与量を超える量の血漿中濃度となるのであるから(認定事実(11)イ(オ)),上記P22の意見は採用することができない。
したがって,
オセルタミビルの脳内の各種受容体等への作用についても,
これを裏付ける的確な証拠はないものというべきである。

小括
以上によれば,タミフルと突然死との間の因果関係については,明らかではないといわざるを得ない。

(2)

インフルエンザ脳症の可能性について
かえって,P1の死因については,次のとおり,インフルエンザ脳症の可能性が強く疑われるものである。

インフルエンザ脳症ガイドラインによると,インフルエンザ脳症は,インフルエンザに伴う急性の意識障害であり,主に5歳以下の乳幼児に発症し,インフルエンザ発病後の急速な症状の進行と予後の悪さを特徴とする疾患である(認定事実(9)ア(ア))。最も重要な臨床上の指標は意識障害であり,診断基準として,神経所見においてJCS20以上の意識障害,CT検査において脳浮腫が疑われる場合等が挙げられている(認定事実(9)ア(ア))。P1は,2歳の男児であったが(前提事実(1)ア),P3医師からインフルエンザAと診断され,発熱から心肺停止の状態に至るまで約半日で病状が進行しているものである(認定事実(1)アないしカ)。そして,P1の入院時の神経所見はJCS300であり(認定事実(1)ク(イ)),P1の入院時の検査所見は,CT検査で脳浮腫著明とされ(認定事実(1)ク(ウ)),インフルエンザ脳症の著明な症状がみられるものである。


インフルエンザ脳症ガイドライン等によると,インフルエンザ脳症の予後不良因子として,AST(GOT)及びALT(GPT)100IU/l以上,CPK(CK)1000IU/l以上,血糖150mg/dl以上,PT%70%未満,著明な脳浮腫等が挙げられている(認定事実(9)ア(ア),イ(イ)c)。P1の4日の入院後の血液検査結果は,AST(GOT)896IU/l,ALT(GPT)594IU/l,CPK(CK)1036IU/l,血糖436mg/dl,PT%28.7%であり(認定事実(1)ク(エ)),また,上記アのとおり,CT検査で脳浮腫著明とされている(認定事実(1)ク(ウ))。一方,5日の血液検査結果は,AST(GOT)4578IU/l,ALT(GPT)1824IU/l,CPK(CK)22632IU/l,血糖518mg/dlであり(認定事実(1)コ(イ)),4日の入院後の血液検査結果と比べて悪化しており,極めて重篤な状態であったことが認められる。

大脳浮腫型(全大脳型)のインフルエンザ脳症は,大脳全体の著明な浮腫がみられるが,脳ヘルニアを生じるまではショックや呼吸不全はなく,状態の悪化時には既に脳浮腫が著明にみられ,脳ヘルニア発症直前まで意識が比較的保たれていると思われるとされている(認定事実(9)イ(ア)c)。


P1の主治医であるP5医師は,P1の死因について,死亡診断書に,直接死因としてインフルエンザ脳症,その原因としてインフルエンザ感染症と記載しており,遺族年金・一時金・葬祭料診断書の(4)の欄及び(5)の欄の各欄を空欄としており(認定事実(1)サ),P5医師は,P1の死因をインフルエンザ脳症であると診断していたことが認められる。

脳浮腫に関しては,低酸素性虚血性脳症で頭部のCT検査を行うと,広範な脳浮腫などの異常所見がしばしば認められるものの,
心肺停止直後
(数
時間以内)には何らの変化も認められず,脳全体にわたる広範ないし著明な脳浮腫を呈するのは,通常24時間後ないし72時間後であり(認定事実(10)),P7の意見によれば,P1は,24時間後よりもはるかに短い時間である心肺停止の直後にCT検査により脳浮腫が認められており,P1にみられた脳浮腫は,低酸素性虚血性脳症によるものではない(認定事実(11)ウ(イ)b)。


以上の事実は,P1の死因が大脳浮腫型(全大脳型)のインフルエンザ脳症であったことを裏付けるものであり,P1はタミフルの服用による副作用によって死亡したものではなく,インフルエンザ脳症により死亡したものと強く推認することができるというべきである。

キ(ア)

この点,P22の意見は,タミフルで頭蓋内圧亢進を生ずる可能性
があるとし,P1にみられた脳浮腫は頭蓋内圧亢進と関連があると考えられるとしている(認定事実(11)ア(イ)c,(エ)e)。
しかしながら,P22の意見にある,製薬会社が市販後調査の結果報告した副作用の例は,あくまで大泉門の膨隆については同幼児の母が見てそのように表現したものであり,医師はその膨隆を見ていないものである上(認定事実(5)カ),P7の意見によれば,眼底検査のような客観的な検査は行われておらず,具体的な根拠に乏しいものということができる(認定事実(11)ウ(イ)d)。ランダム化比較試験において,タミフル群での嘔気や頭痛,嘔吐が対照群に比較して多かったとされていることも,P7の意見によれば,これらが非特異的な症状であり,頭蓋内圧亢進以外の原因により起こるほうが一般的であることから,タミフルの服用によるものであるとするのは根拠に乏しいものであるといえる(認定事実(11)ウ(イ)d)。上記P22の意見は採用することができない。(イ)

P22の意見は,絞首の症例報告からすると,低酸素性虚血性脳症
においても短時間で脳浮腫が認められることがあるとしているが(認定事実(11)ア(イ)d),P7の意見によれば,かかる症例報告は,絞首からCT検査により画像が撮影されるまでの時間経過が不明であり,呼吸抑制などによる心肺停止から短時間でCT検査による所見において脳浮腫が生じることがあるとする根拠として適切ではない(認定事実(11)ウ(イ)e)。上記P22の意見は採用することができない。
4
まとめ
以上によれば,P1の死亡及びそれに至る症状はタミフルの副作用によるものであるとは認められないから,本件各不支給決定は適法である。
第4

結論
よって,原告の請求は理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとお
り判決する。
東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官

増田
裁判官

齊藤充洋
裁判官

佐野義孝稔
(別紙)
関係法令の定め

(1)

被告の目的及び業務について
機構法3条は,被告の目的は,医薬品の副作用又は生物由来製品を介した感
染等による健康被害の迅速な救済を図り,並びに医薬品等の品質,有効性及び安全性の向上に資する審査等の業務を行い,もって国民保健の向上に資することであると規定している。
機構法15条1項は,被告は,機構法3条の目的を達成するため,機構法15条1項の各業務を行うこととし,そのうち,同項1号イは,医薬品の副作用による健康被害の救済に関する業務として,医薬品の副作用による疾病,障害又は死亡につき,医療費,医療手当,障害年金,障害児養育年金,遺族年金,遺族一時金及び葬祭料の給付(以下副作用救済給付と総称する。)を行うことと規定している。
(2)

副作用救済給付の支給要件について
機構法16条1項1号及び独立行政法人医薬品医療機器総合機構法施行令
(以下機構法施行令という。)3条は,医薬品の副作用による疾病について,病院又は診療所への入院を要すると認められる場合に必要な程度の医療を受ける者に対して,医療費及び医療手当を支給すると規定している。機構法16条1項4号及び機構法施行令11条は,配偶者,子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹であって,医薬品の副作用により死亡した者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた遺族に対して,遺族一時金を支給すると規定している。
機構法16条1項5号及び機構法施行令13条は,医薬品の副作用により死亡した者の葬祭を行う者に対して,定額の葬祭料を支給すると規定している。機構法4条6項は,上記各規定が定める医薬品の副作用とは,許可医薬品が適正な使用目的に従い適正に使用された場合においてもその許可医薬品により人に発現する有害な反応をいうと規定している。
同条5項は,許可医薬品とは,薬事法2条1項に規定する医薬品であって,同法12条1項に規定する医薬品の製造販売業の許可を受けて製造販売されたものをいうと規定している。
(3)

救済の対象とならない場合について
機構法16条2項及び独立行政法人医薬品医療機器総合機構法施行規則(以
下機構法施行規則という。)3条は,副作用救済給付は,①
その者の医

薬品の副作用による疾病,障害又は死亡が予防接種法等の規定による予防接種を受けたことによるものである場合,②

その者の医薬品の副作用による疾病,

障害又は死亡の原因となった許可医薬品について損害賠償の責任を有する者があることが明らかな場合,③

その者の医薬品の副作用による疾病,障害又は

死亡がその者の救命のためにやむを得ず通常の使用量を超えて当該医薬品を使用したことによるものであり,かつ,当該健康被害の発生があらかじめ認識されていた場合その他これに準ずると認められる場合には行われないと規定している。
(4)

副作用救済給付の手続について
副作用救済給付の請求等について
機構法16条1項柱書は,副作用救済給付を受けようとする者の請求に基づき,被告が支給を決定するとし,同条3項は,副作用救済給付の額,請求の期限,支給方法その他副作用救済給付に関し必要な事項は,政令で定めると規定している。
これを受けて,機構法施行令5条は,医療手当の額について,機構法施行令11条は,
遺族一時金の支給の対象となる遺族の範囲,
給付額等について,
機構法施行令13条は,葬祭料の額等について,それぞれ規定している。また,機構法施行令15条1項は,副作用救済給付を受けることができる者が死亡した場合において,その死亡した者に支給すべき副作用救済給付でまだその者に支給していなかったものがあるときは,その者の配偶者,子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹であって,その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは,自己の名で,その支給を請求することができると規定している。
さらに,機構法施行令16条は,機構法施行令3条ないし15条に規定するもののほか,副作用救済給付の請求の手続その他副作用救済給付の実施に関して必要な事項は,厚生労働省令で定めると規定している。
これを受けて,機構法施行規則5条及び19条は,医療手当に係る未支給の副作用救済給付を請求する者(副作用救済給付を受けることができた者で死亡した者が副作用救済給付の支給を請求していたときを除く。)は,副作用による疾病がその原因とみられる許可医薬品を使用したことによるものであることを説明することができる書類等を添付しなければならないと規定し,機構法施行規則16条及び18条は,遺族一時金及び葬祭料の支給を請求する者は,請求書と共に死亡した者の死亡がその原因とみられる許可医薬品を使用したことによるものであることを証明することができる書類等を添付しなければならないと規定している。

判定の申出について
機構法17条1項は,被告は,副作用救済給付の請求のあった者に係る疾病,死亡等が医薬品の副作用によるものであるかどうかその他医学的薬学的判定を要する事項に関し,厚生労働大臣に判定を申し出るものとすると規定し,機構法17条2項は,厚生労働大臣は,同条1項の判定の申出があったときは,薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて判定を行い,被告に対してその結果を通知すると規定している。


被告の決定について
機構法16条1項柱書は,被告が副作用救済給付の支給を決定すると規定し,機構法施行規則21条は,速やかに,文書でその内容を請求者に通知しなければならないと規定している。
以上
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