判例検索β > 平成24年(た)第3号
再審請求事件
事件番号平成24(た)3
事件名再審請求事件
裁判年月日平成26年4月21日
裁判所名・部札幌地方裁判所  刑事第3部
結果棄却
裁判日:西暦2014-04-21
情報公開日2017-10-13 01:34:41
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主文
本件再審の請求を棄却する

第1
1由
確定判決が認定した犯罪事実の概要及び確定審の審理経過
確定判決が認定した犯罪事実の概要

(1)請求人は,平成12年3月16日午後9時30分頃から同日午後11時5分頃までの間,北海道千歳市,恵庭市又はその周辺において,被害者に対し,殺意をもって,その頸部を何らかの方法で圧迫し,同人を窒息死させて殺害した。
(2)請求人は,同日午後11時5分頃,北海道恵庭市WZ番先市道A号路上において,被害者の死体に灯油をかけ,その頃,同死体に火を放って焼損し,もって死体を損壊した。
2
審理経過
第1審である札幌地方裁判所は,平成15年3月26日,前記犯罪事実を認定し,請
求人に対して懲役16年の有罪判決を言い渡した(確定判決)。
請求人は,同判決について事実誤認があるとして控訴したが,控訴審である札幌高等裁判所は,事実の取調べにより認定した事実をも考慮した上,平成17年9月29日,第1審判決に事実誤認はないとして控訴を棄却した(以下,第1審判決と控訴審判決を併せて確定判決等という。)。
請求人は,控訴審判決について上告したが,平成18年9月25日,上告審である最高裁判所は,上告理由がなく,所論に鑑み記録を調査しても刑訴法411条を適用すべきものとは認められないとして上告を棄却した。
請求人は,上告棄却決定について異議を申し立てたが,同異議申立ては棄却され,同年10月12日,第1審判決が確定した。
第2

確定判決等の事実認定の概要と再審請求審における弁護人の主張の概要
本件においては,平成12年3月16日夜,何者かが被害者を殺害し,その死体を焼損したことは証拠上明らかであり,争点は,請求人がその犯人であるか否かであっ
た。そして,被害者の殺害やその死体の焼損を直接証明する証拠がないことから,間接事実により請求人が犯人と認められるかどうかが問題とされていた。なお,控訴審判決は,第1審判決を前提として,事実取調べの結果も踏まえてより整理した形で事実認定を行なっているので,以下,確定判決等の内容は,控訴審判決を主に取り上げ,主語を確定判決等として記載する。控訴審判決だけが触れている場合には,控訴審判決と明示する。また,特記なき限り,以下の日付は平成12年のものである。
1
確定判決等の事実認定の概要
確定判決等は,まず,①被害者及び請求人は本件当時G株式会社D東支店H事
業所の従業員であったところ,犯人は同事業所従業員であると推認し,それに加えて,②本件後,請求人が使用する車両から被害者が使用していたロッカーの鍵が発見されたこと,③被害者死亡後に犯人は被害者の携帯電話機を所持していたと認められるが,その携帯電話機の電波を捕捉したアンテナの位置等の記録から認められる犯人の大まかな移動経路と請求人の動きが一致すること,④犯人は灯油を含む油類を用いて被害者の死体を焼損しているところ,請求人は本件事件直前に灯油10ℓを購入しているがそれが発見されていないこと,請求人は本件事件後灯油10ℓを再購入したこと,それらに関する請求人の弁解は甚だ不自然であること,⑤請求人が使用する車両のタイヤに高熱によってできたと推定される損傷があったこと,⑥請求人に土地勘のある場所から被害者の遺品の残焼物が発見されたこと,⑦請求人に被害者殺害の動機が存在すること,⑧請求人以外のH事業所従業員は,アリバイが認められるか,その住所などから被害者殺害後の犯人の大まかな移動経路と同様の動きをしたことをうかがわせる事情がないこと,⑨請求人は,判明している限り被害者と最後に接触した者であり,被害者はその後2時間足らずの間に殺害され死体を焼損されたことという間接事実を認定し,それらによれば,請求人が犯人であると強く推認されるとした。
そして,確定判決等は,弁護人の,①請求人にはアリバイが成立する,②請求人
の握力及び体力,被害者との体格差によれば請求人が被害者を殺害することは不可能である,③灯油10ℓでは被害者の死体のように焼損することは不可能である,④被害者が使用する車両がJRI駅に放置されていたことは,請求人による犯行が不可能であることを示している,⑤請求人が被害者の携帯電話機を被害者のロッカーに戻すことは不可能である,⑥請求人が被害者の遺品を投棄することは不可能である,⑦請求人が使用する車両に被害者の血痕,尿斑,指紋等の痕跡がなく,死体焼損現場付近から請求人が使用する車両のタイヤ痕が発見されていないことは請求人が犯人でないことを示す,⑧被害者の死体が開脚していることやブラジャーのワイヤーが大きくずれていたことなどからすれば,本件は複数の男性による性犯罪であると認められるなどの主張を排斥し,請求人が犯人であるとの推認を妨げる事情はないとして,請求人が犯人であると認定した。
2
再審請求審における弁護人の主張
弁護人は,新証拠等に基づき,①本件の死体焼損時の炎を目撃したイの供述に照
らすと,犯人は3月16日午後11時15分ころには死体焼損現場におり,同日午後11時42分以降も死体焼損現場にいて焼損のための燃料を補給していると認められるから,同日午後11時30分にガソリンスタンドF店にいたことが明らかな請求人には完全なアリバイが成立する,②確定判決等が死体焼損方法として認定した灯油10ℓでは被害者の死体を本件事件の程度まで焼損することはできない,③被害者の携帯電話の発着信時刻及びその電波を捕捉したアンテナの位置等をまとめたウ作成の書面は信用できないから,同書面を根拠として本件事件後の犯人の移動経路と請求人の動きが一致するとはいえない,④被害者は後ろ手に縛られていた可能性があるが,体格・体力で被害者に劣る請求人が,単独で被害者を後ろ手に縛ることは不可能であると主張し(最終意見書補充書),請求人に無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したときに該当すると主張する。最終意見補充書に先立つ最終意見書では,これに加えて,⑤同日午後11時30分に請求人がいたことが明らかなガソリンスタンドF店までは,法定速度を超えて走行しても死体焼損現場から20分以上かかるので,
この点からも請求人にはアリバイが成立するとも主張している。
これら再審請求審の弁護人の主張のうち,③,②は,確定判決等が請求人が犯人であると認定した根拠となる前記間接事実の③,④に対応する主張であり,その余の主張は,確定判決等が認定した請求人を犯人とする間接事実による推認を妨げる事実である。そこで,上記各主張にかかる事実が認められるか,認められるとして,それは確定判決等が認定した間接事実の認定の可否,間接事実が認定されるとした場合の推認力にどの程度の影響を与えるか,影響がある場合,旧証拠と新証拠を総合的に見て確定判決等の結論に影響があるかどうかについて,弁護人の主張③,②,①,⑤,④の順に検討する。なお,弁護人は,再審請求審では,確定判決の事実認定を請求人に不利益に動かすことは許されない旨主張する。しかし,刑事訴訟法435条6号にいう無罪を言い渡すべき明らかな証拠であるかどうかは,当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば,はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から,当の証拠と他の全証拠と総合的に評価して判断すべきであるところ,そのような総合的判断は証拠それ自体の価値にしたがってなされるものであり,請求人に有利か不利かで判断を変えるべきものとは思われない。請求人に対して不意打ちの問題が生じる場合には,別途手続的手当をすれば足りる。弁護人の主張は,片面的とはいえ,確定審の心証の拘束力を認めるに等しく,新旧証拠の総合評価をするという考え方になじまず,とり得ない。
以下,確定審で取り調べられた旧証拠は,第1審の分は証拠の表示の前に地を付けて地甲1,地検人7,地弁書1,地弁人8などと表示し,控訴審の分は証拠の表示の前に高を付けて高検1,高弁1などと表示し,再審請求審の分は証拠の表示の前に新を付けて,新検1,新弁1などと表示する。
第3

弁護人の主張に対する判断

1
被害者の携帯電話の発着信履歴の信用性

(1)弁護人は,新証拠として提出した報告書(新弁19)によれば,被害者が使用していた携帯電話の3月15日から3月17日までの発着信時刻及びその電波を捕捉したアンテナの位置等が記載された書面(地甲213,304

以下本件書面という。)は,本

件書面を作成したウが確定審で証言した方法では作成することができず,本件書面の記載内容は信用できないから,被害者殺害後の被害者の携帯電話機の移動経路と請求人の移動経路が一致することを裏付ける証拠はない旨主張する。これは,当裁判所の提示した疑問点をヒントに,弁護人が再現実験を行ない主張した事項である。(2)ウは,本件書面の作成方法について次のとおり証言していた(地検人9,19,地弁人15)。
まず,料金センターから被害者の携帯電話の発着信データを呼び出し,エクセルで読み込むためにテキスト形式で保存した。データはコールごとに終話時間の古い順に並んでおり,1コールの中は,日付,発信時間,着信時間,終話状態,発信電番が別紙図1のように並んでいる。この着信時間は終話時間を誤記したものである。このデータをエクセルで読み込むときに,日付と発信時間の間,発信時間と着信時間の間,着信時間の後に,3本区切り線を入れた。そうすると,エクセル上では,日付と終話状態と発信電番がAのセルに,発信時間はBのセルに,着信時間はCのセルに入る。それらを日付ごと,終話ごと,発信電番ごとに並べ替えるため,A列を基準にソートした。すると,別紙図2のように,日付なら日付の項目だけがずらっと並び,次に終話状態だけが並び,最後に発信電番だけが並んだ。その後,別紙図3のように,終話状態の部分を一括して切り取り,着信時間の後ろに貼り付け,発信電番についても同様にした。(日付,終話状態,発信電番は同じセルに入るのですか,それとも,日付が1のセル,終話状態が2のセル,発信電番が3のセルに入るんですかとの弁護人の質問に対し,)日付,終話状態,発信電番は同じセルに入るように設定している。この場合,ソートすると,日付・日付・日付,次に,終話状態・終話状態・終話状態,その次に,発信電番・発信電番・発信電番というふうに
ソートされる。
ウの本件書面の作成方法に関する証言のうち弁護人の主張に関連する部分の要旨は以上である。なお,上記証言中,検察官が終話状態と称すべきところを終話時間と称して質問し,それをウが受け入れている部分があるが,それが誤りであることは明白であるから,上記では終話状態と記載した。
(3)そこで,このウ証言の信用性,さらには本件書面に記載された発着信履歴の正確性について検討する。
ウは,別紙図3のように,終話状態・発信電番の部分を切り取り,着信時間の後ろに貼り付けたと証言しているところ,本件書面には,着信時間のデータの次の列に発信電番のデータが記載され,その2列後に終話状態のデータが記載されている(本件書面の記載は,発信電番のデータが先に記載されている点,発信電番のデータと終話状態のデータとの間に使用基地局のデータが記載されている点で,ウ証言とは異なるが,ウ証言自体,大まかな流れを説明したものであるので,この点の違いは,ウ証言の信用性を失わせるものではない。)。そうすると,この点のウ証言からは,ウが切り貼りしたのは終話状態・発信電番のデータが記載された列であると理解できる。すなわち,切り取りする前のA列には,終話状態・発信電番のデータが入っていたと理解できるのである。裁判所はそのように考えて疑問を提示し,弁護人もそのような理解のもとA列に日付,終話状態,発信電番が入っている架空データを作成し再現実験を行なった(新弁19)。
弁護人による再現実験のとおり,日付,終話状態,発信電番が同じセルに入っているのであれば,ソートをかけたからといって,日付,終話状態,発信電番が分離することはあり得ず,ウが証言するように日付・日付・日付,次に,終話状態・終話状態・終話状態,その次に,発信電番・発信電番・発信電番というふうには並ばない。したがって,日付,終話状態,発信電番を同じセルに入れる方法では,本件書面は作成できない。ウは,何か別の方法で本件書面を作成したと認められる。そこで,別の方法として,容易に考えられる,日付,終話状態,発信電番のデータを
A列ではあるが別の行のセルに入れるという方法を仮定してみても,A列でソートをかけると,終話状態や発信電番が終話時間順に並ばなくなってしまう。検察官は,再審請求後にウに本件書面を作成する過程を再現させ,その様子(以下,ウ再現という。)をまとめた捜査報告書(新検57)に基づき,ウ証言の方法で本件書面は作成できると主張する。そこで,その再現方法を見てみると,同再現で使用したテキストデータは,各行の先頭に日付発信電話機といった項目名があり,日付や発信電番のデータはその次に記載されているものであった(新検57資料2-1,2-2,2-3)。そのため,そのテキストデータをエクセルで取り込むと,A列にはそれら項目名が取り込まれ,データはB列に取り込まれる(新検57資料7-1,7-2)。そして,A列を基準にソートすると,日付なら日付,発信電話機なら発信電話機といった項目名ごとの固まりが形成されるが,その固まりの中では並び順は変わらない(新検57資料11-1,11-2)。
ウ証言の方法を,データをA列に取り込む方法だと理解すると,ウ再現の方法は,証言した方法とは異なることになる。そこで,今一度,ウ証言を精査すると,ウは,まず,発着信履歴は終話時間の古い順番に記録されていると証言する。また,別紙図1ないし3について,実際のものを大まかに書いたものだと説明している(24回公判調書17頁)。そして,A列でソートした理由については,日付ごと,終話ごと,発信電番ごとに並べ替えたかったと説明しており(同20頁),日付順に並べ替えるという説明はしていない。元々発着信履歴は終話時間の古い順に記録されているのだから,日付順に並べるためにソートをかける必要はないことを考慮すると,A列でソートした理由は,ウが証言するとおり,日付ごと,終話ごと,発信電番ごとの固まりを作るためであったと理解できる。そうすると,本件書面作成時には,A列には項目名,B列にはデータが入っており,A列でソートをかけ,項目名ごとの固まりを形成した後に,B列のデータを切り貼りしたのだが,証言時には,大まかな説明をするために,項目名とデータを区別することなくそれらがA列に入っていると説明したと理解できる。

しかし,なお,ウ証言の方法とウ再現の方法に異なる点が残るのではないかとの疑いが残る。それは,ウは,日付,終話状態,発信電番は同じセルに入るように設定したと証言していたのに,再現においては,それらを行の異なる別のセルに入れている点である。
しかしながら,次のような事実も認められる。被害者の携帯電話機には,発見されたとき3月17日午前9時7分から午後0時36分までの20件の着信履歴が残されていた。本件書面の対象時間外である午後0時36分のものを除いて,この携帯電話機に残されていた着信履歴19件と本件書面に記載された着信履歴とを比較すると,発信者がカと表示された4件は本件書面には記載されていないが携帯電話機の履歴にはあり,逆に,午前10時13分のものは本件書面には記載されているが携帯電話機の履歴には残されていない(捜査報告書(地甲24),エ証人(地検人2))。そのほかの14件については両者の履歴は一致する。
そこで,一致しないかのように見える履歴について検討すると,午前10時13分のものは,本件書面に記載された発着信履歴が正しいとすれば,終話状態が0127であり,これは携帯電話機の電源が切られていたか圏外にあったことを意味するのであるから(ウ証人(地検人9),オ証人(地検人11)),携帯電話機に履歴が残っていないことは当然ということになる。
そして,上記カとはキ(旧姓カ)のことと認められる。また,本件書面は携帯電話会社に残されていた発着信データを被害者の携帯電話番号である090********で検索した結果を基に作成されている。キ及び被害者の携帯電話はいずれも当時のJ電話株式会社のものであったが,同社の携帯電話間で発信番号通知を意味する186を電話番号の前に付加して発信した場合には,発着信データ上には186090********と186が付加された形で記録が残るようになっていた。そのため,090********で検索した場合には,186090********は検索の結果に残らない(ク証人(地検人14),ウ証人(地検人9))。そして,平成13年2月6日時点のことではあるが,キは自分の携帯電話機について186を自動的に付加する設定にしていた(捜査報告書(地甲204))。被害
者の携帯電話機は,電話帳に登録してある番号からの着信は登録した名前で表示するところ(地甲30),被害者の携帯電話機にはキの電話番号はカ♪として登録されていた(地甲335)。以上の事実に照らすと,3月17日にもキは186を付加する設定にしていたため,キから被害者への発信は,090********での検索では検索されず,その結果本件書面には記載されなかったが,被害者の携帯電話機の中の着信履歴には記録が残ったのであり,捜査報告書(地甲24)のカとの表記はカ♪との表記を略したものと認められる。
そうすると,本件書面の発着信履歴と被害者の携帯電話機の着信履歴には矛盾する部分はなく,むしろ,14件もの履歴において一致していることは,本件書面の発着信履歴の正確性を大きく推認させるものである。これはまた,ウは前記証言とは別の方法で本件書面を作成したことをうかがわせる事情でもある。そして,ウ証言のうち,前記要約した以外の本件書面作成過程に疑問を挟む部分はないことは確定判決等が述べるとおりであること,ウは,証言時J電話株式会社を引き継いだ株式会社Kの社員であり,本件書面の作成に関して虚偽供述をする利益は何ら認められないことに照らせば,ウ証言のうち,日付,終話状態,発信電番は同じセルに入るように設定したとする部分はウの証言時の勘違いであり,ウは本件書面を作成する際にも,ウ再現のようにそれらを別の行のセルに入れていたと理解でき,本件書面に記載された発着信履歴の正確性を認めることができるというべきである。(4)以上によれば,弁護人提出の上記新証拠は,本件書面に記載された発着信履歴の信用性を減殺せず,したがって,犯人と請求人の大まかな動きが一致するとの確定判決等の認定に影響を与えるものではない。弁護人のこの点の主張は採用できない。
2
灯油10ℓで本件事件のように被害者の死体を焼損することができるか
(1)弁護人は,新証拠である,いずれもケ作成の鑑定意見書(新弁1),鑑定意見書の補充書(新弁3,4),人体を模擬した豚の燃焼実験報告書(新弁2),コ教授意見書に対する意見(新弁28),ケ証言(新弁27)(以下,これら証拠をあわせ
て「ケ鑑定」という。),サの供述録取書(新弁5),捜査報告書(新検56)に基づき,被害者の死体が生前よりも体重が約9kg減少していたことを前提として,灯油10ℓでは被害者の死体を発見されたときの程度まで焼損し炭化させることは不可能であると主張する。
検察官は,被害者の体重が約9kg減少したことと,確定判決等が死体焼損に使用された燃料を灯油10ℓに限定したといえるかについて,弁護人の主張を批判しているが,ここでは,まず,弁護人の主張を前提に判断することとする。(2)ケ鑑定の要旨は,以下のとおりである。
着衣のある死体に灯油をかけると,灯油は,表面張力が小さいので,衣類に染み込むことにより速やかに死体の全面に行き渡り,火炎と死体との間には灯油の層が形成される。それゆえ,火炎の熱は,直接死体へ伝わることはなく,いったん灯油に伝熱し,灯油から死体へ伝熱するという経路をたどる。灯油の受熱量は,灯油の潜熱と顕熱の和に等しく,灯油10ℓでは1,411kcalである。そのうち,灯油の潜熱部分は,灯油が気化するのに使われるから死体に伝わらないが,灯油10ℓの潜熱は547kcalである。よって,灯油10ℓをかけて点火したときに死体へ伝わる熱量は1,411-547=864kcalである。そして,人体の体重のうちの水分が占める割合は少なめにみても60%あるから,被害者の体重が9kg減少したのであれば,水分が5.4kg減少したことになる。水分5.4kgを蒸発させるために必要な熱量は,死体の体温すなわちその中の水分の温度を30℃と仮定したとき,3287.5kcalである。これは,灯油10ℓをかけて点火したときに死体へ伝わる熱量864kcalよりはるかに大きい。よって,灯油10ℓでは,本件死体のように死体を焼損することはできない。人体を模擬した豚の燃焼実験報告書(新弁2)の実験結果もこれを裏付ける。ケ鑑定の要旨は以上である。
(3)ケは,N大学理工学部教授であり,液体燃料及び固体燃料表面上の火炎伝播に関する研究などに従事しており,灯油による死体の燃焼についての一般的な鑑定能力は十分に有していると認められ,上記鑑定も頷ける部分も多い。もっとも,鑑定
が前提としている部分について,以下のとおり疑問がある。
ケ鑑定は,灯油を死体にかけると,灯油が速やかに死体全体に行き渡り,火炎と死体との間に灯油の層が形成されることをその後の推論の前提としている。ケは,再審請求審においてもその旨証言した(調書47頁等)。しかしながらコ証人(新検43)は,死体には灯油が行き渡る場所と行き渡らない場所ができる旨証言する(調書13頁等)。コも,L大学システム工学部教授であり,火炎に関する研究を多数重ねており,一般的鑑定能力は十分にある。そして,この点に関するコ証言は,

染み込んで行くにしても時間がかかるので,灯油が染みているところで灯油が燃え,その熱により,灯油が染みていない部分の衣類が焼けきれるといった状態が起こる。

というもので,十分首肯できるものである。通常の経験則に照らしても,また,コ証言に照らしても,ケ鑑定のこの部分は信用できない。
また,豚の燃焼実験の結果がケ鑑定を裏付けているかどうかに関して,弁護人は,捜査報告書(新検56)及びケ証言を根拠に,豚と人間は燃焼性状に関して差異がないと主張する。確かに,それら証拠によれば,豚においても,人体においても,脂肪を燃焼させるための有効熱はいずれも約34kJ/gであり,発熱速度も概ね200~250kW/㎡と同じであって,脂肪の溶ける様子や燃焼熱といった特性は見分けがつかないことが認められるから,皮膚が破壊された後の,溶け出した皮下脂肪等の燃焼特性については豚を使用した実験結果を人に応用することは可能であると認められる。しかし,豚の皮膚は,人の皮膚に比べると,蛋白組成及びその量は類似しているが,表皮は厚く硬化し,汗腺は退化し,皮脂腺は少なく,高温下における皮膚からの水分散率は人に比べて少ないとされている上,体毛が密生しているから(『実験動物の基礎と技術』(高検26)),豚と人が,皮膚の熱に対する耐性等まで類似しているとはいえない。そうすると,ある条件下で豚の皮膚が損傷しなかったとしても,同じ条件下で人の皮膚が損傷しないとはいえないし,皮膚が損傷して皮下脂肪が溶け出したときに,溶け出す皮下脂肪の量が,豚の場合と人の場合と同じであるということもできない。

そして,灯油が燃焼した時の火炎の温度は1000℃程度であるから(コ証言(新検43),鑑定意見書の補充書(新弁3)),被害者の死体に灯油がかかっていなかった部分があったり,かかっていた灯油が燃焼によってなくなった部分が生じたりすれば,その部分の皮膚が1000℃程度の高熱の炎に直接さらされることにより破壊されて,その部分から皮下脂肪が溶け出すこともあり得る。そして,皮下脂肪は約350℃に加熱されれば発火し,その火炎温度は約800℃にまで上昇する(意見書(新検46),同意見書添付資料7の訳文(新検54))。そうすると,溶け出した皮下脂肪が着衣を芯として燃焼し,その燃焼した約800℃の炎にさらされた部分の皮下脂肪が溶け出してさらに燃焼するという過程(独立燃焼)が成立し,それが灯油がなくなったのちも繰り返され,その結果,被害者の死体が炭化する程度まで焼損する可能性があるということができる(意見書(新検46))。
実際に,E署が行なった,体重約50kg,体長111cmの豚に本件時に被害者が着用していたものと同種の衣服を着せ,灯油10ℓをその全身にかけて着火した燃焼実験では,豚の皮膚が一部割れて皮下脂肪が溶け出したことが認められる(高検119,ことに七(五)及び(七))。また,確定審段階の弁護人が行なった同様の豚の燃焼実験(高弁88)では,豚は着火から1時間43分間燃え続けた。その際,着火後20~30分ほどでいったんほとんど炎が出ない状態になっていたことからすると,灯油10ℓのみを燃料として1時間43分間燃え続けたとは考えがたいから,弁護人の実験においても独立燃焼が起きていたと推認できる。
そうすると,ケ鑑定等に基づいて,灯油10ℓで被害者の死体を炭化する程度に燃焼させることが不可能であるということはできない。
(4)以上によれば,弁護人提出の上記新証拠によっても,灯油10ℓによる死体焼損可能性を前提とする確定判決等の認定に合理的疑いは生じない。よって,確定判決等が,被害者の死体焼損のために使われた燃料を灯油10ℓと認定したか,また,被害者の焼死体の体重が生前よりも約9kg減少したかを検討するまでもなく,弁護人の主張は失当である。

3
請求人のアリバイ(その1

犯人は午後11時42分頃まで死体焼損現場にいたと

の主張)
(1)控訴審判決は,被害者の死体の焼損開始時刻は遅くとも3月16日午後11時5分頃であり,請求人のガソリンスタンドF店到着時刻は同日午後11時30分43秒であるところ,死体焼損現場からガソリンスタンドF店へは20分もあれば行けるから,請求人にはアリバイは成立しないと判示した。この点について,弁護人は,新旧証拠を合わせれば,請求人には完全なアリバイが認められると次のように主張する。なお,関係場所については,別紙地図(捜査報告書(新弁18)添付地図1枚目を基に作成)を参照されたい。
事件当日,2匹の犬の散歩の途中に死体焼損現場の炎を目撃したイは,炎の大きさについて,①1頭目の犬の散歩のために家を出て最初に炎を見た3月16日午後11時15分頃には,納屋の間口と同じくらいの大きさと形で,ちょうど太陽が地平線に落ちる時のようなオレンジ色の状態だった(3月17日付け及び5月19日付け警察官調書(新弁9,10),3月17日付け捜査報告書(新弁12)),②散歩途中の同日午後11時22分56秒頃,別紙地図の③の地点から見ると,炎は最初の3分の1くらいの大きさだった(5月23日付捜査報告書(新弁18)),③1頭目の犬の散歩を終え2頭目の犬の散歩に出た同日午後11時42分頃は,炎は最初に見た時と同じくらいの大きさだった(新弁9,18),④3月17日午前0時5分頃,2頭目の犬の散歩を終えてから見た時は,炎は最初の炎の3分の1くらいだったと供述している。これらのイ供述によれば,死体焼損時の炎は,午後11時15分頃には納屋の間口と同じくらいの大きさで,その7分56秒後には3分の1ほどに小さくなったが,約27分経過後には再び最初に見たときと同じくらいの大きさになり,約50分経過後に再度3分の1ほどの大きさになったと認められる。
そして,人体を模擬した豚の燃焼実験報告書(新弁2)によれば,灯油10ℓを一気にかけて燃焼させた場合,炎の高さは,着火から30秒ほどで最大約240cmに達し,その後は縮小傾向になり,着火から3分後には約110cmと最大の高さの半分程度とな
り,約10分後には肉眼では見えないほど小さくなり,約30分後には完全に鎮火した。この実験結果は,E署(高検119)及び弁護人(高弁88)が実施した各豚の燃焼実験とも一致している。
これらの事実にケ証言(新弁27)及び意見書(新弁33)を併せ考えると,午後11時22分56秒ころにいったん小さくなった炎が何もしないのに元の高さになることは科学的にあり得ず,再度炎が大きくなった午後11時42分頃の直前頃に燃料が注ぎ足された可能性が高く,更に,午後11時42分頃から翌17日午前0時05分頃の23分間の炎の大きさの変化が緩やかであることから,この時間帯にも燃料が注ぎ足された可能性が高い。
加えて,写真帳作成報告(新弁23)の写真No1によると,発見時に被害者の死体が置かれていた位置よりも農道寄り(A号の中心側)の部分の雪解けが強く,すすでより黒くなっているから,死体は,まず,農道寄りの雪解けが強くすすでより黒くなっている位置で焼かれ,その後発見された位置に移されて焼かれた可能性があり,そうだとすれば,燃料は少なくとも2回以上かけられたことになる。したがって,犯人が死体焼損現場を立ち去ったのは早くても3月16日午後11時42分頃の直前であるから,同日午後11時30分頃ガソリンスタンドF店に入店した請求人にはアリバイが成立する。
弁護人は,以上のように主張する。
(2)そこで,イ供述の内容を精査する。

新旧の証拠におけるイ供述の概要は次のとおりである。



3月17日付け捜査報告書(新弁12)
3月16日午後11時15分頃,犬の散歩のため玄関を出ると,自宅北側の防風林の方
向にオレンジ色の明かりと白煙様のものが上がっているのが見えた。車両のライトではないかと考えた。3月17日午前0時頃,もう1頭の犬の散歩のため自宅を出た。その頃も明かりは立ち上がった状態だった。その後,3月17日午前1時頃,2階に上がる階段窓から北側を見ると明かりは相当小さくなっていた。(聴取日3月17日)


3月17日付け捜査報告書(新弁13)
3月16日午後11時15分頃,犬の散歩のため勝手口から出てA号方向を見ると,死
体焼損現場のところが明るく見えた。車のライトだと思った。Y線を北東方向に進行してシ方前で現場を見ると,明かりだけでなく白煙が立ち上がっているのを目撃した。その後,一旦帰宅し,別の犬と交代して再度同じコースを進行した。そして,シ方前に来た際再度現場を見たら,明るさはかなり小さくなっていた。同日午後11時40分頃帰宅し,台所から現場を見ると,更に明るさは小さくなっていた。3月17日午前1時頃2階寝室から現場を見ると,既に明るさはなく暗闇状態になっていた。(聴取日3月17日)


3月17日付け警察官調書(新弁9)
テレビ番組と居間の壁時計で時間を確認し,3月16日午後11時15分頃,1頭目の犬
の散歩のために自宅を出て,すぐに死体焼損現場付近の明かりに気付いた。明かりは,農家の納屋として使っているかまぼこ形の建物の間口側と同じような大きさと形でちょうど太陽が地平線に落ちる時のような状態だった。最初は車のライトかなと思ったが,シ宅前まで来ると,その明かりは,揺れているような状態で,白い煙というかモワモワというものが上がっていたので,車のライトではなく,何か燃やしているのかなと思った。シ宅前から自宅に戻り,2頭目もシ宅前まで散歩させて自宅に戻った。2頭目の散歩の時,明かりの大きさは変わっていなかったが,自宅に戻って台所から見ると,最初の大きさから3分の1程度の大きさとなり明るさも小さくなっていた。この時も居間の壁時計で17日午前0時5分と確認した。17日午前1時頃,2階寝室から再びこの明かりを確認すると明かりは消えていた。④

5月23日付け捜査報告書(新弁18)

(本捜査報告書は,散歩状況を明らかにするために,5月19日朝に,イに犬の散歩を再現させた様子を警察官が報告するものであり,警察官による時間計測等も含まれている。よって,イ供述については括弧を付して示す。)
イは,別紙地図の①の地点で,1頭目の散歩で

裏口から出てすぐに,防風林越しにオレンジ色の光が見えた。

と説明し,7分56秒経過後に別紙地図の③の地点に着き,

ここを歩いている時に,その灯りから白煙が上がっているのがわかった。この時,灯りの大きさは最初に見た時の3分の1位小さくなっていた。

と説明した。1頭目の散歩を終え,2頭目の散歩に出たのは27分16秒経過後であり,その散歩を終えて帰宅したのは39分20秒後であった。


5月19日付け警察官調書(新弁10)
3月16日午後11時15分頃,1頭目の犬の散歩のため裏玄関を出ると,A号付近に車
のライトが光っているような明かりが見えた。シ宅に向かって1本目くらいの電柱付近を歩いていた時,白い煙が上がっていたのが見えたので,車のライトでなく何かを燃やしているんだなと思った。2頭目の犬の散歩を終えてイ宅に戻った時も燃えている状態は続いていたが,かなり小さな明かりになっていた。家に入ってからも明かりが気になったことから台所の窓からも見た。家の中では2頭目の犬の足を拭いたり,着替えたり,部屋の整理等をしてから壁時計を確認したところ,3月17日午前0時5分だったので,2頭目の犬の散歩を終えて自宅に着いたのは3月16日午後11時40分から50分頃ではないかと思う。3月16日の散歩では車や人は通っておらず,誰とも会っていない。


6月11日付け検察官調書(地甲19)
1頭目の犬の散歩に出発したのは3月16日午後11時10分から15分頃だが,時計が若
干進んでいたため,はっきりした時間は分からない。裏口から外に出たところ,A号上の明かりが目に入った。明かりはオレンジ色で,かまぼこ形をしており,家の近くにあるビニールハウスで例えると,横幅はビニールハウス1棟分,高さはそれを2つに重ねた位に感じた。太陽が地平線に落ちるような感じに見えた。2台の車が向かい合い,互いにライトを照らし合っているのだろうくらいにしか思わなかった。南9号から右折してシ宅に行く途中の真ん中に来たところ,明かりが揺れているような状態で,しかもモワモワと白い煙が上がっているのに気付き,誰かが何かを燃やしているのだろうと思った。シ方前付近で自宅に戻り,同じ経路で2頭目の犬を
散歩させ,その際にも自宅前から炎を見た。2頭目の散歩が終わり自宅に戻ったところで,炎が気になり,台所の窓から見ると,明かりは最初に見た時の3分の1くらいの大きさになっており,段々と消えかかっていくところだった。午前1時頃2階寝室の窓ガラス越しに明かりがあった方を見たが,明かりは全くなかった。炎の明かりを見た時間は,散歩に出発した午後11時10分ないし15分頃から,2頭目の犬の散歩から自宅に戻った午後11時20分ないし30分頃ではないかと思うが,はっきりした時間は分からない。

炎の大きさの変化に関するイ供述の評価
弁護人は,複数あるイ供述の中から,イが炎を目撃した時刻とその時の炎の大き
さを取り出して前記のごとく組み合わせることにより,いったん小さくなった炎が大きくなったと主張している。
しかし,1頭目の散歩途中である午後11時22分56秒頃に炎の大きさが当初の3分の1くらいになったことを裏付けるイ供述は5月23日付け捜査報告書(新弁18)に記載されたものしかない。イは,他の証拠においては,炎が3分の1あるいは小さくなったことに気が付いた時期について,2頭目の散歩でシ宅前に行ったとき(新弁13),あるいは2頭目の散歩を終え帰宅した時(新弁9,10,地甲19)と,やや異なる時刻を意味するものの,いずれも2頭目の散歩に出た後であると供述しており,これらに照らし,1頭目の散歩途中に炎の大きさが3分の1になったという新弁18におけるイ供述は信用しがたい。同様に,2頭目の散歩に出たとき炎の大きさは当初と同じであったことを裏付けるイ供述は,3月17日付け警察官調書(新弁9)しかない(弁護人は新弁18も引用して主張しているが,新弁18は2頭目の散歩に出た時刻が11時42分であることを示すものにすぎず,弁護人も同趣旨で新弁18を引用しているものと認められる。)。ところが,イは,他の証拠においては,2頭目の散歩に出たときも炎の大きさが変わらなかったという供述は一切していない。すると,2頭目の散歩に出たときに炎の大きさが変わらなかったというイ供述も容易には信用できない。そして,そもそも,イは,炎が小さくなったことにいつ気が付いたかについて供述を変
遷させてはいるものの,いずれの供述においても,1頭目の犬の散歩のために自宅から出た時に炎を目撃し,その後同じ大きさの火を見たかどうかは別として,小さくなった炎を見たとのみ供述しており,いったん小さくなった火が大きくなったとは一度も供述していない。
そうすると,新旧証拠に現れたイ供述を検討しても,死体焼損の炎が目撃当初の大きさから次第に小さくなって3分の1ほどになり,その後当初の大きさほどまで大きくなったとは認められない。
(3)そして,写真帳作成報告書(新弁23)から午後11時42分頃の炎が大きかったと認定することもできない。
したがって,犯人が3月16日午後11時42分頃まで死体焼損現場にとどまって燃料を注ぎ足したとは認められないから,犯人が同時刻頃まで死体焼損現場にとどまっていたことを前提とする弁護人の主張は採用できない。
4
請求人のアリバイ(その2

死体焼損現場からガソリンスタンドF店まで車で

20分以上かかるとの主張)
(1)弁護人は,新証拠であるスの鑑定意見書(新弁30),ス証言(新弁32),舗装済路線図(新弁31),公文書公開決定通知書(新弁35),道路台帳(新弁36の1,2),道路整備状況を示す図面(新弁37),F市道路台帳2通(新弁38,39)によれば,死体焼損現場からガソリンスタンドF店までは,法定速度ないし指定速度を超過して車で走行しても20分以上を要することが明らかになったから,仮に犯人が死体焼損現場を午後11時15分頃に離脱したとしても,午後11時30分にガソリンスタンドF店にいた請求人にはアリバイが成立するとも主張している(最終意見書49頁等)。弁護人は,前述のとおり犯人は午後11時42分まで死体焼損現場にいたと主張しているためか,午後11時15分頃に着目して,その時刻に犯人が同現場にいたとする根拠は明示していない。最終意見書において,午後11時42分頃まで犯人が同現場にいたことを裏付ける証拠としてではあるが,イが午後11時15分頃目撃した炎は大きさからすると最盛期の炎に近かったと推定される旨のケ証言を引用していることから
すると,弁護人は,イが最初に炎を目撃したのは午後11時15分頃であることを前提として,そのときイが目撃した炎は最盛期の炎であり,燃焼実験の結果に照らすと,それは燃料投下から30秒程度の炎と認められるので,午後11時15分の30秒ほど前まで犯人は死体焼損現場にいたと主張するものと理解できる。
(2)そこで,まず,炎の立ち上がり方に関する証拠を検討する。死体焼損現場から採取された液体等からは,灯油の成分が検出されているが,ガソリン成分は検出されていないから,焼損に使用された燃料は灯油か灯油型航空機燃料であると認められる。そして,体長及び体重を被害者の身長及び体重にそろえ,被害者が当時身に付けていたのと同種の衣服を着せた豚に,灯油10ℓを一気にかけて着火すると,炎は,着火から30秒ほどで最大の約240cmとなり,その後炎は縮小傾向になり,着火から3分後には約110cmになったことが認められる(人体を模擬した豚の燃焼実験報告書(新弁2))。また,体重約50kg,体長111cmの豚に同様の衣服を着せ,灯油10ℓを全身にかけて着火すると,炎は,着火から30秒から1分の間に最大となり,そのときの高さは約250cm,3分経過後は約80cmから90cmになったことが認められる(捜査報告書(高検119))。人体の燃焼進行過程と豚の燃焼進行過程が同一とはいえないことについては前述したとおりであるが,炎の立ち上がりの際は,人体あるいは豚自体が燃焼するのではなく,人体あるいは豚の表面に付着した灯油が燃焼している過程であるから,死体が豚であるか人間であるかにより形成される炎の大きさにはさほど変わりがないと認められる。
そうすると,これらの証拠からは,イが最初に炎を見たときの炎が最盛期の炎であると認定できれば,犯人はその30秒ないし1分前まで死体焼損現場にいたと推認できる可能性があることになる。
(3)次に,イが最初に炎を見た時刻について検討する。
確定判決等は,イの検察官調書(地甲19)に基づいて,イが最初に炎を見たのは3月16日午後11時10分頃から同日午後11時15分頃であると認定した。しかし,前記した各イ供述で明らかなとおり,イは,本件翌日である3月17日以降検察官調書(地甲
19)が作成される前までは,一貫して,炎を最初に見たのは3月16日午後11時15分頃であると述べていた。しかも,その時刻に特定した理由について,直前まで見ていたテレビ番組の時刻や壁時計で確認したからという首肯できる理由も述べていたことからすると,午後11時15分頃に炎を見たというイ供述の信用性は高い。これに対し,上記検察官調書においては,時計が若干進んでいたためはっきりとした時間はわからないという理由が付されただけで,時計が進んでいるのに気付いた時期,従前時計が進んでいるのに気付かなかった理由,時計の進み具合の程度等に関する供述が全くないまま,突然,目撃時刻が約5分間早まる可能性があるように供述が変わっており,このイ供述は信用性に欠ける。したがって,イが最初に炎を見た時刻は,3月16日午後11時15分頃であると認められる。
(4)以上を前提に,午後11時15分頃にイが見た炎の大きさを検討する。ア
イは,3月16日午後11時15分頃に見た炎の大きさ及び形について,農家の納屋
として使っているかまぼこ形の建物の間口側と同じような大きさと形でちょうど太陽が地平線に落ちる時のような状態(新弁9),あるいは,かまぼこ形で,家の近くにあるビニールハウスで例えると,横幅はビニールハウス1棟分,高さはそれを2つ重ねたくらいで,太陽が地平線に落ちるような感じだった(地甲19)と供述している。農家の納屋として使う建物もビニールハウスも,その大きさは大小様々であるから,これらの供述から,炎の大きさを正確に認定することは不可能というほかない。しかし,イが,炎の大きさと形についてその供述のように感じたことには疑いはなく,農家の納屋の高さは一般的に人の身長を上回るものであるから,イが見た炎の大きさは,人の身長を超える程度であった可能性がある。
もっとも,燃焼時には,上昇した煙やすすなどの微粒子に炎の光が当たって反射することにより,その微粒子の部分を含めて実際の炎よりも大きな部分が炎のように見えることがあり,ことに周囲が暗い夜間はそのように見える可能性があると認められる(コ証言(新検43))。イが明かりに気が付いたのは夜間である午後11時15分頃であり,イは,そのときには煙に気が付かず,後になって白煙に気が付いたとい
うのであるから,午後11時15分頃には炎とその上部の白煙などの微粒子による炎の光の反射部分を含めて一体の明かりと認識して,前記のような大きさに関する表現をした可能性もある。また,イが午後11時15分頃に明かりを目撃したイ宅前は,死体焼損現場から直線で約558mと相当程度離れていたのであるから(捜査報告書(新弁18)),距離的にイの視認条件はあまりよくない。その上,イは,イ宅前で明かりを見たときにはそれを車のライトと見間違えていたのであるから,イがそのとき炎の大きさや形を正確に捉えていたかどうかには疑問がある。そうすると,イが見た炎の大きさが人の身長を超える程度であった可能性はまったくは否定されないが,そのように認定できないとする根拠も十分にあるというべきである。イ
さらに,午後11時15分頃イが見た炎の大きさを検討する際には,死体焼損現場
の炎を目撃したとするセ供述をも検討する必要がある。なお,位置関係については,別紙図面を参照されたい。
(ア)セ供述の要旨は次のとおりである。


3月17日付け捜査報告書(新弁8)
3月16日午後11時頃,自宅2階の寝室の窓から,シ宅前付近の道路のところに小さ
な炎が上がっているのを見た。別に疑問を感じなかったので2,3分後に就寝した。(聴取日3月17日)


4月6日付け警察官調書(高検122)
2階の寝室に行こうとした際,1階居間の壁時計が11時頃だったのを確認した。時
計は午後11時頃から午後11時15分頃までの間を指していたことは間違いないと思う。この壁時計は大きな誤差はなく,あったとしても1分程度。すぐに2階に上り,廊下の窓から,A号上に炎が上がっているのが見えた。炎までの距離は300mから400m前後だったと思う。窓の外のタモの木や枝越しに炎が見えたので炎全体は見通せない状態であり,炎の大きさははっきりしないが,敢えて言うならば炎の高さと幅はそれぞれ1m前後の感じだった。その炎の付近に人や車は見えなかった。10秒前後炎を眺めた後,すぐに寝室に入り就寝した。翌17日に焼死体があった場所は昨晩見た炎
の場所とほとんど同じであった。


5月4日付け検察官調書(地甲18)
2階に行くときに1階の壁時計を見ると午後11時になっていた。正確な時間までは
覚えていないが,午後11時か少し過ぎた午後11時15分頃までの間の時刻であったことは間違いない。2階へ行き,廊下の窓から,A号上に炎が上がっているのが見えた。視力は1.5以上あった。炎までの距離は目測で300mか400mくらいあったし,窓のすぐ前にはタモの木がありその木や枝越しに見えたので炎の大きさは分からないが,見た目で高さ1mくらいに思った。炎の付近に自動車や自動車のライト,人影などは見えなかった。炎を見ていたのは10秒くらいで,寝室に行き就寝した。翌17日朝に焼死体があった場所と炎を見た場所はほとんど同じだった。


第1審証言(地検人7)
2階へ行く際,1階居間の壁時計を見た。その時計は子供のスクールバスの関係上,
絶えずテレビやラジオの時間で合わせているので正確である。時計は11時頃だった。(検察官の,午後11時何分よりは前の時間かとの質問に対し)5分よりは前。ちょうど時計の針が11時を指していた。2階へ上がると,廊下の窓から,A号上に炎が上がっているのが見えた。壁時計を見てから2階へ上がるまでは10秒ほどである。炎の高さは1mくらいだった。煙は見えなかった。付近に自動車やそのライト,人影などがあるかどうか確認したがいずれも見えなかった。このとき炎を見た場所と,翌3月17日朝に焼けた人間の足のようなものを見た位置は同じだった。セ供述の要旨は以上のとおりである。
(イ)弁護人は,セ供述は,炎を見た時間について変遷があるから信用できないと主張する。
確かに,セの供述には,炎を見た時間について,変遷があると捉えられかねない部分がある。しかし,前記要約のとおり,セは,午後11時5分あるいは午後11時15分といった他の時間を述べた機会も含めて,捜査から公判に至るまで,一貫して,1階居間の壁時計は午後11時を指していた,それを見て2階へ上がると炎が見えたと
供述している。そして,第1審公判での午後11時5分という時間は,セが午後11時と供述した後の,検察官の午後11時何分よりは前の時間かとの念押しの質問に対して,セが5分であると答えたものに過ぎず,セの真意に基づく供述とは認められない。4月6日付け警察官調書における午後11時から午後11時15分までの間との供述も,いったん,壁時計が午後11時頃だったのを確認したと供述したのちに,特段の理由もなく,突然,時計は午後11時頃から午後11時15分頃までの間を指していたと供述したことになっており,不自然な供述であって,セの真意に基づく供述とは認められない。5月4日付け検察官調書における午後11時から午後11時15分との供述も同様である。そうすると,むしろ,セは,一貫して午後11時頃炎を目撃したと供述していたと認められる。
また,弁護人は,セは,3月17日付け捜査報告書では,2階寝室からシ宅前付近の炎を見て,2,3分してから就寝したと供述していたのに,その後は,2階廊下から死体焼損現場付近の炎を見た,炎を見たのは10秒くらいと供述しているから,供述に変遷があり信用できないと主張する。
しかし,まず,本件においては,炎を見た時刻,炎の場所は重要ではあるが,どこから炎を見たかは重要ではなく,その点についての変遷があるからといって,炎を見た時刻,炎の場所についての供述の信用性に影響があるとはいえない。そして,3月17日付け捜査報告書は,その性質上当然ではあるが,セに対して読み聞かせ等の記載内容の正確性を担保する手続をとらずに作成されたものであり,セが同書の記載とおり供述したと認めることには慎重でなければならないところ,3月17日付け捜査報告書にいうシ宅とは別紙図面のシ宅と認められ,同宅はセ宅から見て死体焼損現場(別紙図面地点)方向に存在する同所から最も近い民家であるから,セが,事情聴取に訪れた警察官に対し,死体焼損現場の目印としてシ宅を述べたにすぎない可能性もある。炎を見ていた時間については,3月17日付け捜査報告書には,炎を見て2,3分後に就寝したと記載されているだけであり,この記載から2,3分炎を見ていたと解釈することはできず,炎を見ていた時間について変遷があると
も認められない。したがって,上記供述の変遷ないしずれがあるからといって,セ供述が信用できないとはいえない。弁護人の上記主張はいずれも理由がない。(ウ)そうすると,セ供述から,以下の事実を認めることができる。セは一貫して目撃したものが炎であると供述していることなどから,セが車のライトなどを炎と見間違えたとはいいがたい。イが死体焼損現場の明かりを炎と認識したのは別紙図面の③の場所であるが,別紙図面からすると,③と死体焼損現場であるとの距離は,セ宅と死体焼損現場との距離とさほど変わらないと認められることもこの認定を裏付ける。よって,セ供述から,3月16日午後11時頃,死体焼損現場に炎が上がっていたことを認めることができる。
セは,炎の大きさが縦横各1mくらいだったこと,炎の付近には人影や自動車は見えなかったことも供述している。しかし,セが炎を目撃した場所は炎から目測で300mないし400m離れていた。検証調書添付写真11(地弁人9)によれば,セ宅2階廊下窓の外のタモの木は本数,大きさとも相当程度あり,検証時とは異なり葉が落ちていると認められる3月16日であっても,木の幹,枝によりセの視界は遮られると認められる。そして,現に,セは,タモの木のせいで,明るい炎でさえその大きさを自信を持っていえるほどには認識できなかったことに照らせば,セが死体焼損現場付近を見たときの見通しは相当程度悪かったと認められる。したがって,セ供述から,セが見た炎の大きさが縦横各1mくらいであったこと,炎の付近に人影や自動車がなかったことまでは認定できない。
(エ)これらのセ供述から認定できる事実を加え,今一度,午後11時15分頃にイが見た炎の大きさを検討する。
前述のとおり,灯油10ℓをかけた場合でも,灯油ではなく死体自体が独立して燃焼する可能性があると認められる。そして,火源の大きさと火炎高さについての意見(新弁40)によると,独立燃焼時に燃焼する人体部分の等価直径が10cmであれば,炎は約60cm程度上がり,等価直径が30cmであれば,炎は約150cmまで上がると認められる。さらに,セ供述によっても,犯人がいつ現場から逃走したかは明らか
ではなく,午後11時以降も現場にとどまり,燃料を追加した可能性も残されている。加えて,前述のとおりイが炎の大きさや形を正確に捉えていたかどうかには疑問の余地もある。そうすると,セが炎を目撃するより前かその直後に犯人は現場から逃走したが,死体が独立燃焼したことにより保たれた炎をイが目撃した可能性や,セが炎を目撃した後にも犯人は現場にとどまり,死体に燃料を加え,あるいは,それに加えて死体が独立燃焼することにより保たれた炎をイが目撃した可能性もあると認められる。もちろん,セ供述を検討に加えても,イが目撃した炎は人の身長よりももっと小さかった可能性も残されている。

以上の検討のとおり,炎の大きさに関する新旧証拠を検討しただけでは,炎の
大きさを正確に認定することは不可能というほかない。それは,一方で,イが見た炎は,人の身長を超える程度の大きさがあった可能性を一応許容するが,他方で,そのように認定できないとする根拠も十分にあるというべきである。(5)ここまで炎の大きさを検討してきたのは,炎の大きさが最盛期の大きさであれば直前まで犯人が死体焼損現場にいたと推認できるからである。そこで,少し目を転じて,死体焼損現場付近に,人影なり車があったかどうかを検討してみる。前述のとおり,セ供述から,積極的に,午後11時頃に死体焼損現場に人や車はなかったとまでは認定できない。しかし,セが人や車に気がつかなかったことは事実であり,午後11時頃に人や車がなかった可能性も十分にある。
なお,チ(旧姓ツ)は,午後11時5分頃,A号上に自動車が2台停まっていた旨供述する(チ証人(地弁人22),捜査報告書(新弁17))。しかし,チが自動車が停まっていたと供述する場所は,Y線とQ線の間のA号上であり,死体焼損現場から約800m以上離れており,それら車両が犯人が使用するものとは認めがたい。そうすると,チ供述を考慮しても,午後11時頃には,既に犯人は死体焼損現場から逃走していた可能性も否定されないことになる。
とはいえ,前述のとおり,ここまでの検討では,イが見た炎が人の身長を超える程度の大きさがあった可能性も残されているので,なお検討を進める。
(6)死体焼損現場からガソリンスタンドF店までの所要時間

本件では,犯人が死体に火をつけた後どのような経路を通って逃走したのかは
判明していないが,請求人が道道MF線をD方面からE方面に走行してきてガソリンスタンドF店に入店したことは明らかである(捜査報告書(高検16))。よって,請求人のアリバイの成否を考える上では,所要時間が最短になると思われる経路のうち,道道MF線をD方面から走行してガソリンスタンドF店に至る経路を想定すべきである。そのような経路としては,第1審裁判所による検証時の2つの経路(地弁人8)及び平成16年3月16日実施の警察官による実況見分時の2つの経路(高検17)が相当である。これら4つの経路は,大まかにいうと,A号上の死体焼損現場から,R線及びX大通を南下するか,Y線を南下して,道道MF線へ入るという経路である。弁護人は,ス作成の鑑定意見書(新弁30)等を根拠に,死体焼損現場からガソリンスタンドF店までは法定速度及び指定速度を超過して車を走行させても20分以上要することが明らかであると主張する。
イ(ア)ス作成の鑑定意見書(新弁30),鑑定意見書の訂正(新弁33),同人の証言(新弁32)(以下,それらをまとめてス鑑定という。)の要旨は,以下のようなものである。
裁判所による検証時の経路及び平成16年3月16日実施の警察官による実況見分時の2つの経路に加えて同月17日実施の警察官による実況見分時の経路を鑑定の対象とする。(なお,裁判所による検証は往路と復路の2回行なわれており,往路と復路で一部経路が異なるところ,ス鑑定はその差異を取り上げていない。しかし,その差異は微少であるから,この差異を取り上げていないからといってス鑑定の信用性が失われることはない。)
まず,距離と走行速度,乾燥していたか凍結していたかという路面状態,交差点での信号停止に伴う加減速,曲線部や交差点における右左折操作に伴う加減速など交通工学的知見に基づいて定量的に評価できる値を基に,各経路ごとの所要時間を算出する。そして,交差点における信号停止の回数及び停止時間については,鑑定
意見書作成のために実施した後記走行試験での平均を算出し,その平均停止時間に平均停止回数を乗じた時間が信号停止に要した時間であるとして,その時間を上記所要時間に加算して所要時間の理論値を算出する。さらに,道路の不陸(でこぼこ),夜間の視認性,車両や運転者属性など定量化が困難な要因(ス鑑定は,これをその他要因と称している。)を反映させるために,季節は異なるため全線乾燥路面となっているが,事件当夜と同じ時間帯に,同じ車種,本件時の請求人に近い20代から30代前半の女性の運転手によって上記各経路において実施した走行試験の際の所要時間と,乾燥路面を前提としたときの上記理論値との差をその他要因による補正分とする。
これらの手法により算出された推定値と前記警察官による実況見分時の所要時間とを比較すると9秒から44秒の差となっている。裁判所による検証時の所要時間とは2分から4分半の差が生じているが,それは,裁判所による検証が夕方に行われているため,交通混雑の影響を受けたためと理解できるので,この鑑定の手法は,1分単位の議論に十分耐えられるとする。
上記手法により算出すると,死体焼損現場からガソリンスタンドF店までの所要時間は,法定速度や指定速度を遵守した場合,路面が乾燥していれば20分半から23分半,路面が凍結していればそれより1分から1分半程度長くなる。また,法定速度や指定速度に従わず,道路線形,路面状態,事件当時の交通状況から想定されうる最大速度で走行した場合,路面が乾燥していれば17分半から18分半,路面が凍結していれば更に4分から5分を要し,21分半から23分ほどである。その上で,気象データによると,本件当日の路面状況は,交通量の少ないR線,Y線,X大通は部分的に凍結していた可能性が高く,道道MF線のうち特に旧国道36号線の区間は交通量の多い幹線であるから乾燥状態であったと想定し,凍結が予想される区間の長さは全区間の半分を超えるので,所要時間は乾燥路面と凍結路面の平均値以上となるから,速度超過をしても所要時間は20分を超えると判断した。
ス鑑定の要旨は以上である。

(イ)ス鑑定は,速度超過時の所要時間について,結論的に20分を超えるとのみ記載しており,その計算過程は明示していない。しかし,その数値を導き出す理由として,凍結が予想される区間の長さが全区間の半分を超えるので,所要時間は乾燥路面と凍結路面の平均値以上となると記載しているから,検討対象とした各経路ごとに,乾燥路面の所要時間と凍結路面の所要時間(鑑定意見書(新弁30)表-10,鑑定意見書の訂正(新弁33))を足して2で割った値を算出し,それらのおおよその数値として20分を超えると記載したものと理解できる。そこで,その手法で速度超過時の所要時間を各経路ごとに計算すると,裁判所による検証時の経路では19分38秒,平成16年3月16日の警察官による実況見分時の2回目の経路では21分1秒,同実況見分時の1回目の経路では20分27秒,同月17日の警察官による実況見分時の経路では20分42秒ということになり,19分半から21分程度ということになる。ウ
スは,O大学大学院工学研究科教授であり,約30年間冬期の交通安全など交通
工学に関わる研究をしており,冬期における2地点間の所要時間の鑑定をする一般的能力は有していると認められる。また,上記鑑定においては,交通工学上の知見により定量的に計算できる部分とそうでない部分を分け,定量的に計算できる部分は計算で算出し,実験ごとに異なりうる信号待ちの時間については実験結果の平均値を採用するという妥当な方法を用い,定量的な計算ができない部分については可能な限り本件事案に近づけた状態での走行実験を行なって数値の補正を図っているから,鑑定手法も相当なものと認められる。したがって,ス鑑定の結果は一定程度信用できる。
しかし,ス鑑定から導かれる数値の意味には,以下のような限界が内在している。まず,問題となっている経路は,いずれも信号機により交通整理されている交差点を多数含んでいるのであるから,それら交差点で何回停止を求められたかにより,所要時間は変動する。ス鑑定もこの点は意識しており,走行実験時の平均値を加算することで所要時間の理論値を導き出している。しかし,走行実験時の平均値は,まさに平均値に過ぎず,実際の所要時間とは異なる。たとえば,鑑定意見書12頁表
-4によれば,ス鑑定の走行実験で裁判所の検証時の経路(鑑定意見書ではコース1と表記されている。)を走行した際,9月14日には,8回停止し,平均停止時間は27.4秒,9月15日には,6回停止し,平均停止時間は18.0秒,9月16日には5回停止し,平均停止時間は28.2秒であった。ス鑑定では,各経路ごとに,9月14日から16日までの3回の実験の総平均停止時間に総平均停止回数を乗じた数値(以下,信号停止修正時間)という。)を信号機により交通整理が行われている交差点で停止した時間として加算しているものと認められるところ,鑑定意見書ではその数値は明示されていない。そこで,その数値を算出することとするが,3回の実験の総平均停止時間に総平均停止回数を乗じた数値は,四捨五入による端数処理を除くと,各回ごとの合計停止時間の総和を実験回数である3で除した数値と等しくなるはずである。そして,各回ごとの合計停止時間は,各回の平均停止時間に停止回数を乗じた数値である。よって,ス鑑定における信号停止修正時間は,
(27.4×8+18.0×6+28.2×5)÷3=156.1秒と認められる。しかし,実際には,9月15日の走行実験の際の停止時間は,18.0×6=108.0秒
であり,信号停止修正時間は,これより48.1秒大きい。停止時間を108秒とすれば,速度超過時の所要時間は,
19分38秒-48.1秒≒18分50秒
となる。逆に,9月14日の走行実験の際には,
27.4×8=219.2秒
停止していたのであるから,信号停止修正時間は,これより63.1秒小さい。同様に計算していくと,信号停止修正時間と走行実験の結果との差は,平成16年3月16日実施の警察官による実況見分時の2回目の経路(鑑定意見書のコース2)についてはプラス19.1秒からマイナス26.4秒,同日実施の警察官による実況見分時の1回目の経路(鑑定意見書のコース3)についてはプラス21.6秒からマイナス42.4秒,同月17日実施の警察官による実況見分時の経路(鑑定意見書のコース4)につい
てはプラス34.8秒からマイナス27.4秒あることが分かる。このことは,ス鑑定が不相当であることを意味するものではないが,その結果算出された数値には,上記のような実際の所要時間とのずれが含まれていることに留意する必要がある。検察官は,ス鑑定は,所要時間計算において,凍結部分は路面が全面凍結していることを前提として所要時間を算出しているが,実況見分及びス証言によれば,凍結部分においても全面は凍結していたとまではいえないし,むしろ凍結路面ではなかった可能性が高かったとして,ス鑑定の信用性を争う。確かに,ス鑑定は,想定される経路いずれにおいても凍結が予想される区間の長さが全区間の半分を超えるので,所要時間は乾燥路面と凍結路面の平均値以上となるとしており,凍結部分は全面が凍結していることを前提としているように読めなくもない。また,本件翌日である3月17日午前9時30分から午後0時35分までに行なわれた実況見分や現場鑑識活動の際撮影された写真(地甲5,178,181)によれば,死体焼損現場付近のA号,R線及びY線の路面は凍結していなかったと認められる。しかしながら,それらの場所は,写真から一見して日当たりの良い場所であり,同所の路面が凍結していないからといって,建物等の日陰になる場所も十分存在しうる他の路面も凍結していないとは到底いえない。また,多雪地帯においては,道路に踏み固められた雪が凍結しているところ,さらに日中溶けた雪が夜間冷え込んで凍結し,なかなか溶けないこともしばしば見られるところである。死体焼損現場に近いFX地域気象観測所の本件前日から本件当日にかけての積雪量は82cmから80cm程度あり,両日とも日中は気温がプラスになっていたのであるから(照会回答結果(新検40)),日中溶けた水が夜間に凍結していた可能性は十分ある。そして,凍結している部分がある程度あれば,自動車を運転する者は凍結部分があることを前提に運転することを強いられるのであるから,路面の凍結は一部だとしても,凍結部分がほとんどないといえる路面状況になるまでは,継続して凍結路面を前提とした運転を強いられるともいえ,凍結部分が存在する区間全体について凍結路面を前提とした所要時間を計算することが不合理だとはいえない。よって,この検察官の主張を全面的に採用することは
できない。もっとも,本件当日の路面の状況は証拠上明らかではなく,ス鑑定が前提とするように経路の半分以上が凍結を前提として運転しなければならなかったと確定できる証拠もなく,前記のとおり死体焼損現場の路面は乾燥していたとも思われることからすれば,本件当日の死体焼損現場からガソリンスタンドF店までの所要時間は,ス鑑定よりある程度短かった可能性もまた否定はできない。エ
そうすると,ス鑑定によれば,死体焼損現場からガソリンスタンドF店までは,
法定速度または指定速度を超過して走行したとしても,19分半から21分かかる可能性があると一応は認められるが,路面の状況,信号により停止を求められた回数・時間によれば,18分50秒,あるいはそれよりも短くなる可能性もまた認められる。(7)以上の検討によれば,イが最初に炎を見たのは本件当日午後11時15分頃であると認められる。そのときイが見た炎は,人の身長を超える程度の大きさがあった可能性が一応ある。死体焼損現場からガソリンスタンドF店までの所要時間は,法定速度または指定速度を超過して走行したとしても,19分半から21分かかる可能性がある。そうすると,午後11時30分頃にガソリンスタンドF店にいたことが明らかな請求人が本件犯行を行うことは不可能である可能性があり,請求人にはアリバイが成立する可能性が一応あることになる。もっとも,前述のとおり,炎の大きさに関する新旧証拠を検討するのみでは,午前11時15分頃の炎の大きさは確定できず,炎の大きさについて上記のようには認定できないとする根拠も十分にある。死体焼損現場からガソリンスタンドF店までの所要時間についても18分50秒,あるいはそれよりも短い可能性もある。さらには,午後11時頃には,すでに犯人は死体焼損現場から離れており,午後11時30分頃にガソリンスタンドF店に到着することに何の問題もなかった可能性もある。
そうすると,請求人のアリバイの成否について,炎の大きさ,死体焼損現場からガソリンスタンドF店までの所要時間に関する新旧証拠のみを検討しても,確定判決等の認定に対して合理的な疑いが残るかどうか判断することはできない。その余のものも含め新旧全証拠を総合して確定判決等の事実認定の当否を判断するなかで
結論を出す必要がある。そこで,以下,項を改めて,新旧全証拠に照らして,確定判決等の事実認定の当否を検討し,その後,請求人のアリバイの成否を含む弁護人の主張の当否を判断する。
第4

確定判決等の事実認定の当否

確定判決等が多数の間接事実から請求人が犯人であると強く推認されるとし,弁護人のアリバイ等の主張を排斥して請求人が犯人であると結論づけたことの概要は第2の1に記載したとおりである。以下,それらの間接事実の認定及びその評価の当否について検討していく。
1
犯人はG株式会社D東支店H事業所従業員であること
確定判決等は,まず,犯人はG株式会社D東支店H事業所従業員であると推認で
きるとする。
本件では,3月17日午前0時5分31秒から同日午前3時2分55秒までの間に,合計7回,被害者の携帯電話機から電話がかけられている。これは,被害者の携帯電話の発着信時刻等を記載したウ作成の書面(地甲213,304)により認められるが,同書面が信用できることは前述した。セは3月16日午後11時頃に死体焼損現場に上がる炎を目撃しているので,被害者は遅くともその頃までに殺害されたと認められるところ,たまたま被害者が紛失した携帯電話機を第三者が使用したなどという事態は想定しがたいことから,3月17日に被害者の携帯電話機を使用したのは犯人であると認められる。そして,被害者及び請求人はG株式会社従業員であり,同社のH事業所の配車センターと称される建物に勤務していたところ,被害者の携帯電話機は同日午後3時5分頃に,配車センター2階女子作業員詰所内更衣室(以下「女子更衣室」という。)の被害者が使用するロッカーから電源が切られた状態で発見された。ここでも,犯人から第三者に携帯電話機が渡り,第三者が携帯電話機を被害者のロッカーに入れるということは想定しがたいことから,携帯電話を被害者のロッカーに入れたのは犯人であると認められる。
着信履歴から,同日午後0時36分頃には被害者の携帯電話機は電源が入っていた
と認められるところ,午後3時5分に発見されたときには電源は切られていたのであるから,犯人は,同日午後0時36分から午後3時5分頃までの間に,電源を切って被害者の携帯電話機を被害者のロッカーに入れたか,既に被害者のロッカーに入れていた被害者の携帯電話機の電源を切ったと認められ,いずれにせよ,犯人は同日午後0時36分から午後3時5分頃までの間に配車センター2階にある女子更衣室に入り,被害者使用のロッカーまで行ったと認められる。また,被害者の携帯電話機が被害者のロッカーに戻されているのであるが,これが偶然とは考えがたく,犯人は,被害者の携帯電話機を,ロッカーだけに限定していたかどうかは別として,配車センター内の被害者の使用する場所に戻そうとしてそのとおり実行したと認められる。そして,犯人が女子更衣室に侵入したのは,3月17日午後0時36分から午後3時5分頃という通常他の従業員も勤務しているであろうと考えられる時間帯である。そのような時間帯に,従業員でない者が,被害者が使用する場所の存在を知らずに,配車センターの建物に侵入し,被害者の使用する場所を探し出すことは,他の従業員から誰何されるなど危険きわまりない行為であるから,犯人は,配車センター内の被害者が使用する場所を知っていた者,すなわちH事業所従業員と認められる。これと同旨の確定判決等の認定は相当である。
2
犯人の動きと請求人の動きが一致すること
確定判決等は,被害者殺害後の犯人の動きと請求人の動きが一致すると認定し,
この事実は,請求人が犯人であることを示す有力な間接事実であるとした。前述のとおり,被害者殺害後,被害者の携帯電話機は犯人が所持していたと認められる。そして,携帯電話機の電波は基地局で捕捉され,基地局には指向性を持ったアンテナが複数設置されていることから,どのアンテナが電波を捕捉したかによって携帯電話機の大まかな所在が分かる。被害者の携帯電話機の電波が捕捉された基地局及びアンテナの記録によれば,被害者の携帯電話機は,3月17日午前0時5分頃と午前0時6分頃には千歳市Ta丁目b所在のE局の近くで同基地局の真北を0度として時計回りに90度から150度の範囲付近にあり(以下,E局捕捉範囲という。
また,角度の表示は真北を0度として時計回りに表示する。),同日午前3時2分頃には当時のA郡B町字Sc所在のB局の近くで同基地局の300度から60度の範囲付近(以下,B局捕捉範囲という。)にあり,同日午前9時29分頃,同55分頃,午前10時4分頃,同5分頃,同20分頃,同36分頃,同38分頃,同48分頃,同50分頃,同51分頃,同58分頃,午前11時12分頃,同14分頃,同51分頃は前記E局の近くで270度から30度の範囲付近で,かつ,千歳市d所在のI局の近くで355度から205度の範囲付近(以下,E局I局捕捉範囲という。)にあったと認められる。また,犯人は,死体焼損現場にいたことも明らかであるから,同所を出発した後に,上記経路をたどったと認められる。
これに対して,請求人は,被害者の携帯電話がE局で捕捉される前である3月16日午後11時30分頃,死体焼損現場とE局捕捉範囲との間にあるガソリンスタンドF店におり,E局捕捉範囲を通って自宅に帰り,3月17日午前1時43分頃にローソンB栄町店で買い物をした後に,B局捕捉範囲にある自宅に帰って就寝し,同日午前8時20分頃E局I局捕捉範囲にある配車センターに出勤し,被害者の携帯電話機が発見されるまで同所で勤務していた。
このように,被害者の死体焼損から間もない3月17日午前0時2分頃から同日午前11時51分頃までの犯人が所在していた場所と請求人が所在していた場所は,携帯電話基地局のアンテナの捕捉範囲というおおまかな枠内ではあるが,一致している。このことは,請求人が犯人であることを相当程度推認させるというべきである。これと同旨の確定判決等の認定及び評価は相当である。確定判決等は,この点に関する確定審における弁護人の主張に反論しているが,それもまた相当である。3
請求人が購入した灯油が発見されていないこと等
確定判決等は,死体焼損に使われた燃料は灯油か灯油型航空機燃料であるところ,
請求人は本件直前に灯油を購入しているが,その灯油は発見されておらず,請求人は4月1日頃にさらに灯油を購入していること,請求人が使用する車両の助手席床マットから灯油の成分が検出されていること,そしてそれらに関する請求人の弁解は
不自然不合理である上,請求人は弁護人に対しても本件直前に購入した灯油をそのまま持っていたと虚偽の供述をしていたことは,請求人が本件直前に購入した灯油を用いて被害者を焼損したことを強くうかがわせるとしている。
まず,死体焼損に使われた燃料は灯油か灯油型航空機燃料であること,請求人は本件直前に灯油を購入していること,その灯油は発見されていないこと,請求人は4月1日頃にさらに灯油を購入していることは関係証拠上明らかである。この点について,請求人は,確定審において,職場で運転手から,警察が請求人の写真を持って請求人が灯油を購入しなかったかと聞き込みをしていると聞かされ,灯油を持っていることが怖くなって本件直前に購入した灯油は捨てた。その後,買ったものがないのではかえって疑われると思って,また灯油を購入した。と供述する。灯油は広く暖房等に使用されるものであり,灯油を所持していることだけで犯人と疑われることは考えがたい上,請求人の供述どおり,警察が請求人が灯油を購入したかどうかについて聞き込みをされていると聞かされたのであれば,むしろ購入した灯油を所持していることが本件の犯人であるとの嫌疑を晴らす証拠となるのであるから,そのように聞かされて本件直前に購入した灯油を捨てたという請求人の供述は不自然というほかない。さらに,請求人は,弁護人に対しても,起訴後しばらく経つまで,本件直前に購入した灯油を捨てたことを言っていなかったというのであるから,請求人の上記供述は虚偽と認められる。そして,請求人は,自分に本件の嫌疑がかかっていることを知って,4月1日に灯油を買い直しているのであるから,この再購入行為は自らに対する嫌疑をなくすための行動に他ならず,これに死体焼損に使われた燃料は灯油か灯油型航空機燃料であること,請求人は本件直前に灯油を購入していること,その灯油は発見されていないことを併せ考えれば,これらの事実は,請求人が犯人であることを相当程度推認させる事実である。確定判決等の認定及び評価は相当である。
4
請求人に動機があること
確定判決等は,請求人は,結婚を意識していたタと交際するようになった被害者
に悪感情ないしは憎悪の念を抱いていたことは明らかであって,被害者殺害に及ぶ動機があるとする。
まず,以下の事実は関係証拠上明らかである。請求人とタは2月末頃まで肉体関係を伴う交際関係にあったが,請求人は,2月27日にタから,

結婚する妥協線が見えないんだよね。

と告げられた。その後,タと被害者は交際を始めた。請求人は,3月8日夜,タと被害者が会っているらしい場面を目撃し,同日深夜に,かつて交際し,その後も友人として付き合いのあったソに電話をかけて,

やっぱり駄目かもしれない。手がぶるぶる震えて涙が止まらない。

と言った。さらに,請求人は,同月11日からの深夜で日付の変わった12日にもタと被害者が会っているらしい場面を目撃し,同日昼,親友であるニに会うなり涙をこぼしながら

彼氏と喧嘩した。もう駄目かも知れない。彼氏に結婚したいと言ったら,『それはちょっと考えられない』と言われた。会社の女の子と食事に行ったみたいで,最近その子と仲良くしているらしい。

と言った。請求人は,同日午前4時51分頃から同月16日午前7時40分ころまでの間に被害者の携帯電話に220回無言電話をかけている。これらの事実からすれば,請求人は,結婚を意識してタと交際しており,そのタと交際するようになった被害者に悪感情ないしは憎悪の気持ちを抱いていたことは明らかである。確定判決等の認定は相当である。
そしてまた,これらの事実が被害者殺害の動機になりうるとの確定判決等の評価も妥当である。動機形成原因事実があることだけでは,請求人を犯人と推認する力は弱いのであるが,本件においては,犯人はH事業所従業員であると認められるのであるから,同従業員である請求人に動機形成原因事実があるということは,請求人が犯人であることを推認させる一定の力があると評価できる。
さらに,控訴審判決は,被害者殺害後の犯人の動きと請求人の動きが一致することという項目(上記2)の中ではあるが,犯人が被害者殺害後に被害者の携帯電話機からタへ電話をかけていることを取り上げ,その事実は,犯人がタと特別な関わりや思いのある人物であることを示しており,請求人はその犯人像に当てはまるとす
る。前述のとおり,犯人は,被害者の携帯電話機から7回発信しているが,そのうちの2回がタの携帯電話に対する発信である。タの携帯電話番号は,被害者の携帯電話機の発信履歴に残っておらず,電話帳には登録されていたとはいえ,電話帳に45件登録されていた番号のうち,タの番号に対してのみ2回も発信していることは,意識的な選択であった可能性が高く,犯人はタに対して何らかの関係があった可能性が高いというべきである。請求人は,タと交際しており,被害者にタを奪われた形になっていたのであるから,タと特別な関係にあったことは明白である。とすると,犯人がタの携帯電話に電話をかけたことは,請求人が犯人であることをある程度推認させると評価すべきである。控訴審判決のこの評価も相当である。5
被害者のロッカーキーの所持
確定判決等は,4月14日実施の請求人が使用する車両の検証中,助手席前グロー
ブボックス内から被害者のロッカーのロッカーキーが発見されたことを認定し,ロッカーキーが請求人以外の者によって請求人が使用する車両に入れられた可能性も考えがたいことから,この事実は請求人の犯人性を示す有力な間接事実であるとした。
しかしながら,ロッカーキーは,被害者の殺害や死体焼損に使用されうるものではなく,それ自体としてその所持者と犯行とを結びつけるものではない。確定判決等は,犯人は被害者の携帯電話機を被害者のロッカーに戻していることから,ロッカーキーの所持は犯人であることを強く示すと捉えたのであろうが,被害者のみならずH事業所の女性従業員は,全員ロッカーに鍵はかけていなかったと認められ,犯人も属するH事業所従業員はみなそのことを知っていたと認められるから(カの検察官調書(地検82),同人の証言(地検人4),テの弁護人調書(地弁書2)),犯人は被害者の携帯電話機をロッカーに戻すにあたりロッカーキーを取得する必要はない。犯人が携帯電話機をロッカーに戻す際にロッカーキーを使用したのであれば,むしろ携帯電話機とともにロッカーキーもロッカーに置くのが自然である。このように考えてくると,ロッカーキーの所持が犯人であることを強く示すとはいえないとい
うべきである。
もっとも,ロッカーキーは,請求人が使用する車両のグローブボックス内から発見されている。本件以前に被害者が同車両に乗ったことはあると認められるが,仮に,被害者がその際にロッカーキーを落としたとしても,それがグローブボックスの中に入るとは考えがたい。また,請求人が気がつかないうちにロッカーキーを身に付け,請求人がグローブボックスを開けたときにそのロッカーキーがグローブボックス内に落ちるとも考えにくい。結局,ロッカーキーがグローブボックス内にあったことから,まずは,請求人が被害者のロッカーキーを意図的に所持していたと推認できる。そして,所持の目的が不明である以上,その意味を大きく考えることはできないが,被害者の物を意図的に所持していたという事実は,請求人が犯人であることを一応は示すといえる。確定判決等の評価は,この限りで首肯できる。6
ほかのH事業所従業員に犯人である可能性のある者がいないこと
確定判決等は,本件当時,請求人と被害者を除くH事業所従業員は51人であった
が,そのうち47人は犯行時間帯である3月16日午後9時30分から午後11時30分までの間に明確なアリバイが認められ,残りの4人については,アリバイの裏付けはないが,被害者殺害の動機はもとより,その住所などから本件事件後の被害者の携帯電話機の移動と同様の動きをしたことをうかがわせる事情がないから,請求人以外のH事業所従業員に犯人の可能性のある者は存在しないとした。この確定判決等の認定も相当である。
7
請求人使用車両のタイヤの損傷
確定判決等は,本件発生後間もない3月20日,請求人が使用する車両に装着され
ていた左前輪タイヤの接地面に250℃から290℃の高熱を帯びた物体に数分以上触れてできたと推定される損傷があったが,このような損傷ができた原因として,被害者を焼損した際,請求人が使用する車両がその近くにあったことの他には考え難いと認定し,これは請求人の犯人性を示すひとつの間接事実であるとした。しかしながら,タイヤが損傷するほどに車両を炎に近づけていれば,タイヤ以外の車体も損
傷すると考えられるところ,請求人が使用する車両にはタイヤ以外に炎によると認められる損傷はなかった。また,確定審の弁護人らが上告審において提出したヌ作成の工学鑑定書によれば,タイヤの損傷は舗装路を左旋回中に急制動をかけたことによりタイヤロック状態で旋回右前方へと滑走した結果生成したことがうかがわれる。そうすると,請求人が使用する車両のタイヤの損傷が高熱を帯びた物体に数分以上触れてできたとは認定できず,同車両が炎のそばにあったとも認定できない。この点の確定判決等の認定は相当ではない。
8
被害者遺品の発見場所が請求人の土地勘のある場所であること
犯人は,4月11日午前11時頃から同月15日午後4時20分頃までの間に,A郡B町字
S157番地の町道BU線から東方約9.3mの作業用道路の路肩に,被害者が携帯していたバッグに在中していた被害者の遺品を灯油で燃やして投棄した。確定判決等は,この現場は請求人宅近くで,しかも土地勘がなければ容易に行き着くことができない場所であり,請求人はその場所付近に土地勘があったこと,請求人が4月1日に買い直した灯油10ℓは,請求人が使用していた社宅から押収された時には9.5ℓしかなかったが,買った灯油を車で運ぶ途中にポリタンクから灯油500mℓがこぼれたなどの請求人の供述は信用し難く,その他に灯油が使用されたという事実もうかがわれないから,灯油500mℓは請求人によって被害者の遺品の焼損に使われた可能性が高いと認定し,これらの事実は,請求人の犯人性を示す間接事実であるとした。しかし,町道BU線は付近住民がB町からP町に行く抜け道として利用している道路であり,遺品焼損現場は,同町道から約9.3mしか離れていない(地甲161)。そして,トが4月10日及び13日に車で上記町道と作業用道路の交差点まで行っていることに照らすと(地弁書3,地弁人2),遺品焼損現場に行くことが困難であったとも認められない。したがって,請求人に土地勘があるからといって,その事実が請求人が犯人であることを示すとはいえない。
請求人が4月1日に購入した灯油のうち500mℓが発見されていないことは確定判決等が指摘するとおりであるが,それが遺品の焼損に使われたとの証拠はなく,この
事実が請求人が犯人であることを示すともいえない。
また,上記事実を総合したからといって,それら事実が請求人が犯人であることを示すともいえない。
この点の確定判決等の認定及び評価は相当ではない。
9
請求人は被害者と最後に接触した者であること
控訴審判決は,請求人は,3月16日午後9時30分過ぎ頃,被害者と2人で退社し,
判明している限り被害者と最後に接触した者であり,被害者はその後の2時間足らずの間に殺害され死体を焼損されたことを,請求人が犯人である間接事実として認定した。しかし,殺害時刻よりも最大1時間半程度も前に,しかも同僚である被害者と一緒に退社するという,それ自体何ら不自然でない事情を取り上げて,請求人が犯人であると推認することは無理があり,控訴審判決のこの評価は相当ではない。間接事実の総合評価
犯人はH事業所従業員であると認められるところ,本件時被害者以外の従業員は
請求人を含めて52名しかいなかったというのであるから,このことのみで,犯人は相当絞り込まれているといえる。その上,本件直後から翌日午後0時36分頃までに被害者の携帯電話機を使用した犯人がいた場所は,請求人のいた場所と,携帯電話の基地局のアンテナの捕捉範囲という大まかな範囲内ではあるが,一致すると認められる。さらに,本件で死体焼損に使用された燃料は灯油あるいは灯油型航空機燃料であると認められるところ,本件直前に請求人が購入した灯油10ℓは発見されておらず,請求人は自分に嫌疑がかかっていることを知って,嫌疑をなくすために4月1日に改めて灯油10ℓを購入していること,請求人は本件前5日間に被害者に合計220回もの無言電話をかけるなど被害者に悪感情ないしは憎悪の気持ちを抱いていたと認められること,犯人はタと何らかの関係があったと認められるところ,請求人は本件直前までタと交際しており,被害者にタを奪われた関係にあること,請求人が被害者のロッカーキーを所持していたこと,請求人以外のH事業所従業員には犯人である可能性のある者がいないことという,請求人が犯人であることを示す間
接事実が認められるが,これだけの間接事実が偶然に重なるとは到底考えがたい。これらの間接事実を総合したときの,請求人が犯人であるとの推認の程度は高度なものがある。よって,特段の事情がない限り,請求人を犯人と認めることができるし,また,請求人を犯人と認めることを妨げる特段の事情は,上記高度な推認を妨げるに足るだけの高度のものが求められる。確定判決等の請求人が犯人であることを基礎づける間接事実の認定及び評価は,前述のとおり,一部に不相当な部分もあるが,重要部分においては相当であり,結論的には誤りはない。
弁護人が確定審において主張した請求人の犯人性を覆す事実の有無確定審の弁護人は,確定審において,①請求人にはアリバイが成立する,②請求
人の握力及び体力,被害者との体格差によれば請求人が被害者を殺害することは不可能である,③灯油10ℓでは被害者の死体のように焼損することは不可能である,④被害者が使用する車両がJRI駅に放置されていたことは,請求人による犯行が不可能であることを示している,⑤請求人が被害者の携帯電話を被害者のロッカーに戻すことは不可能である,⑥請求人が被害者の遺品を投棄することは不可能である,⑦請求人が使用する車両に被害者の血痕,尿斑,指紋等の痕跡がなく,死体焼損現場付近から請求人が使用する車両のタイヤ痕が発見されていないことは請求人が犯人でないことを示す,⑧被害者の死体が開脚していることやブラジャーのワイヤーが大きくずれていたことなどからすれば,本件は複数の男性による性犯罪であると認められるなどと主張したが,確定判決等は,これらを排斥した。このうち,③の主張に対しては,再審請求審でも主張されており,既に判断を示した。①及び⑧の主張についても,新証拠に基づき再審請求審において改めて主張されているので,再審請求審での主張に対して判断を示す。その余の,②及び④ないし⑦については,再審請求審の争点の判断に際しては重要ではなく,確定判決等のそれらを排斥した判断は相当と認められるので,ここではその詳細についての検討は省略する。
第5

弁護人の主張に対する判断(承前)

1
請求人のアリバイ(その2

20分以上かかるとの主張

死体焼損現場からガソリンスタンドF店まで車で

承前)

前述したとおり,第4の1ないし6記載の間接事実により,請求人が犯人であると高度に推認され,特段の事情がない限り,その推認は翻らないと認められる。ところが,第3の4で検討したとおり,午後11時15分頃の炎の大きさや死体焼損現場からガソリンスタンドF店までの所要時間等による請求人のアリバイ成立には様々な留保が付されていた。すなわち,午後11時15分頃の炎についてのイ供述は,炎の大きさを一義的に確定する内容ではない。イは,約558m離れた場所から炎を目撃しており,距離的にその視認条件は良いものとはいえない。また,夜間の目撃であることから,イは,炎の上部の微粒子による光の反射を含めて炎と誤信した可能性もある。したがって,イが目撃した炎は,さほど大きいものではなく,燃料投下直後のものではない可能性も十分にあり,それはすなわち,犯人は午後11時15分よりも前に死体焼損現場を離れた可能性が十分にあるということを意味する。また,死体焼損現場からガソリンスタンドF店までの所要時間についても18分50秒あるいはそれよりももっと短い可能性もある。さらに,死体が独立燃焼を開始していた可能性もある。とすると,たとえば,犯人が午後11時10分頃に燃料を投下して逃走した場合であっても,炎の大きさを正確に認識しがたい事情もあり,あるいは,それに死体が独立燃焼を開始したことも加わり,イが,午後11時15分頃の炎の大きさと形について,農家の納屋として使っているかまぼこ形の建物の間口側と同じような大きさと形でちょうど太陽が地平線に落ちる時のような状態,あるいは,かまぼこ形で,家の近くにあるビニールハウスで例えると,横幅はビニールハウス1棟分,高さはそれを2つ重ねたくらいで,太陽が地平線に落ちるような感じだったと表現したとしてもさほど不思議はない。そして,午後11時10分に死体焼損現場を離れれば,午後11時30分にガソリンスタンドF店に到着することは可能であり,請求人にアリバイは成立しないことになる。さらには,犯人は,午後11時頃には死体焼損現場を離れていた可能性もあるのであるが,その場合には,請求人にアリバイが成立
しないことは明らかである。
そうすると,午後11時15分頃の炎の大きさに関わるイ供述,ス鑑定等から認められる一連の事情は,第4の1ないし6の間接事実による請求人を犯人とする推認を妨げるだけのものとはいえないというべきである。
この点の弁護人の主張も採用できない。
なお,前述したとおり,新証拠によれば,午後11時頃には死体焼損現場に炎が上がっていたと認められる。したがって,確定判決が認定した犯罪事実のうち,午後11時5分頃と記載されている部分2箇所は午後11時頃と訂正されるべきであるが,そうであるからといって刑訴法435条6号に該当する事由があるとはいえない。2
被害者が後ろ手に縛られていた可能性

(1)弁護人は,新証拠として提出したナ作成の鑑定意見書(新弁6),ケ作成の鑑定意見書の補充書(2)(新弁4),捜査報告書(新弁17),写真帳作成報告(新弁20ないし24),写真12枚(新弁25)によれば,被害者は殺害される前に両手を後ろ手に縛られていた可能性があるが,体格と体力が劣る請求人が,単独で助手席に座っている被害者の両手を助手席越しに後部座席から縛ることは物理的に不可能である旨主張する。
(2)被害者の死体は,仰向けで,右手は肘を曲げて背部と地面の間に入り込み,左手は身体の左側で肘を曲げて手首を上方に向けた状態で発見された。死体右前腕部,右手首,左前腕部の一部の表皮は炭化せず,軽いやけど状態であった。ナは,上記死体の状態に加え,死体解剖時の写真等によれば左手首付近に線状痕様のものが認められるとして,被害者の死体は,最初両手首を縛られ,両手首が地面と背中に挟まれた状態にあり,その状態で火をつけられたが,両手を縛っていた紐状物が焼失すると,身体がやや右側に傾いていたため,左上肢が背面から体前面方向に移動したと考察できるとする(鑑定意見書(新弁6))。
ケは,右腕,右手,左手首の皮膚は炭化せずに皮膚の状態を保っており,これらの部位は地面に直接接触していたはずであるから,焼却前の死体は右腕と左腕共に
背中の下に位置していたと推定されるが,このような体位は不自然で,後ろ手に縛られていたような何らかの人的な作用があったと考えるのが合理的であり,燃焼の途中で両手を縛っていたものが焼き切れ,加熱された右腕,左腕が収縮して,最終的に左腕は背中から外れたものの右腕は背中の下に残ったと考えられるとする(鑑定意見の補充書(2)(新弁4))。
確かに,被害者の死体には,右手,右前腕,左上腕のそれぞれ一部に,炭化せずに皮膚の状態を保っている部分がある。そして,発見時に,死体全体は仰向けで,右手は肘を曲げて背部と地面の間に入り込み,左手は身体の左側で肘を曲げて手首を上方に向けた状態であったことを考慮すると,火がつけられる前は,右腕・左腕共に背中の下で地面と接していたが,体が右に傾いていたために,左腕は加熱による収縮に伴い背中から外れ,右腕は背中の下に残り,発見時の状態になった可能性がある。
しかし,次に記するとおり,左手首に線状痕様のものが残っていたとは認めがたい。
ナは,左手首を接写した捜査報告書(地甲7)添付の写真第11号及び死体には後ろ手に縛られたような痕跡があったとする3月17日付けの新聞記事(新弁7)を根拠に,左手首には線状痕様のものが存するとする。しかしながら,同写真を見る限り,線状痕様のものが存するとは認めがたい。被害者の死体を解剖したネも,右手首については着衣の生地の折り目のようなものが印象されていると指摘するが,左手首については何らの指摘をしていない(鑑定書(地甲9))。さらに,線状痕が残るほど両手が手首で緊縛されていれば,常にとはいえないまでも,手首に皮下出血が残る可能性があるが,解剖結果によれば,右手首には皮下出血はなかったと認められる(同)。新聞記事は,線状痕があると記載した根拠は全く不明であり,証明力に乏しい。そうすると,このナの指摘は首肯しがたい。
また,ケも,死体が後ろ手に縛られていたことについて触れているが,ケは,線状痕様のものの存在には触れておらず,両手が背中の下に来る機序として人為的な
作用を指摘し,そのような作用として考え得る例の1つとして後ろ手に縛ることを挙げているに過ぎない。人為的な作用の例はこれ以外にも考えられる。たとえば,車から引きずり下ろされるなどして,右手を地面に置き,左手を背中に載せた状態でうつ伏せになった死体を,死体のつま先側に立って,死体の両足を持ち,死体の右側が地面についたまま,右回りに回転させると,左腕はやや浅く,右腕は深く,背中と地面の間に挟まることがありえる。
以上のほか,旧証拠に弁護人が提出した新証拠を合わせて検討しても,被害者の死体が後ろ手に縛られていたとは認められない。
(3)そうすると,弁護人提出の上記新証拠は,被害者の死体が後ろ手に縛られていたことをうかがわせるものではなく,旧証拠及びこれに基づく確定判決等の認定した事実の信用性に何ら影響を与えるものではない。弁護人の主張は採用できない。第6

結語

以上,新証拠及び弁護人の主張を検討しても,確定判決等の認定又は判断の正当性を減殺して請求人が被害者を殺害し,その死体を焼損したことに疑いを生じさせるものはなく,請求人に対して無罪を言い渡すべきことが明らかであるとはいえない。したがって,本件再審請求は理由がないから,刑事訴訟法447条1項によりこれを棄却する。
平成26年4月21日
札幌地方裁判所刑事第3部

裁判官

三宅康弘
裁判長裁判官加藤学及び裁判官瀬戸麻未は勤務地が変わったため記名押印できない。

裁判官

三宅康弘
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