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退去強制令書発付処分取消等請求控訴事件
事件番号平成25(行コ)19
事件名退去強制令書発付処分取消等請求控訴事件
裁判年月日平成25年6月27日
裁判所名・部名古屋高等裁判所  民事第1部
原審裁判所名名古屋地方裁判所
原審事件番号平成23(行ウ)89
原審結果棄却
判示事項の要旨韓国国籍を有する外国人女性である控訴人が,在留期限を超えて我が国に残留したことから,入管入国審査官から,入管法所定の退去強制事由に該当する等の認定を受けた後,入管特別審理官から,上記認定に誤りがない旨の判定を受けたため,入管法49条1項に基づき,法務大臣に対して異議の申出をしたところ,法務大臣から権限の委任を受けた裁決行政庁から,異議の申出には理由がない旨の裁決を受け,入管主任審査官から,退去強制令書発付処分を受けたところ,被控訴人は,再発率や死亡率の高い稀な疾患である胸腺がんに罹患し,その治療のため,これまで治療を受けてきた病院で引き続き経過観察や治療を受ける必要があり,在留特別許可が与えられるべきであるなどとして,本件裁決及び本件処分の取消しを求め,それらの取消しが認められた事例
裁判日:西暦2013-06-27
情報公開日2017-10-17 20:21:32
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平成25年6月27日判決

名古屋高等裁判所

平成25年(行コ)第19号

退去強制令書発付処分取消等請求控訴事件(原審・

名古屋地方裁判所平成23年(行ウ)第89号)
主文1
原判決を取り消す。

2
裁決行政庁が平成23年1月4日付けで控訴人に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。

3
処分行政庁が平成23年1月4日付けで控訴人に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

4
訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第1
1実及び理由
当事者の求めた裁判
控訴の趣旨
主文と同旨

2控訴の趣旨に対する答弁
(1)本件控訴を棄却する
(2)控訴費用は控訴人の負担とする。
第2

事案の概要(以下,略称は原判決の表記に従い,適宜,原判決における記載箇所を示す。)

1
本件は,韓国(原判決2頁11行目)国籍を有する外国人女性である控訴人が,在留期限を超えて我が国に残留したことから,名古屋入管(同2頁12行目)入国審査官から,入管法(同2頁13行目)所定の退去強制事由に該当する等の認定を受けた後,名古屋入管特別審理官から,上記認定に誤りがない旨の判定を受けたため,入管法49条1項に基づき,法務大臣に対して異議の申出をしたところ,法務大臣から権限の委任を受けた裁決行政庁(同2頁16行
目の名古屋入管局長)から,平成23年1月4日付けで上記異議の申出には理由がない旨の本件裁決(同2頁18行目)を受け,引き続き,名古屋入管主任審査官から,同日付けで本件処分(同2頁19行目)を受けたため,本件裁決及び本件処分の取消しを求めた事案である。
控訴人は,罹患している胸腺がんの治療のため,これまで治療を受けてきたA病院(以下本件病院という。)で引き続き経過観察や治療を受ける必要があり,在留特別許可が与えられるべきであるなどと主張したが,原審は,在留特別許可を与えなかった本件裁決には裁量権を逸脱,濫用した違法はないと判断し,上記取消請求をいずれも棄却したことから,控訴人(1審原告)が控訴した。
2
前提事実並びに争点及び当事者の主張は,3,4項で当審における当事者の主張(原審における主張を敷衍したものを含む。)を付加するほかは,原判決事実及び理由欄の第2の2,3に記載のとおりであるから,これを引用する。

3
当審における控訴人の主張
(1)

我が国は,平成19年にがん対策基本法を制定し,がん患者は,……身体的苦痛や経済的負担に苦しみながらも,新たな治療方法の開発に期待を寄せつつ,1日1日を大切に生きている(B参議院議員の発言)との認識の下,同基本法2条3項で基本理念を定めており,こうした生の尊厳については,最大限尊重されるべきものである。
しかして,控訴人は,現在,再発した胸腺がんとの戦いを強いられているところ,原判決は,その状況について十分に検討することなく判断したものであり,控訴人から良く生きる機会を奪う冷酷なもので,生を軽視したといわざるを得ない。
(2)胸腺がんは,胸腺の上皮性腫瘍で,非常に稀である。同がんは,一般的に浸潤性であって,再発及び死亡のリスクが高い。胸腺がんの細胞は,急速に
増殖し,がんが発見されたときには,通常,他の部位に転移しており,再発率が高いため,5年生存率はⅣ期では30ないし40パーセントであり,生涯にわたって病気のフォローアップが必要とされている。
控訴人は,平成21年8月7日,本件病院で診察を受け,同月14日,胸腺がん(ステージⅢ)と診断された。そこで,控訴人は,同月14日から同年9月25日まで入院し,2サイクルの化学放射線療法を受けた後,同年10月6日,胸腺がん摘出,右肺上葉切除,中葉部分切除等の大手術を受けた。手術によってリンパ節転移があることが判明し,ステージは正岡Ⅳb期と診断され,再発の可能性が高いことから,術後に放射線治療が行われた。控訴人は,術後も,体調が思わしくなく,本件病院で通院治療を受けてきたが,平成23年4月,CT検査で右前胸部リンパ節腫大が見つかり,平成24年5月末のCT検査でも右胸筋下リンパ節肥大の増大等の異常が認められ,同年7月のPET検査では,がん転移の疑いがあると診断された。控訴人は,同年8月26日,咳とともに喉から大量の出血があり,最終的に,胸腺がんが再発し,リンパ節に転移したことが確認されたため,平成25年1月7日から同月9日まで本件病院に入院し,抗がん剤の化学療法を開始し,
その後約4か月にわたって通院し,
2週間毎に化学療法を受けている。
(3)

原判決は,本件病院で経過観察や治療を受けることが必須であるとの控訴
人の主張に対し,今後診療を受ける病院に必要な情報を引き継ぎ,患者である控訴人自身も情報を提供することによって対応することが十分に可能であると判示する。しかし,言語が異なることからそれほど単純ではないし,がん患者が健常者ほど十分に情報を伝えられるか疑問がある。
しかも,医師との信頼関係の構築,病院の選択や生活基盤の再構築についても,原判決は,病院を替わる場合に医師と患者の信頼関係を構築すべきことは当然であり,それに伴う精神的負担を理由に退去強制を不相当とすることはできないと判示したが,がんという生死に関わる病気にまで妥当すると
は思われず,硬直的,限定的な思考である。原判決は,日本での抗がん治療の打ち切り,退去強制を命ずることを意味している。
(4)

在留期間及び本邦への定着性は,ガイドライン(原判決4頁18行目)で
もその他の積極要素とされているところであり,原判決のように,取り立てて重視することができないというのは誤りである。
4
当審における被控訴人の主張
(1)控訴人の主張は,原審における主張の繰り返しか,又は本件裁決後の事情にすぎず,原判決の結論に誤りがないことは明らかである。
また,控訴人は,がん対策基本法2条3項所定の基本理念を援用するが,この規定があるからといって,直ちに在留特別許可を認めるべき理由にならないことは明らかである。
(2)控訴人は,胸腺がんが再発し,リンパ節に転移したため,平成25年1月7日から同月9日まで本件病院に入院して化学療法を開始し,その後も通院治療を受けていると主張するが,これ自体,本件裁決後の事情である上,本件裁決は,控訴人の症状に配慮して経過観察の推移を見極め,さらには控訴人の出身地である釜山市内にも適切な医療機関が存在することなども勘案した上で行われたものである。
(3)

控訴人の胸腺がんは,韓国国内でも治療が十分に可能である。そもそも,
外国人については,本邦に入国する権利や在留する権利が保障されているものではないから,本邦の社会制度を前提とした医療を受ける地位が保障されているということもできない。
現に,東京地方裁判所平成22年10月19日判決(乙34)や東京高等裁判所平成23年3月16日判決(乙35)では,本国においては本邦と同様の医療を受けられなくなる可能性がある場合ですら,在留特別許可は認められないと判示しているから,控訴人の本邦での診療継続の利益が在留特別許可の許否の判断において特に積極的に考慮される事情でないことは明らか
である。
また,韓国国内の病院に必要な情報を引き継ぐことは,医師同士であれば英語等により情報伝達が可能であると思われる上,韓国語を母国語とする控訴人が,自己の症状について韓国の医師に説明することに困難が伴うとは考えられない。
(4)

控訴人は,本邦で健康保険の保険給付を受け得る立場にない上,本国での
生活基盤の再構築の困難さについては,ひとえに控訴人が不法残留したことに起因するものであり,控訴人自身が甘受すべきものである。
控訴人は,本邦入国までの約40年間にわたり,韓国国内で生活してきたのであるから,医師としての信頼関係構築や病院の選択に特段の困難が生じるとは考え難い。
(5)

控訴人は,本邦での滞在期間や定着性をその他の積極要素としたガイ
ドラインを援用するが,ガイドラインは抽象的な例示にすぎない上,控訴人の滞在期間11年半余りのうち半分以上の6年4か月余りが不法残留によることからすれば,上記主張は失当である。
第3
1
当裁判所の判断
当裁判所は,原審と異なり,控訴人の本訴各請求は理由があり,これらを認容すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

2
在留特別許可に関する法務大臣等(原判決4頁16行目)の裁量について控訴人が在留期間を超過して本邦に残留した者であり,入管法24条4号ロの退去強制事由が存することは当事者間に争いがない。
しかして,標記の裁量権については,以下のとおり補正するほか,原判決6頁17行目から7頁18行目までに判示するとおりであるから,これを引用する。
(1)

原判決7頁1行目の労働市場の安定の後に,,国際情勢,外交関係,国際礼譲を加える。
(2)

同7頁12行目の末尾に,改行して以下のとおり加える。

もっとも,国家が,自らの判断として,あるいは外国や国際機関との交渉の結果,上記国際慣習法に基づく権限を謙抑的に行使することを決意し,外国人にも,その性質に反しない限り,我が国の国民と同等の権利を付与することは,憲法上(前文,98条2項)はもちろん,国家主権の観点からも何らの問題も生じないと解されるところ,我が国が批准した「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和54年条約第6号)12条1項が,

この規約の締結国は,すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める。

と定め,同条2項が,

この規約の締結国が1の権利の完全な実現を達成するためにとる措置には,次のことに必要な措置を含む。

とし,「(d)病気の場合にすべての者に医療及び看護を確保するような条件の創出」を掲げていることなどに照らせば,医療に関する利益が入管法上も尊重されるべきことは当然であり,法務大臣等が上記裁量権を行使するに当たり,重要な考慮要素とされるべきものと考えられる。」
(3)

同7頁18行目の末尾に,改行して以下のとおり加える。

もっとも,ガイドラインが作成された経緯として,かつての在留特別許可の判断が曖昧であり,恣意的な運用がなされているとの批判が強く出されていたこと,ガイドラインは法務省入国管理局内部で慎重に検討され,作成されたものであること,現在の運用は,基本的にガイドラインに拠っていることなどの事情に照らせば,ガイドラインが示した基準から大きく離れた判断は,特段の事情が存しない限り,平等原則ないし比例原則に反するものとして,裁量権の逸脱又は濫用を基礎づけると解するのが相当である。3
控訴人の出生から本件裁決に至る経緯及びその後の状況について
標記についての事実認定は,以下のとおり補正するほか,原判決8頁3行目から14頁3行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)

原判決8頁20行目の平成12年頃からの後に約1年間,アルバイト位はかまわないであろうと軽く考えを加える。(2)同8頁24行目の

長くなっていった。

の後に,その後,控訴人は,就労を止め,長兄夫婦の援助で生活していたが,平成22年3月頃から,再び別の美容院で働くようになったが,後記のとおり,同月16日に名古屋入管の摘発を受けたため,給料の支給を受けることはなかった。を加える。(3)同9頁8行目のったところ,の後に,Cでは,火曜日夕方と土曜日午後の2回の華道コースを受講しており,受講料も納入済みであること,また,Dでも,上記2回の華道コースのほか,月曜日夕方と木曜日夕方(月3回)のコースを受講しており,真面目に通っていることなどの調査結果を得たが,他方で,を加える。(4)同9頁17行目の申請内容の前に,国外への出国を求める名古屋入管係官の指導に従ってを加える。(5)

同9頁25行目から26行目までの兄の援助や美容院で就労するなどして生活していたところ,平成22年3月16日,を長兄夫婦の援助で生活していたが,平成22年3月始め頃から,負担を軽くすべく働き始めた矢先の同月16日,と改める。(6)

同10頁24行目の

診断書を作成する旨を回答した。

診断書を作成する旨回答する一方で,ただし,がんの経過観察だけは当院(本件病院)でお願いしますとの回答も記載された電話記録書を名古屋入管係官は作成している。

と改める。(7)

同13頁14行目から23行目までを,E医師作成の,再発等の異常が疑われた場合に適切な検査を施行することや,実際再発した際に最善の治療を行うためには,当院への通院及び定期検査受診が強く望まれるとの記載のある平成23年10月3日付けの診断書(甲22の1)等が原審で書証として提出されたことから,名古屋入管係官は,同年11月15日,E医師に電話し,『(係官)今後他の病院で経過観察を行うことは可能ですか。』『(医師)必ずしも当病院でしか経過観察を行うことができないわけではありません。……』『(係官)例えば,韓国の病院で経過観察をする場合も同様ですか。』『(医師)そうですね。そうなったら英語で紹介状を記載することになると思います。本人さんにはボランティアの方がついているようなので……日本語で記載した紹介状を韓国語に翻訳していただく等でもかまわないと思います。』などと記載された電話記録書を作成した。さらに,名古屋入管係官は,平成24年9月4日,再びE医師に電話し,『(係官)……仮に再発が確認された場合,これまで手術や経過観察を行ってきた貴院で検査や治療を行って行くことが望ましいとは思いますが,例えば他の病院で検査や治療を行っていくことは可能ですか。』『(医師)可能だと思いますよ。国内外問わずどこでも可能だと思いますし,必ず当院で検査や治療を行っていく必要性はそこまで強くはないと思います。』などと記載された電話記録書を作成した。(乙31,33)と改める。(8)

同14頁1行目の「いる。」の後に

しかし,控訴人の母親は老人ホームに入所中である上,認知症の症状が出ており,他の兄弟も資力に乏しく,援助を期待することは困難である。

を加える。(9)

同14頁3行目の末尾に改行して,ク韓国における健康保険の状況
を加え,さらに改行して,韓国においても,社会保険方式の国民皆健康保険制度が実施されているが,その詳細については,控訴人及び被控訴人の双方とも把握しておらず,その加入資格や保険給付の受給要件などの具体的内容は不明であるところ,控訴人は,11年間にわたって韓国内で就労していないため,保険に入ることができないと述べている。(乙13)を加える。4
本件裁決の適法性について
以上を前提として,
名古屋入管局長が原告に対して在留特別許可を付与しなか
った本件裁決の判断に裁量権の逸脱又は濫用があるかどうかについて検討する。
(1)

控訴人は,文化活動の在留資格で本邦に入国し,4回の更新を経て,
平成16年8月10日,出国準備のための在留資格変更許可を得たにもかかわらず,その在留期限である同月26日以降も本邦から帰国せず,名古屋入管係官による摘発を受けた平成22年3月16日まで,不法に残留を継続したものである。また,この間,平成12年頃から約1年間及び摘発直前の平成22年3月初めころから摘発まで,報酬を伴う不法就労を行っていたもので,在留特別許可の判断に当たり,これらが消極要素となることは否定できない。
もっとも,控訴人は,名古屋入管係官から,従来の文化活動の在留資格による在留更新は与えられないから,出国準備のための上記在留資格変更申請をするようにとの指導を受けた時点においても,全く文化活動を行っていなかったわけではなく,生け花の講座を1週間に4回程度,真面目に受講していたことは前記認定事実(補正後)のとおりであり,名古屋入管係官の上記指導は,この程度の活動では在留の主たる目的が文化活動に当たらないとの判断に基づくものであったこと,
そもそも,
在留特別許可の制度は,
適法な在留資格を有しない外国人を対象とするものであること,不法就労の点についても,証拠上明らかなその期間は,十数年に及ぶ滞在期間と比べれば短期間にすぎないこと,就労の内容・態様も,犯罪的であったり社会通念上不相当なものではなく,対価も多額ではなかったこと,最初の約1年間の就労は,アルバイト程度ならかまわないであろうとの軽い気持から行ったものであり,摘発時の就労も,病気治療等によって負担を掛けている長兄の負担を軽くしようとの意図に出たものであること(しかも,給料の支給は受けていない。),以上の事情を勘案すれば,本件では,上記不法滞在,不法就労が明らかな消極要素であるなどと過大視することは相当でない。(2)

他方,
控訴人は,
再発率や死亡率の高い稀な疾患である胸腺がんに罹患し,

本件病院で大手術を受けた上,本件裁決時には,同病院に通院して経過観察
等を受けていたものであり,
その時点でも,
再発はほぼ避けることができず,
経過観察を継続することが必要不可欠であると診断されていたところ,本件裁決後には,その危惧が現実のものとなっている。
この点につき,被控訴人は,本件病院以外の国内外の病院,具体的には控訴人の出身地である釜山市内の病院でも経過観察や治療行為を行うことができると主張するところ,前記認定事実によれば,釜山市内には,最先端の診療装備を揃え,がんの種別ごとに専門クリニックのある釜山地域がんセンターが併設されている釜山大学病院を始めとして,多数の大病院が存在する上,釜山以外でも医療インフラの整備が進んでおり,ソウルには,縦隔腫瘍を専門診療分野とする医師がいて,韓国における縦隔腫瘍を含む胸部がん疾患等の専門医療機関として先駆的な役割を果たしている延世大学校医療院胸部外科のような医療機関も存在するのであるから,韓国でも控訴人の胸腺がんに対応することは十分可能であるといえる。
しかしながら,
上記の事実は,
専ら医学的水準の観点からのものであって,
実際に控訴人が大きな支障なく診察や治療等を受けられることを保障するものではない。具体的に指摘すれば,控訴人は,平成21年8月から今日に至るまで,継続的に本件病院で診察,検査,手術,経過観察を受けており,この間に集積された症状等に関する情報は相当な量に達していると推察されるところ,名古屋入管係官の作成した電話記録書によれば,本件病院はそのデータを新たな病院に提供することは可能であり,また主治医は英語表記の紹介状を作成,交付する用意があると述べているが,これらの情報を韓国の医師が活用するためには,当然のことながら朝鮮語ないし英語に翻訳する必要が生じるが,これについては控訴人側で負担しなければならず,仮に支援のボランティアが存在しているとしても,医学専門用語を適切に翻訳できるかについては明らかではない。そうすると,仮に控訴人が釜山市内の病院を受診するにしても,再度,各種の検査等を繰り返さざるを得ない状況に追い込
まれ,控訴人にとって無視できない大きな負担を余儀なくされる可能性が高いというべきである。
そして,控訴人は,本来は被保険者資格を欠くとしても,本邦ではこれまで保険給付を利用して治療等を受けることができたところ,韓国内での医療保険上の受給資格があるかについても明らかでなく(控訴人は否定している。),親族からの経済的援助も期待できないことを考慮すると,控訴人が韓国国内で治療等を受けることに現実性があるかについても疑問を抱かざるを得ない。
以上を考慮すると,被控訴人の上記主張は,実態に即して調査,検討された結果に基づくものではなく,机上の理屈にとどまるといわざるを得ない。(3)

なお,被控訴人の主張を支えるものとして提出されている名古屋入管係官
の作成に係る担当医との電話記録書(乙29,31,33)を子細に検討すると,最初の電話記録書(乙29)は,控訴人に対する退去強制手続の過程で作成されたもので,本件裁決の基礎資料とされたものと推認されるが,この中には,前記認定事実(補正後)のとおり,担当医は,日本で継続治療をしなければならないという理由はなく,韓国でも経過観察可能ですと述べる一方,

ただし,がんの経過観察だけは当院(本件病院)でお願いします。

との回答が記載されており,一見すると矛盾した内容になっているが,仮にこのような会話が実際にあったのであれば,その意味は,がんとそれ以外の疾病とを区別して,前者については本件病院で経過観察を行うことが必要であり,後者についてはそれ以外の病院でも対応できると理解するほかない。また,その後の電話記録書(乙31,33)は,原審で,控訴人の主張に沿った担当医の診断書(甲11,22の1)が書証として提出されたことから,反証として作成,提出されたものと推認できるが,上記診断書が(控訴人側からの働き掛けがあったとしても)担当医自身の名前で作成されているのに対し,上記電話記録書は,名古屋入管係官の作成したもので,担当医が
その正確性を確認したものではない(例えば,乙31では,『必ずしも当病院でしか経過観察を行うことができないわけではありません。』との記載があるが,実際の問答では,この前に,当病院で行うことが望ましい旨の発言があったのではと推測される。)ことに加え,記載内容を全体として読み通せば,担当医は,専ら医学的水準の見地から他の病院でも対応可能であると発言していることが明らかである。
したがって,上記電話記録書は,必ずしも被控訴人の主張を支えるものとはいえない。
(4)

先に判示したとおり,我が国の批准した前記国際規約において,すべての
者の健康を享受する権利がうたわれ,締結国はすべての者に対する医療等を確保する条件の創出に向けて努力すべきことが定められていることを指摘するまでもなく,健康,特に生命に関わる病気を抱える者に対する配慮は,文明国家である以上,当然に尽くすべきものと考える。
本件において,控訴人は,今後,生命に関わる胸腺がんの再発(本件裁決時においても再発は避けられないと予測されていた。と闘病せざるを得ず,)
その過程には,通常人でも耐え難い苦痛と負担が待ち受けていることは容易に想像できるところであって,これらを少しでも軽減するためには,症状等の情報が集積され,担当医らとの信頼関係を再度構築する必要のない本件病院にて継続的に治療等を行うことを認めるのが最も適切であり,その程度は,単に望ましいというレベルを超えていると判断される。したがって,病院を替わることに伴う重い負担は,不法残留という途を選択した控訴人の自己責任で対応すべきであるなどと判断するのは,到底相当とは考えられない。(5)

以上のとおり,本件裁決は,判断の基礎とされた重要な事実に誤認がある
上,過大に評価すべきでない消極的要素を過大視し,適正に評価すべき積極的要素を斟酌しなかったというほかなく,その裁量権行使に当たり,逸脱ないし濫用があると認めざるを得ないので,違法なものとして取消しを免れな
い。
5
本件処分の適法性について
本件処分は,名古屋入管局長から本件裁決をした旨の通知を受けた名古屋入管主任審査官が,入管法49条6項に基づいてしたものであるところ,前記のとおり,本件裁決は違法であるから,これを前提としてされた本件処分も違法であって取消しを免れない。

第4

結論
以上の次第で,控訴人の本訴各請求はいずれも理由があるから,これらを棄却
した原判決は相当でないから取り消した上,本件裁決及び本件処分を取り消すこととし,主文のとおり判決する。

名古屋高等裁判所民事第1部

裁判長裁判官

加藤幸雄
裁判官

加島滋人
裁判官

舟橋伸行
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