判例検索β > 平成22年(行ウ)第286号
免許取消処分取消請求事件
事件番号平成22(行ウ)286
事件名免許取消処分取消請求事件
裁判年月日平成23年7月12日
法廷名東京地方裁判所
判示事項1 柔道整復師法4条3号所定の「罰金以上の刑に処せられた者」に該当するに至ったことを理由として同法8条1項に基づいてされた柔道整復師免許取消処分に,処分基準が作成されていないという手続上の瑕疵があるとしてした前記取消処分の取消請求が,棄却された事例
2 柔道整復師法4条3号所定の「罰金以上の刑に処せられた者」に該当するに至ったことを理由として同法8条1項に基づいてされた柔道整復師免許取消処分に,同処分通知書の理由付記が不十分であるという手続上の瑕疵があるとしてした前記処分の取消請求が,棄却された事例
3 柔道整復師法4条3号所定の「罰金以上の刑に処せられた者」に該当するに至ったことを理由として同法8条1項に基づいてされた柔道整復師免許取消処分に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるとしてした同処分の取消請求が,棄却された事例
裁判要旨1 柔道整復師法4条3号所定の「罰金以上の刑に処せられた者」に該当するに至ったことを理由として同法8条1項に基づいてされた柔道整復師免許取消処分に,処分基準が作成されていないという手続上の瑕疵があるとしてした前記取消処分の取消請求につき,行政手続法12条1項が,不利益処分における処分基準の策定を努力義務とした趣旨からすれば,不利益処分について処分基準が定められていないとしても,特段の事情がない限り,処分の瑕疵をもたらすものではないとした上で,柔道整復師法4条3号の定める要件自体は一義的に明確であり,その適用基準を設ける要はなく,他方,同法8条1項に基づく処分は,柔道整復師が同法4条各号のいずれかの事由に該当するときにされるものであり,処分が行われる事由は広範にわたっていることからすれば,あらかじめ処分基準を策定しておくことが必ずしも適切ではないと考えられ,また,同種の職業である医師等についても処分基準は策定されておらず,行政処分に際して意見聴取を受ける医道審議会において,その意見を述べるに当たっての考え方を取りまとめたものが存在するにとどまり,しかも,その内容は考え方に幅を持たせた抽象的なものであることにも照らせば,同法8条1項に基づく行政処分について処分基準が作成されていないことにつき,前記特段の事情があるとはいい難いことから,同処分に手続上の瑕疵はないとして,前記請求を棄却した事例
2 柔道整復師法4条3号所定の「罰金以上の刑に処せられた者」に該当するに至ったことを理由として同法8条1項に基づいてされた柔道整復師免許取消処分に,同処分通知書の理由付記が不十分であるという手続上の瑕疵があるとしてした前記処分の取消請求につき,同法4条3号の定める要件は明確であるし,この要件に該当したときに免許の取消し又は期間を定めた業務の停止のどの処分を行うかについては,処分行政庁の裁量に委ねられているところ,前記処分には,処分の原因となった事実及びそれに適用されるべき法令の条項を明確に特定できる理由が付されているのであり,免許の取消しから一定期間の業務停止までの比較的広い範囲を有する予定される処分から免許の取消しの処分が選択された理由についての記載はないものの,柔道整復師法8条1項に基づく行政処分については処分基準は定められておらず,医師等に関する処分について医道審議会が取りまとめている考え方も抽象的なものにとどまることを考慮すれば,前記処分に付された理由が,行政手続法14条1項本文の趣旨に照らし,同項本文の要求する理由付記として十分でないとまではいえず,同処分に瑕疵があるとまでいえるものではないとして,前記請求を棄却した事例
3 柔道整復師法4条3号所定の「罰金以上の刑に処せられた者」に該当するに至ったことを理由として同法8条1項に基づいてされた柔道整復師免許取消処分に裁量権の範囲の逸脱又は濫用があるとしてした同処分の取消請求につき,柔道整復師が柔道整復師法4条3号の規定に該当する場合に,免許を取り消し,又は柔道整復師としての業務の停止を命ずるかどうか,柔道整復師としての業務の停止を命ずるとしてその期間をどの程度にするかということは,当該刑事罰の対象となった行為の種類,性質,違法性の程度,動機,目的,影響のほか,当該柔道整復師の性格,処分歴,反省の程度等,諸般の事情を考慮し,同法8条1項の趣旨に照らして判断すべきものであるところ,その判断は柔道整復師免許の免許権者である処分行政庁の合理的な裁量に委ねており,免許を取り消す処分は,それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とならないものというべきであるところ,刑事罰の対象となった事件は実際には行っていない柔道整復施術を行ったものと装い,自動車保険会社から柔道整復施術療養費を詐取した事案であり,柔道整復師という立場を利用して行ったものである上,懲役1年8月の実刑に処せられていることからすると,刑事処分の軽重の観点からしても,免許取消しの処分がされたことは,他の処分と比較して不当に重いとはいえず,前記処分が裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用してされたものとはいえないとして,前記請求を棄却した事例
裁判日:西暦2011-07-12
情報公開日2017-10-19 13:36:46
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主文1
原告の請求を棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。
事実

第1

及び

理由
請求
厚生労働大臣が原告に対し平成22年5月20日付けでした柔道整復師免許取消処分を取り消す。

第2
1
事案の概要
事案の要旨等
本件は,柔道整復師の免許を有し,その業務を行ってきた原告が,懲役刑に処せられたことを理由として,処分行政庁から柔道整復師の免許を取り消す旨の処分(以下本件処分という。)を受けたことに対し,本件処分には重大な手続的瑕疵が存在するとともに,考慮すべき事項を考慮せず比例原則違反の判断をするなどしたもので裁量権の範囲の逸脱があると主張して,本件処分の取消しを求める事案である。

2
柔道整復師法の定め
(1)

次の各号のいずれかに該当する者には,免許を与えないことがある。
(4条)

(略)(1号,2号)


罰金以上の刑に処せられた者(3号)


上記イに該当する者を除くほか,柔道整復の業務に関し犯罪又は不正の行為があった者(4号)

(2)

柔道整復師が,上記(1)アないしウのいずれかに該当するに至ったときは,
厚生労働大臣は,その免許を取り消し,又は期間を定めてその業務の停止を命ずることができる。(8条1項)
(3)

上記(2)の規定により免許を取り消された者であっても,その者がその取
消しの理由となった事項に該当しなくなったとき,その他その後の事情により再び免許を与えることが適当であると認められるに至ったときは,再免許を与えることができる。(同条2項)
3
前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)

原告
原告は,昭和▲年▲月▲日生まれであり,昭和59年▲月▲日に柔道整復
師免許を受けた。
(2)

原告に係る詐欺被告事件(以下本件詐欺事件という。)の経過及び
仮釈放後の経過等

原告は,平成▲年▲月▲日,さいたま地方裁判所で,大要,①
暴力団

員が交通事故の被害車両に乗車していたことを利用する詐欺を企て,平成16年6月から同年10月にかけて,5回にわたり架空請求をして,損害保険会社から,交通事故による柔道整復施術療養費名下に合計47万2650円を詐取し,②

暴力団員と共謀して,平成16年11月から平成1

7年3月にかけて,10回にわたり架空請求をして,損害保険会社から,交通事故による柔道整復施術療養費名下に合計147万3800円を詐取したとの本件詐欺事件により○の判決を受け,控訴したが,同年▲月▲日,東京高等裁判所で控訴を棄却する旨の判決を受け,その後,○の刑が確定した。(乙3,4)

原告は,上記アの刑によりA刑務所に服役していたが,平成20年11月12日,仮釈放された。原告の上記アの刑の執行は,平成21年1月20日に終了した。(甲1,乙18)


原告は,平成21年5月16日,株式会社Bに雇用され,現在,介護施設である有料老人ホームの機能訓練指導員として稼働している。(甲7,9)

(3)

本件処分に至る経緯
厚生労働省医政局医事課長(以下医事課長という。)は,平成19年12月27日付けで,各都道府県衛生主管部(局)長に対し,医療関係資格の行政処分に係る事案の情報提供について依頼した。


埼玉県保健医療部医療整備課長(以下医療整備課長という。)は,上記アの依頼を受けて,平成20年1月25日付けで,医事課長に対し,本件詐欺事件については原告本人に照会中である旨の情報提供をした。

医事課長は,平成20年9月16日付けで,各都道府県衛生主管部(局)長に対し,医療関係資格の行政処分に係る事案の情報提供について依頼した。


医療整備課長は,上記ウの依頼を受けて,平成20年11月17日付けで,医事課長に対し,原告が仮出所予定である旨及び出所後の住所については原告の実兄に照会中である旨の情報提供をした。


医療整備課長は,上記ウの依頼を受けて,平成20年12月1日付けで,再度,医事課長に対し,原告に係る行政処分対象事案の情報提供をした。

厚生労働省医政局医事課試験免許室免許登録係(以下免許登録係という。)は,平成21年11月13日付けで,柔道整復師名簿の管理を行う財団法人C(以下Cという。)に,原告の免許についての資格確認を依頼した。


Cは,上記カの依頼を受けて,平成21年11月16日付けで,免許登録係に対し,原告の資格照会に係る回答をした。


厚生労働大臣は,平成22年2月4日付けで,原告に対し,予定される不利益処分の内容を柔道整復師業務停止又は免許取消しとして,同年3月5日に聴聞を行う旨を通知した。厚生労働大臣から聴聞主宰者に指名された厚生労働省職員は,同日,原告に対する聴聞を実施し,同月9日,厚生労働大臣に対し,聴聞の結果を報告した。聴聞報告書には,処分に当たっ
ては,反省している点についても参酌願いたいとの意見が記載されていた。(乙15)

厚生労働大臣は,平成22年5月20日,同年6月3日をもって原告の柔道整復師免許を取り消す旨の本件処分を決定するとともに,同年5月20日付けの本件処分の命令書を発付し,原告は,同月24日,同命令書の送達を受けた。同命令書には,処分の理由として,

平成▲年▲月▲日,東京高等裁判所において詐欺により○の刑に処せられ,柔道整復師法(昭和45年法律第19号)第4条第3号に該当することとなったため。

と記載されている。

(4)
4
原告は,平成22年5月27日,本件訴訟を提起した。(顕著な事実)
争点
(1)

本件処分に手続上の瑕疵があるかどうか。

(2)

本件処分が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に基づく違法なものであるかど
うか。
5
争点に関する当事者の主張の要旨
(1)

争点(1)(本件処分に手続上の瑕疵があるかどうか。)について被告
(ア)

本件処分は,柔道整復師法及び行政手続法が要求する手続を経てさ
れており,その手続要件に欠けるところはない。
(イ)

原告は,①

本件処分に際しては,処分基準が定められておらず行

政手続法12条の要請等に違反すること,②

処分理由が明示されてい

ないことから行政手続法14条1項及び憲法31条に違反することを理由に本件処分の手続には取り消し得べき瑕疵がある旨主張する。
しかし,上記①について,本件処分は,申請に対する処分ではなく不利益処分であるから,行政手続法5条1項は適用されず,同法12条1項が適用されるところ,同項は努力義務を定めたものであり,この点に
関する義務違反は,本件処分を違法とする瑕疵をもたらすものではない。また,上記②について,行政手続法14条1項の趣旨に鑑みれば,不利益処分をすると同時に示さなければならない理由については,いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して不利益処分がされたかを名宛人においてその記載から了知し得るものであれば,十分であるというべきであり,聴聞における当事者の主張及び主宰者の意見につき,行政庁としてどのようにしんしゃくしたのかを示さなかったからといって,直ちに同項に違反すると解することはできない。これを本件についてみると,柔道整復師法8条1項が引用する同法4条3号の構成要件は,罰金以上の刑に処せられた者と極めて明確であり,命令書にも,明瞭に事実関係と適用法規が記載されている。さらに,本件処分は,聴聞手続の実施を要する不利益処分であるから,行政庁の恣意抑制機能及び相手方の不服申立便宜機能は,聴聞手続によっても,果たされることが予定されているところ,本件においても,法令の規定に従った聴聞手続が実施され,処分行政庁は,本件処分の決定に当たり,聴聞手続において作成された調書の内容及び聴聞報告書に記載された主宰者の意見を十分に参酌してこれを行ったものである。そうすると,本件処分について,行政庁の恣意抑制機能及び相手方の不服申立便宜機能は,聴聞手続によって十分に果たされているといえるから,この点からも,本件処分をする際の理由付記は適法なものであったということができる。
(ウ)

なお,行政手続法の背後にある趣旨を具体化したものが行政手続法
の個々の規定であり,個々の規定の解釈上違法とは評価し得ないものについて,違法とされる理由はない。加えて,本件処分に当たっては,医道審議会医道分科会が公表している医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について及び医道審議会保健師助産師看護師分科会看護倫理部会が公表している保健師助産師看護師の行政処分の考え方についてを参考にして処分をしているのであり,恣意的な処分をしているものではない。

原告
(ア)

柔道整復師の免許取消処分・業務停止処分についての処分基準は何
ら設けられておらず,当然,原告に示されてもいない。
同法12条1項は,不利益処分の処分基準の策定・公表について,その規定上努力義務としているが,同条が処分基準を求める理由は同法5条と同様であり,可能な限り,行政庁の恣意を防ぐ程度には処分基準を設けることが求められているというべきである。現に,被告は,類似の処分である医師及び歯科医師に対する行政処分や保健師助産師看護師に対する行政処分については基準を策定しており,このことと比較しても,柔道整復師についてのみ処分基準が未策定,非公開であることに合理性はない。
柔道整復師法8条は,所定の要件に該当した場合には免許取消処分又は業務停止処分をすることができるとしており,処分をするか否かや処分の内容については裁量判断が働くことになる。このような柔道整復師法の規定上,厚生労働大臣の裁量権の行使の有無及びその内容によって被処分者である原告に及ぼす影響は極めて大きい。したがって,その裁量権がどのように行使されるかについては,行政の恣意を防ぎ,平等原則を実現するためにも合理的な処分基準が設けられ,これを公正かつ合理的に適用することが必要である。これを設けず,示さず,したがって,当然に具体的な処分基準に基づかずされている本件不利益処分は,憲法31条,14条,行政手続法12条1項の要請に反する違法なものである。
(イ)

本件処分に係る命令書においては,柔道整復師法第4条3号違反に該当する旨の記載があるが,上記のとおり,同法8条1項は当該要
件に該当した場合には免許取消処分もしくは業務停止処分をすることができるとしており,その趣旨は,処分をするか否か及び処分の内容については,当該要件に該当するとされた上で,新たな判断によって決定されるというものと解され,当該要件に該当した場合に直ちに一定の処分が一義的に導かれるわけではない。
本件のような形式的な理由のみが示されその裁量権行使の実質の判断過程の理由をうかがわせる理由が何ら示されていない場合には,その判断の慎重・合理性を担保して恣意を防ぐことは到底可能ではないし,裁量権行使の理由が明らかでない以上不服申立ての判断も不可能である。法文上は,免許取消しを行う場合と業務停止を命ずる場合には何らの要件上の区別はなされておらず,それにもかかわらずその効果には大きな違いがあるのであるから,少なくともいかなる理由によって免許取消しの処分が選択されたのかという理由の付記は行政手続法の趣旨からしても不可欠であった。このような理由が示されないにもかかわらず行われた不利益処分には,手続的違法がある。
(ウ)

本件においては,理由付記についても処分基準についても不十分な
ものとなっており,一連の手続において行政の恣意を抑制しようとした行政手続法の趣旨,目的は没却され,手続の適正が確保されていたとはいえない。なお,本件の告知聴聞手続によっても,理由付記や処分基準の不明性が補完されたとはいえない。
(2)

争点(2)(本件処分が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に基づく違法なもので
あるかどうか。)について

被告
(ア)

柔道整復師法の規定の趣旨からすれば,同法4条3号に規定する

罰金以上の刑に処せられた者に該当する場合に,免許を取り消し,又は,期間を定めて一定期間柔道整復師の業務の停止を命じるかどうか,
そして,一定期間柔道整復師の業務の停止を命じるとしてその期間をどの程度にするかという判断は,柔道整復師の免許の免許権者である厚生労働大臣の合理的な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。そうすると,厚生労働大臣が,その裁量権の行使として行った柔道整復師の免許を取り消す処分は,それが社会通念上著しく妥当性を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とはならないものと解される。
(イ)a

柔道整復師法は,柔道整復師の資格を定めるとともに,その業務

が適正に運用されるように規律することを目的としている(同法1条)。
これは,柔道整復師の施術の業務は医業と密接な関連があり,身体に及ぼす影響も大きいので,十分な専門的知識及び技能が求められるとともに,国民の信頼に足る職業倫理性が求められることから,この業務を行うことを一般に禁止し,柔道整復師としての業務を支障なく行うことができるための十分な知識技能を修得している者についてのみ免許を与えるなどして,その業務が適正に運用されるように規律することとしたものである。
本件詐欺事件の犯行は,柔道整復師法の上記趣旨目的を損なう悪質な犯行であり,柔道整復師法の上記趣旨に鑑みれば,厚生労働大臣が,上記のように柔道整復師法の趣旨を没却する悪質な犯行に及んだ原告に対し,犯罪の悪質性その他諸般の事情を考慮した上で,柔道整復師としての品位を損ない,あるいは柔道整復師の職業倫理に違背したものと認めて本件処分をしたことが,社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合に当たらないことは明らかであるから,本件処分は適法である。


原告は,①

原告が本件詐欺事件を起こすに至った経緯にしんしゃ

くすべき事情があること,②

本件詐欺事件については,実刑判決に

服することで刑事的責任を既に取っていること,③
処分時において

考慮されるべき事情が考慮されず,結果として比例原則違反の判断がされていることを理由に,本件処分は裁量権の逸脱があるから違法であるなどと主張する。
しかし,上記①については,本件詐欺事件の第1審判決が,

関係者から本件犯行を持ちかけられ,自分の利益にもなることから安易に承諾したものであるが,いうまでもなく,犯行の動機ないし経緯等において酌むべき事情は全くない。

と判示するとおり,その犯行に至る経緯及び動機に酌量すべき点はなかったというべきである。また,上記②については,犯罪を敢行した以上,受刑によりその責任を取ることは当然の話であり,殊に,原告の敢行した犯行が,柔道整復師の資格に対する信頼を悪用した事案であることからすれば,それ自体,柔道整復師としての適格性を否定する徴表であることは明らかであり,上記刑事罰を受けたということだけでは,裁量権の行使としての合理性が否定されるものではない。さらに,上記③については,本件犯行により柔道整復師に対する社会的信用を失墜させた原告が,少しでもその回復に努めるのは当然であるし,ましてや,不正行為を行わないことは当然のことであって,特段有利にしんしゃくすべき事情とはいえない。また,上記のような理由で処分の軽重に差が出ることとなるとすると,早期に処分を受けた後,柔道整復師として社会的信用を回復すべく努力をし,かつ,不正行為を行わず過ごした者との間に不均衡が生ずることとなる。
なお,柔道整復師法8条2項は,法文上明らかなとおり,同条1項の規定による免許の取消しの処分を受けた者について,再免許を与え
る余地を認めたものであり,同条1項による免許の取消しの制裁を受け,反省を余儀なくされた者を対象とすることを前提とするものであるから,その趣旨が免許の取消しの処分を受けていない者に及ばないことは明らかである。
また,原告は,要件該当事由が生じてから合理的期間を経過しても裁量権の行使がされない場合には,当該処分がされないことに対する対象者の期待権を保護すべきである旨主張するが,処分行政庁が本件詐欺事件の判決の詳細を把握し本件処分に向けた具体的な準備に着手したのは,医療整備課長から行政処分対象事案として情報提供のあった平成20年12月であるところ,従前より,柔道整復師を対象とする行政処分は,医師・歯科医師,看護師等を除くその他の医療職種の事案と共に1年1回の割合で行っており,平成20年度については平成21年3月を予定していたが,本件事案を把握した平成20年12月時点において,その後資料を収集し,これに基づいて事実関係を把握した上,聴聞の手続を実施しなければならず,そのスケジュールを考慮すると,平成21年3月までに処分をすることは,時間的に困難であると判断されたために,やむを得ず翌年度に持ち越しとなったものである。したがって,本件処分は,合理的期間内にされたものである。また,そもそも行政手続法は,不利益処分については,受益処分と異なり,標準処理期間(同法6条)に類する規定を一切設けていないこと及び不利益処分については,受益処分よりも慎重な判断が必要であることに照らすと,本件処分について,裁量権の行使の瑕疵をもたらすような遅滞があるということはできないというべきである。なお,原告が勤務先において柔道整復師として活動できなくなるといった事情は,免許取消しの制度に当然織り込まれているはずの経済的不利益を受けることを主張するものにすぎず,処分の適否を検討す
るに当たり重視すべき事情とはいえない。

柔道整復師が罰金以上の刑に処せられた者に該当する場合に,厚生労働大臣がどのような処分を命ずるかについては,被害金額のみに着目して決すべきものではない。そして,柔道整復師法4条が,3号と4号とを別の類型として定めていることからすれば,3号は,刑事裁判における量刑という点に着目して欠格事由を定めたということができ,量刑という観点からみれば,本件処分は合理的である。なお,被害金額を重視すべきといいながら,被害財産の回復が十分されなかったことを考慮すべきでないという原告の主張は整合的ではない。
そして,違法行為の期間,回数,被害金額,動機及び経緯を考慮しても,違法行為の期間は起訴されているだけでも約9か月間と長く,その回数は合計15回に上り,被害金額も合計194万円余と多額であり,動機及び経緯に酌量すべき点がないことからすれば,量刑という観点から基本的に免許取消しとすべき本件事案において,これを酌量すべき特別な事情があるとはいえない。


以上により,本件処分には,社会通念上著しく妥当を欠くような点は何ら認められず,裁量権の逸脱があったこと理由として本件処分が違法であるとする原告の主張は前提を欠いたものであり,失当である。

原告
(ア)

柔道整復師法8条1項に基づく処分については,厚生労働大臣の裁
量権が認められるが,その裁量権は憲法や柔道整復師法の趣旨,目的に拘束されるところ,以下の事情によれば,本件処分は厚生労働大臣に与えられた裁量権の範囲を逸脱してされた違法なものである。
(イ)

原告が本件詐欺事件を起こすに至った経緯として,暴力団関係者の
巧みともいい得るような巻き込み行為があり,一旦関わった後には恐喝・脅迫行為等が繰り返されて逃れられない状態になってしまったという
しんしゃくすべき事情がある。
また,本件詐欺事件についての刑事的責任は,原告が実刑判決に服し,つらい懲役生活を送るという形で果たしている。
(ウ)a

処分について裁量的規定となっている柔道整復師法8条1項から

すれば,単に刑事処分として懲役刑を受けたということだけで処分を行うのではなく,本件処分に際しては柔道整復師法の趣旨・目的に照らして,処分時において免許取消しという最も重い処分を課すべき事情があるかどうかについて慎重に検討されるべきである。また,柔道整復師法の目的に照らせば,同項が引用する4条3号が罰金刑以上の判決を受けたことを要件としているのは,判決を受けたこと自体に実質的な処分理由があるのではなく,判決を受ける基礎となった事件を起こしたことが柔道整復師としての品位やその信頼を傷付けることになるからである。そうすると,処分についての裁量権行使の適否を考えるに当たっても,その判決の基礎となった事件の事実について検討をする必要がある。そして,同法8条2項によれば,柔道整復師の免許の保持に関しては,単に過去の一時点での事実(本件では罰金刑以上の判決を受けたこと)だけでなく,被処分者のその後の生活状況その他の事情を考慮して判断を行うべきとの立法者の意思が示されている。これは免許取消処分等の持つ効果が極めて重いことに鑑み,時間的経過による変化等も含めた考慮要素を検討した上でその免許の保持の有無について判断すべきという比例原則の現れでもある。

これを本件について検討すると,本件では対象となった保険料の不正請求が行われてから5年以上が経過しており,それ以降原告は不正行為には一切携わっていないし,本件詐欺事件の捜査機関等への発覚前に,原告は接骨院を廃業し,不正行為への関与はできない状態となっていた。さらに,刑事判決を受けて仮釈放された後も,原告は,柔
道整復師として真面目に勤務し,また,事件の原因となった債務の整理のため破産手続を執る等,5年前の過ちを二度と起こさず,再び自らの柔道整復師としての品位と信頼を築くための努力を重ねてきていると認められる。本件処分は,処分事由が発生してから3年が経過した後に,上記のような3年間の変化(ひいては事件から5年間の変化)については一切触れず,3年前に要件該当事由があった一事をもって最も重い処分を課すことを決めたものである。これは上記のとおり免許の保持に関して時間の経過による事情変化も含めた要素を考慮して裁量権を行使すべきとした法の趣旨に反する判断である。
また,不利益処分について裁量的な規定となっている場合においては,要件該当事由が生じてから合理的期間を経過しても裁量権が行使されないとき,対象者は当該処分がされないことについての一定の期待を抱くことになる。処分がされた場合に対象者の生活に対する影響が大きい場合,行政庁が時期的な制約なしに処分をすることができるとすると,処分対象者は余りに不安定な地位に置かれることになることからすれば,この期待権は一定の保護を受けるべきである。したがって,行政庁は,処分事由が生じており,かつ,それに基づく処分手続の実施が困難ではない場合には,迅速に当該処分を行う義務を負っている。本件について,処分行政庁は,刑事手続の確定後,速やかに処分手続を行うべきであった。告知聴聞手続との関係で,原告が刑務所を出所した後でないと処分が困難であったとしても,原告が出所してから1年以上経過してから告知聴聞手続の告知がされたというのは余りに遅いといわざるを得ない。本件処分手続の前提となる事実関係が複雑であるとか,考慮する要素についての調査に時間を要するとかいった事情も認められないし,遅延の理由に関する被告の主張や早期に処分を受けた者との間で不均衡が生ずるから出所後の事情を考慮す
べきでないとの被告の主張は不合理である。
仮に,長期間処分をされなかったことによる期待権がそれ自体は法的保護に値しないものであるとしても,少なくとも,処分行政庁には,刑事判決後処分時までの事情をより十分かつ慎重にしんしゃくすべき義務が生じるというべきである。
(エ)

柔道整復師による保険金請求詐欺を理由とする処分の事例によれば,
同種事案において業務停止を命ずるにとどまる事例が多数存在している。その中には,被害金額が本件よりもはるかに多額である事例もある。原告と同一日に処分を受けた者との比較でも原告の処分は重すぎるし,柔道整復師について免許取消しになった事例との比較でも原告の処分は重すぎるのであり,平等原則に違反する。なお,刑事処分と行政処分によって守られる法益は異なるのであり,原告が実刑判決となったのは被害弁償金を十分準備できなかったことによると考えられるから,実刑判決を受けたことを行政処分を重くする理由とするのは相当ではない。(オ)

また,本件の聴聞手続において,聴聞主宰者は,原告が反省してい
ることを踏まえ,被処分者である原告に有利な方向での参酌をし,それを処分に反映させるべきである旨の意見を有していたものと解される。しかし,本件処分は最も重い処分であり,当該主宰者の意見を十分に考慮したかどうかについて強い疑問がある。
(カ)

以上のとおり,本件では,処分時において考慮されるべきであった,
刑事事件の判決以後の事情が考慮されておらず,また処分手続を行うのにいたずらに時間を費やした結果,当該処分によって生じる不利益を増大させることになり,比例原則に反する不利益を原告にもたらすことになった。このような処分は,厚生労働大臣に与えられた裁量権の範囲を逸脱するものであり,違法である。
第3

当裁判所の判断

1
前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)

本件詐欺事件に至る経緯及び本件詐欺事件の状況等
昭和59年▲月▲日に柔道整復師免許を受けた原告は,接骨院や病院等で
の勤務を経て,平成2年10月頃からは接骨院を経営して柔道整復師の業務を行ってきたが,平成13年頃から,経営する接骨院の患者数が減少したこと等を理由として,事業資金や生活費のための債務が増加していった。(乙2,9,18,原告本人)
原告は,平成15年頃,暴力団関係者から保険会社に対する柔道整復施術療養費の架空請求を持ち掛けられ,当該暴力団関係者について,実際には行っていない柔道整復施術を行ったものとして保険会社から柔道整復施術療養費を詐取した(本件詐欺事件以外の事実)。その後,上記暴力団関係者から上記詐取の事実をばらすと言われるなどして更なる犯行に加わることを要求され,同人から紹介された他の暴力団員等と共謀の上,実際には行っていない柔道整復施術を行ったものと装い,自動車保険会社から柔道整復施術療養費を詐取する本件詐欺事件の犯行をした。その後,暴力団関係者から金銭を要求されるようになったことなどから,原告は,平成17年8月頃,接骨院の経営をやめ,派遣社員として稼働していたが,平成19年1月頃,本件詐欺事件により逮捕された。(乙3,4,18,原告本人)
(2)

本件詐欺事件に係る原告の情状等
本件詐欺事件の第1審判決までに,原告の兄が本件詐欺事件の被害弁償に充てるための資金として20万円を用意したことから,原告の弁護人は,本件詐欺事件の被害者である保険会社のうちの1社に同額を支払った。(甲14,乙3,4,20,原告本人)

イ(ア)

本件詐欺事件の第1審判決においては,原告が,本件詐欺事件の被
害額の約半分を分け前として受領した旨の事実が認定されている。(乙
3)
(イ)

本件詐欺事件の控訴審判決においては,当初架空請求を持ち掛けら
れた際に,保険会社から振り込まれた施術療養費を原告が6割,架空請求を持ち掛けた暴力団関係者が4割の割合で分けたとの供述がある旨,本件詐欺事件の被害金については,上記暴力団関係者と原告とで折半したほか,原告が約20万円を他の暴力団員に渡した旨の事実が認定されている。(乙4)
(3)

刑執行終了後の原告の状況等
原告は,肩書住所地で,身体の不自由な76歳の母親と共に生活している。原告の母は,生活保護を受給している。(甲15,乙18)


原告は,現在,特定施設入居者生活介護を行う老人ホームの機能訓練指導員として稼働し,手取り20万円強の月給を得ている。(甲9,10,乙18,原告本人)


機能訓練指導員となるには,柔道整復師その他の資格を有する者であることが必要である。(乙21)
なお,指定特定施設入居者生活介護事業者は,指定特定施設ごとに機能訓練指導員を1名以上置くべきものとされている(平成11年厚生労働省令第37号指定居宅サービス等の事業の人員,設備及び運営に関する基準175条)。

原告は,弁護士に債務整理の依頼をしていたところ,平成▲年▲月▲日,さいたま地方裁判所から破産手続開始決定を受け,平成▲年▲月▲日に免責許可決定を受けた。(甲2,6,乙18)

(4)

柔道整復師法8条1項に基づく行政処分等について
柔道整復師法8条1項に基づく行政処分に関し,処分基準は作成されていない。

イ(ア)

医師,歯科医師,保健師,助産師及び看護師に対する行政処分に関
しても,処分基準は作成されていないが,これらの行政処分に際して意見の聴取を受けることとされている医道審議会においては,医道分科会が医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方についてを,保健師助産師看護師分科会看護倫理部会が保健師助産師看護師行政処分の考え方をそれぞれ取りまとめている。(イ)

医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方についてには,詐

欺及び窃盗の行為について次のとおり定められている。
詐欺,窃盗は,医師,歯科医師としての業務に直接関わる事犯ではないが,医師,歯科医師としての品位を損ない,信頼感を喪失せしめることから,行政処分に付することとし,行政処分の程度は,基本的には,司法処分の量刑などを参考に決定する。なお,特に,虚偽の診断書を作成,交付した場合など,医師,歯科医師としての立場を利用した事犯等悪質と認められる事案は,重い処分とする。
(ウ)

また,保健師助産師看護師行政処分の考え方には,詐欺及び窃

盗の行為について次のとおり定められている。
信頼関係を基にその業務を行う看護師等が詐欺,窃盗を行うことは,専門職としての品位をおとしめ,看護師等に対する社会的信用を失墜させるものである。特に,患者の信頼を裏切り,患者の金員を盗むなど看護師等の立場を利用して行った事犯(業務関連の事犯)については,看護師等としての倫理性が欠落していると判断され,重くみるべきである。(以上,甲11,12)

柔道整復師法8条1項に基づく行政処分について,同種事案(虚偽の施術証明書等を作成し,保険会社等から保険金等を詐取した既遂の事案)によるものは,平成7年以降,原告の例を除いて40件あり,そのうち6件が免許取消しとなっている。免許取消しとなったもののうち5件は,実刑の刑事処分を受けたものであり,残りの1件(番号(甲第13号証の番号
をいう。以下同じ。)3)は執行猶予の刑を2回受けたもの(詐取額合計約962万円)である。免許取消しとなった上記6件の詐取額は,実刑の刑事処分を受けたもののうち3件(番号5,番号8,番号11)については1000万円を超え,2件(番号6,番号7)については1000万円未満であるが,これら2件は,詐欺以外にも処分の事由があり,番号7は業務停止期間中に業務を行った事案でもある。また,実刑の刑事処分を受けているものは全部で6件あるが,このうち,免許取消しとなっていない1件(番号16,詐取額約2500万円。)は,平成14年11月に業務停止5年の処分を受けている。
平成22年5月20日に行政処分を受けたもの4件をみると,免許取消しとなったものが1件(上記番号3),業務停止5年となったものが1件(番号12,詐取額約418万円。),業務停止3年となったものが2件(番号18,詐取額約430万円。番号19,詐取額約161万円)である。
さらに,詐取額が本件詐欺事件の額を超えるものでも,実刑の刑事処分を受けていないものでは,業務停止5年となった事例(上記番号12,番号13(詐取額約1989万円),番号15(詐取額約2669万円)),業務停止3年となった事例(上記番号18,番号26(詐取額約422万円),番号32(詐取額約748万円。ただし,平成14年の処分である。)),業務停止8月となった例(番号46(詐取額約413万円。ただし,平成11年の処分である。),番号47(詐取額約1923万円。ただし,平成11年の処分である。),業務停止6月となった例(番号50(詐取額約652万円。ただし,平成11年の処分である。))がある。(以上,甲13)
2
争点(1)(本件処分に手続上の瑕疵があるかどうか。)について(1)

前記前提事実(3)クによれば,本件処分に当たり,処分行政庁は,聴聞の
手続を経ており,その手続にも特に違法な点はない。
(2)

原告は,柔道整復師法8条1項に基づく行政処分について処分基準が作
成されていないことが本件処分の手続上の瑕疵になると主張する。しかし,同項に基づく行政処分は,不利益処分(行政手続法2条4号)であるから,同法上,当該処分に対する処分基準の策定及び公表は努力義務とされるにとどまるのであり(同法12条1項),処分基準を策定していないことが行政手続法に反するということはできない。原告は,柔道整復師法8条1項に基づく行政処分についての処分基準の策定が努力義務とされているとしても,これを策定しないことは不合理であるなどと主張するが,行政手続法12条1項が,同法5条1項と異なり,不利益処分における処分基準の策定を努力義務とした趣旨からすれば,不利益処分について処分基準が定められていないとしても,特段の事情がない限り,処分の瑕疵をもたらすものではないと解されるところ,柔道整復師法8条1項に基づく行政処分は,柔道整復師が同法4条各号のいずれかの事由に該当するときにされるものであり(同法8条1項),処分が行われる事由は広範にわたっていることからすれば,あらかじめ処分基準を策定しておくことが必ずしも適切ではないと考えられる上,前記1(4)イのとおり,同種の職業である医師,歯科医師,保健師,助産師及び看護師(以下医師等という。)についても,処分基準は策定されておらず,ただ,行政処分に際して意見聴取を受ける医道審議会において,その意見を述べるに当たっての考え方を取りまとめたものが存在するにとどまり,しかも,その内容は考え方に幅を持たせた抽象的なものであることにも照らせば,同項に基づく行政処分について処分基準が策定されていないことにつき,上記特段の事情がある又は不合理であるなどとはいい難い。(3)

本件処分の通知書には,前記前提事実(3)ケのとおりの理由が付されてい
たが,原告は,この理由が行政手続法14条1項本文の理由付記として不十分なものであるから,本件処分には瑕疵がある旨主張する。

行政手続法14条1項本文が,不利益処分をする場合に同時にその理由を名宛人に示さなければならないとしているのは,名宛人に直接に義務を課し又はその権利を制限するという不利益処分の性質に鑑み,行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,処分の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものと解される。そして,同項本文に基づいてどの程度の理由を提示すべきかは,上記のような同項本文の趣旨に照らし,当該処分の根拠法令の規定内容,当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無,当該処分の性質及び内容,当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきである(最高裁平成21年(行ヒ)第91号同23年6月7日第三小法廷判決・裁判所時報1533号8頁)。
この見地に立って,柔道整復師法4条3号に該当したことを原因とする同法8条1項に基づく行政処分についてみると,同法4条3号の定める要件は明確であるし,この要件に該当したときに免許の取消し又は期間を定めた業務の停止のどの処分を行うかについては,処分行政庁の裁量に委ねられているところ,上記(2)のとおり,同法8条1項に基づく行政処分については,処分基準は定められておらず,また,医師等に対する処分については医道審議会が意見を述べるに当たっての考え方が取りまとめられているものの,その内容は抽象的なものである。
これらの事実関係を基に,本件処分に付された理由が行政手続法14条1項本文の理由付記として十分なものであるかどうかについて検討すると,本件処分には,処分の原因となった事実及びそれに適用されるべき法令の条項を明確に特定できる理由が付されているのであり,免許の取消しから一定期間の業務停止までの比較的広い範囲を有する予定される処分から免許の取消しの処分が選択された理由についての記載はないものの,上記のとおり,柔道整復師法8条1項に基づく行政処分については処分基準は定められておら
ず,医師等に対する処分について医道審議会が取りまとめている考え方も抽象的なものにとどまることを考慮すれば,本件処分に付された理由が同項本文の趣旨に照らし,同項本文の要求する理由付記として十分でないとまではいえず,この点に関し,本件処分に瑕疵があるとまでいえるものではない。(4)

原告は,本件処分については,理由付記も処分基準も不十分であり,一
連の手続において行政の恣意を抑制しようとした行政手続法の趣旨,目的が没却され,手続の適正が確保されていたとはいえないから,手続上の瑕疵がある旨主張するが,上記のとおり,処分基準が策定されていないことは違法なものとはいえず,理由付記の点も本件処分に瑕疵があるとまでいえるものではないのであり,これらはいずれも,行政手続法の趣旨に反するものとまではいえないのであるから,以上の点を併せ考慮しても,行政の恣意を抑制しようとした行政手続法の趣旨が没却されるとはいえない。
(5)
3
以上によれば,本件処分に手続上の瑕疵があるとはいえない。

争点(2)(本件処分が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に基づく違法なものであるかどうか。)について
(1)

柔道整復師法8条1項によれば,柔道整復師が罰金以上の刑に処せられた者(同法4条3号)に該当するときは,処分行政庁は,その免許を取り消し,又は一定の期間を定めてその業務の停止を命ずることができる旨定められているが,この規定は,柔道整復師が同号の規定に該当することから,柔道整復師として品位を欠き人格的に適格性を有しないものと認められる場合には柔道整復師の資格をはく奪し,そうまでいえないとしても,柔道整復師としての品位を損ない,あるいは柔道整復師の職業倫理に違背したものと認められる場合には一定期間柔道整復師としての業務の停止を命じて反省を促すべきものとし,これによって柔道整復等の業務が適正に行われることを期するものであると解される。したがって,柔道整復師が同号の規定に該当する場合に,免許を取り消し,又は柔道整復師としての業務の停止を命ずる
かどうか,柔道整復師としての業務の停止を命ずるとしてその期間をどの程度にするかということは,当該刑事罰の対象となった行為の種類,性質,違法性の程度,動機,目的,影響のほか,当該柔道整復師の性格,処分歴,反省の程度等,諸般の事情を考慮し,同法8条1項の規定の趣旨に照らして判断すべきものであるところ,その判断は柔道整復師免許の免許権者である処分行政庁の合理的な裁量に委ねられているものと解するのが相当である。それゆえ,処分行政庁がその裁量権の行使としてした柔道整復師としての免許を取り消す処分は,それが社会通念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内にあるものとして,違法とならないものというべきである(最高裁昭和61年(行ツ)第90号同63年7月1日第二小法廷判決・裁判集民事154号261頁,判例時報1342号68頁参照)。
(2)ア

上記の観点から,本件処分が処分行政庁に与えられた裁量権の範囲を
逸脱し,又はこれを濫用してされたものとして違法であるかどうかについて検討する。

本件詐欺事件は,前記1(1)のとおり,実際には行っていない柔道整復施術を行ったものと装い,自動車保険会社から柔道整復施術療養費を詐取した事案であり,原告が柔道整復師という立場を利用して行ったものである上,前提事実(2)アのとおり,原告は,起訴された分だけでも,平成16年6月から平成17年3月までの約10か月間という長期間に,合計15回にわたり,金員の詐取を行い,その金額は合計194万円余りであることが認められ,その犯行は重大なものといわざるを得ない。そして,前記1(4)イのとおり,医道審議会が取りまとめた医師等に対する行政処分に関する考え方によれば,特に職務上の立場を利用して行った詐欺等については重い処分をすべきである旨が定められているのであり,これらによれば,本件詐欺事件は,それを理由に相当重い処分が行われてしかるべき
性質のものであるということができる。

そして,前記前提事実(2)アのとおり,原告は,○の実刑に処せられている。柔道整復師法4条3号が罰金以上の刑に処せられた者を柔道整復の業務に関する犯罪等があった者(同条4号)と別に規定していることからすれば,同条3号は,同号に該当する柔道整復師の品位や人格に着目して免許取消しや一定期間の業務停止等の行政処分を行う旨の規定ではあるものの,その処分に当たっては,当該柔道整復師が受けた刑をも重視する趣旨であると解するのが相当である(前記1(4)イ(イ)によれば,同様の処分事由が定められている医師(医師法7条2項,4条3号)及び歯科医師(歯科医師法7条2項,4条3号)について,医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方についてには,詐欺,窃盗を犯した医師及び歯科医師に対する行政処分の程度は,基本的には,司法処分の量刑などを参考に決定する旨記載されている。)。前記1(4)ウによれば,平成7年以降,同種事案により行政処分を受けた柔道整復師に係る事案のうち,当該柔道整復師が実刑に処せられた6件のうち5件においては,いずれも免許が取り消されている(しかも,業務停止5年となった残りの1件は本件処分の7年以上前の平成14年11月に処分がされている。)のであり,刑事処分の軽重の観点からすれば,原告に対し,免許取消しの処分がされたことは,他の処分と比較して不当に重いとはいえない。
この点に関し,原告は,本件詐欺事件の詐取額を超える額を詐取した事案でも業務停止の処分を受けたにとどまる事例があることや,免許取消しの処分を受けた事例は,詐取額が本件詐欺事件の詐取額を大きく超える事例であることを主張し,これらとの関係で,本件処分は公平を欠く旨主張する。確かに,詐取額について他の事例との比較をすると,本件処分は重いということができる。しかし,詐取額の多さは,犯罪の悪質性を判断する一つの要素ではあるが,これのみによって犯罪の軽重が決定されるもの
ではなく,詐取額が多いか少ないかのみにより行政処分の内容を決定するのは必ずしも相当ではない。なお,原告は,原告が実刑に処せられたのは十分な被害弁償ができなかったからであると主張し,実刑に処せられた点を重視するのが不相当である旨主張するが,乙第3号証(刑事事件の第1審判決)及び第4号証(同控訴審判決。以下本件各刑事判決と総称する。)によれば,被害弁償の額が原告に対する刑の量定に当たっての重要な要素の一つであったことはうかがわれるものの,これが唯一の事情であったとはいい難いし,他の事情も考慮の上,被害弁償が十分でなかったことが決め手となって実刑に処せられたのだとしても,刑の軽重は,当該犯罪の犯罪事実の重大さや被告人の情状などを総合した被告人の責任すなわち柔道整復師としての品位を欠き又はこれを損なう程度を端的に表すものであることは否定できず,行政処分の種類等を定めるに当たってこの点を重視することをもって不相当ということはできない。さらに,原告は,原告が本件詐欺事件等によって結果的に経済的利益を得ていないと主張し,この点が行政処分を定めるに当たって十分に考慮されていない旨主張するもののようであるが,原告が本件詐欺事件の関係者から金を要求されるなどして本件詐欺事件による経済的利益を得られなかったという事実が認められるとしても,原告本人尋問の結果によれば,原告が経済的利益を得ていないというのは,振り込まれた療養費について,一旦決められた割合に従って原告と暴力団関係者との間で分けた後に,当該暴力団関係者から貸してほしいなどといわれて更に金銭を渡したということによるのであり,詐取した金員の使途の問題にすぎないと解することもできるのであって,このことによって,原告の責任が大きく軽減されるといったものではないというべきである。
これらによれば,他の事例との比較において,本件処分が過度に重いもので,不相当であるとまではいえないというべきである。


また,原告は,本件処分の事由である刑事判決の宣告から約3年後にされた本件処分において,①

処分時に考慮されるべきであった刑事事件の

判決以後の事情が考慮されていないこと,②

処分手続が遅れた結果当該

処分によって生ずる不利益を増大させることになり,比例原則に反する不利益を原告にもたらすことからすれば,本件処分は裁量権の範囲の逸脱又は濫用によるものであると主張する。この点に関連して,原告は,柔道整復師法8条2項の規定からすると,同条1項に基づく処分に当たっては処分の原因となった事実の発生した後の被処分者の生活状況等を考慮すべきであるというのが立法者の意思である旨主張するが,同条2項の規定は,免許を取り消された者が再び免許を受ける際の規定であることからすれば,同条1項の行政処分をする際に,その事情も考慮されるという程度を超えて,特に処分事由が発生した後の事情を考慮すべきとの趣旨が柔道整復師法に含まれると解することはできない。さらに,原告は,処分の原因となる事実の発生から本件処分に至るまでに相当の期間が経過したことにより,原告に処分を受けないという期待権が生じているから,その期待権は保護されるべきである旨主張する。しかし,本件処分は,その原因となった判決の確定から約2年8か月後,原告が刑務所から出所した約1年6か月後にされており,前記前提事実(3)記載の経過や,甲第13号証の他の処分の事例からしても,特に処分が遅れたとまではいえないのであり,仮に処分が長期間にわたり不相当に遅延した場合には原告の主張するような期待権が保護されるべきことがあるとしても,本件においては保護すべき期待権はいまだ発生するに至っていないというべきであるし,また,このことが処分後の事情を特に重く考慮すべき根拠になるともいえない。そして,本件処分により,原告が現在の職を失うとしても,それは,業務を行う資格をはく奪することとなる本件処分が当然予定している不利益であり,かつ,このような不利益が伴うことで柔道整復師法8条1項に基づく処分の
実効性が保たれることになるのであるから,そのことをもって本件処分が不相当であるなどということはできない。なお,原告は,本件処分が本件詐欺事件から5年後であったことも重視すべきであると主張するが,原告が本件詐欺事件の犯行後刑事裁判を受けるに至るまでに期間を要したのは,単に原告の犯行が捜査機関に発覚しなかったからにすぎず,その後不正行為に一切関わっていないことも当然のことであり,原告の主張並びに陳述書(乙18)及び原告本人尋問における供述によれば,原告が接骨院を閉めたのも暴力団関係者等に脅されたことによるものであり,必ずしも原告の自発的な意思によるものではないのであるから,これらの事情が本件処分に当たり特段考慮すべきものであるとはいえない。

その他,原告は,本件詐欺事件が暴力団関係者の巻き込み行為により起こされるなどしんしゃくすべき事情が存在すると主張する。確かに,前記1(1)の事実によれば,原告が本件詐欺事件を起こしたのは,暴力団関係者に持ち掛けられたことがきっかけであり,その後当該暴力団関係者から犯行を続けることを要求されたこともあったことが認められ,この点は,原告が犯行を主導したものとは必ずしもいえないという点で本件詐欺事件の情状に影響を与える事情であり,その限度で原告に対する処分を決定する際に考慮すべき事情であるということができる。しかし,原告が当初保険金の詐取を持ち掛けられたときは,自らの利益を図る目的もあってそれを承諾したのであることや,1回目の犯行の後に脅迫的な言辞を受けたとしても,その際に警察に相談するなどして更なる犯行を止めることはできたはずであることからすれば,この点をもって,上記の程度を超えて特にしんしゃくすべき事情であるとまではいい難い。また,原告は,刑事事件により服役することによって本件詐欺事件の刑事的な責任は果たしているなどと主張するが,本件処分の趣旨は柔道整復師としての品位を欠き又はこれを損なう者に対し処分を行うことによって柔道整復等の業務が適正に
行われることを図ったものであり,刑事処分が科される趣旨と異なるものであることはいうまでもないことであり,刑事責任を果たしたから行政処分が軽くなるべきであるとは到底いえないし,また,刑事処分のほかに行政処分を行うことが二重処罰になるともいえないことは当然である(原告は,刑事処分の軽重を参考に行政処分の内容を決めることが実質的に二重処罰になる旨の主張もするが,上記のとおり,刑事処分の重さは,当該犯罪による被処分者の責任すなわち柔道整復師としての品位を欠き又はこれを損なう程度を端的に表すものであるのであり,刑事処分の重さに重点を置きつつ,他の事情も考慮の上,行政処分の内容を決めることが,二重処罰となるものではない。)。さらに,原告は,本件処分には,聴聞手続において付された聴聞主宰者の意見を考慮に入れていない点で裁量権の逸脱又は濫用があると主張し,前記前提事実(3)クによれば,本件処分に先立って行われた聴聞手続においては,聴聞主宰者から処分行政庁に対し,処分に当たっては反省している点についても参酌願いたい旨の意見が述べられたことが認められるが,このような意見を参酌したとしても,他の事情との総合的な考慮の結果,なお,最も重い処分である,免許取消しの処分との結論に至る場合があり得るのは当然であり,免許取消しの処分との結論に至ったことから,上記意見が参酌されていないということはできない。カ
本件処分に当たって考慮すべき事情は以上のようなものであり,これらを総合的に考慮すると,原告が反省の意を表していること,仮釈放後真面目に勤務していること,破産手続を執っていることなど原告の主張する原告に有利な点を十分考慮に入れても,本件処分が処分行政庁に与えられた裁量権の範囲を逸脱し,又は濫用してされたものであるとまでいうことはできない。

4
本件処分の適法性について
原告は,前記前提事実(2)アのとおり,本件詐欺事件により,○の実刑に処
せられたのであるから,本件処分は法律上の処分要件(柔道整復師法8条1項,4条3号)を満たしている。そして,前記2のとおり,本件処分には手続上の瑕疵はなく,また,前記3のとおり,本件処分が裁量権の範囲の逸脱又は濫用に基づくものとはいえない。したがって,本件処分は適法というべきである。第4

結論
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官

川神
裁判官

内野俊
裁判官

須賀康裕夫太郎
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