判例検索β > 平成20年(あ)第1320号

弁護士による強制執行妨害幇助事件

強制執行妨害幇助被告事件
事件番号平成20(あ)1320
事件名強制執行妨害幇助被告事件
裁判年月日平成23年12月6日
法廷名最高裁判所第三小法廷
裁判種別決定
結果棄却
判例集等巻・号・頁集刑 第306号1頁
原審裁判所名東京高等裁判所
原審裁判年月日平成20年4月23日
判示事項強制執行妨害幇助罪の成立を認めた原判決の事実認定が是認された事例(反対意見がある)(弁護士による強制執行妨害幇助事件)
裁判日:西暦2011-12-06
情報公開日2017-10-17 13:53:36
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主文
本件各上告を棄却する
理由
検察官の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反,量刑不当の主張であり,弁護人藤沢抱一ほか3名の上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反の主張であり,被告人本人及び同弁護人ほか6名の上告趣意のうち,控訴審における破棄自判に関して判例違反をいう点は,原審は本件における争点の核心部分について事実の取調べをしているから,前提を欠き,その余は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。なお,所論に鑑み記録を調査しても,同法411条を適用すべきものとは認められない。被告人が,会社経営者らに対し,強制執行を免れるための仮装の手段による財産隠匿行為として,別の会社に賃貸人を変更したように装い,テナントをして,その会社の口座に賃料を振り込ませる方策を助言し,上記経営者らの強制執行妨害行為を幇助したと認定した原判断は,正当として是認できる。よって,同法414条,386条1項3号により,裁判官田原睦夫の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。
私は,多数意見と異なり,原判決が認定する平成5年2月19日における有限会社A(以下Aという。)のB社長(以下Bという。)外による,A所有の賃貸建物について強制執行免脱目的で賃貸人名義をA以外の第三者名義に変更する旨の共謀について,その成立を認定することにつき合理的な疑いを払拭できず,また,原判決が認定する,同日,被告人がA側にテナントへの賃貸人変更通知書の雛型を渡して賃貸人変更方策を助言したとの原判決判示第1にかかる行為を行った際に,Bらにおいて強制執行を免れるための仮装の手段による財産隠匿行為として賃貸人名義の変更を意図していたこと(Bらの犯意)を被告人が認識していたと認定することにつき,なお合理的な疑いを払拭できないと判断する。更に,原判決が認定する判示第2の平成5年11月4日の被告人の幇助行為は,原判決判示第1にかかる助言行為の際にBらにおいて上記共謀が成立し,また,被告人において上記Bらの犯意を認識していたことが前提とされるところ,上記のとおりその前提事実の認定に関して合理的な疑いを払拭することができない以上,被告人の原判決判示第2の助言行為の際に,被告人において上記のBらの犯意を認識していたと認めることにつき,合理的な疑いを払拭することができないのである。以下,分説する。
第1
1
Bらによる平成5年2月19日の共同謀議の成立について
Bらの強制執行妨害罪の成立について

Aは,平成5年3月から平成7年9月に掛けて,自社が所有しテナントに賃貸中であったビル11棟の各テナント(テナント総数は,記録中の数値にバラツキがあり,直ちには判明しないが約80軒)に対し,賃貸人名義を有限会社C(以下Cという。)又は有限会社D(以下Dという。)に変更する旨の通知を行ったところ(ただし,全テナントの内何軒に通知されたかは記録上明らかではない。例えば,原判決判示第1の事実にかかるaガーデンハウスの賃貸人変更通知の相手方は2件であるが,記録によればそのテナント総数は4軒である。また,判示第2の事実にかかるbサンプラザの賃貸人変更通知の相手方は5件であるが,記録によれば,そのテナント総数は17軒(又は13軒)である。),その賃貸人名義変更先のCは,平成5年3月には事務所も構えてその業務に従事する従業員がいたものの,平成6年9月には活動を停止するに至っていたこと,Dは当初より活動の実態がなかったこと,賃貸人変更通知の相手方がC又はDの各銀行口座に振り込んだ賃料は,何れも両社で独自に管理されることなくAに還流していたこと,Bは,平成8年5月末にE社社長が架空の賃貸人変更方策で逮捕されたことを知り,知人の薦めもあって同年9月に賃貸人変更方策を中止し,賃貸人名義の変更に応じていた各テナントに対して賃貸人名義をAに戻す通知を出すことを社員に指示していること,等の事実からすれば,Bらにおいて,何時の時点からかはともかくとして,遅くともDへの賃貸人変更通知を行った時点以降においては,賃料に対する差押えを免れる目的で賃貸人名義の変更を行っていたものと優に認めることができる。
2
平成5年2月19日の共同謀議について

原判決は,Bらは,賃貸人変更方策が強制執行を免れるための仮装の手続による財産隠匿行為と認識しながら,実行について共謀を遂げたものであり,その共謀の内容は,賃貸人変更の対象は,当時,賃料差押えの危険性が増していたサンハイツcやaガーデンハウスを最重要とし,その他の物件については,債権者の督促状況等に応じ物件の選択や実行時期をF(以下Fという。)の裁量に委ねるとともに,賃貸人変更先会社も当面はCとするものの,適当な会社があればそれを排除しない程度の概括的なものであったと認めるのが相当である旨判示する。
しかし,原判決の上記認定に関しては,以下に述べるとおりの問題点を指摘することができる。(1)

債権者に対する差押え対策が目的なら,何故,短期間のうちに,Aが賃貸
中の全テナントについて賃貸人変更方策を実施しなかったのか。
記録によれば,本件において賃貸人変更手続は,以下の時期に,以下の各ビルにおいて行われている。ただし,前記のとおり全テナントのうちの何軒に賃貸人変更手続が行われ,そのうち何軒が承諾し,何軒が拒絶したかは,記録上必ずしも明らかではない。


平成5年3月

aガーデンハウス(テナント4軒),サンハイツc(テナント8軒)②

平成5年11月

bサンプラザ(テナント13~17軒),dビル(テナント6軒),eサンハウス(テナント1軒・dビルのテナントでもある),fビル(テナント5軒)


平成6年3月頃

gサンビル(テナント2軒),hサンハウス(テナント12~14軒),サンヒルi(テナント16~19軒)


平成6年7月頃

jビル1・2(テナント2軒)


平成7年9月頃

kサンビル(テナント4軒)
記録中に認められるAの平成5年9月30日現在の賃料収入一覧表に記載のビル中,lビル(1ヶ月賃料・管理費226万円余,テナント数不明),mビル(1ヶ月賃料135万円余,テナント数不明),nブロードウェイ(1ヶ月賃料150万円,テナント数不明)については,賃貸人名義の変更を試みた形跡は認められない。
原判決の認定する共謀の趣旨からするならば,共謀の成立以降速やかに賃貸人名義の変更を行って然るべきであり,平成7年9月頃迄に賃貸人名義の変更手続がとられた各ビルの総テナント数は前記のとおり約80軒にすぎず,その名義変更通知書の内容も極めて単純なものであるから,全テナントに対する通知書の作成をFが一人で担当したとしても2日間もあればすむ事務量である(尤も,賃借人の同意の取り付けには一定の日数を必要とすると思われるが,テナント数からすれば,一人で担当しても1ヶ月余もあれば,その同意の有無を確認するのに十分であろう)。それにも拘わらず,上記のとおり,2回目の名義変更手続まで8ヶ月間,3回目まで4ヶ月間,4回目まで4ヶ月間,5回目まで1年2ヶ月間を要し,更に上記のとおり賃料収入の多い幾つものビルについて,賃貸人の名義変更手続が行われていないのである。
賃貸人の名義変更手続が上記のような長期間を掛けて緩慢に行われたことについて,記録中合理的に説明できる資料が存しないことからすれば,上記の賃貸人名義変更手続の実施状況は,原判決の認定するような共謀が平成5年2月19日に行われたと解することに大きな疑問を抱かせる事実であると言える。
(2)

債権者との折衝担当者たるG(以下Gという。)とFとの間で密接な
連絡がとられていた形跡が認められない。
原判決の認定によれば,賃貸人名義の変更は,債権者の督促状況等に応じ,物件の選択や実行時期をFの裁量に委ねたというのである。そうであれば,Fは,賃貸人名義の変更に関連して債権者との折衝窓口となっていたGと密接な連携をとることが不可欠であるが,両名がかかる連携をとっていたことについて原判決は何等認定しておらず,また両名が上記のような連携をとっていたことを認めるに足る証拠は,記録上明確には窺えない。
(3)

上記各賃貸人名義の変更手続が採られたビルのうち,①以外の各ビルにつ
いて,賃貸人名義の変更手続が採られる前に,当該ビルの抵当権者が督促を強めたり,賃料の差押えの意向を示すなど,特段の動きを示したことを窺わせる証拠は,記録上明確には窺えない。また,Fが上記各時点において,その対象ビルを選択して賃貸人名義の変更手続を行った具体的理由は,原判決認定事実中から窺い知ることはできない。
(4)

賃貸人名義の変更手続を採ったことが当該ビルの抵当権者に知られた場
合,相当のリアクションが当然予想され,また,同手続を採ったことを未だ名義変更手続が実施されていない他のビルの抵当権者が知った場合には,それらの債権者は自らが抵当権を設定している各ビルのテナントに対しても名義変更手続がなされることを予測して,一定のリアクションを採ることも当然に想定されるところである。ところが,原判決の認定する共謀の際に,同年3月に賃貸人名義変更手続を行った2物件について,その手続を行うことに対して同物件の抵当権者が如何なる対応を示すと見込まれるか,また,名義変更の事実が他のビルの抵当権者に知られた場合にそれらの抵当権者が如何なる反応を示すと予測されるか,それに対してAとして如何に対処するかという,名義変更手続を行うことによって当然に生じ得る事態への対応策を検討した形跡が全く認められない。
(5)

賃貸人名義の変更手続を採ることは,抵当権者との間で対立構造を招来することになるから,Aにとって重要な決定であり,その実施状況の如何や,それに対する抵当権者の対応の如何は,Aの経営そのものに大きな影響を与え得る事象である。
それ故,その実務を担うFとしては,名義変更手続を行ったビルの名称,同手続に対するテナントの諾否の状況,同手続実施後の各抵当権者の動向等について,Bに適時に詳細な報告をして然るべきであり,また各テナントの状況等を踏まえた社内会議が開かれるなどして然るべきであるが,FからBに対して賃貸人名義変更に関する詳細な情報が報告されたとか,賃貸人名義変更にかかる進捗状況について社内会議が開かれていた事実は,原判決の認定事実には含まれておらず,また,そのような事実が存したことを窺わせる証拠はない。
(6)

平成5年3月に賃貸人名義変更手続が実行された各ビルの抵当権者は,A
にとって枢要な債権者ではない。
記録によれば,Aの平成5年3月期末の長期借入金債務は約696億円存したところ,oガーデンハイツの一番抵当権者であるH株式会社の債権額は10億円,サンハイツcの一番抵当権者であるI株式会社(以下Iという。)の債権額は10.8億円と,それぞれAの上記借入金総額の約1.5パーセント程であり,また記録によれば,Aの当時の保有不動産の総評価額に対する各ビルの評価額の比率は,前者が1.1パーセント,後者が1.4パーセント程度にすぎないのであって,両社が強硬な姿勢をとることが,即Aの命運を左右するような状態にあったとは認められない。
(7)

原判決が信用性を認めるGの証言によれば,賃貸人名義を変更した場合の
差押え回避の効果について,被告人から再度の差押えまで早ければ1,2ヶ月との説明があったため,Gは,余り意味がないと思ったというのである。そうすると,賃貸人名義の変更を行うビルに設定されている抵当権者の神経を逆撫ですることこそあれ,差押え回避対策としては余り意味がないとA社員にて認識していた賃貸人名義変更手続を,何故平成5年3月の時点で,A側の主要メンバーにより共同謀議を開いて決定しなければならなかったのかについて大きな疑念が生じるところであるが,原判決はその点について何ら触れるところがない。(8)

小括

以上(1)から(7)までに指摘したとおり,平成5年2月19日にBらにおいて原判決が判示する共同謀議が成立したと認定するについてはなお重大な疑問点が存するのであり,原判決の挙示する証拠に加えて上記の諸点を総合して評価すれば,原判決の判示する共謀の成立につきなお合理的な疑いを払拭することができないと言わざるを得ないのである。
第2

平成5年2月時点における,Aが賃貸人名義変更をなす意義についての被
告人の認識
1
はじめに

本件において問われているのは,原判決が認定する平成5年2月19日(以下本件日時ともいう。)に被告人がA側に賃貸人名義変更通知の雛型を手交した際に,被告人において,A側が如何なる意図で賃貸人名義の変更を行おうとしていると認識していたかという点である(なお,被告人は,第1審公判において,平成4年11月18日のAとの打合せにおいて,分社・サブリース構想を説明する際に,上記雛型をA側に手交した旨供述しており,その手交時期には争いがあるが,その点はおいて原判決の認定を基に検討する。)。その際における被告人の認識内容を認定するに当たり用いることができる証拠は,あくまでその時点迄の事実関係に係る証拠であり,当日以降における被告人の言動等に関する証拠は,それが当日時点における被告人の認識内容を推測し得る間接事実としての意義を有するにすぎない。そこで以下では,本件日時における被告人が提唱していた分社・サブリース構想の内容並びにoガーデンハイツ及びサンハイツcの海外での売却計画の状況と賃貸人名義変更の関係について項を分けて検討する。
なお,原判決は,本件日時における被告人の認識内容を認定するに当たり,本件日時より1年以上後である平成6年3月のサンヒルiにかかる賃貸人名義変更に関する被告人の言動や,同年4月頃以降のpホテルを巡る被告人の対応,更には平成8年夏以降におけるAによる賃貸人変更方策の中止の際における被告人の対応をも,平成5年2月19日時点における被告人の認識についての間接事実として評価している。しかし,原判決が指摘する上記各事実と,被告人の幇助犯の成立の有無が問われている原判決判示第1にかかる本件日時との間には1年から3年の日時を経過しており,その間,被告人はAの顧問弁護士として種々の案件に関与しているのであるから,原判決が指摘する上記各事実は,本件日時における被告人の認識内容を推認させる間接事実としては余りに時間を経過した事象であって,本件日時における被告人の認識に関する認定資料として到底位置づけることができないものというべきであり,原判決の認定手法を是認することはできない。2
被告人の提唱していた分社・サブリース構想の内容

被告人はBに対して,平成4年秋頃以降,Aの分社・サブリース構想を提示していたことが認められるが,その具体的内容は,A側がその構想に積極的ではなかったこともあって,本件記録上些程明解なものになってはいない。その構想は,関係証拠から認められるところによれば,Aから不動産管理部門のみを分離して別会社を設立し,Aがその別会社に所有する賃貸用のビルを賃貸し,Aの既存のテナントとの賃貸借契約を分社化した別会社とテナントとの賃貸借契約(転貸借契約)に切り替えようとするものである。
このような契約は,当審の判例(最三小判平成15年10月21日・民集57巻9号1213頁)で問題となった賃貸用ビルの所有者から不動産会社が同ビルを一括して借り上げ,不動産会社はビルの所有者に賃料を保証するとともに,テナントに転貸することによって転賃料と賃料との差益を収得するというサブリース契約とは異なるものである。
しかし,被告人の構想にかかる分社・サブリース構想も,賃貸用ビルの所有者と各テナントへの賃貸人を分離するという点では共通である。かかる所有と賃貸管理の分離は,本件当時以降に広く用いられることになる不動産の証券化(これは,不動産にかかる不良債権処理の方法としても用いられた)において不可欠の方法であり,本件当時においても,オーバーローンの不動産を不動産事業を営んでいない第三者に対して売却する際に用いられていた手法の一つである。
即ち,テナントに賃貸中のビルを不動産事業を営まない者が収益物件として購入を希望する場合において,テナントとの賃貸借関係を含め当該ビルの不動産管理が適正に実施されているか否かは重要な関心事であり,購入希望者とすれば,管理受託業者が適正に管理するか,又はビル全体を賃借した者がテナントと転貸借契約を締結して管理していれば,ビル管理に意を払うことなく,ビル管理会社との間の委託料又は転貸事業者に対する賃料と当該ビルの購入価格との関連からその収益性を検討して,購入の是非を判断することができるのである。他方,分社・サブリース構想は,オーバーローンを抱えた不動産事業会社の不動産管理部門の従業員を,分社化した別会社に移籍させることにより同社に実際の管理業務を担当させ,また当該不動産事業会社の経営を合理化する上での従業員の受け皿としての機能を果たさせることができるのである。
このように,被告人がAに提唱していた分社・サブリース構想は,その具体的な内容は殆ど詰められてはいないものの,当時のAの置かれていた状況からするならば実現可能な構想の一つであると位置づけることができる。
3
aガーデンハウスとサンハイツcの海外での売却計画

A社内において,被告人の幇助犯の罪責が問われている日の以前である平成5年2月16日に,サンハイツcとaガーデンハウスの海外売却案が採択され,Bは,その売却に約3ヶ月を要する旨表明している(なお,一審判決の認定によれば,両物件は中国大使館に近く,東南アジアに所在する投資家にとって結構魅力的な物件であるというのである。)。
4
海外での売却計画と賃貸人名義の変更

海外で日本国内の不動産の売却を試みる場合,その購入希望者の殆どは日本国内で不動産事業を営もうとするものではなく,投資案件として購入するものであるから,その最大の関心事は,目的不動産が適正に管理されていることと,その継続的な収益性の確保である。
かかる購入者の視点に立った場合,対象不動産が不動産管理会社により適正に管理され,かつその管理会社から賃料等として購入者に一定の収益が継続的に齎されることが保証されていることは,重要な要素の一つである。そうすると,上記2物件の海外での売却方針の下に,その賃貸人名義を,当時事業活動を現に営みつつあり,従業員としてGらの移籍が予定されていたCに移転することは,上記2物件の管理体制が整っていることを対外的に示すこととなり,同物件での海外での売却体制を外形として整えることになる。
5
賃貸人名義の変更と抵当権者との関係

上記2物件の賃貸人名義の変更が各物件の抵当権者に知られた場合,前記のとおり抵当権者との軋轢が予測されるが,上記2物件を海外において売却を実施するには,各抵当権者の同意を得て抵当権の抹消登記手続をなすことが不可欠なのであるから,適切な買い手候補が見つかれば,賃貸人名義の変更に伴う軋轢は,抵当権抹消交渉の中に解消されてしまう程度のものにすぎないと言える。
なお,Bらは,上記2物件の抵当権者らに対して,海外において売却交渉を行うことについて予め伝えた形跡が窺えないが,抵当権者との交渉は,先ずは具体的な買受け候補者が現れてから,抵当権抹消の対価を巡って行われることになるのであるから,Bらにおいて,予め抵当権者らに通知することなく海外における売却のための不動産管理体制を整え,買受け候補者を募る作業を始めたとしても異とするに足りないと言えよう。
6
被告人の認識

被告人は,本件賃貸人変更通知書の雛型をA側に交付したと原判決の認定する平成5年2月19日に,Bから上記2物件を海外で売却する意向である旨を聞くと共にサブリースをつける計画も告げられていたというのである。また被告人は,当時,BにおいてCを実態ある会社として活動させようとしていたことを認識していたことが認められる。以上の事実からすれば,被告人が,原判決の認定する平成5年2月19日にA側に賃貸人名義変更の通知書の雛型を手交した時点において,被告人において,Aにて同雛型を上記2物件に使用することは想定することができたものと推認されるが,上記のとおり両物件を海外で売却するには,その管理体制を整える必要があることからすれば,被告人において,Aが同雛型を用いて強制執行妨害の目的で賃貸人名義の変更を行うことを認識していたと推認することはできないというべきである。
7
小括

第1にて検討したとおり,被告人がA側に賃貸人名義変更通知書の雛型を手交したと原判決が認定する平成5年2月19日において,原判決が認定する共同謀議が成立したこと自体について合理的な疑いが存することに加えて,以上2から6において検討したとおり,Aにおいて上記2物件を海外で売却するという具体的な計画があり,それに対応すべく上記2物件の賃貸管理体制を外形的に整えることが必要とされていたところ,その一環としてその管理を担当する会社に賃貸人名義を変更することには合理性があり,被告人がA側に手交した賃貸人名義変更の通知書の雛型が,それに利用されると認識していたとの被告人の主張は,それなりに合理性が認められるのであって,本件日時において,被告人が同雛型が強制執行妨害の趣旨で使用されることを認識していたと評価することには,なお合理的な疑いを払拭することができないというべきである。
なお,原判決は,被告人の弁明を排斥するに当たり関係者の証言を引用するが,事実の認定に当たっては,まずは客観的に認められる外形的な事実から出発すべきであり,上記2物件の海外での売却の試みとその頓挫(頓挫するに至った具体的経緯は記録上窺い知ることはできない)は,Aの経営全体の中では,長期間に亘る困難な経営状態が続く下での,ある短期間における小さな事柄にすぎないのであって,関係者にとって長期間に亘り記憶に残る類のものではなく,それについて5年余を経た後の捜査段階での供述や更にそれから数年を経た後の公判段階の供述内容に余りに重きを置くべきでない。また証言の信用性の有無は反対尋問の結果をも含めて総合的に評価すべきものであるに拘わらず,専ら主尋問にかかる証言のみを積極評価し,反対尋問における証言内容に意を払わない原判決の認定方法には疑問を抱かざるを得ない。
第3

平成5年11月の被告人の幇助行為について

原判決判示第2にかかる事実は,被告人は,平成5年11月4日,B及びFに対しサンハイツcについてIの申立てによりテナントの賃料債権に対する債権差押命令が発せられた件の善後策を相談され,改めてbサンプラザ外についても,賃貸人名義変更を実行することを助言したというものである。しかし,同日のA側との打合せは,一審判決が認定するとおりqマンションの借家人組合との交渉の件を主目的とするものである。
同日に被告人が助言した内容を裏付ける直接の証拠は,一審判決が指摘するとおり,Fの証言とBの捜査段階における供述しか存しないのであるが,それらの証拠は何れも平成5年2月19日の共同謀議の成立を前提とするものである。しかし,第1にて検討したとおり,平成5年2月19日の共同謀議の存在それ自体について合理的な疑いを払拭することができず,また同日において被告人において,Aの行う賃貸人名義の変更が強制執行妨害目的でなされるものであることを認識していたと解することには,なお合理的な疑いが払拭されないことに加えて,平成5年3月以降,上記平成5年11月4日迄の間に,Fを含むA側から被告人に対して,平成5年3月に実行した賃貸人名義変更後の事情や,aガーデンハウス外の不動産の第三者への売却交渉の経緯等について報告がなされた形跡も記録上窺えないことからすれば,被告人が原判決判示第2にかかる助言を行ったこと自体についても合理的な疑いが存するのであり,さらに,仮に被告人がかかる助言を行ったとしても,Aにおいて強制執行妨害行為を行う意図でもって賃貸人名義の変更を行うことを認識していたと認定することについては,なお合理的な疑いを払拭することができないというべきである。
第4

結論

以上検討したとおり,原判決判示第1の事実については,被告人の犯罪行為の前提となるべきAのB外の共謀の成立について合理的な疑いが存するのみならず,被告人がA側の犯意を認識していたとする点についても合理的な疑いが払拭できないのであり,また原判決判示第2の事実については,同事実は原判決判示第1の事実の存在がその前提とされるところ,その点につき合理的な疑いが払拭することができない以上,判示第2の事実についてもその事実の存在及び被告人のA側の犯意についての認識の何れの点についても,それを肯定するにはなお合理的な疑いを払拭することができないと言わざるを得ないのである。
従って,被告人は無罪であり,原判決を破棄し,検察官の控訴を棄却するべきものである。
(裁判長裁判官
大谷剛彦

那須弘平

裁判官

裁判官

田原睦夫

寺田逸郎)
裁判官

岡部喜代子

裁判官

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