判例検索β > 平成21年(わ)第6154号

裁判員裁判対象事件

現住建造物等放火,殺人,殺人未遂被告事件
事件番号平成21(わ)6154
事件名現住建造物等放火,殺人,殺人未遂被告事件
裁判年月日平成23年10月31日
裁判所名・部大阪地方裁判所  第2刑事部
判示事項の要旨無差別に人を殺害する目的で,営業中のパチンコ店に火を放ち,5名を死亡させ,10名に傷害を負わせた事案につき,弁護人の心神耗弱の主張や絞首刑が「残虐な刑罰」(憲法36条)にあたるとの主張を排斥し,死刑が言い渡された事例(裁判員裁判対象事件)
裁判日:西暦2011-10-31
情報公開日2017-10-13 01:35:28
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主文
被告人を死刑に処する
理由
(犯罪事実)
被告人は,身の回りで起こる不都合なことは,自分に取り憑くみひという超能力者や,その背後にいるマークという集団の嫌がらせにより起こるもので,世間の人たちも,このことを知りながら,見て見ぬふりをしてみひらに手を貸しているのだと思い込んでいた。そして,将来,自分が生活に行き詰まるようなことがあれば,みひらや世間に対する復讐のため無差別殺人を起こそうと考えていた。
被告人は,平成21年4月末に仕事を辞め,求職活動に努めたものの,一向に新たな仕事が見つからなかった。そのため,同年6月末ごろには,みひらのせ
いで,まともな生活が送れなくなりつつある,意に沿わぬ生活を続けるくらいであれば,かねて念願の無差別殺人事件を起こして,みひらや世間に仕返ししたい,死刑になるほどの大事件を起こせば,みひらの嫌がらせが原因で事件が起きたことが世間に知れわたり,みひらへの風当たりが強くなって,活動を自粛するかもしれないなどと考え,無差別殺人を実行することに決めた。被告人は,確実に多くの人を殺せる方法を考えるうち,営業中のパチンコ店にガソリンをまいて火を放ち,店内にいる客や店員等を殺害することを思いつき,同年7月初めごろには,客の多い日曜日である同月5日に犯行に及ぼうと考え,身辺整理を進めた。他方で,仕事が見つかれば,このような犯行に及ぶ必要はないと思い,
友人から仕事を紹介してくれる電話がかかるのを待っていた。
しかし,
当日まで電話がかかることはなく,このままぐずぐずしていても仕方ないなどと考え,同日午後2時ごろには,犯行に及ぶことを最終的に決意し,確実に目的を遂げるための準備を進めることになった。そして,
被告人は,同日(平成21年7月5日)午後4時14分ごろ,株式会社Aが所
有し,B(当時69歳)ら多数の人が現にいる大阪市a区bc丁目d番e号Aビル(鉄骨造陸屋根5階建,床面積合計約1893.2平方メートル)の1階部分にあるパチンコ店Cの店内において,同店に放火するとともに,そこにいる客や店員等を無差別に殺害する目的で,バケツのガソリンを床にまき,溜まったガソリンの中に着火した複数のマッチを投げ入れて火をつけ,同店舗部分(床面積約313.9平方メートル)を全焼させて,現に人のいるAビルを焼損させるとともに,店内にいた客や店員らのうち,別表1記載のとおり,Bら5名を焼死させるなどして殺害したものの,別表2記載のとおり,Dら10名については,自力で店外に脱出し,駆けつけた救急隊員らの応急処置を受けるなどしたため,両側下腿熱傷等の傷害を負わせたにとどまり,殺害するには至らなかった。(争点に関する判断)
本件の法律上の争点は,①犯行当時の被告人の責任能力の程度と,②絞首刑の憲法適合性の2点である。
第1
1
被告人の責任能力の程度
犯行当時,被告人が,精神疾患に罹患していたことは争いがない。しかし,その精神疾患がどのようなもので,犯行にどのような影響を与えたのか,その影響の程度が心神耗弱を疑わせるようなものか,という点に争いがある。
2
当事者の主張の概要等
(1)

検察官の主張
被告人の精神疾患はいわゆる覚せい剤精神病であり,これが犯行動機に一部影響していたものの,被告人の判断や行動を支配したり,強い影響を与えるまでには至っていない。被告人は,自らの意思と判断で,犯行を決意し実行しており,善悪を判断する能力も,その判断に従って行動をコントロールする能力も,著しく損なわれてはいなかった。被告人が犯行当時心神耗弱の状態にあったという疑いは生じず,完全責任能力を有していたことは明らかである。
このことは,
①前提事実や判断手法等に問題がなく,

内容が合理的で信用できる鑑定人Eの鑑定意見(以下E鑑定という)及び鑑定人Fの鑑定意見(以下F鑑定という)
,並びに,②犯行前後に
おける,妄想等の影響をうかがわせず,むしろ違法性の認識をうかがわせる被告人の言動や,自分の安全を確保しつつ目的を達成するための合理的な手段をとっている犯行の態様,さらには,動機の根本が,仕事に就けず生活が行き詰まるという現実の問題に対するうっぷん晴らし,八つ当たりという理解可能なものであることなどから明らかである。

なお,捜査段階で精神鑑定を行った証人Gは,公判廷において,犯行当時の被告人の精神疾患は軽度の統合失調症妄想型であり,責任能力が限定されていた旨述べる(以下G鑑定という)
。しかし,G鑑定は,前提事
実を誤っているばかりか,判断手法にも問題があり,陰性症状や社会的機能の低下といった重要な要素の判断にも誤りがあるため,専門家の意見として採用することはできないものである。

(2)

弁護人の主張
被告人は,精神の疾患により,平成10年にみひという女性の幻声を聞いて以来,自分がみひやマークという集団に様々な嫌がらせ
をされている,多くの人々はこれを知りながら見て見ぬふりをしているとの妄想を抱き続けていた。そのような中,被告人は,平成21年4月末に仕事を辞めてから,新たな仕事に就けない状況が続くと,
みひの嫌が
らせが最終段階に来て,これ以上生きさせないようにしている,見て見ぬふりをする人々に対する無差別殺人によってみひやマークに一矢
報いなければ,野垂れ死にへと追い込まれると確信し,最善かつ唯一の選択として,今回の犯行に及んだものである。このように,犯行は妄想により引き起こされたものであり,妄想のため,被告人の善悪を判断する能力がゆがめられ,犯行に及ぶことが被告人にとって必然となっていた。G鑑定も同趣旨のことを述べており,犯行当時,被告人は,善悪を判断する能
力またはその判断に従って行動をコントロールする能力が著しく低下していた疑いがある。

E鑑定及びF鑑定は,被告人の精神疾患がいわゆる覚せい剤精神病であることを前提に,完全責任能力を認めるかのような結論を出しているが,いずれの鑑定においても,診断基準の用い方に問題があり,統合失調症との鑑別において重要な陰性症状の判断にも誤りがある。F鑑定について更に言えば,妄想の評価や,判断の前提となった性格検査にも問題がある。したがって,E鑑定及びF鑑定は採用できない。

(3)

評議では,当事者の上記主張を踏まえ,犯行当時,被告人は,主体的に判
断し,行動することが可能であったのか,それともこれらが制約されていた疑いがあるのか,仮に疑いのある場合には,どの程度制約されていた疑いがあるのかを検討した。
その結果,精神疾患が犯行に影響していること自体は否定できないが,その影響は間接的なものにとどまり,被告人の主体的な判断や行動を制約するものではない,完全責任能力を有していたことは間違いない,との結論に至った。以下では,このような結論に至った理由の概略を説明する。3
本件の争点である責任能力の判断は,精神医学上の専門知識を要する事柄である。専門家である精神医学者の意見は,前提に問題があったりするなど,これを採用できない合理的な事情がない限り,
十分に尊重されなければならない。
本件では精神医学者3名による鑑定が存在するので,これらの内容を検討した上,犯行当時の被告人の責任能力を検討した。
(1)

各鑑定の概要について
E鑑定の概要
(ア)

精神疾患の内容
DSM-Ⅳ-TR(物質誘発性精神病性障害)の診断基準によれば,
被告人は,犯行当時,覚せい剤により誘発された持続・慢性的な精神病
性障害に罹患していた。これは,F鑑定がいう覚せい剤精神病と同じものと考えてよい。
このように判断した理由は,
以下のとおりである。

被告人は,
覚せい剤使用後の平成4年ごろから,人に見られている,
笑われているなどという被害念慮を持ち続けていたところ,平成10年ごろに,過度の疲労から急性精神病状態となり,
みひの幻声を
聞いた。覚せい剤に起因する精神病に関しては,覚せい剤をやめた後でも,非特異的ストレスにより急性精神病状態をきたすこと(逆耐性現象)が知られており,被告人に幻聴が生じた当時の状況もこれに当たる。


明らかな幻聴は10日ほどで消失している。しかも,この10日間も通常通り仕事をし,
幻声に無理なことを言われれば聞き流しており,
その後は,聞く気がなければ聞こえない状態となっている。このように,幻聴や妄想による自我への侵襲性が乏しく,妄想にも強さが感じられない。また,被告人は,病的体験に対する疑いも相当期間抱いている。これらは統合失調症の幻覚妄想の特徴に合致しない。


被告人は,平成4年ごろから持ち続けていた人に見られている,笑われているという感覚について,原因を考え続けていたところ,平成10年ごろにみひの声を聞いてからは,それらがみひの
せいであると理解し,身体の不調等の不都合なことをみひやマークに結びつけて解釈し,妄想を構築していった。このような妄想構築は,被告人の積極的な思考による二次妄想である。妄想を日常生活に適合させるという妄想構築であり,統合失調症の妄想の特徴とは合致しない。


面接時における被告人の応答状況等や,犯行に至るまでの被告人の就労状況等からすれば,
被告人には,
統合失調症の重要な要素である,
思考の貧困や意欲の欠如,感情の平板化等の陰性症状も,生活能力の
低下も認められない。
(イ)

精神疾患が犯行に与えた影響の有無・程度
被告人は,
思うように仕事に就けず,
生活に行き詰まったことを
みひらの仕業であると妄想的に解釈し,
みひら及びこれを付け上が
らせた世間の人や家族に対して仕返しをするために,無差別殺人をしようと考えた。しかし,被告人の妄想は二次妄想であり,妄想そのものによって行動や思考が直接的に左右されることはなく,妄想構築そのものは被告人の思考の結果である。
このように,
不都合なことを
みひらの仕業であると妄想的に解釈し,
みひらや世間の人に仕返し
をしたいと思うことは,平成13年に器物損壊事件を起こした時と同様であり,被告人は,そのような思いを平成13年以来持続させながらも,その時々の状況を被告人なりに理解し,考えて行動しており,日常生活を支障なく送ることができていた。被告人の妄想は日常生活を補うものであり,被告人が意思をもって行動を起こしている時に,その妄想が直接的な影響を及ぼし,行動を支配することはない。


犯行の直前及び当日においても,それまでと異なる精神状態にはなかった。犯行が法律に反する悪いことだとの認識も有しており,幻聴が行動を左右することもなかった。


以上のとおり,犯行の動機は二次妄想の結果であり,妄想を構築した思考方法において,覚せい剤の持続・慢性的な影響が認められるものの,妄想そのものに被告人の行動や思考が直接左右されることはなく,被告人は,犯行時も,普段と変わりないその時々の思考,判断によって行動していた。以前と同様に,仕事が見つかるなどのきっかけがあれば,十分に犯行を回避することが可能であった。


F鑑定の概要
(ア)

精神疾患の内容

先のア(ア)とほぼ同様の理由から,被告人は,犯行当時,いわゆる覚せい剤精神病,すなわち,1986年に厚生省(当時)の覚せい剤中毒者対策に関する専門家会議の中で作成された診断基準にいう覚せい剤精神病遷延・持続型に罹患していた。(イ)

精神疾患が犯行に与えた影響の有無・程度
被告人が,平成4年以降人に見られているなどといった注察妄
想・被害関係妄想を抱き続けたことや,平成10年ごろにみひの
幻声を聞いたことは,覚せい剤精神病の影響によるものである。しかし,これら2つを結びつけて,注察妄想や自分に不都合なことをみひらの嫌がらせによるものと解釈し,みひら及びこれを野放しに
している世間の人や家族に仕返ししようと考えたことは,被告人の正常な精神機能によるものである。犯行当時にも明らかな精神病症状はない。


仕事があるうちは犯行に及ばないと考え,
かわいそう
という理由
で家族を殺人の対象から外すなど,被告人は利害得失等の合理的な判断ができており,
自らの意思で犯行を思い止まることも可能であった。
ホームレスになったり生活保護を受けたりするくらいなら,
みひ

に対する仕返しを実行する,その手段として無差別殺人を行うということは,
被告人が自ら考え,
その意思に基づいて選択した行動である。


以上のとおり,被告人は,就労の失敗とそれに伴う経済的困窮のため,心理的負担が高まっていた中で,自らの意思決定により犯行に及んだものである。そこには,
欲求不満が満たされないような事情で,被告人にとって極めて重要な場面になると,反逆的,衝動的な行動が見られるという被告人の性格も強く影響していた。覚せい剤精神病の影響は,動機の形成過程の最初の一部に限られており,被告人の意思で犯行を回避することは可能であった。


G鑑定の概要
(ア)

精神疾患の内容
DSM-Ⅳ-TR(統合失調症)の診断基準によれば,被告人は,犯
行当時,軽度の統合失調症妄想型に罹患していた。このように診断した理由は,以下のとおりである。

統合失調症と覚せい剤精神病の鑑別は困難であるが,その中で鑑別の大きなポイントとなるのは,陰性症状の有無,すなわち,感情の平板化,思考の貧困または意欲の欠如の有無である。統合失調症と診断するためにはこの症状が必要であり,併せて,社会的または職業的機能の低下が生じていることも必要である。
被告人において,重大な犯行に及んだにもかかわらず,家族や被害者,遺族らに対する謝罪の気持ちがなく,真の反省や後悔もなく,逃亡中,家族のいる広島をためらいなく通過し,逮捕後の身柄拘束に全く苦痛を感じず,家族や友人の面会を断るなど,感情,特に,他人への思いやりや共感といった高等感情の平板化が明らかに見られる。また,被告人においては,30歳ごろまでは交友関係が活発であったのに,30歳ごろにみひの幻声を聞いて以降,他人や家族との
関係が希薄になり,事件直前に債務整理を弁護士に依頼しながら放置していたなど,社会的機能の低下も明らかに見られる。
このような陰性症状及び社会的機能の低下を見れば,被告人は統合失調症に罹患していたと診断される。被告人が社会内で仕事を続け,支障なく生活してきたことなどは,統合失調症が軽度であったことを示す事情にすぎない。


被告人は,平成10年ごろにみひの幻声を聞いて以降,自分が
みひやマークに嫌がらせをされている,世間の人や家族はこ
れを知りながら見て見ぬふりをし,
みひ
らの片棒を担いでいるとい

う妄想を抱いている。これらの妄想とそれ以前の被害念慮等とは質的に大きな差があり,しかも,
みひの幻声が出現したのは,覚せい剤
を使用してから7年も後のことである。そうすると,
みひの幻声以
降の妄想が,
覚せい剤精神病の逆耐性現象によるものとは考えにくく,
むしろそれとは異なる病気によるものと考えられる。
また,被告人の妄想は,細部まで詳しく体系化されており,多くの場合に即物的・現実的である覚せい剤精神病の妄想とは,質・量ともに異なったものである。妄想の自我侵襲性が弱く,妄想と日常生活との折り合いが付いていることなどは,E鑑定が指摘するとおりであるが,統合失調症妄想型が軽度(統合失調症の前段階の症状と境界を接するようなもの)であれば,そのようなこともあり得る。
(イ)

精神疾患が犯行に与えた影響の有無・程度
被告人は,みひ」
から40歳で命が終わると言われていたこともあり,犯行直前のころには,「みひらの嫌がらせが最終段階に来ている,これ以上嫌がらせをされると自分がもたない,
自分が死ぬのを覚悟で
みひ
らに一矢報いなければならないと考えて,やむにやまれず犯行に及んだものである。このような動機は,妄想抜きには理解できない。被告人の生活歴や性格,行動からしても,妄想の影響なくして,被告人が本件のような重大な犯罪に及ぶとは考えられない。
犯行直前に被告人が
みひ
の幻声をはっきりと聞いたのは,統合失調症の病勢が強くなっていたことの表れである。以上によれば,被告人は,統合失調症の妄想に突き動かされて犯行に及んだものであり,
当時,
被告人自身が善悪の判断をし,
それに従って行動することは著しく困難であった。
(2)

各鑑定の検討
各鑑定を検討する上で,本件犯行がどのような経緯や態様で行われ,その際,被告人が,どのように考えて行動したのかを確定しておくことが不
可欠である。証拠によれば,これらは以下のようなものであったと認められる。
(ア)

外形的な事実経過の概要は別表3(省略)のとおりである。そして,
平成3年以降のやや詳しい事実経過は次のとおりである。

被告人は,平成3年ごろから覚せい剤の使用を始め,半年ほど使用を続けた後,覚せい剤取締法違反で逮捕され,平成4年1月,懲役1年2か月,3年間執行猶予・保護観察付の判決を受けた。被告人は,これ以降覚せい剤を使用していない。
被告人は,逮捕後,拘置所内のシミが揺れたり,人にのぞかれているような感覚を持つようになった。また,裁判後,
誰かに見られている,笑われているといった感覚や,暴力団に追われているという感覚を持つようになった。その後,被告人は,暴力団の追跡から逃れようと思い,北海道に行き,指を切り落とし,自殺を図るなどした。

被告人は,平成4年2月から4月までH病院に入院し,覚せい剤精神病と診断されて治療を受けた。その結果,暴力団から追われているという感覚はなくなったものの,誰かに見られている,
笑われている
といった感覚は残り,その感覚は現在まで続いている。
退院後,被告人は福岡県に移り住み,溶接工を1年ほど,ダンプカーの運転手を4年9か月ほど勤め,この間に結婚し,2人の子どもをもうけた。


被告人は,
妻から,
収入を増やして欲しいなどと言われたことから,
平成10年ごろに転職し,長距離トラックの運転手をするようになった。そのころの勤務態勢は,2泊3日の行程を1週間で二,三回ほど行うという厳しいものであった。
長距離トラックの運転手をするようになって一,
二か月たったころ,
被告人が高速道路上を運転していると,突然おーい,聞こえるかい
という女性の声が聞こえた。この声はみひと名乗り,
マークと
いう集団に属していると言い,
最初の二,
三日間は,
被告人に対し
左手を使うななどと指図をしてきたが,被告人が指図を無視するようになると,次第に声が小さくなり,10日間ほどでほとんど聞こえなくなった。その後,今回の犯行の直前にかわいそうなことしなさんなよという声を聞くまでの間,被告人がみひのはっきりとした声を聞くことはなかった。また,被告人は,このころから,体が重い,頭が痛いなどの身体の不調や,
車の不調があると,
みひかなて

と称する嫌がらせによるものであると思い込むようになった。

平成13年5月,被告人は,高速道路のサービスエリアで他人の乗用車にドライバーで傷をつけ,器物損壊で罰金5万円の略式命令を受けた。犯行の動機について,被告人は,
犯行の二,三日前から『みひ』の『かなて』を受けて背中が痛かったので,『みひ』らに仕返しがしたい,嫌がらせのしわ寄せを誰かにしたいと思った。『みひ』らの片棒を担いでいる世間の人に復讐をすることで,『みひ』らに対する世間の風当たりが強くなると思った。また,『みひ』らの片棒を担いでいる人たちに腹いせをしたいという気持ちもあった旨述べている。この犯行により,被告人は勤務先を解雇され,同年7月に離婚もした。


その後,被告人は,フォークリフトの運転やタクシーの運転の仕事をしたが,仕事の内容や給料面に対する不満等から短期間で辞めた。さらに,被告人は,合計6社において,タンクローリーの運転手等を勤めた。しかし,最初の1社では勤務していた部門が廃止され,次の2社では会社が事実上倒産したり,税務署の査察が入ったりし,鹿児島でのダンプカーの運転の仕事は,半年で仕事が少なくなり,大阪に来てからの勤務先では給料の遅配があるなどの事情で,いずれの会社も退職するに至った。鹿児島に行く前ごろから,被告人は,会社が事
実上倒産したりして,仕事を転々とせざるを得ないこともみひら
の嫌がらせによるものと考えるようになった。そして,平成21年4月末に,
仕事の内容や給料面に対する不満からI会社を退職し,
以後,
求職活動を続けたものの,新たな職には就けなかった。
(イ)

次に,犯行状況と,被告人が公判廷で供述する,その時々の心理状
態等は,概略次のとおりである。

被告人は,平成13年に器物損壊事件で捕まったころから,自分が行き詰まったときや,どうしても許せない人間が現れたときは,大きな事件を起こそうと考えるようになり,鹿児島に行く前ごろからは,生活が行き詰まったら,不特定多数の人を殺そうと考えるようになった。そのような中,被告人は,平成21年6月末ごろ,求職活動をしても一向に再就職できなかったため,このこともみひらの嫌がら
せのせいである,みひらは自分にまともな生活をさせないように
していると考えるようになり,無差別殺人の実行を現実のものとして具体的に考えるようになった。このとき,被告人は,みひらを放
置している世間の不特定多数の人々に対し,無差別殺人という手段によって復讐すれば,みひらに対する世間の風当たりが強くなり,
間接的にみひらに復讐ができると考えていた。


被告人は,無差別殺人の具体的な方法として,刃物で通り魔のように何人も殺すことや,雑居ビルに放火することも考えたが,確実に多数の人を殺すためにはパチンコ店にガソリンを使って放火する方法がよいと考えるに至った。また,確実に多数の人を殺せるよう,客の多い日曜日に,営業中のパチンコ店に放火することとした。ただ,他方で,仕事が見つかれば犯行に及ばないでおこうとも考えており,犯行当日まで友人からの仕事の紹介を待っていた。


被告人は,平成21年7月5日の午前中はテレビを見るなどして過
ごしていたが,午後2時ごろ,犯行に及ぶことを最終的に決意し,ホームセンターで,犯行に用いるガソリンの携行缶,バケツやマッチ,逮捕後に留置施設で使用するための下着類を購入した。被告人は,この時点で最終的に犯行を決意するに至った理由について,

このまま,ずるずるしていても,時間ばかりが過ぎてしまう。そろそろふんぎりつけて,行動に移さないといけないと考えた

旨述べている。被告人は,
一旦自宅に戻ってマッチに確実に火がつくことを確認し,
マッチ二,三本の頭の部分をマッチ箱から出して,すぐに取り出せる状態にした上で,携行缶等を持って,本件パチンコ店へと向かった。本件パチンコ店を犯行の対象と決めた理由について,
被告人は,

立地条件,すなわち,隣にビルがあって,人目につかずにガソリンをバケツに移すことができる。また,商店街の端に位置し,犯行後逃げるのにも適していると考えたからである

旨述べている。d
本件パチンコ店に着くと,被告人は,ガソリンを購入するときに邪魔になるバケツを付近の自動販売機の上に置き,携行缶を持って近くのガソリンスタンドにガソリンを買いに行ったが,2軒が休業しており,3軒目でガソリン10リットルを購入した。被告人は,2軒目のガソリンスタンドに行く途中で,
みひのかわいそうなことしなさんなよという幻声を聞いたものの,これを無視して犯行に及ぶことにした。


被告人は,本件パチンコ店に戻ると,警備員に怪しまれないようにしばらく付近を歩き回り,
警備員がいなくなると,
バケツを手に取り,
人目に付かない隣のビルの階段まで移動し,携行缶内のガソリンをバケツに移した。バケツを持って移動するのに不便だということで,ガソリンの量は八分目程度にとどめた。また,被告人は,その際の心境について,
それまで平静であったが,バケツにガソリンを移す際には多少ドキドキした旨述べている。f
被告人は,ガソリンの入ったバケツを左手に持ち,すぐに火をつけられるようにマッチ箱を口にくわえて,本件パチンコ店の東側出入口から店に入り,すぐに店内の床にガソリンをまき,マッチに火をつけて放り投げ,自らは西側出入口から店外に出た。なお,床にガソリンをまいたのは,タバコを吸っている人がいるかもしれないため,引火の危険を避けるには足元にまいた方がよいと,とっさに判断したからであった。


被告人は,犯行後,火事に気付いて人が集まり,客も外に逃げ出しはじめていたので,乗ってきた自転車を現場に置いたまま自宅に戻った。被告人は,当時の気持ちについて,
達成感とともに,熱がっている人を見て,酷いことをしたという思いも抱いた旨述べている。被告人は,その後,大阪を離れ,翌日,岩国において自首した。大阪を離れた理由について,
被告人は,救急車や消防車の音が気になり,
自宅にいても落ち着かなかった。とりあえず西に向かうことにした。防犯カメラに写っていることなどが分かっていたので,いずれ捕まるが,そうなれば死刑になり,2度と社会に戻れないので,気持ちを整理する時間がほしかった。翌日,岩国まで行って満足できたので,そこで自首した旨述べている。

これらの事実をもとに,各鑑定の内容を検討した。
(ア)

被告人の精神疾患について,E鑑定及びF鑑定はいわゆる覚せい剤
精神病であるとし,G鑑定は統合失調症であるとしている。また,G鑑定は,E鑑定及びF鑑定とは異なり,精神疾患が犯行に与えた影響が非常に大きなものであったとの見解を示している。このように,G鑑定と他の鑑定は結論を大きく異にするものであるが,それは,①統合失調症の特徴である陰性症状(感情の平板化,思考の貧困または意欲の欠如)
及び社会的機能の低下の有無についての診断の差と,②妄想の犯行への影響の評価の違いによるものである。
(イ)a

まず,陰性症状について見ると,G鑑定は,陰性症状が認められ

る根拠として,謝罪の気持ちや反省等がないことを挙げている。
しかし,Fによれば,DSM-Ⅳ-TR(統合失調症)の診断基準において,陰性症状のような状態が妄想等の陽性症状の影響のために生じている場合には,それは陰性症状と評価することはできないとされている,とのことである。そして,この点はGも認めている。
被告人に,世間の人や家族(両親,姉妹,元妻)がみひの嫌が
らせを知りながら見て見ぬふりをしているなどという妄想があり,それが現在まで続いていることは,どの鑑定も認めるところである。このような妄想があれば,自らの行為を正しいと信じて謝罪や反省等を生じなかったり,また,家族や社会に対する反発心から,次第に関係が疎遠になるのは無理のないところである。
ところで,弁護人は,子どもとの関係までが疎遠になるのは不自然であり陰性症状を否定できないと指摘する。しかし,子どもたちは,いずれも未成年で,幼少のころから元妻に引き取られ,養育費等も支払われていなかったのであるから,元妻と別個に子どもたちと良好な関係を築くことなど不可能である。弁護人の指摘は理由がない。
また,G鑑定は,被告人が逮捕後の身柄拘束に全く苦痛を感じていないとする。しかし,これはGの推測にすぎず,そのように推測した根拠も明らかでない。むしろ,被告人の妄想が,身柄拘束後次第に強まっていることからすると,被告人なりにストレスを感じていることが明らかである。
そうすると,G鑑定が陰性症状の根拠として挙げる点は,そのように評価すべきものではないことになる。


次に,社会的機能の低下について見ると,G鑑定は,みひの幻
声を聞いた30歳ごろを境に,それまで活発であった交友関係が希薄になったことなどを根拠とする。
しかし,
G鑑定が活発な交友関係の根拠として挙げる事実の多くは,
被告人が覚せい剤の事件を起こした平成4年よりも前のことである。しかも,被告人は,平成4年以降『誰かに見られている,笑われている』といった感覚を持ち続け,その理由について考え続けていたところ,30歳ごろに『みひ』の声を聞いて,上記感覚が『みひ』らのせいであると理解できたことで,多少人付き合いがよくなった旨述べている。
また,G鑑定は,事件直前に債務整理を弁護士に依頼しながら放置したことも根拠とするが,被告人の供述によれば,放置したのではなく,今回の事件を起こしたために手続が中断したにすぎない。


以上によれば,陰性症状があるというG鑑定の見解は,前提事実に問題があるほか,DSM-Ⅳ-TR(統合失調症)の診断基準に照らして無理がある。また,社会的機能の低下があるとする点も,前提事実を誤ったものといわざるを得ない。
逆に,
被告人との面接の結果や,
犯行に至るまでの被告人の就労状況等から,被告人には陰性症状も社会的機能の低下もないと判断したE鑑定及びF鑑定は,前提事実に誤りがなく,内容も合理的なものである。

(ウ)

次に,妄想の犯行への影響の評価を見ると,G鑑定は,被告人の統合
失調症は軽度のものであるが,犯行直前には被告人の幻聴や妄想が活発になっていたとし,その根拠として,犯行直前に,被告人がみひの幻声をはっきりと聞いたことを挙げる。また,Gは公判廷で,事件の際も被告人には幻聴が多く聞こえていたと述べ,検察官から被告人の供述と異なる旨指摘されると,被告人は幻聴が聞こえてもおかしくない状況にあった,
幻聴が多く聞こえていたというのは自分の思い込みかもしれないと述べた。
しかし,被告人の供述によっても,犯行直前にみひのはっきりとした幻声を聞いたのは1回だけであり,犯行時には,そのような幻声は聞いていない。しかも,聞こえた1回の幻声の内容は,被告人の犯行を止めようとするものであるが,被告人はこれを無視している。
これらの事実からすると,犯行直前あるいは犯行時に,幻聴や妄想が活発になっていたとは考えがたい。Gが,公判廷で,事件の際も被告人には幻聴が多く聞こえていた旨述べたのは単なる記憶違いと思われる。しかし,このように述べるに至ったのは,本件のような犯行に及んだこと自体を異常と捉え,妄想に突き動かされたとしなければ,その説明が付かないと考えているからであろう。結論を先取りして,犯行に至るまでの事実関係を無視するものだといわざるを得ない。
他方,E鑑定及びF鑑定は,被告人との面接の結果や,犯行に至るまでの被告人の生活状況等を根拠として,犯行動機を形成する原因となった妄想は,被告人の思考の結果生じたものであり,被告人の行動や思考が妄想に直接左右されることはなく,犯行時にもそれまでとは異なる精神状態にはなかったとしている。これらの鑑定の前提事実に誤りはなく,結論に至る過程も合理的で納得のいくものである。
(エ)

以上に見たとおり,G鑑定については,前提事実に誤りがあるなどの
問題が多く,精神疾患が犯行に与えた影響についての意見も採用することはできない。他方,E鑑定及びF鑑定は,前提事実に誤りがなく,内容も合理的なものであり,これらを採用できないとする理由はない。弁護人が指摘する診断基準の使い方の問題は,E鑑定及びF鑑定の内容の合理性に影響しない。また,性格検査についても,臨床心理士という専門家が実施したものであるし,被告人が公判廷で,
会社の同僚に対して,内心殺してやろうかと思うこともあったなどと述べていることからすれば,性格検査の結果としてF鑑定が述べるところは,被告人の性格とそれほどかけ離れたものではなく,F鑑定の合理性を損なうものではない。
(3)

そこで,
被告人の精神疾患及びこれが犯行に与えた影響について,
E鑑定

及びF鑑定を基本に検討した。

被告人は,平成10年にみひの幻声を聞いた後,平成4年以来続いていた被害念慮ないし被害関係妄想をみひと結びつけた。また,身体の不調や,仕事が続かないなどの自己に不都合なことを,
みひらの嫌が
らせだと捉えるようになった。さらに,世間の人や家族がこのような事情を知りながら見て見ぬふりをしているのだと考え,怒りの矛先をみひだけでなく世間にも向け,生活が行き詰まれば,無差別殺人をしようなどと思うようになった。
そのような中,
平成21年4月末に仕事を辞めた後,
約2か月間,新たな仕事に就けなかったことを,
みひらの嫌がらせで,
まともな生活をできなくさせようとしているのだと受け取り,無差別殺人を実行することで,世間,ひいてはみひらに復讐しようと考え,本件犯行に及んだのである。


反面,被告人は,みひの幻声が生じた平成10年以降,10年以上もの間,支障なく日常生活を送り,職場を変えながらも仕事を続け,犯行直前にも熱心に求職活動をしている。
無差別殺人を漠然と考え始めた後も,
仕事をして収入があるうちは,これを具体的なものとして考えず,実行に移していない。被告人は,妄想と現実世界の折り合いを付けながら,社会のルールに従い,長年生活してきた。犯行当日も,従前と特に異なる精神状態に陥った様子はなく,久しぶりに聞いたみひの幻声も無視し,計画どおりに周到に準備をし,大量無差別殺人の実現と自らの身体の安全の確保のために,通常人以上の注意を払って冷静に犯行に及んでいる。

被告人は,本件犯行が,社会的に到底許されない,死刑になるような重
大犯罪であり,それを実行することで,自分がどのような立場に置かれるか,また,家族にも迷惑が及ぶということを十分に認識していた。被告人は,その上でもなお,みひらに対する復讐として,無差別殺人を行うことが価値のあることだと考えたのである。一方で,被告人は,このような考え方が社会に通用しないものだということも分かっていた。エ
また,被告人は,犯行を決意した際,生活保護を受給するなど,生活を守るための他の手段も考えたが,借金が返済でき,趣味もある程度楽しめる生活水準を下回るのは嫌だと考え,また,ホームレスになるのも嫌だと考えて,結局,今回の犯行に及ぶことを選んだのである。犯行を決意した後も,仕事が見つかればやらないでおこうなどと考えて,友人からの仕事の紹介をぎりぎりまで待っていた。


以上のとおり,被告人は,本件犯行が死刑に値する極めて重大な犯罪だと十分に分かった上,展望のない不本意な生活を送るよりも,みひらや世間に一矢報いることの方が価値のあることだと考え,犯行に及んだのである。
確かに,
本件犯行の端緒は,
精神疾患によってもたらされたものである。
被告人は,超能力者であるみひの存在を信じ,身の回りで起こる不都合なことはみひらの仕業だと考えるとともに,世間の人や家族も,みひらの活動を放置し,その手助けをしているなどと思い込んで,みひ
だけでなく世間に対しても恨みを抱くようになった。自らの境遇等への不満をみひらや世間に転嫁し,恨みの対象としたのである。このような思考に陥ったことには精神疾患が影響している。
しかし,恨みを晴らすか,また,どのような形で晴らすかということは,被告人が自ら判断して決めたことである。被告人は,あらゆる利害得失を考えた上,最終的に本件犯行に及ぶことを選択したのである。そして,決めたことを確実に実行するため,極めて合理的に行動している。犯行後の
行動にも異常な点は認められない。妄想はあっても,被告人が,犯行当時,それに影響されることなく,主体的に判断し行動できていたことは明らかである。精神疾患の影響は,あくまでも間接的なものにとどまり,大きなものではない。被告人が完全責任能力を有していたことに疑いはない。第2
1
絞首刑の憲法適合性
弁護人は,絞首刑は,受刑者に不必要な苦痛を与え,頭部を離断させるおそれもある。その実態は,執行に立ち会った者が,これほどむごたらしいものはないと述懐するほどのものである。世界的に見ても,今日,絞首刑を維持している国は限られている。これらの点からすると,絞首刑が残虐ではないとした判例(最大判昭和30年4月6日刑集9巻4号663頁)は,時代と環境の変化の下で,もはやその前提を失ったというべきである。絞首刑は憲法36条に反する残虐な刑罰に当たる。また,頭部離断に至った場合には,断頭刑となり,法の定めない刑が執行されたことになって,憲法31条にも反する旨主張する。

2
裁判員の意見も聴いた
(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律68条3項)
上,弁護人の主張を検討したが,絞首刑は憲法に違反するものではないとの結論に至った。その理由は以下のとおりである。
(1)ア

法医学者である証人Jによれば,
絞首刑で受刑者が死亡する経過や,

身に及ぼす影響は以下のとおりと認められる。すなわち,
(ア)

最も多く,典型的な経過は,①頸動静脈の圧迫により脳への血流が
遮断されて酸欠状態となり,
脳細胞が死滅して心臓停止により死亡する,
あるいは,②咽頭が圧迫されて気道閉塞のため酸欠状態に陥り,同様の経過で死亡する,という2つのパターンである。これらは競合することも考えられる。前者(①)の場合には,脳に酸素が残る5ないし8秒間は意識があり,後者(②)の場合は,体に酸素が残る一,二分間は意識がある。そして,この間,頸部圧迫による苦しみや,縄によって生じる
頸部の傷に伴う痛みを感じる。
(イ)

もっとも,縄のかかり方によっては,首が左右均等に絞まるとは限
らないため,意識のある時間がより長くなって,痛みや苦しみもより大きなものとなる。加えて,加わる力が大きすぎるときは,頭部が離断することも考えられる。その場合,首の皮が強いため,完全に離断はせず,内部組織だけが一部離断する場合も多い。これを避けるため,縄の長さ(落下距離)
を短くすれば,
締まり方が緩慢になり受刑者の苦痛が増す。
頸部組織の強さなどは,個人によってまちまちであるため,頭部の離断を完全に防ぐことは不可能である。

また,証人Kは,自らが絞首刑の執行に立ち会った体験をもとに,少し前まで呼吸をし,体温もあった受刑者が,手足を縛られ,首をロープにかけられ,執行後,首を基点に揺れる様子は,正視に耐えないむごたらしいものだと思った。絞首刑には,どのようなことが起きるのか予見できず,あってはならない事態が起きる可能性があるという問題もある旨述べた。

(2)ア

このように,絞首刑は,多くの場合,意識喪失までに最低でも5ないし
8秒,首の締まり方によっては,それが2分あるいはそれ以上かかるものとなり,その間,受刑者が苦痛を感じ続ける可能性がある。しかも,場合によっては,頭部離断,特に頸部内部組織の離断を伴うことがある。絞首刑には,受刑者が死亡するまでの経過を完全には予測できないといった問題点がある。

しかし,死刑は,そもそも受刑者の意に反して,その生命を奪うことによって罪を償わせる制度である。受刑者に精神的・肉体的苦痛を与え,ある程度のむごたらしさを伴うことは避けがたい。憲法も,死刑制度の存置を許容する以上,これらを不可避のやむを得ないものと考えていることは明らかである。
そうすると,
死刑の執行方法が,
憲法36条で禁止する
残虐な刑罰に当たるのは,考え得る執行方法の中でも,それが特にむごた
らしい場合ということになる。殊更に受刑者に無用な苦痛を与え,その名誉を害し,辱めるような執行方法が許されないことは当然としても,医療のように対象者の精神的・肉体的苦痛を極限まで和らげ,それを必要最小限のものにとどめることまで要求されないことは明らかである。自殺する場合に比べて,安楽に死を迎えられるということになれば,弊害も考えられる。特にむごたらしいか否かといった評価は,歴史や宗教的背景,価値観の相違などによって,国や民族によっても異なり得るし,人によっても異なり得るものである。死刑の執行方法が残虐と評価されるのは,それが非人間的・非人道的で,通常の人間的感情を有する者に衝撃を与える場合に限られるものというべきである。そのようなものでない限り,どのような方法を選択するかは立法裁量の問題といえよう。

絞首刑が死刑の執行方法の中で最善のものといえるかは議論のあるところであろう。しかし,死刑に処せられる者は,それに値する罪を犯した者である。執行に伴う多少の精神的・肉体的苦痛は当然甘受すべきである。また,他の執行方法を採用したとしても,予想し得ない事態は生じ得るものである。確かに,絞首刑には,前近代的なところがあり,死亡するまでの経過において予測不可能な点がある。しかし,だからといって,既にみたところからすれば,残虐な刑罰に当たるとはいえず,憲法36条に反するものではない。
また,Jの証言や,弁護人が提出した証拠によっても,頭部離断は,例外的に事故として生じるものであると認められ,しかも,多くの場合,頸部内部組織の離断にとどまる。そうすると,たとえこれらの事態が生じたとしても,多くの場合,断頭とまではいえないし,極めてまれな例外的な場合を一般化し,絞首ではなく断頭であるとするのは相当ではない。したがって,憲法31条に反するものでもない。
弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)


現住建造物等放火の点

刑法108条

各殺人の点

刑法199条(別表1の各被害者ごと)

各殺人未遂の点

刑法203条,
199条
(別表2の各被害者ごと)

科刑上一罪の処理

刑法54条1項前段(現住建造物等放火と各殺人
と各殺人未遂),10条(一罪として犯情の最も
重い殺人罪の刑で処断。なお,各殺人は,現住建
造物等放火及び各殺人未遂と比べれば犯情は重い
が,いずれも等しく犯情が悪く,各殺人の刑のい
ずれが最も重いかを決することはできないから,
判示各殺人のうちいずれかを特定することなく,
殺人罪の刑によって処断する)

刑種の選択
訴訟費用の不負担

死刑を選択
刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)
1
本件は,仕事が見つからず,生活に行き詰まりを感じた被告人が,そのような状況に追い込まれたのはみひやマークのせいであると考え,みひら及びこれを手助けしてきたと考えられる世間の人に復讐するため,大量無差別殺人をしようと決意し,営業中のパチンコ店にガソリンをまいて火を放ち,店を全焼させ,店内の客及び店員のうち5名を焼死等により死亡させ,10名には両側下腿熱傷等の傷害を負わせたものの,殺害には至らなかったという,現住建造物等放火,殺人,殺人未遂の事案である。

2(1)

検察官は,
①社会内で普通に生活する誰もが被害者となり得る凶悪,重大な事案である。②犯行動機の本質は,生活がうまくいかないことへのうっぷん晴らし,八つ当たりであり,自分本位で身勝手,反社会的である。③多数の人を確実に殺すという強い意思に基づく計画的犯行であり,生きている人間を焼き殺すという犯行態様は極めて残虐である。④5名が死亡し,10名が重軽傷を負った。店内やそのビル内にいた多数の人々の生命も危険にさらした。財産的損害も大きい。被害結果は極めて重大である。⑤被害者及びその遺族の処罰感情は峻烈である。⑥社会的影響も重大である。⑦反省や謝罪がない。自首についても,その経緯や理由からすれば,減軽の根拠とはならない。これらの事情を総合的に判断すると,今回の犯罪はあまりにも重大で,被告人に有利な事情を最大限考慮しても,死刑に処すべきであるなどと主張する。(2)

一方,弁護人は,今回の犯行は精神疾患の影響によるものである。今後の治療によって,被告人の精神疾患は改善する可能性があり,それによって真の反省,謝罪の気持ちが芽生える可能性もある。死刑が残虐・過酷な絞首刑によって執行されることも考慮すると,被告人を死刑,すなわち絞首刑に処すべきではないなどと主張する。(3)

評議では,当事者双方の上記主張を踏まえ,どの刑に処するのが相当か,と
りわけ,被告人を極刑に処することが,被告人に有利な事情を最大限考慮しても真にやむを得ないと認められるかについて議論した。
3(1)

本件が凶悪な重大事案であること,
大量無差別殺人の実現に向けた強い意思

に基づく計画的で極めて残虐な犯行であること,被害結果が極めて重大であること,被害者及びその遺族の処罰感情が峻烈であること,社会的影響も重大であることは,検察官が主張するとおりである。被告人は,多数の人を確実に殺すために,人が多い日曜日のパチンコ店に狙いを定め,引火性が高く危険なガソリンを利用し,周到に準備した上で犯行に及んだ。その結果,パチンコを楽しみ,あるいは仕事をしていた何の罪もない人々を,一瞬にして,爆発的に燃え上がった炎と煙に巻き込み,5名に激しい苦痛と恐怖を与えて殺害し,10名に重軽傷を負わせた。しかも,犯行当時,パチンコ店の中には100名を超える人がおり,さらに多くの被害者が出てもおかしくない状況にあった。悲惨
かつ重大な結果を生じさせることを積極的に意図した,計画的で残虐非道な犯行であり,まれに見る悲惨で重大な事案であるといわなければならない。(2)

犯行動機も身勝手極まりない。確かに,不都合なことを全てみひらのせ
いだと考え,世間にいわれのない恨みを抱いたことについては,精神疾患の影響を否定できない。しかし,このような恨みを晴らすため,無差別殺人を決断したのは,被告人自身の選択,判断である。どのような理由があろうとも,このような犯行に及んでよいはずはなく,全く酌むべき点がない。
(3)

亡くなった被害者らが感じたであろう苦痛や恐怖,
突然人生を終わらされた

無念さは計り知れない。これらの被害者の遺族らの悲嘆は深く,遺族らが被告人に対する厳正な処罰を訴え,極刑を望むことも至極当然のことである。また,他の10名の被害者も,炎や煙が発生した店内をやっとの思いで脱出しており,中には,体に火がついたまま脱出した者や,炎の中に飛び込んで店外に脱出した者もいる。
その苦痛や恐怖も極めて大きい。
5名は重傷を負って,
生死の間をさまよい,一命を取り留めた後も,激痛を伴う治療を受け,瘢痕拘縮等のために自由に体を動かせず,事件から2年以上が経過した現在においても痛みが続き,将来苦痛から解放される見込みもたたない状況にある。何の罪もないのに人生を大きく狂わされ,苦難に満ちた人生を送らざるを得なくなった被害者らが,極刑を望むのは当然のことといえよう。
4(1)

確かに,被告人は,犯行後自首し,その後も一貫して犯行を認め,捜査に協
力している。しかし,被告人が自首し,捜査に協力した理由は,みひらへの復讐のためには,犯人が自分であることを世間に知らしめることが必要であると考えたためであり,自首することも被告人の計画の一部であった。反省や悔悟の感情からこのような行為に出たものではない以上,この点を被告人に有利に考慮することはできない。
(2)

また,
被告人の世間への恨みなどが精神疾患に影響されたものであることか
らすれば,治療により,真の反省や謝罪の気持ちを抱かせ,更生させることが
できるかもしれない。しかし,先に述べたとおり,今回の犯行はあまりにも凶悪で重大なものである。刑を定めるに当たり,更生の可能性を過度に有利に考慮することはできない。
5
以上のとおり,本件は,被告人が身勝手極まりない理由で,パチンコ店に火を放って焼損させ,意図したとおり,多数の死傷者を出したという凶悪重大な犯行であり,罪と刑のバランスや,同種事犯の抑止の観点から考えても,死刑をもって臨むしかない事案である。
もちろん,
死刑は被告人の生命を奪う究極の刑罰であり,
その選択に際しては,
これを回避すべき事情がないかどうか慎重に検討しなければならない。しかし,先にみた犯行態様,罪質,動機,結果,被害感情,社会的影響及び犯行後の情状等を総合考慮すると,被告人が不特定多数の人々を殺すために悲惨な殺害方法を計画し,これを実行して罪のない多数の者の生命を絶った責任はあまりにも重大である。動機形成に一部妄想が影響していることなどの,被告人のために有利と考えられる事情を最大限考慮しても,その生命をもってその罪を償わせるしかないとの結論に至った。

(求刑

死刑)

平成23年10月31日
大阪地方裁判所第2刑事部

裁判長裁判官

和田
裁判官

武林仁美
裁判官

華井俊樹真
別表1
氏名

年齢

死亡日

場所

死因

(死亡当
時)
1B
69歳

平成21年7月5日

パチンコ店C

焼死

2L
20歳

同上

同上

同上

3M
72歳

同上

同上

同上

4N
62歳

同上

同上

一酸化炭
素中毒

5O
50歳

平成21年8月6日

大阪市f区gh丁目i番広範囲熱
j号

傷を原因

病院P

とする緑
膿菌真菌
敗血症に
よる多臓
器不全

別表2
氏名

年齢

負傷状況

治療日数

後遺症

(受傷当
時)
1D
(見込みを含
む)

48歳

両側下腿熱傷(Ⅲ度),両

加療622日間

瘢痕拘縮等

全治見込み未定

同上

全治見込み未定

瘢痕等

全治見込み未定

瘢痕拘縮

全治見込み未定

足関節の可動制

手・両前腕熱傷(Ⅱ度),
顔面熱傷(Ⅰ度)
2Q
26歳

全身熱傷(Ⅱ度),気道熱
傷,廃用症候群

3R
51歳

両上肢・両肩・頸部・顔面
熱傷(Ⅱ度),気道熱傷等

4S
48歳

全身広範囲熱傷(Ⅰ~Ⅲ
度)

5T
28歳

広範囲熱傷,廃用症状

限等
6U
50歳

両足熱傷(Ⅱ度)

全治10日間

なし

7V
46歳

両足火傷(Ⅱ度)

全治13日間

なし

8
Wこと

52歳

左足火傷(Ⅱ度)

通院加療

なし


約2週間

9Y
74歳

左足熱傷

同上


45歳

左耳,左肘熱傷(Ⅰ度)

なし

全治約1週間

なし

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