判例検索β > 平成20年(行ウ)第198号
公務外災害認定処分取消請求事件(通称 地公災基金大阪府支部長公務外認定処分取消)
事件番号平成20(行ウ)198
事件名公務外災害認定処分取消請求事件(通称 地公災基金大阪府支部長公務外認定処分取消)
裁判年月日平成22年3月29日
裁判所名大阪地方裁判所
分野労働
裁判日:西暦2010-03-29
情報公開日2017-10-19 14:07:09
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主1文
地方公務員災害補償基金大阪府支部長が,原告に対し,平成16年12月24日付けで公務外の災害と認定した処分を取り消す。

2
訴訟費用は被告の負担とする。

第1

実及び理由
請求
主文1項同旨

第2
1
事案の概要等
事案の概要
本件は,堺市立P1中学校(以下本件中学校という。)の教師

であったP2(昭和▲年▲月▲日生)が,平成10年▲月▲日早朝,自宅にて自殺を図り,死亡に至ったのは,対教師暴力や宿泊訓練等の校務による重い心理的負荷によりうつ病を発症し,かつ,発症後も校務の軽減措置等の支援がなされることなく,また,生徒との間には重い心理的負荷となる出来事が次々と発生する中で,症状が増悪した結果であるとして,P2の夫である原告が,地方公務員災害補償法(以下地公災法という。)に基づいて,地方公務員災害補償基金大阪
府支部長(以下原処分庁という。)に対し,公務災害認定を請求
したところ,原処分庁が,公務外の災害と認定する処分(以下本件処分という。)をしたため,被告に対し,同処分の取消しを求める事案である。
2
前提事実(ただし,末尾に証拠等を掲げた部分は証拠等によって認定した事実,その余は当事者間に争いのない事実)
(1)

P2の職歴


P2は,昭和51年4月に大阪府教育委員会に教員として採用

され,以下のとおり堺市立小中学校の教師として勤務してきた。
昭和51年4月∼昭和52年3月
昭和52年4月∼昭和61年3月

堺市立P4小学校

昭和61年4月∼平成8年3月

堺市立P5中学校

平成8年4月∼

堺市立P3小学校

本件中学校

P2は,本件中学校に赴任した平成8年度は,1,2年生の社

会科を担当するとともに1年4組・5組の副担任となり,校務分掌として家庭科クラブの顧問,教科書係,学年会計を担当した。
平成9年度は,2年生の社会科及び道徳等を担当するとともに
2年7組(男子18名,女子19名,合計37名)の担任となり,校務分掌として家庭科クラブの顧問,教科書係を担当していた。
なお,平成9年度,本件中学校の2学年は9クラス328名の
生徒が在籍し(同年5月1日現在),担当教員は,学年主任が1
名,担任が9名,副担任が3名,その他1名で構成されていた(乙8の23頁,47頁,63頁ないし65頁)。
(ただし,2年7組の生徒の在籍者数について,乙8の137頁)(2)

うつ病の発症
P2は,平成9年6月13日,心身の変調を訴え,P6クリニッ

ク(心療内科)を受診し,翌14日にP7クリニック(精神科)を受診したところ,うつ状態と診断され,ドグマチール(抗うつ薬)等の投与を受けている。P2は,遅くとも平成9年6月ころ,うつ病(ICD-10のF3感情障害)を発症した(以下本件精神障害という。)。(乙8の191頁)。
(3)

P2の死亡
P2は,平成9年6月14日以降,P7クリニックに通院しなが

ら勤務を続けていたが,同年11月20日,担任クラスの生徒とのトラブルを機に,第1時限の授業途中に早退し,P7クリニックを受診した後,直ちにP8病院に緊急入院し,同年12月26日まで入院を継続した。その後,P7クリニックに2週間に1回のペースで通院して自宅療養を続けたが,平成10年4月16日,症状が悪化し,再び,P8病院に再入院し,同年7月1日まで入院を継続した。その後,P7クリニックに通院して自宅療養を続けたが,同年▲月▲日,自宅居間にて縊頸の方法により自殺を図っているところを原告に発見され,病院に搬送されるも,同日午後10時15分死亡した。
なお,P2は,上記トラブルで早退した平成9年11月20日以
降,有給休暇及び病気休暇を取得し,その後,自殺をした日まで休職していた。(乙8の79頁,81頁及び87頁)
(4)

精神障害発症の機序
精神障害の成因については,環境由来のストレスと個体側の反応

性,脆弱性との関係で精神破綻が生じるかどうかが決まり,ストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし,逆に脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破綻が生じるとするストレス-脆弱性理論が,今日の精神医学,心理学の
領域において広く受け入れられている。
(乙4,5)
(5)

本件処分ないし本訴提起の経緯
原告は,P2の自殺は公務に起因したものであるとして,平成
12年10月16日付けで,原処分庁に対し,公務災害の認定請求を行ったところ,原処分庁は,平成16年12月24日,P2の自殺が公務に起因するものではないとして,務外の災害であると認

定する旨の本件処分を行い,これを原告に通知した。

原告は,本件処分を不服として,平成17年2月14日,地方
公務員災害補償基金大阪府支部審査会に対し,査請求を申し立て

たところ,同審査会は,平成19年5月24日,同審査請求を棄却する旨裁決し,同年6月13日,原告に同裁決の通知をした(乙8の6頁,239頁)。


原告は,上記審査請求に対する裁決を不服として,平成19年
6月28日,地方公務員災害補償基金審査会に対し,再審査請求を申し立てたところ,同審査会は,平成20年5月26日,同再審査請求を棄却する旨裁決し,これを原告に通知した(乙8の3頁)。

原告は,上記再審査請求に対する裁決を不服として,平成20
年10月17日,本訴を提起した(顕著な事実)。

3
争点及び争点に対する当事者の主張
(1)

争点
P2の死亡は,公務に起因するものか。

(2)

争点に対する当事者の主張

(原告)

公務上外の判断基準
自殺が公務起因性を有するというためには,該公務と精神障害

の発症もしくは増悪及び自殺との間に相当因果関係のあることが
必要であるところ,相当因果関係の存否を判断するにあたっては,精神障害に関する医学的知見を踏まえて,症前の業務内容及び生

活状況並びにこれらが労働者に与える心理的負荷の有無や程度,

らには当該労働者の基礎疾患等の身体的要因や精神障害に親和的
な性格等の個体側要因等を具体的かつ総合的に検討し,会通念に

照らして判断するのが相当である。
P2の本件精神障害の発症と,れによる自殺の公務起因性を判

断するにあたっても,本件精神障害の発症前並びに発症後の増悪

から自殺に至るまでの間におけるP2の公務内容や公務上の出来
事及び生活状況,公務がP2に与える心理的負荷が,会通念上,


精神障害を発症,悪させる一定程度以上の危険性を有するかどう

か,P2が精神障害と親和的な性格等を有するかどうかただし,


性格傾向は,れまでの生活史を通じて社会適応状況に特別の問題

がなければ,個体側要因として考慮する必要はない。)等を具体的かつ総合的に判断することになる。
ここで,公務による心理的負荷が精神障害を発症,増悪させる一
定程度以上の危険性を有するかどうかであるが,れを判断するに

あたっては性格やストレス反応性について多様な状況にある労働
者のうち,日常業務を支障なく遂行できる,同種労働者のなかで最も脆弱な者,るいは脆弱な者も含んだものを基準とすべきである

し,事後的あるいは第三者的に評価するのではなく,当事者が置かれていた立場や地位,場における具体的状況下を踏まえて評価す

べきである。
また,自殺と公務との間の相当因果関係を考えるにあたっては,
精神障害を発症するまでの公務による心理的負荷に加えて,症し

た精神障害を増悪させる公務による心理的負荷も含めて総合的に
判断すべきである。

本件精神障害発症前の公務による心理的負荷
(ア)

当時の学校の荒れた状況

P2が赴任した平成8年当時の本件中学校は,非常に荒れた状
態にあり,授業中の生徒の徘徊,授業エスケープ,校内での喫煙,シンナー吸引,授業妨害,器物損壊だけでなく,対教師暴力,生
徒間のいじめ,恐喝,暴行,他校生とのトラブル等,生徒の問題
行動が起こらない日はないという状況であった。対教師暴力も日
常的なものであった。学校の記録に残っているだけでも,平成9
年4月からP2が入院する同年11月までの8か月間に別表1
のとおり20件の対教師暴力事件が発生している。
(イ)

持ち帰り作業の過重性

P2は,平成9年度,2年生の社会科を担当していたところ,
進度にあわせたプリントを授業の度に事前に作成・準備して行う
というプリント授業を行っていた。同授業のためP2が作成した
プリント数は,休業中に授業のために準備したものも合わせると
101枚に及び,すべて手書きで,誤字・脱字がほとんどなく,
時間をかけて丁寧に作成されていた。P2は,これらプリントの
作成のみならず,テストの採点,通知表の作成,欠席したり問題
を起こした生徒への電話連絡等を,すべて自宅に持ち帰って行っ
ていた。
これらの作業は,いずれも必要かつ期限に追われての作業であ
りながら,在校時間中は,授業や多くの校務分掌に加え,生徒に
よる問題行動への対応に追われ,あるいは生徒が職員室に自由に
出入りして書類等をのぞくため,これらの作業をすることができ
ず,持ち帰らざるを得なかったものである。
(ウ)

対P2への暴力

平成9年5月22日,この日は中間テスト2日目であった。
P2は,ノートを提出していない生徒に対し,テスト終了後教
室に残るよう指示したが,該当する生徒の1人が帰ろうとしたた
め,

待ちなさい。

と言って鞄を押さえたところ,当該男子生徒から手拳でみぞおちを殴られ,全治1週間を要する打撲を負っ
た。
P2にとって,同暴力は教師生活21年間で初めて経験する生
徒からの暴力であり,しかも当該生徒はP2のクラスの生徒で,
日ごろ特別な指導を必要とする生徒ではなかったため,身体的な
衝撃に加え,生徒に対する不信,生徒を指導できていないという
教師としての自信の喪失や自責の念を生じさせるものであった。
しかも,暴力を受けた直後の学年教諭の会議では,警察に被害届
を出さないということが話題となったのみで,P2への支援等が
話し合われることはなく,学年主任も,再三,P2に対して当該
生徒からの謝罪を受けるよう要請するばかりであったため,P2
は,自己への支援のなさを痛感していた。
(エ)


宿泊訓練
事前の集合訓練
平成9年6月9日から同月11日まで,2泊3日で2年生の

宿泊訓練がP9で行われた(以下宿泊訓練という。)。
これに向けて,同月4日,校内で宿泊訓練前の集団訓練が行
われたものの,生徒らは石を投げ合い,並ぼうとせず,座らず,
話を止めず,到底集団行動をとることができる状況ではなかっ
た。P2は,同訓練直後の職員室で

こんな無茶苦茶な状態だったら,宿泊訓練はやめましょう。

と提案し,その後も中止を提案した。しかし,今さら中止もできないとの意見が大勢を
占め,計画どうり実施することになったものの,P2自身は,
実施に大きな不安を抱いていた。


宿泊訓練1日目(6月9日)
当日の予定並びに教師及びP2の行動等は以下のとおりで
あった。
午前6時

教師登校
午前6時30分

生徒集合

午前7時

出発

午後1時

ホテルに到着(昼食後)

午後2時15分

広場でクラスごとの集合写真撮影
その後,散策
なお,散策は,班毎に分かれてチェック
ポイントを回るオリエンテーション形式
で,教師は,それぞれのチェックポイント
で配置についていた。しかし,生徒は,道
の真ん中を何人もで広がって歩いたり,注
意すると道の真ん中にわざと寝そべって見
せたりし,予定時刻になっても宿舎に戻ら
ない班もいくつかあった。

午後4時30分から午後5時45分まで
5班に分かれて15分毎に入浴
なお,教師は,入浴5分前に生徒を集合
させて人数と所持品の確認を行った。P2
は,入浴人数が多いため濡れていた女子脱
衣場の床を拭いたりした。
午後6時10分から午後6時50分まで
夕食
なお,非常に騒がしく,揃っていただきますがなかなか言えず,食べ始めるまでに時間がかかり,食事指導は大変であっ
た。

キャンプファイヤーの予定であったが,
雨のため中止となり,急遽2日目に予定し
ていた大広間での演芸会が実施されること
になった。しかし,予定外のことで準備に
手間取り,生徒もなかなか揃わなかったた
め,予定の午後7時45分より遅れて始ま
った。教師は,会場から生徒が勝手に出て
行かないよう注意したり制止したりした。
午後9時15分

室内反省会(各部屋毎に本日の反省と日
記記入,担任は部屋を回って確認)

午後9時30分

就寝準備(健康カードの記入と担任によ
るチェック)

午後10時

消灯
しかし,生徒が寝ずに部屋の外に出てウ
ロウロしたり,部屋の中で騒いだりした。
そのため,教師は,注意するのが大変で,
特に,男女の行き来がないよう,3階の女
子と2階の男子の間の階段に見張りを立て
て注意をした。P2も,階段の踊り場にず
っと詰めていた。

消灯後

2回(午後11時30分∼午前0時,午
前0時10分∼午前0時40分)に分けて
教師の打ち合わせが行われた。しかし,P
2は,生徒が抜けようとするため持ち場か
ら離れることができず,参加していない。
なお,P2は午前3時ころまで持ち場を
離れられず,その後も,両隣の部屋がうる
さくて一睡もできなかった。


宿泊訓練2日目(6月10日)
当日の予定並びに教師及びP2の行動等は以下のとおりで
あった。
午前5時

生徒が早く起き出すため,教師は,起き
て準備を始めた。

午前6時10分

生徒の起床,部屋の片付けと寝具の整理
なお,担任は,各部屋を回って整理指導
と健康チェックを行った。

午前6時30分

予定していたP9登山について,天候不
良のため,中止を決定した。急遽,付近の
ハイキングに切り替え,現地ガイドと相談
の上,2クラス毎にコースを決めた。

午前6時40分

生徒を広場に集合させ,体操を行い,登
山中止の予定変更を含めた連絡を行った。

午前6時55分

生徒に健康チェックカードを記入・提出
させて確認した。

午前7時から

朝食

午前9時15分

生徒を集合させてガイドからハイキング
コースを説明し,午前9時30分ころホテ
ルを出発した。
なお,約2時間程度のハイキング中,ど
のクラスも生徒がちゃんと並んで歩かず,
生徒の所在や安全確認ができず,担任とし
てはとても神経を使った。途中のP9寺で
のクラス毎の集合写真でも生徒が揃わず時
間がかかった。
午後0時前

ホテルに戻り昼食の後,午後1時30分
から体育館でクラス対抗のドッジボールを
行う予定であったが,生徒が集まらず,集
まった者だけでただドッジボールを行うこ
ととなり,教師がいくら指導しても,15
人ほどは体育館の舞台に寝そべりながらし
ゃべって参加しなかった。

午後4時30分から午後5時45分まで
5班に分かれて15分毎に入浴
なお,教師は,入浴5分前に生徒を集合
させて人数と所持品の確認を行った。P2
は,の日も女子脱衣場の床を拭いていた。

午後6時10分から

夕食
しかし,生徒が集合しないので,なかな

か始まらず,教師は,やきもきした。
午後8時ないし9時ころより
キャンプファイヤーを始めたが,の際,

輪になってゲームをする予定であったが,
火の上を飛び越したり,火のついた棒を振
り回したりする生徒が続出し,何をしてい
るのか分からず,ゲームの司会の生徒は怒
って泣き出し,教師は,各クラスの後ろで
勝手に出て行こうとする生徒の指導に追
われた。しかし,途中からは定位置に座ら
せるのをあきらめ,広場から出て行かない
ようにだけ注意していた。
午後9時15分

室内反省会

午後9時30分

就寝準備

午後10時

消灯
しかし,昨夜以上に,生徒が寝ずに部屋
の外へ出てウロウロしたり,部屋の中で騒
いだりした。そのため,教師は,注意する
のが大変で,特に,男女の行き来がないよ
う神経を使い,P2は,昨夜同様,階段の
踊り場にずっと詰めていた。

午前0時ころ

女子生徒3名(うち2名がP2のクラス
の生徒)が所在不明となり,旅行業者も加
わって建物内外を探し回り,P2も女子の
部屋を探し回った。15分ほど後に女子生
徒2名を男子生徒の部屋で発見した。中学
生といっても体は大人で,何かあったら親
御さんに申し訳ないと,P2はうちひしが
れた様子であった。

午前1時から2時ころまで
P2は,他の教師とともに生徒指導を行
った後,不寝番の配置につき,午前3時こ
ろ,学年主任の指示で部屋に戻って就寝し
た。


宿泊訓練3日目(6月11日)
当日の予定並びに教師及びP2の行動等は以下のとおりで
あった。
午前6時

教師は,当日の準備を終えていた。

午前6時30分

生徒の起床,部屋の片付けと寝具の整理
なお,担任は,各部屋を回って整理指導
と健康チェックを行った。
朝食後,チェックアウトを済ませ,体験
学習のアイスクリーム作りを行い,その後
昼食を取った。

午後0時

バスで現地を出発

午後4時半ごろ

学校に到着し,午後5時ころ解散した。
なお,P2は体調不良を訴えていた女子
生徒を自分の車で家まで送って行った。



宿泊訓練でのP2の心理的負荷
このように,P2は,宿泊訓練以前からその実施に不安を抱
き,全く統率の取れない生徒らの行動の中で疲労・ストレスを
感じていた。加えて,深夜の不寝番や,担任の女子生徒がいな
くなり,捜索,生徒指導が必要になる等,肉体的な疲労,睡眠
不足に加えて精神的なストレスのかかる行事であった。

(オ)

本件精神障害の発症

P2は,宿泊訓練の翌日である平成9年6月12日は通常の勤
務に就いたものの,宿泊訓練の代休日であった同月13日,P6
クリニックを受診した。その際,P2は,

現在の中学校に移ってから,生徒達とのトラブルが続いて気分が落ち込んでいる。

と訴えたりしたところ,同クリニックの医師から専門医の診療が
必要と言われ,翌14日,P7クリニックを受診した。P2は,
同クリニックを受診した際,察した医師に今年担任を持った,

がんばらねばと思っていたが,だんだんしんどくなった。対教師暴力があった。子どもにたたかれて怪我をした。それ以来調子が悪い。泣いて謝ったので被害届は出さなかった。宿泊訓練に頑張って参加したが,その後イヤと思い込み始めた。宿泊訓練の間は24時間集団のいじめにあっていた。子どもが私のいうことを全く聞かない。と訴えた。医師は,P2の精神症状について,本件精神障害と診断し,ドグマチールを処方した。
同月16日,原告がP2の上記受診を受けてP7クリニックの
医師と面接したところ,P2には休業が必要であると告げられ,
原告も休業に同意した。原告は,その日のうちに本件中学校に赴
き,教頭にP2の休業を含めて医師から受けた説明内容を話した
ところ,教頭から休まない方向で頑張ってくれと言われ,後日,
P2自身も,教頭から,子どもが見捨てられたと思うので頑張っ
てくれと言われた。そこで,P2は,生徒のことを考え,頑張ら
ねばという気にもなって,休業することなく,同クリニックに通
院しながら勤務を続けることとなった。
(カ)


本件精神障害発症前1か月間の公務の量的過重性
上記(ア)ないし(エ)の公務に加え,本件精神障害発症前の1

か月前後,P2には以下のような公務も重なり,肉体的精神的
負荷を生じさせていた。
平成9年5月13日から同月19日まで,P2は,放課後に
教育相談を実施し,毎日5,6人の生徒と個人別懇談を行った。
同月26日から同年6月7日までの2週間,P2は,教育実
習生の指導にあたっており,この間は,事前の指導案を作らせ
てチェックし,授業を練習させ,実際に授業をやらせて,その
評価,事後の報告の点検を行わねばならなかった。なお,P2
にとって,教育実習生の指導は7年ぶり2回目の経験であり,
本件中学校では40数名の教員中9名のみが担った職務であ
った。また,P2が担当した実習生は,

生徒が担任のP2よりも僕の言うことをよく聞く。

と公言してはばからず,P2は,指導しても虚しく残念であると語る等,精神的負担も重か
った。
宿泊訓練直前の平成9年6月2日からの1週間,P2は,毎
朝始業前に校門に立って生徒に挨拶する週番を担当した。


本件精神障害発症前1か月間のP2の時間外労働時間は,持
ち帰り作業のうち,授業用プリントの作成,学年だよりの作成
及びテストの採点に要した時間,昼食指導時間,宿泊訓練に伴
うものだけを見積もっても,別表2のとおり,97時間23分
に達していた。


本件精神障害発症後の公務による心理的負荷
(ア)


本件精神障害発症後における校内の出来事
平成9年9月中頃,P2が職員室の自席を空けていた際,P

2の隣席であったP10教師のところに来て,P2の席に座っ
て話をしていた女子生徒がトイレに行くため席を立った。その
間にP2が自席に戻って作業をしていたところ,トイレから戻
ってきた女子生徒が,

私が座っていたんやで。

と怒鳴り,これをP2が無視すると,P2が座っていた椅子ごと職員室内
をぐるぐる引き回した。P2がやめて,止めてと叫び,こ
れを見かねて他の教師が生徒を制止して止めさせた。


同年10月2日の体育大会の際,タイヤに乗った担任を生徒
が引っ張ってゴールするというタイヤ引きレースがあった。そ
の際,P2のクラスのアンカーグループは,P2がタイヤに乗
っても,これを無視し,暫くタイヤを引こうとせず,他の者に
促されてようやくゴールした。


同年11月初旬,男子生徒が顔面を殴り合う事件が発生し
た。P2は,2人の間に体を張って止めに入ったが,暴行を止
めることができなかった。



同年11月7日の合唱コンクールに向けた練習をしなけれ
ばならなかったところ,生徒が教室から出て行くのを止めるの
がやっとで,まともな練習ができず,コンクール当日もP2の
クラスの生徒はほとんど声を出さない有様だった。

(イ)

授業中に漫画本を取り上げた際の出来事と症状の急激な増



平成9年11月20日,P2は,1限目の社会の授業中,漫
画を読んでいた生徒から漫画を取り上げたところ,板書中に取
り上げた漫画を生徒らに隠されることがあった。P2がそのこ
とをクラス全員に問い質しても,クラスの誰1人反応しなかっ
た。P2は,大きな精神的ショックを受けて,授業途中であっ
たが呆然として職員室に戻った。その際,P2は,学年主任に,

もうやり続けることはできない。これからのことは家族と相談して決めたい。

と訴えた。その様子は焦点の定まらない目から涙が流れるという異様なものであったが,学年主任から
は,

みんながんばっている,がんばってよ。

と言われただけであった。
P2は,早退し,その足でP7クリニックに行き,そのまま
P8病院に入院となった。



同日のP7クリニックのカルテには,

1時間目の授業中,子どもにいじめられているうちに調子が悪くなった。

と記載されており,同クリニックのP8病院への診療情報提供書に
は,平成9年4月よりクラス担任をすることになり,仕事に負担を感じるようになった。生徒からの嫌がらせもあり,抑うつ状態となり,P7クリニックに通院するようになった。・・・(中略)・・・11月運動会,音楽会等の行事を機に再び抑うつ気分悪化,イライラ感,死にたい願望が強まってきた。平成9年11月20日,1時限目の授業中生徒から嫌がらせを受け,その後すぐに学校を飛び出し,P7クリニックを受診した。とある。

P2は,同年12月26日までP8病院に入院したが,退院
後はP7クリニックに通院し,再び平成10年4月16日から
同年7月1日までP8病院に入院している。
退院後,P2は,再びP7クリニックに通院していたが,同
年▲月▲日,縊頸の方法により自殺を図っているところを原告
に発見され,病院に搬送されるも,同日午後10時15分死亡
した


公務以外の心理的負荷(家族関係等)
P7クリニックの診療録には,P2が,経済面で仕事を辞めるわ
けにはいかないと述べた旨の記載があるが,事実ではない。原告自身,後にP7クリニックを訪れ,済的な心配はないことを伝え,


医師から3か月休んだ方がいいと言われている。また,上記診療録には,P2が,原告のリストラへの不安や子どもらの将来についての不安を述べた旨の記載があるが,原告は,単身赴任後大阪に戻ってきており,リストラの不安等なかったし,子どもの将来に対する不安も,通常親が子に抱く一般的な不安にすぎず,長男は公務員を目指していたことから民間会社への就職活動を行っていなかった
だけであり,次男についても高校を卒業し,大学に進学している。オ
P2の性格及び既往歴
P2は,真面目,几帳面,責任感の強い性格であり,うつ病との
親和性があることは否めず,大学時代には精神疾患を発症し,P11病院及びP12病院で入通院治療を受けた経緯もある。しかし,その後,P2は,原告と結婚し,大学卒業後は教師として,家庭においても,職場においても,支障なく生活してきた。
P2に遠い過去の精神疾患既往歴があったとしても,その後,教
師としての公務を勤務制限を受けることもなく遂行してきている。したがって,P2の性格及び既往歴は,日常公務を支障なく遂行できる労働者として通常想定される範囲にとどまるものである。


本件精神障害発症及び自殺の公務起因性
以上のとおり,本件精神障害は,対教師暴力や宿泊訓練等の校務
による重い心理的負荷により発症し,つ発症後も校務の軽減措置

等の支援がなされないなか,体育大会,合唱コンクール,更には漫画本の取り上げ等の出来事による心理的負荷が加わる中で増悪し
たものであり,公務以外の家庭等,私生活上の心理的負荷によるものではなく,性格等の素因によるものでもない。
そして,P2の自殺であるが,本件精神障害により正常の認識,
行為選択能力が著しく阻害され,は自殺行為を思いとどまる精神

的な抑制力が著しく阻害されている状態でなされたものである。

たがって,P2の自殺は公務起因性を有する。

(被告)

公務上外の判断基準
災害が公務上の災害と認められるためには,職員が公務に従事
し,任命権者の支配管理下にある状況で災害が生じたこと(公務遂行性)を前提として,公務と災害との間に相当因果関係があること(公務起因性)が必要である。
ところで,一般に,疾病は,負傷とは異なり,発生原因が外面的
に明らかでなく,々の要因が複雑に絡み合って発症するものであ

り,災職員がもともと有していた素因や基礎疾患が疾病の発症に

大きく関わっている場合が多い。うした場合に公務と疾病との間

で相当因果関係が認められるためには,公務が,当該疾病を引き起こすその他の要因との関係において相対的に有力な原因であった
と評価できること,すなわち,精神障害を含む当該疾病が公務に内在する危険が現実化したものと認められることが必要である。
そして,その判断は,平成11年9月14日の地基補第173号
精神疾患に起因する自殺の公務災害の認定について(以下認定基準という。)に基づき,以下の要件のいずれかに該当し,かつ,被災職員の個体的・生活的要素が主因となって自殺したものではないことが必要というべきである。
(ア)

自殺前に,公務に関連してその発生状態を時間的,場所的に

明確にしうる異常な出来事・突発的事態に遭遇したことにより,
驚愕反応等の精神疾患を発症していたことが,医学経験則に照
らして明らかに認められること
(イ)

自殺前に,公務に関連してその発生状態を時間的,場所的に

明確にしうる異常な出来事・突発的事態の発生,又は行政上特
に困難な事情が発生する等,特別な状況下における職務により,
通常の日常の職務に比較して特に過重な職務を行うことを余儀
なくされ,強度の肉体的過労,精神的ストレス等の重複又は重
積によって生じる肉体的,精神的に過重な負担に起因して精神
疾患を発症していたことが,医学経験則に照らして明らかに認
められること。この場合において,精神疾患の症状が顕在化す
るまでの時間的間隔が,精神疾患の個別疾病の発症機序等に応
じ,妥当と認められること
なお,ここで肉体的過労,精神的ストレスが強度と言えるか
否かは被災職員本人が出来事をどのように受け止めたかではな
く,被災職員と職種,職等が同等程度の職員との対比において,
同様の立場にある者が一般的にはどう受け止めるかという客観
的な基準によって評価すべきである。

突発事故の不存在
本件精神障害の症状が顕在化した平成9年6月より前6か月間
に,P2が,認定基準にいう異常な出来事・突発的事態,すな
わち,その発生状態を時間的・場所的に明確にしうる爆発物,薬物等による犯罪又は大地震,暴風,豪雨,高潮,洪水,津波その他の異常な自然現象若しくは火災,発その他これらに類する異常な状

態に遭遇したとする事実はない。
平成9年6月からP2が長期休暇を取得する同年11月20日
までの約5か月間にも,上記の異常な出来事・突発的事態に遭
遇したとの事実はない。


本件精神障害発症前の公務による心理的負荷
(ア)

学校の荒れと対教師暴力について

平成9年5月22日に生徒から暴力を受けたことは,P2にと
って,教師生活21年で初めて経験する対教師暴力であり,ある
程度の精神的ストレスがあったと考えられる。
ところで,公立中学校での暴力行為は,平成20年度で発生件
数が3万9000件,発生学校数の割合が41.2%であり,平
成9年当時,各都道府県教育委員会に報告があっただけでも約1
万8000件あり,暗数もかなりあると考えられ,当時から,一
般の中学校の教師にとって学校の荒れは特に珍しいものではな
かったというべきである。対教師暴力についても,平成20年度
の公立中学校での発生件数は1万0125件,発生学校数の割合
は18%,被害教師数は5392名であり,暴力行為全体の件数
からみると平成9年度は平成20年度の半数程度と推測され,暗
数もあると考えられるところ,これも一般の中学校の教師にとっ
て珍しいことではなかったというべきである。
本件中学校においても,平成9年4月から同年11月までの間
に20件の対教師暴力事件が発生しており,数回にわたり対教師
暴力を受けている教師もいる中,対教師暴力を受けたのはP2だ
けではなく,勤務条件は他の同僚教師についても同様であるか
ら,この出来事が本件精神障害を発症又は著しく増悪させるほど
深刻な出来事であったとはいえず,これにより過度の肉体的過
労,精神的ストレスの重複又は重積があったとはいえない。
(イ)

宿泊訓練について

今回実施された宿泊訓練は,宿泊訓練とはいっても泊を伴う遠
足・修学旅行のようなものであって,P2が事前の集合訓練での
生徒らの様子を見て,宿泊訓練の実施に不安を抱いていたこと
は,雨のため予定していたP9登山が中止となり,低山でのハイ
キングに切り替わったことで,ある程度軽減したはずである。
また,宿泊に際しての不寝番や担任の生徒が所在不明になった
ことへの対応が,P2にある程度肉体的,精神的負荷を与えたに
しても,入浴指導や消灯後の不寝番について,P2は,他の教師
と分担して業務に当たっており,所在不明になった生徒もP2が
担任をしていた生徒だけではなかったし,生徒の捜索には教師が
総出で当たる等,僚教師らの協力も得られていた。たがって,


P2のみに負担が集中していたものではない。
そうすると,宿泊訓練にかかる業務がP2に本件精神障害を発
症させるほど過度の肉体的過労,精神的ストレス等を与えたとは
認められない。
(ウ)

持ち帰り作業の過重性(量的過重性)について

P2の本件精神障害発症前6か月間の時間外勤務時間数は不
明である。しかし,P2は,概ね定時である午後5時5分過ぎに
は退勤しており,時間外勤務時間数も特に多かったものとは認め
られず,自宅で作業をせざるを得ない諸事情があったとは認めら
れない。
原告は,プリント作成等の持ち帰り作業の過重性を主張する
が,授業に自ら作成したプリントを用いるかどうかは,教師の自
由裁量にかかる事項である。
P2は,自らの指導の方針として,自己の裁量で,昭和51年
に教師になって以来,継続してプリント作成を行っていたのであ
り,P2にとっては自宅でプリントを作成することが生活の一部
になっていたことが窺われる上,前任校時代に作成したプリント
を転用ないしは流用したことも十分推認される。しかも,持ち帰
り作業は,一般的に任命権者の支配管理下になく,任意の時間,
方法及びペースで行うことが可能であるため,原則として勤務公
署での時間外勤務と同等に評価することができない上,P2が自
宅でしたという作業内容,時間等を客観的に裏付けるに足るもの
もない。
したがって,原告が,P2がしたと主張する持ち帰り作業を本
件精神障害の発症又は増悪にかかる職務の過重性評価の対象と
することはできない。

本件精神障害発症後の公務による心理的負荷
本件精神障害を発症した後,師からの勧めに反して勤務の継続

を選択したのはP2自身であって,件精神障害を発症した平成9

年6月から長期休暇を取得する同年11月20日までの約5か月
間,P2が本件中学校において従事した業務内容は,P2にとって通常の日常職務の範囲内のものである。
平成9年9月中頃,員室でP2が椅子に座ったまま生徒に引き

回されたこと,年10月2日の体育大会でP2が生徒から無視さ

れたこと,年11月20日にP2が取り上げた漫画を生徒に隠さ

れたこと等があったにせよ,徒とのトラブルはP2のみに起こっ

たものではなく,当時,本件中学校に勤務していた他の教師も生徒とのトラブルに遭遇しており,P2と同程度の経験,立場にある一般標準的な教職員にとって,本件精神障害を発症させ,悪化させるような出来事とは解されない。
したがって,れらの出来事をもって本件精神障害を増悪させ自

殺に至らせるほどの肉体的,神的ストレスの重複又は重積があっ

たとはいえない。


公務以外の心理的負荷(家族関係等)
P7クリニックの診療録によれば,2は,件精神障害発症前,


家庭状況について,経済面で仕事を辞めるわけにはいかない,夫である原告は本社にいる時でも仕事のない部署で,任先はつぶれ赴ることになっているホテルである,いつでも会社でトラブルがある,長男は4年なのに就職活動もしていない,次男は高校も不登校気味で,今は何もしていない。旨述べている。このように,P2は,夫の勤務状況等から将来の経済的生活に不安を抱えており,長男と次男に関しても将来について不安を抱えていたことが明らか
で,このストレスも本件精神障害発症の要因になったものである。カ
P2側の危険因子
(ア)

性格

几帳面,真面目,ルールに忠実,人に気を遣う,物事にこだわ
る,感情が尾を引きやすい,頭がかたいといった性格は,うつ病
になりやすい。
ところで,P2は,同性格を有していた。
(イ)

遺伝因子

うつ病の罹患及び自殺行動には遺伝が関係するとの指摘があ
り,血縁のある親族にうつ病のいる人はうつ病に罹患しやすく,
同一家系に自殺が多発するとの報告がある。
ところで,2の場合,姉がうつ病に罹患して自殺しており,


P2にはうつ病に罹患しやすい遺伝因子があった上,P2の自殺
には姉の自殺の影響もあった。
(ウ)

既往歴

うつ病は再発率の高い疾患であり,うつ病相を反復するに従い
病相期は長くなり,重症度も増すとされている。
ところで,P2は,大学時代の昭和44年11月から,うつ病
で約2年間治療を受けているが,その後,寛解していたうつ病の
症状が再燃して,平成9年6月からの本件精神障害を発症したも
のである。
なお,P7クリニックの診療録には,洗浄強迫も25歳のころ
から本件精神障害の発症時まで続いていたことが記載されてお
り,寛解したとはいえ,極めて脆弱な状況が続いていたことが推
察される。
(エ)

自殺企図歴
自殺企図した患者が将来再び自殺行為を繰り返し,死に至る危
険は極めて高く,うつ病患者の自殺においては,自殺企図歴は後
の完遂自殺の最も有力な予測因子であるとされている。
ところで,P2は,昭和45年1月29日,自殺を企図して手
首を切った経歴を有していた。
(オ)

自殺念慮

自殺念慮は自殺の危険因子であり,自殺前にはしばしば認めら
れるとされている。
ところで,P2は,P7クリニックで本件精神障害の治療を開
始した平成9年6月14日の時点で,50歳になったら死のうと
思っていた等と訴えており,その後も,同年9月19日には,死
ぬか,学校を休むか,教師を辞めるかという趣旨のことを述べて
おり,同年11月10日には,50歳の誕生日には死のうと思っ
ていた,それ以上生きる必要はないと訴えており,同月20日に
は,希死念慮が強く入院を指示されている。
(カ)

周囲のサポート不足

うつ病の治療と自殺の予防には,家族の援助が必要である。
ところで,P2は,本件精神障害発症後も,夫である原告が冷
たいとか,子どもたちは夫とうまくいかないと述べており,家族
との関わりが余りよくなかったことが窺われる。現に,P2が本
件精神障害を発症した平成9年6月当時,原告は,単身赴任して
いたこともあって,P2を見守ることが物理的にできず,同年1
2月に単身赴任が解消された後も,勤務のためP2を日中は見守
ることができていなかった。
(キ)

他者の死の影響

近親者の死亡を最近経験した人の自殺率は高い。
ところで,P2は,自殺する直前の平成10年9月初旬には,
P2の夫である原告の父親が,次いで同月28日ころには,P2
の姉の夫がそれぞれ死亡したため,それぞれの葬式等に通った。
これら近親者の死亡がP2の自殺の原因の1つになっている。

本件精神障害の発症及び自殺の公務起因性について
以上のとおり,2に本件精神障害を発症させるほど強度な肉体

的過労,神的ストレス等を伴う過重な公務が課せられていたとは

認められない。本件精神障害の発症には,P2の家庭環境に加え,性格,遺伝因子,既往歴等の個体的要因が大きく影響しているものとするのが相当である。た,つ病等の精神疾患に罹患した場合,


その自然的経過の中で自殺が必然的に起こるものではなく,つ病

等の精神疾患は自殺の危険因子になるだけである。
ところで,P2は,自殺企図歴や精神障害の既往歴,遺伝因子と
いった複数の自殺の危険因子を有しており,らに本件精神障害発

症後,治療等が行われ相当期間経過しているが,その間,周囲のサポート不足,他者の死の影響が窺われる等,こうした危険因子が互いに連鎖しあって自殺という結果を引き起こした。
したがって,本件精神障害の発症とその後の自殺について,公務
が相対的に有力な原因となっているとは認められず,務と本件精

神障害の発症及び自殺との間に相当因果関係を認めることはでき
ない。

第3
1
当裁判所の判断
公務上外の判断基準について

(1)

地公災法が補償の対象としている地方公務員の公務上の災害(負傷,疾病,障害,死亡)とは,職員が公務に基づいて災害(負傷,疾病,障害,死亡)を被った場合をいい,少なくとも,公務と災害(負傷,疾病,障害,死亡)との間に条件関係のあることが必要である。
ところで,地公災法に基づく地方公務員災害補償制度は,公務に
内在又は随伴する危険が現実化して労働者に災害(負傷,疾病,障害,死亡)をもたらした場合には,使用者に過失がなくとも,使用者がその危険を負担して労働者が被った損失の填補をさせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものである。同制度の趣旨を踏まえると,災害(負傷,疾病,障害,死亡)が公務に起因して発生したといえるためには,単に当該公務と災害(負傷,疾病,障害,死亡)との間に条件関係が存在するだけではなく,社会通念上,公務に内在する危険の現実化として災害(負傷,疾病,障害,死亡)が発生・増悪したといいうること,すなわち相当因果関係のあることが必要と解するのが相当である。
(2)

上記のことは精神障害の公務起因性を判断するにあたっても同

様である。
なお,地方公務員災害補償制度の上記制度趣旨からして,故意に
よる死亡は,公務上の災害と認めることはできない。しかし,職員が精神障害を発症した結果,正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われた場合であって,当該精神障害が公務に起因すると認められる場合には,自殺による死亡についても公務起因性が認められると解するのが相当である。
そこで,公務と精神障害の発症・増悪との間に相当因果関係が認
められるための要件であるが,前提事実(4)で記載したストレス-脆弱性理論を踏まえると,ストレス(公務による心理的負荷と公務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,公務による心理的負荷が社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であるといえることが必要とするのが相当であ
る。
(3)

ところで,証拠(乙3)及び弁論の全趣旨によれば,認定基準は,
精神疾患に起因する自殺の公務災害の認定に関して,複数の専門家による検討結果に基づき,上記のような現在の医学的知見に沿って作成されたものであって,その内容には一応の合理性が認められるものの,同基準は,被告が,実際に処分を行う各支部長に対して,迅速かつ斉一的な認定を行うための運用基準を示したにすぎず,基準に対する当てはめや評価に当たって判断者の裁量の幅が大きく,公務上外の各出来事相互の関係,相乗効果等を評価する視点が必ずしも明らかでない部分もある。
以上のような認定基準の制定趣旨及び内容を踏まえると,認定基
準は,裁判所の公務上外の判断を拘束するものではないといわなければならない。
2
認定事実
前提事実及び証拠(甲9,12ないし19,25,26,乙8ないし11,13,15,17ないし19,証人P13,証人P14,原告)並びに弁論の全趣旨によれば,本件精神障害の発症・増悪及び自殺に至る経緯並びにP2の家族関係及び既往歴等について,以下の事実が認められる。
(1)

本件中学校の状況
P2は,平成8年4月,本件中学校に赴任し,平成8年度は1,
2年生の社会科を担当し,1年4組・5組の副担任となり,家庭科クラブの顧問となり,務分掌として教科書係及び学年会計を担当

した。
本件中学校は,時市内でも生活指導面での問題が非常に多い学

校であり,チャイムが鳴っても教室に入らない生徒が多く,これを注意すると,うるさい!,死ね!,殺すぞ!等の暴言
が返ってくるのは日常茶飯事で,授業が成り立たないこともあり,喫煙,器物破損,対教師暴力といった事件が多数発生し,教師が見張りに立ってもパン売場での恐喝事件が止まないといった状況で
あった。
(甲14,16,26,乙8の198頁及び199貢,証人P13)イ
平成9年度,P2は,2年生の社会科及び道徳等を担当し,2
年7組の担任となり,家庭科クラブの顧問となり,校務分掌として教科書係を担当した。
P2は,ラス担任を持つことについて,安を感じていたため,


校長からの要請について一旦は断ったものの,これだけ荒れてた

ら誰がやっても一緒や。

と言われ,やむなく引き受けた。生徒による問題行動は年度当初から毎日のように起こり,2を

含む教師は,その対応に追われた。4月には,2年生が入っていた校舎の壁面に大きな落書きがされ,2学年の教師で消したりした。1学期途中からは,タバコの吸い殻の量が増えたため,教師が分担して校内を巡回するようになった。2学期に入ってからは,コンセントにドライバー等を突っ込んでブレーカーを落とすいたずらや,トイレの便器,ドアガラス,蛍光灯等の破壊が繰り返し行われるようになり,授業中にもかかわらず,授業のため配布したプリント等を使用して作った紙飛行機を飛ばしたり,消しゴムを飛ばしたり,窓から庇に出て教室を移動したりして,業が妨害されることも頻

繁にあった。対教師暴力も記録に残っているものだけでも,別表1のとおり平成9年4月から同年11月までの8か月の間で20件
も発生している。
平成9年6月,堺市教育委員会の教育長は,本件中学校を視察し
た際,2階の庇に出ていた生徒に注意をしたところ,かえって,生徒から暴言を受ける等本件中学校の異常な実態を実際に見聞し,

た,同中学校の関係者から説明を受けて事態を深刻に考え,現状把握と生徒指導に関する指導助言のため,異例ではあったが,7月から11月までの間に延べ14日間にわたり,市教育委員会から教

育指導主事を2名,同中学校に派遣している。
(甲12,14,16,17,18,26,乙8の24頁,40頁,130頁,162頁,11,証人P13)

平成9年度当時の本件中学校では,生徒指導が最大の課題であ
ったにもかかわらず,学校としての方針がなく,個々の担任らの努力のみが強調されていた。とりわけ2学年は,教師が一致して生徒らの問題行動に取り組もうという雰囲気がなく,題が生じた場合

もその解決については個々の教師任せにされ,導方針に一貫性も

統一性もなかった。また,生徒指導にあたった教師から生徒に対して行った指導内容について,他の教師らに報告,連絡,相談して情報を共有化することもあまりなかったため,任の教師ですら事情

が分からないという事態も少なくなかった。
P2は,P2とペアを組み,生活指導係を担っていた副担任が,
担任であるP2の意向を聞かず,独自のやり方で生徒指導を行い,そのことをP2に相談,報告をしないこと,そのため,副担任が把握している生徒の情報を担任であるP2が把握できていないこと,副担任の指導が通るのに,担任であるP2の指導が通らないこと
等,担任との人間関係や担任クラス生徒の問題行動を含めてクラ

ス運営について深く悩んでいた。
(甲13,16,18,26,証人P13)
(2)

持ち帰り作業
P2は,教材研究をはじめ,学級運営や校務分掌に関する仕事
のほとんど,具体的には,授業用プリントの作成,テスト問題の作成及び採点,成績表の作成,教育実習生に対する指導案の作成及び教育実習生からの報告内容の点検,題を起こした生徒宅への電話

による指導といった作業を,本的には自宅に持ち帰って行ってい

た。
ところで,授業用プリントであるが,本件中学校においては授業
の際,板書をノートにとらせる方式での授業が成立しなかったた
め,徒が後で見れば分かるように,業の進度に応じてその都度,


手書きで自ら作成していたものである。その内容は,誤字・脱字がほとんどなく,下書きの後,丁寧に清書された跡が見られ,年表や一覧表を入れ込んだり,地図や図解を用いて,教科書には載っていない情報や解説を随所に盛り込んだり,違いやすい漢字について

は注意喚起とともに練習欄を設ける等,夫を凝らしたものとなっ

ていた。
(甲14,19,26,乙10)


P2が持ち帰って行っていた作業は,日々の授業や学校運営,
校務分掌に不可欠な作業であったが,以下のような事情から,学校にいる勤務時間内に行うことは困難であった。
(ア)

生徒が職員室に自由に出入りし,師が使用している机の上

だけでなく,引き出しの中を勝手に見たりするため,テストの採
点や成績表の作成等,生徒に見られて困るものは職員室内で広げ
ることができなかった。
(イ)

また,授業の空き時間や放課後等,授業のない時間帯である
が,生徒に問題行動がないか,また,生徒指導のため,校内を巡
回したり,生徒が吸ったタバコの吸い殻拾いを行ったりする必要
があった。そのため,まとまった作業をするための時間をとるこ
とができなかった。
(甲12ないし16,26,証人P13)

P2は,通常,午後5時5分過ぎに退勤し,平日は,帰宅後夕
食をとった後,後8時ころから午後9時ころまで生徒宅に電話に

よる連絡,指導を行った後,午後9時から12時ころまで,遅いときには午前1時,2時までかかって,授業用プリントの作成をはじめとする持ち帰り業務を行うことがあった。
P2が持ち帰り業務に要した時間を正確に把握し,間外労働時

間数を算出することは困難であるが,2が平成9年4月1日から

休職する同年11月20日までに作成した授業用プリント2年生

の社会科の授業のためのもの)は72種類に及び,この他にテスト対策用プリントやテスト問題とその解答があり,れらの作成に要

した時間だけでも,かなりの時間が見込まれる。
ところで,P2と同等程度の経験を有する社会科の教師が,P2
が作成したプリントごとに,全体の構想,内容の決定,資料の収集,レイアウトの決定,下書き,清書に要する時間を推計し,それらの作成等には,成9年4月1日から本件精神障害が発症した同年6

月14日までに合計4500分(75時間),休職した同年11月21日までに10450分(約174時間)を要した旨推測している。なお,P2は,前年の平成8年度も2年生の社会を担当していたので,記プリントのうち一部は従前作成したものを流用してい

る可能性があるものの,各プリントの内容と完成度からすると,少なくとも上記程度の時間を要したものというべきである
(甲14,19,26,乙8の66頁,125頁,10,19,原告,弁論の全趣旨)
(3)

対教師暴力
中間テスト2日目にあたる平成9年5月22日,P2は,社会
科のノートを提出していない生徒に対し,スト終了後教室に残る

よう指示した。れにもかかわらず1人の男子生徒がこれに反して

帰ろうとしたため,P2が

待ちなさい。

と言って当該生徒の鞄を押さえたところ,当該生徒からみぞおち付近を殴られた。なお,当該生徒は,周囲が止めるのも聞かず帰宅した。
P2にとっては初めての生徒からの暴力で,撃を受けていたと

ころ,その直後,P2を含む2学年の教師が職員室に集まり,対応を検討する会議が開かれた。しかし,会議の中で学年主任や同僚教師等からP2を気遣うような話はなく,害届を出すかどうかが中

心の話題で,徒の今後のためには被害届を出さない方がいいので

はないかという雰囲気が支配的であった。
このような状況を見かねた同僚教師のP13は,2の受診を提

案し,P2とともに病院に向かおうとした。その際,学年主任に呼び止められ,徒本人と保護者が来校して謝罪をしたいと言ってい

るので病院に行くのを待って欲しいと言われた。P2は,

今は会う気持ちになれない。

と答え,病院へ向かい,全治1週間の胸部打撲傷との診断を受けた。
病院から戻ったP2は,再度,謝罪を受けるよう学年主任らから
要請されたが,それを受ける気にはならず,これを断り,後日,改めて謝罪を受けた。なお,P2の了解を得て,学校はこの件について被害届を出さないことを決めた。
(甲14,16,26,乙8の39頁,136頁,証人P13)

P2は,本件中学校で頻発している暴力を何とかして止めさせ
たいという思いで指導してきたにもかかわらず,分が対教師暴力

の当事者になってしまったことへの無力感を強く感じていた。
また,教師暴力事件が頻発していたにもかかわらず職員会議で

それへの対応が,ほとんど話題にされることもなく,加害生徒に対する指導も十分なされないまま,だけの謝罪の場を作って終わら

せるという扱いがなされることが多かった。そのことについて,P2は,常々,不満に思っていたところ,自分の事件についても,生徒から謝罪を受けるという形をつくることにのみ腐心する学校側
の対応に不信感を重ねていた。
(甲14,26,乙8の130頁,162頁,11)

(4)

宿泊訓練
事前の集合訓練
平成9年6月4日,月9日から2泊3日の予定で行われるP9

での宿泊訓練に備えた事前訓練が行われた。
集合隊形,点呼,キャンプファイヤーでの隊形の確認,歌の練習
等を行う予定であったが,集合段階から生徒が整列せず,各々勝手な行動をとり,前に説明する教師が立っても私語が止まず,生徒同士が小石の投げ合いを始めたため,前訓練は2時間の予定を1時

間に繰り上げて打ち切られた。
職員室に戻ったP2は,学年主任に対し,

こんなむちゃくちゃな状況だったら宿泊訓練自体をやめるくらいの強い姿勢で臨んだ方がいい。

と述べ,その日に開催された学年会議でも,同様の意見を述べ,特に宿泊訓練ではP9登山を予定しており,安全の確保という観点からすると,きちんとした生徒指導ができない状態で,それを実施することは非常に危険だと訴えた。しかし,学年会議でも結局,今さら中止することはできないとして,計画が変更されることがなかった。
(甲13,15,16,乙8の43頁,証人P13)

事前準備
平成9年6月7日(土),P2は,同僚の教師4名とともに午後
から宿泊訓練の荷造りを行った。
同月8日(日)午前10時から12時まで,生徒への説明会が行
われた。職員は,午前10時までには出勤し,主に持ち物のチェックを行った後,各担任は,要指導生徒の家庭訪問を行った。
宿泊訓練の際のP2の分担は,学習・保健の係で,学習に関する
担当としては生徒の実行委員会を組織し,9登山の資料を作成す

ることであった。宿泊訓練当日は,担任として,自分のクラスの生徒の活動への参加や健康状態について観察及び指導を行い,子の

入浴係として,人の女性教師と分担して入浴指導を行うことであ
5
った。
(甲15,乙8)


宿泊訓練1日目(平成9年6月9日)
(ア)

当日の予定は以下のとおりであった。
午前6時

教職員登校

6時30分

生徒集合

7時

出発(バス)

午後1時

昼食後,宿舎に到着

2時15分

クラス毎の集合写真撮影後,散策

4時30分から

入浴

6時10分から

夕食

7時から

キャンプファイヤー
9時30分
10時
(イ)

就寝準備
消灯

生徒は,バスを降りて宿泊先のホテルまで歩く際,交通ルー

ルを守らず,道路に広がったり,中には道路の真ん中に寝そべ
る者もおり,その後の散策でも,教師が担当する各チェックポ
イントで待機し,指導に当たっていたが,予定時刻になっても
ホテルに戻らない生徒が続出し,教師全員で探し回ったり,生
徒を追い立てたりして,ようやく全員をホテルまでたどり着か
せた。
入浴は,9クラスを5班に分け,15分刻みで入れ替えなけ
ればならず,集合させるのも追い出すのも大変で,予定時刻を
大幅にずれ込んだ上,水浸しになった脱衣場の床を拭くのも教
師の仕事であった。
夕食は,生徒が騒いで教師の話を聞かず,勝手に食べ始める
生徒もいて収拾がつかない状態のまま終えた。
キャンプファイヤーは,雨のため翌日に変更され,当日は,
2日目に予定していた大広間での演芸大会が実施された。
消灯後,徒には自分の部屋以外の部屋への出入りを禁止し

ていたが,入り乱れた状態で,誰がどこにいるのか把握が難し
く,部屋での点呼の時間になっても自分の部屋に戻らない者が
多くいた。そのため,教師は,各部屋を巡回して強く指導する
ことを余儀なくされた。P2は,男女が部屋を行き来しないよ
う見張りに立つとともに,女子棟の見回りを行う担当であった。
深夜の午前0時前後に,師による打ち合わせが2回行われ

たが,P2は,男女間で部屋の行き来がないか,心配で持ち場
を離れることができず,2回とも参加していない。学年主任の
号令により,午前3時から4時ころ,教師は,巡回を止めて持
ち場を引き上げたが,翌朝,P2は,

上の部屋がどんどんして,るさくて寝られなかった。とんど一睡もしていないわ。うほ

と同僚教師に述べていた。
(甲13ないし16,乙13,証人P13)

宿泊訓練2日目(平成9年6月10日)
(ア)

当日の予定は以下のとおりであった。
午前5時

職員起床

6時10分

生徒起床

6時40分

朝のつどい

7時から

朝食

午前8時15分から午後3時まで
P9登山
午後4時50分から

入浴

7時から
8時から

演芸会

9時15分

就寝準備

10時
(イ)

夕食

消灯

雨天のため予定されていたP9登山は中止となり,午前中

は近くでのハイキング,午後は体育館でのクラス対抗ドッジボ
ールに変更されて,実施された。
ハイキングは,担任とガイドと生徒でクラス毎に歩く予定
であったが,すぐに隊列は乱れ,クラスはバラバラの状態とな
り,集合写真の撮影にも一苦労であった。
ドッジボールは,順番が来ても生徒が集まらず,舞台の上
で暴れたり,話をしたり,寝そべったりの混乱状態で,仕方な
く集まった生徒だけで試合を始めたものの,クラスマッチとは
いえない有様であった。担任をもつ教師は,たむろする生徒に
しつこく声を掛け,腕を引っ張る等,何とか試合に参加させよ
うと指導に回った。
入浴と夕食も,前日と同様,指導が必要であった。
夜には,日目に予定していたキャンプファイヤーが行われ
1
たが,騒然とした状態で,司会生徒のマイクを通した声も聞こ
えず,また,火のついた木切れを持って走り回る生徒や,ふざ
けて火の中に友達を突き飛ばそうとする生徒,勝手に移動する
生徒等が出たため,教師は,指導のため走り回っていた。その
ような中,司会役の生徒は,怒り出して泣き出したりした。途
中,このような状態では怪我人が出ることも予想されるとし
て,数人の教師から中止の申し入れがなされたが,聞き入れら
れることがなかった。
消灯後,P2は,前夜と同様,男女が部屋を行き来しないよ
う見張りに立つとともに,女子棟の見回りを行うことになって
いた。この日の深夜,女子生徒3名が部屋に戻っていないこと
が判明し,旅行代理店の担当者も加わり,教職員総出でホテル
の内外を探し回った結果,男子生徒の部屋でいるのを発見され
るという事件が発生した。このうち2名がP2のクラスの生徒
であったため,P2は,

中学生といっても,体は大人,何かあったら親御さんに申し訳ない。

と述べ,打ちひしがれ疲れ切った様子であった。ホテルの本館ロビーで生徒を指導し,保
護者に電話をかけ,この日の指導が終了したのは翌日の午前2
時過ぎであった。
(甲13ないし16,乙13,証人P13,証人P14)

宿泊訓練3日目(平成9年6月11日)
(ア)

午前6時

職員起床

6時30分

生徒起床

7時

朝のつどい

7時20分から

朝食

9時20分から

体験学習としてアイスクリーム作り

11時から

昼食

午後0時
4時30分
(イ)

ホテルを出発
学校に到着,解散

解散後,P2は,帰りに体調を崩した自分のクラスの女子生

徒を,自宅まで送っていった。
(甲13,15,16,乙13)

宿泊訓練後の生徒の状況
宿泊訓練後,生徒が教師の指導に従わず,わがまま勝手な行動

を押し通すという状況が2年生の生徒の間に急速に広がっていっ
た。
(甲16)
(5)

本件精神障害の発症
宿泊訓練の代休日であった平成9年6月13日,P2は,

気分が悪い。

と述べて,近くのP6クリニック(心療内科)を受診した。その際,P2は,医師に

昨年4月に現在の中学校に移ってから,子どもたちとのトラブルがつづき,気分が落ち込んでいる。

と訴えた。同診察した医師は,P2の症状について高度の抑うつ状態の疑いありとの診断をし,神疾患についてより専門的なP7ク

リニック(精神科)を受診するよう紹介した。
(甲14,乙9,16)

同月14日,P2は,P7クリニックを受診し,今ある症状(悩
み)について,

どうしたらよいか分からない。

,ひどくなったのは3週間ほど前,病気(悩み)の原因は,職場と訴え,今年担任を持った。頑張らねばならないと思っていたが,だんだんしんどくなった。対教師暴力にあった。子どもに叩かれて怪我をした。それ以来調子が悪い。泣いて謝ったので,被害届は出さなかった。6月11日から13日の宿泊訓練に頑張って参加したが,その後いややと思い込み始めた。泊訓練の間は24時間集団のいじ宿めにあっていた。子どもが私の言うことを全く聞かない。前の職場の時から子どもにバカにされていた。の4月から頑張って怒ってこみた。P5中(前赴任先)では,そんなことから担任を持たないことになっていた。と述べたりした。P2を診察した医師は,P2の症状について,うつ病性のうつ状態と診断し,薬物療法を開始した。
同月16日,P2を診察したP7クリニックの医師は,原告と面
接し,P2の休業を勧め,原告もこれに同意した。原告は,同面接を踏まえて,当日,本件中学校に赴き,教頭にP2の病気のことを説明し,3か月休むので,代替講師の依頼等したところ,教頭から

休まないでください。ぎりぎりでやっているから,これ以上休まれると支障が出る。

旨言われたりした。また,P2も後日,学校側から

やめると子どもが見捨てられたと思うのではないか。頑張ってくれ。

と言われたりした。P2は,学校側の同言動に加え,1か月もすれば夏休みにもなることから頑張る気になり,その後も休業することなく,通院しながら,これまで通り就労を続け,夏休みに入り,その間も著変なく経過し,2学期初めには多少の開き直りも見られる状態となった。
(甲26,乙8の192頁,17,原告)
(6)

本件精神障害発症後の学校内での出来事
職員室内での出来事
本件中学校では,生徒が職員室に頻繁に出入りし,教師の席に座
って遊ぶことも少なくなかったが,2の席は特によく生徒に占領

されており,P2が注意しても退かないため,P2は,いつも困っていた。
平成9年9月,P2のクラスの女子生徒が,P2の隣の席の副担
任と話をしようと,座席に座っていたP2に「どいて。」と言い,座っているP2を椅子ごと後ろから強く押し,揺らしたり,回したりして,職員室内をぐるぐる引き回した。P2は,恐怖に引きつった顔で椅子にしがみつき,やめて!止めて!と叫び,これを見
た同僚教師のP14が,生徒を怒り,制止させた。そのときのP2の様子は悲壮なもので,に戻った後もうつむいたまま何も話そう

としなかった。
この日以降,P14は,P2が職員室で顔を覆い泣いているのを
2度目撃している。
(甲13,14,15,証人P14)


タイヤ引きレース
平成9年10月2日,体育大会が開催されたところ,その中でタ
イヤを引っ張ってリレーし,後はタイヤに乗った担任を生徒が引

っ張りゴールするというクラス対抗タイヤ引きレースが実施され
た。このレースで,P2のクラスのアンカーの男子生徒がタイヤを受け取り,P2がタイヤの上に乗ったにもかかわらず,しばらく,生徒同士顔を見合わせ,タイヤを引こうとせず,他の教師に促されてようやくゴールするということがあった。
多くの保護者や生徒らが見守る中,分だけその場に置き去りに

されたことにP2は,精神的に傷つき,ショックを受けている様子であった。
(甲15,17,18,乙9,証人P14)

合唱コンクール
平成9年10月,月の11月7日に開催される合唱コンクール

に向けて準備と練習を行わなければならなかったところ,担任は,学活の時間等を利用して,その指導に当たることが予定されてい
た。しかし,実際は,教室から出て行こうとする生徒を教室に入れるだけで手一杯であって,練習どころではなかった。P2のクラスでも,男子生徒が複数名,勝手に廊下に出ていることがよくあり,P2は手をやいていた。
合唱コンクール当日は,のクラスも合唱といえるようなもので

はなく,壇上の生徒は,うつむいたり,隣と小声で話をしたり,くすくす笑い合ったり,聞いている生徒も大声で話をしたり,ざわざわしたりという状態であった。
(甲16,18,25)


生徒同士の暴行事件
平成9年11月初旬,年6組の男子生徒がP2の担任クラスで
2
ある2年7組の男子生徒を殴るという事件が起こった。
その場に居合わせたP2が体を張って止めに入ったにもかかわ
らず,P2のクラスの生徒が,P2を無視して殴りかかってきた2年6組の生徒から顔面を殴られたというものであった。P2は,目の前の暴行事件を止められなかったことに加え,担任を無視して
堂々と殴りつけるという事態に,相当ショックを受けていた。
(甲16)

漫画本の取り上げ
平成9年11月20日,P2が,自分のクラスで1限目の社会科
の授業を行っていると,子生徒の1人が漫画本を机の上に広げて

読み始めた。P2は,同生徒を注意し,漫画本を取り上げ,これを教卓の上に置いたところ,P2が黒板に向かって板書している隙
に,別の生徒が教卓の上から漫画本を取り,どこかに隠した。これに気付いたP2は,漫画本の所在をクラスの全員に問い質したが,誰も名乗り出なかった。
職員室に戻ったP2は,学年主任に対し,

あのクラスではやっていく自信がありません。これからのことは家族と相談して,連絡させていただきます。

と述べ,

先生,そんなこと言わずに頑張ってよ。みんなも頑張ってるんやもん。

との学年主任の声にも反応せず,呆然とした状態で,視線が定まらず,目の周りを真っ赤にし,全身の力が抜けて,何とか耐えているといった様子であった。P2は,その後,有給休暇をとって早退し,そのままP7クリニ
ックで診療を受け,医師の勧めにしたがい,そのままP8病院に緊急入院した。
(甲15,16,乙8の87頁,216頁,17,18,証人P14)

(7)

本件精神障害の悪化及び自殺
P2の症状は,平成9年の夏休みにはやや落ち着き,2学期初
めには多少の開き直りも見られる状態にあったが,年10月18

日ころより,明確な契機なく抑うつ的となり,同年11月,運動会,音楽会等の行事を機に再び抑うつ気分が悪化し,イライラ感,死にたい願望が強まる等,情緒不安定で,幻覚が窺われる体験も出現するようになっていった。
(乙8の192頁,17,18)

平成9年11月20日,早退してP7クリニックを受診したP
2は,

1時間目の授業中,子どもにいじめられているうちに調子が悪くなった。打ちがないから早く死ななければならないのに死値ねない。世界中の人に迷惑をかけている。学校へはもう行きたくない。

と訴え,医師の勧めで,同日よりP8病院に入院した。(乙17,18)


入院当初,P2には抑うつ気分,希死念慮,焦燥感が著明に見
られたが,薬物療法により比較的早く鎮静し,平成9年12月26日,冬休みを待って退院した。同退院後は,P7クリニックにて通院治療を受けたが,気分は抑うつ的で,意欲も低下した状態が続いた。
ところで,P2は,P8病院に入院した同年11月20日から同
年12月1日までの期間,有給休暇を取得し,同月2日から平成10年3月1日まで病気休暇を取得したが,記のような症状であっ

たため,新年度は休職することに決め,同年3月2日以降休職している。
(乙8の79頁,81頁,192頁,17,18)


平成10年3月11日,早期覚醒したP2は,寂寥感,恐怖感
に加え,身体の震えを訴え,以降,不安,抑うつとともに,震えの自他覚症状が強まり,アカシジア様の症状も出現し,薬物への不安感も強くなったため,同年4月16日,P8病院に再入院した。
(乙8の192頁,17,18)


同年7月1日の退院後,P2は,再びP7クリニックに通院し
て治療を受けたが,その当初はやや軽躁気味に経過したものの,9月に入り,抑うつ的となり,恐怖感,焦燥感を訴え,同年▲月▲日,縊頸の方法により自殺を図っているところを原告に発見され,院

に搬送されるも,同日午後10時15分死亡した。
(乙8の192頁,17,18)
(8)

P2の家族関係
P2は,夫である原告と,長男,次男の4人家族であった。
原告は,会社員で,平成8年7月から平成9年11月末まで徳島
に単身赴任し,自宅には月に10日ほど帰るという生活であった
が,同年12月1日以降は徳島に籍を残しながらも大阪勤務とな
り,自宅からの勤務が可能となった。
長男は,大学生で,平成10年8月下旬まで京都で下宿していた
が,その後は自宅に戻った。
次男は,予備校生で,P2と同居していた。
(甲26,乙8の26頁,乙17,原告)


P7クリニックにおいて,P2は,医師に対し,家族との関係
について,以下のように述べていた(乙17。ただし,括弧内の記載は,原告)。
平成9年6月14日

経済面で仕事をやめるわけにいかない。
夫は,本社にいる時も仕事のない部署。今
回の赴任先はつぶれることになっている
ホテル。いつも会社でトラブルがある。長
男は4年なのに就職活動もしていない。次
男は高校も不登校気味で今は何もしてい
ない。

同年7月18日

息子のことは余り心配していない。

同年9月19日

息子プータロー,う1人の息子は就職

浪人,夫の父入院中
同年11月20日

来年4月,は会社を辞めるかもしれな

い。長男は就職が決まらなかった。次男は
プータロー。

平成10年1月16日

息子は日中はアルバイトへ行ってる。

屋へ行っているが,おもしろいと3か月続
いている。下の子は音楽をしている。吉本
へ行きたいといったりしてる。バンドはず
っと続いている。私に対しては優しい。食
事も自分でつくる。上の子は公務員を目指
して塾通いを始めた。家族の者はのんきで
ある。

同年3月30日

鳴門を夫が追い出された。望退職をす

るかというところらしい。

同年7月3日

夫は単身赴任から大阪へ戻れた。時は

リストラされるのを心配していたが,いい
ポストに戻れた。

同月14日

夫が偉くなって戻ってきたのが楽。

同月21日

夫と遅くまで喋っていた。どものこと

は親としてすべきことはしてきた。下の子
はタレント希望でルンルン。やさしいとこ
ろもある。

同年8月4日

子供達は夫とうまくいかない。

同月18日

長子が戻ってくる。弟が極めて仲がい

い。2人で一晩喋っていることもある。

同年9月1日

8/22息子が帰ってきた。トントラ
1
ックに乗りきれない荷物で家があふれて
いる・・・→しんどくなった。
同月11日

義父が亡くなった。葬式etc体がつか
れてしんどい。もう一人死を待つ人がい
る。

同月28日

(義兄の)葬式があり,3日間通った。
何か恐怖感がある。

(9)

P2の既往歴等
P2は,真面目,几帳面,責任感の強い性格の持ち主であった。
P2には,精神障害の既往歴があり,大学4年時に,うつ状態,

焦燥,自殺企図にて,P11病院に入院するも,軽快せず,P12病院の閉鎖病棟に転院となり,1年間ほど入院していたことがある。その後結婚し,結婚後も約1年間通院し,服薬していた。
また,P2には,25歳ころから,

他の人に触れたものは気持ち悪い。新しい服も試着しているのですぐ洗う。

といった洗浄強迫が存在した。
(甲9,乙15,17,18,弁論の全趣旨)。
3
公務上の心理的負荷について
(1)

本件精神障害の発症について
上記2(1)ア,イ及び(2)で認定したとおりP2は,本件中学校に赴任した以降,授業が成り立たないばかりか,学校内で喫煙,器物損壊,対教師暴力,恐喝が横行し,常に生徒指導が必要であるというこれまでの教師生活の中でほとんど体験したことがない状況下で勤務をしてきたものであり,そのような中,本来であれば勤務時間内に行うことができる作業も持ち帰りを余儀なくされるという事態に陥っていた。P2のこのような非日常的ともいうべき執務環境の下での勤務自体,客観的にみて心理的負担の重いものであったということができる。
こうした状況下にあって,P2が所属していた平成9年度の2年
生の教師集団は,上記2(1)ウ及び(3)で認定したとおりまとまりがなく,問題が生じた場合の指導方針に一貫性や統一性がなく,支援体制もなかったことP2とペアを組んでいた副担任も,担任のP2と協調することがなく,P2は,クラスを纏めることに深く悩んでいたこと,さらにP2は,本件中学校赴任後,同中学校で頻発している暴力を何とかして止めさせたいという思いで指導してきたにもかかわらず,21年間にわたる教師生活で初めて生徒から暴力を振るわれ,自らが対教師暴力の被害者となり,無力感を強く感じていたこと,同中学校では対教師暴力事件が頻発していたにもかかわらず,職員会議でそれへの対応が話題にされることはほとんどなく,加害生徒に対する指導も十分なされないまま,形だけの謝罪の場を作って終わらせることが多く,そのことについて,P2は,常々,不満に思っていたところ,自分の事件についても,生徒から謝罪を受けるという形をつくることにのみ腐心する学校側の対応に,不信感を重ねていたことが認められる。以上の事実を踏まえると,P2が同暴力を受けたことにより教師としての誇りと自信を喪失させたこと,その後,加害生徒から謝罪を受けさせる以外に,P2に対する何らかの支援策が検討されることもなく,かえって,事なかれ主義的な学校側の対応にP2が憤りと孤立感を深めていったことが推認される。加えて,その後も当該事件を起こした生徒のみならずそのことを聞知している生徒らと関わっていかなければならないという状況は,社会通念上,強度の精神的ストレスを伴うものであったというべきである。
その18日後に実施された宿泊訓練は,上記2(4)で認定したとおり3日間にわたり,生徒と終始行動を共にし,指導・監督を要求される点で,教師にとって,通常でも負担の重いものである上,事前訓練の段階ですら,教師による指導が全く通らず,P2はその実施に強い不安を抱いていたこと,宿泊訓練当日も一部生徒らの傍若無人な行動は止まず,予定された日程を消化することすらやっとという状況下にあって,教師らは日中の行事だけで非常に消耗していたにもかかわらず,夜も生徒の監視や指導で満足に眠ることができなかったこと,加えて,2日目の夜には,P2のクラスの女子生徒が所在不明となり,男子生徒の部屋で見つかるという事件が発生し,予定外の捜索や指導,保護者への連絡等を余儀なくされたことが認められる。以上の事実を踏まえるとP2は,何時事故が起きても不思議ではない状況下で行われた同宿泊訓練を通じて心身ともに疲労困ぱいした状態にあったものと推認される。これら宿泊訓練における一連の出来事は,とりわけ担任をもつ教師にとって,極めて強い肉体的過労と精神的ストレスを伴うものであったというべきであ
る。
以上のとおり本件中学校での異常ともいうべき勤務環境に加え,
対教師暴力の被害者となったにもかかわらずそれに対する積極的な支援がなく,かえって,放置されたとも言うべき状況であって,しかも,何時事故が起きても不思議ではない状況下での宿泊訓練で心身ともに強いストレスにさらされたことは,社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重な心理的負荷というに十分である。

ところで,被告は,P2が本件精神障害発症し稼働していた際の
勤務条件が他の同僚教師と同様であり,対教師暴力を受けたのはP2だけではなく,複数回にわたり対教師暴力を受けている教師もいること,宿泊訓練についても,雨天のためP9登山が中止になったことでP2の不安はある程度軽減したはずであり,生徒の指導や,所在不明になった生徒の捜索等は他の教師と分担して行っており,P2のみに負担が集中していたものではなく,したがって,P2には本件精神障害を発症させるほどの肉体的過労,精神的ストレスの重複又は重積があったとはいえない旨主張する。
しかし,被告の主張は,当該公務自体の肉体的・精神的過重性を
論じることなく,他の教師が精神障害を発症していないことのみをもって,公務による心理的負荷の過重性を低く見積もるに等しく,にわかに採用できない。むしろ,証拠(甲12,14,16,18,乙13,証人P13)によれば,他の教師も,P2と同様,本件中学校での上記2(1)(3)(4)で認定したような状況下で肉体的にも精神的にも疲弊し,いつ精神障害を発症してもおかしくない状態にあったことが容易に窺われるところである。
(2)

本件精神障害の悪化について
上記2(1)(5)(6)及び(7)で認定したとおりP2は,本件精神障害発症後,医師から仕事を休業するよう勧められたにもかかわらず,教頭等から休まないように言われる等,学校側の事情によってやむなく同障害の治療を続けながら勤務を継続したこと,そのような中,とりわけ2学期に入ってからは,生徒らによる器物損壊や授業妨害が頻繁で,勤務環境は一層悪化したものとなっていたことに加え,職員室内で椅子に乗せられたまま引き回され,体育大会のタイヤ引きレースで無視され,合唱コンクールでも合唱にすらならず,止めに入ったにもかかわらず目の前で生徒同士の暴力行為が行われるといった出来事が発生したことが認められる。以上の事実を踏まえると,P2と生徒との関係は2学期に入りさらに悪化し,また,同僚教師や保護者,あるいは他の生徒らの前で行われた上記各出来事によって,P2は,さらに,教師としての自信を失い,無力感とともに敗北感を募らせていったものと推認され,これら一連の出来事は,強い精神的ストレスの重複を伴うものであったというべきである。このように,日常の勤務環境が不穏なものであったことに加え,
生徒から教師としての存在をないがしろにされるような出来事が続けざまに起こったことは,社会通念上,客観的にみて,精神障害を増悪させるほど過重な心理的負荷というに十分である。

ところで,被告は,本件精神障害発症後も勤務を継続したのはP
2の意思に基づくものであり,この間にP2が従事した業務も日常職務の範囲内のものであって,生徒とのトラブルはP2のみに起こったものではなく,他の教師も同様のトラブルに遭遇しており,P2と同じ立場にある教職員にとって,精神障害を悪化させるような出来事にはあたらない旨主張する。
しかし,P2が本件精神障害発症後も休業せずに就労を続けるこ
とにしたのは,上記2(5)で認定したとおり学校側の事情によることが大きい上,全証拠によるも,そのような中で勤務を継続するP2に対して,学校側から何らかの軽減措置や支援策が講じられた形跡は認められず,当時の本件中学校における日常の職務それ自体が,既に強い肉体的,精神的ストレスを伴うものであったというべきことは既述のとおりである。
しかも,P2が遭遇した出来事には単に生徒とのトラブルという
だけでなく,同僚教師や保護者らが見ている前で,教師としての存在を否定されるような出来事が含まれており,こういった出来事がわずか3か月ほどの間に次々と発生していることを併せ考慮すれ
ば,一連の出来事による精神的ストレスの重複を軽視することはできない。
4
公務以外の心理的負荷について
(1)

家族関係による影響
上記2(8)で認定したとおりP2は,夫である原告の仕事のことや,
息子らの将来を心配していたことがあるものの,深刻な事態として思い悩んでいた様子までは窺えず,かえって,同(8)で認定した事実を踏まえると原告や息子らとP2の関係は良好であったことが窺われ,その他,家族や生活状況の中に,本件精神障害を発症させるような強い精神的ストレス要因があったと認めるに足りる証拠はない。
また,同(8)で認定した事実を踏まえると,本件精神障害発症後,長男が就職に前向きな姿勢を示し,次男も明るい性格で,長男と仲が良く,原告は単身赴任先から自宅に戻ることができ,P2との会話の時間も増える等,家庭内のストレス要因はむしろ減る傾向にあった様子が窺われ,その他,本件精神障害を悪化させるような要因が家族や生活状況の中にあったと認めるに足りる証拠はない。
(2)

近親者の死亡による影響等
なお,成10年9月に義父と義兄という身近な者の死亡が相次ぎ,平
義兄の葬儀には3日間連続して葬儀に通う等,その前後の心身の疲労が,P2の症状を悪化させたことは否定できないものの,既にP2は,本件精神障害を発症し,休職を余儀なくされるまでに悪化した状態にあった後の出来事であって,既に悪化していた本件精神障害から自殺に至るまでの因果関係を中断させるほどの事情とは認められない。ほかに,本件全証拠によるも,本件精神障害を発症及び増悪させるような公務外の心理的負荷要因は見出せず,このことは,P7クリニックの診療録(乙17)に,担当医が,P2が自殺した旨の報告を受け,学校のことが一番気がかりであった様子と記載していること
によっても裏付けられるところである。
5
P2の脆弱性について
(1)

既往歴等
確かに,上記2(9)で認定した事実は,P2が,精神疾患の既往歴を
有し,うつ病に親和的な性格傾向及び反応性を有していたことを示すものである。しかし,P2は,結婚後,精神疾患を再発させることなく過ごし,教師としても,20年余りの間,軽減措置を取られることもなく勤務し,十分な勤務実績を上げていたのであって,以上の事実を踏まえると,P2の反応性及び脆弱性が,教師としての日常勤務に支障を生じさせるほどのものであったとは認められず,その他,それらを認めるに足りる証拠はない。
(2)

治療期間等
なお,被告の主張の中にはP2の休職後の治療期間が長く,治療経
過が芳しくなかったことをとらえて,P2の自殺は,家庭環境等の生活的要因の他,性格,遺伝因子,既往歴,自殺企図歴等,P2側の危険因子が影響しあった結果というべきであるという趣旨にとれる部分がある。
しかし,P2が休暇を取得した平成9年11月20日以降,P2の症状は一進一退を繰り返しているとはいえ,休暇前より悪化したという状況にはなく,その間の家庭環境等に強いストレス要因が見出せないことは上記4(1)で認定説示したとおりである。
また,証拠(乙4)によれば,業務によるストレス要因を主因とする精神障害にあっては,一般的に6か月から1年程度の治療で治ゆする例が多いと考えられており,うつ病の多くは,原因となったストレス要因を取り除き,治療を開始してから3∼9か月で治ゆする例が多いとされているところ,P2が休暇を取得してから自殺するまでは約11か月間であり,これが不自然に長いということもできないから,被告の上記主張は採用できない。
6
P2の自殺の公務起因性について
以上の2ないし5で認定説示したとおりP2は,過酷な勤務環境下において,対教師暴力の被害者となり,宿泊訓練で心身ともに強いストレスにさらされ,その後も生徒から教師としての存在をないがしろにされるような出来事が続けざまに起こり,強度の精神的ストレスが積み重なった状態にあったいえ,公務としての過重性は優に肯定することができる。
他方,P2の家族や生活状況に,強い精神的ストレスをもたらす要因は見あたらず,P2の精神疾患の既往歴は20年以上前のものであり,うつ病に親和的な性格傾向も,教師としての日常勤務に支障を生じさせるようなものではなかったということができる。
これらの事情を総合してみれば,本件精神障害は,公務に内在する危険の現実化として発症し,増悪したものということができ,P2の自殺は,本件精神障害の結果,正常な認識,行為選択能力が著しく阻害され,精神的抑制力が著しく阻害されている状態で行われたものというべきである。
そうすると,P2の自殺と公務との間には相当因果関係が認められ,公務起因性を肯定することができる。

7
結論
以上の次第で,P2の自殺について公務起因性を否定した本件処分は違法なものとして取消を免れない。
よって,原告の本訴請求は理由があるから認容することとして,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第5民事部

裁判長裁判官

中村
裁判官

内藤裕之
裁判官

上田賀代哲
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