判例検索β > 平成22年(ラ)第1259号
独占禁止法24条に基づく差止仮処分申立却下決定に対する抗告事件(原審・東京地方裁判所平成22年(ヨ)第20023号)
事件番号平成22(ラ)1259
事件名独占禁止法24条に基づく差止仮処分申立却下決定に対する抗告事件(原審・東京地方裁判所平成22年(ヨ)第20023号)
裁判年月日平成22年9月1日
法廷名東京高等裁判所
判示事項電子機器部品の製造,販売等を営む株式会社が,取引先である計測機器等の製造,販売等を営む株式会社による取引に係る報酬の減額要請及び取引拒絶が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律19条に違反するとして,同法24条所定の差止請求権を被保全権利としてした発注停止の差止め等を求める仮処分命令の申立てが,却下された事例
裁判要旨電子機器部品の製造,販売等を営む株式会社が,取引先である計測機器等の製造,販売等を営む株式会社による取引に係る報酬の減額要請及び取引拒絶が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律19条に違反するとして,同法24条所定の差止請求権を被保全権利としてした発注停止の差止等を求める仮処分命令の申立てにつき,前記減額要請は,取引に係る報酬を1時間当たり2400円から1600円に引き下げるもので,大幅な減額の要請であるということができるが,?前記電子機器部品製造会社に委託していた計測機器の製造についてコストダウンの目的で中国への移管を検討していた前記計測機器製造会社が,国内での製造委託を継続することが可能であるか否かを検討するために,前記電子機器部品製造会社に大幅なコストダウンを求めることは不合理ではなく,また,前記計測機器製造会社が前記電子機器部品製造会社に提示した前記減額要請に係る取引条件が他の業者との取引条件との比較で不当に不利益な条件を設定するものであることの疎明は不十分であること,?同会社は前記計測機器製造会社から報酬の前記引下げが可能かどうかにつき検討を依頼され,数度にわたる交渉が行われた上,最終的に6か月の猶予期間をおいて取引拒絶に至ったもので,同取引拒絶に際し,金銭補償として同会社が1500万円を提示し,これを支払ったところ,この間の交渉において,同会社が計測機器の製造を中国へ移管することを検討しており,これを踏まえた減額要請であることが説明され,前記電子機器部品製造会社も,製造業者として,製造単価水準によってはコストダウンのため中国等海外への製造部門の移転が必要となり得ることは認識し得たものと推認されることに照らすと,前記計測機器製造会社の前記電子機器部品製造会社との協議が不誠実であったとか,不十分であったことの疎明は不十分であることから,前記減額要請が,前記計測機器製造会社の取引上の地位が前記電子機器部品製造会社に優越していることを利用して,正常な商習慣に照らして不当に取引の条件を設定したものとはいえず,昭和57年公正取引委員会告示第15号(平成21年公正取引委員会告示第18号による改正前)14項,独占禁止法2条9項5号ハに定める違反行為には該当せず,さらに,前記取引拒絶に至った理由は同会社が前記減額要請に応じなかったためであり,前記減額要請不当であるとはいえない以上,前記取引拒絶が不当であるとはいえないことなどから,被保全権利の疎明がないとして,前記申立てを却下した事例
裁判日:西暦2010-09-01
情報公開日2017-10-19 13:58:56
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主文1
本件抗告を棄却する

2
抗告費用は抗告人の負担とする。

第1


抗告の趣旨

1
原決定を取り消す。

2
本件を東京地方裁判所に差し戻す。

第2
1
事案の概要
本件は,抗告人が,取引先である相手方による発注停止等が私的独占の禁止
及び公正取引の確保に関する法律(以下独占禁止法という。)19条に違反する旨主張して,同法24条所定の差止請求権を被保全権利として,①相手方が,抗告人に対し,原決定別紙1記載の書面に基づき,発注停止をしてはならないこと(本件申立1)及び②相手方が,抗告人に対し,原決定別紙2記載の各製品と同等製品の製造を原決定別紙3の契約書の条件に従い,従前のとおり発注すること(本件申立2)を命ずる各仮処分命令を申し立てたところ,原審が被保全権利の疎明がないなどとしてこれを却下したため,抗告人が即時抗告を申し立てた事案である。
2
事案の概要の詳細は,抗告人の主張を別紙即時抗告申立理由書記載のとおり加えるほかは,原決定の理由欄の第2事案の概要に記載のとお
りであるから,これを引用する。
なお,原決定2頁24行目の下請代金支払遅延等防止法の次に(以下「下請法という。)」を加える。第3
1
当裁判所の判断
当裁判所も,抗告人の主張する被保全権利は疎明されていないので,本件各仮処分命令の申立ては理由がないから却下すべきものと判断する。その理由は以下のとおりである。

2
被保全権利について
抗告人は,
相手方の本件減額要請及び本件通知に基づく本件取引の拒絶
(以

(1)

下本件取引拒絶という。)が,それぞれ独占禁止法19条で禁止する不公正な取引方法である不当減額要求(平成21年公正取引委員会告示第18号による改正前の昭和57年公正取引委員会告示第15号(以下旧一般指定という。)14項,独占禁止法2条9項5号ハ。下請法4条1項5号参照)及び単独の取引拒絶(昭和57年公正取引委員会告示第15号(以下一般指定という。)2項。下請法4条1項7号参照)に当たり,同行為によってその利益を侵害され,又は侵害されるおそれがあり,これにより著しい損害を生じ,又は生ずるおそれがあるので,本件各申立てに係る請求をする権利があると主張する。
そこで,まず,相手方の本件減額要請及び本件取引拒絶が不公正な取引方法である不当減額要求又は単独の取引拒絶に該当するか否か検討する。(2)

一件記録によれば,次の事実が疎明されている。
相手方の資本金の額は46億4000万円であるのに対し,抗告人の資本金の額は1000万円である。
また,抗告人の平成19年6月から平成21年7月までの月当たりの平均総売上額は8097万5533円であるが,同期間の相手方に対する月当たりの平均売上額は1803万2984円であり,抗告人の総売上額に占める相手方に対する売上額の割合は22.9%であった。

イ(ア)

相手方は,平成20年10月から,抗告人に対し,コストダウンの依
頼をしていたところ,同年11月18日には,より具体的に,本件取引に係る賃率を1時間当たり2400円から1600円に下げることが可能かについて交渉が始められた。
そして,相手方は,抗告人の求めに応じ,平成20年12月3日付けでコストダウン検討のお願いと題する文書(甲7)を交付したが,
同文書には,相手方の計測機器事業が現状赤字となっており,黒字転換を図らなければ,平成21年以降の事業の継続ができない状況となっていることから,賃率を1時間当たり1600円として対応可能であるか検討を依頼する旨記載されていた。また,同文書には,今後の進め方として,相手方において,更なる対策として海外展開が必要になるか検証,判断していく旨も記載されていた。
(イ)

平成20年12月9日,相手方の代表取締役社長であるA(以下A社長という。)が,抗告人の代表取締役会長であるB(以下B会長という。)及び抗告人の代表取締役社長であるC(以下C社長という。)と面談し,相手方の置かれた経済状況を説明し,抗告人に対し,可能な限り賃率の引下げへ協力するよう要請し,抗告人側の案の提示を求めた。
その後,平成21年1月15日,再度,A社長が,B会長及びC社長と面談し,相手方において計測機器事業を継続し得る製品単価水準を考えると,今まで抗告人に委託していた製造業務を中国に移管せざるを得ない状況にあることを伝えた。その後,同月30日,同年3月13日,同年4月9日にも抗告人と相手方との間で協議の場が持たれ,抗告人も賃率は1時間当たり2400円を維持した上で作業内容の削減等の提案をしたが,同提案は,相手方の負担を増す可能性のあるものであって,結局,コストダウンについての合意には至らず,相手方は,コストダウンが実現しない場合,計測機器事業を中国に移管するか,同事業から撤退するかの選択を迫られる旨発言していた。
(ウ)

上記(イ)の交渉に先立ち,抗告人は,平成20年2月28日,相手方
に対し,過去に違法な減額要請があり,これを元に戻してほしいこと,相手方が抗告人に対し支給する部品の納期が遅れて売上げが減少し,コストダウンが困難であること,部品の納期の遅れにより損失が発生して
いること等を伝え,同年3月8日,部品の納期の遅れに関する資料を交付していた。
そして,上記(イ)の交渉の後,抗告人は,相手方に対し,平成21年6月29日付け文書で,相手方に独占禁止法及び下請法に違反する行為があった旨の指摘を行うに至った。
(エ)

相手方は,抗告人に対し,同年4月23日付け書面(甲9)により,
抗告人との取引中止を通知するに至った(本件通知)。本件通知には,6か月の予告期間がおかれ,取引終了は同年10月末日とされていた。ただし,実際の発注生産自体は同年8月末までに終了し,同年9,10月分については,金銭補償として対応する旨記載されていた。
そして,相手方から抗告人に対し,同金銭補償の額として1500万円が提示された。
(オ)

相手方は,抗告人に対し,平成21年7月24日付け書面(甲20)
をもって,相手方の計測機器事業の一部につき,国内生産を中止し,中国における生産に切り替えること,現在,候補企業との交渉段階にあることを伝え,貸与設備ごとに使用終了が確定次第,速やかに返還することを求めた。
(カ)

相手方は,平成21年8月,抗告人に対し,緊急生産の依頼をし,抗
告人もこれに応じたため,貸与設備は,同月末に至っても相手方に返還されることはなく,最終的に,同年11月21日から同月24日の間に返還された。
また,相手方は,平成22年1月29日,抗告人に対し,本件取引拒絶に係る金銭補償として従前提示していた金額に相当する1500万円を支払った。

相手方においては,計測機器事業の一部について,従前から中国企業に製造を委託していたが,前記イ(イ)のコストダウンに係る交渉と並行して,
抗告人に委託していた計測機器の製造を中国へ移管することが検討されていた。
ところが,相手方の親会社であるD株式会社が株式会社Eとの間で相手方の計測機器事業につき事業譲渡の交渉を進めており,平成22年1月8日,相手方と株式会社Eとの間で,相手方の計測機器事業の譲渡契約が締結され,同月11日,これが公表されるに至った。同公表内容によると,相手方の計測機器事業の譲渡は平成22年3月末に実施することを目標とされていた。同譲渡契約により,相手方が抗告人に委託していた計測機器の製造をすべて中国へ移管することは,結局,実現しなかった。

本件取引が終了後,相手方においては,F株式会社から1時間当たり1620円の費用で8人の人材派遣を得,また,一部G株式会社へ,賃率を1時間当たり1800円から2200円として,製造委託を行うことにより,抗告人に委託していた分の計測機器の製造を行ってきた。

(3)

検討
不当減額要求について
(ア)

確かに,
本件減額要請は,
本件取引に係る賃率を1時間当たり240

0円から1600円に引き下げるもので,大幅な減額の要請であるということができる。
しかしながら,前記認定事実によれば,相手方は,コストダウンの目的で,抗告人に委託していた計測機器の製造について,これを中国へ移管することを検討していたことが認められ,したがって,国内での製造委託を継続することが可能であるか否かを検討するために,抗告人に大幅なコストダウンを求めることは,およそ不合理なものとはいえない。そして,前記認定のとおり,本件取引終了後,抗告人に委託していた分の計測機器の製造について,F株式会社から1時間当たり1620円の費用で8人の人材派遣を得,また,G株式会社へ,賃率を1時間当た
り1800円から2200円として,一部を委託して行ったこと,これらの取引の条件が本件減額要請を上回る部分があるとしても,本件取引終了後相手方が中国企業に製造を委託するまでの間の応急のものであることを前提とする取引であったことを考慮するならば,相手方が抗告人に提示した本件減額要請に係る取引条件が他の業者との取引条件との比較で不当に不利益な条件を設定するものであることの疎明は不十分であるといわざるを得ない。
そして,前記認定のとおり,相手方から抗告人に対し,平成20年末には,賃率を1時間当たり2400円から1600円に下げることが可能かどうかにつき検討が依頼され,平成21年4月まで数度にわたる交渉が行われた上,最終的に6か月間の猶予期間をおいて本件取引拒絶に至ったこと,相手方は,抗告人に対し,本件取引拒絶に際し,その金銭補償として1500万円を提示し,これを支払ったこと,この間の交渉において,相手方から抗告人に対し,相手方が計測機器の製造を中国へ移管することを検討しており,これを踏まえた減額要請であることが説明され,抗告人自身も,製造業者として,製造単価水準によってはコストダウンのため中国等海外への製造部門の移転が必要となり得ることは認識し得たものと推認されることに照らすと,相手方の抗告人との協議が不誠実であったとか,不十分であったことの疎明も不十分である。したがって,本件減額要請が,相手方の取引上の地位が抗告人に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に取引の条件を設定したものともいえず,旧一般指定14項,独占禁止法2条9項5号ハに定める違反行為に該当する旨の抗告人の疎明はない。
また,前記(2)アによれば,相手方が下請法2条7項1号の親事業者に当たり,抗告人が同条8項1号の下請事業者に当たることは明らかであるが,前判示の点に照らせば,本件減額要請が,抗告人の給付の内容と
同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い下請代金の額を不当に定めたことの疎明は不十分であり,同法4条1項5号に定める違反行為に該当する旨の疎明もない。
(イ)

これに対し,
抗告人は,
従前の賃率2400円は,
不良品等への対応,

準備作業,出荷検査・梱包作業,設備の維持管理,品質管理体制の維持改善等及び抗告人の滋賀工場の経費を抗告人において負担することを前提としたものであったこと,抗告人が相手方から請け負う業務は,極細線のハンダ付け等の熟練技能を要するものであり,少量・多品種という特色を有していることから,本件減額要請が不当であると主張する。確かに,抗告人と相手方との取引条件が他の受託者のそれと異なる点があるとしても,相手方が抗告人に対し大幅なコストダウンを求めること自体は不合理なものではないこと,相手方において抗告人に委託していた計測機器の製造を中国へ移管するという製造態勢の大幅な変更が検討されていたことなど(ア)判示の点を併せ考えると,
前記判断を左右する
には足りないというべきである。
抗告人の主張は採用することができない。
(ウ)

抗告人は,
本件減額要請が,
1000機種にも及ぶ全機種一律に賃率

の引下げが要求されたことから,不当なものであると主張する。
しかしながら,本件減額要請は,全機種について一律に賃率の引下げを要求するものではあるが,抗告人と相手方との本件取引においては,従前から一律の賃率が定められていた上,抗告人において製造する機種が1000機種もあり,抗告人において提供される役務の中心が計測機器の製造等にかかわる技術者の労務であって各機種ごとに要求される労務の内容が賃率にどれだけ影響を与えるものかを確認するには困難が伴うことなどに(ア)判示の点を総合すれば,
全機種一律に減額を要請したこ
とのみをもって,前記判断を左右するには足りない。

抗告人の主張は採用することができない。
(エ)

抗告人は,
相手方による計測機器の製造の中国への移管は本件取引の

拒絶の真の理由ではないと主張し,結局,相手方が抗告人に委託していた計測機器の製造をすべて中国へ移管することは実現しなかったことは前記認定のとおりである。
しかし,前記認定事実によれば,相手方においては,抗告人のコストダウンが実現しなかった場合には,中国への製造の移管と並んで計測機器事業からの撤退も検討されていたというのであるから,貸与設備の回収の遅れ,親会社であるD株式会社が進めた株式会社Eへの事業譲渡という当初予期し得なかった事情によって,当初予定していた中国への製造移管は実現しなかったとの相手方の説明も必ずしも不合理なものではなく,
本件全疎明資料によってもこれが虚偽であるとまでの疎明はない。抗告人の主張は採用することができない。

単独の取引拒絶について
(ア)

抗告人は,
本件取引拒絶が,
不当な本件減額要請を実効あらしめるた

め行われたものであるので,不当であり,一般指定2項の違反行為に当たると主張する。
しかし,前記認定事実によれば,本件取引拒絶に至った理由は抗告人が相手方の本件減額要請に応じなかったからであることが一応認められるところ,本件減額要請が,相手方の取引上の地位が抗告人に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に,取引の条件を設定したものとはいえず,旧一般指定14項,独占禁止法2条9項5号ハに定める違反行為に該当する旨の疎明がないことは,前判示のとおりであるので,これが不当であることを前提として本件取引拒絶の不当をいう抗告人の主張は,その前提を欠き失当である。
また,その他,抗告人が主張する相手方の下請法違反行為を実効あら
しめるために本件取引拒絶を行ったとの疎明もない。
(イ)

さらに,抗告人は,本件取引拒絶が,抗告人が平成20年2月ころか
ら相手方の下請法違反を指摘してきたことに対する報復であると主張し,前記認定事実によれば,抗告人は,相手方に対し,平成20年2月の時点で,過去に違法な減額要請があり,これを元に戻してほしいこと,相手方が抗告人に対し支給する部品の納期が遅れて売上げが減少し,コストダウンが困難であること,部品の納期の遅れにより損失が発生していること等を交渉の過程で指摘していたことが認められる。
しかし,本件取引拒絶に至った理由は,抗告人が相手方の本件減額要請に応じなかったからであることが一応認められることは,前判示のとおりである上,抗告人の上記指摘が下請法違反の事実を明確に指摘したことまでの疎明はないことに照らすと,抗告人の下請法違反の指摘に対する報復として本件取引拒絶がされたとの疎明は不十分であるといわざるを得ない。
また,下請法4条1項7号は,下請事業者が公正取引委員会又は中小企業庁長官に対し親事業者の下請法違反の事実を知らせたことを理由に取引を停止すること等を禁止するものであるが,抗告人が公正取引委員会又は中小企業庁長官に相手方の下請法違反の事実を知らせたことの主張及び疎明はない。
なお,抗告人は,本件取引拒絶が,抗告人が財団法人H協会等に対する相談をしたことに対する報復行為であるとも主張するが,抗告人が同協会に相談したこと及びそのことを理由として相手方が本件取引の拒絶を行ったことの疎明もない。
抗告人の主張は採用することができない。
(ウ)

その他,一件記録を精査しても,本件取引拒絶が,不当に,抗告人に
対し取引を拒絶したものであることを疎明するに足りる資料はない。

加えて,抗告人は,相手方には,下請代金の支払遅延,検収済み品の無償解析強要,暫定価格10円での発注及び倉庫管理費未払という優越的地位を濫用する行為があった旨主張する。
しかし,相手方の上記行為が優越的地位を濫用する行為に当たることの疎明が不十分である。その上,本件仮処分において抗告人の主張する被保全権利は,相手方による本件減額要請及び本件取引拒絶が不公正取引に当たるとして,これによる侵害の停止又は予防を請求する権利であり,その疎明がないことは前判示のとおりである。
また,本件仮処分の申請の趣旨が前記の発注停止の禁止と継続発注を求めるものであることからすると,抗告人の主張が,前記イ(ア)(イ)の主張を超えて,相手方の上記各行為の存在自体を理由に被保全権利の存在を主張するものであるとすると,その主張は失当である。


以上のとおり,本件減額要請が不当減額要求に当たること,本件取引拒絶が単独の取引拒絶に当たることのいずれについても疎明があったとはいえず,被保全権利の疎明がない。

3
よって,その余の点について判断するまでもなく,抗告人の本件各申立ては理由がないから却下すべきところ,これと同旨の原決定は相当であるから,本件抗告を棄却することとして,主文のとおり決定する。
平成22年9月1日
東京高等裁判所第5民事部

裁判長裁判官


裁判官

山竹たかしまさよ
裁判官

林俊之
(原裁判等の表示)
主文1
本件申立てをいずれも却下する。

2
申立費用は債権者の負担とする。

第1
1由
申立ての趣旨
債務者は,債権者に対し,別紙1記載の書面に基づき,発注停止をしてはならない。(以下本件申立て1という。)

2
債務者は,債権者に対し,別紙2記載の各製品と同等製品の製造を,別紙3の契約書の条件に従い,従前のとおり発注せよ。(以下本件申立て2という。)

第2
1
事案の概要
本件は,債権者が,取引先である債務者による発注停止等が私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独占禁止法という。)19条に違反する旨主張して,同法24条所定の差止請求権を被保全権利として,前記第1記載の各仮処分命令を申し立てた事案である。
これに対し,債務者は,当該発注停止等は独占禁止法19条に違反しない,保全の必要性もない等と主張して,これを争っている。

2
前提となる事実(一件記録により疎明があったといえる。)
(1)債権者は,電子機器部品の製造,販売等を営む株式会社である。債務者は,計測機器等の製造,販売等を営む株式会社である。
(2)債権者は,昭和46年以降,平成21年まで,債務者との間で,計測機器であるデジタルゲージ等を製造して債務者に販売するという取引(以下本件取引という。)を継続してきた。(3)債務者は,平成21年4月23日付け文書により,債権者に対し,本件取引を同年10月31日をもって終了する,実際の発注生産は同年8月末までとし,同年9月分及び10月分については金銭補償という形で対応する旨を通知した(甲9,別紙1。以下本件通知という。)。
債務者は,同年11月以降,債権者に対する発注を行っていない。3
債権者の主張の要旨
(1)債務者は,
本件取引において,
その開始時から
(とりわけ平成16年以降)

独占禁止法や下請代金支払遅延等防止法に違反する行為(代金支払の不当遅延,代金の不当減額,倉庫管理費未払い,検収済み品の無償解析強要,暫定価格10円での発注等)を繰り返してきた。平成20年2月ころ以降,債権者が債務者に対してそれらの違反行為を指摘していたところ,債務者は,それに対する報復として,同年12月3日付けコストダウン検討のお願いと題する書面(甲7)等により,債権者に対し,賃率(1時間当たりの報酬)を,従前の2400円から1600円に引き下げるよう強要し(以下本件減額要請という。),これに応じなければ本件取引を停止して他社との取引を開始すると述べるようになった。かかる行為は,独占禁止法で禁止されている優越的地位の濫用(不当減額)(旧一般指定14項,独占禁止法2条9項5号)に該当する。
(2)債務者は,上記(1)の優越的地位濫用を実効あらしめるため,他社との取引を開始しようとし,
その一方で不当に本件取引を拒絶した。
かかる行為は,
独占禁止法で禁止されている単独の取引拒絶(一般指定2項)に該当する。(3)債権者の債務者に対する取引依存度は高く,本件取引を拒絶される状況が続いた場合には,債権者の経営が窮状に追い込まれることは必至であり,上記第1の差止は必要不可欠である。

第3

当裁判所の判断
1
本件申立て1は,文章形式的には不作為を求めるものであるが,実質的には発注という作為を求めるものにほかならない。そして,単なる発注では意味を成さないから,結局のところ,本件申立て2と同内容の申立てをする趣旨であると解される。

2
本件申立て2については,別紙2記載の各製品と同等製品,別紙3の契約書の条件に従い,従前のとおり等の文言の指し示す具体的内容が明確でなく,全体として特定の不十分なものといわざるを得ないが,その点を措くとしても,本件において,本件申立て2に係る仮処分命令の基礎となり得るような被保全権利の主張・疎明があったとはいえない。
すなわち,本件申立て2は従前のとおりの発注を求めるものであるところ,これについて債権者は発注数量についても,過去の月間委託費用1500万円から2000万を上記発注単価により除することにより求められる等と述べており,従前の発注金額(期間当たり)と同程度の発注金額(期間当たり)になるような数量の発注を求める趣旨と解される。
しかしながら,本件取引に係る債権者・債務者間の基本的な契約内容は最終的には別紙3のとおりであるとみられるところ,そこには,債務者が債権者に対して一定数量の発注義務を負うこととなるような合意等の存在はうかがわれず,その他かかる合意等について疎明があったとはいえない。過去において継続的に一定程度の数量の発注を受けていたとしても,そのことをもって,将来においても同程度の数量の発注を求める法的権利を取得するものではない。そうすると,仮に債権者において独占禁止法24条所定の侵害の停止又は予防の請求として何らかの作為請求を行う余地があったとしても,少なくとも本件において,債務者に対して従前のとおりの数量の発注を請求する権利を有するものと解する余地はないといわざるを得ない。
なお,発注数量を限定せずに単に発注せよとする仮処分命令は,債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避ける(民事保全法23条2項)ために有効適切なものとはいえず,そのような仮処分命令について保全の必要性を認めることはできない。
3
また,一件記録によっても,本件通知に係る取引拒絶が独占禁止法上の不公正な取引方法に該当することについて疎明があったとはいえない。すなわち,債務者は,本件減額要請及び本件通知の経緯に関して,近年,計測機器の市場価格が下落していく一方であり,債務者は,毎年,債権者との間で,本件取引の単価引下げの交渉をしていたが,市場価格の減少率は本件取引の単価の減少率より大きかった。平成20年ころには,債務者の計測機器事業が,従前の仕入単価のままでは赤字になるという状況に至った。債務者は,本件取引のさらなる単価引下げによって日本国内における計測機器事業の継続が可能か否かを探るため,本件減額要請を行った。その一方で,債務者は,平成21年に入るころには,採算確保のためには生産委託先を中国企業に変更せざるを得ないのではないかと考えるようになり,その関係での調査等を開始し,同年3月ころには,委託先候補として複数の中国企業を選定し,その中の1社を第1候補とした。債務者は,同年1月以降も債権者との協議を複数回行い,本件取引の単価引下げによって日本国内における計測機器生産を継続する可能性の有無を探っていたが,同年4月に至っても単価引下げに至らなかったため,本件通知を行った。旨主張しているところ,これらの主張内容について,虚偽であることの疎明があったとはいえない。少なくとも,計測機器の市場価格の下落や債務者の計測機器の赤字転落に関しては,債権者は,かかる理由のみをもって減額が容認されるものではない等とは主張するものの,事実と異なる旨の明示の主張はしていない。他方,債権者は,債務者が独占禁止法や下請代金支払遅延等防止法に違反する行為を繰り返してきたこと,債権者が債務者に対してそれらの違反行為を指摘してきたこと等を主張するが,これらの事情について疎明があったとはいえない。
また,本件減額要請は相当大幅な減額を求めるものではあるが,そこで示された賃率1600円について,社会一般における同内容の取引においておよそ考えられないような不合理な価格であるとの疎明があったとはいえない。むしろ,債務者は,本件取引において債権者に委託していた生産を,その後自社内で行っていたところ,その作業に関して,申立外F株式会社からの人材派遣を,時給1620円で受けた旨主張しているところ,これが虚偽であるとの疎明があったとはいえない。これに対し,債権者は,①派遣労働者の平均派遣料金や他社の派遣料金が1600円より高いこと,②本件取引における賃率には不良品への対応,準備作業,出荷検査,梱包作業,設備の維持管理,品質管理態勢の維持管理等の費用がすべて含まれていること,③本件取引における受託業務は熟練技能を要し,かつ少量・多品種生産となること等を指摘するが,上記①については,それらの事例と本件取引との業務内容等の異同が明らかでなく,上記②・③を考慮しても,上記認定判断を左右するものではない。その他,一件記録を精査するも,本件減額要請が正常な商慣習に照らして不当(旧一般指定14項,
独占禁止法2条9項5号)
なものであったことや,
本件通知に係る取引拒絶が優越的地位濫用行為の実効確保の目的で行われたことについて,疎明があったとはいえない。
4
よって,
いずれにせよ被保全権利の疎明があったということはできないので,主文のとおり決定する。

平成22年6月18日
東京地方裁判所民事第8部
裁判官
秋吉信彦
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