判例検索β > 平成21年(わ)第1203号
偽証被告事件
事件番号平成21(わ)1203
事件名偽証被告事件
裁判年月日平成22年11月25日
裁判所名・部大阪地方裁判所  第11刑事部
判示事項の要旨被告人が,著名なタレントである友人の詐欺等被告事件において,同人に有利な判決を得させるべく虚偽の証言をしたとされる事件で,当該証言は自己の勘違いで行ったものであるなどとする被告人の弁解を排斥して,偽証罪の成立を認めた事例。
裁判日:西暦2010-11-25
情報公開日2017-10-13 01:35:49
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主文
被告人を懲役1年6月に処する
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,有名タレントであるAが,平成13年6月上旬ころから同年10月1日ころまでの間に,Bに対し,未公開であった株式会社Cの株式(以下C株という。)が1株当たり40万円で入手可能であるにもかかわらず,これを秘し,1株120万円でなければ入手できないなどと偽って同株式多数の購入代金等名目でBから合計3億7000万円を詐取したとして,さらに,平成18年6月7日その返還等を求めていたBを脅迫してこれを断念させようとしたとして公訴提起されたAに対する詐欺恐喝未遂被告事件,及び,同恐喝未遂被告事件につきAと共謀したとして公訴提起された者に対する恐喝未遂被告事件(以下A事件という。)の公判において,Aが,

Bに対して,C株の取得金額は1株当たり40万円であると告げていたが,Bは,それを承知であえて120万円で購入したものであるから詐欺には当たらず,したがって,恐喝未遂も成立しない。

旨弁解していたことから,かねて自己と極めて親密な関係にあったAに有利な判決を得させるため,平成20年8月28日,大阪市北区西天満2丁目1番10号所在の大阪地方裁判所第5刑事部で開廷されたA事件の公判期日
(以下
A事件第17回公判期日
という。

において,証人として宣誓の上,証言した際,真実は,自己が東京都中央区銀座で歯科診療所を開設したのは平成14年5月であり,それ以前の平成11年12月ころから平成14年5月ころまでは,沖縄県内の歯科診療所で歯科医師として勤務するなどして同県内に居住していたので,その間,東京都港区ab丁目c番d号所在の飲食店飲食店Dに1週間に一,二回の頻度で行く状況にはなく,仮に自己が平成12年ころに飲食店DでAからBを紹介され,
同人と会話をしていたとしても,

その時期が上記開業後ということはありえず,かつ,自己が同県内の上記歯科診療所で勤務する以前の遅くとも平成6年ないし7年ころにはAと知り合い,その後たびたび同県内及び国外で同人と行動を共にし,ハワイで行われたAの結婚式にも出席するなどAと極めて親密な関係にあったにもかかわらず,

自己が銀座で歯科診療所を開設したのは平成10年くらいであり,そのころAと知り合った。

平成12年ころ,飲食店Dに1週間に一,二回の頻度で行っていた。そのころ,飲食店DでBと会った際,同人とC株について話をした。

旨,さらに,その陳述の信用性が高いとの評価を得るため,自己がAと極めて親密な関係にあることを秘し,

自己とAとの関係は,単に面識がある程度の知人にすぎない。

旨,それぞれ自己の記憶に反した虚偽の陳述をし,もって偽証したものである。
(証拠の標目)
省略
(争点に対する判断)
第1
1
争点の所在
本件で偽証として問題とされる証言内容
本件において,検察官が,A事件第17回公判期日において偽証として問題とする被告人の証言内容は以下のとおりである。
(1)

被告人の,

自己が銀座で歯科診療所を開設したのは平成10年くらいであり,そのころAと知り合った。旨の証言

(以下
本件第1証言
という。。

(2)

被告人の,

平成12年ころ,飲食店Dに1週間に一,二回の頻度で行っていた。

(以下飲食店D来店関連証言という。),そのころ,飲食店DでBと会った際,同人の言動から,AにおいてC株を1株当たり40万円で入手していたことをBが知った上でこれを1株当たり120万円で購入したと思ったので,同人に対し,40万円の株を120万円で買ったら儲かるのかと尋ねたところ,同人は上場したら損がなく何十倍にもなると話していた。旨の証言(以下B会話関連証言といい,飲食店D来店関連証言と併せて本件第2証言という。)。(3)

被告人の,

自己とAとの関係は,単に面識がある程度の知人にすぎない。

旨の証言(以下本件第3証言といい,本件第1証言及び本件第2証言と併せて本件各証言という。)。
2
争点に関する弁護人らの主張概要
弁護人らは,本件各証言につき,いずれも偽証罪は成立しない旨主張し,その主な理由として,おおむね以下のような主張をする。
(1)

本件各証言の存在について


被告人は,A事件第17回公判期日において,本件第2証言のうちB会
話関連証言の時期について,そのころ,すなわち平成12年ころである旨の証言を行ったことはない。

本件第3証言について,被告人は,A事件第17回公判期日において,Aの弁護人の誤導によって,Aについて

単に面識がある程度の知人にすぎない。

と述べたものにすぎず,本件第3証言のような内容の証言を行ったとはいえない。

(2)

本件各証言内容が客観的真実に合致するか否かについて


本件第2証言のうち飲食店DでBと会った際,同人の言動から,AにおいてC株を1株当たり40万円で入手していたことをBが知った上でこれを1株当たり120万円で購入したと思ったので,同人に対し,40万円の株を120万円で買ったら儲かるのかと尋ねたところ,同人は上場したら損がなく何十倍にもなると話していた。との点は,客観的真実に反すると認めるに足りる立証はなされていない。

本件第3証言に関して,被告人は,Aと2人だけで国外あるいは沖縄県
内で行動を共にしたことはなく,タレントであるAと同人を取り巻く,飲食店Dに集まる第三者も含めた一般人としての関係しかなかったのであるから,被告人とAが極めて親密な関係にあったとはいえない。

(3)

A事件第17回公判期日当時,
本件各証言内容が客観的真実に合致してい

ないことを被告人が認識していたか否かについて
被告人は,以下の理由から,本件各証言内容が客観的真実に合致していないことを認識していなかった。

本件第1証言について
被告人が,本件第1証言において,銀座で歯科診療所を開設したのが,
平成10年ころであると述べたのは,それ以前に沖縄に移住した時期を平成5年と勘違いしたためであり,また,Aと知り合った時期については,被告人が沖縄から東京に戻った時期と関連づけて証言していない。したがって,被告人は,本件第1証言をするに当たって,それが客観的真実に反していることの認識はなかった。

本件第2証言について
(ア)

本件第2証言のうち飲食店D来店関連証言で平成12年度に同証言
で述べるような頻度で飲食店Dに来店した旨の証言は,被告人が沖縄移住時期を勘違いしていた結果行ったもので,それが客観的真実に反しているとの認識はなかった。
(イ)

もっとも,被告人は,平成13年9月ころには,沖縄からたびたび
上京し,東京に連泊しては,しばしば飲食店Dに来店していたものであり,これからすれば,飲食店Dに週一,二回来店したとの点についても,被告人には,それが客観的真実と合致していないとの認識がなかったというべきである。

本件第3証言について
人間関係の親密さの認識は多分に主観的なものであるから,仮に,被告
人が本件第3証言を行ったとしても,それが客観的真実に反していると被告人が認識していたことにはならない。
第2

争点に対する判断

上記弁護人らの主張をふまえながら,本件各証言について,偽証罪が成立するか否かにつき,以下で判断していく。
1
本件各証言の存在
被告人の裁判所調書抄本(手続調書添付)(甲4)によれば,被告人は,平成20年8月28日,A事件第17回公判期日において,以下のとおり,本件各証言を行ったことが認められる。
(1)

本件第1証言について
被告人は,A事件第17回公判期日において,Aの弁護人の主尋問に対して,最終学歴は平成3年にE大学の歯学部を卒業しまして,平成3年に国家試験に合格して,それから大学病院の口腔外科に入局しました。で,3年ぐらい大学のほうに残りつつ,世田谷のほうで病院に勤めて,その後5年間,沖縄のほうで病院のほうに従事して,その後,東京の銀座のほうで病院を開いて現在に至っていますけれども,去年の5月ごろに目が見えなくなって,現在は休業してやってないような状態です。と証言し(甲4・1頁),検察官による反対尋問の冒頭で経歴について確認された際,沖縄勤務の期間について質問されて,

…平成5年から,5年間ぐらいです。

,続けて,銀座での開業時期について質問され,

平成10年ぐらいですね。

と自ら明言している(同13頁)。また,被告人は,主尋問においても,AからC株の話を聞いた時期を尋ねられた際,時期は,開業して2年ぐらいですから,8年ぐらい前でと述べて,平成10年に銀座で開業したことを念頭に置いた証言をしている(同4頁)。


また,被告人は,主尋問の冒頭で経歴について尋ねられたのに続けて,Aとはいつどこで知り合ったか質問されたのに対し,

約10年ぐらい前に,東京にある飲食店Dというお店で,最初はお会いしました。

(同2頁)と答え,続けて,10年前というと大体平成10年ころかと確認されたのに対し,

そうですね。

(同2頁)と答え,さらに,反対尋問の冒頭で
経歴について尋ねられたのに続けて,東京での開業及びAと知り合ったこととの前後関係について,

Aと会ったのも平成10年ごろということでしたが,それは東京に戻ってきて開業されてからということですか。

と尋ねられて,「そうです。」と答えている(同13頁)。ウ
以上からすれば,被告人が,A事件第17回公判期日における証言全体を通して,要約本件第1証言を行ったと認めるのが相当である。

(2)

本件第2証言について
飲食店D来店関連証言について
被告人は,A事件第17回公判期日において,裁判官から,

8年前ぐらいは,証人はどのくらいの頻度で・・飲食店Dに行っていたんですか。・

と尋ねられて,

頻度としては,1週間に一,二回は行ってたと思います。

と答えており(同31頁),したがって,被告人が,飲食店D来店関連証言を行ったことが認められる。


B会話関連証言について
(ア)

被告人が,A事件第17回公判期日において,B会話関連証言に沿
った内容の会話をBと交わした旨証言したこと自体は,当事者間に争いがなく,証拠上もそのとおり認められる(甲4・7,8,30ないし33頁)。
(イ)

もっとも,弁護人らは,Bと上記会話を交わした時期について,被
告人が,そのころ,すなわち,飲食店D来店関連証言にいう,平成12年ころ,飲食店Dに週に一,二回の頻度で行っていたころと特定して証言したことはないとし,その理由として,被告人は,飲食店Dに週一,二回の頻度で通っていた時期について平成12年と明言したことはなく,Bと出会った時期における頻度として証言したこともなく,上記裁判官の質問に対する答えは,Bと出会った時期に結びつけて答えたものではなく,漠然と東京に戻った後のこととして述べたにすぎ
ない旨主張している。しかしながら,以下の理由により,上記弁護人らの主張には理由がない。

被告人は,A事件第17回公判期日において,AからC株の話を聞
いた時期及び場所について尋ねられて,

時期は,開業して2年ぐらいですから,8年ぐらい前で,場所はやっぱり飲食店Dです。

と,銀座で歯科診療所を開業した時期と結びつけて,自らの言葉として時期及び場所を特定して答えている(同4頁)。また,被告人は,同じくAからBを紹介された時期と場所について尋ねられて,

場所は飲食店Dです。時期が8年ぐらい前だったと思います。

と,これについても自らの言葉として明確に特定して答えている(同7頁)。その上で,被告人は,

そのとき,AさんとBさんとあなたの三者の会話の中で,C株の話については,どういう内容の話が出ていますか。

と尋ねられて,

Aさんがちょっと席を立った後に,Bさんに,40万円の株をそんな120万円で買って,これもうかるんですかという話を,僕がぶつけました。

と答えている(同7頁)。以上からすれば,被告人は,BとC株の話をした時期について,開業して2年ぐらいで,証言当時から8年ぐらい前と特定して証言していると認めるのが相当である。

上記aのとおり,被告人は,AからC株の話を聞いた時期やAから
Bを紹介された時期について尋ねられて,いずれも,自ら8年ぐらい前という表現を用いて特定しているのであって,その後に,裁判官から,

飲食店Dというお店なんですけど,8年ぐらい前は,証人はどのくらいの頻度で,例えば月に何回とか年に何回とか,頻度としてはどのぐらい飲食店Dに行ってたんですか。

と尋ねられたのであるから,8年ぐらい前という時期が,Bと出会った時期に結びつ
けて尋ねられていると容易に理解できたというべきであり,
被告人は,

そのように理解した上で,

頻度としては,1週間に一,二回は行ってたと思います。

と答えた(同31頁)と認めるのが相当であって,これに反する上記弁護人らの主張には理由がない。

まとめ
以上からすれば,被告人は,A事件第17回公判期日において,平成12年ころには,飲食店Dに1週間に一,二回の頻度で行っていたが,そのころにB会話関連証言に係るやり取りが行われた旨証言したと認めることができ,結局,被告人は,A事件第17回公判期日を通して,要約本件第2証言を行ったものと認めるのが相当である。

(3)

本件第3証言について


被告人は,Aの弁護人による主尋問において,Aと平成10年に知り合
った後,どのような付き合いをしていたか尋ねられ,

知り合ってから,1度,歯のほうの治療をしました。

それ以外には,特別。そこの飲食店Dで,たまたまお会いしたときには,そこでお茶をしたりとか,そういうことはありました。

と答えたほか,飲食店D以外のところで飲食を一緒にすることはなく,そういう付き合いではない旨答えたほか,飲食店Dで会う頻度も,ひと月に1回会うときもあれば,み月に1回会うときもあるというような,そういう感じであり,Aとの金銭貸借もない旨答えた上で,

Aとの関係はどういう関係ですかと言われたら,どんなふうな答えになりますか。

との問いに対し「知り合い。」と答え,続けて,

面識があるという程度ですか。

と尋ねられると,

そうですね。あと患者さんの一人という。

とそれぞれ証言している(以上すべて同3頁)。これからすれば,被告人が,A事件第17回公判期日における証言を通して,要約本件第3証言を行ったと認めるのが相当である。

弁護人らは,上記第1・2・(1)・イのとおり,Aの弁護人の誤導があっ
たと主張するが,上記アの尋問経緯からすれば,Aの弁護人の誤導はなか
ったと認めるのが相当であり,弁護人らの上記主張には理由がない。2
本件各証言と客観的事実との整合性の有無
(1)

認定した客観的事実
前掲関係各証拠によれば,本件各証言内容に関して,以下の各事実が認め
られる(なお,以下,被告人の本件公判における供述については,公判手続更新の前後を問わず,第2回・4頁などと,公判期日の回と当該公判に係る被告人供述調書の頁数とによって引用する。)。

被告人は,平成3年3月にE大学歯学部を卒業した後,同年9月1日,
保険医登録を受け,平成5年3月1日,東京都世田谷区eにおいて,保険医療機関としての指定を受けたF医院を開業した(第1回・10頁,甲9)。被告人は,平成6年8月ころまでに,同区下馬にG歯科医院を,平成7年4月ころには,茨城県水戸市f町にH歯科医院を開業した(第1回・10頁,甲43)。被告人は,平成5年6月,最初の妻Iと婚姻し,同女との間で,同年7月に長女を,平成7年4月に二女を,それぞれもうけたが,同年10月,最初の妻と離婚した(乙2)。

被告人は,平成6年ないし7年ころ,飲食店Dで,格闘技K―1の主宰
者であったJから有名タレントであるAを紹介されて同人と初めて知り合い(第1回・12頁),また,そのころ,後に婚姻することになるKとも知り合った(同13頁)。このころ,被告人は,自己の知人に,仲の良い友達としてAを紹介していた(甲43,44,46,47)。

被告人は,平成8年ころ,当時糖尿病に罹患していた父親の看病・介護
のため,Kと二人で,茨城県g村に移住した(第1回・13,14頁)。エ
被告人は,平成8年8月1日,Kと婚姻し,Kとの間で,同日長男を,
平成9年8月8日に二男を,平成10年10月8日に三男を,平成11年11月2日に長女を,それぞれもうけた(乙2)。

被告人は,父の介護を母にまかせられる目処がついたことから,二男の
アトピー治療のために海の近くに転居しようと考えていたところ,知人の父で,沖縄県内で複数の歯科医院を営むLが,九州・沖縄サミットに向けて英語が話せる口腔外科医を求めていたことに応じて,平成11年12月に茨城県g村から沖縄県へ家族と共に転居し,同月24日から,上記知人の父が沖縄県内で営む歯科医院のひとつであるスマイル歯科医院で常勤の歯科医師として働き始めた(L証人尋問調書1頁,第1回・15,16,18頁)。

平成12年7月,九州・沖縄サミット(以下沖縄サミットというこ
とがある。)が開催された。

被告人は,沖縄在住の間,Aが沖縄を訪問した際,AやLらと飲食を共
にすることがあり,その頻度は,被告人の記憶でも数週間に1回くらいはあった(第3回・6,28,29頁,甲13,14)。

被告人は,平成12年8月,友人だった格闘家のMが急死してから東京
への復帰を考えることがあったが,被告人の父が平成13年6月29日に亡くなったのを契機に,東京への転居を考えるようになり,以後,月に1回,多いときで二,三回上京して,東京での勤務先を探し始めた(第2回・4,12頁,甲60,弁11,12)。

株式会社Cは,平成13年10月23日,民事再生手続開始の申立てを
行い(甲52),同年11月7日,同社に対する再生手続開始決定がなされた(甲53)。

被告人は,平成14年5月31日,東京都中央区銀座にNデンタルクリニックの名称で歯科診療所を開設し(甲8),同年7月1日,保健医療機関の指定を受けた(甲9)。なお,被告人は,当初,1人で東京に転居し,被告人の家族は,長男の小学校入学(平成15年4月)に合わせて,被告人より約1年遅れて上京した(第3回・83ないし84頁)。被告人は,沖縄に転居後,平成14年5月まで生活の本拠は沖縄県にあり,飲食
店Dに週一,二回の割合で行くようになったのは,上記歯科診療所を開設した後の平成14年6月以後のことである(第2回・13頁,第3回・64頁)。

被告人は,平成18年12月30日,Aに招かれてハワイで行われた同
人の結婚式に家族6人で出席したほか(第3回・26ないし27頁,L証人尋問調書27ないし31頁,甲12),家族を連れて,Aのほか数名の者とともに,複数回海外旅行をしていた(甲37ないし39,第2回・29ないし34頁,第3回・27,28頁,甲45,47,54ないし58)。シ
被告人は,平成19年5月,左目を失明し,平成20年3月ころには,
右目も見えなくなったが(甲4・27頁,第3回・42頁),それ以前に,被告人は,Aから時計を四,五個購入し(第3回・2頁),その代金を現金で弁済したほか,弁済のため自己が所有していた外国車(フェラーリ)をAに引き渡した(第3回・2,44ないし49頁,甲31,32)。ス
Aが使用していた携帯電話には,被告人,K,子4名,母,弟などの名
前で,被告人ないしK名義で契約された複数の携帯電話番号が登録されおり(甲16ないし23,第3回・34,35頁),Aが逮捕される直前の時期に当たる平成19年5月1日から同年6月30日までの2か月間に,Aの携帯電話から被告人ないしK名義で契約された電話番号に,通話時間が数秒のものも合わせると13件の電話が掛けられていた(甲24)。セ
被告人は,Aが逮捕された翌日の平成19年7月1日,Aの携帯電話に
宛てて,沈黙は金なり。なにか必用(ママ)なことがあれば,いつでもうごきます。連絡ください。ふりかかる火の粉は,はらっていくもの,ぼくたち,目の前の化けものを,ひとつ,ひとつ食っていきていくんです。くよくよせず前向きにいきましょう。少数派をおそれるな。メダカは群れる。スピッツは吠える。土佐犬はさわがず,ここぞというとき,吠えずにかみころす。だれがなんといっても,じぶんの信念つらぬきとおせ。気弱になるな。じぶんの主張つらぬきとう(ママ)せ。一生涯の友よりという内容のメールを送った(甲23,第3回・35ないし38頁)。ソ
被告人は,平成20年6月ころにAと会った際,A事件ではBがC株の
価格が40万円であることを知っていたか否かが主に争われているという話を聞き,同事件の争点を理解した(第3回・68,86,87頁,甲4・10,11頁)。
(2)

整合性の有無についての判断


本件第1証言について
被告人が銀座で歯科診療所を開設したのは,
上記(1)・コで認定したとお

り,平成14年5月31日のことであり,また,被告人がAと知り合ったのは,上記(1)・イで認定したとおり,平成6年ないし7年ころであって,いずれも本件第1証言でいうように平成10年のことではない。したがって,本件第1証言は客観的真実に合致しない。

本件第2証言について
(ア)

上記(1)・オ,コで認定したとおり,被告人は,平成11年12月に
沖縄に転居後平成14年5月までは,生活の本拠を沖縄県に置き,飲食店Dに週一,二回の割合で行くようになったのは平成14年6月以後のことであり,また,被告人が銀座に歯科診療所を開設したのは平成14年5月末である。したがって,被告人が,本件第2証言にあるように,平成12年ころの,飲食店Dに1週間に一,二回の頻度で行っていた時期に,飲食店Dにおいて,BとC株の話をすることはあり得ず,したがって,本件第2証言は,客観的真実に反していると認められる。(イ)

なお,弁護人らは,上記第1・2・(2)・アのとおり,上記時期の点
を除いて,
被告人が飲食店DでBとC株の話をしたこと自体については,
客観的真実に反していると認めるに足りる証拠はない旨主張するのに対し,検察官は,主としてA事件におけるBの証言(甲6,48,49)
が信用できるとして,同証言を根拠とするほか,被告人が,BとC株の話をした時期について虚偽の証言をしていることからすれば,時期がいつであったとしても,そもそも,被告人がBとC株の話をした事実そのものがない旨主張する。
ところで,上記検察官の主張について検討すると,検察官が引用する上記証拠のうち,甲48及び49は,その立証趣旨がBの証言内容等とされており,これらを,被告人とBがC株について話をしたことがないことを認定する証拠として用いることはできない。また,甲6を見ても,おおむね,

Bは,平成13年7月以後に飲食店DでAと1度だけC株の話をしただけで,それ以外の第三者と上記株の話をしたことはなく,被告人の名前も知らない。

と,被告人とC株の話をしたことを否定するだけの内容に過ぎない。そうすると,上記(1)・クのとおり,被告人が平成13年6月29日以後は,多いときには月に二,三回上京していたことが認められるところ,甲6のみでは,被告人が,平成13年7月以後に飲食店DでBと全く会っていないと認めるには合理的な疑いが残るというほかなく,このことは,上記(ア)のとおり,時期を含めた本件第2証言が客観的真実に反していることを考慮しても,左右されることはない。
しかしながら,検察官は,本件第2証言中のB会話関連証言につき,

平成12年ころ,飲食店Dに1週間に一,二回の頻度で行っていた。そのころ

B会話関連証言があったと特定して主張しており(平成21年11月20日付け訴因変更請求書記載の公訴事実),被告人の偽証罪の成否を考えるにあたっては,本件第2証言のB会話関連証言のなかから,会話内容に関する証言のみを切り離して,それが客観的真実に反しているかを検討するのは相当ではなく,上記1・(2)・イ,ウのとおり,飲食店D来店関連証言と相まって特定された,銀座で歯科診療所を開設して2年ぐらいたった,平成12年ころの,1週間に一,二回の頻度で飲食店Dに行っていた時期にBとC株の話をしたとの本件第2証言が,客観的真実に反するか否かを検討すべきであるところ,上記(ア)のとおり,上記のような時期に被告人がBとC株の話をしたとの本件第2証言が客観的真実に反しているとの結論に変わりはなく,これに反する上記弁護人らの主張は,結局理由がない。

本件第3証言について
被告人は,本件第3証言において,上記1・(3)のとおり,Aと平成10
年に知り合った後,1度歯の治療をしたほか,飲食店Dで,ひと月に1回,あるいは,み月に1回ぐらいの頻度で,たまたま会って一緒にお茶を飲んだりしたほかは,共に飲食をすることはなく,金銭の貸借関係もない旨答えた上で,このような事実を前提に,面識がある程度の知人にすぎない旨証言している。ところが,被告人は,上記(1)・イ,キ,サないしセのとおり,実際は,Aと平成6年ないし7年ころ知り合い,そのころから,自己の知人にAを仲の良い友達として紹介し,沖縄県内に居住していた間も,Lと共にAとたびたび飲食を共にし,ハワイで行われたAの結婚式に招待されて出席したほか,たびたび海外旅行に共に行き,Aとの間で時計の売買等を行い,携帯電話で頻繁にやりとりし,Aが逮捕された翌日に同人の携帯電話に宛てて同人を励ますメールを送信しており,これらの交際状況からすれば,被告人はAと極めて親密な関係にあり,被告人もそう認識していたと認めるのが相当である。これからすれば,本件第3証言は客観的真実に反しているというべきである。
3
本件各証言が客観的真実に反していることに関する被告人の認識の有無(1)

本件第1証言について


被告人は,上記1・(1)のとおり,銀座で歯科診療所を開設した時期につ
いて,

平成10年ぐらいですね。

と自ら明言しているが,上記2・(1)
・コによれば,実際に被告人が銀座で歯科診療所を開設したのは平成14年5月31日であるところ,事柄が被告人の記憶に残ってしかるべき自己の歯科診療所の開設時期であること,その年数の開きが4年間にもおよんでいること,本件第1証言があった平成20年を基準として6年前のことにすぎないことからすれば,被告人は,本件第1証言が客観的真実に反していることの認識があったと推認するのが相当である。

もっとも,弁護人らは,被告人が銀座で歯科診療所を開設した時期につ
いて平成10年と答えたのは,沖縄県に転居した時期を平成5年と勘違いしたためであり,そのような勘違いをしたのは,沖縄県に転居するきっかけとなった沖縄サミットが開催された時期を勘違いしたためである旨主張する。しかしながら,以下の理由から,弁護人らの上記主張には理由がなく,上記アの認定を左右しない。
(ア)

被告人は,A事件第17回公判期日において,Aと知り合った時期
について,主尋問において,Aの弁護人から,Aとは

いつどこで知り合いましたか。

と尋ねられて,

約10年ぐらい前に,東京にある飲食店Dというお店で,最初はお会いしました。

と自ら特定して答え,それに続けて,Aの弁護人から,

10年前いうと,大体平成10年ころですか。

と尋ねられ,

そうですね。

と答えている(甲4・2頁)。さらに,被告人は,AとC株の話をした時期について,時期は,開業して2年ぐらいですから,8年ぐらい前でと,開業時期を平成10年であることを前提にして答えている(同4頁)。上記経過からすれば,被告人は,主尋問の段階において,既に,銀座で歯科診療所を開設した時期を,自ら平成10年と特定して答えていると認めるのが相当である。したがって,弁護人らが主張するように,被告人において,沖縄に転居した時期を平成5年と勘違いしたというのであれば,AとC株の話の時期を特定するまでの時点において,既に勘違いしたというこ
とになる。しかしながら,その時点までの尋問経過にあっては,被告人において,沖縄に転居した時期につき,具体的に平成5年と答えたことはなく,Aの弁護人において,それを前提とするかのような尋問もしていない。
(イ)

もっとも,被告人は,Aと知り合った時期を平成10年と特定

する直前に,Aの弁護人から,

沖縄で5年間働いておられたということですけれども,これは何か具体的な理由はありますか。

と尋ねられて,

具体的には,沖縄のほうでサミットがあるということで,少々語学ができて口腔外科ができる先生ということで,沖縄に行って・・・5年ぐらいいました。

と答えている(同2頁)。しかしながら,Aの弁護人の上記尋問には,被告人に沖縄へ転居した時期が平成5年であると勘違いさせるような内容にはなっていないほか,沖縄に転居した理由が沖縄サミットの開催にあることを示唆するような内容ともなっておらず,被告人が,上記尋問に引きずられて,沖縄に転居した時期を平成5年であったと勘違いすることは考えられない。
(ウ)

さらに,被告人が,上記尋問内容を離れて,何の示唆も誘導もない
のに,沖縄に転居した時期を平成5年であると自ら勘違いしたということも,以下の点から考え難い。

被告人は,沖縄へ転居した一番の理由として二男のアトピー治療があったほか,父の介護の目処がついたので,茨城県g村から転居してもよくなったことを転居の理由として,自ら述べているところ(第1回・13ないし15頁),上記2・(1)・イないしエのとおり,Kと知り合ったのが平成六,七年であり,父の介護のため茨城県g村に転居したのが平成8年であり,二男が出生したのが平成9年であることからすれば,被告人において,沖縄へ転居する理由となった家族に関する上記事柄の時期と矛盾する平成5年に沖縄に転居したと勘違いする
ことは考え難いことである。

被告人は,A事件第17回公判期日において,Aの弁護人から,主尋問の冒頭で経歴を尋ねられた際,上記1・(1)・ア,イのとおり,大学を卒業して歯科医師の国家試験に合格したのが平成3年であり,その後3年ぐらい大学に残りながら,世田谷の病院に勤務したと
述べていることからすれば,この時点で,被告人に,大学を卒業した時期や,その後世田谷の病院に勤務した期間について正確な記憶があったことは明らかである。しかるに,被告人は,同じくAの弁護人から,上記質問に続ける形で,

ちなみに,沖縄で5年間働いておられたということですけれども,これは何か具体的な理由はありますか。

と尋ねられて,沖縄のほうでサミットがあるということでなどと
答え,それに続いて,Aと知り合ったのが約10年ぐらい前と答
えている。そうすると,弁護人らの主張によれば,上記のわずかな質問のやりとりをするうちに,被告人は,突如として沖縄に行った時期を平成5年と勘違いしたことになるが,大学卒業年やその後の世
田谷での勤務期間について,客観的真実と整合する証言をした後に,Aの弁護人から格別被告人の記憶を混乱させるような質問をされていないにもかかわらず,突如として,被告人が上記弁護人らが主張するような勘違いをしたというのは不自然であり,
考え難いところである。


被告人は,上記(ア)のとおり,A事件第17回公判期日において,Aと知り合った時期及び銀座で歯科診療所を開設した時期のいずれも,沖縄で5年間働いた後の平成10年と特定しているところ,上記2・(1)・キのとおり,被告人が,沖縄で,Lを連れてAとたびたび飲食を共にするなどのAとの交遊歴からすれば,被告人が,Aと知り合った時期を勘違いすることも考え難く,ひいては,銀座で歯科診療所を開設した時期を勘違いしたとも考え難い。


被告人は,A事件第17回公判期日において証言するに先立って,Aの弁護人と打合せをし,そのなかで質問の流れについて教示してもらった上で(第3回・52,75,76頁),AとC株について話した時期がいつであったかしっかり思い出すよう言われていたにもかかわらず(第3回・87,88頁),上記bのような家族に関する事柄等には何ら思いをはせずに,沖縄サミットのことのみを沖縄転居の時期を特定する基準にして考え(第3回・90頁),それを聞いたAの弁護人も,それでは沖縄サミットがあったのはいつだったか質しもしなかったというのであるが(第3回・92頁),その内容は,極めて不自然である。


被告人は,上記勘違いの理由について,法廷に行くまでは覚えていたが,話したときに間違ったとか,時系列を書いて復習しなかったためであるなどと説明している(第3回・77頁)。しかしながら,被告人にとって,上記aないしcのような事柄が,法廷に行くと忘れたり,時系列で復習しないと勘違いするような事柄とは思えない。

(エ)

弁護人らは,被告人が,上記(イ)のとおり,A事件第17回公判期
日において,沖縄サミットがあることも理由に沖縄に転居した旨答えていることから(甲4・2頁),これは,被告人が平成12年に沖縄に転居したと答えたに等しいとした上で,その後,検察官から,反対尋問の冒頭で,沖縄で働いていた時期を尋ねられて,

平成5年から,5年間くらいです。

と前後矛盾した答えをしているのは(同13頁),後者が被告人の勘違いであることを示すものである旨主張する(弁論要旨・1,2頁)。しかしながら,被告人は,上記検察官の反対尋問に先立つAの弁護人の主尋問において,上記(ア)のとおり,既に,Aと知り合った時期及び銀座で歯科診療所を開設した時期が平成10年である旨証言しているものと認められるところ,これが,被告人の勘違いに基づくも
のと考え難いことは,上記(イ)のとおりである。
(オ)

なお,被告人は,捜査段階において,沖縄サミットが開催された時
期を勘違いしたことについては,一切述べていないばかりか,かえって,A事件第17回公判期日において開業時期を誤った理由として,大学卒業後,世田谷ほかで3軒の歯科診療所を経営していたことを失念していたなどと,公判段階とは全く異なる供述をしているが(乙5・3頁),その内容自体信用できないばかりか,公判段階において,なぜ,捜査段階と異なる供述をするに至ったかについても,何ら合理的な説明を行っていない。
(2)

本件第2証言について


上記2・(2)・イのとおり,被告人が銀座で歯科診療所を開設して2年ぐらいたった,平成12年ころの,1週間に一,二回の頻度で飲食店Dに行っていた時期に,BとC株の話をしたとの本件第2証言は,客観的真実に反している。しかるに,被告人は,上記1・(2)・イのとおり,B会話関連証言を行った時期について,自己が銀座で歯科診療所を開設した時期を基準にして,開業してから2年ぐらい後で,証言当時から8年ぐらい前の,飲食店Dに1週間に一,二回の頻度で行っていたころと特定して証言しているところ,事柄が被告人の記憶に残ってしかるべき自己の歯科診療所の開設時期や沖縄から東京に転居した時期を基準にしていることからすれば,被告人は,本件第2証言が客観的真実に反していると認識していたと推認するのが相当である。

もっとも,弁護人らは,被告人がBとC株の話をした時期を上記のとお
り誤って証言したのは,沖縄サミットの開催時期を勘違いしたことに引きずられて銀座で歯科診療所を開設した時期も誤って答えたにすぎず,被告人において,それが客観的真実に反しているとの認識はなかった旨主張する(弁論要旨・4,6頁)。しかしながら,被告人は,上記アのとおり,
BとC株の話をした時期を,自己が銀座で歯科診療所を開設した時期を基準に答えているところ,被告人が,銀座における歯科診療所の開設時期を平成10年と証言したのは,沖縄サミット開催の時期を誤解し,これにより,沖縄へ転居した時期をも誤解したためでないことは,上記(1)のとおりであり,上記弁護人らの主張には理由がない。
(3)

本件第3証言について


被告人は,Aとの関係について,上記1・(3)・アのとおり,Aと知り合
った時期は平成10年で,飲食店D以外で飲食を一緒にすることはなく,金銭貸借関係もなく,面識がある,知り合いで患者さんの一人にすぎない旨証言しているところ,上記2・(2)・ウのとおり,Aとの関係について述べた上記各具体的事実が,上記2・(1),イ,キ,サないしセ記載の客観的真実に反していること,これら客観的真実に照らせば,被告人とAとは親密な関係にあり,被告人自身もそう認識していたと認められることは,上記2・(2)・ウのとおりである。したがって,被告人は,本件第3証言が客観的真実に反していることを認識していたことになる。イ
弁護人らは,被告人は,Aと二人だけで海外に行ったことはなく,また,二人だけで飲食を共にしたこともなく,したがって,被告人とAが親密な関係にあったとはいえないほか,関係の親密度は個人の主観に左右されるから,被告人には本件第3証言が客観的真実に反していると認識していたとはいえない旨主張する(弁論要旨・10ないし12頁)。しかしながら,上記2・(1)・イ,キ,サないしセ記載の事実から,被告人とAが親密な関係にあったと認めるには十分であるほか,上記2・(1)・イのとおり,被告人が,知人に,Aを仲の良い友達として紹介していたことや,上記2・(1)・セの,被告人がAに送信したメールの内容からすれば,被告人においても,自己とAが親密な関係にあることを認識していたことは明らかであるから,弁護人らの上記主張には理由がなく,上記アの認定を左右しない。
4
結論
以上のとおり,被告人は,A事件第17回公判期日において本件各証言を行ったところ,それらの内容は客観的真実に反しており,かつ,被告人はそのことを認識していたと認められるのであるから,被告人には,本件各証言につき偽証罪が成立する。

(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法169条に該当するところ,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役1年6月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
1
本件は,被告人が,有名タレントで,かねてから自己と親しい関係にあったAに対する詐欺恐喝未遂被告等事件であるA事件において,同事件の公判期日に弁護人請求の証人として出廷し,自己の記憶と異なる虚偽の陳述をしたという偽証の事案である。

2
被告人は,Aとは15年以上にわたって,被告人の家族ともどもAと海外旅行を共にし,あるいは,海外で行われた同人の結婚式に招かれて出席するなどの親密な交際を重ね,AがA事件で逮捕されたことを知り,その翌日に同人を励ますメールを送信するなど,同人を支援したいとの心情にあったところ,その後保釈されたAと出会って,A事件における争点の所在を知ったことから,その点に関しAの有利になる虚偽の証言をしようと考え,自ら積極的に法廷で証言する旨申し出て,宣誓の上,判示犯行に至ったものである。これを見ると,被告人は,自己が親密に交際する者を支援するため極めて安易に偽証を思い立っており,私的な利益を求めての行動ではないという点を考慮しても,なお,その犯行に至る経緯・動機には酌むべき点がないというべきである。また,被告人の,証人として宣誓の上行った証言が刑事裁判に及ぼす影響の意味に思いを致さない法軽視の態
度は強い非難に値するというべきである。
さらに,被告人の行った偽証の内容は,その経歴等の客観的事実と対照すれば,虚偽であることが容易に判明するような内容で,巧妙とはいえないものの,他方で,予め用意した虚偽の事実をある程度整合的に順序立てて証言するなど,一定の計画性が認められる。加えて,被告人は,当公判廷で,A事件で行った証言内容と客観的事実との明らかな食い違いを指摘されても,その場限りの不合理な弁解に終始するなど,真摯な反省の態度はうかがえない。
以上からすれば,被告人の犯情はよくなく,その刑事責任は軽視できない。3
しかしながら,被告人の行った偽証は,上記のとおり,その時期等において明らかに客観的真実に反しており,かつ,その点を容易に立証することができると思われるのであって,その内容自体は巧妙とはいえず,この点で,刑事司法を誤らせる高度かつ具体的な危険があったとはいえない。
また,被告人は,これまで平成10年に罰金刑に処せられたほかは前科前歴がなく,
長年歯科医師としておおむね問題のない社会生活を送ってきたものであり,現在は,重度の糖尿病に罹患し,両目を失明して,歯科医師として稼働できない状態にあるほか,種々の体調不良を来している状態にあるなど,被告人のために酌むべき事情もある。

4
そこで,以上の諸事情を併せ考慮し,被告人に対しては,主文掲記の刑を科した上で,
その執行を猶予し,社会内で更生する機会を与えるのが相当と判断した。
(求刑)懲役2年
平成22年11月25日
大阪地方裁判所第11刑事部

裁判長裁判官

岩倉広修
裁判官

木山暢郎
裁判官

佐藤敬弘
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