判例検索β > 平成21年(わ)第5777号
偽造有印私文書行使、偽造有印公文書行使、詐欺被告事件
事件番号平成21(わ)5777
事件名偽造有印私文書行使,偽造有印公文書行使,詐欺被告事件
裁判年月日平成22年7月8日
裁判所名・部大阪地方裁判所  第4刑事部
判示事項の要旨犯行時82歳の被告人が,共犯者2名と共謀のうえ,土地所有者本人が土地の売却を希望していないのに,土地所有者に成り済まし,偽造された権利証を行使するなどして,不動産業者を誤信させ,手付金等の名目で現金など7000万円相当をだまし取ったという公訴事実について,土地所有者本人が土地の売却を希望していない事実及び行使した権利証が偽造されていた事実を,被告人が認識していたという点には合理的な疑いが残り,被告人の自白調書も信用性が認められないとして,各罪の故意を欠き無罪とした事例
裁判日:西暦2010-07-08
情報公開日2017-10-13 01:36:00
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被告人は無罪


第1
1由
公訴事実の要旨
本件公訴事実(平成21年11月26日起訴,同年12月4日訴因変更請
求・同月28日許可)の要旨は,以下のとおりである。
被告人は,Aに成り済まし,同人が所有する大阪府守口市【以下略】所在の土地(地積1485平方メートル,以下本件土地という。)を売却して,不動産業者から手付金等名下に金員を詐取しようと企て,B’ことB及びCと共謀のうえ,平成19年4月ころ,大阪市【以下略】所在の株式会社D等において,情を知らないEらを介し,株式会社Fの実質的経営者であるGに対し,真実は,前記A本人が本件土地の売却を希望している事実はないのに,これあるように装い,本件土地を売却することになった旨うそを言い,さらに,同月25日,前記株式会社Dにおいて,被告人が前記Aに成り済まし,前記Gに対し,偽造に係る前記A作成名義の登記申請書の末尾余白部分に,大阪法務局守口出張所作成名義の登記済印の印影が偽造してある登記済権利証書(偽造有印私文書である登記申請書と偽造有印公文書である登記済印の印影とが一体となったもの,以下本件権利証という。)を真正に成立したもののように装って提出して行使するなどし,同人をして,被告人が前記A本人であり,同人が本件土地の売却を希望している旨誤信させ,よって,同日,同所において,前記Gから,手付金及び中間金名下に現金3000万円及び額面各2000万円の小切手2通の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させたものである。2
当裁判所は,関係証拠によれば,BとCが共謀して公訴事実記載の本件犯行を行った事実,及び,被告人がBとCからの依頼を受け,平成19年4月25日の株式会社Dでの本件土地の売買取引(以下本件取引という。)で,Aに成り済ました事実は認められるものの,本件当時,被告人が,①A本人が本
件土地の売却を希望している事実がないこと,及び,②本件権利証が真正に成立したものではないこと,をそれぞれ認識していたという点については,合理的な疑いをいれる余地なくこれらを認定することはできず,したがって,被告人には,公訴事実記載の詐欺並びに偽造有印私文書行使及び同公文書行使の各故意が認められないとの結論に達した。以下,その理由の要点について説明する。
第2
1
前提事実
Bの供述調書及び証言等の関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1)Bによる地面師詐欺の計画
Bは,他人の土地の権利証等を偽造するとともに,適当な人物をその土地所有者に成り済まさせて取引の場に出席させ,相手方に出席しているのが土地所有者本人であると誤信させて,売買代金等名下に金員をだまし取るという,いわゆる地面師詐欺を行うことを企て,平成19年2月から3月ころ,地面師詐欺の舞台とするのに適当な土地として本件土地を探し出し,このころ,その所有者が高齢の男性であるAであることを知った。
(2)BのCに対する本人役の紹介依頼等
Bは,以前,同様の地面師詐欺を行った際に,知人であるCに,地面師詐欺を行うことやその手口を明かした上で,礼金を払って本人役を紹介してもらったことがあり,気心が知れていたことから,今回もCに本件土地の所有者であるAに成り済ますのに適当な人物を紹介してもらおうと考え,平成19年3月ころ,Cに対し,本人役として80歳くらいのおじいちゃんを紹介してほしい,うまくいけばお礼もする,などと頼んだ(この際,Bが具体的な報酬額を言ったか否かについては,後述のとおり,Cが被告人に事前に報酬について言ったか否かという争点と関連して,争いがある。)。Cは,Bが地面師詐欺の本人役を探していることを認識しつつ,この依頼を引き受けた。
(3)Cの被告人に対する依頼等

Cは,Bからの依頼を受け,このころ,かねてから親交があった被告人に対し,Aというおじいちゃんが守口にある土地を売ることになったが,病気で取引に出席できないため,代わりに取引に行ってほしい,などと頼み,被告人は,最終的にこれを引き受けた(この時点で,Cが被告人に対し,報酬が支払われることやその金額について言ったか否かについては,後述のとおり争いがある。)。
(4)被告人に対するBの説明等
平成19年3月下旬ころ,Cは,本人役を引き受ける人物として,被告人をBに引き合わせた。この際,Bは,本名のBを名乗り,被告人に対し,土地取引の際にA本人として出席し,領収証や契約書に簡単なサインをしてほしい旨依頼するとともに,Aの氏名等を記載したメモを渡して,覚えておくよう指示し,被告人はこれを了解した。ところで,Bは,通常,本人役を依頼する人物に対しては,その土地取引が地面師詐欺であることを事前に打ち明けていたが,被告人に関しては,あらかじめCから,被告人にはAは病気で寝ていると説明してある,被告人に仕事の内容をあまりいろいろ言わないでほしい,などと言われており,必要な説明は事情が分かっているCがするだろうと考えたことから,被告人に対し,上記以上の説明はせず,被告人がAの氏名等を覚えているかどうか確認するため,その後何度か被告人に会った際にも,本件取引が詐欺であることや報酬について,あえて何も言わなかった。
他方,被告人も,BやCに対し,本件取引に関するA本人の意向やその病状を確認したり,Aとの面会やその委任状の提示を求めたりしなかった。(5)取引までの準備等
その後,Cは,Bの依頼により,被告人を連れて身分証明書用の写真を撮りに行き,でき上がった写真をBに渡した。Bは,これを使って,被告人の写真が貼付されたA名義の住民基本台帳カード(以下本件住基カードと
いう。)を偽造した。そして,Bは,本件取引当日,被告人の付添役を務めるCを交えて事前に喫茶店で打ち合わせをした際,被告人に本件住基カードを手渡し,被告人は,特に何も言うことなくこれを受け取った。
また,この際,CとBは,被告人に対し,本件取引の場ではBはAの知り合いのB’と名乗ると言ったが,被告人は,これについて,特に疑問を口にすることもなく,Bの要請に応じ,その場で,本件土地の売買契約書及び領収証にA名義の署名をした。
(6)本件取引の状況
平成19年4月25日,関係者が株式会社D事務所に集まり,本件土地の売買代金の手付金及び中間金の授受と,所有権移転の仮登記申請手続に必要な書類の授受を行った。
この場で,Bは,Aの根付(不動産取引における所有者本人と専属契約を結んでいる者という意味)のB’と名乗り,あらかじめ用意し自分で持参した本件権利証等を相手方に交付した。
他方,被告人は,打ち合わせどおり,A本人としてふるまい,本人確認の際には,携帯していた本件住基カードを相手方に示し,また,司法書士の求めに応じて,登記原因証明情報と委任状にA名義の署名をした。
そして,Gは,その場で,現金3000万円と額面2000万円の保証小切手2枚を被告人の前に差し出した。被告人の横に座っていたCは,これをいったん預かり,取引終了後直ちにBに渡した。
(7)取引後の状況
Bは,前記の現金と小切手の合計7000万円のうち現金500万円をCに渡すこととし,本件取引後,大阪城公園近くの路上で,被告人と一緒に自動車の後部座席に座っていたCに対し,

分けといてあげてや。

などと声をかけながら,紙袋に入れた500万円をCに手渡した。この際,Cは,その紙袋の中から100万円の束を取り出し,被告人からの借金の返済金であると言って
被告人に渡し,被告人はこれを受け取った(残りの400万円の行方については,後述のとおり争いがある。)。
2
被告人が受け取った報酬の有無及び額
(1)検察官は,被告人に詐欺等の故意があったことを示す間接事実の一つとして,被告人は,本件取引後,BからCを介して400万円もの高額の報酬を受け取ったと主張する。この主張は,主としてC証言に依拠するものであるところ,被告人は,前記認定のとおり,Cから借金の返済として100万円を受け取った事実については認めるものの,これ以外の現金は受け取っておらず,そもそも事前に報酬の約束はなかった旨主張するので,以下,C証言の信用性について検討したうえで,被告人が報酬を受け取った事実の有無等について判断する。

(2)C証言の概要
報酬の分配等に関するC証言の内容は,要旨,以下のとおりである。ア
Cは,Bから最初に本人役の紹介を頼まれた際,100万か150万,お礼をすると言われたので,被告人に対し,本人役を依頼するときに,Bから言われたとおり,100万か150万はもらえると伝えた。

本件取引が終わり,Cが自動車の後部座席でBから現金入りの紙袋を受け取った後,その中から自分の報酬として100万円だけを抜き取り,隣に座っていた被告人に対し,

これは私もらった分な,借りてた分渡しとくわな。

と言って100万円を手渡した。被告人は,これを背広の内ポケットにしまっていた。
その後,被告人が,左手を広げて斜め前方に差し出すようなしぐさをし
たので,紙袋をそこに置けばいいのだと思い,Cは,報酬の分け前として全額被告人に渡す趣旨で,車の間のところ(自動車内のCと被告人の間)にこれを置いた。被告人は,一緒にいたのだから,紙袋の存在に気付いていたと思う。

Cが100万円を抜き取った後,紙袋にいくら残っていたかは,勘定しておらず,はっきりしない。Bが500万円渡したというなら,400万円あったかもしれない。200万円から300万円はあったような気がする。
その後,紙袋がどうなったかは,Cは確認していない。
(3)C証言の信用性

事前の報酬約束等
まず,C証言中,被告人に対し,本人役を依頼する時点で,報酬が支払われることやその金額を言ったとするC証言は,次の理由により,信用できない。
(ア)B証言との齟齬
Bは,Cに渡す報酬に関し,実際にだまし取るまで手に入る金額がわからないため,事前に具体的な金額は決めず,Cには,相手方から受け取る額の1割程度を渡すと話していた,実際には,取引後,相手から受け取った7000万円の中には額面合計4000万円分の小切手2通が入っており,これが全額割れるかはっきりしないので,上記の報酬を500万円と決めてこれをCに渡したと証言するところ,同証言の信用性を疑うべき特段の事情はない。
C証言中,Bから最初に本人役の紹介依頼を受けた時点で具体的な報酬額を聞いたとする部分は,上記のB証言との間で齟齬がある。
(イ)金額自体が不自然であること
Bが提示した具体的な報酬額が,100万円か150万円というものであったとする点は,この時点では,未だ取引の内容さえ確定しておらず,利得額が不明であったことからすると,不自然かつ不合理であるほか,実際に支払われた報酬額が,これを大幅に上回る500万円であったこととも整合しない。


取引後の報酬の分配
C証言中,Bから受け取った報酬について,Cがいったん分け前としてもらった後,すぐに被告人に借金の返済として渡した100万円以外は,被告人に全部報酬として渡したとする部分も,以下の理由により,信用できない。
(ア)紙袋の受け渡し方法の不自然性
そもそも,Cは,報酬を得る目的で本件犯行に関与したことがうかがわれるにもかかわらず,Bから渡された紙袋から100万円を抜き取る際,その紙袋の中にいくら入っているのか,自分がその中から100万円を取るとしても,被告人がいくらの報酬を受け取ることになるのかについて関心を持たず,紙袋に残っている金額を確認しないまま,これを被告人に渡すということ自体,極めて不自然で,通常考えられないことである。
また,C証言によると,Cは,紙袋から抜き取った100万円を被告人に手渡す際には,その趣旨を具体的に述べているにもかかわらず,その後の紙袋の受渡しについては,C自身が何も言わなかっただけでなく,被告人もまた何も言わなかったことになるが,この点もいかにも不自然である。さらに,Cが,100万円については,被告人がこれを背広の内ポケットに入れるところまで,具体的かつ明確に述べながら,より多額の現金が入った紙袋がその後どうなったかについて,全く見ていないということも,不自然といわざるを得ない。
(イ)報酬の分配割合の不合理性
Cは,自身と被告人の報酬の分配割合を自由に決定できる立場にあったのに,C証言を前提とするならば,自身の取り分は100万円だけにとどめ,残りを全て被告人に受け取らせたことになる。しかも,自身の取り分の100万円も,これを全額被告人に対する借金返済に充ててお
り,C自身は,本件取引において本人役の紹介や被告人の付添役として重要な役割を果たしたにもかかわらず,手元に現金が全く残らないことになる。また,Cは被告人に対し,本件犯行当時100万円を超える借金を負っていたところ,自身の取り分を増やして被告人に返済すれば,その分だけ被告人への借金が減るという状況にあったことに照らしても,自身の取り分を100万円だけにとどめたことは,不自然かつ不合理である。さらに,C証言によれば,Cは本件犯行の翌日に,被告人から20万円を借りるために,被告人方を訪れたというのであるが,そのようにCが金銭的に困窮していたのであれば,なおさら,自身の手元にいくらかの現金を残そうとするのが自然であると思われる。
(ウ)銀行預金口座への入金額との不整合
被告人の本件犯行前後の銀行口座取引についてみると,本件犯行の翌日である平成19年4月26日付けで,被告人の銀行預金口座に100万円が入金された事実が認められる。C証言によれば,被告人は本件犯行当日に500万円を手にしたことになるにもかかわらず,被告人がそのうち100万円のみを入金していることは,やや不自然といえる。なお,本件犯行の約1週間後である同年5月2日には,被告人の2つの銀行預金口座に,合計77万円が入金されたことが認められるものの,これを踏まえて検討しても同様である。
(エ)Cに偽証の動機があること
Cは,本件犯行について,被告人の共犯者として起訴されており,Cが受け取った報酬額の多寡は,その刑事責任を判断するうえで重要な情状事実の一つとなるものであるところ,Cが受け取った報酬額は,被告人が受け取った報酬額と表裏の関係にある。したがって,Cには,自己の刑事責任を軽減するため,実際には被告人に報酬を渡していないのに,あたかもこれを渡したかのように述べ,あるいは,被告人に渡した
報酬額を過大に述べるだけの動機があるといえる。
(4)結論
以上述べたとおり,C証言のうち,被告人に本人役を依頼する際に報酬がもらえると言ったという部分,及び本件取引後,借金返済のための100万円のほか,紙袋の中の残りの現金をすべて被告人に渡したとする部分は,いずれも信用できず,他にこれらの事実を認定するに足りる証拠はない。第3
1
詐欺罪の故意の有無
検察官の主張
検察官は,被告人がA本人に成り済まして本件取引に立ち会った時点で,被
告人に詐欺罪の故意があったことを推認させる事情等として,被告人が高額の報酬を受け取っている点(この点が認定できないことは,前述のとおり。)のほか,①所有者に成り済まして土地売買契約を行うことについて正当な理由は通常あり得ず,被告人も当然これを認識していたと認められるところ,被告人は,Aに直接本件土地の売却意思の有無を確認することも,BらからAの委任状を見せてもらうこともしておらず,Aに成り済まして土地売買契約を行うことを正当化する特段の事情を説明できていない以上,Aに本件土地を売却する意思がないことを知っていたと推認できる,②被告人は,Bから,何ら躊躇することなく偽造された本件住基カードを受け取り,本件取引の際,Aに成り済ますためにこれを使っていること,③被告人は,本件取引の場で,Bが偽名を使っていることを認識していたこと,を挙げるので,以下,検討する。2
A本人の意思確認等をしていないこと
一般に,土地所有者に成り済まして取引の場に立ち会ってほしいという依頼は,それ自体,そのような行為を行う必要性や適法性に疑問を抱かせるものであり,他人からそのような依頼を受けた場合,これらの点につき納得のいく説明を求めるのが通常人の行動といえる。したがって,被告人が,A本人役を引き受けるに当たり,Cが最初に述べた,Aは病気で取引に出席できないという
以上の事情の説明を求めていないことは,被告人が,Cの説明はうそで,実際にはCらが地面師詐欺を行うことを認識していたのではないかと疑わせる事情といえる。
しかし,関係証拠によれば,被告人は,かつてCに入院時の保証人になってもらったことなどもあって,恩義を感じていたことが認められ,Cに請われるまま,Cやその知人らに次々に金を貸してやっていたこと,しかも,Cは,借入れを申し込む際に使途を偽ったり,返済約束を違えたりすることがたびたびあり,未返済額が相当多額に上っていたにもかかわらず,被告人は,Cに頼まれると,すぐその言い分を信じ,新たな貸付けをしてやったり,電話代を負担してやったりしており,本件当時82歳の高齢の単身者ということも影響してか,Cからの依頼に対しては,これを鵜呑みにするなどして,やや軽率ともいえる対応をする傾向があったことがうかがわれる。
このような被告人の性格や行動傾向及びCとの人的関係等に照らすと,Cからの依頼であったので深く考えずに引き受けてしまったという被告人の弁解を,一概に不自然として排斥することはできない。
3
本件住基カードの行使
被告人は,Bに渡されて本件取引時に携帯し提示した本件住基カードが,自分の顔写真が貼付されたA名義のものであることは,これを十分に認識し得たものと考えられる。
しかし,住基カードは,運転免許証等と異なり,公的機関が発行する身分証明書としては,未だ一般に広く使用されているとはいえないことを考えると,被告人が,これについて,本件取引の相手方にA本人であると信じさせるための,何らかの証明書という程度の認識しか有していなかったことも考えられないではない。
そうすると,被告人が,本件取引の際に,客観的には偽造公文書である本件住基カードを使ったという事実は,被告人に,A本人が本件土地の売却を希望
している事実がないことについての認識があったことを推認させるものとまではいえない。
4
Bによる偽名使用
確かに,本件取引までは本名を名乗っていたBが,本件取引の場ではB’と名乗ると聞いた被告人が,Bのこのような態度について不審を抱くのが自然であるとも考えられる。しかし,経済活動において,個人が通称名を使用する場合もないわけではなく,前記のような性格等を有する被告人が,このことに特に疑問を持たなかったとしても不自然とまではいえない。
5
結論
以上によれば,検察官が主張する間接事実を検討しても,被告人に,A本人が本件土地の売却を希望している事実がないことについての認識があったと認めるには,合理的な疑いが残るといわざるを得ない。
したがって,被告人には,公訴事実記載の詐欺罪の故意は認められない。
第4

偽造有印私文書行使罪及び同公文書行使罪の各故意の有無
本件取引に立ち会った司法書士であるHの証言等の関係証拠によれば,H
は,本件取引の際,被告人に対し,Bが提出した本件権利証等の内容について,その趣旨を確認しておらず,本件権利証を含む必要書類は,まとめて机の上に置かれた後,Hがこれらをすぐに手元に置いてその内容の確認作業に入ったことが認められる。
そうすると,被告人が本件権利証を手元で確認する機会はなかったうえ,そもそも,本件権利証は専門家であるHの目さえ欺くほど精巧に偽造されたものであったから,A本人が本件土地の売却を希望している事実がないことを認識していたとは認められない被告人が,本件権利証を確認したとしても,これが偽造されていると認識できたとは到底認められない。
以上によれば,被告人に,偽造有印私文書行使罪及び同公文書行使罪の各故意があったとは認められない。

第5
1
被告人の検察官調書(乙2,以下本件検察官調書という。)
問題点
前記のとおり,被告人の供述以外の証拠からは,被告人に公訴事実記載の詐
欺罪等の各故意が認められないが,被告人は,平成21年11月12日に行われたI検察官による取調べに対しては,詐欺罪等の故意があった旨の自白をしているところ,このような自白に任意性が認められるか,任意性が認められるとしても,その自白に信用性が認められるかについて,以下検討する。2
自白の任意性
(1)警察官による取調べ
関係証拠によれば,被告人に対する警察官による取調べの際,被告人が供述調書の訂正を求めようとしたのに対し,警察官が被告人の目の前でその調書を破り,これを被告人に投げ付けた事実が認められる(なお,被告人に対する取調べを担当したI検察官がその警察官に確認したところでは,警察官は,丸めた調書を被告人に投げ付けたのではなく,被告人の前にある机に向けて投げ付けたと説明したとのことであるが,要するに,被告人のいる方向へ投げ付けたことに変わりはない。)。このような取調べは,被告人を威迫するおそれのあるものであり,そのような事実があったことからすれば,被告人が供述するとおり,警察官が被告人に対し,大声でやくざのような言葉を使って取調べを行った疑いも否定できない。
そうすると,少なくとも警察官に対してなされた被告人の供述については,その任意性に疑いが残るといわざるを得ない。
(2)検察官による取調べ
I検察官は,取調べを開始する際に,黙秘権を告知したうえ,

ここは警察署ではなくて検察庁でありますから,警察で話したことと同じことを話す必要はありませんよ。

と説明したと述べており,この点は被告人も記憶がないと述べるのみで,これを積極的に否定してはいない。

また,I検察官が取調べを開始した時点では,それまでの警察官調書は被告人の主観面に関する供述があいまいであり,中途半端な内容であったうえ,被告人は,A本人に成り済まして本件取引をしたことは認めていたものの,相手方をだますつもりはなかったというような否認をしていたのであり,被告人は前記(1)で述べたような警察官の取調べがなされていたにもかかわらず,自白していなかったことが認められる。
したがって,警察官による違法な取調べがあったとしても,それが検察官の取調べにまで影響していたと認めることはできない。
そして,本件検察官調書には,被告人は本件取引に関して報酬を受け取っていないこと等,被告人の内心以外の事実関係については,被告人が主張するとおりに記載されていること,被告人自身,I検察官による取調べは特別きつい物の言い方ではなかったと述べていることにかんがみれば,同検察官による取調べ自体に,被告人の供述の任意性に疑いをいれるような事情は見当たらない。
(3)被告人の公判供述
ところで,被告人は,公判で,平成21年11月12日にI検察官による取調べを受けるために,検察官室に入ったところ,すぐに,同検察官から,

2年間の間,逃げ回っとったやろう。

などと恫喝されたと述べるが,同検察官による取調べは,それ以前に2回行われており,3回目の取調べになってから,同検察官がそのように恫喝したとは考えにくい。
また,被告人は,同日の取調べで作成された検察官調書への署名を拒否したところ,I検察官から,被告人がCらに金銭を貸し付けていることについて,貸金業法違反で立件すると脅されたと述べるが,本件取引に関して報酬を受け取っていないこと等について,被告人自身の主張を貫き,その旨の検察官調書が作成され,訂正申立てまでした後に,同検察官から貸金業法違反で立件すると脅迫されたというのは,唐突で不自然との感を否めない。
さらに,被告人は,I検察官の取調べでは,検察事務官とともに,2人がかりで厳しく追及されたと供述するが,被告人自身,その状況について,

机の前にJ刑事がおられて。

と説明しているように,警察官による取調べと混同していることがうかがわれる。
したがって,被告人の上記各公判供述はいずれも信用できない。
(4)検討
以上によると,本件では警察官による取調べに違法の点がうかがわれ,その際の供述の任意性に疑いがあるものの,その違法性は検察官による取調べに影響することなく,検察官取調べに関して被告人が恫喝された等と述べる点はいずれも信用できないことを考え合わせれば,当裁判所が本件検察官調書について,その際の被告人の供述に任意性が認められるとして,これを証拠採用したことに違法はない。
3
自白の信用性
次に,被告人の自白は,以下のとおりの理由により,本件当時の被告人自身の認識を述べる部分については,その信用性を認めることはできない。前記のとおり,I検察官は,取調べを開始した時点で,被告人の主観面があいまいだったので,この点を明確化するために検察官調書を作成しようと考えて取調べに臨んだことがうかがわれる。そして,実際に,同検察官は,病気のAの代わりに取引の場に行ったと述べていた被告人に対し,

何で本人として行く必要があるのかと,Aさんの代わりに代理人として行きましたというのなら話は分かるんですが,何でAさん本人に成り済ます必要があるのかと,そこが不合理じゃないかというふうに追及しました。

と述べている。そして,本件検察官調書には,Cからの依頼に対して,

本人が病気であれば,代理の人間に取引させればいいのに,私が本人として取引をするのは相手方をだますことになるのではないかと思いました。

,Bの話を聞いて,

Aさんの土地を勝手に売ろうとしているんだ,私にAさん本人に成り済ますように頼んできているんだ。

という被告人の当時の認識が述べられているが,これらはI検察官が述べるような追及がなされ,被告人がこれを受け入れて行われた供述とうかがわれる。
しかし,H証言によれば,土地所有者本人でなく,代理人が土地売買取引の場に出席する場合には,別途土地所有者本人の売却意思を確認する必要があることが認められるのであって,現実の不動産取引においては,病気になった土地所有者本人の代わりに代理人が出席したとしても,すぐにその取引を完結させることはできない。I検察官の追及はこの点を十分説明せずになされたものと認められる(この点,I検察官も,そのような不動産取引の実情について,

その当時は頭が回っておりませんでした。

と述べている。)のであって,このような必ずしも意を尽くしているとはいえない追及を受けて行われた自白については,その内容が自然で理に適っているか,それとも事実に反して取調官が主張するとおりの供述をした疑いがあるかについて,慎重に吟味する必要がある。
そこで検討すると,被告人の自白の内容は,まず,Cの依頼を聞いて,被告人が本人として取引をするのは相手方をだますことになるのではないかと思ったというものであるが,A本人に成り済ます以上,その限りで相手方をだますことになるのであるから,この点は公訴事実記載の詐欺罪の故意,すなわち,A本人が本件土地の売却を希望している事実がないことを,被告人が知っていたことの認定の根拠とはなり得ない。そして,被告人は,Bの話を聞いて,本件土地を勝手に売ろうとしていると思ったと供述しており,その前提として,Bから契約書にAとサインすることや,Aの氏名等が書かれたメモを渡されて,契約の日まで覚えることを求められたことを挙げるが,これらはいずれもBらが本件土地を勝手に売ろうとしていると被告人が思ったことの十分な理由とはなり得ず,その間には論理の飛躍があるといわざるを得ない。また,被告人は一貫して報酬の約束や交付はなかったと主張しているとこ
ろ,被告人が報酬の約束もないのに,Bらが計画している本件土地の無断売買について,それを知りながら加担したというのは不自然である。
以上によれば,被告人の自白の内容には,不自然,不合理な点が認められ,被告人が取調官による必ずしも意を尽くしているとはいえない追及を受け,事実に反して取調官が主張するとおりの供述をした疑いがあるといわざるを得ない。
以上によれば,本件検察官調書のうち,被告人が本件当時の認識について述べる部分については,その信用性を肯定することができない。
第6

結語
以上検討したとおり,被告人に,公訴事実記載の詐欺罪並びに偽造有印私文
書行使罪及び同公文書行使罪の各故意があったと認めるに足りる証拠がないから,これらの各罪について犯罪の証明がないことに帰着する。
よって,被告人に対し,刑事訴訟法336条により無罪の言渡しをする。(求刑

懲役3年

平成22年7月8日
大阪地方裁判所第4刑事部

裁判長裁判官

細井正弘
裁判官

福島恵子
裁判官

池上弘
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