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損害賠償
事件番号平成17(ワ)7727
事件名損害賠償
裁判年月日平成20年9月25日
裁判所名・部東京地方裁判所  民事第14部
結果その他
裁判日:西暦2008-09-25
情報公開日2017-10-17 20:39:53
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平成20年9月25日判決言渡

同日判決原本領収

平成17年(ワ)第7727号

損害賠償請求事件

口頭弁論終結日

裁判所書記官

平成20年6月5日
判主1決文
被告は,原告に対し,525万3825円及びうち477万3825円に対する平成17年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
原告のその余の請求を棄却する。

3
訴訟費用は,これを15分し,その14を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4
この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

第1

実及び理由
請求
被告は,原告に対し,8003万9791円及びうち7276万9791円に対する平成3年4月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2
1
事案の概要
本件は,平成3年4月に,被告が院長を務める美容外科等を診療科目とするクリニックにおいて下顎骨角部の張り出し部分の切除術(エラ削り)の手術を受けたところ,手術の際に手術部位に線状骨折が生じ,その後長期間にわたる治療を受けることを余儀なくされ,左顔面頬部陥没変形,左顔面神経麻痺,左下顎部陥凹瘢痕(軟部組織欠損と下顎角欠損の複合)咀嚼障害及び発語障害,,
左口唇麻痺(左顔面神経下顎縁枝損傷による)の後遺症が残ったと主張する原告(手術当時38歳の女性)が,被告に対し,診療契約の債務不履行または不法行為に基づく損害賠償請求をしている事案である(附帯請求は,骨折により受傷した日からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求であ
る。。

2
前提となる事実(証拠による認定を要する事実については,該当証拠を括弧内に掲記する。

(1)

当事者
原告(1952年○月○○日生)は,フラワーデザイナー,生花教師,
通訳等をしている女性である(甲A6の50,原告本人)


被告は,Aクリニックの名で美容外科,形成外科等を診療科目とするクリニックを営む医師である(昭和51年医師免許取得)
(甲A13,乙A
10)
(以下,被告が院長として営むクリニックを被告クリニックと
いう。。


(2)

被告クリニックにおける治療の経過概要
平成3年1月22日,原告(当時38歳)は,二重形成手術(二重瞼を
形成する手術)を受ける目的で被告クリニックを受診し,二重形成手術についてのカウンセリングを受け,同月25日に二重形成手術を受けた。イ
原告は,平成3年1月22日に,被告から腹部脂肪吸引手術について説明を受けて同手術を受けることにした。また,同年2月1日には,下顎骨角部の張り出し部分の切除術(エラ削り)の説明を受けた。


原告は,同月12日に,全身麻酔による腹部脂肪吸引手術を受け,翌13日まで入院した。


原告は,同年4月12日,被告クリニックにおいてエラ削り手術(以下本件手術という。
)を受け,翌13日まで入院した。
本件手術において,被告が,原告の下顎骨左側のエラ削りをしている最中に,手術部位に線状骨折が生じた(以下本件骨折という。。



原告は,その後,本件骨折に伴う治療のため,同年4月26日から同年5月7日まで被告クリニックに入院した(入院12日間)
。そして,上記
4月26日に,全身麻酔で,本件骨折部のプレート固定手術及び顎間固定が行われた。


退院後は,原告は,平成3年5月10日から平成7年2月14日まで,被告クリニックにおいて,治療及び経過観察を継続する等した。
その間の主な治療は,以下のとおりである。
(ア)

平成3年6月12日

顎間固定の除去

(イ)

平成5年10月30日

固定プレート除去手術及び腹部真皮脂肪
切除左顎凹部移植手術(以下真皮脂肪移植手術という。(1回目))
(口腔内
切開法)

(ウ)

平成7年1月8日

真皮脂肪移植手術(2回目)
(口腔外切
開法)

(3)

後医での治療の経過概要
B大学医学部附属病院(以下B病院という。
)における治療
平成8年10月29日から平成10年6月16日まで,原告は,B病院
形成外科で治療を受けた。担当医師は,C医師(教授)であった。B病院で受けた主な手術は,以下のとおりである。
(ア)

平成8年12月9日

真皮脂肪移植手術(3回目)

(イ)

平成10年1月13日

真皮脂肪移植手術(4回目)


D大学医学部附属病院(以下D大学病院という。
)における治療
平成15年6月10日より,原告は,D大学病院形成外科で治療を受けた。担当は,C医師(D大学教授・B大学名誉教授)であった(甲B4)。
主な手術は,以下のとおりである。
平成15年7月17日

(4)

真皮脂肪移植手術(5回目)

交渉経過等について
二重形成手術に関する訴訟外の和解
平成7年2月16日ころ,原告と被告は,被告クリニックにおいてなさ
れた二重形成手術に関するクレームに関して,和解をした(乙C1の2)。

証拠保全の実施

平成10年4月10日,原告は,東京地方裁判所に対して,被告を相手方とする証拠保全の申立を行い申立代理人は,

弁護士E,
同Fである。,

同月21日,証拠保全の決定がなされた(東京地方裁判所平成10年(モ)第4645号証拠保全申立事件)
(以下本件証拠保全事件という。。

同年5月28日,証拠保全による証拠調べ手続が実施された(甲A9,乙C1の1,乙C1の3,弁論の全趣旨)


損害賠償の予告
平成16年12月30日,原告の代理人(弁護士G)が,被告に対し,本件に関する損害賠償の予告を内容証明郵便にて通知した(甲C5の1,甲C5の2)



原告と被告との間の話し合い
平成17年3月18日,原告,被告がいずれも弁護士を交えて,被告代理人(当時)の所属するH法律事務所において,原告の治療経過等に関する話し合いを行った(以下提訴前の話し合いという。。同席した原)
告の代理人は,弁護士G,被告の代理人は,弁護士Iであった(甲A10,弁論の全趣旨)


3
当事者の主張
(1)

被告の過失について

(原告の主張)

説明義務違反
被告は,原告にエラ削り手術を勧めるにあたって,

簡単な手術で,顔が小顔に綺麗になる。

と言い,手術方法やその危険性について,具体的説明をせず,ただ100パーセント安全だから安心して任せて下さい。手術時間は1時間くらいで,1週間くらいは強い痛みがあり大きく腫れますが,2週間で完治します。口の中からエラの骨を少し削る簡単な手術で,傷は外に出ません。と言ったのみである。被告には,手技に失敗すれば顎骨骨折の危険性があること,骨を削り過
ぎた場合には顔貌を損なう危険性があることについて,原告に対し十分な説明をして手術に対する同意を得るべき注意義務があった。しかし,被告は,上記説明義務に違反して十分な説明をしなかった過失がある。原告は,被告から本件手術の危険性(顎骨骨折の危険性や可能性等)について詳細な説明を受けていれば,本件手術を受けることはなかった。イ
手術手技の過誤
本件手術は,顔の骨格にメスとノミをふるい,女性の顔貌を著しく変形しようとする困難な手術手技を行うものであるから,担当する美容整形医師としては,細心の注意を払い,骨を削り過ぎたり,損傷しないように,慎重に手術すべき診療契約上の注意義務(医療行為としての注意義務)が存在した。
被告は,これを怠り,原告に下顎骨骨折(本件骨折)の傷害を生じさせたものである。


転院義務違反
被告は,本件手術に関して,原告の下顎骨左側に骨折を生じさせた後,その修復作業・処置に手間取り,6時間もの手術時間を要した。しかも,骨折部の離開が発生していることや,
看護師が誤って処分した,
あるいは,
被告が既に廃棄した等と主張してレントゲンフィルムの提出を拒否していることからすれば,ワイヤー止めすら行われていない可能性が高い。仮にワイヤー止めが行われていたとしても,被告によれば,ワイヤー止めを実施したのは,金属プレート・ビス等の手術器具が,本件手術当日に被告クリニックになかったためであるとする。そうであれば,被告には,本件骨折後,原告を,直ちに外科手術体制の整っている近隣の救急病院に搬送,転院させるべき義務があった。被告には,
これを怠った過失がある。


プライバシー・人権侵害の医師法違反行為
被告は,被告クリニックで行われた原告に対するいずれの治療行為にも必要がないにもかかわらず,パンティーを付けただけの状態の原告の全身
裸体写真を撮影した上,訴訟上何の必要性もないのに,こうした12枚の術前写真(乙A6の写真番号1ないし12)を証拠として提出した(以下,乙A6の写真番号1ないし12の12枚の写真を本件術前写真ともいう。。これらの写真は本件証拠保全事件の段階では提出されなかったも)
のである。
こうした被告の行為は,女性である原告の羞恥心を踏みにじり,原告の身体上のプライバシー・自尊心・人権を侵害した故意による違法行為である。こうした行為は,医師法7条2項,4条3号の医師としての品位を損する行為として,医師免許の取消理由たりうる違法行為である。(被告の主張)

説明義務違反について
被告は,平成3年2月1日,同年3月19日,同年4月9日の3回にわたり,原告に対し,エラ削り手術の説明を実施した。美容外科医に要求される説明義務は尽くしたものであり,説明義務違反の過失はない。

手術手技の過誤について
原告主張の注意義務の存在は認める。また,原告の下顎骨左側に線状骨折(本件骨折)が生じた事実は認める。しかし,原告主張の過失は争う。被告は,エラ削り手術の熟練者であり,細心の注意をもって本件手術を担当した。
本件骨折は,
注意義務を尽くした上で生じた偶発的結果であり,
一概に被告の過失を推定するものではない(手術が誘因になったことは認める。。



転院義務違反について
原告主張の転院義務違反については争う。
原告に生じた骨折は,骨折線の転位が認められない線状骨折であったことから,ワイヤー固定の方法で骨折部を固定したものであり,医学的に妥当な処置であった。
被告は,
故意に原告の顔面レントゲン写真を隠蔽しているものではない。

被告は個人クリニックであり,保管場所も限られ,人手・人材が不足していることから,レントゲン写真の整理・管理が十分に行われておらず,本訴に提出した分を除いた原告の顔面を撮影したレントゲン写真が廃棄されてしまったものである。

プライバシー・人権侵害の医師法違反行為について
原告の指摘する術前写真(本件術前写真)は,平成3年2月12日に施術した腹部脂肪吸引手術の術前写真である。形成外科の手術において,手術前の状態を保全するために術前写真を撮影するのは常識であり,正当な診療行為の一環である。
被告としては,原告の要求及び裁判所の訴訟指揮に従い,真相解明のための手持ち資料を全て提出する方針で,被告保管の術前写真を提出したものである。被告クリニックにおける術前写真の撮影は,看護師が担当するが,その個性により,詳細な写真撮影を行う者や,杜撰な写真撮影を行う者が混在していたが,腹部脂肪吸引の術前写真を撮影した看護師は,詳細な写真撮影を行っていたことから,提出した写真の枚数が多かったものである。仮に提出する写真を任意に選択したならば,原告より,恣意的な証拠提出であるとの主張がなされることが予想された。
本件術前写真を本件証拠保全事件の際に提出しなかったのは,証拠保全申立書に記載されていなかったので,提出を求められていないとして提出しなかったにすぎない。
被告には,故意に原告のプライバシー・自尊心等を侵害した違法行為は存在しない。

(2)

原告の後遺障害の程度

(原告の主張)

原告は,下顎骨骨折部のくぼみに対して,5回の形成手術(真皮脂肪移植手術)を受けたが,D大学病院のC医師による後遺症診断書によれば,現在もなお,左顔面頬部陥没変形,左顔面神経麻痺,①左下顎部陥凹瘢痕
(軟部組織欠損と下顎角欠損の複合)
,②咀嚼障害及び発語障害,③左口唇麻痺(左顔面神経下顎縁枝損傷による)の後遺症を負っている。①は後遺障害等級7級の著しい女子の外貌醜状に該当し,②は同9級6号の咀嚼機能障害及び発語障害に該当し,③は同14級10号の局部神経症状に該当する。

その他に,原告は,下顎部左側の組織陥凹を修復するために,大学病院で3回もの真皮脂肪移植手術を受けた。このため,腹部を20㎝以上切られ,皮膚と皮下組織を幅5㎝,長さ10㎝くらいにわたって,5回切除されている。こうした手術による瘢痕は,被告の違法行為と因果関係のある後遺症であり,腹部の面積の2分の1をこえて遺っている。これは,後遺障害等級12級14号の女子の外貌醜状に該当する。


そこで,これらによれば,原告の後遺障害は,併合等級6級に該当することになる。

(被告の主張)
いずれも争う。
(3)

因果関係について

(原告の主張)
原告の左下顎に見られる各後遺障害は,本件手術による本件骨折が原因となっているのであり,真皮脂肪移植手術により腹部に瘢痕が生じたことも,同様に本件骨折との間に相当因果関係が認められる。
(被告の主張)
原告の主張する後遺障害については,被告の治療行為との間に因果関係が認められない。
(4)

損害額について

(原告の主張)

治療費

252万4595円

(内訳)

(ア)

被告クリニックでのエラ削り手術代

(イ)

112万円

被告クリニックへの通院費

15万円

3000円×50回=15万円
(ウ)
(エ)

B病院への通院費

(オ)

B病院での脂肪移植手術代

79万1285円

D大学病院での脂肪移植手術代

1万9310円
44万4000円

傷害慰謝料

730万円

(内訳)
(ア)

入通院慰謝料

630万円

下記の入通院期間より導かれる慰謝料である。


被告クリニックでの入院16日間,通院63日間



B病院への入院8日間,通院期間20か月



D大学病院への入院10日間,通院期間24か月

(イ)

プライバシー侵害による慰謝料

100万円

上記(1)エに関わる慰謝料である。

休業損害

2775万3600円

原告は,上記イ(ア)の入通院期間中,骨折部位や移植手術創部の炎症や痛みと精神的な情緒不安定のため,グラフィックデザイナーの事業を継続することができなかった。
これによる休業損害は,
以下のとおりである。
(ア)

被告クリニックでの入通院期間中の休業損害
38歳の女子平均賃金
入通院期間

月額30万7900円

4年

(計算式)
30万7900円×12か月×4年=1477万9200円
(イ)

B病院での入通院期間中の休業損害
44歳の女子平均賃金
休業期間

20か月

月額29万8800円

(計算式)
29万8800円×20か月=597万6000円
(ウ)

D大学病院での入通院期間中の休業損害
50歳の女子平均賃金
休業期間

月額29万1600円

24か月

(計算式)
29万1600円×24か月=699万8400円

後遺症慰謝料

1296万円

原告の後遺障害は,
併合6級相当であり,
これに対する慰謝料としては,
1296万円が相当である。

後遺症逸失利益

2223万1596円

原告の症状固定日は,平成19年6月12日(C医師による後遺症診断書が作成された日)である。そこで,基礎収入は,353万2200円(平成18年賃金センサス・54歳女子学歴計・産業計・平均賃金)
,労働能
力喪失率67パーセント(後遺障害等級6級相当)
,平均就労可能年数1
3年(ライプニッツ係数9.394)として,以下のとおりとなる。(計算式)
353万2200円×0.67×9.394=2223万1596円(1円未満切り捨て)

ここまでの合計額

7276万9791円


弁護士費用

727万円


損害合計額

8003万9791円

(被告の主張)

治療費
(ア)は認める。その余は不知。


傷害慰謝料
(ア)

入通院慰謝料は争う。
被告クリニックでの入院日数・通院日数は認める。
B病院,D大学病院での各入院日数,通院期間は不知。
(イ)

プライバシー侵害による慰謝料は否認する。

休業損害
争う。


後遺症慰謝料
争う。


後遺症逸失利益
争う。


弁護士費用
争う。

(5)

消滅時効の主張

(被告の主張)

原告は,平成7年2月16日ころには,被告クリニックにおける治療を完了し,二重形成手術に関する和解をしていることから,遅くとも上記同日ころには,被告に対し,債務不履行を理由とする損害賠償請求が可能であった。


上記同日から本訴提起(平成17年4月19日)まで10年を経過しているので,原告の損害賠償請求権に対し,消滅時効を援用する。

(原告の主張)

時効起算点について
原告の損害賠償請求権の時効の起算点は,被告のミスによる本件骨折の事実が明らかになり,原告が損害賠償請求権を明確に意識し,行使できるようになった平成17年3月18日(提訴前の話し合いの日)である。仮に,より早い時点が起算点となるとしても,本件証拠保全事件の実施(平成10年5月28日)により,カルテやレントゲン写真を原告側が入手したことにより,下顎骨に異常があることが初めて明らかになったのであるから,上記実施時点が時効の起算点となる。
よって,時効期間は経過していない。

時効の中断
仮に,原告の被告クリニックにおける診療行為の終了時から時効期間が進行するとしても,本件証拠保全事件の申立は,原告の損害賠償請求意思の発現であり,上記申立の時点で時効の中断があったと考えられる。

信義則違反・権利濫用
被告は,原告に対し,本件骨折の事実を隠し通そうとしてきたものであり,平成7年1月14日の診療時点でもあいまいな態度で対応した。このように,被告の診療行為には,患者へのインフォームド・コンセントを欠いた,医師としての説明義務を尽くさない信義則違反があったのであり,そのために,原告は,損害賠償請求権の行使を長年にわたり妨げられてきたものであるから,本訴提起に対して,被告が消滅時効を援用するのは信義則違反であり,権利濫用である。

第3
1
裁判所の判断
事実経過について
(1)

平成3年1月22日から平成7年2月14日までの被告クリニックに
おける診療経過
証拠(乙A5。その他の証拠は該当箇所に掲記する。
)によれば,以下の
事実経過が認められる。

平成3年1月22日の診療(初診)について
原告は,平成3年1月22日,二重形成手術(二重瞼を形成する手術)を受ける目的で被告クリニックを受診し,二重形成手術についてのカウンセリングを受けた。その際,原告は,17年前,3年前,1年半前にも二重形成手術を受けたことがあること,二重のラインを明瞭にし,左右のバランスを整えることを希望していること等を述べた。また,原告が腹部の脂肪吸引についても興味を示したことから,被告は,脂肪吸引の手術についても一般的な説明をした(乙A11・1頁)


平成3年1月25日の診療(二重形成手術の実施)について
原告に対する二重形成手術が実施されたが,その際,原告は,目尻付近が下がらないようにしてほしいとの希望を述べた。


平成3年2月1日の診療(エラ削り手術の説明等)について
(ア)

二重形成手術に関する全抜糸が行われた後,原告が,エラ削りの

手術について興味を示したため,被告は,原告に対し,エラ削りの手術には口の中から行う方法(口腔内切開法)と口の外から行う方法(皮膚切開法)があることや,それぞれのメリット・デメリットなどを頭蓋骨の模型を示して具体的に説明した。これに対し,原告は,手術を行うのであれば外から傷の見えない口腔内切開法を希望すると述べた(乙A11・3頁,被告本人)

(イ)

また,原告は,平成元年8月に他のクリニックで脂肪吸引を受け

たが,下腹部にまだ(余分な)脂肪が残っているため,可能であれば被告クリニックで改めて吸引を受けたいが,その場合には下腹部のみの脂肪吸引であることを考慮して手術費用を安くしてほしいとの希望を述べた(乙A11・3頁,4頁)


平成3月2月11日から同月20日にかけての診療(腹部脂肪吸引手術の実施等)について
(ア)

原告が平成3年2月11日に被告クリニックに来院した際,被告

は手術料を15パーセント値引きすることを了承し,腹部脂肪吸引手術に関するカウンセリングを行った上,手術前検査を実施した。
(イ)

翌12日に全身麻酔による腹部脂肪吸引手術が実施された。脂肪

吸引量は全腹で1400mlであった。上記手術実施に先立ち,原告の本件術前写真(合計12枚)が撮影された(乙A6)
。これらの術前写
真によれば,原告の腹部には脂肪吸引の術痕が認められた。
(ウ)

原告は,翌13日に被告クリニックを退院し,同年2月20日に
上記手術後の全抜糸が行われた。

平成3年3月19日及び同年4月9日の診療(エラ削り手術等に関するカウンセリングの実施等)について
(ア)

平成3年3月19日にエラ削りと顔面脂肪吸引のカウンセリング

が実施された。
(イ)

平成3年4月9日にエラ削り,顎の脂肪吸引,二重の修正に関す

るカウンセリングが実施された。また,術前検査として,血液検査,心電図,レントゲン(3枚)
,尿検査が行われたほか,出血時間のチェッ
クが行われた(上記レントゲンについては証拠提出されていない。。)

平成3年4月12日から同月19日までの診療(本件手術の実施等)について
(ア)

平成3年4月12日に被告クリニックに来院した原告に対し,顔

面の術前写真の撮影が行われ,原告の顔に若干の左方偏位が認められた(乙A7・写真8参照)
。そして,まず,原告の希望により,①顔面の
6か所のホクロを炭酸ガスレーザーの照射で除去する処置が実施された(被告本人49頁,50頁)
。次に,②右顎の脂肪吸引手術,③下顎骨右側のエラ削り手術が実施され,その後,④左顎の脂肪吸引手術,⑤下顎骨左側のエラ削り手術(本件手術)が実施された(被告本人50頁ないし52頁)

(イ)

同日午後2時10分に前投薬が実施され,午後3時30分に麻酔

が開始された。手術は午後3時50分に開始され,午後9時25分に終了し,
手術時間執刀時間)

は約5時間35分であった乙A5・6頁)


(ウ)

上記(ア)⑤の本件手術の実施中に,下顎骨左側の角部に線状骨
折が生じた。切除した角部の下縁から下顎切痕に向けて走る線状骨折であった(乙B7・86頁,乙A12・14頁,乙A13の1,乙A13の2,被告本人)
(被告は,午後7時20分ころ骨折線を発見したと供
述しているが(乙A11・10頁)
,この時点での骨折の離開状況を客
観的に示す証拠は存在しない。。被告は,骨折部をワイヤー固定した。)
骨折治療には骨折治療器具の消毒のための時間を含め,約1時間を要した(乙A11・11頁)
。被告クリニックにおいては,当時,顎骨骨折
に対処できるような固定用プレートの準備はしていなかった。被告は,本件手術を行うに当たり,オシレーティング・ソーは使用せず,ノミを使用して骨切りを実施した(被告本人5頁)
。なお,咬筋切除(後記2
(1)ウ(ウ)
)については,咬む力に影響を及ぼすので行わなかった
(弁論の全趣旨)

(エ)

原告は,午後9時40分に病室に戻ったが,腫脹が認められ,苦

しさのあまりうめき声をあげる状態であったものの,呼吸は正常であった。痛みや腫れの程度は,左側の方が右側より大きかった。被告の指示でハルシオン(睡眠薬)が投与された。
(オ)

原告は,翌13日に,バカシル(抗生剤)3錠,スルガム(鎮痛

消炎剤)3錠を各1日3回7日分,セデスG1・0(解熱鎮痛剤)5包を処方され,退院した。
(カ)

被告の陳述書(乙A2・2頁)中には,4月13日に,原告に対

し,予期せざる骨折が起こったが,ヒビ程度なので経過をみたいと説明した旨の記載があるが,この供述に沿うカルテの記載はなく,原告もこうした説明があったことを強く否定している上,被告本人尋問の結果によれば,被告が4月13日に骨折(ヒビ)の対応策としてワイヤー固定をしたことを原告に説明していないことが認められ,ヒビに関する説明を原告にした時期に関する被告の記憶があいまいであることがうかがわれる(被告本人53頁)から,4月13日の原告退院時にヒビの話をしたとする被告の供述は信用できない。なお,被告の陳述書(乙A11,乙A12)中には,同日原告の顔面のレントゲン撮影が行われた旨の記載があるが,原告はこれを否定しており(甲A16)
,撮影の事実を認
めるに足りる証拠はない。
(キ)

原告は,平成3年4月15日に,顔が痛くて眠れないと訴えて被

告クリニックを受診し,ハルシオンを5日分(1日1回1錠)
,セデス
G1・0を7包,ダニリッチ(風邪薬)を5日分(1日2回各2カプセル)処方された。
(ク)

平成3年4月19日の診療の際に,口腔内半抜糸,耳介部全抜糸

が行われた。その際,被告は,原告に対して,左顎にわずかにヒビが入っていること,再手術すれば治ることを説明した(甲A8・2頁,甲A12・4頁,原告本人4頁,5頁)


平成3年4月23日の診療について
原告を診察した被告は,咬合のずれを認め,直ぐに3方向の顔面のレントゲン撮影を実施し,骨折部の転位(骨折に際して骨端間の移動が起こること〔南山堂医学大辞典第18版・1448頁〕)及び離開(診療経過。
一覧表,被告本人38,39頁)を確認した。被告は,原告に対して,金属板で骨折部に副木を当てるように固定し,骨をらせんねじで止める方法で骨折部を強固に固定する必要があること,再固定のための費用は原告に請求しないことを説明した(乙A2・2頁,3頁)



平成3年4月24日の診断書(甲A2)の作成について
被告は,平成3年4月24日,原告の求めに応じて,原告について,下顎部挫傷により3週間の安静加療を要するとする診断書を作成した(甲A2)
。なお,
挫傷とは,鈍体が作用して組織が圧縮されることによ
って生ずる損傷〔南山堂医学大辞典第18版・782頁〕のことであり,被告は,原告を骨折させたことに対する負い目もあって,あえて診断書に骨折と記載しなかったものである(乙A12・2頁)
。原告は,同月
末に未成年の息子の将来や事業に関する件で韓国と米国で人に会う約束をしていたが,出国できない事情を先方に説明するために被告に診断書の作成を依頼したものであった(甲A12・9頁,原告本人6頁)



平成3年4月26日から同年5月7日までの入院期間中の診療(本件骨折に対する手術)について
(ア)

原告は,平成3年4月26日に被告クリニックに入院し,骨折部

をプレートとピンで再固定する手術を受けたほか,顎間固定術(顎骨の骨折や骨切り術の際に,上下顎の間を固定して安静を図り,骨の生着を期待する方法〔新常用歯科辞典第3版・医歯薬出版株式会社・200頁〕)を受けた。

(イ)

同日午後1時40分に前投薬が実施され,全身麻酔の下で午後3

時05分に手術が開始され,午後6時に手術が終了した。帰室後の午後6時30分に被告の指示でボルタレン座薬1個が挿入された。同日午後9時の時点では口腔内のかみ合わせのずれは認められなかった(甲A9)

(ウ)

平成3年5月1日に顔の抜糸が行われたが,原告は,同日未明か

ら早朝にかけて,睡眠中に時折うわごとを発したり,激しく体を動かすことがあった(甲A9。なお,同年4月27日朝から同月29日早朝までの看護記録は,証拠として提出されていない。。

(エ)

平成3年5月4日,全く眠れないとの原告の訴えがあり,セルシ

ン(抗不安薬)10gの服用がなされた。
翌5日には,顔面のレントゲン撮影が行われた(乙A5・12頁。ただし,カルテにレントゲン撮影結果の記載はなく,レントゲン写真は証拠として提出されていない。。

(オ)

翌6日に原告に面会した原告の知人が被告に原告の病状の説明を

求めたのに対し,被告は,レントゲン上骨のずれもなく順調であると説明した。
(カ)

原告は翌7日の朝食後に被告クリニックを退院したが,同日の未

明にも原告は

頭が痛くて眠れない。

と訴えて時折声を上げながら体を激しく動かした。

平成3年5月10日から同年6月26日までの診療について
(ア)

平成3年5月10日,同月18日の診察の際に,顎間固定のため

のゴムの交換が行われた。
(イ)

同月12日の診察の際に右耳からの滲出液が認められたため,被

告は,耳鼻科を受診するよう原告に指示した(甲A10・18頁)。そ
こで,原告は,同月13日に耳の痛みを訴えて,J医院(耳鼻科)を受診し,以後,同年6月17日までJ医院に通院して治療を受けた(甲A3)

(ウ)

平成3年5月15日,同月25日,同年6月8日,同月26日に

顔面のレントゲン撮影が行われた(いずれの撮影日についても,レントゲン写真は証拠として提出されていない。。5月15日の段階では骨)
癒合はまだ認められなかったが(5月20日には,セデスG1・0が5包処方されている。,6月26日のレントゲン撮影の結果によれば,)
骨傷は残っているが,骨癒合は良好であるとされた(乙A5・16頁)。
(エ)

平成3年5月22日及び同月29日には,咬合の経過が良好であ

ったことから,
平成3年6月1日に顎間固定のゴム部分の除去が行われ,
同月12日に顎間固定の除去が行われた。

平成3年10月2日の診療について
原告は,平成3年10月2日に被告クリニックを受診し,左顎関節に異音があると訴えたため,被告クリニックでは,原告に対し,コラーゲン皮内テストを行った。


平成4年4月26日から同年5月3日までの診療について
(ア)

原告は平成4年4月26日に被告クリニックを受診し,左右の二

重瞼の修正についてのカウンセリングを受け,同月28日に局所麻酔での二重瞼の修正手術を受け,同年5月3日に同手術に関する全抜糸が行われた。
(イ)

原告は,平成4年4月26日の受診の際,本件手術後1年経過し

たことから,プレート固定除去(ピン抜き)手術を受けることを申し出たが,被告は時期尚早であると答えた(原告本人9頁)


平成4年5月18日の診療について
被告は,原告に対し,左上眼瞼陥凹部の修正についてカウンセリングを行い,真皮脂肪移植手術を同年8月中に行う予定を立て,同年7月末に来院することを原告に求めた。しかしながら,原告は来院しなかった。

平成5年10月28日から同年11月8日までの診療(固定プレート除去手術と第1回真皮脂肪移植手術の実施等)について
(ア)

原告は,平成5年10月28日に被告クリニックを受診し,改め

てプレート固定除去(ピン抜き)手術を受けることを申し出た(原告本人9頁,10頁。なお,この日の来院を被告側が指示したことを窺わせる証拠はない。。被告は,固定プレート除去手術の予定を立てたほか,)
プレートが入っている状態でも左頬部の陥凹が認められた(被告本人11頁,12頁)ことから,真皮脂肪移植についてのカウンセリングを行い,術前検査としての顔面レントゲン撮影を実施した(甲A11の1ないし甲A11の3)
。そして,画像によれば,下顎骨左側の下顎枝を中
心にプレート固定(ピン6本使用)されている状況が認められた(甲A11の2,被告本人41頁。なお,被告は,骨癒合が確認されたとするが(診療経過一覧表)
,カルテ上にはそうした記載はない。。

(イ)

同月30日に,全身麻酔の下での,固定プレート除去手術と真皮

脂肪移植手術(口腔内切開法)が実施された。手術開始は午後5時55分,終了は午後8時であった。被告は,固定プレート除去手術の手術中に,左下顎骨上縁付近に親指大の陥凹の存在を認め,これがピンを抜いた跡にできた不自然な凹みであると認められたことから,腹部を15㎝位切って腹部の真皮脂肪を左頬の凹部に移植する手術を行うことにしたものである(被告本人12頁,弁論の全趣旨)

(ウ)

術後,原告が,創痛・咽頭痛・熱感(38度)を訴えたため,鎮

痛座薬が投与された。なお,上記の手術当日には,原告の顔面を中心にして,複数枚の術前写真が撮影されているが,撮影技術の問題から,全てブレて撮影された写真となっている(乙A8)
。また,手術当日には
原告の胸部レントゲン撮影も行われたと認められる(甲A9,乙A15)

(エ)

翌31日に,ドレーンが抜去され,原告は被告クリニックを退院

した。退院時に,バカシル(抗生剤)3錠,スルガム(鎮痛消炎剤)3錠を1日3回7日分,セデスG5包,インダシンSP(痛み止め座薬)5個が処方された。
(オ)

平成5年11月6日に全抜糸が行われ,ハルシオン(睡眠剤)7

錠が処方された。そして,同月8日に創部ガーゼを除去された。

平成5年11月18日から同年12月2日までの診療(感染症治療等)について
(ア)

原告は,平成5年11月18日に,同月15日から左顎部の腫れ

が強くなり,痛みや圧痛があると訴えて,被告クリニックを受診した。被告は,術後創部感染症と診断し,点滴での抗生剤(セフメタゾン)投与を開始した。
(イ)

原告は,同年11月18日以降同年12月1日まで,被告クリニ

ックに通院し,点滴治療を受けた。その間,創部を穿刺して,膿を排出する治療が複数回行われたほか,ロキソニン(鎮痛消炎剤)やセデス,ハルシオン等が処方された。なお,被告においては,感染症の原因の同定はできなかった(被告本人15頁)

(ウ)

同年12月1日に被告が原告を診察した時点では,真皮脂肪移植

した組織はほとんど融解し,左顎部は移植前の形(陥凹)に戻った状態になった。翌2日には経過観察がなされた。

平成5年12月7日の治療について
平成5年12月7日には,シミ取りレーザー治療の施術が行われ,消炎クリームが処方された。被告は,原告に対して,平成6年2月中旬ころの再診を指示した。

平成6年2月18日から同年3月10日までの診療について
(ア)

原告は,平成6年2月18日に被告クリニックを受診し,カウン

セリングの結果,同月28日に,右上眼瞼についての二重のラインを緩める修正手術と口腔内の索状物の切除を行うことになった。
(イ)

同月28日に,局所麻酔の下での右二重瞼の修正手術と口腔内索

状物の切除が実施された。また,同日,下顎骨骨折部位の経過観察のための顔面レントゲン撮影(2方向)が行われた(なお,撮影結果について,カルテ上の記載はない。。

(ウ)

同年3月5日及び同月10日に右二重瞼の修正手術についての抜

糸が行われた。

平成7年1月6日の診療について
原告は,平成7年1月6日に被告クリニックを訪れ,被告が,左下顎部陥凹に対する真皮脂肪移植を提案し,これに原告が同意した(被告本人18頁)
。口腔外より切開する方法で実施することとし,術前検査を実施した。なお,原告の陳述書(甲A16)中には,同日顔面のレントゲン撮影が行われた旨の記載があるが,撮影の事実を認めるに足りる証拠はない。

平成7年1月8日から同月22日までの診療(第2回真皮脂肪移植手術の実施等)について
(ア)

平成7年1月8日に,全身麻酔の下で,口腔外切開法による左顎

凹部に対する真皮脂肪移植手術が実施された。この時,術後創部感染症の治療のために膿を吸引した部分の組織が一部瘢痕化していたので,左下顎の瘢痕を切除した(被告本人17頁,18頁)
。麻酔の開始は午後
5時20分で,手術は午後5時30分に開始され,午後7時16分に終了した。なお,同日,胸部レントゲン撮影が行われた(甲A9,乙A15)

(イ)

原告は,翌9日に,バカシル(抗生剤)3錠,スルガム(鎮痛消
炎剤)3錠を各1日3回7日分,セデスG(痛み止め)5包を処方され,被告クリニックを退院した。
(ウ)同月16日の診察の際に圧迫包帯が除去され,バカシル(抗生剤)3錠,スルガム(鎮痛消炎剤)3錠を各1日3回7日分処方された。(エ)同月22日の診察の際に枕縫合(移植組織固定糸)が除去された。真皮脂肪移植部位の隆起が認められ,経過良好と判断された。

平成7年2月7日の診療について
原告は,平成7年2月7日に,左顎付近の硬さ等を訴えて,被告クリニックを受診した。被告は,左下顎の手術した部位の瘢痕(約2から3㎝の範囲)がまだ硬かったことから,経過観察を続けることにした(被告本人19頁)



平成7年2月14日に原告から出された二重瞼の手術についてのクレームについて
(ア)

原告は,平成7年2月14日に被告クリニックを受診した際,平

成4年4月28日に行われた左目の二重瞼の修正手術に関し,二重に左右差があること,二重のラインに審美上問題があること,目尻側が下がっていることについて不満を述べた(乙A12・12頁)

(イ)

被告は,同月16日に,左目の二重瞼の修正手術に関して原告か

ら受け取った金員のうちの15万円を原告に返還し,
原告から領収書乙

C1の2)を受け取った。
(2)

平成7年2月15日から平成8年10月28日までの原告の診療経過
について
原告は,上記ナの被告クリニック最終受診時である平成7年2月14日から,B病院の診察を受けるまでの間,四谷の美容外科やK大学医学部附属病院等を受診したが,いずれでも具体的な治療を受けたことはなかった(甲A12・12頁,原告本人34頁)

(3)

平成8年10月29日から平成10年6月16日までのB病院での診療経過
証拠(甲A5(枝番含む。。その他の証拠は該当箇所に掲記する。)
)によ
れば,以下の事実経過が認められる。

平成8年10月29日の診療(初診)について
診察の結果,
咬合の状態は良好とされたが,
下顎の左方偏位が認められ,
左顎運動時に左顎関節部に異音があり,左頬部(耳下)に組織の欠損が認められるとされた。担当医師は,組織の欠損は,被告クリニックにおいて鼠径部より採取され,左頬部に移植された真皮脂肪が感染症に罹患したために生じたものであると考察した。また,同日撮影されたレントゲン写真においても,
左下顎骨の一部欠損が認められた乙A4の1,

乙A4の2)

担当医師は,脂肪移植を行えば,外観上の左右のバランスを整えることはできるが,切れた歯槽神経をつなぐことはできないため,下口唇の硬い感じは残ることを原告に説明した(甲A5の1ないし甲A5の3)



平成8年11月5日及び同月19日の診療について
平成8年11月5日の診察の際に原告が左頬部についての脂肪移植を希望したため,同月19日に原告の顔面の写真撮影(甲A5の3)及び原告に対する手術の説明が行われた。その際,担当医師は,移植された脂肪が吸収される関係で(後記2(3)参照)
,予め吸収量を見込んで3か月位
は少し多めに脂肪が入るような脂肪移植を行うことになる旨を原告に説明した。そして,同日付けで,C医師による診断書が作成されたが,同診断書では,病名は左顔面陥凹変形とされ,

下顎骨手術後と感染後の変形と思われる。また,下歯槽神経損傷による下口唇(左)の知覚鈍麻があるが,これについては修正手術は不可能と思われる。とされた甲A4)





平成8年12月7日から平成9年1月21日までの診療(第3回真皮脂肪移植手術の実施等)について

(ア)原告は,平成8年12月7日から同月14日までB病院に入院し,同月9日に真皮脂肪移植手術が実施された。
(イ)

平成8年12月17日及び平成9年1月21日に術後の経過観察

のための診察が行われたが,術創の状態は良好とされた。

平成9年12月16日の診療について
原告は,
平成9年12月16日にB病院を再受診して医師の診察を受け,
平成10年1月に,①左下顎部の脂肪を上方に移動し,②腰のdogear(円形ないし卵円形に皮膚組織を切除し直線状に縫合する際,縫合両端部に挙上して生じた余剰皮膚のこと〔南山堂医学大辞典18版・1505頁〕)を修正する手術を受けることになった。担当医師は,原告に対し,。
手術の内容について,瘢痕の修正を内容とする手術であり,①下顎のふくらみを頬へ移植し,
②左腰のふくらみをとるものであるとする説明を行い,原告は手術の実施に同意する旨の同意書に署名した(甲A5の10)。


平成10年1月13日から同年2月17日の診療(第4回真皮脂肪移植手術の実施等)について
(ア)

平成10年1月13日に,原告に対し,頬部(脂肪移植手術)及

び腰部に対する手術(外来手術)が実施され,術後にメイアクト(抗菌薬)
,フルカム(鎮痛消炎剤)が処方された。
(イ)

翌14日に,頬部についてのドレーンの抜去と圧迫,腰部につい

てガーゼの交換が行われたが,出血や血腫は見られなかった(退院)。
そして,同月16日に頬部の圧迫が解除された。
(ウ)

同月20日に抜糸が行われ,同年2月17日にテープよる固定処

置が終了した。

平成10年3月24日の診療について
左頬部(の上部)が少しへこんでいる状況が認められ,3か月ほど様子を見ることとされた。


平成10年6月16日の診療について
原告の顔面(左頬部)の写真3枚の撮影がなされた(甲A5の8,甲A5の9)

(4)

平成15年6月10日以降のD大学病院での診療経過

証拠(甲A6(枝番含む。。その他の証拠は該当箇所に掲記する。)
)によ
れば,以下の事実経過が認められる。

平成15年6月10日の診療(初診)について
(ア)

原告(当時50歳)は,平成15年6月10日にD大学病院を受

診し,現在気になるのは,①右眼が開きにくいこと,両眼が左右非対称であること,左上瞼のたるみや傷痕,②左下顎部が少し垂れた気がすることである(移植した脂肪が下がったのが気になる。特に口を大きく開けたとき。
)と述べた(甲A6の2,甲A6の3)

(イ)

原告の顔面写真4枚の撮影がなされた(甲A6の6)


平成15年6月16日及び同年7月1日の診療について
原告は,
平成15年6月16日にD大学病院において医師の診察を受け,
同年7月17日に①両上眼瞼の再手術,②左頬の脂肪移植手術,③腹部脂肪吸引後の凹凸を脂肪吸引で少し平らにする手術を受けることになった。そして,同月1日に術前検査として,心電図,血液検査,尿検査,胸部レントゲン撮影等の検査が実施された。


平成15年7月16日から同月25日までの診療(第5回真皮脂肪移植手術の実施等)について
(ア)

原告は,平成15年7月16日にD大学病院に入院し,実施予定

の手術内容の説明を受けて,同意書に署名した(甲A6の11)なお,。
術前,原告の左頬部について左頬部陥凹との診断がされたが(甲A6の7)
,原告は,このころ左口角のしびれも訴えていた(甲A6の4
9)

(イ)

同月17日に,C医師により,両側上眼瞼形成術,左頬部脂肪移

植術,腹部脂肪吸引術が実施された。具体的な手術内容は,全身麻酔下で,左耳前部前回の手術時の傷に添い,皮切を加え,前回移植されていたdermalfat(真皮脂肪)上を剥離し,皮下ポケットを作成し,左鼠径部より10㎝×5㎝程度のdermalfatgraft(移植用の真皮脂肪)を採取してdermis(真皮)側を下側にして皮下ポケットに挿入し,その後,ナイロン糸で閉創するというもので,左頬部手術創にペンローズ・ドレーン1本が留置された。
(ウ)

同月20日にペンローズ・ドレーンが抜去され,同月23日に上

眼瞼の全抜糸が,翌24日に左耳前部,腹部の全抜糸が行われた。なお,同月20日には,原告が,右から脂肪をとられると聞いていたのに,左からとった,元々あった左鼠径部の傷が長くなったとの2点について,非常に神経質になっている状況であり,病棟看護師側としては,C医師より直接話してもらう必要があるとされた。原告は,手術後のボディイメージの変容に対して不安な様子であった(甲A6の65)
。その後,同月22日に,C医師の説明を受け,これに納得した様子であった。
同月23日には,
精神的ストレスも低下した様子であった。
(エ)

原告は,翌25日に退院した。

平成15年8月5日から同月8日までの診療について
平成15年8月5日に原告を診察したC医師は,
顔面はよい結果であり,
腹壁については,原告本人が傷を心配しているが,特に問題はないと判断し,経過を観察することにした(甲A6の9)
。同月8日には,腹部のテ
ープの貼り替え等が行われた。

(5)

原告の現在の症状について
原告と原告代理人(弁護士L)は,平成18年11月21日に,D大学
病院においてC医師と面談し,原告の後遺症の状況について聴取した。上記面談は,5∼6分程度の短い時間で実施された(甲A14,原告本人24頁,25頁)


平成19年6月12日,C医師は,原告の症状について,以下の内容の診断書を作成した(甲A15)

病名を,左顔面頬部陥凹変形,左顔面神経下顎縁枝麻痺とし,上記は,平成3年4月12日の左下顎角切除(エラ削り)後に発症したと思われ,現在の後遺症は,下顎中心に,下記のように残っている。



咀嚼障害及び発語障害(ただし軽度)


2
左下顎部陥凹瘢痕(軟部組織欠損と下顎角欠損の複合)

左口唇麻痺(左顔面神経下顎縁枝損傷による)

医学的知見について
証拠(以下の該当箇所に掲記する。
)によれば,以下の医学的知見が認めら
れる。
(1)

下顎骨角部の張り出し部分の切除術について
下顎骨の角部が張り出している,いわゆるエラ張りの多くは,下顎骨角
部を中心とした過形成である。多くの場合は,角部に骨棘を認め,これに咬筋肥大症を伴うこともある(甲B2・171頁,乙B1・121頁)。

下顎骨角部形態の異常診断には,正面,側面の頭部エックス線規格撮影が用いられる(甲B2・172頁)



治療としての術式
(ア)

切除法には,口外法と口内法がある。通常は口内法が用いられる

(甲B2・173頁,乙B1・121頁,甲B3・328頁)

(イ)

口内法による下顎角切除には,以下の2つの方法がある(乙B1

・122頁)



オシレーティング・ソーを用いる方法



ドリルとノミを用いる方法

(ウ)

咬筋肥大症に対する咬筋切除は,口内法により咬筋を下顎骨外側

面より剥離した後,これを裏面より切除する。最近は,下顎骨の切除により肥大した咬筋は次第に萎縮してくるとする考えが有力であり,著しい肥大ないし左右差がない限り,咬筋切除は行われない傾向にある(甲B2・175,176頁,甲B3・328頁)


術後管理
術後はオトガイ下部に向けてドレーンを留置し,圧迫包帯をする。しばらくは,咬合力の低下と開口障害が続く。術後の腫脹は数週間から,時に数か月に及ぶこともあるので,こうした経過を術前に十分患者に話しておくことが大切である(甲B2・176頁)


合併症
(ア)

合併症としては,顔面神経や下歯槽神経の損傷,異常骨折,大出

血,感染などがある。異常骨折としては,下顎切痕に向けた骨折が起こりうる(甲B2・176頁)

(イ)

不完全な骨切りで骨片を無理に取り出そうと乱暴に扱うと,骨折

を引き起こすことになる。特に下顎切痕や下顎頭に向けては縦骨折を引き起こしやすいので注意が必要である(乙B1・123頁,乙B7・86頁)

なお,経験した約100例の症例のうち,骨折を起こしたものが2例あるとする,平成3年に刊行された雑誌に掲載された形成外科医角谷徳芳による症例報告があり,同報告によると,1例は,1年前に同部位での骨折の既往があり再骨折を起こしたもの,他の症例は,不完全な骨切りを無理に除去しようとして下顎切痕への縦骨折を起こしたものである(甲B1・821頁)
。上記症例報告では,オシレーティング・ソーに
よる骨切りが不完全なまま強引にノミを使用すると骨折の原因になるため,
特に下顎角後方の骨切りを完全に行うことが大切であること,
また,
後方に向かってノミを打ち込むと切痕方向への縦骨折を起こす危険が大きいことが指摘されている(甲B1・825頁)

(ウ)

また,下歯槽神経になんらかの損傷が加えられると,下口唇の知

覚鈍麻が生じる(乙B6・533頁)


後遺症
後遺症としては,開口障害,顔面神経麻痺,オトガイ神経麻痺の他,切除不足,過剰切除,不適切な切除による変形などがある。開口障害は,通常数週間で消失する。また,中年以降の症例では,術部である角部の下方に余剰皮膚のたるみが残る場合もあり,症例によってはフェイスリフトを同時に行う必要がある(甲B2・176頁,177頁)

(2)

下顎骨骨折について
骨折は機械的外力によって起こるものがほとんどであるところ,下顎骨
は,馬蹄形を呈した遊離骨であり,各部位に筋肉が付着しており,咀嚼筋群による懸垂状態にあり,顔面の下端を形成しているため,外傷を受けやすく,骨折を起こしやすい状態にある。骨折の発生頻度は,顎骨骨折の中でも圧倒的に多い(甲B6・262頁)

また,下顎骨骨折の好発部位を頻度順に挙げると,①頤部,②角部,③臼歯部,④頚部,⑤歯槽突起の順となるとする文献がある(甲B6・265頁)
。また,より詳細に区分して,関節突起,頤部,体部,角。
部,下顎枝,筋突起とする文献もある(乙B2・100頁)

顎骨骨折の治療法
(ア)

受傷直後は,患者の全身状態に注意して,出血,呼吸困難,ショ

ックなど生命に危険な症状があれば,それに対する処置を行わなければならない。一般に受傷直後は軟組織の腫脹,疼痛が激しいため,骨折に対する積極的な処置は困難なことがあるので,まず創傷の治療,感染の防止,エックス線撮影,損傷歯の処置を行い,急性炎症の消退後,速やかに,遅くとも受傷後10日以内には骨折に対する処置を行うことが望ましい(甲B6・271頁)

(イ)

骨折の治療は,①骨片の整復,②両骨片の固定,③機能回復の3
大方針に基づくものであり,①の整復と②の固定はシンクロナイズして行われる。顎骨骨折に対する整復術は,単に骨片の整復のみならず,歯の正しい咬合関係を回復させることも目標にしなければならない。一方,
固定法では,骨片の位置及び歯列を受傷前の正しい咬合状態に回復し,そのままの位置で,ある一定期間固定しなければならない(甲B6・272頁)

(ウ)

非観血的整復固定法の一つに,健全歯に連続歯結紮を施し,ゴム

輪で牽引して顎間固定を行う方法がある(乙B2・100頁,乙B8・650頁,651頁)

また,観血的整復固定法には,骨片両端の金属線による縫合や骨釘,骨鋲(ピン)
のほか,外皮より骨釘を植立して行う装置を使用する方法,
金属プレート固定法などがある(乙B8・675頁ないし677頁,弁論の全趣旨)


下顎骨骨折の治療法
(ア)

治療のゴールは,骨折の整復と骨片の固定と安定のみではなく,

咬合の改善にある。骨折部が速やかに骨性癒合されても,咬合が狂っていれば完治したことにならない。骨折部を適切に整復するには,できるだけ早期に治療を行ったほうが成績は良好である(甲B5・100頁,101頁)

(イ)

なお,下顎骨骨折の治療について,正しい咬合関係の獲得と顎運

動の確保に重点が置かれ,骨折線の正確な接合には必ずしもこだわらないが,一般的には,骨片の可及的正確な整復と強固な固定を行うことが原則であり,4週間から6週間固定を続行すればよいとする見解もある(乙B2・99頁,100頁)

(3)

脂肪移植について(乙B3・222頁ないし224頁)
脂肪移植は,皮下軟部組織の補填や補充を目的として,自家移植(自分
自身の組織を自身の体の他の部位に移植すること〔南山堂医学大辞典第18版・817頁〕)が行われることになる。皮膚の陥凹変形の修正,顔。
面非対称の修正等に用いられる。ただし,遊離で移植された脂肪細胞は感染により容易に壊死,融解を生じる。

脂肪組織移植の方法と比較
(ア)

方法


遊離脂肪移植

脂肪組織のみを移植する。



真皮脂肪移植

真皮・皮下脂肪組織を一塊として複合移植する。

(イ)

比較

遊離脂肪移植は,移植脂肪の吸収,壊死が起きやすいことが欠点である。
また,
吸収後に不均等な凹凸を作ることもある乙B5・127頁)


これに対して,真皮脂肪移植では,生着した真皮部分の豊富な血管網を媒介として脂肪組織へ移植床からの血行が期待でき,術後の脂肪の吸収や壊死が少なくなる。しかし,欠点としては,真皮に含まれる皮膚附属器を埋没させてしまうため,術後に嚢腫形成や感染の危険がある。(ウ)

移植脂肪量について

遊離移植した脂肪組織は,遊離脂肪移植で30%以上,真皮脂肪移植でも20∼30%が吸収されてしまうため,予め吸収量を見込んだ量を移植する必要がある。しかしながら,脂肪の吸収程度は移植床の血行状態や脂肪組織の状態によって様々であり,移植量を的確に決定することは難しい場合が多い。
(4)

真皮脂肪移植術について
適応
顔面などの瘢痕による陥凹の修正,放射線照射などによる発育障害のた
めの変形の治療などである(乙B5・127頁)


短所
感染には抵抗が少なく,移植時のわずかな外傷でも脂肪は障害され融解壊死に陥るので細心の注意が必要である(乙B5・130頁)



術後管理
感染を起こせばほとんど大部分の移植片は壊死するので,十分な抗生物質の投与が必要である。そのため,真皮脂肪移植は感染のある場合は禁忌である。
また,脂肪塊が融解し,液状の内容をもつ嚢腫を形成することがある。これが感染を起こすと不愉快な変形を起こすことがあるので,嚢腫は切開する(乙B4・68頁)

術後の吸収は,
術後6か月以降でも,
その速度は減じつつ継続するので,
少なくとも術後1年経過を追う必要がある(乙B5・135頁)

その他に,血腫・感染・壊死などが報告されるが,低率である(同)。
(5)

脂肪注入術による顔面軟部組織の輪郭形成について

頬部や下眼瞼下部にはかなり有効である。欠点として,脂肪の正着率は,50%と低く,そのため数回の注入が必要となることもある(甲B3・344頁,345頁)

3
被告の債務不履行責任の有無について
(1)

原告は,エラ削りの際に本件骨折を生じたことにつき,被告には債務
不履行責任及び不法行為責任がある旨主張し,その根拠として,被告に,①説明義務違反の過失,②手術手技の誤りにより左下顎骨折の傷害を負わせた過失,③原告を他院に転院させる義務を怠った違法行為,④女性のプライバシー,人権を侵害した違法行為があったことを挙げている。
(2)

そこで,まず,エラ削り手術のカウンセリングにおいて被告が原告に
対して行った説明の内容について検討する。
前記1(1)ウ,オのとおり,被告は,本件手術の前に,平成3年2月1日,同年3月19日,同年4月9日の3回にわたり,原告に対し,エラ削りに関するカウンセリングを行い,エラ削りの手術には口の中から行う方法と口の外から行う方法があることや,それぞれのメリット・デメリットを説明したところ,原告は,口の中から行う方法(口腔内切開法)を選択したものである。
証拠(甲A12,乙A11)及び弁論の全趣旨によれば,被告が行った説明の内容に関し,被告の供述と原告の認識とが食い違う部分があることが認められるが,被告は,術後の大きな腫れが引くまでの期間や術後固いものをむことが制限されることなどについて説明したものの,手術の際に顎骨骨折が生じる危険性についての説明をしたことについては供述していない(乙A11)
。他方,原告は,被告から,エラ削りの手術はエラの骨を削る簡単な手術で100パーセント安全であるとの説明を受けた旨を供述しているところ(甲A12・2頁)
,被告も,術前にレントゲン検査を行い,原告に対
してエラ削り手術をすることに問題がないことを確認して原告を帰宅させた旨供述しており(乙A11・6頁)
,この供述は被告の手術の安全性につい
て疑問を抱かなかったとの原告の供述に符合している。また,上記カウンセリングがなされた当時に被告が使用していたと考えられる被告クリニックのパンフレット(甲A13)には,エラ削り手術に関し,

エラの張ったあごは,口の中から骨を削ります。との記載や,手術のための入院は必要なく,

手術時間は1時間,抜糸までの期間は1週間,治療総日数は2週間である旨の記載があるが,手術による合併症に関する記載はない。
これらの事情からすれば,被告は,本件手術の前に,原告に対し,本件手術が安全なものであるとの印象を与える説明を行い,顎骨骨折が生じる危険性があること及び削り過ぎの危険性があることの説明はしていないものと認められる。
しかしながら,そもそも本件手術は下顎骨の切除を行う手術であり,下顎骨の切除部以外の他の部分に骨折が生じることや想定範囲を超えて過剰に切除することのないように慎重に作業を進めるのは至極当然の前提となる。加えて,骨折は想定される合併症ではあっても発生頻度は低いと考えられること(前記2(1)オ参照)
,下顎骨形成術に関する文献(甲B3,乙B1)
も骨折の可能性についてまで具体的に説明すべきとはしていないことも考慮すると,被告が,術前に,顎骨骨折が生じる危険性があること及び削り過ぎの危険性があることの説明を行わなかったことが直ちに違法であるとはいえない。
(3)

本件手術は,下顎骨切除の口内法により,ノミを使用して下顎骨角部
を削り顔貌を変形させようとする手術手技を行うものであるから,本件手術を行う美容整形医師としては,骨を削り過ぎたり,損傷しないように細心の注意を払い,患者である原告の身体の安全を確保するために最善を尽くす注意義務を負っていたと解される。
そこで,
被告が上記診療契約上の義務に違反したか否かについて検討する。前記2(1)オによれば,エラ削り手術を行った場合の合併症として異常骨折の発生があるとされ,下顎切痕に向けた骨折もエラ削り手術の合併症として起こりうること,エラ削り手術の際に骨切りが不完全なまま骨片を無理に取り出そうとすると,下顎切痕に向けた縦骨折が起こりやすくなることが認められる。これらの医学的知見のほか,本件骨折の確認された形状は下顎切痕に向けた線状骨折であったこと(前記1(1)カ(ウ)参照),被告ク
リニックで実施した術前検査の際に,原告の骨に異常は認められなかったこと(被告本人37頁)
,原告について異常体質を認める証拠はないこと等を
考慮すると,被告のノミ等を使用した骨切り作業中に許容限度を超える外力が原告の下顎骨に加わったために,本件骨折が生じたことが推認される。ところで,被告は,本件手術実施後1週間経過した平成3年4月19日に至って初めて原告に骨にヒビが入っているとの説明をしたが,本件手術時に本件骨折が生じた事実に関する具体的な説明は行わなかった。
しかしながら,
手術を実施した医師としては,発生した事故状況を正確に患者に伝え,それを踏まえた対応を患者にさせるべきであったものであり,上記の被告の対応は,
手術を実施した医師として極めて不適切なものであったというほかない。これらの事情のほか,前記3(2)で認定した術前説明の内容を併せ考えると,被告は,原告に本件手術についての術前説明の際に,手術の安全性のみを強調し,顎骨骨折が生じる危険性についての原告の理解を得ていなかったものであり,また,手術手技の誤りにより本件骨折を生じさせたものと認められるから,結局,被告は,本件手術を行うに当たり,患者である原告の身体の安全確保義務に違反したものと認められる。
(4)

ところで,原告は,被告が,本件手術の際に原告の下顎骨左側に骨折を生じさせた後,直ちに外科手術体制の整っている近隣の救急病院に搬送,転院させるべき義務に違反した旨主張する。
しかしながら,被告は,平成3年4月当時,下顎骨エラ削り手術中に骨折を生じさせた経験はなく本件骨折が初めての経験であったものの,既に約20から30例程度の下顎骨骨折手術の経験を有していたこと(乙A10),
本件骨折は(当初)線状骨折に止まっていたものであり,この時点で骨折線の転位・離開は(証拠上)認められていなかったこと(前記1(1)カ(ウ)参照)
,そのため(多少時間がかかっても)ワイヤー固定で対応可能であったこと,他の病院に救急搬送するには,術創部を閉創する必要もあり,創部感染の危険も少なくはないこと(被告本人7頁,41頁,弁論の全趣旨)が認められる。これらの事情を考慮すると,本件骨折後,被告において,原告を直ちに外科手術体制の整備された救急医療機関に転送する義務を負っていたとは認め難い。
(5)また,原告は,被告が治療上の必要もないのに本件術前写真を撮影し,訴訟上の必要もないのにこれを証拠として提出した行為は,原告のプライバシー・自尊心・人権を侵害する故意による違法行為である旨主張する。しかしながら,証拠(乙B10,乙B12,乙A14)及び弁論の全趣旨によれば,一般に形成外科手術を行うに当たっては,術後の状態と比較するために,様々な角度から術前の患者の写真を撮っておくことが有用であり,リポサクション(吸引式脱脂術)に関しては,原則として,正面,背面,左右側面,両斜位の撮影を行うこととされていること(乙B12・13頁,乙B10・736頁)
,本件術前写真は,平成3年2月12日の腹部脂肪吸引
手術の実施に先立ち,原告の全身のバランスを見るために,全身,上半身,下半身について,それぞれ正面,背面,左右側面から撮影されたものであること,被告は,本件訴訟において,真相解明のために手持ち資料をすべて提出する方針の下に,本件手術が行われるに至った経緯や本件手術当時の原告の身体の状況を明らかにする目的で,本件術前写真を証拠として提出したことが認められる。そうすると,被告が本件術前写真を撮影した行為が腹部脂肪吸引手術の実施のために必要のない行為であるといえないことは明らかであり,また,本件術前写真(乙A6)が本件訴訟の審理に必要のない証拠であるともいえない。
そうであれば,被告が本件術前写真を撮影し,これを本件訴訟において証拠として提出する行為は違法ではないというべきであり,原告の上記主張は採用できない(なお,本件証拠保全事件の証拠調べの際に,被告が本件術前写真を提出しなかったことは,適切さを欠くといわざるを得ないが,このことは上記認定判断を左右するものではない。。

(6)

以上によれば,被告は,本件骨折によって原告に生じた損害を賠償す
る責任を負うと解すべきである。
4
本件骨折と相当因果関係のある後遺症の症状固定時期について
(1)

まず,被告において,手術手技の誤りにより平成3年4月12日に本
件骨折を生じさせたことは,前記3(3)で認定したところである。同日ワイヤー固定がなされたものの,その後咬合のずれが生じ,11日後の4月23日の通院時には咬合異常(下顎骨骨折によって生じるものであり,咬合関係の改善がなければ治癒と評価されないとされる関係にある(前記2(2)ウ参照))の発生が確認されており,同日のレントゲン撮影の結果では,。
骨折部に転位及び離開も認められている。客観的にも,顔面頭蓋の下部をつくり,左右の顎関節で側頭骨と可動的に結合している下顎骨(乙B7・86頁)の角部に生じた線状骨折が転位離開を生じることは自然な経過である。こうした本件の経過からすれば,骨折部に転位離開が生じて,咬合異常が発生したことは,本件骨折と相当因果関係の認められる損害であると認められる。
(2)

本件においては,離開した骨折の治療及び咬合の治療のため,観血的
固定術であるプレート固定術や顎間固定を行わざるを得なかったこと,プレートが入っている段階(移植手術前)で,既に左顎に陥凹があったことを被告が確認していること,これは,骨折の処置により,周囲の組織に対する血行量が減少する等したことが原因であると合理的に考えられること(乙A12・7頁,被告本人44頁,弁論の全趣旨)
,陥凹に対する治療は必要であ
り,そのために真皮脂肪移植手術が実施されたこと(被告本人12頁,42頁)
,第1回真皮脂肪移植手術は,感染症の罹患により失敗となり,元の陥凹状態に戻ってしまったこと(被告本人44頁。前記2(3)
(4)参照)

そのために,第2回真皮脂肪移植手術が実施されたこと,移植した脂肪組織はある程度吸収されてしまうこと(前記2(3)参照)を考慮すれば,原告の下顎部に発生した陥凹部分を修正するために行われた真皮脂肪移植手術は,本件骨折と相当因果関係のある治療行為であると認められる。(3)

また,原告は,被告クリニックでの治療終了後,B病院受診までの約
1年10か月間,
陥凹について医療機関で具体的治療を受けていないものの,
陥凹についての被告クリニックでの治療結果に不満をもって医療機関に相談する等していたこと,
移植した脂肪組織はある程度吸収されてしまうところ,
術後の脂肪吸収は,術後6か月以降でも,その速度を減じつつ継続するのであり,少なくとも術後1年は経過観察を継続する必要があること(前記2(4)ウ参照)
,被告クリニックにおいて第2回真皮脂肪移植手術が平成7
年1月8日に実施された後の経過観察は1か月間程度しか行われておらず,その後の経過が不明であること等を考慮すれば,B病院で診断された左顔面陥凹変形(前記1(3)ア,イ参照)は,本件骨折に起因するものと見ることが相当であり,B病院で行われた修正手術等の治療は,本件骨折と相当因果関係のある治療行為であると認められる。
(4)

さらに,本件骨折により下顎骨に転位が生じたことは上記認定(1)
のとおりであり,下顎骨エラ削り手術の合併症として下歯槽神経の損傷があり,後遺症として顔面神経麻痺があること(前記2(1)オ,カ参照),平
成3年10月2日時点で原告は左顎関節の異音を訴えており(前記1(1)サ参照)平成7年2月7日の時点でも左顎付近の硬さを訴えていること(前,
記1(1)ト参照)
,B病院初診時にも下口唇の硬い感じを訴えていること
(前記1(3)ア参照)を踏まえると,平成8年11月19日時点でのB病院でのC医師による診断内容(下歯槽神経損傷による下口唇(左)の知覚鈍麻)前記1(3)イ参照)によれば,原告の左口唇の知覚麻痺についても,(
本件骨折と相当因果関係のある損害と認められる(前記1(5)イ参照)と(
ころで,咀嚼障害,発語障害については,被告クリニックにおける治療経過においてそうした主訴の存在はカルテ上窺われず,また,平成8年11月19日時点でのC医師による診断書にも存在しないから,咀嚼障害,発語障害について,本件骨折との因果関係のある損害と認めるに足りない。。)
(5)

これに対し,平成15年6月のD大学病院初診時には,B病院終診時
から既に約5年,本件手術終了後からは約12年が経過している。平成10年6月のB病院終診時に3か月の経過観察の結果を踏まえて一応治療は終了しており(前記1(3)カ,キ参照)
,その際に原告との間で特段のトラブ
ルがあったとする証拠もないこと,
原告は左下顎部が少し垂れた気がする移

植した脂肪が下がったのが気になる。
)としてD大学病院を受診しているが
(前記1(4)ア参照)
,B病院終診時以降D大学病院受診時までの症状の
推移やその原因は明らかではなく,D大学病院初診時には50歳であった原告の加齢による影響があったことも考えられること等からすれば,D大学病院における治療を,本件骨折と相当因果関係ある治療行為と認めることはできない。
(6)

以上の検討結果を踏まえると,左下顎部陥凹変形と左口唇の知覚
麻痺は,本件骨折と相当因果関係のある後遺症であると認められ,その症状は,B病院終診時である平成10年6月16日に固定したと認めるのが相当である。
5
原告の損害について
(1)

治療費
被告クリニックでの本件手術代
平成3年4月12日に実施されたエラ削り手術費用が112万円であるところ(弁論の全趣旨)
,当日は下顎骨左右両側についてエラ削り手術を
実施しており,本件は下顎骨左側の手術が問題となるので,上記金額の半額である56万円を損害と認める。

被告クリニックへの通院費
本件手術当日以降,本件骨折に関連した治療が行われたと証拠上認められる日は,平成3年4月12日から平成7年2月7日までの間の60日分
(うち2日間の入院3回,12日間の入院1回を含む。と認められる(前)
記1(1)カないしサ,シ(ただし,平成4年4月26日分と同月28日分のみ。,セ,ソ,チ(ただし,平成6年2月18日分と同月28日分)
のみ。,ツないしト参照)


そして,平成3年当時の原告の住所(港区ab-c-d)
(甲A9)と被
告クリニックの住所(港区ae-f-g)甲A13)の位置関係・距離(弁(
論の全趣旨)及び当時の原告の症状からすれば,バス等の公共交通機関を利用したと想定した場合の交通費の実費にほぼ相当する180円片道分)(
を基準として,通院交通費を認めるのが相当である。
以上によれば,通院費としては,1万6560円を認める。
180円×(60日×2-6-22)=1万6560円

B病院での脂肪移植手術代
79万1285円を認める(弁論の全趣旨)



B病院への通院費
原告の住所とB病院所在地(文京区hi丁目j番k号)
(甲A4)との距
離関係,交通事情及び原告の治療内容等を考慮すれば,相当通院交通費としては,日額230円(片道分)を基準として,治療日数21日分(うち2日間の入院1回,8日間の入院1回を含む。(前記1(3)参照)を)
認めるのが相当である。
以上によれば,通院費としては,5980円を認める(なお,原告請求額の支出相当性を裏付ける具体的証拠はない。。

230円×(21日×2-2-14)=5980円

D大学病院での脂肪移植手術代
認められない(前記4(5)参照)


(2)

傷害慰謝料
入通院慰謝料
前記認定の治療経過(前記1(1)ないし(3)参照)によれば,本件
骨折関連の治療について,被告クリニックでの入院18日間,B病院での入院10日間が認められる。これに通院期間,実通院日数,通院間隔,症状の程度等を考慮すると,入通院慰謝料として140万円を認めるのが相当である。

プライバシー侵害による慰謝料
認められない(前記3(5)参照)


(3)

休業損害
原告は,本件骨折に関する入通院期間中,骨折部位や移植手術創部の炎
症や痛みと精神的な情緒不安定のため,グラフィックデザイナーの事業を継続することができなかったとして,
これによる休業損害を請求している。

ところで,原告は,本件手術以前は,学校や事業を経営していたと供述しており(原告本人27頁,28頁)
,原告は,事業の継続が不可能にな
ったことによる減収分の賠償を請求しているところ,平成3年から平成10年にかけての原告の事業収入の内容や各年毎の収入金額の変化,収入に占める労働対価の割合を示す原告の具体的な就労内容を示す証拠はない。また,原告は,D大学病院での入通院治療を受けていた平成13年から平成16年にかけての収入金額に関する書証(甲C1ないし4)を提出しているけれども,これらの証拠から,本件骨折による後遺症の影響で原告の事業収入が減少したことを認めることもできない。
そうすると,原告の休業損害の裏付けとなる具体的証拠がない以上,これを認めることはできない。
(4)

後遺症慰謝料
前記4(6)によれば,原告には,本件骨折により,左下顎部陥凹変
形と左口唇の知覚麻痺の後遺症が残ったものと認められる。

そして,左下顎部の瘢痕のうち陥凹変形については,10円銅貨程度の瘢痕と認められ(なお,甲A14・2頁)
,ある程度は人目につくものと
評価できる。これは,後遺障害等級12級程度の女子の外貌醜状に該当するものと認められる。
これに対し,左下顎部の瘢痕のうち陥凹変形的要素を除外した部分(手術痕,感染症の治療痕等)については,被告クリニック及びB病院で行われた瘢痕修正の治療(前記1(1)(3)参照)を通じて相当程度改善,
されており,このことは,
症状固定時以後の原告の顔面写真(甲A6の6)
によってもうかがわれる。また,D大学病院初診時において,原告は上記部分について特に問題としていない(前記1(4)ア参照)
。そこで,左
下顎部の瘢痕のうち陥凹変形的要素を除外した部分については,後遺症慰謝料の認定に当たってしんしゃくすべき具体的な症状が残ったとは認められない。


ところで,原告は,真皮脂肪移植手術の実施により腹部に遺った瘢痕についても後遺症評価がなされるべきと主張する。
しかしながら,証拠(乙A6)によれば,原告の腹部には,本件手術実施以前から腹部瘢痕が存在していたのであり(前記1(1)ウ(イ),エ
(イ)参照)
,その後,本件手術前の平成3年2月12日に実施された腹
部脂肪吸引手術によって,上記瘢痕を修正する手術が実施されたものであるところ(なお,原告の希望により下腹部のみ実施された。前記1(1)ウ(イ)参照)
,その後の真皮脂肪移植手術との関係で,どの手術に起因
した,どの程度の瘢痕が原告に残ったかは証拠上明らかではなく,症状固定時以降の腹部瘢痕の状況も証拠上明らかではないから(C医師も,後遺症として上記部位の瘢痕を格別に挙げていない(前記1(5)イ参照))。,
原告の上記主張は採用できない。

次に,左口唇の知覚麻痺については,局部に神経症状を残すものとして後遺障害等級14級程度の障害と評価できる。


以上を総合すると,原告の後遺障害の程度については,後遺障害等級12級相当と評価される。


そこで,これらを前提としつつ,症状固定時に至る治療経過や各障害の程度等も考慮して検討すると,後遺症慰謝料としては200万円を認めるのが相当である。

(5)

後遺症逸失利益

上記(4)の検討内容によれば,原告に認める後遺障害は,労働能力喪失をもたらす内容程度の後遺障害とは認められない。そうであれば,後遺症逸失利益は認められない。
(6)

合計額

477万3825円
(7)

弁護士費用

本件事案の内容,訴訟の進行経緯等を考慮すると,被告の過誤との間に相当因果関係の認められる弁護士費用相当の損害額は,48万円と認めるのが相当である。
6
消滅時効の主張について
原告の本訴請求は,診療契約の債務不履行(民法415条)と不法行為(民法709条)の選択的併合請求であるところ,本件骨折による治療についての症状固定時期を前記4の検討結果のようにとらえる以上,平成17年4月19日の本訴提起までに,診療契約の債務不履行に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間(10年)は未だ経過していないことになる。
よって,被告の消滅時効についての主張は理由がない。

7
結論
以上によれば,原告の請求は,主文の限度で理由があることになる。なお,理由があるのは債務不履行に基づく損害賠償請求権であることから,遅延損害金の発生日については,本件の場合,訴状送達の日の翌日である平成17年5月7日となる。

東京地方裁判所民事第14部

裁判長裁判官

孝橋
裁判官

関根規夫
裁判官

飯田佳織宏
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