判例検索β > 平成19年(わ)第2548号
死体遺棄、傷害致死、傷害、殺人被告事件
事件番号平成19(わ)2548
事件名死体遺棄,傷害致死,傷害,殺人被告事件
裁判年月日平成22年1月25日
裁判所名・部大阪地方裁判所  第9刑事部
判示事項の要旨1 被告人が,単独又は共犯者と共謀の上,長期間にわたり被害者を自己の支配下に置いた上,被害者に対し,その両手をストーブの上に押しつける,下半身を金属製バットで殴打するなどの虐待的な暴行を加えて傷害を負わせ,さらに,肉体的にも精神的にも衰弱していた被害者に対し,被告人の命令に逆らうことが著しく困難であることを認識しつつ,岸壁上から海中に転落させた上,約20分間にわたり海中にとどまらせ,被害者を疲労により自力遊泳を困難にさせ,溺死させて殺害し,別の被害者に対し,その腹部を数回足蹴にする暴行を加え,被害者に消化管出血を生じさせて死亡させた上,その死体を山中に遺棄し,さらに,男性2名,女性4名に対して傷害を負わせたという殺人等の事案について,検察官の死刑の求刑に対して,無期懲役を言い渡した事例 2 同一の被害者に対する殺人に先立つ傷害の事案について,約3か月間にわたる多数回の暴行とその結果としての傷害を包括一罪と判断した事例
裁判日:西暦2010-01-25
情報公開日2017-10-13 01:36:15
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主文
被告人を無期懲役に処する
未決勾留日数中600日をその刑に算入する。
理由
【犯罪事実】
被告人は,
第1

平成13年1月4日ころ,大阪府a市b町c番地所在の寮において,A子(当時20歳)に対し,その右大腿部等を足蹴にするなどの暴行を加え,よって,同人に約10日間の加療を要する右下肢打撲皮下血腫等の傷害を負わせ

第2

平成13年10月下旬ころから,大阪府d市ef番地所在のg荘J号室に,知人であったB(当時32歳)を住まわせ,同人に対し支給された退職金及び失業保険も自ら管理・費消する一方,さしたる理由もないのに,さ細なことを口実にして,同人に対する暴行,脅迫といった虐待行為を日常的に繰り返し,同人を自己の指示に従わせるなど自らの支配下に置いていたものであるが,

1-1

平成14年1月ころから同年2月上旬ころまでの間,上記g荘J

号室において,同人に対し,多数回にわたり,その両手を点火している石油ストーブの上に押しつけるなどの暴行を加え,よって,同人に全治不詳の右手皮膚剥離,左手創部感染の傷害を負わせ
1-2

Cと共謀の上,同年1月ころから4月上旬ころまでの間,上記g

荘J号室において,Bに対し,多数回にわたり,その下半身を金属製バットで殴打するなどの暴行を加え,よって,同人に全治不詳の左臀部挫創,左大転子部挫創の傷害負わせ
2
同年3月ころから,Bの失業保険の給付終了が間近に迫っており,近々同人から金銭を搾取することができなくなることを認識し,同人を支
配下に置くことによる金銭面での利用価値がなくなることを認識する一方で,それまでの虐待行為の発覚を恐れ,同人を解放することもできないでいたため,同人のことを疎ましく思い,更には,自分にそのような煩わしい感情を抱かせるBに対し苛立ちを募らせていき,同人の生命に全く関心を寄せないばかりか,同人の生命の危険を高める虐待行為を繰り返していたところ,Cと共謀の上,同年5月10日ころ,大阪府h郡i町jkl番地先の通称α港岸壁において,被告人による虐待により負傷するなどして肉体的にも精神的にも衰弱していたBに対し,Bが被告人に支配され,被告人の命令に逆らうことが著しく困難であることを認識しつつ,Bを下着姿にさせ,海中に転落させて相当時間遊泳させればBが溺死する危険が高いことを認識しながら,あえて,Cに命じてBの身体を手で突き飛ばさせてBを同岸壁上から水深約二,三メートルの海中に転落させた上,溺れないように岸壁につかまろうとするBの身体を,被告人及び被告人に命じられたCが竹竿様のもので数回突き,Bが岸壁につかまるのを阻止し,さらに,同人に,被告人が沖に向かって投げるなどしたボールを泳いで取りに行かせることを強要するなどして,約20分間にわたり海中にとどまらせ,Bを疲労により自力遊泳を困難にさせて溺れさせ,よって,そのころ,同所において,Bを海水の吸引による窒息によって死亡させ
第3

平成17年6月8日午後8時15分ころ,大阪府m市付近からn市付近に至る府道道路を走行中の普通乗用自動車内において,D子(当時18歳)に対し,手拳あるいは平手でその顔面を数回殴打した上,清涼飲料水の缶でその右手甲を数回殴打する暴行を加え,よって,同人に約3週間の加療を要する顔面打撲,鼻骨骨折及び右手打撲の傷害を負わせ
第4

判示第3の日時ころ,前記場所を走行中の車内において,E子(当時22歳)に対し,手拳あるいは平手でその顔面を数回殴打する暴行を加
え,よって,同人に全治まで約7日間を要する顔面打撲及び結膜出血の傷害を負わせ
第5

平成17年10月12日ころ,n市内のマンションにおいて,F子(当時23歳)に対し,その頭部を手拳で数回殴打し,腰部等を数回足蹴にするなどの暴行を加え,よって,同人に約7日間の加療を要する頭部打撲,左腰部打撲等の傷害を負わせ

第6

平成18年7月17日ころ,n市n区o町p丁q番地付近路上に駐車中の普通乗用自動車内において,G(当時48歳)に対し,その左耳をスプレー缶で十数回殴打する暴行を加え,よって,同人に約2週間の加療を要する左耳介皮下血腫の傷害を負わせ

第7

かねてH(当時45歳)に自己の自動車の運転等をさせていたものであるが,G,I及びJと共謀の上,平成18年9月中旬ころから同年10月18日ころまでの間,大阪市r区st丁目u番v号付近路上とn市n区付近路上の間を走行中の普通乗用自動車内,同所に駐車中の普通乗用自動車内及びその付近の路上等において,Hに対し,頭部や左耳を手拳やスプレー缶で殴打し,下半身に燃料をかけ,ライターで点火して燃上させ,頭部を足蹴にし,顔面をプラスチック製の角材で殴打するなどの暴行を多数回にわたり繰り返し,よって,同人に約4か月間の入院加療を要する左耳挫・裂創,頭部打撲・裂創,三叉神経痛,臀部から両下肢熱傷,両膝部瘢痕拘縮等の傷害を負わせ

第8

平成18年12月24日午前2時ころ,大阪市r区st丁目w番x号所在のマンションにおいて,I(当時34歳)に対し,その腹部等を数回足蹴にする暴行を加え,同人に外傷性胃粘膜裂傷の傷害を負わせ,よって,同日午前6時ころ,同所において,同人を上記傷害に基づく消化管出血により死亡させ

第9

K,L,M及びGと共謀の上,Iの死体を遺棄しようと企て,平成1
8年12月25日午前1時ころ,上記死体を上記マンションから運び出し,同所前路上に駐車中の普通乗用自動車内に運び入れた上,同車を走行させて,同所から和歌山県x郡y町zの雑木林まで運搬し,同日午後10時ころ,同所において,被告人らが掘った深さ約98センチメートルの穴に上記死体を入れた上,土砂等をかぶせて埋没させ,もって死体を遺棄した。
【証拠】
省略
【事実認定の補足説明】
第1

Bに対する傷害,殺人事件(判示第2の1-1,1-2及び2の事実)について

1
被告人及び弁護人の主張
被告人は,Bに対する殺人事件について,同人殺害のための実行行為は行っておらず,殺意や共犯者Cとの共謀もなく,Bに対する傷害事件についても暴行をしていないと述べ,弁護人も両事件について被告人の供述に沿う主張をしていずれの事実についても被告人は無罪であると主張するとともに,そもそも傷害事件については訴因が不特定のため,公訴棄却されるべきであると主張するので以下検討する。

2
証拠上明らかに認定できる事実
関係各証拠によれば,以下の事実が認められ,当事者間にも概ね争いはない。
(1)

被告人とCとの関係
Cは,塗装業を営み妻子と共に生活していたが,平成12年11月
ころ,n市内での交通トラブルを通じて被告人と知り合い,親しく交際するようになった。Cは,被告人から暴力団関係者が出席する忘年会に連れて行かれ,被告人が暴力団幹部らしき人物と親しく話をして
いるのを見たり,被告人が大勢のスーツを着た男達の真ん中で座っている集合写真を見たりした。被告人とCとの関係は,遅くとも平成13年二,三月ころには被告人が上位に立つ関係ができ,被告人は,Cにクレジットカードを使用して不正にガソリンを買いに行かせるなどしていた。
(2)

被告人とN子,O子との関係
N子は平成13年7月ころ,理髪店Zの従業員と交際しており,

2人で同棲するため大阪府β市内のアパートYの一室を従業員名
義で借りていた。N子は従業員の紹介で被告人と知り合った。同月28日ころ,被告人は,Zにおいて,従業員に対して暴行したが,その際,N子は,従業員が被告人から暴力を振るわれるのを止めるため,自らの腹をハサミで刺したり,体ごと従業員に覆い被さって同人をかばうなどした。その数日後,被告人とN子はYで同居し始め,男
女関係を持つに至った。
O子は,同年8月ころ,被告人が経営しようとしていたキャバクラ店の従業員候補として被告人と知り合い,程なくして男女の関係を持つに至った。
被告人,N子及びO子の3人は,同年9月ころから,Yの一室で同居生活をするようになり,その後同年秋ころ3人で大阪府a市内のマンションγに引っ越し同居を継続していた。
(3)

被告人とPとの関係
Bの弟であるPと被告人は,平成13年夏ころ,互いにZの客であ
ったことから知り合った。Pは当時清掃会社に勤務していたが,同年7月25日に退職した。Pは同年9月から失業保険を受給するようになり,同月初旬ころに受給した失業保険のうち,少なくとも10万円を被告人に渡した。その一方で,Pは,スーパーマーケット等で食料
品を万引きしていた。Pは,被告人から暴力を振るわれたため,同年9月27日に失業保険を受給した直後被告人との連絡を断ち,名古屋へ失踪した。
(4)

被告人とBとの関係
Pが失踪した後,被告人はPを探しているとして,Bに連絡し,以
後同人と交際を始めた。Bは,当時Pと同じ清掃会社に勤務していたが,平成13年10月18日に退職し,同月下旬ころから大阪府a市内のアパートg荘J号室に居住し,被告人らと行動を共にすよう
になった。g荘は,被告人が居住するγからほど近い場所に位置していた。
Bの口座には,同年10月25日に退職金53万2000円が振り込まれ,同年11月以降も毎月15万円前後の失業保険金が振り込まれており,その都度ほぼ全額が引き出されていた。
しかしながら,Bは実際には金を持っておらず,日々の生活に必要な食料品でさえ自由に買えるような状況にはなかった。g荘J号室の権利金や家賃は被告人が負担しており,食事も被告人から提供されたものを食べるような生活を送っていた。g荘J号室には,被告人がクレジットカードを不正に使用して得たガソリンの入ったポリタンクが多数保管されており,Bはその中で寝起きしていた。
(5)

被告人は,Bに対し,暴力を振るうことがあり,また,CもBに

暴力を振るうことがあった。Bは平成14年1月ころから同年5月にかけての夜に,被告人,C,N子及びO子と共に漁港に何度か行き,Bが海の中に入るなどしていたが,被告人の面前で,CがBを防波堤から海に突き落とすこともあった。
(6)

Bは,平成14年2月11日午前3時30分に大阪府h市所在の

病院で時間外診療を受け,3週間前手に重傷を負っていたところ,同
日,更に酒を飲み転倒したとして右手小指外側の皮膚剥離の治療を受けた。また,同日午前4時10分に大阪府h郡所在の病院で時間外診療を受け,同様に車のドアに左手を挟んだりバイクの下敷きとなったとして左手創部感染及び左耳創部感染の治療を受けた。その際,Bの左手は小指から手掌外側にかけて広汎な皮膚欠損と感染が認められ,悪臭があり,可動域も非常に制限されている状態であった。同病院医師は,Bに対し,毎日の消毒等が必要で,将来的には,手術や植皮の必要もあり,場合によっては切断の可能性もあることを告知した。また,その左耳介には擦過創があり,腫れが著明に認められた。このとき,同病院医師は,Bの頭部にも傷があることを認めたが,同人はその診療を拒否した。Bは,同日午後9時40分,再び同病院の時間外診療を受け,昼間の受診を勧められたが,同月16日,18日,20日,21日と同病院の時間外診療を受け,それ以後同病院を受診することはなかった。また,Bは同年4月5日にクリニックで左臀部挫創,左大転子部挫創の診断を受けた。
(7)

同年5月10日午前2時ころ,被告人,C,N子,O子及びBは,
大阪府h郡i町jkl番地先の通称α港へ行き,α港南側岸壁か
らBがパンツ1枚の姿となって海へ入った。α港南側の水深は当時約2.5メートルから3.5メートルであり,水温は一七,八度であった。Bは,20分程度海中にいたところ,その姿が見えなくなったため,Cが海に飛び込むなどして溺れて沈んでいたBを陸上に引き上げたが,既にBは息をしていなかった。N子がBに対して人工呼吸をするなどの救命措置を施したが,同人は蘇生しなかった。
(8)

被告人,C,N子及びO子は,Bの遺体を埋めることとし,被告

人が遺棄場所として決めた和歌山県x郡y町へ車で行き,その山中に穴を掘ってBの遺体を埋めた。

(9)

Cはその後,γ近くのアパートに引っ越したが,同年6月初旬こ

ろ,被告人との連絡を断ち妻子を残して失踪し,車中生活を送るようになった。N子及びO子は,同月終わりころ,被告人との連絡を断ち,大阪府外に失踪した。
(10)

Cは,平成20年2月5日に大阪府警察に自首し,同年9月5日

大阪府警察はCを立会人とする実況見分によって,Bの遺体を山中から発見した。
3
Bの死因について
(1)

上記認定事実(7)によれば,Bは,いまだ海水浴に適しているとは
いえない5月10日の深夜,パンツ1枚の姿となって,水深約3m前後で,水温は18度程度の海に入り,その約20分後に海に溺れて沈んでいたところを引き上げられたが,既に息はしておらず,人工呼吸を受けたが蘇生しなかったというのであるから,Bは,特段の事情がない限り,海水の吸引により窒息して死亡したと考えるのが最も合理的である。
(2)

Bの遺体を鑑定したQ医師は,Bの死因は海水の吸引による窒息

死であると鑑定している。すなわち,遺体の右胸腔肺尖内側及び左下葉内側の位置に通常では見られない大きさの好気性真菌塊が存在していたところ,好気性真菌が繁殖するためには,空気,空間,えさが必要である。しかし,本件遺体は土中に埋められており,繁殖場所が自然死であれば臓器の存在しない胸腔内であったから,通常であれば好気性真菌の繁殖条件を欠いている。しかし,溺死の場合には,好気性真菌が繁殖していた付近まで肺が膨張するため好気性真菌のえさとなり得,気腫状態となっていれば空気も確保されるため,好気性真菌が繁殖できる状態となる。そして,好気性真菌塊の内部からは海洋性プランクトンが発見された。したがって,Bの死因は海水の吸引による
窒息死であるというのである。
R医師は,Q医師の鑑定は断定できないことを断定しており,Bの遺体からは死因は不明といわざるを得ないとの意見を提出している。確かに,Bの遺体は6年以上土中に埋められたことによって白骨化が相当進んでおり,遺体内には臓器などが全く残存しておらず,死因特定のための十分な資料が確保されていたとはいい難い。Q医師も遺体に残された手がかりから医学的知見に基づき上記意見を述べているが,他の死因の可能性を排除するまでには至っていない。また,Q医師の鑑定は,様々な可能性があり得る推論過程において,なぜそのような推論を行うのか不明な点がないではない。
しかし,上記Q医師の鑑定のうち,好気性真菌塊の内部に海洋性プランクトンが含まれていることについては,S医師の鑑定によっても裏付けられている。また,S医師の鑑定によれば,遺体遺棄現場付近の土からは海洋性プランクトンが発見できなかったことが認められ,Bの遺体内に繁殖していた好気性真菌塊の内部から発見された海洋性プランクトンは,Bが死亡時にいた海水に由来するものと考えられる。そして,外皮等からプランクトンが検出される可能性は少ないというのであるから,検出されたプランクトンは,Bが吸引した海水に由来する可能性が高く,Bの死因が海水の吸引による窒息死であるというQ医師の鑑定は,少なくとも,この点から根拠づけられているということができる。
(3)

弁護人は,R医師の鑑定を根拠に,Bの死因は敗血症による心不

全や突然死の可能性も考えられるとして,同人の死因は不明であると主張する。しかし,Bは,衰弱していたとはいえ,本件直前まで普通に行動していたのであって,それまでの受傷によって敗血症の可能性を生じていたとしても,それが原因で直ちに死亡するような状況でな
かったことは明らかであり,他にそのような内因死をうかがわせる前兆等も認められない。R医師も何らかの具体的な根拠を示して敗血症による心不全や突然死の可能性を指摘しているわけではないのであって,結局,その可能性は抽象的なものにとどまり,到底,合理的な疑いを生じさせるとはものとはいえない。
(4)

以上のとおり,Bの死因が海水の吸引による窒息死であることを

疑わせるに足る特段の事情は認められない。
4
本件当日の被告人の言動等について
(1)

C,N子及びO子3名の供述の信用性
本件当日の状況に関するC,N子及びO子の供述はそれぞれ概ね
符合しており,供述内容についても特段不自然な点はない。各証人は,それぞれが被告人と知り合った経緯に始まり,被告人,B及び証人らの生活状況,Bの負傷状況や治療経過,5月の深夜の漁港でBが海に入り,溺れるまで海中にとどまっていた経過,その後各人が被告人の下から失踪した経緯を,合理的・具体的に供述し,その供述は互いに概ね符合している。


すなわち,上記認定事実(1)のとおり,Cは当時塗装業を営み妻子と共に生活していたが,交通トラブルを契機として偶然被告人と知り合ったにもかかわらず,それからわずか三,四か月後には,被告人より下の立場となって,被告人の指示に従い不正な行為にも手を染めるようになっていた。そして,Cは,B死亡後1か月程度で妻子を残して失踪し,車中生活を送るようになっている。
また,N子及びO子は,上記認定事実(2)のとおり,被告人と知り合って間もなく男女の関係となっているが,特にN子については,被告人の暴行から交際相手をかばうため自らの危険も顧みない必死の行動を示していたにもかかわらず,その直後にその交際相手名義
で借りていたアパートで被告人と同居し,男女関係を持つに至っている。また,被告人がO子とも男女関係を持った後,被告人,N子及びO子の3人は同居生活を始め,そのような関係はN子とO子が大阪府外へ逃げ出すまでの約9か月間続いていた。
Bについても,弟であるPが名古屋へ失踪したことをきっかけに
被告人と知り合い,程なくして当時勤務していた清掃会社を退職し,被告人の住居に近く被告人が家賃を負担するg荘J号室に転居し,被告人と行動を共にするようになり,退職金や失業保険金を受給しながらも,食事や住居を被告人に依存した生活を送るようになっていた。このように,Bは,被告人と知り合ってから,急激に被告人に経済面で依存した生活を送るようになっているところ,そのような中でBは,被告人や被告人より下の立場にいたCから暴力を振るわれるようになり,両手,左耳,頭部及び左臀部等をけがし,特に左手については切断の可能性も危惧されるような重傷を負っていたにもかかわらず,受傷後相当期間が経過するまで医師の診療を受けず,また,医師から勧められた治療を拒否するなど,自らの身体が重大な危機に直面しているにもかかわらず,ことさら適切な治療を回避しようとする態度を見せていた。さらに,そのような状態であったにもかかわらず,Bは,真冬から春にかけて複数回海に入るなどし,本件当日も,深夜の漁港でパンツ1枚になって,溺死するまで20分程度泳いでいたというのである。

C,N子及びO子の公判供述は,本件犯行現場に居合わせた5名
の生活状況,Bの傷害状況や治療経過,5月の深夜の漁港でBが泳ぐに至った経維,その後,3名ともがそれまでの地縁・血縁を断ち切ってまで被告人の下から失踪した理由等を,上記のとおり証拠上明らかに認定できる事実と符合しながら合理的に説明している。ま
た,C,N子及びO子らの各公判供述は,これらの経緯等や,自らの生活状況が一変した契機になる印象的な出来事について,その当時の心境なども交えて説明しているところ,その供述内容は,体験した者でなければ供述することが極めて困難であると思われる特徴的かつ迫真的なエピソードを多数含み,いずれも約7年前の出来事であるにも関わらず,数多くあるエピソードやその時期などについて,概ね符合した供述をしており,互いに信用性を高めあっている。Cは,本件犯行の共犯者であるから,その供述の信用性について
は慎重に検討しなければならない。しかし,そもそも,本件犯行はCの自首を契機として発覚したところ,同人は,本件犯行の後,被告人の暴行を原因として失踪していたのであるから,その失踪生活を続けておれば,自らの刑事責任を逃れることは容易であったと思われる。それにもかかわらず,Cは,自ら捜査機関に出頭し本件を申告したのであるが,その申告どおりの事実が認定されたとしても,C自身,相当の処罰を受けることは必至であり,仮に捜査機関や裁判所に,自らの供述が信用されず,被告人と同程度以上の責任があると判断されてしまう危険もあることからすると,あえて刑事責任を被告人に転嫁するために自首し,虚偽の供述をしたとは考え難い。そして,N子及びO子については,死体遺棄事件について公訴時効が完成していたのであるから,自らの刑事責任を軽減させる理由はほとんどなく,虚偽供述の動機は見いだせないところ,Cの公判供述は,そのようなN子及びO子の供述と上記のとおり作為的に符合させるには困難な程度に符合しているといえるのであって,その信用性は高いと認められる。
(2)

被告人の供述及び弁護人の主張について
弁護人は,Cの供述について,Cが被告人から写真を見せられ,

Tから言葉で脅されたのみで,被告人から支配されるようになったというのは不自然であるし,変遷が多く見られるなどと主張する。しかし,Tの脅迫は,被告人が暴力団の幹部であることを前提とするもので,実際に,Cは,被告人と知り合ってから程なくして暴力団幹部が出席する忘年会に参加させられて被告人と暴力団幹部とのつながりを見せつけられていることからすると,Cが被告人を恐れる気持ちを持ったことは十分理解できる。そして,Cは,被告人のP及びBに対する暴力や前記Zでの暴行を目の当たりにしているのであって,自らも被告人の命令でガソリンの不正取得に関わったりしていることからしても,被告人に逆らえなくなったというCの供述が不自然であるとはいえない。また,弁護人は,C供述について変遷を主張するが,いずれも重要部分に関する供述であるとはいえず,その供述の信用性は十分肯定することができる。

また,弁護人は,N子及びO子の各供述も,被告人に不利益に供
述が変遷していたり,当時の状況からして不自然な供述が多いなどと主張する。しかし,同人らの供述についても,その変遷はそれほど重要な部分とはいえず,供述内容に照らしても,殊更捜査機関に迎合する供述態度は見受けられず,N子及びO子供述の信用性を左右するような事情はうかがえない。


次に,被告人の供述について検討する。
被告人は,本件当日Bに対して海に入るように命じたり,CにB
を突き飛ばすように命じたことはなく,竹竿で突いたことやボールを取りに行かせたこともないと供述し,Bとの関係や同人に対する暴行についても,殴る蹴るなどの暴行をしたことは認めているものの,その余の大部分の暴行については否定し,同人から退職金や失業保険金を搾取していたことも否定している。しかし,被告人の供
述は,被告人と知り合ってからのCらの生活状況の変化やその契機となる出来事,その後のCらの特異な体験,Bが様々な部位に傷害を負うに至った理由,同人の不規則で不適切な治療経過,犯行当日Bが海に入るに至った経緯などについて,理にかなう説明が一切されていない。特に,被告人は,犯行当日Bが海に入った経緯について,漁港で何度も泳ぎの練習をしており,今回もBが泳ぐと言っているとCから言われた後,同人が海に入ったので,その理由について深く考えてなかったと供述するのみである。上述のとおり,重いけがを負っていたBが,自発的に漁港で泳ぎの練習をすることはおよそ考えられないといってよく,本件当日も,5月の深夜に同人が漁港の海に入り,まして溺れるまで海に居続けるには特別な事情があったと考えるのが自然であるが,被告人の説明はその点について何ら合理的・説得的説明を加えていない。その他,N子及びO子と同居するに至った経緯及び理由や,CやBと行動を共にしていた理由などについても,被告人はほとんど合理的な説明をしていない。エ
なお,弁護人は,平成13年3月ころからB死亡までの間,Bと
ずっと一緒にいたのはCであり,CこそがBに暴行を加えていたと主張する。
関係各証拠によれば,Cは,平成13年3月ころからBが死亡す
るまでの間,日中はBを仕事場に連れて行くなどして,同人と行動を共にするようになったことが認められる。しかし,当時,Bは既に重傷を負っていたのであり,そのような状態でBが仕事をすることは困難であったから,Cが塗装の仕事を手伝わせるためにBを仕事場に連れて行くことは考え難い。この点,Cは,虐待行為により肉体的変貌を遂げ,精神的変調も来すことがあったBを持てあました被告人から,Cに昼間もBの面倒を見るよう命じられ,職場に連
れて行くようになったと述べているところ,その供述は,前後の状況に照らして合理的であり,信用に値する。他方,被告人は,Cから言い出してBがCの下で働きだしたと述べるのみであって,到底,BがCと行動を共にするようになった理由を説得的に説明しているとはいえない。
そうすると,Cが,Bと行動を共にするようになったのは,被告
人の指示によるものであったのであり,被告人は,Bの負傷状況を認識しながら,CにBの面倒を見るよう指示していたと認められるから,そのような中で,被告人とは無関係にCがBに暴行を加えていたとは考え難い。

以上のとおりであって,被告人の供述は信用性に乏しく,C,N
子及びO子の各供述の信用性を揺るがすものではない。

(3)

小括
以上のとおり,C,N子及びO子の各公判供述は十分信用すること
ができ,これらの供述によれば,本件当日,①被告人は,

最近海行ってないな。

などと言って,それ以前と同様にBを海で泳がせることを決め,被告人,C,N子,O子及びBの5名でα港へ行ったこと,②α港では,被告人がBにパンツ1枚になって海に飛び込むように指示し,同人が躊躇しているとCに命じて海へ突き落とさせ,勝手に岸壁につかまるなどして休憩したり,岸壁に上がってこないよう,Cに見張りをさせたこと,③更に,被告人が,約3メートルの長さの竹竿で,溺れないように岸壁につかまろうとするBを一,二回突き,被告人の指示によりCもBの肩付近を突いたこと,④被告人が,2回程,付近にあったボールを海に投げ入れるなどしてBに泳いで取りに行くよう命じたこと,⑤このように,20分程度Bに海中での遊泳を強要していたところ,被告人の呼びかけに対するBからの返事がなくなり,
Cが急いで岸壁に向かったが,既にBは海に沈んでいたことが優に認められる。
5
実行行為性について
(1)

被告人によるBの日常的な支配と虐待及び被告人の認識
上記C,N子及びO子の供述によれば,検察官が主張するとおり,
①被告人は,Bを自己の監視下におくため,平成13年10月ころから,被告人の住むマンションγ近くにあるアパートg荘J号室に
Bを居住させ,被告人がg荘の家賃を払っていたこと,②そのころから,被告人が,Bの退職金及び失業保険金を管理・費消していたこと,③また,そのころから,被告人は,Bが命令に逆らったり,意に沿わない行動を取ったりした際だけでなく,特に理由もないのに因縁を付け,殴る・蹴る,頭部を壁に打ち付ける,目に手指を突っ込んだり耳を強く引っ張る,下半身を自ら直接あるいはCに指示して金属バットで殴打する,ストーブの天板に両手を押しつけて火傷等を負わせ,その手を車のタイヤで轢過する,N子及びO子の面前で自慰行為を強要し,陰茎をライターの火であぶり,また,肛門に火であぶったボールペンを挿入する,二つに折った割り箸を鼻に押し込み鼻腔内から出血を生じさせる,パック酒をストローで一気に飲ませた上で走らせて酔い及び疲労を過度に助長させる,食事を十分に与えず,与えたとしても賞味期限切れの生肉生魚等を食べさせる,深夜漁港等で数十分にわたり遊泳を強要するなどの虐待行為を日常的に繰り返していたこと,④このような日常的な虐待を受け,平成14年5月ころには,Bの顔面はどす黒く生気がなくなり,体の肉も落ち,傍目にも体重が10キログラム程度減少したように見え,顔面や両目が腫れ上がり,左手小指の火傷も悪化したままであり,左足を引きずるように歩き,被告人からの虐待に対してもされるがままで反応が鈍くなるなど肉体的にも
精神的にもひどく衰弱していたことが認められる。このように被告人は,Bを経済的・環境的に完全に支配する中で,日常的にBに虐待行為を繰り返し,そのためにBが肉体的にも精神的にも極度に衰弱していたことは明らかである。
また,上記各供述によれば,被告人は,本件の数日前にもBをα港へ連れて行き,海で泳がせたが,その際,勝手に休憩していたことの制裁として,足の爪をはいだり,悪臭の強いカメムシを口の中に押し込んで食べさせるなどしていたことが認められる。これらの事実からすれば,本件当時,Bは精神的に追いつめられ,被告人の意に反した行動を取ることは極めて困難な状態にあったといえ,特に,漁港で泳がされている際に勝手に休憩をとったりすれば被告人からひどい虐待を受けることを身をもって体験していた。
そして,被告人は,これらの状況を自ら作り出したのであるから,Bのそのような精神状態を認識していたことも当然認められる。
(2)

遊泳行為の危険性
上記認定事実(7)のとおり,本件当時,α港南側の水深は約2.5
から3.5メートル,水温は一七,八度であったが,既に判示したとおり,被告人は,本件数日前にもα港でBを泳がせたことがあったのであるから,被告人が,現場の水深を正確には知らなかったとしても,大人の背が届かないことは分かっていたはずである。また,上記Cらの供述によれば,Bは,泳ぎが不得手であり,普通に泳ぐことができず,海中で手足をばたつかせて溺れないようにするのが精一杯であったと認められる。このような現場の状況やBの水泳能力に加え,既に判示したとおり本件当時Bは肉体的・精神的に極度に衰弱した状況にあったことを前提とすれば,検察官主張のとおり,5月中旬の未明に,本件現場で,Bに数十分にわたり遊泳を強いることは,いつ同人が溺
れてもおかしくない危険なことであったのであり,そのことは,そのような状況を作り出した被告人自身も十分認識していたと認められる。(3)

検討
以上のとおり,検察官が主張する本件について実行行為性を基礎づ
ける事実については,これを全て認めることができる。そして,このような被告人のBに対する経済的・環境的支配,日常的に繰り返し行われた虐待行為による肉体的・精神的衰弱及びそれらに伴う精神的支配を前提とすれば,被告人が,本件当日,Bに対し,足の着かないα港の海に入らせ,休憩したり海から上がったりしないよう監視をしたり,竹竿で突いたり,ボールを取ってくるよう命じるなどして遊泳し続けることを強要した行為は,同人が死亡する危険性が極めて高い行為であったと認められる。
弁護人は,本件犯行現場付近には支柱やタイヤ,小舟があり,Bが返事をしなくなったとき,被告人は岸壁から離れた位置にいたのだからBは休憩することもできたなどとして,本件の実行行為性は否定されると主張する。しかし,上記のとおり,Bは精神的にも被告人に支配されており,被告人の許可なく支柱などにつかまって休憩したり,被告人の目を盗んで海から上がったりすれば,その後ひどい虐待を受けることが確実であったのであるから,Bの立場において,そのような行為に出ることは極めて困難であり,被告人もそのことを認識していたことは上記のとおりであって,この点が実行行為性を否定する事情になるとはいえない。
以上のとおり,判示の行為は,客観的にみてBが死亡する危険性が極めて高いものであることは明らかであり,殺人罪としての実行行為性は優に認められる。
6
殺意の有無及びその具体的内容について

(1)

上記のとおり被告人及び被告人の指示によるCの判示行為が,B

の死亡という結果が発生する危険性が極めて高いものであることは明らかであり,被告人は,これらの状況の認識に欠けるところはなかったものと認められる。それにもかかわらず,被告人は,あえてそのような行為に及んでいるのであるから,被告人に殺意があることも明らかである。
また,被告人に殺意があったことについては,次に詳述するように,被告人が当時Bに対して抱いていた感情や本件実行行為後の被告人の言動からしても合理的に推認することができる。
(2)

関係証拠によると,Bの失業保険については,受給期間満了日が

平成14年10月18日であったが,実際に雇用保険金が支給される日数である所定給付日数は210日と定められ,平成14年3月14日において残り給付日数が75日と残日数が3分の1程度となっていたことが認められる。また,C供述によれば,Bの失業保険の給付日数が終了間近になったことを認識した被告人は,同年3月ころ,Bに携帯電話を契約させようとしたり,知り合いから金を借りるように命じたものの1万円程度しか借りられなかったことが認められるのであり,被告人は,Bからこれまでのように金銭を搾取できなくなる事態が間もなく到来することを認識していたと認められる。
他方,被告人はBに日常的な虐待行為を繰り返していたため,同人をそのまま解放すると警察に申告され,自らが逮捕されるおそれがあると危惧していたと容易に想像することができ,同人から金銭が取得できなくなったからといって,直ちに同人を解放する訳にはいかない状況にあった。そして,g荘J号室の家賃は被告人が支払っており,Bの生活に必要な費用は被告人が支出していたのであるから,そのまま同人に対する支配を続けても,これまでのように同人から失業保険
金を取得し,そこからg荘の家賃などを支出することはできず,同人の生活に必要な金を被告人の私財から出す必要があった。
このような中,被告人は,平成14年3月以降,Bに対して

どっかに行ってくれたらいいのに。「お前なんか死んだらいいのに。

」な
どと言いながら暴力を振るったり,電話の相手に対しBについて

どっか遠くで死んでくれたらいい。

などと発言していた。上記Cらの供述によると,それまで,被告人にとってのBは,自由気ままに暴行を振るうことで憂さを晴らしたり,自己の力を誇示したり,更には,虐待行為そのものを楽しむため,又は他人を支配することへの満足感を得るための対象であったと認められる。しかし,被告人は,同年3月ころから,Bを支配下に置くことによる金銭面での利用価値が近々なくなることを認識する一方で,それまでの虐待行為の発覚を恐れ,同人を解放することもできず,被告人にとってBは,その存在が自分にとって疎ましい存在へと変わっていったのであり,被告人は,自分にそのような煩わしい感情を抱かせるBに対し苛立ちを募らせていったと認められる。その後の被告人の言動,即ち継続的な虐待行為の数々からも,Bの生命身体を案ずるといった態度は一切見られず,同人に対する身勝手な苛立ちは本件犯行当日まで継続していたと認められる。そして,その感情は,結局Bの生命に全く関心を寄せないばかりか,同人の生命を危険にさらす虐待行為を繰り返すことにつながっていったと考えられる。
弁護人は平成13年秋ころから平成14年春ころまでの間,被告人は,C,N子,O子及びBらと何度も旅行しており,被告人自ら旅行代金を支出していることからしても,被告人がBの失業保険金等の金銭を搾り取ろうとしていたとは考えられないと主張する。旅行の回数については判然としないものの,被告人らが複数回旅行に行っていた
ことに争いはない。しかし,当該旅行は被告人の個人的な遊興目的や自らの力の誇示のために行われたと考えられるのであり,そのことが,直ちに被告人のBに対する経済的な利用価値と矛盾し,殺意の発生を否定することには繋がらない。
(3)

また,上記Cらの供述によると,Bが海に沈んでいることに気が

付いたCが海に飛び込んでBを海面に上げた後,C,N子及びO子で人工呼吸や心臓マッサージをしていたところ,被告人は,救命措置開始から5分程度で,

もう無駄やからやめろ。

と言って蘇生措置を制止したこと,救急車を呼ぼうとしたCを制止し,被告人の発案・主導の下,Bの遺体を山中に遺棄したことが認められる。
これについて,被告人は,別の傷害事件で指名手配されていたので救急車を呼ぶことができなかったと供述するが,匿名で救急車を呼ぶことも可能であり,Bが蘇生する可能性が全くなくなったと判断できる状況ではなかったにもかかわらず,人工呼吸や心臓マッサージを止めさせたり,救急車を呼ばずに埋めることを早期に決断しているなどの一連の行動からは,被告人がBの生命に配慮をしていたとの評価はできず,むしろ,同人の死亡を認容した行動と評価できる。
(4)

検討
以上のとおり,被告人は,①Bに対する虐待を日常的に繰り返し,
精神的にも同人を支配し,被告人の意に沿わない行動を取ることが困難な状況に追い詰めていたこと,②他方でBの存在が疎ましくなって苛立ちを募らせ,同人の生命に全く関心を寄せないばかりか,その生命の危険を高める虐待行為を繰り返すようになっていたこと,③そのような状況の中で,Bに対し,同人が死亡する危険性の極めて高い行為を,それと認識しながら同人に強要したことからすると,被告人に殺意があったことは優に認めることができる。

もっとも,被告人は,Bに対して日常的に虐待行為を繰り返し,同人を精神的・経済的に支配していたのであるから,仮に被告人がBの死を積極的に望んでいたとすれば,周到に犯行を計画した上,より危険性の高い直接的な殺害行為に及ぶことも十分に可能ではあった。また,被告人は,本件以前にもBに対し,本件同様の虐待行為を行っており,本件当日の被告人の行動が,それまでの同種の虐待行為と比較して特段に程度の強いものであったとは認められず,本件当日,被告人がBに対する殺意を特に強めていた事情があったとも認められない。したがって,本件当日の被告人の犯意に限定して見た場合には,被告人がBを積極的に殺害しようという強い意欲に基づいて本件犯行に及んだとまでは認めることができない。
この点について,弁護人は,①被告人は本件犯行で使用した道具をあらかじめ用意していないこと,②Bが溺れた際に被告人は岸壁からやや離れた場所にいたのであるから,Bは休憩する機会があり,被告人も休憩の機会を与えていたといえること,③Bが溺れた後,水面に向かって同人の名前を呼んだり,Cに対して早く海から上げるように言っていたこと,などを理由に被告人には殺意はないと主張する。しかし,被告人の目を盗んで極めて短時間支柱などにつかまって休憩するならともかく,疲労に応じて休憩をすれば,被告人らにいつ発覚するかもしれず,無断休憩が発覚すれば,被告人からひどい暴行を受けるのは明らかであったから,Bが溺れた時点で被告人が岸壁付近にいなかったからといって,同人に休憩の機会が与えられていたとは到底いえない。むしろ,このような危険な状況でBに遊泳を強要しながら,その様子を観察すらしていなかったことは,被告人がBの生命を全く顧慮していなかったことを示すものということができる。また,上述のとおり,被告人は本件犯行の機会にBを殺害する強い意欲を持
っていたわけではないのであるから,事前に犯行に使用する道具を準備していなかったとしても,それが殺意を否定する事情にはならない。なお,Bが溺れたことに気が付いた直後に,被告人が水面に向かってBの名前を呼んだり,Cに早く海から上げるように言っていたことは,Cの供述とも一致しており,これを認めることができる。このような被告人の言動からすれば,被告人は,Bに本件のような遊泳行為の強要を繰り返していれば,同人が程なく死亡するであろうことを期待・認識しながらも,当日の本件行為によってBが確実に死亡することを予期していたとまではいえず,実際にBが死亡したことに狼狽した心情をうかがうことはできる。しかし,前述のとおり,泳ぎが不得手で衰弱していたBに遊泳を強制する行為はそもそも危険性の大きい行為であり,被告人は,そのことを認識しながら,本件以前にも同種の虐待行為を反復していた上,溺れたBに対する蘇生措置を中断させたり,救急車の手配を制止していることからしても,上記発言をもって,被告人がBの生命に配慮し,身を案じる気持ちがあったとは到底見ることができない。
結局弁護人の主張するいずれの事情も被告人の殺意を否定する事情にはならず,上記認定したとおりの殺意が優に認められる。
7
共謀について
(1)

Cの殺意について
Cは,Bを漁港で泳がせる行為について,明らかに同人の生命に危
険が及ぶ行為であると思ったと供述する一方,当時の認識としてBに死んでもらったら困ると思っており,殺すつもりはなかったとも供述している。CはBが溺れた後には真っ先に海に飛び込んで救助し,その後もN子らと人工呼吸や心臓マッサージなどの救命活動を行い,上位の関係にあった被告人に対して救急車を呼ぶことまで進言している
し,CにBを殺害する動機は見あたらず,Cが当時Bの死亡を積極的に望んでいたとか同人の殺害に強い意欲を持っていたとは思われない。しかし,Cは,被告人と同様に,犯行現場の状況,Bの健康状態及び遊泳能力についても十分認識していたのであるから,同人が死亡する危険性が高い行為であると認識しつつあえて行ったということができ,Cに未必的にではあれ殺意があったことは優に認めることができる。
(2)

共謀について
上記のとおり,被告人とCは,それぞれBが死亡する危険性が高い
ことを認識しながら,被告人がBを海に入れて遊泳させることを決意し,その指示を受けてこれを了解したCがBを岸壁から海に転落させ,岸壁につかまろうとする同人の身体をそれぞれ竹竿で突いてこれを阻止するなどして同人を殺害するに至ったものであるから,被告人とCは,意思を相通じ,それぞれが実行行為を担ったことは明らかであり,被告人とCの間に殺人の共謀が成立していたことも優に認められる。8
傷害事件について
(1)

公訴棄却について
弁護人は,本件訴因は不特定であって是正することが不可能である
から,本件は公訴棄却の判決がなされるべきであると主張する。
これに対する当裁判所の判断は,平成21年5月26日付け訴因変更許可決定で示したとおりであり,要するに,検察官は,被告人のBに対する傷害は,一定の期間内において,被告人がBを強度に支配する中で,一定の場所で同種の動機に基づき行った一連一体の暴行に基づくものであると主張しているのであって,この検察官の主張に当てはまる被告人及び共犯者のBに対する暴行は,すべて審判の対象になっていると解され,審判の対象となっている行為とそうでない行為と
の識別は果たされている。また,この期間内にBに対して行われた暴行は,特段の事情のない限り,既判力によって遮断されると解される。さらに,Bに対する傷害は,訴因では複数機会にわたる多数回の暴行が記載されているものの,同一部位に向けられた暴行とそれによる傷害結果との対応関係も特定されている。
したがって,検察官は,被告人のこれら各一連の傷害行為につき包括一罪として起訴しているところ,上記各事情からすれば,そのような訴因の構成が,審判の対象を定めるに当たって不合理なものとはいえず,その包含する範囲に特段の疑問もないから,本件訴因は,その特定に欠けるところはないというべきである。
よって,弁護人の主張は採用できない。
(2)

公訴事実の認定について
既に判示したところから明らかなとおり,C,N子及びO子の公判
供述によれば,被告人は,Bに対して,平成13年10月下旬ころから,g荘J号室に同人を住まわせ,同人に対し支給された退職金及び失業保険金も自ら管理・費消するなどしながら,暴行,脅迫を繰り返すなどして,同人を自己の指示に従わせるなど自らの支配下に置いていたところ,そのような中で,被告人は,判示第2の1-1及び1-2記載の暴行を加え,同記載の傷害を負わせたことは明らかであり,これに疑いを入れるような事情は全くうかがえない。
したがって,Bに対する傷害の公訴事実は全て認められる。
(3)

罪数について
既に判示したところから明らかなとおり,被告人のBに対する上記
傷害は,いずれも,被告人がBを経済的・環境的に支配すると共に,日常的な虐待行為を行うことにより,自己の強い支配下に置いていたことを前提に,自由気ままに暴行を振るうことで自らの憂さを晴らし
たり,自己の力を誇示したり,更には,虐待行為そのものを楽しむため,又は他人を支配することへの満足感を得るためといった共通した動機に基づき,一定の場所において,特徴的な態様の同種の暴行を繰り返し行ったものと認められるから,本件傷害は包括的に一罪を構成するというべきである。
第2
1
Iに対する傷害致死事件(判示第8の事実)について
被告人及び弁護人の主張
被告人は,Iに対する傷害致死事件について,公訴事実記載の暴行は加えていないと述べ,弁護人は被告人が無罪であると主張する。

2
証拠上明らかに認定できる事実
関係証拠によれば,次の事実が認められ,これらについては被告人も実質的に争っていない。
(1)

被告人の生活状況,その他関係者との関係
被告人は,平成18年当初n市内のマンションに一人暮らしをして
おり,同年12月ころには,Uと共にVの家に間借りしていた。被告人は,ア組イ会ウ会組員から相談役と呼ばれており,同会一般組員のK,L,Mらは,被告人のことを目上の人間であると考えていた。(2)

被告人,I及びGの関係
被告人は,平成18年一,二月ころn市内のパチンコ店で遊戯中,
同じく客として来店していたGと知り合い,以後飲食を共にするなどしていた。Gは,当時,
G工業の屋号で工場の設備保全関係の仕
事をしていた。
被告人は,Gを通じて,G工業の従業員であるIと知り合った。
(3)

I及びGの生活状況
Gは,平成18年半ばころ,n市内のワンルームマンションに転居
したが,そのしばらく後に,被告人の知人であるHが被告人の紹介に
より同ワンルームマンションでGと同居するようになった。Gは,そのころから,被告人や被告人の知人であるHから暴力を振るわれてできたけがが原因で,仕事を請け負うことができない状態となり,Gの生活費は,主として被告人が負担するようになった。GとHは,同年10月ころ,Iが当時賃借していたn市内のワンルームマンションに転居し,Iと同居生活を送るようになったが,このころからIも仕事をしなくなり,GとIの生活費は,主として被告人が負担していた。(4)

被告人,H,G及びIの暴行について
被告人は,同年5月ころから,Gに対して暴力を振るうようになり,
その後,H及びIに対しても暴行を加えるようになった。被告人自身も,Hに対しては,殴ったり蹴ったりしたり,頭部を手拳で殴打したり,スプレー缶で頭部を叩いたりしたこと,Gに対しては,殴ったり,蹴ったり,スプレー缶で頭を叩いたこと,また,平成18年9月ころに2回,被告人居住のマンション近くの道路に停車中の車内で,Gに対し,
ファイヤーと呼んでいたライターオイルを陰部周辺にかけ
て燃やす暴行を加えたことがあったこと,Iに対しては,足を蹴ったり,ハンマーで頭を叩いたこと,また,Iに対してもファイヤー
をしたことがあったことを認めている。
Hは,被告人がGに暴行を加えるようになった後,Gに暴行を加えるようになったが,Hが,GやIから暴行を受けることもあった。また,被告人やGがIに暴行を加えることもあり,IがGに暴行を加えることもあった。その一方で,H,G及びIが,被告人に対し暴行を加えることはなかった。
Hは,平成18年10月20日ころ,被告人との連絡を絶った。
(5)

Gの傷害結果等
Gは,平成18年7月18日及び同月22日,病院を受診し,左耳
介皮下血腫の治療を受けた。また,同年11月6日,その20日前に受傷した右手拳の腫れがひどくなったとして病院の時間外診療を受診し,右手蜂窩織炎,顔面・頭部打撲傷,同部蜂窩織炎及び慢性貧血と診断された。特にその頭部は,広範囲の頭皮が欠損し,その皮下組織が化膿する状態であった。同病院医師は,その際及び翌7日にGが来院した際,同人に対し,CT検査と入院を勧め,7日の際にはそのまま放置すれば命に関わることも説明したが,Gは入院を拒否した。それから同年12月23日まで,Gは概ね数日おきに,同病院の時間外診療を利用して治療を受けたが,同年11月12日には右耳介挫創が,同月15日には前額部に2か所の挫創が新たに認められる状況であった。
Gの頭部蜂窩織炎等は完治した状況ではなかったが,同年12月23日を最後にそれ以後同人が同病院を受診することはなかった。
(6)

Iの傷害結果等
Iは,同年10月14日,病院の時間外診療を受診し,受傷から少
し時間が経過したと思われる両手熱傷の治療を受けた。また,同年11月5日には,犬に咬まれたとして同病院で治療を受けたが,その際の診療録には,頭部顔面打撲傷,同部蜂窩織炎,右前腕犬咬創,同部蜂窩織炎及び慢性貧血の記載が認められる。それから同年12月23日まで,IはGと同じ日に,同病院の時間外診療を利用して治療を受けた。同年11月6日には顔面骨骨折が,同月12日には左手背第2指基部1か所と左側頭部10数か所にハンマーで殴られたとする創が,同月15日には左側頭部一部(左耳介部付近)哆(し)開,前額部数か所の受傷が,同月19日には両眼球打撲が,同月30日には左眼窩腫大,左手背表皮剥離が,同年12月19日には両下肢熱傷が認められた。同病院医師は,同月22日,両下肢については入院して植皮等
の専門的治療が必要と説明していた。
(7)

平成18年12月ころのIとGの生活状況
IとGは,同年12月ころ,ウ会の組員であるMが居住していたワ
ンルームマンションである大阪市r区sのマンションに引っ越し,共同生活を始めた。
同年12月22日ころ,I及びGは,上記マンションの隣の部屋に引っ越した。
なお,マンションは,ウ会事務所の近くに位置している。
(8)

本件前日夜からの行動について
同月23日午後8時ころI,G,K及びVはK運転の車で病院へ行
き,IとGが治療を受け,KとVは共に診察室に入った。なお,Iは同日の診察において,両下腿の腫れがそれまでよりやや引いている状態であり,その際,Iが歩行困難であったり,医師や看護師等に腹部の痛みを訴えたりしたことはなかった。
被告人は,そのころIやGに対し,ウ会関係者から物をもらわないように言っていたが,同日,IとGが病院でKからたばこをもらったり,また,Iが,Vから移動を促されたのに対し,

暴力は止めてください。

などと言ったことがあった。その後,被告人とLが病院を訪れ,午後11時ころ,KがI及びGをマンションまで送った。
被告人は,V及びLと,V宅に向かったが,Vから病院内でのIの言動を聞き,翌24日午前2時ころ,V及びUとともに,マンションを訪れた。
被告人,V及びUは,土足でマンション室内に入り,被告人は,同室内で,Iに対し,病院でのIの言動をなじるなどした。
その後,被告人,V及びUは,同室前に冷蔵庫を置いて,同室を後にした。

(9)

I死亡後の対応
同月24日午前7時ころ,GはマンションにいたMにIが死亡して
いる旨連絡し,Mは被告人にその旨を伝えた。被告人,L,K,M及びウ会の組員がウ会組事務所に集まって話し合った結果,Iの遺体を埋めることとなった。
被告人,K,M,L及びGは,同日夜中ころ,車のトランクにIの遺体を乗せ和歌山県x郡y町へ行き,山中に穴を掘ってIの遺体を埋めた。なお,Iの遺体は,Bの遺体の非常に近い場所に埋められた。(10)

本件発覚の経緯
平成19年2月18日,Kはウ会からの脱退を決意し,Gを連れて
大分県に帰り,Gは入院して手術を受けた。Kは同年3月に死体遺棄事件について大分県警察に自首し,同年4月25日,大阪府警察・大分県警察・和歌山県警察合同捜査本部はKの立会による実況見分によって,Iの遺体が発見された。
被告人は同年4月28日に死体遺棄容疑で逮捕された。
3
上記認定事実から認定ないし推認できる事実
以上のとおり,GとIとは,平成18年10月以降,経済的に被告人に依存した生活を送るようになり,被告人の意向で,それまでそれ程親しくなかったHとGがワンルームマンションで同居生活をしたり,さらにはIのワンルームマンションでIを含めた男3名が同居するに至ったこと,被告人がGやIに暴行を加えることはあっても,GやIが被告人に暴行を加えることはなかったこと,被告人は,GやIに,ウ会関係者から物をもらわないよう命じ,同人らはこれに従わざるを得なくなっていたこと,12月24日深夜にマンションから退去するに当たり部屋のドアの前に冷蔵庫をわざわざ置いてIとGが部屋から出ることが困難な状態にしていたことなどからすると,被告人はGとI両名に対し強力な
支配力を有していたことが推認される。そのような状況の中で,Gは,頭部に命にも関わる重傷を負ったにもかかわらず,受傷後しばらく経ってから通院し,その後も検査や入院を拒否して時間外診療の通院を続け,結局,傷が完治しないままIが死亡してからは通院を中断していたのであり,Iも,通院中も異なる箇所に異なる態様の傷害を増やしながら,12月には,植皮等の専門的治療が必要と思われるほどの両下肢熱傷を負ったことが認められる。GとIは元々雇用主と従業員という関係だったのであり,そのようなGとIとが,同居したり一緒に通院するという親密さうかがわせる生活を送る一方で,互いに上記のような重い傷害を負わせるような暴力を振るい合ったということは極めて不自然であり,これらのことからすると,GとIの上記傷害には,被告人が大きく関与していたと推認される。
Iの死亡という結果は,このような状況の中で発生したものであることが明らかである。
4
Iの死因について
(1)

Iの遺体を司法解剖したW医師は,Iの死因は,死亡の数時間な

いし半日程度前に生じた,上腹部に対する作用面柔軟で硬固な鈍体の強い打撲的圧迫に起因する外傷性胃粘膜裂傷に基づく消化管出血・失血であると鑑定,供述し,死因が胃粘膜裂傷である根拠として,その胃粘膜裂傷は吻門側前面に小弯に沿った長さ約4.5センチメートル及び4センチメートルの2条の多発縦走裂傷であり,その程度が致死的重傷度に達していること,胃粘膜裂傷以外に消化管出血の原因となりうるよう疾病所見等は見当たらなかったことを挙げている。また,上記胃粘膜の損傷に該当する部位の胃小弯部周囲漿膜皮下及び腹膜下腹筋内にそれぞれ出血があるほか,該当部位の右第9,第10肋骨骨折及びその周囲の肋間筋内出血があり,これは同時に生じたものと見
るべき一方で,その他に胃粘膜裂傷を生じさせるに十分な外力が作用した痕跡はなかったことから,上記胃粘膜裂傷を伴う損傷は上腹部に対する打撲的圧迫によって生じたものと推定している。
(2)

W医師は法医学の専門的知識を持つ医師であり,法医鑑定の実績

も豊富であって,鑑定書や死因に関する供述は解剖所見における遺体の損傷状況やその他客観的な事情とも矛盾せず,Iの死因及びその発生機序について,同人の遺体から推測されるところから論理的かつ合理的に説明していると評価することができる。
なお,X医師は,W医師が根拠の1つとしてあげる右第9,第10肋骨骨折は生前損傷であること自体は認めつつも,胃粘膜裂傷の発生機序とは関係なく,胃粘膜裂傷は左側からの外圧によって発生したと考えられると供述する。しかし,X医師も左脇腹からの外力が加えられたことによって胃粘膜裂傷ができたとは考えておらず,その供述するところは,正中を基準に右か左かといえば左側からの外力によって生じたというにすぎない。すなわち,W医師とX医師は,ともに,Iの死因が,上腹部付近に対する作用面柔軟で硬固な鈍体の強い打撲的圧迫に起因する外傷性胃粘膜裂傷に基づく消化管出血・失血であるとする点では共通しており,X医師の供述がW医師の鑑定,供述の信用性に疑いを生じさせるとはいえない。
(3)

上記認定事実のとおり,Iは,平成18年12月23日午後11

時ころに病院から帰宅する際には,腹部に異常を訴えたり,歩行が困難になるなど不審な点は見られなかったところ,翌24日午前7時ころその死亡が確認されているから,そのことにW医師の鑑定,供述を加味すれば,Iは,同月23日午後11時ころから同月24日午前7時より数時間前までの間に,上腹部付近に,作用面柔軟で硬固な鈍体の強い打撲的圧迫を加えられて外傷性胃粘膜裂傷が生じ,消化管出血
・失血により死亡したことが明らかである。
5
被告人のIに対する暴行について
(1)

V供述について
Vは,公判廷において,被告人,V及びUが平成18年12月24
日午前2時すぎころにマンションを訪れた際,被告人がIに対しどのような行為をしたかについて,ややあいまいではあるが,大要,まず寝ていたIを二,三回蹴り,その後,起きあがろうとするIの布団を引っ張って仰向けにさせ,さらに二,三回蹴った,そのとき被告人が足を上から下に下ろす動作をしたようにも思うが,それがどこに当たったかは分からない,そのときVが被告人を止めるようなことはなかったなどと供述する。他方,Vは,捜査段階で,検察官に対し,そのときの出来事について,被告人がIの布団を引っ張ってIを仰向けにさせた後,3回程度,その胴体の腹当たりを踏みつけるような形で蹴っており,そのときVが被告人に暴行を止めるよう言ったことがあったと供述する。
このように,Vの公判廷供述と検察官調書の内容は,被告人がIの体を蹴ったり,足を上から下に下ろす動作をしたという根幹部分については概ね一致しているが,供述姿勢や供述の明確さにおいて相当異なっている。Vの公判供述によれば,Vは,本件当時被告人をV宅に住まわせていただけでなく,被告人の指示のままに行動を共にするなど親しく交際していたものの,公判廷における供述態度からは,暴力団関係者である被告人の面前で明確な不利益供述を回避しようという姿勢が顕著にうかがえる。一方,検察官調書の記載については,V自身,検察官から特に供述の押しつけ等はなく,修辞等に不満のあるところはあるものの,
95点まで直したもらったと述べており,暴
行回数や暴行箇所についても概ね当時の記憶に沿った供述が録取され
たと認められることからすると,Vの公判供述と相反する検察官調書には特信情況が認められる。
このようなVと被告人との関係からすれば,Vがあえて被告人に不利益な供述をする動機はうかがわれず,また,関係証拠によれば,Vはマンションにおいて被告人の近くにいたことが明らかであり,その目撃状況の正確性に疑問を抱かせるような事情はうかがえない。そして,その内容は,司法解剖から判明するIの負傷状況とも矛盾しておらず,後述するように,G供述やU供述とも基本的な部分で整合している。これに対し,Vの公判廷供述は,当日マンションに行くようになった経緯やマンションでの被告人の言動等について比較的良好な記憶を保っているにもかかわらず,被告人が上から下に降ろした足がどこに当たったのか,被告人のIに対する暴行に対しVがどのような反応を示したのかという場面になると,突如として記憶減退を理由にあいまいな供述に終始し,前後の状況に照らして不自然な記憶の濃淡が認められ,被告人にとって不利となる供述を殊更回避しようとする態度を見て取ることができる。したがって,Vの検察官調書の内容と相反する公判供述は信用できない。
これらのことからすれば,Vの検察官調書の上記内容は信用できる。(2)

G供述について
Gは,被告人,V及びUが平成18年12月24日午前2時ころ
にマンションを訪れた際,被告人が,Iに対し,病院でのIの言動に文句を付けるのに並行して,ビシッ,ドスッ,バシッと人が倒れたり,殴られるような連続する音が前後二,三回にわたって聞こえ,Iが痛がってウーッという声を上げており,そのようなIの痛がる声は,被告人がマンションから帰った後も自分が眠ってしまうまでずっと続いていたと供述する。

Gは,自身,被告人から暴力を振るわれていた者であるが,その
供述は,Gが被告人と知り合ってから,次第に被告人と上下関係ができ,Iと共に経済的にも被告人に支配されていく中で,被告人自身から凄惨な暴力を日常的に振るわれたり,被告人の命令でG,I及びHが互いに暴力を加えあうなどし,被告人に反抗できなくなっていった状況が,上記認定事実と整合しながら,詳細かつ迫真的に語られており,信用性の高い供述ということができる。すなわち,Gが語る被告人のG及びIに対する暴行態様や支配状況は極めて特異な内容であるが,そのような供述は,GとIとが同居をするなかで共に重傷を負いつつ,適切な治療をあえて拒絶するような態度を示すという通常考え難い事態を合理的に説明している。なお,被告人が,GやIに日常的に暴力を振るっていたことは,K,V,M及びUの公判供述とも符合し,被告人が,GやIに命じて相互に暴行を加えるよう命じていたことは,K及びMの公判供述とも符合するところ,特に,KとMの供述内容は,相当具体的・特徴的であって信用できるから,Gの上記供述と相互に補強し合う関係にあるということができる。
以上のとおり,被告人との一連の関係を供述するG供述は信用性
が高く,12月24日深夜の被告人の言動に関する供述もその一環として語られる出来事として信用性が高いということができる。もっとも,その当時Gの視力は弱まっており,その供述内容もGが耳で聞いた内容が中心となっている。しかし,その供述によっても,そのとき被告人がIに対し相当強度の暴行を複数回加えたことが認められる。

弁護人は,G供述のうち被告人がマンションでIに暴行を加えて
からIの死亡に気が付くころまでの内容の変遷や不自然さを指摘す
るとともに,GとIとの関係からGがI死亡の原因となる暴行を加えた可能性を主張する。
しかし,G供述のうちGが12月24日の朝起きてからIの死亡
に気が付くころまでの内容は,数十分前まで意識のあったIが突然息をしていないという異常な事態に直面し,目が見えにくく,また,医学的知識に乏しいながらに,必死に蘇生させようとした者の行動として迫真性に富むもので,弁護人の主張を踏まえても信用性の高い内容ということができる。また,弁護人が指摘する供述の変遷は,むしろI死亡の直接的な原因はGの行為ではないかとの疑念が向けられかねない方向への変遷となっているのであり,その変遷をもってG供述の信用性を揺るがせることはできない。さらに,Gは,Iと共に被告人から支配され,ときに被告人から命令されIに暴行を加えたことがあったにせよ,Gが何ら被告人に命じられていないところでIに暴行を加える動機があったとは認められない。弁護人は,Iがマンションから逃亡しようとし,そのことからGとトラブルとなり,Gが暴行を加えた可能性も指摘するが,Iはそれまで被告人によって数々の暴力を受けながら被告人の支配下から脱しようと行動を起こしておらず,それは既にIが被告人から精神的にも強く支配されていたからと考えられることからすると,弁護人の指摘は抽象的可能性にすぎないというべきである。
また,弁護人は,被告人がIに暴行を加えたとするG供述に沿う
ようVやUが誘導された疑いもあると主張するが,VやUの公判供述に照らし,そのような疑いは認められない。
これらのことからすると,弁護人の主張は失当であり,GがI死
亡の原因となる暴行を加えたことをうかがわせるような合理的疑いは生じない。

(3)

U供述について
Uは,公判廷において,被告人,V及びUが平成18年12月24
日午前2時すぎころにマンションを訪れた際,被告人が,Iに対し,病院でのIの言動を怒鳴るような声でとがめるとともに,仰向けのIに対し,足を二,三十センチくらい上げて普通に踏まれれば痛いような力加減でIの胸からしりあたりの間に踏みおろす動作をし,Iがうめき声を上げるのを2回くらい見聞きしたこと,その後Uは怖くなって被告人とIの方を見ないようにしていたが,その後も部屋の奥の方からドンという音が2,3度聞こえたと供述する。
Uは,V宅に間借りしていた者にすぎず,V以外の被告人や本件関係者と何ら利害関係を有せず,Uがあえて被告人にとって不利となる供述をするとは考え難い。また,その供述内容は,記憶にある部分,記憶が不明確な部分及び記憶にない部分を分けて供述しており,供述内容も当時の状況を可能な限り具体的に述べている。なお,弁護人は,弁護人が平成19年5月12日にUから事情を聴取した際,Uは,被告人のIに対する上記暴行について供述しておらず捜査機関に対する供述はその後にされたものであることからすれば,その供述は核心部分において変遷があると主張する。しかし,Uは弁護人から被告人の暴行について聞かれなかったから進んで話したいことでもなかったので話さなかった旨供述しているところ,Uの供述によれば,弁護人による事情聴取は,本件当日の経過について順を追って聞いていったことがうかがわれるが,Uは,なぜ法律事務所に連れて行かれたのかも分からないまま事情聴取を受けていたというのであって,同人は,正座をさせて顔面を蹴るなどという別の機会におけるより印象的な被告人の暴力も見ていたことからすると,被告人が,本件当日,Iを踏み下ろすような動作をしたことについて進んで供述しなかったとしても,
あながち不自然とはいえない。
もっとも,関係証拠によれば,そのときマンションでは,入り口側にGが,部屋の奥側にIが寝ていたことは明らかであるところ,Uは,GがIの奥側にいたと供述しており,その点では知覚・記憶の正確性に疑念が生じる。しかし,Uは,捜査機関から取調べを受けた初期の段階から,被告人がIに対し足を踏み下ろすような動作をした旨供述しており,マンションで被告人は主としてIに対する暴行を加えていたというのであるから,Gの存在はUの注意をほとんど引かなかったとも考えられ,上記食い違いをもって,被告人のIに対する動作に関するUの供述の信用性を否定することはできない。
これらのことからすると,被告人がIの胴体部分に足を踏みおろすような動作をしていたというUの公判供述は,V供述やG供述を補強する限度において信用することができる。
(4)

小括
以上のとおりであって,被告人が,平成18年12月24日午前2
時過ぎころ,マンションにおいて,Iに対し,少なくとも二,三回,その上腹部付近を靴を履いたままの足で相当の強さで踏みつける暴行を加えたことは優に認定することができる。
そして,その当時被告人は,GとIを経済的に支配し日常的に暴行を繰り返す中で,その生活全般を把握し,支配下に置いていたことが認められるところ,病院におけるIの言動は,支配者である被告人に反抗する態度を示すものといえるから,そのことを知った被告人が,いったん帰宅した後の深夜にわざわざマンションに赴き,Iに対し,病院での言動を叱責しながら上記暴行を加えたことは,それまでの暴行の延長線上にあると位置づけることができる。
これに対し,被告人は,当日,Iの顔を1回平手で叩いたことはあ
るが,Iの腹部等を足蹴にしたことはなく,Iの傍で地団駄を踏んだだけという,その場にいたV,U及びGのいずれとも大きくかけ離れた供述をするにとどまっており,また,その供述内容も,それまでIに日常的に安易に暴行を繰り返してきた被告人の行動からしても納得できるものではないから信用できない。
6
被告人の暴行と結果の因果関係について
既に判示したところによれば,Iは,平成18年12月23日午後11時ころから同月24日午前7時より数時間前までの間に,上腹部に対して,作用面柔軟で硬固な鈍体の強い打撲的圧迫を加えられて外傷性胃粘膜裂傷が生じ,消化管出血・失血により死亡したと認められるところ,被告人は,同日午前2時過ぎころ,仰向で横たわっていたIに対し少なくとも二,三回は,靴を履いたまま,その胴体を足で相当の強さで踏みつける暴行を加え,これによりIは,少なくともGが寝付くまでうめき声を挙げ続けている。このように,Iの死因と被告人の暴行時間,部位,態様,強度は符合している。
他方,関係証拠によれば,12月23日午後11時から被告人がマンションを訪れるまでの間は,IはGとともにKに病院からマンションまで送られ,同室で多少の飲食をした後就寝していたこと,被告人が同室を退出した後はGがIの異変に気が付くまで,誰も同室を訪れなかったことが認められる。したがって,12月23日午後11時から被告人の暴行が加えられるまでの間,及び被告人の暴行が加えられてから午前7時より数時間前までの間に,他の原因により,Iがその上腹部に強い衝撃を受けたといった事情はうかがえない。
なお,Iは,被告人から腹部を踏みつけられる暴行を加えられた後も,被告人の命令に従って立ち上がったり,24日の朝,Gと多少の会話等をしていることが認められところ,そのことと被告人から腹部を踏みつ
けられる暴行を加えられたことにより外傷性胃粘膜裂傷が生じたこととが矛盾しないことは,δ医師及びW医師の供述によって明らかである。以上のとおり,被告人がIの胴体部分を二,三回踏みつけた暴行とIの死亡との間に因果関係があることは,高度の蓋然性をもって認められ,これに合理的な疑いを入れる余地はない。
7
結論
したがって,判示第8の事実は優に認めることができ,被告人が傷害致死の罪責を負うことは明らかである。

第3

Gに対する傷害事件(判示第6)について
被告人は,Gに対する傷害事件について,公訴事実記載の暴行を加えたことを否認し,弁護人は被告人が無罪であると主張する。
しかし,既に判示したとおり,Gの公判供述は全体として信用性が高いと考えられるところ,Gが供述する被害の翌日である平成18年7月18日にGが左耳介皮下血腫の傷害を負っていたことは,診断書によって客観的に裏付けられており,その供述する暴行経過,態様も車の運転方法を理由に被告人がいつも使用していたスプレー缶で殴られたというもので,相当具体的・特徴的な内容となっている。加えて,Gが暴行を受けた翌日に病院の診察を受けた経緯にHが関係する理由も具体的で,その点ではHの公判供述とも合致している。
これに対し,被告人は,上記傷害はHが独自に行ったものであると供述する。しかし,Hは被告人を介してしかGと接点がなく,Hが独自にGに暴行を加えるようになるには何らかの理由が必要と解されるところ,Hが独自にGに暴行を加えるようになった経緯として被告人が供述する内容は不自然・不合理極まりなく,到底信用できない。
したがって,弁護人の主張を踏まえても,Gの平成18年7月17日に被告人から暴行を受けた旨の公判供述は信用でき,これに上記関係各
証拠を総合すれば,判示第6の事実が認められる。
第4
1
Hに対する傷害事件(判示第7)について
被告人及び弁護人の主張
弁護人は,Hに対する傷害事件の訴因は不特定であって是正することが不可能であるから公訴棄却すべきであると主張する。また,被告人は,同事件について,公訴事実記載の暴行を加えたことを否認し,弁護人は被告人が無罪であると主張する。

2
公訴棄却について
弁護人の公訴棄却の申立てに対する当裁判所の判断は,平成21年5月26日付け訴因変更許可決定で示したとおりであり,要するに,検察官は,被告人のHに対する傷害は,一定の期間内において,被告人がHを強度に支配する中で,一定の場所で同種の動機に基づき行った一連一体の暴行によるものであると主張しているのであって,この検察官の主張に当てはまる被告人及び共犯者のHに対する暴行は,すべて審判の対象になっていると解され,審判の対象となっている行為とそうでない行為との識別は果たされている。また,この期間内にHに対して行われた暴行は,特段の事情のない限り,既判力によって遮断されると解される。さらに,Hに対する傷害は,訴因では多数の暴行が一括して記載されているものの,検察官は,一連の同種の暴行とそれによる傷害結果との対応をほぼ特定して主張している。
したがって,検察官は,被告人のこれら各一連の傷害行為につき包括一罪として起訴しているところ,上記各事情からすれば,そのような訴因の構成が,審判の対象を定めるに当たって不合理なものとはいえず,その包含する範囲に特段の疑問もないから,本件訴因は,その特定に欠けるところはないというべきである。
よって,弁護人の主張は採用できない。

3
公訴事実の認定について
(1)

Hは,公判廷において,①被告人の運転手をするようになった平
成18年9月中旬ころから被告人の元を逃げ出す前日の同年10月18日までの間に,被告人のマンションからウ会事務所を行き来する車中等で,被告人から多数回にわたって繰り返し頭部や左耳を手拳やスプレー缶で殴打され,被告人に命じられたG及びIから複数回下半身に燃料をかけられてライターで点火されて燃やされ,被告人から頭部を足蹴にされたり,顔面をプラスチック製の角材で殴打するなどされ,被告人に指示されたI,G及びJから複数回膝を蹴り付けられた,②これらの暴行により公訴事実記載の傷害を負った,③このような暴力を振るわれても被告人と一緒にいたのは,被告人から仕事を一緒にやろうといわれていたこともあるし,また,被告人がウ会の相談役で,後で自分や家族に対する仕返しを恐れたからである旨供述する。
(2)

関係証拠によれば,Hの入通院状況は次のとおりであったことが

認められる。
Hは,平成18年9月26日,n市所在の病院を受診し,左耳介皮下血腫の治療を受けた。その左耳介は全体が皮下血腫のため腫れ上がっており,局所麻酔下で凝血塊を排出する処置を受けた。同月29日,同病院で診察を受ける予定であったがキャンセルし,同年10月3日,同病院を受診した。その際,その左耳介は上部が断裂しており,耳介軟骨の感染が認められたが,同病院医師に対しては,同年9月29日に再び左耳介を受傷したと説明した。同病院医師は,感染した軟骨を除去し,可及的に縫合処置を行ったが,おそらく創は癒合せず,多大な変形を残すと説明すると共に,更なる外科的処置と定期的な創洗浄・診察を指示した。しかし,Hは内服薬の長期投薬を希望して診察には来院せず,同年10月11日と同月12日,同病院の時間外診療で
内服と抗生物質の点滴治療のみを受けるにとどまった。
Hは,同月13日,n市所在の病院を受診し,前に受傷した左耳を打撲し縫合部が開いたと説明したが,その左耳介は断裂しちぎれるような状態であり,縫合処置を受けた。同月14日,同日再び左耳介を受傷したとしてn市所在の病院を受診したが,その左耳介はまたもや縫合部が開いており縫合処置を受けた。同月17日,二日前に左耳介を受傷したとして病院を受診したが,その左耳介は上部が基部よりちぎれた状態であり縫合処置を受けた。同月18日,同日左耳介等を受傷したとして病院を受診したが,その左耳介は再び軟骨とともに裂創をきたしており縫合処置を受けた。この際,同病院医師は,頭頂部及び側頭部に頭部挫創2か所を認め,創部血腫を除去し縫合処置を行ったが,その際,上口唇挫創やその他挫創,打撲創を認めた。しかし,Hは治療を拒否し,同病院が再診を勧めたものの再び来院することはなかった。
Hは,同月19日ころ,被告人との連絡を絶ち,翌20日,大阪市r区所在の病院に入院した。その時点で,Hには,頭部打撲・裂創,左耳挫・裂創,両下腿蜂窩織炎,臀部∼両下肢熱傷,両膝部瘢痕拘縮,三叉神経痛が認められ,平成19年2月24日まで同病院に入院した。(3)

Hの暴行被害に関する供述は,①Hは,もともと被告人側の人間
として被告人の指示を受けGに暴行を加える立場であったにもかかわらず,人間関係の変化に伴い,被告人から暴行を加えられるようになった経緯,②当初は被告人の運転手をしていたHに対し,後部座席に座っていた被告人がHの左耳介付近をスプレー缶で殴打することが主たるものであったところ,被告人のHに対する暴行により逆に被告人が小指を負傷したことをきっかけとして,その暴行の頻度・程度を増していき,G及びIと互いに暴行を加え合うよう命令されるようにな
ったという暴行内容の変化が,非常に具体的に語られている。また,被告人の暴行により左耳介の縫合治療を受けたにもかかわらず,被告人から執拗に左耳介を攻撃されたため左耳介の断裂が一層ひどくなることが繰り返された経過,
ファイヤーと称して被告人からライタ
ーオイルを陰部付近にかけられ火を付けられて火傷させられたこと,それを狭い車内で被告人の命令によりG及びIとで順次互いにさせられることもあったこと,建物と建物の狭い隙間に入らされ被告人の指示のもとI,G及びJから執拗に膝付近を蹴られたことなど,特徴的な一連の暴行が迫真的に語られている。そして,これらの暴行被害に関する供述は,上記認定したその時々の診察内容と概ね符合している。また,Hが被告人を恐れていたとの供述も,上記診察経過やその内容から認められる事実,即ち,Hが,約1か月もの間,執拗に様々な暴行を受け,最終的には約4か月もの入院を要する重傷を負っていたにもかかわらず,適切な治療をあえて受けようとしていなかったこと,Hは被告人との連絡を絶った翌日に病院に入院した事実と符合している。
そして,上記Hの供述は,G及びJの公判供述と,それぞれが目撃した被告人のHに対する暴行態様や,G及びJ自身がHに加えた暴行態様及びそれらが被告人の指示に基づいていたという点において概ね符合しており,互いにその信用性を高め合っているということができる。
(4)

これに対し,被告人は,被告人自身が公訴事実記載の暴行をHに

加えたことはなく,そのような暴行を加えていたのはG,I及びJであって,それら暴行について被告人が指示したことはないと供述する。しかし,関係証拠によれば,Hは,被告人を通じてG及びIと知り合ったにすぎず,自らが経営するバーを経営難により閉店した後は,
経済的には被告人に依存しながら,被告人の紹介で,Gが賃借していたマンションでGと同居するようになり,更にはGとともにIが賃借していたマンションに転居し,3人で同居生活を送っていたこと,その一方で,H,G及びIは,互いに暴行を加え合うこともあったことが明らかな事実として認められる。このことからすると,G及びIが独自にHに暴行を加えて重篤な傷害を負わせたにもかかわらず,Hが適切な治療をあえて受けないままG及びIとの同居生活を続けるというのは,HとG及びIとの関係からして不自然極まりない。また,JとHとの接点も被告人を介してしかあり得ないが,被告人が供述するJがHに暴行を加えるようになった経緯は到底信用できない不合理なものとなっている。
これらのことからすると,被告人の上記供述は信用することができない。
(5)

以上のとおり,Hの公判供述は信用することができ,これに関係

各証拠を総合すれば判示第7の事実が認定できる。
そして,Hの公判供述によれば,被告人は,経済的に困窮していたHに経済的援助を施す一方で,自らの運転手として用いるようになり,その中で,Hに対しさ細なことから執拗な暴行を繰り返していき,次第に,その程度を強めるとともに,さしたる暴行理由を見いだせないにもかかわらず,日常的に自ら又は自らの言いなりとなるG,I及びJに指示して暴行を繰り返していたと認められる。そうすると,被告人のHに対する平成18年9月中旬から同年10月18日にかけての傷害は,被告人が暴力等を通じHを肉体的・精神的に強度に支配していたことを前提に,自己の力の誇示,配下の者に対するいたぶり,それらによる憂さ晴らしといった共通した動機に基づき,一定の場所において,被害者の頭部や左耳を手拳やスプレー缶で殴打する,下半身
に燃料をかけライターで点火して燃やす,顔面をプラスティック製の角材で殴打するなどといった特徴的な態様を含む同種の暴行を繰り返し行ったものと認められるから,本件傷害は包括的に一罪を構成すると認められる。
なお,被告人のHに対するスプレー缶を用いての殴打行為は,公訴事実記載以外の場所を走行中の車内でも行われた可能性が否定できず,その実態からすると,それらも包括一罪の一部を構成する暴行といえるが,Hの公判供述によれば,スプレー缶を用いての殴打行為による左耳介の傷害は,特に被告人の住居からウ会事務所までの送迎の際に行われたものにより悪化したと認められるから,検察官が公訴事実で特定した範囲の場所における暴行のみを犯罪事実として認定し,それとHに生じた傷害結果との間に因果関係を認めて差し支えない。また,Hは,平成18年8月の終わりころか9月ころ,必ずしも被告人の指示とはいえない状況の下,Gから顔を一,二回殴られたり,同年9月ころ,θなる人物から太ももをアイスピックで1回刺されたりする暴行を加えられたことがあったと認められるものの,それらが本件公訴事実及び認定した罪となるべき事実に含まれないこと,また,その暴行態様からすれば本件公訴事実の傷害に影響を及ぼしていないことは明白である。
【法令の適用】


判示第1,第2の1-1,第2の1-2の各行為
平成16年法律第156号による改正前の刑法204条(なお,判示第2の1-1,第2の1-2は包括して同条に該当。判示第2の1-2については更に刑法60条。いずれも同法6条,10条により軽い行為時法の刑による。


判示第2の2の行為
刑法60条,平成16年法律第156号による改正前の同法199条(刑法6条,10条により軽い行為時法の刑による。

判示第3ないし第7の各行為
刑法204条(なお,判示第7は包括して同条に該当し,更に同法60条。

判示第8の行為
刑法205条
判示第9の行為
刑法60条,190条
刑種選択
判示第1,第2の1,第3ないし第7の各罪につき
懲役刑を選択
判示第2の2の罪につき
無期懲役刑を選択
併合罪の処理
刑法45条前段,46条2項本文(判示第2の2の罪について無期懲役に処するので他の刑を科さない。

未決勾留日数の算入

刑法21条

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

【量刑の理由】
1
本件は,被告人が,①単独又はCと共謀の上,Bに対して,多数回にわたり,その両手をストーブの上に押しつけたり,下半身を金属製バットで殴打するなどの暴行を加えたという傷害(判示第2の1-1,1-2)
,②Cと共謀の上,衰弱していたBに対し,Cに命じてBを岸壁上から海中に転落させた上,竹竿様のもので数回突き,沖に向かって投げ
るなどしたボールを泳いで取りに行かせることを強要するなどし,海中で溺れさせて死亡させたという殺人(判示第2の2)
,③Iに対し,腹
部を数回足蹴にする暴行を加え,同人に外傷性胃粘膜裂傷の傷害を負わせ,消化管出血により死亡させ,死体を遺棄した傷害致死,死体遺棄(判示第8,第9)
,④G及びHに対する傷害(判示第6,第7)
,⑤
女性4名に対する傷害(判示第1,第3ないし第5)の各事実からなる事案である。
2
Bに対する傷害,殺人事件について
被告人は,平成13年10月ころから,自宅近くのアパートにBを住まわせ,同人の衣食住を支配する中で,同人が命令に逆らったり,意に沿わない行動を取ったりした際だけでなく,特に理由もないのに,上記(補足説明)第1の5(1)記載のとおりの凄惨な虐待行為を日常的に加えていたもので,本件傷害は,その一環としてなされたものである。その態様は,長期間にわたり同じ部位に執拗で苛烈な暴行を加え,たまに病院で治療を受けさせても直りきらないうちに同じ部位を痛めつけるなどまことに陰湿で悪質である。そのあげく,被告人は,Bを殺害するに至ったものであるが,その犯行態様も,被告人の虐待によって衰弱させられるとともに,反抗できなくなったBに対し,そのことを十分認識しながら,深夜,漁港での遊泳を強要し,同人を溺死させたというもので,極めて冷酷で非情なものといわざるを得ない。
被告人は,自らの憂さを晴らしたり,自己の力を誇示したり,更には,虐待行為そのものを楽しむため,又は他人を支配することへの満足感を得るために,そのような残虐非道な行為を続けていたとしか考えられず,その犯行動機は極めて悪辣というほかない。そして,被告人は,そのような虐待行為によってBを肉体的にも精神的にも衰弱させていき,そのため同人の存在が疎ましくなるや,同人に対する苛立ちを募らせ,同人
の生命・身体の安全を全く顧慮することなく虐待行為の苛烈さを増進させ,ついには同人の生命をもてあそぶかのように本件殺害行為に及んでいるのであって,そこに至る被告人の心情には,他人に対する慈しみ,思いやりや共感といった人間的感情の片鱗すらうかがうことができない。また,被告人は,共犯者を巻き込みながら,このような重大犯罪を首謀した張本人でありながら,Bが引き上げられた後,Cらの蘇生活動をわずかな時間で制止し,死体を山中に遺棄することを主導したのであり,そこに自己の犯行の重大性を認識しこれを後悔する気持ちや,良心の呵責などは到底見て取れない。
Bは,弟のPが被告人の下から逃げ出したことをきっかけにたまたま被告人と知り合い,その直後から衣食住を支配された下で長期間理不尽極まりない虐待を受け続け,ついには無念の死を遂げることになったのであるが,一連の虐待行為によって同人が受けた肉体的・精神的苦痛は甚大であり,また,その死に際して,深夜の漁港ですぐ近くに被告人らが平然と佇立していたにもかかわらず,その助けを求めることもできずに力尽きていく恐怖感・無力感・絶望感は,いかばかりであったかと思われる。そして,当時32歳であり,その後に大きな可能性を残しながら,このような形で人生を奪われた悲痛・無念の情は計り知れない。遺族は,本件の発覚によって,これまで被告人の虚言を信じ生きていると思っていたBの死を突然知らされただけでなく,約6年間も山中に放置され,無惨な姿で発見されたことによって強い衝撃とこの上なく大きな悲しみを受けており,いずれも被告人に対して峻烈な処罰感情を露わにして極めて厳しい刑罰を求めている。
3
Iに対する傷害致死,死体遺棄事件について
被告人は,G,I及びHを順次,強力に支配する中で,同人らに様々な暴行を加え,時には自ら手を下すことなく同人らに互いに暴力を振る
わせるといった凄惨で陰湿,卑劣な虐待行為を行っていた。本件犯行もまた,B事件と同様,そのような日常的な虐待行為の延長線上に行われたものであり,犯情はまことに悪質である。犯行態様も,無防備のIに対し,土足で腹部を数回踏みつけるという一方的で危険性の高いものであった。また,本件犯行動機は,被告人がIを支配するため同人に課したルールに違反したからという,誠に身勝手極まりないものであり,犯行後も,被告人は,Iの体調に何ら気遣いを見せる様子はなく,部屋を出る際には,同人が逃げないような措置を講じていたのであり,被告人がIを支配の対象としか考えていなかったことが如実に表れている。関係各証拠によれば,被告人が,Iの遺体を遺棄することを主導したことは明らかであり,予想外の出来事だったとはいえ,自らの罪責を隠蔽するため,手際よくIの遺体を山中に遺棄した態様は冷酷で,死者に対する畏敬の念は微塵も感じられない。
Iは,被害当時34歳であって,雇用主のGが被告人と知り合ったことをきっかけに自らも被告人と知り合ったにすぎないのに,被告人に経済的,精神的に支配される中,長期間にわたって虐待行為を受け,更には致命傷となる本件暴行を受け,誰からの助けも得られないままに苦しみながら命尽きたのであり,絶命に至るまでに受けた肉体的,精神的な苦しみは察するに余りある。被害者の遺族は,被害者が無惨な姿で発見されたことにより大きな悲しみを受けており,峻烈な処罰感情を抱いている。
4
G及びHに対する傷害事件も,被告人が偶然知り合った両名を経済的,精神的に強く支配し,反抗できない状況に追い込んだ上で加えた一方的な暴行によるものである。Hに対する暴行は1か月以上に渡って断続的に加えられた極めて執拗なものであり,その結果も重大である。Gに対する暴行も,それ自体悪質で傷害結果も軽くない。しかも,被告人は,
その前後を通じてGに断続的に虐待を繰り返し,その結果,同人は,上記(補足説明)第2の2(5)記載のとおり身体の各部分に重篤な傷害を負ったほか,失明の危険にもさらされていたのであり,本件が,その常習的,加虐的な暴力行為の一環としてなされたものであることは,本件犯情を考える上で,軽視することはできない。女性4名に対する傷害についても,さ細なことに因縁を付けて,一方的で理不尽な暴行を加えたものであり,生じた結果も軽視できない。関係証拠によれば,被告人は,抵抗できなくなった女性らを意のままに従わせて,虐待的な暴行や脅迫を加え,時には性的関係を強要したことも認められるのであって,これらの女性らに対する本件各傷害事件も,そのような被告人の日常的な暴力的支配の中で敢行されたものであることに照らすと,強い非難に値する。傷害の各被害者も被告人の厳しい処罰を望んでいる。
5
以上のとおり,本件各犯行は,平成13年の女性に対する傷害事件に端を発し,平成14年のBに対する傷害,殺人事件,平成17年の女性3名に対する傷害事件,平成18年のG及びHに対する傷害事件を経て,同年末のIに対する傷害致死,死体遺棄事件へと至っているのであり,被告人が,わずか5年程度の間に,多くの人を傷付け,更には罪名こそ違え2名の尊い命を奪っていることは,極めて重大である。
また,これらの事件に共通するのは,被告人が,偶然知り合った被害者に対して,暴力団の気勢を示したり,暴行・脅迫などを加え,自己の意に逆らうことをできなくさせて被害者を支配下に置き,その上で行動を共にせざるを得なくなった被害者に対して,さ細なことに因縁を付けるなどして,長期間にわたって数々の虐待暴行を加えている点である。被告人は,死亡した被害者だけでなく,傷害事件の各被害者に対しても,さしたる理由やきっかけもないのに,まさに自らの意の赴くままに暴行を振るい,自身の不満の解消や力を誇示しようとしただけではなく,虐
待行為そのものを楽しんだり,自らの身勝手な支配欲を満足させるためという,嗜虐的な欲求を満足させるために一連の犯行に及んだものと認められる。このように共通する動機は,この上なく身勝手で酌量の余地などあろうはずもない。
被告人は,上記のとおり平成14年にBに対して,悪質な虐待を加え,最終的には同人を殺害するという重大な罪を犯し,かつその遺体を山中に遺棄しておきながら,その後も,そのような自らの嗜虐的な行動を改めることなく,逃亡生活を続ける中で次々と女性をいたぶり,さらにはBに対する事件とほとんど同様のやり口で,G,H及びIに虐待を加え続けて彼らを完全に支配し,ついにはIの死亡という最悪の事態を再び招いている。このように,本件犯行全体を通じてみたとき,被告人の人格の異常なまでの嗜虐性,支配欲,冷酷さには慄然とせざるをえず,その根深さも際だっている。
被告人は,公判廷において,形の上では被害者に対する謝罪を述べるものの,女性に対する傷害事件と死体遺棄事件以外は事実関係を否認し,いずれも共犯者や関係者の責任であることをほのめかすなど極めて不合理な弁解をして,他者への責任転嫁や自己弁護に終始し,女性に対する傷害事件でも,いずれも同意の上で性的関係を持ったなどと弁解し,その態度からは,重大な罪を犯したことを真摯に受け止め,遅まきながらも反省の気持ちを示しているとは到底評価できず,むしろ被害者を侮辱し,遺族の感情を逆撫でする言動をして平然としている。このように,被告人には,法を守ろうという意識が全く欠如しているだけでなく,人として本来備わっているべき人間性を欠いているのではないかと疑われ,犯罪性向の深まりも極めて顕著である。
これらの事情に照らすと,被告人の刑事責任は極めて重大であって,当然ながら相当厳しい刑罰をもって臨むことが必要である。

6
しかしながら,本件には以下のような事情も認められる。
本件では2名の尊い命が失われているが,殺人罪の被害者は1名であるところ,既に判示したとおり,殺人の実行行為の際,被告人がBの殺害に強い意欲を持っていたとはいえず,確固たる殺意に基づく犯行であるとか,計画的に殺害行為を遂げたとまでは評価することができない。また,指名手配を受け,逃亡生活を送りながら本件各犯行を反復したという事情はあるにせよ,平成3年に確定した業務上過失傷害罪による執行猶予付き前科(禁錮1年,3年間刑執行猶予)以外に前科がない。さらに,被告人に対する破産手続開始決定が確定し,2億数千万円の破産財団が形成されたことにより,今後,破産手続を通じて損害賠償が少なくとも一部は果たされるといった事情も認められる。

7
以上の諸事情を総合考慮の上,量刑について検討する。
検察官は,被告人に対して死刑を求刑しているところ,上記の事情によれば,被告人の責任は極めて重大であって,有期懲役刑を選択すべき事案とは考えられない。
しかし,一方,死刑は生命を奪い去る冷厳な極刑であり,まことにやむを得ない場合における究極の刑罰であることにかんがみると,その適用は慎重に行わなければならず,犯行の罪質,動機,態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性,結果の重大性ことに殺害された被害者の数,遺族の被害感情,社会的影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき,その罪責が誠に重大であって,罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合にのみ,その選択が許されるものである(最高裁判所第二小法廷昭和58年7月8日判決)

そこで,これらの情状について検討する。上記のとおり,Bに対する殺人,Iに対する傷害致死,死体遺棄事件については,冷酷かつ残虐で
身勝手この上ない動機・経緯に何ら酌むべき点はなく,一連の犯行態様は陰湿かつ非情であって極めて悪質というほかなく,犯行後も死体を遺棄するなど隠ぺい工作を実行しているほか,その反省の態度も到底真摯とはいえない。さらに,犯行結果をみても,2名の尊い命を奪い,その遺族に対し甚大な悲しみや苦しみを与えたもので,遺族の被害感情は極めて峻烈で,被告人の極刑を求めている。
もっとも,本件では,殺人の被害者は1名であるという事情がある。確かに本件では2名の尊い命が失われており,人一人の命の価値はそれ自体まさに尊貴であって,差異がないことは当然である。しかし,被告人に対する責任非難という観点から見た場合,殺人と傷害致死とを同一視することは,刑法が殺人罪と傷害致死罪との間に歴然とした法定刑の違いを定めていることからしても困難である。
次に,犯行の計画性等についてみると,殺人,傷害致死いずれの事件においても完全に被害者を支配した上で行われた犯行ではあるが,各実行行為は,周到に計画された上で敢行されたものではなく,むしろ日々の虐待行為を繰り返した果てに被害者が死亡したという側面があることも無視できない。被告人の日常的な虐待行為は,それ自体常軌を逸した凄惨なものであり,その点では,悪い犯情として考慮すべきは当然であるが,犯罪の実行行為という点からみれば,被告人は,被害者の生命を奪うことを殊更に意図してそれを実現していったものとはいえない。そして,殺人については,被告人にとって被害者の生命を積極的に奪うことは可能な状況であったにもかかわらず,被告人はそのような行為に出たことはなく,犯行の態様そのものが,際立って残酷,残忍なものとまではいえない。また,その約4年後に行われた傷害致死についても,死亡の原因となった暴行自体,それまでの数々の虐待行為に比べてとりわけ危険性の高い態様だったとまではいうことができない。このように,
本件は,殊更残忍な殺害方法を用いたり,何らかの目的のために強い殺意を持って連続的に人を殺害するような事案とは,いささか犯情を異にする面がある。
さらに,被告人には,上記執行猶予付き前科以外に前科がない。確かに,被告人は平成13年の女性に対する傷害事件の前後から指名手配を受け,逃亡生活を送る中で本件各犯行を遂行しているといった事情があり,実刑となった前科がないことをことさら有利な情状として強調することはできないともいえるが,他人の生命を侵害するような重大な犯罪を起こし,矯正教育を受けた後に,再び同様の犯罪を犯した場合と比較して,非難の程度には差異があるといわざるを得ない。
以上の各情状を考慮した上で,わが国における同種犯罪に対する量刑の実状にかんがみると,本件について,罪刑均衡の見地から死刑を選択することが真にやむを得ないと判断するには躊躇せざるを得ない。結局,本件の各犯情,被告人の犯罪性向の深化の程度及び各遺族や被害者の処罰感情などからすれば,被告人の犯した罪は決して許されるものではないが,被告人の残りの人生を懸けてひたすら矯正施設内における贖罪に専念させ,死亡した2名の被害者の冥福を祈ることによりその罪を償わせるのが相当である。
よって,被告人を無期懲役に処することとする。
(求刑

死刑)

平成22年1月25日
大阪地方裁判所第9刑事部

裁判長裁判官

笹野明義
裁判官

安永武央
裁判官

野村昌也
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