判例検索β > 平成13年(ワ)第272号
損害賠償請求事件
事件番号平成13(ワ)272
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成16年11月1日
裁判所名・部山口地方裁判所  下関支部  下関支部
裁判日:西暦2004-11-01
情報公開日2017-10-18 04:32:15
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平成13年(ワ)第272号 損害賠償請求事件
平成14年(ワ)第218号 損害賠償請求事件
主文
1 被告Aは,原告Aに対し8219万4651円,原告Bに対し3772万0418円,原告Cに対し2000万円,原告Dに対し500万円,原告Eに対し500万円,原告Fに対し300万円,原告Gに対し300万円,原告Hに対し300万円,原告Iに対し300万円をそれぞれ支払え。
2 原告A,原告B及び原告Dの被告Aに対するその余の請求をいずれも棄却する。
3 原告らの被告Bに対する請求及び被告Cに対する請求をいずれも棄却する。 原告A,原告B,原告C,原告D,原告E,原告F及び原告Gの被告西日本旅客鉄道株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,原告らと被告Aの間においては,原告らに生じた費用の4分の1を被告Aの負担とし,その余は各自の負担とし,原告らと被告B及び被告Cの間においては,全部原告らの負担とし,原告A,原告B,原告C,原告D,原告E,原告F,原告Gと被告西日本旅客鉄道株式会社の間においては,全部同原告らの負担とする。
6 この判決の1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,連帯して,原告Aに対し1億円,原告Bに対し5000万円,原告Cに対し2000万円,原告Dに対し1500万円,原告Eに対し500万円,原告Fに対し300万円,原告Gに対し300万円をそれぞれ支払え。
2 被告A,被告B及び被告Cは,連帯して,原告Hに対し300万円,原告Iに対し300万円をそれぞれ支払え。
第2 事案の概要
本件は,平成11年9月29日,被告西日本旅客鉄道株式会社(以下,被告JR西日本という。)が管理運営する同広島支社下関地域鉄道部下関駅(以下,下関駅という。)において,被告Aが通行人やホーム上の乗客5人を殺害し,10人に重軽傷を負わせた殺傷事件(以下,本件事件という。)について,同事件の被害者又はその相続人である原告らが,被告Aに対しては民法709条に基づき,その両親である被告B及び被告C(以下,両被告を併せ被告両親という。)に対しては民法709条ないし714条に基づき,被告JR西日本に対しては旅客運送契約の付随的義務違反の債務不履行責任ないしは民法709条,715条ないし717条の不法行為責任に基づき,それぞれ損害賠償を求めた事案である(以下,書証の表記につき,被告Aに対する刑事事件記録である甲1については,特定の証拠を引用すべき場合は,被告Aの供述調書以外の証拠を検甲,被告Aの供述調書を検乙として,記録に付された番号にしたがい,検甲1などと表記する。)。
1 前提事実(証拠を掲記しない事実は当事者間で争いがない。)・ 当事者
ア(ア) 原告Aは,本件事件で死亡した亡A1(平成11年9月29日死亡)の子であり,同じく本件事件で死亡した亡B1(平成11年11月13日死亡)の実姉である(甲3)。
(イ) 原告Bは,本件事件で死亡した亡C1(平成11年9月29日死亡)の子である(甲5)。
(ウ) 原告Cは,本件事件で死亡した亡D1(平成11年9月29日死亡)の配偶者である(甲6)。
(エ) 原告D,同F,同G,同I及び同Jは,いずれも後記・のとおり,本件事件により負傷した被害者であり,原告Gは本件事件で負傷したE1と同行して下関駅6,7番ホームを通行していた者である。
イ 被告B及び被告Cは,被告Aの父母である。
ウ 被告JR西日本は,旅客鉄道事業等を目的とし,山口県下関市a町b丁目c番d号に下関駅を管理運営する株式会社である。
・ 下関駅の概況(検甲1ないし検甲3)
下関駅の敷地北側には,鉄骨スレート外壁屋根造り一部2階建の駅舎があり,東側歩行者用の出入口である東口が設けられ,スチール製枠に透明ガラス入りの扉が観音開きとなるように取り付けられ,終日解放されている。東口の外
側は,歩道であり,歩道の更に東側はロータリー及びバスターミナルが設けられている。東口から駅舎内部は,概ねくの字型となった東西の長さ約106.8メートル,平均幅約17.4メートルのタイル舗装されたコンコースが設置されており,コンコース南側中央付近に改札口及び集札口が設けられ,改札口及び集札口の脇には精算所がある。改集札口からは,階段通路が中2階通路に通じており,その東側に駅乗務員センター事務所がある。中2階通路からは,各ホームに至る各階段が設けられており,本件事件の現場となった6,7番ホームに通じている。同ホームは東側が6番ホーム,西側が7番ホームとなっている。・ 本件事件の経過(甲1。なお,本件事件の発生自体には争いがない。)ア 被告Aは,通行人らを無差別に殺害しようとして,平成11年9月29日午後4時25分ころ,下関駅東側のロータリーにつながる道路から,普通乗用自動車(以下,本件車両という。)を同東側歩道上に乗り上げて進行させたうえ,(ア) 下関駅東側の歩道上(山口県下関市a町b丁目c番d号所在のケンタッキーフライドチキン下関店前歩道上)において,本件車両を同所を通行中の原告Iの背部に衝突させて,同原告に全治約6週間を要する左膝蓋骨骨折等の傷害を負わせ,
(イ) 引き続いて,本件車両を下関駅東口からコンコース内に進入させて,本件車両を,同所を通行中の亡D1の背部に衝突させるなどして,同人を胸部圧迫に基づく左心房破裂による心タンポナーデにより死亡させ,(ウ) 更に,本件車両を前記歩道上からコンコース内に逃げ込んだ原告Fの背部に衝突させるなどし,同人に全治約2週間を要する左頭頂部切創等の傷害を負わせた。
イ 被告Aは,その後,本件車両から降車し,改札口を抜け,下関駅6,7番ホーム上において,
(ア) 原告Gが,E1とともに同ホームのベンチに座っていたところ,同原告の眼前で,E1に対し,所携の包丁で前額部を切り付け,同人に全治約1か月間を要する前額部切創等の傷害を負わせ,
(イ) 同ホームのベンチに座っていた原告Hに対し,同包丁で前頭部を切り付け,同人に全治約3週間を要する前頭部切創の傷害を負わせ,
(ウ) 同ホーム上を通行中の亡C1に対し,同包丁で左胸部を突き刺すなどし,同人を左心室刺切創により死亡させ,
(エ) 同ホーム上を通行中の原告Eに対し,同包丁で右側胸部を突き刺し,同人に全治約12日間を要する右側胸部刺創等の傷害を負わせ,
(オ) 同ホームのベンチに座っていた原告Dに対し,同包丁で前頭部等を切り付け,同人に全治約1か月間を要する前頭部裂創等の傷害を負わせ,(カ) 同ホーム上を通行中の亡B1に対し,同包丁で背部を突き刺し,同人を背部切創に起因して併発した左視床出血により死亡させ,
(キ) 亡B1とともに同ホーム上を通行中の亡A1に対し,同包丁で右側胸部を突き刺すなどし,同人を右側胸部刺切創等による失血により死亡させた。
ウ なお,被告Aは,上記ア,イ記載の各被害者以外に,下関駅東側歩道上において,F1,G1及びH1に本件車両を衝突させて負傷させ,下関駅コンコース内において,I1に本件車両を衝突させたうえ同人を轢過して死亡させ,6,7番ホームに通じる階段上において,J1に包丁で切り付けて同人を負傷させている。
・ 被告A逮捕に至るまでの経緯等(検甲128ないし検甲133,検甲209)ア 山口県警察本部生活安全部鉄道警察隊下関分駐隊に勤務するK1巡査部長は,同じくL1警部補とともに警らのため下関駅1階コンコース西側端にある上記下関分駐隊事務所を出たところで,本件車両がコンコース内に進入してきて改札口付近に停車したのを認めた。K1巡査部長は同事務所に下関警察署への連絡を要請するとともに,本件車両から降車した被告Aが改札口に向かうのを認め,L1警部補とともに改札口付近まで駆けつけ,ついで,精算所にいた2,3名の被告JR西日本の職員(以下,JR職員という。)に対し,警察への通報と救急車の要請を指示したうえで,中2階通路に向かったところ,6,7番ホームへの階段の上り口付近に首筋の辺りから血を流して倒れている者(九州旅客鉄道株式会社職員J1)がいたことから,6,7番ホームへ駆け上がった。
イ K1巡査部長らは,6,7番ホーム上で被告Aが南側に向かって走るのを発見
し,追跡したが,同被告は,6,7番ホームを走って移動しながら,前記・イのとおり,乗客らを次々と包丁で襲っていった。
ウ その後,K1巡査部長は,6,7番ホーム北側にある階段昇降口付近で,被告Aの近くまで追いつき,駆けつけたL1警部補,M1巡査部長のほか,JR職員らとともに,被告Aの周囲を取り囲んだ。
そして,被告Aが包丁を投げ捨てるような動作をするとともに,体の力を抜いたようになったところを,K1巡査部長を始め数人が被告Aに飛びかかって制圧し,同日午後4時28分ころ,被告Aを殺人未遂の現行犯として逮捕した。2 争点
・ 被告Aの責任原因
【原告らの主張】
被告Aは,前記1・の殺傷行為によって,被害者らを死亡させ,又は傷害を負わせたものであり,民法709条に基づく不法行為責任を負う。
【被告Aの主張】
被告Aは,本件事件当時,統合失調症又は妄想性障害(パラノイア)の精神病性障害に罹患し,自己の行動につきその是非を弁別し,これに従って行動する能力を欠く心神喪失の状態にあり,民事上の責任能力を欠いていた。・ 被告両親の責任原因
【原告らの主張】
ア 主位的主張
被告両親は,被告Aの攻撃的ないし暴力的な傾向や,精神障害に罹患していた事実を知っており,被告Aが他害に及ぶ危険性を十分認識し得たにもかかわらず,精神的に不安定な状態にあった被告Aに対し,本件事件の直前,更に精神的に追いつめるような言動を繰り返し,被告Aをして本件事件の敢行を決意させたものであって,民法709条,719条に基づく不法行為責任を負う。
イ 予備的主張
仮に被告Aが心神喪失の状態にあり,責任無能力であったとしても,被告両親は,その監督義務者として,民法714条に基づく不法行為責任を負う。【被告両親の主張】
ア 被告Aは,本件事件以前から精神科病院に通院し,医師による治療を継続的に受けていたのであり,本件事件の直前においても,平成10年3月24日から本件事件の前日である平成11年9月28日まで,下関病院で通院治療を受けていた。被告両親は,こうした治療に協力し,担当医に対しても,平素から被告Aに対する治療や対応について相談しており,被告Aが本件事件のような重大犯罪を起こす兆候は全くうかがえなかった。また,本件事件直前における被告両親の言動も,特段,問題とされるような点はない。
イ 被告両親は,前記アのとおり,被告Aの病状等に十分な配慮を払っており,両親として行うべき監督は十分になしたといえる。なお,被告Cは,平成6年ころから,症候性てんかんの診断を受けて通院治療を受けており,監督能力がない。
・ 被告JR西日本の責任原因
【原告らの主張】
ア 旅客運送契約の付随的義務違反(債務不履行責任)ないし不法行為責任(民法709条,715条)について
被告JR西日本は,旅客運送契約に伴う付随的義務として,或いは下関駅を管理運営する立場から条理上導かれる不法行為上の注意義務として,不慮の事態に備え,防災設備を充実させるとともに,従業員教育等を通じて避難計画を立ててその訓練を実施すべき義務(安全体制確立義務)を有する。具体的には,危険物を携帯する者が改札を通過しようとする場合,これを阻止すべきところ,当時の担当者は,被告Aの侵入を黙認したばかりか,改札口の扉を閉めるなど侵入を防止すべき何の措置を取ることのないまま,安易に逃走しており,その際,鉄道警察隊へ通じる非常ボタンを押すこともなく,同僚や上司に対し緊急事態の発生を報告することもしていない。また,JR駅員らは,その後も,駅の放送設備を用いるなどして乗客らを適切に避難誘導することなく,ただ右往左往するばかりであり,負傷した被害者らの救護も十分ではなかった。これらは全て,被告JR西日本において,平素の防災訓練等が十分でなく,実効的な安全体制の確立がなされていなかったことに起因するも
のであって,被告JR西日本は,債務不履行責任ないし不法行為責任(民法709条,715条)を負う。
イ 土地工作物責任(民法717条)
東口には,自動車止めのポール等の障害物が全く設置されておらず,自動車が歩道を通って,そのままコンコースに進入できるという構造自体,公衆の来集が見込まれる建造物として通常有すべき安全性を欠いたものであり,瑕疵があるというべきである。
また,改札口の扉には,不審者の侵入を阻止するための施錠可能な設備がなく,これが本件事件による被害拡大を招いた要因の一つというべきである。更に,下関駅では,最高責任者である駅長室に対する通報システムがなく,乗客を適切に避難誘導すべき放送設備が設けられていなかった。これらは,いずれも駅の施設管理上の重大な欠陥であり,被告JR西日本は,土地工作物責任を負う。
【被告JR西日本の主張】
下関駅は,日々多数の人々が利用する公共施設であり,その性質上,あらゆる危険の全てを予見し,防止措置を取ることは不可能を強いるに等しく,本件事件のような,殺意を持った者が駅構内に侵入し,無差別に多数人を殺傷するような事態はおよそ想定外であって,予見不可能というべきであるし,一民間企業である被告JR西日本が,こうした犯罪の発生を防止し得る手立てはない。本件のような犯罪への対処は鉄道警察隊等の任務であって,改札業務の担当者において,兇器を所持する被告Aの侵入を阻止することができなかったとしても,義務違反の咎を受けるべき謂われはない。また,被告JR西日本では,平素から防災訓練を行い,犯罪発生を認識した場合,直ちに上司に報告のうえ,速やかに警察に通報するように職員に指導を徹底しており,何らの過失もない。また,下関駅に原告らが主張するような設備を備える必要はなく,その構造にも欠陥はない。
・ 損害等
【原告らの主張】
ア 原告A
以下によれば,総額1億0987万7304円の損害賠償請求権を有することになるが,その内金1億円を請求する。
(ア) 亡A1 4149万9924円
a 逸失利益 1149万9924円
亡A1は,大正5年4月19日生まれで,死亡した本件事件当時69歳であった。同人は,主婦として家族の生活を支える家事労働に従事していたので,女子労働者の該当年齢平均賃金年額283万9200円は下らない収入はあったというべきであり,就労可能年数は7年,そのライプニッツ係数は5.7863である。そして,生活費控除割合は30パーセントとするのが相当である。
b 慰謝料 3000万円
亡A1が,本件事件により死亡した無念さや死に至る苦痛を慰謝するに,3000万円は下らない。
(イ) 亡B1 6488万8380円
a 逸失利益 3488万8380円
亡B1は,昭和31年11月16日生まれで,本件事件で被った傷害により死亡した平成11年11月13日当時43歳であった。同人は,病気のため通院はしていたが,家事労働に従事し,かつ,家事労働以外の就労も希望していた。よって,女子労働者の該当年齢平均賃金年額361万2000円は下らない収入はあったというべきであり,就労可能年数は24年,そのライプニッツ係数は13.7986である。そして,生活費控除割合は30パーセントとするのが相当である。
b 慰謝料 3000万円
亡B1が,本件事件により死亡した無念さや死に至る苦痛を慰謝するに,3000万円は下らない。
(ウ) 相続関係
a 亡A1の死亡当時,同人の法定相続人は,夫のN1及び子の原告A,亡B1,O1であった。したがって,法定相続分に基づき,N1は2074万9962円,原告A,亡B1及びO1は各691万6654円につき,前記■の損
害賠償請求権を相続した。
b 亡B1の死亡当時,同人の法定相続人は,同人の直系尊属たるN1であった。したがって,N1は,前記■の損害賠償請求権全額及び上記aの亡B1の相続分691万6654円を相続した。
c N1は,平成12年10月19日死亡した。同人の法定相続人は,P1,原告A,O1であった。
N1は,上記a,bにより,合計9255万4996円の損害賠償請求権を有していたのであるから,上記相続人らの相続分はP1につき1851万0999円,その余の相続人につき3702万1998円となる。
d 原告Aは,平成13年6月1日,O1から同人が相続した亡A1及び亡B1の各損害賠償請求権の譲渡を受けた。
(エ) 固有の慰謝料 2000万円
(オ) 葬儀費用 200万円
イ 原告B
以下によれば,総額6032万4775円の損害賠償請求権を有することになるが,その内金5000万円を請求する。
(ア) 亡C1
a 逸失利益 2109万9700円
亡C1は,大正9年5月11日生まれで,本件事件当時79歳であった。同人は,退職教員として公立学校共済の年金(年額375万2700円)を受領するほか,画家としての収入もあったので,該当年齢の男子労働者平均給与額である年額390万3600円を下らない収入があった。そして,79歳男性の平均余命は10.59年であり,そのライプニッツ係数は7.7217である。そして,同人の生活費控除割合は30パーセントとするのが相当である。
b 慰謝料 3000万円
亡C1が,本件事件により死亡した無念さや死に至る苦痛を慰謝するに,3000万円は下らない。
(イ) 相続関係
亡C1の死亡当時,同人の法定相続人は,妻の原告E,子のQ1,R1,原告B及びS1であった。原告Bは,平成13年5月30日,原告E及びS1からそれぞれ同人らが相続した損害賠償請求権の譲渡を受けた。
(エ) 固有の慰謝料 2000万円
(オ) 葬儀費用 200万円
ウ 原告C
以下によれば,総額3992万4879円の損害賠償請求権を有することになるが,その内金2000万円を請求する。
(ア) 亡D1
a 逸失利益 1792万4879円
亡D1は,昭和16年2月1日生まれで,本件事件当時58歳であった。同人は,主婦として家族の生活を支えるという家事労働に従事していたので,女子労働者の該当年齢平均賃金年額308万2800円を下らない収入があったというべきであり,就労可能年数は11年であり,そのライプニッツ係数は8.3064である。そして,同人の生活費控除割合は30パーセントと認めるのが相当である。
b 慰謝料 3000万円
亡D1が,本件事件により死亡した無念さや死に至る苦痛を慰謝するに,3000万円は下らない。
(イ) 相続関係
亡D1が死亡した当時,同人の法定相続人は,夫の原告C,子のT1及びU1であった。
原告Cは,平成13年5月30日,遺産分割協議により,亡D1の損害賠償請求権全額につき相続した。
(ウ) 固有の慰謝料 2000万円
(エ) 葬儀費用 200万円
(オ) 損害の填補 3000万円
損害の填補として,自賠責保険から3000万円の支払いを受けた。エ 原告D

本件事件により原告Dが被った精神的,肉体的被害は計り知れないものがあり,これを慰謝するに相当な額は1500万円を下らない。
オ 原告E
本件事件により原告Eが被った精神的,肉体的被害は計り知れないものがあり,これを慰謝するに相当な額は500万円を下らない。
カ 原告F
原告Fは自ら被告Aの無差別殺傷行為の被害者となり傷害を負ったばかりか,他の被害者らに対する殺傷行為や被害者らが救急車で搬送される場面を目の当たりにし,これにより被った精神的苦痛を慰謝するに相当な額は300万円を下らない。
キ 原告G
(ア) 精神的損害
原告Gは,被告Aの行った殺傷行為を間近で目撃したばかりか,自らもその対象とされたもので,これにより精神的苦痛を被った。
(イ) 心的外傷後遺障害(PTSD)
原告Gは,本件事件により,いわゆる心的外傷の後遺障害が生じ,これを自賠責等級で評価すると,少なくとも局部に精神症状を残すものとして第14級10号に該当する。
(ウ) 上記の各精神的苦痛を慰謝するに相当な額は300万円を下らない。ク 原告H
本件事件により原告Hが被った精神的,肉体的被害は計り知れないものがあり,これを慰謝するに相当な額は300万円を下らない。
ケ 原告I
本件事件により原告Iが被った精神的,肉体的被害は計り知れないものがあり,これを慰謝するに相当な額は300万円を下らない。
【被告A,被告B,被告Cの主張】
前記ウ(オ)の事実は認め,その余はいずれも争う。
【被告JR西日本の主張】
いずれも争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点・(被告Aの責任)について
・ 前記前提事実によれば,被告Aにおいて,同記載の被害者らに対し,違法な加害行為を行ったことは明らかである。
・ ところで,被告Aは,本件事件の際,自身が心神喪失の状態にあり,民事上の責任能力を欠くと主張する。
ア なるほど,証拠(検乙2,検乙4,検乙12,検乙13)によると,被告Aは,昭和63年2月から同年5月まで高良興生院に入院し,昭和63年5月ころから平成3年ころまで福岡共立病院精神科に通院し,その後一旦中断して,再び平成5年2月から平成10年3月まで同病院に通院しており,更に,平成10年3月から本件事件直前まで下関病院に概ね1か月に2ないし3回の割合で通院した入通院歴があることが認められる。
しかしながら,甲2(被告Aの刑事事件の判決書)によると,被告Aに対する刑事事件において,捜査段階で医師V1による簡易鑑定が実施され(以下,V1鑑定という。),公判においても,鑑定人W1及び同X1による2度の精神鑑定が実施されていることが認められるところ(以下,公判における鑑定をW1鑑定X1鑑定という。),いずれも被告Aに対人恐怖症,視線恐怖症があり,回避性人格障害の症状,妄想性人格障害があるとされるものの,本件事件の際,同被告が心神喪失の状態にあったとする判断は存しない。 すなわち,V1鑑定においては,同被告は回避性及び妄想性の人格障害と思われ,刑事責任能力に問題がないとして,完全責任能力を示唆しており,W1鑑定では,同被告は妄想性障害(パラノイア)であり,回避性及び妄想性の人格障害も併存しており,犯行の進行にしたがって,犯行直前に大量服用した睡眠薬の影響による軽度の意識混濁が加わった疑いがあるが,その程度は心神耗弱の限度にとどまっており,心神喪失の状態にはなかったという。また,X1鑑定においても,同被告の精神状態について,妄想性障害や精神分裂病圏内のというよりも,特異な性格的隔たりが基盤となったものであり,うつ病圏内と考えて良く,是非弁別能力や行為制御能力にある程度の障害はあったと思われるが,著しい障害というには当たらないとして,完全責任能力
を有していたと判断している。
また,W1鑑定において,被告Aが統合失調症に罹患していた疑いが指摘され,これまでの通院歴をみても,福岡共立病院において一時期統合失調症の診断名が付けられたり,下関病院においては,統合失調症に使用される薬剤が投与されるなど,被告Aが統合失調症に罹患していたことを疑わせる事情がないではない。しかしながら,結果的には,W1鑑定でも統合失調症との診断は保留されている。
そして,福岡共立病院における診断では数か月後にはうつ病に変更されており,下関病院においても,そのような薬剤が投与されていた理由が統合失調症の疑いを有していたからではなく,躁うつ病の興奮や焦燥を抑えるため少量使用されていたにすぎないのであって,刑事事件記録(甲1)における各供述調書や公判供述(甲15)から明らかなように,統合失調症の特徴ともいうべき思考障害(解体した会話等)が全く認められず,被告Aと意思疎通を図ることが十分可能であったのであり,被告Aが統合失調症に罹患していると認めることはできない。
更に,被告Aが本件事件に至った動機をみるに,証拠(検乙6,検乙15)によると,同被告は,これまでの自己の仕事に対する行き詰まり,事実上の離婚状態という中途半端な関係,自己の望み通りの協力,援助をしてくれない被告両親に対する不満や憤り等を契機として,前記神経症等の症状と相俟って,自己や世間に対する怒りや憤りを爆発させ,本件事件を決意するに至ったものであると認められ,このような動機は,一応了解可能なものである。また,証拠(検乙6,検乙7,検乙15ないし検乙17)によると,被告Aは,本件事件を決意すると,できるだけ多くの人を殺傷するため,決行日を人出が多い日曜日と定め,自動車で通行人に衝突し,更に乗客を包丁で突き刺すなどして殺害するという合理的な殺害計画を立て,予め包丁を購入し,下関駅周辺の下見を行い,事件当日,予定を繰り上げた後も,購入した包丁等を用意し,本件車両を借り,交通が渋滞せず,通行人が多い時間帯を狙うなどの十分な準備を整え,自己の立てた計画内容を実現するため合理的な行動をとっていたうえ,当初の計画内容のとおり,本件事件を決行したもので,被告Aは,準備段階はもとより事件決行時においても,自己の動機や計画に従った合理的な行動をとる能力を有していたと認められる。加えて,被告Aは,検甲209及び検乙各号証(現行犯人逮捕手続書や同被告の供述調書)では,現行犯逮捕された当初から自己の犯行を認め,その後の取調べにおいても,動機や自己の行動を具体的かつ詳細に記憶して供述しており,記憶の欠落もほとんど認められず,自己の犯行が許されないものであると認識している旨供述しており,事件当時から自己の行為の違法性を理解認識していたことが認められる。
なお,被告Aは,本件事件直前に睡眠薬を服用しているが,その後当初の計画内容のとおり本件事件を実行しており,睡眠薬の影響がうかがえないこと,上記のとおり,被告Aは,事件当時の状況についても具体的かつ詳細に記憶して供述していることなどからすれば,睡眠薬の服用により被告Aの判断や行動に何かしらの影響を及ぼしたとは認められない。
イ したがって,本件事件当時,被告Aが心神喪失状態にあったとは認められず,民事上の責任能力を肯定し得る。その他本件において,同被告の反論を容れ,前記認定判断を覆すに足る証拠はない。
2 争点・(被告両親の責任)について
・ 前記1・アで認定した事実に加え,証拠(検乙1ないし検乙4,検乙6,検乙12,検乙13,甲2,甲15,丙13ないし丙15,被告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 被告両親は,被告Aが大学に進学して福岡市内で1人暮らしを始めるまで同居していたが,その間,被告Aの特異な言動等に気付くことはなかった。しかし,被告Aが大学4年生の10月ないし11月ころ,被告Bが,被告Aの友人から知らせを受け,夜,被告Aのアパートに駆けつけると,部屋を暗くして,1週間ほど外出していなかったということがあり,また,被告Aが研究発表の準備の際に被告Bに対し逃げ出したい等の電話を架け,被告Bが被告Aのもとに駆けつけて元気づけ,無事研究発表を終えたものの,大学卒業後も就職活動をせずに自宅に引きこもり,民間療法などを受けるようになったことなどから,被告両親は,被告Aが精神面を患っていると認識するようになった。
イ その後,被告Aが福岡市内で精神科病院に通院し,対人関係に悩まされない建築設計事務所に勤務するようになったことなどから,一旦は,被告Aの対人恐怖症や視線恐怖症の症状が軽減し,平成3年には通院や服薬も不要となっていたが,久留米市内に転居後,新たに働き出した建築構造設計事務所での人間関係の煩雑さや長時間通勤から対人恐怖症や視線恐怖症の症状が強く出始め,外の音に対して過敏に反応するようになった。そして,平成5年2月,被告Bは,被告Aから電話でアパートの階下の音が怖い,周りの人が怖いなどと訴えを受けたため,被告Aのもとに駆けつけ,福岡市内に転居するように助言し,被告Aは福岡共立病院に通院するようになった。
ウ 被告両親は,被告Aが福岡市内でA構造設計事務所の名称で独立開業するに際し,金銭的に援助し,その後,同事務所が事実上の廃業状態に陥り,生活に困窮した際にも,被告Aの求めに応じて,20万円程度の金員を数回送金したことがあった。
エ 平成10年2月,被告Aが,新生活を送るべく,かねてから計画していたニュージーランド移住を諦め,妻と別居して実家で被告両親と同居するようになると,被告両親は,被告Aから理由なく怒鳴られたり,被告Cが小突かれたり,家の物を壊されるようなった。もっとも,被告Aは,同年3月から下関病院に通院するようになり,平成11年2月,被告Aが軽貨物運送業を始める際にも,被告両親が金銭的援助を行った。そして,被告Aは,軽貨物運送業では対人関係に悩むことがなかったことなどから,対人恐怖症や視線恐怖症,音に対する過敏症状がほとんどなくなるようになった。
その後も,被告Aが被告両親に対して怒鳴ったり,小突いたりすることが何度かあったことから,被告Bが,下関病院の医師と被告Aを入院させることを相談したが,同医師から強制的に入院させるのはよくない旨のアドバイスを受け,被告Aを入院させることはしなかった。
オ 被告両親は,平成11年6月ころ,被告Aから妻との離婚を相談されると,できれば同被告の妻に同被告を支えてもらいたいという気持ちが強く,もう1度考え直すように説得した。そのため,結果的に,被告Aは,妻と正式に離婚せず,事実上離婚した状態になってしまった。
カ 平成11年8月ころ,被告Bは,被告Aから公園に呼び出されて,被告Bが被告Aに頼まれて病院に薬を受け取りに行ったことで運送の仕事をやる気がしなくなった,病院の治療費は払ってくれるのに,なぜ自動車の保険料は払ってくれないのかなどと因縁をつけられて,蹴られたということがあった。キ 平成11年9月27日,被告両親は,被告Aから,台風により使用不能となった仕事用の自動車に代えて新しい自動車の購入のための金銭的援助を求められたが,被告両親は年金で生計を立てており,金銭的に余裕がなかったうえ,自宅にあった別の自動車でも仕事は可能であると考えたことから,その頼みを聞き入れなかった。その話し合いの後,被告Aが本件事件の敢行を決意し,その準備等を進めていたが,被告両親に悟られないように,これまで通り仕事を続けていたことから,被告両親は,被告Aが本件事件の敢行を決意していたことに気付くことはなかった。
同月29日朝,被告Aは普段通り仕事に出掛け,被告Bは,被告Aから頼まれた代車の返却を行ったが,更に,被告Aから自動車の廃車手続や修理費用の精算を頼まれた。被告Bは,前日に被告Aが自分でこれらの手続等をすると言っていたことからその頼みを断った後,同日午後3時ころに帰宅後,自宅で過ごしていたところ,被告両親は,警察から連絡を受け,被告Aが本件事件を起こしたことを知った。
ク 被告Cは,昭和37年11月から約3か月余りの間,反応性うつ病で入院加療を受けたことがあり,平成6年8月,症候性てんかんの診断を受けて本件事件当時まで通院治療を受けていた。
・ 以上の認定事実によると,被告両親は,被告Aの視線恐怖症や対人恐怖症等に対し,被告Bが被告Aのもとに駆けつけて励ますだけでなく,平成5年2月から本件事件直前まで精神科病院に通院させて治療を受けさせるとともに,平成10年2月からは同居し,設計事務所や軽貨物運送業の独立開業のための金銭的援助を行うなどしており,本件事件当時,被告Aが35歳(昭和39年3月6日生)と既に成人で,被告Bが66歳(昭和7年11月18日生),被告Cが63歳(昭和11年8月8日生)であること,及び,被告Cの病状からすれば,被告両親は,その都度親として適当かつ十分な対処や援助を行っていたと認められる。
そして,被告Aは,大学生のころから視線恐怖症や対人恐怖症などを患い,精神科病院に通院するなどしていたが,軽貨物運送業を営むようになって次第にこれらの症状が軽減していたうえ,本件事件直前まで運送業を続けるなど,一応社会に適応して生活していた。また,家庭内では被告両親への暴力暴言や物への暴力があったものの,包丁等兇器を用いることはなく,暴力の程度も本件事件と比較すれば軽度であるうえ,他人に暴力を加えたことはなく,周囲から被告Aの暴力等で苦情を寄せられたこともなかった。そして,被告Aが被告両親に対して本件事件のような無差別殺人を口にしたことはなかった。
このような状況の中で,被告両親が,平成11年9月27日,被告Aの金銭援助の頼みを聞き入れなかったことを契機にして,被告Aが怒りを募らせ本件事件を決意したことは否定できない。また,被告Bが,同月29日,被告Aから代わりに廃車手続をするように頼まれたが,これを断ったことを契機として,被告Aが本来の予定を繰り上げて本件事件を起こしたことも否定できない。
しかしながら,被告両親,特に被告Bがその頼みを断った理由は,何ら不適切なものではなく,断る態様にも何ら問題は認められない。同月27日は,むしろ被告Aが身勝手に被告両親の援助を期待し,頼みが聞き入れられないと,歪んだ考えから被告両親だけでなく,世間や社会に対して怒りを募らせ,本件事件を決意したと評価するのが相当である。また,同月29日も,むしろ被告Aが一旦自分で手続を行うと述べておきながら,態度を翻したのであるから,被告Aに非があるにもかかわらず,身勝手にも被告Bの責任にして,怒りを爆発させて本件事件を起こしたと評価するのが相当である。
なお,被告Aが本件事件の敢行を決意してから,本件事件が実際に発生するまでの間に被告両親が被告Aを翻意させることはできなかったが,被告Aが本件事件を決意してからは被告両親にも悟られないように慎重に準備等を進め,被告両親は被告Aが本件事件のような無差別大量殺傷事件を起こすとは全く予期していなかったことからすれば,この点に関しても被告両親に不適切,不十分な点があったとは認められない。
したがって,これら被告両親の言動について,不法行為と評価することはできない。
・ また,被告Aに責任能力が認められる以上,被告両親に民法714条に基づく監督者の責任を認めることはできない。
以上によると,争点・についての原告らの主張には理由がない。3 争点・(被告JR西日本の責任)について
・ 旅客運送契約の付随的義務違反(債務不履行責任)ないし不法行為責任(民法709条,715条)について
ア 原告らは,旅客運送人である被告JR西日本は,旅客運送契約に基づき,旅客を目的地まで運送する義務を負い,その義務の内容として,旅客を安全に目的地まで運送する義務を負うこと,また,旅客運送契約とは別に,公共交通機関として,不特定多数の一般人を相手方に不特定多数の者が利用する施設を管理運営する立場にあることから,これらの施設において発生する犯罪行為に対して,被告JR西日本は適切な対策を講じるとともに,発生した犯罪に対して適切な対応をしなければならないという点を主張する。
イ そこで,まず,被告JR西日本が,その管理下にある駅構内等で発生する災害等に対してどのような対応をしているかについて見るに,証拠(乙3,乙4,乙6,乙20,Y1証言,Z1証言)によると,以下のような事実を認めることができる。
(ア) 被告JR西日本においては,防災管理のための要綱等の策定は同被告広島支社総務企画課が所掌しており,同課においては,駅構内等の防災のためのマニュアルとして,防災業務実施計画(以下,実施計画という。)を作成していた。
(イ) 実施計画は主として暴風ないしは豪雨等の自然災害による被害を最小限にとどめるために復旧対策を定め,旅客の安全,施設の保護等により円滑な輸送を図ることを目的とするものであり,実施計画の対象として,駅構内で発生する犯罪行為の防止ないしは発生した犯罪に対する対処等は含まれていない。
(ウ) そして,被告JR西日本においては,駅構内等で発生する犯罪に対する対応は,警察に通報するという措置を基本としており,それ以上に,同被告の職員が犯罪防止や発生した犯罪の抑止にあたるということを想定してい
ない。また,駅の利用者等から犯罪の発生の申告があった場合における職員の対応についても,被害者等から事情聴取を行ったうえで,警察に被害届を提出する意思があるかどうかを確認して,必要に応じて警察に通報するとともに,その経過を上司に報告するという程度にとどまっている。(エ) また,実施計画には,災害の場合の対処の一つとして,構内放送に関する規程があるが,これも主として路線等で自然災害が発生したことを前提として,被災線区等の輸送状況,被害状況を迅速かつ適確に把握したうえで,旅客の不安感を除き,動揺,混乱を防止することを目的とする放送を行う旨を規定するものであり,駅構内における犯罪を想定して,これに対する対処として,放送を行う旨の規程は存在しない。
(オ) 下関駅においても,構内で発生する災害については,実施計画に従うほか,火災については下関駅共同防火管理規程が存在していた。
もっとも,同駅及び被告JR西日本新下関駅においては,防犯という見地から,下関駅長の主宰により下関駅・新下関駅構内防犯連絡協議会が概ね年1回開催されていたが,その協議事項は,概ね,犯罪に対して,速やかに警察ないしは救急に連絡,手配を行うよう職員を指導することにあった。
ウ 次に,本件事件が発生し,被告Aが逮捕されるに至った経過は,前記前提事実・記載のとおりであるが,その当時,下関駅に勤務していた被告JR西日本の職員のうち主な者の対応について見るに,前記前提事実,証拠(検甲102,検甲131ないし検甲133,検甲186,甲2,甲13,乙5,乙10ないし乙13,乙20,乙21,検証結果,証人Z1)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) A2
同人は,被告JR西日本下関乗務員センターに所属し,車掌ないし改札集札の業務に従事していた者であるが,本件事件発生当時,下関駅改札口で改札業務に従事していた。
同人は,ガラスの割れる音や悲鳴などから,本件車両がコンコース内を東口から改札口の方向に向かって,進入してくるのを認め,身の危険を感じて,一旦,改札口から1メートルくらい階段側に移動したところ,停止した本件車両から被告Aが右手に包丁を持っていたことから,更に危険を感じて中2階通路に上がる階段まで避難したうえ,被告Aが改札口を通過した後,改札口からコンコースに出て,案内所に退避した。
(イ) B2
同人は,被告JR西日本下関営業係に所属し,本件事件当時,集札口で集札業務の準備を行っていたが,本件車両のブレーキ音を聞き,更に,被告Aが手に包丁を持って改札口を通過したので,精算所にいたJR職員のG3に声をかけながらモップとほうきを手に持ち,被告Aを追跡しようとしたところ,同所付近まで駆けつけたK1巡査部長ないしはL1警部補から警察への連絡を指示されたので,これに従い,精算所に引き返して110番通報をした。
なお,同人は,その後,助役や警察官の指示により,他のJR職員と協力して,6,7番ホームや中2階通路にいた負傷者を安全な場所に移動させたり,担架で運ぶなどした。
(ウ) C2
同人は,JR西日本広島支社下関地域鉄道部に所属する電車の運転手であり,本件事件発生当時,下関駅9番線に停車していた電車の運転席で発車時間待ちのため待機していたところ,6,7番ホームからの女性の悲鳴により,被告Aが警察官に追跡されながら包丁を持って7番線ホーム側を階段方向に進行したうえ,亡A1と亡B1を次々と包丁で刺したところを目撃したことから,8,9番ホームからスチール製モップのモップを外して棒状にしたものを持って軌道敷から6,7番ホームに向かった。
同人が,6,7番ホームに近づいたところで,被告Aと目が合い,何かを言ったところで,被告Aが手に持っていた包丁を離したところで,取り囲んでいた警察官やJR職員(後記D2及びE2)が被告Aを取り押さえて捕まえた。(エ) D2
同人は,被告JR西日本下関乗務員センターに所属し,車掌の業務に従事する者であり,本件事件発生当時,下関駅乗務員センター事務所にいた
が,JR職員G4から本件事件の発生を聞くとともに,6,7番ホームに応援に行くように言われたので木の棒を手に持ち,6,7番ホームに駆けつけたところ,亡A1と亡B1が被告Aに刺され,亡B1が亡A1を介護しているのを現認し,直ちに付近にいた車掌らに救急車の手配を指示するとともに,その場にいた被告Aの正面に立ち,警察官やJR職員E2とともに被告Aを取り囲んだ。このとき,8,9番ホームから前記C2が軌道敷から6,7番ホームに近づき,同人の方に被告Aの視線がそれたので,前記の木の棒で被告Aの右手をたたくか,あるいは,たたこうとした。そして,被告Aが包丁を手から離したものの,なおも抵抗する様子に見えたことから,続けて被告Aの頭や右足を木の棒でたたいた。そして,被告Aがその場にうずくまったので,警察官らとともに飛びかかり,被告Aを制圧した。
(オ) E2
同人は,被告JR西日本地域鉄道部下関乗務員センター副所長であり,本件発生当時,乗務員センターで勤務していたところ,前記関段から本件事件の発生を聞き,6,7番ホームに駆けつけ,警察官及び前記D2とともに同被告を取り囲み,被告Aが包丁を落としたところで,警察官らとともに被告Aを制圧した。
(カ) F2
同人は,被告JR西日本広島支社地域鉄道部下関乗務員センターの所長であり,本件事件発生当時は,休憩中で下関駅を離れていたが,同駅に戻ったところで,本件事件の発生を知り,6,7番ホームに上がったところで,亡A1と亡B1の周囲をJR職員が取り囲んでいたので救急車を呼ぶように指示したが,その後,亡B1の容態が悪化するのに気がつき,他の職員に担架を探してくるように指示し,同人自身を含むJR職員4,5名で亡B1を布団で包むようにしてホームから降ろし,鉄道警察隊の出入口まで運んだ。そこで,救急車の到着を2,3分待っていると救急車が到着したので救急隊員に引き渡した。
(キ) Z1
同人は,下関駅長であり,本件事件発生当時,下関駅2階の会議室において,下関地域鉄道部管内の駅長会議に出席中であった。
同人は,新下関駅の助役から,本件事件発生の概況を知り,直ちに前記駅長会議を中止し,コンコースに駆けつけた。自動車がみどりの窓口前付近に停まり,その車両の前に男性が横たわり,待合い椅子には女性がタオルのようなもので頭を押さえて苦しそうな姿をしているのを見て,犯罪が発生していると認めて,直ちに付近にいたJR職員に警察への連絡,救急車の手配を確認したところ,既にいずれの連絡等も済んでいると報告を受けた。その後,同人は,犯人逮捕と聞いたが,被害の状況から見て,犯人が1人であるとは思えず,また,警察官においても,犯人が複数いるかもしれないので,直ちにコンコースから避難するように指示していた。結局,本件事件発生から約15分ほど後に,犯人が1人であることを知った。救急隊員や警察官には,下関市内の全救急車を手配して欲しいと伝えた。
エ 以上の各認定事実を前提に,被告JR西日本の責任について検討するに,前記イで認定した事実によると,同被告においては,駅構内を含む同被告の施設で発生する災害に対する対応は,主として,自然災害を対象とするものであり,犯罪行為を前提とするものではなく,また,その指針を示した実施計画の内容も,この基本的な立場に立って,自然災害の発生によって列車の運行等に支障が生じた場合において,旅客の不安感を除去するという目的から,構内放送を行うなどの措置を記述したものであって,本件事件のような犯罪行為は実施計画の対象とされていないことが明らかである。そして,同被告は,駅構内等で発生する犯罪に対する対策は,警察に通報するということを基本としており,下関駅においても,この方針を周知徹底するための協議会が設置されていたものであって,それ以外に,同被告として,特別にこの種の犯罪に対する防止,抑止の措置を取ってはいなかったことが認められる。 原告らは,この点について,被告JR西日本は旅客運送契約上,駅構内等で発生する不測の事態に対して旅客の安全を確保すべく,安全体制を確立するべき義務があると主張する。しかしながら,旅客運送契約の性質から考えると,同被告が同契約上,旅客に対してその安全を確保する義務があるとしても,この義務は,主として,旅客の運送に供する設備の安全性の確保ないし
は運送の過程でこれに付随して生じた事態に対する旅客の安全性の確保について生じるものというべきであり,一般的に,同被告が設置,管理する施設において発生する全ての事態に対して,旅客の安全を確保するという内容を持つものというべきものではない。
無論,旅客運送契約に基づいて,被告JR西日本を利用する旅客の側は,その列車等の利用に際して,危険物等を駅構内ないしは列車内に持込むことを禁止されているとの事情があり,これは,旅客運送契約に付随して旅客側が負担する義務ということができるから,その反面として,同被告においては,必要に応じて,旅客が違反行為を行っていないかを点検することを求めうる場合があり,旅客においては,これに応諾する義務が生じることがありうる。そして,それが,ひいては,同被告が設置,管理する施設における犯罪行為の防止につながることも考えられるところである。しかしながら,このような措置は,事実上,旅客側が任意に協力するという前提のもとで実施されるべきものであり,同被告において,旅客の意思を無視してそのまま旅客の所持品等を点検するなどの権限を付与されているものでもなく,これを実施するための人的,物的設備もそなえているわけではない。してみると,旅客運送契約上,同被告と旅客との間で,危険物に関して,上記のような関係があるからといって,同契約上,同被告に,駅構内等同被告が管理する施設内に危険物を持ち込むことを防止するような措置をとるべき義務があるということもできない。 他方,被告JR西日本は,下関駅のように,旅客に限られず不特定多数の一般人が利用する公共施設を管理している。このような施設にあっては,その施設内において,本件事件のような無差別大量殺人を含めて不測の事態が発生する可能性は常に存在するものと思われる。その点からすれば,このような施設の管理者においては,施設内の防犯に努め,そのための人的,物的設備を整備することを要請される側面がありうる。しかし,そもそも,不特定多数の一般人が施設を利用するというだけでは,具体的にどのような事態がいつ発生するかということを予測することはおよそ困難であることはもとより,どの程度の設備によってどの程度の犯罪行為を防止,抑止しうるかということは一律に決しうるものでもない。特に,本件のように,犯罪行為者は1人ではあるものの,突発的に発生したうえ,その態様も,兇器を携行して,しかも,無差別に実行された殺傷事件であるような場合には,その防止,抑止のためには相当程度の防具等の器具を要するものと考えられる一方で,被告JR西日本の職員には武器ないしは防具等の携帯の権限はないのみならず,仮に,これらを携帯していたとしても,その使用権限については,一般人と同様に,正当防衛等に依拠するしかないものと考えられる。このような事情を考慮すると,仮に,被告JR西日本において,不特定多数の一般人を対象とする設備を設置,管理することから,防犯等の責務を負うとしても,それは,同被告が公共施設を管理する機関としての性質に基づく社会的責務の範囲を出るものではなく,それが特定の利用者との関係で負担する法的な義務ということはできない。 以上によると,被告JR西日本が,組織として,駅構内で発生する犯罪行為について,特段の防止,抑止の対策を取っておらず,警察に通報することを基本的対策としていたとしても,それが,旅客に対する債務不履行ないし不法行為となるものではないというべきである。
オ 次に,本件事件が発生した当時に,被告JR西日本の職員が取った具体的な措置について検討する。
(ア) 改札係のA2について
a 原告らは,改札業務に従事していたA2は,・乗客が提示する乗車券を確認したうえで,正規の乗車券を所持しない者が改札口内に入り,ホームに行くことを拒否(阻止)すること,②駅構内にいる乗客の身体の安全を図る措置を取り,③発生した事故に対して,速やかに安全,適切な措置を取ること,などの職務上の義務を負い,具体的には,A2は,出札カウンターや集札ラッチに設置された鉄道警察隊への通報設備(防犯ベル)を用いて通報するとともに,各部署に事実状況の連絡を行い,更には,改札口に設置された扉を閉めるべきであったことを主張する。b 前記認定したところによると,本件事件が発生した時点でのA2の行動は,本件車両を認めた時点で,改札口から1メートルくらい移動した後,更に,被告Aが降車して,包丁を所携して改札口に進行してきたのに対して,2階への通路方向に,その後,改札口からコンコースに退避したと
いうものである。
しかしながら,通常,車両が通行する場所でないコンコースを本件車両が改札口の辺りまで走行してきたことから,A2が身の危険を感じたことは当然であって,更に,被告Aが包丁を携えて改札口に向かってきたことからすれば,A2が直ちに避難していなければ,同人自身が被告Aによって包丁で刺されるなどの事態が発生する危険性があったことは客観的にも相当の蓋然性をもって認めうるところであり,このような危険な状況下で,被告Aの行動を阻止しなければならないものとは到底いえない。また,このような突如発生した危険な状況からすれば,改札口に設置された鉄道警察隊へ通じる防犯ベルを押すことや,改札口に設置された扉を閉めるなどの措置を講じる時間的余裕はなかったといわざるをえず,このような措置を講じることができなくともやむをえないといえる。 なお,その後,A2が無事に避難するまでの間に,前記第2の1・アのとおり,少なくともK1巡査部長及びL1警部補が本件事件発生を認知し,同人らが中心となって被告Aの追跡,逮捕にあたり,JR職員らに死傷者の救護や警察への通報等を指示しているうえ,前記イのとおり,A2以外の他のJR職員らも,本件事件発生を認知し,それぞれ直ちに警察への通報や死傷者の救護,更には被告A逮捕に至るまで,十分な協力を行っていたことからすれば,A2が無事避難した後,A2自身が警察への通報や他のJR職員らへの連絡等をする必要性はもはやなくなっているといえる。
c よって,A2の行動が不適切であるとする主張には理由がない。(イ) その他の職員の行動について
前記認定の事実によれば,本件事件発生直後,集札口にいた前記B2は直ちに他のJR職員らに本件事件を知らせるとともに,警察官の指示に従い,110番通報を行っており,また,他のJR職員らも本件事件を認知後,それぞれ救急車の要請だけでなく,被告Aの逮捕に協力するなど,A2を除くJR職員らの本件事件発生時における対応等に不法行為とみられるものは認められない。
なお,当時の状況について,被害者らから救急車を依頼したが,応じてもらえず,また,動けなくなった被害者らが30分以上も放置されていたなどの指摘がある。
しかし,本件の証拠によっても,被告JR西日本による119番通報自体が遅滞したという事情は認められない(仮に,救急車の到着が遅れたという事情があったとしても,それが被告JR西日本の責任とはいえないことは明らかである。)。
(ウ) 次に,原告らは,下関駅においては,駅長への連絡システムが存在していないことに不備があったことを主張する。
前記認定のとおり,下関駅長であるZ1に本件事件の発生を知らせたのは,新下関駅の助役であることは認められるけれども,Z1への連絡そのものが遅滞していたとみるべき事情はなく,上記の事情から,下関駅における連絡システムが不備であったとみるべきではない。かえって,前記認定の事実によると,同人は,直ちに会議を中止してコンコースに駆けつけ,警察への連絡や救急車の手配の確認を行い,その後もJR職員らに必要な指示を行うなど駅長として相当と認められる行動をとっていたと認められるから,下関駅長への連絡等に関して,不備は認められない。
(エ) 次に,原告らは,JR職員は,本件事件発生当時,適切な構内放送が可能であり,放送を行って6,7番ホーム上にいる乗客らに危険性を知らせるべきであったのに,これを怠ったなどと主張する。
前記認定の事実によると,本件事件が発生した当時に,構内放送を行ったJR職員はいなかったことは,原告らが主張するとおりである。 そこで,本件事件において,被告Aが下関駅コンコース内に本件車両を進入させてから制圧されるまでの時間について見ると,前記前提事実と証拠(検甲128,検甲209)によると,K1巡査部長が警らのため分駐隊事務所を出たところで本件車両がコンコース内に進入してくるのを目撃した時刻が午後4時25分と確認され,また,被告Aが現行犯逮捕された時刻は午後4時28分と確認されているのであるから,被告Aが本件車両を降車して改札口を通過した時点から制圧されて現行犯逮捕されるまでの時間は3分を下
回るものであるか,多少の誤差を考慮しても3分前後の時間であると推測される。しかも,その間,被告Aは本件車両から降車し,改札口から6,7番ホームに移動して,同ホーム上を移動しながら殺傷行為に及んだもので,場所的に移動しているのである。したがって,前記のとおり,本件事件に対応した者を含めて主なJR職員において,上記のような短時間の間に,被告Aの所在及び特定時点での同被告の行動を含む本件事件の状況を適確かつ十分に把握し,適切な放送を行う余裕はなかったといわざるをえず,構内放送がなかったことが不適切であるということはできない。
カ 以上のとおりであるから,被告JR西日本が,本件事件のような犯罪行為に対する対策を講じていなかった点,及び,本件事件が発生した時点での,同被告の職員の具体的な対応のいずれにおいても,同被告につき,債務不履行ないしは不法行為の責任が生じると認めることはできない。
・ 土地工作物責任
原告らは,下関駅の構造には,工作物として瑕疵が存在し,それによって,本件事件が発生したものであることを主張するので,以下,検討する。ア コンコースに車両が進入できる構造について
被告Aがコンコース内に進入した下関駅東口の外部の概況は前記前提事実のとおりであって,東口の外は歩道であり,その東側がバスターミナル及びロータリーとなっており,下関駅東口には車両の進入を阻止する設備は存在しない。
しかし,歩道やコンコースは,本来,車両の通行を予定するものではないのであるから,特別の事情がない限り,歩道とコンコースを結ぶ東口の扉にポール等車両の進入を物理的に阻止する設備がなかったとしても,それ自体を,下関駅の土地工作物としての構造上の欠陥ということはできないことは明らかである。
なお,証拠(検甲1ないし検甲3,甲13,検証結果)及び弁論の全趣旨によれば,下関駅東側ロータリーと歩道の間に鉄製ポールが等間隔に設置され,ポール間には鉄製チェーンが設けられ,車両がロータリーから歩道に乗り上げることを妨げる構造となっていることが認められる。このような構造からすれば,一般的に見た場合,ロータリーを走行する車両は下関駅東口の外側の歩道に進入することが妨げられるのであるから,それ以上に,下関駅の東口扉につき車両の進入を阻止する設備が必要であるとする根拠はないというべきである。
イ 改札口の扉について
証拠(乙5,証人Z1)及び弁論の全趣旨によれば,本件事件発生当時の下関駅改札口の扉は,コンコース側からプラットホーム側に手動により開く構造になっており,コンコース側からプラットホーム側へ侵入しようとする者にとっては,同扉の開閉は自由にできる構造になっていたことが認められる。 改札口は乗車券の改札業務を適正円滑に行うことを目的に設置されており,改札口の扉は,本来改札係が改札口に不在の場合などに閉めておくものであって,それによって,旅客等に当該改札口では改札業務を行っていないことを示す役割を有しているといえる。もっとも,改札業務の内容として有効な乗車券を所持していなければ,その者の入場を拒否するのであるから,改札口の扉がこのような者の入場を阻止するという役割がないとはいえないが,有効な乗車券を所持せずに,意図的に駅構内への侵入を図る者に対して,改札口の扉の閉鎖によりその入場を阻止することはほぼ不可能であって,そのような役割は限定的なものとならざるを得ない。
このような改札口の扉の目的や役割などからすれば,本件事件が発生した当時の下関駅の改札口に設置された扉であっても十分その目的や役割を果たしうるものであって,原告ら主張のように,少なくとも簡易な施錠ができ,コンコース側から扉が自由に開かない構造になっていない限り改札口の扉の設置又は保存に瑕疵があるとは認められない。
ウ 駅構内における放送設備及び駅長室に対する通報システム等について(ア) 証拠(甲13,乙20,検証結果,証人Z1)及び弁論の全趣旨によれば,本件事件当時の下関駅の放送設備等は,概ね以下のとおりである。a 放送設備
(a) ホーム放送として,8,9番ホームの放送室から,3本の各ホーム及び中2階通路へ向けて放送することができる放送設備があった。

(b) 火災報知器に連動した案内放送として,駅長事務室から,コンコースにある店舗及び中2階通路等へ向けて放送することができる放送設備があった。ただし,コンコース,トイレ前通路及び旧待合室への放送は,旧精算室の操作器から放送されていた。
(c) 8,9番ホーム放送室,出改札口,旅客室及び精算所に双方向の連絡設備(音声呼出電話)があった。また,信号てこ扱所,3,4番ホーム,6,7番ホーム及び8,9番ホームに同じく双方向の連絡設備(音声呼出電話)があった。
b モニター設備
昭和60年3月から,3,4番ホーム,6,7番ホームにカメラが各1台設置され,その映像は,8,9番ホームの放送室,改札口の上部に設置されたモニタに映し出されていた。
平成7年1月から,8,9番ホームにカメラが1台設置され,その映像は,改札口の上部に設置されたモニタに映し出されていた。
c 通報設備
出札カウンターと集札ラッチに,鉄道警察隊に通じる防犯ベルが備えられていた。
(イ) 以上の事実によると,まず,駅長室に対する報告システムに関しては,原告らが主張するとおり,集改札口から駅長室や各ホーム等との間の双方向音声呼出電話は存在しなかったことが認められるから,改札口付近で発生した異常事態に対して,電話により駅長室ないしは各ホームへ通報することができない状況にあったことが明らかである。
しかしながら,そもそも,被告JR西日本において,駅構内で発生する全ての事態について,電話等の方法により駅長に通報するシステムが存在することが必要であるとする根拠は存在せず,こうした事態を認知した職員による口頭報告によることとしていたとしても何ら不相当とはいえない。確かに,本件事件のように,犯罪行為が発生した場合,駅長に対する通報はより迅速なものが求められる面があり,その点では,電話等による連絡システムがあった方がこの目的に適うものとはいえるが,被告JR西日本が駅構内で発生する犯罪行為について対策を講じるべき法的義務が存在しないことは前記のとおりであるから,これに沿ったシステム,方法等が存在しないことが,工作物としての下関駅の瑕疵といえないことは明らかである。 また,放送設備に関しては,前記(ア)の放送設備等があれば,集改札口や駅長室,各ホーム等への相互の連絡や各ホームの状況の把握は十分可能であると認められ,放送設備等の設置又は保存に瑕疵があるとは認められない。
・ 以上によれば,原告らの被告JR西日本の債務不履行ないしは不法行為責任に関する主張には理由がない。
4 争点・(損害等)について
・ 原告A
ア 亡A1の死亡による損害 4738万3150円(ア) 逸失利益 1588万3150円甲3及び弁論の全趣旨によると,亡A1は,本件事件当時,69歳であり,専業主婦として日常家事に従事していたことが認められるから,その逸失利益の算定は,平成11年賃金センサスにより,女子労働者の産業計・企業規模計・学歴計年齢別平均年収293万8500円を基礎として,就労可能年数を79歳までの10年とし,生活費控除割合を30パーセントとするのが相当である。
(計算式)
293万8500円×7.7217×0.7
(イ) 慰謝料 3000万円亡A1本人が本件事件により受けた肉体的精神的苦痛,受傷状況のほか,本件事件が被告Aによる無差別の殺傷行為であるという本件事件そのものの性質,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件事件により死亡した亡A1本人の慰謝料は3000万円が相当であると認められる。(ウ) 葬儀費用 150万円 亡A1の葬儀費用としては150万円が相当である。
イ 亡B1の死亡による損害 6485万7425円
(ア) 逸失利益 3335万7425円甲3及び弁論の全趣旨によると,亡B1は,本件事件当時,43歳の専業主婦であることが認められるから,その逸失利益の算定は,平成11年賃金センサスにより,女子労働者の産業計・企業規模計・学歴計全年齢平均年収345万3500円を基礎として,就労可能年数を67歳までの24年とし,生活費控除割合を30パーセントとするのが相当である。
(計算式)
345万3500円×13.7986×0.7
(イ) 慰謝料 3000万円 亡B1本人が本件事件により受けた肉体的精神的苦痛,受傷状況のほか,前記ア(イ)のとおりの本件事件の性質,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件事件により死亡した亡B1本人の慰謝料は3000万円が相当であると認められる。
(ウ) 葬儀費用 150万円 亡B1の葬儀費用としては150万円が相当である。
ウ 相続関係
(ア) 甲3及び弁論の全趣旨によると,亡A1の死亡当時,同人の法定相続人は,夫のN1及び子の原告A,亡B1,O1であったことが認められるから,その法定相続分は,N1につき2分の1,その余の相続人につき6分の1となり,前記亡A1の死亡による損害賠償請求権について,N1は2369万1575円を,原告Aを含むその余の相続人は各789万7191円を相続により取得した。
(イ) 甲3及び弁論の全趣旨によると,亡B1の死亡当時,同人の法定相続人は,直系尊属であるN1であったことが認められるから,同人は前記イのB1の死亡による損害額全額及び上記(ア)により亡B1が取得した亡A1の死亡による損害賠償請求権(合計7275万4616円)を相続により取得した。
(ウ) 甲3及び弁論の全趣旨によると,N1は,平成12年10月19日死亡し,同人の法定相続人は,子であるP1,原告A,O1であったと認められるから,その法定相続分は各相続人について3分の1となり,同原告を含む上記相続人らは,N1が上記(ア)(イ)によって取得した損害賠償請求権につき各3214万8730円を相続により取得する(上記相続人らはいずれも嫡出子であるから,その相続分はこのとおりになる。)。
(エ) 証拠(甲16,甲17)によると,原告Aは,平成13年6月1日,O1からN1の遺産相続についてO1の相続分の譲渡を受けたことが認められるから(もっとも,上記書証によっても,O1が相続した亡A1の損害賠償請求権の譲渡の事実を認めることはできない。),結局,原告Aは,亡A1と亡B1のア,イの損害賠償請求権のうち7219万4651円を相続により取得したこととなる。
エ 固有の慰謝料
原告Aは,本件事件により突然母親と妹を失ったものであり,その悲しみや苦痛などから固有の精神的損害を受けたものと認められる。したがって,同原告につき固有の慰謝料請求権を認めるべきであり,前記ア(イ)のとおりの本件事件の性質,同原告は母親と妹をともに失ったものであること,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,その固有の慰謝料は1000万円が相当であると認められる。
オ 小括
以上により,原告Aの損害賠償請求権の合計額は,8219万4651円となる。
・ 原告B
ア 亡C1の死亡による損害賠償請求権 4362万7225円(ア) 逸失利益 1212万7225円 甲5及び弁論の全趣旨によると,亡C1は,退職教員として公立学校の共済年金を受領しており,その年額は375万2700円であること(同人について,画家としての収入を証明するに足りる証拠はない。),亡C1は死亡時79歳であることが認められるから,同人の逸失利益の算定は,上記収入を基礎として,平均余命を87歳までの8年とし,その間の生活費控除割合を50パーセントとするのが相当である。

(計算式)
375万2700円×6.4632×0.5
(イ) 慰謝料 3000万円 亡C1本人が本件事件により受けた肉体的精神的苦痛,受傷状況のほか,前記・ア(イ)のとおりの本件事件の性質,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件事件により死亡した亡C1本人の慰謝料は3000万円が相当であると認められる。
(ウ) 葬儀費用 150万円 亡C1の葬儀費用としては150万円が相当である。
イ 相続関係
(ア) 甲5及び弁論の全趣旨によると,亡C1の死亡当時,同人の法定相続人は,妻の原告E,子のQ1,R1,原告B及びS1であることが認められるから,その法定相続分は原告Eにつき2分の1,その余の相続人につき8分の1となる。したがって,上記アによる亡C1の死亡による損害賠償請求権について,原告Eは2181万3612円を,原告Bを含むその余の相続人は各545万3403円を相続により取得する。
(イ) 甲18によると,原告Bは,平成13年5月30日,原告E及びS1からそれぞれ同人らの相続した損害賠償請求権の譲渡を受けた。
ウ 固有の慰謝料
原告Bについても,前記・エに記載したのと同様に,同原告が本件事件により突然父親を失ったものであり,その悲しみや苦痛などから固有の精神的損害を受けたものと認められる。したがって,同原告につき固有の慰謝料請求権を認めるべきであり,前記・ア(イ)のとおりの本件事件の性質,同原告は父親を失ったものであること,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,その固有の慰謝料は500万円が相当であると認められる。
エ 小括
以上によると,原告Bの損害賠償請求権の合計額は,3772万0418円となる。
・ 原告C
ア 亡D1の死亡による損害額 4868万2751円(ア) 逸失利益 1718万2751円 甲6及び弁論の全趣旨によると,亡D1は,死亡時に58歳で,専業主婦であることが認められるから,その逸失利益の算定は,平成11年賃金センサスにより,女子労働者の産業計・企業規模計・学歴計全年齢平均年収345万3500円を基礎として,就労可能年数を67歳までの9年とし,生活費控除割合は30パーセントとするのが相当である。
(計算式)
345万3500円×7.1078×0.7
(イ) 慰謝料 3000万円 亡D1本人が本件事件により受けた肉体的精神的苦痛,受傷状況のほか,前記・ア(イ)のとおりの本件事件の性質,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件事件により死亡した亡D1本人の慰謝料は3000万円が相当であると認められる。
(ウ) 葬儀費用 150万円 亡D1の葬儀費用としては150万円が相当である。
イ 相続関係
証拠(甲6,甲19)及び弁論の全趣旨によると,亡D1が死亡した当時,同人の法定相続人は,夫の原告C,子のT1及びU1であったが,原告Cは,平成13年5月30日,遺産分割協議により,亡D1の損害賠償請求権全額を取得したことが認められる。
ウ 固有の慰謝料
原告Cについても,前記・エに記載したのと同様に,同原告が本件事件により突然妻を失ったものであり,その悲しみや苦痛などから固有の精神的損害を受けたものと認められる。したがって,同原告につき固有の慰謝料請求権を認めるべきであり,前記・ア(イ)のとおりの本件事件の性質,同原告は妻を失ったものであること,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,その固有の慰謝料は500万円が相当であると認められる。
エ 損害の填補

損害の填補として,自賠責保険から3000万円の支払いを受けたことは争いがない。
オ 小括
以上によると,原告Cの損害賠償請求権の合計額は,2368万2751円となる(同人の請求額は2000万円であるから,認容額は同額となる。)。・ 原告D
前記前提事実記載の原告Dの傷害の部位,程度,受傷状況,前記・ア(イ)のとおりの本件事件の性質,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件事件により受傷した原告Dの精神的肉体的苦痛に対する慰謝料は500万円が相当であると認められる。
・ 原告E
前記前提事実記載の原告Eの傷害の部位,程度,受傷状況,前記・ア(イ)のとおりの本件事件の性質,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件事件により受傷した原告Eの精神的肉体的苦痛に対する慰謝料は500万円が相当であると認められる。
・ 原告F
前記前提事実記載の原告Fの傷害の部位,程度,受傷状況,前記・ア(イ)のとおりの本件事件の性質,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件事件により受傷した原告Fの精神的肉体的苦痛に対する慰謝料は300万円が相当であると認められる。
・ 原告G
ア 原告Gが主張する損害は,本件事件が,自己の眼前で発生し,同行していたE1が負傷したことにより,強い精神的障害を受けたことによる慰謝料,及び,本件事件の後,心的外傷後遺障害(PTSD)に罹患したことによる後遺障害慰謝料というものである。
イ 前記の前提事実によると,被告Aは,本件事件の過程で,下関駅6,7番ホーム上のベンチに原告Gとともに座っていたE1に所携の包丁で切り付けて負傷させたものであり,その経過により原告Gに強い精神的衝撃を与えるものであったことが推測される。
そして,証拠(甲14,原告G法定代理人G2本人)及び弁論の全趣旨によると,同原告は,本件事件後,恐怖感から約2週間中学校に登校することができず,この間,相当の期間,同原告の両親が付き添う必要がある状態であったこと,本件事件の後,半年くらいにわたって,ふさぎ込むことが多いような精神的状態となり,食欲が十分になく,下関駅方面への外出も困難であったことなどの事情を認めることができる。
上記のような,原告Gの状態からみると,本件事件により,同原告が何らかの心的な障害を受けたとする可能性は相当程度にうかがわれるものの,それがPTSDの程度に至っていることを客観的に認めるには,医師の診断を要するものというべきであり,このような証拠資料が提出されていない状況のもとでは,同原告について,後遺障害としてのPTSDの存在を認めることは困難であるといわざるをえない。
ウ しかしながら,前記本件事件の経過及び本件事件後の原告Gの精神的な状況からみると,本件事件により,同原告が強い精神的苦痛を受けたことは優に認定することができる。
一般的に,不法行為責任にあっては,当該不法行為の発生を目撃することによって精神的苦痛を受けた者があったとしても,当然にこれについて損害賠償責任を負担するものとまでいうことはできない。しかしながら,本件事件にあっては,前提事実記載のとおり,被告Aの行動は,意図的に,かつ無差別に,他人を殺傷することを目的とするものであり,また,その経過を見ても,被告Aの殺傷行為の対象が原告G本人に及ぶ可能性があったことは十分に認められるところである。そうであるとすれば,被告Aは同原告に対して,そのような殺傷行為が自己に及ぶ恐怖感を与えたものというべきであって,このような場合には,同被告は同原告の受けた精神的苦痛に対する損害賠償責任を免れないというべきである。
そして,前記のとおり,原告Gが受けた精神的苦痛の程度,本件事件の目撃状況,前記・ア(イ)のとおりの本件事件の性質,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件事件により精神的苦痛を受けた原告Gの慰謝料は300万円が相当であると認められる。

・ 原告H
前記前提事実記載の原告Hの傷害の部位,程度,受傷状況,前記・ア(イ)のとおりの本件事件の性質,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件事件により受傷した原告Hの精神的肉体的苦痛に対する慰謝料は300万円が相当であると認められる。
・ 原告I
前記前提事実記載の原告Iの傷害の部位,程度,受傷状況,前記・ア(イ)のとおりの本件事件の性質,その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると,本件事件により受傷した原告Iの精神的肉体的苦痛に対する慰謝料は300万円が相当であると認められる。
5 結論
以上によれば,原告らの被告Aに対する請求については,主文の限度で理由があり,原告らの被告両親に対する請求及び原告A,原告B,原告C,原告D,原告E,原告F及び原告Gの被告JR西日本に対する請求は理由がない。山口地方裁判所下関支部第1部
裁判長裁判官 神 坂 尚
裁判官 高 島 義 行
裁判官 有 田 浩 規

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