判例検索β > 平成12年(わ)第946号
死体遺棄、殺人(認定は傷害致死)、傷害致死幇助被告事件
事件番号平成12(わ)946
事件名死体遺棄、殺人(認定は傷害致死)、傷害致死幇助被告事件
裁判年月日平成16年4月7日
裁判所名・部広島地方裁判所
裁判日:西暦2004-04-07
情報公開日2017-10-13 01:42:38
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主 文
被告人を懲役8年に処する
未決勾留日数中900日をその刑に算入する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は,広島市○○区○○丁目○○番○○号Aビル301号室において,長男B(当時6歳)及び長女C(当時4歳)とともに生活し,広島市内の風俗店において稼働して生計を立てていたところ,平成11年6月ころ,Dが客として上記風俗店に来店したのをきっかけに同人と交際を始め,同年7月上旬ころ,Dが上記Aビル301号室に転がり込んできたことから,同室において,D,B,Cとともに4人で生活するようになったものであるが,第1 Dと共謀の上,同年9月26日ころ,上記Aビル301号室において,Dが,Bに対し,同児をビニール袋に入れて同袋の口を真結びにしたうえ,同袋ごと大型スポーツバッグに入れ,同バッグのファスナーを閉めて密封状態にして,Dとともに様子を窺いながら数分間放置する暴行を加え,よって,そのころ,同所において,同児を窒息死するに至らせ第2 Dと共謀の上,上記第1の犯行の発覚を免れるため,Bの死体を遺棄しようと企て,Dにおいて,同月27日ころ,あらかじめビニール袋に入れた同児の死体を普通貨物自動車(軽四)に積み,同市○○区○○町○○峠東広島市境界から南西方約450メートル付近道路まで運搬した上,同道路上から同道路下西側斜面に同死体を投げ捨て,もって,死体を遺棄し
第3 上記第2の犯行後,一旦,Dから逃れて上記Aビル301号室を出たものの,同人から復縁を求められたことから,再度,D及びCとともにウィークリーマンションや旅館を転々としながら生活していたものであるが,Dが,同年10月12日ころ,広島市○○区○○町○番○○号E旅館301号室において,Cに対し,その顔面,腹部を平手及び手拳で多数回殴打する暴行を加えて腹部臓器損傷の傷害を負わせ,よって,そのころ,同所において,同児を上記傷害に基づく失血により死亡するに至らせた際,Cの親権者として同児に対するDの暴行行為を防止すべき立場にあったところ,Dが上記暴行を開始したのをその面前で認識したのであるから,直ちに上記暴行を防止する措置をとるべきであり,かつ,その措置をとれば上記暴行を防止ないし困難ならしめて同児を保護することができたのに,暴行開始後しばらく何らの措置もとらずに放置し,もって,Dの上記犯行を容易にしてこれを幇助し第4 Dと共謀の上,上記第3の犯行の発覚を免れるため,同児の死体を遺棄しようと企て,同日ころ,あらかじめビニール袋に入れたCの死体を,普通貨物自動車(軽四)に積み,Dが同車を運転し,被告人が同乗して,広島県呉市○○丁目○○番○○号○○銀行○○支店○○出張所南東方約2100メートルにある○○山登山道路まで運搬した上,同道路上から同道路下東側斜面に同死体を投げ捨て,もって,死体を遺棄し
たものである。
(証拠の標目)
(省略)
(事実認定の補足説明)
第1 判示第1につきBに対する傷害致死の共同正犯を認めた理由 1 判示第1に関し,検察官が掲げる訴因は,被告人は,判示の機会において,Dと共謀の上,殺意をもって,密封状態に置かれて助けを求めるBの声を無視してそのまま放置し,よって窒息死させて殺害したというものであり,殺人の共同正犯の事実を主張し,弁護人は,被告人にはB殺害についてDとの共同実行の意思も共同実行の行為もなかったとしてこれを争っているところ,当裁判所は,判示のとおり,傷害致死の共同正犯の限度で認定したので,説明を加える。
2 被告人及びDの各供述等関係各証拠を総合して詳細にその犯行に至る経緯及び犯行状況を見ると,次の事実が認められる。
(1) 被告人は,従前から,判示Aビル301号室において,B,Cとともに生活していたところ,平成11年7月上旬ころ,交際していたDが同室に転がり込んできたことから,以降,同室において4人で生活するようになった。Dは,同月中旬ころから,Bに対して執拗に説教したり,平手で叩き,もぐさを使ってお灸を据え,火のついた煙草を押しつけるなどの暴行を加えるようになり,やがてその態様は,げんこつで顔面を殴り,足蹴にし,布団たたきで殴打し,頭からビニール袋をかぶせて首輪を付けてカーテンレールにつないで殴る蹴るするなど,激しさを増していった。さらに,8月下旬ころからは,Bを子ども部屋に入らせて出入口を塞ぎ,食事も与えずトイレにも行かせないなどして閉じこめる暴行や,頭上から花火の火の粉を浴びせかけ,靴の消臭スプレーに火をつけて噴射して炎を身体に当て,ライターオイルを同児の手足にかけて火をつけ,背中にティッシュペーパーを貼って火をつけるなどの火を用いた暴行や,手足を縛って浴槽に入れて,水の中に頭をつけたり上げたりするなど
水を使った暴行を頻繁に繰り返すようになった。
被告人は,8月下旬ころ,DがBに花火の火の粉を浴びせているのを見た際には,さすがに驚いてやめるよう言ったが,Dはこれを聞き入れず暴行を続けた。それ以降,被告人は,Dの機嫌を損ねるのをおそれて,同人のBに対する暴行を止めることをしなくなり,むしろ,Dに言われるままに,暴行が始まるとCを別の部屋に連れて行き,花火を用いた暴行の際,火のついた花火を持ってBに向け,水の中に入れる暴行の際,Bの両手首につながれた紐を持つなどし,Dに言われるままに協力するようになった。また,被告人は,同年8月16日ころ,Bのたんこぶの大きさに驚き,Dの承諾を得て病院に連れて行ったほかは,Bへの暴行が発覚することをおそれて同児を病院に連れて行くこともなく,また,Bを幼稚園に通園させることもしなくなったうえ,同児の実父であるFや自分の父親が家に来ないようにするなどして,外部の者にBが暴行を受けていることを知られないよう配慮していた。 そして,9月中旬ころには,Dが,Bをスポーツバックの中に入らせてバッグを浴槽内に置き,バッグがつかるまで水を入れ,バッグを繰り返し水につけたり持ち上げたりしているうちに,Bが意識を失うに至り,Dが同児をバッグから出して人工呼吸を行ない,ようやくBが意識を取り戻すということがあった。Bは,これらの暴行によって衰弱していき,同月26日ころには,顔中が腫れ上がり,身体中の皮膚が火傷のためにただれ落ちて,膿の混じった汁が出るなど怪我が治らなくなっており,十分な食事を与えられていなかったことからやせてあばらが浮き出ていて,ほとんど一日中横になっていて,立ち上がるにも時間がかかるような状態になっていた。
(2)9月26日,Dは,被告人に命じてCを他の部屋に連れて行かせた後,Bに対し,激しく殴打するなどの暴行を約30分間加え続けた。その後,Dは被告人を呼び,バッグとビニール袋を取ってきて,被告人の見ている前でバッグの中にビニール袋を入れて口を開け,Bにその中に入るよう命じた。同児は,立ち上がって自らビニール袋の中に入り,正座して身体を丸めた。Dは,バッグのチャックを閉めて,バッグを持って別の部屋に移動し,被告人もこれについて行った。Dは敷いてあった布団の近くにバッグを置き,Dと被告人はその布団の上に寝ころんだ。
そのまましばらく物音がしなかったため,Dがバッグのチャックを開けて中を見たところ,Bは意識を失っておらず,バッグの外に手を伸ばすなどした。Dは,

こいつ,穴を開けて息をしている。袋を二重にしてやろう。

などと言いながら,もう1枚ビニール袋を取ってきて1枚目の上からかぶせて二重にし,2枚のビニール袋の端を重ねて持って,両端を交差させる結び方で2回結び,再びチャックを閉めた。この間,被告人は,Dのすぐそばにいて同人の行動を見ていたが,その行動を制止することはなかった。Dと被告人は,部屋を暗くして頭をバッグの方に向けてバッグから約1メートルの位置に寝ころび,Bが

D君ごめんなさい。

と言ったのに対して,Dが被告人に小声で

静かにしとけよ。

と言い,2人とも声を出さないようにして,部屋にいないかのように装った。
Bは,

D君ごめんなさい。D君開けて。

などと繰り返し言って,バッグの中で身体を動かすなどしていたが,次第にその声は大きくなっていき,Dがバッグを閉めてから5分くらい経ったころ,助けを求める声は止み,いびきのようなガーという大きい音声(以下,いびき音という)が3回して,途絶えた。
音がしなくなると,Dと被告人は顔を見合わせて起きあがり,2人でバッグの方に行ってチャックを開け,ビニール袋を破ってバッグからBを出して布団の上に寝かせた。Dと被告人は,Bに対して代わる代わる人工呼吸や心臓マッサージをしたが,Bは息を吹き返さなかった。
3 以上認定した事実に,医師の供述等を加えて検討を加える。 まず,被告人らがDと同居するようになって以来,DはBに対して虐待行為を繰り返すようになり,その態様は次第にエスカレートしていったこと,9月に入ると,その虐待行為はさらにエスカレートし,Bの顔を水中に沈めたりバッグの中に同児を入れて水没させるなど,Bに対して死の恐怖を味わわせるに至り,そのため同児を仮死状態に陥らせて危うく一命を取り留めたこともあったこと,被告人は,8月中旬ころ1回Bを病院に連れて行って治療を受けさせたが,以後そのようなことは一切なく,Dから食事も与えないように指示されていたことから,時折わずかな食事を与えるのみであったこと,そして,Bは,本件当時には全身性炎症反応症候群の状態にあって,全身が衰弱しており,敗血症あるいは菌血症を引き起こしていた可能性もあり,敗血症の状態になった人間に治療を施さなければ,数週間以内に死に至ること,被告人は,DやBらと同居しており,DのBに対する暴行の様子及びそれによるBの衰弱状況を熟知していたことが認められる。こうした経緯及び状況に照らすと,このまま特段の治療を受けさせずにDの虐待を放置していれば,いずれはBが死に至るであろうとの認識を有し,それもやむを得ないと考えていたとみるのが自然かつ合理的であり,被告人の検察官調書中にも,その趣旨の供述が見られる(被告人の捜査段階の供述中には,Dとの生活
を続けたいとの気持ちから,Bについては死んでもかまわないとして諦めた,などとする部分がある。)ところである。こうした心情にあった中で,本件密封行為が行われたが,本件のような密封行為は,その密封状態を継続することによって確実に死の結果を招来する行為であるところ,その機序は,低酸素血症(窒息)により死亡するに至るもので,健康な6歳くらいの男児なら10分から15分程度で死に至るが,本件当時のBのような全身衰弱状態にあれば,健康な状態の時と比較して短時間で死亡すると考えられること,Bは,本件密封行為により死に至ったが,最後に数回いびき音を発しているところ,これは死の直前に舌根沈下が起こり,そのため気道が閉塞されていびき音が生じ,その音声が途絶えた時点で死亡するに至ったと考えられること,被告人らは,Bの助けを求める声を無視し,その声が止んでいびき音に変わっても,なお救助行為に出なかったこと,そして,そのいびき音もしなくなった時点で,被告人らは,Bを救出すべく飛び起き,2人で同児の蘇生に努めたが,Bが息を吹き返すことはなかったことが認められる。こうした本件の状況,特にBから有意的な叫び声が途絶えていびき音に変わった事実は,Bの意識がなくなり同児の死が迫っていることを表すものであり,被告人においても,そのことを認識していたと考えられるから,同児の叫び声がいびき音に変わった時点で直ちに救助行為に出なかったことは,Dの意に反してまでBを解放する意図がなく,そのため救助行為が手遅れになって同児が死に至るようなことがあってもかまわないという気持があったからとも考えられる。
しかしながら,被告人が本件当時,Bの衰弱状態から,このままではいずれ同児が死に至るであろうとの認識を有していたとは考えられるものの,これまでDが実際に行った虐待行為に際し,Dについても被告人についても,具体的に同児の死を認識し,かつ認容していたような状況までは認められないうえ,その虐待行為の延長線上で行われた密封行為の際のDの意図も,Bに死の恐怖を味わわせることにあったと認められるから,密封行為の際はもちろん,その後同児がバッグ内で助けを求めていた際にも,被告人において,同児が死亡する以前にDが解放してくれると考えていたとしても不合理ではない。そして,被告人らは,Bを密封した後,その側にいて終始Bの反応を窺っており,同児を助け出そうと思えば容易にそうすることのできる状態にあったこと,医学的に素人である被告人らにおいて,Bの発したいびき音が極めて切迫した生命の危険を示す兆候であると認識していなかったとしてもやむを得ない面があること,Bがいびき音を発していたのは3回程度の短い時間であり,被告人らは,いびき音が途絶えるや慌ててバッグ内からBを出し,同児を蘇生させるべく長時間にわたって真摯な救命措置を講じており,このような救命行動は,Bの死を認容していた者の行動とはそぐわないものがあることなどの事情に鑑みれば,被告人らは,Bの死が相当切迫していることを認識していながら直ちに救出行為に出なかったものではあるが,その際同児が死に至ることを認容していたと断じるには,なお合理的な疑いが残るというべきであり,まして,被告人らがB殺害について意を通じ,共同実行の意思を有していたとみることはできない。
そうすると,被告人について,殺人の共同正犯は成立しないというべきである。 4 そこで,被告人について,傷害致死の共同正犯が成立するか否かについて更に検討するに,上記2で認定したとおり,被告人は,本件当日DがBに暴行を加え始めた際,その指示に従ってCを別の部屋に連れていき,Dに呼ばれるや同人がBをバッグに入らせる様子をそばで黙って見ており,その後Dが袋を二重にしてバッグを閉める本件暴行に出た際も,これを間近で見ながら何ら制止しなかったばかりか,助けを求めるBの叫びに対しても,Dの指示どおり部屋にいないかのごとく振る舞って,Bに死の恐怖を味わわせることに協力しているうえ,被告人は親権者であり,ただ1人,DのBに対する暴行を止めることができ,かつ,そうすべき立場にいたにもかかわらず,Dの暴行が始まった当初からBが死亡するに至るまでの約2か月間ほとんどこれを制止しておらず,9月ころからは,Dに言われるままに暴行行為に加担するなどしていたこと,Bに対する暴行が発覚するのを恐れて同児を病院や幼稚園に連れて行かず,同児の実父であるFや自分の父親が家に来ないようにするなどして,外部の者にBが暴行を受けていることを知られないよう配慮していたことなどにも鑑みると,少なくともBに対する暴行の限度では相互に意思の連絡があり,共同実行の意思があったということができる。
なお,弁護人は,被告人はDの言動に抗することが困難な精神的,心理的状況にあったとして同人との共謀は成立しない旨主張するが,後述するとおり,被告人の関与がDの強制によるものとはいえず,上記判断を左右するものではない。
よって,被告人につき,傷害致死の共同正犯の限度で認定した。第2 判示第3につきCに対する傷害致死幇助を認めた理由
1 弁護人は,被告人が暴行の現場にいたこと自体が幇助行為になるものではなく,また,他に幇助行為にあたるべき事実はない旨主張するので説明を加える。 本件訴因は,被告人がDの暴行を阻止する措置をとらずに放置した不作為を幇助行為と
しているところ,不作為による幇助犯が成立するためには,正犯者の犯罪を防止すべき作為義務のある者が,一定の作為によって正犯者による犯罪の実現を防止又は困難にすることが可能であるのに,そのことを認識しながらその一定の作為をせず,これによって正犯者の犯罪の実行を容易にした場合に成立し,それが,作為による幇助犯の場合と同視できることが必要であると解される。そこで,このような観点から,以下検討を加える。 2 関係各証拠によれば,次の事実が認められる。
被告人は,判示第2の後,一旦Dから離れ,Cと2人でウィークリーマンションで生活していたが,帰ってきてほしいなどと懇願するDの様子に同情して,9月末から再び同居するようになり,D,Cと3人でウィークリーマンションや旅館を転々としながら,昼間はDとともにパチンコ店に行くなどして過ごしていた。
Dは,従前Cに対しては暴行を加えていなかったが,平成14年10月10日朝,Cがだだをこねて物を口にくわえたことなどに怒って数回平手打ちしたのをはじめとして,翌11日にかけて,パチンコ店やスポーツ店で自動車内に残された同児が無断で車外に出たことに怒って顔面,頭部を殴打するなど,同児に対して断続的に暴行を加えた。この間,Dは,被告人が助手席でCを抱いていた際,運転席から左手を伸ばしてCを殴打するなど,被告人の面前で同児に激しい暴行を加えていたが,被告人は,Dの暴行を制止することはなかった。また,被告人は,スポーツ店駐車場において,Cの腫れ上がった顔を見て心配して声を掛けてきた女性らに対し,

大丈夫です。

などと言ってごまかしてその場から立ち去るなど,Cが暴行を受けていることが第三者に発覚しないようにしていた。
被告人は,11日夜,D,Cとともに,前日から宿泊していたE旅館301号室に戻り,翌12日にかけて3人で同室において過ごしていたところ,Dは,Cが

D君たたくけえ嫌い。

と言ったことなどに激怒して,左手で同児の髪の毛を掴み,右手で顔面を繰り返し殴打する暴行を始めた。被告人は,Dの暴行を黙って見ていたが,DがCの腹部を手拳で殴打し始め,Cの泣き声が止まってウーといううめき声に変わると,異変を感じて,

もう止めて。

と言った。DはさらにCの腹部を4,5回殴ったが,被告人が,もう一度,

もう止めて。Cが死んでしまう。

と言ったところ,Dは殴るのをやめてCを離した。その後,Dと被告人は就寝し,翌朝目を覚ましてから,Cが死亡していることに気付いた。
3 以上認定の事実を踏まえて検討するに,被告人は,Cと同居していた唯一の親権者であり,第三者の侵害からCを保護すべき作為義務を負っていたものであるところ,本件の数日前からDがCに対して暴行を加え始め,それを何度も間近で見ていたこと,本件直前にも,Cの言葉にDが激怒したことから,DがCに暴行を振るおうとするのを認識したこと,本件当時室内にはDとCのほか被告人しかおらず,他にDの暴行を止めうる者はいなかったことなどに鑑みると,被告人には,DがCに対して暴行に及ぶことを防止すべき強度の作為義務があったというべきである。そして,被告人がDの暴行からCをかばったりDの暴行の支障となるような措置をとることが不可能あるいは困難であったような状況は認めがたく,このことは,本件暴行が始まってしばらくして,被告人が言葉によって制止したところ,Dは2度目の制止で暴行をやめていることなどからも明らかである。そうすると,被告人がDの暴行開始後Cの様子に変調が見られるまで何らの制止措置をとらなかったことは,DのCに対する一連の暴行を容易ならしめたものというべきであって,Dの暴行を幇助したものと評価することができる。
よって,被告人につき,傷害致死の幇助を認定した。
第3 判示第2及び第4につき各死体遺棄の共同正犯を認めた理由 弁護人は,判示第2のB及び判示第4のCに係る各死体遺棄について,いずれもDとの共謀はなかった旨主張するが,被告人は,DとともにB及びCの死に関与しており,同児らの死が発覚するのを避けたいとの共通の心情を有していたと認められること,Dは,いずれの場合も,各死体を山に捨てに行く意思を被告人に伝え,被告人の目の前で死体をビニール袋やバッグに入れるなど死体を運ぶための準備をしていたこと,判示第2においては,DがBの死体を山中に捨てに行くためAビルを出発する際,同人に言われて死体の入ったバッグを手渡していること,判示第4においては,DとともにCの死体を積んだ自動車に乗って遺棄現場まで行き,途中,死体を入れたビニール袋を取り替える際,Dに言われて見張りをし,懐中電灯で手元を照らすなどして協力していたことなど,関係証拠によって認められる状況に照らすと,被告人は,自己の動機に基づき,Dと意思を相通じて各死体を遺棄したということができる。
よって,被告人につき,各死体遺棄の共同正犯を認定した。
(法令の適用)
(省略)
(責任能力についての判断)
弁護人は,被告人は本件各犯行当時,Dから受けたドメスティックバイオレンスの影響によ
り,同人の言動に抗することが困難な精神的,心理的状況にあったから,被告人には責任能力がない旨主張するので,以下検討する。
弁護人の主張は,主として鑑定人Gによる鑑定の結果に依拠しているから,これにつき検討するに,同人は,各種心理検査,被告人との面談,訴訟記録の検討等に基づき,被告人は本件各犯行当時,Dの言動に抗することが困難な状態にあったと結論づけている。しかし,同鑑定書は,被告人には,意識障害や幻覚妄想など,理性運用を阻害するような病理現象の存在は認められず,本件各犯行当時,合理的な思考は全く阻害されていなかったとしたうえで,Dから受けたドメスティックバイオレンスの影響により,同人の言動に抗して行動を発動することができない精神状態にあったとするのであるから,抗拒が困難であった要因が精神障害に基づくものとは言い難い面がある。そして,G証言によれば,ドメスティックバイオレンスの影響を受けた者が当然なすべき行動に出られなくなる心理状態には,自分が行動しても何も変わらないというあきらめの気持ちや,行動をとると事態がより悪くなるというおそれ,思考が停止し刺激に対して身動きがとれなくなる状態などがあるとされるが,一方で,そのような心理状態は,事実が発覚するのを避けるために外部に助けを求めないなどの合理的判断とも併存しうるとされ,また,心理検査の結果,本件当時の被告人には全般性不安障害は認められるものの,うつ症状や解離性症状など正常心理と質的に異なる症状は見られず,思考停止状態にあったとも認められないとしていることからすれば,本件各犯行当時,被告人において精神障害といえるほどの症状を生じていたとする根拠は十分とはいえない。
そして,関係証拠によれば,被告人がDから暴力を受けたのは,同人と同居するようになって間もない平成11年7月初旬ころであり,その程度も傷害を負うほどの強度のものではなかったこと,その後被告人からDに別れ話を出したり文句を言うなどしたところ,Dはすっかり大人しくなり,その後被告人に暴力を振るうようなことはなかったこと,8月中旬ころDに殴打されてBが大きなたんこぶを作ったため,Dの許しを得て病院に連れて行ったこと,同月下旬ころDがBに花火の火の粉を浴びせているのを見て,効果はなかったものの言葉で制止したこと,9月以降Dから禁じられていたにもかかわらず,わずかながらBに食べ物を与えていたこと,Bの死体遺棄後,Dに愛想を尽かして同人に無断でAビルを出て,一時Cと2人で生活していたこと,DがCの腹部を手拳で殴打し始めた後,言葉で制止したことなどが認められ,こうした状況をみると,被告人は,本件各犯行の行なわれた前後,Dの行動を諫めたり同人の意思に反する行動をとることができていたと認められるうえ,捜査段階において,Dの機嫌を損ねたくない,Dとの生活を続けたいとの気持ちから,DのBらに対する暴行を止めることはせず,Dと離れることもしなかった旨述べていることなどに照らすと,被告人が本件各犯行当時責任能力に影響を及ぼすような精神障害を有していたとは考えがたい。 以上によれば,被告人は本件各犯行当時是非善悪を弁識する能力またはその弁識に従って行動する能力を全く欠いていたと言えないことは勿論,著しく欠いていたとも言い得ないのであって,弁護人の主張は採用できない。
(量刑の理由)
本件は,被告人が,同居していた男性と共謀の上,被告人の実子である当時6歳の男児に対して虐待を加えて死亡させ,その死体を遺棄した傷害致死,死体遺棄の事案と,その男性が同じく被告人の実子である当時4歳の女児に対して虐待を加えて死亡させた際,これを幇助し,さらに同人と共謀の上,その死体を遺棄した傷害致死幇助,死体遺棄の事案である。
男児においては,約2か月間にわたって凄惨な虐待を受けた末に,死の恐怖におののきながら窒息死させられたものであり,女児においては臓器からの出血で死亡するほど繰り返し腹部を殴打されて死亡するに至ったものであって,同児らが死亡するまでに受けた苦痛や恐怖には想像を絶するものがあったと察せられる。被告人は被害者となった2人の子どもらの母親であり,誰よりも同児らの安全をはかるべき立場にあったにもかかわらず,同居男性との生活を終わらせたくないとの思いから,母親としての責務を放棄して本件各犯行に関与したものであって,子供の保護より自己の利益を優先させた身勝手な犯行動機に同情すべきものはない。子どもたちは,信頼していた母親に裏切られ,理不尽な虐待を受けた上,将来のあらゆる可能性を奪われて短い一生を終えねばならなかったものであり,その結果はあまりにも重大である。また,犯行隠ぺいのため被告人らの手によって遺体を山中に投棄され,約1年の間,誰に弔われることもなく山中で白骨化した姿は,まことに哀れというほかない。子どもたちの祖父母や親戚らは,子どもたちを失った喪失感や助けてやれなかった後悔にさいなまれており,被告人らが,子どもたちを知る人々に対して与えた悲しみは重大であって,社会に与えた衝撃も大きい。以上によれば,被告人の刑事責任は重い。 他方,いずれの犯行においても,実行行為を行なうなど犯行を主導したのは同居男性であって,被告人の責任は主に保護義務者としてのそれであり,特に女児に対する傷害致死
においては,不作為による幇助という消極的関与にとどまること,責任能力等に影響はないものの,粗暴傾向を有する同居男性から離れることなしに,同人の意向に抗することは相当困難であったと考えられること,本件の発覚後は事実関係を率直に供述して真相解明に協力し,また自己の責任を自覚して亡くなった子どもたちの冥福を祈る心境に至っていること,被告人に前科,前歴がないこと,両親による監督も期待されることなど,被告人のために斟酌すべき事情も存する。 そこで,これら諸般の事情を総合考慮して,主文のとおり量刑した。
(求刑-懲役15年)
平成16年4月7日
広島地方裁判所刑事第一部
裁判長裁判官 田 邉 直 樹
裁判官 飯 畑 正一郎
裁判官 三 澤 節 史

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