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強盗殺人、死体遺棄被告
事件番号平成13(わ)209
事件名強盗殺人,死体遺棄被告
裁判年月日平成14年7月30日
裁判所名・部福井地方裁判所
裁判日:西暦2002-07-30
情報公開日2017-10-13 01:46:43
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判決 平成14年7月30日 福井地方裁判所
平成13年(わ)第209号 強盗殺人死体遺棄被告事件
(判決内容)
主 文
1 被告人を無期懲役に処する
2 未決勾留日数中240日をその刑に算入する。
3 押収してある電気コード1本(平成13年押第22号の1)を没収する。 理 由
第1 犯行に至る経緯
1 被告人の病歴と家族
被告人の母は、A農政局に勤務する夫との間に長男及び次男のほか昭和34年7月に三男の被告人をもうけ、福井県の夫方(以下実家と略称)で養育したが、被告人は、中学1年時に心臓弁膜症と診断され、その治療のため中学2年と3年の各1学期は入院生活を送り、福井市内の高校を卒業して昭和53年4月にB工業大学に入学したのち、昭和57年4月に感染性心内膜症及び心不全のために入院し、昭和58年1月に大動脈弁及び僧帽弁の置換手術を受け、心臓機能障害による身体障害者3級の認定を受けたものの、同年3月に同大学を卒業した。その後、次兄は他家の養子となって婚姻し、大阪府下で暮らす長兄も昭和59年に婚姻した。
被告人は、昭和60年4月、入院先の病院の看護婦であった甲子(以下妻と略称)と婚姻し、2階建ての実家で父母と同居するうち、妻との間に長女、長男及び次女をもうけ、実家の1階に居住する父母と、2階に居住する被告人の家族とが一緒に生活していた。
2 被告人の無責任な就労状況
勝ち気な性格の母は、実家の諸事を取り仕切り、誰に対してもはっきり物を言っていたのに、被告人に対しては、その身体が病弱なのは自分にも責任があるとの思いがあったため、大学卒業後も就職しなかった被告人が、実家で静養したのち日々を無為に過ごすようになっても、これを咎めなかったが、しばらくして、被告人にアルバイトにでも出かけてはどうかと勧めたため、被告人は、電気機械の組立を業とするCでアルバイトとして働き始め、昭和59年5月には正社員となり、結婚後は妻もCに勤務するようになった。
しかるところ、被告人は、昭和60年に脾臓動脈瘤の治療のため入院し、長期間欠勤したのに会社の休暇手続を履践しなかったため、同年10月にCを解雇され、翌11月頃に妻もCをやめて転職したが、父母及び妻が被告人の退職を責めることはなかった。
その後、被告人は、昭和61年6月に電子部品の製造を業とするDに就職し、在庫管理等の仕事をしていたが、被告人が親会社に管理状況を説明すべき監査の日には常に突然休んだだけではなく、平成2年8月には同じ会社に勤務する既婚の女性と不貞関係を続けたうえ福岡方面へ駆け落ちまでするに至って退職した。これには妻も立腹し、被告人との離婚を真剣に考えたが、被告人が謝罪したことなどから、幼い子供のために家庭を維持しようと考え直して離婚を思いとどまり、父や母が被告人を厳しく叱責することもなかった。
かくして妻子との別離を免れた被告人は、平成2年9月にEに就職し、木工家具の組立等の仕事をしていたが、家具組立の仕事が嫌になって欠勤しがちになり、平成11年2月には遂に退職した。
3 被告人に根づいた身勝手な生活態度
被告人は、それまでの家庭生活及び会社勤務の中で、勤務先で無責任な勤務態度をとっても、家計を支えるに足りる給料を稼がなくても、病弱な身体を抱えて生きている自分が、父母及び妻ら家族から厳しく非難されることはないと思い込むようになり、平成11年2月に無職となったのちは、我慢して嫌な仕事をするようなことはやめて、気の向いたことだけをして生活していこうと考えるようになったが、他方、そのような身勝手極まりない被告人の生き方が、これまで職に就いて家計を助けていた妻に発覚すれば、今度こそ離婚されて妻や子供と一緒に
暮らせなくなると恐れる思いもあった。
そこで、被告人は、家族から非難されずに遊んで暮らせる方法に思いを巡らした結果、働いていると嘘を言って家族を騙し、その嘘が露見しないように、どこかで金員を調達してこれを妻に渡し、いかにも稼働しているかのように装う方法を考え、家族には、イベント企画の仕事を自営している旨の嘘を繰り返し、妻には、その稼ぎと偽って金員を渡していた。
4 被告人が妻に渡す生活費の実態
被告人は、当初、実家で母や妻が管理している預貯金の通帳やキャッシュカード等を捜し出しては無断で預貯金の払戻しを受けたり、母の財布から現金を抜き盗ることを多数回にわたり繰り返し、これらを生活費と称して妻に渡していたほか、母や長兄に毎回仕事に金が要ると嘘を言っては借金することを繰り返し、これを妻に渡す金員に充て、朝は妻をパート勤務先まで自分の車で送ったのち昼過ぎ頃に帰宅し、仕事を終えた妻を迎えに行って夕食の準備等をする生活を送っていたが、当然の事ながら、このような方法による金員の調達が思いどおりに続くはずはなかった。それでも生活態度を改めようとしなかった被告人は、平成12年1月頃からサラ金で借金し、これを妻に渡す金員に充てることも始めたが、その露見を防止するため確実に返済する必要があり、この返済資金や遊興費を入手するため更にサラ金からの借金を重ねた。
平成13年6月頃には被告人の多数のサラ金に対する債務の合計金額は約320万円にも上っていたが、そのような事態になっても、被告人は、親戚の家から無断で持ち出した預金通帳を利用して何回かにわたり合計約70万円の払戻しを受けたり、妻が管理していた子供3人名義の貯金合計約60万円を無断で数回にわたって引き出したりしていた。その頃、子供名義の貯金の無断使用を知った妻は、泣きながら被告人に抗議したが、嘘の言い訳をして乗り切った被告人は、従前どおり車で妻を送迎したり、福井市へ行ってサラ金で借り入れや返済をしたりする生活を続けた。
かくして、被告人ら家族の生活は、父と母の年金及び妻のパート収入とに大きく依存することになっていったが、被告人は、被告人の体調を気づかって生活態度を厳しく追及しようとしない父母及び妻に甘え、早晩破綻を来すことが明白な生活に依然として安住していた。
5 状況の変化
しかるところ、被告人は、平成13年7月にサラ金全社から貸付を拒否されたうえ、母が、父母の各年金を入金してある父母名義の預貯金の通帳等(以下預金通帳と略称)の管理を厳しくしたため、それまでのようにサラ金からの借金や家族の預貯金の無断引出し等によって金員を調達することができなくなった。このような事態になって、被告人は、サラ金に対する返済を遅滞して実家に督促状等が来れば、これまでの嘘で塗り固めた被告人の生活が明らかになり、母の厳しい叱責や妻との離婚を免れないと考えたものの、それまでの生活態度を改めようとの思いは湧かず、あくまで発覚を免れるため、親族からの借金や法外な利息の闇金融からの借金をしてサラ金に対する返済に充てようとしか考えなかった。
そこで、被告人は、平成13年8月頃、長兄に借金を申し入れたものの断られ、同月21日に至り、その日以降のサラ金に対する借金返済の目処が立たなくなったため、これまで優しかった母なら必ず貸してもらえるとの甘えの下に借金の申し入れをしたが、以前の貸金を返済しない限り貸さないと厳しい口調で拒否した母が、仕事してるんか仕事せなあかんよと諭すのを聞いて、これまでとは打って変わった厳しい態度に戸惑ったものの、自分の甘えに思い至らなかっただけではなく、かえって、自分の期待を裏切った母に対し内心でこんちくしょうと憎しみを抱いた。母から借金するのに失敗した被告人は、即日、闇金融から貸付を受けた。
6 殺意の形成
平成13年8月21日頃から被告人に対し仕事をするよう繰り返し諭すようになった母に対し、被告人は、これまでの人生で母は一度も自分を厳しく叱ることがな
かったのにとの思いから次第に憎しみの感情を高めていくとともに、自分の無責任な生活態度を棚に上げてサラ金への返済だけを考える偏狭な視野と思考が身についていたため、サラ金への返済に行き詰まったときには母の管理する現金や預金通帳を奪うしかないが、そのためには母を殺害することになってもやむを得ないと考えるようになった。このように考えるようになった被告人は、もし母を殺害する場合には、刃物で刺し殺すのは血が出て後始末に困るので、丈夫な電気コードで絞め殺したほうがよいと考え、子供達の夏休みが終わって通学が始まった同年9月1日頃、実家2階8畳間の押入れにあった蛍光灯から電気コードをカッターナイフで切断し、その端に結び目を作って手が滑らないようにしたうえ、この電気コード(平成13年押第22号の1、以下本件電気コードと略称)を実家2階板間のスライド式本箱の奥に隠した。
被告人は、その後も闇金融から借金してサラ金への返済を続けたが、平成13年9月12日頃、遂にその返済に行き詰まったため、父の不在時に実家で母を殺害して現金や預金通帳を奪おうと決意し、戸外から屋内が見通せる実家1階にいる母を人目に付きにくい実家2階に誘い出して殺そうと考えたが、12日から14日までは母が一人で在宅することがなく、15日と16日は土日で子供達が在宅していたため、母の殺害に踏み切ることができなかった。
同月17日、被告人は、サラ金や闇金融への返済のために合計7万9000円くらいの現金が必要であったのに、この日に用意できた金額は手持ちの現金約4000円と闇金融からの借入れによる1万5000円しかなかったため、今日こそは母を殺して現金や預金通帳を奪い取ろうと決意を固めた。その決意の下に被告人は、妻を職場に送って午前8時30分頃に帰宅し、実家2階の被告人居室から1階の父と母の様子を窺ううち、午前9時30分頃、クリーニングの集金人に応対している母の声が聞こえたため母が現金を持っていることを確信し、午前10時50分頃、実家2階廊下の階段の際まで行って階下の様子を窺い、玄関に父のスリッパがあるのを見て父が外出したことを知り、今なら実家には母と被告人しか在宅せず、母を殺して現金や預金通帳を奪う好機が到来したと考えた。そこで、被告人は、勝ち気な母なら、昼間からぶらぶらしている自分の姿を見れば文句を言うはずであり、これに自分が反抗的な態度をとれば、後を追いかけてきて文句を言い返そうとするはずであるから実家2階に誘い出すことができると考えて、階下に降り、台所で座って新聞を読んでいた母に分かるように、冷蔵庫を開けて取り出した麦茶をその場で立ち飲みした。被告人は、予想どおり仕事してるんかと聞いてきた母に対してしとると答え、ほんとにしとるんかと追及してきた母に対し、挑発するように今から行くところやと言い返し、下着姿の被告人を見てそんな格好で行くんかと言う母を更に挑発するように、今から着替えるところやと言い放ち、怖い顔をして立ち上がろうとする母を見て台所から出ていった。予想どおり母が自分の後を追ってきたことを確認した被告人は、予定どおり2階へ上がり、2階板間のスライド式本箱の奥に隠しておいた本件電気コードを取り出し、その両端を両手に持って、母から死角となる2階廊下の曲がり角に隠れて母が来るのを待ち構えた。
第2 犯罪事実
1 強盗殺人
被告人は、母(当時71歳)を殺害し、母が管理する現金や預金通帳を強取しようと企て、平成13年9月17日午前11時頃、実家2階廊下曲がり角付近において、その北側の被告人居室に向かって廊下を歩いてくる母の横から、両手に握った本件電気コード(長さ約75・5センチメートル)を母の首に巻き付けて両端を交差させたうえ、その両端を外側に強く引っ張って首を締め付け、これを両手に握ったまま、呻き声を出した母の体を廊下の壁面に打ち付けて床の上に倒し、更に本件電気コードで首を締め続け、よって、その頃同所において、母を窒息死させて殺害し、その後、実家1階台所で現金や預金通帳を捜し回り、預金通帳は発見できなかったものの、同所調理場に洗濯ばさみで吊されていた封筒から母の管理にかかる現金約3万6000円を強取した。
2 死体遺棄

被告人は、同日午前11時30分頃、上記実家2階廊下曲がり角付近に横たわる母の死体を、その北側の客室8畳間の押入れ上段に運び入れ、その死体の上に布団数枚をかけて外から見えないように隠し、もって、死体を遺棄した。(法令の適用)
1 罰 条
第2の1につき 刑法240条後段
第2の2につき 刑法190条
2 刑種の選択 第2の1につき無期懲役刑
3 併合罪の処理 刑法45条前段、46条2項本文(第2の1について無期懲役刑で処断し、他の刑を科さない。)
4 未決勾留日数算入 刑法21条
5 没 収 第2の1につき刑法19条1項2号、2項本文(被告人の妻は、ダブルベッド廃棄の際、本件電気コードの所有権を
放棄したものと認める。)
6 訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の事情)
1 本件は、働かないで暮らすためにサラ金から借金を重ねた被告人が、その返済資金を入手するため、妻子及び実父と同居している高齢の実母を殺害して現金や預金通帳を奪おうと考え、家人が外出して二人だけになった機会を狙い、屋外から見通せない2階の廊下までおびき出し、あらかじめ凶器として準備しておいた電気コードで首を絞めて殺害し、その死体を押入れに搬入して隠したのち、現金約3万6000円を強取したという強盗殺人及び死体遺棄の事案である。 2 本件犯行当時71歳であった母は、編み物やアートフラワーの手芸教室に通い、夫の実家にあたる寺へ手伝いに行くなど、社交的で元気な女性であった。それまでの間、自分の腹を痛めた息子3人の中でもとりわけ被告人を慈しんで育ててきた母は、被告人夫婦及びその子供達の生活にも気を配り、被告人に仕事をするよう諭して自覚を促すとともに、孫である被告人の子供3人のために学資保険をかけて保険料を自分と夫の年金の中から支払うなどし、被告人の将来を思って陰に陽に気配りをしてきたのであり、被告人にとっては、かけがえのない母親である。
3 しかるに、被告人が本件犯行において母を殺害した目的は、現金及び預金通帳の奪取である。妻を娶り3人の子をなすまでに育ててもらった実の母を殺害すること自体、不孝の極みというべきであり、殺害の目的が金員奪取というのでは、唖然とするほかなく、その動機には、およそ酌量の余地がない。
しかも、被告人が母を殺害してまで入手しようとした金員は、サラ金への返済に充てるためのものである。働かずに好きなことだけして暮らそうとした被告人は、2年以上の長きにわたり、家族に対してイベント企画の仕事を自営しているとの嘘をつき、その嘘を隠すために仕事の収入と称して妻に渡す金員をサラ金で借り続けて調達したほか、母や妻や親戚が管理する預貯金を無断で引き出すまでして調達したのである。そのような無責任極まりない生活が早晩必ず破綻することは火を見るよりも明らかであるにもかかわらず、このような生活に固執しようとした被告人の思考経路にも唖然とせざるを得ない。
確かに、被告人の体調を気づかう母ら家族の温かい対応が、これに甘え切った被告人の無責任な生活態度を助長した面があることは否定できないものの、それにしても、最後の退職時には40歳になろうとしていた被告人は、既に社会経験を経て、扶養すべき妻及び3人の子供がいたうえ、被告人の主治医であった医師によれば、被告人には心不全及び塞栓症の予防薬を服用する必要があるにしても同年代の男性と同等の心機能及び体力を有するというのであるから、病気を理由にして家族や親戚に対する過度の依存ないし甘えを正当化しようとした被告人の考え方こそ、被告人が無責任な生活態度をとるに至った最大の原因であって、その非はひとえに被告人にあることが明らかである。 しかるに、被告人は、被告人の自覚を促すために敢えて借金の申し入れを拒否した母の真意を理解しようとしなかったばかりか、これまで病気を抱えた被告人
を長年にわたり慈しみ育て上げてきた母に対する恩義さえも忘れ去り、親身に息子のためを思う高齢の母を、あたかも金員入手の邪魔になる障害物と考え、これを除去するために殺害を決意したと見るほかないのであって、その殺害は母に対する忘恩の極みというべきである。
4 本件犯行における殺人の態様は、母の殺害を決意した被告人が、あらかじめ凶器として滑り止めの結び目を付けた本件電気コードを準備したうえ、母の殺害及び目的物の捜索に好都合な母だけが在宅する機会を狙い、その機会が到来するや、わざと母を挑発して、屋外から見通せない実家2階の廊下までおびき出し、本件電気コードを握って待ち構え、その殺害に及んだものであって、極めて計画性の高い犯行であるのみならず、いきなり本件電気コードを母の首に巻き付けた被告人が、苦しみのあまり呻き声を上げてもがく母の体を、一片の憐憫の情すらかけることなく廊下の壁に打ち付けて床に転倒させ、更に首を締め続けたものであって、強固な殺意に基づく冷酷無比な犯行でもある。 しかも、被告人は、その犯行の発覚を防ぐために、母が失禁した尿をタオルで拭き取って始末し、その死体を実家2階客室の押入れに運び入れて布団を掛けて隠したうえ、直ちに階下の台所付近を捜し回って現金を強取し、闇金融等への返済のために福井市内の金融機関へ急行して帰宅したのちも、父が帰宅して実家南側の畑で農作業をしているのを尻目に、預金通帳等を求めて父母の居室等を捜し回り、その後も何食わぬ顔で母以外の家族と夕食をとっていたのである。
これら実母殺害の犯行態様及びその前後における被告人の冷静沈着ともいうべき行動は、かけがえのない肉親たる母に対して子としての情愛が完全に麻痺し、そのようになった被告人の目には、被告人を諭す母の姿が金員入手の邪魔になる単なる障害物と映っていたとでも考えない限り理解できないものであり、およそ人間としての情けのない極悪非道の仕打ちといわざるを得ない。このような生前及び死後の母に対する被告人の仕打ちは、いくら非難しても非難し切れるものではない。
5 被告人は、母を殺害した翌日もサラ金や闇金融への返済のために福井市内に赴いたものの、妻から近所の人が警察を呼んだとの連絡を受け、本件犯行が警察に発覚したと判断して逃走を決意し、自殺する気はなかったのに福井県の東尋坊まで自動車で行き、遺書のようなメモを自動車内に残したうえ、徒歩で福井駅まで行って電車で名古屋市内に入り、公園で野宿する生活を送るうち、平成13年9月26日、窃盗の現行犯人として逮捕され、翌27日には殺人及び死体遺棄の被疑事実で通常逮捕されたのに、母を殺害した事実は認めたものの、当初は、母に頬を殴られたことに立腹したことが殺害の動機である旨の虚偽の弁解をしていた。
このように、被告人が母の殺害後も普段どおりの生活を送ろうとし、本件犯行が発覚したと判断するや、自殺したように見せかけて逃亡し、逮捕されたのちも金員強取の目的を否認して虚偽の弁解をしていたことに照らせば、被告人は、本件犯行に対する自責の念を抱くどころか、これが極めて冷酷かつ重大な犯行であることを直視しようとはせず、その現実と対峙することから逃れようとしていたことが明らかであり、犯行後の行動も芳しくはない。
6 このように、被告人及びその家族のためを思って気を配ってきた母が、その思いを被告人に全く理解されることなく、金員入手の単なる障害物としか考えなかった被告人に、突然首を電気コードで絞め付けられた瞬間に身震いしたであろう驚愕には想像を絶するものがあり、もがき苦しみながら意識が薄れていく間に脳裏をかすめたであろう我が子の顔に、いかなる思いを馳せていたかを想像するだけでも同情の念を禁じ得ない。のみならず、その死体は、被告人が押入れ内に隠したまま逃亡してしまったため、死後7日間も放置され、腐敗が進んだ無惨な姿で発見されたのである。
亡き母の夫であり被告人の父は、当公判廷において、一番つらかったのは、最後の別れをしたくとも腐敗や解剖のために顔を見ることができなかったことであり、一緒に旅行に行きたかったのに叶えられなくなったのが残念であり、今でも
遺影を見るのがつらいと述べるとともに、被告人に対して情状酌量を求める気にはなれないと述べ、長年連れ添った妻の突然の死と、これを殺害した犯人が我が子である事実に打ちのめされ、複雑な心情を整理し切れないでいる。また、被告人の妻も、本件犯行により被告人の子供達3人とともに強烈な心理的衝撃を受け、自分も近所付き合いができなくなった旨を述べている。被告人の本件犯行が被告人の父、妻及び子供達3人の心に回復し難い傷を負わせ、その生活に重大な影響を与えたことは明らかである。もとより、本件犯行が広く報道され、地域社会に与えた影響も軽視できない。
7 以上のとおり、本件犯行の動機及び態様は極めて悪質であり、その結果も極めて重大であって、犯行後の情状にも酌むべき余地はない。本件犯行による被告人の刑事責任は極めて重く、厳罰をもって臨むほかはない。
8 しかしながら、被告人は、当初こそ母を殺害した動機を否認したものの、その後は本件犯行の事実関係を全部認めて争わなかったうえ、当公判廷においても、当初は、これまでの生活態度と同様、本件犯行の責任から目を逸らせて真剣に自分を見つめ直そうとはしなかったものの、そのような被告人の内面に働きかけようとする検察官や弁護人らの努力に接し、拘置所における生活で自分と向かい合う機会を与えられ、最終的には母や家族に対して申し訳ないことをしたそれぞれに対し自分としてできる限りの責任をとるなどと述べ、いまだ十分とはいえないにしても自分の犯した罪の意味を考え、被告人なりに反省の態度を示すに至った。
このように被告人が、常に嫌なことから目を逸らしてきた自分と正面から向き合って内省を深めようとする兆しが現れたことと、被告人にはこれまでに前科がないこととを併せ考えると、被告人に更生の余地が絶無であるとは認められず、そのような被告人に対して究極の刑罰である死刑をもって臨むについては躊躇を覚えざるを得ない。
他方、およそ酌量減軽の余地のないことが明らかな本件犯行による刑事責任としては、被告人の生涯をかけて、自分が犯した罪の重さを自覚させるとともに、亡き母に対する贖罪の日々を送らせるのが相当であるから、被告人を無期懲役に処することとし、主文のとおり判決する。
平成14年7月30日
福井地方裁判所刑事部
裁判長裁判官 松 永 眞 明 裁判官 佐 藤 晋 一 郎 裁判官 松 本 展 幸
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