判例検索β > 平成14年(わ)第147号
強要未遂被告
事件番号平成14(わ)147
事件名強要未遂被告
裁判年月日平成15年12月25日
裁判所名・部福井地方裁判所  刑事部
裁判日:西暦2003-12-25
情報公開日2017-10-13 01:43:13
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被告人は無罪
理 由
1 本件公訴事実及び争点
(1) 福井地方検察庁検察官作成の平成14年7月12日付け起訴状記載にかかる本件公訴事実は、

被告人は、土木工事業を営む株式会社甲土木(以下「甲土木

という。)の代表取締役を務めるものであるが、福井県発注に係る基幹河川改修工事を株式会社乙建設(以下乙建設という。)が落札するや、同会社代表取締役会長乙(当67年)を脅迫して、同会社が甲土木に落札価格を上回る価格で同工事を請け負わせる旨の請負(下請け)契約を締結させようと企て、平成14年4月1日午後10時30分ころから同日午後11時10分ころまでの間、福井市内を走行中及び同市内の駐車場に駐車した普通乗用自動車内において、同人に対し、

甲をなめてるんかい。けんか売るのか。タマ取ったろかい。いてまうぞ。俺の言うとおりにしろ。おまえから社長に甲の言うことをきくように言え。

などと語気鋭く申し向けて脅迫し、上記乙をして、上記要求に応じなければ同人の生命等にいかなる危害を加えられるかもしれないと畏怖させ、同人に上記契約の締結を承諾させて義務のないことを行わせようとしたが、同人が警察に被害届を提出し、上記要求に応じなかったため、その目的を遂げなかった」というものである(なお、その罪名は強要未遂であり、罰条は

刑法第223条第3項、第1項

である。)。 (2) 刑法223条1項の義務のないこと等に関する検察官の主張の要旨は、冒頭陳述及び論告を併せ考えると、次のとおりと解される。
① 平成14年3月25日に実施された福井県福井土木事務所発注の芳野川改修工事の指名競争入札において、基幹河川改修工事(ゼロ国債)その1工事(以下第一工事という。)につき、甲土木は3710万円で入札し、丙が代表取締役である乙建設が3708万円で落札したのち、基幹河川改修工事(ゼロ国債)その2工事(以下第二工事という。)をα建設共同企業体(以下αJVという。)が、基幹河川改修工事(NTT貸付金)その2工事(以下第三工事という。)をβ建設株式会社(以下β建設という。)が、基幹河川改修工事(NTT貸付金)その1工事(以下第四工事という。)をd建設株式会社(以下d建設という。)が順次落札した。
② この公共工事の落札に関し、乙建設及び甲土木を含む業者間で行われた事前の打合せ(談合)では、甲土木が第一工事を落札するはずであったため、これを復元するために業者間調整が行われた結果、乙建設は第一工事を甲土木に下請けに出すことになった。
③ 同月27日、甲土木側は、第一工事の請負を代金3710万円(甲土木の入札金額)で甲土木に発注する旨の元請負人欄のみ白地にした注文書及び注文請書(併せて以下本件契約書という。)を作成し(本件契約書の記載にかかる契約を以下本件契約という。)、これを丙に交付したが、丙は、本件契約の代金額には承服していなかった。
④ そこで、被告人は、同年4月1日、乙建設に本件契約を締結させようと企て、その代表取締役会長である乙に対し、

丙に本件契約を締結するように言え。

と義務なきことを要求し、

タマ取ったろかい。いてまうぞ。

と告げて脅迫した(この検察官主張の脅迫を以下本件脅迫という。)。
(3) 争点
(ア) そうすると、検察官は、被告人が本件脅迫を実行した事実のほか、④の要求内容が乙に義務なきことを行わせるものであることを被告人が認識していた事実を証明しなければならない。
(イ) これに対し、被告人は、本件脅迫当日、乙に会った際に話した内容は、北部(仮名)地区建設業会(以下業会という。)から脱退すると言う乙を諭して翻意させてほしい旨の依頼だけであり、④の要求も本件脅迫もしていない旨を供述し、弁護人も、これに依拠して無罪を主張する。
2 争点に関する前提事実

(1) 甲土木と乙建設
(ア) 被告人は、(中略)福井県内で建材運搬業を始め、平成3年6月に福井市内に本店を置く有限会社甲土木を設立し、これを平成7年5月に株式会社に組織変更して、その代表取締役を務めていた。
(イ) 福井市内に本店を置く乙建設の代表取締役は乙が務めていたところ、平成13年10月に入社して取締役となった丙が、平成14年1月7日に代表取締役社長に就任し、乙は、これを境に代表取締役会長に退いて経営の実権を丙に譲ったが、それ以前は被告人との関係は悪くなかった。
(2) 業会と公共工事の入札
(ア) 福井県には建設業者の各種団体があるが、福井市北部の北部地区にも、共存共栄と親睦を目的とする業会があり、業会には、北部地区の建設業者約30社のうち甲土木や乙建設など20数社が加入している。業会には会長・副会長等の役職があり、平成13年9月に役職の改選があったが、その際、役職候補に乙が入っていなかったことから、被告人が、乙を役職に就けないのであれば自分も役職に就かないと主張したため、被告人は副会長に、乙も理事に就任することになった。平成14年4月当時、会長はa土建のa、副会長は、被告人のほかd建設のd及び株式会社e(以下e会社という。)のeの3名であり、丙は乙から理事の役職を引き継いでいた。
(イ) 福井県及び福井市が発注する公共工事の入札においては、工事の設計価格に応じて上から順にABCDの4ランクに業者を分類した格付けがあり、Aランクの業者は、設計価格3000万円以上の競争入札に参加することができた。北部地区の業者のうちAランクに格付けされた業者は、甲土木・乙建設・d建設・e建設共同企業体(以下eJVという。)の4業者であった(併せて以下北部A級4社という。)。
(ウ) 北部地区に現場がある工事の入札には、北部地区以外の業者も参加するが、他の地区の業者は北部地区の業者が落札するように入札価格を高めに記載し、他の地区に現場がある工事の入札では、北部地区の業者は落札しないように入札価格を高めに記載するという地元業者優先の慣行が業者間にあった。北部地区に現場がある工事の入札がある場合には、事前に北部地区の入札参加業者が集まり、業会役員の斡旋等によって予め落札予定業者等を決める談合が行われることがあり、その違約に対してペナルティが科されることもあった。
(3) 丙と被告人との関係
(ア) 丙が乙建設の実権を握った平成14年1月、福井市発注の下水道工事の入札の際に、丙がd建設と結託して甲土木に落札させないようにしたとして被告人が怒り、同年2月頃に実施された福井市発注の区画整理の工事の入札の際には、甲土木が自由競争により3件程度の工事を落札するなど、丙と被告人との関係が悪化したため、丙は、δ組にいた時から付き合いのある暴力団員のfに依頼し、同人を使って被告人との関係を調整しようとした。 (イ) また、丙は、保健所に対し甲土木が産業廃棄物を不法投棄しているので取締りを要請する旨の申告がなされた際、この申告のため申告者に同行し、同年3月頃には、乙建設の専務が、乙建設事務所前の市道を通行していた甲土木の車両に文句をつけ、これを通行させないようにした。甲土木が困って福井市役所に相談したため、その担当職員が乙建設へ赴いて事情聴取等をしている。
なお、上記車両の通行に関する紛争につき、乙は、

私は知りません。

私はわかりません。

との答えを繰り返していたが、誰からも聞いていないのかと質問されて、ようやく、乙建設の専務から聞いたとのみ答えるに至った。丙も、乙建設が上記市道を通らせないようにしたかという趣旨の質問に対しては、沈黙するか又は答をはぐらかすかして遂に答えなかった。
(4) 芳野川改修工事等の入札に関する談合
(ア) 福井県福井土木事務所発注の北部地区に工事現場があるAランクの工事である第一工事・第二工事・第三工事・第四工事(併せて以下A級4工事と
いう。)及び福井市北部と春江町との境を流れる八ケ川のAランクの工事を含む改修工事その3ないしその9など約60件の指名競争入札が平成14年3月25日に実施される予定であった。
(イ) 同月22日(金曜日)、北部A級4社その他の関係業者は、A級4工事や八ケ川改修工事等につき談合すべく話し合いをし、福井地区の業者が落札する八ケ川改修工事その6(以下八ケ川その6工事という。)を乙建設が下請けすること等を決めたが、A級4工事については、被告人の全部落札したいとの意向を受けた甲土木のgが、4件あるから1件ずつ落とせばよいとの意向であった乙建設・d建設・eJVの担当者に対し被告人の意向を伝えたため合意に至らなかった。しかし、翌23日にも業会のa会長らが調整役として参加した会合を開くなどした結果、遅くとも同月25日の第一工事入札開始時までには、第二工事をeJVが、第三工事を乙建設が、第四工事をd建設がそれぞれ落札することのみならず、甲土木が第一工事のみを落札することも、北部A級4社を含む関係業者の間で了承されるに至った。
(5) 第一工事等の入札
(ア) 上記指名競争入札は、予定どおり平成14年3月25日に福井市城東の福井土木事務所で行われ、八ケ川その6工事を福井地区の株式会社γ組(以下γ組という。)が落札するなど八ケ川改修工事の入札が終了したのち、第2会議室でA級4工事の入札が行われ、これに北部A級4社も他の業者とともに参加し、同日午前11時25分から5分間隔で第一工事から第四工事の順に実施された。
(イ) 第一工事(設計価格3716万余円)の入札に参加したのは10業者であり、甲土木は3710万円で入札し、甲土木と乙建設以外の8社はいずれも3710万円を僅かに超える金額で入札したが、乙建設が3708万円で入札したため、乙建設が第一工事を落札した。その発表の際、入札参加者の間でどよめきが起きた。
第二工事(設計価格3869万余円)の入札に参加したのも上記10業者であり、甲土木とαJVを除く8社は3855万円以上の金額で入札したが、甲土木が3437万円、αJVが3407万円で入札したため、福井地区のαJVが第二工事を落札した。その発表後、αJVの入札をしたhが入札執行人に落札の辞退を申し入れたが、認められなかった。
第三工事(設計価格3448万余円)の入札に参加したのは11業者であり、β建設と甲土木を除く9社はいずれも3437万円以上の金額で入札したが、甲土木と福井地区のβ建設がいずれも3430万円で入札したため、抽選の結果、β建設が第三工事を落札した。
第四工事(設計価格3458万余円)の入札に参加したのも上記11業者であり、d建設が3430万円で入札し、他の10社がいずれも3451万円以上の金額で入札したため、d建設が第四工事を落札した。
(6) 談合の復元調整
(ア) 平成14年3月25日、A級4工事のうち第四工事以外の3工事の落札が上記関係業者間の了承内容とは異なる結果になったため、丙及び被告人を含む関係業者の一部及び業会のa会長らが、その入札終了後直ちに、入札会場近くにある行きつけの喫茶店Kに参集し、その復元調整について協議した。その際、甲土木と仕事上の関係が深かったε建設役員のbが、丙に対し

裏切ったのか。

などと尋ね、その復元方法を提案したので、丙は参集者の面前で、少なくとも、第一工事を甲土木の入札金額と同じ代金額3710万円で甲土木に下請けに出す旨の本件契約に応ずること自体は承諾したが、第三工事を落札したβ建設の関係者など上記3工事に関する全体の復元調整に必要な業者が来ていなかったため、その日の夕方に会合を持って全体の調整方法を詰めることになった。
(イ) 同日午後6時頃から福井市内の寿司店Lで、a会長ら業会関係者のほか福井地区のγ組及びβ建設の各担当者など上記3工事に関する全体の復元調整に必要な業者全員が参集し、その調整のための会合が開催され、a会
長、b及びc会社代表取締役のcの3名が調整役を務めることになった(この寿司店Lにおける調整役を以下調整役という。)。丙とαJV担当者が参集者全員の面前で頭を下げるなどして入札結果につき謝罪したうえ、調整役3名が、関係業者の担当者を各別に別室へ呼んで調整を重ねたすえ、最後に参集者全員の前で、その調整結果をbが発表し、これを参集者全員が了承した。
なお、丙は、その会合で謝罪はしていないと供述するが、その供述の意味するところは、結局は、客観的な事実はともかく自分には謝罪するつもりがなかったのであるから謝罪したことにはならないと解釈しているというものであり、都合が悪いと考える質問には終始まともに答えようとしなかった丙も、追及された結果、これを自認している。また、丙は、本件契約に応ずることを承諾した喫茶店Kでも、謝罪したことはもとより入札の誤りを認めたこともないのに、いきなり本件契約の提案があった旨の供述をするが、いかにも不自然で信用できない。
(7) 丙の行動
(ア) 丙は、寿司店Lで調整結果が発表された翌日の平成14年3月26日夕方、済生会病院に入院中のgを訪ね、

甲土木に迷惑をかけたので謝りたい。gにも迷惑をかけたので謝りたい。

などと話して帰った。 なお、丙は、これに関する質問に対し

仕事の話は余りしなかったと思います。

と曖昧な言葉で答えたり、いずれも長考したのち

記憶にないです。

とか

迷惑かけたと言った覚えはないと思います。

と答えたりするなど、明確に即答できて然るべき質問に対しても、まともに答えようとはしない。 (イ) 同月27日、調整役のbは、元請負人欄白地の本件契約書を乙建設事 務所に持参し、これを丙に交付して調印するよう求めたが、丙は、その 発注による損失の穴埋めにするつもりで、bに対し、八ケ川その6工事 を除く八ケ川改修工事の仕事が欲しいと希望し、本件契約書調印の応否 を即答しなかったので、bは、早急に返答するように言って帰った。
(ウ) 翌28日、丙は、甲土木事務所へ赴いて被告人に対し、本件契約書の 調印に応じるから第一工事を甲土木が乙建設に下請けに出して欲しい旨 を申し入れた。これに対し、被告人は、いまだ丙が調印した本件契約書 を甲土木に渡してもいないのに話が逆ではないかとの趣旨を述べて怒っ た。 (8) 本件脅迫当日(4月1日)
(ア) いずれも調整役のc及びbは、同年4月1日(月曜日)の日中に乙建設事務所を訪れ、乙及び丙と本件契約等につき話し合いをしたが、丙は来客のため途中で退席した。
(イ) 同日午後6時頃から業会の新規会員加入に関する会合が福井市内の料理屋Mで開催された。その開始前に被告人より先に来店した丙は、居合わせた調整役のa会長及びcらの面前で、本件契約の代金額がまとまらないなどと話し、業会から退会する旨の発言をして、被告人が来店する前に退去した。 なお、丙は、証拠によると、捜査段階では

料理屋Mで、注文書に甲の方が金額を入れてきて判子を押せと言うので交渉にならんと言ったら、a会長をはじめ皆が黙っていたので、『そんな業会ならあっても意味がないわな。』と発言して帰った。

旨の供述をしていたことが認められるのに、当公判廷においては業会から退会する旨の上記発言は、4月6日に飲食店Nで開催された業会の会合で初めて口にしたのであって、料理屋Mでは『被告人と面と向かって話をすると喧嘩になる。業会できちっとしてくれ。』と言って帰っただけである。旨の供述をするが、この供述は、捜査段階での供述に照らしただけでも到底信用できない。
(9) 業会の会長による仲裁
(ア) 業会の会長であり調整役でもあるaは、同月2日、調整役のcとともに乙建設事務所へ赴き、丙及び乙に対し、業会に留まって仲良くして欲しいなどと頼み、約束は約束だから本件契約書どおり第一工事を甲土木に下請けさせてやって欲しい旨の説得をしたが、丙と乙は了承しなかった。その際、乙が昨
日被告人に脅迫された旨の話が出たので、cは後刻、これを確かめようと被告人に電話した。
(イ) そこで、a会長は業会を代表して、cやd建設のdらとともにβ建設事務所に赴き、寿司店Lでの調整で乙建設が下請けに入ることになっていた第三工事を乙建設へ発注するのを留保して業会預かりとするように申し入れた。 (10) 乙の被害申告における丙の意図
(ア) 同年4月8日、乙は福井警察署に赴き、被告人が同月1日の午後10時30分頃から午後11時10分頃までの間に乙に対し

甲をなめてるんか、喧嘩をうるのか、タマ取ったろか、いてまうぞ。

と怒号して脅迫した旨の被害を申告し、脅迫の被害届を提出した。
(イ) 丙と乙は、元暴力団組長の実子iの説得を受けて、同月16日、共に福井警察署に赴き、被告人に対する処罰意思がなくなったとして、被害届を取り下げた。
(ウ) しかし、丙は、被告人を警察に逮捕させることによって、第三工事をβ建設から下請けとして受注しようと企図していたため、β建設の担当者に対し

被害届は一旦取り下げても復活できる。被告人は逮捕されるから、第三工事の下請けを乙建設に発注して欲しい。

旨を話し、その発注を迫ったが、なかなか実現しなかった。
(エ) そこで、丙と乙は同年6月6日、共に福井警察署に赴き、同旨の被害届を再び提出した。
(11) 被告人の逮捕と指名停止処分
(ア) 被告人は、同年6月25日に乙に対する脅迫の被疑事実で逮捕され、同年7月12日に強要未遂(本件公訴事実)で起訴され、平成15年2月17日の保釈により同月20日(検察官の抗告棄却の日)に釈放されるまで勾留された。 (イ) 被告人が逮捕されたため、福井県及び福井市は、その逮捕を理由として甲土木に対し2か月間の指名停止処分をした。
(12) 丙の甲土木に対する企図
(ア) 依然として業会に留まっていた丙は、被告人が勾留中の平成14年10月5日に開催された業会の会合において

業会を挙げて甲土木を潰しましょう。役所等に陳情して甲土木を指名しないよう働きかけましょう。入札時には甲土木が落札できないように協力しましょう。

などと発言した。 (イ) 丙は、当公判廷においても

被告人が人を脅して言うことを聞かせるというのは悪いことであり、公共事業をしている被告人に対する制裁としては逮捕だけでは足りないと思う。

旨を供述している。3 乙に義務なきことを行わせる被告人の認識について
(1) 本件脅迫当時、乙建設と甲土木との間に本件契約が成立していなかったのであれば、被告人が乙に対し、本件契約の締結を要求し又は丙に締結させるよう要求し、あるいは、本件契約書に調印するよう要求し又は丙に調印させるよう要求するのは、乙に義務なきことを行わせることになるが、成立していたのであれば、甲土木の代表取締役である被告人が、乙建設の代表取締役である乙に対し、みずから本件契約書に調印するよう要求し又は他の代表取締役である丙に調印させるよう要求しても、かかる要求内容は、直ちに乙に義務なきことを行わせるものとはいえないところ、丙が平成14年3月25日に喫茶店Kにおいて被告人ら関係業者の面前で本件契約自体に承諾していたことは上記のとおりである。
(2) 本件契約の成否
(ア) しかるに、談合の復元調整に必要な業者が全員出席した同日の寿司店Lにおいて上記のとおり全員了承したはずの調整結果の発表内容について、丙は、初回の尋問においてその発表は、cが全員の前で『第一工事は乙建設落札で甲土木が仕事、第二工事はαJV落札でeJVが仕事、第三工事はβ建設落札で乙建設が仕事、第四工事はd建設そのまま、八ケ川その6工事はγ組落札で甲土木仕事』などと工事名と下請先を列挙したのち『北部内は8パーセント。福井市内との業者との交渉は各社がやって欲しい。』などと言って終わった。旨を供述したが、2回目の尋問においては、bは『福井市内との業者とは各社が8パーセントから交渉して欲しい。』と言ったが、業会内では交渉の余地なく8パーセントで決まったと自分は解釈した。別室における個別の調整段階では、第三工事など他の工事については歩の話は出なかったが、第一工事についてだけは8パーセントとするとの話があった。旨の供述をし、bは工事名と下請先の列挙ののち一般論として北部地区以外の業者に対し8パーセントで下請けできるようお願いしたいと言ったのではないかとの質問に対しては、「あった。」という答えと「なかった。」という答えを両方ともするなど、寿司店Lにおいて第一工事の下請金額が乙建設落札価額の8パーセント引きと決まった経緯については今一つはっきりしない供述を繰り返したあげく、3回目の尋問においては

他の人の解釈は分からないが、自分だけの解釈として寿司店Lで8パーセント引きと決まったと思った。

旨の供述をするに至った。
(イ) 他方、b及び被告人は

寿司店Lでの調整において、乙建設に対するペナルティとして第一工事につき本件契約を締結するとともに乙建設が下請けに入ることになっていた八ケ川その6工事の下請けを甲土木に譲ることが決定した。

旨の供述をし、aやcは、下請代金額を決める歩については記憶がない旨の供述をしている。
(ウ) このように丙が寿司店Lでの調整において乙建設落札価額の8パーセント引きと決まったと言う第一工事の下請金額については丙の独自の解釈であることを認めるに至った経緯だけではなく、上記2(6)のとおり、丙が喫茶店Kにおいて本件契約に応ずる旨を表明し、全体の復元調整に必要な福井地区の業者等も参集した寿司店Lにおいて、丙等が入札結果につき謝罪したうえ調整役3名による調整に入り、その調整結果を調整役のcが参集者全員の面前で発表し、全員これを了承した経緯及び上記2(7)のとおり、調整役のcが上記調整結果発表から間もない2日後に本件契約書を丙に届け、その翌日には、本件契約による損失の穴埋めを考えていた丙が、甲土木事務所へ赴いて被告人に対し、本件契約に応じるから第一工事を乙建設に再下請に出して欲しい旨の申入れをしている経緯に照らして考えると、(イ)のbの供述は十分信用でき、もとより(イ)のaとcの供述内容も、bの供述内容を否定するものではなく、寿司店Lにおいて第一工事の下請金額が松井建設落札価額の8パーセント引きと決まったとの事実は到底認めることができず、かえって、寿司店Lでの上記調整役3名による調整の結果、乙建設がペナルティとして第一工事につき本件契約を締結するとともに、下請けに入ることになっていた八ケ川その6工事の下請けを甲土木に譲ることを、丙及び被告人を含む参加者全員が承認して合意していたものと認めるほかはない。
(3) 本件契約破棄の有無
(ア) 乙は、乙建設事務所における4月1日の話し合いについて、沈黙後の誘導尋問に答える形で

第一工事の下請金額を当事者間で詰めて話し合うという話はなかったと思う。

bとcには『乙建設は、あくまで落札金額から8パーセント引きであれば発注するが、そうでなければ発注しない。』と言った。

旨を供述する。
なお、そのやりとりは、検察官の主張にかかる強要の目的に直接関わる本件契約の代金額につき、本件脅迫当日に交わされたやりとりであるにもかかわらず、証拠によれば、乙は、これを捜査段階では供述していないことが認められる。
(イ) これに対し、cは乙から第一工事について最低の必要経費と現場代理人の費用を見て欲しいという要求があり、私とbは『その費用を踏まえて被告人とお互いに話を詰めて下さい。決裂した場合は我々がもう一度間に入ります。』と答えた。乙は礼を言って階下まで送ってくれた。旨の供述をし、bは

第一工事の発注金額については、丙と被告人が話し合って決めるという話になった。

旨の供述をする。 (ウ) 自分に都合の悪い質問にはまともに答えようとしなかった乙の供述態度及
び(イ)の各供述の存在に照らすと、(ア)の下請金額を当事者間で話し合う話はなかった旨の供述は信用できないが、仮に(イ)の各供述が信用できるとしても、その趣旨は、既に決まっている本件契約の代金額の変更について今後当事者間で話し合うというものに過ぎず、その各供述をもって、本件脅迫当時、本件契約の代金額に関する合意又は本件契約自体が破棄されていたとの事実を認めるのによしないのは当然である。
(4) そうすると、本件脅迫当時、本件契約が成立していたことになる。 (5) しかしながら、寿司店Lにおける談合復元の調整結果がいかなる合意内容であったにせよ、それ自体、違法な談合を復元せんとする合意であって、公序良俗に反する無効なものと見るほかなく、これは被告人も認識していたものと認めるほかないから、被告人が乙に対し、本件契約の締結を要求し又は丙に締結させるよう要求し、あるいは、本件契約書に調印するよう要求し又は丙に調印させるよう要求するのは、乙に義務なきことを行わせることになる。 (6) もっとも、丙及び乙はいずれも、公序良俗に反する本件契約の当事者たる乙建設の代表取締役であって、乙に義務がないとはいっても、被告人が本件契約による義務の履行を強要した場合と、そもそも乙に何らの義務もない事柄を強要した場合とでは、その違法性の程度にはおのずと差があるものというべきである。
4 本件脅迫について
(1) 料理屋Mの会合から本件脅迫までの経緯
(ア) 平成14年4月1日午後6時頃から料理屋Mで業会の会合が開催されたが、その開始前に来店した丙が、調整役のa会長らに対し、本件契約の代金額がまとまらない旨及び業会から退会する旨の発言をして退去したことは上記のとおりであり、証拠によれば、その後に被告人が出席した上記会合においては午後8時頃の解散まで宴会が続いたこと、丙が上記発言をして帰ったことを聞いていた被告人は、宴席を離れて丙に電話し

何で帰ったんや。とりあえず戻って来て一緒に飲もう。

などと話をしたものの、丙が

戻らん。これからは笑って喧嘩してやる。

などと答えたため激怒したこと、被告人は、この会合の解散後、福井市内の自宅に帰り、午後10時頃、自宅から同市内の乙方へ電話したのち、乙方へ自動車(トヨタ・ランドクルーザー)で赴き、午後10時半頃、乙がみずから助手席に乗り込んだ自動車を運転して乙方から約1.5キロメートル離れた甲土木事務所の駐車場へ行き、しばらく駐車したのち、乙方まで戻り、午後11時過ぎ頃、自動車から降りた乙が帰宅したことが認められる。
なお、丙は、被告人がかけた電話の回数と時間につき、証拠によると、捜査段階では

6時30分頃に1回と8時30分頃か9時頃に1回、合計2回電話があり、1回目は20分以上続き、2回目は1時間ほど続いた。

旨の供述をしたことが認められるのに、当公判廷においては

1回目は7時半頃で、かなり長い時間続き、2回目は8時頃で20分から30分以上続き、3回目は8時20分頃で10分くらい続き、4回目は8時半頃、5回目は9時頃で、いずれも数分であった。

旨の捜査段階とは全く異なる供述に変転させ、また、その電話の中で被告人から丙が帰ったことについて話が出たのではないかとの質問に対し当初は

一切ありません。

と断言していたのに、その後追及を受けて、ようやく話があったことを認めるに至り、戻って一緒に飲もうとの話についても

それは覚えていません。

と答えるに止まっているのであって、この供述経過に照らしただけでも、その丙の供述は到底信用できない。
(イ) しかるところ、乙は当公判廷において、度重なる追及により最終的には車中で被告人から『甲をなめているのか。喧嘩を売るのか。おい、こら。タマとってやる。お前から丙に注文書のとおりにするように言え。』という発言を、駐車場に着く前に4回と着いてから2回の合計6回にわたり同じ文言で繰り返し言われた。と供述する。 (2) 本件脅迫の存否
(ア) これまでに検討した事実関係によれば、丙は、寿司店Lで合意されたペナル
ティとしての本件契約による損失を少しでも免れようと企図し、調整役や被告人に対し色々な穴埋め策を要求して本件契約書の調印を遷延させたあげく、料理屋Mでは、調整役のa会長らに対し、丙の要求に被告人が応じないことを挙げて業会からの脱退をほのめかしたのであって、丙が帰ったあとに料理屋Mへ来た被告人が、丙のかかる態度に不快感を抱いていたことは容易に推認できるものの、本件契約の当事者であり業会の副会長でもある被告人は、丙に電話して一緒に飲もうなどと話して戻るよう促したが、丙が喧嘩してやるなどと答えたため激怒し、その後、乙に電話して乙方へ赴いたものと認められる。このような被告人が乙宅に赴くまでの経緯に照らせば、その目的としては、乙建設の代表取締役である乙をして丙を説得させることにより、乙建設をして業会に留まらせることと本件契約書に調印させることの二つが考えられる。
(イ) しかるところ、乙が平成14年4月8日に本件脅迫につき福井警察署に赴いて警察官に対し被害を申告したことは上記のとおりであるうえ、証拠によれば、乙はiの説得を受けて同月16日にその被害届を取り下げたが、これを同人に依頼したのは被告人であり、また、被告人が同年3月26日に甲土木の代表取締役を退任した旨の登記及びこれと同時に取締役も辞任した旨の登記が同年4月16日に経由されているが、これは、逮捕されるかも知れないと思った被告人が、その逮捕による甲土木の指名停止処分を免れたいと考えて、本件脅迫の日より前に上記退任及び辞任の日を遡らせて登記したものであることが認められる。
(ウ) これらの事実に(ア)の事実関係を併せ考えれば、被告人が乙方と甲土木の駐車場とを往復した乙と二人きりの(1)(ア)の自動車内において、被告人が乙に対し、少なくとも、本件契約書に調印するよう丙に言えと要求し、

甲をなめているのか。喧嘩を売るのか。おい、こら。タマとってやる。

という本件脅迫文言と同趣旨の言葉を、回数はともかく口にした事実は認めるほかはない。 (エ) このタマをとるという言葉は、一般的ではないにせよ生命を奪うという意味に使われることがあり、その意味を理解する者にとっては正に生命に対する害悪の告知となり得るが、強要罪における脅迫が、人を畏怖させるに足りる害悪の告知でなければならない以上、問題となった言葉が脅迫に当たるか否かは、言葉の趣旨・これが発せられた状況・それまでの経緯など具体的な事情を全体的に総合しなければ判断できないのは当然である。
(3) そこで、被告人が本件脅迫文言を口にした際の状況と経緯について検討する。
(ア) 乙は当公判廷において、本件脅迫を受けたと言う経過及び状況等について、被告人から

甲をなめているのか。喧嘩を売るのか。おい、こら。タマとってやる。

と言われたと繰り返すのみで、それが、どのようなやりとりの中で言われたのかをいくら質問されても、分からないと答えるか又は沈黙を続けるなど、まともに答えようとはせず、その回数については供述を変転させ、場所についても捜査段階の実況見分における指示説明とは異なる供述をする。 (イ) しかも、乙は、タマとったろかいの意味につき

私は、命だろうと思うんですけども。

と答えたものの、検察官の

被告人の要求に応じないと、どうなると思ったか。

との質問に対しても、繰り返し執拗に質問されたにもかかわらず、まともに答えようとはしなかったため、たまりかねた検察官が誘導尋問をした結果、ようやく

危害を加えられると思いました。

と答えたに止まり、遂に具体的な答えをしなかっただけではなく、かえって、乙の供述にかかる5、6回の脅迫の合間合間に、これまで被告人は乙に色々協力したではないかというような世間話もしていたことを認めている。
(ウ) さらに、証拠によれば、乙が被告人と別れて帰宅したのち直ぐに丙にかけた電話の中で、乙は、被告人に反論してやった旨を話していることが認められる。
なお、丙より前に当公判廷で証言した乙は、丙の捜査段階の供述調書に書いてあるとおり被告人に反論したと言ったのではないかとの質問に対し「ないです。」と断言しているが、この供述は信用できない。 (エ) これらの事実関係に、上記のとおり丙が被告人との関係修復を暴力団員を使って調整しようとしたり本件契約の履行をめぐって業会からの脱退をほのめかしたりして被告人との関係が悪化していたのに対し、乙が丙に実権を譲る以前は被告人との関係も悪くはなかった事実及び被告人が本件脅迫当日乙に会おうとした目的等につき供述するところを併せ考えると、被告人が乙方へ赴いたのは、それまでも付き合いのあった乙に会って丙を説得してもらおうとしたためであり、現に、二人だけになった自動車内において、被告人は、本件契約については本件契約書に調印するよう丙を説得してもらおうと乙を説得し、これに応じない乙に対し、これまでの乙との仲を話しかけて情に訴える一方で、業を煮やして時には本件脅迫文言を口にするなど強硬な態度も示していたものと認められるものの、他方、乙は、かかる被告人の強硬な態度にひるむことなく反論し、被告人の要求を拒絶しても自分の生命や身体に危害を加えられるおそれはないと考えていたものと認めるほかはない。 なお、乙は当公判廷において、被告人と二人の自動車内においては、終始一方的に被告人に怒鳴られて脅され、恐くて何も言えなかった旨の供述をするが、その供述態度に照らしても到底信用できない。
(4) 被告人が本件脅迫文言を口にした状況及び経緯は、そのようなものであるところ、上記2(10)の被害申告の経緯及び同(12)の丙の企図に照らせば、本件脅迫に関する乙の被害届の提出・取下げ・再提出は、いずれも乙が自分の意思ではなく丙の意向に従って行ったものに過ぎないことが明らかであって、丙は、乙が受けたと言う本件脅迫を利用し、少なくとも、被告人の逮捕により第三工事の下請けを受注しようと企てたことが明らかである。
(5) そうすると、本件脅迫文言は、被告人が乙に対し上記のような説得を続けるうち、行きがかり上、口をついて出たものであって、これに、タマをとるという言葉の意味を理解していたと思われる乙が、現に畏怖していないことをも併せ考えれば、いまだ説得の手段として許容される範囲内にあるものというべきである。
5 以上の次第で、結局、被告人が乙に対し人を畏怖させるに足りる害悪の告知をしたとの事実は認めることができず、本件公訴事実につき犯罪の証明がないこととなるので、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。 平成15年12月25日
福井地方裁判所刑事部
裁判長裁判官 松 永 眞 明 裁判官 中 山 大 行 裁判官 松 本 展 幸
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