判例検索β > 平成14年(わ)第483号
有印私文書偽造・同行使、電磁的公正証書原本不実記録・同供用、公正証書原本不実記載・同行使、詐欺、免状不実記載、道路交通法違反被告事件
事件番号平成14(わ)483
事件名有印私文書偽造・同行使,電磁的公正証書原本不実記録・同供用,公正証書原本不実記載・同行使,詐欺,免状不実記載,道路交通法違反被告事件
裁判年月日平成16年1月14日
裁判所名・部名古屋地方裁判所  刑事第4部
裁判日:西暦2004-01-14
情報公開日2017-10-13 01:43:11
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主文
被告人は無罪
理由
第1 本件公訴事実の要旨は,以下の通りである。すなわち,
被告人は,第1 A及びその家族の住民登録を不正に異動した上,同人の印鑑登録等を行うとともに,同人らを被保険者とする国民健康保険被保険者証を騙し取ろうと企て,1 平成13年6月18日,愛知県a郡b町所在のb町役場において,行使の目的で,A’作成名義の住民異動届1通を偽造した上,これを真正に成立したもののように装って提出行使し,Aらが愛知県a郡b町から名古屋市c区d町eマンションx号に転出した旨虚偽の申立てをし,同役場に設置された電子計算機の磁気ディスクにその旨不実の記録をさせて,これを備え付けさせ,2 同月中旬ころ,当時の被告人方である上記eマンションx号において,行使の目的で,A’作成名義の住民異動届(転入)及び住民異動届(国民健康保険資格取得届)各1通並びに印鑑登録申請書1通をそれぞれ偽造した上,同月18日,同区f1丁目所在の名古屋市c区役所において,これらを真正に作成されたもののように装って一括して提出行使し,Aが愛知県a郡b町から上記eマンションx号に転入した旨虚偽の申立てをするとともに,同人の印鑑登録の申請及び同人らを被保険者とする国民健康保険被保険者証の交付の申請をし, (1) そのころ,同区役所において,名古屋市l区m所在の名古屋市役所総務局企画部情報化推進課に設置された電子計算機の磁気ディスクに,Aが愛知県a郡b町からeマンションx号に転入した旨不実の記録をさせて,これを備え付けさせ, (2) 同月中旬ころ,同市g区h1丁目所在のiハイツ405号室の当時の被告人方において,行使の目的で,A本人の申請行為である旨の同人作成名義の印鑑登録申請にかかる回答書1通を偽造し,同月29日,名古屋市c区役所において,これをあたかも真正に作成されたもののように装って提出行使して,A本人による印鑑登録申請である旨の虚偽の申立てをし,同区役所備付けの公正証書の原本である印鑑票原本にその旨不実の記載をさせた上,同所にこれを備え付けさせ, (3) 同日,名古屋市c区役所において,同区役所係員に対し,A本人による国民健康保険被保険者証の交付申請である旨を確認するため同区役所から配送された保険証交付の「お知らせと題するはがきに所定の事項を記入して提出し,A本人による国民健康保険被保険者証の交付申請である旨誤信させ,Aらを被保険者とする国民健康保険被保険者証1通の交付を受けて,これを騙し取り,第2 B及びその家族の住民登録を不正に異動した上で,同人の印鑑登録等を行おうと企て,
1 同年7月10日ころから同月19日ころまでの間,名古屋市c区役所において,行使の目的で,B作成名義の住民異動届1通を偽造し,
2 同月15日ころから同月19日ころの間,同市c区j1丁目所在のkマンションy号当時の被告人方ほか1か所において,行使の目的で,B作成名義の印鑑登録申請書1通を偽造し,
3 同日ころ,名古屋市c区役所において,行使の目的で,B作成名義の住民票の写し等交付申請書1通を偽造した上,
同日ころ,同所において,上記1ないし3のとおり偽造した書面をそれぞれあたかも真正に成立したもののように装って一括して提出行使し,
第3 Aになりすまし,再交付名下に運転免許証を不正に取得しようと企て,同月17日,名古屋市l区m町所在の愛知県警察本部交通部運転免許試験場において,行使の目的で,A作成名義の運転免許証再交付申請書1通を偽造した上,これをあたかも真正に成立したもののように装い提出行使して,Aが運転免許証の再交付を申請している旨の虚偽の申立てをし,愛知県公安委員会発行の運転免許証に,Aが同日運転免許証の再交付を受けた旨の不実の記載をさせるとともに,同係員から,愛知県公安委員会発行に係る上記Aに対する運転免許証1通の交付を受け,第4 同年12月中旬ころから同月下旬ころまでの間,名古屋市c区n町1丁目所在のoマンション205号室当時の被告人方において,行使の目的で,D作成名義の郵便貯金通帳等再交付請求書1通を偽造した上,同月23日ころ,これをあたかも真正に成立したもののように装い,愛知県a郡b町所在のb郵便局あてに郵送し,同月25日ころ,同所において,同郵便局局長にこれを受付けさせて行使し,第5 同14年1月中旬ころ,愛知県p市q町3丁目所在の有限会社甲寮102号室の被告人方において,行使の目的で,D作成名義の会員入会申込書1通を偽造した
上,同月15日ころ,これをあたかも真正に成立したもののように装い,名古屋市r区s2丁目所在の乙株式会社s支社s支店あてに郵送し,同月17日ころ,同所において,同支店支店長にこれを受付させて行使した。」
というものである。
公判廷において取り調べられた関係各証拠によれば,本件各公訴事実は,被告人の責任能力の点を除いて,合理的な疑いを差し挟む余地なく認めることができる(なお,被告人は,前記第4及び第5の事実[以下,これを第2次事件という。]につき,外形的行為は認めながらも,Dから指示を受けて行ったものである旨述べるが,同人の公判廷における証言等の関係各証拠によれば,被告人の弁解供述は到底信用することができない。)。
ところで,前記第1ないし第3の各事実(以下,これを第1次事件という。)については,平成14年5月14日に名古屋高等裁判所において,被告人が各犯行当時心神耗弱の状態にあったとの疑いが残り,責任能力を的確に判断するためには精神鑑定を行うなど審理を尽くす必要があるとして,原判決を破棄した上,事件を名古屋地方裁判所に差戻す旨の判決が宣告された。また,弁護人は,本件各犯行当時,被告人は心神喪失の状態にあり,無罪である旨主張する。 そこで,当裁判所は,被告人に対する精神鑑定等の必要な証拠調べを尽くした結果,被告人は,本件各犯行当時,統合失調症に罹患していたとともに,本件各犯行は,その影響下で行われたもので,被告人は心神喪失の状態にあったと判断した。その理由は以下のとおりである。
第2 前提となる事実関係
当裁判所において取り調べられた関係各証拠によれば,被告人の本件各犯行当時の精神状態を検討する前提として,以下の事実関係が認められる。1 被告人は,昭和45年に中学校を卒業した後,化粧品卸売を営む会社の経理事務員として稼働する一方で定時制高校に通い,昭和47年ころ稼働先においてDと知り合って同人といわゆる不倫関係となった。しかし,被告人がEと婚姻したことをきっかけに,遅くとも昭和54年頃にはDとの関係は解消し,以後は数年に1度くらい電話で近況の報告をする程度の関係となり,前記公訴事実第1の犯行に及ぶまでの5年間は連絡も絶えていた状態であった。
2 昭和61年6月,被告人は,名古屋市から半田市へと転居した。Eによれば被告人は,転居当初は,近所付き合いを上手くやっていたようであったが,次第に他人の不満や悪口を言うようになり,Eは,かかる被告人の挙動を不思議に思うことが何度もあった。平成7年ころより,被告人は,証書や印鑑にこだわり,多量の収入印紙類を買い込み,E名義の少額の通帳を何冊も作ったり,名簿や金銭出納帳を何回もコピーしたり,印鑑を作ったりするなどの行動に及び,あるいは会社をおこすことなどを考えて思い詰めている様子がみられた。そして,平成10年頃からは,被告人の異常な言動が持続するようになり,同年12月7日,被告人は,自宅のフライパンを持ち出して隣の家の車を叩くという異常な行動に及んだため,同月から翌年1月にかけて
,t病院精神科に通院し,神経症(ノイローゼ,軽い鬱病)との診断を受け,さらに,同月13日から同年8月にかけて,被告人は,u病院において,躁鬱病であるとの診断を受けて通院治療を受けた。被告人は,通院後も家計を顧みることなく印紙等を買いあさるなどしたため,困窮したEは,同12年夏ころ被告人と離婚したところ,被告人から勝手に電気,水道,電話の解約手続きをとられたりするなどの嫌がらせを受けた。一方で,被告人は同年9月ころより,Dの自宅に救急車を呼ぶ,電話線を切断する,電話を解約するなどの行為に及び,同13年2月にはDに対して,慰謝料の請求書を送りつけたり,Dの息子に対して,お前の親は人を殺してなどと書かれたはがきを送りつけた。実家に戻った被告人は,その後も,他人の名前の印鑑や収入印
紙等を買い込んで夜遅くまで書き物をするなどの異常な行動を繰り返し,同年4月20日及び同年5月1日には,v病院に通院したが,同病院では人格障害と診断された。同月中旬頃には,被告人は,会社設立に用いるとしてHと刻した印鑑2セット(代金合計13万円)を注文したが,代金を支払えなかったため引き取ることができなかった。
3 被告人は,同年6月から7月にかけて,第1次事件の各犯行に及んで同月19日に逮捕されたが,身柄拘束中にDに対し,慰謝料を請求する内容のはがきを送付するなどしている。そして,第1次事件につき同年11月29日,名古屋地方裁判所において,懲役2年6月,執行猶予4年の有罪判決を受けて,同日釈放された
が,同年12月11日付けで,これを不服として被告人は控訴した。控訴する一方で,被告人は,釈放後もDの自宅にピザの宅配を配達させるなどの嫌がらせを続けるとともに,第2次事件の各犯行に及び,同14年1月24日,前記公訴事実第4の事実によって逮捕され,第5の事実と合わせて公判請求され,名古屋高等裁判所より差し戻された第1次事件と併合して当裁判所において審理が行われた。逮捕後も被告人は拘置所から
弁護人や当裁判所に対して,趣旨が判然としない手紙や電報をたびたび送り付け,また公判廷における質問に対する応答は支離滅裂であり,趣旨が不明である意見書を提出するなどもしており(第8回公判),被告人の言動には,精神障害の存在をがうかがわせるものがある。
第3 鑑定
1 当裁判所は,鑑定人F医師により被告人の精神鑑定を実施した(以下,同人作成の鑑定書をF鑑定書と,F鑑定書及び同人の公判廷における証言を併せてF鑑定という。)。
F鑑定は,被告人との面接や心理検査等を経て,①被告人の思考過程は,原因と結果の間で正当な因果関係がないにも関わらず確信にいたる点で,連想弛緩的であり,滅裂思考へと移行すること,②被告人の思考には,他者との共感のない自閉性が強く認められること,③被告人には,身体感覚異常が認められること,さらには,④昭和54年ころより,被告人に妄想知覚(普通の人はそのようにとらえない出来事を妄想的に知覚するという現象)が認められること(前記の平成10年12月に隣の車をフライパンで叩いて壊した点についても,その背景として,隣家に対する妄想知覚がある。)などの精神的所見を踏まえ,被告人は,結婚以後のある時期を境に統合失調症特有の症状が現れ,遅くとも,昭和61年に半田市に転居したころには,統合失調
症が発病したものと認められ,第2次事件の各犯行当時,被告人は,統合失調症の影響により是非弁別の判断能力及び行動制御能力を喪失していたとする。2 検察官は,以下のとおり主張して,F鑑定には欠陥があり,信用することができないとするが,所論はいずれも採ることができない。
(1) すなわち,まず,検察官は,F鑑定は,被告人が犯行時の責任能力を強く意識することとなった第1次事件控訴審判決後の,疾病利得の色彩が強まった被告人の供述状況や問題行動に目を奪われ,本件記録中にはないEに対する電話聴取結果に過度に傾倒するものであって,鑑定資料の選択,評価に問題があるという。 しかし,F鑑定は,第1次事件に至る前の被告人の生活歴を検討して,被告人には妄想知覚が認められることなどを踏まえて,統合失調症に罹患しているとの鑑定結果を導いたものであって,第1次事件控訴審判決後における被告人の問題行動にのみとらわれたものではないことは明らかである。また,Eに対する電話聴取結果は,被告人の本件犯行以前の状況を検討するにあたって重要な資料であるし,その内容についても,特段その信用性を疑うべき事情は認められず,鑑定資料の収集,選択に問題があったともいえない。F鑑定は,当裁判所により鑑定を命じられた当時における証拠を十分に参酌し,かつ専門の精神医学的知見等を駆使し,被告人の統合失調症の発生,経過,特質等を検討して鑑定結果を導いたものであることが認められるのであり
,この点についての検察官の主張は採用できない。
(2) 次に,検察官は,F鑑定は,被告人について,統合失調症特有の自我の脆弱性は感じられなかったと認めながら,被告人を統合失調症と判断しており,推論の過程に問題があると主張する。
しかし,統合失調症であるか否かは,同疾病を特徴づける各要素を総合的に判断することによって,診断結果が得られるものであって,その要素の1つである自我の脆弱性が認められないとの一点のみから,被告人は統合失調症ではないとの結論が導き出されるものではないことは論をまたないものである。そして,この点につき,F鑑定は,被告人の置かれた環境が家庭的にも経済的にも破綻を来した中で,なおかつ自分の思考にしがみつき,恨むべき人を見つけて攻撃をエネルギーにしていることから説明できるとしており,かかる説明に不合理な点は認められない。よってこの点に関する検察官の主張も採用できない。
(3) さらに,検察官は,F鑑定においては,被告人が統合失調症に罹患していたことを示す症状として人格水準の低下とこれに伴う判断力の低下を指摘し,かかる症状の発露と思料される例として,本件各犯行態様の稚拙さと,被告人が第1次事件第1審判決において,執行猶予が付されたにもかかわらず,これを控訴したこと
をあげているが,これらの事情は被告人の判断力の障害を示すものではないのであって,同鑑定は事実の評価についても,独善又は誤りが散見される旨指摘する。 しかしながら,後述するとおり,本件各犯行態様は稚拙なものと評するべきものであるし,事実関係について争いがない事案についてされた執行猶予判決に対して控訴することは,一般的にはまれというべきであるから,これらの点を指摘して被告人の判断力の低下をいうF鑑定の事実の評価に誤りがあるとはいいがたい。加えて,F鑑定においては,心理検査を併用しており,同検査結果によれば,鑑定時における被告人の知的能力は,IQ68と軽度の精神発達遅滞に近い水準にあり,特に,判断力に顕著な問題が見られることなどが認められるのであって,被告人の判断力に障害が見られるとのF鑑定の評価は,心理検査の結果からも裏付けられるものである。この点からしても,事実の評価に誤りがあるとの検察官の主張は採ることができない。
3 以上のとおり,F鑑定は,十分な判断資料に基づき,精神医学の知見に照らし,合理的な推論の結果として被告人の第2次事件当時の精神状態についての結論を導いたものと評価できるのであり,十分に信用することができる。4 ところで,被告人が第2次事件に及んだ後まもなく,G医師によって被告人に対する精神鑑定(以下G鑑定という。)が実施されており,同鑑定は,被告人には,統合失調症の中心症状である,①妄想,②幻覚,③解体した会話,④ひどく解体した又は緊張病性の行動及び⑤陰性症状(感情の平板化,思考の貧困又は意欲の欠如)のうち②ないし⑤がいずれも欠如している上,①については,被告人に被害関係妄想を疑わせる言動があるとしながらも,これは,誤った確信で訂正不能な妄想とは異なるので,被告人が統合失調症であったとは診断できず,反社会性人格障害の基準を満たしているとして,被告人に対して,完全責任能力を問うことができるとする。
しかし,G鑑定は,1回の面接及び捜査記録のみから判断したものである点で鑑定資料及び鑑定方法について必ずしも十分なものとは言えず,同鑑定の結論を採用することには躊躇を覚えるといわざるをえない(なお,同鑑定においても,被告人においては,行動の制御が困難である旨及び第2次事件の各犯行は,妄想的な思い込みに影響されたものである旨の指摘がなされている。)。
第4 そこで,前記第2の認定事実にF鑑定の結果をも踏まえて,以下,被告人の各犯行時における責任能力の有無についてさらに検討を加える。
1 犯行動機について
被告人は,Dからつきまとわれるなどの嫌がらせを受けたために自己の婚姻生活が破綻したことを恨み,同人の周囲の者を標的にした嫌がらせを繰り返すことにより,同人を困らせて仕返しをするとともに,これによって得た国民健康保険被保険者証等を利用して,消費者金融等から金員を騙取しようと考えて第1次事件を敢行し,さらに,同事件の第1審判決を受けて釈放された後もDに対する腹立たしい思いを抑えきれず,同人に対する嫌がらせを企図して第2次事件を敢行したものである旨,本件各犯行の動機を供述する。
しかしながら,前記のとおり,被告人とDとは,昭和54年ころに不倫関係を解消した後は,時折近況を報告する程度の関係しかなかったと認められるのであり,Dから嫌がらせを受けたと被告人が思い込むこと自体が統合失調症の症状である妄想知覚あるいは自閉的な思考のあらわれであると考えなければ,理解できないものである。加えて,被告人は,Eと離婚した直後は,Eに対してもDに対すると同様の嫌がらせをしており,そもそも,被告人が,Dに対する深い怨恨に基づいて本件各犯行に及んでいるのかについても疑問を差し挟む余地がある。被告人が述べる犯行動機は,連想弛緩により原因と結果という関係を形成していないというべきであって,統合失調症の影響を考慮に入れることなくして了解できないものである。 検察官は,被告人の前記供述を踏まえ,本件各犯行動機は了解可能であると主張するが,動機が形成される原因を考慮に入れていない点で皮相的なものといわざるを得ず,採用することはできない。
2 犯行態様等について
本件各犯行は,私文書偽造等いわゆる知能犯と呼ばれるものであり,一般には,責任能力の問題が生じることのまれな犯罪類型である。しかしながら,関係各証拠に基づいて本件各犯行態様を検討するに,例えば,第1次事件においては,被告人は,さほど期間をおくことなくして,同じ区役所で,AとBという別人を名乗っての住民異動届を提出し,また,第2次事件においては,郵便局の窓口に提出するように書かれている文書を郵送し,さらには,各事件を通じて,被告人が偽造し
た文書には,本人であればおよそ間違えることのない誤記や,余事記載等が数多く見うけられる。本件各犯行は,容易に犯行が発覚する点において,計画性に欠け,極めて稚拙な態様と評価するほかない。かかる評価は,被告人の鑑定時における知的能力が,統合失調症
の影響によって,精神発達遅滞に近い水準にあり,系統的,計画的な行動を遂行することが困難な状態にあると認められることからも裏付けられるものである。 加えて,前記第2のとおり,被告人は,本件各犯行以前より,印鑑や収入印紙を買いあさり,書類を書くなどの精神障害を疑わせる行動が見られたものであるが,F鑑定が指摘するとおり,本件各犯行の内容は,

書類・印鑑などを必要とするような事柄を選んで,相手の持つ権利を操作しようとする。

ことにおいて,前記精神障害を疑わせる被告人の言動と,精神病理的にみて共通するものといえる。かように犯行態様,犯行の内容からしても,被告人が統合失調症の影響下で犯行に及んだものと評価することができる。
第5 結論
以上の次第であって,当裁判所において取調べられた関係各証拠,とりわけ前記第3のF鑑定の結果に鑑みれば,少なくとも,第2次事件の当時,被告人は,統合失調症に罹患し,その影響下で第2次事件の各犯行に及んだものと認められ,是非を弁別し,それに従って行動を制御する能力は欠けていたものというべきである。そして,第1次事件についてみるに,前記第4で検討したことに加え,同事件は,第2次事件のわずか半年前に敢行されたものであること,被告人は,遅くとも昭和61年には統合失調症を発病しており,以後同症状に対する医療措置は講じられず,症状が寛解することはなかったと認められることをも併せ考えれば,第1次事件の各犯行当時においても,被告人は,統合失調症の影響で心神喪失の状態下にあったものと推認できる
ものというべきである(なお,F鑑定書の鑑定主文は,第2次事件当時の被告人の精神状態についてのみ述べるものであるが,F鑑定の実質的な内容は,第1次事件の各犯行当時も,被告人が統合失調症の影響により心神喪失状態にあったと判断している。)。
よって,被告人は,前記第1のとおりの各犯行を犯したものであるが,各犯行当時心神喪失の状態にあったと認められるので,刑法39条1項,刑事訴訟法336条により,主文のとおり,被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑・懲役3年6月,各偽造文書の偽造部分没収)
平成16年1月14日
名古屋地方裁判所刑事第4部
裁判長裁判官 沼 里 豊 滋
裁判官 後 藤 眞 知 子
裁判官 安 達


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