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建物賃料改定請求事件
事件番号平成12(受)123
事件名建物賃料改定請求事件
裁判年月日平成15年10月21日
法廷名最高裁判所第三小法廷
裁判種別判決
結果その他
判例集等巻・号・頁集民 第211号55頁
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成10(ネ)5145
原審裁判年月日平成11年10月27日
判示事項建物賃貸借契約に基づく使用収益の開始前に借地借家法32条1項に基づき賃料増減額請求をすることの可否
裁判要旨建物賃貸借契約の当事者は,契約に基づく建物の使用収益の開始前に,借地借家法32条1項に基づいて賃料の額の増減を求めることはできない。
参照法条借地借家法32条1項
裁判日:西暦2003-10-21
情報公開日2017-10-18 06:38:50
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主 文
1 原判決中,上告人敗訴部分のうち,被上告人が平成7年3月1日から平成8年7月31日までの間の賃料額の確認を求める部分を破棄し,同部分につき,被上告人の控訴を棄却する
2 原判決中,上告人敗訴部分のうち,被上告人が平成8年8月1日以降の賃料額の確認を求める部分を破棄し,同部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。3 第1項の部分に関する控訴費用及び上告費用は,被上告人の負担とする。 理 由
上告代理人可部恒雄,同尾崎行信,同磯辺和男,同桃尾重明,同手塚一男,同大江忠,同高橋順一の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)について
1 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人は,不動産賃貸等を目的とする資本金867億円余の株式会社であり,我が国不動産業界有数の企業である。上告人は,倉庫営業等を目的とする資本金3億円の株式会社である。
(2) 上告人は,平成元年ころから事業用地の有効利用について検討をしていたが,同年11月ころ以降,被上告人から,上告人が被上告人の預託した敷金を建築資金として転貸事業用ビルを建築し,被上告人がこれを賃借して転貸事業を行う旨の提案を受け,被上告人と契約内容等について交渉を進めた。
(3) 上告人は,平成3年7月9日,被上告人との間で,次の約定で,原判決別紙物件目録(一)記載の建物(名称a。以下本件建物という。)のうち同目録(二)記載の部分(以下本件賃貸部分という。)を被上告人に賃貸する旨の契約(以下本件契約という。)を締結した。
ア 上告人は,上告人所有の東京都港区bc丁目d番e外の土地上に本件建物を建築して,被上告人に対し,本件賃貸部分を一括して賃貸し,被上告人は,これを賃借し,自己の責任と負担において他に転貸して運用する。
イ 賃貸期間は,本件賃貸部分の引渡しの日の翌日から20年間とし,期間満了時には,双方協議の上で定める条件により,契約を更新することができる。賃貸期間中は,不可抗力による建物損壊の場合のほか,中途解約できない。 ウ 賃料は,引渡時点(平成7年3月1日予定)において年額18億円とし,被上告人は,毎月末日,賃料の12分の1(翌月分)を支払う。
エ 賃料は,本件賃貸部分引渡しの日の翌日から2年を経過するごとに,その直前の賃料の8%相当額の値上げをする(以下,この約定を本件賃料自動増額特約という。)。急激なインフレ等経済事情の激変,又は公租公課の著しい変動があったときは,被上告人は,上告人と協議の上,上記の8%相当額を上回る値上げをすることができる。
オ 賃料は,本件賃貸部分引渡しの日の翌日から4年を経過するごとに見直す。ただし,新賃料は,いかなる場合においても,上記の見直し時の直近1年間の支払賃料額を下回らない額とする。
カ 被上告人は,上告人に対し,総額234億円を敷金として預託する。敷金は,賃貸借契約終了時に,下記クの転貸借契約の引継手続の完了と引換えに,一括して返還する。
キ 被上告人は,テナントとの転貸借契約の内容を遅滞なく,上告人に開示するものとする。
ク 本件契約が終了したときは,上告人は,被上告人から転貸人の地位を引き継ぐものとし,同時に,被上告人は,テナントから預託を受けた敷金又は保証金全額を上告人に引き渡すものとする。
(4) 上告人は,その後,D建設株式会社との間で本件建物の建築請負契約を締結し,株式会社E設計との間で設計監理委託契約を締結し,被上告人から預託を受けた敷金234億円の全額を上記各契約に係る建築代金及び設計監理費の支払に充てた。
(5) 被上告人は,平成7年2月6日,上告人に対し,本件賃貸部分の賃料を年額10億円に減額すべき旨の意思表示をした(以下,これを第1次減額請求という。)。
(6) 本件建物は,平成7年2月28日に完成した。上告人は,同日,D建設株式会社から本件建物の引渡しを受け,被上告人に対し,本件賃貸部分を引き渡した。 (7) 被上告人は,平成8年7月3日,上告人に対し,本件賃貸部分の賃料を同年8月1日以降年額7億2418万5000円に減額すべき旨の意思表示をした(以下,これを第2次減額請求という。)。
2 本件は,被上告人が,上告人に対し,借地借家法32条1項の規定に基づき,第1次減額請求及び第2次減額請求により賃料減額の効果が発生したと主張して,本件賃貸部分の賃料が平成7年3月1日から平成8年7月31日までの間は年額10億円であり,同年8月1日以降は年額7億2418万5000円であることの確認を求める訴訟である。
上告人は,本件契約は,事業契約であって賃貸借契約ではないから,本件契約には借地借家法32条の規定は適用されないなどと主張した。
3 原審は,次のとおり判断して,被上告人の本件請求につき,本件賃貸部分の賃料が平成7年3月1日から平成8年7月31日までの間は年額16億0769万6000円であり,平成8年8月1日以降は年額15億5981万2000円であることの確認を求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。
(1) 本件契約の中心部分である本件賃貸部分の使用関係の法的性格は賃貸借契約であって,本件契約に借地借家法が適用されることは明らかであり,本件契約締結時の基礎となっていた経済事情が著しく変動し,本件賃貸部分の賃料が不当に高額になるなどの特段の事情がある場合には,賃料自動増額特約等が存しても,被上告人は,同法32条1項の規定に基づき,賃料減額請求権を行使することができる。 (2) 第1次減額請求は,第1回賃料の支払前にされたが,上記規定に基づく賃料増減額請求権は,事情変更の原則に基づき賃料を増減額できることとしたものであるから,契約の成立から賃料の支払までの間に相当の期間が経過したことにより事情の変更があれば,賃料増減額請求が賃料支払時期の前にされたとしても,上記規定に基づく増減額請求として有効である。
鑑定の結果によれば,本件賃貸部分の賃料相当額は,平成7年3月1日時点で月額1億0192万4000円(年額12億2308万8000円),平成8年8月1日時点で月額8995万3000円(年額10億7943万6000円)とされるが,本件における諸般の事情を考慮すると,これをそのまま相当賃料とすることは公平に反し,相当ではなく,相当賃料額としては,現実の賃料年額18億円と上記の鑑定の結果との差額を3分し,その1を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする方法により定めるのが相当である。
以上によれば,被上告人の賃料減額請求による相当賃料額は,平成7年3月1日時点で年16億0769万6000円,平成8年8月1日時点で年15億5981万2000円となるから,被上告人の本件請求は,上記相当賃料額の確認を求める限度で理由があり,その余の請求は理由がない。
4 しかしながら,原審の上記(1)の判断は是認することができるが,(2)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 前記確定事実によれば,本件契約における合意の内容は,上告人が被上告人に対して本件賃貸部分を使用収益させ,被上告人が上告人に対してその対価として賃料を支払うというものであり,本件契約は,建物の賃貸借契約であることが明らかであるから,本件契約には,借地借家法が適用され,同法32条の規定も適用されるものというべきである。
本件契約には本件賃料自動増額特約が存するが,借地借家法32条1項の規定は,強行法規であって,本件賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができないものであるから(最高裁昭和28年(オ)第861号同31年5月15日第三小法廷判決・民集10巻5号496頁,最高裁昭和54年(オ)第593号同56年4月20日第二小法廷判決・民集35巻3号656頁参照),本件契約の当事者は,本件賃料自動増額特約が存するとしても,そのことにより直ちに上記規定に基づく賃料増減額請求権の行使が妨げられるものではない。
なお,前記の事実関係によれば,本件契約は,不動産賃貸等を目的とする会社である被上告人が,上告人の建築した建物で転貸事業を行うために締結したものであり,あらかじめ,上告人と被上告人との間で賃貸期間,当初賃料及び賃料の改定等についての協議を調え,上告人が,その協議の結果を前提とした収支予測の下に,建築資金として被上告人から234億円の敷金の預託を受けて,上告人の所有する土地上に本件建物を建築することを内容とするものであり,いわゆるサブリース契約と称されるものの一つであると認められる。そして,本件契約は,被上告人の転貸事業の一部を構成するものであり,本件契約における賃料額及び本件賃料自動増額特約等に係る約定は,上告人が被上告人の転貸事業のために多額の資本を投下する前提となったものであって,本件契約における重要な要素であったということができる。これらの事情は,本件契約の当事者が,前記の当初賃料額を決定する際の重要な要素となった事情であるから,衡平の見地に照らし,借地借家法32条1項の規定に基づく賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額を判断する場合に,重要な事情として十分に考慮されるべきである。 原審の上記(1)の判断は,以上の趣旨をいうものとして是認することができ,この点に関する論旨は,採用することができない。
(2) 借地借家法32条1項の規定に基づく賃料増減額請求権は,賃貸借契約に基づく建物の使用収益が開始された後において,賃料の額が,同項所定の経済事情の変動等により,又は近傍同種の建物の賃料の額に比較して不相当となったときに,将来に向かって賃料額の増減を求めるものと解されるから,【要旨】賃貸借契約の当事者は,契約に基づく使用収益の開始前に,上記規定に基づいて当初賃料の額の増減を求めることはできないものと解すべきである。
そうすると,第1次減額請求は,本件契約に基づき本件賃貸部分が被上告人に引き渡され,被上告人がその使用収益を開始する前にされたものであるから,この減額請求による賃料の減額を認めることはできない。この点をいう論旨は理由がある。 したがって,第1次減額請求による賃料減額を認め,被上告人の平成7年3月1日から平成8年7月31日までの間の賃料額の確認請求の一部を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決中,上告人敗訴部分のうち,上記期間の賃料額の確認を求める部分は破棄を免れない。そして,この部分に係る請求を棄却した第1審判決は正当であるから,この部分につき,被上告人の控訴を棄却することとする。また,第2次減額請求の当否及びこれによる相当賃料額は,第1次減額請求による賃料の減額の帰すうを前提として判断すべきものであり,本件においては,前記のとおり,第1次減額請求による賃料の減額を認めることができないのであるから,第1次減額請求による賃料の減額を認めた上で第2次減額請求による賃料の減額を認め,被上告人の平成8年8月1日以降の賃料額の確認請求の一部を認容した原審の判断にも,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原判決中,上告人敗訴部分のうち,上記賃料額の確認を求める部分も破棄を免れない。そして,第2次減額請求の当否等について更に審理を尽くさせるため,この部分につき,本件を原審に差し戻すこととする。 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官藤田宙靖の補足意見がある。
裁判官藤田宙靖の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛成するものであるが,本件契約につき借地借家法32条が適用されるとする理由につき,若干の補足をしておきたい。
本件契約のようないわゆるサブリース契約については,これまで,当事者間における合意の内容,すなわち締結された契約の法的内容はどのようなものであったかという,意思解釈上の問題がしばしば争われており,本件においても同様である。そして,その際,サブリース契約については借地借家法32条の適用はないと主張する見解(以下否定説という。本件における上告人の主張)は,おおむね,両当事者間に残されている契約書上の賃貸借との表示は単に形式的・表面的なものであるにすぎず,両当事者間における合意の内容は,単なる建物賃貸借契約にとどまるものではない旨を強調する。
しかし,当事者間における契約上の合意の内容について争いがあるとき,これを判断するに際し採られるべき手順は,何よりもまず,契約書として残された文書が存在するか,存在する場合にはその記載内容は何かを確認することであり,その際,まずは契約書の文言が手掛りとなるべきものであることは,疑いを入れないところである。本件の場合,明確に残されているのは,賃貸借予約契約書と称する契約文書であり,そこに盛られた契約条項にも,通常の建物賃貸借契約の場合と取り立てて性格を異にするものは無い。そうであるとすれば,まずは,ここでの契約は通常の(典型契約としての)建物賃貸借契約であると推認するところから出発すべきであるのであって,そうでないとするならば,何故に,どこが(法的に)異なるのかについて,明確な説明がされるのでなければならない。 この点,否定説は,いわゆるサブリース契約は,①典型契約としての賃貸借契約ではなく,不動産賃貸権あるいは経営権を委譲して共同事業を営む無名契約である,あるいは,②ビルの所有権及び不動産管理のノウハウを基礎として共同事業を営む旨を約する無名契約と解すべきである,等々の理論構成を試みるが,そこで挙げられているサブリース契約の特殊性なるものは,いずれも,①契約を締結するに当たっての経済的動機等,同契約を締結するに至る背景の説明にとどまり,必ずしも充分な法的説明とはいえないものであるか,あるいは,②同契約の性質を建物賃貸借契約(ないし,建物賃貸借契約をその一部に含んだ複合契約)であるとみても,そのことと両立し得る事柄であって,出発点としての上記の推認を覆し得るものではない。
もっとも,否定説の背景には,サブリース契約に借地借家法32条を適用したのでは,当事者間に実質的公平を保つことができないとの危惧があることが見て取れる。しかし,上記の契約締結の背景における個々的事情により,実際に不公平が生じ,建物の賃貸人に何らかの救済を与える必要が認められるとしても,それに対処する道は,否定説を採る以外に無いわけではないのであって,法廷意見が,借地借家法32条1項による賃料減額請求の当否(同項所定の賃料増減額請求権行使の要件充足の有無)及び相当賃料額の判断に当たり賃料額決定の要素とされた事情等を十分考慮すべき旨を判示していることからも明らかなように,民法及び借地借家法によって形成されている賃貸借契約の法システムの中においても,しかるべき解決法を見いだすことが十分にできるのである。そして,さらに,事案によっては,借地借家法の枠外での民法の一般法理,すなわち,信義誠実の原則あるいは不法行為法等々の適用を,個別的に考えて行く可能性も残されている。
いずれにせよ,必ずしも否定説によらずとも,実質的公平を実現するための法的可能性は,上記のとおり,現行法上様々に残されているのであって,むしろ,個々の事案に応じた賃貸借契約の法システムの中での解決法や,その他の上記可能性を様々に活用することが可能であることを考慮するならば,一口にサブリース契約といっても,その内容や締結に至る背景が様々に異なり,また,その契約内容も必ずしも一律であるとはいえない契約を,いまだ必ずしもその法的な意味につき精密な理論構成が確立しているようには思えない一種の無名契約等として,通常の賃貸借契約とは異なるカテゴリーに当てはめるよりも,法廷意見のような考え方に立つ方が,一方で,法的安定性の要請に沿うものであるとともに,他方で,より柔軟かつ合理的な問題の処理を可能にする道であると考える。
(裁判長裁判官 藤田宙靖 裁判官 金谷利廣 裁判官 濱田邦夫 裁判官 上田豊三)
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