判例検索β > 平成14合年(わ)第64号
殺人
事件番号平成14合(わ)64
事件名殺人
裁判年月日平成14年11月11日
裁判所名・部東京地方裁判所
裁判日:西暦2002-11-11
情報公開日2017-10-13 01:45:48
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平成14年合(わ)第64号 殺人
主 文
被告人Aを無期懲役に,被告人Bを懲役10年に処する。 被告人両名に対し,未決勾留日数中各180日を,それぞれその刑に算入する。
理 由
(犯行に至る経緯)
被告人Aは,いわゆる浮浪生活を経て,平成12年4月ころから,東京都墨田区(以下略)先の荒川河川敷に建てられたテント式住居施設(ベニヤ板や青色ビニールシートなどを用いて造られたもの)で暮らしていた者であり,被告人Bは,浮浪生活を経て,同年夏ころ,被告人Aに誘われるまま同住居施設に移り住み,それ以後,同被告人と夫婦同然の生活を送っていた者である。
被告人両名は,平成13年4月ころ,朝方から,同住居施設内で一緒に焼酎を飲むなどしていたところ,そのうち,同じ河川敷のさほど離れていない場所にある同様の住居施設で暮らしていたC(当時44歳)が,ワンカップ(焼酎入り)片手に,顔見知りの被告人Aを訪ねてやって来て,同被告人の上記住居施設内で,被告人両名と一緒に飲酒を始めた。ところが,その後,その日の午前中に,被告人Aが用便のために外に出て行き,被告人BとCが同住居施設内で2人きりになった折,酩酊した同人が,被告人Bに対し,

生意気な女だ。

などと言ってからんできたばかりか,所携のはさみを取り出して同被告人に突きつけながら,その命を取るという意味のことまで言って,同被告人を威嚇するような言動に及ぶなどしたことから,これに腹を立てた
同被告人において,大声でCに言い返し,さらに,同住居施設内に戻ってきた被告人Aにおいて,Cに組みついてその体を押さえつけ,被告人Bにおいても,Cから上記はさみを取り上げ,引き続き,被告人両名において,怒りの赴くままに,こもごも,倒れたCに対し,その体を刃物様のもので突いたり,その頭部等を足で蹴りつけるなどしたところ,まもなく,同人が意識を失い,自力では起き上がれない状態に陥ってしまった。
(犯罪事実)
被告人両名は,同住居施設内において,Cが上記の状態に陥るに及んで,このままでは,同人を手ひどく痛めつけてしまったことを人に知られ,警察に逮捕されたりするのではないかと恐れる気持ちにかられて,被告人Aが被告人Bに対し,これを隠ぺいするためには,この際,Cを土中に生き埋めにして殺害するほかはない旨提案し,被告人Bもこれを応諾したことから,被告人両名において,Cを殺害する旨意思を相通じて共謀を遂げるに至った。そして,そのころ,被告人Aにおいて,被告人Bに周囲の状況を見張らせる中,まだ生きているCを,同住居施設前(そのほぼ南方約9メートルの辺り)の地面に掘った穴まで引きずって行き,その穴の中に同人の体を横たえた後,その上に土砂をかぶせて入念に踏み固め,よって,そのころ,同所において
,同人を窒息死させて殺害した。
(事実認定の補足説明)
1 被告人Aは,捜査・公判段階において,自分は,判示の日ころ,外から戻ってみると,Cが血を流して死亡しており,そのそばに被告人Bが立っていたことから,同被告人がCを殺害したものと思い,被告人Bのことがかわいそうになって,Cの死体を地面に掘った穴に埋めたことはあるが,同人を土中に生き埋めにして殺害してはいないという趣旨の供述をしており,被告人Aの弁護人も,被告人Aのこのような供述に依拠して,同被告人については,死体遺棄罪が成立するのはともかく,殺人罪が成立する余地はない旨主張する。そこで,判示の犯罪事実を認定した理由について,以下に補足して説明する。
2 関係各証拠によれば,次のような事実が認められる。
(1) 平成14年1月5日,警察官らは,捜索差押許可状に基づいて,東京都墨田区(以下略)先に建てられたテント式住居施設(ベニヤ板や青色ビニールシートなどを用いて造られており,その内部が,出入口側〈西側〉の部屋と奥〈東側〉の部屋〈寝部屋用〉とに仕切られたもの。以下本件テント小屋という。)やその付近を捜索した際,本件テント小屋のほぼ南方約9メートルの土中に,Cの死体が埋まっているのを発見した。同死体は,うつぶせに横たえられた状態で,最も深いところ(頭側)で約57センチメートル,最も浅いところ(足側)で約30センチメートルの深さの土中に埋没しており,その下腿から足部が半ば白骨化し,他は全体
的に屍蝋化していて,糞尿臭のする土砂様のものが付着していた。なお,同死体の着衣のうち,上衣(
長袖シャツ)の背面下方部分には,切截痕様の穴が3つ(長さが約1.1センチメートルから約2.5センチメートルのもの)と小さな円形状の穴が1つあいていた。
(2) Cの死体は,その翌日に司法解剖されたが,その結果は,大要,次のようなものである。すなわち,同死体は,全身が死後変性により著しく屍蝋化しており,内臓器も死後変性状態であったものの,心・肝臓などに異常を認める痕跡がないなど,病死又は急性内因死をうかがわせる状況はなく,かつ,死に至る外傷が生前時に加えられたと思われる所見は認められなかった。なお,同死体の左側腹部の皮下に黒紫色変色部があり,同変色部が,血液の死後変性したもので,何らかの凶器による損傷に起因する出血と考えても矛盾しないが,脾臓などのこの近辺の内臓器に損傷を与えた痕跡は認められず,この損傷によって死亡したとは考えられないし,この変色部が損傷痕であるとした場合,少なくとも,刃体の長い鋭器がその成傷器であるとは考えにく
い。また,頭蓋骨のほぼ中央部のやや左側にも,鶏卵大の黒色変色部があり,同変色部も,出血した血液の死後変性したもので,生前の殴打等によって出血したものと考えても矛盾しないが,かなり軽度のもので,頭部への殴打が直接死因になったとは考えられない。さらに,甲状軟骨左上角に軽度の可動性が認められたが,周囲に黒色変色が認められず,骨折であるとは考えにくく,このような所見から,首を絞められたとは考えにくい。その他,同死体には,服毒死を示唆する所見も認められず,解剖所見からは死因は不詳であるが,同死体の歯牙には,一般に窒息死の所見の1つであるピンク色を呈しているという所見が認められ,何らかの手段による窒息死,例えば,土中に生き埋めにされて気道を閉塞されたことによる窒息死であると考えても矛盾し
ない。そして,解剖開始時に死後9か月が経過していると見ても矛盾しない。以上のようなものである。
(3) ところで,本件テント小屋は,平成12年4月ころから被告人Aが住んでいたものであるところ,同年夏ころからは,この小屋に被告人Bも同居するようになり,昼間から被告人Aと一緒に焼酎を飲むなどして,夫婦同然の生活を送っていた。一方,Cは,平成13年1月ころから,本件テント小屋から直線距離で20メートル余り離れた,同じ荒川河川敷右岸上にDが建てた小屋に住んでいたところ,その10日くらい後に,同人と一緒に被告人Aの住む本件テント小屋を訪ねた際,Dに紹介されて被告人Aと知り合っていた。ところが,Cは,同年4月ころ,自分の住む小屋でDと一緒に飲酒するなどした後,1週間くらい経過したころに同人が同小屋を訪ねてみたところ,姿が見当たらず,以後所在不明になっていたものである。
(4) なお,被告人Aは,酒好きで,酔うとかなり粗暴な行動に及ぶという傾向があり,同棲相手の被告人Bにさえ暴力を振るうということもあったが,その一方で,同被告人にいわゆるべたぼれの状態で,嫉妬深いところもあった。また,同被告人も,酒好きで,酔ったときなどには,かなり粗暴な振る舞いに及ぶこともあった。他方,Cも酒好きで,飲酒していないときにはおとなしく,他人にやさしいところもあったが,飲酒酩酊した際には,大言壮語したり,しつこく他人にからんだりするなど,酒癖が悪く,けんかに強くもないのにけんかざたに及んだあげく,かえって怪我を負わされて戻ってくるということも,一再にとどまらなかった。 (5) 警察官らが,上記(1)記載の捜索後に,改めて本件テント小屋やその付近を検証ないし捜索したところ,同小屋の北側の土中から,焼けたじゅうたん片や布片のほか,腐食して握りの部分がなくなったはさみ1本などが発見され,また,同小屋内の奥の部屋の南側壁面(ベニヤ板)の7か所に小豆大くらいの血痕が付着し,同部屋の床(ベニヤ板)にも,直径約80センチメートル大一面に血痕様のものが付着していることが判明した。
3 被告人Bの供述の検討
(1) 被告人Bは,Cの死体が発見されるまでの経緯等につき,当公判廷において,次のような趣旨の供述をしている。
ア 平成13年4月ころ,私が,本件テント小屋で,朝から,被告人Aと一緒に焼酎を飲んでいたところ,Cがワンカップ(焼酎入り)を持ってやって来て,出入口側の部屋で一緒に飲酒を始めた。被告人AとCとは顔見知りであり,私は,Cとは面識がなかったが,卵と野菜炒めのようなものを作って出した。そのうち,被
告人Aが本件テント小屋の外に用便に出て行ったところ,Cが,私のそばにやって来て,

生意気な女だ。

などと言って私をにらむような目で見たが,私はこれを無視していた。すると,Cは,立つようなしぐさをしながら,ポケットから先のとがったはさみを取り出し,いきなり

あんたに恨みはないけど,頼まれたから取りに来た。

などと,私の命を取るような意味のことを言いながら,そのはさみを私の脇腹に突きつけて
きた。私は,立ち上がって,Cに対し,

何するんだ。

と大声で言い返したところ,被告人Aが戻ってきて,Cを背後から羽交い締めにし,2人で揉み合いになった。私は,Cから,

取りに来た。

などと言われて,腹が立っていたので,被告人Aに押さえつけられているCからはさみを取り上げて,その左の腹辺りを1回突き刺したところ,こんにゃくに竹串を刺すような感触があった。その際,Cの腹辺りの着衣はめくれていたと思う。そして,被告人Aは,Cを奥の部屋に引き上げてうつぶせにしたが,私は,腹の虫がおさまらなかったため,はさみの先端で,Cの足の裏やふくらはぎを,つんつんという感じで何回か突き刺したり,同人の頭を素足で何回か蹴飛ばすなどした。もっとも,このとき,特に同人の体から出血はしていない。一方,被告
人Aも,Cの背中に向けて,何か光る物を,ちょんちょんちょんという感じで3回くらい連続して上下に動かしたりしていた。これに対し,Cは,酔っ払っていて,反応がなかった。
イ その後,私は,被告人Aから,隣の小屋に住むEを呼んでくるように言われたので,同人の小屋に出かけて行って同人に来るように伝えた後,先に本件テント小屋に戻ると,それまでCは顔や頭から血など流していなかったのに,同人の顔や耳辺りから出血していて,被告人Aが,おしぼりでCの顔をふいており,そのおしぼりが血で赤くなっていた。そして,被告人Aは,私の後からやって来たEに対して,

お前もこうなりたいんか。

などと言ったが,同人は,

ああ,こわ(怖)。

と一言言ったきりであった。私は,Cのまつげがまだ動いたりして生きており,けがをしていてかわいそうになったので,まだEがその場にいるときに,被告人Aに対し,

救急車呼んでやったらいいんでない。

と言ったところ,

そんなものいい。

と同被告人に言われた。そこで,私は,被告人Aに,Cをどうするのかと尋ねると,被告人Aから,埋めておこうという趣旨のことを言われたので,私も,人に見られ,警察にでも来られて捕まりたくないなどと考えて,結局,それしかないと思い,Cを埋めることに賛成した。同人を埋める話が出たころには,もうEはいなくなっていた。
ウ そこで,私たち2人は,Cを本件テント小屋の出入口のところまで運び,被告人Aが長靴をはいて,穴を掘りに出て行った。その間,私は,Cの様子を見ていたが,その腹が上下に動いており,同人はまだ生きていた。被告人Aは,私たちが便所として使っていた穴を,スコップで20分から30分くらい掘って戻ってきた。そこで,私は,Cの頭の方を持ったが,重くて持てず,被告人Aから,持たなくていいから周りを見張っているようにと言われたので,本件テント小屋の出入口を出たところで,周囲を見張っていた。その間に,同被告人は,掘った穴のところにCを引きずって行ったと思う。その後,私は,被告人Aに呼ばれて穴の辺りに行ってみると,Cが穴の中にうつぶせになっていた。私は,被告人Aが土をかぶせる間,周囲を見張って
いたところ,土を掛けられたCが,ううっと声を出し,頭を少し上げて,いかにも助けてくれと言わんばかりのその顔がちらっと見えた。すると,被告人Aが,

成仏せいや。

と言って,Cの背中を1回足で踏みつけるように蹴り,同人はそのままパタンと下に落ちた。被告人Aは,それからどんどん土を掛けていき,その間,私は,周囲を見張っていた。被告人Aは,Cを埋めた後,その辺りの地面を念入りに踏み固めて平らにしていた。そして,私たちは,血の付いたおしぼりや服などを燃やし,本件テント小屋に敷いてあったござなどの血の付いた箇所をふいたりしたが,死ぬほどの多量の出血ではなかったと思う。
被告人Bの供述内容は,以上のようなものである。
(2) 上記(1)掲記の被告人Bの供述は,記憶にあることとないことを区別しながら,具体的かつ詳細に述べたものであって,Cを殺害するに至る経緯やその状況に関し,体験した者でなければ語ることができないような迫真性にも富むものである上に,C殺害の実行行為そのものは専ら被告人Aが行った旨述べる一方で,自らも,Cを土中に埋めて殺害しようという被告人Aの企てに同調して,主に見張りと
いう形態でこれに関与したことや,Cを土中に埋める前の段階で,怒りに任せて同人に対する暴行に及び,いわば同人殺害のきっかけを作ったことなどを認める趣旨のことも述べたものである(なお,捜査報告書によれば,被告人Bは,捜査段階においても,上記供述とおおむね符合する内容の犯行状況の再現を行っていたことが認められる。)。
さらに,被告人Bの上記供述を内容的に見てみると,まず,Cが生きている状態で土中に埋められたという点については,上記2の(2)で認定したとおり,司法解剖の結果,同人の死因が,土中に生き埋めにされて気道を閉塞されたことによる窒息死であると考えても矛盾しないと考えられることとも,整合するものである。また,その前後の被告人両名の行動として述べる内容も,少なくとも,被告人Bが,Cの左の腹辺りをはさみで突き刺したり,その頭部を足で蹴りつけるなどし,その後,死亡するに至るほどではなかったものの,同人が顔や耳辺りから血を流しているという状況があったという点や,同人を土中に埋めた後,被告人両名が,血の付いたおしぼりや服などを燃やし,本件テント小屋に敷いてあったござなど血の付いた箇所をふいたり
したという点については,上記2の(2)及び(5)で認定した事実,すなわち,Cの死体の頭部の黒色変色部や左側腹部の皮下の黒紫色変色部の状況(しかも,それらが,内臓器の損傷や出血による死亡にはつながらない程度の,かなり軽度なものであったと考えられること)や,本件テント小屋近くの土中から,焼かれた布片などが発見されたという事実などと対比しても,それほど不自然な内容ではないといえる(なお,上記2の(5)で認定したとおり,本件テント小屋近くの土中からは,腐食して握りの部分がなくなったはさみも発見されており,被告人Bは,当公判廷において,写真撮影報告書に添付されたこの腐食したはさみの写真を見せられて,握りの部分がないので,Cから取り上げて同人を刺したはさみかどうかは分からない旨述べながらも,そのはさ
みに似ていること自体は否定していないところ,この腐食したはさみが同人を刺したはさみであると断定するまでには至らないにしても,このような腐食したはさみが本件テント小屋近くの土中から発見されたということも,同人をはさみで刺したなどという被告人Bの供述内容が,決して不自然な事態とはいえないことを示す一事情と見ることができる。)。さらに,上記2の(4)で認定した被告人Aの性向や被告人Bに対する心情等に照らせば,同被告人の述べるとおり,Cが被告人Bに対して粗暴な言動に及んだと見られる状況があった場合に,被告人Aが,これに憤激するなどして,Cに対して手荒な振る舞いに及ぶというようなことは,十分に考え得る状況であるといえる。
加えて,Eは,当公判廷において証人として尋問を受けた際,私は,平成13年4月ころの昼前,先に被告人Aの小屋に出かけて行ったと思われるCの様子を見ようなどと考えて同小屋に行ってみたところ,同小屋の中には,被告人Aと被告人Bがいて,Cが顔から血を流して仰向けに倒れていた,そのとき,同人はまだ生きているようであり,被告人両名の会話の中で,被告人Aが,救急車というような話をしていた,私は,まもなくその小屋を出て行ったが,それ以後はCの姿を見ていない,などと述べているところ,このEの証言は,本件テント小屋の中で,Cが顔から血を流して倒れていたという点や,その際,被告人両名の間で(どちらが言ったかはともかく),救急車の話が出ていたという点で,被告人Bの上記供述内容を裏付けるものであ
る(Eは,同人の検察官調書及び警察官調書中でも,ほぼ同趣旨の供述をしている。なお,Eの上記証言は,本件テント小屋に入るまでの経緯につき,被告人Bに呼ばれて行ったわけではないとか,同小屋の敷地に入ったところ,被告人Aに顔面を殴られたなどと述べたり,同小屋の中で,被告人Bが,両手に包丁のようなものを持って,刃を当てて音をさせていたなどと述べる点で,同被告人の上記供述内容とは食い違っているのであるが,この点は,同被告人もEも,本件から相当日時が経過した後に供述していることなどの事情も考え合わせると,両名のいずれかに記憶違いや誤った思い込み等があると考えてもあながち不自然なことではなく,また,Eが被告人両名又はそのいずれかと格別の利害関係を有していて,そのために殊更被告人Aに不利な供
述をしているというようなことをうかがわせる状況も見当たらないことに照らしても,被告人Bの供述を裏付けるEの上記証言が,体験してもいないことを述べた作為的な内容であるとは考えられない。)。
なお,被告人Bは,被告人AがCを埋めるために掘った穴について,自分た
ちが便所として使用していた幅約40センチメートル,長さ約80センチメートルの穴を,被告人Aがスコップで更に掘り広げたものであり,その穴には足を置く板などは置かれておらず,その周囲に囲いもなかった旨述べているのに対し,同被告人においては,公判供述中で,その穴を更に掘り広げたことはないとか,その当時その穴には,足を置く板が置いてあり,その周囲には囲いも設けてあった旨の異なった供述をしている。この点,当時の上記便所として使用していた穴の状況がどのようなものであったのかを認定し得る的確な証拠はないが,同被告人が述べるように,その穴の大きさが,もともと人の体を横たえることができるほどの大きさであったというのは,や
や不自然の感を否めず,むしろ,被告人Bの述べる元の穴の大きさの方が自然であると考えられる(なお,平成14年初めころの時点で,被告人両名が便所として使用していた本件テント小屋近くに掘られた楕円形の穴が,幅約60センチメートル,長さ約85センチメートル程度の大きさであったことは,写真撮影報告書により明らかであるところ,このような事実からも,被告人Bの供述内容の自然さが裏付けられているといえる。)。このように,同被告人のこの供述は,具体的でそれほど不自然なものではない上に,後述するとおり,被告人Aも,捜査・公判段階を通じて,Cを生きたまま埋めたかどうかはともかく,自分たちが便所として使用していた穴にCを埋めたということ自体は,これを認める供述をしているのであるから,いずれにしても,
上記のような被告人Aの供述との食い違いがあることにより直ちに,被告人Bの上記供述の主要な点につき,同被告人において記憶にないことを述べた作為的な内容であるというような疑いが生じるものではない。
(3) 以上に検討したところを総合すると,上記(1)掲記の被告人Bの供述は,平成13年4月ころ,本件テント小屋内において,被告人Aが中座している間に,Cが被告人Bに対して粗暴な言動に及び,これに腹を立てた同被告人が,大声で言い返し,さらに,戻ってきた被告人Aにおいて,Cを羽交い締めにしたり,被告人Bにおいても,Cからはさみを取り上げて,そのはさみで同人の左の腹辺りを突き刺し,引き続き,こもごも,同人の体を押さえつけたり,その頭部を足で蹴りつけたりした後,同人が意識を失ったもののまだ生きていることを十分に認識しながら,被告人両名において,Cを生きたまま土中に埋める旨相謀り,被告人Bが周囲を見張る中,被告人Aにおいて,本件テント小屋の近くにある便所として使用していた穴に,Cを埋めて窒息
死させたという主要な点につき,これを裏付ける状況も認められるといえる。のみならず,その際の被告人Bの心の動き,すなわち,被告人Aから,まだ生きているCを土中に埋めることを提案されるや,自らも既にCに対して暴行を加えるなどしていたこともあって,これが発覚すれば逮捕は免れないなどと考えて,被告人Aに同調し,Cを土中に埋める企てに加担するほかはないと決意するに至ったという点も,それなりに自然な流れに沿った了解可能なものである。そのほか,その供述内容を,上記2で認定した客観的状況等に照らし全体的に見ても,特に不自然な点も見当たらないから,上記(1)掲記の被告人Bの供述は,被告人両名とCとのやり取りの具体的状況やその経緯等の瑣末な点についてはともかく,全体として,その信用性は極めて高いとい
うべきである。
4 被告人Aの供述の検討
(1) これに対し,被告人Aは,捜査・公判段階を通じ一貫して,大要,私は,被告人Bと,私たちの小屋で焼酎を飲んでいたところ,昼近くに,EがCを連れてやって来たので,私とEが一緒に出入口側の部屋で飲酒をし始めたが,Cは,勝手に被告人Bのいる奥の部屋に入って行った,その後,奥の部屋で物音がしたが,私は,2人がふざけ合っているのではないかなどと思い,気にしないでEと酒を飲んでいた,私は,辺りが薄暗くなった後,帰るEを送っていったん小屋の外に出て,同人と別れてまた小屋の中に戻ると,Cが奥の部屋で血まみれになって倒れており,そのそばで,被告人Bが樫の木の棒を持って興奮状態で立っていた,Cは息をしておらず,既に死んでいると思った,私は,被告人Bに何が起きたかを尋ねはしなかったが,同被告人が
Cを殺害してしまったと思い,同被告人のことがかわいそうになって,Cの死体が見つからないように,私たちが便所として使っていた穴にCの死体を引きずって行き,その穴に埋めた,私は,Cに対しては一切手出しをしてはおらず,埋める途中に同人の体を踏みつけたりもしていない,また,私は,Cが既に死んでいると思っ
ていたので,被告人Bとの間で,救急車を呼ぶというような話はしていない,翌日,私は,被告人Bから,あなたを殺しに来たとCに言われたので,かっとなってやってしまったと聞かされた,などという趣旨の供述をしている。 (2) しかしながら,上記(1)掲記の被告人Aの供述は,そもそも,同被告人が,本件テント小屋において,Cと被告人Bが奥の部屋で2人きりで過ごす中,Eと2人で出入口側の部屋で長時間飲酒を続けていたという点で,上記3の(2)掲記のEの証言内容と相反するものであり,まずもってその信用性に強い疑いがあるばかりか,Cが,被告人Bとは親しい間柄にあるとはうかがえないのに,本件テント小屋にやって来るや,勝手に奥の部屋に入って行って,長時間にわたり被告人Bと2人きりで過ごし,これに対し,被告人Aにおいても,それを咎め立てなどしなかったばかりか,2人がふざけ合っていると思えるような物音がしても無関心のまま,その隣の部屋でEと一緒に飲酒を続けていたとか,被告人Aにおいて,被告人BがCを殺害したと思われる状
況を目の当たりにしながら,直ちに殺害の経緯等を被告人Bに尋ねることすらしないまま,Cを土中に埋めるという行為に及んだというようなことも,上記2の(4)で認定した被告人Aの被告人Bに対する心情等に照らせば,容易には理解し難い極めて不自然な状況といわざるを得ない。
(3) 加えて,本件後の被告人Aの言動等にも,上記(1)掲記の同被告人の供述とは整合しないものがある。すなわち,
ア かつて被告人Bと同棲していたことがあり,被告人Aとも一緒に酒を飲むなどの間柄にあったFは,当公判廷で証人として尋問を受けた際,私は,平成13年の春ころ,私の住む小屋で被告人Aと一緒にいた折,同被告人から,はさみを持って命をもらうというようなことを言ってきた相手ともめて,その相手の目をつぶすなどし,まだピクピク動いて生きているのを,被告人Aの小屋の近くの便所に埋めてしまったという話を聞いた,その際,同被告人は普通の顔で話をしていた,なお,私は,被告人Aから,被告人Bがその相手を殺したという話は聞いていない,などという趣旨の供述をしている。
イ 被告人Aと顔見知りの間柄にあるGは,当公判廷で証人として尋問を受けた際,私は,同年夏ころ,被告人Aの住む小屋に行った折,同被告人から,被告人Bが襲われそうになってその相手を刺し,自分も目一杯やってその相手を歩けないようにしたというような話を聞いた,などという趣旨の供述をしている。 以上のようなFやGの各供述は,両名がいずれも,捜査官に対してもおおむね同趣旨の供述をしており,その供述内容に特段作為的な点などもうかがえないことに照らし,十分にその信用性を認めることができるところ,その供述にあるような被告人Aの言動は,同被告人の上記供述とは整合しないものであるのみならず,むしろ,本件の際の状況が,上記3の(1)で被告人Bの供述するようなものであったことを裏付けているといえる。
(4) 以上に検討したところを総合すると,上記(1)掲記の被告人Aの供述は,主要な点に関し極めて不自然な内容であって,このような同被告人の供述により,上記3の(1)掲記の被告人Bの供述の信用性が左右されるものではない。5 結論
以上の次第で,上記2で認定した事実に,信用性の高い上記3の(1)掲記の被告人Bの供述等関係各証拠を総合すると,被告人Aにおいて,Cがまだ生きていることを認識しながら同人を土中に埋めたという点を含め,判示の犯罪事実は優に肯認することができるのであり,これに合理的な疑いを生じさせるような状況はない。 したがって,上記1掲記の被告人Aの弁護人の主張は,採用しない。(量刑の事情)
1 本件は,被告人両名が,共謀の上,当時44歳の男性を生きたまま土中に埋めて窒息死させ,殺害したという事案である。
2 本件犯行は,被告人らが,地面に穴を掘って便所として使用していたところを更に掘り広げた上,意識を失った状態の被害者をその穴に生き埋めにして,汚物混じりの土砂の中で窒息するに任せたという,残酷な態様の凶悪事犯であるばかりか,埋める途中に被害者が意識を回復して,うめき声を上げたり,穴からはい出そうとする素振りさえ見せていたにもかかわらず,被告人Aにおいて,

成仏せいや。

などと言いざまその背中を踏みつけ,再び穴の中に倒れ伏した被害者の体の上に構わず土砂をかぶせ,さらに,その上を入念に踏み固めたというのであって,冷酷非情この上ないというべきである。
本件犯行に至る経緯を見ると,被告人らは,犯行当日,訪ねてきた被害者と一緒
に酒を飲むなどするうち,被害者の言動に腹を立て,こもごも,被害者に対し,その体を押さえつけたり,頭部等を足蹴にするなどして手ひどく痛めつけて,意識を失うに至らせたあげく,その事実を人に知られて警察に逮捕されたりするのを恐れる気持ちから,これを隠ぺいするために,被害者を生き埋めにして殺害しようと企てたというもので,自己保身のためには,人の命を犠牲にすることさえも意に介さない被告人らの考え方は,まことに身勝手かつ短絡的で,人命無視も甚だしいというほかはない。確かに,本件の発端は,被害者が,被告人Bに対し,生意気だなどと言ってからみ始め,命を取りに来たという意味のことを言いながら威嚇するような言動にまで及ぶな
どして,被告人らを憤激させたことにあったとはいえ,被害者が被告人Bを殺害しなければならないような理由も格別見当たらない上に,実際の被害者の行動としても,せいぜいはさみを取り出して被告人Bに突きつけるといった程度のものであったから,被害者においては,酒に酔った勢いで被告人Bにからんだあげく,いわば虚勢を張った振る舞いに及んだだけであって,本心から同被告人を殺害しようと企てたなどとは到底考えられないばかりか,そのような振る舞いに及んでまもなく,被告人Aに組みつかれ,被告人Bにはさみも取り上げられたあげく,一方的に押さえつけられてしまったというのであるから,被害者には,殺害されるいわれがないのはもとより,意識を失うに至るまで痛めつけられるのも致し方ないといえるほどの大きな落ち度があ
ったともいえない。すなわち,本件犯行は,動機の点でも,特に酌量すべきものはない。
3 しかも,被告人らは,本件犯行後,血痕の付着した敷物等を処分するなどの犯跡隠ぺい工作に及んだ上,その後も,被害者の死体が埋まった場所のすぐ近くで平然と生活を続け,その間,居住場所を変えようという話が出た際には,被告人Aの提案により,被害者の死体が既に白骨化している場合には鞄に詰めて別の場所に移そうと企て,被害者を埋めた場所を一部掘り返してみて,その死後変化の状況を確認し,さほどその変化が進んでいないように見えたことから,再び埋め戻し,結局,犯行が露見するまでの長期間,その死体を土中に埋めたまま放置して,屍蝋化するに至らせたというのであって,このような被告人らの犯行後の行状も,非道の極みというほかはなく,この点も厳しい非難を免れない。
4 そして,本件の結果は,被害者の尊い人命が奪われるという,取り返しのつかない重大なものである。被害者は,昭和31年に沖縄県宮古郡で出生して地元の中学校を卒業後,家庭の経済状態を気にかけたこともあって,高校に進学することなくタイル職人として働き始め,昭和53年ころには上京して,本件当時まで建築現場等で働きながら,それなりに平穏な生活を送り,時には実家に送金したり米などを送ったりもしていたというのに,突然,人生半ばにして非業の死を遂げるに至ったものであり,死に至るまでの被害者の苦痛や恐怖はもとより,その無念さには,察するに余りあるものがある。のみならず,被害者の遺族,とりわけ高齢の両親は,それまで年に何度かは息子である被害者からの安否を気遣う電話を受けていた上,両親が70歳にな
るころには郷里に戻るなどと言われていたことから,まもなく母親が70歳を迎えるのを機に被害者が戻ってくるのを楽しみにしていたところ,思いも寄らぬ悲報に接することになったというもので,悲嘆のほどはことのほか深刻であり,被告人らに対し,厳しい処罰感情を抱いているのも当然である。
5 以上によれば,本件の犯情は非常に悪いところ,被告人らの個別の役割や関与の度合いについて見ると,被告人Aは,被害者と被告人Bとがいさかいを始めた当初こそ,中座していて居合わせなかったものの,すぐさまその場にやって来て被害者に組みつき,被害者を押さえつけるなどして痛めつけて,意識を失うに至らせたものである。そして,被告人Aは,被告人Bから,救急車を呼ぼうなどと言われても,これに取り合わなかったばかりか,かえって,被害者を生き埋めにすることを被告人Bに提案し,これを応諾した同被告人に指示して周囲の状況を見張らせる一方,自ら,便所として使用していた穴を更に掘り広げた後,被害者の体をその穴まで引きずって行って,その穴の中に落とし込み,上記のとおり,途中で被害者が意識を回復しても一切
構わず,その背中を踏みつけたりした上,その体の上に土砂をかぶせて入念に踏み固めるなど,本件犯行の実行行為を率先して行っており,終始主導的な立場にあったものである。加えて,被告人Aは,昭和35年5月に,殺人罪で懲役5年に処せられて服役したことがあるのに,本件に際しても,人の命を奪うことにためらいを
感じた形跡などは一切うかがえない。そのほか,同被告人には,強盗致傷罪,傷害罪,窃盗罪等により懲役刑(3回。そのうち1回は執行猶予付きであったが,後にその猶予は取り消された。)や罰金刑(3回)に処せられた前科があり,しかも,平成10年11月に窃盗罪で懲役1年6月に処せられ,平成12年4月にその刑の執行を受け終えてから,わずか1年ばかりで本件犯行に及んだというのであり,その犯罪性向には,根
深いものがあるばかりか,捜査・公判段階を通じて,犯行を否認する内容の不自然な弁解に終始しており,人の命を奪ったことを反省し後悔するといった姿勢は全く見られない。したがって,被告人Aの刑事責任は極めて重いというべきである。 他方,被告人Bは,被告人Aと一緒に被害者を痛めつけた後,一時は救急車を呼ぶことも考えたものの,被告人Aが取り合わず,かえって,同被告人から被害者を生き埋めにして殺害する旨提案されるや,警察に逮捕されることを恐れる気持ちから,これを応諾し,被告人Aが被害者を土中に埋めるまでのかなりの長時間,見張り役を担当して,人通りの有無など周囲の状況に目を配っていたほか,その途中,意識の回復した被害者が,穴の中で体を起こして助けを求めるようなしぐさをするのを見ても,これを黙殺していたというのであるから,自らは,本件殺人の実行行為そのものは担当しておらず,その関与の態様も被告人Aと比べて従属的なものにとどまっていたとはいえ,本件に際し,かなり重要な役割を積極的に果たしていたといえる。したが
って,被告人Bの刑事責任も,被告人Aに劣るとはいえ,相当に重いといわざるを得ない。
6 そうすると,被告人Aについては,その年齢や境遇などの酌むべき事情を総合考慮しても,同被告人を無期懲役に処して,終生その罪を償わせるのが相当である。また,被告人Bについては,捜査段階から一貫して,罪を認め,深い悔悟と自責の念から,被害者の冥福を祈る心境にあり,その遺族に対しても謝罪の手紙を書き送っていること,被害者の死体が発見された後のこととはいえ,被告人Bの供述が本件事案の解明に相当程度寄与したこと,同被告人には,暴行罪により罰金刑に処せられた前科1犯のほかは,前科がないこと,幼い子がいること,その子の父親でもある知人が,被告人Bの更生に助力する意向を示していることなど,同被告人に有利に酌むべき事情をも総合考慮すると,同被告人を懲役10年に処するのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 被告人Aにつき無期懲役,被告人Bにつき懲役15年)
平成14年11月11日
東京地方裁判所刑事第15部
裁判長裁判官 岡 田 雄 一

裁判官 田 中 知 子

裁判官 岸 野 康 隆


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