判例検索β > 昭和26年(オ)第85号
檀徒総代確認等請求
事件番号昭和26(オ)85
事件名檀徒総代確認等請求
裁判年月日昭和35年6月2日
法廷名最高裁判所第一小法廷
裁判種別判決
結果棄却
判例集等巻・号・頁民集 第14巻9号1565頁
原審裁判所名東京高等裁判所
原審裁判年月日昭和25年12月26日
判示事項一 寺法が公益に反しないとされた事例
二 檀徒総代の同意なくして制定された寺院規則の効力
三 宗教団体法第三二条の地方長官の認可の性質。
裁判要旨一 原審認定のような内容の寺法(原判決理由参照)は公益に反するとはいえない。
二 檀徒総代の同意なくして制定された寺院規則は無効である。
三 宗教団体法第三二条の地方長官の認可は、寺院規則の効力を完成させるためのものであつて、独立の創設的効力を有しない。
参照法条民法90条,宗教団体法32条
裁判日:西暦1960-06-02
情報公開日2017-10-18 07:33:30
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主 文
本件上告を棄却する
上告費用は上告人らの負担とする。
理 由
上告人ら代理人弁護士松島邦夫の上告理由について。
(一) 上告人A1寺は被上告人らの亡父Dによつて建立され、明治二七年九月二六日主務官庁の設立許可を受けたものであり、昭和一五年四月宗教団体法の施行された当時において同法三二条一項にいわゆる本法施行の際現に寺院明細帳に登録されている寺院に該当したものであること、
(二) A1寺には大正七年三月成文を以て定められた寺憲と称するものがあり、その第三条によれば、当寺の檀家総代は三名とし当寺建立の事由により永世D及びその相続者は当然その総代となる、その他総代の選定はD及びその相続者において当寺檀家中からこれを選任することと定め、その第四条において当寺檀家は当寺建立の事由によりDの一族に限る、その他は総て信徒とするD及びその相続者は開基檀家たるの故を以て永代檀家中の首席とする旨を定めていたが、その後Dにおいて甲第二号証の如き内容のA1寺寺法を作成し、昭和六年四月三〇日当時の日蓮宗管長Eの認証を受けたこと、
(三) 明治一七年太政官第一九号布達によれば、国家は同布達を以て各管長をして自己の宗派内における根本規則たる宗制寺法を定めて内務大臣(当時は内務卿)の認可を受くべきものと定めていたから、成文の寺法として効力を有するがためには、内務大臣の認可を経ることを必要としたのであるが、前示寺憲及び寺法と称せられるものについて内務大臣の認可を経た事跡は認められないから、A1寺には成文としての寺憲も寺法もなかつたものと認めざるを得ない。
(四) しかしながら、判示のような事情の下ではA1寺には同寺の檀徒及びその総代たる者の資格をD家一門の者に限定する旨(前示甲第二号証と同一内容のもの)の内規慣例が永く慣行され、被上告人らはこの慣行に基づき大正年間から引続き檀徒総代として寺務に関与していたこと、すなわち右慣行がA1寺の不文の寺法であると認むべきであること、
(五) 然るに、前示宗教団体法の施行されるに及び同法三二条一項にいわゆる現に寺院明細帳に登録されている寺院となつたA1寺は同法施行令三五条により同法施行後二年内に寺院規則を定め、総代の同意を得管長の承認を経、地方長官の認可を受くべきであり、右認可のあるまでは従前の規定が寺院規則に代るものとされ、もしその従前の規定がないときは従前の例によるものとされていたが、A1寺には成文として有効な寺憲も寺法もないことは前記のとおりであるから、A1寺の檀徒総代をDの一門の者に限定する旨の前記不文の内規慣行すなわち前記不文の寺法は前示宗教団体法施行令三五条にいう従前の例に該当するものとして前記宗教団体法による寺院規則の認可があるまではその効力を保有していたものであること、 (六) そして、A1寺の住職である上告人A2は前記宗教団体法三五条により特に寺院規則を制定すべく檀徒総代である被上告人らに同意を求めたところ、その規則案の内容に関し同意を得られず、両者の間に意見の不一致を来したため上告人A2は昭和一七年一月一八日いわゆる檀徒総会を招集し、その決議を経て、同年二月二一日被上告人らの総代を解任し、上告人A3、同A4、同A5を総代に選任し且つその旨届出で次いで、同年三月一五日書面を以て任期満了を理由とする解任の通知をなしたこと、
(七) しかし、前叙のように、前記宗教団体法施行令三五条にいう従前の例に該当するものと認むべき内規慣例がA1寺の檀徒総代はDの一家一門の者に限定する旨定めておりその反面住職或は檀徒総会において総代を選任又は解任するの慣例がなかつたものと認められる以上は、被上告人らに対してなされた前示解任の通知はその効力を生じないものであると同時に、Dの一門でない上告人A3ら外二名の者は当初からA1寺の檀徒たるの適格を有せず、従つてその総代となる資格ももつていないのであるから上告人A2の上告人A3外二名を檀徒総代に選任する旨の行為もまたその効力を生ずるに由ないものであること、されば被上告人両名は現に上告人A1寺の檀徒総代であり、上告人A3、同A4、同A5三名は上告人A1寺の檀徒総代でないこと、
(八) 上告人A2はA1寺の住職として昭和一七年三月二八日寺院規則を定め、上告人A3、同A4、同A5の同意の下に(勿論被上告人両名の同意なくして)日蓮宗管長Eの承認を受け同年三月三一日神奈川県知事Fの認可を得たのであるが、前叙のように、上告人A3外二名はA1寺の檀徒総代ではなく被上告人両名が檀徒総代であつたのであるから右寺院規則は結局檀徒総代の同意なくして制定されたものと認めざるを得ないこと、そしてそもそも、寺院規則の制定は檀徒総代の同意を不可缺の要件とするものと解するを相当とすべく、もしその同意ないものとすればこれに対し管長の承認、地方長官の認可があつたとしても、有効な寺院規則が制定されたものとは認め難い筋合であり、従つて前示寺院規則についても同じ理由を以て有効に成立したものと認めることはできない。しかして、寺院には当該寺院の組織運営を規律する根本原則である寺院規則が存在しなければならない筋合であり、上告人A1寺においても前記のような不文の寺院規則が存在したのであるが、右は宗教団体法施行令三五条宗教法人令附則により引続きその効力を認められ、現在A1寺の寺院規則であると認めるを相当とする。
以上は原判決が第一審判決を所要の点について引用しつつ挙示の証拠に基いて認定した事実関係の下において、なしたところの判断であり、その終局の判断は当裁判所も正当として是認し、その理由については後段上告論旨に対する判断において言及することとする。 論旨第一、第二、第六点について。
寺院の性格が公益性を以て裏付けられなければならず、いわゆる寺憲寺法も公益性を考慮の外において観念し得ないものであることは所論のとおりである。しかし、所論いうところの公益性とA1寺が原判示のような由来の下に建立され、推移し来つた特殊性とは全く両立し得ないものと解するのはあやまりである。敢えて、A1寺と云わず、おしなべて神社仏閣は何らかの由緒をもち特別の伝統の下に発達し来つているのであり、その現存の実体は淫祀邪教の類はともあれ、現在の社会観念を以てしてはこれを否定し得べきものではなく、そこに所論の公益性に特に抵触するものを見出し得ない。このことはA1寺の如き特殊性の濃厚なるものにおいてもまた然りと云わざるを得ない。まして、原判示のようにA1寺は明治二七年九月二六日主務官庁の設立認可を受けているというのであるから、その性格が公益性に合致しないなどとは云い得ない筋合である。そして、原判示のいわゆるA1寺の不文の寺法もその内容が原判決認定のような程度のものであれば、いまだ以て寺院としての性格を否定しなければならない程の公益性を害しているものとは認められない。次に、寺院の組織運営に関する事項、すなわち檀信徒の資格及び権利義務に関する事項を定めるについていわゆる信教の自由に籍口し寺院は自由、勝手に振舞い得るものではなく、そこに自ら法今上の制限があり、国家の監督統制に服すべき枠が存在し所論のいわゆる公益要求に適従しなければならないものであることは所論のとおりであろう、しかし、原判決を熟読すれば知り得るように、原判決は寺院は信教自由の原則自体からして当然に自己の組織運営に関する事項を自由勝手に自律できるとは云つていないのであり(この意味で原判決は所論の点で憲法の論議をしているものではない)、その間自ら当然の制限のあることをうたつているのである(従つてこの点の所論は原判決を正解しないものというべきである)。そしてA1寺においてその組織運営に関する事項を定めている前示不文の寺法が公益性を害する程度に至つていないことは前叙のとおりであるから、原判決は所論のいわゆる国家社会の公益要求に適従していないものであつて、云うところの公益性を不当に是認したものと非難することはできないものであると解すべきである。尤も、昭和六年三月文部省宗教局長の通牒により神奈川県知事は本件A1寺寺法を同寺の寺院明細帳から削除したことは原判決の確定した事実である。しかし、だからといつて、所論のように国家が本件寺法を公益性を欠くものと認定したとも云えないしまた違法のものとして不許可処分にしたものとも解されない(因に記録によれば、文部省としては右寺法は住職の任免方法が日蓮宗の宗規宗制と異つているし、寺法は寺院明細帳の記載事項でもないので全部抹消の通知をしたというに過ぎないものの如くである)。
以上のとおりであるから、原判決には所論の点で法律解釈を誤つた違法ありとは認め難く所論はいずれも独自の見解に立脚して論議するだけのものであつて、採用のかぎりではない。
同第三、第九、第一〇点について。
思うに、寺院の檀信徒の法律上の性質については議論がないでもないが、寺院の建立、維持並びに発展が檀信徒なくしては考えられないが故に、檀信徒は特別の場合を除いて寺院の基本財産、僧侶と共に寺院の構成分子を成し、しかも檀徒総代は其の最も重要な構成分子と解するを相当とし、そして、宗教団体法三二条の解釈としては檀徒総代が寺院の最重要の構成分子たる地位と寺院規則の重要性に鑑み同条は寺院規則の制定には檀徒総代の同意を不可欠の要件としており、従つてその同意を欠くときは寺院規則の制定は無効に帰すべく、しかして右総代の同意の必要性については何らの例外を認めていないものと解するを相当とする。(この点については、宗教団体法一〇条二項四項が寺院の財産処分又は債務負担行為について総代の同意を得ることができないときは、地方長官の承認を以てこれに代え得る途をひらいているが、寺院規則の制定についてはかかる特則を認めていないことを注目すべきである。)されば、原判決には所論法律解釈を誤つた違法ありと云い難く、所論も叙上と相容れない独自の所見を以て原判決を攻撃するものでしかなく、採るを得い。
同第四、第五、第七、第八点について。
しかし、本件A1寺寺法が違法無効のものでないことは前叙のとおりであり、所論はこれに反し右寺法は違法無効のものであるという前提の下に論議を進めているのであるから所論はすべて前提を欠くものである。従つて原判決には所論法律解釈を誤つた欠点ありというを得ず。所論はいずれも採用できない。
同第一一点について。
しかし、原判示のような場合地方長官の認可は寺院規則の効力を完成させるための行為であつて、独立の創設的効力を有しないものと解するを相当とするから、寺院規則そのものが成立せず或は無効なときは地方長官の認可によつて寺院規則が有効となるものと解すべきではなく、またこのような場合右認可は単に取消し得べきものと解すべきでもない。従つて原判決には所論法律解釈の違法がなく、右に反する所論もまた独自の見解を出でないものであつて、採るを得ない。 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 下 飯 坂 潤 夫 裁判官 斎 藤 悠 輔 裁判官 入 江 俊 郎 裁判官 高 木 常 七
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