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殺人、死体遺棄被告事件
事件番号平成14(う)68
事件名殺人,死体遺棄被告事件
裁判年月日平成15年3月6日
裁判所名・部仙台高等裁判所  第1刑事部
原審裁判所名仙台地方裁判所
原審事件番号平成12(わ)86
裁判日:西暦2003-03-06
情報公開日2017-10-13 01:44:48
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平成15年3月6日判決宣告
仙台高等裁判所 平成14年(う)第68号 殺人,死体遺棄被告事件(原審 仙台地方裁判所 平成12年(わ)第86号
平成14年3月15日判決宣告)
主 文
本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中200日を原判決の刑に算入する。
理 由
第1 本件控訴の趣意は,主任弁護人齋藤拓生及び弁護人阿部泰雄が連名で提出した控訴趣意書,控訴趣意補充書及び同(2)に,これに対する答弁は,仙台高等検察庁検察官鶴田小夜子提出の答弁書に,それぞれ記載のとおりであるから,これらを引用する。
控訴趣意は事実誤認の主張であり,要するに,被告人は無罪であると主張し,その理由として死体遺棄については,死体発見現場の状況から人力で死体を運搬して遺棄するのは著しく困難であり,重機などを使用して死体を放置したとみるべきであること,殺人については,死者のAの死因は不明であり,病死,災害死,自殺の可能性がないとは断定できず,Aの死に他人が何らかの関与をしているとか,殺人,傷害致死等,意図的な加害行為により死を惹起する犯罪類型による死であると認定することはできず,被告人と犯行の結び付きについては,被告人の居室から発見されたとされる証拠物について,Aの所有物ないしその失踪時に所持していた物とする根拠は乏しく,その押収過程にも不自然な点があり,捜査機関によりねつ造されたことが強く疑われ,結局,被告人がAの死亡後その所持品を自宅で所持していたと認めるに足りる証拠はないから,被告人と犯行を結び付けることはできないことなどを主張し,殺人及び死体遺棄の事実を認定した原判決には事実誤認がある,というのである。
第2 記録を調査し,当審における事実取調べの結果及び弁論をも踏まえて検討する。
1 原審で取り調べた証拠によれば,原判決がその(事実認定の補足説明)において,第2失踪したAが何者かに死亡させられ遺棄されたことについての1争いなく認められる事実関係の(1)Aの失踪,(2)本件死体発見とその身元特定の経過等について,(3)本件死体発見現場の立地等について,(4)Aの生活状況及び失踪直前の行動等について(10頁~17頁),第3Aを死亡させた犯行と被告人との結び付きが認められるかどうかについての1証拠により容易に認定できる事実の(1)AがB女子寮に残した所持品中,被告人との接触をうかがわせる物品等について(23頁),(2)Aの失踪前後における被告人の生活状況等(25頁),(3)本件死体発見現場の近くから被告人が排出元と思料される投棄ごみが発見されていること(30頁),2Aの所持品が被告人の居室から発見されていることについての(1)の①ないし⑪に列挙する,被告人の居室からリュックサック,手提げバッグ,PHS等が発見された事実(30頁~33頁),(2)のリュックサック,手提げバッグ及びこれらの中の在中品がCによってAの物であると確認された事実(33頁~35頁),(5)の被告人居室から発見されたPHSがAの物であることが認められる事実(36頁~39頁)として,それぞれ認定するところは,いずれも是認できる。
2 そこで,上記原判決が認定した事実の要点を含め,原審で取り調べられた証拠から認められる事実を示すと,次のとおりである。
(1) Aは,仙台市郊外のD温泉にある旅館Bで仲居として働いており,その女子寮に住む一方,婚約者であるCと仙台市宮城野区E所在のFマンションの居室で半ば同棲生活をしていた。Aは,Bに勤めながら,アルバイトとして,テレホンクラブに登録して電話してくる男性客の話し相手になること
をしていたが,平成9年10月下旬ころから11月上旬ころ,そのアルバイトを介して被告人と知り合い,会ったりしていたが,被告人から,高額のアルバイト料がもらえるモデルの仕事の話を持ちかけられ,一緒に撮影に行くよう誘われて,それを信じ込んで,Cや秋田に住む母親Gに対し,モデルの仕事でたくさんのお金がもらえるのでBを辞めるなどと言っていた。Aは,同11月上旬ころの深夜,被告人からB女子寮近くの駐車場で写真撮影をしてもらっており,それをBの同僚が目撃しているが,同月11日以降,Bに出勤せずにFマンションで一日を過ごすようになり,Gの誕生日である同月13日には,Gと電話で話し,モデルの仕事で10日間ほどBを休んで出掛けると話し,Gの危ないから止めるようにとの言葉にも耳を貸そうとせず,帰ってきたら電話をする旨話した。Cは,モデルの仕事の話をしている人物がどのような人物か探ろうとし,騙されているのではないかと話したが,Aは,同月14日夜ころには,Cに対して,着物のモデルの撮影があるので電話がかかってき次第行かなくてはならない,撮影は夜中にあると言っており,Cが騙されているのではないかと言っても,そうではないと信じ,相手が被告人であることは明かさず,同日夜は連絡が付かなかったと言っており,同月15日は相手と連絡が取れないようで,同月16日の日中,Cが連絡が取れたかと尋ねると,まだだと言っていた。(2) Aは,同月16日夜,自動車で迎えに来た被告人と落ち合い,被告人の運転する自動車でB女子寮に向かい,途中午後11時30分過ぎには,PHSに電話をしてきたCに,

煮物を作って冷蔵庫に入れておいたから。

と話し,同11時37分ころはBの同僚のHに,

今,車で寮に向かっている。友達と一緒。

と話し,翌17日午前零時過ぎころ,同女子寮に着いて,Hの部屋を訪れると,実家で亡くなった人がいるので秋田に帰る。前に駐車場で男性に撮影してもらったのはモデルになるためである。その男性はカメラマンでモデル会社の人である。すぐ行かなきゃいけない,友達が待っているから。旅館か何かで使う写真を撮るため,秋田に帰る前にIの方へ写真を撮りに行く。旨話し,同女子寮の自分の部屋に行くと,Hに手伝ってもらいながら,取っ手の付いたバッグに二,三日分の下着,小物を詰め込み,同零時30分ころHと別れ,また,同時刻ころ自衛隊の寮にいたCに電話をし,

今,寮にいて荷物を取りに来た。モデルの担当の人に乗せてもらった。そのままJの方に旅館のパンフレットかなんかの撮影のモデルのバイトに行く。今,ちょっと人を待たせていて急いでいるから,またかけ直す。

と言うと,電話を切った。(3) 被告人は,宮城県石巻市内のコーポKに居住し,運送会社で運転手として働いていたが,平成9年10月28日,Aがアルバイトをしていたテレホンクラブに登録し,その後連日伝言ダイヤルを利用し,

25歳,プロです。まとまったお金欲しい人求む。

などと伝言を入れ,モデルを募集しているなどと言って,女性の歓心を誘って関係を結ぼうとしていたところ,その伝言を見たAと知り合い,電話でやり取りをしたり,実際に会ったりして,モデルの仕事を紹介すると気を引いていたが,実際にはモデルの仕事の当てはなかった。
一方,テレホンクラブの伝言ダイヤルを通して被告人と知り合ったLは,同年11月3日深夜被告人と会った際,女の子をモデルとして紹介する仕事をしており,Mに女の子の写真を撮りに行っていたとの話を聞かされ,被告人やその友達が写っているポラロイド写真を見せられたりした。(4) 被告人は,同年11月14日午後2時34分ころ,携帯電話でAのPHSに電話をしており,また一方,同月15日ころから,そのころ交際していた女性でコーポKの被告人居室に泊まるなどしていたNに,

仙台の女と別れてくる。

などと話していた。(5) 被告人は,同年11月16日夜の午後9時ころ,Nに

仙台にいる。女を何とかする。

と電話をし,続いて午後10時8分と同10時32分ころの2回にわたり,AのPHSに電話をし,仙台市宮城野区EのFマンションの近辺
で,自己の運転する自動車にAを乗せ,いったんB女子寮に向かって,そこでAがバッグに荷物を詰めて旅行支度をしてくるのを待ち,翌17日午前零時30分ころ,再びAを自動車に乗せて,同女子寮から出発した。(6) 被告人は,同17日午前3時30分過ぎころ,コーポKの被告人居室にいたNに電話をし,

女を何とかしなければ。後ろに縛って置いてある。

などと話し,その日の夜明け前に,コーポKの居室に帰った。
(7) Aからは,上記17日午前零時30分ころのCへの電話を最後に,Cはもちろん母親G,同僚等の身近な者に対する連絡が一切なくなり,CがAのPHSに電話をし,ポケベルを呼び出したりしたが,応答はなく連絡を取ることができず,GもAのPHSに電話をしたが,連絡が取れず,Aは,上記17日午前零時30分ころB女子寮を被告人と共に出発した後,消息不明となり失踪した。
(8) Aの死体が,平成10年4月24日に,宮城県桃生郡O町内の杉林内で発見されたが,その死体発見現場は,山の斜面を削って山砂を採取した跡地に隣接する杉林内であり,同採取跡地との境をなす高さ約3.5メートルの崖状の頂上部分から林内に約8.4メートル下った傾斜部分に生える杉木立の根元であるところ,その杉林は,人家のある場所から山間部に入った杉林で,山砂採取のため山の斜面を削り取る際土砂流出防止のため残された山の斜面の先端部分に当たり,西側と南側は山砂が採取されて平坦となった跡地,東側は使われなくなった農業用池(P沼),北側は休耕田に続く杉林となっており,平成9年当時,同杉林の死体発見現場に至るには,町道から幅員6メートルほどの私道に進入し,大きく曲がりくねる舗装されていない凹凸の激しい道を約200メートルほど進むと山砂採取跡地に達するので,同跡地内を更に奥に進み,杉林との境をなす高さ約3.5メートルの崖状の斜面を登るのが,最も考えられる経路であったが,上記町道から私道への進入口は一見して分かりにくい上,路面の凹凸が激しく,大きく湾曲して視界も開けず,付近には外灯等が全くないことから,土地鑑のない者にとって,夜間に進入経路を発見して山砂採取跡地に達し,更に杉林内の死体発見現場に至ることは非常に困難と認められる。
死体は,ほぼ全身の骨格を残して一部白骨化しており,着衣,装身具等一切身に付けておらず全裸の状態であり,仰向けに横たわって,肩付近や下肢下腿付近で七,八センチメートル土中に沈下していた。死体の状況から死後約半年経過していると推定され,死後変化が高度であるため,死因は特定できないが,頭蓋骨に骨折や切痕がないことから,頭部に鈍体で強い打撃を与えて脳に致命傷を与えた可能性は低く,残存する皮膚や骨には刃器による損傷はなく,包丁等幅のある凶器での刺殺の可能性は低く,皮膚や組織に火傷瘢痕がないことから焼死の可能性はあり得ず,毒物による死亡はあり得るが,死因について絞頸,厄頸と考えても矛盾しない状況であった。杉林内を死体から半径4メートルの範囲及び死体発見現場から頂上に至るまでを子細に検索しても,遺留物,繊維片は発見されず,杉林の周辺からもAの着衣やその所持品と思われるものは発見されなかった。
3 上記の事実関係から,次のように推認される。
(1) 被告人と平成9年11月17日午前零時30分ころB女子寮を出発したAは,人家から離れた杉林内で全裸死体の状況で発見されているのであるが,そのAの死については,自殺,病死の可能性はなく,他人が関係していることを認めた原判決の判断(18頁~20頁)が,是認できる。すなわち,Aに病死や自殺の原因は見当たらず,死体発見現場は土地鑑のない者が容易に入るようなところではなく,死のうとする者が自ら全裸になるとは考えられないことからして,その死が自殺,病死によるものとは到底認められない。一方で,死体は全裸で着衣,装身具等を全く着けていないこと,死体やその周辺から繊維片すら発見されていないので動物等による
はく脱の可能性は考えられないことからすると,何者かがAの着衣等をはぎ取ったものと認められる。しかも,その死に全く関係のない者が死者の着衣等をすべて持ち去るということは考え難いので,Aの死と何らかの関係を有する者が,死者の身元を不明として死と自らとの関係を隠すために,着衣等をはぎ取ったものと推定される。そして,死体発見現場の状況や死体が全裸であることなどからして,Aの死体は意図的にその場所に運ばれて遺棄されたことも明らかであって,それはAの死と関係を有する者が行ったものと推定できる。したがって,Aの死と関係を有する者が,その死と自らの関係を隠すことを目的に,死体の身元を不明にするため着衣等をはぎ取り,かつ,死体を隠ぺいするため運んで遺棄したものと推認される。
(2) また,Aは,B女子寮を出発する際に,

担当の人の車に乗せてもらって,Jの方に撮影のモデルのバイトに行く。急いでいるからまたかけ直す

旨Cに電話をしており,しかも遅くとも被告人が同月17日早朝にコーポKの居室に帰宅するまでには,被告人と別れているのに,Cへの上記電話を最後にその後一切連絡が途絶え,Cにその日の日中にも,更にその夜から翌18日にかけても何ら応答がないということは,Aは,同月17日午前零時30分ころB女子寮を出発した後,その17日中には死亡しているものと推認される。
4 上記認定に関して,所論について触れておく。
(1) 所論は,死体発見現場付近にAの着衣が遺留されていた可能性があるから,凍死の際に起こりうる矛盾脱衣によってAが自ら着衣を脱ぎ捨てて全裸となった可能性を排除できない,すなわち,平成10年4月24日にはP沼南側斜面から衣類等が発見されたという旨の同年5月21日付け捜査報告書(甲12。特に断らない限り原審における証拠請求番号を示す。以下同じ。)しか存しないのに,平成12年1月29日になって,Cに対し,平成10年4月24日P沼から発見した着衣等を示してAの物かどうか確認を求めている(甲34)が,P沼とP沼南側斜面は異なる場所であるから,上記捜査報告書(甲12)に記載された以外に着衣等が発見されていたことが明らかであること,平成10年4月24日に発見された着衣等について直ちにCに提示して確認を求めなかったのは不自然であること,同月25日,26日の両日にわたり死体発見現場付近及びその周囲を検索したが,Aの遺留品,身元判明に至る物件の発見に至らなかった旨の捜査報告書(甲32,33)が,同両日付けで作成されているが,上記着衣等がAの所持品か否か確認されていない段階でそのように断定する根拠はないことなどにかんがみると,捜査機関は当時Aの着衣等遺留品が発見されたのに,そのことを隠ぺいしている重大な疑いがある,というのである。
しかしながら,平成12年1月29日にCに提示された平成10年4月24日P沼から発見した着衣等(甲34)のうち,長袖Tシャツ(白と紺色横縞),布袋(オレンジ色,魚の絵柄入り),スカート(格子模様)など複数の物については,平成10年4月24日P沼南側斜面から発見された物の写真(甲12)とその特徴が一致するから,Cに提示されたのは,平成10年4月24日にP沼南側斜面から発見された物と同一物であると認められ,それらがAの物でないことはCによって確認されており,平成12年1月29日付け報告書(甲34)にあるP沼という名称も,P沼の水面上下ばかりでなく,その周囲の場所,すなわちP沼南側斜面も含んだ呼称として用いたものと解され,また,平成10年4月24日に発見された着衣等が一見してAとつながりがあるとは認められないため,捜査上必要があると考えずに直ちにCに示すことをしなかったからといって,格別不自然とはいえない。さらに,上記甲32,33の各捜査報告書は,同月25日,26日の検索の結果についての報告であり,同月24日の捜索の結果を記載したものではなく,しかも,Aの遺留品や身元判明に至る物が発見されなか
ったと言っているにすぎないのであって,それ自体に不審な点は認められず,死体発見現場及びその周辺域の遺留品の捜査の過程に不自然さを疑わせる事情は存しない。したがって,捜査機関がAの着衣等を発見していながら,それを隠ぺいしているという疑いは存しない。
そうすると,同月24日には,死体の半径4メートルの範囲及び死体から林の頂上部まで幅4メートルの範囲からは精査しても衣類はおろか繊維片も発見されず(甲31),同月25日,26日には更に捜索範囲を広げても,Aの遺留品や身元判明に至る物件は発見されなかった(甲32,33)のであるから,死体発見現場周辺にはAの着衣等は存在せず,Aが矛盾脱衣により自ら着衣を脱ぎ捨てて凍死したという可能性はないといえる。(2) また,所論は,Aの死体の一部が屍蝋化していることをとらえて,死体発見現場において屍蝋化が生じることに疑問を呈し,死体が他所から移動された可能性があるというのであるが,死体が一部土中に沈下しており,死体の鑑定を行った医師は,死体発見現場に臨場してその状況を自ら観察した上,一部屍蝋化しているとの所見を述べており,屍蝋化について特に疑問を呈示していないことに徴すると,所論は根拠がないというべきである。
5 被告人は,Aを自ら運転する自動車に乗せてB女子寮を出発し,その後単独で居室に帰宅しているのであるが,その間の行動について,被告人は捜査官にかなり詳細な供述をしている。
すなわち,被告人は,平成10年8月19日から同年9月25日まで本件死体遺棄ないし殺人の容疑で逮捕勾留された際,捜査官に対して,殺人及び死体遺棄への関与は否定したものの,AとB女子寮を出発した後の行動に関して,Aとはテレホンクラブで知り合い,自分はモデルのアルバイトをあっせんするスカウトマンを装っていた。Aと最後に会ったのは,平成9年11月16日夜であり,電話で会う約束をして,Aを自己の自動車(三菱パジェロ)の助手席に乗せ,同女の荷物を取りにB女子寮に立ち寄った。Aを乗せて仙台市近郊の宮城県内を走り,その後,O町のQ公園を目指したが,入口を間違えてR興業の砂採り場に入ってしまった。そこでAと話をしたが,帰る,帰らないという話になり,Aがはっきりしないので,Aをパジェロから無理矢理降ろして,そのまま置き去りにした。その後Aがどうなったかは分からない。自動車にAの荷物が残されており,マジソンバッグ様の手提げ付きスポーツバッグ,靴,PHSがあった。これらはコーポKの自分の部屋に持ち込んだ。コーポKから発見されたAの所持品のうち,甲のPHSは自分が持ち込んだ物に間違いなく,靴は持ち込んだ可能性がある。旨供述している。 被告人のこの供述については,平成9年11月16日深夜から17日未明にかけてAを自動車に乗せて一緒に行動していること,及び死体発見現場に隣接する山砂採取跡地に自ら自動車で行っていることについては,その内容が具体的で詳細であって十分信用性があるといえるから,被告人は,Aを自動車に乗せて出発したが,元々Aに言っていたモデル撮影の仕事があるわけではないことから,行き先の当てもなく自動車でかなりの距離を走り回っていたが,やがて,かつて自らが勤務したことのある会社の使用していた宮城県桃生郡O町内の山砂採取跡地である本件死体が発見された杉林に隣接する地に,A(その生死はともかく)を自動車に乗せて行ったことが認められる。しかし一方,そのAを置き去りにするに至った経緯や事情について述べる部分は,全く唐突で不可解であり,そのような場所に深夜全く地理不案内のAを置き去りにした理由が一向に見出せず,被告人のその供述部分は到底信用できない。
6 さらに,被告人の居室からAがB女子寮から出発する際持って行ったと推定される所持品等が発見されている事実が存する。
すなわち,平成10年8月19日,コーポKの被告人居室に対して,Aの使用していたPHS(甲電話株式会社,電話番号×××-×××-××××,以下甲PHSという。)及びポケットベルを差押えの対象とする捜索差押え
が,警察官によって行われたところ,その捜索の過程で,差押えの対象であるポケットベルやAの姓である・と刻した印鑑等の入った黒色リュックサック,Aの着用していたものに類似しサイズが一致するセーター等の入った手提げバッグが発見された。そのため,ポケットベルを差し押さえ,その他のリュックサックとその在中品及び手提げバッグとその在中品等については,立会人である被告人の兄Sから任意提出を受け,リュックサックと手提げバッグ及びそれらの在中品の大部分はAの所持していた物であることが,Cによってその日確認された。また,捜索の過程で,被告人の居室から1台のPHSが発見され,その場では捜索差押許可状記載のPHSと同一であるか確認できなかったため,Sから任意提出を受けたが,後日Aの使用していたPHSであると確認され,しかも,同PHSに残された発信歴と上記甲電話株式会社に残る同PHSによる通話記録から,Aが行方不明となって間もない平成9年11月22日には,同PHSは被告人の下にあったと認められ,被告人自身も,捜査官に対して甲PHSを自室に持ち込んだことを認めている。7 所論は,コーポKの被告人居室から発見された上記Aの所持品について,その捜査及び証拠収集過程に対する不審や疑問を種々指摘し,証拠のねつ造ないし隠ぺいの疑いも主張するので,判断を加えておく。
(1) 甲PHSについて
所論は,甲PHSについて,平成12年2月16日付け捜査報告書(甲155,弁5)には,平成10年8月19日の捜索差押え時には差し押さえるべき物と特定できなかったので任意提出を受けて領置し,その後メーカーと製造番号で特定されたとの記載があるのに,原審において,検察官は,弁護人からの求釈明に対し,同年8月25日にPHS端末機の画面に固有番号(電話番号)を表示することができたことによって特定したと釈明し,平成12年1月25日付け実況見分調書(甲207)及び実況見分をした警察官を証人としてその尋問を請求しているが,平成10年7月15日付け写真撮影報告書(当審甲1,同弁5)には,Aが所持していた甲PHSについて調査を行い,メーカー,型式,ID番号(端末番号)は判明したが,製造番号は判明しなかったとの記載などがあり,甲PHSがAの物と特定された経過について捜査機関の作成した各書面は,その内容に不一致があり,検察官の釈明内容とも齟齬があるし,その上,上記写真撮影報告書の記載によれば,捜査機関は,平成10年8月19日の被告人居室の捜索に先立って,Aの使用していた甲PHSのID番号を把握していたことが明らかであるから,被告人居室で発見されたというPHSがAの物であれば特定は直ちに可能であったのに,わざわざ差し押さえずに任意提出を受けているなど,不自然な点が多いことから,被告人居室で発見されたというPHSは本来Aの物ではなく,捜査機関が,製造番号,ID番号等の印刷されたシールやPHSの利用申込書をねつ造し,同型のPHSをあらかじめ用意して被告人居室に持ち込んだものと疑われる,というのである。
しかしながら,原審で取り調べた証拠によれば,製造番号は,メーカーが製造したPHS端末機ごとに独自に割り振るもので,ID番号は電話会社が端末機ごとに割り振り,これと利用契約時に使用者に割り振られる固有番号(電話番号)とによって,顧客の管理をするシステムになっており,ID番号,製造番号,固有番号(電話番号)はいずれも一対一で対応し,いずれか一つを特定すれば他の二つも特定される関係にあったところ,ID番号,製造番号は一枚のシールに印刷され,それは製造過程でメーカーによってPHS端末機に貼られること,PHSの特定のための捜査に当たったT警部は,平成10年5月ころ,Aの使用していたPHSの固有番号(電話番号)に基づいて,甲電話株式会社にメーカー,型式,製造番号,ID番号について照会し,製造番号に関しては回答がなかったものの,メーカー,型式,ID番号は把握したが,同月7日付け捜査報告書には型式,ID番号の記載はせず,同年7月15日付け
写真撮影報告書にはその記載をしたこと,コーポKの被告人居室で発見された甲のPHSの任意提出に当たって,立会人のSはその製造番号で特定し,任意提出をしていること,同年8月25日,PHSの捜査に当たっていたU巡査は,甲電話株式会社でPHSの取扱い説明を受けた上,上記PHSを操作してその固有番号(電話番号)を表示させ,Aの使用していたPHSの電話番号と一致したためAの物と特定したことが,それぞれ認められるのであり,その特定に至る過程に格別不自然,不合理な点は認められない。弁護人指摘のとおり,被告人居室の捜索の前に,捜査機関は甲PHSのID番号を把握していたことが認められるが,その後の捜査報告書等の記載及び関係警察官の証言を検討すると,甲PHSには固有番号(電話番号),ID番号,製造番号という3種類の別個の番号があるところ,その3種類の番号の異同と端末機に記載されている番号を理解するのに混乱があったことがうかがわれ(このことは,電話会社である甲株式会社において,その後ID番号と製造番号を同一の番号とする取扱いに変更されたことから,平成10年当時に製造番号から固有番号(電話番号)の特定が可能であったかについての回答にすら混乱が生じていたこと(弁3,25)からも間接的に裏付けられる。なお,所論は,この電話会社からの回答をとらえて,Aが使用していたPHSの製造番号が,被告人居室から発見されたというPHSの製造番号と一致することについて,重大な疑問があるというのであるが,電話会社が平成10年当時にPHSの製造番号を把握していなかったことは,その回答書及び電話会社従業員の証言から明らかであるから,所論は理由がない。),さらに,捜索差押許可状及び同請求書には,差し押さえるべき物の特定方法として,甲PHSの固有番号(電話番号)の記載しかないこと(甲222,弁21,22)からすると,捜査機関は捜索時には固有番号(電話番号)によって差押対象物を特定しようとしていたものと認められ,捜索に当たった警察官が端末機を操作して電話番号を表示することができなかったため,現場で差押対象物と特定ができないとして任意提出の手続をとったことが,不審であるとはいえない。そもそも,所論のように証拠をねつ造するためには,捜査機関において,あらかじめ既に判明している甲PHSの固有番号(電話番号)に対応するID番号と製造番号を把握して,メーカーの製造過程で貼られるシールを入手し,両番号を記入する必要があるところ,そのためには電話会社及びメーカーの一致した協力が不可欠であるが,そのような協力を得ることは複雑で非常に困難と考えられ,さらに,被告人居室で発見された甲PHSの発信歴には,被告人の交際していた女性の携帯電話の番号,V警察署の電話番号が残されているが,これらの番号を捜査機関があえて工作して発信歴に残すとは甚だ考え難いのであり,もし,そのようにしてまで所論がいうようにあらかじめ用意したPHSを被告人居室に持ち込んだとしたら,捜索時に甲PHSをAの物と特定して,直ちに差押え手続を取るはずであり,わざわざ任意提出の手続をとったり,甲PHSの特定方法について混乱を来すということは考え難く,PHSに対する発見からその後の捜査の状況は,むしろ用意したPHSを持ち込むというような工作が行われなかったことを裏付けるものといえる。
なお,所論は,捜査機関が差押えをしなかったのは,後に被告人の自供から本当の甲PHSが発見された場合に備えて,強制手続によらず弾力的な取扱いが可能な任意提出・領置手続を用いるという配慮をしたからであるというが,任意提出・領置手続をとったとしても,任意提出書及び領置調書には発見されたPHSの製造番号が記載されているのであるから,もし被告人の自供により別の場所から甲PHSが発見された場合には,ID番号は同一で製造番号が異なる2個のPHSが存在することとなり,かえって矛盾が露呈することになり,何らねつ造発覚を防
ぐことにならないといえる。
(2) 印鑑について
所論は,Aが失踪した後の平成9年12月8日に,母親Gが,Fマンションにあった・の印鑑を使用して,Aの貯金口座から5万3000円を下ろしているが,その使用された印鑑はAの貯金口座の届出印のはずであるところ,その届出印に一致する印鑑が,平成10年8月19日に被告人居室捜索で発見され領置されているのであり,この被告人居室から届出印が発見されているということは,GがFマンションから持ち出して貯金を下ろすのに使用されたのが,その後に人為的に被告人居室に持ち込まれたものであると主張する。
原審で取り調べた証拠によれば,Gは,Aが失踪した後の平成9年12月8日に,Aの住んでいたFマンションの居室から荷物を引き取り,その際,引き取った荷物の中にあったAの郵便貯金通帳と・の印鑑を使って,近くの郵便局から貯金5万3000円を下ろしていること,平成10年8月19日の被告人居室の捜索の際,黒色リュックサックから・の印鑑が印鑑ケースと共に発見されたこと,Gが貯金を下ろした郵便貯金通帳の届出印欄には,その印影の形状,大きさから,被告人居室から発見された・の印鑑によるものと認められる印影が押捺されていたこと,他方,Gが貯金を下ろした際の郵便貯金払戻受領証には,その印影の形状,大きさから,被告人居室から発見された印鑑によるものとは明らかに異なる印影が押捺されていることが,それぞれ認められる。これらの事実によれば,Gは,被告人居室から発見された印鑑とは別個の印鑑を用いて,貯金を下ろしていることが明らかであって,届出印とは別個の印鑑でもって貯金が下ろされたと認められる。所論は,郵便局職員が,貯金払戻しの際には郵便貯金払戻受領証に押捺された印と届出印との照合を厳しくしており,本件では印影の違いが明らかであって見逃すはずがないから,Gが貯金を下ろす際に使用した印鑑は,被告人居室から発見された届出印と一致する印鑑以外にはあり得ないというのであるが,本件では,郵便貯金払戻受領証に押捺された印影が届出印とは別個の印鑑によるものであることは,上記のとおり動かし難く,結局,届出印とは別個の印鑑で払戻しがなされたものと認められ,被告人居室から発見された印鑑がGによる払戻しに使用されているとはいえず,したがって,その印鑑が所論がいうように人為的に持ち込まれたとはいえない。
なお,原判決は,この点につき,その(事実認定の補足説明)の第3の2の(7)の・(46頁)において,Aの郵便貯金通帳は,再発行前のものと再発行後のものと2冊あり,再発行前の通帳の届出印欄には大小異なる2個の印影が顕出され,大きい方の印影に郵便局の日付印が押捺されていることから改印手続がされたことがうかがわれ,この点からも被告人居室から発見された印鑑は届出印であるとの弁護人の主張は採用できない,と判示しており,被告人居室から発見された印鑑に酷似する小さい方の印影は届出印ではないと認定しているものと解されるのである。しかし,上記大小2個の印影の状況及び再発行後の郵便貯金通帳の届出印欄には小さい方の印影が押捺されていることからして,大きい方の印鑑から小さい方の印鑑への改印手続がなされたと認められるので,原判決の上記認定は誤りといわざるを得ないが,被告人居室に印鑑が持ち込まれたとの弁護人の主張は理由がないとした結論には,上記のとおり誤りはない。
(3) 手提げバッグ在中の靴について
所論は,被告人居室から発見された手提げバッグの中に靴1足が入っていたが,検察官は,この靴をAが当時履いていたのか,履き替え用なのか明らかにせず,捜査段階の被告人の供述調書では,Aの靴を自室に持ち込んだと断定的に述べたり,断定を避けたりし,あるいは車の
中に積んでいたとか部屋の中に持ち込んだという表現を避けたり,バッグに入れて押入れに入れたという記憶を述べたり,車には残されていなかった気がすると述べるなど,手提げバッグから発見された靴について,Aの履いていた靴であると認定される可能性,バッグと共に投棄されたと認定される可能性,そもそも車には残されていなかったという可能性などを種々配慮し,さらには手提げバッグが盗品である可能性も示して,同日付けの調書が2通ずつ作成されるなど,靴に関する捜査の最終結論に合う都合のよい調書をいずれか一方を選択的に証拠として使用しようという捜査手法,盗品である手提げバッグをAの所持品として取り扱おうとする捜査手法,バッグの在中物である靴を当時Aの履いていた靴あるいは履き替え用の靴のいずれかに取り扱おうとする捜査手法など,作為的な捜査がされている,などと捜査手法について非難する。
所論の趣旨は判然としないのであるが,捜査段階における被告人の供述調書があいまいな内容となっているのは,むしろ被告人の供述態度がそのまま現れたものというべきであって,そこには捜査官の作為的な意図を見出すことはできず,非難されるような不審な点は何ら存しない。
(4) 被告人居室における捜索の経緯について
所論は,捜索時に被告人居室の解錠に用いたかぎの出所がはっきりしないこと,捜索差押許可状の差押対象物がPHSとポケットベルのみに限定されているのが不自然であること,捜索の経過を撮影した状況を示す写真撮影報告書(甲152)に添付された写真を見ると,押入れの中の物が移動していたり,同じ手提げバッグの写真でも中味が荷物で膨れあがっていたり,膨れていなかったりするなど作為を加えられていること,捜索当日である平成10年8月19日にコーポKから発見されたリュックサック,手提げバッグ及びその在中物を,V警察署柔剣道場でCに提示したとの記載のある同月24日付け捜査報告書(弁19)及び同月22日付け写真撮影報告書(当審甲2,同弁4)が存在するが,リュックサック等を捜索当日にCに示すのは可能とはいえないから,その記載の真実性には疑問があることなどの種々の疑問点を指摘し,コーポKにおける捜索押収の経緯には作為が加えられたことが疑われ,Aの所持品が被告人方から発見されたこと自体も疑問であり,捜査機関によるねつ造の疑いがある,というのである。
しかしながら,被告人居室における捜索と押収は,被告人の兄Sの立会いの下に行われたのであり,同人の原審における証言によっても,特に不自然な点は見出せず,同人が捜索や押収の過程に不審を抱いたこともうかがわれない。捜索の経過を示す写真撮影報告書の写真において,被告人居室内の物が移動していたり,手提げバッグの膨らみ方の違いから在中物が触れられたとうかがわれるが,原審で取り調べた証拠によれば,それは捜索に当たった警察官が,押入れからいったん手提げバッグ等を取り出して在中物に証拠品となりうるものがないかを確認し,その後に元の状態に復元して撮影したことが認められるのであり,このような確認,復元をもって捜査機関による不当な作為ないし不正があるとまでいえない。
また,所論は,Cにリュックサック等を提示した日時について疑問を呈するが,原審で取り調べた証拠によれば,被告人居室の捜索は,当日午前8時2分ころから開始されたところ,Cの原審での供述によれば,同人はV警察署に当日午前8時半ころ出頭し,さほど待たされないで柔剣道場に案内され,リュックサック等を示され,午前中には確認作業を終えて職場に戻ったというのであるが,原判決が判断するとおり(45頁~46頁),Sによる任意提出行為が任意提出書の作成前に行われたことはあり得ることで(そのこと自体が直ちに違法ないし瑕疵あるものと
はいえない。),任意提出書の作成に先立って,Cに発見物を提示したことは考えられ,捜索に当たった警察官が,押入れ内のリュックサックと手提げバッグの在中品を確認し,Aの物と確認されるポケットベル,・と刻された印鑑,写真からAの物と似ていると判断されるセーターなどがあったことから,リュックサック及び手提げバッグ並びにその在中品がAの所持品か否か確認する必要性があるとして,直ちにV警察署で待機していたCに示してその確認を得たということは,手順として不自然ではなく,考えられるところであり,時間的にもCの証言する時間内にそうしたことを行うのは可能であったと考えられるから,捜索当日にCに被告人居室から発見された物が示されたということに不合理,不審な点はなく,捜査機関による作為や不正を疑わせる事情はない。
被告人居室のかぎの入手経路についても,原審での警察官の証人
尋問等の結果によっても,結局確定はできないといわざるを得ないが,Sの原審での証言によれば,警察官が被告人から預かったと述べていたというのであり,そのことに別段疑いを差し挟む理由もなく,ましてや,捜査機関が事前に合いかぎを入手して,証拠物を持ち込んでいたと疑わせる事情も存しない。令状に記載された差押対象物がPHSとポケットベルのみであったことについても,それが捜査機関による証拠のねつ造の疑いと結び付くものとはいえず,むしろ,捜査機関においては,Aが失踪時に所持していた可能性のある物のうち電話番号等によって明確に特定できる物を捜索差押えの対象とし,その他にAの所持品と思われる物が発見された場合には任意提出を受ける意図であったと理解することもでき,そこに特段不自然,不審な点はないというべきである。
以上のとおり,所論が指摘する諸点を検討しても,被告人居室における捜索押収の過程には,捜査機関による工作や証拠のねつ造等の不正な行為を疑わせる事情は存しない。
(5) 捜査全般に関する疑いについて
所論は,上記(1)ないし(4)でのコーポKにおける捜索及びそこで発見された証拠物に対する疑問等を指摘した上で,原判決の認定によれば,被告人は,Aを殺害後全裸にし,着衣,装飾品を投棄し,死体を杉林に遺棄するなど周到な証拠隠滅をしながら,その一方で,Aのリュックサック,手提げバッグを自室に放置し,マジソンバッグ様スポーツバッグのみを投棄したことになるし,GからAの失踪について相談を受けた秋田県W警察署員から平成10年1月8日に電話でAについて問い合わせがあったことから,被告人は捜査の手が自己に及んだと知ったのに,その後も自室内に重要な証拠物を放置したことになって,被告人の行動は一貫せず不自然ということになり,また,Aが失踪時に所持していたと認定されるマジソンバッグ様スポーツバッグが発見されず,Aが失踪時に所持していたとの証明が乏しいリュックサックや手提げバッグが発見されるという物証のねじれ現象が生じており,このような不自然さが生じている原因は,捜査機関が被告人の全面否認に備えて証拠物の工作をしたからである,と主張する。そして,捜査機関は,被告人がAとのかかわり合い自体を否認した場合に備えて,それを突き崩す材料とするために証拠物の工作をしたが,他方で,被告人の自供からAの所持品が出てくる可能性もあるため,リュックサック等の捜査上の位置付けを確定的なものとしないよう配慮し,いずれに転んでもいいように調書を2通ずつ作成し,差押対象物をPHSとポケットベルに限定し,Aの物として強制手続に乗せることを回避し,任意提出・領置という弾力的な取扱いが可能な手続にとどめる目論見であった,というのである。
しかしながら,上記(1)ないし(4)で所論が指摘する疑問について,捜査の過程に何ら不審なあるいは不自然な点が存しないことは先に認定
したとおりである。また,所論が指摘する被告人の行動の不自然さについては,死体の身元を徹底的に隠ぺいして遺棄したからこそ,自己に嫌疑が掛かってくることがないものと高をくくっていたからともいえるのであり,一貫しない行動と必ずしも評価することはできない。
そもそも,被告人は,上記のとおり,捜査官に対して,Aの殺人とその死体遺棄を否定しながら,一方で,失踪前のAと自動車で行動を共にし,Aを乗せたまま死体発見現場に隣接する山砂採取跡地に乗り入れ,その後AのPHSなど所持品をコーポKの自室に持ち込んだことを自ら供述しており,その供述に合うPHSを含めた多数の品が被告人居室から発見されているのであるから,そのことからも,発見された物はAが失踪時に所持していた物と強く推定でき,捜査機関による作為や工作を疑う余地は否定されるといえる。
8 上記5,6で認定される,被告人が死体発見現場に隣接する山砂採取跡地にAを自動車に乗せて行っていること,被告人居室からAのPHSや所持品が多数発見されている事実関係から推認すると,被告人が,Aを車に乗せてその死体発見現場近くまで,しかも死亡可能性のある時間が含まれる時間帯に行っていること,Aの所持品,特にPHSや印鑑等通常他人に預けないような物までもが,被告人居室から発見されているのは,被告人がそれらを居室に持ち込んで置いていたためにほかならないことからして,上記のAから着衣等をはぎ取り,その死体を発見現場に遺棄することを行った者は,被告人であったと認めるに十分である。そして,被告人がそのようなことを行っているのは,被告人自身がAの死にかかわっているからであると推測される。
被告人は,捜査段階において,Aを山砂採取跡地に置き去りにしたと供述し,Aの死とのかかわりを否定するが,その置き去りにしたという経緯や理由は余りに唐突で,納得できるような説明がなされておらず非常に不自然であり,しかも,被告人の供述するような経緯で置き去りにしてきたというのなら,その後のAの状況に関心を持って当然と考えられるのに,PHS,ポケットベル,メモ類,化粧品類,衣類等身辺の多数の所持品を持ってきていながら,Aのその後の動静や行方に一向に関心を示す様子がなかったというのも不自然であって,Aを山砂採取跡地に置き去りにしたとの点は到底信用できず,Aの置き去りを根拠にAの死との関係を否定する被告人の否認は理由がないというべきである。
また,被告人の供述する山砂採取跡地への置き去りとは別に,平成9年11月17日深更B女子寮から出発して同日朝被告人がアパート居室に帰宅するまでの間に,Aが被告人と別れることがあった場合を想定してみると,そのようにして別れた後Aが速やかに婚約者のCに連絡すらしないということは考え難いこと,Aと偶然出会い,何らかの理由から死に致した者があったとして,その者が土地鑑のない者が容易に入らないような本件死体発見現場に死体を運んだ上,着衣等をすべてはぎ取って完全に身元を隠そうとまでするとは到底考え難いこと,けんか別れにしろAが自発的に被告人と別れたとしたら,日常の身の回りの品物を始めAの多数の所持品を被告人が自宅に持ち込んでいることや,被告人がその後のAの動静について関心を持った様子がないことは,いずれも不合理であることからして,Aが被告人と別れ,その後何者かに死に致された可能性を考えることは甚だ困難であり,被告人以外の者がAの死に関係している可能性は否定される(なお,Aの使用していた甲PHSの電話会社の通話記録には,失踪後の平成9年11月22日にB女子寮の加入電話へ通話した記録が残されているが,同甲PHSが被告人方から発見されており,その発信歴には,B女子寮への発信以前にAが知らないはずの被告人の交際相手女性に対する発信歴が残っていることからして,原判決も認定するとおり(66頁),上記B女子寮への通話は,甲PHSが既に被告人の下にあった時点でなされたものと認められ,Aから連絡がなされたことを示すものではない。)。

そうすると,被告人がAの着衣等をはぎ取って,その死体を人目につかないよう遺棄していることに加え,殊更Aを置き去りにしたと虚偽の供述をしていることは,あえてAの死にかかわっていることを隠そうとする意図によるものであり,被告人がAの死に密接な関係を有していることが一層強く推認されるといえる。
9 被告人がAの死に密接にかかわっていることが推認されるが,更にそのかかわりの内容を推測させる事実が存するので,考察する。
(1) 被告人は,平成9年11月17日深更にAを自動車に乗せて出発した後である同日未明に,自己のアパート居室にいた交際相手の女性に突然電話をし,Aの死に関係する発言をしている事実が認められるのである。
すなわち,被告人の当時の交際相手の一人であったNは,原審証人として,原判決もその(事実認定の補足説明)の第3の3の(1)の③に掲示しているように(53頁~54頁),
平成9年11月16日午後9時以降に,被告人の携帯電話に電話をすると,被告人は

仙台にいる。面倒臭いから,女を何とかする。

と言った。それは,前日にも

仙台の女と別れてくる。

と言っていたので,その女の人と別れてくることだと思った。その後翌17日午前零時から1時ころ被告人のアパートに行って,被告人の帰るのを待っていた。午前3時36分ころ被告人が電話をしてきて,被告人が

どうやって始末するか。

とつぶやくので,私が

何を始末するの。

と言うと,被告人は

女を何とかしなければ。

殺すしかないのかな。

などと独り言のように言っていた。そこで,私が

女の人は今いるの。

と聞くと,被告人は

後ろに縛って置いてある。

と答え,私が何も言わないでいると,被告人は

どうやって殺したらいいと思う。

と自分自身に言っているように話し,私がそれに何も答えないでいると,被告人は

首を絞めるのが一番いいのかな。やっぱり殺すしかないのかな。

と独り言のように言った。それに対し私が「なんで。」と聞くと,被告人は

邪魔だから。

と答え,私が

そこまでする必要ないんじゃない。

と言ったが,被告人は何も答えず,しばらく沈黙した後,

また後で連絡する。

と言って電話を切った。被告人の話し方は,冗談を言っているような口調ではなかった。その後二,三時間してまだ暗いうちに被告人が帰ってきたが,疲れた顔をしているように見え,私は先ほどの電話の件について被告人に何も聞かず,被告人は「疲れた。」と言ったきり,両手を洗うなどして寝てしまった。
旨の供述をしている。
Nの上記供述は,被告人の携帯電話の通話記録からその当時被告人がコーポKのNと午前3時36分から1分55秒間通話している事実が裏付けられており,その内容は非常に稀で特異なもので特に印象に残ったと思われる上,その内容を具体的かつ詳細に述べており,それ自体で高度の信用性があるといえること,この被告人との電話によるやり取りの内容については,捜査官に対して以来一貫して供述をしていること,Nは被告人に対して好意を寄せており,証言時には交際を継続する意思をなくしていたものの,捜査官に対して供述した時点ではまだ交際が続いていたが,本当のことだからということで,被告人に不利益になるのを承知で供述したものであり,Nがあえて作り事や虚飾をするなど被告人に不利益な供述をしているとは解されないことからすると,十分に信用できるといえる。
したがって,被告人は,平成9年11月17日午前3時36分ころ,自ら同行している女性を殺害することをほのめかし,殺害を意図していることをうかがわせる発言をしている事実が認められ,被告人のこの発言は,Aが被告人の自動車に乗ってB女子寮を出発してから約3時間後のもので,その時間はAが死亡したと推認される時間帯に入っているから,発言
に言う女とはAを指しているにほかならないと認められる上,発言の内容自体が,後ろに縛って置いてあるとしてAを自動車に乗せていることを前提に,殺害するしかないのかなと言いつつ,首を絞めるのが一番いいのかななどと殺害方法までも具体的に口にしていて,到底冗談とは解されず,臨場感があって自らの真情を吐露した真実性が高いものであり,Aの死亡に近接した時間に自らA殺害の意図を表したものであって,被告人がA殺害の意思を有していたことを認めることができる。
(2) 死体発見現場は,上記のとおりであって,杉林内のそこに至るには,山間部の山砂採取跡地まで自動車で乗り入れて,その後徒歩で高さ約3.5メートルの崖状の斜面(斜度20度ないし30度,斜面の距離5ないし6メートル)を登り,そこから更に斜面を約8.4メートル下るのが,最も考えられる経路であるが,この経路であっても,急な斜面を登り下りして死体を運搬するのは,たやすいことでなく相当の労働と考えられ,まして自動車のライトを使ったとしても,未明の夜間林内でそうしたことを行うのは,少なからぬ困難を伴うものと推測され,その上,下着に至るまで着衣等を全部取り去り,装身具も身に付けていない完全な全裸の状態にしているのであるから,こうした多大の労力と困難をいとわずしかも徹底するように行っている被告人には,単に死体の発見を妨げようとしたばかりでなく,その身元を完全に隠ぺいしようという強い意思があったものと推測させ,それは取りも直さず,被告人が上記のとおり抱いたA殺害の意思を実行に移したことを推認させるといえる。
なお,所論は,山砂採取跡地から斜面を人力で登り,更に杉林内を下るのは著しく困難であり,日の出前の暗闇の中では不可能に近いこと,死体の西側の上り斜面の頂上部が二段になっていて緩い凹凸のある1坪くらいの面となっていることなどから,重機を使って死体を落下させるなどしたと見る余地があると主張する。しかしながら,警察官が山砂採取跡地から杉林に至る斜面の登坂可能性について見分した結果(甲4)によれば,場所によっては斜度20度程度で歩行による自力登坂が可能であったことが認められ,被告人が同所で稼働経験があり,付近の地形を知悉していたことも考えると,自動車の照明を利用しつつ夜間自力で死体を運搬することが不可能とはいえず,上記認定は左右されない。
(3) そうすると,被告人は,Aを殺害する意思でもって,絞頸,扼頸等殺害するに足る手段で,Aを殺害したものと十分に認定できる。
なお,殺害の手段,方法については,原判決がその(事実認定の補足説明)の第4の1,2及び4で判断しているとおり(67頁~68頁),確定的なものは認定できないが,死体や上記被告人の電話での発言等から上記の限度で認定される。また,動機については,原判決が上記第4の3で判断するように(68頁),被告人はAに対し,高額の報酬が得られるモデルのアルバイトの紹介をするとの作り事の話をして,その歓心を買っていたところ,Aはその話を信じ込んで,モデルになることに相当乗り気になって熱を入れていたことが認められ,そうした状況のAに対し,被告人は,Nにかけた電話で邪魔だからと発言していることからもうかがわれるように,疎ましく思い扱いかねていたことが推認されるのであり,被告人の話がうそと分かった際には,Aが激しく反発して,被告人との間で激しいやり取り等の衝突が生じ,それが被告人による殺害に発展した可能性は十分推測されるから,被告人にAを殺害する動機がなかったということはできない。
10 以上のとおりであり,Aは深夜被告人と車で出掛け,その日のうちに行方不明となっていること,死体で発見されたAはその死に関係ある者によってその場所に遺棄されたものと認められること,被告人は死体発見現場付近について土地鑑があり,Aが行方不明となった日の未明にAの死体発見現場の隣接地まで行ったことを認めていること,被告人が同日未明に交際相手の女性にAと認められる女性を殺害せざるを得ない旨告げる電話をして
いること,AのPHSや所持品多数が被告人の居室から発見されていること,被告人はAと別れた事情について死体発見現場近くに置き去りにしたとあえて虚偽の供述をしていることなどからして,被告人によるA殺害の事実と死体遺棄の事実を認定することができ,ただ,その殺害の日時,場所及び殺害の方法については,証拠上概括的な認定にとどまらざるを得ないものである。
したがって,原判決が,被告人は,平成9年11月17日ころ,宮城県桃生郡O町又はその周辺において,殺意をもって,絞頸,扼頸等殺害に足る手段でAを殺害し,そのころ,その死体を同町a字b所在の杉林内に遺棄したとの罪となるべき事実を認定したことに事実認定の誤りはない。事実誤認をいう論旨は理由がない。
第3 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入につき刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことにつき刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
仙台高等裁判所第1刑事部
裁判長裁判官 松 浦 繁
裁判官 根 本 渉



裁判官 春 名 郁 子

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