判例検索β > 平成21年(わ)第263号
殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反
事件番号平成21(わ)263
事件名殺人未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反
裁判年月日平成21年10月9日
裁判所名・部岐阜地方裁判所  刑事部
判示事項の要旨被告人が,交際相手を折りたたみ式ナイフで切りつけるなどして重傷を負わせた殺人未遂等の事案について,裁判員裁判において,被告人に強い殺意があったことを認めた上で,被告人を懲役8年6か月に処した事例
裁判日:西暦2009-10-09
情報公開日2017-10-13 01:36:24
裁判所の詳細 / 戻る / PDF版
主文
被告人を懲役8年6か月に処する
未決勾留日数中110日をその刑に算入する。
押収してある折りたたみ式ナイフ1本(平成21年押第20号の1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1

平成21年5月2日午前1時22分ころ,岐阜県本巣市a番地A(当時50歳)方1階北西側6畳間において,同人に対し,殺意をもって,右手に持った折りたたみ式ナイフ(刃体の長さ約7.4センチメートル,刃体の幅約2.0センチメートル,刃体の厚み約0.1センチメートル,平成21年押第20号の1)で同人の側頸部,後頸部及び顔面等を数回切りつけ,さらに同人の胸部等を突き刺そうとしたが,
同人が大声で助けを求めたため,
その場から逃走し,
同人に加療約3か月間を要する顔面,左・後頸部裂傷,左中指神経・腱断裂,左環指神経・腱断裂等の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった
第2

業務その他正当な理由による場合でないのに,上記日時場所において,上記折りたたみ式ナイフ1本を携帯した

ものである。
(補足説明)
第1

争点
本件の争点は,
1
被告人が,折りたたみ式ナイフで,被害者の胸部等を突き刺そうとしたか否か

2
被告人の殺意の強さの程度

である。
第2
1
争点1について
本件において,検察官は,被告人は,被害者を殺害する意図で,折りたたみ式ナイフで3回ほど被害者の胸部等を突き刺そうとしたと主張し,一方で,弁護人は,被害者の腹部を2回折りたたみ式ナイフを持った手で押したが,殺意を持って突き刺そうとしたわけではなく,体勢を支えるためにしたものであると主張する。

2
被害者供述の信用性
そこでまず,被害者の供述の信用性を検討すると,被害者は,面積の狭いものが胸などに当たったなどと供述しており,このような供述は,真に経験したものでないと供述できないほどに迫真性がある。また,被告人自身も,手が被害者の胸部付近に当たったこと自体は認めているところ,このような事実と被害者の供述は一致している。
なお,弁護人は,被害者の供述は,被告人がナイフで突き刺そうとした際の被害者の体勢や,被害者が手で防御をしていない点,ナイフの刃を見たと言っていない点が不自然であると主張する。
しかし,
まず被害者の体勢については,
被告人が捜査段階の犯行再現(乙3添付の写真番号24)で示したように,実際は被害者は横たわっているのに,立っているという感覚しかなかったと考えれば,不自然な点はない。また,被害者は突然の犯行によりパニックになっていたと考えられ,手で防御していないことや,ナイフの刃を見た記憶がないことは何ら不自然ではない。
さらに,弁護人は,被害者の胸部等に傷跡は認められず,このことと被害者の供述は整合しないと主張するが,被告人がナイフの刃を出したまま被害者の胸部等を刺そうとしたが,1回目は刃の丸いところが被害者の身体に当たり,ナイフが被害者の身体に当たるごとに序々にナイフの刃が折りたたまれていったと考えれば,被害者の胸部等に傷跡がないことと,被害者の供述とは矛盾し
ない。
以上によれば,被害者の供述は信用できる。
3
被告人の捜査段階における供述の信用性
被告人の捜査段階における供述は,
信用できる被害者の供述と整合している。
また,被告人は,逮捕後,初期の段階で,殺意はないという自己の言い分を供述しつつ,刺したという自己に不利益な事実を認めている。さらに被告人は,捜査段階において,被害者を刺したと供述しているのであり,刺さったのかもしれないというあいまいな形では供述していない。
以上によれば,被告人の捜査段階における供述は信用できる。

4
被告人の公判廷における供述について
被告人は,公判廷において,体勢を支えるために,被害者の胸部等を押したと供述しているが,バランスを崩した際に,ナイフを持った方の手でバランスをとろうとするのは不自然であるし,体勢を立て直すのであるならば,被害者の胸部に触れる際に,もっと力が入るはずである。
以上によれば,被告人の公判廷における供述は信用できない。

5
結論
以上により,信用できる被害者の供述及び被告人の捜査段階における供述から,被告人は,被害者を殺害する意図で,折りたたみ式ナイフで2,3回被害者の胸部等を突き刺そうとしたことが認められる。

第3
1
争点2について
被告人は,折りたたみ式ナイフという人を死亡させるのに十分な鋭さを持った刃物を凶器として用い,首や顔面といった人体の重要部分を狙って2回切りつけ,逃げようとした被害者の背後から,被害者の首を狙って2回切りつけた上で,さらに被害者の胸部等を2,3回突き刺そうとするなど,執ように行為に及んでいる。また,被告人のこのような行為の結果,被害者の左頸部には,長さ約17センチメートル,深さ約1センチメートルから約3.5センチメー
トルにも及ぶ裂傷が,
被害者の顔面には,
鼻の中の軟骨にも及んでいる裂傷が,
後頸部には,長さ約12センチメートル,深さ約1.5センチメートルの裂傷と,
長さ約15センチメートル,
深さ約3センチメートルの裂傷が生じており,
深い傷は骨にも達している。また,被告人は,犯行前日に被害者との間で警察を呼ぶ騒ぎとなり,その後被害者と話し合いをしたいが,最悪の場合はナイフで被害者を傷つけることになるかもしれないと考えて被害者方を訪れ,被害者方の窓ガラスを割って室内に入ろうとしたところ,被害者が携帯電話を耳に当てているのを見て,被害者が警察を呼んだものと考え,
てめえ,こんなことまでしやがってと言った上で,別れるくらいなら他の男に取られないように被害者を殺してしまおうと決意して本件犯行に及んだと認められる。このような犯行の経緯は,被害者を殺そうとする動機として理解可能である。以上の事実からすると,本件における被告人の殺意は,強いものであったことが強く推認できる。
2
弁護人は,もし強い殺意であるならば,包丁などを持ち出すはずであるなどと主張しているが,被告人はもともとナイフを携帯していた上,あくまでも当初は被害者と話し合うことが目的だったのであり,包丁を持ち出していないことと強い殺意に矛盾はない。また,弁護人は,殺すつもりがあれば,心臓などを突き刺すはずであるなどと主張しているが,被告人は,はじめに頸動脈の通る首筋を狙ってナイフで切りつけており,行為態様と強い殺意は何ら矛盾しない。

3
以上によれば,被告人に強い殺意があったと優に認められる。

(量刑の理由)
第1

犯行に至る経緯等
被告人は,被害者と5年あまり交際してきたが,本件犯行前日である平成21年5月1日,
被害者と被告人の前妻との間の子どもの関係でトラブルとなり,
警察を呼ばれ,その場で,被害者と別れるという話になった。しかし,別れる
というのは被告人の本心ではなく,被害者とよりを戻したかったことから,被告人は,被害者に,メールや電話をしたが,被害者からの応答はなかった。そこで,被告人は,どうしても被害者と話をしたいと思い被害者方に行くことにしたが,最悪の場合は,本件ナイフで被害者を傷つけることになるかもしれないと考えていた。被告人は,被害者方付近で,しばらく逡巡していたが,無理矢理被害者方に入ることにして,被害者方の窓ガラスを割って被害者方に入った。すると,被害者が,携帯電話を耳に当てていたので,警察を呼んだものと考えて,なぜ自分が被害者のことをこんなにも好きなことを知っていながら,警察をまた呼ばれなければならないのか,被害者と別れるくらいなら他の男に取られないように殺してしまおうと決意して本件犯行に及んだ。
第2
1
本件の刑を決めるに当たって考慮した事情は,以下のとおりである。犯行態様
被告人は,強い殺意を持って,逃げようとする被害者を追いかけるように,相当強い力で本件ナイフで被害者の首を3回,顔面を1回切り付けた上,さらに,被害者の胸部等を突き刺そうとしたものである。このように,被告人の犯行態様は,執ようできわめて危険で悪質である。

2
結果
被害者は,本件犯行によって,判示のとおりの傷害を負った上,顔面に傷跡が残り,指の可動域制限が残る可能性もある。このような傷害の結果により,被害者は,日常生活にも多大な制約を受けており,また,被害者の子どもら周囲の者の生活にも重大な悪影響を与えている。被害者の被った肉体的苦痛・精神的苦痛,さらには周囲に与えた影響には多大なものがあり,結果はきわめて重大である。

3
動機
犯行前日のトラブルにおける被害者の言動が本件の一因となったことは否めないものの,トラブルの原因は被告人にもあるのであり,しかも,口論の域を
出ないものであった。それにもかかわらず,被告人は,本件ナイフという凶器を使って本件犯行に及んだものであって,被害者の言動は,弁護人が主張するほどには重視できない。被害者と別れるくらいなら他の男に取られないように被害者を殺してしまおうという犯行の動機は身勝手というほかない。4
被害者の感情
被害者は,5年あまり交際してきた被告人から上記のような被害を受けたものであって,被害者が被告人に対し,厳しい処罰を求めるのも当然であり,この点は重視すべき事情である。

5
被告人の反省
被告人は,被害者に傷害を負わせたことなどについては認め,今後,被害者には近付かないと述べるなど反省の態度を示している。しかしながら,被害者の心情に関する理解には,まだ乏しいところがあり,反省が十分であるとはいえない。

6
被害弁償
被告人側が被害者に対して100万円を被害弁償として支払ったことは認められるものの,これは被害者の治療費にも満たないものである上,今後の被害弁償の見通しにも不確かな点があり,過大に重視できない。

7
その他
前妻が出廷して,被告人の帰りを待つと述べていることや4人の子どもがいることなどは,被告人の更生にとって励みになるものといえる。また,被告人には,前科前歴はない。この点は,被告人にとって酌むことができる事情といえる。

第3

結論
以上の有利不利な事情を考えて,主文のとおりの量刑とした。

(求刑

懲役12年,没収)

平成21年10月9日

岐阜地方裁判所刑事部

裁判長裁判官

宮本聡
裁判官

石井寛
裁判官

中山知
トップに戻る

saiban.in